セルロース含有繊維材料の糖化前処理方法及び当該糖化前処理方法を有するセルロース含有繊維材料の糖化方法。
【課題】種々の染料及び繊維仕上剤などが付着した状態のまま廃棄されるセルロース系繊維を含有する繊維系廃棄物を糖化するに際し、セルラーゼによる糖化率を高くすることのできる、セルロース含有繊維材料の糖化前処理方法及び当該糖化前処理方法を有するセルロース含有繊維材料の糖化方法を提供する。
【解決手段】セルラーゼ活性阻害物質が付着したセルロース含有繊維材料を、5重量%〜40重量%の範囲以内の濃度を有するアルカリ金属水酸化物溶液中で浸漬処理する浸漬工程と、この浸漬工程後に、上記セルロース含有繊維材料中の上記アルカリ金属水酸化物を洗浄処理する洗浄工程と、この洗浄工程後に、上記セルロース含有繊維材料をセルラーゼ含有水溶液で処理して当該セルロース含有繊維材料に含有されるセルロースを酵素処理する酵素処理工程とを有する。
【解決手段】セルラーゼ活性阻害物質が付着したセルロース含有繊維材料を、5重量%〜40重量%の範囲以内の濃度を有するアルカリ金属水酸化物溶液中で浸漬処理する浸漬工程と、この浸漬工程後に、上記セルロース含有繊維材料中の上記アルカリ金属水酸化物を洗浄処理する洗浄工程と、この洗浄工程後に、上記セルロース含有繊維材料をセルラーゼ含有水溶液で処理して当該セルロース含有繊維材料に含有されるセルロースを酵素処理する酵素処理工程とを有する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、セルロースを含有する繊維材料にセルラーゼを作用させて糖化するに際し、前もって行われるセルロース含有繊維材料の糖化前処理方法に関するものであり、また、当該糖化前処理方法を有するセルロース含有繊維材料の糖化方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、バイオマスエネルギーの利用が広く話題となっているが、これらのバイオマスの中でも、食料資源を圧迫しないセルロース資源を活用してバイオマスエネルギーとして利用する研究が注目されている。これらのセルロース資源としては、古紙や廃木材などの木質系廃棄物、稲ワラ、モミガラ、バガスなどの農産系廃棄物、及び、綿の衣料やインテリアなどの繊維系廃棄物が考えられる。そこで、これらの廃棄物を有効利用するために、これらのセルロース資源をセルロース分解酵素であるセルラーゼで糖化し、得られた糖類をエタノール発酵して、バイオエタノールとする研究が広く行われている。
【0003】
木質系廃棄物や農産系廃棄物には、セルロース以外にリグニンやヘミセルロースなどの不純物が含有されており、これらの木質系廃棄物や農産系廃棄物から必要なセルロースのみを取り出し、これらのセルロース資源を効率よく糖化する方法が種々検討されている。これらの方法には、リグニンやヘミセルロースなどを多く含む木質系廃棄物の糖化に際し、糖化前処理として高温、高圧下で酸処理及びアルカリ処理を行う方法などがある。例えば、下記特許文献1の実施例には、120℃という高温下でアルカリ処理をする方法が記載されている。また、下記特許文献2には、木質系廃棄物に比べて不純物の含有量が少ない農産系廃棄物の糖化に際し、ポリエチレングリコール又はその誘導体による糖化前処理を行う方法が提案されている。
【0004】
一方、衣料やインテリアなど色々な用途から廃棄される繊維系廃棄物の中には、多くの綿繊維などのセルロース系繊維が含まれている。これらのセルロース系繊維では、繊維中に含まれる不純物は、元々少なく、また、繊維製品を製造する染色加工の際にこれらの少量の不純物も既に除去されている。すなわち、綿繊維等のセルロース系繊維は、染色加工における精練工程において、高温下でアルカリ処理されており、純粋のセルロースに近い状態となっている。従って、これらのセルロース系繊維を含有する繊維系廃棄物の糖化に際しては、上記木質系廃棄物或いは農産系廃棄物のような糖化前処理は必要ないように考えられる。
【0005】
しかし、これらのセルロース系繊維を含有する繊維系廃棄物は、その殆どが染料で染色され、また、例えば、柔軟剤や撥水剤など種々の繊維仕上剤などが付着した状態のまま廃棄される。ところが、下記非特許文献1に示すように、繊維に付着した染料は、セルラーゼの活性を阻害するセルラーゼ活性阻害物質であることが知られている。また、下記非特許文献2に示すように、繊維に付着した各種界面活性剤もセルラーゼ活性阻害物質であることが知られている。これらの界面活性剤は、繊維仕上剤に多く含まれている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特公平2−4277号公報
【特許文献2】特公昭63−18479号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】R. Mori, T. Haga, and T. Takagishi, “Reactive dye dyeability of cellulose fibers with cellulose treatment” Journal of Applied Polymer Science, 1996, vol.59, p.1263-1269.
【非特許文献2】M. Ueda, H. Koo, and T. Wakida, “Part II: Inhibitory effect of surfactants on cellulose catalytic reaction” Textile Research Journal, 1994, vol.64, p.615-618.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上述のようなことから、染料などのセルラーゼ活性阻害物質が付着したセルロース系繊維を含有する繊維系廃棄物は、そのままの状態でセルラーゼを作用させても、セルラーゼが効果的に働かず、セルロース原料を糖類に変換する効率を示す糖化率が良好な値にならないという問題があった。
【0009】
一般に、染色されたセルロース系繊維から染料を除去するには、酸化処理或いは還元処理によりセルロース系繊維に付着した染料を破壊しなければならない。また、セルロース系繊維に付与された繊維仕上剤を除去するには、高温での酸処理などが必要となる。これらの処理を染料或いは繊維仕上剤各々に行うことは、操作が煩雑となり困難であった。
【0010】
そこで、本発明は、以上のようなことに対処して、種々の染料及び繊維仕上剤などが付着した状態のまま廃棄されるセルロース系繊維を含有する繊維系廃棄物をセルラーゼにより糖化するに際し、単純な操作で種々の染料及び繊維仕上剤に対応でき、しかも、良好な糖化率の値を得ることのできるセルロース含有繊維材料の糖化前処理方法を提供することを目的とする。また、本発明は、当該糖化前処理方法を有するセルロース含有繊維材料の糖化方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題の解決にあたり、本発明者らは、各種染料或いは各種繊維仕上剤の付着したセルロース含有繊維材料をセルラーゼで糖化する前に、当該セルロース含有繊維材料を前処理する方法を検討した。その結果、上記セルロース含有繊維材料をある濃度範囲のアルカリ金属水酸化物水溶液で処理することにより、その後に行うセルラーゼによる糖化が効率よく行われることを見出し本発明に至った。
【0012】
即ち、本発明に係るセルロース含有繊維材料の糖化前処理方法は、請求項1の記載によると、
セルラーゼ活性阻害物質が付着したセルロース含有繊維材料をセルラーゼ含有水溶液で処理して当該セルロース含有繊維材料に含有されるセルロースを糖化するに際して、
上記セルロース含有繊維材料を前もって、5(重量%)〜40(重量%)の範囲以内の濃度を有するアルカリ金属水酸化物溶液で浸漬処理し、この浸漬処理の後に、上記セルロース含有繊維材料中のアルカリ金属水酸化物を洗浄処理するものである。
【0013】
また、本発明は、請求項2の記載によると、請求項1に記載のセルロース含有繊維材料の糖化前処理方法であって、
上記浸漬処理に際して、
上記アルカリ金属水酸化物溶液による処理温度は、−10(℃)〜40(℃)の範囲以内であることを特徴とする。
【0014】
また、本発明は、請求項3の記載によると、請求項1又は2に記載のセルロース含有繊維材料の糖化前処理方法であって、
上記洗浄処理後の上記セルロース含有繊維材料を乾燥処理することなく、続いて行われるセルラーゼ含有水溶液による酵素処理に供することを特徴とする。
【0015】
また、本発明は、請求項4の記載によると、請求項1〜3のいずれか1つに記載のセルロース含有繊維材料の糖化前処理方法であって、
上記セルラーゼ活性阻害物質は、
セルロース染色用染料、染料固着剤及び繊維仕上剤からなる群から選ばれる1種又は2種以上の化合物であることを特徴とする。
【0016】
また、本発明に係るセルロース含有繊維材料の糖化方法は、請求項5の記載によると、
セルラーゼ活性阻害物質が付着したセルロース含有繊維材料を、5(重量%)〜40(重量%)の範囲以内の濃度を有するアルカリ金属水酸化物溶液中で浸漬処理する浸漬工程と、
この浸漬工程後に、上記セルロース含有繊維材料中のアルカリ金属水酸化物を洗浄処理する洗浄工程と、
この洗浄工程後に、上記セルロース含有繊維材料に含有されるセルロースを糖化するために、当該セルロース含有繊維材料をセルラーゼ含有水溶液で酵素処理する酵素処理工程とを有する。
【0017】
また、本発明は、請求項6の記載によると、請求項5に記載のセルロース含有繊維材料の糖化方法であって、
上記浸漬工程において、
上記アルカリ金属水酸化物溶液による処理温度は、−10(℃)〜40(℃)の範囲以内であることを特徴とする。
【0018】
また、本発明は、請求項7の記載によると、請求項5又は6に記載のセルロース含有繊維材料の糖化方法であって、
上記洗浄処理工程後に、上記セルロース含有繊維材料を乾燥処理することなく、続いて行われるセルラーゼ含有水溶液による酵素処理工程に供することを特徴とする。
【0019】
また、本発明は、請求項8の記載によると、請求項5〜7のいずれか1つに記載のセルロース含有繊維材料の糖化方法であって、
上記セルラーゼ活性阻害物質は、
セルロース染色用染料、染料固着剤及び繊維仕上剤からなる群から選ばれる1種又は2種以上の化合物であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0020】
本発明は、セルロース含有繊維材料を原料としてバイオエタノールを製造するための前段階として、当該セルロース含有繊維材料にセルロース分解酵素であるセルラーゼを作用させて、上記セルロース含有繊維材料中のセルロースを糖化する際に行われる。その際、上記セルロース含有繊維材料にセルロース活性阻害物質が付着している場合であっても、上記構成によるアルカリ金属水酸化物溶液中で浸漬処理することにより、その後に行われる酵素処理において、セルラーゼによる糖化率を高くすることができる。
【0021】
すなわち、セルロース活性阻害物質が付着したセルロース含有繊維材料に対して上記構成によるアルカリ金属水酸化物溶液中で浸漬処理を行うと、セルラーゼ活性阻害物質が付着していない通常のセルロース含有繊維材料に対してアルカリ金属水酸化物溶液中で行う上記浸漬処理を行わなかったものに比べて、大きな値の糖化率を得ることができる。また、セルラーゼ活性阻害物質が付着していない通常のセルロース含有繊維材料に対してアルカリ金属水酸化物溶液中で行う上記浸漬処理を行ったものに比べても、同等に近い値の糖化率を得ることができる。
【0022】
また、上記請求項2及び請求項5の構成によると、アルカリ金属水酸化物溶液中で行う上記浸漬処理が、−10(℃)〜40(℃)の範囲以内という比較的低い温度条件で行われるので、処理液を高温に維持するためのエネルギーが必要とされず、エネルギー消費の少ない方法であるということができる。
【0023】
更に、上記請求項3及び請求項7の構成によると、上記洗浄処理の後のセルロース含有繊維材料は、乾燥されることなく、続いて行われるセルラーゼ含有水溶液による酵素処理に供せられる。この場合においても、上記請求項1及び2、或いは、請求項5及び6の効果が、より一層発揮され得る。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】実施例1において、反応染料染色綿織物に対する糖化前処理の水酸化ナトリウム水溶液の濃度と糖化率の関係を示す図である。
【図2】上記実施例1において、糖化前処理の処理温度と糖化率の関係を示す図である。
【図3】実施例2において、糖化前処理を行った反応染料染色綿織物に対する酵素処理の処理時間と糖化率の関係を示す図である。
【図4】比較例2−1において、糖化前処理を行っていない反応染料染色綿織物に対する酵素処理の処理時間と糖化率の関係を示す図である。
【図5】実施例3において、糖化前処理を行った硫化染料染色綿織物に対する酵素処理の処理時間と糖化率の関係を示す図である。
【図6】比較例3において、糖化前処理を行っていない硫化染料染色綿織物に対する酵素処理の処理時間と糖化率の関係を示す図である。
【図7】実施例4において、糖化前処理を行った染料固着剤付着綿織物に対する酵素処理の処理時間と糖化率の関係を示す図である。
【図8】比較例4において、糖化前処理を行っていない染料固着剤付着綿織物に対する酵素処理の処理時間と糖化率の関係を示す図である。
【図9】実施例5において、糖化前処理を行った繊維仕上剤付着綿織物に対する酵素処理の処理時間と糖化率の関係を示す図である。
【図10】比較例5において、糖化前処理を行っていない繊維仕上剤付着綿織物に対する酵素処理の処理時間と糖化率の関係を示す図である。
【図11】実施例6において、反応染料染色綿織物に対する糖化前処理後の乾燥の有無と糖化率の関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
