説明

テトラシアノボレート化合物の製造方法

【課題】効率よくテトラシアノボレート化合物(VI)を得る製造方法の提供。
【解決手段】ホウ素化合物(例えば:三塩化ホウ素)と、ハロゲン化物イオンを対アニオンとするアンモニウム誘導体とをキシロール中混合し、次いで、トリアルキルシリルシアニドを添加して反応させ、過酸化水素で処理後酢酸ブチルで抽出し、酢酸ブチルを留去することにより式(VI)における[Kt]m+がアンモニウムカチオンでm=1であるテトラシアノボレート化合物を得る。


(式中、[Kt]m+は、有機カチオン又は無機カチオンを表し、mは1〜3の整数を表す)

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、テトラシアノボレート化合物の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、テトラシアノボレート(TCB:[B(CN)4-)をアニオン成分として含むイオン性化合物が知られている。これまで、TCBを含む化合物の合成法としては、LiCl等のリチウムハロゲン化物の存在下で、ホウ素を含有する化合物とアルカリ金属シアン化物とを反応させる方法(特許文献1)、LiBF4やBF3・OEt2等のホウ素化合物とトリメチルシリルシアニドとを反応させる方法(非特許文献1、2)等が提案されている。また、これらの方法の他に、ホウ素化合物と、特定の金属(Zn2+、Ga3+、Pd2+、Sn2+、Hg2+、Rh2+、Cu2+およびPb+など)を有するシアン化物やシアン化アンモニウム系化合物と反応させる方法、アミンまたはアンモニウム塩の存在下で、トリメチルシリルシアニドとホウ素化合物とを反応させる方法、アミンの存在下で、シアン化水素とホウ素化合物とを反応させる方法(特許文献2)なども提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特表2006−517546号公報
【特許文献2】国際公開第2010/021391号パンフレット
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】R.A.Andersenら(他4名)、JACS, 2000, 122, p7735-7741
【非特許文献2】H.Willnerら(他2名)、Z.Anorg,Allg.Chem. ,2003, 629, p1229-1234
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、アルカリ金属シアン化物は、ホウ素化合物との反応性が低いため、300℃近い高温条件下で反応を行う必要があり、当該反応条件に対応可能な高耐久の設備を導入するための設備コストがかかる、不純物が生成し易いなどの問題があった。また、トリメチルシリルシアニドは反応性が高く取り扱いが難しい。さらに、生成物の収率が低い、テトラシアノボレートとトリメチルシランとの塩は不安定で加熱により分解し易い、といった問題があった。また、これらの問題を解決したといわれる特許文献2に記載の方法でも、反応に長時間を要したり、反応を促進するために高価なトリメチルシリルシアニドを過剰量使用しなければならないといった問題があり、また、副生成物の生成を抑制し選択的にテトラシアノボレートを製造する方法の提供も望まれていた。
【0006】
本発明は上記の様な事情に着目してなされたものであって、その目的は、効率よくテトラシアノボレート化合物を得ることのできる製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決した本発明の製造方法とは、ホウ素化合物と、ハロゲン化物イオンを対アニオンとするアンモニウム塩とを混合し、次いで、この混合物に、トリアルキルシリルシアニドを添加する点に特徴を有する。
【0008】
ホウ素化合物とハロゲン化物イオンを対アニオンとするアンモニウム塩の混合物に対してトリアルキルシリルシアニドを添加することで、副生成物の生成を抑え、選択的にテトラシアノボレート化合物を得ることができる。また、従来のテトラシアノボレートの製法では、ホウ素化合物に対してトリアルキルシリルシアニドを過剰に用いる必要があったが、ハロゲン化物イオンを対アニオンとするアンモニウム塩を採用する本発明によれば、従来よりも少ないトリアルキルシリルシアニド量であっても、反応が進行し、効率よく、テトラシアノボレートを得ることができる。
【0009】
上記製造方法においては、トリアルキルシリルシアニドを分割して上記混合物に添加するのが好ましく、また、トリアルキルシリルシアニドを上記混合物へ連続的に添加することも本発明の推奨される実施態様である。
本発明においては、上記ハロゲン化物イオンを対アニオンとするアンモニウム塩は臭化物塩又はヨウ化物塩であるのが好ましい。また、上記アンモニウム塩を構成するアンモニウムはテトラアルキルアンモニウム又はトリアルキルアンモニウムであるのが好ましい。
さらに、上記製造方法で得られたテトラシアノボレート化合物と、アルカリ金属またはアルカリ土類金属のイオン性物質とを反応させる工程を含むことは、本発明の推奨される実施態様である。
【0010】
なお、本明細書においては、テトラシアノボレート:[B(CN)4-をアニオンとするイオン性化合物を総称する語として「テトラシアノボレート化合物」を使用する。
【発明の効果】
【0011】
本発明の製造方法によれば、効率よくテトラシアノボレート化合物を製造することができる。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明者らは、前記課題を解決するために鋭意研究を重ねた結果、ホウ素化合物と、ハロゲン化物イオンを対アニオンとするアンモニウム塩とを混合し、次いで、トリアルキルシリルシアニドを添加することで、副生成物の生成が抑制され、効率よくテトラシアノボレート化合物が得られることを見出し、本発明を完成した。
【0013】
上記製造方法を採用することで、副生成物の生成が抑制され、効率よくテトラシアノボレート化合物が得られる理由について、本発明者らは次のように考えている。
出発原料であるアンモニウム塩の中には反応溶媒への溶解性が低いものが存在し、一方、ホウ素化合物には反応性の高いものが含まれる。したがって、上記出発原料を一度に混合した場合には、アンモニウム塩が関与することなく、ホウ素化合物とトリアルキルシリルシアニドとの反応が先行して生じ、その結果、テトラシアノボレート化合物が得られ難くなるものと考えている。
