説明

セラミドの製造方法

【課題】選択的に、効率良くかつ安全にセラミドを製造する方法を提供すること。
【解決手段】本発明のセラミドの製造方法は、スフィンゴミエリンを含む水系溶液中で、水と混和する極性有機溶媒の存在下でスフィンゴミエリナーゼを作用させて、セラミドを生成する工程;および該生成されたセラミドを回収する工程を含む。1つの実施態様では、上記水系溶液はホスファチジルコリンをさらに含む。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、化粧品、医薬品、脂質工学、細胞工学などに有用であるセラミドの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
セラミドは、スフィンゴシンと脂肪酸とがアミド結合しているスフィンゴ脂質の一種であり、皮膚および毛髪に多く含まれる。また、近年、セラミドは、皮膚の保湿成分として機能していることが明らかにされ、アトピー性皮膚炎などの疾患の治療にも応用が期待されている。
【0003】
セラミドの製造方法には、有機合成、天然物からの抽出およびスフィンゴミエリンを酵素で処理する方法がある。有機合成によるセラミド製造は、多段階かつ立体選択性が求められる反応であり、多くのかつ技術的な手間を要する。また天然物からの抽出は収率も高くなく、特に牛脳のような組織は牛海綿状脳症(BSE)の問題もあり使用できない。
【0004】
酵素によるセラミドの製造方法では、ホスホリパーゼC、スフィンゴミエリナーゼなどの酵素が用いられる。スフィンゴミエリナーゼは、基質としてスフィンゴミエリンを加水分解し、セラミドおよびホスホリルコリンを生成する。一方、ホスホリパーゼCは、通常スフィンゴミエリンよりもホスファチジルコリンを基質として強く認識し、ホスファチジルコリンを加水分解してジアシルグリセロールおよびホスホリルコリンを生成する。しかし、ホスホリパーゼCの基質選択性は高いわけではなく、ホスホリパーゼCによるセラミドの製造は、この基質選択性の低さを応用している。
【0005】
一方で、スフィンゴミエリンはホスファチジルコリンと構造が類似しており、分離が困難である。よって、天然物由来の高純度スフィンゴミエリンは高価であり、工業レベルでの使用は現実的ではない。以上のことから、酵素法による工業レベルでのセラミドの製造では、他のリン脂質、特にホスファチジルコリンを多く含む低純度スフィンゴミエリンを用いざるを得ない。その場合ホスホリパーゼCを用いると、低純度スフィンゴミエリン中に混在するホスファチジルコリンの方が基質として優先的に利用されてジアシルグリセロールが生じ、セラミドの生成は少なくなる。このことから、酵素法では、スフィンゴミエリナーゼの使用が望ましい。
【0006】
ところで、スフィンゴミエリンは脂溶性が高いため、酵素反応液にスフィンゴミエリンを溶解または懸濁させるために、界面活性剤を使用したり、あるいはジエチルエーテルのような非極性有機溶媒を用いて、2層系で酵素反応をさせることは公知である。界面活性剤の使用は、酵素反応後に界面活性剤を除去することが望まれるが、一般に界面活性剤の除去は困難である。また、ジエチルエーテルのような非極性有機溶媒は、一般に引火点が低く、爆発の危険性がある。したがって、酵素を用いた工業的セラミド製造においては、界面活性剤または非極性有機溶媒のような添加物を使わずに、選択的、効率的、かつ安全な製造方法が望まれている。
【0007】
特許文献1には、セラミドの生成に関与するスフィンゴミエリナーゼの活性の測定方法が開示されている。スフィンゴミエリナーゼを、エタノール中に懸濁した放射能標識スフィンゴミエリン、デオキシコール酸ナトリウム、およびトリス塩酸を含む反応液中で作用させて、その酵素活性をシンチレーションカウンターで測定している。ここでは、基質であるスフィンゴミエリンを懸濁させる目的でのみエタノールが用いられている。
【0008】
ホスホリパーゼCを用いたセラミドの製造に関しては、種々の報告がある。
【0009】
特許文献2には、バチラス・セレウス(Bacillus cereus)由来のホスホリパーゼを用いる、赤血球を原料とするスフィンゴミエリンからのセラミドの製造方法が記載されている。上記ホスホリパーゼ、スフィンゴミエリン、トリス緩衝液およびジエチルエーテルを含む液(2層系)において酵素反応を実施し、反応終了後にエーテル層から粗セラミドを得ている。
【0010】
