説明

トランスジェニック不完全変態昆虫の作製方法、トランスジェニック不完全変態昆虫の卵の作製方法、トランスジェニック不完全変態昆虫およびキット

【課題】効率よく不完全変態昆虫のトランスジェニック個体を作製するトランスジェニック不完全変態昆虫の作製方法を提供する。
【解決手段】不完全変態昆虫の卵における始原生殖細胞の部位を特定する部位特定工程と、トランスポゼースmRNAと、任意のDNAが挿入されたトランスポゾンとを不完全変態昆虫の卵における前記特定した部位付近に注入する注入工程と、注入した卵から生じた不完全変態昆虫の中から、任意のDNAが挿入されたトランスジェニック体を選択する選択工程と、を含むトランスジェニック不完全変態昆虫の作製方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、トランスジェニック不完全変態昆虫の作製方法、トランスジェニック不完全変態昆虫の卵の作製方法、トランスジェニック不完全変態昆虫およびキットに関する。
【背景技術】
【0002】
昆虫は発生様式の違いから、完全変態類と不完全変態類に大別される。ショウジョウバエ等の完全変態類については、その形態形成についてよく研究されているが、不完全変態類についての研究はほとんどされていない。しかし、害虫の中には、バッタ、イナゴ、ゴキブリなどの不完全変態昆虫もおり、これらの対策に遺伝子組換えの技術は必要不可欠になっている。また、不完全変態の昆虫を天敵昆虫として利用する場合にも、遺伝子組換えの技術は必要不可欠になっている。
【0003】
遺伝子組換えの一つである、外部から特定の遺伝子を導入したトランスジェニックにおいて、外来DNAがゲノムDNAに組み込まれる効率が低いため、その効率を高めるためには特別な手段を利用する必要がある。その手段として現在普及しているのが、DNA型トランスポゾンである。DNA型トランスポゾンは、DNAからトランスポゼースにより切り出され、別のDNAのターゲット配列に挿入される。DNA型トランスポゾンがゲノムDNAに挿入する性質を利用したトランスジェニック生物作製ならびに挿入変異体の作製は、キイロショウジョウバエ(Drosophila melanogaster)におけるPエレメントの系に代表されるように、極めて有効な手法である。実際、トランスポゾンは他のトランスジェニック完全変態昆虫の作製にも用いられている。カイコ、ショウジョウバエ、カなども、トランスポゾンを用いてトランスジェニック個体が作製されている。
【0004】
例えば、特許文献1には、トランスポゾンpiggyBacの転移酵素のコード領域を有するmRNA、および任意のDNAが挿入されたトランスポゾンpiggyBacをカイコ卵に注入し、そのカイコ卵から生じたカイコの中から、任意のDNAが挿入されたトランスジェニックカイコを選択するトランスジェニックカイコの製造方法が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2007−259775号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、コオロギに代表される不完全変態の昆虫では、トランスジェニック個体の作製が確立されていない。
【0007】
本発明は、効率よく不完全変態昆虫のトランスジェニック個体を作製するトランスジェニック不完全変態昆虫の作製方法、効率よく不完全変態昆虫のトランスジェニック個体の卵を作製するトランスジェニック不完全変態昆虫の卵の作製方法、トランスジェニック不完全変態昆虫およびキットである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、不完全変態昆虫の卵における始原生殖細胞の部位を特定する部位特定工程と、トランスポゼースmRNAと、任意のDNAが挿入されたトランスポゾンとを不完全変態昆虫の卵における前記特定した部位付近に注入する注入工程と、前記注入した卵から生じた不完全変態昆虫の中から、前記任意のDNAが挿入されたトランスジェニック体を選択する選択工程と、を含むトランスジェニック不完全変態昆虫の作製方法である。
【0009】
また、前記トランスジェニック不完全変態昆虫の作製方法において、前記不完全変態昆虫が、コオロギであることが好ましい。
【0010】
また、前記トランスジェニック不完全変態昆虫の作製方法において、前記任意のDNAが、ヒト遺伝子であることが好ましい。
【0011】
また、本発明は、不完全変態昆虫の卵における始原生殖細胞の部位を特定する部位特定工程と、トランスポゼースmRNAと、任意のDNAが挿入されたトランスポゾンとを不完全変態昆虫の卵における前記特定した部位付近に注入する注入工程と、を含むトランスジェニック不完全変態昆虫の卵の作製方法である。
【0012】
また、本発明は、不完全変態昆虫の卵における始原生殖細胞の部位を特定する部位特定工程と、トランスポゼースmRNAと、任意のDNAが挿入されたトランスポゾンとを不完全変態昆虫の卵における前記特定した部位付近に注入する注入工程と、前記注入した卵から生じた不完全変態昆虫の中から、前記任意のDNAが挿入されたトランスジェニック体を選択する選択工程と、を含むトランスジェニック不完全変態昆虫の作製方法によって作製されるトランスジェニック不完全変態昆虫である。
【0013】
また、前記トランスジェニック不完全変態昆虫において、前記不完全変態昆虫が、コオロギであることが好ましい。
【0014】
また、本発明は、任意のDNAが挿入された不完全変態昆虫であるトランスジェニック不完全変態昆虫である。
【0015】
また、前記トランスジェニック不完全変態昆虫において、前記不完全変態昆虫が、コオロギであることが好ましい。
【0016】
また、本発明は、不完全変態昆虫の卵における始原生殖細胞の部位を特定する部位特定工程と、トランスポゼースmRNAと、任意のDNAが挿入されたトランスポゾンとを不完全変態昆虫の卵における前記特定した部位付近に注入する注入工程と、前記注入した卵から生じた不完全変態昆虫の中から、前記任意のDNAが挿入されたトランスジェニック体を選択する選択工程と、を含むトランスジェニック不完全変態昆虫の作製方法によって作製したトランスジェニック不完全変態昆虫から採取した細胞または組織を含むキットである。
【0017】
また、本発明は、任意のDNAが挿入された不完全変態昆虫であるトランスジェニック不完全変態昆虫から採取した細胞または組織を含むキットである。
