説明

スパッタリング装置および成膜方法

【課題】装置を小型化でき且つ生産コストを低減できるデュアルカソード型のスパッタリング装置および成膜方法を提供する。
【解決手段】スパッタリング装置1Aは、真空チャンバ3と、真空チャンバ3内に設けられ、成膜対象物S1に対向して配置された少なくとも一対のターゲット4,5と、該一対のターゲット4,5間でカソード及びアノードが交互に入れ替わるように各ターゲット4,5に交流電圧Vmf1,Vmf2を印加する交流電源6と、交流電圧Vmf1,Vmf2に重畳して印加される高周波電圧Vrfを発生する高周波電源10と、高周波電源10と一対のターゲット4,5との間に接続され、高周波電圧Vrfを一対のターゲット4,5のそれぞれに対し交互に切り替えて印加する高速スイッチング回路11とを備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、スパッタリング装置および成膜方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、直流スパッタリング装置の放電維持電圧を低減して膜へのダメージを抑制するため、カソードとなるターゲットに高周波電圧(RF:Radio Frequency)を重畳する方式が多く用いられている。しかし、この方式では、抵抗率が高い材料或いは絶縁性の材料を成膜する場合、アノード周辺やチャンバの内壁がこれらの材料によって覆われアノードとして機能しなくなる、いわゆるアノード消失現象が発生して放電が不安定となる問題がある。
【0003】
そこで、2台のターゲットをチャンバ内に配置し、これらのターゲットに対しカソードとなる電圧及びアノードとなる電圧を交互に切り替えて印加する方式が考え出された(いわゆるデュアルカソード方式)。例えば、特許文献1には真空チャンバ内に一対のターゲットを備えたスパッタリング装置が開示されている。
【0004】
図7は、従来のデュアルカソード型スパッタリング装置の構成を概略的に示すブロック図である。図7に示すように、従来のスパッタリング装置100は、チャンバ101内に配置された2台のターゲット111及び121と、これらのターゲット111及び121に中周波(MF:Mid Frequency)の交流電圧を印加するための交流電源(MF電源)130と、交流電源130とターゲット111及び121それぞれとの間に配置されたローパスフィルタ(LPF)112及び122とを備えている。また、スパッタリング装置100は、ターゲット111に高周波電圧を印加するための高周波電源113と、ターゲット112に高周波電圧を印加するための高周波電源123とを更に備えている。そして、ターゲット111と高周波電源113との間にはインピーダンス整合のための高周波整合回路(マッチングボックス)114が設けられ、同様にターゲット121と高周波電源123との間には高周波整合回路124が設けられる。高周波電源113(123)は、交流電源130によりターゲット111(121)に負の電圧が印加されてカソードとなっている場合に、高周波電圧をターゲット111(121)に印加する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平2004−27277号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
図7に示したように、従来のデュアルカソード型スパッタリング装置では、一つのターゲットにつき一台の高周波電源を使用しているので、装置の小型化や生産コストの抑制を妨げる一因となる。本発明は、上記した問題点に鑑みてなされたものであり、装置を小型化でき且つ生産コストを低減できるデュアルカソード型のスパッタリング装置および成膜方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記した課題を解決するために、本発明によるスパッタリング装置は、真空チャンバと、真空チャンバ内に設けられ、成膜対象物に対向して配置された少なくとも一対のターゲットと、該一対のターゲット間でカソード及びアノードが交互に入れ替わるように各ターゲットに交流電圧を印加する交流電源と、交流電圧に重畳して印加される高周波電圧を発生する高周波電源と、高周波電源と一対のターゲットとの間に接続され、高周波電圧を一対のターゲットのそれぞれに対し交互に切り替えて印加するスイッチング手段とを備えることを特徴とする。
