説明

セルスタックの触媒増加処理方法及び燃料電池

【課題】電極の触媒層の触媒活性物質を増加させるセルスタックの触媒増加処理方法、及び触媒活性物質の増量可能なセルスタックを有する燃料電池を提供する。
【解決手段】イオン伝導性物質と、電子伝導性物質と、触媒活性物質を含む触媒層と、ガス拡散層とを有し、上記触媒層を対向させた一対の電極と、この一対の電極の間に介在させた電解質膜と、上記電極のイオン拡散層にガスを供給する流路を備えたセパレータとを有するセルを複数積層したセルスタックの触媒増加処理方法であって、触媒活性物質の前駆体を含む電解液を上記セパレータの流路に流入する流入工程と、上記流路から電解液が供給される電極を陰分極する分極工程と、上記セパレータの流路から上記電解液を排出する排出工程とを含む。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、燃料電池の発電部となるセルスタックの触媒活性物質の増加処理方法、及びこの触媒増加処理方法により、触媒活性物質の増量可能なセルスタックを備えた燃料電池に関する。
【背景技術】
【0002】
燃料電池、例えば高分子電解質型燃料電池等のプロトン伝導性の燃料電池は、ナフィオン(NAFION(登録商標)、デュポン社製)等の高分子固体電解質膜の一方の面に燃料極を設け、他方の面に空気極を設けて膜電極接合体膜(MEA;Membrane Electrode Assembly)を構成し、この膜電極接合体を一対のセパレータで狭持した構成を有している。燃料極又は空気極を構成する電極は、電解質膜に接する触媒層と、ガス拡散層とを有している。燃料電池の発電部となる単一のセルは、この膜電極接合体とセパレータとで構成されている。通常、燃料電池は、単一のセルでは起電力が小さいので、複数のセルを積層させたセルスタック構造を有している。
【0003】
燃料電池において、水素等の燃料ガスが燃料極に供給され、酸素等の酸化剤ガスが空気極に供給されると、燃料極側で次式(1)の反応が起こり、空気極側で次式(2)の反応が起こる。燃料電池は、燃料極で発生した水素イオン(プロトン)が電解質膜を通じて空気極に移動し、空気極で水を生成するという電気化学反応を利用して、電気エネルギーを発生させる。
燃料極:H→2H+2e ・・・(1)
空気極:4H+4e+1/2O→HO ・・・(2)
【0004】
このような電気化学反応は、プロトン(H)及び電子(e)の授受が同時に行われる、触媒、ガス、電解質の三相界面で進行する。
高効率で電気エネルギーを得るためには、反応物質となるガスを効率良く触媒粒子に接触させ、触媒粒子上の電気化学反応によって得られたイオン及び電子を効率良く伝達することができる構成であることが好ましい。
【0005】
効率よく電気エネルギーを得るための電極の製造方法として、例えばイオン伝導性物質と、電子伝導性物質と、触媒活物質の前駆体(例えばPt塩)とを含む混合物(ペースト)をイオン拡散層に塗布して電極前駆体を形成し、この電極前駆体を陰分極することによって、電子伝導性物質上に触媒活性物質を電解析出させる方法が提案されている(特許文献1)。
この製造方法によれば、触媒活性物質は、電子伝導性物質とイオン伝導性物質の界面に析出される。反応物質となるガスは、電子伝導性物質とイオン伝導性物質との間の気孔を通じて、これらの界面の触媒活性物質に供給され、この触媒活性物質上で電気化学反応が進行する。そのため、電気化学反応で得られたプロトンは、イオン伝導性物質を通じて効率良く伝達され、一方、電子は、電子伝導性物質を通じて効率良く電気エネルギーとして取り出される。
【特許文献1】特開2001−118583号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、上記特許文献1の製造方法は、セルスタックを形成する前の電極(セル)の製造時に用いられる方法であり、この方法によって得られた電極を用いて燃料電池のセルスタックを形成した場合でも、燃料電池の長時間の作動により、触媒活性物質の粒子が凝集する。この触媒粒子の凝集によって、電気化学反応に実質的に関与する触媒の量が低減し、燃料電池の寿命特性(長期安定性)が低下する。
【0007】
このような触媒粒子の凝集が生じたセルスタックの性能を回復させる方法は、未だ提案されていない。触媒粒子の凝集が生じたセルスタックであっても、他の部位の性能は使用ができなくなるほど低下しておらず、使用を継続できる場合も多い。そのため、触媒の再生が可能であれば、組み立てられたセルスタックを壊すことなく長期間に亘り使用することができ、資源を有効に活用することができる。