本発明は、セルラーゼ活性阻害物質が付着したセルロース含有繊維材料をセルラーゼ含有水溶液で処理して当該セルロース含有繊維材料に含有されるセルロースを糖化する際に使用される。
【0026】
本発明において、セルロース含有繊維材料とは、セルロース系繊維をその全部又は一部に含有する繊維材料をいう。従って、セルロース系繊維をその全部とするセルロース含有繊維材料には、例えば、綿繊維からなる繊維材料やレーヨンからなる繊維材料などがある。一方、セルロース系繊維をその一部とするセルロース含有繊維材料には、例えば、綿とポリエステルなどの合成繊維との混紡繊維からなる繊維材料やレーヨンとウールやシルクなどの天然繊維との混紡繊維からなる繊維材料などがある。
【0027】
ここで、セルロース系繊維とは、セルロースをその構成成分とする繊維であり、このセルロース系繊維には、綿、麻などの天然繊維、ビスコースレーヨン、キュプラ、ポリノジック、テンセルなどの再生繊維が挙げられる。
【0028】
また、本発明において、繊維材料とは、単一種類又は複数種類の繊維を主構成要素とする材料であって、その形態は特に制限されるものではなく、例えば、織物、編物、不織布、繊維ウェブ、糸、繊維束、繊維塊などの繊維の集合体であってもよく、バラ毛又はカットファイバーなどの繊維の非集合体であってもよい。
【0029】
特に、これまで再利用率が低いとされる繊維系廃棄物からバイオエタノールを生産するという観点からは、生活廃棄物或いは産業廃棄物としてのセルロース含有繊維材料が着目される。生活廃棄物としては、綿などを含有する廃棄衣料や廃棄インテリアなどがあり、一方、産業廃棄物としては、紡績工場から廃棄される落綿、織布工場或いはタオル工場から廃棄されるカット屑、染色工場や縫製工場から廃棄されるハギレなどが挙げられる。
【0030】
これらのセルロース含有繊維材料からなる繊維系廃棄物の多くには、染色工場やタオル工場において染色や仕上加工が施されており、これらの繊維系廃棄物は、染料や繊維仕上剤などが付着した状態で廃棄される。これらのセルロース含有繊維材料に含有される染色された綿繊維の中には、染色工程においてシルケット加工といわれる高濃度アルカリ処理がなされたものも多く含まれるが、これらの綿繊維においてもシルケット加工後に行われる染色において、染料や繊維仕上剤などが付着した状態で廃棄される。また、紡績工場や織布工場或いはタオル工場から廃棄される繊維系廃棄物にも、紡績性や織布性を向上するための各種助剤が付与され、これらの各種助剤などが付着した状態で廃棄される。
【0031】
これらのセルロース含有繊維材料に付着した染料や繊維仕上剤は、上述のようにセルラーゼの活性を阻害するセルラーゼ活性阻害物質として作用する。ここで、セルラーゼ活性阻害物質とは、セルラーゼの基質であるセルロースに付着してセルロース分解酵素であるセルラーゼの作用に影響し、セルロースからグルコースなどが生成することを阻害する物質のことをいう。
【0032】
セルラーゼ活性阻害物質には、例えば、セルロース系繊維を染色するための染料やこれらの染料を繊維上に固着するための染料固着剤、及び、染色後の繊維に柔軟性を与える柔軟剤、縫製性を改善する可縫性向上剤、撥水性を付与する撥水剤など各種繊維仕上剤が挙げられる。また、これらの繊維仕上剤は、その主成分がセルラーゼ活性阻害物質として作用するとともに、当該主成分を乳化分散するために配合される各種界面活性剤もセルラーゼ活性阻害物質として作用する。
【0033】
ここで、セルロース繊維を染色するための染料には、反応染料、直接染料、スレン染料、硫化染料、ナフトール染料など多くの染料が利用できる。これらの中で最も利用されているのが反応染料であり、この反応染料は、セルロースと共有結合する少なくとも1個の反応性基を有する染料であって、これらの反応染料には、モノアゾ系、ポリアゾ系、アントラキノン系、フタロシアニン系、ホルマザン系又はジオキサジン系等がある。ここで、セルロースに対する代表的な反応基としては、クロロトリアジン基、クロロピリミジン基、ビニルスルホン基等がある。また、ビニルスルホン基とモノクロロトリアジン基を有する二官能染料等もある。
【0034】
これらの反応染料がセルロース分子に共有結合すると、セルロース分解酵素であるセルラーゼが基質であるセルロースを認識することを阻害する。このことにより、セルラーゼの活性が阻害されると考えられる。
【0035】
また、染料を繊維上に固着するための染料固着剤は、特に、反応染料や直接染料で染色したセルロース系繊維に使用され、上記染料の親水性基であるアニオン基とイオン結合するカチオン基を有する物質である。これらの染料固着剤の主成分は、例えば、モノアリルアミン塩酸塩、ジアリルアミン塩酸塩、ジメチルジアリルアミン塩酸塩、ビニルアミン塩酸塩、ジメチルアミンエピクロルヒドリン塩酸塩などの縮合物である。
【0036】
また、繊維仕上剤は、繊維に風合いや機能を付加するために繊維材料に付与される物質であり、多くの種類と用途がある。その一例としては、アミノシリコーン系柔軟剤、脂肪族アミド系柔軟剤、ジメチルシリコーン系柔軟剤、ウレタン系柔軟剤、アクリル樹脂系風合調整剤、酸化ポリエチレン系可縫性向上剤、フッ素系撥水撥油剤、パラフィン系撥水剤など多くのものが挙げられる。また、これらの繊維仕上剤の主成分の多くは、高分子化合物であり、水中に乳化分散する必要があるものも多い。そのために、これらの繊維仕上剤には、乳化分散剤としてのアニオン系、カチオン系或いはノニオン系の各種界面活性剤が併用されている。
【0037】
上述のようなセルラーゼ活性阻害物質が付着したセルロース含有繊維材料に対して、セルロース分解酵素であるセルラーゼを作用させて良好な糖化率の値を得るためには、本発明に係る糖化前処理が行われる。
【0038】
本発明において、糖化前処理とは、セルロース含有繊維材料を前もって、5重量%〜40重量%の範囲以内の濃度を有するアルカリ金属水酸化物溶液で浸漬処理し、この浸漬処理の後に、当該セルロース含有繊維材料中のアルカリ金属水酸化物を洗浄処理するものである。
【0039】
ここで、アルカリ金属水酸化物溶液とは、リチウム、ナトリウム、カリウム、ルビジウム、セシウム、フランシウムの水酸化物の溶液をいう。本発明には、これらの中でも、水酸化リチウム、水酸化ナトリウム、水酸化カリウムの水溶液を使用することが好ましく、また、水酸化ナトリウム水溶液が更に好ましい。
【0040】
本発明においては、これらのアルカリ金属水酸化物溶液の濃度は、5重量%〜40重量%の範囲以内で処理するものであり、更に、15重量%〜35重量%の範囲以内で処理することが好ましい。アルカリ金属水酸化物溶液の濃度が5重量%より小さい場合には、糖化前処理の効果が小さく、糖化率の値を向上することが難しい。一方、アルカリ金属水酸化物溶液の濃度が40重量%より大きい場合には、繊維材料へのアルカリ金属水酸化物溶液の浸透が不十分となり、糖化率の値を向上することが難しい。
【0041】
この浸漬処理は、セルロース含有繊維材料をアルカリ金属水酸化物溶液に浸漬するものであり、浸漬装置、浴比及び浸漬時間は適宜選定される。例えば、浴比1:10〜100或いはそれ以上の大浴比のアルカリ金属水酸化物溶液の浸漬浴の中にセルロース含有繊維材料を浸漬し、静置、撹拌、振とう或いは超音波振動などで処理することもできる。また、逆に、浴比1:10〜5或いはそれ以下の低浴比のアルカリ金属水酸化物溶液の浸漬浴の中にセルロース含有繊維材料を浸漬することもできる。更に、浸漬浴中にセルロース含有繊維材料を浸漬して直後に圧搾或いは遠心脱水などの手段で搾液して浴比を1:1〜3程度とし、この搾液されたセルロース含有繊維材料を所定の時間、重ね置き或いはロールアップして処理することもできる。
【0042】
アルカリ金属水酸化物溶液での処理時間は、処理装置や処理方法により適宜選定され、どのような処理時間であってもよいが、一般的には、1分から24時間、通常、2分〜60分程度行われる。
【0043】
また、この浸漬処理において、処理液の温度は、−10℃〜40℃の範囲以内にすることが好ましく、また、0℃〜40℃の範囲以内にすることがより好ましく、0℃〜30℃の範囲以内にすることが更に好ましい。処理液の温度が−10℃より低い場合にも、糖化率の値を向上する効果は認められるが、処理液の温度をあまり低温にすると、アルカリ金属水酸化物溶液中に結晶が析出することがあり処理に適さない。また、これらの低温範囲では、処理液を低温に維持するためにエネルギーを必要とし、却って加工コストを押し上げてしまい実用的でないからである。一方、処理液の温度が40℃より大きい場合には、糖化前処理の効果が低下する傾向にあり、また、これらの高温範囲では、処理液を高温に維持するためにエネルギーを必要とし、この場合にも加工コストを押し上げてしまうからである。
【0044】
以上のようにして、アルカリ金属水酸化物溶液により浸漬処理されたセルロース含有繊維材料は、この浸漬処理後に、セルロース含有繊維材料中のアルカリ金属水酸化物を洗浄処理する。この洗浄処理は、水洗と湯洗を十分に行うことで可能であるが、必要により、酸による中和などを組み合わせる。セルロース含有繊維材料中のアルカリ金属水酸化物が除去されたことを確認するには、pH指示薬、pHメーター或いはpH試験紙などを利用するようにしてもよい。
【0045】
この洗浄処理後のセルロース含有繊維材料は、続いて行われるセルラーゼ含有水溶液による酵素処理に供せられる前に、乾燥をしてから酵素処理を行ってもよく、また、乾燥をすることなく酵素処理を行うようにしてもよい。糖化前処理を行ったセルロース含有繊維材料に対して、乾燥をすることなく酵素処理を行う場合には、セルラーゼによる糖化率の値を更に大きくすることができる。この場合には、乾燥によりセルロース分子中に新たに形成される水素結合が、セルラーゼの作用に影響するものと考えられる。
【0046】
上記洗浄処理後に、糖化前処理されたセルロース含有繊維材料に含有されるセルロースを糖化するために、当該セルロース含有繊維材料をセルラーゼ含有水溶液で酵素処理する。
【0047】
ここで、セルラーゼとは、セルロースを加水分解する酵素の総称であって、セルロースの分解には、少なくとも3種類の酵素が関与している。これらの代表的な酵素としては、endo−グルカナーゼ(EC3.2.1.4)、exo−セロビオヒドロラーゼ(EC3.2.1.91)、β−グルコシダーゼ(EC3.2.1.74)が知られている。グルコースが重合した高分子化合物であるセルロースには、これらの機作の異なるセルラーゼが複合的に作用して、最終的にセルロースをグルコースにまで変換する。
【0048】
従って、本発明に使用するセルラーゼには、どのような酵素を使用するようにしてもよいが、好ましくは、セルロースをグルコースにまで変換する作用の強い複合酵素が有効である。例えば、Trichoderma reesei起源の市販セルラーゼ製剤などが使用される。
【0049】
酵素処理は、どのような方法で行ってもよいが、通常、酵素浴中での浸漬処理で行われる。酵素処理浴は、使用する酵素の活性と安定性を考慮してpH及び処理温度を選定する。上述のTrichoderma reesei起源の市販セルラーゼ製剤においては、例えば、pH5及び処理温度50℃程度が好ましい。この酵素処理の処理時間は、セルロースの多くがグルコースに変換されることが好ましく、そのために十分な時間が必要である。例えば、1時間〜24時間或いはそれ以上の時間、例えば、数日を要する場合もある。
【0050】
以下、本発明に係るセルロース含有繊維材料の糖化方法を各実施例により説明するが、これらの実施例により本発明が限定されるものではない。
(実施例1)
まず、アルカリ金属水酸化物溶液による浸漬処理の処理温度及びアルカリ濃度を変化させて本実施例1を行った。
【0051】
A.試料の作成
セルロース含有繊維材料として、通常の精練漂白を行った綿100%織物(50番手、平織り)を使用した。この綿100%織物に対して、住友化学工業製反応染料Sumifix Brilliant Blue R(50%liq.)を3%owf(on the weight of fiber;対繊維重量当りの薬品使用重量)使用して染色を行った。染色条件は、浴比1:20で、無水炭酸ナトリウム20g/liter及び無水硫酸ナトリウム80g/literを使用し、50℃にて60分間染色した。染色後の綿100%織物は、トリポリリン酸ナトリウム0.3%水溶液を使用して高温で洗浄し乾燥した。得られた染色された綿100%織物は、セルラーゼ阻害物質が付着したセルロース含有繊維材料として本実施例1に使用した。
【0052】
B.糖化前処理
上記染色された綿100%織物から、2gの試験片を複数枚準備し、これらの試験片に対して、各種条件の糖化前処理を行った。糖化前処理において、まず、浸漬処理は、アルカリ金属水酸化物溶液として水酸化ナトリウム水溶液を使用し、上記各試験片に対して、それぞれ、水酸化ナトリウム水溶液の濃度と温度を変化させて行った。使用した水酸化ナトリウム水溶液の濃度は、5重量%、10重量%、20重量%、30重量%及び40重量%であった。また、これらの水酸化ナトリウム水溶液それぞれに対して、処理温度は、0℃、5℃、25℃、40℃、60℃及び80℃であった。各浸漬処理の条件は、振とう式試験機を用いて、浴比1:20にて60分間とした。この浸漬処理の後、各試験片に対して洗浄処理を行った。この洗浄処理は、水洗及び湯洗を十分に行い、各試験片にアルカリが残留していないことを確認した。洗浄処理後の各試験片は、乾燥して、続いて行われる酵素処理に使用した。
【0053】
C.酵素処理
上記糖化前処理を行った各試験片に対して、セルロース分解酵素であるセルラーゼによる酵素処理を行った。酵素処理は、市販のセルラーゼ製剤であるアクセルラーゼ(ジェネンコア社製;Trichoderma reesei起源、endo−グルカナーゼ活性2200〜2800 CMC-U/g、β−グルコシダーゼ活性 525〜775 pNPG-U/g)を使用し、上記各試験片それぞれに対して、別浴にて同一条件で行った。酵素処理液は、80%酢酸0.5g/literと結晶酢酸ナトリウム4.5g/literによりpH5.3に調整した緩衝溶液に上記アクセルラーゼを25g/liter の濃度で溶解して作成した。酵素処理の条件は、浴比1:10にて50℃で3時間とした。上記の酵素処理の後、各酵素処理液の温度を80℃に昇温して、30分間処理してセルラーゼを失活させた。
