説明

スフィンゴシン1−リン酸の新規トランスポーター分子

【課題】本発明は、S1Pを細胞内から細胞外へ移動させる新規トランスポーター分子を提供することを課題とする。また、該S1Pトランスポーター分子を発現しうる細胞を提供することを課題とし、さらには、S1Pトランスポーターのアンタゴニストおよび/またはアゴニストのスクリーニング方法を提供することを課題とする。
【解決手段】脊椎動物のSpin2が、S1Pの新規トランスポーター分子として機能する。被検物質と本発明のS1Pトランスポーター分子と相互作用させ、該トランスポーターの機能を増強または低減させうる物質を検出する、S1Pトランスポーターのアンタゴニストおよび/またはアゴニストのスクリーニング方法による。前記スクリーニング方法により、S1Pの機能亢進または減弱に起因する疾患、あるいは症状としてS1Pの機能が亢進または減弱する疾患の改善剤をスクリーニングすることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、スフィンゴシン1−リン酸を細胞内から細胞外へ移動させる新規トランスポーター分子に関する。具体的には、脊椎動物のSpin2からなるスフィンゴシン1−リン酸の新規トランスポーター分子に関する。また、本発明は該スフィンゴシン1−リン酸トランスポーター分子を発現しうる細胞に関し、さらには、スフィンゴシン1−リン酸トランスポーターのアンタゴニストおよび/またはアゴニストのスクリーニング方法に関する。
【背景技術】
【0002】
スフィンゴシン1−リン酸(以下、「S1P」という。)は、細胞膜スフィンゴミエリンから生成され、スフィンゴシンの1位の水酸基が、スフィンゴキナーゼによってリン酸化されて細胞外で作用する。セラミド、スフィンゴシンはアポトーシスを引き起こすが、S1Pは逆にアポトーシスを抑制して細胞増殖に働くといわれている。このように、スフィンゴシンとS1Pは全く別の生理活性を有することから、これらの生体内での量のバランスが、生体内機能のバランスを維持するのに重要であることが考えられる。
【0003】
S1Pは、細胞膜に存在するGタンパク質共役受容体であるS1P受容体1(S1P)−5(S1P)と相互作用し、血管内皮細胞、血管平滑筋細胞等に作用して、血管内皮細胞の増殖、平滑筋の収縮、細胞の遊走を調節している。特に血栓形成時のS1Pの機能が注目され、また免疫調節因子としての新たな機能が明らかにされている(非特許文献1)。S1Pとその受容体の血管系、免疫系における生理的重要性は明らかにされつつある。血液中にS1Pが高濃度に存在することから、血管系におけるS1Pの重要性が予測される。また、免疫系におけるS1Pとその受容体の重要性は、臨床評価中の新たな免疫抑制剤(FTY720、ノバルティスファーマ株式会社)により明らかにされつつある。FTY720は、生体内において直接作用するのではなく、リン酸化されてFTY720−Pとなり、S1P以外の受容体のアゴニストとして作用するといわれている。このように、S1Pとその受容体の作用については明らかにされつつある。
【0004】
受容体アゴニストとしての役割が明らかとなりつつあるものの、S1Pの細胞内の作用については、未解明な部分が多い。細胞内で生成されたS1Pの一部が放出されて受容体に作用すると考えられる。一方、細胞内のS1Pの作用としては、細胞増殖、アポトーシス抑制、カルシウム動員などが考えられるが、これらの作用はS1P受容体を介する作用と類似しているため、そのシグナル伝達経路の関与など不明な点が多い。
【0005】
細胞内で生成されたS1Pがいかなる機構で細胞外に輸送されるのかは明らかになっていない(非特許文献1)。細胞外ABCトランスポーターに属するABCA1とABCC1が、S1Pトランスポーター活性があると報告されているが(非特許文献2、3)、アッセイ方法の違いにより、S1Pのトランスポーターとして機能するか否かは、まだ十分に解明されているわけではない。このように、S1Pやそのトランスポーターについては、不明な点が多く残されている。
【非特許文献1】Nat. Rev. Mol. Cell Biol., 9, 139-150 (2008)
【非特許文献2】Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 103, 16394-16399 (2006)