【0008】
本発明は、このような従来技術の有する課題に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、電極の触媒活性物質を増加させるセルスタックの触媒増加処理方法、及び触媒活性物質の増量可能なセルスタックを有する燃料電池を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記目的を達成すべく鋭意検討を重ねた結果、セルスタックを構成するセパレータの流路に、触媒活性物質の前駆体を含む電解液を流入し、電極を陰分極させることによって、触媒活性物質を増加させることができ、上記目的を達成し得ることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0010】
即ち、本発明は、イオン伝導性物質と、電子伝導性物質と、触媒活性物質とを含む触媒層及びガス拡散層を有し、上記触媒層を対向させた一対の電極と、この一対の電極の間に介在させた電解質膜と、上記各電極のイオン拡散層にガスを供給する流路を備えた一対のセパレータとを有するセルを複数積層したセルスタックの触媒増加処理方法であって、触媒活性物質の前駆体を含む電解液を上記セパレータの流路に流入する流入工程と、上記流路から触媒活性物質の前駆体を含む電解液が供給される電極を陰分極する分極工程と、上記セパレータの流路から上記電解液を排出する排出工程とを含む。
【0011】
また、本発明は、上記触媒増加処理方法により、触媒活性物質の増量可能なセルスタックを備えた燃料電池である。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、組み立てられたセルスタックを壊すことなく、電極の触媒活性物質を増加させることができ、セルスタックを長期間、安定して使用することの可能なセルスタックの触媒増加処理方法、及びこのようなセルスタックを有する燃料電池を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下、本発明のセルスタックの触媒増加処理方法、及び触媒活性物質の増量可能なセルスタックを有する燃料電池について詳細に説明する。
図1は、本発明の触媒増加処理方法により、触媒活性物質の増加処理が可能なセルスタックを構成する単セルの概略構成を示す断面図(a)及び触媒層の一部拡大図(b)である。
図1に示すように、本例の単セル1は、電解質膜2の両面に空気極(カソード)と燃料極(アノード)となる一対の電極3,4を備え、これらの電解質膜2と一対の電極3,4とで膜電極接合体(MEA)5を構成し、この膜電極接合体5を一対のセパレータ10,11で狭持した構成を有している。
電極3は、触媒層6とイオン拡散層7とを備え、電極4も同様に、触媒層8とイオン拡散層9を備え、電極3,4の触媒層6,8同士が、電解質膜2を挟んで対面するように配置されている。
電極3のイオン拡散層7と、電極4のイオン拡散層9には、セパレータ10,11の流路10a,11aからガスが供給される。
【0014】
図1(b)に示すように、電極3の触媒層6は、イオン伝導性物質6aと、電子伝導性物質6bと、触媒活性物質6cとを含むものである。なお、電極4の触媒層8も、電極3の触媒層6と同様の構成を有している。
イオン伝導性物質6aは、プロトン伝導性を有するバインダ(ないしアイオノマ)として用いられるものである。そのため、イオン伝導性物質は、電子伝導性物質6b及び触媒活性物質6cの周囲に配置されている。
イオン伝導性物質6a、電子伝導性物質6b及び触媒活性物質6cについては、後述する。
【0015】
セルスタックは、単セルが複数積層された構成を有している(図示略)。
セルスタックは、複数の単セルを積層した両端部に、図示を省略したエンドフランジ等が配置され、このエンドフランジの外周部を締結ボルト等により締結した構成となっている。また、セルスタックには、図示を省略したが、エンドフランジの他に水素供給ラインや、空気供給ライン等が設けられている。
【0016】
次に、図1に示すような単一のセルを複数積層したセルスタックについて、本発明の触媒増加処理方法の好ましい実施形態の一例を図2に基づき説明する。
