説明

セルロースアセテート膜を用いたリポ蛋白質の分離方法

【課題】
電気泳動法を用いたリポ蛋白質の新規な分離方法を提供すること、さらにリポ蛋白質のサブクラスの存在形態を指標として高脂血症に代表される脂質代謝異常に起因する疾患を検出する方法を提供することをその主な課題とする。
【解決手段】
分子量4万〜200万のデキストランを含有させたセルロースアセテート膜を用いて、電気泳動法により検体中のリポ蛋白質を分離する方法、および分離したリポ蛋白質VLDL、LDL、HDLのサブクラスの存在形態を確認することにより、脂質代謝異常に起因する疾患を検出する方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、セルロースアセテート膜を用いた電気泳動法によるリポ蛋白質の分離方法に関する。また、電気泳動により分離したリポ蛋白質を免疫染色し、VLDL、LDL、HDLのサブクラスの存在形態を確認することにより脂質代謝異常に起因する疾患の検出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
検体中の各リポ蛋白質の量的および質的異常を検出することにより、脂質代謝異常を推定することができる。そのため、リポ蛋白質の分離分析法は、高脂血症、冠動脈硬化症、甲状腺機能低下症、閉塞性肝疾患、糖尿病、腎不全などの脂質代謝異常に起因する疾患の診断や治療にとって大切な臨床検査の一つとなっている。
【0003】
リポ蛋白質は脂質と蛋白質とが結合した粒子であり、血液中では可溶化しており、脂質を運ぶ役割を担っている。リポ蛋白質の種類として、比重の軽い方から示すと、カイロミクロン(CHYL)、超低比重リポ蛋白質(VLDL)、中間比重リポ蛋白質(IDL)、低比重リポ蛋白質(LDL)、高比重リポ蛋白質(HDL)等がある。リポ蛋白質の比重、電気的易動度、粒子サイズの違いは、リポ蛋白質を構成する脂質と蛋白(アポ蛋白)の割合、蛋白(アポ蛋白)の種類の異なることに由来する。リポ蛋白質を構成する脂質は、トリグリセライド、コレステロールエステル、遊離型コレステロール、リン脂質があり、リポ蛋白質を構成するアポ蛋白の主なものとしてアポAI、アポAII、アポB‐100、アポB‐48、アポCI、アポCII、アポCIII、アポEなどがある。
【0004】
脂質代謝異常に起因する主たる疾患である高脂血症は、1種類または2種類のリポ蛋白質の増量によって生じるものである。各種高脂血症の分類は、原発性および二次性高脂血症の成因や病態の解析、治療法の判定のために重要である。I型の高脂血症は、先天性リポ蛋白質リパーゼ(LPL)の欠損や、先天性アポCII欠損が原因で発症する。IIa型の高脂血症は、LDL受容体の異常が原因でLDLが増加し、遺伝性の家族性高コレステロール血症を発症する。家族性高コレステロール血症は、ヘテロ型とホモ型があり、ヘテロ型は、500人に1人程度と、頻度が高く存在し、ホモ型は、100万人に1人程度と、頻度は稀だが、若いうちから動脈硬化などを発症し易く、治療が必要である。LDLとVLDLが増加する高脂血症IIb型と、VLDLが増加するIV型は二次性高脂血症として糖尿病を続発することが多い。III型の高脂血症は、IDLが増加し、V型の高脂血症は、CHYLとVLDLが増加する。日本で最も多く発症が見られるのはIIa型の高脂血症であることから、リポ蛋白質のLDLの増加を観察することはIIa型の高脂血症の診断および治療のために重要である。
【0005】
リポ蛋白質の分画法としては、超遠心法や、ポリアクリルアミドゲル(PAG)、アガロースゲル、セルロースアセテート膜を支持体として用いた電気泳動法、高速液体クロマトグラフイー(HPLC)による方法がある。
【0006】
超遠心法では、血清中のリポ蛋白質は、該リポ蛋白質の比重に基づいて、上液よりCHYL、VLDL、LDL、HDLに分離される。しかし、超遠心法は、超遠心機用試料の調製や処理に手間がかかりまた時間を要するため、臨床検査の現場において、特定の疾患に特有の分画の検出やその分画の増減など、詳細な解析を伴う分析を行うことは困難である。
