説明

スピーカー用振動板及びその製造方法

【課題】音の再現性を低下させることなく、優れた耐食性を有するマグネシウム合金製のスピーカー用振動板及びその製造方法を提供する。
【解決手段】本発明は、スピーカーユニットに使用されるスピーカー用振動板であって、マグネシウム合金製の基材と、この基材の表面に形成されたポリ尿素膜と、を有することを特徴としている。また、本発明は、スピーカーユニットに使用されるスピーカー用振動板の製造方法であって、マグネシウム合金により、スピーカー用振動板の基材を形成する段階と、真空中においてジアミン成分を蒸発させる段階と、真空中においてジイソシアナート成分を蒸発させる段階と、蒸発されたジアミン成分及びジイソシアナート成分を、真空中において基材に蒸着させ、基材の表面でジアミン成分及びジイソシアナート成分を重合させてポリ尿素膜を形成する段階と、を有することを特徴としている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、スピーカー用振動板及びその製造方法に関し、特に、スピーカーユニットに使用されるマグネシウム合金製の振動板及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
マグネシウムおよびマグネシウム合金(本明細書においてマグネシウム合金と言う。)は、音楽、音声再生用スピーカーの振動板の素材として優れていることが知られている。即ち、マグネシウム合金は、軽量で、内部損失が大きく、また、比剛性が高いためスピーカーの振動板に非常に適した材料であり、これを使用したスピーカー用振動板が知られている。
【0003】
しかしながら、マグネシウム合金には、一般にスピーカー用振動板として用いられるチタニウムやアルミニウムなどの他の金属よりも耐食性が劣るという問題がある。このため、マグネシウム合金製のスピーカー振動板には、必ず厚さの厚い表面処理を施す必要がある。
【0004】
マグネシウム合金製のスピーカー振動板に施す防錆のための表面処理としては、マグネシウム合金の表面に直接アクリル樹脂などの一般の塗料を塗布したり、下地処理として化成処理及び陽極酸化を施した後に塗料を塗布することが行われている。
【0005】
特開昭57−65997号公報(特許文献1)には、スピーカー用振動板が記載されている。このスピーカー用振動板においては、マグネシウム合金製の基板上に、ポリオレフィン系樹脂、ポリウレタン、ポリエステル、ポリカーボネートポリアミド樹脂、ポリイミド樹脂等の皮膜が形成されている。
【0006】
また、特開昭58−159093号公報(特許文献2)には、音響振動体が記載されている。この音響振動体においては、マグネシウム合金製の基体上に、薄いキシリレン樹脂あるいはポリパラキシリレン樹脂の皮膜が形成されている。
【0007】
【特許文献1】特開昭57−65997号公報
【特許文献2】特開昭58−159093号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、特開昭57−65997号公報及び特開昭58−159093号公報に記載された皮膜においては、十分な耐食性を得るためには、皮膜の膜厚を十分に厚くする必要があるという問題がある。即ち、スピーカーの振動板は、人間の手指が触れる環境に設置されたり、自動車の車室内に設置されるという厳しい環境下で使用されるものであり、十分な耐食性を得るためには、皮膜の膜厚を十分に厚くする必要がある。マグネシウム合金製の基材上に厚い被膜が形成されると、振動板の重量が増加するのに対し、その強度はあまり増大せず、結果として振動板の比剛性が低下することになる。このため、マグネシウム合金の振動板としての優れた特性を十分に活かすことができず、音の再現性が低下するという問題がある。
【0009】
従って、本発明は、音の再現性を低下させることなく、優れた耐食性を有するマグネシウム合金製のスピーカー用振動板及びその製造方法を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上述した課題を解決するために、本発明は、スピーカーユニットに使用されるスピーカー用振動板であって、マグネシウム合金製の基材と、この基材の表面に形成されたポリ尿素膜と、を有することを特徴としている。
