説明

スピロメトラ属条虫の幼虫が産生する抗リウマチ因子

【課題】 スピロメトラ属条虫の幼虫が産生する新規な抗リウマチ因子の提供。
【解決手段】 スピロメトラ属条虫、例えば、マンソン裂頭条虫の第3期幼虫(擬充尾虫)の虫体培養液上清を限外濾過濃縮し、アニオン交換樹脂カラム精製ついでレクチンカラム精製に付して得ることのできる、破骨細胞形成・分化抑制、マクロファージ細胞が産生する炎症性サイトカインの遺伝子発現抑制および一酸化窒素合成抑制活性を有する分子サイズ90kDaの糖蛋白からなる抗リウマチ因子。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、スピロメトラ(Spirometra)属条虫の幼虫が産生する新規な抗リウマチ因子に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、スピロメトラ属条虫の第3期幼虫(plerocercoid;擬充尾虫)が産生する種々の生理活性物質が研究されている。例えば、我が国をはじめ、アジア、ヨーロッパ、オーストラリア大陸に広く分布するマンソン裂頭条虫(Spirometra erinaceieuropaei)の擬充尾虫について、それに感染したマウスの成長が促進されることから、非特許文献1では、擬充尾虫によるインスリン様活性と成長ホルモン様活性を有する物質の産生が示唆されている。また、非特許文献2では、擬充尾虫の産生する成長ホルモン様因子が精製され、分子サイズ27kDaの糖蛋白であることが報告されている。さらに、非特許文献3では、擬充尾虫によるマクロファージ抑制因子の産生が報告されている。
【非特許文献1】寄生虫学雑誌、第42巻、第3号、185〜192頁(1993年)
【非特許文献2】米子医学雑誌、第50巻、131〜142頁(1999年)
【非特許文献3】臨床免疫、第39巻、第2号、141〜148頁(2003年)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
本発明は、スピロメトラ属条虫の幼虫が産生する新規な抗リウマチ因子を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0004】
本発明者らは、上記したマンソン裂頭条虫の擬充尾虫のマクロファージ抑制因子についてさらに鋭意研究を重ねた。該因子は、トリプシンやプロテアーゼKで処理すると、マクロファージ細胞が産生する炎症性サイトカインの遺伝子発現抑制活性が消失し、また、加熱すると活性が消失することから蛋白性因子であると考えられた。また、他の寄生虫で糖蛋白がマクロファージの機能を抑制することが知られていることから、糖蛋白と推察された。そこで、擬充尾虫体の培養液から、成長ホルモン因子以外の糖蛋白を精製すべく検討した結果、分子サイズ90kDaの糖蛋白の精製に成功し、これが抗リウマチ因子であることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0005】
すなわち、本発明は、
(1)スピロメトラ属条虫第3期幼虫(擬充尾虫)の虫体培養液の上清を限外濾過濃縮し、アニオン交換樹脂カラム精製ついでレクチンカラム精製に付して得ることのできる、破骨細胞形成・分化抑制、マクロファージ細胞が産生する炎症性サイトカインの遺伝子発現抑制および一酸化窒素合成抑制活性を有する分子サイズ90kDaの糖蛋白、
(2)スピロメトラ属条虫がマンソン裂頭条虫である上記(1)記載の糖蛋白、
(3)レクチンカラムがヒマ凝集素(Ricinus communis agglutinin(RCA))−アガロースカラムと小麦胚芽凝集素(wheat germ agglutinin(WGA))−アガロースカラムの組み合わせである上記(1)記載の糖蛋白、
(4)上記(1)記載の糖蛋白からなる抗リュウマチ因子、
(5)スピロメトラ属条虫第3期幼虫の虫体培養液の上清を限外濾過濃縮し、アニオン交換樹脂カラム精製ついでレクチンカラム精製に付して精製して破骨細胞形成・分化抑制、マクロファージ細胞が産生する炎症性サイトカインの遺伝子発現抑制および一酸化窒素合成抑制活性を有する分子サイズ90kDaの糖蛋白を含有する画分を得ることを特徴とする抗リウマチ因子の製造法、
(6)スピロメトラ属条虫がマンソン裂頭条虫である上記(5)記載の製造法、および
(7)レクチンカラムがRCA−アガロースカラムとWGA−アガロースカラムの組み合わせである上記(5)記載の製造法を提供するものである。
【発明の効果】
