説明

タンパク質光電変換素子、光電変換システム、タンパク質光電変換素子の製造方法、光電変換システムの製造方法およびタンパク質固定化電極

【課題】大腸菌由来のシトクロムb562 をベースとして調製される金属置換シトクロムb562 などの各種のタンパク質を用いたタンパク質光電変換素子およびその製造方法を提供する。
【解決手段】金電極11上に金属置換シトクロムb562 または亜鉛クロリンシトクロムb562 またはそれらの誘導体もしくは変異体からなるタンパク質12を固定化してタンパク質固定化電極を形成する。このタンパク質固定化電極を用いてタンパク質光電変換素子を製造する。このタンパク質光電変換素子をカラー撮像素子などの光電変換システムに用いる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、タンパク質光電変換素子、光電変換システム、タンパク質光電変換素子の製造方法、光電変換システムの製造方法およびタンパク質固定化電極に関する。この発明は、より詳細には、シトクロムb562 をベースとするタンパク質を用いたタンパク質光電変換素子、光電変換システム、タンパク質光電変換素子の製造方法、光電変換システムの製造方法およびタンパク質固定化電極に関する。
【背景技術】
【0002】
タンパク質は半導体素子に代わる次世代の機能素子として期待されている。半導体素子の微細化は数十nmのサイズが限界とされるなか、タンパク質は2〜10nmというはるかに小さいサイズで高度で複雑な機能を発揮する。
【0003】
従来、タンパク質を用いた光電変換素子として、ウマ心筋シトクロムcのヘムの中心金属の鉄を亜鉛に置換した亜鉛置換シトクロムcを金電極に固定化したタンパク質固定化電極を用いたものが提案されており、このタンパク質固定化電極から光電流が得られることが示されている(特許文献1参照)。タンパク質を用いた光電変換素子としては、亜鉛置換シトクロムc552を金電極に固定化したタンパク質固定化電極を用いたものも提案されている(特許文献2参照)。
【0004】
なお、シトクロムb562 については、大腸菌による発現・精製方法(非特許文献1参照)、立体構造(256B.pdb、非特許文献2参照)、ヘムの抜き方(非特許文献3参照)、亜鉛ポルフィリンの入れ方(非特許文献4参照)、分子内へのキノンの入れ方(非特許文献5参照)、銀電極への固定化方法(非特許文献6参照)が報告されている。また、亜鉛置換シトクロムc552を用いた青色光の光電変換素子、修飾亜鉛ポルフィリンシトクロムc552を用いた赤色光または緑色光の光電変換素子が提案されている(特許文献2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2007−220445号公報
【特許文献2】特開2010−190646号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Nikkila,H.,Gennis,R.B.,and Sliger,S.G.Eur.J.Biochem.202,309(1991)
【非特許文献2】Mathews,F.S.,Bethge,P.H.,and Czerwinski,E.W.J.Biol.Chem.254,1699(1979)
【非特許文献3】Itagaki,E.,Palmer,G.and Hager,L.P.J.Biol.Chem.242,2272(1967)
【非特許文献4】Hamachi,I.,Takashima,H.,Tsukiji,S.Shinkai,S.,Nagamune,T.andOishi,S.Chem.Lett.1999,551(1999)
【非特許文献5】Hay,S.,Wallace,B.B.,Smith,T.A.,Ghiggino,K.P.and Wydrzynski,T.Proc.Natl.Sci USA,101,17675(2004)
【非特許文献6】Zuo,P.,Albrecht,T.Baker,P.D.,Murgida,D.H.,and Hildebrandt,P.Phys.Chem.Chem.Phys.11,7430(2009)
【非特許文献7】Mennenga,A.,Gartner,W.,Lubitz,W.and Gorner,H.Phys.Chem.Chem.Phys.8,5444(2006)
【非特許文献8】Shih,C.,Museth,A.K.,Abrahamsson,M.,Blanco-Rodriguez,A.M.,Bilio,A.J.D.and 8 others,Science,320,1760(2008)
【非特許文献9】Yasutomi,S.,Morita,T.,Imanishi,Y.and Kimura,S.Science,304,1944(2004)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、特許文献1で提案された光電変換素子で用いられている亜鉛置換シトクロムcの調製に用いられるウマ心筋シトクロムcにおいては、補欠分子族であるポルフィリンはシステイン残基と共有結合をしている。このため、ウマ心筋シトクロムcからポルフィリンを外すことは容易ではなく、中心の鉄を亜鉛やスズに置換するといった操作しかできなかった。この結果、使用可能なタンパク質の種類が極少数に限定されていた。
【0008】
そこで、この発明が解決しようとする課題は、大腸菌由来のシトクロムb562 をベースとして調製される金属置換シトクロムb562 などの各種のタンパク質を用いたタンパク質光電変換素子およびその製造方法を提供することである。
【0009】
この発明が解決しようとする他の課題は、大腸菌由来のシトクロムb562 をベースとして調製される金属置換シトクロムb562 などの各種のタンパク質を用いたタンパク質光電変換素子を用いた光電変換システムおよびその製造方法を提供することである。
【0010】
この発明が解決しようとするさらに他の課題は、大腸菌由来のシトクロムb562 あるいこはこのシトクロムb562 をベースとして調製される金属置換シトクロムb562 などの各種のタンパク質が固定化されたタンパク質固定化電極およびその製造方法を提供することである。
上記課題および他の課題は、添付図面を参照した本明細書の記述から明らかとなるであろう。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、従来技術が有する上記の課題を解決すべく鋭意検討を行った結果、タンパク質光電変換素子のタンパク質として、大腸菌由来のシトクロムb562 をベースとしたものを用いることが有効であることを見出した。このシトクロムb562 はヘムあるいはポルフィリンの出し入れを簡単に行うことができ、中心金属の置換を行ったり、ポルフィリンの改変を行ったりすることにより、多色化を簡単に行うことができる。また、シトクロムb562 あるいはシトクロムb562 をベースとするタンパク質は金電極に容易に固定化することができることを見出した。また、π電子を有するレドックスアクティブな基をシトクロムb562 をベースとしたタンパク質の分子内に導入することにより、光電流を増幅することができることを見出した。
【0012】
この発明は、本発明者らが独自に得た上記の知見に基づいて鋭意検討を行った結果、案出されたものである。
【0013】
すなわち、上記課題を解決するために、この発明は、
金電極と、
上記金電極に固定化された金属置換シトクロムb562 または亜鉛クロリンシトクロムb562 またはそれらの誘導体もしくは変異体とを有するタンパク質光電変換素子である。
【0014】
また、この発明は、
金電極と、
上記金電極に固定化された金属置換シトクロムb562 または亜鉛クロリンシトクロムb562 またはそれらの誘導体もしくは変異体とを有するタンパク質光電変換素子を有する光電変換システムである。
【0015】
また、この発明は、
金属置換シトクロムb562 または亜鉛クロリンシトクロムb562 またはそれらの誘導体もしくは変異体を金電極上に固定化する工程を有するタンパク質光電変換素子の製造方法である。
【0016】
また、この発明は、
金属置換シトクロムb562 または亜鉛クロリンシトクロムb562 またはそれらの誘導体もしくは変異体を金電極上に固定化する工程を有する光電変換システムの製造方法である。
【0017】
また、この発明は、
金電極と、
上記金電極に固定化されたシトクロムb562 または金属置換シトクロムb562 または亜鉛クロリンシトクロムb562 またはそれらの誘導体もしくは変異体とを有するタンパク質固定化電極である。
【0018】
好適には、上記の金属置換シトクロムb562 または亜鉛クロリンシトクロムb562 またはそれらの誘導体もしくは変異体、あるいは、シトクロムb562 またはその誘導体もしくは変異体は、そのポルフィリンのプロピオン酸を金電極側に向けて固定化される。必要に応じて、金属置換シトクロムb562 または亜鉛クロリンシトクロムb562 またはそれらの誘導体もしくは変異体に、π電子を有するレドックスアクティブな基が導入される。このレドックスアクティブな基としては、従来公知のものを用いることができ、必要に応じて選ばれるが、好適にはトリプトファンまたはキノンが用いられる。金属置換シトクロムb562 の金属は、目的とする光電変換波長が得られるように適宜選ばれるが、例えば、亜鉛(Zn)、ベリリウム(Be)、ストロンチウム(Sr)、ニオブ(Nb)、バリウム(Ba)、ルテチウム(Lu)、ハフニウム(Hf)、タンタル(Ta)、カドミウム(Cd)、アンチモン(Sb)、トリウム(Th)、鉛(Pb)などである。シトクロムb562 、金属置換シトクロムb562 または亜鉛クロリンシトクロムb562 の誘導体は、それらの骨格のアミノ酸残基もしくはポルフィリンが化学修飾されたものである。また、シトクロムb562 、金属置換シトクロムb562 または亜鉛クロリンシトクロムb562 の変異体は、それらの骨格のアミノ酸残基の一部が他のアミノ酸残基に置換されたものである。