【0014】
しかしながら、ホウ素化合物とアンモニウム塩とを予め混合し、既に、アンモニウムカチオン等が存在している反応系内へトリアルキルシリルシアニドを添加することで、アンモニウムカチオン存在下で効率よく反応を行うことができる。また、例えば、BCl3のように沸点の低いホウ素化合物を用いる場合においても、アンモニウム塩とホウ素化合物が先に反応して錯形成することで、ホウ素化合物の沸点より高温でのシアノ化反応が可能になるなどの利点もある。
【0015】
出発原料であるトリアルキルシリルシアニドの添加態様は特に限定されず、ホウ素化合物とハロゲン化物イオンを対アニオンとするアンモニウム塩との混合物に添加するものであればいずれも採用することができる。したがって、トリアルキルシリルシアニドの全量を一括で上記混合物へと添加してもよく、トリアルキルシリルシアニドを連続的に上記混合物へと添加してもよく、また、トリアルキルシリルシアニドを2回以上の複数回に分割して上記混合物へと添加してもよい。トリアルキルシリルシアニドを分割して混合物へと添加する態様としては、トリアルキルシリルシアニドを複数回に分けて混合物へ添加する態様;トリアルキルシリルシアニドを連続的に混合物へ添加する態様;これらを組み合わせた態様が挙げられる。なお、テトラシアノボレートを選択的に生成させる観点からは、トリアルキルシリルシアニドを分割して上記混合物に添加するのが好ましく、トリアルキルシリルシアニドを上記混合物に連続的に添加(例えば、滴下やフィードポンプ等による連続的添加)する態様がより好ましい。
【0016】
トリアルキルシリルシアニドを分割して添加、または連続的に添加する場合、最初の添加から最後の添加までの時間は0.1時間〜15時間とするのが好ましい。より好ましくは0.5時間〜10時間であり、さらに好ましくは1時間〜5時間である。
【0017】
本発明法においては、アンモニウム塩とホウ素化合物との混合態様は特に限定されない。なお、アンモニウム塩は有機溶媒への溶解度が低い場合があるので、反応溶媒を用いる場合は、予め反応溶媒とアンモニウム塩とを混合した後、この混合溶液に、ホウ素化合物を添加するのが好ましい。
【0018】
また、このとき、混合溶液を加熱してもよい。好ましい温度は20℃〜200℃(より好ましくは40℃〜150℃、さらに好ましくは60℃〜120℃)である。
【0019】
<アンモニウム塩>
次に、アンモニウム塩について説明する。本発明で出発原料として採用するアンモニウム塩は、ハロゲン化物イオン(F-、Cl-、Br-、I-)を対アニオンとする。上記ハロゲン化物イオンの中でも、臭化物イオン(Br-)又はヨウ化物イオン(I-)が対アニオンであるアンモニウム塩を使用する場合には、反応時間を一層短縮でき、さらに、収率も大幅に向上できるので好ましい。
【0020】
臭化物イオン又はヨウ化物イオンを対アニオンとするアンモニウム塩を使用することで、反応時間が短くても、収率よくテトラシアノボレート化合物が得られる理由について、本発明者らは以下のように考えている。
【0021】
まず、臭化物イオンまたはヨウ化物イオンを対アニオンとするアンモニウム塩は、塩化物イオンを対アニオンとするものに比べて溶媒に対する溶解度が高いため、反応速度が増し、その結果、短い反応時間でも速やかに反応が進行するものと考えられる。また、臭化物イオンやヨウ化物イオンのイオン半径は塩化物イオンに比べて大きいため、アニオン(Br-、I-)と、カチオンであるアンモニウムとの間に働く相互作用が塩化物イオンの場合に比べて小さく、反応系内では臭化物イオンやヨウ化物イオンの方がアニオンとして安定に存在する。したがって、アンモニウムイオンとホウ素化合物を混合した際に、アンモニウム塩を対カチオンとするボレート化合物(例えばR4NBBr4、R4NBIやR4NBCl3Br等、Rは下記一般式(II)〜(IV)におけるR1〜R12と同様である)を形成し易く、続くシアノ化反応も効率よく進行するものと考えられる。
【0022】
一方、アンモニウムカチオンとしては、下記構造式(I)で表されるものが好ましい。
【0023】
【化1】

【0024】
上記一般式(I)で表されるアンモニウムカチオンにおいて、N−R間の結合は、飽和結合及び/または不飽和結合であって、sはNに結合するRの個数を表し、s=4−(Nに結合する二重結合の数)で表され、3〜4の整数を示し、Rは、互いに独立して、水素原子、フッ素原子、又は、有機基を示し、さらに、2以上のRは結合していてもよい。
【0025】
なお、上記「有機基」とは、炭素原子を少なくとも1個有する基を意味する。この「炭素原子を少なくとも1個有する基」は、炭素原子を少なくとも1個有してさえいればよく、また、ハロゲン原子やヘテロ原子などの他の原子や、置換基などを有していてもよい。置換基としては、例えば、アミノ基、イミノ基、アミド基、エーテル結合を有する基、チオエーテル結合を有する基、エステル基、ヒドロキシル基、アルコキシ基、カルボキシル基、カルバモイル基、シアノ基、ジスルフィド基、ニトロ基、ニトロソ基、スルホン酸基などが挙げられる。
【0026】
上記有機基Rを有するアンモニウムとしては、下記一般式(II)〜(IV)で表される構造を有するものが好ましいものとして挙げられる。
【0027】
(II)s=3であり、3つのRのうちいずれか2つのRが結合して環を形成している、下記一般式で表される9種類のアンモニウム系化合物誘導体;
【0028】
【化2】

【0029】
(III)s=4であり、4つのRのうちいずれか2つのRが結合して環を形成している
、下記一般式で表される4種類のアンモニウム系化合物誘導体;
【0030】
【化3】

【0031】
(IV)s=4であり、4つのRが互いに結合していない、下記一般式で表されるアルキルアンモニウム誘導体。
【0032】
【化4】

【0033】
上記アルキルアンモニウム誘導体を構成するR1〜R4は、互いに独立して、水素原子若しくは有機基である。
【0034】