特許文献3には、魚介類からスフィンゴミエリンまたはセラミド2−アミノエチルホスホン酸を抽出し、クロストリジウム・パーフリンジェンス(Clostridium perfringens)由来ホスホリパーゼCを用いてホスホン酸を切断して、セラミドを単離する方法が記載されている。セラミド2−アミノエチルホスホン酸、ホスホリパーゼC、トリス緩衝液、およびジエチルエーテルまたはさらにエタノールを含む液(2層系)で反応させ、反応終了後にエーテル層または有機層(エタノール−エーテル層)からセラミドを得ている。
【0011】
非特許文献1には、クロストリジウム・パーフリンジェンス由来ホスホリパーゼCの種々の基質に対する加水分解活性が示されている。この文献は、クロストリジウム・パーフリンジェンス由来ホスホリパーゼが、界面活性剤であるデオキシコール酸ナトリウムの添加でホスファチジルコリンに対して最適な活性を示し、エタノール存在下ではホスファチジルコリンまたはスフィンゴミエリンのいずれに対しても活性が観察されたことを報告している。この文献では、エタノール25%含有反応液中で、クロストリジウム・パーフリンジェンス由来ホスホリパーゼCが、スフィンゴミエリンを部分的に分解したことが示されている。
【0012】
ホスホリパーゼCを用いた非極性溶媒の微水2層系で、有機溶媒の活性化への寄与が報告されている。非特許文献2には、微水2層系を用いたクロストリジウム・パーフリンジェンス由来ホスホリパーゼCによるセラミド合成が記載されている。ホスホリパーゼCによるスフィンゴミエリン加水分解では、単層(水飽和トルエン)よりも微水2層系(水:有機溶媒)の方が反応効率が高いことが報告されている。本文献では、非極性溶媒を含む微水2層系において、エタノール添加が加水分解率を向上させると報告しているが、その添加量は全反応溶媒の2%以下である。
【0013】
極性有機溶媒を用いたホスホリパーゼ類の活性向上について、ホスファチジルイノシトール特異的ホスホリパーゼC(PI-PLC)の研究がある(非特許文献3)。この研究では、イソプロパノール、ジメチルスルホキシド(DMSO)、またはジメチルホルムアミドがPI-PLCを活性化させることが明らかにされている。しかし、PI-PLCとスフィンゴミエリナーゼとでは、タンパクとしての相同性および基質認識性が明らかに異なる。さらに、PI-PLCでは、基質であるホスファチジルイノシトールのイノシトールリン酸部分が反応中間体として環状イノシトールリン酸を経る2段階機構が提唱されている。一方、スフィンゴミエリナーゼの反応では、環状イノシトールリン酸のような中間体を経ない1段階機構である。よって、PI-PLCの酵素反応では基質のイノシトール部の寄与が必須であり、スフィンゴミエリナーゼの酵素反応とは大きく異なる。以上のことから、極性有機溶媒によるスフィンゴミエリナーゼの活性化は、PI-PLCの活性化とは大きく異なる。
【0014】
一方、シュードモナス・オーレオファシエンス(Pseudomonas aureofaciens)由来ホスホリパーゼCでは、2%以上のエタノール添加は酵素阻害を起こすことが報告されている(非特許文献4)。さらに、リゾムコール・ミエヘイ(Rhizomucor miehei)由来リパーゼの研究においては、エタノールを含むアルコール類やテトラヒドロフランは酵素活性を阻害することを報告している(非特許文献5)。
【0015】
このように、ホスホリパーゼCを用いたセラミド製造に関する検討に比べ、スフィンゴミエリナーゼを用いた実用的なセラミドの製造に関する報告はない。また、酵素反応溶液中への有機溶媒の添加が、いつも活性化向上につながることはなく、逆に阻害することもある。さらに、一般に、酵素溶解液中へのエタノールなどの極性有機溶媒の添加は酵素を沈殿させ、反応液中の酵素活性を減少させることが知られている。よって、今回見出した、スフィンゴミエリナーゼ反応液に極性有機溶媒のみを高濃度添加することで、酵素の活性や選択性が向上することは、全く予想外である。
【特許文献1】特開2002−253225号公報
【特許文献2】特開平8−294395号公報
【特許文献3】特開平7−265089号公報
【非特許文献1】E.L. KrugおよびC. Kent, Archives of Biochemistry and Biophysics, 231(2), 400-410, 1984
【非特許文献2】L. Zhangら, J. Biotechnology, 123, 93-105, 2006
【非特許文献3】Y. Wuら, Biochemistry, 36, 8514-8521, 1997
【非特許文献4】S. Sonokiら, J. Biochem., 80, 361-366, 1976
【非特許文献5】W. Tsuzukiら, Biosci. Biotechnol. Biochem., 67(8), 1660-1666, 2003
