説明

セルロースナノファイバーの製造方法

【課題】流動性と透明性に優れた高濃度のセルロースナノファイバー分散液を低エネルギーで効率良く製造できる方法を提供する。
【解決手段】(1)N−オキシル化合物、及び(2)臭化物、ヨウ化物若しくはこれらの混合物の存在下で、酸化剤を用い水中にてセルロース系原料を酸化して酸化されたセルロース系原料を調製し、紫外線照射処理した後に解繊・分散処理する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、N−オキシル化合物で酸化したセルロース系原料から、従来よりも低エネルギーで高濃度のセルロースナノファイバー分散液を製造できる方法に関する。
【背景技術】
【0002】
セルロース系原料を触媒量の2,2,6,6−テトラメチル−1−ピペリジン−N−オキシラジカル(以下、TEMPOと称する)と安価な酸化剤である次亜塩素酸ナトリウムとの共存下で処理すると、セルロースのミクロフィブリルの表面にカルボキシル基を効率よく導入することができ、このカルボキシル基を導入したセルロース系原料は、水中でミキサーなどの簡単な機械処理を行なうことにより、高粘度で透明なセルロースナノファイバー水分散液へと調製することができることが知られている(非特許文献1)。
【0003】
セルロースナノファイバーは、生分解性のある水分散型新規素材である。セルロースナノファイバーの表面には酸化反応によりカルボキシル基が導入されているため、セルロースナノファイバーを、カルボキシル基を基点として、自由に改質することができる。また、上記の方法により得られたセルロースナノファイバーは、分散液の形態であるため、各種水溶性ポリマーとブレンドしたり、或いは有機・無機系顔料と複合化することで品質の改変を図ることもできる。さらに、セルロースナノファイバーをシート化したり繊維化することも可能である。セルロースナノファイバーのこのような特性を活かし、高機能包装材料、透明有機基盤部材、高機能繊維、分離膜、再生医療材料などに応用することが想定されている。今後、セルロースナノファイバーの特徴を最大限活用することで循環型の安全・安心社会形成に不可欠な新規高機能性商品の開発が期待されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Saito, T., et al., Cellulose Commun., 14 (2), 62 (2007)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、上記の方法、すなわち、セルロース系原料をTEMPOを用いて酸化してミキサーで解繊することにより得られたセルロースナノファイバー分散液は、0.3〜0.5%(w/v)といった程度の低い濃度でもB型粘度(60rpm、20℃)が800〜4000mPa・s程度というように、非常に高い粘度を有しており、取り扱いが容易ではなく、その応用範囲は実際には限られていた。例えば、セルロースナノファイバー分散液を基材に塗布して基材上にフィルムを形成させる場合、分散液の粘度が高すぎると均質に塗布することができないため、分散液のB型粘度(60rpm、20℃)を500〜3000mPa・s程度に調整しなければならず、そのためには、分散液中のセルロースナノファイバーの濃度を0.2〜0.4%(w/v)程度の低い濃度に設定せざるを得なかった。しかしながら、そのような低濃度の分散液を用いる場合には、所望のフィルム厚みが達成されるまで何度も塗布と乾燥とを繰り返し実施せざるを得ず、効率が悪いという問題があった。
【0006】
また、セルロースナノファイバー分散液を顔料及びバインダーを含む塗料に混ぜて紙などに塗布する場合、分散液の粘度が高すぎると塗料中に均一に混合させることができないため、分散液の濃度を低くして低粘度化させなければならないが、このような低濃度の分散液を用いると塗料の濃度が希薄となり、塗布に必要な十分な粘性が確保できないため塗布し難くなったり、乾燥負荷が増大したり、また、塗料が原紙に浸透することにより有効塗膜が薄くなって光沢発現性や表面強度、印刷むらの抑制などの塗膜に期待される所望の機能が発現しないという問題もあった。
【0007】