【0007】
一方、電気泳動法は、リポ蛋白質の分離状況を視覚的に捕えることができるため、日常の検査では多くの場合、電気泳動法を用いてリポ蛋白質の分離分析を行っている。
【0008】
PAG電気泳動法は、所定のポアサイズを有し、分子篩効果が高いポリアクリルアミドゲル(PAG)を用いた電気泳動法であり、リポ蛋白質は、粒子のサイズが最も小さいHDLが先に分離され、次にLDL、VLDL、CHYLの順で分離される。すなわち、この方法は、リポ蛋白質中の各粒子の等電点の違いではなく、リポ蛋白質中の各粒子の大きさの違いに基づいて分画されている。しかしながらPAG電気泳動法は、ゲル濃度を低くするため、ゲルが軟弱で、ブロッティングや染色等の2次分析への展開が困難であり、詳細な解析を要する分析を行うことは困難である。
【0009】
アガロースゲル電気泳動法は、PAG電気泳動法によるリポ蛋白質中の各粒子の大きさだけの違いではなく、異なる種類や異なる数のアポ蛋白を持つ粒子の、アポ蛋白の質的異常または量的異常を分析する方法として知られている。例えば、アポ蛋白B−100が変性したLDLの分画と、LDLが変性していない正常なLDLの分画との比較を行い、脂質代謝に直接関与しているアポ蛋白の異常を捕らえる方法(特許文献1)等がある。
【0010】
リポ蛋白質のセルロースアセテート膜を利用した電気泳動法としては、セルロースアセテートを主成分とする微多孔質膜に、添加剤としてポリオキシエチレンソルビト−ル脂肪酸エステルを一定の重量比で含有させて作成した膜により、α−グロブリンとβ−グロブリンの分離に影響を与える低比重リポ蛋白質の影響をなくし、血清タンパクの正確な分画百分率の測定を行うセルロースアセテート膜を提供した文献(特許文献2)があるが、各リポ蛋白質を分離する方法を明らかにしたものではない。また、セルロースアセテート膜電気泳動法を利用した疾患の検出法として、糖尿病患者の尿中アルブミン分解物を検出することによって早期の糖尿病性腎症の診断方法が明らかにされている(特許文献3)が、脂質代謝異常を推定する方法を明らかにしたものではない。
【0011】
高速液体クロマトグラフィー(HPLC)を利用したリポ蛋白質の分離法では、分子篩い効果を有するゲルを充填したゲル濾過クロマトグラフィー法を用いて、LDLとHDLのサブクラスの分析を行うことにより代謝動態や病態の診断が可能となったことを明らかにしている。(特許文献4)
【0012】
免疫測定法としては、血液中に存在するLDL、HDL、VLDL、IDLなどのリポ蛋白が変性した、変性リポ蛋白の検出方法として、酵素免疫法、ラテックス凝集法、免疫発光分析法、イムノクロマト法などの免疫学的手法を用い、マイクロプレート上で発色法により測定する方法(特許文献5)や、血液中のLDLおよび変性LDLを、超遠心法または硫酸デキストラン/Ca沈澱法により前処理して調整し、溶液中で標識物質の発色法により測定する方法(特許文献6)等が知られているが、セルロースアセテート膜電気泳動法を利用した、リポ蛋白質の免疫測定法は知られていない。
【特許文献1】特開2000−356641広報
【特許文献2】特開平6−66768公報
【特許文献3】特開平6−160384公報
【特許文献4】特開2002−139501公報
【特許文献5】特開2001−66307公報
【特許文献6】特開2003−227837公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
高脂血症に代表される脂質代謝異常に起因する疾患は、各リポ蛋白質の質的あるいは量的な異常によることから、各リポ蛋白質あるいは、特定のリポ蛋白質のサブクラスの増減を簡便な手法で測定することは、脂質代謝異常に起因する疾患を検出するために重要である。本発明は、電気泳動法を用いたリポ蛋白質の新規な分離方法を提供すること、さらにリポ蛋白質のサブクラスの存在形態を指標として高脂血症に代表される脂質代謝異常に起因する疾患を検出する方法を提供することをその主な課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