【非特許文献3】Prostaglandins Other Lipid Mediat., 84, 154-162 (2007)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、S1Pを細胞内から細胞外へ移動させる新規トランスポーター分子を提供することを課題とする。また、本発明は該S1Pトランスポーター分子を発現しうる細胞を提供することを課題とし、さらには、S1Pトランスポーターのアンタゴニストおよび/またはアゴニストのスクリーニング方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは上記課題を解決するために鋭意検討を重ね、ゼブラフィッシュの変異体解析により責任遺伝子の同定および機能解析を行った結果、脊椎動物のSpin2がS1Pのトランスポーターとして機能しうることを見出し、本発明を完成した。
【0008】
すなわち、本発明は以下よりなる。
1.以下の1)〜4)から選択されるいずれかのアミノ酸配列からなるポリペプチドであるスS1Pトランスポーター分子:
1)配列表の配列番号1に示すアミノ酸配列;
2)配列表の配列番号1に示すアミノ酸配列のうち、1〜5個のアミノ酸が、置換、欠失、付加または導入されており、配列番号1に示すアミノ酸配列の199番目に位置するアルギニンを少なくとも含み、かつ、S1Pのトランスポート機能を有するアミノ酸配列;
3)配列表の配列番号1に示すアミノ酸配列から選択される部分アミノ酸配列であって、配列番号1に示すアミノ酸配列の199番目に位置するアルギニンを少なくとも含み、かつ、S1Pのトランスポート機能を有するアミノ酸配列;
4)上記3)に示すアミノ酸配列のうち、1〜5個のアミノ酸が、置換、欠失、付加または導入されており、かつ、配列番号1に示すアミノ酸配列の199番目に位置するアルギニンを少なくとも含むアミノ酸配列。
2.前項1に記載のS1Pトランスポーター分子をコードするcDNAを含む、S1Pトランスポーター分子の発現用細胞。
3.さらにスフィンゴシンキナーゼをコードするcDNAを含む、前項2に記載のS1Pトランスポーター分子発現用細胞。
4.被検物質と前項1に記載のS1Pトランスポーター分子とを相互作用させ、該トランスポーターの機能を増強または低減させうる物質を検出する、S1Pトランスポーターのアンタゴニストおよび/またはアゴニストのスクリーニング方法。
5.被検物質と前項1に記載のS1Pトランスポーター分子とを相互作用させる方法が、被検物質と前項2または3に記載のS1Pトランスポーター分子発現用細胞と接触させることによる、前項4に記載のスクリーニング方法。
6.以下の工程を含む、S1Pトランスポーターのアンタゴニストおよび/またはアゴニストのスクリーニング方法:
1)前項3に記載のS1Pトランスポーター分子発現用細胞に、S1Pトランスポーター分子とスフィンゴシンキナーゼを発現させる工程;
2)上記1)の細胞培養液に標識したスフィンゴシンを加えて培養し、細胞内に該標識スフィンゴシンを導入し、前記1)の細胞内で発現したスフィンゴシンキナーゼを反応させて、標識S1Pを生成させる工程;
3)さらに、上記2)の細胞培養液に被検物質を加えて培養し、被検物質と細胞内で発現したS1Pトランスポーター分子とを相互作用させる工程;
4)一定時間培養後に、細胞内外のS1P量を測定する工程。
7.S1Pトランスポーターのアンタゴニストまたはアゴニストが、免疫性疾患あるいは血管系疾患の改善剤である前項4〜6のいずれか1に記載のスクリーニング方法。
8.S1Pトランスポーターのアンタゴニストまたはアゴニストが、S1Pの機能亢進または減弱に起因する疾患、あるいは症状としてS1Pの機能が亢進または減弱する疾患の改善剤である前項4〜6のいずれか1に記載のスクリーニング方法。
9.前項1に記載のS1Pトランスポーター分子、または前項2若しくは3に記載のS1Pトランスポーター分子発現用細胞を含む、S1Pトランスポーターのアンタゴニストおよび/またはアゴニストのスクリーニング用試薬。
【発明の効果】
【0009】
本発明のS1Pのトランスポーター分子とS1Pとの相互作用を解析することで、S1Pの機能をより詳しく解明することができ、S1Pの機能亢進、減弱を伴う疾患等の解明に貢献するものと思われる。さらに、本発明のスクリーニング方法により、S1Pの機能亢進または減弱に起因する疾患、あるいは症状としてS1Pの機能が亢進または減弱する疾患の改善剤を開発することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