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0016】
上述したように、従来の酵素的なセラミド合成では、界面活性剤のような添加物の使用または副産物の産生のために、精製に多くの手間および技術的な熟練を要し、決して効率的とはいえなかった。また、ジエチルエーテルのような非極性有機溶媒を使用することから、爆発の危険性もあった。
【0017】
よって、本発明の目的は、選択的に、効率良くかつ安全にセラミドを製造する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0018】
本発明者らは、水と混和する極性有機溶媒を含む単層系反応液中でスフィンゴミエリナーゼを作用させることにより、該酵素の活性を向上させ、かつ混在するホスファチジルコリンには作用せず、選択的にスフィンゴミエリンからセラミドを生成できることを見出した。
【0019】
本発明は、セラミドの製造方法を提供する。この方法は、
スフィンゴミエリンを含む水系溶液中で、水と混和する極性有機溶媒の存在下でスフィンゴミエリナーゼを作用させて、セラミドを生成する工程;および
上記生成されたセラミドを回収する工程
を含む。
【0020】
1つの実施態様では、上記水系溶液はホスファチジルコリンをさらに含む。
【発明の効果】
【0021】
本発明の方法によれば、スフィンゴミエリンをセラミドに変換するスフィンゴミエリナーゼの活性を上昇させることができる。さらに、混在するホスファチジルコリンを基質とせず、選択的にスフィンゴミエリンからセラミドを生成し得る。
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
本発明の方法によれば、スフィンゴミエリンを含む水系溶液にて、水と混和する極性有機溶媒の存在下でスフィンゴミエリナーゼを作用させることにより、セラミドが生成される。
【0023】
スフィンゴミエリナーゼは、特にその由来は限定されない。微生物に由来する酵素が好ましく用いられ、該酵素を産生するいずれの微生物に由来するスフィンゴミエリナーゼもが用いられ得る。例えば、ストレプトマイセス属(Streptomyces)のスフィンゴミエリナーゼ、スタフィロコッカス属(Staphylococcus)由来のスフィンゴミエリナーゼ、バチラス属(Bacillus)由来のスフィンゴミエリナーゼなどが挙げられる。ストレプトマイセス属由来スフィンゴミエリナーゼには、例えば、後述するストレプトマイセス・ハチジョウエンシス(Streptomyces hachijoensis)(これは、ストレプトマイセス・シンナモネウス(Streptomyces cinnamoneus)ともいう)由来、およびストレプトマイセス・グリゼウス(Streptomyces griseus)由来のスフィンゴミエリナーゼが含まれる。スタフィロコッカス属由来のスフィンゴミエリナーゼには、スタフィロコッカス・アウレウス(Staphylococcus aureus)に由来するスフィンゴミエリナーゼが含まれる。バチラス属(Bacillus)由来のスフィンゴミエリナーゼには、バチラス・セレウスに由来するスフィンゴミエリナーゼが含まれる。
【0024】
スフィンゴミエリナーゼは、該酵素を産生する微生物から単離された酵素であってもよく、あるいはスフィンゴミエリナーゼをコードする遺伝子を任意の宿主に導入して発現させて得られる組換え酵素であってもよい。スフィンゴミエリナーゼは精製されたものが望ましいが、許容範囲内で酵素培養液などの粗酵素抽出物を使用してもよい。市販のスフィンゴミエリナーゼ試薬もまた使用可能である。
【0025】
本発明の方法に用いられるスフィンゴミエリンの由来は限定されない。スフィンゴミエリンをより多く含む原料に由来することが好ましい。例えば、牛脳、牛乳、鶏卵、イカ、魚、または動物の赤血球から製造されたスフィンゴミエリン調製品、あるいは合成により製造されたスフィンゴミエリン調製品が挙げられる。
【0026】
スフィンゴミエリン調製品は、上述したような原料からまたは合成により、当業者が通常用いる方法によって調製してもよく、あるいは市販品を用いてもよい。本発明の方法に用いられるスフィンゴミエリンの純度もまた限定されない。スフィンゴミエリン調製品には、他のリン脂質、特にホスファチジルコリンが混入していてもよい。ホスファチジルコリンが混入している場合、スフィンゴミエリンとホスファチジルコリンとの含有比は種々であり得る。スフィンゴミエリン量に対してホスファチジルコリン量が大きく上回るものであってもよい。スフィンゴミエリンの含有量が50質量%以下であっても、10質量%以下であってもよい。
