テンパービード溶接方法
【課題】作業効率を低下させることなく、良好なテンパー効果を得る。
【解決手段】母材に発生した硬化域(H1)を、2層目以降の溶接をする際の溶接熱により焼き戻すテンパービード溶接をする際に、1層目の溶接と2層目以降の溶接をするときの、溶接速度及び溶接ワイヤ供給量を同一にする。また、1層目の溶接をするときの溶接電流値に対して、2層目以降の溶接をするときの溶接電流値を大きくする。更に、少なくとも2層目の溶接による熱に起因して発生する焼き戻し域(S1)の底が、硬化域(H1)の底よりも深く、しかも、2層目以降の溶接による熱に起因して発生する焼き戻し域(S1〜S6)が深さ方向に関して一部重複するように各層の溶接をするときの溶接電流値を設定する。
【解決手段】母材に発生した硬化域(H1)を、2層目以降の溶接をする際の溶接熱により焼き戻すテンパービード溶接をする際に、1層目の溶接と2層目以降の溶接をするときの、溶接速度及び溶接ワイヤ供給量を同一にする。また、1層目の溶接をするときの溶接電流値に対して、2層目以降の溶接をするときの溶接電流値を大きくする。更に、少なくとも2層目の溶接による熱に起因して発生する焼き戻し域(S1)の底が、硬化域(H1)の底よりも深く、しかも、2層目以降の溶接による熱に起因して発生する焼き戻し域(S1〜S6)が深さ方向に関して一部重複するように各層の溶接をするときの溶接電流値を設定する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はテンパービード溶接方法に関し、1層目の溶接による熱に起因して母材に発生した硬化域を、溶接の作業効率を低下させることなく、効果的に焼き戻して延性向上及び靱性向上を図ることができるように工夫したものである。
【背景技術】
【0002】
鉄鋼構造物を長年に渡り使用してくると、その使用環境により経年劣化を生じ応力腐食割れが発生し、割れや欠陥等が発生してくることがある。原子炉圧力容器などのように、高い安全性が要求される鉄鋼構造物では、割れや欠陥等が発生したら、現場で補修をする必要がある。
補修方法としては、母材表層部をグラインダー等によって削り取って割れや欠陥の部位を機械的に除去し、その表面にTIG溶接等を用いて新たな金属を肉盛り溶接して、その後、機械的に面一に加工する補修溶接方法が一般的に採用されている。
【0003】
鉄鋼構造物の材質が、炭素鋼や低合金鋼などの温度変化により変態が生じる材料である場合には、溶接を行うと溶接熱により母材に硬化域が生じてしまう。硬化域は、硬く靱性が劣るため、熱処理をして硬化域を消滅させる必要がある。
しかし、既設プラント等では、現場において、補修対象部を焼鈍炉に入れて熱処理をすることは、現実的には困難である。
【0004】
そこで、焼鈍炉での熱処理の代替として溶接後の熱処理を不要とするテンパービード溶接方法により、補修溶接をすることが知られている。
テンパービード溶接方法とは、1層目の溶接による熱に起因して母材に発生した硬化域を、2層目以降の溶接熱サイクルで焼き戻す溶接方法である。
【0005】
ここで、テンパービード溶接方法により、硬化域を焼き戻して消失させる手順を、図15を参照して説明する。
なお、図15において、H1,H2は硬化域、S1〜S3は焼き戻し域、F1〜F3は溶け込み域、B1〜B3は溶接ビードである。
【0006】
図15(a)に示すように、1層目の溶接により溶接ビードB1を形成したときには、溶接熱により母材に硬化域H1が形成される。
図15(b)に示すように、2層目の溶接によりビードB2を形成したときには、溶接熱により発生する焼き戻し域S2により、硬化域H1の下部域が焼き戻されて、硬化域H1は硬化域H2へと領域が縮小する。
図15(c)に示すように、3層目の溶接により溶接ビードB3を形成したときには、溶接熱により発生する焼き戻し域S3により、硬化域H2が焼き戻されて、硬化域H2が消失する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特許第3970469号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
ところで、従来のテンパービード溶接方法では、焼鈍炉により熱処理を実施しているものと比べると、その熱処理時間(熱保持時間)は極めて短く、焼き戻し域は硬化域に比べて狭く、焼き戻しの効果が小さく、テンパー処理をしたとしても、硬化域を焼き戻した領域の機械的性能の回復(延性向上、靱性向上)が劣るという課題があった。
しかも、焼き戻し域が硬化域に比べて狭いことから、施工時のばらつき要因により焼き戻しが不十分になる場合もあり、施工条件裕度が狭かった。
【0009】
一方、テンパービード溶接方法において、2層目以降の溶接速度(溶接トーチの移動速度)を下げ、それに伴い溶接ワイヤ供給量も減らしてテンパーをかける特許発明がある(特許文献1参照)。
しかし、この技術は、硬化域を斑なく焼き戻すことを目的としているだけであり、テンパーによる熱処理時間までは考えておらず、機械的性能(延性、靱性)は、焼鈍炉により熱処理をしたときの機械的性能に対して低いままであった。
また溶接速度を遅くして、溶接ワイヤ供給量も減らしているため、作業能率が悪くなるという問題もあった。
【0010】
本発明は、上記従来技術に鑑み、作業効率を低下させることなく、溶接速度(溶接トーチの移動速度)及び溶接ワイヤ供給量(溶接ワイヤ供給速度)を、常に一定としつつ、硬化域を焼き戻し処理した領域の機械的性能について硬化域を軟化させるとともに、靭性は焼鈍炉により熱処理したもの以上にまで向上させることができるテンパービード溶接方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題を解決する本発明の構成は、
母材に1層目の溶接をすることにより、母材に発生した硬化域を、2層目以降の溶接をする際の溶接熱により焼き戻すテンパービード溶接方法において、
1層目の溶接と2層目以降の溶接をする際の、溶接速度及び溶接ワイヤ供給量を同一にすると共に、
1層目の溶接をするときの溶接電流値に対して、2層目以降の溶接をするときの溶接電流値を大きくしていることを特徴とする。
【0012】
また本発明の構成は、
母材に1層目の溶接をすることにより、母材に発生した硬化域を、2層目以降の溶接をする際の溶接熱により焼き戻すテンパービード溶接方法において、
1層目の溶接と2層目以降の溶接をする際の、溶接速度及び溶接ワイヤ供給量を同一にすると共に、
1層目の溶接をするときの溶接電流値に対して、2層目以降の溶接をするときの溶接電流値を大きくし、
更に、少なくとも2層目の溶接による熱に起因して発生する焼き戻し域の底が、前記硬化域の底よりも深く、しかも、2層目以降の溶接による熱に起因して発生する焼き戻し域が深さ方向に関して一部重複するように、各層の溶接をするときの溶接電流値を設定していることを特徴とする。
【0013】
また本発明の構成は、
母材に1層目の溶接をすることにより、母材に発生した硬化域を、2層目以降の溶接をする際の溶接熱により焼き戻すテンパービード溶接方法において、
1層目の溶接と2層目以降の溶接をする際の、溶接速度及び溶接ワイヤ供給量を同一にすると共に、
1層目の溶接をするときの溶接電流値に対して、2層目以降の溶接をするときの溶接電流値を大きくし、
更に、少なくとも2層目の溶接による熱に起因して発生する焼き戻し域の底が、前記硬化域の底よりも深く、しかも、2層目以降の溶接による熱に起因して発生する焼き戻し域が深さ方向に関して一部重複するように、各層の溶接をするときの溶接電流値を設定するために、
1層目の溶接をすることにより母材に発生する硬化域の深さ方向の幅をなるべく狭くし、且つ、入熱量が予め決めた上限入熱量に比べて充分に小さくなる電流値として予め設定した1層目の確定電流値でもって、母材と同材質の試験片に対して、前記の溶接速度及び溶接ワイヤ供給量にして1層目の溶接をし、このときの深さ方向の各位置における最高到達温度を測定し、この測定結果から前記試験片に形成された硬化域の深さ方向の幅を検出し、
母材と同材質の試験片に対して、電流値の異なる複数の2層目の試験電流値でもって、前記の溶接速度及び溶接ワイヤ供給量にして1層目及び2層目の溶接をし、このときの深さ方向の各位置における最高到達温度を測定し、この測定結果から、前記硬化域の底における最高到達温度が、予め決めた焼き戻し温度範囲内で且つ予め決めた焼き戻し下限温度範囲に最も近くなる2層目の試験電流値を、2層目の候補電流値とすると共に、この2層目の候補電流値の場合における入熱量を計算し、
母材と同材質の試験片に対して、電流値の異なる複数の3層目の試験電流値でもって、前記の溶接速度及び溶接ワイヤ供給量にして1層目,2層目及び3層目の溶接をし、このときの深さ方向の各位置における最高到達温度を測定し、この測定結果から、前記硬化域の底における最高到達温度が、予め決めた焼き戻し温度範囲内で且つ予め決めた焼き戻し下限温度範囲に最も近くなる3層目の試験電流値を、3層目の候補電流値とすると共に、この3層目の候補電流値の場合における入熱量を計算し、
以降同様にして、4層目以降の候補電流値と、各候補電流値の場合における入熱量を計算し、
入熱量が前記上限入熱量未満となる最も上層の候補電流値を、当該層の確定電流値とし、
母材に対して1層目の溶接をするときの溶接電流値を、1層目の確定電流値とし、
母材に対して前記当該層の溶接をするときの溶接電流値を、前記当該層の確定電流値とし、
母材に対して1層目と前記当該層との間の層の溶接をするときの溶接電流値を、1層目の確定電流値と前記当該層の確定電流値との間の値の電流値とし、
母材に対して前記当該層よりも上の層の溶接をするときの溶接電流値を、前記当該層の確定電流値とすることを特徴とする。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、溶接速度とワイヤ供給量を一定としつつ、溶接層に応じて溶接電流値を制御するようにしたので、作業効率を低下させることなく、硬化域を効果的に焼き戻し処理することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】本発明に係るテンパービード溶接方法に用いるTIG溶接装置を示す概略構成図。