上記(II)〜(IV)に示す一般式で表される誘導体において、R1〜R12は、互いに独立して、水素原子、フッ素原子、または、有機基を示し、これらは2以上が互いに結合していてもよい。上記R1〜R12は、水素原子、フッ素原子、または、有機基であり、有機基としては、アミノ基、イミノ基、アミド基、エーテル基、エステル基、ヒドロキシル基、カルボキシル基、カルバモイル基、シアノ基、スルホン基、スルフィド基や、窒素原子、酸素原子、硫黄原子等を含んでもよい直鎖、分岐鎖又は環状の炭素数1〜18の飽和又は不飽和炭化水素基、炭化フッ素基等が好ましく、R1〜R12は、水素原子、フッ素原子、シアノ基、スルホン基、炭素数1〜8のアルキル基であるのがより好ましい。
【0035】
例えば、上記(IV)のアルキルアンモニウム誘導体としては、テトラメチルアンモニウム、テトラエチルアンモニウム、テトラプロピルアンモニウム、テトラブチルアンモニウム、テトラペンチルアンモニウム、テトラヘキシルアンモニウム、テトラヘプチルアンモニウム、テトラオクチルアンモニウム、トリエチルメチルアンモニウム、メトキシエチルジエチルメチルアンモニウム、トリメチルフェニルアンモニウム、ベンジルトリメチルアンモニウム、ベンジルトリブチルアンモニウム、ベンジルトリエチルアンモニウム、ジメチルジステアリルアンモニウム、ジアリルジメチルアンモニウム、2−メトキシエトキシメチルトリメチルアンモニウム、テトラキス(ペンタフルオロエチル)アンモニウム、N−メトキシトリメチルアンモニウム、N−エトキシトリメチルアンモニウム、N−プロポキシトリメチルアンモニウム等の第4級アンモニウム類;トリメチルアンモニウム、トリエチルアンモニウム、トリブチルアンモニウム、ジエチルメチルアンモニウム、ジメチルエチルアンモニウム、ジブチルメチルアンモニウム等の第3級アンモニウム類;ジメチルアンモニウム、ジエチルアンモニウム、ジブチルアンモニウム等の第2級アンモニウム類;メチルアンモニウム、エチルアンモニウム、ブチルアンモニウム、ヘキシルアンモニウム、オクチルアンモニウム第1級アンモニウム類;及びNH4等;のアンモニウム化合物等が挙げられる。
【0036】
上記一般式(II)〜(IV)で表されるアンモニウムカチオンの中でも、第3級アンモニウム又は第4級アンモニウムをカチオンとするものが好ましく、具体的には、カチオンとして下記5種類の一般式で表される化合物よりなる群から選ばれる1種以上のものが好ましい。
【0037】
【化5】

【0038】
具体的なアンモニウムカチオンとしては、アンモニウム;トリエチルアンモニウム、トリブチルアンモニウム、ジエチルメチルアンモニウム、ジブチルメチルアンモニウム等のトリアルキルアンモニウム類;テトラメチルアンモニウム、テトラエチルアンモニウム、テトラブチルアンモニウム、トリエチルメチルアンモニウム等のテトラアルキルアンモニウム類;ジアザビシクロオクタンのプロトン付加体;イミダゾリウム、メチルイミダゾリウム、エチルメチルイミダゾリウム、ピリジニウム、メチルピリジニウム;等が挙げられる。これらの中でもトリエチルアンモニウム、トリブチルアンモニウム、トリエチルメチルアンモニウム、テトラメチルアンモニウム、テトラエチルアンモニウム、テトラブチルアンモニウム、ジアザビシクロオクタンのプロトン付加体、エチルメチルイミダゾリウムが好ましく、トリエチルメチルアンモニウム、テトラメチルアンモニウム、テトラエチルアンモニウム、エチルメチルイミダゾリウムがより好ましく、トリエチルアンモニウム、トリブチルアンモニウム等の炭素数1〜4のトリアルキルアンモニウム、トリエチルメチルアンモニウム、テトラメチルアンモニウム、テトラエチルアンモニウム等の炭素数1〜4のテトラアルキルアンモニウムがさらに好ましい。なお、後述するカチオン交換反応を速やかに進行させる観点からは、トリアルキルアンモニウムなどの第3級アンモニウムが特に好ましい。
【0039】
本発明に係るアンモニウム塩には、上述のハロゲン化物イオンと、アンモニウムカチオンとの組み合わせからなるものは全て含まれるが、特に好ましいアンモニウム塩としては、ハロゲン化トリアルキルアンモニウム塩、ハロゲン化テトラアルキルアンモニウム塩が挙げられ、具体的に、ハロゲン化トリアルキルアンモニウム塩としては、トリエチルアンモニウムブロマイド、トリエチルアンモニウムヨーダイド、トリブチルアンモニウムブロマイド、トリブチルアンモニウムヨーダイドが好ましく、ハロゲン化テトラアルキルアンモニウム塩としては、テトラブチルアンモニウムブロマイド、テトラブチルアンモニウムヨーダイド、トリエチルメチルアンモニウムブロマイド、トリエチルメチルアンモニウムヨーダイド、テトラエチルアンモニウムブロマイド、テトラエチルアンモニウムヨーダイドが好ましい。さらに一層好ましいアンモニウム塩としては、トリエチルアンモニウムブロマイド、トリエチルアンモニウムヨーダイド、トリエチルメチルアンモニウムブロマイド、トリエチルメチルアンモニウムヨーダイドが挙げられる。
【0040】
上記アンモニウム塩は、市販のものを使用してもよく、また、反応の系内で生成させたものも使用することができる。例えば、上記テトラアルキルアンモニウムの場合であれば、トリアルキルアミンと、臭化アルキル若しくはヨウ化アルキルとの反応により調製したアンモニウム塩を、そのまま使用すればよい。
【0041】
上記アンモニウム塩の使用量は、ホウ素化合物に対して、0.1:1〜10:1(ホウ素化合物:アンモニウム塩、モル比)とするのが好ましい。より好ましくは0.2:1〜5:1であり、さらに好ましくは0.5:1〜2:1である。アンモニウム塩の配合量が少なすぎると、副生成物の除去が困難になったり、カチオン量が不足して効率よく目的物を生成できない場合があり、一方、多すぎると、アンモニウム塩が不純物として残存する傾向がある。
【0042】
<ホウ素化合物>
上記ホウ素化合物としては、ホウ素を含むものであれば特に限定はされない。例えば、MBX4(Mは、水素原子又はアルカリ金属原子、Xは、水素原子、水酸基若しくはハロゲン原子を表す。以下、同様。)、BX3、BX3−錯体、B(OR133(R13は、水素原子、若しくはアルキル基を示す。以下、同様。)、B(OR133−錯体、Na247、ZnO・B23およびNaBO3よりなる群から選ばれる少なくとも1種であるのが好ましい。
【0043】
