説明

ターゲット分子評価方法および装置

【課題】ラベルフリーで、評価対象の比較判定、評価対象の種類の判定、評価対象の定量、評価対象の解離定数の決定、目的とする評価対象と夾雑物質との分離評価等が可能になる新規な技術を提供する。
【解決手段】基板電極と対向電極との間に交流電位を印加して、基板電極上に結合したプローブ分子に結合したターゲット分子を評価する場合に、たとえば式1によって得られる信号強度と式2によって得られる信号振幅との少なくともいずれか一方を測定することによりターゲット分子を評価する。
信号強度=電位1印可時の蛍光強度−バックグラウンドの蛍光強度・・(1)
信号振幅={(電位1印可時の蛍光強度−電位2印可時の蛍光強度)/(電位2印可時の蛍光強度−バックグラウンドの蛍光強度)}×100・・・(2)

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、DNAチップ等のバイオチップ等に利用される、ターゲット分子の評価技術に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、ナノをキーワードとして、ナノテクノロジーが多くの人々の関心を集めている。
【0003】
このナノテクノロジーの中でも、半導体微細加工技術(半導体ナノテクノロジー)とバイオテクノロジーとの融合領域であるナノバイオテクノロジーは、既存の問題を根底から解決できる可能性を持つ新分野として、多くの研究開発が精力的に行われるようになってきている。
【0004】
このナノバイオテクノロジーの中でも特に、DNAチップ(またはDNAマイクロアレイ)に代表され、ガラス、シリコン、プラスチック、金属等で形成された基板上に、DNA、蛋白質等の生体高分子からなる多数の異なったターゲットを高密度に整列化してスポット状に配置したバイオチップは、臨床診断や薬物治療等の分野で、核酸や蛋白質の試験を簡素化でき、特に遺伝子解析に有効な手段として注目されている(非特許文献1および2参照)。
【0005】
更に、近年では、固体基板上に、機能性分子や機能性分子と結合させた分子を結合させて、部分的に機能性表面(評価部)を形成し、マイクロマシニング技術やマイクロセンシング技術と組み合わせて、微小なターゲットを評価する技術のもとに作製される、「MEMS」や「μTAS」と呼ばれるデバイスが、従来の評価感度や評価時間を大幅に向上させるものとして注目されている。「MEMS」は、マイクロエレクトロメカニカルシステム(Micro Electro Mechanical Systems)の略であり、半導体の加工技術をもとに非常に微細なものを作る技術、またはその技術を用いて作製された精密微細機器を意味し、一般に、機械、光学、流体等の複数の機能部分を複合化、微細化したシステムを意味する。また、「μTAS」は、マイクロトータルアナリシスシステム(Micro Total Analysis System)の略であり、マイクロポンプ、マイクロバルブ、センサ等を小型、集積、一体化した化学分析システムを意味する。これらのデバイスは、一般に、特定の機能を有する機能性分子や、この機能性分子と結合させた分子を、基板上に自己組織的に固定(結合)させた機能性表面を有している。そして、これらのデバイスにおいては、機能性表面での反応を電気的または光学的に評価する手法が多く取られている。
【0006】
中でも、光学的に評価する手法は、評価対象であるターゲットを蛍光色素等の光学的なラベルで修飾し、光学的な強度から、ターゲットを定量的に評価する手法で、その感度の高さから、DNAチップ等に幅広く利用されている。
【0007】
しかしながら、この手法では、ターゲットをラベルで修飾する手順が不可欠であり、ラベリングや洗浄等の煩雑な工程が必要となる。また、ラベルのみの混入による誤評価や、プローブとの特異的な結合の結果でない、単に非特異的に評価部に付着した物もターゲットとして評価してしまう問題があった。
【0008】
したがって、ターゲットにラベルを修飾する必要が無く(ノンラベルで)、非特異吸着した物の誤評価等を回避して、高選択性で低ノイズの評価技術の開発が望まれているのが現状である。
【0009】
ラベルフリー(ノンラベル)のターゲット分子を評価する方法としては、蛍光マーカーを荷電性プローブ分子に修飾し、このプローブ分子を電極に固定して電場で駆動し、蛍光マーカーからの信号で駆動状態をモニターし、ターゲット分子がプローブ分子と特異的に結合した際に、プローブ分子の駆動状態が変化し、この変化をプローブ分子に修飾した蛍光マーカーで評価する方法が知られている(非特許文献3)。荷電性プローブ分子が電場に引き寄せられたり、反発したりして、プローブ分子の先端に付けた蛍光マーカーと電極との距離が変化することで発生する蛍光マーカーからの信号の変化を観察することがこの手法の原理である。駆動周波数としては、電場のもととなる電気二重層の形成が可能な周波数帯(おおよそ1MHz以下)であれば、駆動電位に同期した蛍光マーカーからの信号を観察することで、ターゲット分子の評価が可能である。
【0010】
なお、その他の方法として、例えば、ELISA(Enzyme−linked Immunosorbent Assay)法があるが、この方法では、特異的に結合した標的蛋白質と非特異的に結合した蛋白質を明確に区別することが困難なため、生体試料に含まれる夾雑蛋白質を予めクロマトグラフィーで取り除いておく必要があった。更に、例えば、SPR(Surface Plasmon Resonance)法も知られているが、この方法では、センサに結合した蛋白質を屈折率変化で捉えるが、未精製の生体試料では、標的蛋白質が結合して生じる屈折率変化が小さく、夾雑蛋白質がセンサ近傍(概ね測定に用いるレーザ波長程度で、例えば、約500nm)に到達して大きく変化する屈折率に埋もれてしまい、または、夾雑蛋白質が非特異的にセンサに結合して大きく変化する屈折率に埋もれてしまい、標的蛋白質の検出が困難であった。このように、これらの従来法では、生体試料に含まれる夾雑蛋白質を予めクロマトグラフィーで取り除いておく必要があり、プロテインチップを手の平程度に小型化する足枷となっていた。また、クロマトグラフィーの条件(充填剤、カラム素材、カラムサイズ、溶出溶媒)は、取り除く夾雑蛋白質の種類に応じて個別に最適化する必要があり、簡便に標的蛋白質を検出することの足枷となっていた。
【特許文献1】特開2005−283560(請求の範囲)
【特許文献2】米国特許出願公開第2005/069932号明細書(クレーム)
【特許文献3】特開2005−283560号公報(請求の範囲)
【非特許文献1】T. G. Drummond et al.,「電気化学的DNAセンサー(Electrochemical DNA sensors)」,ネイチャーバイオテクノロジー(Nature Biotech.),2003年,第21巻,第10号,p.1192-1199
【非特許文献2】J. Wang,「DNAバイオセンサーから遺伝子チップまでのサーベイと纏め(SURVEY AND SUMMARY From DNA biosensors to gene chips)」,Nucleic Acids Research, 2000年,第28巻,第16号,p.3011-3016
【非特許文献3】U. Rant et al.,「金属表面上のDNA層の動的電気的スイッチング(Dynamic Electrical Switching of DNA Layers on a Metal Surface)」,Nano Lett.,2004年,第4巻,第12号,p.2441-2445
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、従来評価対象に必要不可欠であった、インターカレーターや蛍光色素、酸化還元蛍光マーカー等の修飾無しに、ノンラベルで評価対象を評価する新規な技術を提供することを目的としている。本発明の更に他の目的および利点は、以下の説明から明らかになるであろう。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明の一態様によれば、基板上に設けられた基板電極と対向電極との間に交流電位を印加し、基板電極上に結合したプローブ分子に試料を接触させ、プローブ分子に備えられた蛍光マーカーから得られる蛍光信号の観察により、プローブ分子に結合した、試料中のターゲット分子を評価するターゲット分子の評価方法であって、
プローブ分子を結合しない基板電極で得られる蛍光信号をバックグラウンドの蛍光強度とし、
基板電極上にプローブ分子のみを結合した状態で電位を与え、その電位を変化させた場合に最大の蛍光強度が得られる電位を電位1とし、
基板電極上にプローブ分子のみを結合した状態で電位を与え、その電位を変化させた場合に最小の蛍光強度が得られる電位を電位2とした場合に、