【発明の効果】
【0018】
本発明では、効率よく不完全変態昆虫のトランスジェニック個体を作製するトランスジェニック不完全変態昆虫の作製方法、効率よく不完全変態昆虫のトランスジェニック個体の卵を作製するトランスジェニック不完全変態昆虫の卵の作製方法、トランスジェニック不完全変態昆虫およびキットを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】本発明の実施形態におけるインジェクション方法を示す概略図である。
【図2】本発明の実施例における、3xP3−EGFPトランスジェニックコオロギを示す図である。
【図3】本発明の実施例における、採卵後約42時間のトランスジェニック卵を示す図である。
【図4】本発明の実施例における、EGFPが観察できる卵にcadをRNA干渉し、その発生過程を示す図である。
【図5】本発明の実施例における、EGFPが観察できる卵にotdをRNA干渉し、その発生過程を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
本発明の実施の形態について以下説明する。本実施形態は本発明を実施する一例であって、本発明は本実施形態に限定されるものではない。
【0021】
<トランスジェニック不完全変態昆虫の作製方法>
本発明の実施形態に係るトランスジェニック不完全変態昆虫の作製方法は、不完全変態昆虫の卵における始原生殖細胞の部位を特定する部位特定工程と、トランスポゼースmRNAと、任意のDNAが挿入されたトランスポゾンとを不完全変態昆虫の卵における前記特定した部位付近に注入する注入工程と、前記注入した卵から生じた不完全変態昆虫の中から、前記任意のDNAが挿入されたトランスジェニック体を選択する選択工程と、を含む。
【0022】
トランスジェニック個体作製において外来DNAがゲノムDNAに組み込まれる効率が低いため、DNA型トランスポゾンが有用である。例えば、トランスポゾンpiggyBacは、鱗翅目昆虫である蛾の一種イラクサギンウワバ(Trichoplusia ni)から採られ、幅広い生物で転移することが確認されている。piggyBacは、TTAA属ともいわれ、ゲノム中のTTAA配列中に転移する。中央部にあるトランスポゼース遺伝子と、その両端に存在する13bpの逆向き反復配列から構成されている。この原理を利用し、トランスポゼースをコードするベクターと、外来遺伝子をコードするベクターとを不完全変態昆虫に共注入すれば、トランスポゼースによって切り出された外来遺伝子が、不完全変態昆虫のゲノム上に挿入され、トランスジェニック不完全変態昆虫が作製されることになる。
【0023】
これらは、一般的にはDNA型トランスポゾン(ドナー(donor))のヘルパー(helper)としてプラスミドを用いた系で作製されているが、本実施形態では、不完全変態昆虫であるコオロギの細胞質よりクローニングされたアクチンプロモーター(actin)等のプロモーターのプラスミドに代わり、mRNAを用いる。すなわち、プロモーター下で任意の遺伝子が発現するようにしたトランスポゾンベクター(ドナー)と、トランスポゼース供給源としてのトランスポゾン mRNA(ヘルパー)とを卵にインジェクションする。例えば、コオロギアクチンプロモーター下で任意の遺伝子が発現するようにしたpiggyBacベクター(ドナー)と、トランスポゼース供給源としてのpiggyBac mRNA(ヘルパー)とをコオロギ卵に注入(インジェクション)することにより、トランスジェニックコオロギを作製することができる。
【0024】
トランスジェニック生物の作製において、昆虫で初めてトランスジェニック個体を作製できた完全変態昆虫であるハエの場合、次世代に効率よくトランスポゾンを転移させるため、始原生殖細胞(primordial germ cell)が形成される卵の後極にトランスポゾンのインジェクションを行っている。また、この知見を利用して、同じ完全変態昆虫であるカについてもトランスジェニック個体の作製に成功している。しかし、不完全変態昆虫においては、この始原生殖細胞の形成様式が多様化しており、どの位置に始原生殖細胞が形成されるかさえも分かっていない場合がほとんどである。したがって、効率の良いトランスジェニック作製が確立できていなかった。
【0025】
そこで、本方法では、まず、不完全変態昆虫の卵における始原生殖細胞の部位を特定する(部位特定工程)。始原生殖細胞の部位を特定する方法としては、特に制限はないが、例えば、始原生殖細胞の遺伝子マーカーであるvasaのmRNAとproteinの発現部位を調べて、始原生殖細胞の部位を特定する方法等が挙げられる。実施例で示すように、例えばvasaのmRNAとproteinの発現部位を調べる方法により、コオロギでは卵の最後端から20%上流位置(卵全長を100%とする)にその発現が認められた。そこで、vasaの発現位置である、卵の後端より20%の位置を狙い、DNA型トランスポゾンのインジェクションを行うことで効率の良いトランスジェニック個体の作製が可能となった。
【0026】
次に、トランスポゼースmRNAと、任意のDNAが挿入されたトランスポゾンとを不完全変態昆虫の卵における前記特定した部位付近に注入する(注入工程)。
【0027】
プロモーターの下流に連結した外来DNA配列の両末端にトランスポゾンエレメントを有するDNA型トランスポゾンのプラスミド(ドナー)、および、トランスポゼース供給源としてのトランスポゼースmRNA(ヘルパー)を調製する。そして、受精卵における前記特定した部位付近にドナーとヘルパーとをインジェクションする。
【0028】
ドナーは、プロモーターの下流に任意のDNAを連結したDNA配列の両末端にトランスポゾンエレメントを有するプラスミドであればよく、特に制限はない。図1は、本実施形態におけるインジェクション方法を示す概略図である。図1には、ドナーの構造の一例を示してある。ドナーは、例えば、コオロギ細胞質アクチンプロモーター(Gb’act)の下流に緑色蛍光タンパク質遺伝子EGFPを連結したDNA配列(Gb’act−EGFP)の両末端にpiggyBacエレメントを持つプラスミドである。または、ドナーは、コオロギの眼に発現する3xP3プロモーター(3xP3)の下流に緑色蛍光タンパク質遺伝子EGFPを連結したDNA配列(3xP3−EGFP)の両末端にpiggyBacエレメントを持つプラスミドである。EGFPの代わりに赤色蛍光タンパク質遺伝子DsRedも用いてもよい。