【図2】本発明に係るテンパービード溶接方法による焼き戻し処理を示す説明図。
【図3】本発明に係るテンパービード溶接方法において用いる電流波形を示す特性図。
【図4】1層目の溶接をした試験片を示す構成図。
【図5】試験片に1層目の溶接をしたときの、最高到達温度と深さ方向の距離との関係を示す特性図。
【図6】2層目の溶接をした試験片を示す構成図。
【図7】試験片に2層目の溶接をしたときの、最高到達温度と深さ方向の距離との関係を示す特性図。
【図8】3層目の溶接をした試験片を示す構成図。
【図9】試験片に3層目の溶接をしたときの、最高到達温度と深さ方向の距離との関係を示す特性図。
【図10】4層目の溶接をした試験片を示す構成図。
【図11】試験片に4層目の溶接をしたときの、最高到達温度と深さ方向の距離との関係を示す特性図。
【図12】テンパービード溶接をした状態を示す斜視図。
【図13】本発明に係るテンパービード溶接方法をしたときにおける、最高到達温度と深さ方向の距離との関係を示す特性図。
【図14】本発明に係るテンパービード溶接方法をしたときにおける、焼き戻し効果を示す特性図。
【図15】従来のテンパービード溶接方法による焼き戻し処理を示す説明図。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明の実施の形態について、実施例に基づき詳細に説明する。
【実施例1】
【0017】
本発明の実施例1に係るテンパービード溶接方法に用いるTIG溶接装置10の概略構成を、図1に基づき説明する。
このTIG溶接装置10においては、溶接トーチ1は、トーチ移動機構2により移動走査されるようになっている。溶接ワイヤ供給装置3は溶接ワイヤ4を繰り出す。
制御部5は、トーチ移動機構2を制御して溶接トーチ1の移動速度(溶接速度)を制御し、溶接ワイヤ供給装置3を制御して溶接ワイヤ4の供給速度(供給量)を制御し、更に溶接トーチ1に供給する溶接電流を制御する。
なお図1において20は母材である。
【0018】
図1に示すTIG溶接装置10によりテンパービード溶接をする際には、制御部5は、1層目の溶接であっても、2層目以降の溶接であっても、溶接トーチ1の移動速度(溶接速度)を同一とし、且つ、溶接ワイヤ4の供給速度(供給量)を同一とするように制御する。
【0019】
更に、制御部5は、溶接電流の値を制御するが、1層目の溶接をするときの電流値に比べて、2層目以降の溶接をするときの電流値を大きくしている。なお、各層の溶接をするときの溶接電圧は、ほぼ同一になっている。
【0020】
しかも、1層目の溶接による熱に起因して母材20に発生した硬化域H1を、2層目以降の溶接による溶接熱で焼き戻し(テンパー)する際に、硬化域H1を充分に軟化させるように、電流値について工夫をしている。
即ち、図2に示すように、2層目の溶接による熱に起因して発生する焼き戻し域S2の底が、硬化域H1の底よりも深く、3層目の溶接による熱に起因して発生する焼き戻し域S3の底が硬化域H1の底に達し、しかも、2層目以降の溶接による熱に起因して発生する焼き戻し域S2〜S6が深さ方向に関して一部重複するように(即ち、上層側の焼き戻し域の下部域と下層側の焼き戻し域の上部域が深さ方向に関して一部重複するように)、各層の溶接をするときの電流値を設定している。
【0021】
このように、焼き戻し域S2の底が硬化域H1の底よりも深く、焼き戻し域S3の底が硬化域H1の底に達し、且つ、各焼き戻し域S2〜S6が深さ方向に関して一部重複するようにしているため、硬化域H1の底の部分を含めて硬化域H1の深さ方向の各部分は、焼き戻し域S2〜S6の熱(焼き戻し温度範囲の600〜900℃の熱)により複数回の焼き戻し処理が行われることとなる。
【0022】
したがって、溶接を重ねるごとに、硬化域は、H1→H2→H3→H4と小さくなり、5層目の溶接において硬化域は消滅する。しかも、硬化域H1の底の部分を含めて硬化域H1の深さ方向の各部分は、複数回の焼き戻し処理が行われることとなりテンパー温度に保持される時間が増加し、硬化域であった部分(H1の部分)は、軟化するとともに、靭性は焼鈍炉により熱処理したもの以上にまで高くなる。
【0023】
更に本実施例では、1層目の溶接であっても、2層目以降の溶接であっても、溶接トーチ1の移動速度(溶接速度)を同一とし、且つ、溶接ワイヤ4の供給速度(供給量)を同一とするため、溶接の作業能率を悪化させることはなく、効率的な溶接を維持することができる。また焼き戻し域S2〜S6を重ねることで施工条件裕度を広げることができる。
【0024】
なお実施例1では、溶接トーチ1の移動速度(溶接速度),溶接ワイヤ4の供給速度(溶接ワイヤ供給量)及び溶接電流値を、制御部5により自動的に設定・制御するようにしたが、これらを手動により設定・制御することも可能である。
【実施例2】
【0025】
次に、図1に示すTIG溶接装置10を用いて、実施例2にかかるテンパービード溶接方法を実施する態様を説明する。
【0026】
実施例2は、全姿勢溶接をすることを前提とした溶接方法である。
ここで「全姿勢溶接」とは、溶接トーチ1が鉛直方向の下向きになる溶接姿勢で下面の被溶接部を溶接することや、溶接トーチ1が水平方向に立向きになる溶接姿勢で側面の被溶接部を溶接することや、溶接トーチ1が鉛直方向の上向きになる溶接姿勢で上面(天井面)の被溶接部を溶接することを意味する。
【0027】
この全姿勢溶接をする場合には、特に溶接トーチ1が水平方向の立向きになる溶接姿勢で溶接をした場合に、側面の被溶接部(母材)が過剰な溶接熱により溶けて下方に落下することがないようにするため、入熱量に上限がある。
本実施例では、母材が炭素鋼や低合金鋼であることおよび溶接材がステンレス鋼およびNi基合金であることを考慮して、上限入熱量を9kJ/cmとして設定した。なお、この上限入熱量は、被溶接部の材料特性によって、適宜設定することができる。
【0028】
TIG溶接装置10によりテンパービード溶接をする際には、制御部5は、1層目の溶接であっても、2層目以降の溶接であっても、溶接トーチ1の移動速度(溶接速度)を同一(予め決めた溶接速度)とし、且つ、溶接ワイヤ4の供給速度(供給量)を同一(予め決めた溶接ワイヤ供給量)とするように制御する。
【0029】
更に、制御部5は、溶接電流の値を制御するが、1層目の溶接をするときの電流値に比べて、2層目以降の溶接をするときの電流値を大きくしている。なお、各層の溶接をするときの溶接電圧は、ほぼ同一になっている。
このとき、供給する溶接電流は、図3に示すような、パルス電流、即ち、低電流(ベース電流)と高電流(ピーク電流)とが交互に繰り返す矩形波電流である。
【0030】
被溶接材(母材)が炭素鋼や低合金鋼であり、溶接材がステンレス鋼およびNi基合金である場合には、溶接電流の値は、制御部5により、例えば、次のように設定・制御している。
(1)1層目の溶接をするときの溶接電流の電流値は、ベース電流を54(A)とし、ピーク電流を232(A)としている。
なおベース電流を54(A)としたときの入熱量は、5.7kJ/cmであり、ピーク電流を233(A)としたときの入熱量は、7.1kJ/cmである。
入熱量は、「電流値×電圧値÷溶接速度」により求めることができる。
(2)2層目の溶接をするときの溶接電流の電流値は、1層目の溶接電流値と、次に示す3層目の溶接電流値の間の値としている。例えば、ベース電流を72(A)とし、ピーク電流を258(A)としている。
(3)3層目の溶接をするときの溶接電流の電流値は、ベース電流を81(A)とし、ピーク電流を264(A)としている。
なおベース電流を81(A)としたときの入熱量は、7.0kJ/cmであり、ピーク電流を264(A)としたときの入熱量は、8.6kJ/cmである。
このとき、ピーク電流264(A)が流れているときの入熱量8.6kJ/cmは、上限入熱量である9kJ/cmに近いがこの上限入熱量よりも小さくなっている。
(4)4層目以降の溶接をするときの溶接電流の電流値は、3層目の溶接をするときの溶接電流の電流値と同じく、ベース電流を81(A)とし、ピーク電流を264(A)としている。
このとき、ピーク電流264(A)が流れているときの入熱量8.6kJ/cmは、上限入熱量である9kJ/cmに近いがこの上限入熱量よりも小さくなっている。
【0031】
詳細な理由は後述するが、上記のように、各層の溶接をするときの電流値を設定することにより、1層目の溶接による熱に起因して母材に発生した硬化域H1を、実施例1と同様に、図2に示すような焼き戻し処理(テンパー処理)と同様にして消滅させることができる。
即ち、2層目の溶接による熱に起因して発生する焼き戻し域S2の底が、硬化域H1の底よりも深く、3層目の溶接による熱に起因して発生する焼き戻し域S3の底が硬化域H1の底に達し、しかも、2層目以降の溶接による熱に起因して発生する各焼き戻し域が深さ方向に関して一部重複する(即ち、上層側の焼き戻し域の下部域と下層側の焼き戻し域の上部域が深さ方向に関して一部重複する)。
【0032】
このように、焼き戻し域S2の底が硬化域H1の底よりも深く、焼き戻し域S3の底が硬化域H1の底に達し、且つ、各焼き戻し域が深さ方向に関して一部重複するため、硬化域H1の底の部分を含めて硬化域H1の深さ方向の各部分は、各焼き戻し域の熱(焼き戻し温度範囲の600〜900℃の熱)により複数回の焼き戻し処理が行われることとなる。
【0033】
したがって、溶接を重ねるごとに、硬化域H1は次第に小さくなり最終的には硬化域H1は消滅する。しかも、硬化域H1の底の部分を含めて硬化域H1の深さ方向の各部分は、複数回の焼き戻し処理が行われることとなりテンパー温度に保持される時間が増加し、硬化域であった部分(H1の部分)は、軟化するとともに、靭性は焼鈍炉により熱処理したもの以上にまで高くなる。
【0034】
また本実施例では、1層目の溶接であっても、2層目以降の溶接であっても、溶接トーチ1の移動速度(溶接速度)を同一とし、且つ、溶接ワイヤ4の供給速度(供給量)を同一とするため、溶接の作業能率を悪化させることはなく、効率的な溶接を維持することができる。また各焼き戻し域を重ねることで施工条件裕度を広げることができる。