このように構成された本発明によれば、音の再現性を低下させることなく、優れた耐食性を有するマグネシウム合金製のスピーカー用振動板を得ることができる。
【0011】
本発明において、好ましくは、ポリ尿素膜は、振動板の表側表面に形成された膜厚と振動板の裏側表面に形成された膜厚の合計が、基材の厚さの1/10以下である。
このように構成された本発明によれば、ポリ尿素膜の膜厚が、基材に比べ十分に薄いので、振動板全体としての比剛性が、皮膜により大きく低下することが無く、音質の優れたスピーカー用振動板を得ることができる。
【0012】
本発明において、好ましくは、ポリ尿素膜は、ジアミン成分及びジイソアシナート成分を含み、ジアミン成分よりもジイソアシナート成分を過剰に含んでいる。
このように構成された本発明によれば、ポリ尿素膜の膜厚を薄く形成しても十分な耐食性を得ることができる。
【0013】
また、本発明は、スピーカーユニットに使用されるスピーカー用振動板の製造方法であって、マグネシウム合金により、スピーカー用振動板の基材を形成する段階と、真空中においてジアミン成分を蒸発させる段階と、真空中においてジイソシアナート成分を蒸発させる段階と、蒸発されたジアミン成分及びジイソシアナート成分を、真空中において基材に蒸着させ、基材の表面でジアミン成分及びジイソシアナート成分を重合させてポリ尿素膜を形成する段階と、を有することを特徴としている。
本発明の製造方法によれば、音の再現性を低下させることなく、優れた耐食性を有するマグネシウム合金製のスピーカー用振動板を製造することができる。
【0014】
本発明の製造方法において、好ましくは、さらに、基材の表面に形成されたポリ尿素膜に、紫外線を照射する段階、及び/又は電子線を照射する段階を有する。
このように構成された本発明の製造方法によれば、ポリ尿素膜の密着性を向上させることができる。
【0015】
本発明の製造方法において、好ましくは、さらに、基材の表面に形成されたポリ尿素膜を、60℃〜200℃に加熱する段階を有する。
このように構成された本発明の製造方法によれば、ポリ尿素膜の密着性を向上させることができる。
【発明の効果】
【0016】
本発明のスピーカー用振動板及びその製造方法によれば、音の再現性を低下させることなく、優れた耐食性を有するマグネシウム合金製のスピーカー用振動板を得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
次に、添付図面を参照して、本発明の好ましい実施形態を説明する。
本発明の実施形態によるスピーカー用振動板は、マグネシウム合金製の基材の表側及び裏側の表面上に、ポリ尿素膜を形成することにより構成されている。
【0018】
基材を形成するマグネシウム合金として、AZ31、AZ61、AZ91等を使用することができ、純マグネシウムを使用することもできる。本実施形態においては、基材は、マグネシウム合金を使用して、温間プレス成形により作製されている。基材は、例えば、ツイーター用のスピーカー振動板用としてドーム型、ウーファー用又はフルレンジ用のスピーカー振動板用としてコーン型に形成することができる。また、基材の板厚としては、例えば、0.03mm〜0.3mmのものを使用することができる。好ましくは、ツイーター等の小口径の振動板用として約50μmの基材を使用し、ウーファー、スコーカー等の比較的口径の大きい振動板用として約0.2mmの基材を使用する。
【0019】
ポリ尿素膜は、芳香族、脂肪族、脂環族等のモノマー成分により形成することができる。本実施形態においては、ポリ尿素膜は、ジイソシアナート成分とジアミン成分を重合させることにより形成されている。ポリ尿素膜の膜厚は、0.1〜30μmにすることができ、好ましくは、基材の表側及び裏側の膜厚の合計が、基材の厚さの1/100〜1/10の厚さになるようにする。これにより、十分な耐食性を確保すると共に、振動板全体の比剛性を十分に高く、振動板全体の音速を十分に速く保つことができ、数10kHz程度の高音を高忠実度で再現することが可能になる。ポリ尿素は透水性が極めて低いので、膜厚が薄くても優れた耐食性を示す。このため、音響特性を損なわずに耐食性を高めることができる。