式1または1’によって得られる信号強度と式2または2’によって得られる信号振幅との少なくともいずれか一方を測定することによりターゲット分子を評価する、ターゲット分子評価方法が提供される。
【0013】
信号強度=電位1印可時の蛍光強度−バックグラウンドの蛍光強度・・(1)
信号強度=電位1印可時の蛍光強度・・(1’)
信号振幅={(電位1印可時の蛍光強度−電位2印可時の蛍光強度)/(電位2印可時の蛍光強度−バックグラウンドの蛍光強度)}×100・・・(2)
信号振幅={(電位1印可時の蛍光強度−電位2印可時の蛍光強度)/(電位2印可時の蛍光強度)}×100・・・(2’)
本発明の他の一態様によれば、基板上に設けられた基板電極と対向電極との間に交流電位を印加し、基板電極上に結合したプローブ分子に試料を接触させ、プローブ分子に備えられた蛍光マーカーから得られる蛍光信号の観察により、プローブ分子に結合した、試料中のターゲット分子を評価するためのターゲット分子評価装置であって、
プローブ分子を結合しない基板電極で得られる蛍光信号をバックグラウンドの蛍光強度とし、
電極上にプローブ分子のみを結合した状態で電位を与え、その電位を変化させた場合に最大の蛍光強度が得られる電位を電位1とし、
電極上にプローブ分子のみを結合した状態で電位を与え、その電位を変化させた場合に最小の蛍光強度が得られる電位を電位2とした場合に、
式1または1’によって得られる信号強度と式2または2’によって得られる信号振幅との少なくともいずれか一方を検出表示する信号検出表示部を有する、ターゲット分子評価装置が提供される。
【0014】
信号強度=電位1印可時の蛍光強度−バックグラウンドの蛍光強度・・(1)
信号強度=電位1印可時の蛍光強度・・(1’)
信号振幅={(電位1印可時の蛍光強度−電位2印可時の蛍光強度)/(電位2印可時の蛍光強度−バックグラウンドの蛍光強度)}×100・・・(2)
信号振幅={(電位1印可時の蛍光強度−電位2印可時の蛍光強度)/(電位2印可時の蛍光強度)}×100・・・(2’)
これらの本発明態様により、評価対象の比較判定、評価対象の種類の判定、評価対象の定量、評価対象の解離定数の決定、目的とする評価対象と夾雑物質との分離評価等が可能になる。
【0015】
両態様について、プローブ分子に結合したターゲット分子が、プローブ分子に特異的に結合したターゲット分子を含むこと、プローブ分子に結合したターゲット分子が、プローブ分子に非特異的に結合したターゲット分子を含むこと、評価が、プローブ分子に特異的に結合した相異なるターゲット分子間または、プローブ分子に特異的に結合したあるターゲット分子とプローブ分子に非特異的に結合したターゲット分子との間の判別を含むこと、前記プローブ分子に特異的に結合したあるターゲット分子とプローブ分子に非特異的に結合したターゲット分子との間の判別が、信号振幅の比較および信号強度の比較によるものであることが好ましい。
【0016】
その評価の内容としては、試料中に含まれるターゲット分子の定量を含むこと、および、ターゲット分子とプローブ分子の結合定数を求めることが好ましい。プローブ分子としては、プラスまたはマイナスに帯電し得るものが好ましい。具体的には、プローブ分子とターゲット分子との少なくとも一方が、蛋白質、DNA、RNA、抗体、天然または人工の1本鎖のヌクレオチド体、天然または人工の2本鎖のヌクレオチド体、アプタマー、抗体を蛋白質分解酵素で限定分解して得られる産物、蛋白質に対して親和性を有する有機化合物、蛋白質に対して親和性を有する生体高分子、これらの複合体、プラスまたはマイナスに帯電したイオン性ポリマーおよびそれらの任意の組み合わせよりなる群から選ばれた少なくとも一つの物質を含んでなることが好ましい。更に具体的には、プローブ分子として1本鎖DNAを用い、ターゲット分子として、1本鎖DNAに対する相補鎖DNAを用いることや、プローブ分子として蛋白質に親和性を有する分子、ターゲット分子として蛋白質に親和性を有する分子に特異的に結合する蛋白質を用いることが好ましい。
【発明の効果】
【0017】
本発明により、ノンラベルで評価対象を評価する新規な技術が提供される。本技術により、評価対象の比較判定、評価対象の種類の判定、評価対象の定量、評価対象の解離定数の決定、目的とする評価対象と夾雑物質との分離評価等が可能になる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
以下に、本発明の実施の形態を図、実施例等を使用して説明する。なお、これらの図、実施例等及び説明は本発明を例示するものであり、本発明の範囲を制限するものではない。本発明の趣旨に合致する限り他の実施の形態も本発明の範疇に属し得ることは言うまでもない。
【0019】
本発明に係るターゲット評価方法では、基板上に設けられた基板電極と対向電極との間に交流電位を印加し、基板電極上に結合したプローブ分子に試料を接触させ、プローブ分子に備えられた蛍光マーカーから得られる蛍光信号の観察により、プローブ分子に結合した、試料中にターゲット分子を評価する。
【0020】
この際、式1または1’によって得られる信号強度と式2または2’によって得られる信号振幅との少なくともいずれか一方を測定する。ここで、プローブ分子を結合しない基板電極で得られる蛍光信号をバックグラウンドの蛍光強度とし、電極上にプローブ分子のみを結合した状態で電位を与え、その電位を変化させた場合に最大の蛍光強度が得られる電位を電位1とし、電極上にプローブ分子のみを結合した状態で電位を与え、その電位を変化させた場合に最小の蛍光強度が得られる電位を電位2とする。
【0021】
信号強度=電位1印可時の蛍光強度−バックグラウンドの蛍光強度・・(1)
信号強度=電位1印可時の蛍光強度・・(1’)
信号振幅={(電位1印可時の蛍光強度−電位2印可時の蛍光強度)/(電位2印可時の蛍光強度−バックグラウンドの蛍光強度)}×100・・・(2)
信号振幅={(電位1印可時の蛍光強度−電位2印可時の蛍光強度)/(電位2印可時の蛍光強度)}×100・・・(2’)
式1,2と式1’,2’とのいずれを採用するかは、実情に応じて適宜定めることができるが、種類の異なるターゲット間で、信号強度と振幅強度とを比較して、定量的な評価をする際には、バッククラウンドの蛍光強度の計測とその差し引きを行う式1,2を採用することが好ましい。
【0022】
なお、バッククラウンドの蛍光強度の計測時には、電極基板に電位を印加してもよく、また電位を印加しなくてもよい。また、バッククラウンドの蛍光強度の計測時には、ターゲット分子を含む試料を電極に供給してもよく、ターゲット分子を含まない(たとえば生理食塩水や緩衝溶液)液を電極に供給してもよい。ターゲット分子自体が蛍光を発する場合にはターゲット分子を含む試料を供給することによって、その影響を除外することができる。その供給は、試料を電極のある環境に流すことによっても、電極を単に試料中に浸漬することによってもよい。
【0023】
なお、この交流電位を、蛍光マーカーの信号挙動の元になるプローブ分子の運動(たとえば伸縮運動や立たせたり寝させたりする運動など)を起こさせる電位と言う意味で、駆動電位と呼び、このような運動を起こさせることをプローブ分子を駆動すると言うことがある。
【0024】
基板上に設けられた基板電極と対向電極との間に交流電位を印加して、基板電極上に結合したプローブ分子に備えられた蛍光マーカーから得られる信号の観察により、プローブ分子に結合したターゲットを評価する方法は、たとえば特許文献3に開示されている。
【0025】
本発明方法により、ノンラベルで評価対象を評価する新規な技術が提供される。プローブ分子と特異的に結合する評価対象(すなわち、本発明に係るターゲット分子)にも、プローブ分子と非特異的に結合する評価対象にも適用することができる。
【0026】
具体的には、評価対象であるターゲット分子について、その比較判定、その種類の判定、その定量、ターゲット分子の解離定数の決定、目的とするターゲット分子と夾雑物質との分離評価等が可能になる。本発明において、「評価」とはこのような内容を意味する。
【0027】
ここで、ターゲット分子の比較判定とは、複数種の相異なるターゲット分子が共存していることを証明することや、比較対象であるターゲット分子が互いに異なるものであることを証明することを意味する。ターゲット分子の種類の判定とは、あるターゲット分子が、(たとえば特殊な官能基を持つ蛋白質等の)あるターゲット分子の群に属していること、または、(たとえば、1本鎖DNA等の)ある特定の主要構造を有するターゲット分子であること、または、ある具体的に構造の判明したターゲット分子であること、を証明することを意味する。ターゲット分子の定量は、プローブ分子に結合したターゲット分子の定量や試料中のターゲット分子濃度の定量等を意味する。目的とするターゲット分子と夾雑物質との分離評価とは、試料中に共存するターゲット分子以外の物質に邪魔されることなく、試料中に含まれるターゲット分子の定量を行えることを意味する。
