説明

スラグ微粒子の識別方法及び炭酸化処理装置

【課題】試料となる微粒子混合物の中から表面に遊離石灰を含有するスラグ微粒子を識別する方法において、粒子画像処理計測を適用し、個々の粒子の明度情報のみによって容易にスラグ微粒子を識別する。
【解決手段】微粒子混合物中の全ての微粒子を撮像した画像に対して画像処理を施すことにより各微粒子の代表明度を測定する第1の明度測定工程と、高濃度の炭酸ガス及び飽和水蒸気量の水蒸気を含有する常温のガス中に静置された全ての微粒子のそれぞれに、少なくとも1つ以上の水滴を1時間以上接触させる炭酸化処理工程と、炭酸化処理工程後の全ての微粒子を撮像した画像に対して画像処理を施すことにより各微粒子の代表明度を測定する第2の明度測定工程と、第2の明度測定工程で測定された代表明度が第1の明度測定工程で測定された代表明度よりも高明度となった微粒子を、表面に遊離石灰を含有するスラグ微粒子として識別する識別工程と、を含めた。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、表面に遊離石灰を含有するスラグ微粒子と、当該スラグ微粒子とは異なる種類の微粒子との微粒子混合物から、スラグ微粒子を識別する方法及びこの方法に用いる炭酸化処理装置に関する。
【背景技術】
【0002】
金属精錬産業では、しばしば、精錬プロセスで生じた各種の微粒子(例えば、直径数μm〜数百μmの粒子)の種類と粒度分布を求めるニーズがある。各種の微粒子の種類と粒度分布は、例えば、工場建屋の集塵器に捕集された煤塵を分析して、工場内での漏煙や発塵状態の時間推移をマクロに把握する等の目的のために必要となる。このような目的では、多数の微粒子試料を分析する必要があるため、簡易かつ安価な微粒子の分析手法が望まれる。
【0003】
ここで、一般的に行われている微粒子の分析手法としては、例えば、化学分析、蛍光X線分析などの放射線を利用した分析、篩分け法、レーザ回折式粒度分布計を用いた分析、粒子画像処理計測等の種々の手法がある。
【0004】
化学分析は、確実な(高精度の)分析手法であるが、分析に手間がかかり、分析に必要な試料の質量も最低10g程度は必要なため、簡易な手法とはいえない。また、粒度分布を測定することはできない。
【0005】
放射線を利用した分析は、微量の試料でも分析可能であるが、放射線を利用するため、装置が大掛かりとなり、安価な方法とはいえない。また、粒度分布を測定することはできない。
【0006】
篩分け法は、比較的粗大な粒子の粒度分布を簡易に測定することが可能である。しかし、概ね直径40μm以下の微粒子は、篩の網目に付着しやすく、また、粒子も空気抵抗によって落下しにくくなるので、この方法では、直径40μm以下の微粒子を分離できない。また、微粒子の種類は、他の方法と組み合わせなければ識別することはできない。
【0007】
レーザ回折式粒度分布計を用いた分析は、簡易に精度よく微粒子の粒度分布を測定することができる。ただし、この方法は、測定装置が高価であるので安価な方法とはいえない。また、微粒子の種類を識別することはできない。
【0008】
粒子画像処理計測は、光学顕微鏡等のレンズを通して撮影された粒子群の画像を画像処理して粒子を識別するとともに、これら識別された個々の粒子の寸法、形状、明度(カラー画像であれば色も)などの代表値(例えば、寸法であれば等価円の直径、形状であれば真円度、明度であれば平均明度等)を求めることができる(例えば、特許文献1を参照)。また、個々の粒子を特定の測定量(例えば、明度)の区分ごとに集計すればヒストグラム(明度ヒストグラム)を求めることもできる。このように、粒度分析手法としては安価かつ簡易であり、分析に必要な試料も少量(例えば、数十μg)でよい。
【0009】
ただし、粒子画像処理計測においても、粒子の種類を判別するためには、明度の予備情報が必要である、すなわち、例えば、明度の低い粒子は石炭で、明度の高い粒子はアルミナ等のように、予め、試料となる粒子に含まれ得る粒子の種類と明度とを対応付けた情報が必要となる。逆に、このような情報が予め得られていれば、個々の粒子の代表明度を用いて粒子の種類を容易に識別できる。
【0010】
そのため、粒子画像処理計測は、微粒子分析手法として、簡易かつ安価であり、前述の微粒子分析方法のニーズに最も合致する有効な方法である。従って、なるべく多くの対象に画像処理計測による粒子分析を適用することが望ましい。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特開平11−132934号公報
【特許文献2】特開2005−97076号公報
【特許文献3】特開2001−26470号公報
【特許文献4】特開平6−92696号公報
【特許文献5】特開平7−172882号公報
【特許文献6】特開平10−158043号公報
【特許文献7】特開2003−335558号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
しかし、同一の粒子種であっても、明度が大きくバラつく微粒子があり、このような微粒子では、明度情報だけでは粒子種を識別することができない、という問題があった。このような微粒子の代表的なものとしては、金属精錬産業で生成及び使用されるスラグ、特に、製鉄産業における製鋼スラグ等の表面に遊離石灰を含有するスラグの微粒子がある。
【0013】
製鋼スラグには、通常、数週間から数ヶ月屋外に放置されるエージングと呼ばれる処理が施されるが、このエージングにより、製鋼スラグ微粒子の明度は、暗色から徐々に単色化する。また、製鋼スラグに施されるエージングの期間は、用途やスラグヤードの余剰面積等によって異なることから、エージングの進度に応じて、製鋼スラグの明度は大きく変化することとなる。このように、製鋼スラグ等の遊離石灰を含有したスラグ微粒子では、得られる試料のエージングの進度が一定ではないため、個々の粒子の代表明度が粒子間で大きく異なるため、画像処理計測によっても、明度の情報のみでは試料となる微粒子混合物の中からスラグ微粒子を識別することが困難であった。
【0014】
そこで、本発明は、上記問題に鑑みてなされたものであり、試料となる微粒子混合物の中から表面に遊離石灰を含有するスラグ微粒子を識別する方法において、粒子画像処理計測を適用し、個々の粒子の明度情報のみによって容易にスラグ微粒子を識別することを可能とすることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究を重ねた結果、サンプルの微粒子混合物中の各微粒子を微小体積の炭酸水と接触させ、かつ、微小体積の炭酸水中の水分を、当該炭酸水が接触していた微粒子上でそのまま乾燥除去する炭酸化処理を施すことにより、スラグ微粒子に含有された遊離石灰のみに選択的に炭酸カルシウムを生成または沈着させて、表面に遊離石灰を含有するスラグ微粒子のみの表面の明度を淡色化させることができ、これにより、表面に遊離石灰を含有するスラグ微粒子を他種の微粒子と識別できることを見出し、この知見に基づいて本発明を完成するに至った。
【0016】
すなわち、本発明によれば、表面に遊離石灰を含有するスラグ微粒子と、当該スラグ微粒子とは異なる種類の微粒子とからなる微粒子混合物から前記スラグ微粒子を識別するスラグ微粒子の識別方法であって、前記微粒子混合物中の全ての微粒子を撮像した画像に対して画像処理を施すことにより、各微粒子の代表明度を測定する第1の明度測定工程と、濃度1mol%以上の炭酸ガス及び飽和水蒸気量の水蒸気を含有する常温のガス中に静置された前記微粒子混合物中の全ての微粒子のそれぞれに、少なくとも1つ以上の前記各微粒子に、水滴を1時間以上接触させる炭酸化処理工程と、前記炭酸化処理工程後の前記微粒子を乾燥させる乾燥工程と、前記乾燥工程後の前記微粒子混合物中の全ての微粒子を撮像した画像に対して画像処理を施すことにより、各微粒子の代表明度を測定する第2の明度測定工程と、前記第2の明度測定工程で測定された代表明度が前記第1の明度測定工程で測定された代表明度よりも高明度となった微粒子を、前記表面に遊離石灰を含有するスラグ微粒子として識別する識別工程と、を含む、スラグ微粒子の識別方法が提供される。
【0017】
また、本発明によれば、表面に遊離石灰を含有するスラグ微粒子と、当該スラグ微粒子とは異なる種類の微粒子とからなる微粒子混合物から前記スラグ微粒子を識別するスラグ微粒子の識別方法であって、濃度1mol%以上の炭酸ガス及び飽和水蒸気量の水蒸気を含有する常温のガス中に静置された前記微粒子混合物中の全ての微粒子のそれぞれに、少なくとも1つ以上の水滴を1時間以上接触させる炭酸化処理工程と、前記炭酸化処理工程後の前記微粒子を乾燥させる乾燥工程と、前記乾燥工程後の前記微粒子混合物中の全ての微粒子を撮像した画像に対して画像処理を施すことにより、各微粒子の代表明度を測定する明度測定工程と、前記明度測定工程で測定された代表明度のうち、所定値以上の明度を有する微粒子を、前記表面に遊離石灰を含有するスラグ微粒子として識別する識別工程と、を含む、スラグ微粒子の識別方法が提供される。
【0018】
ここで、前記スラグ微粒子の識別方法において、前記表面に遊離石灰を含有するスラグ微粒子としては、例えば、製鋼スラグが挙げられる。
【0019】
また、前記スラグ微粒子の識別方法において、前記微粒子混合物は、高炉法による製鉄プラントから発生した降下煤塵からなっていてもよい。
【0020】
また、前記スラグ微粒子の識別方法において、前記炭酸化処理工程では、濃度1mol%以上の炭酸ガス及び飽和水蒸気量の水蒸気を含有する常温のガス雰囲気に維持されたCOインキュベータ内に、前記各微粒子を静置することが好ましい。
【0021】
また、前記スラグ微粒子の識別方法において、前記COインキュベータ内に水槽を配置し、当該水槽内に設置したヒータの設定温度を、前記COインキュベータ内の雰囲気の設定温度よりも高い温度に維持するように制御してもよい。
【0022】
また、前記スラグ微粒子の識別方法において、前記炭酸化処理工程では、前記COインキュベータ内に、前記各微粒子を載置した基板を水平に配置し、前記COインキュベータの開放部を通して、前記基板と水平方向に微粒化ノズルを用いて水滴を前記COインキュベータ内に噴霧した後に、前記COインキュベータを密閉して炭酸化処理を実施してもよい。
【0023】
また、前記スラグ微粒子の識別方法において、前記炭酸化処理工程では、炭酸化処理の実施中に、前記COインキュベータの開放部を通して、前記COインキュベータに取り付けられた超音波噴霧機を用いて水滴を前記COインキュベータ内に噴霧してもよい。
【0024】
また、前記スラグ微粒子の識別方法において、前記COインキュベータ内に、前記各微粒子を載置した基板を配置し、前記基板を冷却することにより、前記COインキュベータ内の水蒸気を前記各微粒子上に結露させることにより、前記各微粒子に水滴を付着させてもよい。
【0025】
また、本発明によれば、上述したスラグ微粒子の識別方法に使用する炭酸化処理装置であって、濃度1mol%以上の炭酸ガス及び飽和水蒸気量の水蒸気を含有する常温のガス雰囲気に維持されたCOインキュベータと、前記COインキュベータ内に設置された水槽と、前記水槽の上方に設置され、表面に遊離石灰を含有するスラグ微粒子と当該スラグ微粒子とは異なる種類の微粒子とからなる微粒子混合物を載置する基板と、を備える、炭酸化処理装置が提供される。
【0026】
ここで、前記炭酸化処理装置は、前記水槽内に設置されたヒータと、前記ヒータの設定温度を、前記COインキュベータ内の雰囲気の設定温度よりも高い温度に維持するように制御する制御装置と、をさらに備えていてもよい。
【0027】
また、前記炭酸化処理装置は、前記COインキュベータに取り付けられた微粒化ノズルをさらに備え、前記COインキュベータは、密閉可能であり、前記基板は、前記COインキュベータ内で水平に配置されており、前記微粒化ノズルは、前記COインキュベータの開放部を通して、前記基板と水平方向に水滴を前記COインキュベータ内に噴霧するようにしてもよい。
【0028】
また、前記炭酸化処理装置は、前記COインキュベータに取り付けられ、前記COインキュベータの開放部を通して、水滴を前記COインキュベータ内に噴霧する超音波噴霧機をさらに備えていてもよい。
【0029】
また、前記炭酸化処理装置は、前記基板の下部に設置され、前記基板を冷却して、前記COインキュベータ内の水蒸気を前記各微粒子上に結露させる冷却装置をさらに備えていてもよい。
【発明の効果】
【0030】
