説明

ターゲット及びそれを備えるターゲット装置

【課題】ブリスタリングが発生し難い肉厚であっても十分な強度を有するターゲット及びそれを備えるターゲット装置を提供する。
【解決手段】ターゲット装置5は、陽子線Lの照射を受けて中性子を発生する物質からなる、固体状で且つ板状のターゲット10と、陽子線Lが通過する真空領域を形成するフランジ付き短管13と、ターゲット10に対してフランジ付き短管13とは反対側に位置すると共にターゲット10に接する冷却板15とを備える。ターゲット10の周辺部10aは、フランジ付き短管13とる冷却板15とによって挟持されている。ターゲット10は、ターゲット10の周辺部10aよりも内側において、陽子線Lの照射側に向けて突出した部分10bを有している。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、陽子などの加速粒子の照射を受けて中性子を発生するターゲット及びそれを備えるターゲット装置に関する。
【背景技術】
【0002】
がん治療等において、放射線治療は高い評価を受けている。特に、中性子捕捉療法(NCT:Neutron Capture Therapy)は、原理的に細胞レベルの選択的な治療の可能性があり、注目されている。NCTでは、中性子を照射したときに飛程が短く高LET(Linear Energy Transfer)の重荷電粒子などを発生する安定同位元素を、あらかじめ治療すべきがん細胞に取り込ませておく。その後、中性子を照射し、重荷電粒子の飛散によってがん細胞だけを選択的に破壊する。NCTに用いられる安定同位元素は、中性子と反応して高LETの重荷電粒子を発生する10BやLiなどであり、中性子はこれらに対して大きな反応断面積を持つ低エネルギー中性子である。現在では、NCTとして、10B及び熱中性子や熱外中性子が用いられており硼素中性子捕捉療法(BNCT:Boron NCT)と呼ばれることもある。
【0003】
非特許文献1には、NCTなどに用いられる中性子を発生させる装置が開示されている。この装置では、タングステン製の基板上にリチウムなどからなるフィルム状のターゲットを形成し、そのターゲットに加速粒子を照射して中性子を発生させている。中性子を発生させる際に、ターゲット及び基板では、非常に大きいエネルギーレベルの加速粒子の照射を受けるため、温度の上昇を抑える必要がある。そのため、この装置では、基板に冷却水の流路(channels for cooling)となる溝を形成し、その溝内を流動する冷却水によってターゲットの冷却を行っていた。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】“Journal of Physics: Conference Series”, Institute ofPhysics Publishing, 2006, Vol.41, pp.460-465.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
基板の溝(冷却水の流路)をターゲットで塞ぎ、冷却水をターゲットに接するように流すと、ターゲットの排熱効果を高めることができる。しかしながら、ターゲットのうち加速粒子の照射を受ける側の面と、冷却水に接する側の面との間の温度差が非常に大きくなる。すなわち、ターゲットのうち加速粒子の照射を受ける側の面は加熱により膨張し、ターゲットのうち冷却水に接する側の面は冷却により収縮する。そのため、加速粒子の照射後、ターゲットに熱歪みが発生してしまう。
【0006】
このように、ターゲットの排熱効果を高めるために冷却水をターゲットに接するように流した場合、ターゲットに温度差による熱歪みが発生し、ターゲットの強度が低下してしまう。そのため、ターゲットの強度の更なる向上が望まれていた。
【0007】
そこで、本発明は、熱歪みによる強度低下が生じ難いターゲット及びそれを備えるターゲット装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明に係るターゲット装置は、加速粒子の照射を受けて中性子を発生する物質からなる、板状のターゲットと、ターゲットに対して加速粒子の照射側とは反対側に位置する、ターゲットの冷却部とを備え、ターゲットは、周辺部よりも内側において、加速粒子の照射側に向けて突出した部分を有していることを特徴とする。
【0009】
本発明に係るターゲット装置が備えるターゲットは、周辺部よりも内側において、加速粒子の照射側に向けて突出した部分を有している。つまり、ターゲットが、温度差による熱歪みによる変形量を予め考慮した形状とされている。そのため、ターゲットが、温度差による熱歪みの影響を受けたとしても、その熱歪みによる強度低下が生じ難い構造(応力緩和が図られた構造)となっている。その結果、熱歪みによる強度低下が生じ難いターゲットを得ることが可能となる。