【0054】
D.糖化率の測定
上記失活後の各酵素処理液を適宜希釈して、ケアシスト(ロシュ・ダイアグノスティックス社製、小型電極式血糖値専用測定機器)を使用して、酵素処理液中に発生した糖の量をグルコース換算で測定した。次に、この測定値を用いて、試験片のセルロースが完全にグルコースに分解した場合の発生グルコース量に対して、実際に発生したグルコース換算量から、酵素処理による糖化率を計算した。すなわち、試験片のセルロースが全てグルコースに変換された場合には、糖化率は100%となる。上記測定した発生グルコース量の値(換算値)及び計算した糖化率の値を表1に示す。
【0055】
なお、上記染色された綿100%織物に対して、上記糖化前処理を行うことなく酵素処理を行って比較例1の試験とした。この比較例1における、発生グルコース量の値(換算値)及び計算した糖化率の値を表1に示す。
【0056】
【表1】
表1に示す結果を用いて、各処理温度の水酸化ナトリウム水溶液による糖化前処理について、糖化前処理の水酸化ナトリウム水溶液の濃度と糖化率の関係を図1に示す。図1によると、反応染料で染色した綿100%織物を糖化するに際し、糖化前処理の水酸化ナトリウム水溶液の濃度が5重量%以上になると糖化率が上昇し始め、20重量%〜30重量%付近で糖化率が最大値となり、40重量%に向かって糖化率が徐々に降下し始める。
【0057】
従って、糖化前処理の水酸化ナトリウム水溶液の濃度が5重量%〜40重量%の範囲以内で糖化前処理を行った試験片の糖化率は、糖化前処理を行っていない試験片の糖化率(図1において濃度0%における糖化率)より向上しているということができる。また、糖化前処理の処理濃度が15重量%〜35重量%の範囲以内で糖化前処理を行った試験片の糖化率は、更に良好な値を示している。
【0058】
同様に、表1に示す結果を用いて、各濃度の水酸化ナトリウム水溶液による糖化前処理について、糖化前処理の処理温度と糖化率の関係を図2に示す。図2によると、反応染料で染色した綿100%織物を糖化するに際し、糖化前処理の水酸化ナトリウム水溶液の濃度が5重量%〜40重量%の範囲以内で、且つ、糖化前処理の処理温度が5℃〜40℃の範囲以内で糖化前処理を行った試験片の糖化率は、糖化前処理を行っていない試験片の糖化率(図2において破線で示す濃度0%のデータ)より向上しているということができる。また、糖化前処理の処理温度が10℃〜30℃の範囲以内で糖化前処理を行った試験片の糖化率は、更に良好な値を示している。
【0059】
そこで、上記条件の中で、より好ましいと考えられる糖化前処理条件を選択して実施例2〜実施例5を行った。すなわち、各種のセルラーゼ活性阻害物質が付着した綿100%織物に対して、処理温度が20℃で、水酸化ナトリウム水溶液の濃度が20重量%の処理液を用いて糖化前処理を行い、続いて、セルラーゼによる酵素処理を行った。
(実施例2)
本実施例2は、セルラーゼ阻害物質が付着したセルロース含有繊維材料として、反応染料で染色した綿100%織物を用いて、以下のようにして糖化処理を行った。
【0060】
A.試料の作成
上記実施例1と同じ綿100%織物(50番手、平織り)を使用した。この綿100%織物に対して、下記の5種の反応染料を使用して、染色された綿100%織物を作成した。反応染料1は、上記実施例1で使用した染料である。
【0061】
反応染料1:住友化学工業製、Sumifix Brilliant Blue R(50%liq.)
反応染料2:ダイスター社製、Remazol Black B(50%liq.)
反応染料3:ダイスター社製、Remazol Turquoise Blue G
反応染料4:クラリアント社製、Drimarene Navy Blue X-RBL
反応染料5:紀和化学工業製、KP Cion Blue P-GR(40%liq.)
染色は、上記各染料をそれぞれ3%owf使用して行った。染色温度は、反応染料1〜3については50℃であり、反応染料4及び5については80℃であった。その他の染色条件及び洗浄条件は、上記実施例1と同様にして行った。
【0062】
B.糖化前処理
上記染色された綿100%織物に対して糖化前処理を行った。糖化前処理における浸漬処理は、振とう式試験機を用いて、濃度20重量%の水酸化ナトリウム水溶液を使用し、浴比1:20、処理温度20℃で60分間処理した。浸漬処理後の各試験片は、上記実施例1と同様にして洗浄し、乾燥した。
【0063】
C.酵素処理
本実施例2においては、酵素処理の処理時間を3時間、6時間、12時間、24時間、36時間及び72時間の各時間とした以外、酵素処理の条件及び操作は、上記実施例1と同様にして行った。
【0064】
D.糖化率の測定
酵素処理液中に発生した糖の量(グルコース換算値)の測定とこの測定値を用いた糖化率の計算は、上記実施例1と同様にして行った。測定した発生グルコース量の値(換算値)及び計算した糖化率の値を表2に示す。
【0065】
なお、上記各反応染料で染色された綿100%織物に対して、それぞれ、糖化前処理を行うことなく酵素処理を行って比較例2−1の試験とした。この比較例2−1における、発生グルコース量の値(換算値)及び計算した糖化率の値を表2に示す。
【0066】
【表2】
更に、染色前の綿100%織物を染色することなく(これより以後、未染色或いは未処理という)、上記各糖化前処理を行ってから酵素処理を行い比較例2−2の試験とした。また、未染色の綿100%織物を糖化前処理を行うことなく酵素処理のみを行って比較例2−3の試験とした。この比較例2−2及び比較例2−3における、発生グルコース量の値(換算値)及び計算した糖化率の値を表3に示す。
【0067】
【表3】
表2及び表3に示す実施例2及び比較例2−2の結果を用いて、各反応染料で染色した綿100%織物及び未染色の綿100%織物を糖化前処理してから酵素処理した場合の酵素処理時間と糖化率の関係を図3に示す。一方、表2及び表3に示す比較例2−1及び比較例2−3の結果を用いて、各反応染料で染色した綿100%織物及び未染色の綿100%織物を糖化前処理することなく酵素処理した場合の酵素処理時間と糖化率の関係を図4に示す。
【0068】
まず、図4において、反応染料1〜5で染色し糖化前処理を行っていない試験片の糖化率は、未染色で糖化前処理を行っていない試験片の糖化率(図4において破線で示すデータ)より小さな値を示し、上記各反応染料は、セルラーゼ活性阻害物質であることが確認できる。
【0069】
次に、図3において、反応染料1〜5で染色し糖化前処理を行った試験片の糖化率は、未染色で糖化前処理を行った試験片の糖化率(図3において破線で示すデータ)より若干小さな値を示すが、未染色で糖化前処理を行っていない試験片の糖化率(図4参照)に比べると、かなり大きな値を示す。このことから、セルラーゼ阻害物質である反応染料が付着した綿100%織物においても、本発明に係る糖化前処理を行うことにより、セルラーゼによる高い糖化率が得られることが分かる。
(実施例3)
本実施例3は、セルラーゼ阻害物質が付着したセルロース含有繊維材料として、硫化染料で染色した綿100%織物を用いて、以下のようにして糖化処理を行った。
【0070】
A.試料の作成
上記実施例1と同じ綿100%織物(50番手、平織り)を使用した。この綿100%織物に対して、下記の5種の硫化染料を使用して、染色された綿100%織物を作成した。
【0071】
硫化染料1:旭化学工業製、Asathio Blue RC 200
硫化染料2:旭化学工業製、Asathiosol Yellow S-RR
硫化染料3:旭化学工業製、Asathiosol Blue S-BC
硫化染料4:旭化学工業製、Asathiosol Black Brown S-RD
硫化染料5:旭化学工業製、Asathiosol Bordeaux S-3B
染色は、上記各染料をそれぞれ10%owf使用して行った。染色条件は、浴比1:100で、還元剤としてアサヒチオゲン3.5ml/liter及び無水硫酸ナトリウム8g/literを使用し、80℃で60分間染色した。染色後の綿100%織物は、水洗後、35%過酸化水素水2ml/liter及び80%酢酸5ml/literを使用して10分間、酸化処理してから洗浄し乾燥した。
【0072】
B.糖化前処理
上記染色された綿100%織物に対して、糖化前処理を行った。糖化前処理の条件及び操作は、上記実施例2と同様にして行った。
【0073】
C.酵素処理
上記糖化前処理された綿100%織物に対して、酵素処理を行った。酵素処理の条件及び操作は、上記実施例2と同様にして行った。
【0074】
D.糖化率の測定
酵素処理液中に発生した糖の量(グルコース換算値)の測定とこの測定値を用いた糖化率の計算は、上記実施例1と同様にして行った。また、測定した発生グルコース量の値(換算値)及び計算した糖化率の値を表4に示す。
【0075】
なお、上記各硫化染料で染色された綿100%織物に対して、それぞれ、糖化前処理を行うことなく酵素処理を行って比較例3の試験とした。この比較例3における、発生グルコース量の値(換算値)及び計算した糖化率の値を表4に示す。
【0076】
【表4】
表4及び表3に示す実施例3及び比較例2−2の結果を用いて、各硫化染料で染色した綿100%織物及び未染色の綿100%織物を糖化前処理してから酵素処理した場合の酵素処理時間と糖化率の関係を図5に示す。一方、表4及び表3に示す比較例3及び比較例2−3の結果を用いて、各硫化染料で染色した綿100%織物及び未染色の綿100%織物を糖化前処理することなく酵素処理した場合の酵素処理時間と糖化率の関係を図6に示す。
【0077】
まず、図6において、硫化染料1〜5で染色し糖化前処理を行っていない試験片の糖化率は、未染色で糖化前処理を行っていない試験片の糖化率(図6において破線で示すデータ)より小さな値を示し、上記各硫化染料は、セルラーゼ活性阻害物質であることが確認できる。
【0078】
次に、図5において、硫化染料1〜5で染色し糖化前処理を行った試験片の糖化率は、未染色で糖化前処理を行った試験片の糖化率(図5において破線で示すデータ)より若干小さな値を示すが、未染色で糖化前処理を行っていない試験片の糖化率(図6参照)に比べると、かなり大きな値を示す。このことから、セルラーゼ阻害物質である硫化染料が付着した綿100%織物においても、本発明に係る糖化前処理を行うことにより、セルラーゼによる高い糖化率が得られることが分かる。
(実施例4)
本実施例4は、セルラーゼ阻害物質が付着したセルロース含有繊維材料として、染料固着剤が付着した綿100%織物を用いて、以下のようにして糖化処理を行った。
【0079】
A.試料の作成
上記実施例1と同じ綿100%織物(50番手、平織り)を使用した。この綿100%織物に対して、下記の5種の染料固着剤を付与して、染料固着剤が付着した綿100%織物を作成した。
【0080】
染料固着剤1:MAA(モノアリルアミン塩酸塩縮合物の30%水溶液)
染料固着剤2:DAA(ジアリルアミン塩酸塩縮合物の30%水溶液)
染料固着剤3:DMDAA(ジメチルジアリルアミン塩酸塩縮合物の30%水溶液)
染料固着剤4:VA(ビニルアミン塩酸塩縮合物の10%水溶液)
染料固着剤5:DMAEP(ジメチルアミンエピクロルヒドリン縮合物の40%水溶液)
なお、市販の染料固着剤は、主剤に各種補助剤を配合して使用されるものであるが、本実施例4においては、染料固着剤の主成分である上記5種の化合物を使用した。
【0081】
綿100%織物への染料固着剤の付与は、浸漬法により行った。浴比1:10で上記各染料固着剤を固形分換算で3%owfとなるように調整した処理浴を50℃にして、未処理の綿100%織物を投入後、15分間浸漬処理した。この浸漬処理した綿100%織物は、水洗した後、乾燥した。
【0082】
B.糖化前処理
上記染料固着剤が付与された綿100%織物に対して、糖化前処理を行った。糖化前処理の条件及び操作は、上記実施例2と同様にして行った。
【0083】
C.酵素処理
上記糖化前処理された綿100%織物に対して、酵素処理を行った。酵素処理の条件及び操作は、上記実施例2と同様にして行った。
【0084】
D.糖化率の測定
酵素処理液中に発生した糖の量(グルコース換算値)の測定とこの測定値を用いた糖化率の計算は、上記実施例1と同様にして行った。また、測定した発生グルコース量の値(換算値)及び計算した糖化率の値を表5に示す。
【0085】
なお、上記各染料固着剤を付与した綿100%織物に対して、それぞれ、糖化前処理を行うことなく酵素処理を行って比較例4の試験とした。この比較例4における、発生グルコース量の値(換算値)及び計算した糖化率の値を表5に示す。
【0086】
【表5】
表5及び表3に示す実施例4及び比較例2−2の結果を用いて、各染料固着剤が付着した綿100%織物及び未処理の綿100%織物を糖化前処理してから酵素処理した場合の酵素処理時間と糖化率の関係を図7に示す。一方、表5及び表3に示す比較例4及び比較例2−3の結果を用いて、各染料固着剤が付着した綿100%織物及び未処理の綿100%織物を糖化前処理することなく酵素処理した場合の酵素処理時間と糖化率の関係を図8に示す。
【0087】
まず、図8において、染料固着剤1〜5が付着し糖化前処理を行っていない試験片の糖化率は、未処理で糖化前処理を行っていない試験片の糖化率(図8において破線で示すデータ)より小さな値を示し、上記各染料固着剤は、セルラーゼ活性阻害物質であることが確認できる。
【0088】
次に、図7において、染料固着剤1〜5が付着し糖化前処理を行った試験片の糖化率は、未処理で糖化前処理を行った試験片の糖化率(図7において破線で示すデータ)とほぼ同等の値(染料固着剤2のみ若干小さな値)を示し、未処理で糖化前処理を行っていない試験片の糖化率(図8参照)に比べると、かなり大きな値を示す。このことから、セルラーゼ阻害物質である染料固着剤が付着した綿100%織物においても、本発明に係る糖化前処理を行うことにより、セルラーゼによる高い糖化率が得られることが分かる。
