説明

テンの個体識別方法及びPCRプライマーセット

【課題】テンの個体識別が可能になるPCRプライマーセット及びテンの個体識別方法を提供する。
【解決手段】テンの個体識別に用いられる特定の塩基配列と80%以上の相同性を有する7組のPCRプライマーセットである。これら少なくとも7組のPCRプライマーセットをそれぞれ用いてテンから抽出したゲノムDNAをテンプレートとする少なくとも7種類のポリメラーゼ連鎖反応(PCR)を行い、マイクロサテライト法により個体識別を行うテンの個体識別方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、テンの個体識別方法及びこれに用いるPCRプライマーセットに関する。
【背景技術】
【0002】
我が国においては1999年の環境影響評価法施行以来、環境に著しい影響を及ぼすおそれのある事業の実施に際して、事業者が環境への影響について事前に調査、予測評価を行い、環境保全策を講じることが求められている。
例えば事業が生態系へ与える影響を評価する際には、事業予定地に生息する動物の中から上位性、典型性、及び特殊性を考慮した指標種を選定し、その指標種を対象とした現地調査が行われる。
【0003】
食肉目イタチ科に属するテン(マルテス・メランプス(Martes melampus))は、森林を主な生息地とし、かつ、食物連鎖の上位に位置する動物であることから、猛禽類と並んで森林生態系における上位性の指標種に取り上げられることが多い。日本国内には、本州・四国・九州に分布するテンのほか、対馬に分布する亜種ツシマテン(マルテス・メランプス・ツエンシス(Martes melampus tsuensis))北海道に分布するクロテン(マルテス・ジベリナ(Martes zibellina))の3種のテン属が生息する。
【0004】
調査対象エリア内の生息個体数は、個体群の健全度評価や将来的な変動予測を行う上で、最も基本的な情報である。これまでの中型陸上哺乳類を対象とした調査では、フィールドサイン法や捕獲法等により個体数の推定が行われてきた。糞や体毛、足跡などの痕跡を利用するフィールドサイン法では、比較的現場から情報を集めやすいという利点があるものの、種同定の不確かさや痕跡が複数存在した場合にそれらが同一個体のものか否かを判断することはほぼ不可能であるという問題がある。一方、トラップにより個体を直接捕獲する捕獲法では、種同定及び個体の識別は確実に行えるが、捕獲自体の困難性や調査費用の高コスト化、捕獲時に個体に与えるダメージの影響などの問題がある。
そこで、より正確でより適切な生息個体数の推定法の開発が求められていた。
【0005】
ところで、近年の分子遺伝学的手法の発展により、ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)法を用いたゲノムDNAの多型の判別により個体を識別する方法が確立されている。
具体的には、イネゲノムを識別する方法やユーカリ属の樹脂を判別する方法が開発されている(特許文献1及び2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2004−248635号公報
【特許文献2】特開2000−325088号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、テンについては、そのゲノムDNAの多型に基づいた個体判別の方法は未だ確率されていなかった。そのため、個体を直接捕獲して識別を行う方法しか選択の余地がなかったが、テンは非常に機敏で木に登ることも多いため、捕獲自体が困難であった。したがって、上述のごとく森林生態系における指標種に取り上げられるテンではあるが、その個体識別を行うことは非常に困難であった。
【0008】
本発明はかかる問題点に鑑みてなされたものであって、テンの個体識別が可能になるPCRプライマーセット及びテンの個体識別方法を提供しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
第1の発明は、テンの個体識別に用いられるPCRプライマーセットであって、
配列番号1の塩基配列と80%以上の相同性を有するポリヌクレオチドを有するプライマーAと、配列番号2の塩基配列と80%以上の相同性を有するポリヌクレオチドを有するプライマーBとからなる第1プライマーセット、
配列番号3の塩基配列と80%以上の相同性を有するポリヌクレオチドを有するプライマーCと、配列番号4の塩基配列と80%以上の相同性を有するポリヌクレオチドを有するプライマーDとからなる第2プライマーセット、
配列番号5の塩基配列と80%以上の相同性を有するポリヌクレオチドを有するプライマーEと、配列番号6の塩基配列と80%以上の相同性を有するポリヌクレオチドを有するプライマーFとからなる第3プライマーセット、
配列番号7の塩基配列と80%以上の相同性を有するポリヌクレオチドを有するプライマーGと、配列番号8の塩基配列と80%以上の相同性を有するポリヌクレオチドを有するプライマーHとからなる第4プライマーセット、
配列番号9の塩基配列と80%以上の相同性を有するポリヌクレオチドを有するプライマーIと、配列番号10の塩基配列と80%以上の相同性を有するポリヌクレオチドを有するプライマーJとからなる第5プライマーセット、
配列番号11の塩基配列と80%以上の相同性を有するポリヌクレオチドを有するプライマーKと、配列番号12の塩基配列と80%以上の相同性を有するポリヌクレオチドを有するプライマーLとからなる第6プライマーセット、及び
配列番号13の塩基配列と80%以上の相同性を有するポリヌクレオチドを有するプライマーMと、配列番号14の塩基配列と80%以上の相同性を有するポリヌクレオチドを有するプライマーNとからなる第7プライマーセットからなることを特徴とするPCRプライマーセットにある(請求項1)。
【0010】
第2の発明は、少なくとも7組のPCRプライマーセットをそれぞれ用いてテンから抽出したゲノムDNAをテンプレートとする少なくとも7種類のポリメラーゼ連鎖反応(PCR)を行い、マイクロサテライト法により個体識別を行うテンの個体識別方法において、
上記PCRプライマーセットとしては、上記第1の発明のものを採用することを特徴とするテンの個体識別方法にある(請求項4)。
【発明の効果】
【0011】
第1の発明のPCRプライマーセットは、上記特定配列の7種類のプライマーセット(上記第1〜第7プライマーセット)を有する。
即ち、上記特定配列の7種類のプライマーセットの組合せを採用することができる。これらのプライマーセットをそれぞれ用いてPCRを行うことにより、テンに対する精度の優れた個体識別が可能になる。
テンの個体識別は、第2の発明のようにして行うことができる。