【0028】
本発明により、たとえば、プローブ分子に特異的に結合した相異なるターゲット分子間の判別が可能になる。
【0029】
また、プローブ分子に特異的に結合したあるターゲット分子(たとえばプローブ分子と特異的に結合した標的蛋白質)とプローブ分子に非特異的に結合した分子(たとえば、プローブ分子に非特異的に結合した夾雑蛋白質)との間の判別を、蛍光マーカーの信号変化を解析することで、行うことが可能となる。
【0030】
後述するように、これらの相違は、信号強度と信号振幅とのいずれかに現れるので、これらの判別は、信号振幅の比較および信号強度の比較によるものであることが好ましい。
【0031】
さらに、生体試料に含まれる夾雑蛋白質を予め取り除かなくても、標的蛋白質の検出が可能となり、小型化の足枷となるクロマトグラフィーをデバイス上に設ける必要がなくなり、例えば、20〜60mm(長さ)x30mm(幅)といった装置の小型化が実現する。
【0032】
夾雑蛋白質を取り除かずに、生体試料に含まれる標的蛋白質を定量的に求めることも可能になる。
【0033】
夾雑蛋白質を取り除くことなく、生体試料に含まれる標的蛋白質の結合定数と乖離乗数を求めることも可能となる。
【0034】
本発明に係る評価方法と評価装置は、ナノバイオテクノロジーの分野に極めて有用である。本発明により、DNAチップやプロテインチップ等のバイオチップに好適な、評価方法とその方法を用いた評価装置を提供することができる。
【0035】
生体試料には、標的蛋白質の他に、様々な種類の夾雑蛋白質が混ざっている。例えば、血漿に含まれる蛋白質の総量65〜82mg/mLの約95%は、夾雑蛋白質(例えば、アルブミン、フィブリノーゲン)が、占めている。このように、生体試料に含まれる標的蛋白質の量は一般に夾雑蛋白質の1/1000より少なく、プローブには夾雑蛋白質が非特異的に結合してしまう。本発明技術は、このような場合に好適に採用することができる。
【0036】
(ターゲット評価装置)
上記のターゲットを評価する方法は、基板上に設けられた基板電極と対向電極との間に交流電位を印加し、基板電極上に結合したプローブ分子に試料を接触させ、プローブ分子に備えられた蛍光マーカーから得られる蛍光信号の観察により、プローブ分子に結合した、試料中のターゲット分子を評価するためのターゲット分子評価装置を用いて評価することができる。本評価装置には、基板電極と対向電極との間に電位を印加するための電位印加部、蛍光マーカーからの蛍光信号を発光/消光させるための光照射部、および蛍光マーカーからの信号を検出する信号検出部も含まれる。このような基板電極や対向電極は水溶液中に浸漬して使用される。信号検出部は、上記式1または1’によって得られる信号強度と上記式2または2’によって得られる信号振幅との少なくともいずれか一方を検出する。この信号を表示するための信号表示装置も付設される。電位印加部、光照射部、信号検出部、信号表示装置は、それらの機能が発揮される限りその構造には特に制限はなく、公知の装置をそのまま使用しまたは改造して使用することができる。光照射部としては可視光や紫外線が使用される。例えば、波長514.5nmのアルゴンイオンレーザ光を例示することができる。
【0037】
(プローブ分子)
プローブ分子は、基板電極と結合し得、交流電位の印加により運動(たとえば、伸縮運動、立たせたり寝させたりする運動など)を起こして、蛍光マーカーと基板電極との距離を変化させ、これによって、蛍光マーカーの蛍光を発光/消光できるものであれば、本発明の趣旨に反しない限り、どのようなものでもよい。
【0038】
プローブ分子は、ターゲット分子に対して特異的に結合するものであっても、非特異的に結合するものであってもよいが、DNAや蛋白質等の生体由来のターゲット分子を評価する場合には、ターゲット分子に対して特異的に結合する性質を有することが好ましいことが多い。
【0039】
プローブ分子は、交流電位の印加により、蛍光マーカーと基板電極との距離を変化させる機能を有するものであることが一般的である。交流電位の印加によって、蛍光マーカーと基板電極との間の距離の変化を生ぜしめるためには、プローブ分子がプラスまたはマイナスに帯電し得ることが好ましい。このようなプローブ分子を荷電性プローブ分子と呼ぶ場合がある。
【0040】
プローブ分子の形状としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、線状、粒状、板状、これらの2以上の組合せ、等が挙げられるが、これらの中でも線状が好ましい。
【0041】
このようなプローブ分子の種類には、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、具体的には、蛋白質、DNA、RNA、抗体、天然または人工の1本鎖のヌクレオチド体、天然または人工の2本鎖のヌクレオチド体、アプタマー、抗体を蛋白質分解酵素で限定分解して得られる産物、蛋白質に対して親和性を有する有機化合物、蛋白質に対して親和性を有する生体高分子、これらの複合体、プラスまたはマイナスに帯電したイオン性ポリマーおよびそれらの任意の組み合わせよりなる群から選ばれた少なくとも一つの物質を含むものが好ましい。伸縮運動、または、立たせたり寝させたりする運動などが行い易い場合や、プローブ分子としてターゲット分子と特異的に結合し易い場合が多いからである。
【0042】
病気の治療、診断等への応用等の観点からは、例えば、血漿蛋白、腫瘍蛍光マーカー、アポ蛋白、ウイルス、自己抗体、凝固・線溶因子、ホルモン、血中薬物、核酸、HLA抗原、リポ蛋白、糖蛋白、ポリペプチド、脂質、多糖類、リポ多糖類等がプローブ分子として好適に挙げられる。
【0043】
プラスに帯電したイオン性ポリマーとしては、例えば、主鎖にグアニジド結合を用いてプラスに帯電させたDNA(グアニジンDNA)、ポリアミン等が好適に挙げられる。マイナスに帯電したイオン性ポリマーとしては、例えば、マイナスに帯電した天然のヌクレオチド体、ポリヌクレオチド、ポリリン酸等が好適に挙げられる。これらの分子は、1種単独で使用してもよいし、2種以上を併用してもよい。
【0044】
ここで、本発明において「ヌクレオチド体」とは、モノヌクレオチド、オリゴヌクレオチドおよびポリヌクレオチドよりなる群のいずれか一つまたはその混合物を意味する。このような物質は、マイナスに帯電していることが多い。1本鎖あるいは2本鎖を用いることができる。ハイブリダイゼーションすることによりターゲット分子と特異的に結合することもできる。なお、蛋白質、DNA、ヌクレオチド体が混在していてもよい。また、生体高分子には、生体に由来するものの他、生体に由来するものを加工したもの、合成された分子も含まれる。
【0045】
ここで、上記「産物」とは、抗体を蛋白質分解酵素で限定分解して得られるものであり、本発明の趣旨に合致する限り、抗体のFabフラグメントまたは(Fab)2フラグメントや抗体のFabフラグメントまたは(Fab)2フラグメントに由来する断片、さらにはその誘導体等どのようなものを含めることもできる。
【0046】
抗体としては、たとえば、モノクローナルな免疫グロブリンIgG抗体を使用することができる。また、IgG抗体に由来する断片として、たとえばIgG抗体のFabフラグメントまたは(Fab)2フラグメントを使用することもできる。更に、そのようなFabフラグメントまたは(Fab)2フラグメントに由来する断片などを使用することもできる。蛋白質に対して親和性を有する有機化合物として使用可能な例を挙げると、ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NAD)等の酵素基質アナログや酵素活性阻害剤、神経伝達阻害剤(アンタゴニスト)などがある。蛋白質に対して親和性を有する生体高分子の例としては、蛋白質の基質または触媒となる蛋白質、分子複合体を構成する要素蛋白質同士等を挙げることができる。
【0047】
プローブ分子として、天然のヌクレオチド体や人工のヌクレオチド体を使用することができる。人工のヌクレオチド体には、完全に人工のものも、天然のヌクレオチド体から誘導されるものも含まれる。人工のヌクレオチド体を使用すれば、検出の感度を上げたり、安定性を向上させたりすることができるため有利な場合がある。
【0048】
また、1本鎖ヌクレオチド体でも、互いに相補的な関係にある1本鎖ヌクレオチド体の対である2本鎖ヌクレオチド体でもよい。なお、伸長や収縮のし易さからすると1本鎖ヌクレオチド体が好ましく、基板電極上で横たえたり、立ち上げたりするには2本鎖ヌクレオチド体が好ましい場合が多い。電極毎に異なるヌクレオチド体を使用することもできる。ヌクレオチド体鎖の長さは1残基以上あればよい。すなわち、モノヌクレオチド鎖でもよい。
【0049】
