説明

スラグ投入時の海水のpH予測方法及び海域向けスラグの調製方法

【課題】 スラグを海水に投入した場合に、スラグから溶出するCa2+によって上昇する海水のpHを予測するためのpH予測方法を提供するとともに、海水が白濁しないようにするためのpH予測結果に基づくスラグの調製方法を提供する。
【解決手段】 スラグを純水に浸漬させたときのスラグからのCa2+の溶出量と該スラグの表面積との関係、並びに、前記スラグの粒度分布を予め求めておき、求めたCa2+溶出量とスラグ表面積との関係並びにスラグの粒度分布に基づき、前記スラグを海水に投入したときの海水へのスラグからのCa2+の溶出量を求め、求めたCa2+の溶出量から、海水中に存在するMg2+の緩衝作用を考慮して、海水のpHを予測する。そして、この予測されるpHが9.8を超えないように、海水に投入するスラグの粒度分布を調製する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、海水に転炉スラグや各種製錬スラグなどのスラグを投入したときに、スラグから溶出するCa2+による海水のpH上昇を予測するpH予測方法に関し、並びに、前記pHの上昇を所定値以下にするための海域向けスラグの調製方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
金属の製錬工程及び精錬工程においては、高純度で上質な金属を得るために種々のスラグが発生し、製鉄所においても、高炉スラグ、転炉スラグ、取鍋スラグ、溶銑予備処理スラグなどの組成の異なる種々のスラグが発生する。これらのスラグは、路盤材、土壌改良材、地盤改良材、セメントやコンクリートの骨材、石材のみならず、海洋における、潜堤材、裏ごめ材、裏埋め材、盛土材、サンドコンパクション、SCPサンドマット、浅場造成材などの海洋土木建築材料として利用されている。
【0003】
これらのスラグのうちで、遊離CaO(「遊離石灰」或いは「フリーライム」ともいう)を含有する、転炉スラグ、取鍋スラグ、溶銑予備処理スラグなどは、沿岸海域で利用したときに、スラグ中の遊離CaOが海水に溶出し、海水のpHが上昇することによって、海水の白濁現象が発生する場合もあることが知られている。この白濁現象は、以下のメカニズムで発生する。つまり、遊離CaOが海水に溶出してCa(OH)2が形成され、これによって海水のpHが上昇し、pHの上昇に伴って海水に溶解していたMg2+がMg(OH)2となって析出し、この析出物で海水が白濁して白濁現象が発生する。また、海水中のCa2+もpHの上昇に伴って海水に含まれる炭酸イオン(CO32-)と反応して、CaCO3を析出し、これも白濁の原因となる。尚、製鉄所で発生するスラグのうちで、高炉スラグを除くスラグは製鋼精錬工程で発生するので、まとめて「製鋼スラグ」と呼ばれており、この製鋼スラグには、含有量はそれぞれ異なるものの、遊離CaOが含有されている。
【0004】
白濁化の原因となる、Mg(OH)2及びCaCO3自体は無害であるが、工事期間中の白濁現象は、外観上の問題から港湾工事を進める上での障害となることがある。また、白濁の発生は、遊離CaOの溶解に起因する海水のpH上昇を示唆しており、環境上、留意しなければならない。
【0005】
ところで、最近の製鋼プロセスにおいては、脱珪処理、脱硫処理、脱燐処理及び脱炭処理の各工程の効率的な分割化が進み、多種多様な製鋼スラグが発生しており、その形状、組織は多岐にわたり、製鋼スラグにおける遊離CaOの溶解挙動も複雑となっている。
【0006】