MBX4としては、HBF4、KBF4、KBBr4、NaB(OH)4、KB(OH)4、LiB(OH)4、LiBF4、NaBH4等が挙げられ、BX3としては、BH3、B(OH)3、BF3、BCl3、BBr3、BI3等が挙げられ、BX3−錯体としては、ジエチルエーテル、トリプロピルエーテル、トリブチルエーテル、テトラヒドロフラン等のエーテル類、アンモニア、メチルアミン、エチルアミン、ブチルアミン、ヘキシルアミン、オクチルアミン、ジメチルアミン、ジエチルアミン、ジブチルアミン、ジヘキシルアミン、ジシクロヘキシルアミン、トリメチルアミン、トリエチルアミン、トリブチルアミン、トリフェニルアミン、グアニジン、アニリン、モルホリン、ピロリジン、メチルピロリジン等のアミン類と、前記BX3との錯体、B(OR133としては、ホウ酸、炭素数1〜10のアルコキシ基を有するホウ素化合物等が挙げられる。これらの中でも、反応性が比較的高いNaBH4、BH3、BF3、BCl3、BBr3、B(OMe)3、B(OEt)3、Na247、B(OH)3が好ましく、BF3、BCl3、BBr3等、Xがハロゲン原子であるBX3や、B(OMe)3、B(OEt)3等、炭素数1〜4のアルコキシ基を有するB(OR133がより好ましく、最も好ましいものとしては、BCl3、B(OMe)3およびB(OEt)3が挙げられる。上記ホウ素化合物は、単独で使用してもよく、また、2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0044】
<トリアルキルシリルシアニド>
本発明の製造方法では、トリアルキルシリルシアニドをテトラシアノボレート:[B(CN)4-合成反応のCN源として用いる。
上記トリアルキルシリルシアニドとしては、トリメチルシリルシアニド、トリエチルシリルシアニド、トリイソプロピルシリルシアニド、エチルジメチルシリルシアニド、イソプロピルジメチルシリルシアニド、tert−ブチルジメチルシリルシアニド等が挙げられる。
【0045】
トリアルキルシリルシアニドは、市販のものを用いてもよく、また、公知の方法で合成したものを用いてもよい。トリアルキルシリルシアニドを合成する方法は特に限定されない。例えば、トリアルキルシリルシアニドとして代表的な化合物であるトリメチルシアニド(TMSCNと略す場合がある)を合成する方法としては、トリメチルシリル基(TMS基)を有する化合物とシアン化水素(HCN)とを含む出発原料を採用する方法は、より安価にTMSCNを合成できるため好ましい。
【0046】
上記TMS基を有する化合物としては、TMSX1(X1は、OR、ハロゲン原子または水酸基)やヘキサメチルジシラザン(TMS−NH−TMS)などが挙げられる。具体的には、トリエチルアミン等のアミンの存在下で、TMSX1(X1はハロゲン原子)とシアン化水素とを反応させる方法(下記(V−1)式参照、Stec, W. J.等、Synthesis. 1978:154.参照)や、ヘキサメチルジシラザンとシアン化水素とを反応させる方法等が採用できる(下記(V−2)式参照)。
TMSX1+HCN+Et3N→TMSCN+Et3NHX1 (V−1)
TMS−NH−TMS+2HCN→2TMSCN+NH3 (V−2)
【0047】
また、上記ヘキサメチルジシラザンはアミンとしても働き得るため、ヘキサメチルジシラザンとトリメチルシリル基を有する化合物とを同時に用いてもよい(下記(V−3)式参照)。これにより、副生するアンモニアが系内で捕捉され、臭気の問題が抑制されるので好ましい。
TMSX1+[TMS−NH−TMS]+3HCN→3TMSCN+NH41 (V−3)
【0048】
トリメチルシリル基とシアン化水素(HCN)とは、20:1〜1:20(モル比)となるように配合するのが好ましく、より好ましくは10:1〜1:10であり、さらに好ましくは5:1〜1:5である。なお、ヘキサメチルジシラザンを用いる場合、あるいは、ヘキサメチルジシラザンとトリメチルシリル基を有する化合物とを併用する場合は、原料に含まれるトリメチルシリル基の合計量と、シアン化水素の配合量とが、上記範囲となるようにすればよい。反応温度は−20℃〜100℃であるのが好ましく、より好ましくは0℃〜50℃であり、反応時間は0.5時間〜100時間、より好ましくは1時間〜50時間である。
【0049】
なお、本発明の製造方法においては、副生成物としてトリメチルシリル基を有する化合物が生成する(例えば、TMSX1、TMS−O−TMS等。下記式(XI-4)参照)。
4TMSCN+BX23+R4NX3→R4N[TCB]+3TMSX2+TMSX3(V−4)(X2、X3は、OR、ハロゲン原子または水酸基を表す)
【0050】
そこで、この副生するトリメチルシリル基を有する化合物TMSX1をHCNと反応させて再生したTMSCNを出発原料として利用してもよい。TMSCNは高価であるため、反応副生物であるTMSX1をリサイクル利用することで、テトラシアノボレート化合物の製造コストが抑えられる。
【0051】
トリアルキルシリルシアニドの配合量は、ホウ素化合物1当量に対して3当量以上、6当量以下とするのが好ましい。より好ましくは3.5当量以上、5.5当量以下であり、更に好ましくは4当量以上、4.5当量以下である。本発明の製造方法によれば、過剰のトリアルキルシリルシアニドを使用しなくても、収率よくテトラシアノボレート化合物を製造することができる。なお、トリアルキルシリルシアニドの配合量が少なすぎる場合には、テトラシアノボレートの生成量が少なくなったり、副生物(例えば、トリシアノボレート、ジシアノボレート等)が生成する場合があり、一方、多すぎると、CN由来の不純物量が増加し、目的生成物の精製が困難になる傾向がある。
【0052】
本発明において、反応時間は20時間以下であるのが好ましい。ここで「反応時間」とは、トリアルキルシリルシアニドの滴下を開始した後、目的化合物が主生成物として生成(反応終了)するまでに要する時間を意味する。なお、反応の終了は、11B−NMRにより確認することができる。本発明では、11B−NMRにより反応の進行状況を追跡し、出発原料であるホウ素化合物に由来するピーク(46.9ppm)が消失し、且つ、テトラシアノボレート(シアノ基4置換体)に由来するピーク(−38.5ppm)の強度(高さ)が、テトラシアノボレートと、副生物であるシアノ基1〜3置換体(トリシアノボレート:−20.4ppm、ジシアノボレート:−15.6ppm、モノシアノボレート:−3.8ppm)に由来するピーク強度の合計に対して95%以上になった時点を反応の終了点とする。11B−NMRスペクトルのチャートにおいて、シアノ基1〜4置換体に由来するピークは非常にシャープに現れるため、ピークの面積比で反応の進行状態を確認するよりも、ピークの強度比で反応の進行状態を確認する方が簡便であり、また、定量性も高いからである。
