説明

タイヤのシミュレーション方法及び構造体のシミュレーション方法

【課題】接触をともなうタイヤ又は構造体のシミュレーションにおいて、解析精度低下を抑制しつつ、計算時間を短縮すること。
【解決手段】コンピュータを用いてタイヤの性能をシミュレーションするにあたり、解析の対象とするタイヤから、コンピュータで解析可能なタイヤモデルを作成するモデル作成手順と(ステップS101)、タイヤモデルの接触解析を少なくとも2回行う解析手順と(ステップS104〜ステップS108)、を含み、解析手順においては、少なくとも1つの接触解析における弾性すべり量を、他の接触解析における弾性すべり量とは異ならせる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、コンピュータを用いた解析を用いてタイヤ又は構造体の性能をシミュレーションすることに関する。
【背景技術】
【0002】
コンピュータが解析可能なタイヤモデル等を作成し、タイヤ等の性能をシミュレーションする方法が提案され、実用化されつつある。例えば、特許文献1には、タイヤを有限個の要素に分割して得られたタイヤモデルを仮想路面で転動させてタイヤモデルの摩擦特性を取得し、その取得された摩擦特性に基づいてタイヤモデルのトレッド面を凹ませて摩耗状態に修正するシミュレーション方法が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2006−160159号公報
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Oden, J.T. and Lin, T.L., and Bass, J.M., “A Finite Element Analysis of the General Rolling Contact Problem for a Viscoelastic Rubber Cylinder” Tire Science and Technology, Vol.16, No.1, 1988, pp. 18-43
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1に記載されたシミュレーション方法は、タイヤと路面とを接触させた状態で解析を行い、タイヤの性能をシミュレーションする。このようなシミュレーションにおいて、タイヤが路面ですべり始めるときには、タイヤと路面との間において、せん断応力が最大静止摩擦を超える。このため、すべり出しにおけるせん断応力(動摩擦力)が急激に変化し不安定になり、これに起因して、2つの物体が接触した状態の解析においては、計算が破綻してしまうことがある。
【0006】
このため、接触時の摩擦を考慮するシミュレーションによる解析を行う場合、すべり出しにおけるせん断応力の変化に傾きを与えることにより、収束性を高めている。この傾きを与える領域は弾性すべりと呼ばれている(例えば、非特許文献1を参照)。しかしながら、弾性すべりの領域を大きくすると、解の収束性は高まるが、前記せん断応力のような接線力の解析精度が低下してしまう、所謂トレードオフの関係になる。
【0007】
本発明は、上記に鑑みてなされたものであって、接触をともなうタイヤ又は構造体のシミュレーションにおいて、解析精度低下を抑制しつつ、計算時間を短縮することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上述した課題を解決するための手段は、コンピュータを用いてタイヤの性能をシミュレーションするにあたり、解析の対象とするタイヤから、コンピュータで解析可能なタイヤモデルを作成するモデル作成手順と、前記タイヤモデルの接触解析を少なくとも2回行う解析手順と、を含み、前記解析手順においては、少なくとも1つの接触解析における弾性すべり量を他の接触解析における弾性すべり量とは異ならせることを特徴とするタイヤのシミュレーション方法である。
【0009】
本発明は、前記解析手順においては、前記タイヤモデルの接触面に対して垂直な方向の特性値について解析する場合には、前記タイヤモデルの接触面と平行な方向の特性値について解析する場合よりも前記弾性すべり量の値を大きくすることが好ましい。
【0010】
