説明

タンパク質の固定化方法

【課題】タンパク質をアミノ基を有する基板に固定化する際に、共有結合的に結合できるアミノ基を減らすことなく、非特異吸着を抑えることを可能にするタンパク質の固定化方法を提供すること。
【解決手段】基板へタンパク質を固定化する方法であって、該基板が、下記の一般式:(RO)Si-(CH2)k-(NHCH2CH2−NH2 (但し、式中、Rはアルキル基であり、k=1,2,3・・・、n=1,2,3・・・である)で示されるアミノ基含有ケイ素化合物で担体を処理し、該担体の表面にアミノ基を導入してなり、該基板をタンパク質含有緩衝液に浸して、該タンパク質を該アミノ基を介した共有結合によって固定化することを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、タンパク質の固定化方法に関し、特に、タンパク質を基板に固定化する際に、タンパク質の非特異な吸着を防ぐことが可能なタンパク質の固定化方法に関する。
【背景技術】
【0002】
今日、様々な機能性タンパク質がタンパク質アレイなどのバイオテクノロジー関連分野で利用されている。タンパク質アレイの分野における近年の成長は、表面化学、タンパク質の固定化、タンパク質のラベル化やその検出方法などの発達に起因するところが大きい。中でも特に、タンパク質の固定化は、DNAアレイとは違い、固定化するタンパク質の種類によって大きく異なるため、非常に重要である。タンパク質はその活性を失うことなく、また、できるだけ水環境で保持されて固定化されなければならない。タンパク質アレイ技術の発展のためには、タンパク質の固定化技術の確立が不可欠である。
【0003】
タンパク質アレイや固定化酵素では、タンパク質は多くの場合、担体に共有結合的に固定化されて利用される。一般に固定化担体としてはガラススライド、多孔質ゲル、マイクロタイタープレート、シリカゲル、セルロース、アガロースなどが用いられている。また、固定化担体がガラススライドである場合に、表面にアミノ基を導入したスライドガラスが知られている。また、担体上のアミノ基とタンパク質の共有結合的な固定化方法については、グルタルアルデヒドでアミノ基を活性化して、タンパク質表面のアミノ基等と結合させる方法などが知られている。
【0004】
上記の方法を用いてタンパク質を固定化した場合、タンパク質がアミノ基を介して固定化される(特異吸着)のみならず、アミノシランのアミノ基以外の部分や表面に吸着(非特異吸着)することがある。このような非特異吸着によって、タンパク質の活性点が基板に向いたり、タンパク質それ自体の形が崩れる結果、タンパク質の活性が減少する上、ELISAなどの生化学分析において、S/N比(S:特異吸着により固定化されたタンパク質からのシグナル、N:非特異吸着により固定化されたタンパク質からのノイズ)が下がり、タンパク質の検出感度が減少してしまう。また、タンパク質アレイにおいて特異的なタンパク質間相互作用を溶液系に近い状態で正確に検出する場合においても、タンパク質の非特異吸着量はS/N比を低減させる主要な要因となる。
【0005】
上記のような非特異吸着を減らす方法として、目的タンパク質を固定化する前に牛血清アルブミン(BSA)または乳タンパク質(カゼイン)を基板表面に吸着させる方法が従来知られている(例えば特許文献1参照)。
【0006】
【特許文献1】特開平1−217266号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、BSAやカゼインが大分子のタンパク質であり、非特異に基板表面に吸着しているため、これらBSAやカゼインが基板表面のみならずタンパク質を固定化するアミノ基上に「乗っている」状態となっている場合がある。また、固定化の対象となる目的タンパク質自身が非特異的に基板表面に吸着した場合においても、同様の状態が生じる場合がある。即ち、タンパク質の非特異吸着が障害となって、タンパク質を基板に固定化する際に、タンパク質と基板上のアミノ基との結合が妨げられる恐れがあった。
【0008】
そこで、本発明はこのような課題を解決するためになされたものであって、タンパク質を、アミノ基を介して基板上に固定化する際に、タンパク質を共有結合的に固定化できるアミノ基を減らすことなく、タンパク質の非特異吸着を抑えることを可能にするタンパク質の固定化方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは上記目的を達成すべく鋭意研究した結果、本発明のタンパク質の固定化方法を完成するに至った。
【0010】
本発明のタンパク質の固定化方法は、基板へタンパク質を固定化する方法であって、該基板が、下記の一般式:

(RO)Si-(CH2)k-(NHCH2CH2−NH2

(但し、式中、Rはアルキル基であり、k=1,2,3・・・、n=1,2,3・・・である)で示されるアミノ基含有ケイ素化合物で担体を処理して、該担体の表面にアミノ基を導入してなり、該基板をタンパク質含有緩衝液に浸して、該タンパク質を該アミノ基を介した共有結合によって固定化することを特徴とする。
【0011】
本発明のタンパク質の固定化方法の好ましい実施態様において、前記アミノ基含有ケイ素化合物が、(3−トリメトキシシリルプロピル)ジエチレントリアミンであることを特徴とする。
【0012】
本発明のタンパク質の固定化方法の好ましい実施態様において、前記担体がガラスであることを特徴とする。
【0013】
本発明のタンパク質の固定化方法の好ましい実施態様において、前記緩衝液が、タンパク質、生体高分子、生物試料を含有することを特徴とする。
【0014】
本発明のタンパク質の固定化方法の好ましい実施態様において、生物試料が、細胞、微生物、組織、器官からなる群から選択される少なくとも1種であることを特徴とする。
【0015】
本発明のタンパク質の固定化方法の好ましい実施態様において、前記タンパク質の固定化において、架橋試薬によって、前記タンパク質をアミノ基を介した共有結合によって固定化することを特徴とする。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、タンパク質をアミノ基を有する基板に固定化する際に、アミノ基以外の部分へのタンパク質の非特異吸着を減らし、ひいては該タンパク質を固定化した基板を用いた生化学分析において該タンパク質の検出感度を良好なものとすることができるという有利な効果を有する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
本発明のタンパク質の固定化方法は、基板へタンパク質を固定化する方法であって、該基板が、下記の一般式:

(RO)Si-(CH2)k-(NHCH2CH2−NH2

(但し、式中、Rはアルキル基であり、k=1,2,3・・・、n=1,2,3・・・である)で示されるアミノ基含有ケイ素化合物で担体を処理して、該担体の表面にアミノ基を導入してなり、該基板をタンパク質含有緩衝液に浸して、該タンパク質を該アミノ基を介した共有結合によって固定化することを特徴とする。上記一般式で示されるアミノ基含有ケイ素化合物で担体を処理して得られた基板においては、当該アミノ基含有ケイ素化合物がタンパク質の固定化にとって適度な密度でコーティングされている。このようなアミノ基含有ケイ素化合物が適度な密度でコーティングされている基板を用いることに加えて、当該基板上のアミノ基へタンパク質を固定化する際に、アミノ基以外の部分、すなわち、基板にコーティングされている上記アミノ基含有ケイ素化合物のアミノ基以外の部分や当該アミノ基含有ケイ素化合物がコーティングされていない基板表面へのタンパク質の非特異吸着を防ぐことができる。
【0018】
上記アミノ基含有ケイ素化合物を示す一般式において、kの上限については、特に限定されるものではないが、タンパク質の基板への固定化において非特異吸着を低減させるという観点から、kは3以下が好ましく、上記一般式中の前記nは2〜20であることが好ましい。
【0019】
アミノ基含有ケイ素化合物としては、特に限定されず、上記一般式を満たすようなものであればよい。なお、上記一般式で示されるアミノ基含有ケイ素化合物の中でも、(3−トリメトキシシリルプロピル)ジエチレントリアミンが特に好ましい。
【0020】
また、上記担体としては、特に限定されることはないが、ガラス繊維ガラススライド等のガラス、多孔性ゲル、マイクロウエルプレート、シリコンウエハなどの無機基板、ポリエステルフィルム、ポリエチレンフィルムなどの有機基板などを挙げることができる。担体の形状に制限はなく、例えば、板、フィルムまたはシートのような平板状のものや、立方体、棒状、球状など3次元形状でもよい。なお、アミノ基含有ケイ素化合物との反応が容易であり、当該化合物を溶かす溶媒への耐性が高く、自家蛍光が低いためELISAなどの生化学分析の検出で使用される蛍光測定において有利であるという観点から、上記担体は、ガラスであることが好ましい。
【0021】
アミノ基の担体への導入は、特に限定されないが、いわゆるシランカップリングによる。例えば、適当な担体を用意し、トルエン、メタノール、エタノール、水などの溶媒中に、アミノ基含有ケイ素化合物を溶解した溶液に担体を浸し、溶液温度5〜100℃で、限定されないが、1〜12時間程度保つと、アミノ基含有ケイ素化合物が担体に結合し、担体の表面にアミノ基が導入される。
【0022】
また、上記タンパク質含有緩衝液は、タンパク質、生体高分子又は生物試料(細胞、微生物、組織、器官など)を含有してもよい。
【0023】
本発明のタンパク質の固定化方法においては、緩衝液中のタンパク質を、上記基板上のアミノ基を介した共有結合によって固定化する。具体的には、架橋試薬を用いる。架橋試薬の中でも、タンパク質に多く含まれるアミノ基を利用することができるなど汎用性の観点からグルタルアルデヒド、タンパク質に多く含まれるカルボキシル基を利用できるカルボジイミド、タンパク質のチオール基と結合し特異性の高い固定化に利用できるマレイミド基を分子内に有する試薬が好ましい。
【実施例】
【0024】
以下、本発明を実施例により更に具体的に説明するが、本発明は、下記実施例に限定して解釈される意図ではない。
【0025】
本実施例では、タンパク質としてアビジン、西洋わさび由来ペルオキシダーゼおよびアルカリフォスファターゼを用い、これらタンパク質の基板への非特異吸着についてそれぞれ以下のように実験を行った。
【0026】
アミノ化プレートの準備
(3−トリメトキシシリルプロピル)ジエチレントリアミンを用いてガラス製マイクロタイタープレート(日本板硝子(株)製96穴タイプ)にアミノ基を導入したアミノ化マイクロタイタープレート(以後プレートAという)と、アミノプロピルトリエトキシシランを用いて同様のガラス製マイクロタイタープレートにアミノ基を導入したアミノ化マイクロタイタープレート(以後プレートBという)を準備した。
【0027】
(実施例1)
タンパク質の準備
アビジン(和光純薬工業(株)製、コード番号:014-09943、pI=10)を準備した。
【0028】
緩衝液の準備
pH4の緩衝液として、緩衝液A(50mM acetate buffer)を準備した。pH7の緩衝液として、緩衝液B(50mM phosphate buffer)を準備した。pH 9の緩衝液として、緩衝液C(50mM Tris-HCl buffer)を準備した。
【0029】
洗浄液の準備
洗浄液として、TBST(25mM Tris, 2.7mM KCl, 0.137M NaCl, 0.1質量% Tween20)を準備した。
【0030】
タンパク質の非特異吸着量の測定
下記のようにしてプレートA又はBのウェルへのアビジンの非特異吸着量を測定した。所定のpHの緩衝液に溶解したアビジン(0.5mg/ml)をウェルに100μl加え、4℃で3時間静置した。その後、TBSTで3回、1M塩化ナトリウム水溶液で3回洗浄した。次に、各ウェルに、アビジンに取り込まれると消光する蛍光ラベル化biotin(25μg/ml in 50mM Tris-HCl, pH8)を100μl添加し、4℃、暗所で1時間静置した。蛍光イメージャー(Bio-Rad, FX-Pro)でbiotinの蛍光量を測定することにより、アビジンに取り込まれたbiotin量を求め、非特異吸着したアビジン量を概算した。結果を表1および図1に示す。
【0031】
【表1】

【0032】
結果から、タンパク質の吸着量はpHによらずプレートAの方が少ないことが確認できた。このように、プレートAではタンパク質の非特異吸着量を低減することができたので、タンパク質の、アミノ基を介した共有結合による固定化が妨げられることが非常に少ない。
【0033】
(実施例2)
タンパク質の準備
西洋わさび由来ペルオキシダーゼ(和光純薬工業(株)製、コード番号:165-10793、pI=7)を準備した。
【0034】
緩衝液の準備
pH4の緩衝液として、緩衝液A(50mM acetate buffer)を準備した。pH7の緩衝液として、緩衝液B(50mM phosphate buffer)を準備した。pH 9の緩衝液として、緩衝液C(50mM Tris-HCl buffer)を準備した。
【0035】
洗浄液の準備
洗浄液として、TBST(25mM Tris, 2.7mM KCl, 0.137M NaCl, 0.1質量% Tween20 )を準備した。
【0036】
タンパク質の非特異吸着量の測定
下記のようにしてプレートA又はBのウェルへの西洋わさび由来ペルオキシダーゼの非特異吸着量を測定した。非特異吸着量は、吸着したタンパク質の酵素活性を指標とした。所定のpHの緩衝液に溶解した西洋わさび由来ペルオキシダーゼ(25μg/ml)をウェルに100μl加え、4℃で3時間静置した。その後、TBSTで3回、1M塩化ナトリウム水溶液で3回洗浄した。次に、各ウェルに西洋わさび由来ペルオキシダーゼの発色基質である20mMのグアイヤコール(和光純薬工業(株)製、コード番号:133-08302)および20mMの過酸化水素水を含む100mM phosphate buffer 100μlを加えた。その後、37℃で30分静置し、0分から30分までの436nmにおける吸光度の増加量を酵素活性とした。結果を表2および図2に示す。
【0037】
【表2】