【0017】
<セルスタックの触媒増加処理方法>
図2に示すように、本例の触媒増加処理方法は、セルスタック12のセパレータ10の流路10aに、触媒活性物質の前駆体を含む電解液13を流入する流入工程と、上記流路10aから電解液13が供給される電極3を陰分極する分極工程と、上記セパレータ10の流路10aから電解液13を排出する排出工程とを含む。
【0018】
[前工程:イオン交換工程]
セパレータ10の流路10aに電解液13を流入する前に、該電解液13中に含まれる触媒活性物質の前駆体となるイオンよりもイオン化傾向の高いイオンを含有するように、電極3の触媒層6を構成するイオン伝導性物質6aの陽イオンのイオン交換を行うことが好ましい。
イオン伝導性物質の陽イオンが、触媒活性物質の前駆体中に含まれるイオンよりもイオン化傾向の高いイオンにイオン交換されることにより、触媒活性物質が電解析出し易くなる。
イオン交換する陽イオンとしては、触媒活性物質の前駆体中に含まれるイオン、白金(Pt)、パラジウム(Pd)、ルテニウム(Ru)、オスミニウム(Os)、イリジウム(Ir)、ロジウム(Rh)及び金(Au)から成る群より選ばれた少なくとも1種の貴金属イオンよりもイオン化傾向の高い、カリウム(K)やナトリウム(Na)等が挙げられる。
【0019】
[電解液の流入工程]
先ず、セパレータ10の流路10aに、触媒活性物質の前駆体を含む電解液13を流入する。例えば、図示を省略した電解液タンクからポンプ等を用いて、セパレータ10の流路10aに、触媒活性物質の前駆体を含む電解液13を流入することが好ましい。
【0020】
電解液13としては、電極3の触媒層6を構成するイオン伝導性物質6aと相溶性のないものを用いることが好ましい。
触媒層のイオン伝導性物質と相溶性のない電解液としては、例えば塩化水素水溶液、硝酸水溶液、硫酸水溶液等の酸性溶液や、イオン液体等が挙げられる。
【0021】
触媒層6のイオン伝導性物質6aとしてイオン液体を用い、触媒活性物質の前駆体を含む電解液13としてイオン液体を用いる場合に、互いに相溶性のない組み合わせとしては、
例えば、1-Ethyl-3-methyl-imidazolium hydrogensulfateと1-Ethyl-3-methyl imidazolium bis(trifluoromethanesulfonyl)imide のような組み合わせが考えられる。なお、アイオノマやゲルであるイオン伝導性物質や触媒活性物質の前駆体であるイオンを含む電解液としては、どのような種類のイオン液体でも用いることができる。
【0022】
触媒活性物質の前駆体としては、触媒層6に含まれる触媒活性物質と同様に、例えばPt、Pd、Ru、Os、Ir、Rh及びAuから成る群より選ばれた少なくとも1種の貴金属イオンを含むものであり、これらの貴金属の塩や錯体等の溶液が挙げられる。
触媒活性物質の前駆体として、具体的には、ヘキサクロロ白金(IV)酸六水和液、ジニトロジアンミン白金(II)硝酸溶液、ヘキサアンミン白金(IV)クロライド溶液、テトラアンミン白金(II)クロライド、テトラアンミン白金(II)水酸塩溶液、テトラキス(トリフェニルフォスフィン)白金(O)等が挙げられる。
【0023】
イオン伝導性物質や電解質膜にナフィオン(Nafion)等の酸性物質を含む場合には、流入工程において、セル1を構成する一対の電極3,4のうち、一方の電極3に接触するセパレータ10の流路10aには、触媒活性物質の前駆体を含む電解液13を流入し、他方の電極4に接触するセパレータ11の流路11aには、酸性の電解液14を流入することが好ましい。
酸性の電解液としては、例えば塩化水素水溶液、硝酸水溶液、硫酸水溶液等が挙げられる。
【0024】
このように、イオン伝導性物質や電解質膜に酸性物質を含むものを用いた場合には、一方の電極3に対極する電極4に、酸性の電解液13を流入させることにより、触媒層に含まれるイオン伝導性物質6aや電解質膜2を変性させないため、セルスタックの耐久性を劣化させることなく、触媒活性物質を増量させることができる。
【0025】
また、流入工程において、セル1を構成する一対の電極3,4のうち、一方の電極3に接触するセパレータ10の流路10aには、触媒活性物質の前駆体を含む電解液13を流入し、他方の電極4に接触するセパレータ11の流路11aには、触媒活性物質の前駆体を含まない電解液14を流入することが好ましい。触媒活性物質の前駆体を含まない電解液は、酸性の電解液であることがより好ましい。