【0027】
市販のホスファチジルコリン調製品に含まれているスフィンゴミエリンもまた、本発明の方法において用いられ得る。
【0028】
スフィンゴミエリナーゼによる酵素反応は、水系溶液中で単層系にて行われ得る。水系溶液の調製のための溶媒(例えば、緩衝液)および添加塩類ならびにそれらの量は、用いるスフィンゴミエリナーゼに依存して、反応条件を考慮して当業者が容易に決定し得る。
【0029】
水と混和する極性有機溶媒としては、メタノール、エタノール、イソプロパノールなどのアルコール類、アセトンなどのケトン類、テトラヒドロフラン(THF)やジオキサンなどのエーテル類、アセトニトリル、およびジメチルスルホキシド(DMSO)が挙げられる。好ましくは、エタノール、メタノール、イソプロパノールなどのアルコール類、アセトンなどのケトン類、テトラヒドロフランやジオキサンなどのエーテル類である。エタノールは食品および食品添加物であることから、安全であり、当該方法においてもエタノールの使用が望ましい。
【0030】
極性有機溶媒は、セラミドの製造のための出発物質(例えば、上述したスフィンゴミエリン調製品またはホスファチジルコリン調製品)を含む水系溶液と混和される。この混和は、出発物質またはスフィンゴミエリナーゼを添加する前でも後でもよい。
【0031】
スフィンゴミエリナーゼによる酵素反応のための水系溶液に含まれる極性有機溶媒の濃度は、使用する極性有機溶媒およびスフィンゴミエリナーゼの種類、基質であるスフィンゴミエリン濃度などに依存するが、好ましくは20%以上、より好ましくは25%を超える濃度で、より好ましくは30%以上、さらに好ましくは40%以上であり、好ましくは多くとも80%、より好ましくは多くとも70%である。さらに好ましくは多くとも60%である。なお、極性有機溶媒の濃度の%は、v/vで表される。
【0032】
本発明の反応条件も特に限定されないが、用いるスフィンゴミエリナーゼの至適条件(pH、温度など)で反応を行うことにより、さらに効率よくセラミドを製造することができる。通常、pHは5〜13であり、温度は、20℃〜60℃である。
【0033】
反応時間も特に限定するものではなく、用いられる基質の種類、量、使用する酵素量に応じて反応時間を選択することができる。
【0034】
スフィンゴエミリナーゼによる酵素反応からのセラミド製造の確認は、薄層クロマトグラフィー(TLC)、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)などの分析によって行うことができる。
【0035】
製造されたセラミドは、反応液から極性有機溶媒を除去することなく、反応液から回収できる。例えば、反応液をカラムクロマトグラフィーに供することで、セラミドの分離分画が可能である。反応液から極性有機溶媒を除去する場合は、減圧濃縮や蒸留を使用してもよい。
【0036】
本発明の方法によれば、スフィンゴミエリンとホスファチジルコリンのような他のリン脂質とが混在する場合であっても、スフィンゴミエリナーゼがスフィンゴミエリンに選択的に作用してセラミドを生成し、一方、ホスファチジルコリンのような他のリン脂質は残存したままであり得る。スフィンゴミエリンおよびホスファチジルコリンは、類似の挙動を示すので分離が困難であり、さらにそれらのそれぞれの変換物であるセラミドおよびジアシルグリセロールも、類似の挙動を示すので分離が困難である。よって、スフィンゴミエリンのみを変換することで、生産されるセラミドは、ホスファチジルコリンのような他のリン脂質との分離が容易になる。
【0037】
以下の実施例により、本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【実施例】
【0038】
(実施例1:酵素液の調製)
本実施例では、ストレプトマイセス・グリゼウス、ストレプトマイセス・ハチジョウエンシス、バチラス・セレウス、およびスタフィロコッカス・アウレウスに由来するスフィンゴミエリナーゼを使用した(それぞれ順に、SGSMase、SHSMase、BCSMase、およびSASMaseともいう)。ストレプトマイセス・グリゼウス由来およびストレプトマイセス・ハチジョウエンシス由来のスフィンゴミエリナーゼ(SGSMaseおよびSHSMase)の酵素液は以下のようにして調製した。バチラス・セレウス由来およびスタフィロコッカス・アウレウス由来のスフィンゴミエリナーゼ(BCSMaseおよびSASMase)は共にSIGMA社から購入した。
【0039】