【0012】
即ち、上記第1の発明のPCRプライマーセットを用いて、テンから抽出したゲノムDNAをテンプレートとする少なくとも7種類のポリメラーゼ連鎖反応(PCR)を行う。これにより、マイクロサテライト法によるテンの個体識別を行うことができる。
具体的には、ゲノムDNA中に存在するCAリピート等の数塩基の反復配列(マイクロサテライト)をPCRにより増幅して、その反復配列の繰り返しの数に基づいてゲノムDNAの多形性を識別し、個体識別を行うことができる。
【0013】
本発明においては、PCRに少なくとも7種類の上記特定の組合せのプライマーセットをそれぞれ用いている。そのため、非常に精度の高い識別が可能になる。
また、上記PCRプライマーセットを用いると、テンの糞等の排泄物から採取したDNAに対しても反復配列の増幅が可能になる。そのため、個体自体には、直接接触することなく、例えば一定エリア内に存在する個体の識別が可能になる。即ち、個体に対してフィジカルな影響をほとんど与えることなく個体識別が可能になる。
【0014】
また、上記PCRプライマーセットを用いると、テン(マルテス・メランパス(Martes melampus))、ツシマテン(マルテス・メランパス・ツエンシス(Martes melampus tsuensis))、クロテン(マルテス・ジベリナ(Martes zibellina))などの日本に生息するテン属の哺乳類に対しても精度よく個体識別を行うことが可能になる。
【0015】
このように、本発明によれば、テンの個体識別が可能になるPCRプライマーセット及びテンの個体識別方法を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明において、上記プライマーA〜上記プライマーNとしては、それぞれ上記配列番号1〜14の塩基配列と80%以上の相同性を有する。
具体的には、上記プライマーAは、上記第1プライマーセットのフォワード側のプライマーであり、AACTACGGAAAAAGCCTAGA(配列番号1)と80%以上の相同性を有するポリヌクレオチドである。
上記プライマーBは、上記第1プライマーセットのリバース側のプライマーであり、CCCTCCCCAGTACCATC(配列番号2)と80%以上の相同性を有するポリヌクレオチドである。
上記プライマーCは、上記第2プライマーセットのフォワード側のプライマーであり、CATCCTCAAATGTGTAGGGT(配列番号3)と80%以上の相同性を有するポリヌクレオチドである。
上記プライマーDは、上記第2プライマーセットのリバース側のプライマーであり、CGGATTTAAAAACGTTACTC(配列番号4)と80%以上の相同性を有するポリヌクレオチドである。
上記プライマーEは、上記第3プライマーセットのフォワード側のプライマーであり、TGGAGAAAGAAGATGTACGC(配列番号5)と80%以上の相同性を有するポリヌクレオチドである。
上記プライマーFは、上記第3プライマーセットのリバース側のプライマーであり、CATAATGCCCTTTAGTT(配列番号6)と80%以上の相同性を有するポリヌクレオチドである。
上記プライマーGは、上記第4プライマーセットのフォワード側のプライマーであり、ATTTTATGTGCCTGGGTCTA(配列番号7)と80%以上の相同性を有するポリヌクレオチドである。
上記プライマーHは、上記第4プライマーセットのリバース側のプライマーであり、TTATGCGTCTCTGTTTGTCA(配列番号8)と80%以上の相同性を有するポリヌクレオチドである。
上記プライマーIは、上記第5プライマーセットのフォワード側のプライマーであり、ACCCATGAATAATGTCTTAT(配列番号9)と80%以上の相同性を有するポリヌクレオチドである。
上記プライマーJは、上記第5プライマーセットのリバース側のプライマーであり、ATCTTGCATCAACTAAAAAT(配列番号10)と80%以上の相同性を有するポリヌクレオチドである。
上記プライマーKは、上記第6プライマーセットのフォワード側のプライマーであり、TAAAACCAGGAAACAGATAC(配列番号11)と80%以上の相同性を有するポリヌクレオチドである。
上記プライマーLは、上記第6プライマーセットのリバース側のプライマーであり、AGTATGGATAAAGCACAA(配列番号12)と80%以上の相同性を有するポリヌクレオチドである。
上記プライマーMは、上記第7プライマーセットのフォワード側のプライマーであり、GTTTTCTAATGTTTCGTGTG(配列番号13)と80%以上の相同性を有するポリヌクレオチドである。
上記プライマーNは、上記第7プライマーセットのリバース側のプライマーであり、CAGTGGTTGACTACAAGA(配列番号14)と80%以上の相同性を有するポリヌクレオチドである。
【0017】
相同性が80%未満の場合には、PCRにおいて、反復配列を増幅することが困難になり、個体識別が困難になるおそれがある。好ましくは、相同性は85%以上、より好ましくは90%以上がよい。
【0018】
また、好ましくは、上記プライマーA〜上記プライマーNは、少なくともその3’末端から10塩基対の塩基配列がそれぞれ上記配列番号1〜14の塩基配列の3’末端から10塩基対の塩基配列と90%以上、より好ましくは95%以上、最も好ましくは100%の相同性を有することがよい。
この場合には、PCRにおいて、反復配列の増幅をより精度よく増幅することができる。それ故、個体識別の精度をより向上させることができる。
【0019】
また、好ましくは、上記第1プライマーセットとしては、上記配列番号1の塩基配列を有するプライマーAと上記配列番号2の塩基配列を有するプライマーBとを有し、上記第2プライマーセットとしては、上記配列番号3の塩基配列を有するプライマーCと、上記配列番号4の塩基配列を有するプライマーDとを有し、上記第3プライマーセットとしては、上記配列番号5の塩基配列を有するプライマーEと、上記配列番号6の塩基配列を有するプライマーFとを有し、上記第4プライマーセットとしては、上記配列番号7の塩基配列を有するプライマーGと、上記配列番号8の塩基配列を有するプライマーHとを有し、上記第5プライマーセットとしては、上記配列番号9の塩基配列を有するプライマーIと、上記配列番号10の塩基配列を有するプライマーJとを有し、上記第6プライマーセットとしては、上記配列番号11の塩基配列を有するプライマーKと、上記配列番号12の塩基配列を有するプライマーLとを有し、上記第7プライマーセットとしては、上記配列番号13の塩基配列を有するプライマーMと、上記配列番号14の塩基配列を有するプライマーNとを有することがよい(請求項2)。
この場合には、個体識別の精度をより一層向上させることができる。