本発明によれば、エージングの進度によって明度がばらつく、遊離石灰を含むスラグ微粒子の明度を炭酸化処理によって均一化することにより、例えば、10mg未満、あるいは特に、100μg未満といった微量の検体粒子に対して粒子画像処理計測を適用し、個々の粒子の明度情報のみによって容易にスラグ微粒子を識別することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【図1】製鋼スラグ系煤塵と鉄系煤塵との明度の違いを示す説明図である。
【図2】本発明の第1の実施形態に係るスラグ微粒子の識別方法の操作の流れを示すフローチャートである。
【図3】同実施形態における炭酸化処理に用いるCOインキュベータの構成の一例を示す説明図である。
【図4】同実施形態において、容器内を水蒸気が飽和している状態に維持するための装置構成の一例を示す説明図である。
【図5】同実施形態の炭酸化処理に用いるCOインキュベータに超音波噴霧機を取り付けた装置構成の一例を示す説明図である。
【図6】同実施形態の炭酸化処理に用いる祈願を冷却する装置の構成の一例を示す説明図である。
【図7】本発明の第2の実施形態に係るスラグ微粒子の識別方法の操作の流れを示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0032】
以下に添付図面を参照しながら、本発明の好適な実施の形態について詳細に説明する。なお、本明細書及び図面において、実質的に同一の機能構成を有する構成要素については、同一の符号を付することにより重複説明を省略する。
【0033】
[明度情報のみによる製鋼スラグ微粒子の識別の困難性]
まず、本発明の好適な実施の形態について説明する前に、明度情報のみによる製鋼スラグ微粒子の識別の困難性について説明する。前述したように、金属精錬産業で生成及び使用されるスラグ、特に、製鉄産業における製鋼スラグ等の表面に遊離石灰を含有するスラグの微粒子は、同一の粒子種であっても明度が大きくばらつき、明度情報だけでは粒子種を判別することが非常に困難である。
【0034】
(製鋼スラグの定義)
ここで、製鋼スラグとは、高炉水砕スラグ、高炉徐冷スラグ、高炉風砕スラグ等の高炉スラグ以外の、高炉法に基づく製鉄プロセスで発生するスラグ全般のこといい、例えば、転炉スラグ、脱燐スラグ、脱硫スラグなどがある。製鋼スラグは、主成分が酸化カルシウム、二酸化ケイ素、酸化アルミニウム、酸化マグネシウムなどの酸化物であり、また、高炉スラグとは異なり、通常、微量(数質量%程度以上)の酸化鉄を含有する。また、製鋼スラグには、スラグの塩基度(CaO/SiOの質量比率)を調整するなどの目的で、精錬中に、しばしば生石灰(CaO)が添加される。この生石灰は、精錬が終了して、スラグが冷却された後もスラグ中に一部が残留する。このスラグ中に残留した生石灰を遊離石灰という。
【0035】
(スラグのエージング)
この遊離石灰は、スラグ中に大量に含まれていると、水や大気中の二酸化炭素と反応してスラグの体積を膨張させたり、吸水率等が高くなりスラグの強度を低下させたりするなどの不都合があるため、スラグ中の遊離石灰を予め水や大気中の二酸化炭素と十分に反応させておく必要がある。このために行うのがエージングである。特に、製鋼スラグは、路盤材などの原料として使用されることが多いが、その際、スラグ中に遊離石灰が大量に残留していると、このスラグが路盤材として使用された後に、スラグ中の遊離石灰が雨水や大気中の二酸化炭素と反応してスラグが膨張したり、内部の膨張によってスラグが破砕して路盤材としての機能が低下するとともに、スラグから遊離石灰由来の水溶性物質が溶出するなどするため好ましくない。このため、製鋼スラグは、出荷前に十分にエージングを行い、スラグ中の遊離石灰の含有量を低減させておく必要がある。
【0036】
なお、高炉スラグは、酸化鉄等の有色成分の含有量が少ないので、一般的に明色である。
【0037】
(製鋼スラグの明度)
次に、図1を参照しながら、製鋼スラグの明度について説明する。図1は、製鋼スラグ系煤塵と鉄系煤塵との明度の違いを比較するための説明図である。
【0038】
高炉法による製鉄プラントでは、主に、石炭系煤塵、鉄系煤塵、高炉スラグ系煤塵及び製鋼スラグ系煤塵の4種類の煤塵種の降下煤塵が発生する。石炭系煤塵は、主成分として炭素を含有する石炭やコークス等に由来する煤塵であり、鉄系煤塵は、主成分として酸化鉄を含有する鉄鉱石、焼結鉱、酸化鉄粉(例えば、製鋼ダスト等)に由来する煤塵であり、高炉スラグ系煤塵は、主成分として酸化ケイ素及び酸化カルシウムを含有し、製銑工程で生成される高炉水砕スラグや高炉徐冷スラグ等に由来する煤塵であり、製鋼スラグ系煤塵は、主成分として酸化ケイ素、酸化カルシウム及び酸化鉄を含有し、製鋼工程で生成される転炉スラグ、脱燐スラグ、脱硫スラグ等に由来する煤塵である。
【0039】
これら降下煤塵の由来のうち、製鋼スラグは、前述のように酸化鉄を含有するため、概ね、生成された直後においては高炉スラグよりも暗色である。従って、図1に示すように、エージングが十分に進行していない製鋼スラグに由来する製鋼スラグ系煤塵を、同じ着磁性(磁力を付与したときに着磁し得る性質)を有する鉄系煤塵と明度のみにより比較した場合に、製鋼スラグ系煤塵のうち明度の比較的高い粒子を鉄系煤塵と判別することが困難となる場合がある。
【0040】
一方、製鋼スラグは、前述した不都合を解消するためにエージングをする必要があり、通常、数週間から数ヶ月の間、屋外に放置される。このエージングの期間中に、製鋼スラグの表面に存在する酸化カルシウム(遊離石灰を含む。)が、大気中の二酸化炭素及び雨等による水分の作用によって、白色の炭酸カルシウムに変化する。そのため、スラグ表面の明度は、エージングの進行に伴い、徐々に淡色化する。このように、エージングが十分に進行した製鋼スラグに由来する製鋼スラグ系煤塵の粒子の明度は、図1に示すように、エージングが不十分な製鋼スラグに由来する煤塵よりも、全体的に高明度となる。この場合には、製鋼スラグ系煤塵の明度は、鉄系煤塵よりも高明度となるため、製鋼スラグ系煤塵と鉄系煤塵とを明度の比較のみにより、より明確に判別できるようになる。
【0041】
このように、製鋼スラグのエージングの進度に応じて、製鋼スラグ系煤塵の明度は大きく変化することとなる。また、製鋼スラグに施されるエージングの期間は、用途やスラグヤードの貯蔵量の状況等によって異なることから、製鋼スラグ等の遊離石灰を含有したスラグ微粒子では、得られる試料のエージングの進度が一定ではない場合が多い。そのため、製鋼スラグ系煤塵では、個々の粒子の代表明度が粒子間で大きく異なるため、画像処理計測によっても、明度の情報のみでは試料となる微粒子混合物の中から製鋼スラグ微粒子を識別することが困難であった。
【0042】
そこで、本発明者は、画像処理計測を用いて、明度の情報のみにより試料となる微粒子混合物の中から、表面に遊離石灰を含有するスラグ微粒子を容易に判別する方法について鋭意検討した。
【0043】
[明度情報のみによりスラグ微粒子を識別可能な手段の検討]
まず、本発明者は、試料となる微粒子混合物に対して所定の事前処理を施すことにより、微粒子混合物の中で、表面に遊離石灰を含有するスラグ微粒子のみに対して選択的に、スラグ表面に淡色(高明度)の物質を生成させることができれば、その後に、各微粒子を撮像して画像処理することにより、事前処理後に淡色化した微粒子、または、所定の明度以上の明色の微粒子を、表面に遊離石灰を含有するスラグ微粒子と識別することができることを知見した。
【0044】
次に、本発明者は、表面に遊離石灰を含有するスラグ微粒子のみに対して選択的に、スラグ表面に淡色(高明度)の物質を生成させる方法について検討した。ここで、前述したように、製鋼スラグ等に施されるエージングでは、スラグ表面に存在する酸化カルシウム(遊離石灰を含む。)を白色の炭酸カルシウムに変化させる炭酸化反応が行われる。ただし、エージングは、通常、屋外にスラグを放置することにより行われ(自然エージング)、そのためには少なくとも数週間程度の長い時間が必要となるので、長時間スラグを置いておくための置き場を確保しなればならず、広大な面積のスラグ置き場を必要とする。
【0045】
(エージングの加速技術)
そこで、必要なスラグ置き場の面積を減少させるという観点から、スラグに含有される遊離石灰の反応を促進してエージングを加速する(加速エージング)技術が種々提案されている。
【0046】
例えば、特許文献2〜4には、高濃度の二酸化炭素(ガスまたは水溶液)と、水(液体または水蒸気)をスラグに接触させる方法が開示されている。この方法は、高濃度の二酸化炭素と水をスラグ表面及び内部に存在する遊離石灰と反応させて、スラグ表面及びスラグ内部に炭酸カルシウムを生成させることにより、エージングを行うものである。
【0047】
また、例えば、特許文献5には、希硫酸をスラグに反応させる方法が開示されている。この方法は、希硫酸をスラグ表面及び内部に存在する遊離石灰と反応させて、スラグ表面及び内部に硫酸カルシウムを生成させることにより、エージングと同様の効果を得ようとするものである。
【0048】
また、遊離石灰をほとんど含まない高炉スラグに対しては、遊離石灰を反応させるためのエージングが行われることはないが、特に、高炉水砕スラグの場合には水硬性があるので、スラグ表面をコーティングする目的で、各種の反応をスラグ表面で生起させる場合(表面反応技術)がある。
【0049】
このような表面反応技術の例として、例えば、特許文献6には、硫酸塩の水溶液(例えば、硫酸アルミニウム水溶液、硫酸マグネシウム水溶液または硫酸アンモニウム水溶液)を溶融高炉スラグに接触させて、水砕スラグを製造する方法が開示されている。この方法は、スラグの凝固直後にスラグ表面及び内部に前記硫酸塩を析出させて、高炉水砕スラグの表面をコーティングするものである。このコーティング層は、スラグ冷却後に、冷却水中に再溶解する。この場合、スラグ中のCaは、特に反応はしない。
【0050】
また、例えば、特許文献7には、炭酸ガスまたは炭酸水を高炉水砕スラグにスプレーにより散布して接触させた後、積層させる方法が開示されている。この方法は、スラグの凝固直後にスラグ表面に炭酸カルシウムを生成させて、高炉水砕スラグの表面をコーティングするものである。
【0051】
以上のように、スラグ(特に、製鋼スラグ)のエージングについては、自然エージングだけでなく、加速エージングやそれに類する技術が種々提案されている。
【0052】
そこで、本発明者は、前記文献で提案されている公知のエージングの技術を、本発明におけるスラグ表面に存在する遊離石灰の炭酸化反応等のスラグ表面を淡色化するための手段として適用可能か否かについて検討した。
【0053】
(1.希硫酸をスラグに接触させる方法)
本方法を用いて0.1質量%程度以上の希硫酸を製鋼スラグに接触させれば、確かにスラグ表面には、白色(淡色)の硫酸カルシウム層が速やかに生成する。この硫酸カルシウムは、水に難溶であるのでスラグ表面にコーティング層として存在し得る。しかし、他の微粒子、例えば、鉄粉や酸化鉄は、強い酸性水溶液(希硫酸)に対しては、容易にイオンとして溶解し、識別対象の微粒子自身が大きく減量または消失してしまい、サンプルの状態を大きく損なう。従って、希硫酸をスラグに接触させる方法は、スラグ微粒子を他の微粒子から識別する方法としては、好適ではない。
【0054】
(2.硫酸塩水溶液をスラグに接触させる方法)
本方法のように、強酸(HSO)と強塩基(NaOH、Mg(OH)等)の塩(NaSO、MgSO等)の水溶液をスラグ(遊離石灰は、水中でCaO+HO→Ca(OH)の反応により、水酸化物の状態で存在)に接触させても、白色のCaSO4の生成速度は小さいため、明色化の効果が小さい。また、硫酸塩水溶液を接触させた微粒子の表面に付着した塩を洗浄(水洗)するための工程が必要となるので、極端に量の少ないサンプル(例えば、100μg程度以下)に対しては、サンプルの大半が流出するおそれがあるため、好適ではない。
【0055】
(3.自然エージングを利用する方法)
屋外環境、または、屋外環境を模擬した室内において、単にサンプルを放置して雨水と大気中の炭酸ガスとの作用によって、自然にエージングを行う方法を採用しようとした場合、十分にエージングを進行させるためには、少なくとも数週間の期間が必要であり、時間がかかり過ぎるという問題がある。また、本発明に係るスラグ微粒子の識別の対象となるサンプル量は微量であるので、長時間処理すると、サンプルの粒子が散逸しやすい、という問題もある。従って、自然エージングを本発明に係るスラグ微粒子の識別方法に利用することは困難である。
【0056】
(4.加速エージングを利用する方法)
加速エージング技術に関しては、前述したように、各種の方法が提案されているが、これらの技術に共通する原理は、炭酸濃度の高い水とスラグとを接触させることによって、スラグに含有される遊離石灰の炭酸化反応(CaO+HO→Ca(OH)、Ca(OH)+CO→CaCO+HO)を促進するということである。このときの水の供給の方法としては、以下のような方法がある。