【0019】
光電変換システムは、典型的には、互いに異なる波長の光に対して応答する二種類以上の光電変換素子を含み、少なくともこれらの光電変換素子のうちの一種類が、金電極と、この金電極に固定化された金属置換シトクロムb562 または亜鉛クロリンシトクロムb562 またはそれらの誘導体もしくは変異体とを有するタンパク質光電変換素子である。光電変換システムを構成する光電変換素子の数は、光電変換システムの用途などに応じて適宜選ばれる。光電変換システムは、例えば、カラー撮像素子、光センサーなどである。
【0020】
上記のタンパク質光電変換素子は、金属置換シトクロムb562 または亜鉛クロリンシトクロムb562 またはそれらの誘導体もしくは変異体を金電極上に固定化したタンパク質固定化電極に加えて対極を有する。この対極は、このタンパク質固定化電極に対して間隔を空けて対向するように設けられる。
【0021】
上述のように構成されたこの発明においては、大腸菌由来のシトクロムb562 は、シトクロムcに比べてヘムあるいはポルフィリンの出し入れを容易に行うことができる。このため、シトクロムb562 をベースとして、金属置換シトクロムb562 や亜鉛クロリンシトクロムb562 などの各種のタンパク質を容易に調製することができる。また、これらの金属置換シトクロムb562 や亜鉛クロリンシトクロムb562 やそれらの誘導体あるいは変異体をタンパク質光電変換素子に用いることにより、様々な波長の可視光を吸収する光電変換素子を得ることができる。
【発明の効果】
【0022】
この発明によれば、シトクロムb562 をベースとして調製される金属置換シトクロムb562 などの各種のタンパク質を用いたタンパク質光電変換素子やこのタンパク質光電変換素子を用いた各種の光電変換システムなどを実現することができる。素子を実現することができる。そして、このように優れたカラー撮像素子、光センサーまたは光電変換素子を用いることにより優れた電子機器を実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】この発明の第1の実施の形態によるタンパク質固定化電極を示す略線図である。
【図2】精製されたシトクロムb562 の吸収スペクトルを示す略線図である。
【図3】シトクロムb562 の構造を示す略線図である。
【図4】シトクロムb562 が自己組織化単分子膜を介して金電極に吸着した様子を模式的に示す略線図である。
【図5】シトクロムb562 固定化金ドロップ電極を用いて得られたサイクリックボルタモグラムを示す略線図である。
【図6】亜鉛置換シトクロムb562 の吸収スペクトルを示す略線図である。
【図7】亜鉛置換シトクロムb562 固定化金ドロップ電極を用いて得られた光電流リアルタイムウェーブフォームを示す略線図である。
【図8】亜鉛置換シトクロムb562 固定化金ドロップ電極を用いて得られた光電流アクションスペクトルを示す略線図である。
【図9】亜鉛置換シトクロムb562 固定化金ドロップ電極を用いて得られた電流−電圧曲線を示す略線図である。
【図10】亜鉛クロリンの構造を示す略線図である。
【図11】亜鉛クロリンシトクロムb562 のカラム溶出パターンを示す略線図である。
【図12】亜鉛クロリンシトクロムb562 の吸収スペクトルを示す略線図である。
【図13】亜鉛クロリンシトクロムb562 固定化金ドロップ電極を用いて得られた光電流アクションスペクトルを示す略線図である。
【図14】亜鉛クロリンシトクロムb562 固定化金ドロップ電極、亜鉛クロリン固定化金ドロップ電極およびクロリン固定化金ドロップ電極を用いて得られた光電流アクションスペクトルを示す略線図である。
【図15】亜鉛クロリンシトクロムb562 固定化金ドロップ電極を用いて得られた電流−電圧曲線を示す略線図である。
【図16】亜鉛置換シトクロムb562 _I17X/H63Nの吸収スペクトルを示す略線図である。
【図17】亜鉛置換シトクロムb562 _I17X/H63Nが自己組織化単分子膜を介して金電極に吸着した様子を模式的に示す略線図である。
【図18】亜鉛置換シトクロムb562 _I17X/H63N固定化金ドロップ電極を用いて得られた光電流アクションスペクトルを示す略線図である。
【図19】亜鉛置換シトクロムb562 _I17X/H63N固定化金ドロップ電極、ZnPP固定化金ドロップ電極および野生型亜鉛置換シトクロムb562 固定化金ドロップ電極を用いて得られた光電流アクションスペクトルを示す略線図である。
【図20】亜鉛置換シトクロムb562 _I17X/H63N固定化金ドロップ電極、ZnPP固定化金ドロップ電極および野生型亜鉛置換シトクロムb562 固定化金ドロップ電極を用いて得られた光電流リアルタイムウェーブフォームを示す略線図である。
【図21】亜鉛置換シトクロムb562 _I17X/H63N固定化金ドロップ電極、ZnPP固定化金ドロップ電極および野生型亜鉛置換シトクロムb562 固定化金ドロップ電極を用いて得られた光電流アクションスペクトルを示す略線図である。
【図22】メチルビオロゲンの添加量を変化させた野生型亜鉛置換シトクロムb562 固定化金ドロップ電極を用いて得られた電流−電圧曲線を示す略線図である。
【図23】メチルビオロゲンの添加量を変化させた亜鉛置換シトクロムb562 _I17W/H63N固定化金ドロップ電極を用いて得られた電流−電圧曲線を示す略線図である。
【図24】シトクロムb562 _I17W/H63Nの結晶の光学顕微鏡像を示す図面代用写真である。
【図25】シトクロムb562 _I17W/H63Nの結晶の単位胞を示す略線図である。
【図26】シトクロムb562 _I17W/H63Nのトリプトファン17付近の構造を示す略線図である。
【図27】野生型シトクロムb562 およびシトクロムb562 _I17W/H63NのA鎖を比較して示す略線図である。
【図28】野生型シトクロムb562 およびシトクロムb562 _I17W/H63NのC鎖を比較して示す略線図である。
【図29】野生型シトクロムb562 およびシトクロムb562 _I17W/H63NのA鎖のトリプトファン17近傍の構造を示す略線図である。
【図30】野生型シトクロムb562 およびシトクロムb562 _I17W/H63NのC鎖のトリプトファン17近傍の構造を示す略線図である。
【図31】この発明の第2の実施の形態によるタンパク質光電変換素子を示す略線図である。
【図32】この発明の第2の実施の形態によるタンパク質光電変換素子の使用形態の第1の例を示す略線図である。
【図33】この発明の第2の実施の形態によるタンパク質光電変換素子の使用形態の第2の例を示す略線図である。
【図34】この発明の第2の実施の形態によるタンパク質光電変換素子の使用形態の第3の例を示す略線図である。
【図35】この発明の第3の実施の形態による非接液全固体型タンパク質光電変換素子を示す断面図である。
【図36】図35に示す非接液全固体型タンパク質光電変換素子の要部を拡大して示す断面図である。
【図37】この発明の第3の実施の形態による非接液全固体型タンパク質光電変換素子の動作を説明するための略線図である。
【図38】この発明の第4の実施の形態によるカラー撮像素子の第1の例を示す略線図である。
【図39】この発明の第4の実施の形態によるカラー撮像素子の第2の例を示す略線図である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、発明を実施するための形態(以下「実施の形態」とする)について説明する。なお、説明は以下の順序で行う。
1.第1の実施の形態(タンパク質固定化電極およびその製造方法)
2.第2の実施の形態(タンパク質光電変換素子)
3.第3の実施の形態(非接液全固体型タンパク質光電変換素子)
4.第4の実施の形態(カラー撮像素子)
【0025】
〈1.第1の実施の形態〉
[タンパク質固定化電極]
図1は第1の実施の形態によるタンパク質固定化電極を示す。
【0026】
図1に示すように、このタンパク質固定化電極においては、金電極11上に大腸菌由来のシトクロムb562 または金属置換シトクロムb562 または亜鉛クロリンシトクロムb562 またはそれらの誘導体もしくは変異体からなるタンパク質12が固定化されている。
【0027】
図1においては一分子のタンパク質12が示されているが、金電極11上に固定化するタンパク質12の数は必要に応じて決められ、一般的には複数のタンパク質12が単分子膜または多分子膜として固定化される。また、図1においては、金電極11は平坦な表面形状を有するように描かれているが、金電極11の表面形状は任意であり、例えば凹面、凸面、凹凸面などのいずれであってもよく、いずれの形状の面にも容易にタンパク質12を固定化することができる。また、金電極11の全体形状も任意であり、例えば板状、ドロップ状などのいずれであってもよい。
【0028】
タンパク質12は、好適には、このタンパク質12のヘムまたはポルフィリンのプロピオン酸が金電極11側を向くように固定化される。この場合、このタンパク質12のヘムまたはポルフィリンのプロピオン酸サイトは大きな負電荷を有するため、金電極11の表面に正電荷を持たせると、タンパク質12を静電引力により金電極11に吸着させることができる。金電極11の表面に正電荷を持たせる方法としては、従来公知の各種の方法を用いることができ、必要に応じて選ばれるが、例えば、金電極11上に、最表面に正電荷が現れるように自己組織化単分子膜(self-assembled monolayer, SAM)を形成する方法を用いることができる。