(実施例5)
本実施例5は、セルラーゼ阻害物質が付着したセルロース含有繊維材料として、各種繊維仕上剤が付着した綿100%織物を用いて、以下のようにして糖化処理を行った。
【0089】
A.試料の作成
上記実施例1と同じ綿100%織物(50番手、平織り)を使用した。この綿100%織物に対して、下記の7種の繊維仕上剤を付与して、繊維仕上剤が付着した綿100%織物を作成した。
【0090】
繊維仕上剤1:アミノシリコーン系柔軟剤(23%エマルション)
繊維仕上剤2:脂肪族アミド系柔軟剤(18%エマルション)
繊維仕上剤3:ジメチルシリコーン系柔軟剤(38%エマルション)
繊維仕上剤4:酸化ポリエチレン系可縫性向上剤(19%エマルション)
繊維仕上剤5:ウレタン系柔軟剤(29%溶液)
繊維仕上剤6:アクリル樹脂系風合調整剤(60%エマルション)
繊維仕上剤7:フッ素系撥水撥油剤(21%エマルション)
+架橋剤(HDI系ブロック化イソシアネート)
なお、市販の繊維仕上剤は、主剤に各種補助剤を配合して使用されるものであるが、本実施例5においては、繊維仕上剤の主成分である上記5種の化合物を使用した。
【0091】
綿100%織物への繊維仕上剤の付与は、連続法(浸漬→搾液→乾燥→熱処理)により行った。まず、綿100%織物への繊維仕上剤の付着量が上記各繊維仕上剤を固形分換算で1%owfとなるように浸漬浴を調整した。搾液後の乾燥は、120℃で90秒間行った。乾燥後の熱処理は、乾熱にて170℃で60秒間行った。この熱処理後の綿100%織物は、洗浄せずに使用した。
【0092】
B.糖化前処理
上記繊維仕上剤が付与された綿100%織物に対して、糖化前処理を行った。糖化前処理の条件及び操作は、上記実施例2と同様にして行った。
【0093】
C.酵素処理
上記糖化前処理された綿100%織物に対して、酵素処理を行った。酵素処理の条件及び操作は、上記実施例2と同様にして行った。
【0094】
D.糖化率の測定
酵素処理液中に発生した糖の量(グルコース換算値)の測定とこの測定値を用いた糖化率の計算は、上記実施例1と同様にして行った。また、測定した発生グルコース量の値(換算値)及び計算した糖化率の値を表6に示す。
【0095】
なお、上記各繊維仕上剤が付着した綿100%織物に対して、それぞれ、糖化前処理を行うことなく酵素処理を行って比較例5の試験とした。この比較例5における、発生グルコース量の値(換算値)及び計算した糖化率の値を表6に示す。
【0096】
【表6】
表6及び表3に示す実施例5及び比較例2−2の結果を用いて、各繊維仕上剤が付着した綿100%織物及び未処理の綿100%織物を糖化前処理してから酵素処理した場合の酵素処理時間と糖化率の関係を図9に示す。一方、表6及び表3に示す比較例5及び比較例2−3の結果を用いて、各繊維仕上剤が付着した綿100%織物及び未処理の綿100%織物を糖化前処理することなく酵素処理した場合の酵素処理時間と糖化率の関係を図10に示す。
【0097】
まず、図10において、繊維仕上剤1〜7が付着し糖化前処理を行っていない試験片の糖化率は、未処理で糖化前処理を行っていない試験片の糖化率(図10において破線で示すデータ)より小さな値を示し、上記各染料固着剤は、セルラーゼ活性阻害物質であることが確認できる。
【0098】
次に、図9において、繊維仕上剤1〜7が付着し糖化前処理を行った試験片の糖化率は、未処理で糖化前処理を行った試験片の糖化率(図9において破線で示すデータ)と同等或いはそれより若干大きな値(繊維仕上剤7のみ若干小さな値)を示し、未処理で糖化前処理を行っていない試験片の糖化率(図10参照)に比べると、かなり大きな値を示す。このことから、セルラーゼ阻害物質である繊維仕上剤が付着した綿100%織物においても、本発明に係る糖化前処理を行うことにより、セルラーゼによる糖化率を高くすることができる。
(実施例6)
本実施例6は、セルラーゼ阻害物質が付着したセルロース含有繊維材料として、反応染料で染色した綿100%織物を用いて、以下のようにして糖化処理を行った。すなわち、糖化前処理後にセルロース含有繊維材料を乾燥してから酵素処理を行う場合と、糖化前処理後にセルロース含有繊維材料を乾燥せずに酵素処理を行う場合について実施した。
【0099】
A.試料の作成
上記実施例1で作成したものと同じ、染色された綿100%織物を使用した。
【0100】
B.糖化前処理
上記染色された綿100%織物に対して糖化前処理を行った。糖化前処理における浸漬処理は、振とう式試験機を用いて、濃度20重量%の水酸化ナトリウム水溶液を使用し、浴比1:20、処理温度25℃で5分間処理した。この浸漬処理の後、各試験片に対して上記実施例1と同様にして洗浄処理を行った。洗浄後の試験片について、乾燥を行ったものと、乾燥を行わなかったものを作成し、これらを続いて行われる酵素処理に使用した。
【0101】
C.酵素処理
上記糖化前処理された綿100%織物であって、洗浄後の乾燥を行った試験片と、乾燥を行わなかった試験片に対して、酵素処理を行った。酵素処理の条件及び操作は、上記実施例1と同様であって、酵素処理の処理時間は、3時間で行った。
【0102】
D.糖化率の測定
酵素処理液中に発生した糖の量(グルコース換算値)の測定とこの測定値を用いた糖化率の計算は、上記実施例1と同様にして行った。また、測定した発生グルコース量の値(換算値)及び計算した糖化率の値を表7に示す。
【0103】
なお、上記染色された綿100%織物に対して、糖化前処理を行うことなく酵素処理を行って比較例6の試験とした。この比較例6における、発生グルコース量の値(換算値)及び計算した糖化率の値を表7に示す。
【0104】
【表7】
表7に示す結果を用いて、各試験片についての糖化率の値を比較して図11に示す。図11によると、反応染料で染色した綿100%織物を糖化するに際し、糖化前処理における洗浄処理の後に綿100%織物を乾燥してから酵素処理を行った場合には、糖化前処理を行わずに酵素処理を行った場合に比べ、セルラーゼによる糖化率を高くすることができる。
【0105】
また、上記洗浄処理の後に綿100%織物を乾燥せずに酵素処理を行った場合には、洗浄処理の後に綿100%織物を乾燥してから酵素処理を行った場合に比べ、セルラーゼによる糖化率を更に高くすることができる。
【0106】
上述のように、実施例1〜6の各糖化方法は、セルロース含有繊維材料としての綿100%織物を原料とし、セルロース分解酵素であるセルラーゼを作用させて当該綿100%織物のセルロースを糖化する。その際、上記セルロース含有繊維材料に各種のセルラーゼ活性阻害物質が付着している場合であっても、上記実施例1〜6で説明した水酸化ナトリウム水溶液による浸漬処理を含む糖化前処理を行うことにより、その後に行われる酵素処理において、セルラーゼによる糖化率の値を高くすることができた。
【0107】
よって、上記実施例1〜6においては、セルロース活性阻害物質が付着したセルロース含有繊維材料に対して、セルラーゼ活性阻害物質が付着していない通常のセルロース含有繊維材料とほぼ同等或いはそれ以上の糖化率を得ることができる、セルロース含有繊維材料の糖化前処理方法及び当該糖化前処理方法を有するセルロース含有繊維材料の糖化方法を提供することができる。
【0108】
また、上記実施例1〜6においては、水酸化ナトリウム水溶液による浸漬処理の処理温度が比較的低い温度範囲で行うことができるので、処理液を高温に維持するためのエネルギーが必要とされず、エネルギー消費の少ない、セルロース含有繊維材料の糖化前処理方法及び当該糖化前処理方法を有するセルロース含有繊維材料の糖化方法を提供することができる。
【0109】
更に、上記実施例6においては、糖化前処理における洗浄処理の後に、セルロース含有繊維材料を乾燥せずに酵素処理を行うことにより、セルラーゼによる糖化率を更に高くすることができる、セルロース含有繊維材料の糖化前処理方法及び当該糖化前処理方法を有するセルロース含有繊維材料の糖化方法を提供することができる。
【0110】
なお、本発明の実施にあたり、上記各実施例に限らず次のような種々の変形例が挙げられる。
(1)上記実施例1〜5においては、セルロース含有繊維材料として綿100%織物を採用したが、これに限定することなく、セルロース系繊維を含有する繊維材料であれば、どのようなものであってもよい。また、繊維材料として、織物でなくてもよく、編物、不織布、ワタ、繊維屑などどのような形態のものであってもよい。
(2)上記実施例1〜5においては、綿100%織物に各種セルラーゼ活性阻害物質を付与してセルロース含有繊維材料を準備したが、本発明を繊維系廃棄物などこれまで利用されていなかったセルロース含有繊維材料に使用することにより、バイオマス資源の有効利用を図ることができる。
(3)上記実施例1〜5においては、単一のセルラーゼ活性阻害物質が付着したセルロース含有繊維材料に対するものであるが、上記繊維系廃棄物など現実に利用されるセルロース含有繊維材料においては、何種類ものセルラーゼ活性阻害物質が同時に付着するものである。本発明は、このように複数のセルラーゼ活性阻害物質が同時に付着したセルロース含有繊維材料に対しても有効に作用するものである。
(4)上記実施例1〜5においては、糖化前処理には、水酸化ナトリウム水溶液を使用するものであるが、これに限定されず、水酸化カリウム水溶液或いは水酸化リチウム水溶液など、他のアルカリ金属水酸化物溶液を使用するようにしてもよい。
(5)上記実施例1〜5においては、糖化前処理は、振とう式装置を用いて、浴比1:20で処理するものであるが、浴比を小さくして処理してもよく、例えば、水酸化ナトリウム水溶液に浸漬後すぐに搾液してから、洗浄までに一定時間放置する方法などを採用し、浴比を1:1〜3程度にして処理してもよい。この場合には、使用薬剤の使用量を節減することができる。
(6)上記実施例1〜5においては、糖化前処理の後にセルラーゼによる酵素処理により糖類を生成し、この後に酵母によるアルコール発酵を行うものであるが、糖化前処理の後に酵母とセルラーゼの同浴処理である、所謂、並行発酵法を行うようにしてもよい。
【技術分野】
【0001】
本発明は、セルロースを含有する繊維材料にセルラーゼを作用させて糖化するに際し、前もって行われるセルロース含有繊維材料の糖化前処理方法に関するものであり、また、当該糖化前処理方法を有するセルロース含有繊維材料の糖化方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、バイオマスエネルギーの利用が広く話題となっているが、これらのバイオマスの中でも、食料資源を圧迫しないセルロース資源を活用してバイオマスエネルギーとして利用する研究が注目されている。これらのセルロース資源としては、古紙や廃木材などの木質系廃棄物、稲ワラ、モミガラ、バガスなどの農産系廃棄物、及び、綿の衣料やインテリアなどの繊維系廃棄物が考えられる。そこで、これらの廃棄物を有効利用するために、これらのセルロース資源をセルロース分解酵素であるセルラーゼで糖化し、得られた糖類をエタノール発酵して、バイオエタノールとする研究が広く行われている。
【0003】
木質系廃棄物や農産系廃棄物には、セルロース以外にリグニンやヘミセルロースなどの不純物が含有されており、これらの木質系廃棄物や農産系廃棄物から必要なセルロースのみを取り出し、これらのセルロース資源を効率よく糖化する方法が種々検討されている。これらの方法には、リグニンやヘミセルロースなどを多く含む木質系廃棄物の糖化に際し、糖化前処理として高温、高圧下で酸処理及びアルカリ処理を行う方法などがある。例えば、下記特許文献1の実施例には、120℃という高温下でアルカリ処理をする方法が記載されている。また、下記特許文献2には、木質系廃棄物に比べて不純物の含有量が少ない農産系廃棄物の糖化に際し、ポリエチレングリコール又はその誘導体による糖化前処理を行う方法が提案されている。
【0004】
一方、衣料やインテリアなど色々な用途から廃棄される繊維系廃棄物の中には、多くの綿繊維などのセルロース系繊維が含まれている。これらのセルロース系繊維では、繊維中に含まれる不純物は、元々少なく、また、繊維製品を製造する染色加工の際にこれらの少量の不純物も既に除去されている。すなわち、綿繊維等のセルロース系繊維は、染色加工における精練工程において、高温下でアルカリ処理されており、純粋のセルロースに近い状態となっている。従って、これらのセルロース系繊維を含有する繊維系廃棄物の糖化に際しては、上記木質系廃棄物或いは農産系廃棄物のような糖化前処理は必要ないように考えられる。
【0005】
しかし、これらのセルロース系繊維を含有する繊維系廃棄物は、その殆どが染料で染色され、また、例えば、柔軟剤や撥水剤など種々の繊維仕上剤などが付着した状態のまま廃棄される。ところが、下記非特許文献1に示すように、繊維に付着した染料は、セルラーゼの活性を阻害するセルラーゼ活性阻害物質であることが知られている。また、下記非特許文献2に示すように、繊維に付着した各種界面活性剤もセルラーゼ活性阻害物質であることが知られている。これらの界面活性剤は、繊維仕上剤に多く含まれている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特公平2−4277号公報
【特許文献2】特公昭63−18479号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】R. Mori, T. Haga, and T. Takagishi, “Reactive dye dyeability of cellulose fibers with cellulose treatment” Journal of Applied Polymer Science, 1996, vol.59, p.1263-1269.