プローブ分子は、また、モノクローナル抗体や蛋白質分解酵素で限定分解して得られる産物を使用することもできる。抗原抗体反応に類する反応によって生じる結合を利用でき、ターゲット分子と特異的に結合するプローブ分子としても機能するので有用である。
【0050】
プローブ分子としては、モノクローナル抗体、モノクローナル抗体のFabフラグメントまたは(Fab)2フラグメント、もしくはモノクローナル抗体のFabフラグメントまたは(Fab)2フラグメントに由来する断片を使用することも好ましい。なお、モノクローナル抗体のFabフラグメントまたは(Fab)2フラグメントに由来する断片とは、モノクローナル抗体のFabフラグメントまたは(Fab)2フラグメントを細分化した断片やその誘導体を意味する。
【0051】
さらに、プローブ分子として、IgG抗体、IgG抗体のFabフラグメントまたは(Fab)2フラグメント、IgG抗体もしくはIgG抗体Fabフラグメントまたは(Fab)2フラグメントに由来する断片を使用することがより好ましい。なお、IgG抗体Fabフラグメントまたは(Fab)2フラグメントに由来する断片とは、IgG抗体Fabフラグメントまたは(Fab)2フラグメントを細分化した断片やその誘導体を意味する。アプタマーであることも好ましい。一般的に分子量の小さいものの方が検出感度がよいことが、これらが好まれる理由である。
【0052】
基板電極との結合の容易性の観点からは、プローブ分子が、アルカンチオール基{例えば、メルカプトヘキサノール(MCH)}等のチオール結合(−S−)またはジスルフィド結合(−S−S−)を有するポリヌクレオチドであることまたはジスルフィド結合(−S−S−)を有するポリヌクレオチドを含むことが好ましく、末端にチオール結合(−S−)またはジスルフィド結合(−S−S−)を有する、DNA、RNA、これらと蛋白質との複合体等が特に好ましい。なお、DNAおよびRNAは、一本鎖であってもよいし、二本鎖であってもよい。
【0053】
プローブ分子の大きさまたは長さとしては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができるが、プローブ分子がポリヌクレオチドである場合、50塩基程度であるのが好ましい。これは、プローブの駆動力となりうる電気二重層膜 (電位印加により作られる)の厚みとほぼ同程度の長さであるからである。
【0054】
(ターゲット分子)
ターゲット分子は評価対象を意味し、任意に定めることができる。ターゲット分子は、複数種であってもよい。ターゲット分子としては、プローブ分子と結合し得る任意の分子を使用し得る。ターゲット分子としては、一般的にはプローブ分子と結合し得るものが対象になるが、プローブ分子と結合したことのみを確認する場合や、プローブ分子と特異的に結合するターゲット分子との相違等を評価する目的からは、プローブ分子と非特異的に結合するターゲット分子も対象になり得る。プローブ分子と特異的に結合するターゲット分子とプローブ分子と非特異的に結合するターゲット分子とを合わせてターゲット分子と呼んでもよい。
【0055】
ターゲット分子としては、プローブ分子と同様な物質を使用し得る。上記にプローブ分子用の例として挙げた物質が互いに特異的に結合するものであれば、プローブ分子とターゲット分子との組み合わせとして好適である。
【0056】
プローブ分子とターゲット分子との組み合わせとしては、プローブ分子として1本鎖DNAを用い、ターゲット分子として、1本鎖DNAに対する相補鎖DNAを用いる組み合わせや、プローブ分子として蛋白質に親和性を有する分子を用い、ターゲット分子としてこの蛋白質に親和性を有する分子に特異的に結合する蛋白質を用いる組み合わせが好ましい。DNAチップや蛋白質チップとして有用性が高いからである。
【0057】
なお、ここでいう「結合」の種類および結合箇所については特に制限はない。共有結合、配位結合のような化学的結合の他、生物学的結合、静電気的結合、物理吸着、化学吸着等であっても、その結合により、蛍光信号に変化が観察される限り、ここでいう「結合」の範疇に含めることができる。ターゲット分子がプローブ分子と特異的に結合する場合は、その結合は一般的に強固であるが、ターゲット分子がプローブ分子と非特異的に結合する場合には、ターゲット分子がプローブ分子の周りに単に集合している程度の弱い結合も含まれ得る。
【0058】
(試料、夾雑物)
ここでいう試料とはターゲット分子を含む溶液またはターゲット分子を含むであろうと考えられる溶液またはターゲット分子の存否を確認する対象である溶液
を意味する。通常は水溶液であり、生理食塩水、緩衝溶液等の溶媒が使用されることが多い。夾雑物は、試料中に共存するターゲット分子以外の物質を意味する。夾雑物はプローブ分子と結合し得るものも、結合しないものもあり得る。プローブ分子と結合し得るものがターゲット分子であるか夾雑物であるかは、評価の目的によって決まり、固定的なものではない。
【0059】
(電極)
本発明に係る基板電極は、プローブ分子と結合することができ、基板電極と対向電極との間に与えられた交流電位により、基板電極上に結合したプローブ分子に備えられた蛍光マーカーから得られる蛍光信号が変化し得れば、本発明の趣旨に反しない限りどのようなものでもよく、その形状にも特別な制限はない。この場合の結合には、共有結合、配位結合のような化学的結合の他、生物学的結合、静電気的結合、物理吸着、化学吸着等、本発明の趣旨に反しない限りどのような結合を使用することもできる。外部電場によるプローブ分子の運動の安定性からは、化学結合が好ましく、化学結合の中でも、硫黄原子(S)を含む結合が結合の容易性、制御性等の点で好ましく、具体的には、チオール結合(−S−)、ジスルフィド結合(−S−S−)等が特に好ましい。
【0060】
例えば、基板表面に電極を設け、その電極表面にターゲット分子と結合し得る構造部分(ターゲット分子結合部)を設けることで本発明の基板電極とすることができる。基板電極は単層であっても多層であってもよく、層状以外の構造を有していてもよい。
【0061】
この場合の基板の材質については特に制限はなく、例えば、ガラス(たとえば石英ガラス)、セラミックス、プラスチック、金属、シリコン、酸化ケイ素、窒化ケイ素、サファイヤ、等が好適に挙げられる。これらは、1種単独で使用してもよいし、2種以上を併用してもよい。
【0062】
基板電極の形状、構造、大きさ、表面性状、数等については特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができる。形状としては、例えば、平板状、円状、楕円状等が挙げられる。表面性状としては、例えば、光沢面、粗面等が挙げられる。大きさとしては、特に制限はなく目的に応じて適宜選択することができる。
【0063】
基板電極は、その表面に絶縁膜を被覆して基板電極の一部のみが露出するようにして、基板電極の大きさ、形状等を適宜所望の程度に調節してもよい。基板電極の数としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、一つであってもよいし、2以上であってもよい。基板電極の大きさや複数の電極の相互の距離を適切に制限するとプローブ分子同士やプローブ分子とターゲット分子との組み合わせ同士の相互作用を防止することができる。
【0064】
この場合の絶縁膜としては、その材質、形状、構造、厚み、大きさ等については特に制限はなく、目的に応じて公知のものの中から適宜選択することができるが、材質としては、例えば、レジスト材料が好適に挙げられる。レジスト材料としては、例えば、g線レジスト、i線レジスト、KrFレジスト、ArFレジスト、Fレジスト、電子線レジスト等が挙げられる。
【0065】
基板電極の材質は導電性を有する限り特に制限はなく、目的に応じて任意に定めることができる。たとえば、金属、合金、導電性樹脂、炭素化合物、等が挙げられる。金属としては、例えば、金、白金、銀、銅、亜鉛、等が挙げられる。合金としては、例えば、金属として例示したものの2種以上の合金等が挙げられる。導電性樹脂としては、例えば、ポリアセチレン、ポリチオフェン、ポリピロール、ポリp−フェニレン、ポリフェニレンビニレン、ポリアニリン、等が挙げられる。炭素化合物としては、例えば、導電性カーボン、導電性ダイヤモンド、等が挙げられる。これらは、1種単独で使用してもよいし、2種以上を併用してもよい。Auに代表される貴金属は化学的に安定であり、波長500〜600nmで発光する蛍光マーカーの消光剤として適しており、好ましく使用できる。生体高分子をプローブ分子として使用する場合に、基板電極への固定が容易に行えるからである。基板上には複数個の基板電極を設けてもよい。
【0066】