【0010】
好ましくは、突出した部分は、周辺部よりも薄肉である。このようにすると、周辺部及びその近傍が相対的に(突出した部分と比較して)厚肉となることから、ターゲットをターゲット装置に取り付けるにあたり周辺部を利用することで、ターゲットをターゲット装置に対して強固に保持することができ、ターゲットの全体としての強度が高められる。
【0011】
好ましくは、突出した部分は、断面弧状である。このようにすると、熱歪みによるターゲットの強度低下が一層抑制される。
【0012】
好ましくは、ターゲットは、周辺部よりも内側において、突出した部分の頂部よりも加速粒子の照射側とは反対側に向けて突出した、前記ターゲットを冷却部に対して固定するための固定部を有している。このようにすると、固定部を利用することにより、ターゲットを冷却部に対して固定することができる。そのため、ターゲットをターゲット装置に対して強固に保持することができ、ターゲットの全体としての強度が高められる。
【0013】
好ましくは、周辺部は平板状部分を有し、当該平板状部分が前記冷却部に対して固定されている。このようにすると、ターゲットの周辺部をターゲット装置に取り付けやすくなる。
【0014】
一方、本発明に係るターゲットは、板状のターゲットであって、周辺部よりも内側において、厚み方向のうち一方の方向に突出した部分を有していることを特徴とする。
【0015】
本発明に係るターゲットは、周辺部よりも内側において、厚み方向のうち一方の方向に突出した部分を有していることから、ターゲットが、温度差による熱歪みによる変形量を予め考慮した形状とされている。そのため、ターゲットが、温度差による熱歪みの影響を受けたとしても、その熱歪みによる強度低下が生じ難い構造(応力緩和が図られた構造)となっている。その結果、熱歪みによる強度低下が生じ難いターゲットを得ることが可能となる。
【0016】
好ましくは、突出した部分は、周辺部よりも薄肉である。このようにすると、周辺部及びその近傍が相対的に(突出した部分と比較して)厚肉となることから、ターゲットをターゲット装置に取り付けるにあたり周辺部を利用することで、ターゲットをターゲット装置に対して強固に保持することができ、ターゲットの全体としての強度が高められる。
【0017】
好ましくは、突出した部分は、断面弧状である。このようにすると、熱歪みによるターゲットの強度低下が一層抑制される。
【0018】
好ましくは、周辺部よりも内側において、突出した部分の頂部よりも厚み方向のうち他方の方向に向けて突出した、他の部材に対して固定するための固定部を有している。このようにすると、固定部を利用することにより、ターゲットを、他の部材であるターゲット装置に対して固定することができる。そのため、ターゲットをターゲット装置に対して強固に保持することができ、ターゲットの全体としての強度が高められる。
【0019】
好ましくは、周辺部は平板状である。このようにすると、ターゲットの周辺部をターゲット装置に取り付けやすくなる。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、十分な強度を有するターゲット及びそれを備えるターゲット装置を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】図1は、本実施形態に係るターゲット装置を装着したBNCT装置を示す側面図である。
【図2】図2は、本実施形態に係るターゲット装置を示す断面図である。
【図3】図3は、図2のIII−III線断面図である。
【図4】図4は、図2のIV−IV線断面図である。
【図5】図5は、ターゲット装置に取り付けられたターゲットの上部を拡大して示す断面図である。
【図6】図6は、図2のターゲットを背面側から見たときの斜視図である。
【図7】図7は、本実施形態に係るターゲット装置の他の例を示す断面図である。
【図8】図8は、図7のターゲットを背面側から見たときの斜視図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
本発明に係るターゲット装置の好適な実施形態について、図面を参照して説明する。なお、説明において、同一要素又は同一機能を有する要素には同一符号を用いることとし、重複する説明は省略する。
【0023】