このように、TEMPOを用いて酸化して得られたセルロース系原料をミキサーを用いて解繊処理する従来の方法では、得られる分散液の粘度が非常に高くなり、様々な問題を生じていた。また、粘度が高すぎると、攪拌羽周辺のみで分散が進行するため、不均一な分散が生じ、透明性の低い分散液となるという問題もあった。
【0008】
また、酸化されたセルロース系原料を、ミキサーよりも解繊・分散力の高いホモジナイザーを用いて解繊処理すると、分散初期にセルロース系原料が顕著に増粘して流動性が悪化し、分散処理時に要する消費電力量が大幅に増大するという問題があり、また、装置内部にセルロースナノファイバー分散液が付着して分散が十分に行なわれなくなったり、また、装置から分散液を取り出すなどの操作が困難になって分散液の歩留りが低下するという問題もあった。
【0009】
以上の課題に鑑み、本発明は、流動性と透明性に優れた高濃度のセルロースナノファイバー分散液を低エネルギーで効率良く製造できる方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、かかる従来技術の問題を解決するために鋭意検討した結果、(1)N−オキシル化合物、及び(2)臭化物、ヨウ化物若しくはこれらの混合物の存在下で、酸化剤を用い水中にてセルロース系原料を酸化して酸化されたセルロース系原料を調製し、該酸化されたセルロース系原料を解繊・分散処理に付す前に、紫外線に曝露することにより、1〜3%(w/v)くらいの高濃度であっても流動性と透明性とに優れているセルロースナノファイバー分散液を効率良く製造できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、N−オキシル化合物と、臭化物、ヨウ化物若しくはこれらの混合物との存在下でセルロース系原料を酸化し、得られた酸化されたセルロース系原料に、紫外線を照射してから、解繊・分散処理することにより、高濃度であっても流動性に優れていて取り扱いがしやすく、かつ透明性にも優れているセルロースナノファイバーの分散液を低い消費電力量で効率的に製造することができる。本発明により得られたセルロースナノファイバー分散液は、高濃度であっても流動性に優れているため、例えば、セルロースナノファイバーを基材に塗布して基材上にフィルムを形成させる際に、1〜3%(w/v)といった高濃度のセルロースナノファイバーを含有する塗料を500〜3000mPa・s(B型粘度、60rpm、20℃)といった低い粘度で調製することができ、塗料を1回塗布するだけで5〜30μm程度の厚さを有するフィルムを形成できるといった利点がある。従来は、500〜3000mPa・s(B型粘度、60rpm、20℃)程度の粘度を有する塗料を調製するためには、セルロースナノファイバーの濃度を0.2〜0.4%(w/v)といった低い濃度に設定せざるを得ず、5〜30μm程度の厚さを有するフィルムを作成するには、塗布と乾燥を何度も繰り返し行なう必要があった。本発明により得られるセルロースナノファイバー分散液の高濃度で流動性が高いという特徴は、非常に優れたものである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明では、(1)N−オキシル化合物、及び(2)臭化物、ヨウ化物若しくはこれらの混合物の存在下で、酸化剤を用い水中にてセルロース系原料を酸化して酸化されたセルロース系原料を調製し、これを解繊・分散処理する前に、紫外線照射に付す。酸化されたセルロース系原料を解繊・分散処理する前に紫外線照射に付すことにより、解繊・分散処理における消費電力量を低減させることができ、セルロースナノファイバーを低エネルギーで効率よく製造することができる。
【0013】
(N−オキシル化合物)
本発明で用いるN−オキシル化合物としては、目的の酸化反応を促進する化合物であれば、いずれの化合物も使用できる。例えば、本発明で使用されるN−オキシル化合物としては、下記一般式(式1)で示される物質が挙げられる。
【0014】
【化1】

【0015】
(式1中、R1〜R4は同一又は異なる炭素数1〜4程度のアルキル基を示す。)