【0038】
結果から、タンパク質の吸着量はpHによらずプレートAの方が少ないことが確認できた。このように、プレートAではタンパク質の非特異吸着量を低減することができたので、タンパク質の、アミノ基を介した共有結合による固定化が妨げられることが非常に少ない。
【0039】
(実施例3)
タンパク質の準備
アルカリフォスファターゼ(和光純薬工業(株)製、コード番号:012-10691、pI=4.5)を準備した。
【0040】
緩衝液の準備
pH4の緩衝液として、緩衝液A(50mM acetate buffer)を準備した。pH7の緩衝液として、緩衝液B(50mM phosphate buffer)を準備した。pH 9の緩衝液として、緩衝液C(50mM Tris-HCl buffer)を準備した。
【0041】
洗浄液の準備
洗浄液として、TBST(25mM Tris, 2.7mM KCl, 0.137M NaCl, 0.1質量% Tween20 )を準備した。
【0042】
タンパク質の非特異吸着量の測定
下記のようにしてプレートA又はBのウェルへのアルカリフォスファターゼの非特異吸着量を測定した。非特異吸着量は、吸着したタンパク質の酵素活性を指標とした。所定のpHの緩衝液に溶解したアルカリフォスファターゼ(25μg/ml)をウェルに100μl加え、4℃で6時間静置した。その後、TBSTで3回、1M塩化ナトリウム水溶液で3回洗浄した。次に、各ウェルにアルカリフォスファターゼの発色基質であるp−ニトロフェニルリン酸(1Mとなるように1M Tris-HCl bufferに溶解)を100μl加えた。その後、37℃で30分静置し、2分から10分までの410nmにおける吸光度の増加量を酵素活性とした。結果を表3および図3に示す。
【0043】
【表3】

【0044】
結果から、タンパク質の吸着量はpHによらずプレートAの方が少ないことが確認できた。このように、プレートAではタンパク質の非特異吸着量を低減することができたので、タンパク質の、アミノ基を介した共有結合による固定化が妨げられることが非常に少ない。
【図面の簡単な説明】
【0045】
【図1】アビジンのプレートへの非特異吸着量とpHの関係を示す図である。
【図2】西洋わさび由来ペルオキシダーゼのプレートへの非特異吸着量とpHの関係を示す図である。
【図3】アルカリフォスファターゼのプレートへの非特異吸着量とpHの関係を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板へタンパク質を固定化する方法であって、該基板が、下記の一般式:

(RO)Si-(CH2)k-(NHCH2CH2−NH2

(但し、式中、Rはアルキル基であり、k=1,2,3・・・、n=1,2,3・・・である)で示されるアミノ基含有ケイ素化合物で担体を処理して、該担体の表面にアミノ基を導入してなり、該基板をタンパク質含有緩衝液に浸して、該タンパク質を該アミノ基を介した共有結合によって固定化することを特徴とするタンパク質を固定化する方法。
【請求項2】
前記アミノ基含有ケイ素化合物が、(3−トリメトキシシリルプロピル)ジエチレントリアミンであることを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記担体がガラスである請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
前記緩衝液が、タンパク質、生体高分子、生物試料を含有する請求項1〜3のいずれかに記載の方法。
【請求項5】
前記生物試料が、細胞、微生物、組織、器官からなる群から選択される少なくとも1種である請求項4に記載の方法。
【請求項6】
前記タンパク質の固定化において、架橋試薬によって、前記タンパク質をアミノ基を介した共有結合によって固定化する請求項1〜5のいずれかに記載の方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate


【公開番号】特開2008−44917(P2008−44917A)
【公開日】平成20年2月28日(2008.2.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−224480(P2006−224480)
【出願日】平成18年8月21日(2006.8.21)
【出願人】(504145342)国立大学法人九州大学 (960)
【出願人】(000004008)日本板硝子株式会社 (853)
【Fターム(参考)】