【0008】
また、本発明による成膜方法は、成膜対象物に対向して真空チャンバ内に配置された少なくとも一対のターゲットを用い、該一対のターゲット間でカソード及びアノードが交互に入れ替わるように各ターゲットに交流電圧を印加することにより成膜対象物上に膜を形成する成膜方法であって、一対のターゲットに共用の高周波電源により生成された高周波電圧を、一対のターゲットのそれぞれに対し交互に切り替えつつ交流電圧に重畳して印加することを特徴とする。
【0009】
上記したスパッタリング装置及び成膜方法においては、一対のターゲットに対して共通の高周波電源が用いられており、この高周波電源からの高周波電圧を一対のターゲットのそれぞれに交互に切り替えて印加している。このような構成により、一対のターゲットに対して高周波電源が一つで済むので、従来のデュアルカソード型スパッタリング装置と比較して装置を小型化でき、且つ生産コストを低減できる。
【0010】
また、スパッタリング装置及び成膜方法は、(スイッチング手段が、)一対のターゲットに対する高周波電圧の切り替えを交流電圧に基づいて制御することを特徴としてもよい。これにより、カソードとアノードとが入れ替わる周期に合わせた高周波電圧の切り替えを容易に且つ精度よく実現できる。
【0011】
その場合、スパッタリング装置及び成膜方法は、(スイッチング手段が、)一対のターゲットに対して高周波電圧を切り替えるタイミングを、交流電圧により該一対のターゲット間でカソード及びアノードが入れ替わるタイミングに一致させることを特徴としてもよい。或いは、スパッタリング装置及び成膜方法は、(スイッチング手段が、)一対のターゲットに対して高周波電圧を切り替えるタイミングを、交流電圧により該一対のターゲット間でカソード及びアノードが入れ替わるタイミングから所定時間だけシフトさせることを特徴としてもよい。特に、高周波電圧を切り替えるタイミングをシフトさせた場合には、例えば一方のターゲットがカソードからアノードに変化する前に他方のターゲットに対し高周波電圧を重畳させることにより、カソード/アノードの切り替え時に放電を継続させることが可能となり、高周波電源とターゲットとのインピーダンス整合を容易化できる。
【0012】
また、スパッタリング装置は、スイッチング手段が、一対のターゲットに対して高周波電圧を切り替えるためのスイッチング素子と、交流電圧に基づいて生成されスイッチング素子の制御端子に入力される制御信号を遅延させる遅延回路とを有することを特徴としてもよい。これにより、高周波電圧を切り替えるタイミングを所定時間だけシフトさせるための構成を簡易に実現できる。
【0013】
また、スパッタリング装置は、所定時間を交流電圧の半周期内で任意の時間に変更するための操作手段を更に備えることを特徴としてもよい。これにより、成膜材料の違いによる上記所定時間の調整を容易にすることができる。
【0014】
また、スパッタリング装置は、ターゲットが複数対設けられ、共通の高周波電源からスイッチング手段を介して複数対のターゲットへ高周波電圧が配分されることを特徴としてもよい。これにより、大面積の成膜対象物に対して効率良く成膜することができる。その場合、スパッタリング装置は、スイッチング手段と複数対のターゲットとの間に接続された位相調整器を更に備えることが好ましい。
【発明の効果】
【0015】
本発明によるスパッタリング装置及び成膜方法によれば、装置を小型化でき且つ生産コストを低減できる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本発明の第1実施形態に係るスパッタリング装置1Aの構成を示すブロック図である。
【図2】ターゲット4,5に対して高周波電圧を切り替えるタイミングを、交流電圧により該ターゲット4,5間でカソード及びアノードが入れ替わるタイミングに一致させた場合における、(a)一方のターゲット4に印加される交流電圧、(b)一方のターゲット4に印加される高周波電圧、(c)他方のターゲット5に印加される交流電圧、及び(d)他方のターゲット5に印加される高周波電圧をそれぞれ示すタイミングチャートである。