式1で表される化合物のうち、2,2,6,6−テトラメチル−1−ピペリジン−オキシラジカル(以下TEMPOと称する)及び4−ヒドロキシ−2,2,6,6−テトラメチル−1−ピペリジン−オキシラジカル(以下、4−ヒドロキシTEMPOと称する)を発生する化合物が好ましい。また、下記式2〜4のいずれかで表されるN−オキシル化合物のラジカル、すなわち、4−ヒドロキシTEMPOの水酸基をアルコールでエーテル化、またはカルボン酸若しくはスルホン酸でエステル化し、適度な疎水性を付与した4−ヒドロキシTEMPO誘導体は、安価であり、かつ均一な酸化セルロースを得ることができるため、とりわけ好ましい。
【0016】
【化2】

【0017】
【化3】

【0018】
【化4】

【0019】
(式2〜4中、Rは炭素数4以下の直鎖又は分岐状炭素鎖である。)
さらに、下記式5で表されるN−オキシル化合物のラジカル、すなわち、アザアダマンタン型ニトロキシラジカルは、短時間で、均一なセルロースナノファイバーを製造できるため、とりわけ好ましい。
【0020】
【化5】

【0021】
(式5中、R5及びR6は、同一又は異なる水素又はC1〜C6の直鎖若しくは分岐鎖アルキル基を示す。)
N−オキシル化合物の使用量は、セルロース系原料をナノファイバー化できる触媒量であれば特に制限されない。例えば、絶乾1gのセルロース系原料に対して、0.01〜10mmol、好ましくは0.01〜1mmol、さらに好ましくは0.05〜0.5mmol程度を用いることができる。
【0022】
(臭化物またはヨウ化物)
セルロース系原料の酸化の際に用いる臭化物またはヨウ化物としては、水中で解離してイオン化可能な化合物、例えば、臭化アルカリ金属やヨウ化アルカリ金属などを使用することができる。臭化物またはヨウ化物の使用量は、酸化反応を促進できる範囲で選択できる。例えば、絶乾1gのセルロース系原料に対して、0.1〜100mmol、好ましくは0.1〜10mmol、さらに好ましくは0.5〜5mmol程度を用いることができる。
【0023】
(酸化剤)
セルロース系原料の酸化の際に用いる酸化剤としては、ハロゲン、次亜ハロゲン酸、亜ハロゲン酸、過ハロゲン酸またはそれらの塩、ハロゲン酸化物、過酸化物など、目的の酸化反応を推進し得る酸化剤であれば、いずれの酸化剤も使用できる。中でも、ナノファイバー生産コストの観点から、現在工業プロセスにおいて最も汎用されている安価で環境負荷の少ない次亜塩素酸ナトリウムが、特に好適である。酸化剤の使用量は、酸化反応を促進できる範囲で選択できる。例えば、絶乾1gのセルロース系原料に対して、0.5〜500mmol、好ましくは0.5〜50mmol、さらに好ましくは2.5〜25mmol程度を用いることができる。
【0024】
(セルロース系原料)
本発明で用いるセルロース系原料は特に限定されるものではなく、各種木材由来のクラフトパルプ又はサルファイトパルプ、それらを高圧ホモジナイザーやミル等で粉砕した粉末セルロース、あるいはそれらを酸加水分解などの化学処理により精製した微結晶セルロース粉末などを使用することができる他、ケナフ、麻、イネ、バカス、竹等の植物を使用することもできる。このうち、漂白済みクラフトパルプ、漂白済みサルファイトパルプ、粉末セルロース、または微結晶セルロース粉末を用いることが量産化やコストの観点から好ましい。また、粉末セルロース及び微結晶セルロース粉末を用いると、高濃度であってもより低い粘度を有するセルロースナノファイバー分散液を製造することができるから、とりわけ好ましい。
【0025】
粉末セルロースとは、木材パルプの非結晶部分を酸加水分解処理で除去した後、粉砕・篩い分けすることで得られる微結晶性セルロースからなる棒軸状粒子である。粉末セルロースにおけるセルロースの重合度は100〜500程度であり、X線回折法による粉末セルロースの結晶化度は70〜90%であり、レーザー回折式粒度分布測定装置による体積平均粒子径は好ましくは100μm以下であり、より好ましくは50μm以下である。体積平均粒子径が100μm以下であると、流動性に優れるセルロースナノファイバー分散液を得ることができる。本発明で用いる粉末セルロースとしては、例えば、精選パルプを酸加水分解した後に得られる未分解残渣を精製・乾燥し、粉砕・篩い分けするといった方法により製造される棒軸状である一定の粒径分布を有する結晶性セルロース粉末を用いてもよいし、KCフロックR(日本製紙ケミカル社製)、セオラスTM(旭化成ケミカルズ社製)、アビセルR(FMC社製)などの市販品を用いてもよい。