【0035】
更に、実施例2では、最も大きいピーク電流の値は3層目以降の溶接をするときにおける258(A)であり、このときの入熱量は8.6kJ/cmであり、上限入熱量である9kJ/cmよりも小さい。このため、立向き溶接をしたとしても、母材が溶接熱により溶け落ちることはなく、全姿勢溶接をすることができる。
【0036】
次に、図2に示すのと同様な焼き戻し処理を可能とするために、各層の溶接をするときの電流値をどのようにして決定したのかを説明する。
【0037】
最初に各層における電流値を設定するための前提を説明する。
補修対象部(被溶接部)が炭素鋼や低合金鋼である場合、「焼き戻し温度範囲」を、例えば600℃〜900℃とする。そして焼き戻し温度範囲の下限温度(例えば600℃)を「焼き戻し下限温度」とする。なお、補修対象部(被溶接部)が他の材質である場合には、その材質に応じた「焼き戻し温度範囲」を設定する。
また補修対象部(被溶接部)が炭素鋼や低合金鋼であり、溶接材がステンレス鋼およびNi基合金である場合、全姿勢溶接ができるように、「上限入熱量」を9kJ/cmとする。なお、補修対象部(被溶接部)が他の材質である場合には、その材質に応じた「上限入熱量」を設定する。
更に補修対象部(被溶接部)の材料(母材)が変態し始める温度を変態開始温度Ac1とし、材料(母材)の変態が完了する温度を変態完了温度Ac3とする。補修対象部(被溶接部)が炭素鋼や低合金鋼である場合、変態開始温度Ac1は例えば730℃であり、変態完了温度Ac3は例えば840℃である。
【0038】
1層目の溶接をするときの溶接電流の電流値は、1層目の溶接をしたときの熱に起因して発生する硬化域H1(図2参照)の深さ方向の幅が、広がらないように小入熱となるように、予め設定する。
本例では、例えば、溶接電流の電流値は、ベース電流を54(A)とし、ピーク電流を232(A)とした。勿論このときの入熱量は、上限入熱量に比べて充分に小さい。
このようにして設定した1層目の電流値を、「1層目の確定電流値」とする。
【0039】
補修対象部と同材質の試験片30(図4参照)に対して、溶接電流値を「1層目の確定電流値」とし、且つ、予め決めた溶接速度(同一の溶接速度)と、予め決めた溶接ワイヤ供給量(同一の溶接ワイヤ供給量)にして、TIG溶接装置10により1層目の溶接をする。
試験片30には、裏面側から深さの異なる複数のセンサ用穴31a〜31fを形成しており、各センサ用穴31a〜31fに温度センサを配置している。このようにすることより、ボンドを基準(零)とした深さ方向の各位置における最高到達温度を計測する。
なお図4において、B1は1層目の溶接により形成された溶接ビードを示す。
【0040】
図5の特性曲線T1は、上述したようにして試験片30に対して1層目の溶接をしたときに、各センサ用穴31a〜31fに配置した温度センサにより検出した温度を基に求めた、ボンドを基準位置(零)とした深さ方向の各位置における最高到達温度を示す特性である。
図5の特性において、ボンドの位置(深さ0)から、特性曲線T1と変態開始温度Ac1とが交差する深さ方向の位置までの距離(深さ方向の距離)、即ち、ボンドの位置(深さ0)から、1層目の溶接により最高到達温度が変態開始温度Ac1になる深さ方向の位置までの距離(深さ方向の距離)を硬化域H1の幅(深さ方向の幅)とする。
図5の特性から、この例では、硬化域H1の深さ方向の幅は、1.7mmであることがわかる。
【0041】
次に、電流値として、2層目の第1試験電流値、2層目の第2試験電流値、2層目の第3試験電流値、2層目の第4試験電流値、・・・・を準備しておく。この場合、2層目の第1試験電流値が最も小さく、第2,第3,第4・・・となるにしたがい、次第に電流値を大きくしている。
【0042】
そして、補修対象部と同材質の試験片30に対して、溶接電流値を「2層目の第1試験電流値」とし、且つ、予め決めた溶接速度(同一の溶接速度)と、予め決めた溶接ワイヤ供給量(同一の溶接ワイヤ供給量)にして、TIG溶接装置10により1層目〜2層目の溶接をする(図6参照)。
次に、補修対象部と同材質の別の試験片30に対して、溶接電流値を「2層目の第2試験電流値」とし、且つ、予め決めた溶接速度(同一の溶接速度)と、予め決めた溶接ワイヤ供給量(同一の溶接ワイヤ供給量)にして、TIG溶接装置10により1層目〜2層目の溶接をする。
更に同様に、溶接電流値を「2層目の第3試験電流値」,「2層目の第4試験電流値」・・・と変更していき、試験片30に対して同様な溶接をする。
【0043】
上記のように溶接電流値を順次変更(増加)していく場合に、各センサ用穴31a〜31fに配置した温度センサにより検出した温度を基に、ボンドを基準位置(零)とした深さ方向の各位置における最高到達温度を示す特性を求める。
【0044】
図7は1層目の溶接ビードB1の上に2層目の溶接をしたときの特性曲線であり、T2−1は溶接電流値が「2層目の第1試験電流値」のときの特性、T2−2は溶接電流値が「2層目の第2試験電流値」のときの特性、T2−3は溶接電流値が「2層目の第3試験電流値」のときの特性、T2−4は溶接電流値が「2層目の第4試験電流値」のときの特性をそれぞれ示す。
【0045】
図7の各特性曲線のうち、硬化域H1の底の位置における最高到達温度が、焼き戻し温度範囲内の温度で、且つ焼き戻し下限温度に最も近くなる特性曲線T2−2を、候補特性曲線T2−2とする。
そして、候補特性曲線T2−2のときの「2層目の第2試験電流値」を、「2層目の候補電流値」とする。
【0046】
「2層目の候補電流値」のときの入熱量を計算し、このときの入熱量が上限入熱量よりも小さければ、次に説明する3層目の候補電流値を求める試験に進み、このときの入熱量が上限入熱量以上であれば、次に示す3層目の候補電流値を求める試験には進まない。
この例では、「2層目の候補電流値」のときの入熱量が上限入熱量よりも小さく、次に示す3層目の候補電流値を求める試験に進んだとして説明を続ける。
【0047】
次に、電流値として、3層目の第1試験電流値、3層目の第2試験電流値、3層目の第3試験電流値、3層目の第4試験電流値、・・・・を準備しておく。この場合、3層目の第1試験電流値が最も小さく、第2,第3,第4・・・となるにしたがい、次第に電流値を大きくしている。
【0048】
そして、補修対象部と同材質の試験片30に対して、溶接電流値を「3層目の第1試験電流値」とし、且つ、予め決めた溶接速度(同一の溶接速度)と、予め決めた溶接ワイヤ供給量(同一の溶接ワイヤ供給量)にして、TIG溶接装置10により1層目〜3層目の溶接をする(図8参照)。
次に、補修対象部と同材質の別の試験片30に対して、溶接電流値を「3層目の第2試験電流値」とし、且つ、予め決めた溶接速度(同一の溶接速度)と、予め決めた溶接ワイヤ供給量(同一の溶接ワイヤ供給量)にして、TIG溶接装置10により1層目〜3層目の溶接をする。
更に同様に、溶接電流値を「3層目の第3試験電流値」,「3層目の第4試験電流値」・・・と変更していき、試験片30に対して同様な溶接をする。
【0049】
上記のように溶接電流値を順次変更(増加)していく場合に、各センサ用穴31a〜31fに配置した温度センサにより検出した温度を基に、ボンドを基準位置(零)とした深さ方向の各位置における最高到達温度を示す特性を求める。
【0050】
図9は2層目の溶接ビードB2の上に3層目の溶接をしたときの特性曲線であり、T3−1は溶接電流値が「3層目の第1試験電流値」のときの特性、T3−2は溶接電流値が「3層目の第2試験電流値」のときの特性、T3−3は溶接電流値が「3層目の第3試験電流値」のときの特性、T3−4は溶接電流値が「3層目の第4試験電流値」のときの特性をそれぞれ示す。
【0051】
図9の各特性曲線のうち、硬化域H1の底の位置における最高到達温度が、焼き戻し温度範囲内の温度で、且つ焼き戻し下限温度に最も近くなる特性曲線T3−3を、候補特性曲線T3−3とする。
そして、候補特性曲線T3−3のときの「3層目の第3試験電流値」を、「3層目の候補電流値」とする。
この3層目の候補電流値となる電流は、例えば、ベース電流が81(A)でピーク電流が264(A)となる電流である。
【0052】
「3層目の候補電流値」のときの入熱量を計算し、このときの入熱量が上限入熱量よりも小さければ、次に説明する4層目の候補電流値を求める試験に進み、このときの入熱量が上限入熱量以上であれば、次に示す4層目の候補電流値を求める試験には進まない。
この例では、「3層目の候補電流値」のときの入熱量が8.6kJ/cmであり、上限入熱量(9kJ/cm)よりも小さく、次に示す4層目の候補電流値を求める試験に進んだとして説明を続ける。
【0053】
次に、電流値として、4層目の第1試験電流値、4層目の第2試験電流値、4層目の第3試験電流値、4層目の第4試験電流値、・・・・を準備しておく。この場合、4層目の第1試験電流値が最も小さく、第2,第3,第4・・・となるにしたがい、次第に電流値を大きくしている。
【0054】
そして、補修対象部と同材質の試験片30に対して、溶接電流値を「4層目の第1試験電流値」とし、且つ、予め決めた溶接速度(同一の溶接速度)と、予め決めた溶接ワイヤ供給量(同一の溶接ワイヤ供給量)にして、TIG溶接装置10により1層目〜4層目の溶接をする(図10参照)。
次に、補修対象部と同材質の別の試験片30に対して、溶接電流値を「4層目の第2試験電流値」とし、且つ、予め決めた溶接速度(同一の溶接速度)と、予め決めた溶接ワイヤ供給量(同一の溶接ワイヤ供給量)にして、TIG溶接装置10により1層目〜4層目の溶接をする。
更に同様に、溶接電流値を「4層目の第3試験電流値」,「4層目の第4試験電流値」・・・と変更していき、試験片30に対して同様な溶接をする。
【0055】
上記のように溶接電流値を順次変更(増加)していく場合に、各センサ用穴31a〜31fに配置した温度センサにより検出した温度を基に、ボンドを基準位置(零)とした深さ方向の各位置における最高到達温度を示す特性を求める。
【0056】