【図3】ターゲット4,5に対して高周波電圧を切り替えるタイミングを、交流電圧により該ターゲット4,5間でカソード及びアノードが入れ替わるタイミングから所定時間Δt(2.5マイクロ秒)だけ前にシフトさせた場合における、(a)一方のターゲット4に印加される交流電圧、(b)一方のターゲット4に印加される高周波電圧、(c)他方のターゲット5に印加される交流電圧、及び(d)他方のターゲット5に印加される高周波電圧をそれぞれ示すタイミングチャートである。
【図4】スパッタリング装置1Aが備える(a)ローパスフィルタ7、(b)高周波整合回路12、及び(c)高速スイッチング回路11の各内部構成を示す図である。
【図5】本発明の第2実施形態に係るスパッタリング装置1Bの構成を示すブロック図である。
【図6】第2実施形態の変形例としてスパッタリング装置1Cの構成を示すブロック図である。
【図7】従来のデュアルカソード型スパッタリング装置の構成を示すブロック図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、添付図面を参照しながら本発明によるスパッタリング装置および成膜方法の実施の形態を詳細に説明する。なお、図面の説明において同一の要素には同一の符号を付し、重複する説明を省略する。
【0018】
(第1の実施の形態)
図1を参照すると、第1実施形態に係るスパッタリング装置1Aは、いわゆるデュアルカソード型のスパッタリング装置であって、真空チャンバ3と、真空チャンバ3内に設けられた一対のターゲット4,5と、一対のターゲット4,5に交流電圧Vmf1,Vmf2を印加する交流電源6と、交流電源6と一対のターゲット4,5との間に設けられたローパスフィルタ7,8とを備えている。また、スパッタリング装置1Aは、交流電圧Vmf1,Vmf2に重畳して印加される高周波電圧Vrfを発生する高周波電源10と、高周波電圧Vrfを一対のターゲット4,5のそれぞれに対し交互に切り替えて印加する高速スイッチング回路11と、高速スイッチング回路11と一対のターゲット4,5との間に設けられた高周波整合回路12,13とを備えている。
【0019】
真空チャンバ3内には、成膜対象物S1が収容される。成膜対象物S1の表面に成膜される材料としては、例えば酸化亜鉛(ZnO)、SiC等の半導体層、アモルファスシリコン等が挙げられる。ターゲット4,5は、このような成膜材料から成る平板状の部材であるが、円筒形をしたターゲットを使用しても良い。ターゲット4,5は、真空チャンバ3内において成膜対象物S1に対向して配置されており、成膜対象物S1の成膜対象面に沿った方向に並んで設置されている。
【0020】
交流電源6は、一対のターゲット4,5のそれぞれと電気的に接続されており、一対のターゲット4,5間でカソード及びアノードが交互に入れ替わるように、各ターゲット4,5に交流電圧Vmf1,Vmf2を印加する。交流電源6が発生する交流電圧の周波数は、例えば10[kHz]〜40[kHz]といった中周波(MF)であり、一実施例としては20[kHz]である。また、交流電源6の定格出力は、例えば10[kW]〜30[kW]である。交流電源6は、ターゲット4,5に対して互いに逆位相となる交流電圧Vmf1,Vmf2を印加する。すなわち、交流電圧Vmf1によってターゲット4の電位が負(カソード)となるときには交流電圧Vmf2によってターゲット5の電位が正(アノード)となり、交流電圧Vmf1によってターゲット4の電位が正(アノード)であるときには交流電圧Vmf2によってターゲット5の電位が負(カソード)となる。
【0021】
ローパスフィルタ7は、その一端が交流電源6に接続され、他端がターゲット4に接続される。また、ローパスフィルタ8は、その一端が交流電源6に接続され、他端がターゲット5に接続される。ローパスフィルタ7及び8は、高周波電源10から出力された高周波電圧Vrfがターゲット4または5を介して交流電源6へ達することを防ぐために設けられる。すなわち、ローパスフィルタ7及び8は、上述した交流電源6から出力される交流電圧Vmf1,Vmf2の周波数(10〜40[kHz])を通過させ、高周波電源10から出力される高周波電圧Vrfの周波数を遮断するように設計される。
【0022】