【0020】
ジイソシアナート成分としては、例えば、2,6−トルエンジイソシアナート、1,5−ナフタレンジイソシアナート、ジフェニルメタンジイソシアナート、キシリレンジイソシアナート、1,3−ビス(イソシアナートメチル)シクロヘキサン、4,4’−ジシクロヘキシルメタンジイソシアナート、ノスボルナートジイソシアナート、ヘキサメチレンジイソシアナート等を使用することができる。ジアミン成分としては、例えば、4,4’−ジアミノジフェニルメタン、1,5−ジアミノナフタレン、2,7−ジアミノフルオレン、1,3−ビス(アミノメチル)シクロヘキサン、4,4’メチレンビス(シクロヘキシルアミン)、1,6−ジアミノヘキサン、1,7−ジアミノヘプタン、1,12−ジアミノドデカン等を使用することができる。
【0021】
次に、本発明の実施形態によるスピーカー用振動板の製造方法を説明する。
まず、マグネシウム合金の薄板を、温間プレス成形によりスピーカー用振動板の形状に形成し、基材を作製する。
【0022】
次に、基材と基材の上に形成されるポリ尿素膜の密着性を向上させるために、形成された基材を樹脂や無機系の液槽に漬けることにより化成処理を施す。化成処理は、例えば、ミリオン化学株式会社製のグランダファイナーを用いて施すことができる。また、化成処理を施す厚さは密着性を確保するための最小限の厚さとする。好ましくは、厚さ約1〜3μmの化成処理を施す。
【0023】
或いは、ポリ尿素膜と密着性を向上させるために、形成された基材を酸性の液槽に漬け、電流を流すことにより、基材に陽極酸化処理を施しても良い。陽極酸化処理は、例えば、JIS H8651に準ずる方法で施すことができる。同様に、陽極酸化処理を施す厚さは密着性を確保するための最小限の厚さとする。好ましくは、厚さ約1〜3μmの陽極酸化処理を施す。
【0024】
また、化成処理、陽極酸化処理は省略することもでき、或いは、基材に両方の処理を施しても良い。なお、本明細書においては、基材及びこれに施された化成処理、陽極酸化処理の厚さを含む厚さを、基材の厚さと呼んでいる。
【0025】
次に、真空蒸着装置を使用して、化成処理又は陽極酸化処理が施された基材の表面上にポリ尿素膜を形成する。まず、真空蒸着装置の真空チャンバーの補助室内において、ジイソシアナート成分及びジアミン成分を夫々の蒸発源により別々に蒸発させる。各成分を蒸発させる速度は、各蒸発源の温度設定により制御することができ、各成分の割合を調整することができる。即ち、ジイソシアナート成分の蒸発源の温度を高くすることによりジイソシアナート成分を増加させることができ、ジアミン成分の蒸発源の温度を高くすることによりジアミン成分を増加させることができる。即ち、各成分の蒸発源の温度は、90〜105゜C程度に設定される。
【0026】
次いで、蒸発されたジイソシアナート成分及びジアミン成分を、1×10-5Torrの真空チャンバーの主室に導き、主室内に配置されたスピーカー用振動板の基材に堆積させる。基材に堆積されたジイソシアナート成分及びジアミン成分は、基材の表面上で重合され、ポリ尿素膜が形成される。また、形成されるポリ尿素膜の厚さは、各成分を堆積させる堆積時間により調整することができる。即ち、数分から1時間程度の堆積時間により、2〜30μm程度の膜厚を得ることができる。
【0027】
次に、図1及び図2を参照して、基材上に形成されたポリ尿素膜の成分分析を説明する。図1は、フーリエ変換赤外分光光度計(FT−IR)により測定したジアミン成分、ジイソシアナート成分、及びこれらが重合されたポリ尿素の分析結果を示すグラフである。図2は、フーリエ変換赤外分光光度計により測定した種々のポリ尿素膜の分析結果を示すグラフである。なお、フーリエ変換赤外分光光度計としては、島津製作所製IRPrestige-21形等を使用することができる。
【0028】