【0053】
なお、反応時間は短いほど工業的にも好ましいが、反応時間が短すぎると目的物の収率が低収率となる傾向がある。よって、反応時間は0.1時間以上であるのが好ましく、より好ましくは0.5時間以上であり、20時間以下であるのが好ましく、より好ましくは10時間以下である。さらに好ましくは、トリアルキルシリルシアニドの滴下開始後、5時間以下の反応により、11B−NMR分析における、モノシアノボレート、ジシアノボレート、トリシアノボレートおよびテトラシアノボレートに由来するピーク強度の合計に対するテトラシアノボレートに由来するピーク強度の割合を95%以上とすることである。
【0054】
その他の反応条件は特に限定されず、反応の進行状態に応じて適宜調節すればよいが、例えば、反応温度は0℃以上とするのが好ましく、より好ましくは30℃以上であり、さらに好ましくは50℃以上である。また、反応温度は200℃以下とするのが好ましく、より好ましくは170℃以下であり、さらに好ましくは150℃以下である。特に、トリアルキルシリルシアニドを添加する際に、反応溶液の温度が上記範囲であるのが好ましい。
【0055】
また、本発明のテトラシアノボレート化合物の製造方法では、反応溶媒を用いてもよい。反応溶媒としては、上記出発原料が溶解するものであれば特に限定されず、水又は有機溶媒が用いられる。有機溶媒としては、トルエン、キシレン、ベンゼン、へキサン、シクロヘキサン、エチルシクロヘキサン等の炭化水素系溶媒、クロロホルム、ジクロロメタン、ジクロロエタン、クロロベンゼン、ジクロロベンゼン等の塩素系溶媒、ジエチルエーテル、シクロヘキシルメチルエーテル、シクロペンチルメチルエーテル、ジブチルエーテル、ジメトキシエタン、ジオキサン等のエーテル系溶媒、酢酸エチル、酢酸ブチル等のエステル系溶媒、2−ブタノン、メチルイソブチルケトン等のケトン系溶媒、メタノール、エタノール、2−プロパノール、ブタノール等のアルコール系溶媒、アセトニトリル、イソブチロニトリル、バレロニトリル、ベンゾニトリル、テトラヒドロフラン、γ−ブチロラクトン、ジメチルスルホキシド、ジメチルホルムアミド等が挙げられる。上記反応溶媒は単独で用いてもよく、2種以上を混合して用いてもよい。
【0056】
<カチオン交換反応>
本発明の製造方法は、さらに、上記本発明法により得られたテトラシアノボレート化合物と、カチオンKtとアニオンAとからなるイオン性物質KtAとを反応させるカチオン交換工程を含むものであるのが好ましい。テトラシアノボレート化合物の特性はカチオン種に依存するので、カチオン交換反応を行うことで、特性の異なるテトラシアノボレート化合物を容易に得ることができる。
【0057】
カチオン交換反応は、上記製造方法により得られたテトラシアノボレート化合物と所望のカチオンKtを有するイオン性物質KtAとを反応させればよい。なお、カチオンKtとしては、公知の有機カチオン、若しくは、Li+、Na+、K+等のアルカリ金属イオン、Ca2+、Mg2+等のアルカリ土類金属イオン等の公知の無機カチオンが挙げられる。これらの中でも、アルカリ金属又はアルカリ土類金属が好ましく、特にリチウムをカチオンとするイオン性物質を用いるのが好ましい。
【0058】
一方、アニオンAとしては、ハロゲン化物イオン、シアン化物イオン(CN-)、水酸化物イオン(OH-)、シアン酸イオン(OCN-)、チオシアン酸イオン(SCN-)、アルコキシイオン(RO-)、硫酸イオン、硝酸イオン、酢酸イオン、炭酸イオン、過塩素酸イオン、アルキル硫酸イオン、アルキル炭酸イオン、ヘキサフルオロリン酸イオン(PF6-)、テトラフルオロホウ酸イオン(BF4-)、ヘキサフルオロアンチモン酸イオン(SbF6-)、ヘキサフルオロヒ酸イオン(AsF6-)、フルオロスルホン酸イオン、トリフルオロメタンスルホン酸イオン、ビスフルオロスルホニルイミドイオン、ビストリフルオロメタンスルホニルイミドイオン等が挙げられる。
【0059】
カチオン交換反応を行う際のテトラシアノボレート化合物:Kt[B(CN)4mとイオン性物質KtAとの配合割合は、50:1〜1:50(Kt[B(CN)4m:イオン性物質KtA、モル比)とするのが好ましい。より好ましくは20:1〜1:20であり、さらに好ましくは10:1〜1:10である。イオン性物質が少なすぎる場合には、有機カチオンの交換反応が速やかに進行し難い場合があり、一方、過剰に用いると、未反応のイオン性物質が生成物に混入し、精製が困難になる傾向がある。
【0060】
有機カチオンの交換反応は、溶媒の存在下、テトラシアノボレート化合物Kt[B(CN)4mとイオン性物質KtAとを混合すればよく、この際の温度としては、0℃〜200℃(より好ましくは10℃〜100℃)であり、0.1時間〜48時間(より好ましくは0.1時間〜24時間)反応させればよい。溶媒としては、水;酢酸エチル、酢酸イソプロピル、酢酸ブチルなどのエステル系溶媒;2−ブタノン、メチルイソブチルケトンなどのケトン系溶媒;ジエチルエーテル、ジブチルエーテル、シクロヘキシルメチルエーテル、シクロペンチルメチルエーテル、などのエーテル系溶媒;ジクロロメタン、クロロホルムなどの塩素系溶媒;アセトニトリル、イソブチロニトリル、ベンゾニトリルなどのニトリル系溶媒;トルエン、ベンゼン、キシレンなどの芳香族系溶媒;へキサンなどの脂肪族炭化水素系溶媒;等の有機溶媒が好ましく用いられる。これらの溶媒は、単独で用いても、また、2種以上を組み合わせて用いてもよい。なお、2種以上の反応溶媒を使用することは上記反応の好ましい条件の一つである。
【0061】
<精製方法>
上記本発明の製造方法により得られたテトラシアノボレート化合物は、必要に応じて精製工程に供してもよい。精製工程の実施時期は特に限定されず、ホウ素化合物とトリアルキルシリルシアニドとアンモニウム塩との反応後、カチオン交換反応を実施する場合にはカチオン交換反応前あるいは後のいずれの段階で行ってもよい。
【0062】
精製方法としては、従来公知の精製方法はいずれも採用できる。従来公知の精製方法としては、例えば、水、有機溶媒、およびこれらの混合溶媒での洗浄;酸化剤処理;吸着精製法;再沈殿法;分液抽出法;再結晶法;晶析法;クロマトグラフィーによる精製法などが挙げられる。これらの精製法は組み合わせて行ってもよい。
【0063】