S1Pは、上記背景技術の欄で説明したように、細胞膜スフィンゴミエリンから生成され、スフィンゴシンの1位の水酸基が、スフィンゴキナーゼによってリン酸化されたものであり、細胞外で作用する。本発明におけるS1Pのトランスポーター分子とは、スフィンゴ脂質と細胞情報伝達機構の過程において、細胞内で生成したS1Pを細胞内から細胞外へ輸送する機能を有する分子をいう。
【0011】
本発明で特定されるS1Pのトランスポーター分子は、脊椎動物由来Spin2、またはその部分、あるいは脊椎動物由来Spin2の一部のアミノ酸が置換、欠失、付加若しくは導入されたものであって、S1Pトランスポート機能を有するものであればよい。脊椎動物由来Spin2の例として、具体的には、配列表の配列番号1に示されるヒトのSpin2や配列番号2に示されるゼブラフィッシュのSpin2が挙げられる。配列番号1および2に記載のアミノ酸配列は、各々DDJB Accession No.AB441165およびAB441164に登録されている。
【0012】
本発明で特定されるS1Pのトランスポーター分子は、具体的には以下の1)〜4)から選択されるいずれかのアミノ酸配列からなるポリペプチドより構成される。
1)配列表の配列番号1に示すアミノ酸配列;
2)配列表の配列番号1に示すアミノ酸配列のうち、1〜5個のアミノ酸が、置換、欠失、付加または導入されており、配列番号1に示すアミノ酸配列の199番目に位置するアルギニンを少なくとも含み、かつ、S1Pのトランスポート機能を有するアミノ酸配列;
3)配列表の配列番号1に示すアミノ酸配列から選択される部分アミノ酸配列であって、配列番号1に示すアミノ酸配列の199番目に位置するアルギニンを少なくとも含み、かつ、S1Pトランスポート機能を有するアミノ酸配列;
4)上記3)に示すアミノ酸配列のうち、1〜5個のアミノ酸が、置換、欠失、付加または導入されており、かつ、配列番号1に示すアミノ酸配列の199番目に位置するアルギニンを少なくとも含むアミノ酸配列。
【0013】
本発明で特定されるS1Pの他のトランスポーター分子は、以下の5)〜8)から選択されるいずれかのアミノ酸配列からなるポリペプチドより構成されるものであってもよい。
5)配列表の配列番号2に示すアミノ酸配列;
6)配列表の配列番号2に示すアミノ酸配列のうち、1〜5個のアミノ酸が、置換、欠失、付加または導入されており、配列番号2に示すアミノ酸配列の153番目に位置するアルギニンを少なくとも含み、かつ、S1Pのトランスポート機能を有するアミノ酸配列;
7)配列表の配列番号2に示すアミノ酸配列から選択される部分アミノ酸配列であって、配列番号2に示すアミノ酸配列の153番目に位置するアルギニンを少なくとも含み、かつ、S1Pのトランスポート機能を有するアミノ酸配列;
8)上記7)に示すアミノ酸配列のうち、1〜5個のアミノ酸が、置換、欠失、付加または導入されており、かつ、配列番号2に示すアミノ酸配列の153番目に位置するアルギニンを少なくとも含むアミノ酸配列。
【0014】
S1Pとその受容体1(S1P)−5(S1P)が相互作用することで、血管系および/または免疫系に作用する。S1Pの機能が亢進または減弱することで、生体内でのS1P機能のバランスが崩れ、疾患に結びつく。本発明のS1Pトランスポーター分子は、S1Pの機能亢進または減弱に影響を及ぼしていることが考えられる。そこで、本発明のS1Pトランスポーターのアンタゴニストまたはアゴニストが、S1Pの機能異常、すなわちS1Pの機能亢進または減弱を制御することで、S1Pの機能亢進若しくは減弱に起因する疾患、または疾患の結果、S1Pの機能亢進若しくは減弱するような疾患を改善することが考えられる。
【0015】
S1Pの機能亢進若しくは減弱に起因する疾患、または疾患の結果、S1Pの機能亢進若しくは減弱するような疾患として、免疫性疾患や血管系疾患が挙げられる。
【0016】