【0029】
ドナーは、どのように調製されたものであってもよいが、例えば、プラスミド精製キットであるQIAfilter Plasmid Midi Kit(QIAGEN)を用いて調製することができる。
【0030】
トランスポゾンは、細胞内においてゲノム上の位置を移動することができる塩基配列として知られており、しばしば、遺伝子導入用のベクターとして使用されるものである。トランスポゾンは、遺伝子導入用のベクターとして使用可能なものであれば特に制限されるものではない。また、トランスポゾンには、DNA断片が直接転移するDNA型と、転写と逆転写の過程を経るRNA型があるが、そのいずれかに限定されるものではない。トランスポゾンとしては、piggyBacの他にも、Minos、Mariner、Hermesなどが挙げられる。
【0031】
プロモーターとしては、任意のDNAを発現させたい部位に応じて選択すればよく、特に制限はない。例えば、コオロギの細胞質に特異的に発現するコオロギアクチンプロモーター(Gb’act)、コオロギの眼に特異的に発現する3xP3プロモーター、高温処理により遺伝子発現の制御が可能になるheat shock protein プロモーター等が挙げられる。
【0032】
コオロギアクチンプロモーターは、Extrachromosomal transposition of the transposable element Minos in embryos of the Gryllus bimaculatus Develop. Growth Differ., (2002), 44, 409-417に使用されている配列のものを用いることができる。
【0033】
組み込む任意のDNAとしては、特に制限はないが、任意の遺伝子や任意のDNA等である。任意の遺伝子としては、緑色蛍光タンパク質遺伝子EGFP、赤色蛍光タンパク質遺伝子DsRed等の他に、ヒト遺伝子、酵母転写遺伝子Gal4等が挙げられる。ヒト遺伝子を組み込んだトランスジェニック不完全変態昆虫を作製することにより、遺伝子診断等に用いるヒト遺伝子を含む細胞または組織等を安価に得ることができる。任意のDNAとしては、酵母転写遺伝子Gal4の結合サイトUAS等が挙げられる。
【0034】
ベクターは、piggyBac−3xP3−EGFP(pB[3xP3−EGFP])には、Horn&Wimmer(2000)により用いられている、pB3xP3−EGFP afを使用することができる。piggyBac−Gb’act−EGFP(pB[Gb’act−EGFP])には、上記ベクターから3xP3−EGFPを抜き出し、pBGb’act−EGFPからPCRで増幅した配列と入れ替えたものを用いればよい。
【0035】
トランスポゾンは、自身が転移するために、転移酵素を必要とする。転移酵素は、トランスポゾンの逆位末端反復配列を認識する。それによってトランスポゾンがゲノム配列から切り出されて別の部位に挿入され、転移が引き起こされる。トランスポゼースmRNA(ヘルパー)は、トランスポゾンの転移酵素のコード領域を有するものであればよく、特に制限はない。例えば、piggyBacの転移酵素のコード領域を有するpiggyBac mRNA等が挙げられる。
【0036】
トランスポゼースmRNAは、どのように調製されたものであってよいが、例えば、以下の方法により調製することができる。piggyBac mRNA合成用プラスミドは、QIAfilter Plasmid Midi Kit(QIAGEN)を用いて行う。精製されたプラスミドは、制限酵素EcoRIで消化し直鎖化する。その後、フェノール/クロロホルム処理後、エタノール沈殿を行う。精製物を鋳型DNAとして、mMESSAGE mMACHINE(登録商標)(Ambion)によりmRNAの合成をin vitroで行い、精製する。合成したmRNAは小分けに分注し、−80℃で保存する。
【0037】
不完全変態昆虫としては、蛹を経ずに幼虫が直接成虫に変態する昆虫であればよく、特に制限はないが、例えば、コオロギ、バッタ、イナゴ(バッタ目)、カマキリ(カマキリ目)、ゴキブリ、シロアリ(ゴキブリ目)、セミ、サシガメ、トコジラミ(カメムシ目)、トンボ(トンボ目)、アザミウマ(アザミウマ目)等が挙げられる。これらのうち、安価にサンプルが入手可能である、繁殖しやすい等の点からコオロギが好ましい。
【0038】
コオロギとしては、フタホシコオロギ、ヨーロッパイエコオロギ等が挙げられる。フタホシコオロギは、亜熱帯に生息する不完全変態昆虫であり、日本では沖縄に生息する。成虫翅の付け根に一対の白班を持つことから和名ではこう呼ばれる。卵に休眠性がなく、適当な条件下で1年を通して生殖・発生を繰り返す。比較的飼育が容易で、温度、湿度、日照条件を最適条件にすることで年中繁殖が可能であるため、必要なサンプルが常に手に入ることが出来るので、トランスジェニック個体の作製に適している。
【0039】
注入工程に先立ち、必要に応じて、不完全変態昆虫の卵の採卵、収集を行う。その後、卵の表面に付着している雑菌を取り除くため、また、インジェクション時のガラスキャピラリ等が折れるのを防止し、インジェクションを行いやすくするため、70%エタノール等のアルコール等により卵の消毒処理を行うことが好ましい。アルコール等による消毒処理の後、水等でさらに洗浄すればよい。
【0040】
その後、ドナーおよびヘルパーの溶液を、不完全変態昆虫の卵における前記特定した部位付近にインジェクション(注入)する。例えば、キャピラリ等を直接卵に挿し、溶液を注入し、そのままインキュベーター等で保護すればよい。インジェクションを行う際にミネラルオイル等のオイルで卵を覆ってもよい。
【0041】
なお、インジェクションの前に、卵をわずかに乾燥させ内圧を下げることが好ましい。これにより、インジェクション時の大量の卵黄漏れによるキャピラリの詰まりを防ぐことができる。乾燥を行いすぎると(過乾燥)、発生率が下がる場合がある。季節、作業する部屋の空調、空調等による風の当たり具合等により周囲環境の湿度が変化すると、乾燥度合いも左右される。空気が乾燥している場合は加湿器を使用してもよい。乾燥させた場合は、乾燥後にミネラルオイル等のオイルで卵を覆ってもよい。
【0042】
例えば、コオロギでは、卵の腹側に初期胚が形成されるために、腹側よりインジェクションを行うと、胚を傷つけてしまい発生率が低下する場合がある。そのため、卵の背側よりインジェクションを行うことが好ましい。