そこで、製鋼スラグを沿岸海域で利用するにあたり、このような種々の製鋼スラグから白濁現象を発生しないスラグを選定する方法、或いは白濁現象を発生しないスラグへと調製する方法が提案されている。例えば、特許文献1には、「遊離CaO分が0〜10.0質量%、硫黄分が0〜1.0質量%の範囲である製鋼スラグであって、2倍の質量比の海水に浸漬させて3時間経過した時点における海水のpHが10.5以下である港湾工事用製鋼スラグ」が提案されている。つまり、特許文献1によれば、製鋼スラグの2倍の質量比の海水に浸漬させて、3時間経過した時点における海水のpHが10.5以下であるならば、当該製鋼スラグからのCa2+の溶出量は少なく、沿岸海域に敷設した場合の白濁が防止されるとしている。また、特許文献1には、「遊離CaO分が0〜10.0質量%、硫黄分が0〜1.0質量%の範囲であり、且つ、粒径10mm未満の粒子が25質量%以下である製鋼スラグ」であるならば、白濁が抑制されるとしている。
【0007】
特許文献2には、0.075mm以下の微粒物分の多い製鋼スラグを海水に浸漬すると、微粒物分から多くのCa2+が溶出し、白濁現象が起こるとして、「0.075mm以下の微粒分を5質量%以上含む粉状製鋼スラグと、高炉スラグ微粒末と、水とを用いて成型した造粒物」が提案されている。特許文献2によれば、微粒物分の多い製鋼スラグであっても造粒して粗大化することにより、Ca2+の溶出が抑制され、白濁が防止されるとしている。
【特許文献1】特開2003−26456号公報
【特許文献2】特開2005−314155号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、上記従来技術には以下の問題点がある。
【0009】
即ち、特許文献1では、スラグを浸漬したときに海水のpHが10.5以下であれば白濁を防止できるとしているが、本発明者等の経験によれば、少なくともpHが10を超える海水では、白濁が発生する場合が多いことを確認しており、特許文献1では、白濁を抑制できない恐れがある。また、粒径が10mm未満の細粒分を25質量%以下に制限すると、海域で使用不可能な細粒分が大量に発生し、スラグの円滑な再利用が困難になるという問題も発生する。
【0010】
一方、特許文献2では、白濁は防止できるものの、新たに造粒工程が必要であり、スラグの処理費用を大幅に増大させる。また、高炉スラグ微粒末は、高炉セメント原料やコンクリート用混和材としても使用されるものであり、白濁防止のために使用されるのは、資源の有効活用の観点からみると、有効的な使用方法とはいえない。
【0011】
本発明は上記事情に鑑みてなされたもので、その目的とするところは、製鋼スラグや各種製錬スラグなどを海水に投入した場合に、スラグから溶出するCa2+によって上昇する海水のpHを適確に予測するためのpH予測方法を提供するとともに、このpH予測方法により予測される海水のpHが白濁現象を起こさない範囲内に維持されるように、海水に投入するスラグからのCa2+の溶出量を制御するためのスラグの調製方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記課題を解決するための第1の発明に係るスラグ投入時の海水のpH予測方法は、スラグを純水に浸漬させたときのスラグからのCa2+の溶出量と該スラグの表面積との関係、並びに、前記スラグの粒度分布を予め求めておき、求めたCa2+溶出量とスラグ表面積との関係並びにスラグの粒度分布に基づき、前記スラグを海水に投入したときの所定深さにおける海水へのスラグからのCa2+の溶出量を求め、求めたCa2+の溶出量から、海水中に存在するMg2+の緩衝作用を考慮して、海水のpHを予測することを特徴とするものである。
【0013】
第2の発明に係るスラグ投入時の海水のpH予測方法は、第1の発明において、前記スラグを、スラグの質量に対して1000倍以上の質量比の純水に浸漬させてスラグからのCa2+の溶出量を測定することを特徴とするものである。
【0014】