図11は3層目の溶接ビードB3の上に4層目の溶接をしたときの特性曲線であり、T4−1は溶接電流値が「4層目の第1試験電流値」のときの特性、T4−2は溶接電流値が「4層目の第2試験電流値」のときの特性、T4−3は溶接電流値が「4層目の第3試験電流値」のときの特性、T4−4は溶接電流値が「4層目の第4試験電流値」のときの特性をそれぞれ示す。
【0057】
図11の各特性曲線のうち、硬化域H1の底の位置における最高到達温度が、焼き戻し温度範囲内の温度で、且つ焼き戻し下限温度に最も近くなる特性曲線T4−4を、候補特性曲線T4−4とする。
そして、候補特性曲線T4−4のときの「4層目の第4試験電流値」を、「4層目の候補電流値」とする。
【0058】
「4層目の候補電流値」のときの入熱量を計算し、このときの入熱量が上限入熱量よりも小さければ、5層目の候補電流値を求める試験に進み、このときの入熱量が上限入熱量以上であれば、5層目の候補電流値を求める試験には進まない。
この例では、「4層目の候補電流値」のときの入熱量が上限入熱量以上となり、5層目の候補電流値を求める試験には進まなかったものとして説明をする。
【0059】
上記試験では、「4層目の候補電流値」のときの入熱量が上限入熱量以上となったので、4層目の直下層である3層目における「3層目の候補電流値」を、「3層目の確定電流値」とする。
また、「2層目の確定電流値」を、「1層目の確定電流値」と「3層目の確定電流値」の間の値とする。
更に、「4層目の確定電流値」,「5層目の確定電流値」,「6層目の確定電流値」を、それぞれ、「3層目の確定電流値」と同じにする。
【0060】
このような手順により、各層の確定電流値を決定したので、各層を溶接する際の電流値を次のように設定する。
(1)1層目を溶接する際の電流値を、「1層目の確定電流値」とする。即ち、ベース電流を54(A)とし、ピーク電流を232(A)としたパルス電流(矩形波電流)とした。
勿論このときの入熱量は、上限入熱量に比べて小さい。
(2)2層目を溶接する際の電流値を、「2層目の確定電流値」とする。即ち、ベース電流を72(A)とし、ピーク電流を258(A)としたパルス電流(矩形波電流)とした。
勿論このときの入熱量は、上限入熱量に比べて小さくなる。しかも、電流値を「2層目の確定電流値」として2層目の溶接をすることにより、硬化域H1の底の位置における最高到達温度が、焼き戻し温度範囲内の温度で、且つ焼き戻し下限温度よりも高くすることができる。
(3)3層目を溶接する際の電流値を、「3層目の確定電流値」とする。即ち、ベース電流が81(A)でピーク電流が264(A)としたパルス電流(矩形波電流)とした。
勿論このときの入熱量は、上限入熱量に比べて小さくなる。しかも、電流値を「3層目の確定電流値」として3層目の溶接をすることにより、硬化域H1の底の位置における最高到達温度が、焼き戻し温度範囲内の温度で、且つ焼き戻し下限温度の近くにすることができる。
(4)4層目〜6層目の溶接する際の電流値を、「3層目の確定電流値」と同じ電流値となっている「4層目の確定電流値」〜「6層目の確定電流値」とする。即ち、ベース電流が81(A)でピーク電流が264(A)としたパルス電流(矩形波電流)とした。
勿論このときの入熱量は、上限入熱量に比べて小さくなる。しかも、電流値を「3層目の確定電流値」として4層目〜6層目の溶接をすることにより、上層側の焼き戻し域の下部域と下層側の焼き戻し域の上部域とが深さ方向に関して一部重複する。
【0061】
1層目〜6層目の溶接を、上述した「1層目の確定電流値」〜「6層目の確定電流値」としてテンパービード溶接をした状態を図12に示す。
【0062】
また、1層目〜6層目の溶接を、上述した「1層目の確定電流値」〜「6層目の確定電流値」としてテンパービード溶接をしたときにおける、最高到達温度と深さ方向の距離との関係を示す特性を図13(a)に示す。図13(a)において、T1〜T6は、1層目〜6層目の溶接をしたときの特性を示す。
【0063】
また図13(b)から分かるように、焼き戻し域S2の底が硬化域H1の底よりも深く、焼き戻し域S3の底が硬化域H1の底に達し、且つ、各焼き戻し域S2〜S5が深さ方向に関して一部重複するため、硬化域H1の底の部分を含めて硬化域H1の深さ方向の各部分は、各焼き戻し域の熱(焼き戻し温度範囲の600〜900℃)により複数回の焼き戻し処理が行われることとなる。
【0064】
したがって、溶接を重ねるごとに、硬化域H1は、H1→H2→H3と次第に小さくなり最終的には硬化域H1は、4層目の溶接をする際に消滅する。しかも、硬化域H1の底の部分を含めて硬化域H1の深さ方向の各部分は、複数回の焼き戻し処理が行われることとなりテンパー温度に保持される時間が増加し、硬化域であった部分(H1の部分)は、軟化するとともに、靭性は焼鈍炉により熱処理したもの以上にまで高くなる。
【0065】
図14は、横軸が溶接方向に沿う距離(図12に示す硬さ測定位置に対応するもの)であり、縦軸は硬化域H1が形成される部分の硬さを実測したものである。
図14から、1層目の溶接をしたときには、硬さが450HV程度にまで硬化しているが、6層目の溶接をしたときには、硬さが350HV以下となり、良好な焼き鈍し効果(テンパー効果)を奏していることが分かる。
更に靱性をシャルピー衝撃試験にて確認したところ、母材の靭性は平均108J(−12℃での吸収エネルギー)に対して、本発明のテンパービード溶接による熱影響部の靭性は平均250J以上(−12℃での吸収エネルギー)と大幅に向上していることが分かった。
【0066】
なお実施例2では、溶接トーチ1の移動速度(溶接速度),溶接ワイヤ4の供給速度(溶接ワイヤ供給量)及び溶接電流値を、制御部5により自動的に設定・制御するようにしたが、これらを手動により設定・制御することも可能である。
【符号の説明】
【0067】
1 溶接トーチ
2 トーチ移動機構
3 溶接ワイヤ供給装置
4 溶接ワイヤ
5 制御部
10 TIG溶接装置
20 母材
30 試験片
31a〜31f センサ用穴
【技術分野】
【0001】
本発明はテンパービード溶接方法に関し、1層目の溶接による熱に起因して母材に発生した硬化域を、溶接の作業効率を低下させることなく、効果的に焼き戻して延性向上及び靱性向上を図ることができるように工夫したものである。
【背景技術】
【0002】
鉄鋼構造物を長年に渡り使用してくると、その使用環境により経年劣化を生じ応力腐食割れが発生し、割れや欠陥等が発生してくることがある。原子炉圧力容器などのように、高い安全性が要求される鉄鋼構造物では、割れや欠陥等が発生したら、現場で補修をする必要がある。
補修方法としては、母材表層部をグラインダー等によって削り取って割れや欠陥の部位を機械的に除去し、その表面にTIG溶接等を用いて新たな金属を肉盛り溶接して、その後、機械的に面一に加工する補修溶接方法が一般的に採用されている。
【0003】
鉄鋼構造物の材質が、炭素鋼や低合金鋼などの温度変化により変態が生じる材料である場合には、溶接を行うと溶接熱により母材に硬化域が生じてしまう。硬化域は、硬く靱性が劣るため、熱処理をして硬化域を消滅させる必要がある。
しかし、既設プラント等では、現場において、補修対象部を焼鈍炉に入れて熱処理をすることは、現実的には困難である。
【0004】
そこで、焼鈍炉での熱処理の代替として溶接後の熱処理を不要とするテンパービード溶接方法により、補修溶接をすることが知られている。
テンパービード溶接方法とは、1層目の溶接による熱に起因して母材に発生した硬化域を、2層目以降の溶接熱サイクルで焼き戻す溶接方法である。
【0005】
ここで、テンパービード溶接方法により、硬化域を焼き戻して消失させる手順を、図15を参照して説明する。
なお、図15において、H1,H2は硬化域、S1〜S3は焼き戻し域、F1〜F3は溶け込み域、B1〜B3は溶接ビードである。
【0006】
図15(a)に示すように、1層目の溶接により溶接ビードB1を形成したときには、溶接熱により母材に硬化域H1が形成される。
図15(b)に示すように、2層目の溶接によりビードB2を形成したときには、溶接熱により発生する焼き戻し域S2により、硬化域H1の下部域が焼き戻されて、硬化域H1は硬化域H2へと領域が縮小する。
図15(c)に示すように、3層目の溶接により溶接ビードB3を形成したときには、溶接熱により発生する焼き戻し域S3により、硬化域H2が焼き戻されて、硬化域H2が消失する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特許第3970469号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
ところで、従来のテンパービード溶接方法では、焼鈍炉により熱処理を実施しているものと比べると、その熱処理時間(熱保持時間)は極めて短く、焼き戻し域は硬化域に比べて狭く、焼き戻しの効果が小さく、テンパー処理をしたとしても、硬化域を焼き戻した領域の機械的性能の回復(延性向上、靱性向上)が劣るという課題があった。
しかも、焼き戻し域が硬化域に比べて狭いことから、施工時のばらつき要因により焼き戻しが不十分になる場合もあり、施工条件裕度が狭かった。
【0009】
一方、テンパービード溶接方法において、2層目以降の溶接速度(溶接トーチの移動速度)を下げ、それに伴い溶接ワイヤ供給量も減らしてテンパーをかける特許発明がある(特許文献1参照)。
しかし、この技術は、硬化域を斑なく焼き戻すことを目的としているだけであり、テンパーによる熱処理時間までは考えておらず、機械的性能(延性、靱性)は、焼鈍炉により熱処理をしたときの機械的性能に対して低いままであった。
また溶接速度を遅くして、溶接ワイヤ供給量も減らしているため、作業能率が悪くなるという問題もあった。
【0010】
本発明は、上記従来技術に鑑み、作業効率を低下させることなく、溶接速度(溶接トーチの移動速度)及び溶接ワイヤ供給量(溶接ワイヤ供給速度)を、常に一定としつつ、硬化域を焼き戻し処理した領域の機械的性能について硬化域を軟化させるとともに、靭性は焼鈍炉により熱処理したもの以上にまで向上させることができるテンパービード溶接方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題を解決する本発明の構成は、