【0043】
インジェクション濃度は、例えば、超純水やTE(10mM Tris(pH8.0)/1mM EDTA)等の溶媒中、ドナー 1.0μg/μL、ヘルパー 1.0μg/μLとすればよい。
【0044】
インジェクションは、例えば、ガラスキャピラリをプラーで作製したもの等を用いて行うことができる。
【0045】
卵の培養は、例えば、28℃のインキュベーターまたは定温の部屋に入れることによって行うことができ、幼虫の飼育は、28℃〜30℃の飼育室で飼料等を用いて行うことができる。例えば、インジェクション直後のコオロギの卵は、28℃のインキュベーターで48時間〜60時間飼育し、シャーレ等に卵を移し、さらに28℃〜30℃で孵化するまで飼育する。インジェクションを行う際にオイルで卵を覆った場合、卵をオイルから出して移動させることが好ましい。その理由は、オイルの中に居続けると発生が遅れる、孵化率が激減することがあるためである。孵化した幼虫は、28℃〜30℃の飼育室で成虫になるまで飼育すればよい。このような飼育方法により、生存率が向上する。
【0046】
そして、注入した卵から生じた不完全変態昆虫の中から、任意のDNAが挿入されたトランスジェニック体を選択する(選択工程)。選択方法には、特に制限はないが、例えば、終齢幼虫の段階で個別に飼育し、それぞれの幼虫を野生型と交配させることにより容易にヘテロ個体を維持することができる。または、集団で飼育し交配させることにより、個別飼育の手間が省ける。任意のDNAが挿入されたことは、EGFP等の蛍光タンパク質遺伝子が挿入されている場合は、交配させて得られた卵からGFPの蛍光を観察すればよい。3xP3プロモーターにより眼でGFPなどの蛍光タンパク質が発現している場合は、幼虫期に眼でのGFPの蛍光を指標に簡便にスクリーニングできる。
【0047】
以上のような方法により、形質転換の効率、成長率が高く、トランスジェニック不完全変態昆虫を作製することができる。
【0048】
コオロギ以外の不完全変態類昆虫に関してもまず、vasaの発現を調べる等により、卵における始原生殖細胞の部位を特定し、その発現部位付近にインジェクションを行うことにより、形質転換の効率、成長率が高く、トランスジェニック不完全変態昆虫を作製することができる。
【0049】
例えば、所望のタンパク質等を発現する遺伝子を組み込んだトランスジェニック不完全変態昆虫を作製し、繁殖させることにより、細胞上あるいは組織上で発現した所望のタンパク質等を得ることができる。また、病理学的診断や、抗体医薬の評価等の創薬スクリーニング等に利用可能な、所望のタンパク質等を含む組織等を得ることができる。これらは、培養等の手法に比べると安価に得ることができ、不完全変態昆虫として繁殖性の高いコオロギ等を用いれば、より安価に得ることができる。
【0050】
また、トランスジェニック不完全変態昆虫を作製することにより、遺伝子の機能や転写調節領域の解析等の幅広い研究が期待される。不完全変態類であるフタホシコオロギ(Gryllus bimaculatus,Gb)をモデル昆虫として、形態形成に関連する遺伝子の機能解析を行うことにより、形態形成におけるメカニズムを分子レベルで解明することが可能となる。遺伝子の機能解析法として、遺伝子の過剰発現やRNAiなどがあるが、これらの研究を進めて行く上で、本実施形態に係るトランスジェニック個体の作製方法が有用である。また、害虫等の研究には、トランスジェニック等の遺伝子組換えの技術が必要不可欠であるが、これまでトランスジェニック個体の作製が確立されていなかった不完全変態昆虫でもトランスジェニックによる研究を行うことができるようになる。
【0051】
<トランスジェニック不完全変態昆虫の卵の作製方法>
本発明の実施形態に係るトランスジェニック不完全変態昆虫の卵の作製方法は、不完全変態昆虫の卵における始原生殖細胞の部位を特定する部位特定工程と、トランスポゼースmRNAと、任意のDNAが挿入されたトランスポゾンとを不完全変態昆虫の卵における前記特定した部位付近に注入する注入工程と、を含む。詳細は、上記トランスジェニック不完全変態昆虫と同様である。
【0052】
本方法により、効率よく不完全変態昆虫のトランスジェニック個体の卵を作製することが可能となる。
【0053】
<トランスジェニック不完全変態昆虫>
本実施形態に係るトランスジェニック不完全変態昆虫は、任意のDNAが挿入された不完全変態昆虫であり、トランスジェニックコオロギであることが好ましい。
【0054】
本実施形態に係るトランスジェニック不完全変態昆虫は、どのような方法により作製されたものであってもよい。また、本実施形態に係るトランスジェニック不完全変態昆虫は、不完全変態昆虫の卵における始原生殖細胞の部位を特定する部位特定工程と、トランスポゼースmRNAと、任意のDNAが挿入されたトランスポゾンとを不完全変態昆虫の卵における前記特定した部位付近に注入する注入工程と、注入した卵から生じた不完全変態昆虫の中から、任意のDNAが挿入されたトランスジェニック体を選択する選択工程と、を含むトランスジェニック不完全変態昆虫の作製方法によって作製されるものである。
【0055】
本実施形態に係るトランスジェニック不完全変態昆虫としては、蛹を経ずに幼虫が直接成虫に変態する昆虫のトランスジェニック個体であればよく、特に制限はないが、例えば、トランスジェニックコオロギ、トランスジェニックバッタ、トランスジェニックイナゴ、トランスジェニックゴキブリ、トランスジェニックシロアリ、トランスジェニックセミ、トランスジェニックカマキリ、トランスジェニックトンボ、トランスジェニックサシガメ、トランスジェニックトコジラミ、トランスジェニックアザミウマ等が挙げられる。これらのうち、安価にサンプルが入手可能である、繁殖しやすい等の点からトランスジェニックコオロギが好ましい。
【0056】
<キット>
本実施形態に係るキットは、任意のDNAが挿入されたトランスジェニック不完全変態昆虫から採取した細胞または組織を含む。
【0057】
また、本実施形態に係るキットは、不完全変態昆虫の卵における始原生殖細胞の部位を特定する部位特定工程と、トランスポゼースmRNAと、任意のDNAが挿入されたトランスポゾンとを不完全変態昆虫の卵における前記特定した部位付近に注入する注入工程と、注入した卵から生じた不完全変態昆虫の中から、任意のDNAが挿入されたトランスジェニック体を選択する選択工程と、を含むトランスジェニック不完全変態昆虫の作製方法によって作製したトランスジェニック不完全変態昆虫から採取した細胞または組織を含む。
