説明

ソーシャルインターラクションの低下予防・改善剤

【課題】人前で緊張するため話ができない等のソーシャルインターラクション(社会的相互作用)の低下に起因する対人行動障害を改善し、社会活動性を高めるために有効で副作用の少ないソーシャルインターラクションの低下状態の予防又は改善剤を提供する。
【解決手段】ナス科のクコ(Lycium chinensis)の根皮を乾燥したものである地骨皮(ジコッピ)を含有するソーシャルインターラクションの低下状態の予防又は改善剤。さらに、該予防又は改善剤は、社会的不安症、月経関連症候群における精神的不快症状、月経前に現れる不快感又はいらつきにも有効である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ソーシャルインターラクションの低下の予防又は改善に有効な生薬に関し、医薬品、医薬部外品及び特定保健用食品の分野に属する。
【背景技術】
【0002】
社会生活を営むに当たり、対人関係を円滑にすることは重要なことであるが、対人関係を円滑にしようと考えても、人前で緊張するため、うまく話ができない、赤面する、視線が気になるといったことは、多くの人が経験するところである。しかし、それらも過度になれば、どもり、赤面恐怖症等に至り、延いては、社会不安障害、パニック障害等の深刻な病態に進展する可能性もある。これらは、ソーシャルインターラクション(社会的相互作用)の低下に起因する疾患として、単にQOLの低下を招来するだけでなく、教育、結婚、仕事といった社会生活の多くの場面で障害となって現れる(非特許文献1参照)。また、特に対人関係に不自由を感じていない人においても、疲れたときには、他人と話すのが億劫になる等、人との接触を回避し、人前での活動性が低下することはよく見受けられるところである(非特許文献2参照)。
【0003】
ところで、このような精神的緊張には、神経組織においてコレステロールから生合成される種々のニューロステロイド(神経ステロイド)が関与しているという報告がある。すなわち、ニューロステロイドであるアロプレグナノロン(Allopregnanolone)はγ―アミノ酪酸A(GABAA)受容体に作用し、不安や情動を制御する働きをし、一方、やはりニューロステロイドであるプレゲネノロン(Pregenenolone)の硫酸抱合体は、アロプレグナノロンとは反対に不安や情動異常を惹起する働きをする。こうした相反する作用を有するニューロステロイド間のバランスが保たれることによって、人の精神的緊張が正常なレベルに維持されるのであり、そのバランスが崩れると鬱状態や逆に躁状態に至ることがある。そして、これらのバランス調整に深く関わっているのが、コレステロールからプロゲネロンの生成に関与するP450やプロゲステロン(Progesterone)からアロプレグナノロンの生成に関与する5αリダクターゼtypeI(5αreductase typeI)といった酵素群である(非特許文献3参照)。
【0004】
このようなニューロステロイド間の不均衡から生ずるソーシャルインターラクションの低下に起因する様々な精神症状は性別に関わりなく生じるものであるが、特に女性においては、性周期の変化に伴う精神的な変動として月経関連症候群(menstruation related syndrom;MRS)の中にも見受けられる。月経関連症候群としては、月経前症候群(premenstrual syndrome;PMS)、月経前不快気分障害(premenstrual dysphoric disorder;PMDD)、更年期障害等が挙げられ、例えば、PMSやPMDDは思春期から更年期までの生殖年齢の女性に見られる、月経前のおよそ2週間の間に基礎体温の高温相である黄体期において、エストロゲンの低下とプロゲステロンの上昇に伴うホルモンバランスの不均衡が生じ、日常生活に支障のある女性特有の不快な症状である。そのため、対人関係や日常生活が阻害され、女性にとって、QOLが妨げられる要因の一つとして挙げられている。その原因は確定されていないが、排卵後に分泌されるプロゲステロン(黄体ホルモン)の関与、女性ホルモンのバランスの不均衡等が考えられる(非特許文献4参照)。
【0005】
以上のように、社会生活における活動性の低下は精神医学的なものだけでなく、様々な要因から生じていると考えられる。
【0006】