第3の発明に係る海域向けスラグの調製方法は、第1または第2の発明に記載のスラグ投入時の海水のpH予測方法によって予測される海水のpHが9.8を超えないように、海水に投入するスラグの粒度分布を調製することを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0015】
本発明に係るスラグ投入時の海水のpH予測方法によれば、溶媒として純水を用いてスラグからのCa2+の溶出量を測定するので、溶出したCa2+はCaCO3などの析出物を形成せず、溶媒のpH変化から正確にCa2+の溶出量を測定することができ、それにより、スラグからのCa2+の溶出量とスラグ表面積との関係を正確に把握することができる。そして、把握したCa2+溶出量とスラグ表面積との関係、並びに、当該スラグの粒度分布に基づいて、スラグを海水に投入した際のスラグから海水へのCa2+溶出量を求めるので、スラグを海水に投入したときの海水のpHを精度良く予測することが可能となる。
【0016】
また、本発明に係る海域向けスラグの調製方法によれば、海水にスラグを投入したときの海水のpHが9.8を超えないように、Ca2+溶出量とスラグ表面積との関係に応じてスラグの粒度分布を調製するので、どのような特性のスラグであっても、海水の白濁を発生させることなく、海域向けのスラグとして運用することが可能となる。この場合、特許文献1のような「粒径が10mm未満の細粒分を25質量%以下に制限する」といった過度の対策は不要となり、遊離CaOを含有するスラグの再利用が円滑に行なわれる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0018】
本発明者等は、遊離CaOを含有し、Ca2+を溶出する製鋼スラグなどのスラグの海域での利用を、安全性を確保しつつ拡大させることを目的として、Ca2+を溶出するスラグを海水に敷設した場合に、海水のpHがどのぐらい増加し、また、それにより白濁現象が起こるか否かを予測することを検討した。この検討にあたり、先ず、スラグ粒子におけるアルカリ溶出の測定方法を検証した。
【0019】
現状、スラグからの溶出物のうちでアルカリに関与する因子は、遊離CaOの溶解のみと考えられるため、Ca2+溶出量の測定方法の開発を行った。ここで、Ca2+の溶出量の測定にあたり、溶媒のpH変化からCa2+の溶出濃度を換算することを目的とした。
【0020】
スラグからのCa2+の溶出は、下記の(1)式で表される。
CaO+H2O → Ca(OH) → Ca2++2OH-……(1)
つまり、スラグ中のCaO(酸化カルシウム)が水分と反応してCa(OH)2(水酸化カルシウム)に変化し、このCa(OH)2が水及び海水に溶解してCa2+(カルシウムイオン)とOH-(水酸化物イオン)とを生成することで、アルカリ性となる。
【0021】
溶媒のpH測定値からCa2+溶出濃度を換算するためには、他の因子の影響を排除しなければならず、従って、海水は溶媒として使用できない。その理由は、海水にはCa2+の他にMg2+が含まれており、pHが上昇して高くなるとMg(OH)2が生成するために、海水中のMg2+がMg(OH)2として析出してしまうまで、海水のpHは、pH=9.8近傍から見掛け上変化しなくなる。そのために、海水では、pH測定値からCa2+溶出量を換算することができない。また、溶媒として純水を使用しても、Ca(OH)2は、pHが12.5近傍で飽和状態となることから、測定中に溶媒のpHが12.5以上にならないようにするために、溶媒に対してスラグの添加量を少なくしなければならない。
【0022】
以上のことから、溶媒には、純水として、蒸留後イオン交換したイオン交換水を使用し、スラグと溶媒との質量比を1:1000として、測定を行なった。
【0023】