【0026】
(酸化反応条件)
本発明の方法は温和な条件であっても酸化反応を円滑に進行させることができるという特色がある。そのため、反応温度は15〜30℃程度の室温であってもよい。なお、反応の進行に伴ってセルロース中にカルボキシル基が生成するため、反応液のpHの低下が認められる。酸化反応を効率良く進行させるためには、水酸化ナトリウム水溶液などのアルカリ性溶液を添加することにより、反応液のpHを9〜12、好ましくは10〜11程度に維持することが望ましい。酸化反応における反応時間は、適宜設定することができ、特に限定されないが、例えば、0.5〜4時間程度である。
【0027】
(紫外線照射)
本発明では、酸化されたセルロース系原料に対して、紫外線を照射する。紫外線の波長は、好ましくは100〜400nmであり、より好ましくは100〜300nmである。このうち、波長135〜260nmの紫外線は、直接セルロースやヘミセルロースに作用して低分子化を引き起こし、短繊維化することができるから、特に好ましい。
【0028】
(光源)
紫外線を照射する光源としては、100〜400nmの波長領域の光を持つものが使用でき、具体的には、キセノンショートアークランプ、超高圧水銀ランプ、高圧水銀ランプ、低圧水銀ランプ、重水素ランプ、メタルハライドランプ等が一例として挙げられ、これらの1種あるいは2種以上を任意に組合せて使用することができる。特に波長特性の異なる複数の光源を組み合わせて使用すると、異なる波長の紫外線を同時に照射することによりセルロース鎖やヘミセルロース鎖における切断箇所が増加し、短繊維化が促進されるため好ましい。
【0029】
(容器)
本発明において、紫外線照射を行う際の酸化されたセルロース系材料を収容する容器としては、例えば、300nmより長波長の紫外線を用いる場合は、硬質ガラス製のものを用いることができるが、それより短波長の紫外線を用いる場合は、紫外線をより透過させる石英ガラス製のものを用いる方がよい。なお、容器の光透過反応に関与しない部分の材質については、用いる紫外線の波長に対して劣化の少ない材質の中から適切なものを選定することができる。
【0030】
(紫外線の照射条件)
本発明において、紫外線を照射する際の酸化されたセルロース系原料の濃度は、0.1質量%以上であればエネルギー効率が高まるため好ましく、また12質量%以下であれば紫外線照射装置内でのセルロース系原料の流動性が良好であり反応効率が高まるため好ましい。したがって、0.1〜12質量%の範囲が好ましい。より好ましくは、0.5〜5質量%、さらに好ましくは、1〜3質量%である。
【0031】
また、紫外線を照射する際のセルロース系原料の温度は、20℃以上であれば光酸化反応の効率が高まるため好ましく、一方、95℃以下であればセルロース系原料の品質の悪化などの悪影響のおそれがなく、また反応装置内の圧力が大気圧を超えるおそれもなくなるため好ましい。したがって、20〜95℃の範囲が好ましい。この範囲内であれば、耐圧性を考慮した装置設計を行なう必要性が特にないという利点もある。より好ましくは、20〜80℃、さらに好ましくは、20〜50℃である。
【0032】
また、紫外線を照射する際のpHは特に限定はないが、プロセスの簡素化を考えると中性領域、例えばpH6.0〜8.0程度で処理することが好ましい。
【0033】
紫外線照射反応においてセルロース系原料が受ける照射の程度は、照射反応装置内でのセルロース系原料の滞留時間を調節することや、照射光源のエネルギー量を調節すること等により、任意に設定できる。また、例えば、照射装置内のセルロース系原料の濃度を水希釈によって調節することや、あるいは空気や窒素等の不活性気体をセルロース系原料中に吹き込むことによってセルロース系原料の濃度を調節することにより、照射反応装置内でセルロース系原料が受ける紫外線の照射量を、任意に制御することができる。これらの滞留時間や濃度などの条件は、目標とする紫外線照射反応後の酸化されたセルロース系原料の品質(繊維長やセルロース重合度等)にあわせて、適宜設定できる。
【0034】
また、本発明における紫外線照射処理は、酸素、オゾン、または、過酸化物(過酸化水素、過酢酸、過炭酸Na、過ホウ酸Na等)などの助剤の存在下で行なうと、光酸化反応の効率をより高めることができるため、好ましい。