【0057】
1)スラグ水分を利用する方法
第1の方法は、スラグ塊の内部またはスラグ塊間に拘束された水(通常、「スラグ水分」といわれるもの)を利用する方法である。この方法は、スラグ塊が大きいか、または、大量に積層している場合のみ有効であり、本発明で識別の対象となっている少量の微粒子に対しては利用できない。
【0058】
2)高温水蒸気を凝縮させる方法
第2の方法は、高温水蒸気を低温スラグに接触させて、スラグ表面で水蒸気を凝縮させて液体の水を得る方法である。この方法は、スラグの熱容量が大きくないと使用することができない。本発明における識別の対象は、少量の微粒子なので、予め微粒子を低温に設定したとしても、高温雰囲気との接触によって、ごく短時間で微粒子の温度は高温の雰囲気温度まで上昇してしまい、水蒸気をほとんど凝縮させることはできない。従って、本方法を本発明のスラグ微粒子の識別に適用することはできない。
【0059】
3)液体の水を利用する方法
第3の方法は、液体の水を積層されたスラグ上から撒くか、または、液体の水にスラグを浸漬させる方法である。この第3の方法は、COの供給方式の違いで、さらに2つに分類できる。
【0060】
3−1)バッチ式
1つ目の方式は、大気中におけるCOの飽和溶解量よりも過剰にCOを溶解させた炭酸水を製造し(実現方法の例としては、炭酸ガスを水中で大量にバブリングする方法がある。)、この炭酸水を大気中などでスラグに接触させる方式(バッチ式)である。このバッチ式の場合には、炭酸水の中の炭酸イオン量は、予め溶解させた炭酸ガス量によって規定され、スラグとの接触によって、単調に減少する。
【0061】
3−2)連続式
2つ目の方式は、炭酸水とスラグを接触させている間も、水に炭酸を供給し続ける(実現方法の例としては、水と接触した状態のスラグ上に炭酸ガス流を連続供給する方法がある。)方式(連続式)である。この連続式の場合には、炭酸水中でスラグとの反応によって失われた炭酸イオンは、連続供給された炭酸ガスが水に溶解することで補填されるので、炭酸水中の炭酸イオンが極端に減少することはない。
【0062】
<炭酸化反応のプロセスの詳細>
ここで、前記のように液体の水を利用してスラグの加速エージングを行う方法を本発明のスラグ微粒子の識別方法に適用可能か否かについて検討する前に、スラグ中の遊離石灰の炭酸化反応のプロセスの詳細について説明する。
【0063】
スラグ中の遊離石灰は、スラグ中で他の酸化物と化学結合した酸化カルシウム(CaO)と比べて、水中ではるかに溶出(水酸化カルシウムが電離した形でイオン化)しやすいので、水中で炭酸と反応して容易に炭酸カルシウムを生成する。炭酸カルシウムの水への溶解度は、0.6質量%程度なので、以下の3つの条件により炭酸カルシウムの析出状態が異なる。
【0064】
第1の条件は、水中の炭酸イオンをほぼ消費し尽くした状態で、炭酸カルシウム濃度が0.6質量%以下である場合であり、この場合には、生成した炭酸カルシウムの大半は水中に溶解している。
【0065】
第2の条件は、水中の炭酸イオンをほぼ消費し尽くした状態で、炭酸カルシウム濃度が0.6質量%を超えた場合であり、この場合には、炭酸カルシウム濃度が0.6質量%に達すると、それ以降に生成した炭酸カルシウム塩が固体として析出する。析出する場所は、水の流れ場と炭酸カルシウムの濃度分布によって決まり、例えば、水の流れが強ければ遊離石灰が溶出した場所とは遠く離れた場所で炭酸カルシウム塩が析出する場合もある。
【0066】
第3の条件は、水中の炭酸イオンが、消費尽くされることなく(例えば、水中の炭酸量が十分多いか、または、消費された炭酸イオンを補給する形態の系の場合に相当する。)過剰に存在する場合であり、この場合には、遊離石灰が溶出して生成した炭酸カルシウムの大半は、炭酸水素カルシウムに化学変化する(CaCO+CO+HO⇔Ca(HCO の平衡反応式において、ルシャトリエの法則により、過剰な炭酸イオンを減少させる方向に平衡が移動する)。この場合、生成した炭酸水素カルシウムは、水への溶解性が高いので、個体の塩が析出することはない。
【0067】
ところで、スラグの炭酸化は、上記の反応形態を考慮すれば、スラグの表面近傍に存在する遊離石灰が、その場で炭酸カルシウムに変化してそのままスラグ表面に残留する形態をとることはあまりない。また、静置した炭酸水とスラグを接触させれば、スラグ表面から溶出した遊離石灰(水酸化カルシウムの電離イオン)の濃密な層がスラグを覆い、この場所で周囲の炭酸イオンと反応して生成した炭酸カルシウム塩が遊離石灰の溶出部位の近傍に沈着して、結果として、遊離石灰を溶出させたスラグ表面を固体の炭酸カルシウム層が覆うことは原理的にはあり得る。しかし、このような現象が発生するのは、前述した第2の条件のような、かなり狭い範囲の水中のCO濃度及び炭酸カルシウム濃度に限定される。実際には、個々のスラグ中の遊離石灰の含有量はばらつきをもち、かつ、事前のその量を把握することも困難なので、大半のスラグ粒子に対して第2の条件を同時に実現することはほぼ不可能である。
【0068】
従って、一般に行われるスラグの加速エージングにおいて、スラグを炭酸化する際には、大量のスラグ(スラグの種類とエージング程度を揃えた比較的一様性の高いもの)と大量の炭酸水とを接触させることを前提とし、以下のいずれかの機構で、スラグ表面に炭酸カルシウムを付着させている。
【0069】
第1の機構は、バッチ式の場合に限定的な機構である。この第1の機構では、初期に水に供給するCOの量を、スラグ中の遊離石灰が消費し得る総量よりも少なく設定し、かつ、供給されたCOによって生成する炭酸イオンの総量から算出される炭酸カルシウム生成の総量が溶解度以上となるように、供給水量を設定する。その結果、個々のスラグから溶出する遊離石灰量にはばらつきが存在しても、炭酸水全体では、炭酸水とスラグの接触によって炭酸水中で生成した炭酸カルシウムは、炭酸カルシウムの水への溶解度よりも高くなるので、生成した炭酸カルシウムは、固体塩として周囲のスラグ表面に沈着する。
【0070】
しかし、この第1の機構の場合、遊離石灰の溶出場所と炭酸カルシウムの沈着場所は、一般には一致しない。
【0071】
第2の機構は、バッチ式と連続式ともに可能な機構である。この第2の機構では、水中にCOを過剰に供給する。その結果、炭酸カルシウムの生成反応の速度が向上する。この状態で炭酸水とスラグを接触させると、溶出した遊離石灰の大半は炭酸水素カルシウムとして水溶する。この状態で炭酸カルシウムの溶解した水を系外になるべく流出させずにスラグ近傍に保持した上で水を蒸発させる。水の蒸発に伴って、水中の炭酸水素カルシウム濃度が上昇し、やがて炭酸カルシウムとCOに分解する(Ca(HCO⇔CaCO+CO+HO の平衡反応式において、ルシャトリエの法則により、過剰な炭酸水素カルシウムを減少させる方向に平衡が移動する)ので、生成した炭酸カルシウムは近傍のスラグ表面に沈着する。
【0072】
しかし、この第2の機構の場合、水中での炭酸イオン濃度が高く、かつ、溶出する遊離石灰に由来する水酸イオン総量が相対的に少ないので、水は酸性化する。このため、エージングが進み、ある程度表面に炭酸カルシウム層を生成したスラグに対して酸を接触させると、炭酸カルシウム層が酸に溶解するため、かえってエージングを後退させる場合がある。従って、第2の機構は、エージングのほとんど生じていないスラグを対象にするか、あるいは、スラグ中の遊離石灰のうち、反応性の特に高い遊離石灰のみを炭酸化の対象として、既存の炭酸カルシウム層が大量に溶出しない程度の短時間(例えば、数分)に限定して炭酸水とスラグを接触させて実施される場合が多い。この第2の機構の場合も、遊離石灰の溶出場所と炭酸カルシウムの沈着場所は、一般には一致しない。
【0073】
<本発明のスラグ微粒子の識別方法に加速エージングを適用した場合の問題>
本発明のスラグ微粒子の識別方法は、前述したように、表面に遊離石灰を含有するスラグ微粒子のみに対して選択的に、かつ、表面に遊離石灰を含有する全てのスラグ微粒子に対して、スラグ表面に淡色(高明度)の物質を生成させることを目的としている。そのため、本発明では、スラグ表面で溶出した遊離石灰を、溶出した部位でそのまま炭酸カルシウムに変化させ、さらに、その部位で炭酸カルシウムを沈着させる必要がある。すなわち、本発明では、遊離石灰の溶出部位と炭酸カルシウムの沈着部位とを一致させる必要がある。
【0074】
一方、公知の加速エージングでは、前述したいずれの機構の場合も、遊離石灰の溶出場所と炭酸カルシウムの沈着場所は、一般には一致しない。これは、公知の加速エージングの目的が、主に、製品スラグからの遊離石灰の平均的な溶出抑制(製品化する前に溶出または炭酸化させてしまうこと)であるため、スラグがバルクとしてエージングできていればよく、遊離石灰の溶出部位と炭酸カルシウムの沈着部位とを一致させる必要はそもそもないためである。また、公知の加速エージングの対象は、同時期に同様の方法で生成された均質性や再現性の高いスラグであるため、一定の作業条件によって炭酸化処理を最適化できやすいため、遊離石灰の溶出部位と炭酸カルシウムの沈着部位とが一致していなくも問題にならない。
【0075】
これに対して、本発明のスラグ微粒子の識別方法の対象は、微量の微粒子混合物であり、しかも、この微粒子混合物には、多数の粒子種が含まれており、同一種のスラグでもエージングの状態にばらつきがあるものが含まれている。従って、本発明のスラグ微粒子の識別方法に、公知の加速エージングを単純に適用することはできない。具体的には、公知の加速エージングを単純に本発明に適用した場合、以下のような問題点が生ずる。
【0076】
1)バッチ式で過少なCO供給量とする方法(第1の機構)を適用した場合の問題点
本発明の対象は、スラグのエージング状態がばらついたものが含まれている微粒子混合物である。これが、公知の加速エージング方法と前提が大きく異なる点である。第1の機構を適用した場合、例えば、本発明の対象の微粒子混合物には、エージングが十分に進行したスラグ粒子も含まれており、このようなスラグ粒子に対しては、いかなる量のCOを供給したとしても、CO供給量が過剰となり、スラグ表面の炭酸カルシウム層が酸性または中性の水に溶出して、エージングを後退させてしまう。また、本発明の対象の微粒子混合物は、均質性や再現性が低いため、得られた微粒子混合物のサンプル中の遊離石灰量を予め推定することが困難である。従って、本発明の対象の微粒子混合物を用いた場合には、過少なCO供給量を設定することがそもそも困難である。
【0077】
また、遊離石灰の溶出部位と炭酸カルシウムの沈着部位とが異なるので、スラグから溶出した遊離石灰が別の部位に流れ、流れ着いた部位において炭酸カルシウムが生成した場合など、スラグ以外の種類の粒子の表面に炭酸カルシウムが沈着する可能性が高い。この場合、炭酸カルシウムの沈着した別種の粒子(スラグ以外の粒子)をスラグであると誤認する可能性が高い。
【0078】
2)過剰なCOを含有した炭酸水とスラグを接触させる方法(第2の機構)を適用した場合の問題点
第2の機構を適用した場合には、対象の微粒子混合物中におけるスラグのエージング状態が粒子ごとにばらつくので、エージングの進行度の少ない粒子のみを対象として炭酸化処理することはほとんど不可能である。また、エージングの進行度の少ない粒子の表面に炭酸カルシウム層が形成され、当該粒子が十分に明色化するためには、エージングの進行度の少ない粗大なスラグ塊を明色化するのと同程度の炭酸水との接触時間が必要となる。従って、極端に短時間の処理では、明色化の効果が十分に得られないため、本発明のスラグ微粒子の識別方法に適用することは困難である。
【0079】
また、公知の加速エージング方法を適用した場合には、微粒子を炭酸水に浸漬させたり、微粒子の上方から微粒子と比較して巨大な水滴を滴下する等の方法を採用しているため、微粒子の体積と比較して大量の炭酸水でしかスラグと接触させることができない。従って、微粒子から溶出した遊離石灰から生成された炭酸カルシウムが、当該微粒子上に沈着するとは限らず、例えば、炭酸化反応を行う容器の壁などに、炭酸カルシウムの大半が沈着し得る。このように、遊離石灰の溶出部位と炭酸カルシウムの沈着部位とが異なるので、スラグから溶出した遊離石灰が別の部位に流れ、流れ着いた部位において炭酸カルシウムが生成した場合など、スラグ以外の種類の粒子の表面に炭酸カルシウムが沈着する可能性が高い。この場合、炭酸カルシウムの沈着した別種の粒子(スラグ以外の粒子)をスラグであると誤認する可能性が高い。
【0080】