一方の電極3に、触媒活性物質の前駆体を含む電解液13を流入し、他方の電極4に、触媒活性物質の前駆体を含まない電解液14を流入することにより、陰分極する際に、電解質膜2を通じて触媒活性物質の前駆体(例えばPtイオン等)の対極側への泳動を防止することができる。
【0026】
[分極工程]
次に、電極3を陰分極し、触媒活性物質の前駆体(例えばPtイオン等)を電極3の触媒層6中に電解析出させる。即ち、セルスタック12に外部の電源15から電位差をかけて、電極3に過電圧を加えることで、電解液13中の触媒活性物質の前駆体(例えばPtイオン等)が電子を受け取り触媒活性物質(Pt原子)6cとなって触媒層6中に析出し、触媒活性物質6cを増量することができる。
【0027】
図2に示すように、分極工程において、セパレータ10の流路10aから触媒活性物質の前駆体を含む電解液13が供給される電極3側では次式(3)の反応が起こり、触媒活性物質(Pt原子)6cが電極3の触媒層6中に析出する。一方、対極の電極4では次式(4)の反応が起こり、電子(e)が外部の電源15等を通じて電極3に供給される。なお、図2中、矢印は、セルスタック12中の電子(e)の授受の状態を示す。
電極3:Pt2++2e→Pt ・・・(3)
電極4:2HO→O+4H+4e ・・・(4)
【0028】
電極3を構成する触媒層6、イオン拡散層7及びセパレータ10等の比表面積の比率から、電解析出した触媒活性物質(例えばPt原子)6cのおよそ90%は、触媒層6に析出させることができる。
【0029】
[排出工程]
分極工程後に、セパレータ10,11の流路10a,11aから電解液13,14を排出することにより、電極3の触媒層中の触媒活性物質を増量させたセルスタック12を得ることができる。
なお、対極する電極4についても、触媒活性物質の前駆体を含む電解液13をセパレータ11の流路11aに流入し、電極4を陰分極して、触媒活性物質を電解析出することにより、電極3,4の両方の電極の触媒活性物質を増量させたセルスタックを得ることができる。
【0030】
[後工程:回収工程]
触媒活性物質の前駆体を含む電解液を排出した後に、セパレータ10の流路10aに触媒活性物質の前駆体を含まない電解液を流通し、この電解液中に、セルスタック中に残留する触媒活性物質の前駆体を溶解させて回収する工程を行うことが好ましい。
セルスタック中、例えばセパレータ10の流路10aや電極3のガス拡散層に触媒活性物質の前駆体、例えばPtイオン等が残留している場合、Ptイオン等を含まない電解液をセパレータ10の流路10aに流通させることによって、残留しているPtイオンが電解液中に濃度拡散する。この電解液を回収することによって、セパレータ10の流路10a等に残留する高価なPtイオン等の触媒活性物質の前駆体を回収して、資源を有効活用し、コストを低減することができる。
【0031】
回収工程においてセパレータ10の流路10aに流通させる電解液は、特に限定されないが、セルスタック中に残留しているPtイオン等が溶解し易い電解液、例えば水、酸性水溶液、イオン液体等を使用することができる。
【0032】
回収工程において、触媒活性物質の前駆体を含まない電解液を流動させる手段、例えばポンプ等を用いることが好ましい。
電解液を流動させる手段を用いることによって、常に電解液をセパレータ10の流路10aに流動させることができ、セルスタック中に残留する触媒活性物質の前駆体が電解液中に濃度拡散され易くなる。
【0033】
このように、本例のセルスタックの触媒増加処理方法によれば、組み立てられたセルスタックを壊すことなく、セルスタックに含まれる触媒活性物質を増加させることができ、セルスタックを長期間、安定して使用することの可能なセルスタックを得ることができる。
なお、本例のセルスタックの触媒増加処理方法によれば、既に燃料電池として作動したセルスタックのみならず、新たに製造されたセルスタックの電極中の触媒活性物質を増加させることも可能である。
【0034】
次に、本例の触媒増加処理方法を用いることが可能であるセルスタックについて詳細に説明する。なお、セルスタックは、下記に示す例に限定されるものではない。
【0035】
<セルスタック>
[電極の触媒層:イオン伝導性物質]
触媒層を構成するイオン伝導性物質は、電解液中に含まれる触媒活性物質の前駆体(例えばPtイオン等)を伝導するものであることが好ましい。