上記課題を解決すべく鋭意検討した結果、電気泳動法に用いるセルロースアセテート膜に水溶性高分子を含有させることにより、良好なリポ蛋白質の分離が得られることを見出し、本発明を完成するに至った。すなわち、本発明は下記の構成を有する。
【0015】
(1)電気泳動用のセルロースアセテート膜であって、検体中のリポ蛋白質の分離に用いる水溶性高分子を含有させたセルロースアセテート膜。
【0016】
(2)上記水溶性高分子の含有量が、セルロースアセテート膜を浸潤する緩衝液の粘度を10〜50cPとなる濃度に調整することを特徴とするセルロースアセテート膜。
【0017】
(3)(1)または(2)に記載の水溶性高分子が、デキストランであることを特徴とするセルロースアセテート膜。
【0018】
(4)(3)に記載のデキストランの分子量が、4万〜200万であることを特徴とするセルロースアセテート膜。
【0019】
(5)検体中に含まれるリポ蛋白質を、(1)〜(4)のいずれかに記載のセルロースアセテート膜を用いて、電気泳動法により分離することを特徴とするリポ蛋白質の分離方法。
【0020】
(6)検体中に含まれるリポ蛋白質を、(1)〜(4)のいずれかに記載のセルロースアセテート膜を用いて、電気泳動法により分離し、次いで、分離された膜上のリポ蛋白質を転写用膜に転写し、該転写膜に一次抗体として抗リポ蛋白質抗体を反応させた後、酵素を標識した二次抗体を反応させ、発色試薬を用いて検出することを特徴とするリポ蛋白質の分離方法。
【0021】
(7)検体中に含まれるリポ蛋白質を、(1)〜(4)のいずれかに記載のセルロースアセテート膜を用いて、電気泳動法により分離し、次いで、分離された膜上のリポ蛋白質を転写用膜に転写し、該転写膜に一次抗体として抗リポ蛋白質ヒツジ抗体を反応させた後、二次抗体としてペルオキシダーゼ標識抗ヒツジIgG抗体を反応させ、発色試薬を用いて検出することを特徴とするリポ蛋白質の分離方法。
【0022】
(8)検体中に含まれるリポ蛋白質VLDL、LDL、HDLのサブクラスの存在形態を(5)〜(7)のいずれかに記載の分離方法を用いて確認することにより、脂質代謝異常に起因する疾患を検出する方法。
【0023】
(9)脂質代謝異常に起因する疾患が、高脂血症、高コレステロール血症および低コレステロール血症であることを特徴とする(8)に記載の脂質代謝異常に起因する疾患を検出する方法。
(10)(5)〜(7)のいずれかに記載の電気泳動法による分離方法を実施するために用いるキット。
【発明の効果】
【0024】
本発明のセルロースアセテート膜を用いた電気泳動法では、検体中のリポ蛋白質のサブクラスを容易に分離分析することができるため、日常的な臨床検査の現場において、脂質代謝異常に起因する疾患の各病態の検出が可能となり、各疾患に適切な処置を行うことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0025】
本発明の、リポ蛋白質の分離分析法は、セルロースアセテート膜を用いた電気泳動法によるものである。電気泳動によるリポ蛋白質の分離は、一般的には等電点の違いに基づくが、リポ蛋白質中の各粒子の大きさの違いに基づいた分画は、サブクラスを観察する場合においても重要である。
【0026】
セルロースアセテート膜電気泳動法は、1957年にKohn.Jが血清蛋白の分析法として発表して以来、研究分野あるいは臨床分野で多く利用されている。さらに、セルロースアセテート膜についても、蛋白質の分離に優れた膜が開発されてきた。本発明に用いるセルロースアセテート膜は、通常の血漿タンパク異常のスクリーニングで使用されるものであれば、各種市販されているものを使用することができる。例えば、トリアセチルセルロース(TAC)を素材とする多孔質膜Separax−S(富士フィルム社製)、Separax−EF(富士フィルム社製)、Separax−SP(富士フィルム社製)等のほか、セラフォア(Shadon社製)、セレカV(東洋濾紙社製)があるが、リポ蛋白質の分離には、Separax−SPを使用することが望ましい。