予め破砕された製鋼スラグを105℃で2時間乾燥して、付着水分を除去した後、このスラグから、0.075mm越え0.15mm以下、0.15mm超え0.425mm以下、0.6mm超え1.18mm以下、2.0mm超え4.75mm以下の4種類の粒度範囲のスラグを篩分器にて回収し、この4種類の粒度別のスラグ毎に測定を行なった。尚、4種類に分別された粒度別のスラグ毎に化学成分を分析し、成分値のばらつきは分析の誤差範囲内であり、粒度による成分の変化はないことを確認している。因みに、スラグ成分は、CaOが40質量%、SiO2が10質量%、MgOが7質量%、Al23が4質量%、MnOが3質量%、T.Feが19質量%である。ここで、T.Feとは、全ての鉄酸化物(FeOやFe23など)の鉄分の合計値である。
【0024】
粒度別に分別したそれぞれのスラグから1gのスラグを採取し、このスラグを、ビーカーに収容された1000mLの純水に浸漬させ、回転翼攪拌器にて200rpmの回転速度で攪拌しつつ、pH測定計を用いて溶媒のpHを測定した。
【0025】
各粒度別のスラグにおけるpH測定結果を図1に示す。図1に示すように、スラグ粒度の違いによって、pHの変化に差があることが確認された。つまり、スラグ粒度が細かいほど、pHの変化が大きく、且つ、最終的なpH値が高くなることが確認できた。スラグの化学成分組成は、前述したように同一であることから、pH変化の違いは粒度に起因するものであることが分かった。
【0026】
図1に示す溶媒のpH測定値からCa2+濃度を求めるにあたっては、以下に示すCa(OH)2の塩基酸解離定数を用いたイオン平衡計算から求めた。つまり、下記の(2)式〜(5)式に示す塩基酸解離定数を解き、OH-の三次関数から全Ca濃度(Cb)を求めるという方法である。
【0027】
Kb1=[OH-]×[Ca(OH)+]/[Ca(OH)2]=3.98×10-3…(2)
Kb2=[OH-]×[Ca2+]/[Ca(OH)+]=3.98×10-2…(3)
Cb(全Ca濃度)=[Ca(OH)2]+[Ca(OH)+]+[Ca2+] …(4)
[OH-]=[H+]+[Ca(OH)+]+2[Ca2+] …(5)
これらの(2)式〜(5)式を解くことによって、下記の(6)式が得られ、この(6)式に、各pHでのOH-の濃度を代入することによって、Ca2+の濃度を得ることができる。
【0028】
Cb=[OH-]3+3.98×10-3[OH-]2+1.58×10-4[OH-]/(3.98×10-3[OH-]+2×1.58×10-4)…(6)
表1に、(6)式を用いてpH測定値からCa2+濃度を計算した結果を示す。表1に示すように、溶媒のpHと溶媒中のCa2+濃度とは、1対1の関係であることが分かる。尚、一部の溶出試験では、溶媒中のCa2+濃度をICP発光分析によって測定しており、ICP発光分析の結果と表1に示す結果とが一致することを確認している。
【0029】
【表1】

【0030】
表1に示す計算結果のなかから、溶媒のpHと溶媒中のCa2+濃度との関係を図2に示す。図2に示すように、溶媒のpHとCa2+濃度とは、極めて相関性の強い関係であることが分かる。
【0031】
また、このようにして得られる、溶媒のpHと溶媒中のCa2+濃度との関係を用いて、図1に示すpH測定値をCa2+の濃度に換算すると、図3に示すCa2+濃度と経過時間との関係が得られる。尚、図3では、粒度が2.0mm超え4.75mm以下のスラグのデータを省略しているが、粒度が2.0mm超え4.75mm以下のスラグのデータは、粒度が0.6mm超え1.18mm以下のスラグのデータよりも更にCa2+濃度の低い側に位置することを確認している。
【0032】
図3において、図3に示す曲線の勾配がCa2+の溶出速度となる。図3からも明らかなように、スラグの粒度が小さいほど、Ca2+の溶出速度が速いことが確認できる。即ち、スラグの化学成分が同一の場合には、粒径の小さいものの比率が多いスラグほど、Ca2+の溶出速度が速く、海洋土木建築材料として使用したときには白濁現象が起こりやすいこと分かる。
【0033】