上記配列番号1〜14の塩基配列を有するプライマー及びこれらと相同性を有するプライマーは、例えば市販のDNAシンセサイザーを用いて合成することができる。
【0020】
上記PCRプライマーセットは、マルテス・メランプス(Martes melampus)の個体識別に適用することが好ましい(請求項3)。
マルテス・メランプス、即ち日本に生息するテンについては、従来その個体識別が困難であったが、上記PCRプライマーセットを用いると精度よくその個体識別が可能になる。
【0021】
また、上記PCRプライマーセットを用いたPCRは、テンから抽出したゲノムDNAをテンプレートとして行うことができる。
ゲノムDNAは、テンの組織、体毛、体液、糞等から抽出することができる。ゲノムDNAの抽出方法は、本出願までに公知の方法を採用することができる。
【0022】
また、テンの個体識別は、上記PCRプライマーセットをそれぞれ用いてポリメラーゼ連鎖反応を行って得られるポリメラーゼ連鎖反応物の長さを比較することにより行うことができる(請求項5)。
この場合には、比較的簡単な操作で個体識別を行うことができる。
上記ポリメラーゼ連鎖反応物(PCR産物)の長さは、アガロース、アクリルアミド等のゲル中での電気泳動により測定することができる。ゲルとしては、例えばアプライド・バイオシステムズ社製のPOP−7TMポリマーなどの市販のものを利用することもできる。
【0023】
また、上記PCRプライマーセットをそれぞれ用いてポリメラーゼ連鎖反応を行って得られるポリメラーゼ連鎖反応物の塩基配列を決定し該塩基配列を比較することにより個体識別を行うことができる(請求項6)。
この場合には、より正確な個体識別が可能になる。
塩基配列の決定は、市販のシークエンサーを用いて行うことができる。
【0024】
上記ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)は次のようにして行うことができる。
即ち、まず、PCR反応用緩衝液中で、テンから抽出したゲノムDNAと、上記第1〜第7プライマーセットのうち1つのプライマーセットと、dNTP(dATP、dTTP、dGTP、及びdCTP)と、DNAポリメラーゼとを混合する。次いで、混合物を適当な温度サイクルで反応させることにより、ポリメーラーゼ連鎖反応を行うことができる。DNAポリメラーゼ、dNTP、及びPCR反応用緩衝液は、市販のものを採用することができる。
また、ポリメラーゼ連鎖反応は、上記第1〜第7プライマーセットのうちの一組(フォワード側プライマー及びリバース側プライマー)のプライマーセットを用いて行う。本発明においては、上記第1〜第7プライマーセットをそれぞれ用いて少なくとも7回のポリメラーゼ連鎖反応を行う。
【0025】
ポリメラーゼ連鎖反応の反応条件は、目的の反応物が増幅するように、適宜調整することができる。
例えば、10×PCR反応用緩衝液1〜10μl、ゲノムDNA10〜500ng、フォワード側の各プライマー0.2〜1.0μM、リバース側の各プライマー0.2〜1.0μM、dNTP2.0〜3.0mM、DNAポリメラーゼ0.25〜2.5Uを混合し、全液量が10〜100μlとなるように希釈した混合物を用いることができる。
【0026】
また、ポリメラーゼ連鎖反応における温度条件(サイクル条件)は、例えば次のようにして行うことができる。
ステップ1(1サイクル):94〜96℃(約1〜5分)
ステップ2(30〜45サイクル):94〜96℃(約10〜60秒)→45〜65℃(アニーリング温度Ta、約10〜60秒)→68〜72℃(約10〜60秒)
ステップ3(1サイクル):68〜72℃(約1〜10分)
【0027】
また、上記ポリメラーゼ連鎖反応におけるアニーリング温度Taは45℃〜65℃にすることが好ましい(請求項7)。
アニーリング温度Taが45℃未満の場合には、上記の反復配列以外の領域が増幅され、識別が困難になるおそれがある。一方、65℃を超える場合には、上記PCRプライマーセットがゲノムDNAに結合することが困難になり、上記反復配列が増幅され難くなる。この場合にも識別が困難になる。より好ましくは、アニーリング温度Taは50℃〜60℃がよい。
【0028】
また、上記プライマーセット1〜7においては、フォワード側及びリバース側の少なくとも一方のいずれかの末端に、本出願時までに公知の蛍光物質等の標識物質が結合していることが好ましい。この場合には、PCR反応後の検出を容易にすることができる。
蛍光物質としては、例えば4,7,2’,4’,5’,7’−ヘキサクロロー6−カルボキシフルオレッセイン(HEX)、6−カルボキシフルオレッセイン(FAM)、NED(アプライドシステムズジャパン社)及び6−カルボキシ−X−ローダミン(Rox)等を用いることができる。
【実施例】
【0029】
(実験例)
本例においては、テンの反復配列(マイクロサテライト)のDNAプライマーの設計を行う。
まず、テンの筋肉片から反復配列の単離を行った。反復配列の単離は、ハミルトン・エム・ビー(Hamilton M.B.)等著、ユニバーサル・リンカー・アンド・ライゲーション・プロシージャーズ・フォー・コンストラクション・オブ・ゲノミック・ディーエヌエー・ライブラリィズ・エンリッチド・フォー・マイクロサテライツ(Universal linker and ligation procedures for construction of genomic DNA libraries enriched for microsatellites)、「バイオ・テクニックス(Bio Techniques)」、(米国)、1999年、第27巻、p.500−507に記載の方法に準じて行った。
【0030】
具体的には、まず、テンの筋肉片からゲノムDNAを抽出した。
筋肉片からゲノムDNAの抽出は、キアゲン(Qiagen)(株)製のディーエヌイージー・ティシュー・キット(DNeasy Tissue Kit)を用いて行った。
【0031】
次いで、ゲノムDNAを、AluI(タカラバイオ株式会社製)、RsaI(タカラバイオ株式会社製)、HaeIII(タカラバイオ株式会社製)、及びNheI(ニュー・イングランド・バイオラボ・ジャパン株式会社製)の4種類の制限酵素で消化した。各制限酵素による消化は、制限酵素に添付のマニュアルに記載の条件に従って行った。次いで、濃度2%のアガロースゲルで電気泳動(緩衝液:0.5×のTAEバッファー(0.4M
Tris、0.4M 酢酸、0.01M EDTA))を行い、サイズマーカーとの比較によりサイズ400bp−1000bpに相当するDNA断片をアガロースゲルごと切り出し、これを市販の核酸精製キット(キアゲン製のキアクイック・ゲル・エクストラクション・キット(QIAquick Gel Extraction Kit))を用いて精製し、DNA断片を回収した。DNA断片の回収は、添付のマニュアルに従って行った。