【0058】
キットとしては、トランスジェニック不完全変態昆虫から採取した細胞または組織を利用するものであればよく、特に制限はないが、分析用キット、診断用キット、検出用キット、検査用キット等が挙げられる。
【実施例】
【0059】
以下、実施例および比較例を挙げ、本発明をより具体的に詳細に説明するが、本発明は、以下の実施例に限定されるものではない。
【0060】
コオロギ細胞質アクチンプロモーターの下流に緑色蛍光タンパク質遺伝子EGFPまたは赤色蛍光タンパク質遺伝子DsRedを連結したDNA配列の両末端にpiggyBacエレメントを持つプラスミド(donor)と、in vitroで転写合成したpiggyBacトランスポゼースmRNA(helper)をコオロギの卵に共注入した。DNAを導入した卵から得られたコオロギと野生型を交配させ、次世代の卵の蛍光を観察したところ、DNAを導入した卵から得られた成虫の約10%から蛍光を発する個体が得られた。また、蛍光が観察され飼育し羽化したメスと野生型のオスとを交配させ得られた卵は、蛍光を発した。従って、piggyBacエレメントを介した蛍光タンパク質遺伝子のゲノムへの挿入が起こっていると考えられ、トランスジェニックコオロギの作製に成功した。蛍光を発する卵を用いて、細胞移動を観察したところ胚原基形成過程における細胞のダイナミックな移動の様子が明らかとなった。orthodenticle(otd)またはcaudal(cad)のRNA干渉を行うと、この過程に異常を生ずることが示された。また、コオロギの眼に特異的に発現するプロモーター(3xP3)により発現するEGFPを用いて、EGFPが発現するトランスジェニックコオロギの作製に成功した。以下、詳細に述べる。
【0061】
<実施例1>
[材料:フタホシコオロギ(Gryllus bimaculatus)]
実験動物とした昆虫は、直翅目キリギリス亜目コオロギ科に属するフタホシコオロギである。通常、28℃、湿度70%、蛍光10時間/日照射の下で飼育した。本実施例では、この条件下で飼育されたフタホシコオロギとその卵を用いた。この条件下で、フタホシコオロギ卵は、産卵後約11日で孵化し、その後、約5週間で8回の脱皮を経て成虫となり、通常1ヶ月間生きる。メス成虫は最終脱皮後、およそ3日目から交尾活動を開始し、およそ5日目から通常1日100個前後の卵を産む。産卵は約3週間行われ、生涯で1500個以上の卵を産む。卵は直径2.5mm〜3.0mm、短径約0.8mm〜1.0mmの米粒状である。昆虫卵としては大型の部類に属し、卵殻が透明なため、卵黄が少なくなり眼の形成される発生後期では内部の様子を観察しやすい。
【0062】
[始原生殖細胞の部位の特定]
始原生殖細胞の遺伝子マーカーであるvasaのmRNAとproteinの発現部位を調べた。操作は、論文(Dynamic expression patterns of vasa during embryogenesis in the cricket Gryllus bimaculatus (2008) Dev. Genes Evol., 218, 381-387)に記載してある通りに行った。具体的には、まずコオロギ7齢幼虫からtotal RNAを、ISOGEN(日本ジーン)を用いて抽出した。その後、得られたtotal RNAからmRNAを精製するため、Oligotex−dT30 <super> mRNA Purification Kit(Takara)を用いた。精製したmRNAは、Superscript First strand Synthesis System for RT−PCR(Invitrogen)とrandom hexamerとともに逆転写反応に使用し、cDNAを得た。コオロギのvasa遺伝子ホモログをクローニングするために、縮重PCRを行った。用いたprimerは、Deg−F1(5’-CCG GAT CCA TGG CNT GYG CNC ARA CNG-3’(配列番号1))と、Deg−R1(5’-CCA AGC TTA ANC CCA TRT CAN RCA TNC KRT C-3’(配列番号2))である。これらのprimerは、他の生物と保存性の高い領域である、MACAQTGとDRMLDMGFに設計した。Rapid amplification cDNA end(RACE)法を用いて、未知領域の5’と3’末端を決定した。得られたコオロギvasaのcDNA配列は、DNA Data Bank of Japan(DDBJ)に登録した(アクセッション番号:AB378065)。得られたコオロギvasaの配列をもとに、whole mount in situ hybridization(W−ISH)法のプローブを作製した。コオロギ卵は、市販のハイター液により卵殻を剥がし、4% Paraformaldehyde/phosphate buffered saline(PFA/PBS)に等量のheptaneを重層した固定液を用いて、室温で20分間固定を行った。その後、20%メタノール/PBT(PBSに終濃度0.1%となるようtweenを加える)により固定液を洗浄した。コオロギ卵へのプローブの浸透性を高めるために、先の鋭いタングステン針を用いてコオロギ卵の周囲を8カ所程度突き刺した。この処理を行ったコオロギ卵を用いて、W−ISHの処理を行った。コオロギでは卵の最後端から20%上流位置(卵全長を100%とする)にその発現が認められた。そこで、vasaの発現位置である、卵の後端より20%の位置を狙いインジェクションを行うこととした。
【0063】
[卵へのインジェクション]
(両面テープ付きスライドガラスの作製)
両面テープをスライドガラスに貼付し、ピンセットでしごいてなだらかにした。ビニールテープで土手を作製し、両面テープ付きスライドガラスの粘着テープに重ねて貼付けた。土手のビニールテープは4枚重ねた。この時、ビニールテープを引っ張り過ぎると、土手の機能を果たさないので注意した。
【0064】
(ガラスキャピラリ作製)
ガラスキャピラリ 1 vial 31/2 capillary(Dorammond)をプラーで以下のプログラムで作製した。
HEAT 743, PULL 0, VEL 20, TIME 250