図1は、フーリエ変換赤外分光光度計により測定した、ジアミン成分の一つである1,12−ジアミノドデカン(DAD)、ジイソシアナート成分の一つである1,3−ビス(イソシアナートメチル)シクロヘキサン、及びこれらが重合したポリ尿素の分析結果を上段から順に示したものである。図1は、横軸に照射した赤外光の波数(1/cm;波長の逆数)を、縦軸にその波数における光の吸収量を示している。分析対象に含まれる分子の構造は、吸収される赤外線の波数から確認することができる。
【0029】
図1上段のグラフより、ジアミン成分の特徴は、波数1540cm-1にピークが見られることであることがわかる。また、図1中段のグラフより、ジイソシアナート成分の特徴は波数2300cm-1において吸収のピーク(A)が見られることであることがわかる。さらに、図1下段のグラフより、ポリ尿素の特徴は波数3400cm-1において吸収のピーク(B)が見られることであることがわかる。このように、図1上段のジアミン成分と図1中段のジイソシアナート成分が重合され、ポリ尿素が形成されると、図1下段のグラフのように波数3400cm-1における吸収のピーク(B)が現れる。さらに、ポリ尿素の形成により、ジイソシアナート成分の未反応末端基が失われると、図1下段のグラフのように、波数2300cm-1における吸収のピークが消失する。
【0030】
図2は、ジイソシアナート成分及びジアミン成分を蒸発させる条件を種々に変化させて基材上に形成した3種類のポリ尿素膜の分析結果を示している。図2上段のグラフは尿素結合が不十分なポリ尿素膜の分析結果を示し、図2中段のグラフはジイソシアナート成分を過剰に含むポリ尿素膜の分析結果を示し、図2下段のグラフは尿素結合が十分な場合のポリ尿素膜の分析結果を示している。
【0031】
図2の上段のグラフのように、尿素結合が不十分な場合には、波数3400cm-1における吸収のピーク(B)が低くなる。また、尿素結合が十分であり、ジイソシアナート成分の未反応末端基が残留していない場合には、図2の下段のグラフのように、波数3400cm-1における吸収のピーク(B)が高く、波数2300cm-1における吸収のピークが消失する。さらに、尿素結合が十分であるがジイソシアナート成分の未反応末端基が残留している場合には、図2の中段のグラフのように、波数3400cm-1における吸収のピーク(B)が高く、波数2300cm-1における吸収のピーク(A)も残留している。
【0032】
本発明の発明者は、後述するように、尿素結合が十分であり、ジイソシアナート成分を過剰に含む、図2中段のグラフに示すポリ尿素膜が耐食性に優れていることを見出した。ここでいうジイソシアナート成分が過剰であるとは、以下のことを言う。ジイソシアナートが持つイソシアナート基、およびジアミンが持つアミノ基は、結合して尿素結合に変化するので、ポリ尿素が形成された時点で、ジイソシアナート成分が過剰であるとの表現は厳密には正確でないが、ここでは形成されたポリ尿素中にジイソシアナートと結合していた芳香族、脂環族、脂肪族などの母化合物が、ジアミンと結合していた芳香族、脂環族、脂肪族などの母化合物よりも多いことを指す。すなわち、本明細書においては、ポリ尿素が形成される際にジイソシアナート成分が過剰に存在しており、ポリ尿素膜中では未反応のイソシアナート基が残留していることを、「ジイソシアナート成分を過剰に含む」と称している。ジイソシアナート成分が過剰であることは、図2のジイソシアナート成分を示す波数2300cm-1におけるピーク(A)の高さから知ることができるが、好ましくは、尿素結合を示す波数3400cm-1におけるピーク(B)の高さが、完全に尿素結合が行われている図2下段のピーク(B)の高さの70%以上であり、ジイソシアナート成分を示す波数2300cm-1におけるピーク(A)の高さが、バックグラウンドの高さ(H)の1.5倍以上になるように、ポリ尿素膜を形成する。このようなジイソシアナート成分を過剰に含むポリ尿素膜が耐食性に優れる原因は、完全には解明されていないが、未反応のイソシアナート成分が水と結合してアミンになり、さらには尿素となるためと考えられる。
【0033】