【0032】
回収したDNA断片は、マング・ビーン・ヌクレアーゼ(mung bean nuclease,タカラバイオ(株)製)による突出末端の平滑化、及びカーフ・インテストナル・アルカリン・フォスファターゼ(Calf Intestinal Alkaline Phosphatase、タカラバイオ(株)製)による5’末端の脱リン酸化を行った後、(株)キアゲン(QIAGEN)製のキアクイック・ピーシーアール・ピュアリフィケイション・キット(QIAquick PCR Purification Kit)により精製した。突出末端の平滑化、5’末端の脱リン酸化、及び精製は、それぞれ添付のマニュアルに従って行った。
【0033】
次いで、T4DNAリガーゼ(ニュー・イングランド・バイオラボ・ジャパン株式会社製)を用いて、精製したDNA断片の両端にSNXリンカー配列を付加した(ライゲーション反応)。
ここで、SNXリンカー配列とは、制限酵素StuI、NheI、及びXmnIによって消化される配列を含むリンカーであり、上述のハミルトン・エム・ビー等著の「ユニバーサル・リンカー・アンド・ライゲーション・プロシージャーズ・フォー・コンストラクション・オブ・ゲノミック・ディーエヌエー・ライブラリィズ・エンリッチド・フォー・マイクロサテライツ」で用いられているものである。
ライゲーションは、T4DNAリガーゼに添付のマニュアルに従って行った。
【0034】
次いで、SNXリンカーを付加したDNA断片のうち、反復配列を含む断片の濃度を高めるために、DNA断片の5’末端をビオチンで修飾したオリゴプローブとハイブリダイズさせた後、表面にストレプトアビジンをコートした磁気ビーズ((株)ベリタス製の「ダイナビーズ M−280 ストレプトアビジン(Dynabeads M-280 Streptavidin)」と反応させた。
【0035】
具体的には、SNXリンカーを付加したDNA断片溶液6μlに、ハイブリダイゼーションバッファー(10×SSCバッファー(1.5MNaClと0.15Mクエン酸三ナトリウム二水和物の水溶液)、0.1%ドデシル硫酸ナトリウム(SDS)水溶液)50μl、ビオチン化オリゴヌクレオチドプローブ0.02μMを混合し、全液量が100μlとなるように滅菌水を加えた。得られた混合液をサーマルサイクラーで温度95℃、15分間加熱してDNAを変性させた後、温度60℃で5時間以上インキュベーションすることによりDNA断片とビオチン化オリゴヌクレオチドプローブとをハイブリダイズさせた。本例においては、ハイブリダイズさせるオリゴプローブとして、(CA)15又は(GT)15オリゴプローブをそれぞれ用いた。
その後、添付のマニュアルにしたがって洗浄した上述の磁気ビーズの懸濁液30μlと、ハイブリダイズさせたDNA断片溶液とを混合し、旋回式振とう器で撹拌しながら温度43℃で1時間インキュベーションした。
【0036】
次に、DNA断片と結合した磁気ビーズを専用の磁石により回収し、洗浄バッファー(1×SSCバッファー(0.15MNaClと0.015Mクエン酸三ナトリウム二水和物の水溶液)、0.1%
SDS)で数回洗浄した。その後、T−dot−Eバッファー(10mM
Tris−HCl、0.1mM EDTA)中で磁気ビーズをインキュベーションすることにより磁気ビーズから再びDNA断片のみを回収した。
【0037】
磁気ビーズから回収したDNA断片は一本鎖の状態であるため、タカラバイオ(株)製の「TAKARA Taq(登録商標)」を用いたPCR反応により二本鎖化した。
具体的には、磁気ビーズから回収したDNA断片(一本鎖)溶液10μlに、10×PCR反応用緩衝液5μl、プライマー0.3μM、dNTP2.5mM、及び「TAKARA Taq(登録商標)」1.25Uを混合し、全液量が50μlとなるように滅菌水で希釈した。10×PCR反応用緩衝液及びdNTPは、「TAKARA Taq(登録商標)」に添付のものを用いた。また、プライマーとしては、配列CTAAGGCCTTGCTAGCAGAAGC(配列番号15)を採用した。
【0038】
PCRにおける加熱サイクルは、次の条件で行った。
ステップ1(1サイクル):96℃(2分)
ステップ2(30サイクル):96℃(30秒)→65℃(30秒)→72℃(1分)
【0039】
そして、PCR産物である二本鎖化したDNA断片は、キアクイック・ピーシーアール・ピュアフィリケイション・キット(QIAquick PCR Purification Kit、(株)キアゲン製)で精製した。精製は添付のマニュアルに従って行った。
【0040】
次に、予め、制限酵素XbaI(タカラバイオ(株)製)による切断と脱リン酸化を行ったプラスミドpBSIISK(+)(ストラタジーン社製)へ精製済みDNA断片を挿入した。具体的には、まず、pBSIISK(+)を制限酵素XbaI(タカラバイオ社製)で消化した。制限酵素による消化は、添付のマニュアルに従って行った。次に、このpBSIISK(+)にDNA断片を挿入した(ライゲーション反応)。ライゲーション反応は、T4DNAリガーゼ(ニュー・イングランド・バイオラボ・ジャパン株式会社製)を用い、これに添付のマニュアルにしたがって行った。
【0041】
次いで、DNA断片を組み込んだプラスミド(pBSIISK(+))を、コンピテントセル(ストラタジーン社製の「XL2-Blue MRF’ Competent Cells」)に導入した。コンピテントセルへの導入は、添付のマニュアルに従って行った。
その後、コンピテントセルをIPTG、X−gal、及びアンピシリンを添加したLB寒天培地で培養し、青白判定により挿入断片を含むコロニーを得た。青白判定用のLB寒天培地は、日本製薬(株)製のLB寒天培地「ダイゴ」に50μg/mlアンピシリンを添加し、プラスチック製シャーレで冷やして固めた培地表面に100mM IPTG溶液(50μl)及び2.5wt%X−gal溶液を塗布することによって作製した。
【0042】
次に、青白判定により、挿入断片を含むことが確認されたコロニーについて、挿入断片の長さを確認するために、コロニーPCRを行った。
具体的には、滅菌済み楊枝を用いてピックアップしたコロニーをマイクロチューブに入れたT−dot−Eバッファー(10mMTris−HCl(pH8.0)、0.1mM
EDTA)に懸濁し、温度96℃で10分間インキュベートして、バッファー中にプラスミドを放出させた。次いで、得られたプラスミド溶液を鋳型とし、ストラタジーン社製の「M13フォワードプライマー」(配列番号16)及びストラタジーン社社製の「M13リバースプライマー」(配列番号17)を用いてPCRを行った。