このように、先行技術では、大量のスラグを対象として、エージング相当の化学処理を施す方法が開示されているだけであって、分析に供するような微量のスラグ微粒子を対象として、しかも、表面に遊離石灰を含有するスラグ微粒子の表面のみを選択的に淡色化することができる処理方法は、全く開示されていない。従って、画像処理計測の対象となる微量のスラグ微粒子の表面を淡色化する手段として、先行技術に開示されている方法を単純に利用することはできない。
【0081】
(遊離石灰を含有するスラグ微粒子の表面のみに選択的に淡色の物質を生成する方法)
そこで、本発明者は、画像処理計測の対象となる微量のスラグ微粒子の表面を淡色化する手段についてさらに検討を進めた。その結果、本発明者は、サンプルの微粒子混合物中の各微粒子を微小体積の炭酸水と接触させ、かつ、微小体積の炭酸水中の水分を、当該炭酸水が接触していた微粒子上でそのまま乾燥除去する炭酸化処理を施すことによって、表面に遊離石灰を含有するスラグ微粒子の表面のみに選択的に淡色(高明度)の物質(炭酸カルシウム)を生成または沈着させることが可能であることを見出した。そして、この炭酸化処理を行った後に、微粒子を撮影した画像に対して粒子画像処理計測を行うことにより、前記処理を行った後に淡色化した粒子、または、所定以上の明度を有する淡色の微粒子を、表面に遊離石灰を含有する微粒子と識別することができる。以下、本発明における炭酸化処理のより詳細な内容について説明する。
【0082】
<本発明における炭酸化処理の内容>
本発明の炭酸化処理では、過剰なCOを含有した炭酸水を微粒子と同程度の微小な水滴として個々の微粒子と接触させた後、個々の微粒子を静置して乾燥させる。微粒子と炭酸水との接触方法は、炭酸水の微粒の液滴をサンプルの微粒子に対して所定時間(1時間以上)静置した状態で接触させればよい。
【0083】
このような炭酸化処理を施すことにより、表面に遊離石灰を含有するスラグ微粒子においては、スラグ粒子から溶出した遊離石灰から生成された炭酸水素カルシウムは、溶出したスラグ粒子上に付着した水滴内に溶解しているので、この水滴を蒸発させる過程で、炭酸カルシウムが、遊離石灰の溶出したスラグ粒子の表面に沈着することとなる。
【0084】
一方、遊離石灰を含まないスラグ粒子においては、1時間程度の短時間の接触であれば、スラグ粒子の表層に存在しうる炭酸カルシウム層の溶出は、軽微である。より長い時間接触させれば、炭酸カルシウム層は溶出し得るが、溶出した炭酸カルシウムは微量であるので、当該炭酸カルシウムが溶出したスラグ粒子上に付着した水滴内に溶解しているため、この水滴を蒸発させる過程で、炭酸カルシウムが、水滴が付着しているスラグ粒子の表面に沈着するので、初期の状態と外観の差は小さい。
【0085】
また、炭酸カルシウム層の少ないスラグ粒子においては、非常に長時間接触させればスラグ中の酸化物と化学結合している酸化カルシウムが溶出し、遊離石灰と同様の反応を呈し得るが、炭酸に由来する弱酸下においては溶出速度が遊離石灰に比べて極端に遅いので、外観の変化は小さく、問題にならない。
【0086】
さらに、前述したスラグ粒子以外の粒子においては、炭酸と反応し得る粒子(例えば、酸化鉄)は存在するが、炭酸に由来する弱酸下においては反応速度が遊離石灰に比べて極端に遅いので、外観の変化は小さく、問題にならない。
【0087】
従って、本発明に係るスラグ微粒子の識別方法における炭酸化処理方法を用いれば、表面に遊離石灰を含有するスラグ粒子のみの表面を選択的に淡色(明色)化することができる。
【0088】
ただし、前述した炭酸化処理方法におけるように、スラグ微粒子等と同程度の大きさの微小な水滴は、短時間で蒸発してしまうため、このような微小な水滴を長時間維持することが従来は困難であった。
【0089】
これに対して、本発明者は、高濃度の炭酸ガスを含む飽和水蒸気圧のガスを一定温度に保持する容器中にサンプルを静置すれば、サンプルの微粒子に付着させた微粒子と同程度の大きさの微小な水滴を長時間保持できることを見出した。
【0090】
また、サンプルの微粒子と同程度の大きさの微小な水滴を微粒子に効率的に接触させることが、従来は困難であった。例えば、開放大気中で微粒化した水滴の噴霧を行う場合には、水滴の落下速度が小さいので、単にサンプルの上方で水平に噴霧してもほとんど水滴はサンプル粒子に付着できない。一方、噴霧器を直接サンプル粒子に向けて噴霧を行うと、サンプル粒子が吹き飛ばされてしまうおそれがあるので、この場合も微小な水滴をサンプル粒子に付着させるのは困難である。
【0091】
これに対して、本発明者は、COインキュベータ内に静置された微粒子に微小な水滴を噴霧することで、高い確率で水滴を微粒子の表面に付着させられることを見出した。
【0092】
微小な水滴の具体的な噴霧の方法としては、例えば、微粒化ノズルのようにやや粒径の大きい(φ数十μm程度)水滴は、炭酸化処理前に事前にCOインキュベータ内に静置された微粒子に噴霧するとよい。水滴の粒径が比較的大きいため、長時間水滴を維持しやすいためである。
【0093】
一方、超音波式噴霧機のように、より微細な水滴(φ10μm以下)は、炭酸化処理中に噴霧するとよい。噴霧された水滴のうち蒸発によって失われる水滴の比率が、微粒化ノズルを用いた場合より高くなるので、炭酸化処理中も適宜、水滴を補給する必要があるためである。
【0094】
上記いずれの噴霧方法を用いた場合であっても、COインキュベータ内での微弱な気流に載って水滴が飛散する間に微粒子に到達し、微粒子の表面に付着できる。微粒子以外に付着した微粒の水滴も、微量であるため特に問題はない。
【0095】
なお、公知の加速エージング方法の中にも、高温スラグの冷却手段としてスプレー水を落下中のスラグに対して噴射するものはあるが、この場合は、冷却直後にスプレー水はスラグとともに積層し、スラグと水の接触する大半の時間で、スラグ塊内やスラグ塊間に水が拘束されるか、スラグが水に浸漬した状態である。従って、この方法は、本発明の炭酸化処理における微粒の水滴の噴霧とは大きく異なる。
【0096】
以上のように、サンプルの微粒子と同程度の粒径を有する微細な水滴を、サンプル微粒子に接触させた場合、表面に遊離石灰を含有するスラグ微粒子のみに対して、微粒子の表面に淡色の炭酸カルシウム層を生成及び沈着させることができる。以下、上述した検討結果に基づいて完成された本発明に係るスラグ微粒子の識別方法の詳細について説明する。
【0097】
[本発明の第1の実施形態に係るスラグ微粒子の識別方法]
まず、図2を参照しながら、本発明の第1の実施形態に係るスラグ微粒子の識別方法について説明する。図2は、本発明の第1の実施形態に係るスラグ微粒子の識別方法の操作の流れを示すフローチャートである。
【0098】
(微粒子混合物の定義)
まず、具体的な操作の流れを説明する前提として、本実施形態における微粒子混合物の定義について説明する。本実施形態における微粒子混合物とは、主に、金属の精錬において生成する表面に遊離石灰を含有するスラグ微粒子(以下、単に「スラグ微粒子」という。)と、当該スラグ微粒子とは異なる他の種類の微粒子(以降、「他の微粒子」という。)との混合物のことをいう。このような微粒子混合物の具体例としては、スラグ微粒子と他の微粒子とを含む高炉法による製鉄プラントから発生した降下煤塵がある。
【0099】
この場合のスラグ微粒子としては、例えば、金属精錬工程で生成するスラグ、特に、製鉄業における製鋼スラグ(転炉スラグ、脱硫スラグ、脱燐スラグ、脱珪スラグ、二次精錬スラグ等)、電炉スラグ、銅精錬産業における転炉スラグなどの微粒子が挙げられる。
【0100】
また、他の微粒子とは、金属の精錬産業において、表面に遊離石灰を含有するスラグ微粒子以外に生成しやすく、かつ、このスラグ微粒子と自然に混合しやすい種類の微粒子のこという。この他の微粒子としては、例えば、高炉スラグ(水砕スラグ、風砕スラグ、徐冷スラグ等)、金属粉や酸化金属粉(鉄粉、酸化鉄粉、銅粉、酸化銅粉、焼結鉱粉等)、石炭粉、コークス粉などが挙げられる。
【0101】
(微粒子混合物の捕集)
本実施形態に係るスラグ微粒子の識別方法では、まず、図2に示すように、前述した微粒子混合物を捕集する(S101)。以下、微粒子混合物が、高炉法による製鉄プラントから発生した降下煤塵である場合を例に挙げて説明する。本実施形態における降下煤塵の捕集方法としては、大きく分けて、湿式法と乾式法とがある。湿式法は、底部に水を貯めた開放容器内に落下した降下煤塵を容器内に捕集し、容器内の水とともに回収する方法である。この湿式法を用いる装置としては、例えば、市販のデポジットゲージ等を使用することができる。なお、湿式法を適用する場合には、事前に、煤塵粒子を水から分離して乾燥させておく必要がある。また、乾式法は、上方に向けて開放された煤塵採取口(例えば、漏斗状の形状を有する。)に落下した降下煤塵を吸引してメンブランフィルタ等に捕集する方法である。この乾式法に用いる装置としては、例えば、特開2008−224332号公報等に記載された連続式粉塵煤塵計を使用することができる。なお、乾式法を適用する場合には、事前に、粒子をメンブランフィルタから分離しておくことが望ましい。ただし、捕集粒子数が少なく、個々の粒子をメンブランフィルタ上で分離して認識できれば、必ずしもこの処理は必要でない。
【0102】
(分析用サンプルの加工)
次に、分析用(特定対象の)サンプルを加工する。具体的には、捕集された微粒子混合物(例えば、降下煤塵粒子)を基板上に散布する(S103)。この際、各粒子同士が接触しないように、散布量を調整する。また、必ずしも捕集された微粒子混合物の全てを分析用サンプルとして加工(基板上に散布)する必要はなく、捕集された微粒子混合物の一部を抜き取って分析用サンプルとしてもよい。ただし、試料のばらつきの影響を評価するためには、少なくとも100個以上の微粒子混合物の粒子を分析用サンプルとして供用することが好ましい。
【0103】
微粒子混合物の粒子を散布する基板としては、平坦な形状を有し、微粒子混合物と化学的及び電気的に接着や付着し難いものであれば、特に限定はされず、例えば、薬包紙や表面の平滑な金属板やガラス板等を使用することができる。
【0104】
また、微粒子混合物は、降下煤塵である場合には、通常φ10μm以上の粗大な粒子であるので、降下煤塵粒子を散布する際には、降下煤塵粒子の大気中での自由落下を利用することができる。具体的には、例えば、捕集された降下煤塵を匙ですくって基板上に上方から落下させることにより、降下煤塵粒子を基板上に散布することができる。
【0105】
なお、本実施形態に係るスラグ微粒子の識別方法では、微粒子混合物(降下煤塵)の捕集方法として乾式法を使用した場合には、フッ素樹脂製のメンブランフィルタ上に捕集された降下煤塵の粒子をメンブランフィルタごと、以下の粒子画像処理計測や炭酸化処理等に供してもよい。
【0106】
(捕集された微粒子混合物の撮像)
次に、ステップS103で作成された微粒子混合物のサンプルに含まれる全ての微粒子を撮像し、微粒子混合物の画像である粒子画像を生成する(S105)。
【0107】
この粒子画像の生成には、例えば、照明手段や撮像手段等が取り付けられた市販の顕微鏡を使用することができる。具体的には、基板上に散布された微粒子混合物の粒子に、照明手段を用いて均一に光を照射する。本実施形態では、粒子画像の明度測定を行うために、微粒子混合物の撮像時の照明条件は、撮像面上で常に一定の照度となるように設定することが好ましい。照明手段としては、市販の顕微鏡用のリング照明等を用いることができる。
【0108】
次に、微粒子混合物のサンプルを撮像手段を用いて撮像し、粒子画像を生成する。この撮像手段による撮像方法としては、例えば、照明手段から微粒子混合物の粒子に向けて照明を照射し、当該粒子の表面からの反射光を撮像手段(または、顕微鏡に取り付けられたレンズ)で受光し、撮像手段により、撮像画像(粒子画像)を生成する。このときの撮像手段としては、CCD式やCMOS式のディジタルカメラを使用することができる。
【0109】
また、各煤塵粒子の明度(代表明度)は、各粒子画像の対応する個々のCCD素子のサイズ内で平均化されるので、カメラの画素数が多いことが粒子の明度の測定精度上望ましい。具体的には、対象とする粒子を少なくとも9画素以上(モノクロカメラ)で撮像できる密度の画素を有する撮像手段を使用することが好ましい。粒子の明度を正確に記録する観点からは、モノクロカメラであることが好ましい。撮像手段として単板式カラーカメラ(通常、隣り合うCCD素子には異なるカラーフィルタが施されている。)を用いる場合には、少なくとも4画素分の明度を用いて補間された明度値(CCDがベイヤー配列の場合)を測定すべき明度として使用する等の測定精度上の処理が必要であることから、対象とする粒子を少なくとも54画素以上で撮像できる密度の画素を有する撮像手段を使用することが好ましい。また、対象とする粒子の撮像に必要な画素密度を確保するために、必要であれば顕微鏡等のレンズを介して粒子を拡大して撮像してもよい。