【0027】
<水溶性高分子含有セルロースアセテート膜の作成>
水溶性高分子をセルロースアセテート膜に含有させる方法として、セルロースアセテート膜上に、電気泳動用緩衝液の浸潤可能な媒体を置き、水溶性高分子を含有する緩衝液を、該媒体を介してセルロースアセテート膜に浸潤させる。電気泳動用緩衝液の浸潤可能な媒体としては、セルロース、ニトロセルロース、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)のろ紙があげられるが、一般的には安価で、水溶性高分子の保持能力が優れたセルロースのろ紙が好ましい。
【0028】
セルロースアセテート膜に含有させる水溶性高分子の量は、水溶性高分子の種類により、あるいは目的とするリポ蛋白の分離法により異なるが、セルロースアセテート膜を浸潤する緩衝液の粘度が1〜1000cPとなる濃度に調整する。より好ましい濃度は、緩衝液の粘度が1〜100cPとなる濃度であり、最も好ましい濃度は、緩衝液の粘度が10〜50cPとなる濃度である。例えば、水溶性高分子として、デキストランを使用する場合、4%のデキストランT2000を緩衝液に溶解した場合、緩衝液の粘度は約15cPであり、8%のデキストランT2000を緩衝液に溶解した場合、緩衝液の粘度は約30cPである。
【0029】
水溶性高分子をセルロースアセテート膜に浸潤させる場合、全体を浸潤させることもできるが、試料塗布点近辺から電気泳動する方向へ部分的に浸潤させ、セルロースアセテート膜の不連続緩衝液膜を作ることが望ましい。
【0030】
水溶性高分子としては、ポリアクリルアミド、デキストラン、ポリエチレングリコール、ポリエチレンオキサイド、ポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドン、メチルセルロース、ヒドロキシエチルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、カルボキシメチルセルロースおよびアガロース等があげられるが、好ましくは、ポリアクリルアミド、デキストラン、ポリエチレングリコール、ポリビニルアルコール、メチルセルロースおよびヒドロキシプロピルメチルセルロースであり、最も好ましいのはデキストランである。
【0031】
デキストランは、同じ濃度の溶液では、分子量が大きくなるに従って粘度が高くなる性質を有する。セルロースアセテート膜に含有させるデキストランは、平均分子量が4万、5万、7万、10万、20万、50万、100万または200万のものを使用することができる。好ましいのは平均分子量50万、100万または200万のデキストランであり、最も好ましいのは平均分子量200万のデキストランである。平均分子量200万のデキストランとしては、デキストランT2000(アマシャム社製)を使用するのが好ましい。
【0032】
<セルロースアセテート膜電気泳動法によるリポ蛋白質の分離>
セルロースアセテート膜を用いた電気泳動法は、「蛋白質・酵素の基礎実験法」(編集:堀尾武一、南江堂、1996年)、または「新生化学実験講座1、タンパク質I、分離・精製・性質」(東京化学同人、1990年)などに述べられた手法に従い行う。
【0033】
本発明に用いる電気泳動装置としては、238型泳動装置(常光社製)、EC−100(東洋濾紙社製)、AE−6170AS型(アトー社製)、PhastSystem(GEヘルスケアバイオサイエンス社製)などが適している。電気泳動用緩衝液としてはベロナール緩衝液、トリス緩衝液(Tris緩衝液)などを使用する。より明確な分離を行うには、Tris緩衝液(pH8.6〜pH8.8)が好ましい。検体塗布量は幅1cm当り、一般的には0.8〜2.4μLとされているが、試料の濃度により適宜調整する。通電条件としては、通常行われる条件であれば、特に制限されないが、膜の幅1cmあたり0.6〜0.8mA程度の電流を流すことが望ましい。この場合、電気泳動中のセルロースアセテート膜の温度は、一般に10℃〜25℃の範囲において一定とする。