【0043】
PCRは、プラスミド溶液に、10×PCR反応用緩衝液2.5μl、各M13プライマー0.2μM、dNTP2.5mM、及びDNAポリメラーゼ(タカラバイオ(株)製のTAKARA ExTaq)0.625Uを混合し、全液量が25μlとなるように希釈した混合物を用いた。10×PCR反応用緩衝液及びdNTPは、DNAポリメラーゼに添付のものを用いた。
【0044】
PCRにおける加熱サイクルは、次の条件で行った。
ステップ1(1サイクル):96℃(2分)
ステップ2(30サイクル):96℃(30秒)→60℃(20秒)→72℃(1分)
ステップ3(1サイクル):72℃(5分)
【0045】
そして、PCR産物を濃度2%のアガロースゲルで電気泳動(緩衝液:0.5×のTAEバッファー(0.4M Tris、0.4M 酢酸、0.01M EDTA))を行い、サイズマーカーとの比較により、インサートDNA断片のおおよそのサイズを確認した。
【0046】
400bp以上のDNA断片の挿入が確認されたコロニーを滅菌済み楊枝を用いてピックアップし、LB培地(日本製薬(株)製のLB培地「ダイゴ」に50μg/mlアンピシリンを添加したもの)を150μlずつ分注した96穴型マイクロプレート中で37℃で約18時間振盪培養した。
次いで、市販のプラスミド抽出キット(キアゲン社製のキアプレップ・スピン・ミニプレップ・キット(QIAprep Spin Miniprep Kit))を用いて、DNA断片が挿入されたプラスミドを抽出した。
【0047】
次に、シークエンスキット(アプライド・バイオシステムズ(Applied Biosystems)社製の「ビッグダイ・ターミネーター・ブイ3.1・サイクル・シーケンシング・キット(BigDye Terminator V.3.1 Cycle Sequencing Kit)」)及びシークエンサー(アプライド・バイオシステムズ社製の「3130・ジェネティック・アナライザー(3130 Genetic Analyzer)」)により、挿入断片の塩基配列を決定した。塩基配列の決定は、添付のマニュアルに従って行った。
【0048】
以上のようにして、約200個の陽性クローンのうち24クローンの塩基配列を決定した。いずれのクローンもマイクロサテライト配列を含んでいた。ほとんどのクローンにおいては、マイクロサテライト領域に隣接する配列が極端に短く、プライマーを設計することができなかったが、5つのクローンについてはプライマーの設計が可能であった。
【0049】
次に、マイクロサテライトを含む挿入断片の塩基配列を基に、マイクロサテライト領域を挟むPCRプライマーを設計した。設計には、プライマー解析ソフトフェア(モレキュラー・インサイツ社(Molecular Biology Insights)製の「OLIGO Ver.6.67」を用いた。
このようにして、5組のプライマーセットを設計し、合成した。
【0050】
これらのプライマーセットは、それぞれ遺伝子座Mme−1、Mme−2、Mme−3、Mme−4、及びMme−5のマイクロサテライトに対するプライマーセットである。各プライマーセットはそれぞれフォワード側及びリバース側のプライマーからなる。
また、各プライマーの合成にあたっては、フォワード側のプラーマーの5’末端を蛍光物質で標識した。
各プライマーを標識する蛍光物質としては、4,7,2’,4’,5’,7’−ヘキサクロロー6−カルボキシフルオレッセイン(HEX)、6−カルボキシフルオレッセイン(FAM)、NED(アプライドシステムズジャパン社)及び6−カルボキシ−X−ローダミン(Rox)のいずれかを採用した。
【0051】
次に、各プライマーセットのマイクロサテライトマーカーとしての有効性を確認するために、各プライマーセットを用いてPCRを行い、テンの筋肉片48検体から抽出したDNAについて対立遺伝子の検出を行った。
【0052】
テンの筋肉片(48検体)は、2004年〜2005年に熊本県内で回収されたテンの個体から採取した。筋肉片からゲノムDNAの抽出は、上述のようにキアゲン(株)製の「ディーエヌエージー・ティシュー・キット」を用いて行った。
【0053】
次に、テンの筋肉片から抽出した鋳型DNA(50ng/μL)1.0μL、蛍光標識したフォワードプライマー(50μM)及び未標識のリバースプライマー(50μM)各0.1μL、DNAポリメラーゼ(タカラバイオ(株)製の「TAKARA EX Taq(登録商標) HS」(5units/μL)0.05μL、酵素添付品の10×PCRバッファー1.0μL、及びdNTP mixture(2.5mM each) 0.8μLの混合物を滅菌milli-Q水で希釈して総量を10μLとした。
【0054】
この混合液を以下のPCRサイクル条件で反応させた。
ステップ1(1サイクル):95℃(2分)
ステップ2(30サイクル):95℃(30秒)→各プライマーセットのアニーリング温度Ta(20秒)→72℃(20秒)
【0055】
次に、PCR産物を、アプライド・バイオシステムズ社(Applied Biosystems)製の「3130 Genetic Analyzer」及びアプライド・バイオシステムズ社(Applied Biosystems)製の「The GeneScanTM 500 ROXTM Size Standard」を用いて検出し、アプライド・バイオシステムズ社(Applied Biosystems)製の「GeneMapper(登録商標) Software v4.0」により断片サイズを決定した。各操作は、添付のマニュアルに従って行った。
【0056】
また、アメリカテン(M.americana)で報告(デービス・シー・エス・アンド・ストロベック・シー(Davis C.S. & Strobeck C.)著、アイソレイション・バライアビリティ・アンド・クロス−スピーシーズ・アンプリフィケイション・オブ・ポリモルフィック・マイクロサテライト・ロウサイ・イン・ザ・ファミリー・ムステリダエ(Isolation, variability, and cross-species amplification of polymorphic microsatellite loci in the family Mustelidae.)、「モレキュラー・エコロジー(Molecular Ecology)」、(米国)、1998年、第7巻、p.1771−1788)された14種類のマイクロサテライトマーカー(Ma−1、Ma−2、Ma−3、Ma−4、Ma−5、Ma−7、Ma−8、Ma9、Ma−10、Ma−11、Ma−14、Ma−15、Ma−18、Ma−19)についても、上述のプライマーセットと同様に、テンの筋肉片から抽出したDNAを鋳型とするPCRを行い、PCR産物のシークエンスを行った。
【0057】