【0006】
得られた分子サイズ90kDaの糖蛋白は、破骨細胞形成・分化を抑制し、マクロファージ細胞が産生するTNF−α、IL−1β等の炎症性サイトカインの遺伝子発現および一酸化窒素合成も抑制する。したがって、該蛋白は、リウマチ様関節炎を抑制する能力を有する抗リウマチ因子である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0007】
本発明を実施するには、まず、適宜の宿主、例えば、ヘビ、マウス、ラット、ハムスター等に感染したスピロメトラ属条虫、例えば、マンソン裂頭条虫の擬充尾虫を回収して使用する。
【0008】
本発明の抗リウマチ因子は、宿主から回収した擬充尾虫を培養し、その培養液の上清から所望の糖蛋白画分を精製することにより得られる。
擬充尾虫の培養は、適宜の液体培地、例えば、DMEM培地に1隻/mL入れて、通常、30℃で24時間行う。
得られた培養液を回収し、例えば、遠心分離等で不溶物を除去し、限外濾過により濃縮する。SDS−ポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS−PAGE)により、目的とする因子の分子サイズが90kDa程度であることが判明しているので、少なくともこのサイズ付近の分子が濃縮できる限外濾過濃縮を行うことが好ましい。この際、培養液は適宜の緩衝液、例えば、25mMトリス−塩酸緩衝液に置き換える。
ついで、限外濾過濃縮した濃縮液をアニオン交換樹脂カラムで精製する。用いるアニオン交換樹脂としては、強アニオン交換樹脂、例えば、液体クロマトグラフィー用の単分散系親水性ポリマービーズをベースとした4級アミノ基を有する樹脂が挙げられ、濃縮液をカラムに吸着させた後、適宜の緩衝液、例えば、食塩の25mMトリス−塩酸緩衝液溶液で勾配溶離する。
溶出した画分を、糖蛋白の糖鎖と結合するレクチンカラムで精製し、レクチンと結合する糖鎖を含む画分を溶出させる。レクチンカラムとしては、RCA−アガロースカラムとWGA−アガロースカラムの2種類を使用し、RCAと結合する糖鎖を有する画分を分離した後、この画分中のWGAと結合する糖鎖を有する画分を分離することにより、所望の因子が精製できる。
【0009】
本明細書における分子サイズ90kDaの糖蛋白とは、SDS−PAGEによる分子量が90±10kDaの糖蛋白の画分をいう。
得られた糖蛋白画分は、以下のとおりの活性を有する抗リュウマチ因子である。
(1)マウス骨髄細胞をM−CSFとRANKLにて共刺激すると、破骨細胞(酒石酸抵抗性酸フォスファターゼ陽性の多核細胞)に分化するが、例えば、該画分10ng/mLを添加すると破骨細胞への分化が抑制される。
(2)破骨細胞に特異的に発現する酒石酸抵抗性酸フォスファターゼ遺伝子およびカルシトニン受容体遺伝子の発現を抑制する。
(3)マクロファージ細胞が産生する炎症性サイトカイン(TNF−α、IL−1β)の遺伝子発現、および一酸化窒素合成を抑制する。
(4)トリプシン処理によりこれらの活性は消滅するため、活性中心は、糖鎖よりも蛋白分子にあると推察される。
かくして、本発明の抗リウマチ因子は、リウマチ様関節炎を抑制する能力を有し、医薬の有効成分として使用可能である。
以下に実施例を挙げて、本発明の抗リウマチ因子の精製についてさらに詳しく説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。
【実施例1】
【0010】
既感染ハムスターから、マンソン裂頭条虫の擬充尾虫を回収し、1隻/mLになるようにDMEM培地に入れて、30℃で24時間培養した。培養液を回収し、10,000gで30分遠心し不溶物を取り除いた。この培養液を限外濾過ユニット[Amicon Ultra-15 Centrifugal Filter Units (Nihon Millipore Ltd., Tokyo, Japan)]を用いて、この培養液を25mMトリス−塩酸緩衝液(pH7.4)に置き換え、さらに濃縮して、250μg/mLに調整した。
これを、同じ緩衝液で平衡化したアニオン交換樹カラム[MonoQ HR 5/5 anion-exchange column (Amersham Biosciences Corp., Piscataway, NJ)]に適用し、0.1、0.2、0.3、0.4、0.5M NaClを含む25mMトリス−塩酸緩衝液(pH7.4)を用いて勾配溶離した。