【非特許文献2】M. Ueda, H. Koo, and T. Wakida, “Part II: Inhibitory effect of surfactants on cellulose catalytic reaction” Textile Research Journal, 1994, vol.64, p.615-618.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上述のようなことから、染料などのセルラーゼ活性阻害物質が付着したセルロース系繊維を含有する繊維系廃棄物は、そのままの状態でセルラーゼを作用させても、セルラーゼが効果的に働かず、セルロース原料を糖類に変換する効率を示す糖化率が良好な値にならないという問題があった。
【0009】
一般に、染色されたセルロース系繊維から染料を除去するには、酸化処理或いは還元処理によりセルロース系繊維に付着した染料を破壊しなければならない。また、セルロース系繊維に付与された繊維仕上剤を除去するには、高温での酸処理などが必要となる。これらの処理を染料或いは繊維仕上剤各々に行うことは、操作が煩雑となり困難であった。
【0010】
そこで、本発明は、以上のようなことに対処して、種々の染料及び繊維仕上剤などが付着した状態のまま廃棄されるセルロース系繊維を含有する繊維系廃棄物をセルラーゼにより糖化するに際し、単純な操作で種々の染料及び繊維仕上剤に対応でき、しかも、良好な糖化率の値を得ることのできるセルロース含有繊維材料の糖化前処理方法を提供することを目的とする。また、本発明は、当該糖化前処理方法を有するセルロース含有繊維材料の糖化方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題の解決にあたり、本発明者らは、各種染料或いは各種繊維仕上剤の付着したセルロース含有繊維材料をセルラーゼで糖化する前に、当該セルロース含有繊維材料を前処理する方法を検討した。その結果、上記セルロース含有繊維材料をある濃度範囲のアルカリ金属水酸化物水溶液で処理することにより、その後に行うセルラーゼによる糖化が効率よく行われることを見出し本発明に至った。
【0012】
即ち、本発明に係るセルロース含有繊維材料の糖化前処理方法は、請求項1の記載によると、
セルラーゼ活性阻害物質が付着したセルロース含有繊維材料をセルラーゼ含有水溶液で処理して当該セルロース含有繊維材料に含有されるセルロースを糖化するに際して、
上記セルロース含有繊維材料を前もって、5(重量%)〜40(重量%)の範囲以内の濃度を有するアルカリ金属水酸化物溶液で浸漬処理し、この浸漬処理の後に、上記セルロース含有繊維材料中のアルカリ金属水酸化物を洗浄処理するものである。
【0013】
また、本発明は、請求項2の記載によると、請求項1に記載のセルロース含有繊維材料の糖化前処理方法であって、
上記浸漬処理に際して、
上記アルカリ金属水酸化物溶液による処理温度は、−10(℃)〜40(℃)の範囲以内であることを特徴とする。
【0014】
また、本発明は、請求項3の記載によると、請求項1又は2に記載のセルロース含有繊維材料の糖化前処理方法であって、
上記洗浄処理後の上記セルロース含有繊維材料を乾燥処理することなく、続いて行われるセルラーゼ含有水溶液による酵素処理に供することを特徴とする。
【0015】
また、本発明は、請求項4の記載によると、請求項1〜3のいずれか1つに記載のセルロース含有繊維材料の糖化前処理方法であって、
上記セルラーゼ活性阻害物質は、
セルロース染色用染料、染料固着剤及び繊維仕上剤からなる群から選ばれる1種又は2種以上の化合物であることを特徴とする。
【0016】
また、本発明に係るセルロース含有繊維材料の糖化方法は、請求項5の記載によると、
セルラーゼ活性阻害物質が付着したセルロース含有繊維材料を、5(重量%)〜40(重量%)の範囲以内の濃度を有するアルカリ金属水酸化物溶液中で浸漬処理する浸漬工程と、
この浸漬工程後に、上記セルロース含有繊維材料中のアルカリ金属水酸化物を洗浄処理する洗浄工程と、
この洗浄工程後に、上記セルロース含有繊維材料に含有されるセルロースを糖化するために、当該セルロース含有繊維材料をセルラーゼ含有水溶液で酵素処理する酵素処理工程とを有する。
【0017】
また、本発明は、請求項6の記載によると、請求項5に記載のセルロース含有繊維材料の糖化方法であって、
上記浸漬工程において、
上記アルカリ金属水酸化物溶液による処理温度は、−10(℃)〜40(℃)の範囲以内であることを特徴とする。
【0018】
また、本発明は、請求項7の記載によると、請求項5又は6に記載のセルロース含有繊維材料の糖化方法であって、
上記洗浄処理工程後に、上記セルロース含有繊維材料を乾燥処理することなく、続いて行われるセルラーゼ含有水溶液による酵素処理工程に供することを特徴とする。
【0019】
また、本発明は、請求項8の記載によると、請求項5〜7のいずれか1つに記載のセルロース含有繊維材料の糖化方法であって、
上記セルラーゼ活性阻害物質は、
セルロース染色用染料、染料固着剤及び繊維仕上剤からなる群から選ばれる1種又は2種以上の化合物であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0020】
本発明は、セルロース含有繊維材料を原料としてバイオエタノールを製造するための前段階として、当該セルロース含有繊維材料にセルロース分解酵素であるセルラーゼを作用させて、上記セルロース含有繊維材料中のセルロースを糖化する際に行われる。その際、上記セルロース含有繊維材料にセルロース活性阻害物質が付着している場合であっても、上記構成によるアルカリ金属水酸化物溶液中で浸漬処理することにより、その後に行われる酵素処理において、セルラーゼによる糖化率を高くすることができる。
【0021】
すなわち、セルロース活性阻害物質が付着したセルロース含有繊維材料に対して上記構成によるアルカリ金属水酸化物溶液中で浸漬処理を行うと、セルラーゼ活性阻害物質が付着していない通常のセルロース含有繊維材料に対してアルカリ金属水酸化物溶液中で行う上記浸漬処理を行わなかったものに比べて、大きな値の糖化率を得ることができる。また、セルラーゼ活性阻害物質が付着していない通常のセルロース含有繊維材料に対してアルカリ金属水酸化物溶液中で行う上記浸漬処理を行ったものに比べても、同等に近い値の糖化率を得ることができる。
【0022】
また、上記請求項2及び請求項5の構成によると、アルカリ金属水酸化物溶液中で行う上記浸漬処理が、−10(℃)〜40(℃)の範囲以内という比較的低い温度条件で行われるので、処理液を高温に維持するためのエネルギーが必要とされず、エネルギー消費の少ない方法であるということができる。
【0023】
更に、上記請求項3及び請求項7の構成によると、上記洗浄処理の後のセルロース含有繊維材料は、乾燥されることなく、続いて行われるセルラーゼ含有水溶液による酵素処理に供せられる。この場合においても、上記請求項1及び2、或いは、請求項5及び6の効果が、より一層発揮され得る。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】実施例1において、反応染料染色綿織物に対する糖化前処理の水酸化ナトリウム水溶液の濃度と糖化率の関係を示す図である。
【図2】上記実施例1において、糖化前処理の処理温度と糖化率の関係を示す図である。
【図3】実施例2において、糖化前処理を行った反応染料染色綿織物に対する酵素処理の処理時間と糖化率の関係を示す図である。
【図4】比較例2−1において、糖化前処理を行っていない反応染料染色綿織物に対する酵素処理の処理時間と糖化率の関係を示す図である。
【図5】実施例3において、糖化前処理を行った硫化染料染色綿織物に対する酵素処理の処理時間と糖化率の関係を示す図である。
【図6】比較例3において、糖化前処理を行っていない硫化染料染色綿織物に対する酵素処理の処理時間と糖化率の関係を示す図である。
【図7】実施例4において、糖化前処理を行った染料固着剤付着綿織物に対する酵素処理の処理時間と糖化率の関係を示す図である。
【図8】比較例4において、糖化前処理を行っていない染料固着剤付着綿織物に対する酵素処理の処理時間と糖化率の関係を示す図である。
【図9】実施例5において、糖化前処理を行った繊維仕上剤付着綿織物に対する酵素処理の処理時間と糖化率の関係を示す図である。
【図10】比較例5において、糖化前処理を行っていない繊維仕上剤付着綿織物に対する酵素処理の処理時間と糖化率の関係を示す図である。
【図11】実施例6において、反応染料染色綿織物に対する糖化前処理後の乾燥の有無と糖化率の関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
本発明は、セルラーゼ活性阻害物質が付着したセルロース含有繊維材料をセルラーゼ含有水溶液で処理して当該セルロース含有繊維材料に含有されるセルロースを糖化する際に使用される。
【0026】
本発明において、セルロース含有繊維材料とは、セルロース系繊維をその全部又は一部に含有する繊維材料をいう。従って、セルロース系繊維をその全部とするセルロース含有繊維材料には、例えば、綿繊維からなる繊維材料やレーヨンからなる繊維材料などがある。一方、セルロース系繊維をその一部とするセルロース含有繊維材料には、例えば、綿とポリエステルなどの合成繊維との混紡繊維からなる繊維材料やレーヨンとウールやシルクなどの天然繊維との混紡繊維からなる繊維材料などがある。
【0027】
ここで、セルロース系繊維とは、セルロースをその構成成分とする繊維であり、このセルロース系繊維には、綿、麻などの天然繊維、ビスコースレーヨン、キュプラ、ポリノジック、テンセルなどの再生繊維が挙げられる。
【0028】
また、本発明において、繊維材料とは、単一種類又は複数種類の繊維を主構成要素とする材料であって、その形態は特に制限されるものではなく、例えば、織物、編物、不織布、繊維ウェブ、糸、繊維束、繊維塊などの繊維の集合体であってもよく、バラ毛又はカットファイバーなどの繊維の非集合体であってもよい。
【0029】
特に、これまで再利用率が低いとされる繊維系廃棄物からバイオエタノールを生産するという観点からは、生活廃棄物或いは産業廃棄物としてのセルロース含有繊維材料が着目される。生活廃棄物としては、綿などを含有する廃棄衣料や廃棄インテリアなどがあり、一方、産業廃棄物としては、紡績工場から廃棄される落綿、織布工場或いはタオル工場から廃棄されるカット屑、染色工場や縫製工場から廃棄されるハギレなどが挙げられる。
【0030】
これらのセルロース含有繊維材料からなる繊維系廃棄物の多くには、染色工場やタオル工場において染色や仕上加工が施されており、これらの繊維系廃棄物は、染料や繊維仕上剤などが付着した状態で廃棄される。これらのセルロース含有繊維材料に含有される染色された綿繊維の中には、染色工程においてシルケット加工といわれる高濃度アルカリ処理がなされたものも多く含まれるが、これらの綿繊維においてもシルケット加工後に行われる染色において、染料や繊維仕上剤などが付着した状態で廃棄される。また、紡績工場や織布工場或いはタオル工場から廃棄される繊維系廃棄物にも、紡績性や織布性を向上するための各種助剤が付与され、これらの各種助剤などが付着した状態で廃棄される。
【0031】
これらのセルロース含有繊維材料に付着した染料や繊維仕上剤は、上述のようにセルラーゼの活性を阻害するセルラーゼ活性阻害物質として作用する。ここで、セルラーゼ活性阻害物質とは、セルラーゼの基質であるセルロースに付着してセルロース分解酵素であるセルラーゼの作用に影響し、セルロースからグルコースなどが生成することを阻害する物質のことをいう。
【0032】
セルラーゼ活性阻害物質には、例えば、セルロース系繊維を染色するための染料やこれらの染料を繊維上に固着するための染料固着剤、及び、染色後の繊維に柔軟性を与える柔軟剤、縫製性を改善する可縫性向上剤、撥水性を付与する撥水剤など各種繊維仕上剤が挙げられる。また、これらの繊維仕上剤は、その主成分がセルラーゼ活性阻害物質として作用するとともに、当該主成分を乳化分散するために配合される各種界面活性剤もセルラーゼ活性阻害物質として作用する。
【0033】
ここで、セルロース繊維を染色するための染料には、反応染料、直接染料、スレン染料、硫化染料、ナフトール染料など多くの染料が利用できる。これらの中で最も利用されているのが反応染料であり、この反応染料は、セルロースと共有結合する少なくとも1個の反応性基を有する染料であって、これらの反応染料には、モノアゾ系、ポリアゾ系、アントラキノン系、フタロシアニン系、ホルマザン系又はジオキサジン系等がある。ここで、セルロースに対する代表的な反応基としては、クロロトリアジン基、クロロピリミジン基、ビニルスルホン基等がある。また、ビニルスルホン基とモノクロロトリアジン基を有する二官能染料等もある。
【0034】
これらの反応染料がセルロース分子に共有結合すると、セルロース分解酵素であるセルラーゼが基質であるセルロースを認識することを阻害する。このことにより、セルラーゼの活性が阻害されると考えられる。
【0035】