本発明は、前記タイヤモデルの接触面に対して垂直な方向の特性値について解析する場合の弾性すべり量をγel2と、前記タイヤモデルの接触面に対して平行な方向の特性値について解析する場合の弾性すべり量γel1とすると、それらの比γel2/γel1は5以上であることが好ましい。
【0011】
上述した課題を解決するための手段は、コンピュータを用いて構造体の性能をシミュレーションするにあたり、解析の対象とする構造体から、コンピュータで解析可能な構造体モデルを作成するモデル作成手順と、前記構造体モデルの接触解析を少なくとも2回行う解析手順と、を含み、前記解析手順においては、少なくとも1つの接触解析における弾性すべり量を他の接触解析における弾性すべり量とは異ならせることを特徴とする構造体のシミュレーション方法である。
【0012】
本発明は、前記解析手順においては、前記構造体モデルの接触面に対して垂直な方向の特性値について解析する場合には、前記構造体モデルの接触面と平行な方向の特性値について解析する場合よりも前記弾性すべり量を大きくすることが好ましい。
【0013】
本発明は、前記構造体モデルの接触面に対して垂直な方向の特性値について解析する場合の弾性すべり量をγel2と、前記構造体モデルの接触面に対して平行な方向の特性値について解析する場合の弾性すべり量γel1とすると、それらの比γel2/γel1は5以上であることが好ましい。
【発明の効果】
【0014】
本発明は、接触をともなうタイヤ又は構造体のシミュレーションにおいて、解析精度低下を抑制しつつ、計算時間を短縮することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】図1は、タイヤのシミュレーションにおいて、タイヤモデルが路面モデルに接触した状態を示す斜視図である。
【図2】図2は、せん断応力とすべり量との関係を示す図である。
【図3】図3は、せん断応力とすべり量との関係を示す図である。
【図4】図4は、弾性すべり量と縦ばね定数との関係を示す図である。
【図5】図5は、弾性すべり量と計算時間との関係を示す図である。
【図6】図6は、本実施形態に係る解析装置の一例を示す説明図である。
【図7】図7は、本実施形態に係るタイヤ又は構造物のシミュレーション方法のフローチャートである。
【図8】図8は、せん断応力とすべり量との関係において弾性すべり量を示す図である。
【図9】図9は、せん断応力とすべり量との関係において弾性すべり量を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明を実施するための形態(実施形態)につき、図面を参照しつつ詳細に説明する。以下の実施形態に記載した内容により本発明が限定されるものではない。また、以下に記載した構成要素には、当業者が容易に想定できるもの、実質的に同一のものが含まれる。さらに、以下に記載した構成要素は適宜組み合わせることが可能である。
【0017】
図1は、タイヤのシミュレーションにおいて、タイヤモデルが路面モデルに接触した状態を示す斜視図である。図2、図3は、せん断応力とすべり量との関係を示す図である。タイヤ(空気入りタイヤを含む)のシミュレーションにおいては、タイヤモデル10を路面モデル20に接触させて、転動解析、コーナリング時の解析等を行うことがある。このような解析を接触解析という。このように、タイヤのシミュレーションにおいて、タイヤモデル10と路面モデル20との接触をともなう場合には、タイヤモデル10と路面モデル20との間の摩擦を考慮する必要がある。このため、タイヤモデル10と路面モデル20との間に摩擦を与えて、転動解析等が行われる。
【0018】
転動解析等における摩擦則は、一般にクーロンの摩擦則が用いられる。クーロンの摩擦は、接触している2つの物体間において、せん断応力>最大静止摩擦力となったときにすべりが発生する。このため、図2に示すように、すべり出し(すべり量γが0を超えるとき)におけるせん断応力(動摩擦力)τが急激に変化する。すなわち、2つの物体間において、せん断応力τが増加してτmax(最大せん断応力)になると、せん断応力はτmaxのまま、すべり量γが急激に増加を始める。これに起因して、2つの物体が接触した状態の解析においては、計算が収束しなくなる。そこで、図3に示すように、せん断応力τ及びすべり量γがともにゼロ点の近傍において、すべり量γの変化に対するせん断応力τの変化(Δτmax/Δγel)に傾きを与えることにより、転動解析等における計算を収束しやすくしている。この領域を弾性すべりと呼び、最大せん断応力τmaxのときのすべり量γelを弾性すべり量という。すべり量γが弾性すべり量γelになったときに、2つの物体間においてすべりが発生する。