触媒層を構成するイオン伝導性物質が、触媒活性物質の前駆体となるイオンの伝導が可能であると、電極3,4間に電位差を与えて陰分極した際に、触媒活性物質の前駆体(例えばPtイオン等)を触媒活性物質(Pt原子)として電解析出させ易くなる。
【0036】
触媒層に用いるイオン伝導性物質は、特に限定されず、プロトン伝導性を有する公知のものを使用することができる。例えばフッ素系樹脂を用いて成るもの、炭化水素系樹脂を用いて成るもの、イオン液体やリン酸等の電解質成分を、四フッ化エチレン樹脂(PTFE)、ポリフッ化ビニリデン(PVDF)等から形成された多孔質状の薄膜に含浸したものや、後述するように、イオン液体を有機化合物に固定化したもの等を使用することができる。
【0037】
フッ素系樹脂の具体例としては、ナフィオン(登録商標、デュポン社製)、アシプレックス(登録商標、旭化成株式会社製)、フレミオン(登録商標、旭硝子株式会社製)等のパーフルオロカーボンスルホン酸系ポリマー、ポリトリフルオロスチレンスルホン酸系ポリマー、パーフルオロカーボンホスホン酸系ポリマー、トリフルオロスチレンスルホン酸系ポリマー、エチレンテトラフルオロエチレン−g−スチレンスルホン酸系ポリマー、エチレン−テトラフルオロエチレン共重合体、ポリテトラフルオロエチレン−g−ポリスチレンスルホン酸系ポリマー、ポリフッ化ビニリデン−g−ポリスチレンスルホン酸系ポリマー等が挙げられる。
【0038】
炭化水素樹脂の具体例としては、ポリサルホンスルホン酸系ポリマー、ポリエーテルエーテルケトンスルホン酸系ポリマー、ポリベンズイミダゾールアルキルスルホン酸系ポリマー、ポリベンズイミダゾールアルキルホスホン酸系ポリマー、架橋ポリスチレンスルホン酸系ポリマー、ポリエーテルサルホンスルホン酸系ポリマー等が挙げられる。
【0039】
イオン液体とは、イオン伝導性を有する低融点の塩であり、その多くは、カチオンとしての有機オニウムイオン、アニオンとしての有機、又は無機アニオンを組み合わせることにより得られる比較的低融点の特性を示すものをいう。
イオン液体は、分子性カチオンと分子性アニオンで構成される電解質であることが好ましい。
このようなイオン液体を構成するカチオン成分としては、例えばイミダゾリウム誘導体(Imidazolium Derivatives)、ピリジニウム誘導体(Pyridinium Derivatives)、ピロリジニウム誘導体(Pyrrolidinium Derivatives)、アンモニウム誘導体(Ammonium Derivatives)、ホスフォニウム誘導体(Phosphonium Derivatives)、グアニジニウム誘導体(Guanidinium Derivatives)、イソウロニウム誘導体(Isouronium Derivatives)、チオウレア誘導体(Thiourea Derivatives)等を挙げることができる。
【0040】
一方、アニオン成分としては、例えばスルフェート類(Sulfates)、スルホン酸類(Sulfonates)、アミド類(Amides)、イミド類(Imides)、メタン類(Methanes)、ホウ酸塩類(Borates)、リン酸塩類(Phosphates)、アンチモン類(Antimonates)、その他の塩類、等が挙げられる。
【0041】
なお、上述のカチオン成分やアニオン成分は、それぞれ単独で使用するばかりでなく、2種以上を適宜組み合わせて使用することもできる。
【0042】
イオン液体は、液状をなし、流動性を有しているため、そのままでは触媒層中のイオン伝導性物質としての位置を定めることができず、触媒層中を自由に移動して、ガスの通過間隙を塞ぎ込んでしまう場合もある。そのため、例えば以下に説明するような有機化合物によって所定の形状に固定化する場合もある。
なお、本明細書において「固定化」とは、物理ゲル、化学ゲル、イオン液体成分のポリマー化等により、イオン液体成分を含んだ固体物を形成することを意味する。
【0043】
イオン液体を固定化するのに用いる有機化合物の具体例として、例えば、ポリエチレンオキサイド、ポリプロピレンオキサイド、ポリアクリロニトリル、ポリメタクリル酸メチル、ポリフッ化ビニリデン等の重合体、あるいはアクリル酸系モノマー、メタクリル酸系モノマー、アクリルアミド系モノマー、アリル系モノマー、スチレン系モノマー、エポキシ系モノマー等のモノマーの重合体を用いることができる。