特にプローブ分子結合部を設けなくてもプローブ分子と結合し得る場合は、表面にプローブ分子結合部を設ける必要はない。プローブ分子がヌクレオチド体よりなり、そのチオール基を介して、Au層と直接結合できる場合を例示すると、ピラニヤ洗浄したAu電極と室温で24時間反応させて、図1に示すように、サファイア基板4上に設けたAu電極(基板電極2)に、蛍光マーカー3と天然の1本鎖オリゴヌクレオチド構造を持つ感応部5とターゲット分子結合部6とを持つプローブ分子1(感応部5とターゲット分子結合部6とから構成される部分)を挙げることができる。感応部5は伸縮する、または、立たせたり寝させたりできる機能を有する部分を意味し、ターゲット分子結合部6は、ターゲット分子と結合する部分を意味する。ターゲット分子結合部6がターゲット分子と特異的に結合する機能を有していれば、プローブ分子がターゲット分子7と特異的に結合することになる。1本鎖オリゴヌクレオチド構造の下部にあるSは、プローブ分子がチオール基を介して、Au電極2と直接結合していることを表している。なお、チオール基と結合する電極表面としてAu以外の公知の金属を使用することもできる。図1では、オリゴヌクレオチド鎖の末端にモノクローナルな免疫グロブリンIgGのFabフラグメントを、ターゲット分子に対して特異的に結合する性質を有するターゲット分子結合部6として固定してある。
【0067】
なお、図1はあくまで本発明に係るプローブ分子等を模式的に表したものであり、本発明においてはその他の形態も含まれ得ることはいうまでもない。たとえばプローブ分子が上記のように感応部とターゲット分子結合部とに分かれていることは必須の要件ではない。蛍光マーカーと感応部とターゲット分子結合部とが図1の順序に結合していることも必須の要件ではない。
【0068】
図1の左側はプローブ分子が伸長した状態、右側はプローブ分子が縮まった状態を表す。縮まった状態のプローブ分子は、Au電極2と対向電極8との間に外部電場印加装置9により所定の電位差を印加することにより、伸長した状態とすることができる。このとき、光照射装置10から光11を照射すると蛍光12が得られる。
【0069】
図1において、チオール基と蛍光マーカーとは予め1本鎖オリゴヌクレオチドに導入しておいた。チオール基と蛍光マーカーとは、1本鎖の末端に導入することが望ましく、チオール基を5’末端に導入した場合は蛍光マーカーを3’末端に導入することが好ましく、またこの反対でもよい。この例では、オリゴヌクレオチド鎖は、直径1mmの円形状のAu電極上に固定した。
【0070】
基板電極の一部としてプローブ分子結合部を設ける場合、その材料としては、プローブ分子と結合できる限り、どのようなものでもよく、例えば、プローブ分子と化学結合または分子間力により結合できる分子を挙げることができる。プローブ分子結合部がプローブ分子に結合した後は、プローブ分子結合部とプローブ分子とよりなる部分をプローブ分子と考えることもできる。プローブ分子結合部が伸縮、または、立たせたり寝させたりし得るものであれば、プローブ分子結合部と結合する前のプローブ分子がこれらの機能を有しなくてもよい。
【0071】
なお、一般的に基板電極とプローブ分子との結合は定量的であることが理想的であるが、結合によっては、かなり大きな解離定数を有するものもあり得る。この解離定数があまり大きいと、たとえは緩衝液での洗浄の際に、結合が徐々に減少することになる。この意味で、一般的に、基板電極とプローブ分子との結合における解離定数が10-5以下であることが好ましい。
【0072】
このような基板電極を媒体である水溶液に浸漬し、水溶液中に配した対向電極との間に交流電場を印加すると、プローブ分子が伸縮する、または、立たせたり寝させたりすることができるようになる。
【0073】
基板電極を基板上に設ける場合、基板電極と基板との密着性を向上させる目的で、これらの間に密着層を設けてもよい。密着層の材質、形状、構造、厚み、大きさ等については、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、材質としては、例えば、クロム、チタン等が挙げられ、構造としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、単層構造であってもよいし、積層構造であってもよい。
【0074】
本発明に係る対向電極は、基板電極と対向して配置され、これらの間に電位を直接印加するための電極である。対向電極の形状や材料については特に制限はなく、公知の形状と公知の材料とから適宜選択することができる。たとえば、白金ワイヤ、タングステン板、金メッシュ、カーボン電極等を上げることができる。対向電極の数についても制限はなく複数個あってもよい。
【0075】
プローブ分子評価装置には、二電極法に代えて、参照電極を使用する三電極法を採用してもよい。参照電極は、基板電極と対向電極との間の電位を調整するための電極である。参照電極の形状や材料については特に制限はなく、公知の形状と公知の材料とから適宜選択することができる。たとえば、銀塩化銀電極、飽和カルメロ電極等を上げることができる。参照電極の数についても制限はなく複数個あってもよい。
【0076】
(印加電位)
電位印加部から印加される交流電位の波形には特に制限はないが、通常サイン波または矩形波が採用される。後述のごとく矩形波の方が好ましいことが多い。電位値については±200mV vs Ag/Sat.AgClを挙げることができる。ここで、「交流電位」には直流成分が含まれていてもよい。したがって平均値が0Vである場合も、正の値である場合も、負の値である場合もあり得る。交流電位の周波数についても特に制限はないが、蛍光マーカーの発光/消光のスイッチングが追従できないほど交流電位の周波数が高くなると、式1または1’,2または2’における正負の電位印加時の蛍光強度差(スイッチング振幅)が小さくなるので、あまり高い周波数は好ましくない場合があり得る。一般的には、0.5Hz〜1kHz程度までが好ましい。
【0077】
(蛍光マーカー)
プローブ分子中における蛍光マーカーの数としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができるが、少なくとも一つであり、2以上であってもよい。プローブ分子中における蛍光マーカーの位置としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができるが、プローブ分子が線状である場合にはその末端等が挙げられ、プローブ分子がポリヌクレオチドである場合またはポリヌクレオチドを含む場合には、3’末端であってもよいし、5’末端であってもよい。
【0078】
蛍光マーカーは、ターゲット分子と結合する前のプローブ分子の一部として、共有結合により付加されていてもよく、あるいは、隣接する相補的結合の間に挿入(インタカレーション)されている例のようにヌクレオチド体等の中に含有されていてもよい。蛍光マーカーは、プローブ分子の先端の近傍に存在するように配置されるのが好ましい。
【0079】
蛍光マーカーは、基板電極と対向電極との間に交流電位が与えられた場合に蛍光信号を発し得るものであり、本発明の趣旨に反しないものであればどのようなものでもよい。蛍光マーカーとしては、例えば、蛍光色素、金属、量子ドット (直径数nmの半導体素材からなるナノクリスタル)等が好適に挙げられる。
【0080】
蛍光色素は、基板電極が金属である場合には、その金属と相互作用している間(例えば、金属の近傍に位置している間)は、吸収可能な波長の光が照射されても発光せず、金属と相互作用しなくなった時(例えば、金属とは離接している時)には、吸収可能な波長の光が照射されるとその光エネルギーにより発光可能であり、発光/消光部として特に好適に使用可能である。蛍光色素としては、特に制限はなく、目的に応じて公知のものの中から適宜選択することができるが、例えば、下記構造式で表される化合物等が好適に挙げられる。
【0081】
【化1】

このような蛍光マーカーとして好適に使用できるものの例を挙げると、Indocarbocyanine (C3) dye(商標Cy3)などがある。
【0082】
(信号強度と信号振幅)
図2のターゲット分子評価装置を用いて、得られる蛍光信号の挙動を観察した。図2は、基板4上の基板電極に蛍光マーカーの付いたプローブ分子1とターゲット分子7との組み合わせが結合しており、光照射部10によって励起された蛍光が蛍光検出部13によって検出される様子を示している。蛍光検出部13には、式1によって得られる信号強度と式2によって得られる信号振幅との少なくともいずれか一方を表示する信号表示装置14が付設されている。
【0083】
このような場合にあって、信号強度と信号振幅とは、下式1または1’,2または2’によって与えられる。
【0084】
信号強度=電位1印可時の蛍光強度−バックグラウンドの蛍光強度・・(1)
信号強度=電位1印可時の蛍光強度・・(1’)
信号振幅={(電位1印可時の蛍光強度−電位2印可時の蛍光強度)/(電位2印可時の蛍光強度−バックグラウンドの蛍光強度)}×100・・・(2)