<ストレプトマイセス・グリゼウス由来スフィンゴミエリナーゼ(SGSMase)酵素液の調製>
基本操作は、Practical Streptomyces Genetics(The John Innes Foundation)を基に実施した。既存のスフィンゴミエリナーゼのアミノ酸配列情報を基に相同性の高い領域を選択し、縮退PCR用のプライマーセット(配列番号1および配列番号2)を調製した。この縮退PCR用プライマーセットを用いて、ストレプトマイセス・グリゼウスNBRC13350株染色体DNAを鋳型としてPCRを行った。PCRの反応液組成は以下のとおりである。鋳型染色体DNA 890ng、10×PCR Buffer for KOD-plus- 25μl、プライマー 各300nM、dNTP混合物 各0.2mM、MgSO4 1mM、DMSO 5%、およびKOD-plus-DNA Polymerase 1.0ユニットに、蒸留水を全量250μlとなるように添加した。PCR反応条件は次のとおりである。ステップ1;94℃、2分;ステップ2;94℃、15秒;ステップ3;68℃、1分;ステップ2からステップ3を30サイクル繰り返す;ステップ4;68℃、2分。このPCRにより0.5kbの特異的な増幅産物が得られた。増幅産物の配列決定を行い、この配列情報を基にインバースPCR用プライマーセット1(配列番号3および配列番号4)およびセット2(配列番号5および配列番号6)を調製した。ストレプトマイセス・グリゼウスNBRC13350株染色体DNAをSmaIとAluIとでそれぞれ切断し、得られた断片をそれぞれセルフライゲーションした。SmaI切断セルフライゲーション産物を鋳型とし、インバースPCR用プライマーセット1を用いてPCRを行い、1.5kbの増幅断片を得た(PCRの反応液組成および条件は上記と同様である)。同様にAluI切断セルフライゲーション産物を鋳型とし、インバースPCR用プライマーセット2を用いてPCRを行い、1kbの増幅断片を得た(PCRの反応液組成および条件は上記と同様である)。得られた2種の増幅断片の塩基配列決定を行い、ストレプトマイセス・グリゼウスNBRC13350株由来スフィンゴミエリナーゼの全長の塩基配列を得た。
【0040】
得られた配列情報を基に、発現用PCRプライマーセット(配列番号7および配列番号8)を調製し、ストレプトマイセス・グリゼウスNBRC13350株染色体DNAを鋳型としてPCRを行った。PCRの反応液組成は上記と同様である。PCR反応条件は次のとおりである。ステップ1;98℃、2分;ステップ2;98℃、15秒;ステップ3;56℃、30秒;ステップ4;68℃、1.5分;ステップ2からステップ4を30サイクル繰り返す;ステップ5;68℃、2分。このPCRにより1.4kbの特異的な増幅産物が得られた。得られた発現用スフィンゴミエリナーゼ遺伝子断片をBglII処理し、放線菌プラスミドpIJ702(ATCC35287、American Type Culture Collectionより入手)のBglII部位に挿入して、組換えプラスミドpIJ702-SGSMaseを得た。得られた組換えプラスミドpIJ702-SGSMaseを用いて、「PRACTICAL STREPTOMYCES GENETICS(Kieserら、John Innes Foundation、2000年)」に記載の方法に従い、放線菌ストレプトマイセス・リビダンス1326株(Streptomyces lividans 1326株)を形質転換した。
【0041】
得られた形質転換株を、1.5%w/vグルコースを含むトリプチカーゼソイブロス(Trypticase Soy Broth;TSB)培地にて培養し、培養液をろ過して培養酵素液を得た。培養酵素液に、硫酸アンモニウムを最終濃度60%w/vになるように添加後、遠心分離にて硫安沈殿物を得た。この硫安沈殿物を20mmol/Lトリス緩衝液(pH7.5)に溶解し、SGSMase酵素液を得た。
【0042】
<ストレプトマイセス・ハチジョウエンシス由来スフィンゴミエリナーゼ(SHSMase)酵素液の調製>
