説明

スライディングモード制御における切替線の設計装置及び設計方法

【課題】スライディングモード制御における切替線を自動算出する。
【解決手段】最適応答設計部11は、制御対象40のモデルに対して、所定の操作量飽和時間の間操作量の上限値である第1操作量を入力し、その後安定負荷率に応じた第2操作量を入力する入力波形を入力したときの、制御量の時間応答を計算する。求められた時間応答に基づいて、予め定められた評価関数の値を求める。複数の操作量飽和時間について時間応答と評価関数の値を求め、操作量飽和時間毎の評価関数の値を求める。求められた評価関数の値が、所定の条件を満足する操作量飽和時間をひとつ選択する。最適切替線算出部12は、選択された操作量飽和時間における制御量及びその微分値と、目標値とに基づき、スライディングモード制御の切替線の傾きを求める。スライディングモード制御演算部20は、求められた傾きに従い、スライディングモード制御の切替線のパラメータを求める。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、スライディングモード制御における切替線の設計装置及び設計方法に係り、特に、制御要件に応じた切替線を自動算出するスライディングモード制御における切替線の設計装置及び設計方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来の温度調節計(以下、温調計)には、例えばPID制御が採用されている。このような温調計に搭載されているPID制御では、オーバーシュート量や整定時間に対する所望な特性を得るための調整が難しかった。
【0003】
一方、他の制御方法として、スライディングモード制御が知られている(例えば、特許文献1、2参照)。スライディングモード制御では、切替線(切替平面、切替超平面と称する場合もある。以下切替線と記す)というパラメータを適切に設定できれば、所望の特性を得ることが比較的容易である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2002−318602号公報
【特許文献2】特開平9−274504号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
温調計が搭載される装置においては、温調計による制御特性が製品の品質に影響を及ぼすことがある。このような装置を用いて製品を製造し販売する企業においては、製品品質の安定化は重要な要素のひとつである。例えば、指定した通りの制御応答を実現して製品の加熱プロファイルを一定にすることが求められる。
【0006】
しかしながら、PID制御においてはオーバーシュートや応答速度に対しては、パラメータで直接指定できないことや、制御対象の特性変動に対する再現性が得られない(応答が制御条件によって異なる)などの課題がある。
一方、スライディングモード制御では、切替線を設定して応答を指定した制御が出来るが、操作量飽和によっては、指定した通りの応答にならない場合がある。
【0007】
図11に、制御対象の状態(状態空間モデルにおける状態変数。以下、状態と記す)を切替線に拘束できない場合の例を示す。例えば、スライディングモード制御では、極配置等により応答の速い極にしすぎると切替線に拘束できない場合が生じる。この理由として、上述のような操作量の飽和がある。制御対象に入力できるエネルギーは物理的に有限のため、応答を速くしようとして、切替線の傾斜を大きく設定しすぎると、状態を切替線に拘束できなくなるためである。
【0008】
図11(a)は制御対象の状態及び操作量uの時間波形の例を示す。図の例では、制御開始後、操作量が上限及び下限に飽和している。図11(b)は、図11(a)の例に対応する、位相面における状態遷移と切替線を示す。図示のように、状態の遷移を切替線に拘束できない場合がある。
【0009】
このように、操作量には物理的な飽和があるため、スライディングモード制御では切替線の設定が適切でないと、状態を切替線に拘束することができなくなる場合があり、所望の特性を得るために飽和を考慮した適切な切替線の調整が必要な場合があった。