母材に1層目の溶接をすることにより、母材に発生した硬化域を、2層目以降の溶接をする際の溶接熱により焼き戻すテンパービード溶接方法において、
1層目の溶接と2層目以降の溶接をする際の、溶接速度及び溶接ワイヤ供給量を同一にすると共に、
1層目の溶接をするときの溶接電流値に対して、2層目以降の溶接をするときの溶接電流値を大きくしていることを特徴とする。
【0012】
また本発明の構成は、
母材に1層目の溶接をすることにより、母材に発生した硬化域を、2層目以降の溶接をする際の溶接熱により焼き戻すテンパービード溶接方法において、
1層目の溶接と2層目以降の溶接をする際の、溶接速度及び溶接ワイヤ供給量を同一にすると共に、
1層目の溶接をするときの溶接電流値に対して、2層目以降の溶接をするときの溶接電流値を大きくし、
更に、少なくとも2層目の溶接による熱に起因して発生する焼き戻し域の底が、前記硬化域の底よりも深く、しかも、2層目以降の溶接による熱に起因して発生する焼き戻し域が深さ方向に関して一部重複するように、各層の溶接をするときの溶接電流値を設定していることを特徴とする。
【0013】
また本発明の構成は、
母材に1層目の溶接をすることにより、母材に発生した硬化域を、2層目以降の溶接をする際の溶接熱により焼き戻すテンパービード溶接方法において、
1層目の溶接と2層目以降の溶接をする際の、溶接速度及び溶接ワイヤ供給量を同一にすると共に、
1層目の溶接をするときの溶接電流値に対して、2層目以降の溶接をするときの溶接電流値を大きくし、
更に、少なくとも2層目の溶接による熱に起因して発生する焼き戻し域の底が、前記硬化域の底よりも深く、しかも、2層目以降の溶接による熱に起因して発生する焼き戻し域が深さ方向に関して一部重複するように、各層の溶接をするときの溶接電流値を設定するために、
1層目の溶接をすることにより母材に発生する硬化域の深さ方向の幅をなるべく狭くし、且つ、入熱量が予め決めた上限入熱量に比べて充分に小さくなる電流値として予め設定した1層目の確定電流値でもって、母材と同材質の試験片に対して、前記の溶接速度及び溶接ワイヤ供給量にして1層目の溶接をし、このときの深さ方向の各位置における最高到達温度を測定し、この測定結果から前記試験片に形成された硬化域の深さ方向の幅を検出し、
母材と同材質の試験片に対して、電流値の異なる複数の2層目の試験電流値でもって、前記の溶接速度及び溶接ワイヤ供給量にして1層目及び2層目の溶接をし、このときの深さ方向の各位置における最高到達温度を測定し、この測定結果から、前記硬化域の底における最高到達温度が、予め決めた焼き戻し温度範囲内で且つ予め決めた焼き戻し下限温度範囲に最も近くなる2層目の試験電流値を、2層目の候補電流値とすると共に、この2層目の候補電流値の場合における入熱量を計算し、
母材と同材質の試験片に対して、電流値の異なる複数の3層目の試験電流値でもって、前記の溶接速度及び溶接ワイヤ供給量にして1層目,2層目及び3層目の溶接をし、このときの深さ方向の各位置における最高到達温度を測定し、この測定結果から、前記硬化域の底における最高到達温度が、予め決めた焼き戻し温度範囲内で且つ予め決めた焼き戻し下限温度範囲に最も近くなる3層目の試験電流値を、3層目の候補電流値とすると共に、この3層目の候補電流値の場合における入熱量を計算し、
以降同様にして、4層目以降の候補電流値と、各候補電流値の場合における入熱量を計算し、
入熱量が前記上限入熱量未満となる最も上層の候補電流値を、当該層の確定電流値とし、
母材に対して1層目の溶接をするときの溶接電流値を、1層目の確定電流値とし、
母材に対して前記当該層の溶接をするときの溶接電流値を、前記当該層の確定電流値とし、
母材に対して1層目と前記当該層との間の層の溶接をするときの溶接電流値を、1層目の確定電流値と前記当該層の確定電流値との間の値の電流値とし、
母材に対して前記当該層よりも上の層の溶接をするときの溶接電流値を、前記当該層の確定電流値とすることを特徴とする。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、溶接速度とワイヤ供給量を一定としつつ、溶接層に応じて溶接電流値を制御するようにしたので、作業効率を低下させることなく、硬化域を効果的に焼き戻し処理することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】本発明に係るテンパービード溶接方法に用いるTIG溶接装置を示す概略構成図。
【図2】本発明に係るテンパービード溶接方法による焼き戻し処理を示す説明図。
【図3】本発明に係るテンパービード溶接方法において用いる電流波形を示す特性図。
【図4】1層目の溶接をした試験片を示す構成図。
【図5】試験片に1層目の溶接をしたときの、最高到達温度と深さ方向の距離との関係を示す特性図。
【図6】2層目の溶接をした試験片を示す構成図。
【図7】試験片に2層目の溶接をしたときの、最高到達温度と深さ方向の距離との関係を示す特性図。
【図8】3層目の溶接をした試験片を示す構成図。
【図9】試験片に3層目の溶接をしたときの、最高到達温度と深さ方向の距離との関係を示す特性図。
【図10】4層目の溶接をした試験片を示す構成図。
【図11】試験片に4層目の溶接をしたときの、最高到達温度と深さ方向の距離との関係を示す特性図。
【図12】テンパービード溶接をした状態を示す斜視図。
【図13】本発明に係るテンパービード溶接方法をしたときにおける、最高到達温度と深さ方向の距離との関係を示す特性図。
【図14】本発明に係るテンパービード溶接方法をしたときにおける、焼き戻し効果を示す特性図。
【図15】従来のテンパービード溶接方法による焼き戻し処理を示す説明図。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明の実施の形態について、実施例に基づき詳細に説明する。
【実施例1】
【0017】
本発明の実施例1に係るテンパービード溶接方法に用いるTIG溶接装置10の概略構成を、図1に基づき説明する。
このTIG溶接装置10においては、溶接トーチ1は、トーチ移動機構2により移動走査されるようになっている。溶接ワイヤ供給装置3は溶接ワイヤ4を繰り出す。
制御部5は、トーチ移動機構2を制御して溶接トーチ1の移動速度(溶接速度)を制御し、溶接ワイヤ供給装置3を制御して溶接ワイヤ4の供給速度(供給量)を制御し、更に溶接トーチ1に供給する溶接電流を制御する。
なお図1において20は母材である。
【0018】
図1に示すTIG溶接装置10によりテンパービード溶接をする際には、制御部5は、1層目の溶接であっても、2層目以降の溶接であっても、溶接トーチ1の移動速度(溶接速度)を同一とし、且つ、溶接ワイヤ4の供給速度(供給量)を同一とするように制御する。
【0019】
更に、制御部5は、溶接電流の値を制御するが、1層目の溶接をするときの電流値に比べて、2層目以降の溶接をするときの電流値を大きくしている。なお、各層の溶接をするときの溶接電圧は、ほぼ同一になっている。
【0020】
しかも、1層目の溶接による熱に起因して母材20に発生した硬化域H1を、2層目以降の溶接による溶接熱で焼き戻し(テンパー)する際に、硬化域H1を充分に軟化させるように、電流値について工夫をしている。
即ち、図2に示すように、2層目の溶接による熱に起因して発生する焼き戻し域S2の底が、硬化域H1の底よりも深く、3層目の溶接による熱に起因して発生する焼き戻し域S3の底が硬化域H1の底に達し、しかも、2層目以降の溶接による熱に起因して発生する焼き戻し域S2〜S6が深さ方向に関して一部重複するように(即ち、上層側の焼き戻し域の下部域と下層側の焼き戻し域の上部域が深さ方向に関して一部重複するように)、各層の溶接をするときの電流値を設定している。
【0021】
このように、焼き戻し域S2の底が硬化域H1の底よりも深く、焼き戻し域S3の底が硬化域H1の底に達し、且つ、各焼き戻し域S2〜S6が深さ方向に関して一部重複するようにしているため、硬化域H1の底の部分を含めて硬化域H1の深さ方向の各部分は、焼き戻し域S2〜S6の熱(焼き戻し温度範囲の600〜900℃の熱)により複数回の焼き戻し処理が行われることとなる。
【0022】
したがって、溶接を重ねるごとに、硬化域は、H1→H2→H3→H4と小さくなり、5層目の溶接において硬化域は消滅する。しかも、硬化域H1の底の部分を含めて硬化域H1の深さ方向の各部分は、複数回の焼き戻し処理が行われることとなりテンパー温度に保持される時間が増加し、硬化域であった部分(H1の部分)は、軟化するとともに、靭性は焼鈍炉により熱処理したもの以上にまで高くなる。
【0023】
更に本実施例では、1層目の溶接であっても、2層目以降の溶接であっても、溶接トーチ1の移動速度(溶接速度)を同一とし、且つ、溶接ワイヤ4の供給速度(供給量)を同一とするため、溶接の作業能率を悪化させることはなく、効率的な溶接を維持することができる。また焼き戻し域S2〜S6を重ねることで施工条件裕度を広げることができる。
【0024】
なお実施例1では、溶接トーチ1の移動速度(溶接速度),溶接ワイヤ4の供給速度(溶接ワイヤ供給量)及び溶接電流値を、制御部5により自動的に設定・制御するようにしたが、これらを手動により設定・制御することも可能である。
【実施例2】
【0025】
次に、図1に示すTIG溶接装置10を用いて、実施例2にかかるテンパービード溶接方法を実施する態様を説明する。
【0026】
実施例2は、全姿勢溶接をすることを前提とした溶接方法である。
ここで「全姿勢溶接」とは、溶接トーチ1が鉛直方向の下向きになる溶接姿勢で下面の被溶接部を溶接することや、溶接トーチ1が水平方向に立向きになる溶接姿勢で側面の被溶接部を溶接することや、溶接トーチ1が鉛直方向の上向きになる溶接姿勢で上面(天井面)の被溶接部を溶接することを意味する。
【0027】
この全姿勢溶接をする場合には、特に溶接トーチ1が水平方向の立向きになる溶接姿勢で溶接をした場合に、側面の被溶接部(母材)が過剰な溶接熱により溶けて下方に落下することがないようにするため、入熱量に上限がある。