【0029】
[タンパク質固定化電極の製造方法]
このタンパク質固定化電極は、例えば、金電極11の表面に正電荷を持たせた後、タンパク質12を溶解した緩衝液に金電極11を浸漬して金電極11の表面にタンパク質12を吸着させることにより製造することができる。
【0030】
[実施例1]
a.大腸菌由来シトクロムb562 の発現・精製方法
大腸菌由来シトクロムb562 の構造遺伝子を組み込んだプラスミド(Cyt−b562/pKK223−3)を作製し、大腸菌JM109株に形質転換した。発現・精製方法は非特許文献1に準じた。
【0031】
LB−Amp培地100mLで37℃、オーバーナイト培養した前培養液を、Terrific broth 4L(2L×2)に移し、37℃で5〜6時間培養した。0.2mMのIPTGを加え、さらに25℃で18時間培養することで、赤色の菌体70gを得ることができた。凍結した菌体を1mM EDTA、1mM PMSF、0.2mg/mL Lysozyme、DTT(適当)、DNase(適当)を含む10mM Tris−HCl(pH8.0)200mLに懸濁し、超音波で細胞粉砕した。
【0032】
遠心上澄みに2Mリン酸を加えてpH4.55に調整し、不要タンパク質を遠心沈殿させた。このサンプルを、CM52陰イオン交換カラムクロマトグラフィー(カラム体積80mL、50〜150mM KCl linear gradient/50mMリン酸カリウム(pH4.55))、Sephadex G50 Fineゲルろ過クロマトグラフィー(カラム体積480mL、50mM Tris−HCl、0.1mM EDTA pH8.0)により精製し、約80mgのシトクロムb562 を得ることができた。
【0033】
精製されたシトクロムb562 の吸収スペクトルを図2に示す。測定は、精製されたシトクロムb562 を10mMリン酸ナトリウム(pH7.0)緩衝液中に浸漬した状態で行った。図2に示すように、精製された状態では、シトクロムb562 は、418nm、532nmに吸収ピークのある酸化型であった。緩衝液に少量のジチオナイトを加えて還元型としたところ、426nm、531nm、562nmの吸収ピークが確認された。
【0034】
得られたシトクロムb562 のアミノ酸配列は下記のとおりである。このアミノ酸配列では、後述のように、下線を付したヘムの配位子メチオニン7およびヒスチジン102と、イソロイシン17とが重要な役割を果たす。
【0035】
ADLEDNETL NDNLKVIEKA DNAAQVKDAL TKMRAAALDA QKATPPKLED KSPDSPEMKD FRHGFDILVG QIDDALKLAN EGKVKEAQAA AEQLKTTRNA YQKYR
【0036】
b.シトクロムb562 の金ドロップ電極への固定化
1979年にX線結晶構造解析により決定されたシトクロムb562 の結晶構造(非特許文献2参照)を図3A、BおよびCに示す。ここで、図3Aはリボンモデルを示し、ヘムとその配位子アミノ酸を棒モデルで示す。図3Bはシトクロムb562 が図3Aと同じ向きの時の電荷分布を示し、楕円状の破線で囲まれた部分が一番強く負に帯電しているヘム−プロピオン酸露出面である(図3Cでも同様)。図3Cはシトクロムb562 を図3Bの状態から縦軸の周りに180度回転させた状態(図3Bに示す状態のシトクロムb562 の裏側)の電荷分布を示す。図3A、BおよびCに示すように、シトクロムb562 は4ヘリックスバンドル構造を有し、補欠分子族ヘムを1分子有する。そのヘムのプロピオン酸は分子から足を出すように露出している。図3Bに示す電荷分布を見ると、ちょうどそのヘムのプロピオン酸サイトに強い負電荷を持つことが分かる。したがって、金電極11の表面に正電荷を持たせると、シトクロムb562 をヘムのプロピオン酸サイトで金電極11に吸着させることができる。その模式図を図4に示す(ヘムのみ棒モデルで示す)。この例では、金電極11上に、最表面に正電荷を有する自己組織化単分子膜13を形成し、この自己組織化単分子膜13の最表面の正電荷とシトクロムb562 のヘムのプロピオン酸サイトの負電荷との間に働く静電引力によりシトクロムb562 が自己組織化単分子膜13に吸着している。
【0037】
金電極11として直径2mmの金ドロップ電極を形成した。
この金ドロップ電極を熱濃硫酸(120℃)で洗浄し、硫酸中の酸化還元サイクル処理で金ドロップ電極の表面のラフネス(粗さ)を増した。この金ドロップ電極を0.1mM 11−アミノウンデカンチオール(H2 N−C11−SH)/エタノール溶液に室温で16時間以上浸し、金ドロップ電極の表面に自己組織化単分子膜13としてH2 N−C11−SH膜を形成した。こうしてH2 N−C11−SH膜を形成した金ドロップ電極に圧縮エアを当てて乾燥後、50μMシトクロムb562 /4.4mMリン酸カリウム(pH7.2)溶液60μLにソーキングし、4℃で一昼夜インキュベートした。
【0038】
インキュベートした金ドロップ電極を10mMリン酸ナトリウム(pH7.0)中に浸漬して測定したサイクリックボルタモグラムを図5に示す。電位掃引速度は1V/sである。図5に示すように、吸着型のサイクリックボルタモグラムが得られた。金ドロップ電極の表面のシトクロムb562 の有効表面積は1.7±0.6pmol/cm2 、酸化還元電位は−4±11mV vs Ag/AgCl、シトクロムb562 −金ドロップ電極間の電子伝達速度定数は90±12s-1であった。同様の吸着効果は、金ドロップ電極の表面に形成する11−アミノウンデカンチオールに0〜10%のヒドロキシウンデカンチオールを混在させても得られる。図5に、11−アミノウンデカンチオールに10%のヒドロキシウンデカンチオールを混在させた場合のサイクリックボルタモグラムを示す。
【0039】
[実施例2]
a.亜鉛置換シトクロムb562 の調製
亜鉛置換シトクロムb562 の調製法はすでにHamachiらによる報告(非特許文献4)があるため、それに準じて亜鉛置換シトクロムb562 の調製を行った。
【0040】
まず、シトクロムb562 水溶液(33μM)3mLに、1M塩酸を加え、pHを2〜3に調整した。このシトクロムb562 水溶液に、あらかじめ水冷しておいた2−ブタノンを3mL加え、穏やかに攪拌してシトクロムb562 からヘムを抽出し、ブタノン層をピペッティングで取り除いた。ブタノン層が色を呈さなくなるまで、この抽出操作を繰り返した。こうしてヘムの抽出操作を繰り返した水溶液に1M Tris−HCl(pH8.0)を極少量加え、pHを7〜8に調整後、超純水に対して透析(2L×5回)を行い、アポシトクロムb562 を得た。
【0041】
亜鉛プロトポルフィリンIX(ZnPP)をジメチルスルホキシドに溶かし、上記のアポシトクロムb562 溶液に2等量加えていった。これを、あらかじめ50mM Tris−HCl(pH8.0)、0.1mM EDTAで平衡化しておいたBio−gel P10脱塩カラムを用いて、タンパク質画分を回収し、精製亜鉛置換シトクロムb562 (Zn−Cyt b562 )を得た。
【0042】
得られた亜鉛置換シトクロムb562 の吸収スペクトルを図6に示す。測定は、亜鉛置換シトクロムb562 を10mMリン酸ナトリウム(pH7.0)緩衝液中に浸漬した状態で行った。図6に示すように、280nm、357nm、429nm、554nm、593nmに吸収ピークがあり、その位置は非特許文献4と一致していた。また、波長554nmでの吸光度に対する波長429nmでの吸光度の比(A429/A554)は11.05であった。
【0043】
b.亜鉛置換シトクロムb562 の金ドロップ電極への固定化と光電流測定
金電極11として直径2mmの金ドロップ電極を形成した。
【0044】
この金ドロップ電極を熱濃硫酸(120℃)で洗浄し、硫酸中の酸化還元サイクル処理で金ドロップ電極の表面のラフネス(粗さ)を増した。この金ドロップ電極を0.1mM 11−アミノウンデカンチオール(H2 N−C11−SH)/エタノール溶液に室温で16時間以上浸し、金ドロップ電極の表面に自己組織化単分子膜13としてH2 N−C11−SH膜を形成した。こうしてH2 N−C11−SH膜を形成した金ドロップ電極に圧縮エアを当てて乾燥後、50μM亜鉛置換シトクロムb562 /4.4mMリン酸カリウム(pH7.2)溶液60μLにソーキングし、4℃で一昼夜インキュベートした。
【0045】
光電流測定は、窒素パージしておいた10mMリン酸ナトリウム(pH7.0)中で、参照電極としてAg/AgClを用い、対極としてPtメッシュ電極を用いて行った。
【0046】
バイアス電圧300mV、0mV、−300mVにおける光電流の測定結果(光電流リアルタイムウェーブフォーム)を図7に示す。図7は、波長420nmの光を30秒照射し、10秒オフしたときの電流値を時間に対してプロットしたものである。図7に示すように、このバイアス電圧の範囲では、全てカソーディックな光電流が観測された。光電流アクションスペクトルを図8に示す。図8に示すように、ピーク電流を示す波長は418〜420nm、550nm、586nmであり、図6に示す亜鉛置換シトクロムb562 の溶液紫外可視吸収スペクトルにおける吸収極大波長429nm、554nm、593nmと大きく異なっている。また、波長550nmにおける光電流に対する波長418〜420nmにおける光電流の比は3.7であり、図6に示す吸収スペクトルにおけるその光電流の比11.05に対して大きく下回っている。波長420nmにおける光電流値を電位Eに対してプロットしたグラフを図9に示す。図9において、電流−電圧曲線に付けた数字はデータ取得順を示す。特許文献1によれば、亜鉛置換シトクロムcを金電極に固定化した場合には−100mV(vs Ag/AgCl)付近にスレッショルドを持ち、この電位を境に光電流の反転が見られるのに対し、図9に示すように、亜鉛置換シトクロムb562 ではそれが見られない。また、フェロシアン化カリウムを加えてもこの光電流はエンハンスされない。これは特許文献1とは異なる。