【0019】
タイヤモデル10と路面モデル20との接触を伴う解析においては、弾性すべり量γelが用いられる。弾性すべりγelは、解析精度(解の精度)及び計算時間に影響を与える。弾性すべりγelを大きくすると、解は収束しやすくなり、計算時間は短くなるが、解析精度は低下する。弾性すべりγelを小さくすると、解析精度は向上するが、解は収束しにくくなくなり、計算時間は長くなる。
【0020】
図4は、弾性すべり量と縦ばね定数との関係を示す図である。図5は、弾性すべり量と計算時間との関係を示す図である。図4、図5の横軸は、弾性すべり量γel(十分な精度が得られる値を1とした指数で表示)である。図4の縦軸はばね定数(指数表示)であり、図5の縦軸は計算時間(指数表示)であり、図4、図5の縦軸はいずれもγel=1の時における値を100とした指数で表示している。ばね特性の計算を例にすると、図4に示すように弾性すべり量γelが大きくなるにしたがって、横ばね定数KL及び前後ばね定数KSは小さくなるが、縦ばね定数KVは、ほとんど変化しない。また、図5に示すように、弾性すべり量γelが大きくなるにしたがって、計算時間は短くなる。
【0021】
このように、縦ばね定数KVのような路面に垂直な方向の変位及び力を求める場合、弾性すべり量γelは解析精度にほとんど影響を与えない。一方、横ばね定数KL及び前後ばね定数KSのような路面との接線方向(路面に平行な方向)の変位及び力に対して、弾性すべり量γelは解析精度に大きく影響する。
【0022】
そこで、本実施形態に係るタイヤ又は構造物のシミュレーション方法は、複数の接触解析を含む一連の解析において、少なくとも1つの接触解析における弾性すべりの値を他の接触解析における弾性すべりの値とは異ならせる。具体的には、縦ばね定数KVのように、弾性すべり量γelが解析精度に与える影響が少ない特性値については弾性すべり量γelを大きくし、横ばね定数KL及び前後ばね定数KSのように、弾性すべり量γelが解析精度に与える影響が大きい特性値については弾性すべり量γelを小さくする。このようにすることで、本実施形態に係るタイヤ又は構造物のシミュレーション方法は、解析精度の低下を抑制しつつ計算時間を短縮する。次に、本実施形態に係るタイヤ又は構造物のシミュレーション方法を実現する解析装置の一例を説明する。
【0023】
図6は、本実施形態に係る解析装置の一例を示す説明図である。解析装置50は、本実施形態に係るタイヤ又は構造物のシミュレーション方法を実現する。解析装置50は、処理部50pと記憶部50mと入出力部50ioとを備えている。また、解析装置50には、入出力装置60が接続されており、これに入力装置61及び表示装置62が接続される。入出力装置60は、入出力部50ioを介して本実施形態に係るタイヤ又は構造物のシミュレーション方法を実現するために必要な情報を処理部50p又は記憶部50mへ入力する。
【0024】
解析装置50は、例えば、コンピュータである。処理部50pは、解析モデル作成部51と、解析部52と、弾性すべり量設定部53とを有する。これらが本実施形態に係るタイヤ又は構造物のシミュレーション方法を実行する。解析モデル作成部51は、解析対象であるタイヤ又はベルトその他の構造物と、前記構造物の接触対象(前記構造物がタイヤの場合は路面)とから、コンピュータで解析可能なモデル(解析モデル)を作成する。解析部52は、解析モデル作成部51が作成した解析モデルを用いて接触解析、転動解析等の解析を実行する。弾性すべり量設定部53は、接触解析において用いる弾性すべり量γelを設定したり、変更したりする。
【0025】
記憶部50mは、後述する本実施形態に係るタイヤ又は構造物のシミュレーション方法の処理手順を含むコンピュータプログラム及び各種のデータ等を記憶する。記憶部50mは、RAM(Random Access Memory)のような揮発性のメモリ、不揮発性のメモリ、ハードディスク装置、あるいはこれらの組み合わせにより構成できる。また、処理部50pは、例えば、CPU(Central Processing Unit)とメモリとを組み合わせて構成することができる。