PCRのために、ストレプトマイセス・ハチジョウエンシス由来スフィンゴミエリナーゼの遺伝子配列情報に基づいて、構造遺伝子の上流域配列にBglII部位を付加したセンスプライマー(配列番号9)、および該構造遺伝子の下流域配列にBglII部位を付加したアンチセンスプライマー(配列番号10)を設計した。次いで、これらのプライマーを用いて、ストレプトマイセス・ハチジョウエンシスNBRC12782の染色体DNAを鋳型としてPCRを行った。PCRの反応液組成は次のとおりである。鋳型染色体DNA 168ng、10×PCR Buffer for KOD-plus- 5μl、プライマー 各300nM、dNTP混合物 各0.2mM、MgSO4 1mM、DMSO 5%、およびKOD-plus-DNA Polymerase 1.0ユニットに、蒸留水を全量50μlとなるように添加した。PCR反応条件は次のとおりである。ステップ1;94℃、2分;ステップ2;94℃、15秒;ステップ3;68℃、1分;ステップ2からステップ3を30サイクル繰り返す;ステップ4;68℃、2分。このPCRにより約1200bpの特異的な増幅産物が得られた。
【0043】
この増幅された断片をBglIIで消化し、放線菌プラスミドpIJ702(ATCC35287、American Type Culture Collectionより入手)のBglII部位に挿入して、組換えプラスミドpIJ702-SHSMaseを得た。この組換えプラスミドpIJ702-SHSMaseを用いて、「PRACTICAL STREPTOMYCES GENETICS(Kieserら、John Innes Foundation、2000年)」に記載の方法に従い、放線菌ストレプトマイセス・リビダンス1326株を形質転換した。
【0044】
得られた形質転換株から、上記ストレプトマイセス・グリセウス由来スフィンゴミエリナーゼ酵素液の調製と同様の手順でSHSMase酵素液を調製した。
【0045】
(実施例2:エタノールの存在下でのスフィンゴミエリナーゼ酵素の活性化)
ストレプトマイセス・グリゼウス由来およびストレプトマイセス・ハチジョウエンシス由来スフィンゴミエリナーゼ(SGSMaseおよびSHSMase)を用いる反応のために、グリシン緩衝液(pH10)およびMgCl2をそれぞれ最終濃度20mmol/L、1mmol/Lで含有する水系溶液を調製した。バチラス・セレウス由来およびスタフィロコッカス・アウレウス由来スフィンゴミエリナーゼ(BCSMaseおよびSASMase)を用いる反応の場合、グリシン緩衝液(pH10)の代わりにトリス緩衝液(pH7.5)を用いた。この水系溶液に、牛乳由来スフィンゴミエリン(Avanti Polar Lipids社)を最終濃度10mg/mLとなるように含有させた。この水系溶液は、エタノールを10%、20%、30%、40%、50%または60%(%はv/vである)の最終濃度でさらに含有するように調製した。
【0046】
上記のように調製したスフィンゴミエリンを含有する水系溶液200μLにスフィンゴミエリナーゼ0.05unitを添加し、37℃にて200rpmで10分間反応させた。200mmol/L EDTA 5μLを添加し、反応を停止させた。
【0047】
上記スフィンゴミエリナーゼ反応液の2μLを、50mmol/Lグリシン緩衝液(pH9.6)、2mmol/L MgCl2および1unit/mL 牛腸由来アルカリホスファターゼからなるホスファターゼ反応液18μLに添加し、37℃にて100rpmで30分間反応させた。反応後、BIOMOL GREEN試薬(BIOMOL international社)を180μL添加し、室温にて20分間緩やかに攪拌しながら発色させた。発色後、吸光度620nmにて遊離リン酸を測定した。エタノールを含有する反応液における酵素活性を、エタノールを含まない(無添加)の反応液による発色を100として相対的に示すように算出した。結果を図1に示す。
【0048】
図1は、種々の濃度でエタノールを含有する反応液における各種スフィンゴミエリナーゼの活性を、エタノール非含有(無添加)を100として相対的に示している。図中、菱形はストレプトマイセス・グリセウス由来(SGSMase)、四角はストレプトマイセス・ハチジョウエンシス由来(SHSMase)、三角はバチラス・セレウス由来(BCSMase)、および丸はスタフィロコッカス・アウレウス由来(SASMase)のスフィンゴミエリナーゼの活性を表す。いずれのスフィンゴミエリナーゼにおいても、エタノール含量の増加につれて酵素活性の上昇が見られた。特に、30%v/v以上の濃度の場合に顕著であり、無添加の場合の150〜200%もの活性が見られた。
【0049】
(実施例3:有機溶媒の存在下でのスフィンゴミエリナーゼ酵素の活性化)
エタノールの代わりに、以下に示す有機溶媒を含有するように水系溶液を調製したこと以外は、実施例2と同様にして、反応液におけるスフィンゴミエリナーゼの活性を調べた。用いた有機溶媒およびその最終濃度は以下の通りである(%はv/vである):メタノール40%;イソプロパノール40%;テトラヒドロフラン(THF)40%;アセトン40%;またはジメチルスルホキシド(DMSO)40%。比較のために、有機溶媒の代わりに界面活性剤Triton X-100を用いた反応も行った(反応液中のTriton X-100の濃度は0.1%w/v)。