【0035】
本発明において、特に135〜242nmの波長領域の紫外線を照射する場合、光源周辺の気相部には通常空気が存在するためオゾンが生成する。本発明においては、この光源周辺部に連続的に空気を供給する一方で、生成するオゾンを連続的に抜き出し、この抜き出したオゾンを酸化されたセルロース系原料へと注入することにより、系外からオゾンを供給すること無しに、光酸化反応の助剤としてオゾンを利用することができる。また更に、光源周辺の気相部に酸素を供給することにより、より大量のオゾンを系内に発生させることができ、発生したオゾンを光酸化反応の助剤として使用することができる。このように、本発明では、紫外線照射反応装置で副次的に発生するオゾンを利用することができることも大きな利点である。
【0036】
また、本発明において、紫外線照射処理は、複数回繰り返すことができる。繰り返しの回数は目標とする酸化されたセルロース系原料の品質や、漂白などの後処理などとの関係に応じて適宜設定できる。例えば、特に制限されないが、100〜400nm、好ましくは135〜260nmの紫外線を、1〜10回、好ましくは2〜5回程度、1回あたり0.5〜3時間くらいの長さで、照射することができる。
【0037】
(解繊・分散処理)
本発明では、酸化されたセルロース系原料に紫外線を照射した後、解繊・分散処理する。解繊・分散装置の種類としては、高速回転式、コロイドミル式、高圧式、ロールミル式、超音波式などの装置が挙げられるが、透明性と流動性に優れるセルロースナノファイバー分散液を効率よく得るには、50MPa以上、好ましくは100MPa以上、さらに好ましくは140MPa以上の条件下で分散できる湿式の高圧または超高圧ホモジナイザーで処理することが好ましい。
【0038】
(セルロースナノファイバー)
本発明により製造されるセルロースナノファイバーは、幅2〜5nm、長さ1〜5μm程度のセルロースのシングルミクロフィブリルである。本発明において、「ナノファイバー化する」とは、セルロース系原料を、幅2〜5nm、長さ1〜5μm程度のセルロースのシングルミクロフィブリルであるセルロースナノファイバーへと加工することを意味する。
【0039】
本発明により得られたセルロースナノファイバー分散液は、1.0質量%濃度(w/v)におけるB型粘度(60rpm、20℃)が1000mPa・s以下、好ましくは800mPa・s以下、さらに好ましくは500mPa・s以下であり、かつ、0.1質量%濃度(w/v)における光透過率(660nm)が90%以上、好ましくは95%以上であることが好ましい。本発明により製造されるセルロースナノファイバーは、流動性と透明性に優れ、さらに、バリヤー性および耐熱性にも優れるので、包装材料等の様々な用途に使用することが可能である。
【0040】
なお、本発明において、セルロースナノファイバー分散液のB型粘度は、当業者に慣用される通常のB型粘度計を用いて測定することができ、例えば、東機産業社のTV−10型粘度計を用いて、20℃及び60rpmの条件で測定することができる。
【0041】
また、セルロースナノファイバー分散液の光透過率は、紫外・可視分光光度計によって測定することができる。
【0042】
(本発明の作用)
本発明では、N−オキシル化合物を用いて酸化されたセルロース系原料に紫外線を照射し、次いで解繊・分散処理することで、高濃度であっても流動性と透明性に優れているセルロースナノファイバー分散液を低い消費電力量で得ることができる。その理由は、以下のように推察される。N−オキシル化合物を用いて酸化されたセルロース系原料の表面にはカルボキシル基が局在しており、水和層が形成されている。そのため、該原料同士の間には、カルボキシル基同士の電荷反発力の作用で、通常のパルプでは見られない微視的隙間が存在すると考えられる。そして、該原料に紫外線を照射すると、該原料の表面の水和層または該原料の間隙水に溶存している酸素からオゾン等の酸化力に優れる活性酸素種が生成し、セルロース鎖が効率よく酸化分解され、最終的にセルロース系原料の短繊維化が促進されると考えられる。セルロース系原料の短繊維化により、次工程での解繊・分散処理における分散液のB型粘度が顕著に低下し、分散液の流動性が向上すると考えられる。また、セルロース系原料の短繊維化により、透明性に優れたセルロースナノファイバー分散液が得られると考えられる。