なお、これら有機化合物は、単独で用いることができるほか、2種以上を混合した状態や、共重合体として使用することができる。
【0044】
イオン液体を固定化するのに用いる上記の有機化合物は、種類によってその好適範囲がそれぞれ相違するものの、イオン液体1Lあたり概ね1〜500g程度の割合で添加することが望ましい。
【0045】
また、イオン液体を固定化するのに用いる有機化合物としては、水素結合等の分子間力の効果により、ナノサイズの繊維状会合体から形成される3次元網目構造を有する構造体を用いることもできる。3次元網目架橋構造体としては、例えばカラギーナン等の多糖類や、廃てんぷら油の固化剤として実用化されている1,2−ヒドロキシステアリン酸、trans−1,2−ジアミノシクロヘキサンのジアミド誘導体、L−イソロイシン誘導体やL−バリン誘導体といった分子化合物等を挙げることができる(更に詳細には、特開2007−335259号公報参照)。
【0046】
触媒層を構成するイオン伝導性物質として、イオン液体を用いた場合は、フッ素系樹脂等のポリマーを用いた場合と比べて、触媒増加処理方法において、電解液中に含まれる触媒活性物質の前駆体(例えばPtイオン等)のイオン伝導性物質中への溶解拡散量を多くすることができ、より触媒活性物質の電解析出の量を増量することができる。
【0047】
[電極の触媒層:電子伝導性物質]
電子伝導性物質6bは、触媒反応によって得られる電子を伝導し、触媒活性物質の担体としても機能する。
電子伝導性物質としては、例えばアセチレンブラック等のカーボンブラック、活性炭、コークス、天然黒鉛又は人造黒鉛等のグラファイト、メソカーボンマイクロビーズ、ガラス状炭素粉体、カーボンナノチューブ等が挙げられる。
【0048】
[電極の触媒層:触媒活性物質]
触媒活性物質としては、特に限定されず、公知の触媒活性物質を使用することができる。
触媒活性物質の具体例としては、白金(Pt)、ルテニウム(Ru)、イリジウム(Ir)、ロジウム(Rh)、パラジウム(Pd)、オスミニウム(Os)、タングステン(W)、鉛(Pb)、鉄(Fe)、クロム(Cr)、コバルト(Co)、ニッケル(Ni)、マンガン(Mn)、バナジウム(V)、モリブテン(Mo)、ガリウム(Ga)、アルミニウム(Al)等の金属、及びこれらの合金等が挙げられる。中でも、発電特性、耐久性、一酸化炭素等に対する耐被毒性及び耐熱性等の点から、Pt、Pt−Fe、Pt−Co、Pt−Ni、Pt−W、Pt−Ru等が好ましい。
【0049】
[電極の電解質膜]
電極の電解質膜は、電極の触媒層を構成するイオン伝導性物質と同様のものを使用することができる。イオン伝導性を向上させるためには、触媒層を構成するイオン伝導性物質と同一の材料を用いて電解質膜を構成することが望ましい。
【0050】
[電極のイオン拡散層]
電極のイオン拡散層は、水素や酸素等のガスや、水等を拡散性と、電子の伝導性を有する公知のものを使用することができる。
イオン拡散層としては、例えばカーボンペーパー、カーボンクロス、カーボン粉末をPTFE等の高分子バインダと共にシート状に成形したもの等が挙げられる。
【0051】
イオン拡散層は、触媒活性物質の前駆体を含む電解液をはじく撥液性の材料で構成され、若しくはイオン拡散層とセパレータとの間の少なくとも一部に、触媒活性物質の前駆体を含む電解液をはじく、撥液性の材料が塗布されていることが好ましい。
電極のイオン拡散層自体が撥液性の材料で構成され、若しくは、イオン拡散層とセパレータとの間に、触媒活性物質の前駆体を含む電解液をはじく撥液性の材料が設けられていると、触媒層以外の部位に触媒活性物質が付着するのを抑制することができる。
撥液性の材料としては、特に限定されないが、電解液が水溶液又は親水性のイオン液体である場合は、PTFE、FEP(フッ化エチレンプロピレン)等のフッ素樹脂を使用することができる。
【0052】
[セパレータ]
セパレータとしては、導電性を有し、耐腐食性、耐振動性等の性能を有する材料で形成された成形体を用いることが好ましい。このようなセパレータは、例えばグラファイト板や、カーボンブラックと樹脂とを含む複合材料から成る成形体、耐食性を向上させたステンレス鋼等の合金から成るものが挙げられる。
【0053】