【0026】
上記コンピュータプログラムは、処理部50pが備える解析モデル作成部51あるいは解析部52等へ既に記録されているコンピュータプログラムとの組み合わせによって、本実施形態に係るタイヤ又は構造物のシミュレーション方法の処理手順を実現できるものであってもよい。また、この解析装置50は、前記コンピュータプログラムの代わりに専用のハードウェアを用いて、処理部50pが備える解析モデル作成部51と、解析部52と、弾性すべり量設定部53との機能を実現するものであってもよい。次に、本実施形態に係るタイヤ又は構造物のシミュレーション方法を説明する。本実施形態に係るタイヤ又は構造物のシミュレーション方法は、上述した解析装置50が実現する。
【0027】
図7は、本実施形態に係るタイヤ又は構造物のシミュレーション方法のフローチャートである。本実施形態に係るタイヤ又は構造物のシミュレーション方法は、接触解析を少なくとも2回行う解析手順を有している。まず、ステップS101において、解析装置50の解析モデル作成部51は、解析対象である構造物の解析モデル及び解析の過程において前記構造物と接触する接触対象の解析モデルを作成する。ステップS101は、モデル作成手順に相当する。
【0028】
本実施形態において、解析対象の構造物はタイヤ(空気入りタイヤ)であり、接触対象は路面である。このため、ステップS101においては、図1に示すタイヤモデル10と路面モデル20とが作成される。タイヤモデル10及び路面モデル20は、有限要素法や有限差分法等の数値解析手法を用いて、転動解析や変形解析等を行うために用いるモデルで、コンピュータで解析可能なモデルであり、数学的モデルや数学的離散化モデルを含む。なお、本実施形態に係るタイヤ又は構造物のシミュレーション方法は、タイヤ以外の構造体及び路面以外の接触対象以外にも適用できる。この場合、ステップS101において、解析モデル作成部51は構造体モデル及び接触対象モデルを解析モデルとして作成する。
【0029】
本実施形態では、後述する解析において用いる解析手法として、有限要素法(Finite Element Method:FEM)を使用する。なお、本実施形態に係るタイヤ又は構造物のシミュレーション方法に適用できる解析手法は有限要素法に限られず、境界要素法(Boundary Element Method:BEM)、有限差分法(Finite Differences Method:FDM)等も使用できる。また、境界条件等によって最も適当な解析手法を選択し、又は複数の解析手法を組み合わせて使用することもできる。なお、有限要素法は、構造解析に適した解析手法なので、特にタイヤのような構造体に対して好適に適用できる。
【0030】
ステップS101において、解析モデル作成部51は、例えば、タイヤを複数の節点で構成される有限個の要素に分割して、タイヤモデル10を作成する。路面モデル20はタイヤモデル10と同様に作成してもよいし、弾性体として解析モデル化してもよいし、さらには剛体として解析モデル化してもよい。また、路面モデル20は、三次元離散化モデルでもよいし、サーフェスとして解析モデル化してもよい。
【0031】
タイヤモデル10又は路面モデル20を構成する要素は、例えば2次元平面では四辺形要素、三次元体では四面体ソリッド要素、五面体ソリッド要素、六面体ソリッド要素等のソリッド要素や三角形シェル要素、四角形シェル要素等のシェル要素、面要素等、コンピュータで用い得る要素とすることが望ましい。このようにして分割された要素は、解析の過程においては、三次元モデルでは三次元座標を用いて、2次元モデルでは2次元座標を用いて逐一特定される。
【0032】
タイヤモデル10及び路面モデル20が作成されたらステップS102へ進み、タイヤモデル10に負荷される荷重及び解析の境界条件が設定される。荷重及び境界条件は、入出力装置60から解析装置50に入力される。解析装置50の解析部52は、入力された荷重及び境界条件を解析の条件として記憶部50mへ一時的に保存することにより設定する。すなわち、解析において、解析部52は、前記境界条件をタイヤモデル10及び路面モデル20に設定するとともに、前記荷重をタイヤモデル10に負荷する。