そこで、粒度の小さいスラグと粒度の大きいスラグとで、スラグ粒子の単位表面積あたりのCa2+の溶出速度に差があるか否かを検討した。表2に、粒度別のCa2+の溶出速度、スラグ1gあたりの表面積、及び単位表面積あたりのCa2+の溶出速度を示す。尚、表2の数値を算出するにあたり、スラグの形状を球体と仮定するとともに、スラグの密度を、充填における見掛け比重(2500kg/m3)として計算している。
【0034】
【表2】

【0035】
表2からも明らかなように、単位表面積あたりのCa2+溶出速度は、スラグの粒度に関係せず、ほぼ一定の値であることが分かった。つまり、スラグからのCa2+の溶出挙動は、単位表面積あたりのCa2+溶出速度と、スラグの粒度分布とから計算できることが分かった。具体的には、スラグからのCa2+溶出量と当該スラグの表面積とから、当該スラグにおける単位表面積あたりのCa2+溶出速度を求めておけば、浸漬されるスラグの表面積と、求めた単位表面積あたりのCa2+溶出速度とを乗算することにより、スラグからのCa2+の溶出量が求められることが分かった。また、粒度の小さいスラグは表面積が大きく、それによりCa2+の溶出速度が速くなることも確認できた。尚、単位表面積あたりのCa2+溶出速度は、遊離CaO濃度が多くなるなどのスラグの化学成分組成が異なれば、自ずと変化することも確認できた。
【0036】
このように、溶媒として純水を用い、この溶媒にスラグを浸漬させ、溶媒のpHを測定することで、溶媒のpH測定値に基づいてスラグからのCa2+の溶出量を精度良く且つ迅速に測定できること、そして、得られた単位表面積あたりのCa2+溶出速度と、スラグの表面積、換言すればスラグの粒度分布とから、そのスラグを水や海水に浸漬した際のCa2+の溶出挙動を予測できるとの知見が得られた。
【0037】
尚、スラグからのCa2+溶出量を測定する場合に、溶媒である純水は、溶出するCa2+によって溶媒のpHが12.5以上にならないようにするために、スラグの質量の1000倍以上とすることが好ましい。溶媒の上限値は特に規定する必要はないが、余りに多くなるとハンドリングが困難になることから、スラグの質量の2000倍程度を上限とすればよい。また、純水は、溶出したCa2+の反応に影響を及ぼさない程度の清浄度であればよく、蒸留水、イオン交換水、蒸留後イオン交換したイオン交換水などを使用できる。溶媒として純水を用いることにより、溶出したCa2+はCaCO3などの析出物を形成せず、溶媒のpH変化と溶出するCa2+とが1対1の相関関係となり、溶媒のpH測定値から正確にCa2+の溶出量を測定することができる。
【0038】
次いで、スラグを海水に投入した際の海水のpH変化を検証した。
【0039】
先ず、スラグを海水に投入した際のスラグ粒子の沈降挙動を検証した。これは、粒子径の小さいスラグほどCa2+の溶出速度が速いことから白濁現象の原因となり、スラグを海水に投入した場合の海水のpHを求めるにあたり、海水の白濁に影響を及ぼす粒子径の小さいスラグが海水表面の近傍でどの程度の期間、漂っているかを確認するためである。例えば、水深15mの海域にスラグを投入するとして、水面下3mの位置の海水のpHを算出しようとする場合に、沈降速度の速いスラグは、直ちに海底まで沈降するので、水面下3mのpHには影響を与えないからである。
【0040】
スラグ粒子の沈降挙動は、微粒子の沈降に広く使用されているストークスの式、アレンの式、及びニュートンの式を用いて計算した。下記の(7)式にストークスの式、(8)式にアレンの式、(9)式にニュートンの式を示す。尚、ストークスの式はレイノズル数が1未満の場合、アレンの式はレイノズル数が1以上500以下の場合、ニュートンの式はレイノズル数が500を超える場合に適用される。
【0041】
Vt=(ρs-ρ)×g×(D2/18μ)…(7)
Vt=[(4/225)×(ρs-ρ)2×g2/(ρ×μ)]1/3×D2…(8)