電極の製造方法としては、イオン伝導性物質と、電子伝導性物質と、触媒活性物質の前駆体と、必要に応じてPTFE等のバインダを混合して触媒スラリーを形成し、この触媒スラリーをPTFEシート上に塗布して触媒層を形成する。この触媒層と、ガス拡散層となるカーボンペーパーを重ね合わせてホットプレス法より触媒層とガス拡散層とを接合させて電極を製造する。
次に、電解質膜を形成し、触媒層を対向させた一対の電極の間に電解質膜を挟んで、電解質膜と電極をホットプレス法等により接合させて、膜電極接合体(MEA)を製造する。
次に、膜電極接合体を一対のセパレータで挟持して、単一のセルを製造する。
セルスタックは、単セルを複数積層した両端にエンドフランジ等を設け、このエンドフランジの外周部をボルト等によって締結してセルスタックを製造する。
【実施例】
【0054】
以下、本発明を実施例により更に詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0055】
(実施例1)
市販のカスタムセルスタック(EFC−50−03−7−ST、東陽テクニカ社製、50cmPEFC7スタックセル(MEA:7枚、セパレータ:8枚)、フローパターン:ストレートチャネルフロー)を用いて、次のように触媒増加処理を行った。
触媒活性物質の前駆体を含む電解液として、5gのヘキサクロロ白金酸(HPtCl)を、150mlのイオン液体(1−ブチル−3−メチルイミダゾリウムトリフレート(BMI−TfO))と50mlの純水の混合溶液に投入し、室温で1分間撹拌したものを用いた。
この触媒活性物質の前駆体を含む電解液13を、電極3(燃料極)側のセパレータ10の流路10aに流入させた(図2参照)。
電極3に対極する電極4(空気極)側のセパレータ11の流路11aには、触媒活性物質の前駆体を含まない0.5Mの硫酸水溶液を流入させた。
セパレータ10,11の流路10a,11aに電解液を流入させた後、セルスタック100に対して30mA/cmの電流密度が得られるように電位差をかけて電極3を陰分極し、20分間放置して、電極3の触媒層にPtを電解析出させた。
次に、電極3に接触するセパレータ10の流路10aから触媒活性物質の前駆体(Ptイオン)を含む電解液を排出させて、これを回収した。また、電極4に接触するセパレータ11の流路11aから硫酸水溶液を排出させた。
【0056】
電極3にPtを電解析出させた後、必要に応じて、電極3に対極する電極4に接触するセパレータ11の流路11aに、上記触媒活性物質の前駆体を含む電解液を流入させ、反対に、電極3に接触するセパレータ10の流路10aに、触媒活性物質の前駆体を含まない0.5Mの硫酸水溶液を流入させて、上記のように陰分極して、電極4の触媒層にPtを電解析出させてもよい。
このようにして、電極3,4の触媒活性物質を増量させたセルスタックを得た。
【0057】
触媒増加処理を行ったセルスタックを分解し、電極を取り出した。この取り出した電極の触媒層を透過型電子顕微鏡(倍率:20万倍)で観察した。結果を図3(a)に示す。
【0058】
(比較例)
比較例として、触媒増加処理を行っていない実施例1と同様のセルスタックを分解し、電極を取り出し、この電極の触媒層を実施例1と同様にして透過型電子顕微鏡(倍率:20万倍)で観察した。結果を図3(b)に示す。
【0059】
図3(a)に示すように、本例の触媒増加処理を行ったセルスタックの電極には、点状にPt粒子が析出しており、新たな触媒活性物質(Pt粒子)が担持されていることが確認できた。
一方、図3(b)に示すように、触媒増加処理を行っていないセルスタックの電極には、Pt粒子の析出が確認できなかった。
【0060】
(実施例2)
実施例1と同様にして、Ptを電極(燃料極)3に電解析出させた後、セパレータ10の流路10aからPtイオンを含む電解液を排出させた。その後、図4に示す装置を用いて、セパレータ10の流路10aに電解液として純水を流通させた。
図4は、本例の触媒増加処理方法の回収工程に使用する装置の一例を示す概略構成図である。
図4に示すように、タンク20内に貯留された純水(合計1L)を、ポンプ21を用いて流速1L/時間でセルスタック1に流通させ、流通させた水を回収槽22に回収した。回収された純水中のPtイオン濃度は10ppmであった。
電解析出した後のセパレータの流路に、触媒活性物質の前駆体を含まない電解液(純粋)を流通させることで、セルスタック中に残留していた約10mgの触媒活性物質の前駆体(Ptイオン)を回収することができた。
【図面の簡単な説明】