また、染料を繊維上に固着するための染料固着剤は、特に、反応染料や直接染料で染色したセルロース系繊維に使用され、上記染料の親水性基であるアニオン基とイオン結合するカチオン基を有する物質である。これらの染料固着剤の主成分は、例えば、モノアリルアミン塩酸塩、ジアリルアミン塩酸塩、ジメチルジアリルアミン塩酸塩、ビニルアミン塩酸塩、ジメチルアミンエピクロルヒドリン塩酸塩などの縮合物である。
【0036】
また、繊維仕上剤は、繊維に風合いや機能を付加するために繊維材料に付与される物質であり、多くの種類と用途がある。その一例としては、アミノシリコーン系柔軟剤、脂肪族アミド系柔軟剤、ジメチルシリコーン系柔軟剤、ウレタン系柔軟剤、アクリル樹脂系風合調整剤、酸化ポリエチレン系可縫性向上剤、フッ素系撥水撥油剤、パラフィン系撥水剤など多くのものが挙げられる。また、これらの繊維仕上剤の主成分の多くは、高分子化合物であり、水中に乳化分散する必要があるものも多い。そのために、これらの繊維仕上剤には、乳化分散剤としてのアニオン系、カチオン系或いはノニオン系の各種界面活性剤が併用されている。
【0037】
上述のようなセルラーゼ活性阻害物質が付着したセルロース含有繊維材料に対して、セルロース分解酵素であるセルラーゼを作用させて良好な糖化率の値を得るためには、本発明に係る糖化前処理が行われる。
【0038】
本発明において、糖化前処理とは、セルロース含有繊維材料を前もって、5重量%〜40重量%の範囲以内の濃度を有するアルカリ金属水酸化物溶液で浸漬処理し、この浸漬処理の後に、当該セルロース含有繊維材料中のアルカリ金属水酸化物を洗浄処理するものである。
【0039】
ここで、アルカリ金属水酸化物溶液とは、リチウム、ナトリウム、カリウム、ルビジウム、セシウム、フランシウムの水酸化物の溶液をいう。本発明には、これらの中でも、水酸化リチウム、水酸化ナトリウム、水酸化カリウムの水溶液を使用することが好ましく、また、水酸化ナトリウム水溶液が更に好ましい。
【0040】
本発明においては、これらのアルカリ金属水酸化物溶液の濃度は、5重量%〜40重量%の範囲以内で処理するものであり、更に、15重量%〜35重量%の範囲以内で処理することが好ましい。アルカリ金属水酸化物溶液の濃度が5重量%より小さい場合には、糖化前処理の効果が小さく、糖化率の値を向上することが難しい。一方、アルカリ金属水酸化物溶液の濃度が40重量%より大きい場合には、繊維材料へのアルカリ金属水酸化物溶液の浸透が不十分となり、糖化率の値を向上することが難しい。
【0041】
この浸漬処理は、セルロース含有繊維材料をアルカリ金属水酸化物溶液に浸漬するものであり、浸漬装置、浴比及び浸漬時間は適宜選定される。例えば、浴比1:10〜100或いはそれ以上の大浴比のアルカリ金属水酸化物溶液の浸漬浴の中にセルロース含有繊維材料を浸漬し、静置、撹拌、振とう或いは超音波振動などで処理することもできる。また、逆に、浴比1:10〜5或いはそれ以下の低浴比のアルカリ金属水酸化物溶液の浸漬浴の中にセルロース含有繊維材料を浸漬することもできる。更に、浸漬浴中にセルロース含有繊維材料を浸漬して直後に圧搾或いは遠心脱水などの手段で搾液して浴比を1:1〜3程度とし、この搾液されたセルロース含有繊維材料を所定の時間、重ね置き或いはロールアップして処理することもできる。
【0042】
アルカリ金属水酸化物溶液での処理時間は、処理装置や処理方法により適宜選定され、どのような処理時間であってもよいが、一般的には、1分から24時間、通常、2分〜60分程度行われる。
【0043】
また、この浸漬処理において、処理液の温度は、−10℃〜40℃の範囲以内にすることが好ましく、また、0℃〜40℃の範囲以内にすることがより好ましく、0℃〜30℃の範囲以内にすることが更に好ましい。処理液の温度が−10℃より低い場合にも、糖化率の値を向上する効果は認められるが、処理液の温度をあまり低温にすると、アルカリ金属水酸化物溶液中に結晶が析出することがあり処理に適さない。また、これらの低温範囲では、処理液を低温に維持するためにエネルギーを必要とし、却って加工コストを押し上げてしまい実用的でないからである。一方、処理液の温度が40℃より大きい場合には、糖化前処理の効果が低下する傾向にあり、また、これらの高温範囲では、処理液を高温に維持するためにエネルギーを必要とし、この場合にも加工コストを押し上げてしまうからである。
【0044】
以上のようにして、アルカリ金属水酸化物溶液により浸漬処理されたセルロース含有繊維材料は、この浸漬処理後に、セルロース含有繊維材料中のアルカリ金属水酸化物を洗浄処理する。この洗浄処理は、水洗と湯洗を十分に行うことで可能であるが、必要により、酸による中和などを組み合わせる。セルロース含有繊維材料中のアルカリ金属水酸化物が除去されたことを確認するには、pH指示薬、pHメーター或いはpH試験紙などを利用するようにしてもよい。
【0045】
この洗浄処理後のセルロース含有繊維材料は、続いて行われるセルラーゼ含有水溶液による酵素処理に供せられる前に、乾燥をしてから酵素処理を行ってもよく、また、乾燥をすることなく酵素処理を行うようにしてもよい。糖化前処理を行ったセルロース含有繊維材料に対して、乾燥をすることなく酵素処理を行う場合には、セルラーゼによる糖化率の値を更に大きくすることができる。この場合には、乾燥によりセルロース分子中に新たに形成される水素結合が、セルラーゼの作用に影響するものと考えられる。
【0046】
上記洗浄処理後に、糖化前処理されたセルロース含有繊維材料に含有されるセルロースを糖化するために、当該セルロース含有繊維材料をセルラーゼ含有水溶液で酵素処理する。
【0047】
ここで、セルラーゼとは、セルロースを加水分解する酵素の総称であって、セルロースの分解には、少なくとも3種類の酵素が関与している。これらの代表的な酵素としては、endo−グルカナーゼ(EC3.2.1.4)、exo−セロビオヒドロラーゼ(EC3.2.1.91)、β−グルコシダーゼ(EC3.2.1.74)が知られている。グルコースが重合した高分子化合物であるセルロースには、これらの機作の異なるセルラーゼが複合的に作用して、最終的にセルロースをグルコースにまで変換する。
【0048】
従って、本発明に使用するセルラーゼには、どのような酵素を使用するようにしてもよいが、好ましくは、セルロースをグルコースにまで変換する作用の強い複合酵素が有効である。例えば、Trichoderma reesei起源の市販セルラーゼ製剤などが使用される。
【0049】
酵素処理は、どのような方法で行ってもよいが、通常、酵素浴中での浸漬処理で行われる。酵素処理浴は、使用する酵素の活性と安定性を考慮してpH及び処理温度を選定する。上述のTrichoderma reesei起源の市販セルラーゼ製剤においては、例えば、pH5及び処理温度50℃程度が好ましい。この酵素処理の処理時間は、セルロースの多くがグルコースに変換されることが好ましく、そのために十分な時間が必要である。例えば、1時間〜24時間或いはそれ以上の時間、例えば、数日を要する場合もある。
【0050】
以下、本発明に係るセルロース含有繊維材料の糖化方法を各実施例により説明するが、これらの実施例により本発明が限定されるものではない。
(実施例1)
まず、アルカリ金属水酸化物溶液による浸漬処理の処理温度及びアルカリ濃度を変化させて本実施例1を行った。
【0051】
A.試料の作成
セルロース含有繊維材料として、通常の精練漂白を行った綿100%織物(50番手、平織り)を使用した。この綿100%織物に対して、住友化学工業製反応染料Sumifix Brilliant Blue R(50%liq.)を3%owf(on the weight of fiber;対繊維重量当りの薬品使用重量)使用して染色を行った。染色条件は、浴比1:20で、無水炭酸ナトリウム20g/liter及び無水硫酸ナトリウム80g/literを使用し、50℃にて60分間染色した。染色後の綿100%織物は、トリポリリン酸ナトリウム0.3%水溶液を使用して高温で洗浄し乾燥した。得られた染色された綿100%織物は、セルラーゼ阻害物質が付着したセルロース含有繊維材料として本実施例1に使用した。
【0052】
B.糖化前処理
上記染色された綿100%織物から、2gの試験片を複数枚準備し、これらの試験片に対して、各種条件の糖化前処理を行った。糖化前処理において、まず、浸漬処理は、アルカリ金属水酸化物溶液として水酸化ナトリウム水溶液を使用し、上記各試験片に対して、それぞれ、水酸化ナトリウム水溶液の濃度と温度を変化させて行った。使用した水酸化ナトリウム水溶液の濃度は、5重量%、10重量%、20重量%、30重量%及び40重量%であった。また、これらの水酸化ナトリウム水溶液それぞれに対して、処理温度は、0℃、5℃、25℃、40℃、60℃及び80℃であった。各浸漬処理の条件は、振とう式試験機を用いて、浴比1:20にて60分間とした。この浸漬処理の後、各試験片に対して洗浄処理を行った。この洗浄処理は、水洗及び湯洗を十分に行い、各試験片にアルカリが残留していないことを確認した。洗浄処理後の各試験片は、乾燥して、続いて行われる酵素処理に使用した。
【0053】
C.酵素処理
上記糖化前処理を行った各試験片に対して、セルロース分解酵素であるセルラーゼによる酵素処理を行った。酵素処理は、市販のセルラーゼ製剤であるアクセルラーゼ(ジェネンコア社製;Trichoderma reesei起源、endo−グルカナーゼ活性2200〜2800 CMC-U/g、β−グルコシダーゼ活性 525〜775 pNPG-U/g)を使用し、上記各試験片それぞれに対して、別浴にて同一条件で行った。酵素処理液は、80%酢酸0.5g/literと結晶酢酸ナトリウム4.5g/literによりpH5.3に調整した緩衝溶液に上記アクセルラーゼを25g/liter の濃度で溶解して作成した。酵素処理の条件は、浴比1:10にて50℃で3時間とした。上記の酵素処理の後、各酵素処理液の温度を80℃に昇温して、30分間処理してセルラーゼを失活させた。
【0054】
D.糖化率の測定
上記失活後の各酵素処理液を適宜希釈して、ケアシスト(ロシュ・ダイアグノスティックス社製、小型電極式血糖値専用測定機器)を使用して、酵素処理液中に発生した糖の量をグルコース換算で測定した。次に、この測定値を用いて、試験片のセルロースが完全にグルコースに分解した場合の発生グルコース量に対して、実際に発生したグルコース換算量から、酵素処理による糖化率を計算した。すなわち、試験片のセルロースが全てグルコースに変換された場合には、糖化率は100%となる。上記測定した発生グルコース量の値(換算値)及び計算した糖化率の値を表1に示す。
【0055】
なお、上記染色された綿100%織物に対して、上記糖化前処理を行うことなく酵素処理を行って比較例1の試験とした。この比較例1における、発生グルコース量の値(換算値)及び計算した糖化率の値を表1に示す。
【0056】
【表1】
表1に示す結果を用いて、各処理温度の水酸化ナトリウム水溶液による糖化前処理について、糖化前処理の水酸化ナトリウム水溶液の濃度と糖化率の関係を図1に示す。図1によると、反応染料で染色した綿100%織物を糖化するに際し、糖化前処理の水酸化ナトリウム水溶液の濃度が5重量%以上になると糖化率が上昇し始め、20重量%〜30重量%付近で糖化率が最大値となり、40重量%に向かって糖化率が徐々に降下し始める。
【0057】
従って、糖化前処理の水酸化ナトリウム水溶液の濃度が5重量%〜40重量%の範囲以内で糖化前処理を行った試験片の糖化率は、糖化前処理を行っていない試験片の糖化率(図1において濃度0%における糖化率)より向上しているということができる。また、糖化前処理の処理濃度が15重量%〜35重量%の範囲以内で糖化前処理を行った試験片の糖化率は、更に良好な値を示している。
【0058】
同様に、表1に示す結果を用いて、各濃度の水酸化ナトリウム水溶液による糖化前処理について、糖化前処理の処理温度と糖化率の関係を図2に示す。図2によると、反応染料で染色した綿100%織物を糖化するに際し、糖化前処理の水酸化ナトリウム水溶液の濃度が5重量%〜40重量%の範囲以内で、且つ、糖化前処理の処理温度が5℃〜40℃の範囲以内で糖化前処理を行った試験片の糖化率は、糖化前処理を行っていない試験片の糖化率(図2において破線で示す濃度0%のデータ)より向上しているということができる。また、糖化前処理の処理温度が10℃〜30℃の範囲以内で糖化前処理を行った試験片の糖化率は、更に良好な値を示している。
【0059】
そこで、上記条件の中で、より好ましいと考えられる糖化前処理条件を選択して実施例2〜実施例5を行った。すなわち、各種のセルラーゼ活性阻害物質が付着した綿100%織物に対して、処理温度が20℃で、水酸化ナトリウム水溶液の濃度が20重量%の処理液を用いて糖化前処理を行い、続いて、セルラーゼによる酵素処理を行った。
(実施例2)
本実施例2は、セルラーゼ阻害物質が付着したセルロース含有繊維材料として、反応染料で染色した綿100%織物を用いて、以下のようにして糖化処理を行った。
【0060】
A.試料の作成
上記実施例1と同じ綿100%織物(50番手、平織り)を使用した。この綿100%織物に対して、下記の5種の反応染料を使用して、染色された綿100%織物を作成した。反応染料1は、上記実施例1で使用した染料である。
【0061】
反応染料1:住友化学工業製、Sumifix Brilliant Blue R(50%liq.)