【0010】
しかしながら、従来、操作量の飽和を考慮に入れた上で最適な切替線を調整するための手段が存在しなかったため、ユーザは試行錯誤しながら実験を繰り返してパラメータを調整する場合があり、非常に手間がかかっていた。例えば、従来の調整では、i)切替線を変更する、ii)実際に制御(試験)させる、iii)応答を評価する、という各処理を、応答の評価が所望の要件を満足するまで順次繰り返し、満足した応答に対応する切替線を、調整された切替線として決定していた。
【0011】
操作量飽和を考慮した上で、例えば応答を最速にしたり、オーバーシュートをゼロにするといった要件に対して、最適な切替線の(傾斜)パラメータを導出する方法が考案されていなかったため、ユーザは上述のように実験を繰り返して切替線パラメータを決定していくしかなかった。例えば、切替線に拘束した上でなるべく速く制御するには、どのような切替線設計が良いのかという要求に対し、理論的に設計できる手順がなかった。
【0012】
本発明は、以上の点に鑑み、スライディングモード制御において所望の特性を得る切替線を自動算出することを目的とする。また、本発明は、制御対象のモデル、目標値(SV)、制御開始前の制御量(PV)、出力リミッタ上下限値を基に、最適な切替線を自動算出することを目的のひとつとする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
予めモデリング及びパラメータ同定された制御対象のモデルを用いて、操作飽和量を一定時間入力し、その後目標値安定時の操作量(負荷率)にステップ的に切り替えた操作量波形を制御対象に入力したときに得られる測定値波形をシミュレーションし、測定値波形がユーザの所望する波形になるように、操作量飽和時間を計算で算出する。ここで、ユーザが所望する波形とは、例えば、最短時間で起動する波形や、オーバーシュートを生じない波形などである。制御対象のモデル(例えば、伝達関数モデル)から計算機により計算するため、制御システムを実働させる必要がない。計算機により、算出された操作量飽和時間に応じて切替線を決定する。
【0014】
本発明の第1の解決手段によると、
スライディングモード制御における切替線の設計装置であって、
制御対象に対して、所定の操作量飽和時間の間操作量の上限値である第1操作量を入力し、その後安定負荷率に応じた第2操作量を入力する入力波形を入力したときの、制御量の時間応答を、複数の操作量飽和時間についてそれぞれ計算し、求められた時間応答に基づいて、予め定められた評価関数の値を操作量飽和時間毎に求め、求められた評価関数の値が所定の条件を満足する操作量飽和時間をひとつ選択する応答設計部と、
選択された操作量飽和時間における制御量及びその微分値と、予め設定された目標値とに基づき、スライディングモード制御の切替線の傾きを求める切替線算出部と、
求められた切替線の傾きに従い、スライディングモード制御の切替線のパラメータを求めるスライディングモード制御演算部と
を備えた前記設計装置が提供される。
【0015】
本発明の第2の解決手段によると、
コンピュータを用いた、スライディングモード制御における切替線の設計方法であって、
制御対象に対して、所定の操作量飽和時間の間操作量の上限値である第1操作量を入力し、その後安定負荷率に応じた第2操作量を入力する入力波形を入力したときの、制御量の時間応答を計算するステップと、
求められた時間応答に基づいて、予め定められた評価関数の値を求めるステップと、
複数の操作量飽和時間について、前記時間応答を計算するステップと前記評価関数の値を求めるステップとを繰り返し、操作量飽和時間毎の評価関数の値を求めるステップと、
求められた評価関数の値が、所定の条件を満足する操作量飽和時間をひとつ選択するステップと、
選択された操作量飽和時間における制御量及びその微分値と、予め設定された目標値とに基づき、スライディングモード制御の切替線の傾きを求めるステップと、