免疫性疾患として、いわゆる免疫性疾患の他、免疫機能が作用する疾患全般が挙げられる。具体的には、炎症性疾患、自己免疫疾患や癌関連疾患などが挙げられる。より具体的には、慢性関節リウマチ、乾癬、肺炎症、ネフローゼ症候群、クローン病、大腸炎、慢性下痢、腎線維症、肺線維症、肝線維症、慢性気管支喘息、成人呼吸促迫症候群(ARDS)、慢性閉塞性肺疾患(COPD)、間質性肺炎、特発性間質性肺炎、過敏性肺臓炎、胸膜炎や固形腫瘍、固形腫瘍転移、血管線維腫、骨髄腫、多発性骨髄腫、カポジ肉腫などが挙げられる。上記した固形腫の中には、例えば、乳癌、肺癌、胃癌、食道癌、結腸直腸癌、肝臓癌、卵巣癌、卵胞膜細胞腫、頚部癌、子宮内膜癌、前立腺癌、腎臓癌、皮膚癌、骨肉腫、膵臓癌、尿路癌、甲状腺癌、脳腫瘍などが挙げられる。また、免疫性疾患として、例えば心移植、腎移植、皮膚移植、肝移植、骨髄移植など、各種臓器移植等に伴う拒絶反応も含めることができる。
【0017】
血管系疾患として、動脈硬化症、閉塞性血栓血管炎、バージャー病、糖尿病性ニュロパチーの末梢動脈疾患、敗血症、血管炎、脳梗塞、心筋梗塞症、静脈瘤、解離性大動脈瘤、狭心症、DIC、うっ血性心不全、多臓器不全などが挙げられ、その他異常な血管新生を伴なう疾患(例えば再狭窄、糖尿病性網膜症、血管新生性緑内障、後水晶体繊維増殖症、アテローム性動脈硬化症プラークの毛細血管増殖、甲状腺過形成、肺炎症、ネフローゼ症候群)なども血管系疾患に含めることができる。
【0018】
本発明は、本発明のS1Pトランスポーター分子を発現しうる細胞にも及ぶ。前記細胞は、該S1Pトランスポーター分子をコードするcDNAを含む。具体的には、発現ベクターのプロモーターの下流に前記cDNAを有するプラスミドを構築し、発現用ベクターを作製して、宿主細胞に導入することで、S1Pトランスポーター分子を発現しうる細胞を構築することができる。ここで、発現ベクターは特に限定されず、S1Pトランスポーター分子を発現可能なベクターであればよい。具体的には、CMVプロモーターなどを含むベクターが挙げられ、例えば市販のpcDNA3.1(Invitrogen社)などを利用することができる。S1Pトランスポーター分子発現確認のために、レポータータンパク質との融合タンパク質を発現する発現用ベクターを用いてもよい。
遺伝子の導入方法は特に限定されず、自体公知の方法、または今後開発される方法を適用することができるが、例えば遺伝子導入試薬(LipofectamineTM-200試薬, Invitogen社)を用いることができる。
また、宿主細胞についても、特に限定されないが、例えば細菌、酵母、動物細胞、植物細胞等を用いることができる。後述のS1Pトランスポーターのアゴニストおよび/またはアンタゴニストのスクリーニングを行うために、細胞を利用する場合には、本発明のS1Pトランスポーターを発現させることにより細胞外にS1Pをトランスポート可能にできる細胞であることが必要であり、好適には動物細胞を用いることができ、より具体的には、CHO(Chinese Hamster Ovary)細胞等を用いることができる。
【0019】
本発明の、S1Pトランスポーター分子を発現しうる細胞は、後述のS1Pトランスポーターのアゴニストおよび/またはアンタゴニストのスクリーニングを行うために、使用することができる。前記S1Pトランスポーターのアゴニストおよび/またはアンタゴニストのスクリーニング方法に使用するためには、S1Pトランスポーターの機能を確認できる細胞であることが好ましい。S1Pトランスポーターの機能は、例えば細胞内外のS1P量を測定することにより、確認することができる。例えば、細胞外にS1Pが認められない場合は、S1Pトランスポーターの機能が低いと考えられ、細胞内よりも細胞外にS1Pが多く認められる場合は、S1Pトランスポーターが機能していると考えられる。
【0020】
そこで、本発明において、S1Pトランスポーター分子を発現しうる細胞は、さらにスフィンゴシンキナーゼをコードするcDNAを含んでいてもよい。各々の発現用ベクターは、各タンパク質が別々に発現しうるものであればよく、異なるベクターであってもよいし、1種のベクターに、各々を発現しうる発現カセットを含んでいてもよい。スフィンゴシンキナーゼをコードするcDNAの配列は、Accession No.NP_079643に開示する配列を参照することができる。
【0021】
本発明はS1Pトランスポーターのアンタゴニストおよび/またはアゴニストのスクリーニング方法にも及ぶ。スクリーニング方法としては、候補物質である被検物質と、本発明のトランスポーター分子とを相互作用させ、該トランスポート機能を増強または低減させうる物質を検出することによる。