信号振幅={(電位1印可時の蛍光強度−電位2印可時の蛍光強度)/(電位2印可時の蛍光強度)}×100・・・(2’)
ここで、プローブ分子を結合しない基板電極で得られる蛍光信号をバックグラウンドの蛍光強度とする。:「バックグラウンドの蛍光強度」と呼ぶのは、この蛍光が、プローブ分子に備えられた蛍光マーカーの電位印加による発光/消光とは無関係の要素と考えられるからである。
【0085】
また、電極上にプローブ分子のみを結合した状態で電位を与え、その電位を変化させた場合に最大の蛍光強度が得られる電位を電位1とする。これは、恐らく、プローブ分子がたとえば伸張して、蛍光マーカーの発光が電極の影響を最も受けにくくなった状態に対応するものと考えられる。この電位を採用すれば、プローブ分子とターゲット分子とが結合した状態においても、実質的に最大の蛍光強度が得られるものと考えられる。
【0086】
このようにして、電位1印可時の蛍光強度−バックグラウンドの蛍光強度または、電位1印可時の蛍光強度の値は、プローブ分子とターゲット分子とが結合したことに起因する最大発光時の蛍光強度を示すようになると考えられる。
【0087】
更に、電極上にプローブ分子のみを結合した状態で電位を与え、その電位を変化させた場合に最小の蛍光強度が得られる電位を電位2とする。これは、恐らく、プローブ分子がたとえば縮小して、蛍光マーカーの発光が電極の影響を最も受けるようになった状態に対応するものと考えられる。この電位を採用すれば、プローブ分子とターゲット分子とが結合した状態においても、実質的に最小の蛍光強度が得られるものと考えられる。
【0088】
このようにして、「電位1印可時の蛍光強度−電位2印可時の蛍光強度」は、プローブ分子とターゲット分子とが結合した場合における最大発光時の蛍光強度と最小発光時の蛍光強度との差を示し、したがってこの値を「電位2印可時の蛍光強度−バックグラウンドの蛍光強度」または「電位2印可時の蛍光強度」で除して100倍すれば、プローブ分子とターゲット分子とが結合したことに起因する最大発光時の蛍光強度に対する蛍光強度の割合すなわち振幅を示すようになると考えられる。
【0089】
電位1と電位2との差は交流電位の振幅に相当する。プローブ分子がマイナスに帯電している場合が多いので、電位1が負電位であり、電位2が正電位であることが多いが、そうでない場合もあり得る。本発明を実施する場合には、まず、電位1と電位2とを定め、その振幅を持つ交流電位を用いて評価を行うことになる。この場合、電位1と電位2とが保たれる時間が長くなる観点からは矩形波の交流電位を採用することが好ましい場合が多い。
【0090】
なお、上記において、「最小発光時」とは蛍光を「発光/消光」で表した場合における「消光」に該当すると考えることができる。このように蛍光が消光した場合にも幾分かの蛍光が観察されるのが一般的である。
【0091】
検討の結果、ターゲット分子の種類によって、信号振幅にのみその影響が現れ、信号強度に変化は現れない場合、信号強度にのみその影響が現れ、信号振幅には現われない場合、信号強度と信号振幅との両方にその影響が現れる場合等種々のケースが存在し、信号強度と信号振幅との少なくともいずれか一方を測定することによりターゲット分子を評価できることが判明した。
【0092】
信号振幅に変化が現れるのは、プローブ分子とターゲット分子とが結合したことにより、たとえばプローブ分子の伸張状態、または、立たせたり寝させたりする運動状態に何らかの変化が起こり、蛍光マーカーからの発光がその影響を受けたためではないかと考えられる。この影響には蛍光強度の増大も減少もあり得るが、たとえば、プローブ分子とターゲット分子との結合により、1本鎖DNAが2本鎖DNAになるのであれば、構造の剛直化により、立っている状態と寝ている状態の中間状態が消失し、立たせた状態と寝させた状態の2状態となるため、信号振幅は大きくなる方向に働くと考えられる。蛋白質がターゲット分子である場合は、プローブ分子に特異的に結合すると、たとえば実効的なストークス半径がより大きくなり、媒体である水分子からより強い抗力を受けるため、プローブ分子の運動がより困難になり(印加電位の変化に対する応答が悪くなる)、信号振幅がより小さくなると考えられる。一方、プローブ分子に非特異的に結合すると、たとえば実効的なストークス半径が大きくなり、信号振幅がより小さくなるが、特異結合の時ほどではなく、信号振幅の減少は少ないと考えられる。
【0093】
信号強度に変化が現れるのは、プローブ分子とターゲット分子とが特異的に結合したことにより、蛍光マーカーからの発光がターゲット分子に吸収され、クエンチングを受けたためではないかと考えられる。たとえば、蛋白質に含まれる芳香族アミノ酸が、蛍光マーカーの発光を吸収すると言うクエンチング効果が知られている。クエンチング効果は、プローブ分子とターゲット分子との間の距離に敏感であり(クエンチング効果は、1/r(ターゲット分子とプローブ分子の距離)に依存することが知られている)、特異結合、すなわち、互いに近接、または、接触しているときに強く現れ、非特異的に結合している場合、すなわち、ターゲット分子がプローブ分子の周りを取り囲んでいるだけのときは、互いに近接してなく信号強度に変化がないと考えられる。
【0094】
このように考えると、ターゲット分子がプローブ分子に特異的に結合した場合には信号強度の変化が観察され、ターゲット分子とプローブ分子とが、特異的結合に比べればより緩やかに結合し、したがって信号振幅には影響を及ぼすが、プローブ分子そのものの伸張、または、立たせたり寝させたりする運動にはそれほど影響しないために信号強度にはそれほど影響を及ぼさないのではないかとも考えられる。後述するように、事実そのような考えを裏付けるデータも得られた。
【0095】
ただし、上記はあくまでも推察であり、その正否は本発明の趣旨とは無関係である。すなわち、上記以外の挙動を示す場合も本発明の範疇に属し得る。
【実施例】
【0096】
次に本発明の実施例及び比較例を詳述するが、本発明はこれらによって限定されるものではない。
【0097】
[実施例1]
図2のターゲット分子評価装置を用いて、得られる蛍光信号の挙動を観察した。
なお、次の条件を採用した。
え 電極の構造:Au(200nm厚),Pt(80nm厚),Ti(10nm)の三層構造(表面がAu)、直径2mm
プローブ分子の構造:
5’-[Thiol C6]-TAG TCG TAA GCT GAT ATG GCT GAT TAG TCG GAA GCA TCG AAC GCT GAT TAA GTT CAT CTC GGT TGG TGT GGT TGG-3’と
5’-[Cy3]ATC AGC GTT CGA TGC TTC CGA CTA ATC AGC CAT ATC AGC TTA CGA CTA-3’と
の2重鎖
試料としては、夾雑蛋白質であるアルブミン(BSA)を含む水溶液(BSA液:BSA2重量%、50mMのNaCl,10mMのTris−HCl,pH7.4)と、この場合のターゲット分子であるトロンビンを含む水溶液(Tr液:50mMのNaCl,10mMのTris−HCl、pH7.4の緩衝溶液に、トロンビンの濃度が1nM、5nM、10nM、100nMとなるように調整した)と、洗浄用の緩衝液(50mMのNaCl、10mMのTris−HCl、pH7.4)とを準備した。これらの試料は、それぞれ、次に試料または洗浄液を流すまで連続的にターゲット分子評価装置に流し込んだ。
【0098】
得られた信号強度と信号振幅とを図3に示す。図3の上部に信号強度が、下部に信号振幅が示されている。それぞれの横軸は経過時間(秒)を示している。なお、使用されたバックグラウンドの蛍光強度は、560cpsである。
【0099】
図3にしたがって、まず、BSA2重量%を流したところ、信号振幅が大きく変化したが、信号強度には変化はなかった。
【0100】
ついで、洗浄用の緩衝液を流したところ、信号振幅の値は元に復した。これはBSA2がプローブ分子と弱く結合しており、緩衝液で容易に脱離洗浄されたためと思われる。
【0101】
次いで、1nMのトロンビン水溶液と洗浄用の緩衝液と5nMのトロンビン水溶液と洗浄用の緩衝液と10nMのトロンビン水溶液とを図3の順に流した。この結果、信号強度において、トロンビンの濃度が低い間ははっきりしなかった変化が、10nMのトロンビン水溶液になると明確に見出されることが判明した。なお、この間、信号振幅には変化はなかった。
【0102】
蛍光強度は、1nMのトロンビンを流し初めて3000秒から洗浄を終えた8500秒まで徐々に低下した。これは、トロンビンがプローブ分子に与えた影響ではなく、よく知られたフォトブリーチング(photo-bleaching)効果によるものではないかと考えられる。同様な現象が、洗浄開始後10500秒から洗浄を終えた13500秒まで見られている。
【0103】