0.3M NaClを含む25mMトリス−塩酸緩衝液(pH7.4)により溶出された画分をRCA(RCA120)−アガロースカラム[(Seikagaku Corp., Tokyo, Japan)]に適用し、0.2M乳糖を含む25mMトリス−塩酸緩衝液(pH7.4)を用いて、RCA120と結合する糖鎖を含む画分を溶出した。ついで、得られた画分をさらに、WGA−アガロースカラム[(Seikagaku Corp., Tokyo, Japan)]に適用し、0.2M N−アセチル−D(+)−グルコサミンを含む25mMトリス−HCl緩衝液(pH7.4)を用いて、WGAと結合する糖鎖を含む画分を溶出し、所望の糖蛋白を得た。
WGA−アガロースカラムより溶出された最終分画の純度を確認するため、SDS−PAGEを用いて展開し、ルビー染色により染色した。約8mLの擬充尾虫培養液(蛋白量2mg)より、約2μgの所望の糖蛋白が得られた。
【0011】
C57BL/6マウス骨髄細胞を20ng/mL RANKLと50ng/mL M−CSFで5日間培養すると、破骨細胞(酒石酸抵抗性酸フォスファターゼ陽性の多核細胞)に分化するが(添付の図1参照)、RANKLとM−CSFで刺激後、4日目に上記で得られた糖蛋白を10ng/mL添加すると、添付の図2に示すごとく、酒石酸抵抗性酸フォスファターゼ陽性細胞の割合は減少し、多核に融合した細胞もほとんど見られなくなり、破骨細胞への分化が抑制された。
図1中、酒石酸抵抗性酸フォスファターゼ染色により濃く染色された大型の細胞が酒石酸抵抗性酸フォスファターゼ陽性多核細胞(破骨細胞)であり、図2中、濃く染色された粒状物が未分化の破骨細胞である。
【産業上の利用可能性】
【0012】
以上記載したごとく、本発明で得られる糖蛋白は、破骨細胞形成・分化を抑制し、マクロファージ細胞が産生する炎症性サイトカインの遺伝子発現を抑制し、また、一酸化窒素合成も抑制するので、抗リウマチ因子としての作用を発揮し、リウマチ様関節炎を抑制する能力を有する。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】マウス骨髄細胞からM−CSFとRANKLの共刺激で分化した破骨細胞の酒石酸抵抗性酸フォスファターゼ染色した100倍の図面代用顕微鏡写真である。
【図2】図1の細胞に、本発明の糖蛋白を添加して培養した未分化破骨細胞の図面代用顕微鏡写真である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
スピロメトラ(Spirometra)属条虫第3期幼虫(擬充尾虫)の虫体培養液の上清を限外濾過濃縮し、アニオン交換樹脂カラム精製ついでレクチンカラム精製に付して得ることのできる、破骨細胞形成・分化抑制、マクロファージ細胞が産生する炎症性サイトカインの遺伝子発現抑制および一酸化窒素合成抑制活性を有する分子サイズ90kDaの糖蛋白。
【請求項2】
スピロメトラ属条虫がマンソン裂頭条虫(Spirometra erinaceieuropaei)である請求項1記載の糖蛋白。
【請求項3】
レクチンカラムがヒマ凝集素(Ricinus communis agglutinin(RCA))−アガロースカラムと小麦胚芽凝集素(wheat germ agglutinin(WGA))−アガロースカラムの組み合わせである請求項1記載の糖蛋白。
【請求項4】
請求項1記載の糖蛋白からなる抗リュウマチ因子。
【請求項5】
スピロメトラ属条虫第3期幼虫の虫体培養液の上清を限外濾過濃縮し、アニオン交換樹脂カラム精製ついでレクチンカラム精製に付して精製して破骨細胞形成・分化抑制、マクロファージ細胞が産生する炎症性サイトカインの遺伝子発現抑制および一酸化窒素合成抑制活性を有する分子サイズ90kDaの糖蛋白を含有する画分を得ることを特徴とする抗リウマチ因子の製造法。
【請求項6】
スピロメトラ属条虫がマンソン裂頭条虫である請求項5記載の製造法。
【請求項7】
レクチンカラムがRCA−アガロースカラムとWGA−アガロースカラムの組み合わせである請求項5記載の製造法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2006−282631(P2006−282631A)
【公開日】平成18年10月19日(2006.10.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−107634(P2005−107634)
【出願日】平成17年4月4日(2005.4.4)
【出願人】(504150461)国立大学法人鳥取大学 (271)
【Fターム(参考)】