説明

タイヤの耐久性の予測方法

【課題】コンピュータを用いて損傷発生箇所を精度良く予測する。
【解決手段】コード材料で補強されたタイヤの耐久性をコンピュータを用いて予測する方法であって、コンピュータに、コード材料が有限個の要素でモデル化されたコードモデルを含むタイヤモデルを入力するモデル設定ステップS1と、タイヤモデルに予め定められた内圧及び荷重を作用させ該タイヤモデルの変形計算を行う変形計算ステップS4と、前記変形計算ステップS4から予め定められた解析対象領域に含まれるコードモデルの各要素の長手方向に沿った圧縮歪を取得する取得ステップS5と、前記取得された圧縮歪の大きさに基づいて前記解析対象領域の損傷発生箇所を予測する予測ステップS6とを含むことを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、コンピュータを用いたタイヤの耐久性の予測方法に関し、詳しくは損傷発生箇所を精度良く予測しうる方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、コンピュータを用いてタイヤの耐久性をシミュレートする方法が、種々提案されている。従来の方法では、コンピュータに、タイヤを有限個の要素で離散化したタイヤモデルを入力し、このタイヤモデルに予め定められた荷重と内圧とを作用させて変形状態を計算し、変形したタイヤモデルの要素、例えばコード材をモデル化したコードモデルの要素の歪などの物理量を取得し、歪の大きい箇所を損傷発生箇所として予測する等が行われていた。関連する文献として、次のものがある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2005−1649号公報
【特許文献2】特開2006−240540号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、従来のシミュレーションでは、歪として、引張歪、最大主歪又はせん断歪の値に基づいて損傷発生箇所が予測されている。しかしながら、発明者らの種々の実験の結果、このようなシミュレーション方法で予測した損傷発生箇所と、実際のタイヤの損傷発生箇所とが一致せず、両者の間に大きなズレがあることが判明した。
【0005】
発明者らは、鋭意研究を行った結果、タイヤのビード部には、走行中に大きな曲げ変形及び荷重が作用すること、かつ、ビード部内をのびているカーカスプライや補強層のコード材料には、そのコード長手方向に沿った圧縮歪が局部的に作用する位置があり、この圧縮歪が大きい箇所に損傷が集中していることを突き止め、本発明を完成させるに至った。
【0006】
以上のように、本発明は、コード材料をモデル化したコードモデルの各要素の長手方向に沿った圧縮歪を取得し、この圧縮歪の大きさに基づいて解析対象領域の損傷発生箇所を予測することを基本として、精度良く損傷発生箇所を予測しうるタイヤの耐久性の予測方法を提供することを主たる目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明のうち請求項1記載の発明は、コード材料で補強されたタイヤの耐久性をコンピュータを用いて予測する方法であって、前記コンピュータに、前記コード材料が有限個の要素でモデル化されたコードモデルを含むタイヤモデルを入力するモデル設定ステップと、前記コンピュータが、前記タイヤモデルに予め定められた内圧及び荷重を作用させ該タイヤモデルの変形計算を行う変形計算ステップと、前記コンピュータが、前記変形計算ステップから予め定められた解析対象領域に含まれる前記コードモデルの各要素のコード長手方向に沿った圧縮歪を取得する取得ステップと、前記コンピュータが、前記取得された圧縮歪の大きさに基づいて前記解析対象領域の損傷発生箇所を予測する予測ステップとを含むことを特徴とする。
【0008】
また請求項2記載の発明は、前記取得ステップは、前記変形計算ステップから予め定められた解析対象領域に含まれる前記コードモデルの各要素の温度をさらに取得するとともに、前記予測ステップは、前記取得された圧縮歪及び温度の大きさに基づいて前記解析対象領域の損傷発生箇所を予測する請求項1記載のタイヤの耐久性の予測方法である。
【発明の効果】
【0009】