更に、その後、100nMのトロンビン水溶液を流したところ、信号強度と共に信号振幅にも変化が生じた。この理由は定かでないが、恐らく、多くのプローブ分子に多くのターゲット分子が結合した結果、分子同士が込み合い、電位の変化に追従する運動が困難になったためではないかと思われる。
【0104】
いずれにせよ、本実施例により、プローブ分子とターゲット分子とが結合する場合には、信号強度と信号振幅とのいずれかに変化が見出されることが判明した。したがって、この変化を利用すればこれまでに説明した各種の評価が可能になるものと思われる。
【0105】
[実施例2]
予め、あるターゲット分子について、試料中の濃度と信号強度や、濃度と信号振幅との関係を調べグラフをプロットしておくと、未知の試料中の測定で信号強度と信号振幅から、ターゲット分子を検出することや、他の分子と比較判定することや、その定量、目的とするターゲット分子と夾雑物質との分離評価等が可能になる。
【0106】
実施例1のトロンビンの5nM,10nM,100nM溶液における信号強度のデータ(それぞれの溶液を流し初めてから7500秒、10500秒、15000秒後のデータ)を横軸にし、縦軸にトロンビン濃度をプロットした結果、図5のグラフが得られた。このグラフを使用すれば未知の濃度のトロンビン濃度を容易に求めることができるはずである。また、この場合、夾雑物があってもそれが信号強度に影響を及ぼさない物であれば、濃度測定の支障にはならないはずである。
【0107】
[実施例3]
予め、種々の分子について、その濃度と信号強度、信号振幅との関係を調べておくと、未知の試料中における、ターゲット分子を他の分子と比較判定することや、未知の試料中に含まれている分子の種類の判定、その定量、目的とするターゲット分子と夾雑物質との分離評価等が可能になる。
【0108】
これにより、たとえば、夾雑物を取り除かずに、生体試料に含まれる標的蛋白質を定量的に求めることも可能になる。
【0109】
なお、夾雑物質は洗浄で容易に除去できるので、そのような洗浄を実施した後、なんらかの方法、例えば、「500mMのNaCl、10mMのTris−HCl、pH7.4の緩衝溶液」、「50mMのNaCl、10mMのTris−HCl、pH8.5の緩衝溶液」などでターゲット分子とプローブ分子との結合を外せれば、ターゲット分子を単離することも可能である。
【0110】
また、種々の分子について、その濃度と信号強度、信号振幅との関係を調べておくと、あるターゲット分子の群や、特定の主要構造を有するターゲット分子については信号強度、信号振幅との関係に類似のパターンが示される場合もあり得る。そのような場合には、未知の試料中に含まれている分子の種類の具体的な判定には至らなくても、どのようなターゲット分子の群に属するかや、どのような特定の主要構造を有するかを推察することも可能になる。
【0111】
[実施例4]
図4の結果を用いて解離定数を求めた。図4における中段のチャートと下段ののチャートとは、図3の続きである。図4の上段には、電位1印可時の蛍光強度(上側)および電位2印可時の蛍光強度(下側)も示されている。
【0112】
測定された蛍光強度または蛍光振幅から反応速度定数を算出することで、乖離乗数Kを次の式から求めることができる。
【0113】
【数1】

反応速度定数(乖離速度定数と結合速度定数)の算出には、線形解析と非線形解析(同時解析、分割解析)のいずれを用いても良い。本実施例では、非線形解析 (分割解析)を用いた。即ち、乖離領域(図4)の蛍光強度、または、蛍光振幅の500秒から7500秒を次の式でフィッティングすることで乖離速度定数kdを算出する。
【0114】
【数2】

更に、上記で求めた乖離速度定数kdと結合領域(図3)の蛍光強度、または、蛍光振幅の13000秒から145000秒を次の式でフィッティングすることで結合速度定数kaを算出する。
【0115】
【数3】

(ここで、Cはトロンビン濃度を、Rは定数を意味する。)
これらの式を用いた結果、乖離乗数KD=5X10-9と求まった。
【0116】
実施例1から分かるように、この場合、アルブミンの存在はトロンビンに影響を与えないので、本例の評価はアルブミンの共存下でも行うことが可能である。
【0117】
なお、上記に開示した内容から、下記の付記に示した発明が導き出せる。
【0118】
(付記1) 基板上に設けられた基板電極と対向電極との間に交流電位を印加し、基板電極上に結合したプローブ分子に試料を接触させ、プローブ分子に備えられた蛍光マーカーから得られる蛍光信号の観察により、プローブ分子に結合した、試料中のターゲット分子を評価するターゲット分子の評価方法であって、
プローブ分子を結合しない基板電極で得られる蛍光信号をバックグラウンドの蛍光強度とし、
基板電極上にプローブ分子のみを結合した状態で電位を与え、その電位を変化させた場合に最大の蛍光強度が得られる電位を電位1とし、
基板電極上にプローブ分子のみを結合した状態で電位を与え、その電位を変化させた場合に最小の蛍光強度が得られる電位を電位2とした場合に、
式1または1’によって得られる信号強度と式2または2’によって得られる信号振幅との少なくともいずれか一方を測定することによりターゲット分子を評価する、ターゲット分子評価方法。
【0119】
信号強度=電位1印可時の蛍光強度−バックグラウンドの蛍光強度・・(1)
信号強度=電位1印可時の蛍光強度・・(1’)
信号振幅={(電位1印可時の蛍光強度−電位2印可時の蛍光強度)/(電位2印可時の蛍光強度−バックグラウンドの蛍光強度)}×100・・・(2)
信号振幅={(電位1印可時の蛍光強度−電位2印可時の蛍光強度)/(電位2印可時の蛍光強度)}×100・・・(2’)
【0120】
(付記2) プローブ分子に結合したターゲット分子が、プローブ分子に特異的に結合したターゲット分子を含む、付記1に記載のターゲット分子評価方法。
【0121】
(付記3) プローブ分子に結合したターゲット分子が、プローブ分子に非特異的に結合したターゲット分子を含む、付記1または2に記載のターゲット分子評価方法。
【0122】
(付記4) 評価が、プローブ分子に特異的に結合した相異なるターゲット分子間または、プローブ分子に特異的に結合したあるターゲット分子とプローブ分子に非特異的に結合したターゲット分子との間の判別を含む、付記1〜3のいずれかに記載のターゲット分子評価方法。
【0123】
(付記5) 前記プローブ分子に特異的に結合したあるターゲット分子とプローブ分子に非特異的に結合したターゲット分子との間の判別が、信号振幅の比較および信号強度の比較によるものである、付記4に記載のターゲット分子評価方法。
【0124】
(付記6) 前記評価が、試料中に含まれるターゲット分子の定量を含む、付記1〜5のいずれかに記載のターゲット分子評価方法。
【0125】
(付記7) 前記評価が、ターゲット分子とプローブ分子の結合定数を求めることを含む、付記1〜6のいずれかに記載のターゲット分子評価方法。
【0126】
(付記8) プローブ分子がプラスまたはマイナスに帯電し得る、付記1〜7のいずれかに記載のターゲット分子評価方法。
【0127】
(付記9) プローブ分子とターゲット分子との少なくとも一方が、蛋白質、DNA、RNA、抗体、天然または人工の1本鎖のヌクレオチド体、天然または人工の2本鎖のヌクレオチド体、アプタマー、抗体を蛋白質分解酵素で限定分解して得られる産物、蛋白質に対して親和性を有する有機化合物、蛋白質に対して親和性を有する生体高分子、これらの複合体、プラスまたはマイナスに帯電したイオン性ポリマーおよびそれらの任意の組み合わせよりなる群から選ばれた少なくとも一つの物質を含んでなる、付記1〜8のいずれかに記載のターゲット分子評価方法。
【0128】
(付記10) 前記プローブ分子として1本鎖DNAを用い、ターゲット分子として、1本鎖DNAに対する相補鎖DNAを用いる、付記9に記載のターゲット分子評価方法。
【0129】
(付記11) 前記プローブ分子として蛋白質に親和性を有する分子、ターゲット分子として蛋白質に親和性を有する分子に特異的に結合する蛋白質を用いる、付記9に記載のターゲット分子評価方法。
【0130】
(付記12) 基板上に設けられた基板電極と対向電極との間に交流電位を印加し、基板電極上に結合したプローブ分子に試料を接触させ、プローブ分子に備えられた蛍光マーカーから得られる蛍光信号の観察により、プローブ分子に結合した、試料中のターゲット分子を評価するためのターゲット分子評価装置であって、
プローブ分子を結合しない基板電極で得られる蛍光信号をバックグラウンドの蛍光強度とし、
電極上にプローブ分子のみを結合した状態で電位を与え、その電位を変化させた場合に最大の蛍光強度が得られる電位を電位1とし、
電極上にプローブ分子のみを結合した状態で電位を与え、その電位を変化させた場合に最小の蛍光強度が得られる電位を電位2とした場合に、