なお、ジイソシアナート成分を過剰に含むポリ尿素膜は、まず、ジアミン成分とジイソシアナート成分がバランスする夫々の蒸発温度を測定しておき、ジイソシアナート成分を蒸発させる温度のみをこの温度よりも高くすることにより得ることができる。このバランスする温度の決定方法は次のように行う。ジイソシアナート成分、ジアミン成分のモノマーを真空チャンバーの補助室にてそれぞれの蒸発源の温度を変えて蒸発させ、蒸発したモノマーを真空チャンバーの主室に導いてマグネシウム合金上にポリ尿素膜を形成させ、形成されたポリ尿素膜をフーリエ変換赤外分光光度計(FT−IR)で分析し、図2下段のグラフのように、尿素結合を示すピークの高さ(B)が十分であり、イソシアナート基を示すピーク(A)が現れない状態が得られる時の温度をバランスする温度とする。
【0034】
次に、図3を参照して、実際に製造した本実施形態のスピーカー用振動板の性能評価試験について説明する。
まず、振動板の基材として、5種類の厚さのマグネシウム合金板を使用し、種々の口径のコーン型、ドーム型を温間プレス成形により作成した。具体的には、板厚0.030mm、0.04mm、0.05mmのマグネシウム合金AZ31Bを用いて、口径25mm、ドーム高さ6mmのドーム型のツイーター用スピーカー振動板の基材を作製した。また、板厚0.2mm、0.3mmのマグネシウム合金AZ31Bを用いて、口径180mm、高さ40mmのコーン型ウーファー用スピーカー振動板の基材を作製した。さらに、板厚0.2mmのマグネシウム合金AZ31Bを用いて、口径100mm、高さ30mmのフルレンジ用スピーカー振動板の基材を作製した。
【0035】
これらの基材の一部には、下地処理として、化成処理、または陽極酸化処理を施した。
製作した基材上には、4種類の条件「P−A」乃至「P−D」で厚さ1〜5μmのポリ尿素膜を形成した。また、比較例として、基材上にポリパラキシリレン膜「P−E」を形成した振動板、膜を形成しない振動板を作成した。具体的には、各製膜条件は以下の通りである。
【0036】
(P−A)
ジイソシアナート成分として、1,3−ビス(イソシアナートメチル)シクロヘキサンを、ジアミン成分として、1,12−ジアミノドデカンを用い、真空チャンバーの補助室にて、それぞれのモノマーの蒸発源の温度を90℃、100℃として蒸発させ、ついで蒸発したモノマーを1×10-5Torrの真空チャンバーの主室に導き、マグネシウム合金表面上で重合させた。膜厚は、主チャンバー内での樹脂の堆積時間を10分としたとき5μm、60分としたとき30μmになった。
【0037】
(P−B)
ジイソシアナート成分として、ジフェニルメタンジイソシアナートを、ジアミン成分として、4,4’−ジアミノジフェニルメタンを用い、真空チャンバーの補助室にて、それぞれのモノマーの蒸発源の温度を95℃、105℃として蒸発させ、ついで蒸発したモノマーを1×10-5Torrの真空チャンバーの主室に導き、マグネシウム合金表面上で重合させた。主チャンバー内での保持時間を9分としたとき3μm、12分としたとき4μmの膜厚が得られた。
【0038】
(P−C)
ジイソシアナート成分として、1,3−ビス(イソシアナートメチル)シクロヘキサンを、ジアミン成分として、1,12−ジアミノドデカンを用い、真空チャンバーの補助室にて、それぞれのモノマーの蒸発源の温度を100℃、105℃として蒸発させ、ついで蒸発したモノマーを1×10-5Torrの真空チャンバーの主室に導き、マグネシウム合金表面上で重合させた。主チャンバー内での保持時間を6分としたとき2μm、9分としたとき3μm、12分としたとき4μm、15分としたとき5μmの膜厚が得られた。形成されたポリ尿素膜をFTIRにて分析したところ、図2中段に示すような吸収パターンが得られ、イソシアナート基が存在していることが確認され、ジイソシアナート成分が過剰に残留していることが確認された。
【0039】
(P−D)