本実施例では、母材が炭素鋼や低合金鋼であることおよび溶接材がステンレス鋼およびNi基合金であることを考慮して、上限入熱量を9kJ/cmとして設定した。なお、この上限入熱量は、被溶接部の材料特性によって、適宜設定することができる。
【0028】
TIG溶接装置10によりテンパービード溶接をする際には、制御部5は、1層目の溶接であっても、2層目以降の溶接であっても、溶接トーチ1の移動速度(溶接速度)を同一(予め決めた溶接速度)とし、且つ、溶接ワイヤ4の供給速度(供給量)を同一(予め決めた溶接ワイヤ供給量)とするように制御する。
【0029】
更に、制御部5は、溶接電流の値を制御するが、1層目の溶接をするときの電流値に比べて、2層目以降の溶接をするときの電流値を大きくしている。なお、各層の溶接をするときの溶接電圧は、ほぼ同一になっている。
このとき、供給する溶接電流は、図3に示すような、パルス電流、即ち、低電流(ベース電流)と高電流(ピーク電流)とが交互に繰り返す矩形波電流である。
【0030】
被溶接材(母材)が炭素鋼や低合金鋼であり、溶接材がステンレス鋼およびNi基合金である場合には、溶接電流の値は、制御部5により、例えば、次のように設定・制御している。
(1)1層目の溶接をするときの溶接電流の電流値は、ベース電流を54(A)とし、ピーク電流を232(A)としている。
なおベース電流を54(A)としたときの入熱量は、5.7kJ/cmであり、ピーク電流を233(A)としたときの入熱量は、7.1kJ/cmである。
入熱量は、「電流値×電圧値÷溶接速度」により求めることができる。
(2)2層目の溶接をするときの溶接電流の電流値は、1層目の溶接電流値と、次に示す3層目の溶接電流値の間の値としている。例えば、ベース電流を72(A)とし、ピーク電流を258(A)としている。
(3)3層目の溶接をするときの溶接電流の電流値は、ベース電流を81(A)とし、ピーク電流を264(A)としている。
なおベース電流を81(A)としたときの入熱量は、7.0kJ/cmであり、ピーク電流を264(A)としたときの入熱量は、8.6kJ/cmである。
このとき、ピーク電流264(A)が流れているときの入熱量8.6kJ/cmは、上限入熱量である9kJ/cmに近いがこの上限入熱量よりも小さくなっている。
(4)4層目以降の溶接をするときの溶接電流の電流値は、3層目の溶接をするときの溶接電流の電流値と同じく、ベース電流を81(A)とし、ピーク電流を264(A)としている。
このとき、ピーク電流264(A)が流れているときの入熱量8.6kJ/cmは、上限入熱量である9kJ/cmに近いがこの上限入熱量よりも小さくなっている。
【0031】
詳細な理由は後述するが、上記のように、各層の溶接をするときの電流値を設定することにより、1層目の溶接による熱に起因して母材に発生した硬化域H1を、実施例1と同様に、図2に示すような焼き戻し処理(テンパー処理)と同様にして消滅させることができる。
即ち、2層目の溶接による熱に起因して発生する焼き戻し域S2の底が、硬化域H1の底よりも深く、3層目の溶接による熱に起因して発生する焼き戻し域S3の底が硬化域H1の底に達し、しかも、2層目以降の溶接による熱に起因して発生する各焼き戻し域が深さ方向に関して一部重複する(即ち、上層側の焼き戻し域の下部域と下層側の焼き戻し域の上部域が深さ方向に関して一部重複する)。
【0032】
このように、焼き戻し域S2の底が硬化域H1の底よりも深く、焼き戻し域S3の底が硬化域H1の底に達し、且つ、各焼き戻し域が深さ方向に関して一部重複するため、硬化域H1の底の部分を含めて硬化域H1の深さ方向の各部分は、各焼き戻し域の熱(焼き戻し温度範囲の600〜900℃の熱)により複数回の焼き戻し処理が行われることとなる。
【0033】
したがって、溶接を重ねるごとに、硬化域H1は次第に小さくなり最終的には硬化域H1は消滅する。しかも、硬化域H1の底の部分を含めて硬化域H1の深さ方向の各部分は、複数回の焼き戻し処理が行われることとなりテンパー温度に保持される時間が増加し、硬化域であった部分(H1の部分)は、軟化するとともに、靭性は焼鈍炉により熱処理したもの以上にまで高くなる。
【0034】
また本実施例では、1層目の溶接であっても、2層目以降の溶接であっても、溶接トーチ1の移動速度(溶接速度)を同一とし、且つ、溶接ワイヤ4の供給速度(供給量)を同一とするため、溶接の作業能率を悪化させることはなく、効率的な溶接を維持することができる。また各焼き戻し域を重ねることで施工条件裕度を広げることができる。
【0035】
更に、実施例2では、最も大きいピーク電流の値は3層目以降の溶接をするときにおける258(A)であり、このときの入熱量は8.6kJ/cmであり、上限入熱量である9kJ/cmよりも小さい。このため、立向き溶接をしたとしても、母材が溶接熱により溶け落ちることはなく、全姿勢溶接をすることができる。
【0036】
次に、図2に示すのと同様な焼き戻し処理を可能とするために、各層の溶接をするときの電流値をどのようにして決定したのかを説明する。
【0037】
最初に各層における電流値を設定するための前提を説明する。
補修対象部(被溶接部)が炭素鋼や低合金鋼である場合、「焼き戻し温度範囲」を、例えば600℃〜900℃とする。そして焼き戻し温度範囲の下限温度(例えば600℃)を「焼き戻し下限温度」とする。なお、補修対象部(被溶接部)が他の材質である場合には、その材質に応じた「焼き戻し温度範囲」を設定する。
また補修対象部(被溶接部)が炭素鋼や低合金鋼であり、溶接材がステンレス鋼およびNi基合金である場合、全姿勢溶接ができるように、「上限入熱量」を9kJ/cmとする。なお、補修対象部(被溶接部)が他の材質である場合には、その材質に応じた「上限入熱量」を設定する。
更に補修対象部(被溶接部)の材料(母材)が変態し始める温度を変態開始温度Ac1とし、材料(母材)の変態が完了する温度を変態完了温度Ac3とする。補修対象部(被溶接部)が炭素鋼や低合金鋼である場合、変態開始温度Ac1は例えば730℃であり、変態完了温度Ac3は例えば840℃である。
【0038】
1層目の溶接をするときの溶接電流の電流値は、1層目の溶接をしたときの熱に起因して発生する硬化域H1(図2参照)の深さ方向の幅が、広がらないように小入熱となるように、予め設定する。
本例では、例えば、溶接電流の電流値は、ベース電流を54(A)とし、ピーク電流を232(A)とした。勿論このときの入熱量は、上限入熱量に比べて充分に小さい。
このようにして設定した1層目の電流値を、「1層目の確定電流値」とする。
【0039】
補修対象部と同材質の試験片30(図4参照)に対して、溶接電流値を「1層目の確定電流値」とし、且つ、予め決めた溶接速度(同一の溶接速度)と、予め決めた溶接ワイヤ供給量(同一の溶接ワイヤ供給量)にして、TIG溶接装置10により1層目の溶接をする。
試験片30には、裏面側から深さの異なる複数のセンサ用穴31a〜31fを形成しており、各センサ用穴31a〜31fに温度センサを配置している。このようにすることより、ボンドを基準(零)とした深さ方向の各位置における最高到達温度を計測する。
なお図4において、B1は1層目の溶接により形成された溶接ビードを示す。
【0040】
図5の特性曲線T1は、上述したようにして試験片30に対して1層目の溶接をしたときに、各センサ用穴31a〜31fに配置した温度センサにより検出した温度を基に求めた、ボンドを基準位置(零)とした深さ方向の各位置における最高到達温度を示す特性である。
図5の特性において、ボンドの位置(深さ0)から、特性曲線T1と変態開始温度Ac1とが交差する深さ方向の位置までの距離(深さ方向の距離)、即ち、ボンドの位置(深さ0)から、1層目の溶接により最高到達温度が変態開始温度Ac1になる深さ方向の位置までの距離(深さ方向の距離)を硬化域H1の幅(深さ方向の幅)とする。
図5の特性から、この例では、硬化域H1の深さ方向の幅は、1.7mmであることがわかる。
【0041】
次に、電流値として、2層目の第1試験電流値、2層目の第2試験電流値、2層目の第3試験電流値、2層目の第4試験電流値、・・・・を準備しておく。この場合、2層目の第1試験電流値が最も小さく、第2,第3,第4・・・となるにしたがい、次第に電流値を大きくしている。
【0042】
そして、補修対象部と同材質の試験片30に対して、溶接電流値を「2層目の第1試験電流値」とし、且つ、予め決めた溶接速度(同一の溶接速度)と、予め決めた溶接ワイヤ供給量(同一の溶接ワイヤ供給量)にして、TIG溶接装置10により1層目〜2層目の溶接をする(図6参照)。
次に、補修対象部と同材質の別の試験片30に対して、溶接電流値を「2層目の第2試験電流値」とし、且つ、予め決めた溶接速度(同一の溶接速度)と、予め決めた溶接ワイヤ供給量(同一の溶接ワイヤ供給量)にして、TIG溶接装置10により1層目〜2層目の溶接をする。
更に同様に、溶接電流値を「2層目の第3試験電流値」,「2層目の第4試験電流値」・・・と変更していき、試験片30に対して同様な溶接をする。
【0043】
上記のように溶接電流値を順次変更(増加)していく場合に、各センサ用穴31a〜31fに配置した温度センサにより検出した温度を基に、ボンドを基準位置(零)とした深さ方向の各位置における最高到達温度を示す特性を求める。
【0044】
図7は1層目の溶接ビードB1の上に2層目の溶接をしたときの特性曲線であり、T2−1は溶接電流値が「2層目の第1試験電流値」のときの特性、T2−2は溶接電流値が「2層目の第2試験電流値」のときの特性、T2−3は溶接電流値が「2層目の第3試験電流値」のときの特性、T2−4は溶接電流値が「2層目の第4試験電流値」のときの特性をそれぞれ示す。
【0045】
図7の各特性曲線のうち、硬化域H1の底の位置における最高到達温度が、焼き戻し温度範囲内の温度で、且つ焼き戻し下限温度に最も近くなる特性曲線T2−2を、候補特性曲線T2−2とする。
そして、候補特性曲線T2−2のときの「2層目の第2試験電流値」を、「2層目の候補電流値」とする。
【0046】