【0033】
次に、ステップS103に進み、解析装置50の弾性すべり量設定部53は、弾性すべり量γelを記憶部50mへ一時的に保存することにより設定する。弾性すべり量設定部53は、最初の解析において、弾性すべり量γelを所定の値に設定し、解析部52は、この弾性すべり量γelを用いて最初の解析を実行する。所定の値は、解析対象の仕様等によって適切な値に設定される。
【0034】
図8、図9は、せん断応力とすべり量との関係において弾性すべり量を示す図である。弾性すべり量γelは、すべり量γ(又はすべり速度W)とせん断力τとの関係において定義される。すなわち、図8に示すように、最大せん断力τmaxにおけるすべり量γel又は−τmaxにおけるすべり量−γelが、弾性すべり量である。図9に示すように、すべりの開始時におけるすべり量γとせん断力τとの関係が、非線形の曲線CSで平滑化されている場合、原点Oにおいて直線近似した線ESと最大せん断力τmaxとの交点におけるすべり量(又はすべり速度)を弾性すべり量γelとして設定する。このようにすることで、非線形の曲線形状に依存せず弾性すべり量γelが設定できる。
【0035】
次に、ステップS104に進み、解析部52は、設定された荷重、境界条件及び弾性すべり量γelを記憶部50mから読み出す。そして、解析部52は、読み出した境界条件及び弾性すべり量γelをタイヤモデル10に与え、また、前記境界条件を路面モデル20に与える。そして、解析部52は、記憶部50mから読み出した荷重をタイヤモデル10に負荷してタイヤモデル10を路面モデル20に接触させて解析を実行する。この解析は、接触解析であり、転動又はコーナリング等をともなっていてもよい(以下同様)。解析が終了したら、解析部52は、解析結果を記憶部50mへ一時的に保存する。
【0036】
最初の接触解析、すなわち、ステップS104の解析が実行されたら、次の接触解析へ移行する。このため、ステップS105において、次の接触解析においてタイヤモデル10に負荷される荷重及び解析の境界条件が設定される。荷重及び境界条件は、入出力装置60から解析装置50に入力される。解析装置50の解析部52は、入力された荷重及び境界条件を解析の条件として記憶部50mへ一時的に保存することにより設定する。すなわち、次の解析において、解析部52は、前記境界条件をタイヤモデル10及び路面モデル20に設定するとともに、前記荷重をタイヤモデル10に負荷する。
【0037】
次に、ステップS106に進み、解析装置50の弾性すべり量設定部53は、弾性すべり量γelを記憶部50mへ一時的に保存することにより設定する。この場合、弾性すべり量設定部53は、必要に応じて、次に実行される解析の弾性すべり量γelを、次に実行される解析よりも前に実行された解析で用いた弾性すべり量γelとは異なる値に設定する。例えば、次の解析において、横ばね定数KL及び前後ばね定数KSのような弾性すべり量γelの影響を受けやすいパラメータについて解析する場合、解析精度を確保するため、γelは、例えば、解が収束する範囲でできるだけ大きい値に設定される。また、縦ばね係数KVのような弾性すべり量γelの影響をほとんど受けないパラメータについて解析する場合、弾性すべり量γelは小さい値に設定される。
【0038】
すなわち、ステップS106において、タイヤモデル10の接触面に対して垂直な方向の特性値について解析する場合には、タイヤモデル10の接触面と平行な方向の特性値について解析する場合よりも弾性すべり量γelの値を大きくすることが好ましい。タイヤモデル10の接触面に対して垂直な方向の特性値は、例えば、上述した縦ばね係数KVのように、接触面に対して垂直な方向における応力の入力値に対するたわみの算出がある。また、上述した横ばね定数KL、前後ばね定数KS、他には捩りばね特性など、タイヤモデル10の接触面に対して平行な方向の特性値を求める解析を行う際にも、接触面に垂直な荷重を設定値まで与えた後、接触面をそれぞれの方向に変位させて計測している。そのため、解析精度を確保しつつ計算時間の増加を抑制することができる。
【0039】