Vt=[3×(ρs-ρ)×g×(D/ρ)]1/2…(9)
但し、(7)式〜(9)式において、Vt:粒子の終末速度(cm/s)、ρs:粒子の密度(g/cm3)、ρ:液体の密度(g/cm3)、μ:液体の粘性係数(g/cm・s)、D:粒子径(cm)、g:重力加速度(cm/s2)である。
【0042】
製鋼スラグの沈降速度の計算結果を表3に示す。製鋼スラグは、密度を3.5t/m3(3.5g/cm3)として計算した。表3には、参考として粒径0.1mmの土砂の沈降速度も示している。
【0043】
【表3】

【0044】
表3に示すように、製鋼スラグは土砂と比較して密度が大きいために沈降性が良く、粒径0.3mmの製鋼スラグは1分間に5.6m沈降する結果となる。従って、仮に水深5mの位置のpHを求める場合には、0.3mm以下の粒径の製鋼スラグの挙動を調べればよいことが分かる。
【0045】
次に、粒度分布の異なる3種類の製鋼スラグを対象とし、これらの製鋼スラグを海水に投入した場合の海水のpHを求めることを検証した。ここでは、3種類の製鋼スラグを、(1)粒径0.075mm以下の含有率が8質量%で細粒分の多い製鋼スラグを製鋼スラグA、(2)粒径0.075mm以下の含有率が4質量%で細粒分のやや少ない製鋼スラグを製鋼スラグB、(3)粒径0.075mm以下の含有率が1質量%で細粒分の少ない製鋼スラグを製鋼スラグCと表示し、製鋼スラグAの粒度分布を図4に、製鋼スラグBの粒度分布を図5に、製鋼スラグCの粒度分布を図6に示す。
【0046】
これら製鋼スラグを海水に投入したときの、製鋼スラグからのCa2+溶出量は、製鋼スラグの表面積と、単位表面積あたりのCa2+溶出速度とから求めることができる。因みに、製鋼スラグAの表面積は、スラグ1トンあたり約6040m2、製鋼スラグBの表面積は、スラグ1トンあたり約3700m2、製鋼スラグCの表面積は、スラグ1トンあたり約1250m2であり、製鋼スラグAは製鋼スラグBの1.6倍以上の表面積を有している。また、細粒分の多い製鋼スラグAでは、粒径0.8mm以下のスラグ粒子の表面積だけでスラグ1トンあたり約5000m2に達し、細粒分の含有比率がスラグ全体の表面積の大小を決めることが分かる。
【0047】
ガット船をモデルとし、製鋼スラグA、B、Cの3種類の製鋼スラグ10トンを、それぞれ、横4m、奥行き2m、高さ0.5mの底開き式のバケット(容積4m3)に装入し、このバケットから透視度3mの海水に投入したときの海水のpH変化を計算により求めた。この場合、海水の透視度が3mであることから、水深3mにおけるpHを求めることとした。
【0048】
そこで、スラグの投入後、水面から水深3mまでに沈降するまでの時間を、前述した表3に示す沈降速度Vtに基づき、スラグ粒子別に算出した。算出結果を図7に示す。図7に示すように、粒径0.3mm以上のスラグ粒子は1分間以内で3m以上沈降することから、1分後には水面から水深3mまでの範囲に滞留していないことが分かる。従って、水深3mにおけるpHを求める場合に、粒径0.3mm以上のスラグ粒子からのCa2+の溶出挙動は考慮しなくてもよいことが分かる。換言すれば、水深3mまでの範囲の白濁には、粒径0.3mm以上のスラグ粒子はほとんど影響していないことが分かる。
【0049】
この前提の基に、10トンの製鋼スラグA、B、Cを海水に投入したときの水深3mにおける海水のpH変化について計算した。海水には、Mg2+が0.05モル/L溶解しているため、pHの緩衝作用が生ずる。イオン平衡計算の結果から、Mg2+がMg(OH)2として析出するpHは9.8であることが分かっていることから、海水のpHは9.8に達すると一時的にpH9.8を維持し、0.05モル/LのMg2+が完全に析出するまでpHが変化しないと仮定して計算を行った。また、或る経過時間における水深3mにおける海水のpHは、その経過時間において水面から水深3mまでの範囲に滞留するスラグ粒子から溶出されるCa2+によって決まるものとして計算した。つまり、その経過時間の時点で水面から水深3mまでの範囲に滞留するスラグ粒子の表面積と、単位表面積あたりのCa2+溶出速度との乗算値により決まるものとした。製鋼スラグからの単位表面積あたりのCa2+溶出速度は、製鋼スラグA、B、Cともに3.2×10-3g-Ca2+/L・s・m2とした。