【0034】
本発明のセルロースアセテート膜電気泳動法により得られるリポ蛋白質は、電気泳動度の大きい方からHDL、LDLおよびVLDLである。さらに、水溶性高分子の含量を調整することにより、リポ蛋白の連続的なサブクラスの存在も確認することができる。例えば、LDLのサブクラスについては、8%のデキストランT2000を浸潤したセルロースアセテート膜を使用して電気泳動を行うことにより、LDLサブクラス1、LDLサブクラス2、LDLサブクラス3を確認することができる。
【0035】
リポ蛋白質のサブクラスを分離解析する場合には、電気泳動を行う前に超遠心分離を行うことにより、ある種のリポ蛋白を除去し、目的のリポ蛋白質のサブクラスを効果的に分離することもできる。例えば、デキストラン硫酸と塩化マグネシウムの混液を試料に加えて超遠心分離を行う場合は、リポ蛋白質のVLDLとLDLが沈殿除去されるため、HDLのサブクラスを解析することができる。
【0036】
<リポ蛋白質の免疫染色法>
本発明の免疫染色法は、セルロースアセテート膜電気泳動法により分離したリポ蛋白質を、転写膜に転写し、該転写膜に抗リポ蛋白抗体を加えて反応させ、洗浄後、酵素標識第2抗体を反応させ、次いで発色試薬によりリポ蛋白を確認する方法である。
【0037】
分離したリポ蛋白質を転写する膜は、従来公知のものが使用でき、ニトロセルロース膜、ポリビニリデンジフルオライド膜等が好ましい。転写手段も従来公知の方法に基づき行う。Tris緩衝液などのブロッティング緩衝液を用い、通電して転写を行うこともできるが、分離にセルロースアセテート膜を使用した場合は、セルロースアセテート膜の下部に水溶液で湿らせたろ紙を敷き、毛細管現象を利用する転写方法が好ましい。転写した膜は、スキムミルク液や、BSA溶液、BlockAce(大日本製薬(株))、などを用いてブロッキングを行う。
【0038】
転写した膜上のリポ蛋白質には、一次抗体の抗リポ蛋白抗体を反応させる。反応は常法により行うことができる。例えば、転写膜を、スキムミルク液やBSA溶液、BlockAce溶液で希釈した抗リポ蛋白の溶液中で、振盪することにより反応を行う。未反応の一次抗体は、例えばTBS溶液等により洗浄して除去する。抗ヒトリポ蛋白抗体としては、マウス抗体、ウサギ抗体、ヒツジ抗体などの市販の抗体を使用でき、検出するリポ蛋白の種類により、抗ヒトLDLヒツジ抗体(シグマアルドリッチ社製)、抗ヒトHDLヒツジ抗体(シグマアルドリッチ社製)などを使用する。
【0039】
次いで、酵素を標識した二次抗体を反応させる。一次抗体と標識した二次抗体との反応は、例えば、スキムミルク溶液や、BSA溶液、TBS溶液中で振盪することにより行う。未反応の標識二次抗体は、例えばTBS溶液等により洗浄して除去する。標識二次抗体としては、酵素の種類によりペルオキシダーゼ(POD)標識抗体、アルカリホスファターゼ(ALP)標識抗体、ホースラディッシュペルオキシダーゼ(HRP)標識抗体、β−ガラクトシダーゼ(GluOx)標識抗体等を使用することができる。酵素標識抗体は、最終的な検出法が、酵素の発色法によるか、あるいは蛍光法によるかを選択して使用する。例えば、POD標識抗体あるいはALP標識抗体を用いた場合は、発色法も蛍光法も可能である。発色法あるいは蛍光法では、試薬と二次抗体に標識された酵素との反応により生成した生成物の発色または蛍光の発現度を測定する。
【0040】
本発明では、二次抗体に標識された酵素と、発色試薬との反応により、二次抗体に結合したリポ蛋白質の検出を発色法で検出する。発色試薬としては、o−フェニルジアミン(OPD)、テトラメチルベンジジン(TMBZ)、ジアミノベンジジン(DBA)、4−クロロ−1−ナフトール等を使用することができる。例えば、POD標識抗体と4−クロロ−1−ナフトール溶液を反応させた場合は、転写膜上に、リポ蛋白質に由来するブルーのバンドを観察することができる。