ジイソシアナート成分として、1,5−ナフタレンジイソシアナートを、ジアミン成分として、2,7−ジアミノフルオレンを用い、真空チャンバーの補助室にて、それぞれのモノマーの蒸発源の温度を95℃、102℃として蒸発させ、ついで蒸発したモノマーを1×10-5Torrの真空チャンバーの主室に導き、マグネシウム合金表面上で重合させた。主チャンバー内での保持時間を3分としたとき2μm、6分としたとき3μm、30分としたとき10μmの膜厚が得られた。
【0040】
(P−E)
比較例として、厚さ5μm、10μmのポリパラキシリレン膜「P−E」を形成した。
【0041】
次に、ポリ尿素膜を形成した一部の基材に電子線を照射した。電子線の照射条件は下記の通りである。
(E−A)
加速電圧100kV、照射時間5分。
(E−B)
加速電圧100kV、照射時間10分。
【0042】
また、ポリ尿素膜を形成した一部の基材には紫外線を照射した。紫外線の照射条件は下記の通りである。
(UV−A)
中心波長254nm、10Wの紫外線を5分間照射。
(UV−B)
中心波長254nm、10Wの紫外線を10分間照射。
【0043】
さらに、ポリ尿素膜を形成した一部の基材には加熱処理を行った。加熱処理の条件は下記の通りである。
(H−A)
150℃で5分間加熱。
(H−B)
150℃で10分間加熱。
(H−C)
200℃で5分間加熱
【0044】
以上のようにして製作されたスピーカー用振動板の耐食性、皮膜の密着性の評価を行うと共に、スピーカー用振動板を使用してスピーカーユニットを製造して音質の評価を行った。
【0045】
耐食性の評価は、塩水噴霧試験により行った。即ち、製作されたスピーカー用振動板に所定の時間、塩水(5%NaClの水溶液)の噴霧を行い、その後の発錆の状況で耐食性を評価した。塩水噴霧時間48時間においても、発錆のないものを「良好」と評価し、96時間後においても発錆がなかったものを「非常に良好」と評価した。
【0046】
皮膜の密着性の評価は、碁盤目付着性試験(JIS D0202−1988)により行った。この試験は、ポリ尿素皮膜の上から基材に到達するように刃物で2mm間隔に碁盤目状の格子の切れ目を入れ、その後塩水噴霧試験を行う。48時間後に切れ目を入れた部分にセロハンテープを貼り付け、そのテープを剥がして、皮膜の剥離がない場合もの「良好」と評価した。さらに、96時間後においても皮膜剥離のないものを「非常に良好」と評価した。
【0047】
音質の評価は、音質評価の経験のある者5名を選び、官能試験により評価した。5名のうち4名以上が良いと判断したものを「良好」、4名以上が悪いと評価したものを「不可」とし、それ以外を「並」とした。
【0048】
図3は、上記のスピーカー用振動板の製作条件及び評価結果をまとめた表である。本発明の実施形態によるスピーカー用振動板は、図3の記号1乃至11(実施例1〜11という)に示すものであり、比較例は記号12乃至15(比較例12〜15という)に示したものである。
【0049】
図3に示すように、ポリ尿素膜を形成した本発明の実施形態によるスピーカー用振動板である実施例1〜11においては、耐食性が何れも「非常に良好」又は「良好」と評価されている。特に、ジイソシアナート成分が過剰に含まれたポリ尿素膜である実施例5〜11では、耐食性が何れも「非常に良好」と評価されている。このように、ジイソシアナート成分が過剰に含まれたポリ尿素膜は、耐食性に非常に優れていることが確認された。これに対して、ポリ尿素膜を形成していない比較13及び14では耐食性が「不可」と評価され、ポリパラキシリレン膜を形成した比較例12及び15でも耐食性は「不可」と評価された。
【0050】
また、皮膜の密着性は、実施例1〜11において、何れも「非常に良好」又は「良好」と評価されている。特に、電子線を照射した実施例3、紫外線を照射した実施例7、加熱処理をした実施例2及び6、電子線を照射し、加熱処理をした実施例4、紫外線を照射し、加熱処理をした実施例8は、何れも密着性が「非常に良好」と評価されており、これらの処理が皮膜の密着性の向上に有効であることを示している。さらに、ポリパラキシリレン膜を形成した比較例12及び15も皮膜の密着性も「良好」と評価されている。
【0051】
さらに、音質については、ポリパラキシリレン膜を形成した比較例12及び15が「不可」と評価され、その他は「良好」と評価されている。