【0050】
表4に、製鋼スラグA、B、Cを投入した後の経過時間毎に計算したCa2+濃度を示す。表4には、計算の前提となる、水面から水深3mまでの範囲に滞留するスラグ粒子の表面積も合わせて示す。
【0051】
【表4】

【0052】
表4に示すように、沈降開始から10分間経過するまでの範囲で、製鋼スラグA及び製鋼スラグBでは、水面から水深3mまでの範囲に滞留するスラグ粒子の表面積の変化は余り見られない。前述した図7の結果では沈降開始後1分間経過した時点では、水面から水深3mまでの範囲には0.3mm以下の細粒分のみが滞留していることになるが、0.3mm以下の細粒分の表面積への寄与が支配的であり、且つ、細粒の沈降速度は遅いことから、表4に示すような結果となる。細粒分の少ない製鋼スラグCでは、水面から水深3mまでの範囲に滞留するスラグ粒子の表面積が時間に伴って急激に減少しており、これは細粒分が少ないことによる。
【0053】
表4に示すCa2+の溶出量からpHを求めた結果を図8に示す。図8は、Mg2+の影響を無視できる純水でのpH変化として表示している。Mg2+の影響がないので、経過時間に伴ってpHが増加する。また、Ca2+の溶出量が多い製鋼スラグAの場合にpHの上昇量が大きいことも分かる。尚、Ca2+の溶出量からpHを求めるにあたり、図9に示すCa2+濃度とOH-濃度との関係から、Ca2+溶出量をOH-濃度に換算し、換算したOH-濃度からpHを求めている。
【0054】
図10は、pHが9.8になった時点で海水中のMg2+がMg(OH)2として析出し、その後、Ca2+の溶出により形成されるOH-がMg(OH)2の生成のために消費されることでpHが9.8のまま維持され、0.05モル/LのMg2+が完全にMg(OH)2として析出した以降、Ca2+の溶出により形成されるOH-によりpHが再び9.8以上に上昇するとして、前述した図8のデータを再計算したものである。
【0055】
図10に示すように、製鋼スラグAでは、海水中の全てのMg2+がMg(OH)2として析出してしまい、海水のpHは9.8を超えるのに対し、製鋼スラグB及び製鋼スラグCでは、海水のpHは、9.8を超えることはなく、9.8のままであることから、海水中の一部分のMg2+のみがMg(OH)2として析出するだけであり、Mg(OH)2の析出量が少なく、海水の白濁は抑制されることが予測される。この場合、製鋼スラグAであっても、篩分器などにより細粒分を除去して粒度分布を変更することで、海水のpHを9.8以下とすることができる。つまり製鋼スラグAであっても、海水に投入した際に予測されるpHが9.8を超えないように粒度分布を調製すれば、白濁を発生させることなく海域向けスラグとして運用可能との知見が得られた。
【0056】
本発明は、上記の検討結果に基づきなされたものであり、本発明に係るスラグ投入時の海水のpH予測方法は、スラグを純水に浸漬させたときのスラグからのCa2+の溶出量と該スラグの表面積との関係、並びに、前記スラグの粒度分布を予め求めておき、求めたCa2+溶出量とスラグ表面積との関係並びにスラグの粒度分布に基づき、前記スラグを海水に投入したときの所定深さにおける海水へのスラグからのCa2+の溶出量を求め、求めたCa2+の溶出量から、海水中に存在するMg2+の緩衝作用を考慮して、海水のpHを予測することを特徴とする。
【0057】