高周波電源10は、交流電源6からターゲット4,5のそれぞれへ印加される交流電圧Vmf1,Vmf2に重畳して印加される高周波電圧Vrfを継続して発生する。高周波電源10が発生する高周波電圧Vrfの周波数は、例えば13.56[MHz]といった高周波(RF)である。高周波電源10は、一対のターゲット4,5に対して1台のみ設けられる。高周波電源10の定格出力は、例えば数百ワットである。
【0023】
高速スイッチング回路11は、本実施形態におけるスイッチング手段であり、高周波電源10と一対のターゲット4,5との間に接続されている。高速スイッチング回路11の入力端は高周波電源10の出力端に接続されており、高周波電源10から高周波電圧Vrfを入力する。スイッチング回路11は、この高周波電圧Vrfを一対のターゲット4,5のそれぞれに対し、周期的に交互に切り替えて出力する。すなわち、スイッチング回路11は、或る一定の周期のうち半周期ではターゲット4に高周波電圧Vrfを出力し、残りの半周期ではターゲット5に高周波電圧Vrfを出力するように、高周波電圧の経路を変更(スイッチング)する。こうして高周波電圧Vrfから生成された高周波電圧Vrf1,Vrf2が、ターゲット4,5の各々へ向けて高速スイッチング回路11から出力される。
【0024】
また、本実施形態の高速スイッチング回路11には、交流電源6から制御信号Scが提供される。この制御信号Scは、高速スイッチング回路11における一対のターゲット4,5に対する高周波電圧Vrfの切り替えを、交流電圧Vmf1またはVmf2に基づいて制御するための信号である。この制御信号Scは、交流電圧Vmf1またはVmf2そのものでもよく、交流電圧Vmf1またはVmf2に基づいて生成された周期的な信号でもよい。高速スイッチング回路11は、制御信号Scに基づいて、ターゲット4,5に対して高周波電圧Vrfを切り替えるタイミングを、交流電圧Vmf1,Vmf2によりターゲット4,5間でカソード及びアノードが入れ替わるタイミングに一致させるか、或いは所定時間だけシフトさせる。
【0025】
高周波整合回路12,13は、高周波電源10及び高速スイッチング回路11とターゲット4,5との間でインピーダンスを整合させるための回路(マッチングボックス)である。高周波整合回路12は、その一端が高速スイッチング回路11に接続され、他端がターゲット4に接続される。また、高周波整合回路13は、その一端が高速スイッチング回路11に接続され、他端がターゲット5に接続される。
【0026】
ここで、図2及び図3は、(a)一方のターゲット4に印加される交流電圧Vmf1、(b)一方のターゲット4に印加される高周波電圧Vrf1、(c)他方のターゲット5に印加される交流電圧Vmf2、及び(d)他方のターゲット5に印加される高周波電圧Vrf2、をそれぞれ例示するタイミングチャートである。
【0027】
図2に示す例では、高速スイッチング回路11は、ターゲット4への交流電圧Vmf1が負となっている間(すなわちターゲット4がカソードとなっている間)に高周波電圧Vrf1をターゲット4へ印加し、ターゲット5への交流電圧Vmf2が負となっている間(すなわちターゲット5がカソードとなっている間)に高周波電圧Vrf2をターゲット5へ印加する。また、図2では、ターゲット4,5に対して高周波電圧Vrfを切り替えるタイミングTaを、交流電圧Vmf1(またはVmf2)によりターゲット4,5間でカソード及びアノードが入れ替わるタイミングTbに一致させている。これにより、ターゲット4への交流電圧Vmf1が負となっている期間(すなわちターゲット4がカソードとなっている期間)と、高周波電圧Vrf1が印加されている期間とは完全に一致することとなる。なお、交流電圧Vmf1,Vmf2の周波数が20[kHz]の場合、ターゲット4,5の間でカソードが切り替わってから再び切り替わるまでの時間(図中のΔT)は25マイクロ秒である。
【0028】