上記酸化剤処理に用いる酸化剤としては、過酸化水素、過塩素酸ナトリウム、過酢酸、メタクロロ過安息香酸(mCPBA)などの過酸化物、過マンガン酸カリウム、酸化マンガンなどのマンガン化合物、二クロム酸カリウムなどのクロム化合物、塩素酸カリウム、臭素酸ナトリウム、臭素酸カリウム、次亜塩素酸ナトリウム、二酸化塩素などの含ハロゲン化合物、硝酸、クロラミンなどの無機窒素化合物、酢酸、四酸化オスミウムなどが挙げられる。これらの中でも過酸化物が好ましく、過酸化水素、過塩素酸ナトリウムがより好ましい。
【0064】
上記吸着精製法に用いる吸着剤としては、活性炭、シリカゲル、アルミナ、ゼオライトなどが挙げられる。これらの中でも活性炭を吸着剤とする吸着処理(活性炭処理)は、テトラシアノボレート化合物への不純物の混入が少ないため好ましい。
【0065】
酸化剤処理、吸着精製法のいずれの場合も、テトラシアノボレート化合物に含まれる不純物と酸化剤あるいは吸着剤とが接触する限りその態様は特に限定されないが、これらの処理による精製効果を高める観点からは、粗テトラシアノボレート化合物および/または酸化剤を、溶媒に溶解あるいは分散させて精製処理を行うことが推奨される。
【0066】
酸化剤や吸着剤の使用量、温度、時間といった処理条件は、不純物量などに応じて所望の純度の生成物が得られるように適宜決定すればよい。
【0067】
<テトラシアノボレート化合物>
上記製造方法により得られる本発明に係るテトラシアノボレート化合物は、下記一般式(VI)で表されるように、アニオン成分であるテトラシアノボレート:[B(CN)4-と、カチオン成分:[Kt]m+とから構成される。
【0068】
【化6】



(式中、[Kt]m+は、有機カチオン又は無機カチオンを表し、mは1〜3の整数を表す)
【0069】
カチオン成分としては、オニウムカチオン等の有機カチオンと、Li+、Na+、Mg2+、K+、Ca2+、Zn2+、Ga3+、Pd2+、Sn2+、Hg2+、Rh2+、Cu2+およびPb+等などの無機カチオンが挙げられる。これらの中でも、カチオン成分がオニウムカチオンまたはLi+であるものは、有機溶媒へ容易に溶解し、非水電解液として利用できるため好ましい。
【0070】
上記オニウムカチオンとしては、上記アンモニウム塩に由来するものであるのが好ましい。具体的なオニウムカチオンとしては、テトラエチルアンモニウム、テトラブチルアンモニウム及びトリエチルメチルアンモニウム等の鎖状第4級アンモニウム、トリエチルアンモニウム、ジブチルメチルアンモニウム及びジメチルエチルアンモニウム等の鎖状第3級アンモニウム、1−エチル−3−メチルイミダゾリウム及び1,2,3−トリメチルイミダゾリウム等のイミダゾリウム、N,N−ジメチルピロリジニウム及びN−エチル−N−メチルピロリジニウム等のピロリジニウムが挙げられる。
【0071】
<用途>
本発明に係るテトラシアノボレート化合物:Kt[B(CN)4mは、カチオン[Kt]m+を選択することで、100℃以下で液体の状態をとるイオン性液体となる点が特徴の一つとして挙げられる。また、テトラシアノボレート化合物は、耐熱性、耐電圧性に優れるという特徴を有している。したがって、上記製造方法により得られる本発明に係るテトラシアノボレート化合物は、一次電池、リチウム(イオン)二次電池や燃料電池などの充放電機構を有する電池、電解コンデンサ、電気二重層キャパシタ、太陽電池、エレクトロクロミック表示素子、電気化学式ガスセンサなどの電気化学デバイスを構成する材料、熱的安定性が高いことを利用した、繰り返し利用可能な有機合成の反応溶媒、機械可動部のシール剤や潤滑剤、電気化学特性と熱的安定性とを併せ持つことを利用したポリマーへの導電性付与剤、ガス吸収能を有することから二酸化炭素などのガス吸収剤など、様々な用途に好適に用いられる。
【実施例】
【0072】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はもとより下記実施例によって制限を受けるものではなく、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも勿論可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。
【0073】
[NMR測定]
Varian社製「Unity Plus」(400MHz)を用いて、1H−NMRおよび13C−NMRスペクトルを測定し、プロトンおよびカーボンのピーク強度に基づいて試料の構造を分析した。11B−NMRスペクトルの測定には、Bruker社製「Advance 400M」(400MHz)を使用した。
【0074】
なお、NMRスペクトルの測定は、重ジメチルスルホキシドに、濃度が1質量%〜5質量%となるように反応溶液を溶解させた測定試料を、ホウ素元素を含まない、酸化アルミニウム製のNMRチューブに入れ、室温(25℃)、積算回数64回で行った。また、1H−NMRおよび13C−NMRスペクトルの測定では、テトラメチルシランを標準物質とし、11B−NMRスペクトルの測定では、三フッ化ホウ素のジエチルエーテラートを標準物質とした。
【0075】
実験例1
〈トリエチルメチルアンモニウムブロマイド(Et3MeNBr)の合成〉
攪拌装置、温度計、滴下ロートを備えた容量1Lの4つ口フラスコ内を窒素ガスで置換した後、60gのキシロールを加え、ここに、31.5g(0.332mol)の臭化メチルを、室温でバブリングにより加え溶解させた。次いで、混合溶液を攪拌しながら、滴下ロートよりトリエチルアミン31.44g(0.311mol)を滴下して加えた。その後、オイルバスにより反応溶液を30℃に加温しながら15時間攪拌して、トリエチルメチルアンモニウムブロマイドのスラリー状の白濁液を得た。
【0076】
〈トリエチルメチルアンモニウムテトラシアノボレート(Et3MeNTCB)の合成〉
別の反応容器で、キシロール130.0gに三塩化ホウ素36.4g(0.31mol)を溶解させた。ついで、得られた三塩化ホウ素溶液を、滴下ロートより上記スラリー状の白濁液に室温で添加した後、さらに、この混合液に、トリメチルシリルシアニド129.4g(1.30mol、ホウ素化合物に対して4.2当量)を室温で滴下して添加した。その後、オイルバスにより反応溶液を145℃に加熱し、攪拌し反応させた。反応は、11B−NMR測定により進行状況を確認しながら行い、原料である三塩化ホウ素に由来するピーク(46.9ppm)が消失し、シアノ基の置換体(1〜4置換体)に由来するピーク強度の合計に対して、テトラシアノボレート(4置換体)に由来するピーク(−38.5ppm)強度の割合が95%以上となった時点で、反応を終了した。このときの反応時間(トリメチルシリルシアニドの添加開始から、反応終了まで)は5時間であった。