求められた切替線の傾きに従い、スライディングモード制御の切替線のパラメータを求めるステップと
を含む前記設計方法が提供される。
【発明の効果】
【0016】
本発明によると、スライディングモード制御において所望の特性を得る切替線を自動算出することができる。また、本発明によると、制御対象のモデル、目標値(SV)、制御開始前の制御量(PV)、出力リミッタ上下限値を基に、最適な切替線を自動算出することができる。
【0017】
本発明によると、実験を繰り返すことなく飽和を考慮した切替線の調整が可能なため、調整の手間を削減でき、評価指標に応じた最適な切替線が設計できるようになる。また、本発明によると、指定した通りの制御応答(所望の制御特性)を得ることができる。また、このような制御応答を実現する温調計などにより、製品が安定に生産できる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】スライディングモード制御の説明図。
【図2】モード移行の説明図。
【図3】操作量の切替のイメージ図。
【図4】最適な操作量飽和時間の探索の説明図。
【図5】操作量飽和時間と評価関数の関係を示す図。
【図6】切替線を求める説明図。
【図7】本実施の形態のシステム構成図。
【図8】本実施の形態のフローチャート。
【図9】ステップS111の詳細フローチャート。
【図10】本実施の形態により求められた切替線に基づいて、スライディングモード制御したときのグラフ。
【図11】制御対象の状態を切替線に拘束できない場合の例。
【発明を実施するための形態】
【0019】
1.スライディングモード制御(SMC)の概要
まず、スライディングモード制御の動作理論の概要を説明する。
i)位相面解析
図1は、スライディングモード制御の説明図である。
スライディングモード制御は、制御対象の制御応答を、各状態を軸とした「位相面(位相空間と証することもある。以下、位相面と記す)」で捉えることから、オペレータによって位相面上に設定された「切替線」に、各状態の遷移を拘束する制御である。切替線はオペレータによって設定された傾斜をもち、目標値(例えば原点)を通過する。状態の遷移を切替線に拘束するということは、制御応答自体を決めることであり、オペレータが制御応答を切替線の傾斜というパラメータによって決定できるという側面を持つ。
【0020】
図1の左側の波形はスライディングモード制御、右側の波形は比較の例としてPID制御による波形を示す。また、図1の上段は制御応答の時間波形、下段は位相面での解析結果を示す。スライディングモード制御では、図1左側下段に示すように、状態の遷移は切替線に拘束される。一方、PID制御では、図1右側下段に示すように、状態の遷移は切替線に拘束されていない。
【0021】
ii)スライディングモード制御の動作モード
図2は、モード移行の説明図である。
上記位相面において、スライディングモード制御では3つのモードを移行しながら制御する。
・到達モード:任意の制御開始点から、切替線に拘束するまでのモード。
・スライディングモード:切替線に拘束され、目標値に遷移するモード。
・定常モード:目標値に到達し、目標値に留めるモード。
【0022】
iii)スライディングモードの制御対象への入力値(操作量)
スライディングモード制御の操作量は2種類あり、「等価入力」と「非線形入力」というもので、それぞれ以下のような働きをもつ。
「等価入力」は、スライディングモード中の入力である。つまり、状態の遷移が切替線に乗っているときの入力である。切替線の傾きを設計した時点で決定している。「非線形入力」は、切替線に拘束させるための入力である。つまり、切替線上以外での入力である。切替線の前後で、フィードバックゲインを非線形に切替えることにより、切替線に拘束するような操作量を出力する。図3に、操作量の切替のイメージ図を示す。
【0023】
iv)切替線について
切替線の方程式は以下のように設計される。
制御システムの状態方程式は、次式で表されることができる。
【数1】