また、図3に示す例では、高速スイッチング回路11は、ターゲット4への交流電圧Vmf1が主に負となっている間に高周波電圧Vrf1をターゲット4へ印加し、ターゲット5への交流電圧Vmf2が主に負となっている間に高周波電圧Vrf2をターゲット5へ印加する。しかしながら、高速スイッチング回路11は、ターゲット4,5に対して高周波電圧を切り替えるタイミングTaを、交流電圧Vmf1(またはVmf2)によりターゲット4,5間でカソード及びアノードが入れ替わるタイミングTbから所定時間Δtだけ前にシフトさせている。この所定時間Δtは、例えばΔTの1/10であり、ΔTが25マイクロ秒である場合、Δtは例えば2.5マイクロ秒である。なお、このΔtは成膜材料の種類や成膜条件により最適な値が異なるため、スパッタリング装置1Aにおいて操作者が調整可能であることが望ましい。また、ターゲット4,5に対して高周波電圧を切り替える際、印加終了側のターゲットへの高周波電圧の印加時間を若干遅れさせることにより、二つのターゲット4,5に対して瞬間的に同時に高周波電圧が印加されるようにしてもよい。この場合、ターゲット4,5に対する高周波電圧の印加時間は、上述したΔTよりも若干長くなる。
【0029】
図4は、スパッタリング装置1Aが備える(a)ローパスフィルタ7、(b)高周波整合回路12、及び(c)高速スイッチング回路11の各内部構成の一例を示している。なお、本実施形態において、ローパスフィルタ8の構成はローパスフィルタ7の構成と同様であり、また高周波整合回路13の構成は高周波整合回路12の構成と同様である。
【0030】
図4(a)を参照すると、ローパスフィルタ7は、入力端7a、出力端7b、インダクタ14及び15、並びにコンデンサ16によって構成されており、いわゆるT型ローパスフィルタの構成を有している。具体的には、入力端7aと出力端7bとの間にインダクタ14及び15が直列に接続されており、コンデンサ16の一方の電極がインダクタ14とインダクタ15との接点に、他方の電極が接地電位にそれぞれ接続されている。なお、入力端7aは交流電源6の出力端に接続され、出力端7bはターゲット4に接続される。
【0031】
また、図4(b)を参照すると、高周波整合回路12は、入力端12a、出力端12b、容量可変コンデンサ17及び18、並びにインダクタ19によって構成される。具体的には、容量可変コンデンサ17の一方の電極がインダクタ19を介して入力端12aと接続されており、他方の電極が出力端12bと接続されている。また、容量可変コンデンサ18の一方の電極が入力端12aに、他方の電極が接地電位にそれぞれ接続されている。なお、入力端12aは高速スイッチング回路11に接続され、出力端12bはターゲット4に接続される。
【0032】
また、図4(c)を参照すると、高速スイッチング回路11は、入力端11a,11b及び出力端11c,11dと、例えばトランジスタといった一対のスイッチング素子20,21と、スイッチング素子20,21の動作を制御する制御回路22と、遅延回路23とを有する。一対のスイッチング素子20,21は、一対のターゲット4,5に対して高周波電圧Vrfを切り替えるための素子である。スイッチング素子20,21は、その一方の電流端子同士が互いに接続され、これらの電流端子は更に入力端11aに接続されている。この入力端11aには、高周波電源10から高周波電圧Vrfが入力される。また、スイッチング素子20,21の他方の電流端子は、それぞれ出力端11c,11dに接続されている。スイッチング素子20,21の制御端子は、制御回路22に接続されている。制御回路22は、入力端11bを介して交流電源6から制御信号Scを入力する。制御回路22は、制御信号Scに基づいて、制御信号Scと同じ周期で互いに逆位相の2つの制御信号Sc1,Sc2を生成し、これらをスイッチング素子20,21の制御端子(典型的にはベース端子)へ提供する。
【0033】
遅延回路23は、入力端11bと制御回路22との間に接続され、制御信号Scを遅延させる(ひいては、制御信号Sc1,Sc2を遅延させる)ための回路である。例えば、遅延回路23が制御信号Scを所定時間(ΔT−Δt)だけ遅延させることにより、スイッチング素子20,21のスイッチング動作が(ΔT−Δt)だけ遅延し、図3に示したように、タイミングTaがタイミングTbから(ΔT−Δt)だけ遅延、すなわち所定時間Δtだけ前にシフトすることと同義となる。
【0034】
この遅延回路23には、上記所定時間Δtを交流電圧Vmf1,Vmf2の半周期(ΔT)内で任意の時間に変更するための操作手段24が接続されていることが好ましい。操作手段24は操作者によって操作され、成膜材料の種類や成膜条件により最適なΔtが設定される。これにより、遅延回路23は、この最適なΔtが実現されるように遅延時間(ΔT−Δt)を制御することが可能となる。なお、所定時間Δtは負の値であっても条件によっては好ましい場合がある。