図1に示されるように、BNCT装置1は、中性子捕捉療法(NCT:Neutron Capture Therapy)によってがん治療等を行うための装置である。BNCT装置1は、患者が治療を受けるために座る治療台3と、サイクロトロンでつくられる高速の陽子(以下、「陽子線」という)L(図2参照)を受けて中性子を発生させるターゲット装置5と、ターゲット装置5で発生した中性子Nを減速させ、低エネルギーの中性子として患者に照射する中性子減速装置(「モデレータ」ともいう)7と、を備えている。陽子線Lは、加速粒子に相当する。
【0024】
図2〜図5に示されるように、ターゲット装置5は、サイクロトロンに繋がるように敷設されたビームダクト9の端部に、着脱自在に取り付けられている。ターゲット装置5は、陽子線Lの照射を受けて中性子Nを発生するターゲット10と、ターゲット10を保持するターゲットホルダー11とからなる。ターゲット10は、円板状に成形されており、ターゲットホルダー11は、ターゲット10を挟み付けて保持するフランジ付き短管13と冷却板(冷却部)15とを有する。
【0025】
フランジ付き短管13はビームダクト9に固定されている。フランジ付き短管13を通過した陽子線Lはターゲット10の一方の端面S1に照射される。ターゲット10は、陽子線Lの照射を受けると中性子を発生し、その中性子は、ターゲット10の背面S2、すなわち冷却板15に接する他方の端面側から放出される。ターゲット10の背面S2には、防蝕のための陽極酸化処理が施されている。
【0026】
冷却板15は銅(Cu)、アルミニウム合金またはグラファイトによって形成される。冷却板15には、ターゲット10に接する一方の端面15a側に冷却水Wが通過する複数の螺旋溝17(図4参照)が形成されている。さらに、冷却板15には、一方の端面15aの裏側、すなわち他方の端面15b側に、冷却水W(図5参照)を導入するための導入孔19と冷却水を排出するための排出孔21とが形成されている。
【0027】
螺旋溝17は、冷却板15の中央から外側に向けて螺旋(「平面曲線」、(「渦巻き線」ともいう)を描くように形成されている。螺旋溝17は、流路断面が略一様である。また、複数の螺旋溝17は、互いに交差することなく冷却板15の略中央で一つにまとまり、中央孔23を介して裏側の導入孔19に連通している。また、螺旋溝17の外側の端部は、貫通孔25を介して裏側の排出孔21に連通している。冷却水Wは、導入孔19内を通り、中央孔23を抜けて四本の螺旋溝17それぞれに分かれる。さらに、冷却水Wは、螺旋溝17の外側の端部から貫通孔25を通って合流し、裏側の排出孔21を通って排出される。
【0028】
隣接する一対の螺旋溝17は、カーブを描くように並んでいる。複数の螺旋溝17によって冷却溝26は形成され、各螺旋溝17は並行部に相当する。なお、本実施形態では、冷却溝26を複数の螺旋溝17によって形成するが、例えば、何重にも巻く一本の螺旋溝を冷却溝として形成してもよい。この場合、一本の螺旋溝の中で、内外に隣接して並んだ流路領域が、隣接する一対の並行部となる。また、冷却溝として左右に蛇行する一本の蛇行溝を形成してもよい。この場合、一本の蛇行溝の中で、隣接して並んだ上流側及び下流側の流路領域が、隣接する一対の並行部となる。
【0029】
冷却板15は、ターゲット10の形状に対応した略円形の本体部27と、本体部27を挟むようにして上下の対向位置に設けられた張出し部28,29とを有する。本体部27には、前述の螺旋溝17が形成されている。一対の張出し部28,29のうち、下側の張出し部28には、導入孔19に連通する導入孔31が形成されている。さらに、張出し部28は、両フランジ管32を介して、冷却水Wの導入のために敷設された上流管33に接続されている。また、上側の張出し部29には、排出孔21に連通する排出孔35が形成されている。張出し部29は、両フランジ管36を介して、冷却水Wの排出のために敷設された下流管37に接続されている。
【0030】
冷却板15の背面には、冷却板15の本体部27及び両張出し部28,29の形状に対応する形状の蓋部39がボルト留めされている。蓋部39は、導入孔19及び排出孔21を塞ぐように取り付けられており、導入孔19内に冷却水Wの導入路を形成し、排出孔21内に冷却水Wの排出路を形成する。なお、冷却板15と蓋部39とを一体成形するようにしてもよい。
【0031】
ターゲット10の周辺部10aは、平板状を呈しており、フランジ付き短管13と冷却板15とに挟まれている。一方、ターゲットの周辺部10aよりも内側の部分10bは、陽子線Lの照射側に向けて突出している(図2及び図6参照)。この内側の部分10b(突出した部分)は、その断面が弧状となっている。そのため、ターゲット10は、全体として板状体であるといえる。
【0032】