ここで、xは状態変数、uは制御入力、Aはシステム行列、Bは入力行列である。このとき、
【数2】

がパラメータSで傾斜が指定された切替線σである。その中身は、例えば2次系のシステムでは、
【数3】

となる。s、sが、オペレータが設定するパラメータ、つまり設計、調整するものである。
【0024】
また、xに偏差、xに偏差の変化速度をとれば、この方程式で示される直線は目標値が原点となり、目標値に安定した定常状態ではx=x=0となる。また、スライディングモード中はσ=0である。つまり、s+s=0となるように、状態を拘束する。s、sをどのように設定するかがスライディングモード制御の応答を決定する重要なパラメータとなる。
【0025】
スライディングモード制御は、ロバスト性が強い、オーバーシュートをさせ難い等の特長がある。例えば、制御対象の特性が変化しても、切替線に拘束して制御するため、制御対象応答を変化させない。また、例えば、切替線への拘束によって、理論的にオーバーシュートを発生させない応答指定が可能である。
【0026】
また、スライディングモード制御では切替線に拘束することで、応答波形を指定することができる。例えば、制御対象の特性変動に対して再現性が保たれる、オーバーシュートのない応答を指定できるということが言える。
【0027】
一方、PID制御ではこのような概念がないため、制御対象の特性変動に対して、再現性が保てない場合がある。また、オーバーシュートの生じない応答を指定するようなパラメータ調整が困難である等の点で、スライディングモード制御との違いがある。
【0028】
スライディングモード制御を適用する制御対象として、例えば、モーションコントロール系(メカ系)がある。モーションコントロール系は、プロセス系と比較して数式モデル設計を行いやすい、オーバーシュートが許されない制御要件が多い、モーターなどは摩擦力などによる負荷特性に変動が生じやすい等の要因から、スライディングモード制御が向いているといえる。一方、プロセス系では、モデルがブラックボックス(物理的パラメータから数式モデルを構築するのが難しい)、比較的、オーバーシュートが許されない要件というのは少ない等の要因から、いままでスライディングモード制御の適用事例は少なく、ほぼPID制御が使われている。
【0029】
2.本実施の形態の概要
本実施の形態では、上述の課題に対し、操作量飽和を考慮した上で、応答が例えば最速となるように切替線を制御対象のモデルから計算で設計する手法を提供する。
まず、設計方法(調整方法)の概要を説明する。本設計方法では、まず、(1)操作量の基本波形における、最適な操作量飽和時間を探索し、そして(2)切替線を求める。
【0030】
(1)操作量の基本波形における、最適な操作量飽和時間の探索について
図4は、最適な操作量飽和時間の探索の説明図である。
操作量の基本波形とは、操作量飽和時間Tdelay経過後に、安定負荷率θに応じた操作量に変更する波形である。例えば、所定の操作量飽和時間の間操作量の上限値である第1操作量を入力し、その後安定負荷率に応じた第2操作量を入力する入力波形を示す。なお、安定負荷率は、操作量の上限値及び下限値と、目標値(制御量の目標値)SVと、制御対象のゲインとに基づき定められる。
【0031】
図4(a)に、操作量飽和時間Tdelayが相対的に短い場合を示し、図4(b)に、操作量飽和時間Tdelayが相対的に長い場合を示す。なお、各グラフの下側の波形が制御対象に入力する入力波形を示し、上側の一定値の直線が目標値SV、曲線が制御対象から出力される制御量PVを示す。
【0032】
操作量飽和時間Tdelayが短い場合、図4(a)に示すように、オーバーシュートが生じない。また、応答は遅い。一方、操作量飽和時間Tdelayが長くなると、図4(b)に示すように、オーバーシュートが生じる。また、応答が速い。このように、操作量飽和時間Tdelayの長さに応じて応答波形が変化するので、この応答波形が所望の制御要件に合うような操作量飽和時間Tdelayを算出する。
【0033】
ここで、制御要件として、偏差の積算値を最小にする場合を考える。これは、例えば、制御応答を最速で目標値に収束させる場合に相当する。
ここで、例えば、評価関数Jとして次式を用い、この評価関数を最小又は極小にする操作量飽和時間Tdelayを算出する。
【数4】

制御量PVは制御対象のモデルに対し、操作量の基本波形を入力した場合の微分方程式を解くことで求められる。
【0034】
一例として、制御対象が2次遅れ系の場合の時間関数について説明する。プラント(制御対象)の伝達関数G(s)が以下の式で表されるとする。
【数5】

ここで、Kpはゲイン、T、Tは時定数である。
【0035】
基本波形に対する応答波形の時間関数f(t)は、t<Tdelayのとき、以下の式で求められる。
【数6】