【0035】
以上に説明した本実施形態のスパッタリング装置1Aを用いた成膜方法は、次の通りである。すなわち、本実施形態に係る成膜方法は、成膜対象物S1と対向して真空チャンバ3内に配置された一対のターゲット4,5を用い、該一対のターゲット4,5間でカソード及びアノードが交互に入れ替わるように各ターゲット4,5に交流電圧Vmf1,Vmf2を印加することにより成膜対象物S1上に膜を形成する。そして、この成膜の際に、ターゲット4,5に共用の高周波電源10により生成された高周波電圧Vrfを、ターゲット4,5のそれぞれに対し交互に切り替えつつ交流電圧Vmf1,Vmf2に重畳して印加する。
【0036】
また、本実施形態に係る成膜方法では、ターゲット4,5に対する高周波電圧Vrfの切り替えを交流電圧Vmf1又はVmf2に基づいて制御する。そして、ターゲット4,5に対して高周波電圧Vrfを切り替えるタイミングTaを、交流電圧Vmf1,Vmf2によりターゲット4,5間でカソード及びアノードが入れ替わるタイミングTbに一致させるか、或いは所定時間Δtだけシフトさせる。
【0037】
本実施形態によるスパッタリング装置1A及び成膜方法によれば、一対のターゲット4,5に対して高周波電源10が一つで済むので、従来の高周波重畳型のデュアルカソード型スパッタリング装置と比較して装置を小型化でき、且つ生産コストを低減できる。
【0038】
また、本実施形態のように、高速スイッチング回路11は、ターゲット4,5に対する高周波電圧Vrfの切り替えを交流電圧Vmf1,Vmf2に基づいて制御することが好ましい。これにより、カソードとアノードとが入れ替わる周期に合わせた高周波電圧Vrfの切り替えを容易に且つ精度よく実現できる。
【0039】
その場合、高速スイッチング回路11は、本実施形態のように、ターゲット4,5に対して高周波電圧Vrfを切り替えるタイミングTaを、交流電圧Vmf1,Vmf2によりターゲット4,5間でカソード及びアノードが入れ替わるタイミングTbから所定時間Δt(但し、0<|Δt|<ΔT)だけシフトさせることが更に好ましい。これにより、例えば一方のターゲット4がカソードからアノードに変化する前に他方のターゲット5に対し高周波電圧Vrfを重畳させることができるので、カソード/アノードの切り替え時に放電(プラズマ)を継続させることが可能となる。一般的に、放電時と非放電時とでは高周波電源とターゲットとの間のインピーダンス整合条件が大きく異なるため、このように放電を継続させることにより、高周波電源10とターゲット4,5との間の高周波整合回路12,13によるインピーダンス整合を容易化でき、またカソード/アノードの切り替え時に、いわゆるトリガー動作を省略して放電を開始させることも可能となる。
【0040】
また、本実施形態のように、高速スイッチング回路11は、一対のターゲット4,5に対して高周波電圧Vrfを切り替えるためのスイッチング素子20,21と、交流電圧Vmf1,Vmf2に基づいて生成されスイッチング素子20,21の制御端子に入力される制御信号Sc1,Sc2を遅延させる遅延回路23とを有することが好ましい。これにより、高周波電圧Vrfを切り替えるタイミングTaを所定時間Δtだけシフトさせるための構成を簡易に実現できる。
【0041】
(第2の実施の形態)
図5を参照すると、第2実施形態に係るスパッタリング装置1Bは、成膜対象物S2が収容される真空チャンバ33内にターゲット4,5を複数対(図では3対)備えており、共通の高周波電源10から高速スイッチング回路31を介して複数対のターゲット4,5へ高周波電圧Vrfが配分される構成を備えている。
【0042】