【0041】
<脂質代謝異常に起因する疾患を検出する方法>
本発明における「脂質代謝異常」とは、血液中の脂質量が正常である場合と比較して、異常に多いあるいは少ない状態をいう。通常、血液中の脂質量はほぼ一定になるように常に調節されているが、何らかの原因により、血液中の脂質量のバランスが崩れ、血液中の脂質量に異常をきたす場合がある。血液中の脂質量が高過ぎると、通常、高脂血症と判断される。高脂血症は、動脈硬化性疾患の危険因子の一つであり、高脂血症患者では心筋梗塞、脳梗塞、狭心症等の疾患を発症する危険性が高い。一方、血液中の脂質量が極端に少ない場合は、肝臓や脳、血管などで栄養が不足し、脳出血や脳卒中の原因となる。特に若年者における低コレステロール血症は、脳出血の危険因子とされている。血液中では、脂質はリポ蛋白として存在しているため、脂質代謝異常に起因する疾患は、リポ蛋白粒子の分析を行うことにより検出することができる。例えば、コレステロール値および/またはトリグリセリド値が、正常値より高い患者のVLDLとLDLのサブクラスとの分離は、セルロースアセテート膜に含有させる水溶性高分子の粘度を選択することによって可能である。また、HDLあるいはLDLのサブクラスの分離形態は、本発明のセルロースアセテート膜を使用した電気泳動法を行った後、リポ蛋白を膜に転写して、免疫染色法により求めることができる。
【0042】
脂質代謝異常に起因する疾患を検出するための、リポ蛋白質を含有する測定検体は、ヒト又は動物由来の検体であれば特に限定されない。例えば、血液、尿、血漿、血清、髄液、唾液、腹水若しくは羊水、汗、涙液、精液、大便、組織・細胞の抽出液など測定対象物が含まれる可能性のある生体試料であればよい。測定検体として好ましいのは、ヒトから採血して得た血液試料を、遠心分離などの常法に基づき成分分離して得られた血清あるいは血漿である。より高精度の測定とするために、この血清または血漿をさらに超遠心分離により分離したリポ蛋白質画分として用いることもできる。
【0043】
以下、実施例により本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【実施例1】
【0044】
血清中の各リポ蛋白質のセルロースアセテート膜による電気泳動法
【0045】
<電気泳動条件>
セルロースアセテート膜:Separax SP(富士フィルム社製)、60×44mm
電気泳動装置:PhastSystem(Amersham社製)、20℃、250V、2mA
膜緩衝液:47mMTris−HCl 緩衝液(pH8.8、Tris 4.54gを1N塩酸でpH調整後100mlに調製)、用時8倍希釈する。
電極緩衝液:365mMTrisホウ酸緩衝液(Tris44.2gとホウ酸8.4gを100mlに溶解)
スキャナー:反射光デンシトメトリー(キャノン社製)
解析ソフト:Scion Imageソフトでバックグランド補正後、plofile plot機能を用い、width20で解析する。
【0046】
<水溶性高分子含有セルロースアセテート膜の作成>
セルロースアセテート膜Separax SPの上に、試料塗布点から電気泳動方向へ5mm上部にろ紙を置き、4%または8%のデキストランT2000(アマシャム社製、平均分子量200万)を含む膜緩衝液を、ろ紙を介してセルロースアセテート膜に染み込ませ、分離ゾーンを作成した。また、DextranT2000を染み込ませていないセルロースアセテート膜の下部には、膜緩衝液を染み込ませ、試料濃縮ゾーンを作成した。作成した電気泳動用ろ紙の両端の上には、電極緩衝液を染み込ませた等電点用電極濾紙(アマシャム社製)を置いた。
【0047】
<試料血清>
健常な成人男子(年齢49歳、身長183cm、体重86kg)の血清10容に対し、Sudan Black B染色液1容を混合し、1時間放置後遠心分離して、その上清1.6μLを、0.8cmの長さに電気泳動用膜に塗布した。
【0048】
<泳動時間>
平行レーンのBPB(ブロモフェノールブルー)血清のアルブミンが2.5cm移動するまで通電した。約8分を要し、約30AVhであった。