【0077】
得られた黒色溶液から有機溶媒を留去して濃縮し、ここに、50℃に加温した30質量%過酸化水素水162gを滴下した。滴下終了後、混合溶液をさらに80℃で1時間攪拌し、室温まで冷却した後、酢酸ブチル645gを加え、ろ過した後、酢酸ブチル層を分取し、これを純水162gで洗浄して再び酢酸ブチル層を分取した後、酢酸ブチルを留去させることで、黄色固体(トリエチルメチルアンモニウムテトラシアノボレート)を得た(収量:61.8g(0.267mol)、収率:86%)。
1H-NMR(d6−DMSO)δ 3.23(q,J=6.8Hz,6H),2.86(s,3H),1.18(t,J=6.8Hz,9H)
13C-NMR(d6−DMSO)δ 112.5(m),55.2(s),46.2(s),7.7(s)
11B-NMR(d6−DMSO)δ -38.5(s)
【0078】
実験例2
〈トリエチルメチルアンモニウムブロマイド(Et3MeNBr)の合成〉
実験例1と同様にしてトリエチルメチルアンモニウムブロマイドのスラリー状の白濁液を合成した。
【0079】
〈トリエチルメチルアンモニウムテトラシアノボレート(Et3MeNTCB)の合成〉
キシロールの使用量を158.65g、トリメチルシリルシアニドの使用量を169.51g(1.71mol、ホウ素化合物に対して5.5当量)に変更したこと以外は実験例1と同様にして、反応、精製を行い、トリエチルメチルアンモニウムテトラシアノボレートを得た(収量:58.2g(0.252mol)、収率:81%)。なお、このときの反応時間は5時間であった。
【0080】
実験例3
〈トリエチルメチルアンモニウムヨーダイド(Et3MeNI)の合成〉
攪拌装置、温度計、滴下ロートを備えた容量1Lの4つ口フラスコ内を窒素ガスで置換した後、60gのキシロールを加え、ここに、47.1g(0.332mol)のヨウ化メチルを、室温で加えて溶解させた。次いで、混合溶液を攪拌しながら、滴下ロートよりトリエチルアミン31.4g(0.311mol)を滴下して加えた。その後、オイルバスにより反応溶液を30℃に加温しながら15時間攪拌して、トリエチルメチルアンモニウムヨーダイドのスラリー状の白濁液を得た。
【0081】
〈トリエチルメチルアンモニウムテトラシアノボレート(Et3MeNTCB)の合成〉
トリエチルメチルアンモニウムブロマイドの代わりに、得られたトリエチルメチルアンモニウムヨーダイドのスラリー状の白濁液を用いたこと、反応時間を2時間としたこと以外は、実験例2と同様にして、トリエチルメチルアンモニウムテトラシアノボレートを得た(収量:58.9g(0.255mol)、収率:82%)。なお、このときのトリメチルシリルシアニドの使用量はホウ素化合物に対して5.5当量であった。
【0082】
実験例4
〈トリエチルメチルアンモニウムテトラシアノボレート(Et3MeNTCB)の合成〉
市販のトリエチルメチルアンモニウムブロマイド(シグマ アルドリッチ ジャパン 株式会社製)60.9g(0.31mol)を使用したこと、キシロールの使用量を217.6gに変更したこと以外は実験例2と同様にして、反応、精製を行い、トリエチルメチルアンモニウムテトラシアノボレートを得た(収量:54.6g(0.236mol)、収率:76%)。このときの反応時間は2時間であった。
【0083】
なお、実験例4では実験例2に比べて収率が低下したが、これは、アンモニウム塩が吸湿性であるため、原料を仕込む際に、市販品のアンモニウム塩の一部が吸湿していまい、これと三塩化ホウ素とが反応してしまったため、目的物の収率が低下したものと考えられる。
【0084】
実験例5
〈トリエチルメチルアンモニウムテトラシアノボレート(Et3MeNTCB)の合成〉
トリエチルメチルアンモニウムブロマイドの代わりに、市販のトリエチルメチルアンモニウムクロライド(シグマ アルドリッチ ジャパン 株式会社製)47.1g(0.31mol)を使用したこと、キシロールの使用量を206.6gとしたこと、トリメチルシリルシアニドの使用量を138.7g(1.4mol、ホウ素化合物に対して4.5当量)に変更したこと以外は実験例2と同様にして反応を行った。このときの反応時間は20時間であった。
【0085】
また、実験例1と同様にして精製を行い、黄色固体(トリエチルメチルアンモニウムテトラシアノボレート)を得た(収量:21.54g(0.093mol)、収率:30%)。
【0086】
実験例6
〈トリエチルメチルアンモニウムテトラシアノボレート(Et3MeNTCB)の合成〉
トリエチルメチルアンモニウムブロマイドの代わりに、市販のトリエチルメチルアンモニウムクロライド(シグマ アルドリッチ ジャパン 株式会社製)を47.1g(0.31mol)使用したこと、キシロールの使用量を206.6g、トリメチルシリルシアニドの使用量を169.5g(1.71mol、ホウ素化合物に対して5.5当量)に変更したこと以外は実験例2と同様にして反応を行った。このときの反応時間は20時間であった。
【0087】
また、実験例1と同様にして精製を行い、黄色固体(トリエチルメチルアンモニウムテトラシアノボレート)を得た(収量:23.7g(0.10mol)、収率:33%)。
【0088】
実験例7
〈テトラエチルアンモニウムブロマイド(Et4NBr)の合成〉
攪拌装置、温度計、滴下ロートを備えた容量1Lの4つ口フラスコ内を窒素ガスで置換した後、64.2gのキシロールを加え、ここに、36.2g(0.332mol)の臭化エチルを、室温で滴下して混合した。次いで、混合溶液を攪拌しながら、滴下ロートよりトリエチルアミン31.4g(0.311mol)を滴下して加えた。その後、オイルバスにより反応溶液を30℃に加温しながら15時間攪拌して、テトラエチルアンモニウムブロマイドのスラリー状の白濁液を得た。
【0089】
〈テトラエチルアンモニウムテトラシアノボレート(Et4NTCB)の合成〉