HEAT 743, PULL 0, VEL 20, TIME 250
HEAT 743, PULL 0, VEL 20, TIME 250
HEAT 743, PULL 70, VEL 25, TIME 150
【0065】
作製後、ガラスキャピラリの先端を折るため、インジェクタにセットした。新しいキャピラリを半分に折り、スライドガラスにセットした。顕微鏡にマウントし、顕微鏡のステージを移動させ、キャピラリ端とインジェクションキャピラリの先端とを近づけて先端同士を接触させ、キャピラリを任意の太さに折った。完成したガラスキャピラリを安全に外した。
【0066】
(湿箱の作製)
角シャーレに三つ折りにしたコンフォートタオルを敷き、水で濡らした。角シャーレを傾け、余分な水は切っておいた。
【0067】
(採卵)
シャーレに2枚のキッチンペーパを任意の大きさに切り敷いた。キッチンペーパを脱イオン水で濡らし、余分な水分は除した。そして、キッチンペーパでフタをした。2時間採卵し、28℃に設定したインキュベーターで1時間インキュベートした。
【0068】
(卵の収集)
水を張ったプラスチック容器(タッパー(登録商標))に採卵した卵をキッチンペーパから落し、茶こしで集めた。乾燥を防ぐため、再び水の張ったプラスチック容器に茶こしをつけた。
【0069】
(卵の洗浄)
卵の表面に付着している雑菌を取り除くため、インジェクション時にガラスキャピラリが折れるのを防止し、インジェクションを行いやすくするため、70%エタノール処理を行った。70%エタノール→水→水の洗浄系列を入れて準備しておいた。70%エタノール液には7秒程度、茶こしを揺すりながら浸した。素早く水で洗い流し、再び水の入ったプラスチック容器に茶こしを浸けて乾燥を防いだ。
【0070】
(粘着テープへの卵の配置)
コンフォートタオルを水で濡らし、手で軽くしぼって水気を切った。作業台にコンフォートタオルを敷いた。茶こしの水分を吸い取った。茶こしを裏返して裏側をはじき、卵を濡れたコンフォートタオルの上に落とした。水で濡らした絵筆で卵を転がすようにして、バラバラに分離させた。200μLチップの先に粘着テープを付けた卵並べ器具を使用して、卵を粘着テープ付きスライドガラスに並べた。後で卵の背側にインジェクションできるように配置した。卵はバナナ型“く”の形をしているが、飛び出ている方が腹側であり、腹側にインジェクションを行うと胚発生が悪くなることがある。粘着テープ付きスライドガラスの片側におよそ15個の卵を並べ、一枚でおよそ30個の卵をインジェクションに使用した。
【0071】
(卵の乾燥)
卵をわずかに乾燥させて内圧を下げることで、インジェクション時の大量の卵黄漏れによるキャピラリの詰まりを防ぐことを目的とする。乾燥を行いすぎると(過乾燥)、発生率が下がることがある。湿度が変化すると、乾燥具合も左右され、風が直接当たると過乾燥になるので注意が必要である。空気が乾燥している場合は加湿器を使用してもよい。卵を並べ終わったら、8分程度放置した。この間を乾燥時間とした。規定の時間が過ぎた後、ミネラルオイルで卵を覆った。このとき、ミネラルオイルがビニールテープ土手の下から漏れていないかチェックした。漏れた場合、卵が乾燥して発生率が悪くなることがある。
【0072】
(ドナープラスミドの作製、ヘルパーmRNAの作製)
ドナープラスミドの作製ならびにヘルパーmRNAの作製は、論文(piggyBac-mediated somatic transformation of the two-spotted cricket, Gryllus bimaculatus (2004) Develop. Growth Differ., 46, 343-349)に記載されている通りに行った。
【0073】
ドナープラスミドpBGact−eGFPは、以下の方法で作製した。まずpGact−eGFPプラスミドよりコオロギアクチンプロモーターとEGFP部分作製するために、PstIもしくはBglIIサイトが付加したprimer(5’-aattctgcagcagttccttcaaatgttcaaaat-3’(配列番号3)と5’-aattagatctgaactggaacaacactcaacccta-3’(配列番号4))を用いてPCR増幅した後、制限酵素PstIとBglII処理し、断片を得た。ドナープラスミドpB3xP3−eGFPafは、E.Wimmerから入手した(Horn, C., Wimmer, E. A. 2000. A versatile vector set for animal transgenesis. Dev. Genes Evol. 210, 630-637)。pB3xP3−eGFPafは、制限酵素PstIとBglIIで処理し、このベクターに先ほどのPCR断片を組み込み、ドナープラスミドpBGact−eGFPを作製した。
【0074】
プラスミドpBGact−eGFPは、文献(piggyBac-mediated somatic transformation of the two-spotted cricket, Gryllus bimaculatus (2004) Develop. Growth Differ., 46, 343-349)に記載されている。また、プラスミドpB3xP3−eGFPafは、文献(Horn, C., Wimmer, E. A. 2000. A versatile vector set for animal transgenesis. Dev. Genes Evol., 210, 630-637.)に記載されている。
【0075】