ここで、PVは、制御開始前の制御量の値である。
【0036】
また、t≧Tdelayのときは、操作量の上限値を入力した場合の応答f(t)と、安定負荷率に応じた操作量を入力した場合の応答f(t)から、基本波形に対する応答波形の時間関数f(t)は次式で求めることができる。
【数7】

なお、上述f(t)において、(1−θ)は、正規化していなければ、操作量の上限値をMVlim、安定負荷率θに応じた操作量MVθをとして、(MVlim―MVθ)としてもよい。
【0037】
上述の各式より、所定の操作量飽和時間の基本波形を入力した場合の、時刻tでの制御量PVが求められるので、評価関数Jに予め定められた目標値SVと、上式から計算されたPVの計算値とを代入して、評価関数Jの値が計算できる。複数の操作量飽和時間についてそれぞれ評価関数を算出する。
【0038】
図5に、操作量飽和時間と評価関数の関係を示す。
図は、横軸に操作量飽和時間Tdelay、縦軸に評価関数Jの値をとってプロットしたものである。例えば、評価関数Jの値が最小又は極小になる操作量飽和時間Tdelayの最適値が求まる。
【0039】
(2)切替線について
図6は、切替線を求める説明図である。
選択された操作量飽和時間のタイミングでの制御量(図6:横軸)とその変化速度(図6:縦軸)を計算し、切替線を算出する。
上述の(1)で選択した操作量飽和時間のタイミングは、スライディングモード制御の切替線に状態が乗るタイミングと等価であるので、その点(図中A)における制御量と変化速度を計算することで、目標値に対応する点(図中B)とその点を結ぶ切替線の傾きが算出できる。これが切替線の基準値となる。
【0040】
操作量が飽和から外れるタイミングでの制御量の計算式は、以下のように表すことができる。
【数8】