【0022】
本発明のスクリーニング方法は、例えば以下の1)〜4)の工程によることができる。
1)S1Pトランスポーター分子発現用細胞に、S1Pトランスポーター分子とスフィンゴシンキナーゼを発現させる工程;
2)上記1)の細胞培養液にスフィンゴシンを加えて培養し、細胞内に該スフィンゴシンを導入し、前記1)の細胞内で発現したスフィンゴシンキナーゼを反応させて、S1Pを生成させる工程;
3)さらに、上記2)の細胞培養液に被検物質を加えて培養し、被検物質と細胞内で発現したS1Pトランスポーター分子とを相互作用させる工程;
4)一定時間培養後に、細胞内外のS1P量を測定する工程。
【0023】
本発明のスクリーニング方法は、より具体的には、以下の1)〜5)の工程によることができる。
1)スフィンゴシンキナーゼおよび本発明のS1Pトランスポーター分子を発現する細胞を構築する工程。
2)構築した細胞の培養液にスフィンゴシンを加えて培養し、細胞内にスフィンゴシンを導入する工程。導入したスフィンゴシンは、細胞内のスフィンゴシンキナーゼによりS1Pとなる。ここで、導入するスフィンゴシンは、後の検出のために標識ラベルしたものであってもよい。
3)上記細胞と被検物質を相互作用させ、一定時間培養後、遠心分離などにより細胞と培養液を分離し、細胞内外のS1Pを検出する工程。検出方法は、S1Pが検出可能な方法であればよく、特に限定されない。例えば、クロマトグラフィーや質量分析、またはこれらの組み合わせによって検出することができ、あるいは標識スフィンゴシンから生成した標識S1Pであれば、標識を検出することができる。
4)被検物質と細胞を相互作用させない場合の細胞内外のS1P量を対照とし、被検物質と細胞を相互作用させた場合の細胞内外のS1Pを比較する工程。
5)対照の細胞外S1P量に対して、被検物質と細胞を相互作用させた場合の細胞外S1Pが増加した場合に、被検物質はS1Pトランスポーターアゴニストとし、細胞外S1Pが減少した場合に、被検物質はS1Pトランスポーターアンタゴニストと判定する工程。
【0024】
上記のスクリーニング方法において、スフィンゴシンキナーゼおよび本発明のS1Pトランスポーター分子を発現する細胞は、あらかじめ構築したものを用いてもよい。また、標識ラベルしたスフィンゴシンは、予め標識されたものを用いてもよい。スフィンゴシンの標識方法も特に限定されず、自体公知の標識方法を適用することができる。判定の容易さを考慮すると、放射性物質や蛍光物質で標識することができ、例えば3Hで標識することができる。
【0025】
より具体的には、以下の方法によりS1Pトランスポーターのアゴニストおよび/またはアンタゴニストをスクリーニングすることができる。
1)発現ベクターのプロモーターの下流にスフィンゴシンキナーゼコードするcDNAを有するプラスミドを構築し、発現用ベクターを作製してCHO(Chinese Hamster Ovary)細胞に導入し、スフィンゴシンキナーゼ1を発現するCHO細胞(CHO-SphK)を構築する。さらに本発明のS1Pトランスポーター分子を発現する発現用ベクターを作製し、CHO-SphKに導入する。S1Pトランスポーター分子発現確認のために、レポータータンパク質との融合タンパク質を発現する発現用ベクターを用いてもよい。遺伝子の導入は、例えば遺伝子導入試薬(LipofectamineTM-200試薬, Invitogen社)を用いることができる。
2)CHO-SphKを6−16時間程度培養後、培養液を交換し、標識したスフィンゴシンを加える。脂溶性のスフィンゴシンは、細胞内に発現するマウス・スフィンゴシンキナーゼ1によりリン酸化され、標識S1Pに変換される。
3)培養液に被検物質を添加し、COインキュベータ内で37℃、約30分経過後、各遺伝子を導入したCHO-SphKについて、培地(上清:S)および細胞(沈殿:P)に分離し、抽出された標識S1Pを薄層クロマトグラフィーで展開し、バイオイメージングアナライザーを用いて検出する。
4)被検物質と細胞を相互作用させない場合の細胞内外のS1P量を対照とし、被検物質と細胞を相互作用させた場合の細胞内外のS1Pを比較する。
5)対照の細胞外S1P量に対して、被検物質と細胞を相互作用させた場合の細胞外S1Pが増加した場合に、被検物質はS1Pトランスポーターアゴニストとし、細胞外S1Pが減少した場合に、被検物質はS1Pトランスポーターアンタゴニストと判定する。