ヘルパーmRNA合成の際のプラスミドpSP64−piggyBacは、以下のように作製した。piggyBacのopen reading flame(ORF)は、primer(5’-ccttctgcagtatgggatgttctttagacga-3’(配列番号5)と5’-ccaaggatcctttagtcagtccagaaacaac-3’(配列番号6))を用いてphsp−pBac plasmid(Harrellから入手した。Handler, A. M., Harrell, R. A. 1999. Germline transformation of Drosophila melanogaster with the piggyBac transposon vector. Insect Mol. Biol., 8, 449-457.)を鋳型DNAとしPCRにより増幅した。primerにはPstIもしくはBglII siteを付加しているので、PCR産物は制限酵素PstIとBglIIにより処理した。さらに、mRNA合成用プラスミドpSP64ベクター(Promega)も制限酵素PstIとBglIIにより処理し、PCR産物を組み込みpiggyBac mRNA合成用プラスミドpSP64−piggyBacを作製した。piggyBac mRNAの合成用鋳型DNAは、pSP64−piggyBacを制限酵素EcoRIで処理した後、phenol/chloroform(1:1,v/v)抽出、chloroform抽出、エタノール沈殿により精製した。得られた鋳型DNAの1μgをmMESSAGE mMACHINE(登録商標) kit(Ambion)によりmRNAの合成をin vitroで行い、精製した。得られたmRNAはエタノール沈殿により精製し、終濃度1μg/μLに調製した。保存は小分けに(2μL)分注し、−80℃で保存した。
【0076】
プラスミドpSP64−piggyBacは、文献(piggyBac-mediated somatic transformation of the two-spotted cricket, Gryllus bimaculatus (2004) Develop. Growth Differ., 46, 343-349)に記載されている。
【0077】
(キャピラリへのインジェクション溶液の充填)
ドナー、ヘルパーの終濃度をどちらとも1μg/μLにした(溶媒:水)。マイクロピペット(ピペットマン(登録商標))を用いて、2〜3μLのインジェクション溶液を、作製したキャピラリへ充填した。詰まりにくくするために、遠心処理を行ってもよい。インジェクション溶液を充填したキャピラリの先端は詰まりやすいため、素早くオイル中に浸し、乾燥を防いだ。
【0078】
(卵へのインジェクション)
光学顕微鏡で卵の輪郭に焦点を合わせた。焦点が合うと輪郭がはっきりと黒くなる。インジェクション部位が視野に来るようにステージを移動した。インジェクション部位は、卵の後端から20%付近(卵全長を100%とする)の背側とした。注射筒をわずかに押し、キャピラリ先からインジェクション溶液が漏れるのを確認した。溶液を少し出しながら卵にキャピラリを刺した。注射筒に力をかけ、卵内部に溶液が入るのを確認した。そして、力をかけながらキャピラリを卵から引き抜いた。潰れた卵、インジェクションを失敗した卵は取り除いた。
【0079】
(インジェクション後の操作)
湿らせたコンフォートタオルが入っている湿箱の中にインジェクション後のスライドガラスをいれた。湿箱を28℃に設定したインキュベーターに入れ、飼育した。インジェクション後2、3日経過すると卵割が観察できるので発生率を調べた。2日後にEGFP、3日後にDsRedの蛍光を観察した。そして、濡らしたキッチンペーパの上でインジェクションした卵を転がしてミネラルオイルを除去し、濡らしたキッチンペーパを敷いたシャーレで飼育した。
【0080】
[結果]
EGFPがdonorの場合、スライドガラスに114個の卵を並べ、88個の卵にインジェクションをした。その内、39個が発生、23個から蛍光が観察された。羽化したコオロギは15匹となり、4匹のメスから蛍光を発する卵が得られた。図2に、3xP3-EGFPトランスジェニックコオロギの写真を示す。発生した卵からのトランスジェニックコオロギの作製効率は、(4/39)×100=10.2%であった。DsRedがdonorの場合、スライドガラスに222個の卵を並べ、179個の卵にインジェクションをした。その内、46個が発生、11個から蛍光が観察された。羽化したコオロギは14匹となり、3匹のメスから蛍光を発する卵が得られた。発生した卵からのトランスジェニックコオロギの作製効率は、(3/46)×100=6.5%であった。
【0081】
[RNAi法による解析]
(double stranded RNA(dsRNA)の作製)
dsRNA合成のためのtemplateDNAから、T7 RNA Polymerase(T7 MEGAscript kit,Ambion)により37℃、15時間反応させ、RNAを合成した。その後、DNase処理を行い、template DNAを除去した。次に、フェノール/クロロホルム処理、イソプロパノール沈澱を行い、TE(1mM Tris(pH7.5),1mM EDTA)に溶解した。そして、1000mLビーカに水400mLを入れ、ガスバーナで加熱して沸騰させ、チューブごと5分間浸し、RNAを変性させた。その後、ビーカごと火元から外し、お湯が室温になるまでアニーリングさせ、dsRNAとした。そして、再びエタノール沈澱を行い、injection solution(mQ)に20μMになるように溶解し、dsRNA溶液として保存した。インジェクションを行う際の濃度は20μMに希釈した。
【0082】
(メス成虫へのdsRNAの注入)
成虫へのdsRNA注入は、インジェクション装置(Nonoject(Drummond Scientific))を用いた。ミネラルオイルをキャピラリに充填し、インジェクション装置に取り付けた。そして、ミネラルオイルを排出し、dsRNAを吸入した。排出量は69.0nL、Fastに設定した。コオロギをシャーレに入れ、30分程度氷上麻酔を行った。コオロギをインジェクション台に腹ばいにしておき、T3の脚の付け根の白い柔らかいところにキャピラリを差し込み、dsRNAが69nL排出されるように設定したボタンを11回押し、dsRNAを成虫に注入した。その後、静かにキャピラリを体からはずした。
【0083】
(共焦点レーザ顕微鏡C1si−Readyを用いたtime−lapse movieの撮影)
マツナミガラスボトムディッシュに卵を並べ、顕微鏡の台に設置した。機械の設定として、Arレーザ(488nm)、Detector515/30、レーザの強さ6.0%、ゲイン125で行った。step sizeは、6.0〜7.0μmにして、step数を50枚以内にした。30分毎に撮影した。Movieは、1秒で1時間経過するように設定した。
【0084】
[結果]
卵のときに蛍光が観察され、羽化したメスと野生型のオスを交配させ得られた卵は蛍光を発した。図3に、採卵後、約42時間のトランスジェニック卵の写真を示す。DNAを導入した卵から得られた成虫から、蛍光を発する個体が得られた。図3(A)は、EGFPから得られたトランスジェニック個体を示し、図3(B)は、DsRedから得られたトランスジェニック個体を示す。卵の後方で光っているのは、コオロギの胚である。