「2層目の候補電流値」のときの入熱量を計算し、このときの入熱量が上限入熱量よりも小さければ、次に説明する3層目の候補電流値を求める試験に進み、このときの入熱量が上限入熱量以上であれば、次に示す3層目の候補電流値を求める試験には進まない。
この例では、「2層目の候補電流値」のときの入熱量が上限入熱量よりも小さく、次に示す3層目の候補電流値を求める試験に進んだとして説明を続ける。
【0047】
次に、電流値として、3層目の第1試験電流値、3層目の第2試験電流値、3層目の第3試験電流値、3層目の第4試験電流値、・・・・を準備しておく。この場合、3層目の第1試験電流値が最も小さく、第2,第3,第4・・・となるにしたがい、次第に電流値を大きくしている。
【0048】
そして、補修対象部と同材質の試験片30に対して、溶接電流値を「3層目の第1試験電流値」とし、且つ、予め決めた溶接速度(同一の溶接速度)と、予め決めた溶接ワイヤ供給量(同一の溶接ワイヤ供給量)にして、TIG溶接装置10により1層目〜3層目の溶接をする(図8参照)。
次に、補修対象部と同材質の別の試験片30に対して、溶接電流値を「3層目の第2試験電流値」とし、且つ、予め決めた溶接速度(同一の溶接速度)と、予め決めた溶接ワイヤ供給量(同一の溶接ワイヤ供給量)にして、TIG溶接装置10により1層目〜3層目の溶接をする。
更に同様に、溶接電流値を「3層目の第3試験電流値」,「3層目の第4試験電流値」・・・と変更していき、試験片30に対して同様な溶接をする。
【0049】
上記のように溶接電流値を順次変更(増加)していく場合に、各センサ用穴31a〜31fに配置した温度センサにより検出した温度を基に、ボンドを基準位置(零)とした深さ方向の各位置における最高到達温度を示す特性を求める。
【0050】
図9は2層目の溶接ビードB2の上に3層目の溶接をしたときの特性曲線であり、T3−1は溶接電流値が「3層目の第1試験電流値」のときの特性、T3−2は溶接電流値が「3層目の第2試験電流値」のときの特性、T3−3は溶接電流値が「3層目の第3試験電流値」のときの特性、T3−4は溶接電流値が「3層目の第4試験電流値」のときの特性をそれぞれ示す。
【0051】
図9の各特性曲線のうち、硬化域H1の底の位置における最高到達温度が、焼き戻し温度範囲内の温度で、且つ焼き戻し下限温度に最も近くなる特性曲線T3−3を、候補特性曲線T3−3とする。
そして、候補特性曲線T3−3のときの「3層目の第3試験電流値」を、「3層目の候補電流値」とする。
この3層目の候補電流値となる電流は、例えば、ベース電流が81(A)でピーク電流が264(A)となる電流である。
【0052】
「3層目の候補電流値」のときの入熱量を計算し、このときの入熱量が上限入熱量よりも小さければ、次に説明する4層目の候補電流値を求める試験に進み、このときの入熱量が上限入熱量以上であれば、次に示す4層目の候補電流値を求める試験には進まない。
この例では、「3層目の候補電流値」のときの入熱量が8.6kJ/cmであり、上限入熱量(9kJ/cm)よりも小さく、次に示す4層目の候補電流値を求める試験に進んだとして説明を続ける。
【0053】
次に、電流値として、4層目の第1試験電流値、4層目の第2試験電流値、4層目の第3試験電流値、4層目の第4試験電流値、・・・・を準備しておく。この場合、4層目の第1試験電流値が最も小さく、第2,第3,第4・・・となるにしたがい、次第に電流値を大きくしている。
【0054】
そして、補修対象部と同材質の試験片30に対して、溶接電流値を「4層目の第1試験電流値」とし、且つ、予め決めた溶接速度(同一の溶接速度)と、予め決めた溶接ワイヤ供給量(同一の溶接ワイヤ供給量)にして、TIG溶接装置10により1層目〜4層目の溶接をする(図10参照)。
次に、補修対象部と同材質の別の試験片30に対して、溶接電流値を「4層目の第2試験電流値」とし、且つ、予め決めた溶接速度(同一の溶接速度)と、予め決めた溶接ワイヤ供給量(同一の溶接ワイヤ供給量)にして、TIG溶接装置10により1層目〜4層目の溶接をする。
更に同様に、溶接電流値を「4層目の第3試験電流値」,「4層目の第4試験電流値」・・・と変更していき、試験片30に対して同様な溶接をする。
【0055】
上記のように溶接電流値を順次変更(増加)していく場合に、各センサ用穴31a〜31fに配置した温度センサにより検出した温度を基に、ボンドを基準位置(零)とした深さ方向の各位置における最高到達温度を示す特性を求める。
【0056】
図11は3層目の溶接ビードB3の上に4層目の溶接をしたときの特性曲線であり、T4−1は溶接電流値が「4層目の第1試験電流値」のときの特性、T4−2は溶接電流値が「4層目の第2試験電流値」のときの特性、T4−3は溶接電流値が「4層目の第3試験電流値」のときの特性、T4−4は溶接電流値が「4層目の第4試験電流値」のときの特性をそれぞれ示す。
【0057】
図11の各特性曲線のうち、硬化域H1の底の位置における最高到達温度が、焼き戻し温度範囲内の温度で、且つ焼き戻し下限温度に最も近くなる特性曲線T4−4を、候補特性曲線T4−4とする。
そして、候補特性曲線T4−4のときの「4層目の第4試験電流値」を、「4層目の候補電流値」とする。
【0058】
「4層目の候補電流値」のときの入熱量を計算し、このときの入熱量が上限入熱量よりも小さければ、5層目の候補電流値を求める試験に進み、このときの入熱量が上限入熱量以上であれば、5層目の候補電流値を求める試験には進まない。
この例では、「4層目の候補電流値」のときの入熱量が上限入熱量以上となり、5層目の候補電流値を求める試験には進まなかったものとして説明をする。
【0059】
上記試験では、「4層目の候補電流値」のときの入熱量が上限入熱量以上となったので、4層目の直下層である3層目における「3層目の候補電流値」を、「3層目の確定電流値」とする。
また、「2層目の確定電流値」を、「1層目の確定電流値」と「3層目の確定電流値」の間の値とする。
更に、「4層目の確定電流値」,「5層目の確定電流値」,「6層目の確定電流値」を、それぞれ、「3層目の確定電流値」と同じにする。
【0060】
このような手順により、各層の確定電流値を決定したので、各層を溶接する際の電流値を次のように設定する。
(1)1層目を溶接する際の電流値を、「1層目の確定電流値」とする。即ち、ベース電流を54(A)とし、ピーク電流を232(A)としたパルス電流(矩形波電流)とした。
勿論このときの入熱量は、上限入熱量に比べて小さい。
(2)2層目を溶接する際の電流値を、「2層目の確定電流値」とする。即ち、ベース電流を72(A)とし、ピーク電流を258(A)としたパルス電流(矩形波電流)とした。
勿論このときの入熱量は、上限入熱量に比べて小さくなる。しかも、電流値を「2層目の確定電流値」として2層目の溶接をすることにより、硬化域H1の底の位置における最高到達温度が、焼き戻し温度範囲内の温度で、且つ焼き戻し下限温度よりも高くすることができる。
(3)3層目を溶接する際の電流値を、「3層目の確定電流値」とする。即ち、ベース電流が81(A)でピーク電流が264(A)としたパルス電流(矩形波電流)とした。
勿論このときの入熱量は、上限入熱量に比べて小さくなる。しかも、電流値を「3層目の確定電流値」として3層目の溶接をすることにより、硬化域H1の底の位置における最高到達温度が、焼き戻し温度範囲内の温度で、且つ焼き戻し下限温度の近くにすることができる。
(4)4層目〜6層目の溶接する際の電流値を、「3層目の確定電流値」と同じ電流値となっている「4層目の確定電流値」〜「6層目の確定電流値」とする。即ち、ベース電流が81(A)でピーク電流が264(A)としたパルス電流(矩形波電流)とした。
勿論このときの入熱量は、上限入熱量に比べて小さくなる。しかも、電流値を「3層目の確定電流値」として4層目〜6層目の溶接をすることにより、上層側の焼き戻し域の下部域と下層側の焼き戻し域の上部域とが深さ方向に関して一部重複する。
【0061】
1層目〜6層目の溶接を、上述した「1層目の確定電流値」〜「6層目の確定電流値」としてテンパービード溶接をした状態を図12に示す。
【0062】
また、1層目〜6層目の溶接を、上述した「1層目の確定電流値」〜「6層目の確定電流値」としてテンパービード溶接をしたときにおける、最高到達温度と深さ方向の距離との関係を示す特性を図13(a)に示す。図13(a)において、T1〜T6は、1層目〜6層目の溶接をしたときの特性を示す。
【0063】
また図13(b)から分かるように、焼き戻し域S2の底が硬化域H1の底よりも深く、焼き戻し域S3の底が硬化域H1の底に達し、且つ、各焼き戻し域S2〜S5が深さ方向に関して一部重複するため、硬化域H1の底の部分を含めて硬化域H1の深さ方向の各部分は、各焼き戻し域の熱(焼き戻し温度範囲の600〜900℃)により複数回の焼き戻し処理が行われることとなる。
【0064】
したがって、溶接を重ねるごとに、硬化域H1は、H1→H2→H3と次第に小さくなり最終的には硬化域H1は、4層目の溶接をする際に消滅する。しかも、硬化域H1の底の部分を含めて硬化域H1の深さ方向の各部分は、複数回の焼き戻し処理が行われることとなりテンパー温度に保持される時間が増加し、硬化域であった部分(H1の部分)は、軟化するとともに、靭性は焼鈍炉により熱処理したもの以上にまで高くなる。
【0065】
図14は、横軸が溶接方向に沿う距離(図12に示す硬さ測定位置に対応するもの)であり、縦軸は硬化域H1が形成される部分の硬さを実測したものである。
図14から、1層目の溶接をしたときには、硬さが450HV程度にまで硬化しているが、6層目の溶接をしたときには、硬さが350HV以下となり、良好な焼き鈍し効果(テンパー効果)を奏していることが分かる。
更に靱性をシャルピー衝撃試験にて確認したところ、母材の靭性は平均108J(−12℃での吸収エネルギー)に対して、本発明のテンパービード溶接による熱影響部の靭性は平均250J以上(−12℃での吸収エネルギー)と大幅に向上していることが分かった。
【0066】
なお実施例2では、溶接トーチ1の移動速度(溶接速度),溶接ワイヤ4の供給速度(溶接ワイヤ供給量)及び溶接電流値を、制御部5により自動的に設定・制御するようにしたが、これらを手動により設定・制御することも可能である。