【0026】
本発明のスクリーニング方法によりスクリーニングされたS1Pトランスポーターのアゴニストまたはアンタゴニストは、免疫性疾患または血管系疾患改善剤の有効成分となり得、あるいはS1Pの機能亢進若しくは減弱に起因する疾患、または症状としてS1Pの機能が亢進若しくは減弱する疾患改善剤の有効成分として用いることができる。
【0027】
本発明のスクリーニング方法により得られたS1Pトランスポーターのアゴニストまたはアンタゴニストを有効成分とする改善剤は、有効成分としてのアゴニストまたはアンタゴニストを、薬学的に許容される担体、希釈剤、賦形剤、安定化剤等とともに製剤化し、製造することができる。製剤用の助剤は、当業者に周知のものを利用することができる。本発明の改善剤は、靜脈内投与、経口投与等、好ましい投与経路を設定して、望ましい治療効果を達成することが期待できる。
【0028】
本発明は、上記スクリーニングのために使用する試薬にも及ぶ。ここで、スクリーニングのために使用する試薬には、S1Pトランスポーター分子を含む試薬の他、S1Pトランスポーター分子を発現しうる細胞も試薬とすることができる。さらには、本発明のスクリーニングの別の試薬として、スフィンゴシンを含むスクリーニング用試薬も挙げられ、上述のS1Pトランスポーター分子を発現しうる細胞とスフィンゴシンを含むスクリーニング用キットも提供することができる。ここで、標識S1Pを検出する場合は、標識ラベルしたスフィンゴシンを試薬とすることができる。
【実施例】
【0029】
以下に本発明の実施例を示し、本発明をさらに具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではなく、本発明の技術的思想を逸脱しない範囲内で種々の応用が可能である。
【0030】
(実施例1)Spin2による形態学的機能
セブラフィッシュについて、野生型ゼブラフィッシュ、S1P欠損型ゼブラフィッシュおよび変異型Spin2保有ゼブラフィッシュ由来の各胚についての形態学的変異を比較した。変異型Spin2を保有する突然変異型ゼブラフィッシュは、Development, 123, 1-36 (1996)に記載の方法に従い、化学変異原(ENU, N-ethyl N-nitrosourea)の投与によって作製した。第2世代(F2 fish)が成魚となった時に、ペア交配を行い、心臓の形成に異常を示す変異体をスクリーニングし、ko157というアリルを有する変異体、すなわちSpin2変異体胚を得た。S1P機能阻害胚は、S1Pに対するアンチセンス・モルフォリノ(S1P2 MO; 15ng)の投与によって作製した。
【0031】
その結果、野生型ゼブラフィッシュ由来の胚では心臓が1つであるのに対し、S1P機能阻害胚およびSpin2変異体胚では、2つの心臓が認められた(図1)。このことから、Spin2変異体胚では、S1P機能阻害胚と同様にS1Pの機能が十分ではなく、その結果、形態学的に異常を認めたものと考えられた。心臓の発生過程の確認は、各胚について、心臓特異的遺伝子cmlc2 (cardiac myosin light chain 2)のプロモーター領域に、単量体赤色蛍光タンパク質(mRFP)を接続したレポーター遺伝子をもつトランスジェニック系統から得られた胚にSpin2およびS1Pに対するアンチセンス・モルフォリノを投与し、心臓を赤で可視化して観察した。
【0032】
Spin2変異体胚における変異型Spin2のcDNAを、ABI Genetic Analyzer 3130により解析した結果、ゼブラフィッシュSpin2(zSpin2)を構成するアミノ酸配列(配列番号2)のうち、第153番目のアルギニンがセリンに変異したことが確認された。セブラフィッシュのSpin2の第153番目のアミノ酸は、ヒトのSpin2(配列番号1)の第199番目のアミノ酸(アルギニン)に対応する(図2参照)。
【0033】
(実施例2)Spin2によるS1Pトランスポーターとしての機能の確認
以下の工程に従い、ゼブラフィッシュ野生型Spin2、ゼブラフィッシュ変異型Spin2、ヒト野生型Spin1、ヒト野生型Spin2、ヒト変異型Spin2の各遺伝子を導入したときのS1Pの細胞外への分泌量を測定した。
【0034】