その結果、テンから作製した5種類のプライマーセットのうち、遺伝子座Mme−2、Mme−3、及びMme−5のマイクロサテライトのプライマーセット、並びにアメリカテンで報告されたもののうち、遺伝子座Ma−1、Ma−2、Ma−5、及びMa−8のマイクロサテライトのプライマーセットの合計7つのプライマーセットについてPCR産物が確認された。これらのプライマーセットをそれぞれ第1〜第7プライマーセットとする。
【0058】
第1プライマーセットは、遺伝子座Mme−2のマイクロサテライトに対するプライマーセットであり、プライマーA(フォワードプライマー)及びプライマーB(リバースプライマー)からなる。プライマーAの配列を配列番号1に示し、プライマーBの配列を配列番号2に示す。
第2プライマーセットは、遺伝子座Mme−3のマイクロサテライトに対するプライマーセットであり、プライマーC(フォワードプライマー)及びプライマーD(リバースプライマー)からなる。プライマーCの配列を配列番号3に示し、プライマーDの配列を配列番号4に示す。
第3プライマーセットは、遺伝子座Mme−5のマイクロサテライトに対するプライマーセットであり、プライマーE(フォワードプライマー)及びプライマーF(リバースプライマー)からなる。プライマーEの配列を配列番号5に示し、プライマーFの配列を配列番号6に示す。
【0059】
第4プライマーセットは、遺伝子座Ma−1のマイクロサテライトに対するプライマーセットであり、プライマーG(フォワードプライマー)及びプライマーH(リバースプライマー)からなる。プライマーGの配列を配列番号7に示し、プライマーHの配列を配列番号8に示す。
第5プライマーセットは、遺伝子座Ma−2のマイクロサテライトに対するプライマーセットであり、プライマーI(フォワードプライマー)及びプライマーJ(リバースプライマー)からなる。プライマーIの配列を配列番号9に示し、プライマーJの配列を配列番号10に示す。
【0060】
第6プライマーセットは、遺伝子座Ma−5のマイクロサテライトに対するプライマーセットであり、プライマーK(フォワードプライマー)及びプライマーL(リバースプライマー)からなる。プライマーKの配列を配列番号11に示し、プライマーLの配列を配列番号12に示す。
第7プライマーセットは、遺伝子座Ma−8のマイクロサテライトに対するプライマーセットであり、プライマーM(フォワードプライマー)及びプライマーN(リバースプライマー)からなる。プライマーMの配列を配列番号13に示し、プライマーNの配列を配列番号14に示す。
【0061】
第1〜第7の各プライマーセットのアニーリング温度、増幅されるマイクロサテライトの長さ及び反復配列を後述の表1に示す。
【0062】
また、各プライマーセットの対立遺伝子数を表1に示す。
具体的には、上述の各プライマーセットを用いたPCRを行って検出されるPCR産物の長さのバリエーション数を計測し、これを対立遺伝子数とした。
【0063】
また、ヘテロ接合体率の観察値HO(オブザーブド・ヘテロザイゴシティ(observed heterozygosity))及びヘテロ接合体率の期待値HE(エクスペクティッド・ヘテロザイゴシティ(expected heterozygosity))を表1に示す。
ヘテロ接合体率の観察値HOは、あるマーカー座におけるヘテロ接合している個体の割合を示す。
ヘテロ接合体率の期待値HEは、下記の数式(1)で計算される。なお、数式(1)において、Pi:i番目の対立遺伝子のサンプル頻度、K:対立遺伝子数である。
【0064】
【数1】

【0065】
また、テンの個体識別に対する各プライマーセットの有効性を判断するために、コンピュータソフトウェア「GIMLET version 1.3.3」(ナタニエル・ヴァリエール(Nathaniel Valiere)作 2002)を用いて個体判別確率(プロバビリティ・オブ・アイデンティティ(Probability of identity))を計算した。
個体判別確率には、非血縁個体間の個体判別確率PItheoric(プロバビリティ・オブ・アイデンティティ・ビトウィーン・アンリレイティッド・インディビジュアルズ(probability of identity between unrelated individuals))と同胞個体間の個体判別確率PIsibsプロバビリティ・オブ・アイデンティティ・ビトウィーン・シブリングス(probability of identity between siblings)がある。
【0066】
非血縁個体間の個体判別確率(PItheoric)は、パートコー・ディ・アンド・ストロベック・シー(Paetkau D. & Strobeck C)著、マイクロサテライト・アナリシス・オブ・ジェネティック・バリエイション・イン・ブラック・ベア・ポピュレイションズ(Microsatellite analysis of genetic variation in black bear populations.)、「モレキュラー・エコロジー(Molecular Ecology)」、(米国)、1994年、第3巻、p489−495の記載に従って計算した。
同胞個体間の個体判別確率(PIsibs)は、タバーレット・ピー・アンド・ルイカート・ジー(Taberlet P. & Luikart G)著、ノンインベイシブ・ジェネティック・サンプリング・アンド・インディイジュアル・アイデンティフィケイション・データ(Non-invasive genetic sampling and individual identification.)、「バイオロジカル・ジャーナル・オブ・ザ・リンネン・ソサイティ(Biological Journal of the Linnean Society)」、(英国)、1999年、第68巻、p41−55の記載に従って計算した。
その結果を表1に示す。
【0067】
【表1】

【0068】
表1より知られるごとく、プライマーA〜プライマーNよりなる第1〜第7プライマーセットにおいては、これら7つのプライマーセットを合わせた非血縁個体間の個体判別確率(PItheoric)が1.549×10-7であり、同胞個体間の個体判別確率(PIsibs)が2.283×10-3であった。即ち、別個体でありながら同じ対立遺伝子型を持つものが出現する確率は、非血縁集団を想定した場合において1/6455531個体、同胞集団を想定した場合においても1/438個体と推定される。したがって、第1〜第7プライマーセットは、これらを組み合わせることにより十分な個体識別能を有していることがわかる。
なお、7つのプライマーセットを合わせたPItheoric及びPIsibsは、各プライマーセットのPItheoric及びPIsibsの値の積から算出した。
【0069】
(実施例)