【0050】
【表1】

【0051】
表1は、上記有機溶媒を含有する反応液における各種スフィンゴミエリナーゼ(SGSMase、SHSMase、BCSMase、およびSASMase)の酵素活性を示す。40%の有機溶媒を含有する反応液では、用いた酵素により若干の差はあるが、有機溶媒を含まない(無添加)場合とほぼ同等の活性を示し、150%を上回る(400%近くのものさえある)酵素活性もさらに見られた。なお、界面活性剤であるTriton X-100の存在下では、酵素の活性は上昇していた。
【0052】
(実施例4:有機溶媒の存在下でのスフィンゴミエリンからのセラミドへの変換率)
上記実施例2と同様の緩衝液および塩類の組成を有する水系溶液に、卵黄由来ホスファチジルコリン(ナカライテスク社;スフィンゴミエリンを1.5質量%含む)を最終濃度10mg/mLとなるように含有させた。これにより、この水系溶液にスフィンゴミエリンは0.15mg/mL含まれると概算される。この水系溶液は、有機溶媒または界面活性剤を以下の表に示したとおりの最終濃度でさらに含有するように調製した。
【0053】
このように調製した水系溶液を200μLずつ分注し、各種スフィンゴミエリナーゼ0.2unitを添加し、37℃にて200rpmで反応させた。30分反応後、反応液を20μL取り、クロロホルム:メタノール=2:1(v/v)からなる反応停止液1mLに添加した。14,000rpmで5分間遠心分離後、上清10μLをHPLCに供し、スフィンゴミエリンの積分値を算出した。HPLC分析は、カラム;Unisil Q NH2 5μM 4.6mm×250mm、溶媒;アセトニトリル:メタノール:10mmol/L リン酸アンモニウム=1856:874:270、温度;37℃、流速;1.3mL/分、検出;UV205nmで測定した。セラミド変換率は、{(100−反応後のスフィンゴミエリン積分値)/初期スフィンゴミエリン積分値}×100で算出した。
【0054】
これらの結果を酵素毎にそれぞれ以下の表2から表5に示す。
【0055】
【表2】

【0056】
【表3】

【0057】
【表4】

【0058】
【表5】

【0059】
表2はSGSMase、表3はSHSMase、表4はBCSMase、および表5はSASMaseを用いた場合のスフィンゴミエリンからのセラミド生成率を示す。これらの表に示されるように、スフィンゴミエリナーゼの選択的基質ではないホスファチジルコリンが多く、基質であるスフィンゴミエリンが非常に少ない場合でも、有機溶媒の存在により、スフィンゴミエリンからのセラミドの生成率は向上した。一方、界面活性剤の存在下では、セラミドの変換率の上昇はあまり見られなかった。
【0060】
(実施例5:エタノールの存在下でのスフィンゴミエリナーゼ選択性向上)
20mmol/Lトリス緩衝液pH8.5および1mmol/L MgCl2を含有する水系溶液に、卵黄由来ホスファチジルコリン(ナカライテスク社;スフィンゴミエリンを1.5質量%含む)を最終濃度10mg/mLで含有させた(これにより、スフィンゴミエリンは約0.15mg/mL含まれることとなる)。この水系溶液は、エタノールを40%(v/v)、または、Triton X-100を0.1%(w/v)または1%(w/v)でさらに含有するように調製した。
【0061】
このように調製した水系溶液を200μLずつ分注し、ストレプトマイセス・グリゼウス由来スフィンゴミエリナーゼ(SGSMase)0.2unitを添加し、37℃にて100rpmで60分間反応させた。250mmol/L EDTA 10μLを添加し、反応を停止させた。クロロホルム:メタノール=2:1(v/v)を200μL添加し、攪拌した後に遠心分離し、有機溶媒層10μLをHPLCに供した。スフィンゴミエリンからのセラミド生成率およびホスファチジルコリン残存率を求めた。ホスファチジルコリンおよびスフィンゴミエリンの積分値を、上記実施例4に示した条件でHPLC分析にて算出した。セラミド生成率は、{(100−反応後のスフィンゴミエリン積分値)/初期スフィンゴミエリン積分値}×100、そしてホスファチジルコリン残存率は、(反応後ホスファチジルコリン積分値/初期ホスファチジルコリン積分値)×100で算出した。
【0062】
【表6】

【0063】