【0110】
(粒子画像処理計測:炭酸化処理前の代表明度測定)
次に、ステップS105で撮像された微粒子混合物の粒子画像に対して画像処理を施すことにより、各微粒子の代表明度を測定する。具体的には、ステップS105で撮像された微粒子混合物の粒子画像に対して、一般的に行われている粒子画像処理計測を行う(S107)。この粒子画像処理計測には、例えば、“ImageProPlus”のような市販の画像処理ソフトに標準的に搭載されている粒子画像処理計測機能を利用して行うことができる。
【0111】
この粒子画像処理計測の方法としては、例えば、まず、所定の明度しきい値Tを用いて、撮像データ(原画像)を二値化する。この場合の明度しきい値Tの設定方法の一例としては以下のような方法がある。すなわち、煤塵種が既知のサンプル(例えば、配合比がわかっている鉄系煤塵と製鋼スラグ系煤塵との混合物)に対して、ある明度しきい値t1を仮決めし、この明度しきい値t1を用いて二値化し、この明度しきい値t1以上の明度を有する明色粒子(上の例の場合は製鋼スラグ系煤塵となるはずである。)と、明度しきい値t1未満の明度を有する暗色粒子(上の例の場合は鉄系煤塵となるはずである。)とを判別する。このとき、判別結果が予め決めておいた配合比と大きく異なる場合には、さらに別の明度しきい値t2を仮決めし、この明度しきい値t2を用いて二値化し、同様にして明色粒子と暗色粒子とを判別する。以上のような操作を繰り返し、一番分離が良い(判別結果と予め決めておいた配合比とがほぼ一致する)明度しきい値を明度しきい値Tとすることができる。ただし、明度しきい値Tの設定方法は、上記のような方法には限られず、一番分離が良い明度しきい値を求めることが可能な方法であれば、どのような方法であってもよい。
【0112】
なお、撮像手段(カメラ)の視野内の全域で完全に均一な照度を得ることは実際には困難であることから、二値化の前に、記録された画素の明度に、画素の二次元位置の関数である補正値を増減して、画像内での照度のバラツキを補正してもよい。この場合の補正値算出方法としては、例えば、予め散乱光反射率値が知られている灰色のテストピースを本発明で使用する撮像系で撮影しておき、このとき記録された画像での全画素の平均明度値から各画素の明度を減じたものを、各画素での明度補正値として用いることができる。補正値が画素のダイナミックレンジに比べて十分小さければ、この補正方法での誤差は小さくなる。また、この補正値が小さくなるように、撮影面上での照度をできる限り均一にすることが望ましい。
【0113】
次に、隣り合う画素の二値化明度の接続関係から、同一の二値化明度が連続し、かつ、他の領域と独立した領域を粒子が存在する領域として特定する。さらに、必要に応じて、存在が特定された個々の粒子の面積を算出するととともに、その粒子の中心位置と等価円に換算した直径を算出してもよい。なお、この算出された個々の粒子の面積、中心位置、直径等のデータは、撮像系に設けられている記憶手段に記録される。
【0114】
前述したようにして特定された撮像画像(原画像)中の各粒子が存在する領域に位置する個々のCCD素子の明度を平均化することにより、各粒子の代表明度を算出する。
【0115】
(炭酸化処理)
次に、ステップS105で撮像されて、ステップS107で画像処理が施された各微粒子に微粒の水滴を1時間以上接触させることで、スラグの表面に溶出した遊離石灰の炭酸化処理を行う(S109)。また、この方法を、製鋼スラグのみの微粒子検体を用いてエージングの進度を評価することに用いることもできる。すなわち、炭酸化処理後に明色化する粒子の割合が高いほど、エージングの進度が低いと判断することができる。
【0116】
具体的な処理方法としては、高濃度のCO及び飽和水蒸気量の水蒸気を含有する常温のガス雰囲気が保持されたCOインキュベータ内に載置されたサンプルの微粒子に対して、当該微粒子の同程度の粒経を有する微細な水滴を1時間以上接触させる。このときのCOインキュベータとしては、市販のものを使用でき、インキュベータ内の温度及びCO濃度を目標値に自動制御する。インキュベータ内には水槽を装入するとともに、棚を設けて、サンプルを載置する基板を棚上に配置する。
【0117】
<炭酸化処理装置>
ここで、図4を参照しながら、本実施形態における炭酸化処理に用いるCOインキュベータについて説明する。図4は、本実施形態における炭酸化処理に用いるCOインキュベータの構成の一例を示す説明図である。
【0118】
図4に示すように、本実施形態に係るCOインキュベータ10(以下、「インキュベータ10」と称する。)は、容器11と、ヒータ12と、COガスボンベ13(以下、「ボンベ13」と称する。)と、COガスレギュレータ(図示せず。以下、「レギュレータ」と称する。)と、COガス開閉弁14(以下、「開閉弁14」と称する。)と、温度計15と、CO濃度計16(以下、「濃度計16」と称する。)と、制御装置17とを主に有する。
【0119】
インキュベータ10は、庫内の温度とCO濃度を制御し、高いCO濃度を必要とする培養細胞等を培養するための恒温槽である。また、多くのCOインキュベータでは、準密閉容器内に水槽を配置する構造となっており、容器内のガスによって容器内のガスと等温に維持された水槽の水の蒸発により、準密閉容器内を高い湿度に維持することができる。このようなCOインキュベータとしては、多数の種類のものが市販されている(例えば、ヤマト科学製IT400型等)。本実施形態に係るインキュベータ10内においても、水Wが充填された水槽21と、基板1を載置するための棚22が設けられている。これら水槽21及び棚22は、後述するように、ヒータ12で囲まれた領域内に配置され、かつ、棚22は水槽21の上方に位置するように設けられる。
【0120】
容器11は、外気と容器11の内部とが極狭の流路11aで接続している準密閉容器である。この準密閉容器においては、容器11内部でのガスの温度の変化や、COガスの供給や水の蒸発による容器11の内圧の変化を狭い流路11aを通じた外気とのガス流通によって緩和することができるので、容器11を耐圧構造とする必要がない。一方、準密閉容器においては、狭い流路11aを通じたガスの流通は、容器11の内外圧差によるもの以外は微小であるので、容器11内外間で大きく異なるガス成分差やガス温度差を維持することができる。
【0121】
ヒータ12は、前述したように、水Wが充填された水槽21と、基板1が載置された棚22の周囲を取り囲むように配置され、容器11内の雰囲気温度を上昇させる。また、ボンベ13は、高圧に維持されたCOガスが充填されている。レギュレータは、ボンベ13と接続され、高圧のボンベ13から一定圧に調節された低圧のCOガスを得る機器である。また、開閉弁14は、その開閉動作に応じて、レギュレータにより調節された圧力のCOガスの容器11内(特に、本実施形態では、ヒータ12で囲まれた領域内)への供給及び停止を行う。
【0122】
温度計15は、制御装置17(又は制御装置17の構成要素である温度制御器)に接続されており、ヒータ12により囲まれた領域内の温度を測定し、測定結果を制御装置17に伝送する。濃度計16も、制御装置17(又は制御装置17の構成要素であるCO濃度制御器)に接続されており、ヒータ12により囲まれた領域内のCO濃度を測定し、測定結果を制御装置17に伝送する。
【0123】
制御装置17は、ヒータ12、開閉弁14、温度計15及び濃度計16に接続され、温度計15から伝送された温度の測定結果及び濃度計16から伝送されたCO濃度の測定結果に基づいて、容器11内(特に、本実施形態では、ヒータ12で囲まれた領域内)の温度及びCO濃度が一定を維持するように、ヒータ12及び開閉弁14を制御する。また、制御装置17は、温度制御機能及びCO濃度制御機能を兼ね備える物理的に単体の装置であっても、物理的に別体の、温度制御機能を有する温度制御器と、CO濃度制御機能を有するCO濃度制御器とからなっていてもよい。後者の場合、温度制御器は、ヒータ12及び温度計15に接続され、CO濃度制御器は、開閉弁14及び濃度計16に接続される。
【0124】
<目標温度>
容器11内の目標温度としては、容器11の周囲の温度(常温)+5℃〜10℃(具体的には、目標温度Tを0℃(水の凝固点)<T≦50℃(インキュベータの設定温度の上限)とすること)が好ましい。容器11のように準密閉容器の場合、外気との温度差が大きいと、外気流入時に湿度が下がりやすく、高い湿度を維持できないおそれがある。一方、容器11内の目標温度が容器11の周囲の温度よりも低いと、クーラがなければ温度制御できないので、装置の構造や制御のロジックが複雑になるとともに、サンプルを装入する前に目標温度よりも低い温度に設定しておかないと、サンプル表面の水滴が装入直後に蒸発してしまうおそれがあるので、好適ではない。
【0125】
<目標CO濃度>
本実施形態における炭酸化処理では、加速エージングを行うので、少なくとも、大気中CO濃度(0.03mol%)の30倍程度の濃度(1mol%)以上が必要である。この場合、全くエージングされていないスラグ表面に安定した炭酸カルシウム層を生成させるまでの炭酸化処理に1日程度を要する。これよりも少ない濃度の場合、炭酸化処理に1日を越える時間が必要であり、この間の炭酸水と微粒子との接触によって、特に、水溶性の高い粒子(例えば、高炉水砕スラグ、エージング済みの製鋼スラグ)と水との接触による悪影響(スラグ中の水溶性成分の水への溶出など)が懸念されるので好ましくない。また、CO濃度が過度に高い場合、炭酸水のpHが下がり過ぎ、酸化鉄等の溶出の影響を無視できなくなるので、20mol%以下、より好ましくは10mol%以下の濃度とすることが好ましい。
【0126】
<炭酸水と微粒子の接触時間>
全くエージングがされていないスラグの表面に、安定した炭酸カルシウム層を生成させる(すなわち、外観が明色に見える程度に厚い炭酸カルシウムの層を、スラグ表面の広い範囲で実現する)ためには、炭酸水と微粒子との接触時間は、常温では1時間以上が必要である。また、微粒子及び炭酸水を高温化(例えば、高圧化で100℃以上)すれば、炭酸化反応をより短時間で終了させることも原理的には可能であるが、他の水溶性の微粒子の溶解速度も急激に上昇するので、接触時間の管理が困難となる、具体的には、未知の粒子構成率のサンプルを対象とするため、事前に最適な接触時間を設定することができない)ため、好ましくない。また、上述のように、炭酸水と微粒子Pとの接触時間は、1日(24時間)以下であることが好ましい。
【0127】
<容器内の湿度>
容器11内の相対湿度は、100%であることが好ましい。一般的なCOインキュベータで定常的に実現できる90〜95%程度の相対湿度であっても、本実施形態の炭酸化処理に適用可能ではあるが、この場合の微小な水滴の寿命は、1時間程度であり、長時間の処理にはあまり向かない。また、COインキュベータ内の全域で、相対湿度が100%である必要はなく、サンプル微粒子の表面の近傍で水蒸気が飽和していれば問題ない。
【0128】
<容器内を水蒸気が飽和している状態に維持する方法>
続いて、図4を参照しながら、容器11内の少なくともサンプル微粒子の表面の近傍において、水蒸気が飽和している状態に維持する方法について説明する。図4は、容器内を水蒸気が飽和している状態に維持するための装置構成の一例を示す説明図である。なお、図4では、説明の便宜のため、図3に示したインキュベータ11の詳細な構成(ヒータ12と、ボンベ13、開閉弁14、温度計15、濃度計16、制御装置17等)を省略してある。
【0129】
容器11内の少なくともサンプル微粒子の表面の近傍において、水蒸気が飽和している状態に維持するためには、例えば、図4に示すように、水槽21の中に水槽用ヒータ31(例えば、市販のセラミックヒータ)を設置し、水槽用ヒータ31の温度をCOインキュベータ11内の雰囲気温度よりも5℃〜10℃程度高く設定すればよい。これにより、サンプル微粒子の表面近傍において水蒸気が飽和している状態が得られる。
【0130】
より詳細には、水槽用ヒータ31による加熱により、水槽21内の水温が上昇し、これに伴い、COインキュベータ11内の温度は徐々に上昇し、また、水槽21からは、水温に応じた水蒸気(水温に対しては未飽和)が発生する。そして、この水蒸気に接触するサンプル微粒子及びサンプルを載置する基板1は、水蒸気の温度によって加熱される(すなわち、水蒸気温度よりもサンプル微粒子の方が若干温度が低い)。従って、サンプル微粒子の表面では、丁度、飽和した水蒸気が得られる。容器11の内壁面が、容器11内で最も低温となるため、この内壁面において水蒸気は結露して容器11内が若干除湿される。
【0131】