【0041】
また、操作量が飽和から外れるタイミングでの制御量変化速度の計算式は、以下のように表すことができる。
【数9】

【0042】
3.システム構成
図7は、本実施の形態の制御システムの構成図である。
制御システムは、例えば、スライディングモード制御最適パラメータ算出部10と、スライディングモード制御演算部20と、操作量リミッタ30と、制御対象40と、システム同定部50とを備える。スライディングモード制御最適パラメータ算出部10は、最適応答設計部11と、最適切替線算出部12とを有する。
【0043】
制御対象40は、一例として、プラスチック成形機やフリップチップボンダ等である。プラスチック成形機は、省エネや効率の目的で、例えば立ち上がり時間の短縮のためオーバーシュートを抑えたい、という制御要件がある。また、フリップチップボンダは、製品品質向上のため、繰り返し行われる熱処理の再現性を一致させたい、という制御要件がある。制御対象40は、2次遅れ系の適宜のものであってもよいし、プロセス系、温度を制御量とする温度調節系であってもよいし、これら以外の適宜の制御対象であってもよい。システム同定部50は、制御対象のモデリング、モデリングされたモデルの各パラメータを同定する。例えば、上述の伝達関数G(s)の例では、ゲインKp、時定数T、Tの各パラメータを同定する。
【0044】
スライディングモード制御演算部20は、設定される切替線パラメータ(例えば、切替線の傾き)に従い、スライディングモード制御の切替線のパラメータ(例えば、s、s)を求める。また、スライディングモード制御による制御をするための制御入力を演算する。操作量リミッタ30は、制御対象40に入力される操作量MVを、上限値及び下限値でリミットする。
【0045】
スライディングモード制御最適パラメータ算出部10の最適応答設計部11は、制御対象40のモデルに対して、所定の操作量飽和時間の間操作量の上限値である第1操作量を入力し、その後安定負荷率に応じた第2操作量を入力する入力波形を入力したときの、制御量の時間応答を、複数の操作量飽和時間についてそれぞれ求める。また、最適応答設計部11は、求められた時間応答に基づいて、予め定められた評価関数の値を操作量飽和時間毎に求め、求められた評価関数の値が所定の条件を満足する操作量飽和時間をひとつ選択する。最適切替線算出部12は、選択された操作量飽和時間における制御量及びその微分値と、予め設定された目標値とに基づき、スライディングモード制御の切替線の傾きを求める。
【0046】
なお、最適応答設計部11、最適切替線算出部12、スライディングモード制御演算部20は、例えば、処理部(CPU)、記憶部、入力部及び出力部等を有するコンピュータで実現されることができる。本実施の形態におけるスライディングモード制御の切替線の設計装置は、例えば、最適応答設計部11、最適切替線算出部12及びスライディングモード制御演算部20を含むことができる。なお、操作量リミッタ30、システム同定部50をさらに含んでも良い。
【0047】
4.フローチャート
図8は、本実施の形態のフローチャートである。
まず、システム同定部50は、システム同定などによる制御対象40のモデリングを行う(S101)。本実施の形態では、上述の伝達関数G(s)のように2次遅れ系について説明するが、制御対象が3次以上でもよく、この場合2次に近似してもよい。
【0048】
最適切替線算出部12は、モデルパラメータを設定する(S103)。例えば、上述の伝達関数G(s)における、時定数T、T、ゲインKpを設定する。これらの各モデルパラメータは、システム同定部50により同定され、最適切替線算出部12に入力されることができる。
【0049】
最適切替線算出部12は、操作量の上限値及び下限値を設定する(S105)。また、最適切替線算出部12は、制御条件(例えば、制御量の初期値PV、目標値SV)を設定する(S107)。なお、これらの各値は、例えばオペレータの操作により入力部から入力されてもよいし、予め設定された適宜の装置、記録媒体等から入力してもよい。
【0050】
また、最適切替線算出部12は、操作量の上限値及び下限値を用いて、以下の式により安定負荷率θを求める。
【数10】

【0051】
最適切替線算出部12は、評価関数(偏差2乗)を設定する(S109)。評価関数は予めひとつ定められていてもよいし、制御要件に対応する複数の評価関数が予め定められ、これら制御要件を表示部等に表示してオペレータがその中から選択することにより、対応する評価関数が設定されるようにしてもよい。ここでは、上述のように、以下の評価関数を用いるものとする。
【数11】