【0052】
本発明の実施形態のスピーカー用振動板によれば、音の再現性を低下させることなく、耐食性の優れたマグネシウム合金製の振動板を得ることができる。
また、本実施形態のスピーカー用振動板によれば、ポリ尿素膜の膜厚が、基材に比べ十分に薄いので、振動板全体としての比剛性が、皮膜により大きく低下することが無く、音質の優れたスピーカー用振動板を得ることができる。
【0053】
さらに、本実施形態のスピーカー用振動板においては、ジアミン成分よりもジイソアシナート成分を過剰に含むことにより、皮膜の耐食性をより向上させることができ、ポリ尿素膜の膜厚を薄く形成しても十分な耐食性を得ることができる。
【0054】
また、本実施形態のスピーカー用振動板においては、基材の表面に形成されたポリ尿素膜に、紫外線を照射する段階、及び/又は電子線を照射することにより、ポリ尿素膜の密着性をより向上させることができる。
【0055】
さらに、本実施形態のスピーカー用振動板においては、基材の表面に形成されたポリ尿素膜を、60℃〜200℃に加熱することにより、ポリ尿素膜の密着性をより向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0056】
【図1】フーリエ変換赤外分光光度計により測定したジアミン成分、ジイソシアナート成分、及びこれらが重合されたポリ尿素の分析結果を示すグラフである。
【図2】フーリエ変換赤外分光光度計により測定した種々のポリ尿素膜の分析結果を示すグラフである。
【図3】本発明の実施形態によるスピーカー用振動板、及び比較例によるスピーカー用振動板の製作条件及び評価結果をまとめた表である。
【符号の説明】
【0057】
A ジイソシアナート成分を示すピーク
B 尿素結合を示すピーク
C アミノ基を示すピーク
H バックグラウンドの高さ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
スピーカーユニットに使用されるスピーカー用振動板であって、
マグネシウム合金製の基材と、
この基材の表面に形成されたポリ尿素膜と、
を有することを特徴とするスピーカー用振動板。
【請求項2】
上記ポリ尿素膜は、上記振動板の表側表面に形成された膜厚と上記振動板の裏側表面に形成された膜厚の合計が、上記基材の厚さの1/10以下である請求項1記載のスピーカー用振動板。
【請求項3】
上記ポリ尿素膜は、ジアミン成分及びジイソアシナート成分を含み、ジアミン成分よりもジイソアシナート成分を過剰に含んでいる請求項1又は2記載のスピーカー用振動板。
【請求項4】
スピーカーユニットに使用されるスピーカー用振動板の製造方法であって、
マグネシウム合金により、スピーカー用振動板の基材を形成する段階と、
真空中においてジアミン成分を蒸発させる段階と、
真空中においてジイソシアナート成分を蒸発させる段階と、
蒸発された上記ジアミン成分及び上記ジイソシアナート成分を、真空中において上記基材に蒸着させ、上記基材の表面で上記ジアミン成分及び上記ジイソシアナート成分を重合させてポリ尿素膜を形成する段階と、
を有することを特徴とするスピーカー用振動板の製造方法。
【請求項5】
さらに、上記基材の表面に形成されたポリ尿素膜に、紫外線を照射する段階、及び/又は電子線を照射する段階を有する請求項4記載のスピーカー用振動板の製造方法。
【請求項6】
さらに、上記基材の表面に形成されたポリ尿素膜を、60℃〜200℃に加熱する段階を有する請求項4又は5記載のスピーカー用振動板の製造方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate


【公開番号】特開2009−188642(P2009−188642A)
【公開日】平成21年8月20日(2009.8.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−25411(P2008−25411)
【出願日】平成20年2月5日(2008.2.5)
【出願人】(000230869)日本金属株式会社 (29)
【Fターム(参考)】