ネオマイシン(G418)耐性遺伝子を有する発現用ベクター(pcDNA3)のCMVプロモーターの下流にマウス・スフィンゴシンキナーゼ1をコードする遺伝子を有するプラスミドを作製し、遺伝子導入試薬(LipofectamineTM-2000試薬, Invitogen社)によりCHO(Chinese Hamster Ovary)細胞に導入した。G418に耐性を示す細胞のうち、S1P合成活性の高いものを選択し、CHO-SphKとして実験に用いた。
【0035】
CHO-SphKに、ゼブラフィッシュ野生型Spin2(zSpins2)、ゼブラフィッシュ変異型Spin2(zSpins2-R153S)、ヒト野生型Spin1(hSpin1)、ヒト野生型Spin2(hSpin2)、ヒト変異型Spin2(hSpin2-R199S)の各遺伝子を導入した。
上記各Spinタンパク質と緑色蛍光タンパク質(EGFP)を融合タンパク質として発現する哺乳類細胞の発現用ベクターを作製し、遺伝子導入試薬(LipofectamineTM-2000試薬, Invitogen社)を用いてCHO-SphKに導入した。Spin関連遺伝子は含まず、EGFPを発現する遺伝子のみを導入したCHO-SphKを対照とした。
【0036】
前記各遺伝子を導入したCHO-SphKを6−16時間培養後、培養液を交換し、[3H]スフィンゴシンを加えた。脂溶性の[3H]スフィンゴシンは、細胞内に発現するマウス・スフィンゴシンキナーゼ1によりリン酸化され、[3H]S1Pに変換される。
【0037】
COインキュベータ内で37℃30分経過後、各遺伝子を導入した細胞について、遠心分離により、培地(上清:S)および細胞(沈殿:P)に分離し、各々の画分に抽出された[3H]S1Pを薄層クロマトグラフィーで展開した後にバイオイメージングアナライザー (FLA-3000 Bioimaging Analyzer (富士フィルム製))を用いて検出した(図3、4)。
【0038】
その結果、対照細胞では、細胞外で抽出されたS1Pはわずかであり、CHO細胞内にはS1Pを細胞内から細胞外へトランスポートする機能を有する物質はほとんど存在しないと考えられた。zSpins2またはhSpin2を導入した系では、細胞外にS1Pを認めたが、zSpins2-R153S、hSpin1またはhSpin2-R199Sを導入した系では、細胞外に対照と同程度のS1Pを認めたのみであった。以上の結果、CHO細胞にゼブラフィッシュ野生型Spin2またはヒト野生型Spin2の遺伝子を導入した場合に、細胞外のS1Pの量が多く認められ、野生型Spin2は、S1Pトランスポート機能を有することが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0039】
以上詳述したように、本発明のトランスポーター分子とS1Pとの相互作用を解析することで、S1Pの機能をより詳しく解明することができ、S1Pの亢進、減弱を伴う疾患等の解明にも貢献するものと思われる。さらに、本発明のスクリーニング方法により、S1Pの機能亢進または減弱に起因する疾患、あるいは症状としてS1Pの機能亢進または減弱する疾患の改善剤を開発することができる。
【図面の簡単な説明】
【0040】
【図1】Spin2のゼブラフィッシュに及ぼす形態学的影響を示す図である。ゼブラフィッシュ変異型Spin2を有するゼブラフィッシュまたはSpin2変異体胚では、S1P欠損型ゼブラフィッシュと同様に2個の心臓を認めた。S1P2 MO (15ng)またはspin2 MO (10 ng)を心臓の発生過程を単量体赤色蛍光タンパク質の発現でモニターできるゼブラフィッシュ胚に投与した。(実施例1)
【図2】ゼブラフィッシュ変異型Spin2タンパク質の変異部位を示す図である。Spin2は、染色体5番(LG5)に存在するz9419およびz63525マーカー遺伝子の近傍にマップされた。TMは、膜貫通ドメインを示す。Spin2の153番目のアルギニン(R)がセリン(S)に変異していた。(実施例1)
【図3】各種Spin遺伝子導入細胞(CHO-SphK)における細胞内外の[3H]S1Pを、バイオイメージングアナライザーを用いて検出した結果を示す図である。Pは、細胞画分を、Sは培養液を示す。Sphは、スフィンゴシンを、Cerは、セラミドを示す。セラミドは、スフィンゴシンの前駆体である。(実施例2)