【0049】
<血清中のリポ蛋白質の泳動結果>
図1に示すように、デキストランT2000を4%添加した膜ではLDLに先行してVLDLがあり、デキストランT2000を8%添加した膜では、LDLの後、緩衝液の境界線付近にVLDLが泳動され、HDLは常に他のリポ蛋白質に先行している。すなわち8%デキストランの存在下では、リポ蛋白質は粒子サイズの順に泳動されることがわかった。
【実施例2】
【0050】
血清中のリポ蛋白質LDLサブクラスとVLDLのセルロースアセテート膜電気泳動法による分離
【0051】
<電気泳動条件>
実施例1と同様のセルロースアセテート膜、装置、緩衝液等を用いた。
<水溶性高分子含有セルロースアセテート膜の作成>
デキストランT2000を8%含む膜緩衝液を用いて、実施例1と同様に、セルロースアセテート膜Separax SPを処理して作成した。
【0052】
<試料血清>
高脂血症患者の成人6名および健常人1名から、それぞれ得られた血清を用いた。血清中のコレステロール値およびトリグリセライド値はあらかじめ測定しておいた。血清は、実施例1と同様に処理し、その上清1.6μLを、0.8cmの長さに電気泳動用膜に塗布した。
【0053】
<血清中のリポ蛋白質LDLサブクラスとVLDLの泳動結果>
塗布点から上位に、VLDL、LDLサブクラスを示すバンドが観察された。この膜を反射光デンシトメトリーにより測定した。結果を図2に示す。また、VLDLとLDLサブクラス間の電気泳動距離を表1に表した。この結果から、高脂血症患者では、LDLサブクラス2およびLDLサブクラス3の増加が何らかの影響を及ぼしているものと推測された。
【0054】
【表1】

【実施例3】
【0055】
血清中のリポ蛋白質LDLとHDLの免疫染色法
高脂血症患者6名および健常人1名から、それぞれ得られた血清を用い、実施例1と同様の手法で電気泳動を行った。リポ蛋白質のVLDL、LDL,HDLがセルロースアセテート膜上に分離した。
【0056】
<ブロッティング>
電気泳動後のセルロースアセテート膜をニトロセルロース膜(シュライヒャシュレル社製)に転写した。すなわち、水に湿らせたろ紙の上に泳動後のセルロースアセテート膜を置き、次いでニトロセルロース転写膜を重ね、さらに上部に乾いたろ紙を置き水分が浸み込むまで3分間放置した。毛細管現象により、リポ蛋白質はニトロセルロース膜にブロッティングされた。
【0057】
<免疫染色法>
ニトロセルロース膜に転写後、5%スキムミルク溶解50mMトリス塩酸緩衝生理食塩水液(TBS、pH7.4)のブロッキング液で、振とう機にて室温30分間振とうし、ブロッキングした。次に抗LDLヒツジ抗体(シグマアルドリッチ社製)、または抗HDLヒツジ抗体(シグマアルドリッチ社製)を上記ブロッキング試薬にて1:1000に希釈し、室温で1晩振とうして反応させた。反応後0.05%Tween20−TBSで5分間振とう洗浄を3回行い、次いで、上記ブロッキング試薬にて1:1000に希釈したPOD標識抗ヒツジIgG抗体(シグマアルドリッチ社製)を加えて室温で3時間反応させた。反応後0.05%Tween20−TBSで5分間振とう洗浄を3回行い、洗浄後、発色試薬の4−クロロ−1−ナフトールPBS(20%メタノール)溶液および過酸化水素水を加え5分間振とうして発色させた。反応停止は蒸留水により行ない、LDLのサブクラスまたはHDLのサブクラスの有無を健常者のパターンと比較した。
【0058】
<血清中のリポ蛋白質LDLのサブクラスまたはHDLのサブクラスの泳動結果>
図3に示すように、LDLおよびHDLのパターンから、高脂血症患者と健常者では、LDLサブクラスまたはHDLサブクラスの存在形態が異なることがわかった。従って、この方法は高脂血症患者の検出に有効と考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0059】