本発明では、前記コンピュータに、コード材料が有限個の要素でモデル化されたコードモデルを含むタイヤモデルを入力するモデル設定ステップと、前記コンピュータが、前記タイヤモデルに予め定められた内圧及び荷重を作用させ該タイヤモデルの変形計算を行う変形計算ステップと、前記コンピュータが、前記変形計算ステップから予め定められた解析対象領域に含まれる前記コードモデルの各要素のコード長手方向に沿った圧縮歪を取得する取得ステップと、前記コンピュータが、前記取得された圧縮歪の大きさに基づいて前記解析対象領域の損傷発生箇所を予測する予測ステップとを含む。
【0010】
このような方法によれば、コードモデルの各要素の長手方向に沿った圧縮歪を取得し、この圧縮歪の大きさに基づいて解析対象領域の損傷発生箇所を予測することができるため、実際のタイヤで生じる損傷を精度良く予測することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】本実施形態で使用されるコンピュータ装置の斜視図である。
【図2】本実施形態の処理手順の一例を示すフローチャートである。
【図3】タイヤモデルの一例を視覚化して示す斜視図である。
【図4】その断面図である。
【図5】(a)はカーカスプライの部分斜視図、(b)はカーカスプライモデルの斜視図である。
【図6】実施例のタイヤモデルについての計算結果であり、ビード部の各位置におけるコードモデルの歪を表すグラフである。
【図7】予測ステップの処理手順を示すフローチャートである。
【図8】実施例のシミュレーションで予測された損傷発生箇所と実車損傷箇所とを示すビード部の断面図である。
【図9】従来例のシミュレーションで予測された損傷発生箇所と実車損傷箇所とを示すビード部の断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
図1には、本実施形態のタイヤの耐久性を用いて予測する方法を実施するためのコンピュータ装置1の斜視図が示されている。該コンピュータ装置1は、本体1a、キーボード1b、マウス1c及びディスプレイ装置1dを含む。本体1aには、図示していないが、演算処理装置(CPU)、ROM、作業用メモリ、大容量記憶装置及びディスクドライブ1a1、1a2などが適宜設けられる。そして、前記大容量記憶装置(記憶媒体)には後述する方法を実行するための処理手順(プログラム)の一部が記憶される。
【0013】
図2には、本実施形態の処理手順の一例が示される。先ず、本実施形態では、コンピュータ装置1に、タイヤモデルが入力される(ステップS1)。
【0014】
図3にはタイヤモデル2を視覚化した斜視図が、図4にはそのタイヤ回転軸を含む断面図が示されている。タイヤモデル2は、解析しようとする空気入りタイヤ(実在するか否かは問わない。)を有限個かつ小さな要素2a、2b、2c…に分割して三次元にモデル化される。各要素2a、2b、2c…は、例えば2次元平面としての三角形ないし四角形の膜要素、3次元要素としては、例えば4乃至6面体ソリッド要素などが用いられる。本実施形態のタイヤモデル2は、図4に示される二次元の断面形状が、タイヤ周方向に転写され、同一の断面形状がタイヤ周方向に連続するようにモデル化されている。
【0015】
前記要素2a、2b、2c…は、変形計算が可能かつ前記コンピュータ装置1にて取り扱い可能な数値データからなり、各要素の節点の番号、座標値、要素形状及び材料特性等が定義されかつコンピュータ装置1に入力される。
【0016】
前記変形計算としては、例えば有限要素法や有限体積法又は差分法などが含まれる。また前記材料特性としては、例えば、要素が表現している材料の密度、複素弾性率及び/又は損失正接などを含む。本実施形態では、各要素2a、2b、2c…は、物体(モデル)の変形とともに空間を移動するLagrange要素が用いられる。
【0017】
図4に示されるように、タイヤモデル2は、タイヤのトレッド部がモデル化されかつ路面と接地するトレッド部モデル2Tと、タイヤのサイドウォールがモデル化された一対のサイドウォール部モデル2Sと、それらの内方端に連なるビード部モデル2Bとを有する。計算精度を高めるために、タイヤモデル2のトレッド部モデル2Tには、タイヤ周方向にのびる縦溝を含むトレッドパターンがモデル化されることが望ましい。
【0018】
また、タイヤは、その骨格をなすカーカスプライ、該カーカスプライのタイヤ半径方向外側かつトレッド部に配されるベルトプライ、及び、ビード部に配されるビード補強プライといった各種コード材料で補強される。本実施形態のタイヤモデル2も、少なくとも前記カーカスプライ及びベルトプライがモデル化されたカーカスプライモデル3及びベルトプライモデル4を含んでいる。本実施形態のカーカスプライモデル3は、ビードコアをモデル化したビードコアモデル5の周りをタイヤ軸方向内側から外側に向けて折り返されている。