【図4】各種Spin遺伝子を導入した細胞(CHO-SphK)における細胞外S1P分泌量を示す図である。(実施例2)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の1)〜4)から選択されるいずれかのアミノ酸配列からなるポリペプチドであるスフィンゴシン1−リン酸トランスポーター分子:
1)配列表の配列番号1に示すアミノ酸配列;
2)配列表の配列番号1に示すアミノ酸配列のうち、1〜5個のアミノ酸が、置換、欠失、付加または導入されており、配列番号1に示すアミノ酸配列の199番目に位置するアルギニンを少なくとも含み、かつ、スフィンゴシン1−リン酸のトランスポート機能を有するアミノ酸配列;
3)配列表の配列番号1に示すアミノ酸配列から選択される部分アミノ酸配列であって、配列番号1に示すアミノ酸配列の199番目に位置するアルギニンを少なくとも含み、かつ、スフィンゴシン1−リン酸のトランスポート機能を有するアミノ酸配列;
4)上記3)に示すアミノ酸配列のうち、1〜5個のアミノ酸が、置換、欠失、付加または導入されており、かつ、配列番号1に示すアミノ酸配列の199番目に位置するアルギニンを少なくとも含むアミノ酸配列。
【請求項2】
請求項1に記載のスフィンゴシン1−リン酸トランスポーター分子をコードするcDNAを含む、スフィンゴシン1−リン酸トランスポーター分子の発現用細胞。
【請求項3】
さらにスフィンゴシンキナーゼをコードするcDNAを含む、請求項2に記載のスフィンゴシン1−リン酸トランスポーター分子発現用細胞。
【請求項4】
被検物質と請求項1に記載のスフィンゴシン1−リン酸トランスポーター分子とを相互作用させ、該トランスポーターの機能を増強または低減させうる物質を検出する、スフィンゴシン1−リン酸トランスポーターのアンタゴニストおよび/またはアゴニストのスクリーニング方法。
【請求項5】
被検物質と請求項1に記載のスフィンゴシン1−リン酸トランスポーター分子とを相互作用させる方法が、被検物質と請求項2または3に記載のスフィンゴシン1−リン酸トランスポーター分子発現用細胞と接触させることによる、請求項4に記載のスクリーニング方法。
【請求項6】
以下の工程を含む、スフィンゴシン1−リン酸トランスポーターのアンタゴニストおよび/またはアゴニストのスクリーニング方法:
1)請求項3に記載のスフィンゴシン1−リン酸トランスポーター分子発現用細胞に、スフィンゴシン1−リン酸トランスポーター分子とスフィンゴシンキナーゼを発現させる工程;
2)上記1)の細胞培養液に標識したスフィンゴシンを加えて培養し、細胞内に該標識スフィンゴシンを導入し、前記1)の細胞内で発現したスフィンゴシンキナーゼを反応させて、標識スフィンゴシン1−リン酸を生成させる工程;
3)さらに、上記2)の細胞培養液に被検物質を加えて培養し、被検物質と細胞内で発現したスフィンゴシン1−リン酸トランスポーター分子とを相互作用させる工程;
4)一定時間培養後に、細胞内外のスフィンゴシン1−リン酸量を測定する工程。
【請求項7】
スフィンゴシン1−リン酸トランスポーターのアンタゴニストまたはアゴニストが、免疫性疾患あるいは血管系疾患の改善剤である請求項4〜6のいずれか1に記載のスクリーニング方法。
【請求項8】
スフィンゴシン1−リン酸トランスポーターのアンタゴニストまたはアゴニストが、スフィンゴシン1−リン酸の機能亢進または減弱に起因する疾患、あるいは症状としてスフィンゴシン1−リン酸の機能が亢進または減弱する疾患の改善剤である請求項4〜6のいずれか1に記載のスクリーニング方法。
【請求項9】
請求項1に記載のスフィンゴシン1−リン酸トランスポーター分子、または請求項2若しくは3に記載のスフィンゴシン1−リン酸トランスポーター分子発現用細胞を含む、スフィンゴシン1−リン酸トランスポーターのアンタゴニストおよび/またはアゴニストのスクリーニング用試薬。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2010−77045(P2010−77045A)
【公開日】平成22年4月8日(2010.4.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−245177(P2008−245177)
【出願日】平成20年9月25日(2008.9.25)
【出願人】(803000056)財団法人ヒューマンサイエンス振興財団 (341)
【出願人】(504176911)国立大学法人大阪大学 (1,536)
【Fターム(参考)】