表6は、60分間反応後の反応液中のセラミド生成率およびホスファチジルコリン残存率を示す。エタノールも界面活性剤も含有しない(無添加)反応液では、ホスファチジルコリン残存率は高かったが、セラミド生成率が低かった。界面活性剤については、1%w/v濃度でTriton X-100を含有する反応液で、セラミド生成率は高まったが、ホスファチジルコリンの分解も観察された。これらに対して、エタノールを含有する反応液では、セラミド生成率は高く、そしてホスファチジルコリンの分解はほとんど見られなかった。このように、エタノールの存在下では、スフィンゴミエリナーゼがホスファチジルコリンを基質とすることなくスフィンゴミエリンのみを基質とすることが分かった。
【0064】
(実施例6:エタノールの存在下でのスフィンゴミエリナーゼにより製造されたセラミドの測定)
卵黄由来ホスファチジルコリン300mg(ナカライテスク社;スフィンゴミエリンを約4.5mg含む)を800μLのエタノールに溶解し、さらに、40mmol/Lグリシン緩衝液(pH10)および2mmol/L MgCl2からなる反応緩衝液1mLに溶解した。ストレプトマイセス・グリゼウス由来スフィンゴミエリナーゼ(SGSMase)を0.6unit添加した。一定時間毎に酵素反応液を20μL抜き取り、クロロホルム:メタノール=2:1(v/v)200μLおよび5mmol/L EDTA 100μLからなる反応停止液300μLに添加した。攪拌後、遠心分離にて有機溶媒層を水層から分離した後、有機溶媒層10μLをHPLC分析に供した。スフィンゴミエリンのHPLC分析は上記実施例4に示した条件で実施した。セラミドのHPLC分析は、カラム;Lichrospher 100 Diol 5μM 4mm×150mm、溶媒A;ヘキサン:イソプロパノール:酢酸:トリエチルアミン=780:30:12.5:0.665、溶媒B;イソプロパノール:蒸留水:酢酸:トリエチルアミン=695:117:12.5:0.665、グラジエント(A%);100%(0〜2分)60%(10分)、流速;1mL/分、温度:55℃、検出:蒸発光散乱検出(ELSD)で測定した。
【0065】
図2は、エタノールを含有するスフィンゴミエリナーゼ反応液におけるスフィンゴミエリンおよびセラミドの量の経時変化を示す。図2中、四角はスフィンゴミエリン(SM)、そして三角はセラミドの酵素反応液中の量を積分値にて示す。図2に示されるように、エタノールを含有する酵素反応液では、スフィンゴミエリンは反応の経過につれて減少し、対照的にセラミドは増大していた。このことから、エタノールの存在下では、スフィンゴミエリナーゼは、スフィンゴミエリンと反応してセラミドを生成することが分かった。
【産業上の利用可能性】
【0066】
本発明の方法によれば、スフィンゴミエリナーゼが、スフィンゴミエリンをセラミドに変換する活性を向上させ得、セラミドの製造効率を上昇させ得る。さらに、本発明の方法によれば、スフィンゴミエリナーゼが、スフィンゴミエリンと混在し得るホスファチジルコリンを基質として用いず、選択的にスフィンゴミエリンを基質としてセラミドを生成し得るので、低純度のスフィンゴミエリンを用いても、セラミドを効率的に製造することができる。したがって、工業レベルでの製造においても、セラミドの回収および精製のための労力を抑え、そして安価な原料を用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0067】
【図1】種々の濃度でエタノールを含有する反応液における各種スフィンゴミエリナーゼの活性を、無添加(エタノール非含有)を100として相対的に示すグラフである。
【図2】エタノールを含有するスフィンゴミエリナーゼ反応液におけるスフィンゴミエリンおよびセラミドの量の経時変化を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
セラミドの製造方法であって、
スフィンゴミエリンを含む水系溶液中で、水と混和する極性有機溶媒の存在下でスフィンゴミエリナーゼを作用させて、セラミドを生成する工程;および
該生成されたセラミドを回収する工程
を含む、方法。
【請求項2】
前記水系溶液がホスファチジルコリンをさらに含む、請求項1に記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2009−22220(P2009−22220A)
【公開日】平成21年2月5日(2009.2.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−189287(P2007−189287)
【出願日】平成19年7月20日(2007.7.20)
【出願人】(000214250)ナガセケムテックス株式会社 (173)
【Fターム(参考)】