【0019】
図5(a)には、一例としてカーカスを構成するカーカスプライfの部分斜視図が示され、同図(b)はそれと等価なカーカスプライモデル3が視覚化かつ分解されて示されている。カーカスプライfは、複数のカーカスコードc1を平行に配列したコード配列体cと、該コード配列体cを被覆するトッピングゴムtとから構成される。
【0020】
図5(b)に示されるように、カーカスプライfをモデル化したカーカスプライモデル3は、例えば、カーカスコードc1の長手方向の引張弾性率が大きくかつ該長手方向と直角方向で引張弾性率が小さい異方性が定義されたシェル要素からなるカーカスコードモデル3aと、その両側に配された例えば三次元ソリッド要素からなるトッピングゴムモデル3bとから構成される。なお、カーカスプライモデル3は、トッピングゴムとコード配列体cとを含めて1枚のシェル要素などに置き換えられても良い。
【0021】
また、図示していないが、ベルトプライについても、カーカスプライモデル3と同様にモデル化される。また、カーカスプライモデル3及びベルトプライモデル4のコードをモデル化している部分を総称してコードモデルCと呼ぶことがある。
【0022】
次に、コンピュータ装置1に、路面モデルが入力される(ステップS2)。図3に視覚化して示されるように、路面モデル6は、タイヤモデル2が接触しうる幅と長さとを有して設定される。本実施形態の路面モデル6は、外力が作用しても変形しない剛要素で形成される。
【0023】
次に、コンピュータ装置1に、境界条件が設定される(ステップS3)。設定される境界条件としては、タイヤモデル2を路面モデル4に接触させて変形計算を行うのに必要な各種の条件を含む。例えば、静的な変形計算(接地シミュレーション)の場合には、タイヤモデル2の内圧条件、リム条件、負荷荷重条件、キャンバー角などが含まれる。他方、動的な変形計算(転動シミュレーション)の場合には、上記条件に加えて、タイヤモデル2のスリップ角、走行速度及び/又はタイヤモデル2と前記路面モデル4との間の摩擦係数などが含まれる。
【0024】
次に、図3に示したように、コンピュータ装置1は、タイヤモデル2に内圧及び荷重を作用させかつ路面モデル6に接触させてタイヤモデルの変形計算を行う(ステップS4)。本実施形態では、この変形計算として、タイヤモデル2を転動させることなく静的に路面モデル6に接地させる接地シミュレーションが行われる。変形計算は、要素の形状及び材料特性(例えば密度、弾性率、減衰係数)などをもとに、要素の質量マトリックス、剛性マトリックス及び減衰マトリックスが作成され、各マトリックスを組み合わせ、全体の系のマトリックスが作成される。そして、前記各種の条件を当てはめて運動方程式が作成され、これを微小な時間増分Δt刻みで前記コンピュータ装置1にて逐次計算することにより行われる。
【0025】
次に、コンピュータ装置1は、前記変形計算(ステップS4)から予め定められた解析対象領域に含まれる前記コードモデルCの各要素のコード長手方向に沿った圧縮歪を含む物理量を取得する取得ステップを行う(ステップS5)。
【0026】
前記解析対象領域とは、タイヤモデル2(言い換えれば、評価対象の空気入りタイヤ)の耐久性に関して、損傷の発生が予想される箇所を含む領域であり、例えば、ビード部、サイドウォール部又はトレッド部等の領域が予め設定される。この解析対象領域は、タイヤの内部構造や、カテゴリー及び荷重条件等に応じ、さらには、これまでの実験や経験則等を踏まえて定められる。また、計算コストを削減するために、解析対象領域は、タイヤモデル2の一部の領域であるのが望ましいが、タイヤモデル2の全体が指定されても良い。解析対象領域として、タイヤモデル2の一部が設定される場合、対象となる要素が特定され、コンピュータ装置1に予め入力されることになる。本実施形態では、上記解析対象領域として、タイヤモデル2のうち、ビード部モデル2Bが設定される。
【0027】
また、本発明では、コンピュータ装置1によって、解析対象領域であるビード部モデル2Bに含まれるコードモデルC(即ち、この例ではカーカスプライモデル3のカーカスコードモデル3a)の各要素のコード長手方向に沿った圧縮歪が取得される。
【0028】