本実施形態では、ターゲット10の背面S2側における内側の部分10bの頂部と背面S2との距離H(図2参照)を0.5mmに設定している。そのため、厳密には、冷却板15の一方の端面15aとターゲット10との間に、僅かに隙間が生じることとなる(ただし、図面上では隙間を誇張して描いているため、図示された隙間と実際の寸法とは必ずしも一致していない。)。そして、この隙間を通じて、冷却水Wが異なる螺旋溝17に移ることも想定される。しかしながら、隙間を流れる冷却水Wの水量は螺旋溝17に沿って流れる冷却水Wの水量と比較してごく少量であるので、全ての螺旋溝17がターゲット10によって実質的に塞がれているといって差し支えない。
【0033】
図5に示されるように、ターゲット10の縁部には、外周に沿って等間隔になるように、複数の遊嵌孔(「クリアランスホール」、「貫通孔」または「挿通孔」ともいう)10cが形成されている。遊嵌孔10cは、ボルト(ボルト部)43の径よりも大きな内径を有する穴(挿通穴)であり、ボルト43が挿通可能であれば足りる。
【0034】
フランジ付き短管13の両端にはフランジ部41があり、一方のフランジ部41には、ターゲット10の遊嵌孔10cに対応して複数の遊嵌孔41aが形成されている。また、冷却板15には、ターゲット10の遊嵌孔10cに対応して複数のねじ穴15dが形成されている。フランジ部41の遊嵌孔41aから差し込まれたボルト43は、ターゲット10の遊嵌孔10cを挿通し、冷却板15のねじ穴15dに螺合する。複数のボルト43の締め付けにより、フランジ部41はターゲット10を冷却板15側に押圧し、ターゲット10は、フランジ部41と冷却板15との間で、挟み付けられた状態で固定される。ボルト43及びねじ穴15dによって締結部44が構成される。なお、フランジ部41には、フランジ付き短管13内を気密するシール材45を装着するための環状溝47が形成されている。また、冷却板15には、冷却水Wの漏洩を防止するために気密するシール材49を装着するための環状溝51が形成されている。
【0035】
ターゲット10はベリリウム(Be)からなり、2(mA)、30(MeV)の陽子線Lの照射を受けると60kW程度の排熱が必要となり、効率よく排熱できなければ溶けてしまう虞がある。本実施形態に係るターゲット10は、冷却板15のすべての螺旋溝17を実質的に塞ぐように配置され、螺旋溝17内に冷却水Wの流路を形成するようになっているので、ターゲット10に接するように冷却水Wの流路が形成される。その結果として、ターゲット10を冷却水Wによって直接冷却できるようになり、ターゲット10の排熱効率を向上できる。
【0036】
陽子線Lをターゲット10に照射する際には、予めビームダクト9及びフランジ付き短管13内の空気は除去され、真空領域V(図2参照)が形成される。本実施形態では、フランジ付き短管13と冷却板15とは、ターゲット10を挟むようにして配置されているため、フランジ付き短管13内の真空領域Vと冷却板15に形成された冷却水Wの流路とはターゲット10によって完全に縁切りされている。従って、フランジ付き短管13内に冷却水Wが漏れてしまうことはなく、真空領域Vでの真空度の低下を防止できる。
【0037】
また、ターゲット10は、陽子線Lの照射によって高温になるため熱膨張する。特にターゲット10は板状であるため、広がる方向への膨張の方が、ターゲット10の板厚が厚くなる方向への膨張よりも大きい。本実施形態では、ボルト43の締め付けによってターゲット10を固定しているが、ボルト43はターゲット10の遊嵌孔10cに通されているだけであり、ボルト43と遊嵌孔10cの内面との間には僅かな隙間(クリアランス)がある。そして、ターゲット10が熱膨張によって広がっても、この隙間で吸収されてしまうため、ターゲット10のズレに伴う真空度の低下や冷却水Wの漏れを防止できる。
【0038】
また、陽子線Lの照射によって、ターゲット10のうち陽子線Lの照射を受ける側の面(端面S1)は加熱により膨張し、ターゲット10のうち冷却水Wに接する側の面(背面S2)は冷却により収縮する。そのため、陽子線Lの照射後、ターゲット10に熱歪みが発生する。さらに、冷却水Wの沸騰を防止するために、冷却水Wは7kPa程度の高圧状態(すなわち、沸点が上昇された状態)で流路内を循環する。そのため、ターゲット10には、冷却側(背面S2側)から陽子線Lの照射側(端面S1側)に向けて大きな圧力(水圧)がかかっている。
【0039】