別の反応容器で、キシロール160.4gに三塩化ホウ素36.4g(0.31mol)を溶解させた。次いで、得られた三塩化ホウ素溶液を、滴下ロートより上記スラリー状の白濁液に室温で添加した後、さらに、この混合溶液に、トリメチルシリルシアニド169.5g(1.71mol)を室温で滴下して添加した。実験例1と同様にして反応の追跡を行い、反応の終了を確認し、粗生成物としてテトラエチルアンモニウムテトラシアノボレートを得た(粗収量:89.9g(0.37mol)、粗収率:118%)。このときの反応時間は4時間であった。
1H-NMR(d6−DMSO)δ 3.21(q,J=7.4Hz,8H),1.50(tt,J=7.4Hz,12H)
13C-NMR(d6−DMSO)δ 121.9(m),51.5(s),7.4(s)
11B-NMR(d6−DMSO)δ -38.5(s)
【0090】
実験例8
〈テトラエチルアンモニウムテトラシアノボレート(Et4NTCB)の合成〉
市販のテトラエチルアンモニウムクロライド(シグマ アルドリッチ ジャパン 株式会社製)31.4g(0.31mol)を使用したこと以外は実験例6と同様にして反応を行って、テトラエチルアンモニウムテトラシアノボレートを得た(粗収量:76.9g(0.314mol)、粗収率:101%)。このときの反応時間は77時間であり、ホウ素に対するトリメチルシリルシアニドの使用量は5.5当量であった。
【0091】
なお、実験例7、8における粗収量、粗収率は、精製前の値であり、副生成物が含まれているため、粗収率が100%を超えているものと推測される。
【0092】
実験例9
〈トリエチルアンモニウムテトラシアノボレート(Et3NHTCB)の合成〉
攪拌装置、温度計、滴下ロートを備えた容量500mLの反応容器に、トリエチルアンモニウムブロマイド12.61g(69.2mmol)、クロロベンゼン61g、三塩化ホウ素8.12g(69.3mmol)を加え、この混合溶液を攪拌しながら80℃まで加熱した後、滴下ロートよりトリメチルシリルシアニド29.0g(292.3mmol、ホウ素化合物に対して4.2当量)を2時間かけて混合溶液に滴下した。その後、80℃で8時間攪拌を続け反応を行った。反応後、反応溶液の11B−NMR測定により、トリエチルアンモニウムテトラシアノボレートが収率93%(62.9mmol)で生成していることを確認した。なお、反応溶液の11B−NMR測定では、シアノ基の1〜3置換体は確認されなかった。
【0093】
実験例10
〈トリエチルアンモニウムテトラシアノボレート(Et3NHTCB)の合成〉
攪拌装置、温度計、滴下ロートを備えた容量500mLの反応容器に、トリエチルアンモニウムブロマイド12.58g(69.1mmol)、クロロベンゼン61g、三塩化ホウ素8.10g(69.1mmol)、トリメチルシリルシアニド28.79g(290.2mmol、ホウ素化合物に対して4.2当量)を加え、この混合溶液を攪拌しながら80℃まで加熱し、そのまま10時間反応を行った。反応後、反応溶液の11B−NMR測定によるトリエチルアンモニウムテトラシアノボレートの収率は76%(52.6mmol)であった。なお、反応溶液の11B−NMR測定では、シアノ基の1〜3置換体は確認されなかった。
【0094】
実験例9、10の結果より、ホウ素化合物とハロゲン化アンモニウム塩との混合物に、トリメチルシリルシアニドを添加することで、副生成物の生成が抑制され、選択的にテトラシアノボレート塩が得られることが分かる。
【0095】
実験例11
〈リチウムテトラシアノボレート(LiTCB)の合成〉
実験例9で得られたトリエチルアンモニウムテトラシアノボレート13.65g(62.9mmol)を含む溶液を減圧下で蒸留して溶媒や副生成物を低減させた後、ここに水酸化リチウム一水和物4.92g(117mmol)を水93gに溶解させた水酸化リチウム水溶液を室温(25℃)で徐々に滴下した。その後、室温で30分間攪拌を続け反応を完結させた。反応溶液を濃縮し、副生したトリエチルアミンを完全に留去させた後、400gの酢酸ブチルで3回抽出し、酢酸ブチル層を乾固させることで淡黄色固体(リチウムテトラシアノボレート6.17g(50.7mmol))を得た。
【産業上の利用可能性】
【0096】
本発明の製造方法によれば、選択的に、さらには、従来に比べて短時間、且つ、高収率でテトラシアノボレート化合物を得ることができるので、工業上、非常に有用である。また、本発明の製造方法により得られるテトラシアノボレート化合物は、リチウム二次電池、電解コンデンサ、電気二重層キャパシタ及びリチウムイオンキャパシタなどのイオン伝導体(電解液材料等)といった各種電気化学デバイスの構成材料、有機合成の反応溶媒、ポリマーへの導電性付与剤、潤滑剤、ガス吸収剤など様々な用途に好適に用いられる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ホウ素化合物と、ハロゲン化物イオンを対アニオンとするアンモニウム塩とを混合し、次いで、この混合物にトリアルキルシリルシアニドを添加することを特徴とするテトラシアノボレート化合物の製造方法。
【請求項2】
トリアルキルシリルシアニドを分割して上記混合物に添加する請求項1に記載のテトラシアノボレートの製造方法。
【請求項3】
トリアルキルシリルシアニドを上記混合物に連続的に添加する請求項1または2に記載のテトラシアノボレートの製造方法。
【請求項4】
ハロゲン化物イオンを対アニオンとするアンモニウム塩が臭化物塩またはヨウ化物塩である請求項1〜3のいずれかに記載のテトラシアノボレートの製造方法。
【請求項5】
上記アンモニウム塩を構成するアンモニウムがテトラアルキルアンモニウム又はトリアルキルアンモニウムである請求項1〜4のいずれかに記載のテトラシアノボレート化合物の製造方法。
【請求項6】
さらに、請求項1〜5のいずれかに記載の製造方法で得られたテトラシアノボレート化合物と、アルカリ金属又はアルカリ土類金属のイオン性物質とを反応させる工程を含む請求項1〜5のいずれかに記載のテトラシアノボレート化合物の製造方法。


【公開番号】特開2011−246443(P2011−246443A)
【公開日】平成23年12月8日(2011.12.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−83981(P2011−83981)
【出願日】平成23年4月5日(2011.4.5)
【出願人】(000004628)株式会社日本触媒 (2,292)
【出願人】(000227652)日宝化学株式会社 (34)
【Fターム(参考)】