弾性すべり量γelを大きくする解析の例としては、上述した縦ばね定数KVの解析等、解析対象(例えば、タイヤモデル10)の接触面に垂直な力及び変位を求めるもの、これらの応答を求めるもの等がある。弾性すべり量γelを小さくする解析の例としては、横ばね定数の解析、コーナリング解析、制駆動解析等がある。転動中のタイヤの解析においても解析の種類に応じて弾性すべり量γelを変更することで、解析精度を確保しつつ計算時間の増加を抑制することができるという効果を得ることができる。
【0040】
タイヤモデル10の接触面に対して垂直な方向の特性値について解析する場合の弾性すべり量γel2と、タイヤモデル10の接触面に対して平行な方向の特性値について解析する場合の弾性すべり量γel1との比γel2/γel1は5以上が好ましく、10以上であることがより好ましい。このようにすることで、一連の計算の中でも解析精度を低下させることなく、計算時間の短縮を図ることができるため、直交実験や最適化計算等多くのデータを解析する際に好適である。なお、タイヤモデル10の接触を含む解析が、弾性すべりと境界条件との少なくとも一方を変更して3回以上行われる場合、γel1及びγel2以外の弾性すべりの値は接触せん断力の値に反比例するように定めてもよく、γel1及びγel2に用いた値としてもよい。
【0041】
次に、ステップS107に進み、解析部52は、設定された荷重、境界条件及び弾性すべり量γelを記憶部50mから読み出す。そして、解析部52は、読み出した境界条件及び弾性すべり量γelをタイヤモデル10に与え、また、前記境界条件を路面モデル20に与える。そして、解析部52は、記憶部50mから読み出した荷重をタイヤモデル10に負荷してタイヤモデル10を路面モデル20に接触させて解析を実行する。解析が終了したら、解析部52は、解析結果を記憶部50mへ一時的に保存する。上述したステップS102からステップS108が、解析手順に相当する。
【0042】
次に、ステップS108に進み、すべての解析が終了していない場合、解析装置50はすべての解析が終了するまで、ステップS105からステップS108を繰り返す。すべての解析が終了した場合、本実施形態に係るタイヤ又は構造物のシミュレーション方法が終了する。
【0043】
本実施形態に係る本実施形態に係るタイヤ又は構造物のシミュレーション方法は、複数の接触解析を含み、少なくとも1つの接触解析における弾性すべり量γelを他の接触解析における弾性すべり量γelとは異ならせる。このようにすることで、弾性すべり量γelが解析精度を低下させるパラメータを解析する場合には弾性すべり量γelを大きくし、弾性すべり量γelが解析精度を低下させないパラメータを解析する場合には弾性すべり量γelを小さくすることができる。その結果、接触解析における解析精度低下を抑制しつつ、計算時間の増加を抑制することができる。
【0044】
(評価例)
タイヤの接触解析において、弾性すべり量γelを変化させたときの特性値及び計算時間の変化を、ばね特性の解析(縦ばね定数KV、横ばね定数KL、前後ばね定数KS)に関して評価した。実施例1は、弾性すべり量γelの値は、横ばね定数KL、前後ばね定数KSを十分な精度が得られる値に、縦ばね定数KVをその20倍として接触解析を行ったものである。実施例1は、本実施形態に係るタイヤ又は構造物のシミュレーション方法に相当する。比較例1は、弾性すべり量γelを十分な精度が得られる値に一律固定して接触解析を行ったものである。比較例2は、弾性すべり量γelを比較例1の20倍に一律固定して接触解析を行ったものである。タイヤサイズは195/65R15、空気圧は230kPa、接地荷重は4.2kNとした。
【0045】
解析は、次の手順により行った。
(1)タイヤモデルを路面に対して所定の垂直荷重を負荷し、接地させることにより、タイヤ断面高さ方向の変位量を取得した。
(2)次に、(1)の計算結果、すなわち、荷重を負荷し接地している状態を用いて、そこに路面に対してタイヤ前後方向へ所定の強制変位を与え、タイヤ断面幅方向の変位量を取得した。
(3)次に、再び(1)の計算結果を用いて、そこに路面に対してタイヤ幅方向へ所定の強制変位を与え、タイヤ断面幅方向の変位量を取得する。これら一連の計算を、コンピュータを用い、(1)〜(3)を1つのまとまりとして、自動で解析を行った。
【0046】