最適切替線算出部12は、最適な操作量飽和時間を算出する(S111)。例えば、PC上でのシミュレーション計算により算出する。
【0052】
図9は、ステップS113の詳細フローチャートである。
まず、最適切替線算出部12は、操作量飽和時間Tdelayを設定する(S201)。操作量飽和時間は、例えば計算に用いる範囲や増分等が予め定められ、順次操作量飽和時間Tdelayをひとつ設定する。
【0053】
最適切替線算出部12は、応答波形f(t)を求める(S203)。例えば、制御対象のモデルに対して、所定の操作量飽和時間の間操作量の上限値である第1操作量を入力し、その後安定負荷率に応じた第2操作量を入力する入力波形を入力したときの、制御量の時間応答f(t)を求める。例えば、上述の数6、数7で示すf(t)の式を用いることができる。なお、適宜の手法により数値計算で時間応答をシミュレーションしてもよい。
【0054】
最適切替線算出部12は、評価関数Jの値を求める(S205)。上述の評価関数Jの式に従い、例えば設定された目標値SVと求められた制御量の時間応答との偏差e(t)を求め、この2乗を時間積分して評価関数Jの値を求める。
最適切替線算出部12は、操作量飽和時間Tdelay及び評価関数Jの値を対応して記憶部に記憶する(S207)。
【0055】
最適切替線算出部12は、所定範囲の操作量飽和時間Tdelayについて計算したか判断する(S209)。所定範囲の操作量飽和時間Tdelayについて計算していない場合は、ステップS201に戻り、別の操作量飽和時間Tdelayを設定してステップ203以降の処理を繰り返す。これにより、操作量飽和時間Tdelay毎の評価関数の値が求まる。一方、所定範囲の操作量飽和時間Tdelayについて計算している場合は、ステップS211に移る。
【0056】
ステップS211では、最適切替線算出部12は、求められた評価関数Jの値に基づき、最適な操作量飽和時間Tdelayを求める(S211)。例えば、記憶された評価関数Jの値が最小又は極小になる値を検索し、対応する操作量飽和時間Tdelayを求める。なお、最小又は極小以外にも、評価関数の値が予め定められた閾値以下である操作量飽和時間をひとつ選択してもよい。ただし、Tdelayが長くなるとオーバーシュートを生じる場合があるので、予め定められた操作量飽和時間Tdelay以上は除外するようにしてもよい。例えば、上記予め定められた操作量飽和時間Tdelayとは、時定数のT、Tを加算したものとすることができる(Tdelay≦T+T)。
【0057】
図8に戻り説明を続ける。最適切替線算出部12は、位相面における切替線設定値(切替線の傾き)を算出する(S113)。例えば、最適切替線算出部12は、選択された操作量飽和時間における制御量及びその微分値と、予め設定された目標値SVとに基づき、スライディングモード制御の切替線の傾きを求める。選択された操作量飽和時間における制御量及びその微分値は、上述の数8及び数9で求めることができる。図6に示すように、切替線の傾きaは、以下の式で求められる。
【数12】

ここでのTdelayは、ステップS111で算出された最適な操作量飽和時間である。最適切替線算出部12は、求められた切替線の傾きaをスライディングモード制御演算部20に出力する。
【0058】
スライディングモード制御演算部20は切替線を設定し、制御試験を行う(S115)。例えば、スライディングモード制御演算部20は、切替線の傾きaを入力し、切替線のパラメータs、sを以下のように設定する。
[s、s]=[−a、1]
ここで、切替線のパラメータs、sと切替線の傾きaについて説明する。
【0059】
切替線の方程式はx=PV、x=dPV/dtとして、以下の式で表される。
+s=0
式展開すると、
【数13】

となる。傾斜を示すのは上式の右辺となるが、パラメータが冗長なので、実際にはs=1と固定する。すると、
【数14】

であり、傾きaは、
【数15】

となる。従って、
【数16】

となる。
設定された切替線のパラメータs、sを用いて、制御システムは制御試験を行っても良い。
【0060】
5.評価関数の変形例
評価関数としては、上述のものに限らず制御要件に対応する適宜の評価関数を用いてもよい。例えば、オーバシュートをゼロにするような制御要件の場合、評価関数として偏差の微分値を用い、これがゼロ以下になるようにしてもよい。例えば、評価関数として以下の式を用いることができる。
【数17】

【0061】
この場合、上述のステップS211において、最適応答設計部11は、評価関数Jの値がマイナスである操作量飽和時間をひとつ選択する。また、最適応答設計部11は、評価関数の値がマイナスからプラスへ変わる点(ゼロをまたぐ点)を求め、評価関数の値がマイナスであり、かつ、該点近傍(例えば予め定められた範囲内)の操作量飽和時間をひとつ選択するようにしてもよい。なお、上述の評価関数Jにおいて、実際の数値計算では時間tは無限大まで計算する必要はなく、予め定められた時間まで計算すればよい。
【0062】
6.効果の例
図10は、本実施の形態により求められた切替線に基づいて、スライディングモード制御したときのグラフである。本実施の形態で示した手法により、高速で安定した制御が実現できる切替線が設定可能であることがわかる。
【0063】
このように、本実施の形態によると、制御要件に応じた切替線を自動的に求めることができる。この点、要求に応じて最適な切替線を求められることは、従来の技術ではできなかったことである。また、本手法はモデルがあれば計算だけで求められるため、実験を繰り返す必要性が非常に減少する。
【産業上の利用可能性】
【0064】
本発明は、例えば、スライディングモード制御を行う制御システムに利用可能である。
【符号の説明】
【0065】
10 スライディングモード制御最適パラメータ算出部
11 最適応答設計部
12 最適切替線算出部
20 スライディングモード制御演算部
30 操作量リミッタ
40 制御対象
50 システム同定部
SV 目標値
MV 操作量
PV 制御量