【0047】
[実施例3]
a.亜鉛クロリンシトクロムb562 の調製
実施例2と同様にしてアポシトクロムb562 を得た。
【0048】
亜鉛クロリン(ZnCe6、図10)の合成は非特許文献7に従った。化合物を溶かす緩衝液は全て25mMグリシンと50mM NaClとの混合液(pH10)(以下「緩衝液A」という。)を用いた。10mMクロリンe6を50μL、緩衝液Aを45μL、100mM無水酢酸亜鉛を5μL混ぜ、氷中で30分以上インキュベートした(ZnCe6として500nmol)。溶液が深緑から鮮やかな緑になった。
【0049】
この溶液に55.6μMのアポシトクロムb562 を等量加え(アポシトクロムb562 :5.1nmol)、さらに氷中で30分以上、インキュベートした。混合液をEcono−Pac 10DG脱塩カラム(バイオラッド)にロードし、50mM KPi、100mM KCl pH7.2で溶出した。緩衝液としては、50mM KPi、100mM KCl pH7.2を用いた。フラクションを1mLずつ集め、波長280nm、412nm、634nmでの吸光度を測定した。溶出パターンを図11に示す。図11に示すように、一番下の曲線のバンドが二つに分かれて出てきた。初めて出てきたタンパク質フラクション(溶出体積4〜8mL)にも色素による吸収があった。溶出体積10mL以上は色素である。
【0050】
また、このとき、亜鉛を入れないとタンパク質フラクションに色素による吸収は見られなくなる。すなわち、亜鉛とシトクロムb562 との配位結合が色素の取り込みに重要である。この傾向は、亜鉛ビリベルジンb562 調製の際と同じである。
【0051】
精製した亜鉛クロリンシトクロムb562 の吸収スペクトルを図12に示す。測定は、亜鉛クロリンシトクロムb562 を10mM NaPi(pH7.0)緩衝液中に浸漬した状態で行った。図12に示すように、波長425nmおよび波長641nmに吸収ピークがある。
【0052】
b.亜鉛クロリンシトクロムb562 の金ドロップ電極への固定化と光電流測定
金電極11として直径2mmの金ドロップ電極を形成した。
【0053】
この金ドロップ電極を熱濃硫酸(120℃)で洗浄し、硫酸中の酸化還元サイクル処理で金ドロップ電極の表面のラフネス(粗さ)を増した。この金ドロップ電極を0.1mM 11−アミノウンデカンチオール塩酸塩/エタノール溶液に漬け込み、室温で16時間以上インキュベートした。この金ドロップ電極をエタノールでリンス後、50μM亜鉛クロリンシトクロムb562 /4.4mM KPi(pH7.2)溶液60μLに浸し、4℃で一昼夜インキュベートした。この亜鉛クロリンシトクロムb562 固定化金ドロップ電極とは別に、亜鉛クロリン(ZnCe6)のみ、クロリン(Ce6)のみに浸した金ドロップ電極も調製した。
【0054】
光電流測定は、窒素パージしておいた10mMリン酸ナトリウム(pH7.0)中で、参照電極としてAg/AgClを用い、対極としてPtメッシュ電極を用いて行った。
【0055】
バイアス電圧200mV〜−200mVにおける光電流アクションスペクトルを図13に示す。測定は、亜鉛クロリンシトクロムb562 固定化金ドロップ電極を10mM NaPi(pH7.0)緩衝液中に浸漬した状態で行った。図13に示すように、亜鉛クロリンシトクロムb562 固定化金ドロップ電極では、カソーディックな光電流が観測される。また、青色帯の420nmに加えて赤色帯の636nmにも電流応答が観測される。これは、亜鉛ポルフィリン系タンパク質光電変換素子で初めて赤色光応答の光電流が観測された世界初の事例である。
【0056】
図14は、亜鉛クロリンシトクロムb562 固定化金ドロップ電極を用いた場合と、亜鉛クロリン(ZnCe6)のみ、クロリン(Ce6)のみ固定化した金ドロップ電極を用いた場合との光電流アクションスペクトルを比較して示したものである。バイアス電圧は−200mV vs Ag/AgClである。図14に示すように、亜鉛クロリンシトクロムb562 固定化金ドロップ電極を用いた場合には、亜鉛クロリン固定化金ドロップ電極を用いた場合に比べて、2nmほどレッドシフト(赤方偏移)している。また、波長460nm付近のふくらみが、亜鉛クロリン固定化金ドロップ電極を用いた場合には見えていない。したがって、亜鉛クロリンシトクロムb562 と亜鉛クロリンとでは色素周りの環境が異なっていると考えられる。光電流量は亜鉛クロリン固定化金ドロップ電極を用いた場合の方が、亜鉛クロリンシトクロムb562 固定化金ドロップ電極を用いた場合より大きい。これは、金ドロップ電極への吸着量が、亜鉛クロリンの方が亜鉛クロリンシトクロムb562 より多いためであると考えられる。
【0057】
図15は、波長420nmおよび波長636nmにおける光電流値を電位Eに対してプロットしたグラフを示す。図15に示すように、正電圧を印加してもアノーディック電流は観察されなかった。この図15に示す電流−電圧曲線はダイオード様の挙動を示している。この傾向は、亜鉛クロリン固定化金ドロップ電極、クロリン固定化金ドロップ電極を用いた場合でも同じであった。また、実施例2の亜鉛置換シトクロムb562 固定化金ドロップ電極を用いた場合にも同様の傾向が見られている(図9参照)。
【0058】
[実施例4]
a.シトクロムb562 のトリプトファンおよびシステイン変異体の調製
実施例1の発現プラスミドと下記のプライマー(下線は変異箇所)を用いて、I17W/H63N(イソロイシン17をトリプトファンに、ヒスチジン63をアスパラギンに変更)変異体、および、I17C/H63N(イソロイシン17をシステインに、ヒスチジン63をアスパラギンに変更)変異体プラスミドをStratagene社製、QuickChange Lightning Site directed mutagenesis kit を用いて調製した。なお、H63Nの変異は、亜鉛ポルフィリンの再構成時に、このヒスチジンに亜鉛ポルフィリンが配位結合するのを避けるためである(非特許文献7参照)。また、イソロイシン17と異なるアミノ酸残基をトリプトファンに変更してもよい。
【0059】
I17W sen:5’−CAATTTAAAAGTGTGGGAAAAAGCGGATAAC−3’
I17W ans:5’−CCGCTTTTTCCCACACTTTTAAATTGTCGTTGAGG−3’
I17C sen:5’−CAATTTAAAAGTGTGCGAAAAAGCGGATAAC−3’
I17C ans:5’−CCGCTTTTTCGCACACTTTTAAATTGTCGTTGAGG−3’
H63N sen:5’−GATTTCCGCAACGGTTTCGACATTCTG−3’
H63N ans:5’−GTCGAAACCGTTGCGGAAATCTTTC−3’
【0060】
このプラスミドを大腸菌JM109に形質転換し、実施例1と同様の培養・発現・精製過程を経て、シトクロムb562 _I17W/H63Nおよびシトクロムb562 _I17C/H63Nを調製した。
【0061】
b.キノン導入アポシトクロムb562 変異体の調製
上記の精製シトクロムb562 _I17C/H63Nから実施例2と同様にして酸−ブタノン法により脱ヘムし、超純水(2L×3回)、1mM DTT(2L×1回)、1mM Acetate−Na pH5.0、100mM KCl(2L×1回)に対して透析し、アポタンパク質を調製した。
【0062】
得られたアポタンパク質に対して5倍モル量のパラベンゾキノン(BQ)または2,3−ジトメキシ−5−メチルパラベンゾキノン(CoQ)を加え、50mMリン酸ナトリウム(pH7.0)中、室温で30分インキュベートした。反応溶液を1mMリン酸ナトリウム(pH7.0)(1L×2回)、超純水(1L×1回)に対して透析し、キノン修飾体を調製した。BQ体は薄いマゼンタ色、CoQ体は薄い黄色を呈した。
【0063】
なお、この方法により遊離のシステイン残基に後述の図17の右に示すようにキノンが結合することが報告されている。このタンパク質に唯一存在するシステイン17にキノンが結合していると考えられる。
【0064】
c.亜鉛置換シトクロムb562 _I17C/H63Nの調製
上記のキノン導入アポタンパク質に対し、2.2〜2.5倍量の亜鉛プロトポルフィリン(ZnPP)を加え、Bio−rad EconoPac10 DG脱塩カラム(緩衝液は50mM Tris−HCl(pH8.0)、0.1mM EDTA)でタンパク質画分を回収した。こうして得られた亜鉛置換シトクロムb562 _I17C/H63Nの吸収スペクトルを図16に示す。図16の右上の挿入図は野生型(WT)の吸収スペクトルを示す。
【0065】
d.亜鉛置換シトクロムb562 変異体の金ドロップ電極への固定と光電流測定
上記のようにして得られた亜鉛置換シトクロムb562 _I17C/H63Nを実施例1と同様に、11−アミノウンデカンチオールを用いて金ドロップ電極に固定化した。亜鉛置換シトクロムb562 _I17C/H63Nを金ドロップ電極からなる金電極11上の自己組織化単分子膜13に吸着させた時の模式図を図17に示す。図17において、17番目のアミノ酸(W、BQ、CoQ)と63番目のアスパラギン(H63N)を棒モデルで示す。この亜鉛置換シトクロムb562 _I17C/H63N固定化金ドロップ電極に光を照射すると、電子(e- )が破線で示すように電極から分子表面方向へと抜け出す。図17には、トリプトファン(Trp)、システイン(Cys)に結合したパラベンゾキノン(BQ)およびシステインに結合した2,3−ジメトキシ−5−メチルパラベンゾキノン(CoQ)の構造を示した。