ここで、本実施形態において、サンプル微粒子の表面で飽和した水蒸気が得られる理由について説明する。COインキュベータ11の内部では、通常ガス循環を行っているので、水槽21の温度にかかわらず、バルクのガス温度はほぼ一定に保たれている。検体である微粒子Pおよびその基板1は、このCOインキュベータ11内のガスによって加熱されるが、その熱容量は小さいので、微粒子Pの表面の温度は、ほぼCOインキュベータ11内のガスバルク温度に等しい。一方、水槽21から発生した水蒸気は、水槽21の表面温度(>ガスバルク温度)での飽和蒸気圧に対応した量であるので、水槽21のごく近傍では過飽和状態の湿度である。なぜならば、COインキュベータ11内に供給されるCOガスは通常除塵されているため、COインキュベータ11内のガス中で過飽和蒸気が水滴を形成するための核に乏しく、高い過飽和度を必要とする均一核生成によってしか凝縮をなしえないからである。しかし、微粒子Pの表面よりもやや低温で、かつ、表面積の大きい、COインキュベータ11内壁上では、当該インキュベータ11内のガス中の過剰な水蒸気は、凝縮してガス中から除去される。なぜならば、COインキュベータ11の内壁上での水蒸気の凝縮は、壁面を利用した不均一核生成であるので、ガス中での均一核生成に比べて内壁面上では、はるかに容易に(すなわち、低い過飽和度で)水蒸気が凝縮できるからである。また、COインキュベータ11は、構造上、内壁の温度とバルクガス温度との差は、通常、高々1℃程度以内と小さい範囲にとどまるので、バルクガスの湿度は、ほぼ100%に近い状態に保たれる。従って、バルクガス温度とほぼ同温である微粒子Pの表面でも、湿度がほぼ100%に保たれる。
【0132】
また、本実施形態の場合、処理中にCOインキュベータ11内のバルクガス温度が上昇し続けるが、本実施形態に係る炭酸化処理は比較的短時間の処理であるので、この処理時間内に、上述した好ましい処理温度の範囲を維持することができれば、処理上の問題はない。
【0133】
なお、本実施形態では、水槽用ヒータ31によって加熱される水槽21内の水温を測定する水温計32が設けられており、この水温計32は、電子サーモスタット等の水温制御装置33に接続されている。また、水温制御装置33は、水槽用ヒータ31にも接続されており、水温計32による測定結果に基づいて、水槽21内の水温が目標温度を下回ると、水槽31内の水を加熱するように、水槽用ヒータ31を制御する。
【0134】
<微粒の水滴の発生方法と微粒子への水滴の付着方法>
次に、本実施形態の炭酸化処理における微粒の水滴の発生方法と微粒子への水滴の付着方法について説明する。具体的な方法としては、例えば、以下に挙げる方法がある。
【0135】
(1)微粒化ノズルによる噴霧
第1に、微粒化ノズルを用いて水滴を噴霧する方法が挙げられる。この微粒化ノズルとしては、例えば、市販の二流体式微粒化ノズルを用いることができる。この二流体式微粒化ノズルにより噴霧される水滴の粒径の範囲は、概ね、φ15〜50μm程度である。また、微粒化ノズルの作動液(噴霧する液)としては、水を主成分として、揮発性の表面張力の小さな液(例えば、エタノール)を界面活性剤として適宜混入してもよい。このように界面活性剤を混入することにより、より小径の液滴を得やすくなる。
【0136】
また、微粒化ノズルによる噴霧方法は、前述したように、炭酸化処理前に事前にCOインキュベータ内に静置された微粒子に噴霧するとよい。より詳細には、微粒化ノズルによる水滴の噴霧は、インキュベータ10の容器11内に基板1を水平に載置した後に、基板1と平行(水平方向)に微粒化ノズルを用いて水滴をインキュベータ10内に噴霧した後に、インキュベータ10を密閉して炭酸化処理を実施するとよい。水滴の粒径が比較的大きいことから、長時間水滴を維持しやすいためである。このときの微粒化ノズルからの噴霧流量は、10mL/分〜50mL/分程度が好ましい。噴霧流量が10mL/分より少ないと、水滴の噴霧に長い時間がかかるので、噴霧中に水滴が乾燥して蒸発してしまう可能性がある。一方、噴霧流量が50mL/分より多いと、水滴の噴射の動力源となるガスの噴射量によって、サンプルの微粒子が吹き飛ばされる可能性がある。
【0137】
(2)超音波式微粒子発生機による噴霧
第2に、超音波式微粒子発生機を用いて水滴を噴霧する方法が挙げられる。ここで、図5を参照しながら、超音波式微粒子発生機(超音波噴霧機)を用いた水滴の噴霧方法について説明する。図5は、本実施形態の炭酸化処理に用いるCOインキュベータに超音波噴霧機を取り付けた装置構成の一例を示す説明図である。
【0138】
図5に示すように、インキュベータ10の容器11には、超音波噴霧機41が取り付けられており、この超音波噴霧機41から容器11内に、微粒(φ10μm以下)の水滴を噴霧する。超音波噴霧機41としては、例えば、市販のネブライザ等を用いることができる。また、超音波噴霧機41による噴霧方法は、インキュベータ10の容器11の側壁に貫通孔を設け、この貫通孔にネブライザ等の超音波噴霧機41の導管42を接続し、超音波噴霧機41で発生させた水滴を容器11内に流入させる。このとき、導管42の水滴が噴霧される側の端部(出側端部)とは反対側の端部(入側端部)では吸気が行われ、この吸気により、導管42の出側端部から水滴が噴霧される。また、超音波噴霧機41による水滴の噴霧量は、超音波噴霧機41に接続された噴霧制御装置43により制御される。
【0139】
また、前述したように、超音波噴霧機41による噴霧では、非常に微細(φ10μm以下)な水滴が噴霧されるため、噴霧された水滴のうち蒸発によって失われる水滴の比率が、微粒化ノズルを用いた場合より高くなる。従って、超音波噴霧機41を使用した場合には、炭酸化処理中も適宜、水滴を補給する必要があるため、炭酸化処理中に噴霧することが好ましい。
【0140】
さらに、超音波噴霧機41からの噴霧流量は、1mL/分から5mL/分程度が好ましい。噴霧流量が1mL/分より少ないと、水滴の噴霧に長い時間がかかるので、噴霧中に水滴が乾燥して蒸発してしまう可能性があり、炭酸化反応の促進効果が小さい。一方、噴霧流量が5mL/分より多いと、水蒸気の結露量が無視できなくなるため、スラグから結露した液体の水への水溶性成分の溶出等の悪影響を与える可能性がある。
【0141】
(3)基板を冷却する方法
第3に、サンプルが載置されている基板を冷却させて水蒸気を微粒子上に結露させることにより、微粒の水滴をサンプル微粒子に付着させる方法が挙げられる。
【0142】
ここで、図6を参照しながら、基板を冷却させることにより水滴をサンプル微粒子に付着させる方法について説明する。図6は、本実施形態の炭酸化処理に用いる祈願を冷却する装置の構成の一例を示す説明図である。
【0143】
図6に示すように、サンプル微粒子Pが載置された基板1を下部から冷却するように、基板1と棚22との間に冷却装置51が配置される。冷却装置51としては、市販のペルチェ素子を用いることができる。また、ペルチェ素子自体を基板1として使用してもよい。また、温度計(熱電対)52により、基板1または冷却装置51としてのペルチェ素子の温度を測定する。これらのペルチェ素子の導線及び熱電対は、インキュベータ10の容器11の側壁に貫通孔を設け、この貫通孔から引き出され、冷却制御装置53に接続される。冷却制御装置53としては、市販のサーモスタット等の温度制御装置を使用でき、この冷却制御装置53は、温度計52による温度の計測結果に基づいて、冷却装置51の冷却温度を制御する。
【0144】
このようにして基板1を冷却することにより、サンプル微粒子Pも冷却される。このとき、インキュベータ10内は飽和蒸気圧に維持されているので、水蒸気が微粒子P上に結露して細かい水滴が生成する。この水蒸気の結露を長時間継続すると、結露した水滴が粗大化して互いに結合して、スラグからの水溶性成分の溶出等の悪影響が出るので、短時間で冷却を終了する。冷却時間に関しては、例えば、COインキュベータ11の内部にシールを施した内視鏡を挿入し、冷却中の微粒子Pの表面状態をこの内視鏡等を用いて連続的に観察することによって、大半の微粒子Pの表面に結露の生じた時点を求め、これを最適な冷却時間(例えば、10分間)に設定するなど、適宜定めればよい。なお、一旦生成した水滴は、飽和蒸気圧の環境では長時間維持され得る。
【0145】
また、冷却装置51として、ペルチェ素子ではなく、水冷管を用いて冷却を行ってもよい。この場合、水冷管をサンプル微粒子Pが載置されている基板1の下部に接触させる。なお、水冷管は、インキュベータ10の容器11の側壁に貫通孔を設け、この貫通孔に水冷管を貫通させ、インキュベータ10の外部に設置されたヒータやクーラによって冷却温度を制御すればよい。
【0146】
ただし、微粒の水滴を微粒子上で維持させる方法は、前述した方法には限られない。例えば、湿度100%の日に、開放大気中にサンプルの微粒子を配置し、サンプル微粒子と水滴の温度を周囲気温と同一になるように、ヒータやペルチェ素子による冷却装置を用いて制御すれば、長時間に渡って微粒の水滴を微粒子の表面上に維持させることができる。
【0147】
(炭酸化処理後の微粒子の乾燥)
次に、ステップS109における炭酸化処理後の微粒子混合物のサンプルをインキュベータ10内に静置し、微粒子の表面に付着した水滴を乾燥させる(S111)。このとき、水滴は微小な粒子であることから、乾燥時間は短時間(例えば、60分間程度)で済む。
【0148】
(磁力分離方法)
次に、図示してはいないが、ステップS109における炭酸化処理後の微粒子混合物に対して、磁石を用いて磁力を付与することにより、磁力の付与により着磁し得る着磁性微粒子と非着磁性微粒子とに分離してもよい。この際に用いる磁石としては、鉄系煤塵や製鋼スラグ系煤塵が着磁し、石炭系煤塵や高炉スラグ系煤塵が着磁しない程度の強力な磁力を有する磁石を使用することが好ましい。具体的には、この磁力分離の際に磁力を付与する際の磁石の磁束密度が、少なくとも微粒子の表面において0.1T以上0.4T以下であることが好ましい。ここで、本発明における着磁率とは、吸着面においてほぼ一定で一様な磁束密度を有する磁石を検体粒子群に接触させ、磁石に吸着されたもの(着磁性粒子)と吸着されなかったもの(非着磁性粒子)とに分離した際における、分離前の検体粒子群の総量に対する着磁性粒子の総量の比率をいう。ここで、「総量」とは、質量比率で定義する場合には、質量の総量を意味し、体積比率で定義する場合には、体積の総量を意味する。
【0149】
前述の好適な範囲の磁束密度の範囲を実現できる磁石の具体例としては、例えば、磁束密度が0.1T以上0.4T以下の範囲を実現できる電磁石がある。また、永久磁石では、磁束密度が0.1T以上0.4T以下の範囲の磁力を有するネオジウム磁石やサマリウムコバルト磁石等を使用できる。なお、代表的な永久磁石であるフェライト磁石は、磁力が弱いので、本実施形態における磁力分離で使用する磁石としては好適でない。
【0150】
また、磁石を微粒子混合物と接触させる際には、磁石の先端と微粒子混合物とを直接接触させてもよく、磁石と微粒子混合物との間に分離板を配置して、この分離板を介して磁石と微粒子混合物とを接触させてもよい。
【0151】
磁石は、先端(微粒子混合物と接触する側)が平坦な形状を有していればよく、磁石としては、例えば、円柱型や角柱型等のものを使用できる。また、平坦な基板上に散布された微粒子混合物の粒子との接触性と各粒子に付与する磁力の均一性を確保するため、磁石の先端部の断面積は、0.1cm以上であることが好ましい。また、磁石として、先端部の断面積が小さな細い磁石を使用する場合には、磁石の先端から離れるに従って水平面内における磁束密度の勾配が小さくなり、磁力が均一化するため、適宜、磁石の先端にスペーサを設けて、微粒子混合物が必要以上に磁石の先端に近接しないようにしてもよい。このようなスペーサの材質としては、非着磁性のものであれば特に限定はされないが、例えば、プラスチック板(ゴムや塩化ビニル等の弾性を有する合成樹脂)等を使用することができる。また、スペーサの形状も特に限定はされないが、略リング状の形状のものを使用することができる。また、分離板の材質も、非着磁性のものであれば特に限定されないが、後述のように、着磁性粒子のサンプル上に分離板を留置する場合には、透明な素材を用いることで、留置した分離板を通して、粒子サンプルを撮像できるので好適である。このような透明な素材としては、例えば、透明アクリル製のもの等を用いることができる。
【0152】
具体的な磁力分離の方法としては、まず、平坦な第1の基板上に散布された微粒子混合物(着磁性粒子と非着磁性粒子とからなる)上に、磁石の先端の平坦面を基板と平行な状態にして、磁石の先端を直接、または、磁石と微粒子混合物との間に分離板(スペーサと共用してもよい。)を介して接触させる。この際の磁石と微粒子混合物との接触時間は、例えば1秒以上とすればよい。