上記構成の本発明に係る海水のpH予測方法によれば、溶媒として純水を用いてスラグからのCa2+の溶出量を測定するので、溶出したCa2+はCaCO3などの析出物を形成せず、溶媒のpH変化から正確にCa2+の溶出量を測定することができ、それにより、スラグからのCa2+の溶出量とスラグ表面積との関係を正確に把握することができる。そして、把握したCa2+溶出量とスラグ表面積との関係、並びに、当該スラグの粒度分布に基づいて、スラグを海水に投入した際のスラグから海水へのCa2+溶出量を求めるので、スラグを海水に投入したときの海水のpHを精度良く予測することが可能となる。
【0058】
また、本発明に係る海域向けスラグの調製方法は、本発明に係るpH予測方法によって予測される海水のpHが9.8を超えないように、海水に投入するスラグの粒度分布を調製することを特徴とする。
【0059】
上記構成の本発明に係る海域向けスラグの調製方法によれば、海水にスラグを投入したときの海水のpHが9.8を超えないように、Ca2+溶出量とスラグ表面積との関係に応じてスラグの粒度分布を調製するので、どのような特性のスラグであっても、海水の白濁を発生させることなく、海域向けのスラグとして運用することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0060】
【図1】純水を溶媒として該溶媒にスラグを浸漬させたときの溶媒のpH変化を、スラグ粒度の違いにより比較して示す図である。
【図2】溶媒のpHと溶媒中のCa2+濃度との関係を示す図である。
【図3】図1に示すpH測定値をCa2+濃度に換算して示す図である。
【図4】製鋼スラグAの粒度分布を示す図である。
【図5】製鋼スラグBの粒度分布を示す図である。
【図6】製鋼スラグCの粒度分布を示す図である。
【図7】水面から水深3mまで沈降するまでの沈降時間を粒径別に示す図である。
【図8】製鋼スラグA、B、Cを投入したときの純水のpH変化を求めた図である。
【図9】Ca2+濃度とOH-濃度との関係を示す図である。
【図10】製鋼スラグA、B、Cを投入したときの海水のpH変化を求めた図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
スラグを純水に浸漬させたときのスラグからのCa2+の溶出量と該スラグの表面積との関係、並びに、前記スラグの粒度分布を予め求めておき、求めたCa2+溶出量とスラグ表面積との関係並びにスラグの粒度分布に基づき、前記スラグを海水に投入したときの所定深さにおける海水へのスラグからのCa2+の溶出量を求め、求めたCa2+の溶出量から、海水中に存在するMg2+の緩衝作用を考慮して、海水のpHを予測することを特徴とする、スラグ投入時の海水のpH予測方法。
【請求項2】
前記スラグを、スラグの質量に対して1000倍以上の質量比の純水に浸漬させてスラグからのCa2+の溶出量を測定することを特徴とする、請求項1に記載のスラグ投入時の海水のpH予測方法。
【請求項3】
請求項1または請求項2に記載のスラグ投入時の海水のpH予測方法によって予測される海水のpHが9.8を超えないように、海水に投入するスラグの粒度分布を調製することを特徴とする、海域向けスラグの調製方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate

【図10】
image rotate


【公開番号】特開2009−204272(P2009−204272A)
【公開日】平成21年9月10日(2009.9.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−49061(P2008−49061)
【出願日】平成20年2月29日(2008.2.29)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】