反応染料2:ダイスター社製、Remazol Black B(50%liq.)
反応染料3:ダイスター社製、Remazol Turquoise Blue G
反応染料4:クラリアント社製、Drimarene Navy Blue X-RBL
反応染料5:紀和化学工業製、KP Cion Blue P-GR(40%liq.)
染色は、上記各染料をそれぞれ3%owf使用して行った。染色温度は、反応染料1〜3については50℃であり、反応染料4及び5については80℃であった。その他の染色条件及び洗浄条件は、上記実施例1と同様にして行った。
【0062】
B.糖化前処理
上記染色された綿100%織物に対して糖化前処理を行った。糖化前処理における浸漬処理は、振とう式試験機を用いて、濃度20重量%の水酸化ナトリウム水溶液を使用し、浴比1:20、処理温度20℃で60分間処理した。浸漬処理後の各試験片は、上記実施例1と同様にして洗浄し、乾燥した。
【0063】
C.酵素処理
本実施例2においては、酵素処理の処理時間を3時間、6時間、12時間、24時間、36時間及び72時間の各時間とした以外、酵素処理の条件及び操作は、上記実施例1と同様にして行った。
【0064】
D.糖化率の測定
酵素処理液中に発生した糖の量(グルコース換算値)の測定とこの測定値を用いた糖化率の計算は、上記実施例1と同様にして行った。測定した発生グルコース量の値(換算値)及び計算した糖化率の値を表2に示す。
【0065】
なお、上記各反応染料で染色された綿100%織物に対して、それぞれ、糖化前処理を行うことなく酵素処理を行って比較例2−1の試験とした。この比較例2−1における、発生グルコース量の値(換算値)及び計算した糖化率の値を表2に示す。
【0066】
【表2】
更に、染色前の綿100%織物を染色することなく(これより以後、未染色或いは未処理という)、上記各糖化前処理を行ってから酵素処理を行い比較例2−2の試験とした。また、未染色の綿100%織物を糖化前処理を行うことなく酵素処理のみを行って比較例2−3の試験とした。この比較例2−2及び比較例2−3における、発生グルコース量の値(換算値)及び計算した糖化率の値を表3に示す。
【0067】
【表3】
表2及び表3に示す実施例2及び比較例2−2の結果を用いて、各反応染料で染色した綿100%織物及び未染色の綿100%織物を糖化前処理してから酵素処理した場合の酵素処理時間と糖化率の関係を図3に示す。一方、表2及び表3に示す比較例2−1及び比較例2−3の結果を用いて、各反応染料で染色した綿100%織物及び未染色の綿100%織物を糖化前処理することなく酵素処理した場合の酵素処理時間と糖化率の関係を図4に示す。
【0068】
まず、図4において、反応染料1〜5で染色し糖化前処理を行っていない試験片の糖化率は、未染色で糖化前処理を行っていない試験片の糖化率(図4において破線で示すデータ)より小さな値を示し、上記各反応染料は、セルラーゼ活性阻害物質であることが確認できる。
【0069】
次に、図3において、反応染料1〜5で染色し糖化前処理を行った試験片の糖化率は、未染色で糖化前処理を行った試験片の糖化率(図3において破線で示すデータ)より若干小さな値を示すが、未染色で糖化前処理を行っていない試験片の糖化率(図4参照)に比べると、かなり大きな値を示す。このことから、セルラーゼ阻害物質である反応染料が付着した綿100%織物においても、本発明に係る糖化前処理を行うことにより、セルラーゼによる高い糖化率が得られることが分かる。
(実施例3)
本実施例3は、セルラーゼ阻害物質が付着したセルロース含有繊維材料として、硫化染料で染色した綿100%織物を用いて、以下のようにして糖化処理を行った。
【0070】
A.試料の作成
上記実施例1と同じ綿100%織物(50番手、平織り)を使用した。この綿100%織物に対して、下記の5種の硫化染料を使用して、染色された綿100%織物を作成した。
【0071】
硫化染料1:旭化学工業製、Asathio Blue RC 200
硫化染料2:旭化学工業製、Asathiosol Yellow S-RR
硫化染料3:旭化学工業製、Asathiosol Blue S-BC
硫化染料4:旭化学工業製、Asathiosol Black Brown S-RD
硫化染料5:旭化学工業製、Asathiosol Bordeaux S-3B
染色は、上記各染料をそれぞれ10%owf使用して行った。染色条件は、浴比1:100で、還元剤としてアサヒチオゲン3.5ml/liter及び無水硫酸ナトリウム8g/literを使用し、80℃で60分間染色した。染色後の綿100%織物は、水洗後、35%過酸化水素水2ml/liter及び80%酢酸5ml/literを使用して10分間、酸化処理してから洗浄し乾燥した。
【0072】
B.糖化前処理
上記染色された綿100%織物に対して、糖化前処理を行った。糖化前処理の条件及び操作は、上記実施例2と同様にして行った。
【0073】
C.酵素処理
上記糖化前処理された綿100%織物に対して、酵素処理を行った。酵素処理の条件及び操作は、上記実施例2と同様にして行った。
【0074】
D.糖化率の測定
酵素処理液中に発生した糖の量(グルコース換算値)の測定とこの測定値を用いた糖化率の計算は、上記実施例1と同様にして行った。また、測定した発生グルコース量の値(換算値)及び計算した糖化率の値を表4に示す。
【0075】
なお、上記各硫化染料で染色された綿100%織物に対して、それぞれ、糖化前処理を行うことなく酵素処理を行って比較例3の試験とした。この比較例3における、発生グルコース量の値(換算値)及び計算した糖化率の値を表4に示す。
【0076】
【表4】
表4及び表3に示す実施例3及び比較例2−2の結果を用いて、各硫化染料で染色した綿100%織物及び未染色の綿100%織物を糖化前処理してから酵素処理した場合の酵素処理時間と糖化率の関係を図5に示す。一方、表4及び表3に示す比較例3及び比較例2−3の結果を用いて、各硫化染料で染色した綿100%織物及び未染色の綿100%織物を糖化前処理することなく酵素処理した場合の酵素処理時間と糖化率の関係を図6に示す。
【0077】
まず、図6において、硫化染料1〜5で染色し糖化前処理を行っていない試験片の糖化率は、未染色で糖化前処理を行っていない試験片の糖化率(図6において破線で示すデータ)より小さな値を示し、上記各硫化染料は、セルラーゼ活性阻害物質であることが確認できる。
【0078】
次に、図5において、硫化染料1〜5で染色し糖化前処理を行った試験片の糖化率は、未染色で糖化前処理を行った試験片の糖化率(図5において破線で示すデータ)より若干小さな値を示すが、未染色で糖化前処理を行っていない試験片の糖化率(図6参照)に比べると、かなり大きな値を示す。このことから、セルラーゼ阻害物質である硫化染料が付着した綿100%織物においても、本発明に係る糖化前処理を行うことにより、セルラーゼによる高い糖化率が得られることが分かる。
(実施例4)
本実施例4は、セルラーゼ阻害物質が付着したセルロース含有繊維材料として、染料固着剤が付着した綿100%織物を用いて、以下のようにして糖化処理を行った。
【0079】
A.試料の作成
上記実施例1と同じ綿100%織物(50番手、平織り)を使用した。この綿100%織物に対して、下記の5種の染料固着剤を付与して、染料固着剤が付着した綿100%織物を作成した。
【0080】
染料固着剤1:MAA(モノアリルアミン塩酸塩縮合物の30%水溶液)
染料固着剤2:DAA(ジアリルアミン塩酸塩縮合物の30%水溶液)
染料固着剤3:DMDAA(ジメチルジアリルアミン塩酸塩縮合物の30%水溶液)
染料固着剤4:VA(ビニルアミン塩酸塩縮合物の10%水溶液)
染料固着剤5:DMAEP(ジメチルアミンエピクロルヒドリン縮合物の40%水溶液)
なお、市販の染料固着剤は、主剤に各種補助剤を配合して使用されるものであるが、本実施例4においては、染料固着剤の主成分である上記5種の化合物を使用した。
【0081】
綿100%織物への染料固着剤の付与は、浸漬法により行った。浴比1:10で上記各染料固着剤を固形分換算で3%owfとなるように調整した処理浴を50℃にして、未処理の綿100%織物を投入後、15分間浸漬処理した。この浸漬処理した綿100%織物は、水洗した後、乾燥した。
【0082】
B.糖化前処理
上記染料固着剤が付与された綿100%織物に対して、糖化前処理を行った。糖化前処理の条件及び操作は、上記実施例2と同様にして行った。
【0083】
C.酵素処理
上記糖化前処理された綿100%織物に対して、酵素処理を行った。酵素処理の条件及び操作は、上記実施例2と同様にして行った。
【0084】
D.糖化率の測定
酵素処理液中に発生した糖の量(グルコース換算値)の測定とこの測定値を用いた糖化率の計算は、上記実施例1と同様にして行った。また、測定した発生グルコース量の値(換算値)及び計算した糖化率の値を表5に示す。
【0085】
なお、上記各染料固着剤を付与した綿100%織物に対して、それぞれ、糖化前処理を行うことなく酵素処理を行って比較例4の試験とした。この比較例4における、発生グルコース量の値(換算値)及び計算した糖化率の値を表5に示す。
【0086】
【表5】
表5及び表3に示す実施例4及び比較例2−2の結果を用いて、各染料固着剤が付着した綿100%織物及び未処理の綿100%織物を糖化前処理してから酵素処理した場合の酵素処理時間と糖化率の関係を図7に示す。一方、表5及び表3に示す比較例4及び比較例2−3の結果を用いて、各染料固着剤が付着した綿100%織物及び未処理の綿100%織物を糖化前処理することなく酵素処理した場合の酵素処理時間と糖化率の関係を図8に示す。
【0087】
まず、図8において、染料固着剤1〜5が付着し糖化前処理を行っていない試験片の糖化率は、未処理で糖化前処理を行っていない試験片の糖化率(図8において破線で示すデータ)より小さな値を示し、上記各染料固着剤は、セルラーゼ活性阻害物質であることが確認できる。
【0088】
次に、図7において、染料固着剤1〜5が付着し糖化前処理を行った試験片の糖化率は、未処理で糖化前処理を行った試験片の糖化率(図7において破線で示すデータ)とほぼ同等の値(染料固着剤2のみ若干小さな値)を示し、未処理で糖化前処理を行っていない試験片の糖化率(図8参照)に比べると、かなり大きな値を示す。このことから、セルラーゼ阻害物質である染料固着剤が付着した綿100%織物においても、本発明に係る糖化前処理を行うことにより、セルラーゼによる高い糖化率が得られることが分かる。
(実施例5)
本実施例5は、セルラーゼ阻害物質が付着したセルロース含有繊維材料として、各種繊維仕上剤が付着した綿100%織物を用いて、以下のようにして糖化処理を行った。
【0089】
A.試料の作成
上記実施例1と同じ綿100%織物(50番手、平織り)を使用した。この綿100%織物に対して、下記の7種の繊維仕上剤を付与して、繊維仕上剤が付着した綿100%織物を作成した。
【0090】
繊維仕上剤1:アミノシリコーン系柔軟剤(23%エマルション)
繊維仕上剤2:脂肪族アミド系柔軟剤(18%エマルション)
繊維仕上剤3:ジメチルシリコーン系柔軟剤(38%エマルション)
繊維仕上剤4:酸化ポリエチレン系可縫性向上剤(19%エマルション)
繊維仕上剤5:ウレタン系柔軟剤(29%溶液)
繊維仕上剤6:アクリル樹脂系風合調整剤(60%エマルション)
繊維仕上剤7:フッ素系撥水撥油剤(21%エマルション)
+架橋剤(HDI系ブロック化イソシアネート)
なお、市販の繊維仕上剤は、主剤に各種補助剤を配合して使用されるものであるが、本実施例5においては、繊維仕上剤の主成分である上記5種の化合物を使用した。
【0091】
綿100%織物への繊維仕上剤の付与は、連続法(浸漬→搾液→乾燥→熱処理)により行った。まず、綿100%織物への繊維仕上剤の付着量が上記各繊維仕上剤を固形分換算で1%owfとなるように浸漬浴を調整した。搾液後の乾燥は、120℃で90秒間行った。乾燥後の熱処理は、乾熱にて170℃で60秒間行った。この熱処理後の綿100%織物は、洗浄せずに使用した。
【0092】
B.糖化前処理
上記繊維仕上剤が付与された綿100%織物に対して、糖化前処理を行った。糖化前処理の条件及び操作は、上記実施例2と同様にして行った。
【0093】
C.酵素処理
上記糖化前処理された綿100%織物に対して、酵素処理を行った。酵素処理の条件及び操作は、上記実施例2と同様にして行った。
【0094】
D.糖化率の測定
酵素処理液中に発生した糖の量(グルコース換算値)の測定とこの測定値を用いた糖化率の計算は、上記実施例1と同様にして行った。また、測定した発生グルコース量の値(換算値)及び計算した糖化率の値を表6に示す。
【0095】
なお、上記各繊維仕上剤が付着した綿100%織物に対して、それぞれ、糖化前処理を行うことなく酵素処理を行って比較例5の試験とした。この比較例5における、発生グルコース量の値(換算値)及び計算した糖化率の値を表6に示す。
【0096】
【表6】
表6及び表3に示す実施例5及び比較例2−2の結果を用いて、各繊維仕上剤が付着した綿100%織物及び未処理の綿100%織物を糖化前処理してから酵素処理した場合の酵素処理時間と糖化率の関係を図9に示す。一方、表6及び表3に示す比較例5及び比較例2−3の結果を用いて、各繊維仕上剤が付着した綿100%織物及び未処理の綿100%織物を糖化前処理することなく酵素処理した場合の酵素処理時間と糖化率の関係を図10に示す。