【実施例】
【0043】
次に実施例に基づき、本発明をさらに詳細に説明する。
【実施例1】
【0044】
針葉樹由来の漂白済み未叩解サルファイトパルプ(日本製紙ケミカル社)5g(絶乾)をTEMPO(Sigma Aldrich社)78mg(0.5mmol)と臭化ナトリウム755mg(7mmol)を溶解した水溶液500mlに加え、パルプが均一に分散するまで攪拌した。反応系に次亜塩素酸ナトリウム水溶液(有効塩素5%)18ml添加した後、0.5N塩酸水溶液でpHを10.3に調整し、酸化反応を開始した。反応中は系内のpHは低下するが、0.5N水酸化ナトリウム水溶液を逐次添加し、pH10に調整した。2時間反応した後、ガラスフィルターで濾過し、十分に水洗することで酸化パルプを得た。酸化パルプの1%(w/v)スラリー2Lを254nmの紫外線を照射する20W低圧水銀ランプで6時間処理した。紫外線処理した酸化パルプスラリーを超高圧ホモジナイザー(処理圧140MPa)で10回処理したところ、透明なゲル状分散液が得られた。得られた1%(w/v)のセルロースナノファイバー分散液のB型粘度(60rpm、20℃)をTV−10型粘度計(東機産業社)を用いて測定し、0.1%(w/v)のセルロースナノファイバー分散液の透明度(660nm光の透過率)をUV−VIS分光光度計 UV−265FS(島津製作所社)を用いて測定し、解繊・分散処理に要した消費電力を(処理時における電力)×(処理時間)÷(処理したサンプル量)により求めた。結果を表1に示す。
【実施例2】
【0045】
260〜400nmの波長域を有し310nmに主ピークを有する紫外線を20W低圧水銀ランプを用いて照射した以外、実施例1と同様にしてナノファイバー分散液を得た。結果を表1に示す。
【実施例3】
【0046】
340〜400nmの波長域を有し360nmに主ピークを有する紫外線を20W低圧水銀ランプを用いて照射した以外、実施例1と同様にしてナノファイバー分散液を得た。結果を表1に示す。
【実施例4】
【0047】
超高圧ホモジナイザーの処理圧を100MPaとした以外、実施例1と同様にしてナノファイバー分散液を得た。結果を表1に示す。
【実施例5】
【0048】
超高圧ホモジナイザーの処理圧を50MPaとした以外、実施例1と同様にしてナノファイバー分散液を得た。結果を表1に示す。
【実施例6】
【0049】
超高圧ホモジナイザーの処理圧を30MPaとした以外、実施例1と同様にしてナノファイバー分散液を得た。結果を表1に示す。
【実施例7】
【0050】
セルロース系原料として粉末セルロース(日本製紙ケミカル社、粒径75μm)を使用した以外は、実施例1と同様にしてナノファイバー分散液を得た。結果を表1に示す。
【実施例8】
【0051】
セルロース系原料として粉末セルロース(日本製紙ケミカル社、粒径75μm)を使用した以外は、実施例5と同様にしてナノファイバー分散液を得た。結果を表1に示す。
【実施例9】
【0052】
セルロース系原料として粉末セルロース(日本製紙ケミカル社、粒径75μm)を使用した以外は、実施例6と同様にしてナノファイバー分散液を得た。結果を表1に示す。
【実施例10】
【0053】
分散装置として回転刃を装備したハイシェアーミキサー(周速37m/s、日本精機製作所)を超高圧ホモジナイザーの代わりに使用した以外は、実施例1と同様にしてナノファイバー分散液を得た。結果を表1に示す。
【実施例11】
【0054】
紫外線照射時に過酸化水素を酸化パルプに対して1%(w/v)添加した以外は、実施例1と同様にしてナノファイバー分散液を得た。結果を表1に示す。
【実施例12】
【0055】
254nmと185nmの紫外線を同時に照射する20W低圧紫外線ランプを使用した以外は、実施例1と同様にしてナノファイバー分散液を得た。結果を表1に示す。
【0056】
[比較例1]
紫外線を照射しない以外、実施例1と同様にしてナノファイバー分散液を得た。結果を表1に示す。
【0057】
[比較例2]
分散装置として回転刃を装備したハイシェアーミキサー(周速37m/s、日本精機製作所)を超高圧ホモジナイザーの代わりに使用した以外は、比較例1と同様にしてナノファイバー分散液を得た。結果を表1に示す。