より詳細に説明すると、スパッタリング装置1Bは、真空チャンバ33と、真空チャンバ33内に設けられたN対(但しN≧2)のターゲット4,5と、N対のターゲット4,5に交流電圧Vmf1,Vmf2を印加するN個の交流電源6と、各交流電源6と各ターゲット4,5との間に設けられたN組のローパスフィルタ7,8とを備えている。また、スパッタリング装置1Bは、高周波電圧Vrfを発生する一つの高周波電源10と、N対のターゲット4,5へ高周波電圧Vrfを配分するとともに、高周波電圧Vrfを各対のターゲット4,5において交互に切り替えて印加する高速スイッチング回路31と、高速スイッチング回路31とターゲット4,5との間に設けられたN組の高周波整合回路12,13とを備えている。なお、これらの構成要素のうち、交流電源6、ローパスフィルタ7,8、高周波電源10、及び高周波整合回路12,13の構成については、既述した第1実施形態と同様であるため説明を省略する。
【0043】
真空チャンバ33内には、成膜対象物S2が収容される。複数のターゲット4,5は、真空チャンバ33内において成膜対象物S2に対向して配置されており、成膜対象物S2の成膜対象面に沿った方向に並んで設置されている。
【0044】
高速スイッチング回路31は、本実施形態におけるスイッチング手段であり、高周波電源10とN対のターゲット4,5との間に接続されている。高速スイッチング回路31の入力端は高周波電源10の出力端に接続されており、高周波電源10から高周波電圧Vrfを入力する。スイッチング回路31は、この高周波電圧VrfをN対のターゲット4,5のそれぞれに配分するとともに、対になる(互いに隣り合う)ターゲット4,5に対して周期的に交互に切り替えて高周波電圧Vrfを出力する。こうして高周波電圧Vrfから生成された高周波電圧Vrf1,Vrf2が、N対のターゲット4,5の各々へ向けて高速スイッチング回路31から出力される。
【0045】
また、高速スイッチング回路31には、N個の交流電源6のそれぞれから制御信号Scが提供される。これらの制御信号Scは、各交流電源6に接続されたターゲット4,5に対する高周波電圧Vrfの切り替えを、当該ターゲット4,5に印加される交流電圧Vmf1またはVmf2に基づいて制御するための信号である。第1実施形態と同様に、高速スイッチング回路31は、制御信号Scに基づいて、ターゲット4,5に対して高周波電圧Vrfを切り替えるタイミングTaを、交流電圧Vmf1,Vmf2によりターゲット4,5間でカソード及びアノードが入れ替わるタイミングTbに一致させるか、或いは所定時間Δtだけシフトさせる。なお、N個の交流電源6の出力の位相をそれぞれ同期させない場合には、第n番目(nは1以上N以下の整数)の交流電源6の制御信号Scを用いて、第n番目のターゲット対4,5に入力される高周波電圧Vrfのスイッチングを制御する。
【0046】
以上の構成を備える本実施形態のスパッタリング装置1Bによれば、ターゲット4,5が複数対設けられ、共通の高周波電源10から高速スイッチング回路31を介してターゲット4,5へ高周波電圧Vrfが配分されるので、大面積の成膜対象物S2に対しても効率良く成膜することができる。
【0047】
(変形例)
図6は、上述した第2実施形態に係るスパッタリング装置1Bの変形例として、スパッタリング装置1Cの構成を示すブロック図である。本変形例に係るスパッタリング装置1Cと第2実施形態に係るスパッタリング装置1Bとの相違点は、本変形例に係るスパッタリング装置1Cが位相調整器(フェイズシフター)34,35を備えている点である。位相調整器34,35は、N対のターゲット4,5に対応してN組設けられており、位相調整器34は高速スイッチング回路31と高周波整合回路12との間に接続され、位相調整器35は高速スイッチング回路31と高周波整合回路13との間に接続される。位相調整器34,35は、高速スイッチング回路31から出力されターゲット4,5へ提供される高周波電圧Vrf1,Vrf2の位相を、N対のターゲット4,5それぞれにおいて個別に調整することを可能にする。
【0048】
本発明によるスパッタリング装置及び成膜方法は、上記した実施形態に限られるものではなく、他に様々な変形が可能である。例えば、上記各実施形態では、交流電圧Vmf1,Vmf2並びに高周波電圧Vrfが正弦波である場合について例示しているが、交流電圧や高周波電圧が矩形波や三角波、或いは任意の波形であっても、本発明の効果を好適に得ることができる。
【0049】
また、上記第2実施形態ではN対のターゲットに対応してN個の交流電源6を設けた例を説明したが、交流電源はターゲット対の数より少なくてもよく、一つの交流電源を複数対のターゲットに使用してもよい。
【符号の説明】