【0097】
まず、図10において、繊維仕上剤1〜7が付着し糖化前処理を行っていない試験片の糖化率は、未処理で糖化前処理を行っていない試験片の糖化率(図10において破線で示すデータ)より小さな値を示し、上記各染料固着剤は、セルラーゼ活性阻害物質であることが確認できる。
【0098】
次に、図9において、繊維仕上剤1〜7が付着し糖化前処理を行った試験片の糖化率は、未処理で糖化前処理を行った試験片の糖化率(図9において破線で示すデータ)と同等或いはそれより若干大きな値(繊維仕上剤7のみ若干小さな値)を示し、未処理で糖化前処理を行っていない試験片の糖化率(図10参照)に比べると、かなり大きな値を示す。このことから、セルラーゼ阻害物質である繊維仕上剤が付着した綿100%織物においても、本発明に係る糖化前処理を行うことにより、セルラーゼによる糖化率を高くすることができる。
(実施例6)
本実施例6は、セルラーゼ阻害物質が付着したセルロース含有繊維材料として、反応染料で染色した綿100%織物を用いて、以下のようにして糖化処理を行った。すなわち、糖化前処理後にセルロース含有繊維材料を乾燥してから酵素処理を行う場合と、糖化前処理後にセルロース含有繊維材料を乾燥せずに酵素処理を行う場合について実施した。
【0099】
A.試料の作成
上記実施例1で作成したものと同じ、染色された綿100%織物を使用した。
【0100】
B.糖化前処理
上記染色された綿100%織物に対して糖化前処理を行った。糖化前処理における浸漬処理は、振とう式試験機を用いて、濃度20重量%の水酸化ナトリウム水溶液を使用し、浴比1:20、処理温度25℃で5分間処理した。この浸漬処理の後、各試験片に対して上記実施例1と同様にして洗浄処理を行った。洗浄後の試験片について、乾燥を行ったものと、乾燥を行わなかったものを作成し、これらを続いて行われる酵素処理に使用した。
【0101】
C.酵素処理
上記糖化前処理された綿100%織物であって、洗浄後の乾燥を行った試験片と、乾燥を行わなかった試験片に対して、酵素処理を行った。酵素処理の条件及び操作は、上記実施例1と同様であって、酵素処理の処理時間は、3時間で行った。
【0102】
D.糖化率の測定
酵素処理液中に発生した糖の量(グルコース換算値)の測定とこの測定値を用いた糖化率の計算は、上記実施例1と同様にして行った。また、測定した発生グルコース量の値(換算値)及び計算した糖化率の値を表7に示す。
【0103】
なお、上記染色された綿100%織物に対して、糖化前処理を行うことなく酵素処理を行って比較例6の試験とした。この比較例6における、発生グルコース量の値(換算値)及び計算した糖化率の値を表7に示す。
【0104】
【表7】
表7に示す結果を用いて、各試験片についての糖化率の値を比較して図11に示す。図11によると、反応染料で染色した綿100%織物を糖化するに際し、糖化前処理における洗浄処理の後に綿100%織物を乾燥してから酵素処理を行った場合には、糖化前処理を行わずに酵素処理を行った場合に比べ、セルラーゼによる糖化率を高くすることができる。
【0105】
また、上記洗浄処理の後に綿100%織物を乾燥せずに酵素処理を行った場合には、洗浄処理の後に綿100%織物を乾燥してから酵素処理を行った場合に比べ、セルラーゼによる糖化率を更に高くすることができる。
【0106】
上述のように、実施例1〜6の各糖化方法は、セルロース含有繊維材料としての綿100%織物を原料とし、セルロース分解酵素であるセルラーゼを作用させて当該綿100%織物のセルロースを糖化する。その際、上記セルロース含有繊維材料に各種のセルラーゼ活性阻害物質が付着している場合であっても、上記実施例1〜6で説明した水酸化ナトリウム水溶液による浸漬処理を含む糖化前処理を行うことにより、その後に行われる酵素処理において、セルラーゼによる糖化率の値を高くすることができた。
【0107】
よって、上記実施例1〜6においては、セルロース活性阻害物質が付着したセルロース含有繊維材料に対して、セルラーゼ活性阻害物質が付着していない通常のセルロース含有繊維材料とほぼ同等或いはそれ以上の糖化率を得ることができる、セルロース含有繊維材料の糖化前処理方法及び当該糖化前処理方法を有するセルロース含有繊維材料の糖化方法を提供することができる。
【0108】
また、上記実施例1〜6においては、水酸化ナトリウム水溶液による浸漬処理の処理温度が比較的低い温度範囲で行うことができるので、処理液を高温に維持するためのエネルギーが必要とされず、エネルギー消費の少ない、セルロース含有繊維材料の糖化前処理方法及び当該糖化前処理方法を有するセルロース含有繊維材料の糖化方法を提供することができる。
【0109】
更に、上記実施例6においては、糖化前処理における洗浄処理の後に、セルロース含有繊維材料を乾燥せずに酵素処理を行うことにより、セルラーゼによる糖化率を更に高くすることができる、セルロース含有繊維材料の糖化前処理方法及び当該糖化前処理方法を有するセルロース含有繊維材料の糖化方法を提供することができる。
【0110】
なお、本発明の実施にあたり、上記各実施例に限らず次のような種々の変形例が挙げられる。
(1)上記実施例1〜5においては、セルロース含有繊維材料として綿100%織物を採用したが、これに限定することなく、セルロース系繊維を含有する繊維材料であれば、どのようなものであってもよい。また、繊維材料として、織物でなくてもよく、編物、不織布、ワタ、繊維屑などどのような形態のものであってもよい。
(2)上記実施例1〜5においては、綿100%織物に各種セルラーゼ活性阻害物質を付与してセルロース含有繊維材料を準備したが、本発明を繊維系廃棄物などこれまで利用されていなかったセルロース含有繊維材料に使用することにより、バイオマス資源の有効利用を図ることができる。
(3)上記実施例1〜5においては、単一のセルラーゼ活性阻害物質が付着したセルロース含有繊維材料に対するものであるが、上記繊維系廃棄物など現実に利用されるセルロース含有繊維材料においては、何種類ものセルラーゼ活性阻害物質が同時に付着するものである。本発明は、このように複数のセルラーゼ活性阻害物質が同時に付着したセルロース含有繊維材料に対しても有効に作用するものである。
(4)上記実施例1〜5においては、糖化前処理には、水酸化ナトリウム水溶液を使用するものであるが、これに限定されず、水酸化カリウム水溶液或いは水酸化リチウム水溶液など、他のアルカリ金属水酸化物溶液を使用するようにしてもよい。
(5)上記実施例1〜5においては、糖化前処理は、振とう式装置を用いて、浴比1:20で処理するものであるが、浴比を小さくして処理してもよく、例えば、水酸化ナトリウム水溶液に浸漬後すぐに搾液してから、洗浄までに一定時間放置する方法などを採用し、浴比を1:1〜3程度にして処理してもよい。この場合には、使用薬剤の使用量を節減することができる。
(6)上記実施例1〜5においては、糖化前処理の後にセルラーゼによる酵素処理により糖類を生成し、この後に酵母によるアルコール発酵を行うものであるが、糖化前処理の後に酵母とセルラーゼの同浴処理である、所謂、並行発酵法を行うようにしてもよい。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
セルラーゼ活性阻害物質が付着したセルロース含有繊維材料をセルラーゼ含有水溶液で処理して当該セルロース含有繊維材料に含有されるセルロースを糖化するに際して、
前記セルロース含有繊維材料を前もって、5(重量%)〜40(重量%)の範囲以内の濃度を有するアルカリ金属水酸化物溶液で浸漬処理し、この浸漬処理の後に、前記セルロース含有繊維材料中の前記アルカリ金属水酸化物を洗浄処理するセルロース含有繊維材料の糖化前処理方法。
【請求項2】
前記浸漬処理に際して、
前記アルカリ金属水酸化物溶液による処理温度は、−10(℃)〜40(℃)の範囲以内であることを特徴とする請求項1に記載のセルロース含有繊維材料の糖化前処理方法。
【請求項3】
前記洗浄処理後の前記セルロース含有繊維材料を乾燥処理することなく、続いて行われるセルラーゼ含有水溶液による酵素処理に供することを特徴とする請求項1又は2に記載のセルロース含有繊維材料の糖化前処理方法。
【請求項4】
前記セルラーゼ活性阻害物質は、
セルロース染色用染料、染料固着剤及び繊維仕上剤からなる群から選ばれる1種又は2種以上の化合物であることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1つに記載のセルロース含有繊維材料の糖化前処理方法。
【請求項5】
セルラーゼ活性阻害物質が付着したセルロース含有繊維材料を、5(重量%)〜40(重量%)の範囲以内の濃度を有するアルカリ金属水酸化物溶液中で浸漬処理する浸漬工程と、
この浸漬工程後に、前記セルロース含有繊維材料中の前記アルカリ金属水酸化物を洗浄処理する洗浄工程と、
この洗浄工程後に、前記セルロース含有繊維材料に含有されるセルロースを糖化するために、当該セルロース含有繊維材料をセルラーゼ含有水溶液で酵素処理する酵素処理工程とを有するセルロース含有繊維材料の糖化方法。
【請求項6】
前記浸漬工程において、
前記アルカリ金属水酸化物溶液による処理温度は、−10(℃)〜40(℃)の範囲以内であることを特徴とする請求項5に記載のセルロース含有繊維材料の糖化方法。
【請求項7】
前記洗浄処理工程後に、前記セルロース含有繊維材料を乾燥処理することなく、続いて行われるセルラーゼ含有水溶液による酵素処理工程に供することを特徴とする請求項5又は6に記載のセルロース含有繊維材料の糖化方法。
【請求項8】
前記セルラーゼ活性阻害物質は、
セルロース染色用染料、染料固着剤及び繊維仕上剤からなる群から選ばれる1種又は2種以上の化合物であることを特徴とする請求項5〜7のいずれか1つに記載のセルロース含有繊維材料の糖化方法。
【請求項1】
セルラーゼ活性阻害物質が付着したセルロース含有繊維材料をセルラーゼ含有水溶液で処理して当該セルロース含有繊維材料に含有されるセルロースを糖化するに際して、
前記セルロース含有繊維材料を前もって、5(重量%)〜40(重量%)の範囲以内の濃度を有するアルカリ金属水酸化物溶液で浸漬処理し、この浸漬処理の後に、前記セルロース含有繊維材料中の前記アルカリ金属水酸化物を洗浄処理するセルロース含有繊維材料の糖化前処理方法。
【請求項2】
前記浸漬処理に際して、
前記アルカリ金属水酸化物溶液による処理温度は、−10(℃)〜40(℃)の範囲以内であることを特徴とする請求項1に記載のセルロース含有繊維材料の糖化前処理方法。
【請求項3】
前記洗浄処理後の前記セルロース含有繊維材料を乾燥処理することなく、続いて行われるセルラーゼ含有水溶液による酵素処理に供することを特徴とする請求項1又は2に記載のセルロース含有繊維材料の糖化前処理方法。
【請求項4】
前記セルラーゼ活性阻害物質は、
セルロース染色用染料、染料固着剤及び繊維仕上剤からなる群から選ばれる1種又は2種以上の化合物であることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1つに記載のセルロース含有繊維材料の糖化前処理方法。
【請求項5】
セルラーゼ活性阻害物質が付着したセルロース含有繊維材料を、5(重量%)〜40(重量%)の範囲以内の濃度を有するアルカリ金属水酸化物溶液中で浸漬処理する浸漬工程と、
この浸漬工程後に、前記セルロース含有繊維材料中の前記アルカリ金属水酸化物を洗浄処理する洗浄工程と、
この洗浄工程後に、前記セルロース含有繊維材料に含有されるセルロースを糖化するために、当該セルロース含有繊維材料をセルラーゼ含有水溶液で酵素処理する酵素処理工程とを有するセルロース含有繊維材料の糖化方法。
【請求項6】
前記浸漬工程において、
前記アルカリ金属水酸化物溶液による処理温度は、−10(℃)〜40(℃)の範囲以内であることを特徴とする請求項5に記載のセルロース含有繊維材料の糖化方法。
【請求項7】
前記洗浄処理工程後に、前記セルロース含有繊維材料を乾燥処理することなく、続いて行われるセルラーゼ含有水溶液による酵素処理工程に供することを特徴とする請求項5又は6に記載のセルロース含有繊維材料の糖化方法。
【請求項8】
前記セルラーゼ活性阻害物質は、
セルロース染色用染料、染料固着剤及び繊維仕上剤からなる群から選ばれる1種又は2種以上の化合物であることを特徴とする請求項5〜7のいずれか1つに記載のセルロース含有繊維材料の糖化方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【公開番号】特開2011−109965(P2011−109965A)
【公開日】平成23年6月9日(2011.6.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−269792(P2009−269792)
【出願日】平成21年11月27日(2009.11.27)
【出願人】(000219794)東海染工株式会社 (24)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成23年6月9日(2011.6.9)
【国際特許分類】
【出願日】平成21年11月27日(2009.11.27)
【出願人】(000219794)東海染工株式会社 (24)
【Fターム(参考)】
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