ここで、縦ばね定数KVは、(タイヤに負荷した垂直荷重)/(縦たわみ量)である。縦たわみ量は、タイヤの断面高さ方向変形量である。横ばね定数KL及び前後ばね定数KSは、設定した垂直荷重を負荷し、その後、路面をタイヤ断面幅方向(又は前後方向)に変位させたときにおける(横力(又は前後力))/(変位量)である。評価結果を表1及び表2に示す。なお、評価結果は、比較例1の特性値を100とした場合の指数及び比較例1の計算時間を100とした場合の指数で表示している。
【0047】
【表1】

【0048】
【表2】

【0049】
表1にそれぞれのばね定数の値を、表2に計算時間を示す。いずれも、比較例1を100として規格化した値である。ばね定数の値は100に近い方が解析精度は高い。計算時間は、値が小さいほど短い。計算時間は、接触解析において、一連の解析である縦ばね定数KV、横ばね定数KL及び前後ばね定数KSの解析のすべてが終了するまでに要した時間である。これらの評価結果から、実施例1、すなわち本実施形態に係るタイヤ又は構造物のシミュレーション方法は、弾性すべり量γelを十分な精度が得られる値に一律固定した場合(比較例1)と比較して、解析精度は同等でありながら、計算時間は約20%短縮できた。
【符号の説明】
【0050】
10 タイヤモデル
20 路面モデル
50 解析装置
50m 記憶部
50io 入出力部
50p 処理部
51 解析モデル作成部
52 解析部
53 すべり量設定部
60 入出力装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
コンピュータを用いてタイヤの性能をシミュレーションするにあたり、
解析の対象とするタイヤから、コンピュータで解析可能なタイヤモデルを作成するモデル作成手順と、
前記タイヤモデルの接触解析を少なくとも2回行う解析手順と、を含み、
前記解析手順においては、少なくとも1つの接触解析における弾性すべり量を他の接触解析における弾性すべり量とは異ならせることを特徴とするタイヤのシミュレーション方法。
【請求項2】
前記解析手順においては、前記タイヤモデルの接触面に対して垂直な方向の特性値について解析する場合には、前記タイヤモデルの接触面と平行な方向の特性値について解析する場合よりも前記弾性すべり量の値を大きくする請求項1に記載のタイヤのシミュレーション方法。
【請求項3】
前記タイヤモデルの接触面に対して垂直な方向の特性値について解析する場合の弾性すべり量をγel2と、前記タイヤモデルの接触面に対して平行な方向の特性値について解析する場合の弾性すべり量γel1とすると、それらの比γel2/γel1は5以上である請求項1又は2に記載のタイヤのシミュレーション方法。
【請求項4】
コンピュータを用いて構造体の性能をシミュレーションするにあたり、
解析の対象とする構造体から、コンピュータで解析可能な構造体モデルを作成するモデル作成手順と、
前記構造体モデルの接触解析を少なくとも2回行う解析手順と、を含み、
前記解析手順においては、少なくとも1つの接触解析における弾性すべり量を他の接触解析における弾性すべり量とは異ならせることを特徴とする構造体のシミュレーション方法。
【請求項5】
前記解析手順においては、前記構造体モデルの接触面に対して垂直な方向の特性値について解析する場合には、前記構造体モデルの接触面と平行な方向の特性値について解析する場合よりも前記弾性すべり量を大きくする請求項4に記載の構造体のシミュレーション方法。
【請求項6】
前記構造体モデルの接触面に対して垂直な方向の特性値について解析する場合の弾性すべり量をγel2と、前記構造体モデルの接触面に対して平行な方向の特性値について解析する場合の弾性すべり量γel1とすると、それらの比γel2/γel1は5以上である請求項4又は5に記載の構造体のシミュレーション方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2012−221059(P2012−221059A)
【公開日】平成24年11月12日(2012.11.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−83893(P2011−83893)
【出願日】平成23年4月5日(2011.4.5)
【出願人】(000006714)横浜ゴム株式会社 (4,905)
【Fターム(参考)】