ここに、「地骨皮(ジコッピ)」は、日本薬局方局外規に収載されているナス科(Solanaceae)クコLycium chinensis(リシウム チャイネンシス、英名:Chinese wolfberry、Chinese matrimony-vine)の根皮を乾燥したものである。血圧低下作用、心拍数減少作用、血糖低下作用及び解熱作用などを有しており、含有成分としてはベタイン、クコアミン、リシウムアミド、リノール酸、シトステロールグルコサイド、αモノフェノリックアシッド等が知られている(非特許文献5及び6参照)。さらに、うつ病もしくはうつ状態に対する作用についても開示されている(特許文献1参照)。しかしながら、地骨皮がソーシャルインターラクションの低下状態を改善したり、社会性不安の解消に有効であるという報告はない。
【0007】
【特許文献1】特開2005−35999号公報
【非特許文献1】http://www.shypeople.gr.jp/
【非特許文献2】http://www.daizupeptide.jp/search2006/index.html
【非特許文献3】松本欣三ら、日本薬理学雑誌、126、107−112、2005年
【非特許文献4】松本清一監修「月経らくらく講座−もっと上手に付き合い、素敵に生きるために−」文光堂、東京、2004年、p9−58
【非特許文献5】水野瑞雄監修、日本薬草全書、新日本法規、東京、205、1995年。
【0008】
【非特許文献6】中薬大辞典、株式会社 小学館、東京、2巻、1043、1985年
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、人前で緊張するため話ができない等のソーシャルインターラクションの低下に起因する対人行動障害を改善し、社会活動性を高めるために有効で副作用の少ないソーシャルインターラクションの低下状態の予防又は改善剤を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、前記課題を解決するために鋭意研究を重ねた結果、生薬の地骨皮に社会活動性の指標であるソーシャルインターラクションの低下状態の改善作用があることを見出した。
【0011】
かかる知見に基づき完成した本発明の態様は、地骨皮を含有することを特徴とするソーシャルインターラクションの低下状態の予防又は改善剤である。
【0012】
また、本発明の他の態様は、地骨皮を含有することを特徴とする社会性不安症の予防又は改善剤である。
【0013】
本発明の他の態様は、地骨皮を含有することを特徴とする月経関連症候群(MRS)における精神的不快症状の予防又は改善剤である。
【0014】
本発明の他の態様は、前期月経関連症候群が月経前症候群(PMS)又は月経前不快気分障害(PMDD)であるところの前期予防又は改善剤である。
【0015】
本発明の他の態様は、地骨皮を含有することを特徴とする、月経前に現れる不快感又はいらつきの予防又は改善剤である。
【発明の効果】
【0016】
本発明により、人前で緊張しすぎて話ができない等の対人関係を阻害する症状を改善し、社会活動性を高める、安全性の高い、ソーシャルインターラクションの低下状態の予防又は改善剤を提供することが可能となった。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
「地骨皮(ジコッピ)」の有効投与量は、ソーシャルインターラクションの低下状態に応じて適宜に増減できるが、通常成人で1日当たり原生薬換算量として30mg〜5000mgであり、好ましくは50mg〜3000mgである。
【0018】
地骨皮は、生薬末又はエキスを使用することができる。エキスには、生薬抽出物、濃縮エキス、乾燥エキスなど何れの形態のものも含まれる。抽出溶媒としては、水、アルコール(メタノール、エタノール、プロパノール、イソプロパノール、ブタノールなど)、酢酸エチル、アセトン、ヘキサン又はそれらの混液などが用いられ、通常用いられる方法でエキスを調製することができる。
【0019】
本発明の予防又は改善剤は、主に医薬品及び医薬部外品として提供されるが、特定保健用食品等の用途を伴う食品として提供することも可能である。
【0020】
本発明の予防又は改善剤には、地骨皮(生薬末又は抽出物)を配合し、必要に応じて他の公知の添加剤、例えば、賦形剤、崩壊剤、結合剤、滑沢剤、抗酸化剤、コーティング剤、着色剤、矯味矯臭剤、界面活性剤、可塑剤等を添加して、常法により、顆粒剤、散剤、カプセル剤、錠剤、ドライシロップ剤、液剤等の経口製剤として提供することができる。
【0021】