【符号の説明】
【0067】
1 溶接トーチ
2 トーチ移動機構
3 溶接ワイヤ供給装置
4 溶接ワイヤ
5 制御部
10 TIG溶接装置
20 母材
30 試験片
31a〜31f センサ用穴
【特許請求の範囲】
【請求項1】
母材に1層目の溶接をすることにより、母材に発生した硬化域を、2層目以降の溶接をする際の溶接熱により焼き戻すテンパービード溶接方法において、
1層目の溶接と2層目以降の溶接をする際の、溶接速度及び溶接ワイヤ供給量を同一にすると共に、
1層目の溶接をするときの溶接電流値に対して、2層目以降の溶接をするときの溶接電流値を大きくしていることを特徴とするテンパービード溶接方法。
【請求項2】
母材に1層目の溶接をすることにより、母材に発生した硬化域を、2層目以降の溶接をする際の溶接熱により焼き戻すテンパービード溶接方法において、
1層目の溶接と2層目以降の溶接をする際の、溶接速度及び溶接ワイヤ供給量を同一にすると共に、
1層目の溶接をするときの溶接電流値に対して、2層目以降の溶接をするときの溶接電流値を大きくし、
更に、少なくとも2層目の溶接による熱に起因して発生する焼き戻し域の底が、前記硬化域の底よりも深く、しかも、2層目以降の溶接による熱に起因して発生する焼き戻し域が深さ方向に関して一部重複するように、各層の溶接をするときの溶接電流値を設定していることを特徴とするテンパービード溶接方法。
【請求項3】
母材に1層目の溶接をすることにより、母材に発生した硬化域を、2層目以降の溶接をする際の溶接熱により焼き戻すテンパービード溶接方法において、
1層目の溶接と2層目以降の溶接をする際の、溶接速度及び溶接ワイヤ供給量を同一にすると共に、
1層目の溶接をするときの溶接電流値に対して、2層目以降の溶接をするときの溶接電流値を大きくし、
更に、少なくとも2層目の溶接による熱に起因して発生する焼き戻し域の底が、前記硬化域の底よりも深く、しかも、2層目以降の溶接による熱に起因して発生する焼き戻し域が深さ方向に関して一部重複するように、各層の溶接をするときの溶接電流値を設定するために、
1層目の溶接をすることにより母材に発生する硬化域の深さ方向の幅をなるべく狭くし、且つ、入熱量が予め決めた上限入熱量に比べて充分に小さくなる電流値として予め設定した1層目の確定電流値でもって、母材と同材質の試験片に対して、前記の溶接速度及び溶接ワイヤ供給量にして1層目の溶接をし、このときの深さ方向の各位置における最高到達温度を測定し、この測定結果から前記試験片に形成された硬化域の深さ方向の幅を検出し、
母材と同材質の試験片に対して、電流値の異なる複数の2層目の試験電流値でもって、前記の溶接速度及び溶接ワイヤ供給量にして1層目及び2層目の溶接をし、このときの深さ方向の各位置における最高到達温度を測定し、この測定結果から、前記硬化域の底における最高到達温度が、予め決めた焼き戻し温度範囲内で且つ予め決めた焼き戻し下限温度範囲に最も近くなる2層目の試験電流値を、2層目の候補電流値とすると共に、この2層目の候補電流値の場合における入熱量を計算し、
母材と同材質の試験片に対して、電流値の異なる複数の3層目の試験電流値でもって、前記の溶接速度及び溶接ワイヤ供給量にして1層目,2層目及び3層目の溶接をし、このときの深さ方向の各位置における最高到達温度を測定し、この測定結果から、前記硬化域の底における最高到達温度が、予め決めた焼き戻し温度範囲内で且つ予め決めた焼き戻し下限温度範囲に最も近くなる3層目の試験電流値を、3層目の候補電流値とすると共に、この3層目の候補電流値の場合における入熱量を計算し、
以降同様にして、4層目以降の候補電流値と、各候補電流値の場合における入熱量を計算し、
入熱量が前記上限入熱量未満となる最も上層の候補電流値を、当該層の確定電流値とし、
母材に対して1層目の溶接をするときの溶接電流値を、1層目の確定電流値とし、
母材に対して前記当該層の溶接をするときの溶接電流値を、前記当該層の確定電流値とし、
母材に対して1層目と前記当該層との間の層の溶接をするときの溶接電流値を、1層目の確定電流値と前記当該層の確定電流値との間の値の電流値とし、
母材に対して前記当該層よりも上の層の溶接をするときの溶接電流値を、前記当該層の確定電流値とすることを特徴とするテンパービード溶接方法。
【請求項1】
母材に1層目の溶接をすることにより、母材に発生した硬化域を、2層目以降の溶接をする際の溶接熱により焼き戻すテンパービード溶接方法において、
1層目の溶接と2層目以降の溶接をする際の、溶接速度及び溶接ワイヤ供給量を同一にすると共に、
1層目の溶接をするときの溶接電流値に対して、2層目以降の溶接をするときの溶接電流値を大きくしていることを特徴とするテンパービード溶接方法。
【請求項2】
母材に1層目の溶接をすることにより、母材に発生した硬化域を、2層目以降の溶接をする際の溶接熱により焼き戻すテンパービード溶接方法において、
1層目の溶接と2層目以降の溶接をする際の、溶接速度及び溶接ワイヤ供給量を同一にすると共に、
1層目の溶接をするときの溶接電流値に対して、2層目以降の溶接をするときの溶接電流値を大きくし、
更に、少なくとも2層目の溶接による熱に起因して発生する焼き戻し域の底が、前記硬化域の底よりも深く、しかも、2層目以降の溶接による熱に起因して発生する焼き戻し域が深さ方向に関して一部重複するように、各層の溶接をするときの溶接電流値を設定していることを特徴とするテンパービード溶接方法。
【請求項3】
母材に1層目の溶接をすることにより、母材に発生した硬化域を、2層目以降の溶接をする際の溶接熱により焼き戻すテンパービード溶接方法において、
1層目の溶接と2層目以降の溶接をする際の、溶接速度及び溶接ワイヤ供給量を同一にすると共に、
1層目の溶接をするときの溶接電流値に対して、2層目以降の溶接をするときの溶接電流値を大きくし、
更に、少なくとも2層目の溶接による熱に起因して発生する焼き戻し域の底が、前記硬化域の底よりも深く、しかも、2層目以降の溶接による熱に起因して発生する焼き戻し域が深さ方向に関して一部重複するように、各層の溶接をするときの溶接電流値を設定するために、
1層目の溶接をすることにより母材に発生する硬化域の深さ方向の幅をなるべく狭くし、且つ、入熱量が予め決めた上限入熱量に比べて充分に小さくなる電流値として予め設定した1層目の確定電流値でもって、母材と同材質の試験片に対して、前記の溶接速度及び溶接ワイヤ供給量にして1層目の溶接をし、このときの深さ方向の各位置における最高到達温度を測定し、この測定結果から前記試験片に形成された硬化域の深さ方向の幅を検出し、
母材と同材質の試験片に対して、電流値の異なる複数の2層目の試験電流値でもって、前記の溶接速度及び溶接ワイヤ供給量にして1層目及び2層目の溶接をし、このときの深さ方向の各位置における最高到達温度を測定し、この測定結果から、前記硬化域の底における最高到達温度が、予め決めた焼き戻し温度範囲内で且つ予め決めた焼き戻し下限温度範囲に最も近くなる2層目の試験電流値を、2層目の候補電流値とすると共に、この2層目の候補電流値の場合における入熱量を計算し、
母材と同材質の試験片に対して、電流値の異なる複数の3層目の試験電流値でもって、前記の溶接速度及び溶接ワイヤ供給量にして1層目,2層目及び3層目の溶接をし、このときの深さ方向の各位置における最高到達温度を測定し、この測定結果から、前記硬化域の底における最高到達温度が、予め決めた焼き戻し温度範囲内で且つ予め決めた焼き戻し下限温度範囲に最も近くなる3層目の試験電流値を、3層目の候補電流値とすると共に、この3層目の候補電流値の場合における入熱量を計算し、
以降同様にして、4層目以降の候補電流値と、各候補電流値の場合における入熱量を計算し、
入熱量が前記上限入熱量未満となる最も上層の候補電流値を、当該層の確定電流値とし、
母材に対して1層目の溶接をするときの溶接電流値を、1層目の確定電流値とし、
母材に対して前記当該層の溶接をするときの溶接電流値を、前記当該層の確定電流値とし、
母材に対して1層目と前記当該層との間の層の溶接をするときの溶接電流値を、1層目の確定電流値と前記当該層の確定電流値との間の値の電流値とし、
母材に対して前記当該層よりも上の層の溶接をするときの溶接電流値を、前記当該層の確定電流値とすることを特徴とするテンパービード溶接方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【公開番号】特開2011−245505(P2011−245505A)
【公開日】平成23年12月8日(2011.12.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−120063(P2010−120063)
【出願日】平成22年5月26日(2010.5.26)
【出願人】(000006208)三菱重工業株式会社 (10,378)
【出願人】(000156938)関西電力株式会社 (1,442)
【出願人】(000241957)北海道電力株式会社 (78)
【出願人】(000180368)四国電力株式会社 (95)
【出願人】(000164438)九州電力株式会社 (245)
【出願人】(000230940)日本原子力発電株式会社 (130)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成23年12月8日(2011.12.8)
【国際特許分類】
【出願日】平成22年5月26日(2010.5.26)
【出願人】(000006208)三菱重工業株式会社 (10,378)
【出願人】(000156938)関西電力株式会社 (1,442)
【出願人】(000241957)北海道電力株式会社 (78)
【出願人】(000180368)四国電力株式会社 (95)
【出願人】(000164438)九州電力株式会社 (245)
【出願人】(000230940)日本原子力発電株式会社 (130)
【Fターム(参考)】
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