ここで、本実施形態においては、ターゲット10の内側の部分10bが陽子線Lの照射側に向けて突出している。つまり、ターゲット10が、予め、(i)温度差による熱歪み及び(ii)水圧による荷重による変形量を考慮した形となっている。そのため、ターゲット10が温度差による熱歪みの影響を受けたとしても、その熱歪みによる強度低下が生じ難い構造(応力緩和が図られた構造)となっている。また、平板状のターゲットと比較して、ターゲット10が、冷却水の水圧に対する耐圧性に優れた構造となっている。その結果、ターゲット10を厚肉とせずとも十分な強度を得ることが可能となり、それに伴い、加速粒子がターゲット10内に留まり、ターゲット10内で水素を生じるブリスタリング(blistering:気泡形成)と呼ばれる現象も発生し難くなっている。
【0040】
図1に示されるように、中性子減速装置7には、ターゲット装置5を受け入れるために開放された円筒状のターゲット収容部7aが設けられている。中性子減速装置7は、前後方向に移動可能であり、ビームダクト9に固定されたターゲット装置5をターゲット収容部7a内に収容する。中性子減速装置7は、ターゲット装置5を冷却板15側から受け入れる。冷却板15の螺旋溝17に冷却水Wを導入、排出するための流路は、冷却板15に形成された導入孔19及び排出孔21によって形成されている。従って、冷却板15の周りには、冷却水Wの導入用または排出用の配管は無く、障害物は少ない。中性子減速装置7が移動してターゲット装置5をターゲット収容部7a内に受け入れる際には、障害物が無い分、ターゲット10を中性子減速装置7に近づけることができる。その結果として、ターゲット10から発生した中性子を中性子減速装置7で減速させて低エネルギーの中性子として患者に照射する際のロスが低減する。
【0041】
ターゲット10に照射する陽子線Lは30(MeV)程度のエネルギーレベルである。陽子線Lは、ターゲット10内に留まると、水素(H)ガスに変換され、ブリスタリングという現象を引き起こす。しかしながら、ターゲット10の板厚Dは、必要な中性子発生量を損なうことなく陽子線Lが透過可能な厚さであるため、ターゲット10内でのブリスタリングの発生は抑えられる。陽子線Lが透過可能な厚さは、ターゲット10の材質、照射される陽子線Lのエネルギーレベルによって異なるが、本実施形態での陽子線Lは、その飛程距離である5.8(mm)以下の板厚であれば透過可能である。飛程距離は、±0.3mm程度のばらつきがあるため、このばらつきを考慮すると、本実施形態での陽子線Lの透過可能な厚さは、ばらつき範囲内の下限値以下、すなわち、5.8−0.3=5.5(mm)以下となる。一方で、ターゲット10の板厚Dが薄くなればなるほど、中性子発生に伴うエネルギーロスが大きくなる。そこで、本実施形態では、ターゲット10の板厚Dとして5.5mmを採用した。ターゲット10の板厚Dを5.5mmとすることで、3%程度のロスが生じる。これは、例えば、20分程度の正規の治療時間に対して3%程度のロス、すなわち0.6分程度の僅かな治療時間の延長に相当し、微差であると判断できる。
【0042】
ターゲット10を透過した陽子は、主として螺旋溝17内を通過する冷却水Wによって捕捉される。冷却水Wに陽子線Lが捕捉されても、ブリスタリングという現象は生じない。従って、ターゲット10を透過した陽子線Lが、今度は他の金属部材などにブリスタリングを生じさせるという問題も引き起こし難い。その結果として、ターゲット10を陽子の透過可能な厚さ以下に抑え易くなり、ターゲット10内のブリスタリングの発生を低減できる。
【0043】
以上、本発明をその実施形態に基づき具体的に説明したが、本発明は、上記実施形態に限定されるものではない。
【0044】
ターゲット10としてはベリリウム(Be)に限定されず、タンタル(Ta)などを用いることもできる。また、ターゲット10の透過可能な厚さは、ターゲット10に用いる材質や照射する加速粒子のエネルギーによって異なり、適宜に選択することができる。例えば、タンタル(Ta)からなるターゲット10の場合には、30(MeV)程度のエネルギーレベルの陽子線Lを照射する場合には、透過可能な厚さは1.2(mm)となる。
【0045】
また、ターゲット10の内側の部分10bの頂部及びその近傍の厚みを、周辺部10aよりも薄くしてもよい。この場合、頂部及びその近傍は相対的に(周辺部10aと比較して)薄肉となることから、ターゲット10の排熱効果が高められると共に、ブリスタリングが発生し難くなる。一方、周辺部10a及びその近傍は相対的に(頂部と比較して)厚肉となることから、フランジ付き短管13と冷却板15とによって強固に保持でき、ターゲット10の全体としての強度が高められる。
【0046】
また、本実施形態ではターゲット10の内側の部分10bを、断面弧状としたが、ターゲット10は温度差による熱歪みを予め考慮した形状であればよく、ターゲット10に温度差が作用した場合にターゲット10の材料の降伏点以下となるような形状であればよい。なお、ターゲット10を、水圧の荷重による変形量をも予め考慮した形状としてもよい。