【0066】
光電流測定は、窒素パージしておいた10mMリン酸ナトリウム(pH7.0)中で、参照電極としてAg/AgClを用い、対極としてPtメッシュ電極を用いて行った。
【0067】
亜鉛置換シトクロムb562 _I17X/H63N(ただし、X=CoQ、W、BQ)または野生型亜鉛置換シトクロムb562 を固定化した金ドロップ電極を用いた場合の光電流アクションスペクトルを図18に示す。バイアス電圧は−300mV vs Ag/AgClである。図18に示すように、カソーディック電流発生においては、I17W、I17CoQ、I17BQ変異体の光電流は野生型の2〜3倍であった。これらの変異残基が、光電流を増加させていると考えられる。波長420nmにおける光電流値を電位Eに対してプロットしたグラフを図19に示す。図19において、電流−電圧曲線に付けた数字はデータ取得順を示す。
【0068】
非特許文献8では、レニウム錯体で修飾した銅タンパク質・アズリンにトリプトファンを導入し(2170.pdb)、レニウム−銅間の電子伝達速度を2桁向上させたことが報告されているが、これはタンパク質分子の表面に配置されたトリプトファンである。これに対し、実施例4は、タンパク質分子の内部に導入したトリプトファンが光電流を増加させたという世界初の事例である。
【0069】
一方、金ドロップ電極を使った実験で得られた光電流値50〜80nAは、特許文献1の実験で得られた光電流値の約50〜80倍に相当する。
【0070】
亜鉛置換シトクロムb562 _I17X/H63N固定化金ドロップ電極を用いた場合、野生型亜鉛置換シトクロムb562 またはZnPPのみを固定化した金ドロップ電極を用いた場合のバイアス電圧300mV(vs Ag/AgCl)における光電流の測定結果(光電流リアルタイムウェーブフォーム)を図20に示す。緩衝液としては、10mMリン酸ナトリウム(pH7.0)を用いた。図20は、波長420nmの光を30秒照射し、10秒オフしたときの電流値を時間に対してプロットしたものである。図20に示すように、亜鉛置換シトクロムb562 _I17X/H63N固定化金ドロップ電極では、微弱ながらもカソーディックな光電流を発生しているのに対し、ZnPP固定化金ドロップ電極ではそれがない。
【0071】
亜鉛置換シトクロムb562 _I17X/H63N固定化金ドロップ電極を用いた場合、野生型亜鉛置換シトクロムb562 またはZnPP単体を固定化した金ドロップ電極を用いた場合のバイアス電圧0mV(vs Ag/AgCl)における光電流アクションスペクトルを図21に示す。緩衝液としては、10mMリン酸ナトリウム(pH7.0)を用いた。図21に示すように、光電流アクションスペクトルも、ZnPP単体と亜鉛置換シトクロムb562 _I17X/H63Nに包括された状態とでは異なる。したがって、図18で見られた光電流はタンパク質由来のものである。
【0072】
[亜鉛置換シトクロムb562 の光電流の発生におけるメチルビオロゲンの効果]
特許文献1によると、亜鉛置換シトクロムc固定化電極にメディエーターとしてフェロ/フェリシアナイド(E0 =360mV vs NHE)を入れると、光電流がエンハンスされる。光照射によりポルフィリンの電子が励起され、光励起に関わる分子軌道(Goutermanの4軌道)のうち、被占軌道の二つ(ポルフィリンπ軌道に亜鉛−硫黄のπ結合性軌道が混成したもの)に正孔(ホール)が発生する。その正孔がタンパク質の外殻アミノ酸に局在化した分子軌道と強くカップルし、色素上で発生した正孔はタンパク質の外殻(溶液側)に移動する。フェロ/フェリシアナイドはその正孔を埋めるというモデルが提唱されている。
【0073】
しかしながら、亜鉛置換シトクロムb562 の一連の実験では、フェロ/フェリシアナイドを加えても光電流に影響はなかった。そして、亜鉛置換シトクロムb562 固定化電極からはカソーディックな光電流しか見られない。また、ダイオード様の発生挙動を示すことから、励起電子が分子表面方向へ抜けていくと考えられる。そこで、非特許文献9にならい、励起電子をエンハンスさせる効果があるメチルビオロゲン(E0 =−440mV vs NHE)を加えて光電流測定を行った。
【0074】
図22は、野生型亜鉛置換シトクロムb562 を固定化した金ドロップ電極の光電流発生におけるメチルビオロゲン(MV)の効果を示す。また、図23は、亜鉛置換シトクロムb562 _I17W/H63Nを固定化した金ドロップ電極の光電流発生におけるメチルビオロゲンの効果を示す。図22および図23においては、カソーディックな光電流の発生量の増加を分かりやすくするために、横軸(バイアス電圧)および縦軸(波長420nmにおける光電流値)ともに反転させてある。図22および図23に示すように、野生型、トリプトファン変異型の両方で、メチルビオロゲンの添加により光電流量が増加するのが見られる。したがって、この亜鉛置換シトクロムb562 の光電流は正孔移動に由来するものではなく、励起電子の移動に由来するものである可能性が高い。亜鉛置換シトクロムb562 の全電子計算もこの現象を説明することができる。
【0075】
[トリプトファン変異シトクロムb562 のX線結晶構造解析]
30mg/mLのシトクロムb562 _I17W/H63N溶液(10mM Acetate−Na pH5.0)を等量の0.1M Bis−Tris pH6.5、45%Poly(propylene glycol)P400(Index−58)と混ぜ、シッティングドロップ蒸気拡散法、ハンギングドロップ蒸気拡散法で20℃、2日間インキュベートすることで、図24に示すようなシトクロムb562 _I17W/H63Nの結晶が得られた。図24中の両矢印は0.1mmを示す。得られた結晶は空間群P1のツイン結晶で、2.53Å分解能の回折データを得ることができた。その統計値を表1に示す。
【0076】
【表1】

【0077】
野生型シトクロムb562 の構造(256B.pdb)中、chainAのみ(ヘム以外のヘテロ分子、ダイマー中のchainBを削除した座標データ)をテンプレートとして用い、プログラムMolrep/CCP4で分子置換を行った。図25に示すように、シトクロムb562 _I17W/H63Nの結晶では、単位胞中に6分子が含まれる。図26は、シトクロムb562 _I17W/H63Nのトリプトファン17付近の構造を示すステレオ図であり、単位胞中の6分子全てを重ね合わせてある。トリプトファン17(Trp17)の側鎖の向きはいずれの分子も同じである。
【0078】
プログラムRefmac5/CCP4でRigidbody→Restrained→TLS refinement(全てAmplitude based twin refinementを使用)、Cootでマニュアルモデル構築を行った。I17W、H63Nの変異を入れた。精密化の統計値を表1に示す。
【0079】
図27は、シトクロムb562 _I17W/H63Nと野生型シトクロムb562 とのA鎖(単位胞中に6分子あるうちの一つ)を比較したものである。図28は、シトクロムb562 _I17W/H63Nと野生型シトクロムb562 とのC鎖(単位胞中に6分子あるうちの一つ)を比較したものである。図27および図28において、ヘムおよびトリプトファン17は棒モデルで示してある。図27および図28に示すように、シトクロムb562 _I17W/H63Nの全体構造は野生型シトクロムb562 と同様の4ヘリックスバンドル構造を保っていた。図27および図28において、トリプトファン17の向かい側にあるHelix IVが分子の外側に押し退けられている(破線の矢印部分)。野生型シトクロムb562 とシトクロムb562 _I17W/H63Nとのアミノ酸α炭素のr.m.s.(二乗平均平方根)偏差は0.5Å程度である。トリプトファン17は6分子全てが同じ側鎖のコンフォーマーを持っており(図26参照)、この側鎖の位置・配向が一般解であることが分かった。
【0080】
図29は、シトクロムb562 _I17W/H63Nと野生型シトクロムb562 とのA鎖におけるトリプトファン17近傍の構造を比較したものである。図30は、シトクロムb562 _I17W/H63Nと野生型シトクロムb562 とのC鎖におけるトリプトファン17近傍の構造を比較したものである。図29および図30において、トリプトファン17、グルタミン88、アラニン91、ロイシン94を棒モデルで示す。その他はアミノ酸α炭素のトレースである。I17Wは4ヘリックスバンドルの中心に位置している。17番目のアミノ酸がイソロイシンからトリプトファンに変わったことで、アラニン90、アラニン91付近の配置が野生型よりも1〜2Å、分子表面側へ押し退けられている。それによって、ロイシン94の向きが変わる。
【0081】
シトクロムb562 _I17W/H63Nと野生型シトクロムb562 との全体構造に大きな違いは見られないため(図27および図28)、シトクロムb562 _I17W/H63Nは野生型シトクロムb562 と同じように金電極に吸着するものと考えられる。
【0082】