図6には、ビード部モデル2Bに含まれるカーカスコードモデル3aの25個要素の各歪を示すグラフである。また、本実施形態では、静的なシミュレーションであるため、要素の周方向位置によって歪は異なる。図6の歪みは、接地部の中心位置でのものである。また、また、縦軸は歪(マイナスが圧縮)を示す、横軸がビードコアモデル5の内面BLからのタイヤ半径方向の距離を示している。
【0029】
さらに、図6において、黒のプロットは、タイヤモデルに内圧のみを充填して変形させたインフレート状態での歪を、また白抜きプロットは、インフレート状態に荷重を負荷した状態での歪をそれぞれ示している。本実施形態では、コンピュータ装置1は、実際の走行状態に近いインフレートかつ荷重負荷時で計算された要素のコード長手方向の歪の値を、要素毎に、メモリ又は記憶装置に記憶する。
【0030】
次に、本発明では、前記コンピュータ装置1が、前記取得された圧縮歪の大きさに基づいて前記解析対象領域の損傷発生箇所を予測する予測ステップを行う(ステップS6)。予測ステップは、図7に示されるように、取得されたコードモデルCの各要素の圧縮歪を調べ、その大きさが最大である要素を特定し(ステップS51)、この特定された要素を損傷発生箇所としてディスプレイ装置1d等に表示する(ステップS52)。このような予測ステップは、コードモデルCの各要素のコード長手方向に沿った圧縮歪の大きさに基づいて解析対象領域の損傷発生箇所を予測することができるため、実際のタイヤで生じる損傷と相関の良い予測が可能になる。
【0031】
図8には、解析対象となる空気入りタイヤにドラム耐久テストを行ったときにビード部で生じた損傷発生箇所を符号Aで、また本実施形態で予測した損傷発生箇所を符号Bで示している。本実施形態の方法では、実際の走行で生じる損傷と非常に相関の良い予測が可能になっていることが確認できる。
【0032】
一方、図9には、ゴムをモデル化したゴムモデルについて、引張歪みが最大となる要素から予測された損傷発生箇所が符号B’で示されている。損傷発生箇所B’は、実際の損傷発生箇所Aと大きく乖離していることが確認できる。
【0033】
本発明では、上記の実施形態に限定されることなく、種々の変更が可能である。例えば。前記取得ステップ(ステップS5)は、前記変形計算(ステップS4)から予め定められた解析対象領域に含まれる前記コードモデルCの各要素の温度をさらに取得することもできる。そして、前記予測ステップ(ステップS6)では、取得された圧縮歪及び温度の大きさに基づいて前記解析対象領域の損傷発生箇所を予測することもできる。例えば、圧縮歪及び温度の和が最大となる要素や、各々の物理量に係数を乗じ、それらを加算したパラメータを用い、その値が最大の要素を損傷の発生箇所として判断することができる。
【符号の説明】
【0034】
1 コンピュータ装置
2 タイヤモデル
3 カーカスプライモデル
4 ベルトプライモデル
C コードモデル

【特許請求の範囲】
【請求項1】
コード材料で補強されたタイヤの耐久性をコンピュータを用いて予測する方法であって、
前記コンピュータに、前記コード材料が有限個の要素でモデル化されたコードモデルを含むタイヤモデルを入力するモデル設定ステップと、
前記コンピュータが、前記タイヤモデルに予め定められた内圧及び荷重を作用させ該タイヤモデルの変形計算を行う変形計算ステップと、
前記コンピュータが、前記変形計算ステップから予め定められた解析対象領域に含まれる前記コードモデルの各要素のコード長手方向に沿った圧縮歪を取得する取得ステップと、
前記コンピュータが、前記取得された圧縮歪の大きさに基づいて前記解析対象領域の損傷発生箇所を予測する予測ステップとを含むことを特徴とするタイヤの耐久性の予測方法。
【請求項2】
前記取得ステップは、前記変形計算ステップから予め定められた解析対象領域に含まれる前記コードモデルの各要素の温度をさらに取得するとともに、
前記予測ステップは、前記取得された圧縮歪及び温度の大きさに基づいて前記解析対象領域の損傷発生箇所を予測する請求項1記載のタイヤの耐久性の予測方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2013−35458(P2013−35458A)
【公開日】平成25年2月21日(2013.2.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−174175(P2011−174175)
【出願日】平成23年8月9日(2011.8.9)
【出願人】(000183233)住友ゴム工業株式会社 (3,458)
【Fターム(参考)】