次に、野外サンプルによる実証実験を行う。
本例においては、野外の様々な場所で採取したテンの糞サンプルからDNAを抽出し、第1〜第7プライマーセットを組み合わせて用いて個体識別を行う例である。
【0070】
まず、テンが生息する熊本県内の森林に設定した任意の5つのルート(収集場所A〜E)において、野生のテンの糞を5日間にわたり採取した。採取した糞は100%エタノール中に保存した。
このようにして、145個のテンの糞の検体(試料S1〜試料S145)を得た。これらの検体は、実験に使用するまで、−25℃のフリーザーで冷凍保存した。
【0071】
次いで、キアゲン社製の「キアアンプ・ディーエヌエー・ストゥール・ミニ・キット(QIAamp DNA Stool Mini Kit)」を用いて、糞からDNAを抽出した。抽出は添付のマニュアルに従って行った。
また、フォワード側プライマーを蛍光標識した各プライマーセット(第1プライマーセット〜第7プライマーセット)を合成した。
【0072】
具体的には、第1プライマーセット(マーカー座:Mme−2)のフォワード側プライマー(プライマーA)、第2プライマーセット(マーカー座:Mme−3)のフォワード側プライマー(プライマーC)、及び第3プライマーセット(マーカー座:Mme−5)のフォワード側プライマー(プライマーE)には、5’末端側に、4,7,2’,4’,5’,7’−ヘキサクロロー6−カルボキシフルオレッセイン(HEX)からなる蛍光標識物質を結合させた。
また、第4プライマーセット(マーカー座:Ma−1)のフォワード側プライマー(プライマーG)には、5’末端側に、NED(アプライドシステムズジャパン社)からなる蛍光標識物質を結合させた。
また、第5プライマーセット(マーカー座:Ma−2)のフォワード側プライマー(プライマーI)、第6プライマーセット(マーカー座:Ma−5)のフォワード側プライマー(プライマーK)、及び第7プライマーセット(マーカー座:Ma−8)のフォワード側プライマー(プライマーM)には、6−カルボキシフルオレッセイン(FAM)からなる蛍光標識物質を結合させた。
【0073】
次に、テンの糞から抽出した鋳型DNA(50ng/μL)1.0μL、蛍光標識したフォワードプライマー(50μM)及び未標識のリバースプライマー(50μM)各0.1μL、DNAポリメラーゼ(タカラバイオ(株)製の「TAKARA EX Taq(登録商標) HS (5units/μL)」0.05μL、酵素添付品の10×PCRバッファー1.0μL、及びdNTP mixture(2.5mM each) 0.8μLの混合物を滅菌milli-Q水で希釈して総量を10μLとした。
この混合液を以下のPCRサイクル条件で反応させた。
ステップ1(1サイクル):95℃(2分)
ステップ2(35サイクル):95℃(30秒)→各プライマーセットのアニーリング温度Ta(表1参照)(20秒)→72℃(20秒)
【0074】
次に、PCR産物を、実験例と同様に、アプライド・バイオシステムズ社(Applied Biosystems)製の「3130 Genetic Analyzer」及びアプライド・バイオシステムズ社製の「The GeneScanTM 500 ROXTM Size Standard」を用いて検出し、アプライド・バイオシステムズ社(Applied Biosystems)製の「GeneMapper(登録商標) Software v4.0」により断片サイズを決定した。各操作は、添付のマニュアルに従って行った。
【0075】
糞から抽出したDNAはアレリック・ドロップアウト(allelic dropout)やフォールス・アレル(false allele)による判定エラーを引き起こしやすいことが知られている。そのため、PCR増幅及び断片サイズの決定は、1検体あたり全ての座位について最低2回ずつ繰り返して行った。そして、2回とも同一の対立遺伝子型を示したものをその座位の対立遺伝子型とした。1回目と2回目の結果が異なる場合には、最高で5回目まで分析を繰り返し、2回以上同一の対立遺伝子型を示したものをその座位の対立遺伝子型とした。個体識別は、すべてのマーカー座について対立遺伝子型が決定できたサンプルのみを対象とし、コンピュータソフトウェア「サーバス・バージョン2.0(Cervus version2.0)」を用いて判定した。かかる判定は、マーシャル・ティ.シー(Marshall T.C.)、スレイト・ジェイ(Slate J.)、クルーク・エル(Kruuk L.)、ペンバートン・ジェイ・エム(Pemberton J.M.)著、スタティスティカル・コンフィデンス・フォー・ライクリフッド−ベースド・パターナティ・インフェレンス・イン・ナチュラル・ポピュレイションズ(Statistical confidence for likelihood-based paternity inference in natural populations.)、「モレキュラー・エコロジー(Molecular Ecology)」、(米国)、1998年、第7巻、p.639−655に記載に従って行った。
【0076】
【表2】

【0077】
【表3】

【0078】
【表4】

【0079】
【表5】

【0080】
表2〜表5より知られるごとく、野外から採取したテンの糞サンプルによる実証実験では、全体の49%にあたる71検体において全てのマーカー座の対立遺伝子が決定できた。残りの74検体のうち、62検体では1つ以上のマーカー座で対立遺伝子が検出できたが、全体の8.3%にあたる12検体ではいずれのマーカー座でも対立遺伝子が検出できなかった。これらの74検体については、表2〜表5への記載を省略してある。
全てのマーカー座について対立遺伝子が決定できた71検体について個体識別判定を行った結果、35個体(個体X1〜X35)について識別ができた(表2〜表5参照)。
これらの35個体のうち、27個体(個体X9〜個体X35)は検出回数が1回のみであったが、残りの8個体(個体X1〜個体X8)は複数回にわたって検出できた。
【0081】
また、個体X1〜個体X7については、複数日にまたがって糞が確認されており、少なくとも3日以上調査ルートに滞在していたことが明らかとなった。
以上のように、第1〜第7プライマーセットは、テンの生息個体数の推定及び行動権の把握に有用であることがわかる。
【配列表フリーテキスト】
【0082】
配列番号:1はテン(マルテス・メランパス)の遺伝子座Mme−2のフォワード側プライマー(プライマーA)の塩基配列を示す。
配列番号:2はテン(マルテス・メランパス)の遺伝子座Mme−2のリバース側プライマー(プライマーB)の塩基配列を示す。
配列番号:3はテン(マルテス・メランパス)の遺伝子座Mme−3のフォワード側プライマー(プライマーC)の塩基配列を示す。