【特許請求の範囲】
【請求項1】
スライディングモード制御における切替線の設計装置であって、
制御対象に対して、所定の操作量飽和時間の間操作量の上限値である第1操作量を入力し、その後安定負荷率に応じた第2操作量を入力する入力波形を入力したときの、制御量の時間応答を、複数の操作量飽和時間についてそれぞれ計算し、求められた時間応答に基づいて、予め定められた評価関数の値を操作量飽和時間毎に求め、求められた評価関数の値が所定の条件を満足する操作量飽和時間をひとつ選択する応答設計部と、
選択された操作量飽和時間における制御量及びその微分値と、予め設定された目標値とに基づき、スライディングモード制御の切替線の傾きを求める切替線算出部と、
求められた切替線の傾きに従い、スライディングモード制御の切替線のパラメータを求めるスライディングモード制御演算部と
を備えた前記設計装置。
【請求項2】
前記評価関数は、目標値と求められた制御量の時間応答との偏差に基づく関数である請求項1に記載のスライディングモード制御の設計装置。
【請求項3】
前記評価関数は、目標値SV及び求められた制御量PVの時間応答に基づく次式で表される関数Jである請求項2に記載の設計装置。
【数1】

【請求項4】
前記応答設計部は、評価関数の値が最小又は極小になる操作量飽和時間を選択する請求項3に記載の設計装置。
【請求項5】
前記評価関数は、目標値SV及び求められた制御量PVの時間応答に基づく次式で表される関数Jである請求項2に記載の設計装置。
【数2】

【請求項6】
前記応答設計部は、評価関数の値がマイナスである操作量飽和時間をひとつ選択する請求項5に記載の設計装置。
【請求項7】
前記応答設計部は、評価関数の値がマイナスからプラスへ変わる点を求め、評価関数の値がマイナスであり、かつ、該点から予め定められた範囲内にある操作量飽和時間をひとつ選択する請求項5に記載の設計装置。
【請求項8】
制御対象として2次遅れ系のモデルを用いることを特徴とする請求項1に記載の設計装置。
【請求項9】
コンピュータを用いた、スライディングモード制御における切替線の設計方法であって、
制御対象に対して、所定の操作量飽和時間の間操作量の上限値である第1操作量を入力し、その後安定負荷率に応じた第2操作量を入力する入力波形を入力したときの、制御量の時間応答を計算するステップと、
求められた時間応答に基づいて、予め定められた評価関数の値を求めるステップと、
複数の操作量飽和時間について、前記時間応答を計算するステップと前記評価関数の値を求めるステップとを繰り返し、操作量飽和時間毎の評価関数の値を求めるステップと、
求められた評価関数の値が、所定の条件を満足する操作量飽和時間をひとつ選択するステップと、
選択された操作量飽和時間における制御量及びその微分値と、予め設定された目標値とに基づき、スライディングモード制御の切替線の傾きを求めるステップと、
求められた切替線の傾きに従い、スライディングモード制御の切替線のパラメータを求めるステップと
を含む前記設計方法。

【図3】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図1】
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【図2】
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【図4】
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【公開番号】特開2011−237848(P2011−237848A)
【公開日】平成23年11月24日(2011.11.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−106122(P2010−106122)
【出願日】平成22年5月6日(2010.5.6)
【出願人】(000250317)理化工業株式会社 (27)
【Fターム(参考)】