【0047】
また、ターゲット10を、図7及び図8に示されるような形状とすることもできる。具体的には、図7及び図8に示されるターゲット10は、図2及び図6に示されるターゲット10の頂部を背面S2側に向けて押し出した形状となっている。すなわち、このターゲット10は、周辺部10aよりも内側の部分10bが上面から見て円形であり、側面から見ると2つの頂点をもって陽子線Lの照射側に向けて突出している。また、内側の部分10bの中心部C1においても、冷却板15に固定される構造になっている。すなわち、このターゲット10は2つの断面弧状を呈しており、周辺部10aと、周辺部10aに囲まれた部分C1(陽子線Lの照射側とは反対側に向けて突出した部分)とによって冷却板15に固定されている。
【0048】
このようにすると、中心部C1が冷却板15に近接することとなるので、中心部C1と冷却板15とを接続(例えば、ボルト等の機械的手段にて固定)することによって、ターゲット10を冷却板15に対して確実に取り付けることができるようになる。つまり、中心部C1が、ターゲット10を冷却板15に対して固定するための固定部となる。そのため、ターゲット10をターゲット装置1に対して強固に保持することができ、ターゲット10の全体としての強度を高めることができる。なお、図7及び図8においては、ターゲット10は厚み方向から見て円形であったが、ターゲット10が取り付けられるターゲット装置1に応じて、円形以外の他の形状としてもよい。また、固定部は、周辺部10aよりも内側において、陽子線Lの照射側に向けて突出している部分の頂部よりもその反対側に向けて突出していればよい。そのため、図7及び図8のように、固定部がターゲット10の中心に位置している必要はなく、数箇所に固定部を設けたり、直線状に固定部を形成してもよい。
【0049】
また、本実施形態では、円板状のターゲット10を用いたが、板状であれば、ターゲット10を四角形状等の他の形状としてもよい。
【符号の説明】
【0050】
10…ターゲット、10a…周辺部、10b…内側の部分、10c…ターゲットに形成された遊嵌孔、15…冷却板(冷却部)、15d…冷却板に形成されたねじ穴、17…螺旋溝、19…導入孔、21…排出孔、39…蓋部、43…ボルト(ボルト部)、44…締結部、L…陽子線(加速粒子)、D…ターゲットの板厚、V…真空領域、W…冷却水。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
加速粒子の照射を受けて中性子を発生する物質からなる、板状のターゲットと、
前記ターゲットに対して前記加速粒子の照射側とは反対側に位置する、前記ターゲットの冷却部とを備え、
前記ターゲットは、周辺部よりも内側において、前記加速粒子の照射側に向けて突出した部分を有していることを特徴とするターゲット装置。
【請求項2】
前記突出した部分は、前記周辺部よりも薄肉であることを特徴とする、請求項1に記載されたターゲット装置。
【請求項3】
前記突出した部分は、断面弧状であることを特徴とする、請求項1又は2に記載されたターゲット装置。
【請求項4】
前記ターゲットは、前記周辺部よりも内側において、前記突出した部分の頂部よりも前記加速粒子の照射側とは反対側に向けて突出した、前記ターゲットを前記冷却部に対して固定するための固定部を有していることを特徴とする、請求項1又は2に記載されたターゲット装置。
【請求項5】
前記周辺部は平板状部分を有し、当該平板状部分が前記冷却部に対して固定されていることを特徴とする、請求項1〜4のいずれか一項に記載されたターゲット装置。
【請求項6】
板状のターゲットであって、
周辺部よりも内側において、厚み方向のうち一方の方向に突出した部分を有していることを特徴とするターゲット。
【請求項7】
前記突出した部分は、前記周辺部よりも薄肉であることを特徴とする、請求項6に記載されたターゲット。
【請求項8】
前記突出した部分は、断面弧状であることを特徴とする、請求項6又は7に記載されたターゲット。
【請求項9】
前記周辺部よりも内側において、前記突出した部分の頂部よりも前記厚み方向のうち他方の方向に向けて突出した、他の部材に対して固定するための固定部を有していることを特徴とする、請求項6又は7に記載されたターゲット。
【請求項10】
前記周辺部は平板状部分を有することを特徴とする、請求項6〜9のいずれか一項に記載されたターゲット。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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