【0058】
【表1】

【0059】
酸化パルプに紫外線照射処理をした実施例1〜12では、紫外線照射をしない比較例1及び2に比べて、B型粘度が低く、透明度が高いセルロースナノファイバーを、低い消費電力で得られることがわかる。したがって、本発明のセルロースナノファイバーの製造方法によれば、流動性及び透明度が高いセルロースナノファイバー分散液を、高濃度で、かつ高い効率で得ることができる。
【実施例13】
【0060】
実施例1により製造した1%(w/v)のセルロースナノファイバー分散液を、ポリエチレンテレフタレートフィルム(厚み20μm)片面に、手塗り専用のバー(バーNo.16)で塗工し、50℃で乾燥させてフィルムを形成した。フィルムの厚みは約5.9μmであった。
【実施例14】
【0061】
実施例2により製造した1%(w/v)のセルロースナノファイバー分散液を、ポリエチレンテレフタレートフィルム(厚み20μm)片面に、手塗り専用のバー(バーNo.16)で塗工し、50℃で乾燥させてフィルムを形成した。フィルムの厚みは約7.8μmであった。
【実施例15】
【0062】
実施例7により製造した1%(w/v)のセルロースナノファイバー分散液を、ポリエチレンテレフタレートフィルム(厚み20μm)片面に、手塗り専用のバー(バーNo.16)で塗工し、50℃で乾燥させてフィルムを形成した。フィルムの厚みは約7.8μmであった。
【0063】
[比較例3]
比較例1により製造した1%(w/v)のセルロースナノファイバー分散液を、B型粘度600mPa・s(60rpm、20℃)となるように濃度を調整した。このときのセルロースナノファイバー濃度は、0.4%(w/v)であった。この分散液を、ポリエチレンテレフタレートフィルム(厚み20μm)片面に、手塗り専用のバー(バーNo.16)で塗工し、50℃で乾燥させてフィルムを形成した。フィルムの厚みは約2.0μmであった。実施例13と同じ厚さである5.9μmのフィルムを形成させるためには、塗布と乾燥を少なくとも2回繰り返す必要があった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
(A)(1)N−オキシル化合物、及び、(2)臭化物、ヨウ化物若しくはこれらの混合物からなる群から選択される化合物の存在下で、酸化剤を用いてセルロース系原料を酸化すること、
(B)前記(A)からのセルロース系原料に紫外線を照射すること、及び、
(C)前記(B)からのセルロース系原料を解繊・分散処理することによりナノファイバー化すること、
を含む、セルロースナノファイバーの製造方法。
【請求項2】
前記紫外線の波長が、100〜400nmであることを特徴とする請求項1記載のセルロースナノファイバーの製造方法。
【請求項3】
前記紫外線の照射が、酸化剤の存在下で行われることを特徴とする請求項1または2に記載のセルロースナノファイバーの製造方法。
【請求項4】
前記紫外線の光源が、波長特性の異なる複数の光源からなることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載のセルロースナノファイバーの製造方法。
【請求項5】
前記解繊・分散処理が、50MPa以上の圧力下で行われることを特徴とする請求項1〜5のいずれかに記載のセルロースナノファイバーの製造方法。

【公開番号】特開2010−236109(P2010−236109A)
【公開日】平成22年10月21日(2010.10.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−82520(P2009−82520)
【出願日】平成21年3月30日(2009.3.30)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)国等の委託研究の成果に係る特許出願(平成19年度 独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構 ナノテク・先端部材実用化研究開発による委託研究、産業技術力強化法19条の適用を受ける特許出願)
【出願人】(000183484)日本製紙株式会社 (981)
【Fターム(参考)】