配列番号:4はテン(マルテス・メランパス)の遺伝子座Mme−3のリバース側プライマー(プライマーD)の塩基配列を示す。
配列番号:5はテン(マルテス・メランパス)の遺伝子座Mme−5のフォワード側プライマー(プライマーE)の塩基配列を示す。
配列番号:6はテン(マルテス・メランパス)の遺伝子座Mme−5のリバース側プライマー(プライマーF)の塩基配列を示す。
配列番号:7はテン(マルテス・アメリカーナ)の遺伝子座Ma−1のフォワード側プライマー(プライマーG)の塩基配列を示す。
配列番号:8はテン(マルテス・アメリカーナ)の遺伝子座Ma−1のリバース側プライマー(プライマーH)の塩基配列を示す。
配列番号:9はテン(マルテス・アメリカーナ)の遺伝子座Ma−2のフォワード側プライマー(プライマーI)の塩基配列を示す。
配列番号:10はテン(マルテス・アメリカーナ)の遺伝子座Ma−2のリバース側プライマー(プライマーJ)の塩基配列を示す。
配列番号:11はテン(マルテス・アメリカーナ)の遺伝子座Ma−5のフォワード側プライマー(プライマーK)の塩基配列を示す。
配列番号:12はテン(マルテス・アメリカーナ)の遺伝子座Ma−5のリバース側プライマー(プライマーL)の塩基配列を示す。
配列番号:13はテン(マルテス・アメリカーナ)の遺伝子座Ma−8のフォワード側プライマー(プライマーM)の塩基配列を示す。
配列番号:14はテン(マルテス・アメリカーナ)の遺伝子座Ma−8のリバース側プライマー(プライマーN)の塩基配列を示す。
配列番号:15はプライマーの塩基配列を示す。
配列番号:16はフォワード側プライマー(M13プライマー)の塩基配列を示す。
配列番号:17はリバース側プライマー(M13プライマー)の塩基配列を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
テンの個体識別に用いられるPCRプライマーセットであって、
配列番号1の塩基配列と80%以上の相同性を有するポリヌクレオチドを有するプライマーAと、配列番号2の塩基配列と80%以上の相同性を有するポリヌクレオチドを有するプライマーBとからなる第1プライマーセット、
配列番号3の塩基配列と80%以上の相同性を有するポリヌクレオチドを有するプライマーCと、配列番号4の塩基配列と80%以上の相同性を有するポリヌクレオチドを有するプライマーDとからなる第2プライマーセット、
配列番号5の塩基配列と80%以上の相同性を有するポリヌクレオチドを有するプライマーEと、配列番号6の塩基配列と80%以上の相同性を有するポリヌクレオチドを有するプライマーFとからなる第3プライマーセット、
配列番号7の塩基配列と80%以上の相同性を有するポリヌクレオチドを有するプライマーGと、配列番号8の塩基配列と80%以上の相同性を有するポリヌクレオチドを有するプライマーHとからなる第4プライマーセット、
配列番号9の塩基配列と80%以上の相同性を有するポリヌクレオチドを有するプライマーIと、配列番号10の塩基配列と80%以上の相同性を有するポリヌクレオチドを有するプライマーJとからなる第5プライマーセット、
配列番号11の塩基配列と80%以上の相同性を有するポリヌクレオチドを有するプライマーKと、配列番号12の塩基配列と80%以上の相同性を有するポリヌクレオチドを有するプライマーLとからなる第6プライマーセット、及び
配列番号13の塩基配列と80%以上の相同性を有するポリヌクレオチドを有するプライマーMと、配列番号14の塩基配列と80%以上の相同性を有するポリヌクレオチドを有するプライマーNとからなる第7プライマーセットからなることを特徴とするPCRプライマーセット。
【請求項2】
請求項1に記載のPCRプライマーセットにおいて、上記第1プライマーセットとしては、上記配列番号1の塩基配列を有するプライマーAと上記配列番号2の塩基配列を有するプライマーBとを有し、
上記第2プライマーセットとしては、上記配列番号3の塩基配列を有するプライマーCと、上記配列番号4の塩基配列を有するプライマーDとを有し、
上記第3プライマーセットとしては、上記配列番号5の塩基配列を有するプライマーEと、上記配列番号6の塩基配列を有するプライマーFとを有し、
上記第4プライマーセットとしては、上記配列番号7の塩基配列を有するプライマーGと、上記配列番号8の塩基配列を有するプライマーHとを有し、
上記第5プライマーセットとしては、上記配列番号9の塩基配列を有するプライマーIと、上記配列番号10の塩基配列を有するプライマーJとを有し、
上記第6プライマーセットとしては、上記配列番号11の塩基配列を有するプライマーKと、上記配列番号12の塩基配列を有するプライマーLとを有し、
上記第7プライマーセットとしては、上記配列番号13の塩基配列を有するプライマーMと、上記配列番号14の塩基配列を有するプライマーNとを有することを特徴とするPCRプライマーセット。
【請求項3】
請求項1又は2に記載のPCRプライマーセットおいて、マルテス・メランプス(Martes melampus)の個体識別に適用することを特徴とするPCRプライマーセット。
【請求項4】
少なくとも7組のPCRプライマーセットをそれぞれ用いてテンから抽出したゲノムDNAをテンプレートとする少なくとも7種類のポリメラーゼ連鎖反応(PCR)を行い、マイクロサテライト法により個体識別を行うテンの個体識別方法において、
上記PCRプライマーセットとしては、請求項1〜3のいずれか一項に記載のものを採用することを特徴とするテンの個体識別方法。
【請求項5】
請求項4に記載の個体識別方法において、上記PCRプライマーセットをそれぞれ用いてポリメラーゼ連鎖反応を行って得られるポリメラーゼ連鎖反応物の長さを比較することにより個体識別を行うことを特徴とするテンの個体識別方法。
【請求項6】
請求項4に記載の個体識別方法において、上記PCRプライマーセットをそれぞれ用いてポリメラーゼ連鎖反応を行って得られるポリメラーゼ連鎖反応物の塩基配列を決定し該塩基配列を比較することにより個体識別を行うことを特徴とするテンの個体識別方法。
【請求項7】
請求項4〜6のいずれか一項に記載の個体識別方法において、上記ポリメラーゼ連鎖反応におけるアニーリング温度Taを45℃〜65℃とすることを特徴とするテンの個体識別方法。

【公開番号】特開2011−109952(P2011−109952A)
【公開日】平成23年6月9日(2011.6.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−268491(P2009−268491)
【出願日】平成21年11月26日(2009.11.26)
【出願人】(591146239)いであ株式会社 (11)
【Fターム(参考)】