以上のように、この第1の実施の形態によれば、シトクロムb562 または金属置換シトクロムb562 または亜鉛クロリンシトクロムb562 またはそれらの誘導体もしくは変異体からなるタンパク質12が金電極11上に固定化されたタンパク質固定化電極を得ることができる。本発明者らの知る限り、金電極11上へのシトクロムb562 、金属置換シトクロムb562 、亜鉛クロリンシトクロムb562 などの固定化に成功したのは本発明らが初めてである。そして、例えば、タンパク質12として亜鉛置換シトクロムb562 を用いることにより、青色光に応答するタンパク質固定化電極を得ることができ、このタンパク質固定化電極を用いることにより青色光のタンパク質光電変換素子を実現することができる。また、タンパク質12として亜鉛クロリンシトクロムb562 を用いることにより、赤色光に応答するタンパク質固定化電極を得ることができ、このタンパク質固定化電極を用いることにより赤色光のタンパク質光電変換素子を実現することができる。
【0083】
〈2.第2の実施の形態〉
[タンパク質光電変換素子]
図31に第2の実施の形態によるタンパク質光電変換素子を示し、特にタンパク質固定化電極を示す。
【0084】
図31に示すように、このタンパク質光電変換素子は、金電極21上に亜鉛置換シトクロムb562 または亜鉛クロリンシトクロムb562 からなるタンパク質22が固定化されたタンパク質固定化電極を有する。このタンパク質固定化電極のその他のことは第1の実施の形態と同様である。
【0085】
このタンパク質光電変換素子は、金電極21上に亜鉛置換シトクロムb562 または亜鉛クロリンシトクロムb562 からなるタンパク質22が固定化されたタンパク質固定化電極に加えて対極を有する。この対極は、タンパク質固定化電極に対して間隔を空けて対向するように設けられる。この対極の材料としては、例えば、金、アルミニウム、パラジウム、銀、クロムなどの金属、ITO(インジウム−スズ複合酸化物)、FTO(フッ素ドープ酸化スズ)、ネサガラス(SnO2 ガラス)などの金属酸化物あるいはガラスなどに代表される無機材料を用いることができる。この対極の材料としては、導電性高分子(ポリチオフェン、ポリピロール、ポリアセチレン、ポリジアセチレン、ポリパラフェニレン、ポリパラフェニレンスルフィドなど)、テトラチアフルバレン誘導体(TTF、TMTSF、BEDT−TTFなど)を含む電荷移動錯体(例えば、TTF−TCNQなど)などを用いることもできる。金電極21に固定化されたタンパク質22の全部またはほぼ全部に対極を通して光が照射されるようにするためには、この対極は、好適には、このタンパク質22の光励起に用いられる光に対して透明に構成される。例えば、この対極は、タンパク質22の光励起に用いられる光に対して透明な導電性材料、例えばITO、FTO、ネサガラスなどにより構成され、あるいは、光の透過が可能な極薄い金属膜などにより構成される。
【0086】
このタンパク質光電変換素子は、タンパク質22の光電変換機能および電子伝達機能を損なわない限り、溶液(電解質溶液または緩衝液)中、ドライな環境中のいずれでも動作させることが可能である。このタンパク質光電変換素子を電解質溶液または緩衝液中で動作させる場合には、典型的には、タンパク質固定化電極に対して間隔を空けて対向するように対極が設けられ、これらのタンパク質固定化電極および対極が電解質溶液または緩衝液中に浸漬される。電解質溶液の電解質(あるいはレドックス種)としてはタンパク質固定化電極で酸化反応が起こり、対極で還元反応が起こるもの、または、タンパク質固定化電極で還元反応が起こり、対極で酸化反応が起こるものが用いられる。具体的には、電解質(あるいはレドックス種)としては、例えば、K4 [Fe(CN)6 ]や[Co(NH3 6 ]Cl3 などが用いられる。このタンパク質光電変換素子をドライな環境中で動作させる場合には、典型的には、例えば、タンパク質22を吸着しない固体電解質、具体的には例えば寒天やポリアクリルアミドゲルなどの湿潤な固体電解質が、タンパク質固定化電極と対極との間に挟み込まれ、好適にはこの固体電解質の周囲にこの固体電解質の乾燥を防ぐための封止壁が設けられる。これらの場合においては、タンパク質固定化電極と対極との自然電極電位の差に基づいた極性で、タンパク質22からなる受光部で光を受光したときに光電流を得ることができる。
【0087】
[タンパク質光電変換素子の使用形態]
図32はこのタンパク質光電変換素子の使用形態の第1の例を示す。
図32に示すように、この第1の例では、金電極21上にタンパク質22が固定化されたタンパク質固定化電極と対極23とが互いに対向して設けられる。これらのタンパク質固定化電極および対極23は、容器24中に入れられた電解質溶液25中に浸漬される。電解質溶液25は、タンパク質22の機能を損なわないものが用いられる。また、この電解質溶液25の電解質(あるいはレドックス種)は、タンパク質固定化電極で酸化反応が起こり、対極23で還元反応が起こるもの、または、タンパク質固定化電極で還元反応が起こり、対極23で酸化反応が起こるものが用いられる。
【0088】
このタンパク質光電変換素子により光電変換を行うには、バイアス電源26により参照電極27に対してタンパク質固定化電極にバイアス電圧を印加した状態で、タンパク質固定化電極のタンパク質22に光を照射する。この光は、タンパク質22の光励起が可能な光の単色光またはこの光の成分を有する光である。この場合、タンパク質固定化電極に印加するバイアス電圧、照射する光の強度および照射する光の波長のうちの少なくとも一つを調節することによって、素子内部を流れる光電流の大きさおよび/または極性を変化させることができる。光電流は端子28a、28bより外部に取り出される。
【0089】
図33はこのタンパク質光電変換素子の使用形態の第2の例を示す。
図33に示すように、この第2の例では、第1の例のようにバイアス電源26を用いてバイアス電圧を発生させるのではなく、タンパク質固定化電極および対極23が持つ自然電極電位の差をバイアス電圧として用いる。この場合、参照電極27は用いる必要がない。したがって、このタンパク質光電変換素子は、タンパク質固定化電極および対極23を用いる二電極系である。第2の例の上記以外のことは第1の例と同様である。
【0090】
図34はこのタンパク質光電変換素子の使用形態の第3の例を示す。第1および第2の例によるタンパク質光電変換素子が溶液中で動作させるものであるのに対し、このタンパク質光電変換素子はドライな環境中で動作させることができるものである。
【0091】
図34に示すように、このタンパク質光電変換素子においては、タンパク質固定化電極と対極23との間に固体電解質29が挟み込まれている。さらに、この固体電解質29の周囲を取り巻くように、固体電解質29の乾燥を防ぐための封止壁30が設けられている。固体電解質29としては、タンパク質22の機能を損なわないものが用いられ、具体的には、タンパク質を吸着しない寒天やポリアクリルアミドゲルなどが用いられる。このタンパク質光電変換素子により光電変換を行うには、タンパク質固定化電極および対極23が持つ自然電極電位の差をバイアス電圧として用い、タンパク質固定化電極のタンパク質22に光を照射する。この光は、タンパク質22の光励起が可能な単色光またはこの光の成分を有する光である。この場合、タンパク質固定化電極および対極23が持つ自然電極電位の差、照射する光の強度および照射する光の波長のうちの少なくとも一つを調節することによって、素子内部を流れる光電流の大きさおよび/または極性を変化させることができる。第3の例の上記以外のことは第1の例と同様である。
【0092】
[タンパク質光電変換素子の製造方法]
このタンパク質光電変換素子の製造方法の一例について説明する。
まず、電極21をタンパク質22と緩衝液とを含む溶液に浸漬し、タンパク質22を電極21上に固定化する。こうしてタンパク質固定化電極が形成される。
次に、このタンパク質固定化電極と対極23とを用いて例えば図32、図33または図34に示すタンパク質光電変換素子を製造する。
【0093】
[タンパク質光電変換素子の動作]
このタンパク質光電変換素子のタンパク質22が亜鉛置換シトクロムb562 である場合は、波長418〜420nmの青色の単色光またはこの波長成分を含む光が入射すると、タンパク質22から光励起により電子が発生し、電子伝達により金電極21に電子が移動する。また、このタンパク質光電変換素子のタンパク質22が亜鉛クロリンシトクロムb562 である場合は、波長418〜420nmの青色の単色光あるいは波長636nm付近の赤色の単色光またはこの波長成分を含む光が入射すると、タンパク質22から光励起により電子が発生し、電子伝達により金電極21に電子が移動する。そして、金電極21と対極23とから外部に光電流が取り出される。
【0094】
以上のように、この第2の実施の形態によれば、シトクロムb562 をベースとするタンパク質を用いて青色または赤色のタンパク質光電変換素子を実現することができる。
【0095】
このタンパク質光電変換素子は、例えば光センサーあるいは撮像素子に用いることができ、必要に応じて光電流の増幅回路などを併せて用いることができる。光センサーは光信号の検出などの各種の用途に用いることができ、人工網膜などに応用することも可能である。
【0096】
このタンパク質光電変換素子は、光電変換を利用する各種の装置や機器などに用いることができ、具体的には、例えば、受光部を有する電子機器などに用いることができる。このような電子機器は、基本的にはどのようなものであってもよく、携帯型のものと据え置き型のものとの双方を含むが、具体例を挙げると、デジタルカメラ、カメラ一体型VTR(ビデオテープレコーダ)などである。
【0097】
〈3.第3の実施の形態〉
[非接液全固体型タンパク質光電変換素子]