式1または1’によって得られる信号強度と式2または2’によって得られる信号振幅との少なくともいずれか一方を検出表示する信号検出表示部を有する、ターゲット分子評価装置。
【0131】
信号強度=電位1印可時の蛍光強度−バックグラウンドの蛍光強度・・(1)
信号強度=電位1印可時の蛍光強度・・(1’)
信号振幅={(電位1印可時の蛍光強度−電位2印可時の蛍光強度)/(電位2印可時の蛍光強度−バックグラウンドの蛍光強度)}×100・・・(2)
信号振幅={(電位1印可時の蛍光強度−電位2印可時の蛍光強度)/(電位2印可時の蛍光強度)}×100・・・(2’)
【0132】
(付記13) プローブ分子に結合したターゲット分子が、プローブ分子に特異的に結合したターゲット分子を含む、付記12に記載のターゲット分子評価装置。
【0133】
(付記14) プローブ分子に結合したターゲット分子が、プローブ分子に非特異的に結合したターゲット分子を含む、付記12または13に記載のターゲット分子評価装置。
【0134】
(付記15) 評価が、プローブ分子に特異的に結合した相異なるターゲット分子間または、プローブ分子に特異的に結合したあるターゲット分子とプローブ分子に非特異的に結合したターゲット分子との間の判別を含む、付記12〜14のいずれかに記載のターゲット分子評価装置。
【0135】
(付記16) 前記プローブ分子に特異的に結合したあるターゲット分子とプローブ分子に非特異的に結合したターゲット分子との間の判別が、信号振幅の比較および信号強度の比較によるものである、付記15に記載のターゲット分子評価装置。
【0136】
(付記17) 前記評価が、試料中に含まれるターゲット分子の定量を含む、付記12〜16のいずれかに記載のターゲット分子評価装置。
【0137】
(付記18) 前記評価が、ターゲット分子とプローブ分子の結合定数を求めることを含む、付記12〜17のいずれかに記載のターゲット分子評価装置。
【0138】
(付記19) プローブ分子がプラスまたはマイナスに帯電し得る、付記12〜18のいずれかに記載のターゲット分子評価装置。
【0139】
(付記20) プローブ分子とターゲット分子との少なくとも一方が、蛋白質、DNA、RNA、抗体、天然または人工の1本鎖のヌクレオチド体、天然または人工の2本鎖のヌクレオチド体、アプタマー、抗体を蛋白質分解酵素で限定分解して得られる産物、蛋白質に対して親和性を有する有機化合物、蛋白質に対して親和性を有する生体高分子、これらの複合体、プラスまたはマイナスに帯電したイオン性ポリマーおよびそれらの任意の組み合わせよりなる群から選ばれた少なくとも一つの物質を含んでなる、付記12〜19のいずれかに記載のターゲット分子評価装置。
【図面の簡単な説明】
【0140】
【図1】ターゲット分子の各部位の挙動を示す模式図である。
【図2】実施例で使用したターゲット分子評価装置の模式図である。
【図3】信号強度と信号振幅とを表すチャートである。
【図4】信号強度、信号振幅、電位1印可時の蛍光強度および電位2印可時の蛍光強度を表すチャートである。
【図5】信号強度とトロンビン濃度との関係を示すグラフである。
【符号の説明】
【0141】
1 プローブ分子
2 基板電極
3 蛍光マーカー
4 基板
5 感応部
6 評価対象結合部
7 ターゲット分子
8 対向電極
9 外部電場印加装置
10 光照射装置
11 光
12 蛍光
13 蛍光検出部
14 信号表示装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板上に設けられた基板電極と対向電極との間に交流電位を印加し、当該基板電極上に結合したプローブ分子に試料を接触させ、当該プローブ分子に備えられた蛍光マーカーから得られる蛍光信号の観察により、当該プローブ分子に結合した、試料中のターゲット分子を評価するターゲット分子の評価方法であって、
プローブ分子を結合しない基板電極で得られる蛍光信号をバックグラウンドの蛍光強度とし、
基板電極上にプローブ分子のみを結合した状態で電位を与え、その電位を変化させた場合に最大の蛍光強度が得られる電位を電位1とし、
基板電極上にプローブ分子のみを結合した状態で電位を与え、その電位を変化させた場合に最小の蛍光強度が得られる電位を電位2とした場合に、
式1または式1’によって得られる信号強度と式2または式2’によって得られる信号振幅との少なくともいずれか一方を測定することによりターゲット分子を評価する、ターゲット分子評価方法。
信号強度=電位1印可時の蛍光強度−バックグラウンドの蛍光強度・・(1)
信号強度=電位1印可時の蛍光強度・・(1’)
信号振幅={(電位1印可時の蛍光強度−電位2印可時の蛍光強度)/(電位2印可時の蛍光強度−バックグラウンドの蛍光強度)}×100・・・(2)
信号振幅={(電位1印可時の蛍光強度−電位2印可時の蛍光強度)/(電位2印可時の蛍光強度)}×100・・・(2’)
【請求項2】
前記評価が、前記試料中に含まれるターゲット分子の定量を含む、請求項1に記載のターゲット分子評価方法。
【請求項3】
前記評価が、前記ターゲット分子と前記プローブ分子の結合定数を求めることを含む、請求項1または2に記載のターゲット分子評価方法。
【請求項4】
前記プローブ分子がプラスまたはマイナスに帯電し得る、請求項1〜3のいずれかに記載のターゲット分子評価方法。
【請求項5】
前記プローブ分子と前記ターゲット分子との少なくとも一方が、蛋白質、DNA、RNA、抗体、天然または人工の1本鎖のヌクレオチド体、天然または人工の2本鎖のヌクレオチド体、アプタマー、抗体を蛋白質分解酵素で限定分解して得られる産物、蛋白質に対して親和性を有する有機化合物、蛋白質に対して親和性を有する生体高分子、これらの複合体、プラスまたはマイナスに帯電したイオン性ポリマーおよびそれらの任意の組み合わせよりなる群から選ばれた少なくとも一つの物質を含んでなる、請求項1〜4のいずれかに記載のターゲット分子評価方法。
【請求項6】
基板上に設けられた基板電極と対向電極との間に交流電位を印加し、当該基板電極上に結合したプローブ分子に試料を接触させ、当該プローブ分子に備えられた蛍光マーカーから得られる蛍光信号の観察により、当該プローブ分子に結合した、試料中のターゲット分子を評価するためのターゲット分子評価装置であって、
プローブ分子を結合しない基板電極で得られる蛍光信号をバックグラウンドの蛍光強度とし、
電極上にプローブ分子のみを結合した状態で電位を与え、その電位を変化させた場合に最大の蛍光強度が得られる電位を電位1とし、
電極上にプローブ分子のみを結合した状態で電位を与え、その電位を変化させた場合に最小の蛍光強度が得られる電位を電位2とした場合に、
式1または式1’によって得られる信号強度と式2または式2’によって得られる信号振幅との少なくともいずれか一方を検出表示する信号検出表示部を有する、ターゲット分子評価装置。
信号強度=電位1印可時の蛍光強度−バックグラウンドの蛍光強度・・(1)
信号強度=電位1印可時の蛍光強度・・(1’)
信号振幅={(電位1印可時の蛍光強度−電位2印可時の蛍光強度)/(電位2印可時の蛍光強度−バックグラウンドの蛍光強度)}×100・・・(2)
信号振幅={(電位1印可時の蛍光強度−電位2印可時の蛍光強度)/(電位2印可時の蛍光強度)}×100・・・(2’)
【請求項7】
前記評価が、前記試料中に含まれるターゲット分子の定量を含む、請求項6に記載のターゲット分子評価装置。
【請求項8】
前記評価が、前記ターゲット分子と前記プローブ分子の結合定数を求めることを含む、請求項6または7に記載のターゲット分子評価装置。
【請求項9】
前記プローブ分子がプラスまたはマイナスに帯電し得る、請求項6〜8のいずれかに記載のターゲット分子評価装置。
【請求項10】
前記プローブ分子と前記ターゲット分子との少なくとも一方が、蛋白質、DNA、RNA、抗体、天然または人工の1本鎖のヌクレオチド体、天然または人工の2本鎖のヌクレオチド体、アプタマー、抗体を蛋白質分解酵素で限定分解して得られる産物、蛋白質に対して親和性を有する有機化合物、蛋白質に対して親和性を有する生体高分子、これらの複合体、プラスまたはマイナスに帯電したイオン性ポリマーおよびそれらの任意の組み合わせよりなる群から選ばれた少なくとも一つの物質を含んでなる、請求項6〜9のいずれかに記載のターゲット分子評価装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2009−85636(P2009−85636A)
【公開日】平成21年4月23日(2009.4.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−252550(P2007−252550)
【出願日】平成19年9月27日(2007.9.27)
【出願人】(000005223)富士通株式会社 (25,993)
【Fターム(参考)】