また、必要に応じて他の生理活性成分、カリウム、カルシウム、マグネシウム、鉄、亜鉛等のミネラル、ビタミンA、B1、B2、B6、B12、C、D、E、K、P、葉酸、ニコチン酸、パントテン酸、リポ酸、ユビキノン等のビタミン類(誘導体も含む)、タウリン、アルギニン、プロリン、バリン、ロイシン、イソロイシン、テアニン等のアミノ酸類、ホルモン、栄養成分を配合することができる。また、香料等を配合することにより、嗜好性を付与することもできる。
【実施例】
【0022】
以下に実施例及び試験例を挙げ、本発明をさらに具体的に説明する。なお、各生薬をエキスとして配合量した場合は、その原生薬換算量を括弧書きで併記する。
【0023】
実施例1
ジコッピエキス 1000 mg(4250 mg)
上記成分を秤量し、精製水に溶解して全量20mLの液剤を調製した。
【0024】
実施例2
ジコッピエキス 0.1 mL(100 mg)
ジュクジオウエキス 100 mg(200 mg)
ヨクイニンエキス 0.6 mL(600 mg)
ビタミンB2リン酸エステル 5 mg
ビタミンB6 5 mg
タウリン 50 mg
クエン酸鉄アンモニウム 30 mg
グルコン酸カルシウム 1000 mg
L−アスパラギン酸マグネシウム 500 mg
グリセリン 120 mg
安息香酸ナトリウム 30 mg
砂糖 2000 mg
dl−リンゴ酸 200 mg
上記成分を秤量し、精製水に溶解して全量50mLの液剤を調製し、濾過及び滅菌して着色ガラス瓶に充填した。
【0025】
試験例1
実験材料:地骨皮30%エタノール抽出エキス
実験動物:ICR系雄性マウス(4週齢、チャールズリバー社から購入)
実験方法:ソーシャルインターラクション測定試験
【0026】
公知のソーシャルインターラクション測定法(溝脇らの方法:M.Mizowaki,K.Toriizuka,T.Hanawa「Life Sciences」69巻、p2167-2177、2001年、Anxiolytic effect of Kami-Shoyo-San(TJ-24) in mice)に準じて実験を行った。すなわち、4週齢のICR系雄生マウスを4週間群飼育し、各々異なるケージにて群飼育した2匹のマウスを観察ケージ(透明小型飼育ケージ:30×20×12cm)において初めて遭遇させ、その際に観察されるマウスの情動行動の中で相手方に示す行動をソーシャルインターラクション行動(性器を舐める、首を舐める、胴体を舐める、尾を舐める、顔を合わせる)とし、遭遇後5分間に計測されたソーシャルインターラクション時間の累計をソーシャルインターラクション累計時間として求めた。
【0027】
なお、検体としては、実施例1で調製した液剤の原液(エキスとして200mg/kg相当量)及び精製水によって4倍に希釈した溶液(エキスとして50mg/kg相当量)を用い、対照群には精製水を用いた(0.1mL/10g)。これらをソーシャルインターラクション観察の1時間前に経口投与した。
【0028】
実験結果:対照(地骨皮エキス非投与)群のソーシャルインターラクション累計時間は3.8±0.3秒/5分間であった。これに対して、観察1時間前に地骨皮エキス50mg/kg又は200mg/kgを経口投与した群では、ソーシャルインターラクション累計時間がそれぞれ6.1±0.6秒/5分間又は7.9±0.6秒/5分間であり、対照群に比してソーシャルインターラクション累計時間は有意に増加した(図1参照)。
【0029】
よって、地骨皮にソーシャルインターラクションを高め、社会活動性を高める作用があることが確認された。
【0030】
試験例2
実験材料:地骨皮30%エタノール抽出エキス、プロゲステロン(Progesterone)
実験動物:ICR系OVX雌性マウス(4週齢、チャールズリバー社にて卵巣を摘出したOVXマウスを購入)
実験方法:ソーシャルインターラクション測定試験
【0031】
試験例1と同様の方法でソーシャルインターラクション累計時間を測定した。
なお、実験動物は、購入後4週間群飼育し、プロゲステロン30mg/kg(5%エタノール−オリーブ油に溶解、0.05mL/10g)を試験3日前から1日1回3日間皮下投与した。使用した検体は試験例1と同様であり、疑似手術群及びOVX対照群には5%エタノール−オリーブ油を皮下投与し、精製水を経口投与した。ソーシャルインターラクション観察6時間前にプロゲステロン30mg/kgを皮下投与し、1時間前に検体を経口投与した。
【0032】