図35は第3の実施の形態による非接液全固体型タンパク質光電変換素子を示す。この非接液全固体型タンパク質光電変換素子においては固体タンパク質層を用いる。ここで、固体タンパク質層とは、水などの液体を含まずにタンパク質が集合して層状の固体をなすものを意味する。また、非接液全固体型タンパク質光電変換素子の「非接液」とは、タンパク質光電変換素子の内外が水などの液体と接触しない状態で使用されることを意味する。また、非接液全固体型タンパク質光電変換素子の「全固体型」とは、素子の全ての部位が水などの液体を含まないものであることを意味する。
【0098】
図35に示すように、この非接液全固体型タンパク質光電変換素子においては、電極41と電極42との間に、タンパク質からなる固体タンパク質層43が挟まれた構造を有する。固体タンパク質層43は電極41、42に対して固定化されている。固体タンパク質層43は典型的には電極41、42に対して直接固定化されるが、必要に応じて、固体タンパク質層43と電極41、42との間に水などの液体が含まれていない中間層を設けてもよい。この固体タンパク質層43には水などの液体が含まれていない。この固体タンパク質層43はタンパク質の単分子膜または多分子膜からなる。
【0099】
この固体タンパク質層43が多分子膜からなる場合の構造の一例を図36に示す。図36に示すように、固体タンパク質層43は、スズ置換ウマ心筋シトクロムcまたはスズ置換ウシ心筋シトクロムcからなるタンパク質43aが二次元的に集合して形成された単分子膜がn層(nは2以上の整数)積層されたものからなる。図36ではn=3の場合が示されている。
【0100】
電極41、42の少なくとも一方として透明電極を用いる。電極41、42の間に挟まれた固体タンパク質層43に光が照射されるようにするためには、電極41、42のうちの固体タンパク質層43の光励起に用いられる光が入射する側の一方の電極を透明電極により構成する。透明電極は、具体的には、この光励起に用いられる光に対して透明な導電材料、例えばITO、FTO、ネサガラスなどにより構成したり、光の透過が可能な極薄い金属膜などにより構成したりする。また、電極41、42のうちの他方の電極は、上記の透明な導電材料、あるいは、より効率的に光を照射したい場合には非透明な導電材料、例えば金、銅、アルミニウムなどにより構成する。
【0101】
[非接液全固体型タンパク質光電変換素子の製造方法]
この非接液全固体型タンパク質光電変換素子の製造方法について説明する。
まず、電極41、42の一方、例えば電極41上に、タンパク質43aを含む溶液、典型的にはタンパク質43aを水を含む緩衝液に溶解したタンパク質溶液を液滴下法、スピンコート法、ディップ法、スプレー法、インクジェット法などにより付着させる。
【0102】
次に、電極41上にタンパク質溶液を付着させたものを、室温またはより低い温度に保持することにより、付着させたタンパク質溶液中のタンパク質43aを電極41に固定化させる。
【0103】
次に、こうしてタンパク質溶液中のタンパク質43aを電極41に固定化させたものをこのタンパク質43aが変性しない範囲で加熱して乾燥させることにより、タンパク質溶液に含まれる液を全て蒸発させて除去する。
【0104】
こうして、タンパク質43aのみが電極41に固定化され、固体タンパク質層43が形成される。この固体タンパク質層43の厚さは、電極41上に付着させるタンパク質溶液の量やタンパク質溶液の濃度などにより容易に制御することができる。
【0105】
次に、この固体タンパク質層43上に電極42を形成する。この電極42は、スパッタリング法、真空蒸着法、インクジェット法などにより導電材料を堆積させることにより形成することができる。
以上のようにして目的とする非接液全固体型タンパク質光電変換素子が製造される。
【0106】
[非接液全固体型タンパク質光電変換素子の動作]
この非接液全固体型タンパク質光電変換素子の動作について説明する。
非接液全固体型タンパク質光電変換素子の電極41と電極42との間に電極42側が低電位となるように電圧(バイアス電圧)を印加しておく。ここでは、電極41が透明電極であるとする。この非接液全固体型タンパク質光電変換素子の固体タンパク質層43に光が入射しないときには、この固体タンパク質層43は絶縁性であり、電極41と電極42との間に電流は流れない。この状態が非接液全固体型タンパク質光電変換素子のオフ状態である。これに対して、図37に示すように、電極41を透過して固体タンパク質層43に光(hν)が入射すると、この固体タンパク質層43を構成するタンパク質43aが光励起され、その結果、この固体タンパク質層43が導電性となる。そして、電極42から電子(e)が固体タンパク質層43を通って電極41に流れ、電極41と電極42との間に光電流が流れる。この状態が非接液全固体型タンパク質光電変換素子のオン状態である。このように固体タンパク質層43は光導電体として振る舞い、この非接液全固体型タンパク質光電変換素子への光の入射の有無によりオン/オフ動作が可能である。
【0107】
上述のように固体タンパク質層43が光導電体として振る舞うのは、固体タンパク質層43を構成する電子伝達タンパク質43aが光励起されたときに分子軌道間の電子の遷移が起き、その結果、この電子伝達タンパク質43aのある部位から他の部位に電子または正孔が移動する。そして、この電子または正孔の移動が固体タンパク質層13を構成する多数の電子伝達タンパク質13aで次々と起き、その結果、電極41と電極42との間に光電流が流れる。
【0108】
この第3の実施の形態による非接液全固体型タンパク質光電変換素子によれば、次のような種々の利点を得ることができる。すなわち、この非接液全固体型タンパク質光電変換素子は、素子の内部に水が存在せず、しかも水に接触させないでも動作が可能であるため、従来の半導体を用いた光電変換素子に代わる光電変換素子として電子機器に搭載することが可能となる。また、この非接液全固体型タンパク質光電変換素子は、内部に水が存在しないため、水の存在に起因するタンパク質の熱変性、ラジカルダメージ、腐敗などを防止することができ、安定性が高く、耐久性が優れている。また、この非接液全固体型タンパク質光電変換素子は、素子の内外に水が存在しないため、感電のおそれがなく、強度の確保も容易である。
【0109】
また、この非接液全固体型タンパク質光電変換素子においては、固体タンパク質層43は電極41、42に対し、リンカー分子などを介することなく直接固定化されていることにより、リンカー分子などを介して固定化される場合に比べて大きな光電流を得ることができる。さらに、固体タンパク質層43が電極41、42に対して直接固定化されていることに加えて、固体タンパク質層43は極薄く形成することができるので、電極41と電極22との間の距離を極めて短くすることができる。このため、この非接液全固体型タンパク質光電変換素子は薄型に構成することができ、しかも電極41、42を透明化することにより、この非接液全固体型タンパク質光電変換素子を多層積層して使用することができる。さらに、この非接液全固体型タンパク質光電変換素子においては、固体タンパク質層43を構成するタンパク質43aのサイズは2nm程度と極めて小さいので、例えば固体タンパク質層43のどの位置に光が入射したかを極めて精密に検出することが可能である。このため、高精細の光センサーあるいは撮像素子を実現することができる。
【0110】
さらに、タンパク質43aの光導電効果は「一光子−多電子発生」によるものと推測される。ところが、液系タンパク質光電変換素子においては、電極間に存在する溶液の抵抗(溶液抵抗)が高いため、この「一光子−多電子発生」が妨げられていたと考えられる。これに対し、この非接液全固体型タンパク質光電変換素子では、この溶液抵抗が存在しないため、この「一光子−多電子発生」が可能となり、光電変換効率の大幅な向上を図ることができ、より大きな光電流を得ることができる。
【0111】
この非接液全固体型タンパク質光電変換素子は、光スイッチ素子、光センサー、撮像素子などを実現することができる。上述のようにこの非接液全固体型タンパク質光電変換素子は周波数応答が速いため、高速スイッチングが可能な光スイッチ素子、高速応答の光センサー、高速で動く物体の撮像が可能な撮像素子などを実現することができる。そして、この非接液全固体型タンパク質光電変換素子を光スイッチ素子、光センサー、撮像素子などに用いることにより優れた電子機器を実現することができる。
【0112】
〈4.第4の実施の形態〉
[カラー撮像素子]
第4の実施の形態によるカラー撮像素子においては、赤色光のタンパク質光電変換素子、緑色光のタンパク質光電変換素子および青色光のタンパク質光電変換素子を用いる。これらのタンパク質光電変換素子は同一基板上に形成してもよいし、赤色光のタンパク質光電変換素子、緑色光のタンパク質光電変換素子および青色光のタンパク質光電変換素子をそれぞれ別の基板上に形成し、これらの基板を配列することでカラー撮像素子を構成してもよい。
【0113】
図38はこのカラー撮像素子の一例を示し、特に一画素の領域を示す。
図38に示すように、このカラー撮像素子においては、基板61上の一画素の領域における赤色光、緑色光および青色光のタンパク質光電変換素子形成領域に、それぞれ金電極62a、62b、62cが設けられている。これらの金電極62a、62b、62cは互いに電気的に絶縁されている。基板61としては各種のものを用いることができ、必要に応じて選ばれるが、例えば、シリコン基板などの半導体基板、ガラス基板などの透明基板などを用いることができる。特に、基板61としてシリコン基板などの半導体基板を用いることにより、従来公知の半導体テクノロジーを用いてカラー撮像素子の信号処理回路や駆動回路などをこの半導体基板に容易に形成することができる。基板61として導電性基板を用いる場合には、例えば、この基板61の表面にSiO2 膜などの絶縁膜を形成し、その上に金電極62a、62b、62cを形成してもよい。