【0061】
【図1】(a)はセルスタック単一セルの概略構成を示す断面図、(b)は触媒層の一部拡大図である。
【図2】セルスタックの触媒増加処理方法の一例を説明する説明図である。
【図3】(a)は実施例1のセルスタックの電極(触媒層)の透過型電子顕微鏡写真であり、(b)は比較例のセルスタックの電極(触媒層)の透過型電子顕微鏡写真である。
【図4】本例の触媒増加処理方法の回収工程に使用する装置の一例を示す概略構成図である。
【符号の説明】
【0062】
1 セル(単セル)
2 電解質膜
3 電極(燃料極)
4 電極(空気極)
5 膜電極接合体(MEA)
6 触媒層
6a イオン伝導性物質
6b 電子伝導性物質
6c 触媒活性物質
7 ガス拡散層
8 触媒層
9 ガス拡散層
10,11 セパレータ
10a,11a 流路
12 セルスタック
13 触媒活性物質の前駆体を含む電解液
14 (触媒活性物質の前駆体を含まない)酸性の電解液
20 タンク
21 ポンプ
22 回収槽

【特許請求の範囲】
【請求項1】
イオン伝導性物質と、電子伝導性物質と、触媒活性物質とを含む触媒層及びガス拡散層を有し、上記触媒層を対向させた一対の電極と、この一対の電極の間に介在させた電解質膜と、上記各電極のイオン拡散層にガスを供給する流路を備えた一対のセパレータとを有するセルを複数積層したセルスタックの触媒増加処理方法であって、
触媒活性物質の前駆体を含む電解液を上記セパレータの流路に流入する流入工程と、
上記流路から触媒活性物質の前駆体を含む電解液が供給される電極を陰分極する分極工程と、
上記セパレータの流路から上記電解液を排出する排出工程とを含むことを特徴とするセルスタックの触媒増加処理方法。
【請求項2】
上記電解液が、上記イオン伝導性物質と相溶性のない液体であることを特徴とする請求項1に記載のセルスタックの触媒増加処理方法。
【請求項3】
上記流入工程において、一方の電極に電解液を供給するセパレータの流路に、上記触媒活性物質の前駆体を含む電解液を流入し、他方の電極に電解液を供給するセパレータの流路に、酸性の電解液を流入することを特徴とする請求項1又は2に記載のセルスタックの触媒増加処理方法。
【請求項4】
上記流入工程において、一方の電極に電解液を供給するセパレータの流路に、上記触媒活性物質の前駆体を含む電解液を流入し、他方の電極に電解液を供給するセパレータの流路に、上記触媒活性物質の前駆体を含まない電解液を流入することを特徴とする請求項1〜3のいずれか1つの項に記載のセルスタックの触媒増加処理方法。
【請求項5】
上記流入工程を行う前に、上記触媒活性物質の前駆体となるイオンよりもイオン化傾向の高いイオンを含有するように上記イオン伝導性物質のイオン交換を行う工程を含むことを特徴とする請求項1〜4のいずれか1つの項に記載のセルスタックの触媒増加処理方法。
【請求項6】
上記イオン伝導性物質が、上記触媒活性物質の前駆体を含む電解液中に含有されるイオンを伝導するものであることを特徴とする請求項1〜5のいずれか1つの項に記載のセルスタックの触媒増加処理方法。
【請求項7】
上記イオン伝導性物質として、イオン液体を含むことを特徴とする請求項1〜6のいずれか1つの項に記載のセルスタックの触媒増加処理方法。
【請求項8】
上記排出工程後に、セパレータの流路に触媒活性物質の前駆体を含まない電解液を流通させて、残留する触媒活性物質の前駆体を回収する工程を含むことを特徴とする請求項1〜7のいずれか1つの項に記載のセルスタックの触媒増加処理方法。
【請求項9】
上記回収工程において、上記電解液を流動させる手段を用いたことを特徴とする請求項8に記載のセルスタックの触媒増加処理方法。
【請求項10】
請求項1〜9のいずれか1つの項に記載のセルスタックの触媒増加処理方法により、触媒活性物質の増量可能なセルスタックを備えたことを特徴とする燃料電池。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2010−40463(P2010−40463A)
【公開日】平成22年2月18日(2010.2.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−205105(P2008−205105)
【出願日】平成20年8月8日(2008.8.8)
【出願人】(000003997)日産自動車株式会社 (16,386)
【Fターム(参考)】