【0153】
その後、磁石を引き上げる(分離版を使用した場合には、分離板も磁石に接触させた状態でそのまま引き上げる)。このとき、第1の基板上に残留した微粒子混合物が非着磁性粒子のサンプルである。さらに、第1の基板とは別の第2の基板上に、微粒子混合物が吸着した磁石を降ろして第2の基板と接触させる。
【0154】
さらに、磁石を微粒子混合物、または、下面に微粒子混合物が付着した分離板と引き離す。具体的に、磁石が電磁石の場合には、電磁石に流していた電流を切り(消磁機能のある装置では、消磁電量を供給した後に電流を切り)、そのまま、磁石のみを引き上げて、着磁していた粒子を第2の基板上に残留させる。一方、磁石がネオジウム磁石等の永久磁石の場合には、分離板を第2の基板上に固定し、磁石のみを引き上げて、分離板の下に微粒子(着磁していたもの)を残留させる。こうすることで、着磁性の微粒子を分離板の重力によって上方から押さえ、着磁性の粒子を永久磁石から引き離すことができる。分離板を固定するためには、分離板の重力を利用して、単に、分離板を第2の基板上に静置すればよい。このとき第2の基板上に残留した微粒子が着磁性粒子のサンプルである。
【0155】
(炭酸化処理後の微粒子混合物の撮像及び代表明度測定)
次に、ステップS109で炭酸化処理された微粒子混合物中の全ての微粒子を撮像し(S113)、撮像された画像に対して画像処理を施すことにより、各微粒子の代表明度を測定する(S115:粒子画像処理計測)。これらのステップS113及びS115における微粒子の撮像方法及び代表明度の測定方法については、前述したステップS105及びS107における方法と同様であるので、詳細な説明を省略する。
【0156】
(スラグ微粒子の識別方法)
次に、ステップS115で測定された代表明度がステップS107で測定された代表明度よりも高明度となった微粒子を、表面に遊離石灰を含有するスラグ微粒子として識別する(S117〜S119)。
【0157】
ステップS109の炭酸化処理によって明度が変化するのは、前述したように、遊離石灰を含んだスラグ微粒子のみであることから、炭酸化処理の前後でそれぞれ微粒子混合物を撮像し(ステップS107、S115)、炭酸化処理前後の各微粒子の代表明度を比較し、炭酸化処理後の代表明度の方が炭酸化処理前の代表明度よりも高い粒子があるか否かを判断する(S117)。その結果、着目した粒子において、炭酸化処理後の代表明度の方が炭酸化処理前の代表明度よりも高い場合には、その着目した粒子が表面に遊離石灰を含有するスラグ微粒子であると識別する(S119)。一方、ステップS117の判断の結果、着目した粒子において、炭酸化処理後の代表明度の方が炭酸化処理前の代表明度よりも低い場合には、その着目した粒子が他の微粒子であると識別する(S121)。以上のように、炭酸化処理後に明色化(淡色化)した微粒子をスラグ微粒子として識別することができる。本実施形態に係るスラグ微粒子の識別方法によれば、炭酸化処理前後の微粒子の明度差を比較すればよいので、炭酸化処理後の微粒子の実際の明度値によらずに、微粒子混合物の中からスラグ微粒子を識別することができる。
【0158】
ここで、本実施形態に係るスラグ微粒子の識別方法では、炭酸化処理前後の同一微粒子の明度差を比較するため、炭酸化処理前後で個々の粒子を対応付ける必要がある。この対応付けの方法としては、第1に、予め個々の微粒子の背面を非水溶性の接着剤で基板等に固定し、同一基板上の微粒子間の相対位置を固定することで、異なる画像(炭酸化処理前の画像と炭酸化処理後の画像)内で同一の微粒子を対応付けることができる。第2に、特定の微粒子を炭酸化処理で対応付けず、微粒子の明度分布のみを炭酸化処理前後で比較する。この場合の比較方法としては、例えば、炭酸化処理前後での粒子画像を画像処理計測して、それぞれの画像における各粒子の代表明度のヒストグラムを作成し、ヒストグラムでの明度区分ごとに粒子の構成率を求める。さらに、炭酸化処理後の粒子の構成率から炭酸化処理後の粒子の構成率を減じた構成率差を求める。得られた構成率差が正になるもののみを集計した構成率差が、炭酸化処理後に高明度化した粒子の構成率に対応するものとして、微粒子混合物のサンプル中でのスラグ粒子の巨視的な構成率として識別することができる。この第2の方法の利点は、第1の方法よりも粒子のハンドリングが簡易であるという点である。
【0159】
ただし、この微粒子の対応付けの方法、及びスラグ微粒子の識別の方法は、前述した第1及び第2の方法に限られるわけではなく、他の一般的な手法を適用することができる。微粒子の対応付けの方法として、例えば、炭酸化処理前後の各粒子の明度平均値の差をスラグ微粒子の構成率に対応付けるなどの方法を適用することができる。この方法によれば、炭酸化処理前後の明度平均値の差が正になる微粒子の構成率を、スラグ粒子の構成率として識別することができる。
【0160】
[本発明の第2の実施形態に係るスラグ微粒子の識別方法]
次に、図7を参照しながら、本発明の第2の実施形態に係るスラグ微粒子の識別方法について説明する。図7は、本発明の第2の実施形態に係るスラグ微粒子の識別方法の操作の流れを示すフローチャートである。
【0161】
本実施形態に係るスラグ微粒子の識別方法は、前述した第1の実施形態に係るスラグ微粒子の識別方法とは異なり、微粒子混合物の撮像を炭酸化処理後のみに行い、撮像画像の画像処理計測により得られた代表明度が所定の明度しきい値よりも高いものを、スラグ微粒子と識別する方法である。以下の説明では、前述した第1の実施形態との相違点を中心に説明する。
【0162】
微粒子混合物の定義については、第1の実施形態と同様であるので、詳細な説明を省略する。
【0163】
本実施形態に係るスラグ微粒子の識別方法では、まず、図7に示すように、微粒子混合物を捕集する。なお、微粒子混合物の捕集方法は、第1の実施形態と同様であるので、詳細な説明を省略する。
【0164】
ここで、本実施形態に係るスラグ微粒子の識別方法に用いる微粒子混合物のサンプルとしては、高明度の粒子が表面に遊離石灰を含有するスラグであると予め予測できるサンプルを用いることが前提となる(S201)。
【0165】
このような微粒子混合物の第1の例としては、特定の工場(例えば、製鋼工場等)内で発生する微粒子混合物のサンプルであり、その工場で生成しうる粒子種が限定され、かつ、そのうちスラグ微粒子以外は、全て低明度の粒子種(例えば、酸化鉄粉等)であると予測できるものがある。
【0166】
また、前記微粒子混合物の第2の例としては、高炉法による製鉄プラントの屋外で採取される降下煤塵がある。高炉法による製鉄プラントに由来する降下煤塵は、主に、石炭系煤塵、鉄系煤塵、高炉スラグ系煤塵及び製鋼スラグ系煤塵の4種類の煤塵種に分類される。また、一般に、高炉スラグ系煤塵や製鋼スラグ系煤塵は白色系の明度の高い粒子(明色粒子)であり、石炭系煤塵や鉄系煤塵は黒色系の明度の低い粒子(暗色粒子)である。さらに、製鋼スラグ系煤塵や鉄系煤塵は所定の磁束密度を有する磁石に着磁し得る粒子であるが、高炉スラグ系煤塵や石炭系煤塵は当該磁束密度を有する磁石には着磁しない粒子である。従って、捕集された前記降下煤塵を磁石により、着磁性粒子と非着磁性粒子とに分離しておき、分離された着磁性粒子と非着磁性粒子のそれぞれを、低倍率の光学顕微鏡を用いて撮影した画像に画像処理を施し、個々の煤塵粒子の明度の高低を識別して明色粒子と暗色粒子との区分することにより、石炭系煤塵、鉄系煤塵、高炉スラグ系煤塵及び製鋼スラグ系煤塵の4種類に判別することができる。具体的には、石炭系煤塵は、暗色で非着磁性の非着磁性暗色粒子、鉄系煤塵は、暗色で着磁性の着磁性暗色粒子、高炉スラグ系煤塵は、明色で非着磁性の非着磁性明色粒子、製鋼スラグ系煤塵(エージングの進んだスラグ、または、前述の炭酸化処理によって明色化されたスラグ)は、明色で着磁性の着磁性明色粒子、というように判別することができる。なお、粒子の明度の工程を識別する際の具体的な方法としては、一般に行われている粒子画像処理計測の手法を用いることができる。この粒子画像処理計測には、例えば、“ImageProPlus”のような市販の画像処理ソフトに標準的に搭載されている粒子画像処理計測機能を利用すればよい。
【0167】
(分析用サンプルの加工)
次に、分析用(特定対象の)サンプルを加工する。具体的には、捕集された微粒子混合物(例えば、降下煤塵粒子)を基板上に散布する(S203)。このときの具体的な方法は、第1の実施形態における分析用サンプルの加工方法(S103)と同様である。
【0168】
(炭酸化処理)
次に、ステップS203で基板上に散布された各微粒子に微粒の水滴を1時間以上接触させる(S205)。また、ステップS205における具体的な処理方法は、第1の実施形態における炭酸化処理(S109)と同様である。
【0169】
(炭酸化処理後の微粒子の乾燥)
さらに、ステップS205における炭酸化処理後の微粒子混合物のサンプルをインキュベータ内で静置して乾燥させる(S207)。このときの乾燥方法は、第1の実施形態における乾燥処理(S111)と同様である。
【0170】
(磁力分離方法)
次に、図示してはいないが、ステップS205における炭酸化処理後の微粒子混合物に対して、磁石を用いて磁力を付与することにより、磁力の付与により着磁し得る着磁性微粒子と非着磁性微粒子とに分離してもよい。このときの具体的な方法や用いる磁石等の詳細についても、第1の実施形態の場合と同様である。
【0171】
(捕集された微粒子混合物の撮像)
次に、ステップS205で処理された微粒子混合物中の全ての微粒子を撮像し、微粒子混合物の画像である粒子画像を生成する(S209)。この微粒子の撮像方法(粒子画像の生成方法)は、第1の実施形態における撮像方法(S105やS111)と同様である。
【0172】
(粒子画像処理計測:代表明度測定)
次に、ステップS209で撮像された微粒子混合物の粒子画像に対して画像処理を施すことにより、各微粒子の代表明度を測定する(S211)。このときの微粒子の代表明度の測定方法は、第1の実施形態における微粒子の代表明度の測定方法と同様である。
【0173】
(スラグ微粒子の識別方法)
次に、ステップS211で明度が測定された微粒子のうち、ステップS211で測定された代表明度が所定の明度しきい値以上の明度を有する微粒子を、表面に遊離石灰を含有するスラグ微粒子として識別する(S213〜S217)。
【0174】
ステップS205の炭酸化処理によって、エージングが不十分で比較的暗色の製鋼スラグの明度が淡色化するのは、遊離石灰を含んだスラグ微粒子のみであることから、炭酸化処理後に微粒子混合物を撮像し(ステップS205)、炭酸化処理後に明色化(淡色化)した微粒子、及び、捕集された時点でエージングが十分で明色の製鋼スラグをスラグ微粒子として識別することができる。
【0175】
具体的には、ステップS205の炭酸化処理後の各微粒子の代表明度が所定の明度しきい値よりも高いか否かを判断する(S213)。その結果、所定の明度しきい値よりも高い粒子があった場合には、その粒子が表面に遊離石灰を含有するスラグ微粒子であると識別する(S215)。一方、所定の明度しきい値よりも低い粒子があった場合には、その粒子が他の種類の粒子であると識別する(S217)。以上のように、本実施形態に係るスラグ微粒子の識別方法によれば、炭酸化処理後のみに微粒子の代表明度を測定すればよいので、スラグ微粒子の識別の操作が簡易なものとなる。
【0176】
ここで、明度しきい値としては、以下のような値を用いることができる。例えば、予め、炭酸化処理を施した製鋼スラグ種のみのサンプルを作成し、このサンプルを撮像した画像に対して粒子画像処理計測を行って、個々の粒子の代表明度の分布を求める。この分布の下限(例えば、[各粒子の代表明度の平均値]−n・[各粒子の代表明度の標準偏差]、n:1〜2.5等)を明度しきい値として採用することができる。
【0177】
以上、添付図面を参照しながら本発明の好適な実施形態について詳細に説明したが、本発明はかかる例に限定されない。本発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者であれば、特許請求の範囲に記載された技術的思想の範疇内において、各種の変更例または修正例に想到し得ることは明らかであり、これらについても、当然に本発明の技術的範囲に属するものと了解される。
【実施例】
【0178】
次に、実施例を用いて本発明をさらに具体的に説明する。
【0179】
(実施例1)
本実施例では、微粒子混合物のサンプルとして、高炉法による製鉄プラント由来の降下煤塵を使用し、製鋼スラグ6μg、高炉スラグ1μg、石炭1μg、コークス1μg、及び鉄鉱石1μgを混合したサンプル(計10μg)を作成した。
【0180】
<分析サンプルの作成>