【0114】
赤色光のタンパク質光電変換素子の部位においては、金電極62a上に自己組織化単分子膜63aを介して赤色光を吸収する亜鉛クロリンシトクロムb562 64が固定化されている。また、緑色光のタンパク質光電変換素子の部位においては、金電極62b上に自己組織化単分子膜63bを介して緑色光を吸収する修飾亜鉛ポルフィリンシトクロムc552 65が固定化されている(特許文献2参照)。また、青色光のタンパク質光電変換素子の部位においては、金電極62c上に自己組織化単分子膜63cを介して青色光を吸収する亜鉛クロリンシトクロムb562 66が固定化されている。
【0115】
赤色光、緑色光および青色光のタンパク質光電変換素子としては、蛍光タンパク質を用いた次のようなものを用いてもよい。すなわち、図39に示すように、赤色光のタンパク質光電変換素子の部位においては、金電極62a上に自己組織化単分子膜63aを介してシトクロムb562 67を固定化し、このシトクロムb562 67に赤色光を吸収する蛍光タンパク質68を静電結合する。この蛍光タンパク質68としては、市販の蛍光タンパク質や修飾亜鉛ポルフィリンシトクロムc552などを用いることができる。また、緑色光のタンパク質光電変換素子の部位においては、金電極62b上に自己組織化単分子膜63bを介してシトクロムb562 69を固定化し、このシトクロムb562 69に緑色光を吸収する蛍光タンパク質70を静電結合する。この蛍光タンパク質70としては、例えば市販の蛍光タンパク質や修飾亜鉛ポルフィリンシトクロムc552などを用いることができる。また、青色光のタンパク質光電変換素子の部位においては、金電極62c上に自己組織化単分子膜63cを介してシトクロムb562 71を固定化し、このシトクロムb562 71に青色光を吸収する蛍光タンパク質、例えば亜鉛置換シトクロムc552や市販の蛍光タンパク質などを静電結合する。
【0116】
赤色光のタンパク質光電変換素子、緑色光のタンパク質光電変換素子および青色光のタンパク質光電変換素子の基板61上における配置の仕方は、従来公知のCCDカラー撮像素子やMOSカラー撮像素子などと同様であり、必要に応じて決められる。
上記以外のことは第1の実施の形態と同様である。
この第4の実施の形態によれば、タンパク質を用いた新規なカラー撮像素子を実現することができる。
【0117】
以上、この発明の実施の形態および実施例について具体的に説明したが、この発明は、上述の実施の形態および実施例に限定されるものではなく、この発明の技術的思想に基づく各種の変形が可能である。
例えば、上述の実施の形態および実施例において挙げた数値、構造、構成、形状、材料などはあくまでも例に過ぎず、必要に応じてこれらと異なる数値、構造、構成、形状、材料などを用いてもよい。
【符号の説明】
【0118】
11…金電極、12…タンパク質、13…自己組織化単分子膜、14…対極、15…容器、16…電解質溶液、17…バイアス電源、18…参照電極、20…固体電解質、21…封止壁、61…基板、62a、62b、62c…金電極、63a、63b、63c…自己組織化単分子膜、64…赤色光の光電変換素子、65…緑色光の光電変換素子、66…青色光の光電変換素子、67、69、71…シトクロムb562

【特許請求の範囲】
【請求項1】
金電極と、
上記金電極に固定化された金属置換シトクロムb562 または亜鉛クロリンシトクロムb562 またはそれらの誘導体もしくは変異体とを有するタンパク質光電変換素子。
【請求項2】
上記金属置換シトクロムb562 または亜鉛クロリンシトクロムb562 またはそれらの誘導体もしくは変異体は、そのポルフィリンのプロピオン酸を上記金電極側に向けて固定化されている請求項1記載のタンパク質光電変換素子。
【請求項3】
上記金属置換シトクロムb562 または亜鉛クロリンシトクロムb562 またはそれらの誘導体もしくは変異体に、π電子を有するレドックスアクティブな基が導入されている請求項2記載のタンパク質光電変換素子。
【請求項4】
上記レドックスアクティブな基はトリプトファンまたはキノンである請求項3記載のタンパク質光電変換素子。
【請求項5】
上記金属置換シトクロムb562 は亜鉛置換シトクロムb562 である請求項4記載のタンパク質光電変換素子。
【請求項6】
金電極と、
上記金電極に固定化された金属置換シトクロムb562 または亜鉛クロリンシトクロムb562 またはそれらの誘導体もしくは変異体とを有するタンパク質光電変換素子を有する光電変換システム。
【請求項7】
上記金属置換シトクロムb562 または亜鉛クロリンシトクロムb562 またはそれらの誘導体もしくは変異体は、そのポルフィリンのプロピオン酸を上記金電極側に向けて固定化されている請求項6記載の光電変換システム。
【請求項8】
上記金属置換シトクロムb562 または亜鉛クロリンシトクロムb562 またはそれらの誘導体もしくは変異体に、π電子を有するレドックスアクティブな基が導入されている請求項7記載の光電変換システム。
【請求項9】
上記レドックスアクティブな基はトリプトファンまたはキノンである請求項8記載の光電変換システム。
【請求項10】
上記金属置換シトクロムb562 は亜鉛置換シトクロムb562 である請求項9記載の光電変換システム。
【請求項11】
金属置換シトクロムb562 または亜鉛クロリンシトクロムb562 またはそれらの誘導体もしくは変異体を金電極上に固定化する工程を有するタンパク質光電変換素子の製造方法。
【請求項12】
上記金属置換シトクロムb562 または亜鉛クロリンシトクロムb562 またはそれらの誘導体もしくは変異体は、そのポルフィリンのプロピオン酸を上記金電極側に向けて固定化されている請求項11記載のタンパク質光電変換素子の製造方法。
【請求項13】
上記金属置換シトクロムb562 または亜鉛クロリンシトクロムb562 またはそれらの誘導体もしくは変異体に、π電子を有するレドックスアクティブな基が導入されている請求項12記載のタンパク質光電変換素子の製造方法。
【請求項14】
上記レドックスアクティブな基はトリプトファンまたはキノンである請求項13記載のタンパク質光電変換素子の製造方法。
【請求項15】
上記金属置換シトクロムb562 は亜鉛置換シトクロムb562 である請求項14記載のタンパク質光電変換素子の製造方法。
【請求項16】
金属置換シトクロムb562 または亜鉛クロリンシトクロムb562 またはそれらの誘導体もしくは変異体を金電極上に固定化する工程を有する光電変換システムの製造方法。
【請求項17】
金電極と、
上記金電極に固定化されたシトクロムb562 または金属置換シトクロムb562 または亜鉛クロリンシトクロムb562 またはそれらの誘導体もしくは変異体とを有するタンパク質固定化電極。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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【図20】
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【図21】
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【図22】
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【図23】
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【図24】
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【図25】
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【図26】
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【図27】
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【図28】
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【図29】
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【図30】
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【図31】
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【図32】
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【図33】
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【図34】
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【図35】
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【図36】
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【図37】
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【図38】
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【図39】
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