本発明のセルロースアセテート膜を用いた電気泳動法は、各リポ蛋白質を明確に分離することができ、また、各リポ蛋白質のサブクラスの解析も可能であるため、高脂血症に代表される脂質代謝異常に起因する疾患を検出できる簡便な検査法として利用できる可能性がある。
【図面の簡単な説明】
【0060】
【図1】4%または8%のデキストランT2000を含む緩衝液を膜に含有させ、健常な成人男子の血清を用いて、電気泳動を行った図面に代わる写真である。
【図2】8%のデキストランT2000を含む緩衝液を膜に含有させ、高脂血症および正常コレステロール濃度の血清を用いて、電気泳動を行った図面に代わる写真と、写真の電気泳動パターンを反射光デンシトメトリーで測定したチャート図である。
【図3】8%のデキストランT2000を含む緩衝液を膜に含有させ、高脂血症および正常コレステロール濃度の血清を用いて、電気泳動を行った後、ブロッティングしたものを免疫染色した、HDLおよびLDLのサブクラスを観察できる図面に代わる写真である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
電気泳動用のセルロースアセテート膜であって、検体中のリポ蛋白質の分離に用いる水溶性高分子を含有させたセルロースアセテート膜。
【請求項2】
水溶性高分子の含有量が、セルロースアセテート膜を浸潤する緩衝液の粘度を10〜50cPとなる濃度に調整することを特徴とする請求項1に記載のセルロースアセテート膜。
【請求項3】
水溶性高分子が、デキストランであることを特徴とする請求項1または2に記載のセルロースアセテート膜。
【請求項4】
デキストランの分子量が、4万〜200万であることを特徴とする請求項3に記載のセルロースアセテート膜。
【請求項5】
検体中に含まれるリポ蛋白質を、請求項1〜4のいずれかに記載のセルロースアセテート膜を用いて、電気泳動法により分離することを特徴とするリポ蛋白質の分離方法。
【請求項6】
検体中に含まれるリポ蛋白質を、請求項1〜4のいずれかに記載のセルロースアセテート膜を用いて、電気泳動法により分離し、次いで、分離された膜上のリポ蛋白質を転写用膜に転写し、該転写膜に一次抗体として抗リポ蛋白質抗体を反応させた後、酵素を標識した二次抗体を反応させ、発色試薬を用いて検出することを特徴とするリポ蛋白質の分離方法。
【請求項7】
検体中に含まれるリポ蛋白質を、請求項1〜4のいずれかに記載のセルロースアセテート膜を用いて、電気泳動法により分離し、次いで、分離された膜上のリポ蛋白質を転写用膜に転写し、該転写膜に一次抗体として抗リポ蛋白質ヒツジ抗体を反応させた後、二次抗体としてペルオキシダーゼ標識抗ヒツジIgG抗体を反応させ、発色試薬を用いて検出することを特徴とするリポ蛋白質の分離方法。
【請求項8】
検体中に含まれるリポ蛋白質VLDL、LDL、HDLのサブクラスの存在形態を、請求項請求項5〜7のいずれかに記載の分離方法を用いて確認することにより、脂質代謝異常に起因する疾患を検出する方法。
【請求項9】
脂質代謝異常に起因する疾患が、高脂血症、高コレステロール血症および低コレス
テロール血症であることを特徴とする請求項8に記載の脂質代謝異常に起因する疾
患を検出する方法。
【請求項10】
請求項5〜7のいずれかに記載の電気泳動法による分離方法を実施するために用
いるキット。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2007−248131(P2007−248131A)
【公開日】平成19年9月27日(2007.9.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−69318(P2006−69318)
【出願日】平成18年3月14日(2006.3.14)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成17年10月15日 日本電気泳動学会発行の「生物物理化学第49巻補冊」に発表
【出願人】(304020177)国立大学法人山口大学 (579)
【Fターム(参考)】