前述したようにして作成したサンプルを匙ですくって、白色アルマイト処理した第1のアルミ板上に匙で散布し、ステンレス製のへらを用いて、各粒子が互いに重ならないようにアルミ板に拡げた。拡げた粒子群は、直径約15mmの範囲に存在していた。
【0181】
<粒子の撮像>
次に、市販の三眼式実体顕微鏡(対物レンズ倍率:0.5倍)に、市販のリング状光源(白色光)をレンズ鏡筒に、市販のモノクロディジタルカメラ(CCD600万画素、画素寸法は3μm角)をカメラ装着口に、それぞれ装着した。次いで、顕微鏡のステージに、前述したようにして作成したサンプルをそれぞれ載置し、照明条件を同一にするとともに、カメラの絞り及び露出を同一条件として順に撮影し、粒子画像を得た。
【0182】
このとき、顕微鏡の倍率は、測定対象の粒子の実寸法がカメラのCCD素子上で同一の寸法に結像するように調整した。また、顕微鏡で認識する対象の粒子は、降下煤塵であり粒子が粗大であることから、φ10μm以上の大きさの粒子とした。なお、本実施例において、当該粒子の大きさは、CCDの9画素以上に対応するものである。
【0183】
<画像処理>
前述したようにして得られた粒子画像に対し、市販の粒子画像処理ソフトであるIMAGRPRO PLUS VER.5を用いて粒子画像処理計測を行った。このとき、計測の対象としては、各粒子の中心位置、各粒子の円等価直径及び各粒子の平均明度(粒子として認識される画素領域に存在する各画素の明度の平均値)とした。
【0184】
具体的には、予め定めたおいた明度しきい値Tを用いて、この明度しきい値T未満の明度である画素領域を粒子が存在する領域として特定し、当該画素領域に存在する各画素の位置や明度に基づいて、粒子画像中に存在する各粒子の中心位置、平均明度及び円等価直径を算出し、算出結果を記録した。
【0185】
<炭酸化処理>
次に、画像処理後のサンプルの粒子に対して、COインキュベータを用いて炭酸化処理を行った。ここで、COインキュベータとしては、ヤマト科学製IT400を使用した。また、インキュベータ内に棚板を設け、この棚板に基板を1枚配置した。さらに、インキュベータ内に300mm角、70mm厚のステンレス製の水槽を設置し、この水槽内に、水槽用ヒータとして、50Wの温度センサ付セラミックヒータを投入した。この水槽用ヒータの電源線及び信号線は、IT400据え付けの壁貫通孔から引き出して、外部の温度制御装置に接続して温度制御を行った。
【0186】
また、基板としては、30×30×2mm厚のアルミ板を使用し、この基板上にサンプルとなる微粒子混合物を散布した。水滴の噴霧方法としては、予め炭酸ガスをバブリングした水(炭酸水)を二流体式微粒化ノズル(製品名「FOGMASTER」)を使用して、COインキュベータ内に噴霧(計30mL、60秒間噴霧、水滴の推定平均粒子径30μm)した。
【0187】
また、COインキュベータの運転条件としては、インキュベータの設定温度を26℃、COの設定濃度を15体積%、水槽内の水温の設定温度を35℃、運転時間を3時間として炭酸化処理を行った。
【0188】
次に、直径10mmの市販の円柱状の電磁石を中心軸が鉛直方向となるように設置し、磁石の先端面(下端面)での平均磁束密度が0.3Tとなるように電磁石に供給する電流を調整した。この状態で、作業者が電磁石を手で保持してアルミ基板上に散布された粒子の上方から垂直に下降させ、粒子に電磁石を接触させた。この状態で1秒間静止させた後、電磁石を上方に持ち上げて、着磁した粒子を電磁石とともに移動させ、別途準備しておいた白色アルマイト処理した第2のアルミ板上に、上方から垂直に電磁石を下降させて電磁石を第2のアルミ板上に載置した。次いで、電磁石に消磁電流を与えた後、電磁石への電流の供給を止め、電磁石を上方に持ち上げて第2のアルミ板上から離隔させた。
【0189】
なお、使用した第1のアルミ板及び第2のアルミ板の寸法は、ともに、大きさが30mm×30mmで、厚みが3mmであった。また、電磁石の消磁方法としては、市販の電磁石用消磁コントローラを使用した。
【0190】
以上の操作の結果、第1のアルミ板上に残留した粒子を非着磁性粒子のサンプルとし、第2のアルミ板上に残留した粒子を着磁性粒子のサンプルとした。
【0191】
さらに、非着磁性粒子と着磁性粒子のそれぞれに対して、炭酸化処理前と同様の方法で、粒子の撮像し、撮像された画像に対して画像処理を施して、各粒子の代表明度を測定した。
【0192】
<結果>
次に、炭酸化処理前後の粒子画像における各粒子の代表明度のヒストグラムを作成し、ヒストグラムでの明度区分ごとに粒子の構成率を求め、炭酸化処理後の粒子の構成率から炭酸化処理後の粒子の構成率を減じた構成率差を求めた。得られた構成率差が正になるもののみを集計した構成率差を、微粒子混合物のサンプル中での製鋼スラグ粒子の構成率として識別した。なお、粒子の構成率としては、体積構成率を密度で補正して算出した質量構成率を採用した。
【0193】
その結果、粒子の構成率は、製鋼スラグ:61%,高炉スラグ:8%、石炭+コークス:21%、鉄鉱石:10%となり、予め既知の混合比で混合したサンプルの構成率を良好に再現できた。従って、本発明に係るスラグ微粒子の識別方法は、有効な粒子種の識別方法であることがわかった。
【0194】
(実施例2)
本実施例は、粒子の撮像及び画像処理による粒子の代表明度の測定を、炭酸化処理後に1回のみ行った以外は、実施例1と同様にして行った。ただし、本実施例では、製鋼スラグ粒子の識別方法としては、実施例1とは異なり、画像処理計測により得られた代表明度が所定の明度しきい値よりも高いものをスラグ微粒子と識別した。また、このときの明度判定のしきい値としては、事前に硫酸アンモニウム水溶液により処理した製鋼スラグ粒子のサンプルを画像処理して明度を測定し、大半の粒子が含まれる最低の明度の値を用いた。
【0195】
その結果、粒子の構成率は、製鋼スラグ:59%,高炉スラグ:9%、石炭+コークス:18%、鉄鉱石:14%となり、予め既知の混合比で混合したサンプルの構成率を良好に再現できた。従って、本発明に係るスラグ微粒子の識別方法は、有効な粒子種の識別方法であることがわかった。
【符号の説明】
【0196】
1 基板
10 COインキュベータ
11 容器
12 ヒータ
13 COガスボンベ
14 COガス開閉弁
15 温度計
16 CO濃度計
17 制御装置
21 水槽
22 棚
31 水槽用ヒータ
32 水温計
33 水温制御装置
41 超音波噴霧機
42 導管
43 噴霧制御装置
51 冷却装置
52 温度計
53 冷却制御装置
P 微粒子
W 水



【特許請求の範囲】
【請求項1】
表面に遊離石灰を含有するスラグ微粒子と、当該スラグ微粒子とは異なる種類の微粒子とからなる微粒子混合物から前記スラグ微粒子を識別するスラグ微粒子の識別方法であって、
前記微粒子混合物中の全ての微粒子を撮像した画像に対して画像処理を施すことにより、各微粒子の代表明度を測定する第1の明度測定工程と、
濃度1mol%以上の炭酸ガス及び飽和水蒸気量の水蒸気を含有する常温のガス中に静置された前記微粒子混合物中の全ての微粒子のそれぞれに、少なくとも1つ以上の水滴を1時間以上接触させる炭酸化処理工程と、
前記炭酸化処理工程後の前記微粒子を乾燥させる乾燥工程と、
前記乾燥工程後の前記微粒子混合物中の全ての微粒子を撮像した画像に対して画像処理を施すことにより、各微粒子の代表明度を測定する第2の明度測定工程と、
前記第2の明度測定工程で測定された代表明度が前記第1の明度測定工程で測定された代表明度よりも高明度となった微粒子を、前記表面に遊離石灰を含有するスラグ微粒子として識別する識別工程と、
を含むことを特徴とする、スラグ微粒子の識別方法。
【請求項2】
表面に遊離石灰を含有するスラグ微粒子と、当該スラグ微粒子とは異なる種類の微粒子とからなる微粒子混合物から前記スラグ微粒子を識別するスラグ微粒子の識別方法であって、
濃度1mol%以上の炭酸ガス及び飽和水蒸気量の水蒸気を含有する常温のガス中に静置された前記微粒子混合物中の全ての微粒子のそれぞれに、少なくとも1つ以上の水滴を1時間以上接触させる炭酸化処理工程と、
前記炭酸化処理工程後の前記微粒子を乾燥させる乾燥工程と、
前記乾燥工程後の前記微粒子混合物中の全ての微粒子を撮像した画像に対して画像処理を施すことにより、各微粒子の代表明度を測定する明度測定工程と、
前記明度測定工程で測定された代表明度のうち、所定値以上の明度を有する微粒子を、前記表面に遊離石灰を含有するスラグ微粒子として識別する識別工程と、
を含むことを特徴とする、スラグ微粒子の識別方法。
【請求項3】
前記表面に遊離石灰を含有するスラグ微粒子は、製鋼スラグであることを特徴とする、請求項1または2に記載のスラグ微粒子の識別方法。
【請求項4】
前記微粒子混合物は、高炉法による製鉄プラントから発生した降下煤塵からなることを特徴とする、請求項1〜3のいずれか1項に記載のスラグ微粒子の識別方法。
【請求項5】
前記炭酸化処理工程では、濃度1mol%以上の炭酸ガス及び飽和水蒸気量の水蒸気を含有する常温のガス雰囲気に維持されたCOインキュベータ内に、前記各微粒子を静置することを特徴とする、請求項1〜4のいずれか1項に記載のスラグ微粒子の識別方法。
【請求項6】
前記COインキュベータ内に水槽を配置し、当該水槽内に設置したヒータの設定温度を、前記COインキュベータ内の雰囲気の設定温度よりも高い温度に維持するように制御することを特徴とする、請求項5に記載のスラグ微粒子の識別方法。
【請求項7】
前記炭酸化処理工程では、前記COインキュベータ内に、前記各微粒子を載置した基板を水平に配置し、前記COインキュベータの開放部を通して、前記基板と水平方向に微粒化ノズルを用いて水滴を前記COインキュベータ内に噴霧した後に、前記COインキュベータを密閉して炭酸化処理を実施することを特徴とする、請求項5または6に記載のスラグ微粒子の識別方法。
【請求項8】
前記炭酸化処理工程では、炭酸化処理の実施中に、前記COインキュベータの開放部を通して、前記COインキュベータに取り付けられた超音波噴霧機を用いて水滴を前記COインキュベータ内に噴霧することを特徴とする、請求項5または6に記載のスラグ微粒子の識別方法。
【請求項9】
前記COインキュベータ内に、前記各微粒子を載置した基板を配置し、前記基板を冷却することにより、前記COインキュベータ内の水蒸気を前記各微粒子上に結露させることにより、前記各微粒子に水滴を付着させることを特徴とする、請求項5または6に記載のスラグ微粒子の識別方法。
【請求項10】
請求項1〜9のいずれか1項に記載のスラグ微粒子の識別方法に使用する炭酸化処理装置であって、
濃度1mol%以上の炭酸ガス及び飽和水蒸気量の水蒸気を含有する常温のガス雰囲気に維持されたCOインキュベータと、
前記COインキュベータ内に設置された水槽と、
前記水槽の上方に設置され、表面に遊離石灰を含有するスラグ微粒子と当該スラグ微粒子とは異なる種類の微粒子とからなる微粒子混合物を載置する基板と、
を備えることを特徴とする、炭酸化処理装置。
【請求項11】
前記水槽内に設置されたヒータと、
前記ヒータの設定温度を、前記COインキュベータ内の雰囲気の設定温度よりも高い温度に維持するように制御する制御装置と、
をさらに備えることを特徴とする、請求項10に記載の炭酸化処理装置。
【請求項12】
前記COインキュベータに取り付けられた微粒化ノズルをさらに備え、
前記COインキュベータは、密閉可能であり、
前記基板は、前記COインキュベータ内で水平に配置されており、
前記微粒化ノズルは、前記COインキュベータの開放部を通して、前記基板と水平方向に水滴を前記COインキュベータ内に噴霧することを特徴とする、請求項10または11に記載の炭酸化処理装置。
【請求項13】
前記COインキュベータに取り付けられ、前記COインキュベータの開放部を通して、水滴を前記COインキュベータ内に噴霧する超音波噴霧機をさらに備えることを特徴とする、請求項10または11に記載の炭酸化処理装置。
【請求項14】
前記基板の下部に設置され、前記基板を冷却して、前記COインキュベータ内の水蒸気を前記各微粒子上に結露させる冷却装置をさらに備えることを特徴とする、請求項10または11に記載の炭酸化処理装置。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2011−203120(P2011−203120A)
【公開日】平成23年10月13日(2011.10.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−70814(P2010−70814)
【出願日】平成22年3月25日(2010.3.25)
【出願人】(000006655)新日本製鐵株式会社 (6,474)
【Fターム(参考)】