【0050】
1A,1B,1C…スパッタリング装置、3,33…真空チャンバ、4,5…ターゲット、6…交流電源、7,8…ローパスフィルタ、10…高周波電源、11,31…高速スイッチング回路、12,13…高周波整合回路、34,35…位相調整器、S1,S2…成膜対象物、Sc,Sc1,Sc2…制御信号、Vmf1,Vmf2…交流電圧、Vrf,Vrf1,Vrf2…高周波電圧。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
真空チャンバと、
前記真空チャンバ内に設けられ、成膜対象物に対向して配置された少なくとも一対のターゲットと、
該一対のターゲット間でカソード及びアノードが交互に入れ替わるように各ターゲットに交流電圧を印加する交流電源と、
前記交流電圧に重畳して印加される高周波電圧を発生する高周波電源と、
前記高周波電源と前記一対のターゲットとの間に接続され、前記高周波電圧を前記一対のターゲットのそれぞれに対し交互に切り替えて印加するスイッチング手段と
を備えることを特徴とする、スパッタリング装置。
【請求項2】
前記スイッチング手段は、前記一対のターゲットに対する前記高周波電圧の切り替えを前記交流電圧に基づいて制御することを特徴とする、請求項1に記載のスパッタリング装置。
【請求項3】
前記スイッチング手段は、前記一対のターゲットに対して前記高周波電圧を切り替えるタイミングを、前記交流電圧により該一対のターゲット間でカソード及びアノードが入れ替わるタイミングに一致させることを特徴とする、請求項2に記載のスパッタリング装置。
【請求項4】
前記スイッチング手段は、前記一対のターゲットに対して前記高周波電圧を切り替えるタイミングを、前記交流電圧により該一対のターゲット間でカソード及びアノードが入れ替わるタイミングから所定時間だけシフトさせることを特徴とする、請求項2に記載のスパッタリング装置。
【請求項5】
前記スイッチング手段は、
前記一対のターゲットに対して前記高周波電圧を切り替えるためのスイッチング素子と、
前記交流電圧に基づいて生成され前記スイッチング素子の制御端子に入力される制御信号を遅延させる遅延回路と
を有することを特徴とする、請求項4に記載のスパッタリング装置。
【請求項6】
前記所定時間を前記交流電圧の半周期内で任意の時間に変更するための操作手段を更に備えることを特徴とする、請求項4または5に記載のスパッタリング装置。
【請求項7】
前記ターゲットが複数対設けられ、共通の前記高周波電源から前記スイッチング手段を介して前記複数対のターゲットへ前記高周波電圧が配分されることを特徴とする、請求項1〜6のいずれか一項に記載のスパッタリング装置。
【請求項8】
前記スイッチング手段と前記複数対のターゲットとの間に接続された位相調整器を更に備えることを特徴とする、請求項7に記載のスパッタリング装置。
【請求項9】
成膜対象物に対向して真空チャンバ内に配置された少なくとも一対のターゲットを用い、該一対のターゲット間でカソード及びアノードが交互に入れ替わるように各ターゲットに交流電圧を印加することにより前記成膜対象物上に膜を形成する成膜方法であって、
前記一対のターゲットに共用の高周波電源により生成された高周波電圧を、前記一対のターゲットのそれぞれに対し交互に切り替えつつ前記交流電圧に重畳して印加することを特徴とする、成膜方法。
【請求項10】
前記一対のターゲットに対する前記高周波電圧の切り替えを前記交流電圧に基づいて制御することを特徴とする、請求項9に記載の成膜方法。
【請求項11】
前記一対のターゲットに対して前記高周波電圧を切り替えるタイミングを、前記交流電圧により該一対のターゲット間でカソード及びアノードが入れ替わるタイミングに一致させることを特徴とする、請求項10に記載の成膜方法。
【請求項12】
前記一対のターゲットに対して前記高周波電圧を切り替えるタイミングを、前記交流電圧により該一対のターゲット間でカソード及びアノードが入れ替わるタイミングから所定時間だけシフトさせることを特徴とする、請求項10に記載の成膜方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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