実験結果:疑似手術群及びOVX対照群のソーシャルインターラクション累積時間は5.2±0.2/5分間及び6.0±0.4秒/5分間であり、2群間に有意差は認められなかった。プロゲステロンを投与したOVXマウス(対照)のソーシャルインターラクション累積時間は2.3±0.2秒/5分間であり、OVX対照群に比較し、有意に短縮した。PMSはエストロゲンが減少し、プロゲステロンが増加する黄体期に発生するものであり、本試験系はPMSの状態を疑似的に再現したものである。これに対して、地骨皮エキス50mg/kg又は200mg/kgを経口投与すると、ソーシャルインターラクション累計時間は、それぞれ3.5±0.4秒/5分間、4.7±0.3秒/5分間に有意に延長した(図2参照)。これにより、地骨皮が月経前の黄体期に見られるPMSを有意に改善することが示唆された。
【0033】
試験例3
実験材料:地骨皮30%エタノール抽出エキス、フェナステリド(finasteride)
実験動物:ICR系雄性マウス(4週齢、チャールズリバー社から購入)
実験方法:ソーシャルインターラクション測定試験
【0034】
試験例1と同様の方法でソーシャルインターラクション累計時間を測定した。
なお、使用した検体は試験例1と同様である。検体の経口投与1時間前に5αリダクターゼ阻害剤として知られているフェナステリド25mg/kg(0.2%カルボキシルメチルセルロース・ナトリウムに懸濁)を経口投与し、検体の経口投与1時間後にソーシャルインターラクションを測定した。
【0035】
実験結果:対照群のソーシャルインターラクション累計時間が3.4±0.4秒/5分間であるのに対し、地骨皮エキス200mg/kg投与群のソーシャルインターラクション累計時間は6.7±0.6秒/5分間であり、地骨皮にソーシャルインターラクションの活性化作用があることが示唆された。これに対して、地骨皮エキスの経口投与1時間前にフェナステリド25mg/kgを経口投与しておくと、ソーシャルインターラクション累計時間は対照群のそれとほぼ同程度の3.5±0.4秒/5分間であり、地骨皮のソーシャルインターラクション活性化作用は5αリダクターゼ阻害剤フェナステリドによって阻害された(図3参照)。これは、前記溝脇らの報告において、加味逍遙散の作用がフェナステリドによって遮断されたのと同様である。すなわち、5αリダクターゼは脳神経にも存在し、鎮静や不安を惹起するプロゲステロンから気分を高揚させるアロプレグナノロンへの代謝に関与している。地骨皮の作用が5αリダクターゼ活性を阻害するフェナステリドの投与によって打ち消されるたことは、地骨皮が5αリダクターゼ活性を促進し、プロゲステロンからアロプレグナノロンへの代謝を促進した結果、ソーシャルインターラクションを高めていると考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0036】
本発明により、副作用が少なく、長期間の経口投与に適したソーシャルインターラクションの低下状態の予防又は改善用の医薬品、医薬部外品及び特定保健用食品等の開発が期待される。
【0037】
さらに、女性の性周期に伴う気分変動(例えば、イライラ、気力低下、情緒不安定、異常な緊張、興味の減退、倦怠感等)による社会活動や対人関係の減退を予防又は改善する薬剤の提供も併せて期待される。
【図面の簡単な説明】
【0038】
【図1】地骨皮のソーシャルインターラクションに対する作用を示すグラフである。
【図2】プロゲステロン卵巣摘出マウスにおける地骨皮のソーシャルインターラクションに対する作用を示すグラフである。
【図3】地骨皮のソーシャルインターラクション促進作用に対する5αリダクターゼ阻害剤フェナステリドの作用を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
地骨皮を含有することを特徴とするソーシャルインターラクションの低下状態の予防又は改善剤。
【請求項2】
地骨皮を含有することを特徴とする社会性不安症の予防又は改善剤。
【請求項3】
地骨皮を含有することを特徴とする月経関連症候群(MRS)における精神的不快症状の予防又は改善剤。
【請求項4】
月経関連症候群が月経前症候群(PMS)又は月経前不快気分障害(PMDD)である請求項3記載の予防又は改善剤。
【請求項5】
地骨皮を含有することを特徴とする、月経前に現れる不快感又はいらつきの予防又は改善剤。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2008−50350(P2008−50350A)
【公開日】平成20年3月6日(2008.3.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−193964(P2007−193964)
【出願日】平成19年7月26日(2007.7.26)
【出願人】(000002819)大正製薬株式会社 (437)
【Fターム(参考)】