【0085】
蛍光を発する卵を、共焦点レーザ顕微鏡を用いてtime−lapse movieにしたところ、胚原基形成過程における細胞のダイナミックな移動の様子が明らかになった。まず後方から細胞が表面に現れて全体に広がった。分裂をくり返し、後方の細胞が胚原基を形成するために集まった。しかし、前方の細胞は、後方の細胞のようなダイナミックな動きはせず、その場からあまり動かなかった。
【0086】
cadをRNA干渉した場合、胚原基形成の細胞移動がコントロールとは異なっていた。そのうえ、以前にわかっていた胚後方が伸長しないという表現型の様子も確認できた。otdをRNA干渉した場合、全体に細胞が広がるが、その後、細胞移動、細胞分裂は行われなかった。
【0087】
図4は、EGFPが観察できるトランスジェニック卵を使用して、cadをRNA干渉により機能阻害し、コオロギ胚の発生過程を示す写真である。time−lapseによりcadの胚発生初期の様子をEGFPの蛍光で現している。上の卵がcadをRNA干渉した卵であり、下の卵はコントロールである。採卵後、(A)16時間、(B)18時間、(C)20時間、(D)22時間、(E)24時間、(F)26時間、(G)28時間、(H)30時間、(I)34時間、(J)36時間、(K)38時間、(L)42時間に撮影された写真である。(H)〜(K)の矢印は胚の後方部位を示している。これらの図より、明らかに後方の伸長が少しだけしか起こらないことがわかった。
【0088】
図5は、EGFPが観察できるトランスジェニック卵を使用して、otdをRNA干渉により機能阻害し、コオロギ胚の発生過程を示す写真である。上の卵がコントロールで、下の卵がotdをRNA干渉した卵になる。採卵後、6時間から24時間までを撮影した。撮影は卵の腹側から行い、写真の右が卵の後方を示す。コントロールでは10時間を過ぎると、エネルギド(EGFPの蛍光で示される輝点)が卵表面に移動し、胞胚期を形成する。そしてエネルギドが盛んに分裂し、卵表面を覆う。その後、細胞化が起こり、18時間を過ぎると、各細胞が後方に集まり胚が形成される。しかし、otdのRNAi干渉を行うと、卵表面にエネルギドは移動してくるが(11時間)、それらは細胞移動も細胞分裂も行われず、胚が形成されていない。24時間ではコントロールでは初期胚原基が形成されているが、otdの影響で胚が形成されていない。
【0089】
以上のように、piggyBacエレメントを介した蛍光タンパク質遺伝子のゲノムへの挿入が起こっており、次世代にも受け継がれているのでトランスジェニックコオロギの作製に成功したと考えられる。
【0090】
現在まで、長胚型のショウジョウバエでは卵全体に濃度勾配をとり細胞化が起こっている。短胚型のコオロギでも、卵全体に濃度勾配をとり前方の細胞からも胚原基を形成するのに関与するのではないかと考えられてきた。しかし、前方の細胞が胚原基を形成するのには必要ではなかった。
【0091】
cadをRNA干渉することで、胚原基形成の長さ、細胞の接着の様子が異常であることがわかった。これは、cadが後方領域に重要な遺伝子であり、強い表現型であれば頭部だけになる。胚原基が短くなる、後方の伸長が行われないことは以前にも他の実験でわかっていた。今回、細胞が移動して集まるところから異常があるとわかった。今後、形態異常が起こる他の遺伝子でも有効な解析手段だと示唆される。
【0092】
otdは、全体に斑点状の蛍光になるが胚が形成されなかった。この後に採卵した卵からは初めから全体に斑点状の蛍光が見られた。そのため、卵巣を調べたところ、コオロギ体内からすでに斑点状の蛍光が見られた。コオロギ体内にある卵なので、受精はしていないと思われる。受精をしなくても少しは分裂が起こることは知られているが、全体に広がるほど分裂はしないはずである。受精をせずに分裂するので、otdが受精するまでの分裂を抑えているのではないかと考えられる。otdの表現型として前後軸を決める、頭部形成に関与する遺伝子だと知られているが、細胞分裂の開始の切り替えの役割、卵巣からはじまる卵形成の異常など卵を産む前から影響を及ぼすものと考えられる。
【0093】
このように、不完全変態類のフタホシコオロギ(Gryllus bimaculatus)のトランスジェニック個体の作製法を確立した。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
不完全変態昆虫の卵における始原生殖細胞の部位を特定する部位特定工程と、
トランスポゼースmRNAと、任意のDNAが挿入されたトランスポゾンとを不完全変態昆虫の卵における前記特定した部位付近に注入する注入工程と、
前記注入した卵から生じた不完全変態昆虫の中から、前記任意のDNAが挿入されたトランスジェニック体を選択する選択工程と、
を含むことを特徴とするトランスジェニック不完全変態昆虫の作製方法。
【請求項2】
請求項1に記載のトランスジェニック不完全変態昆虫の作製方法であって、
前記不完全変態昆虫が、コオロギであることを特徴とするトランスジェニック不完全変態昆虫の作製方法。
【請求項3】
請求項1または2に記載のトランスジェニック不完全変態昆虫の作製方法であって、
前記任意のDNAが、ヒト遺伝子であることを特徴とするトランスジェニック不完全変態昆虫の作製方法。
【請求項4】
不完全変態昆虫の卵における始原生殖細胞の部位を特定する部位特定工程と、
トランスポゼースmRNAと、任意のDNAが挿入されたトランスポゾンとを不完全変態昆虫の卵における前記特定した部位付近に注入する注入工程と、
を含むことを特徴とするトランスジェニック不完全変態昆虫の卵の作製方法。
【請求項5】
不完全変態昆虫の卵における始原生殖細胞の部位を特定する部位特定工程と、
トランスポゼースmRNAと、任意のDNAが挿入されたトランスポゾンとを不完全変態昆虫の卵における前記特定した部位付近に注入する注入工程と、
前記注入した卵から生じた不完全変態昆虫の中から、前記任意のDNAが挿入されたトランスジェニック体を選択する選択工程と、
を含むトランスジェニック不完全変態昆虫の作製方法によって作製されることを特徴とするトランスジェニック不完全変態昆虫。
【請求項6】
請求項5に記載のトランスジェニック不完全変態昆虫であって、
前記不完全変態昆虫が、コオロギであることを特徴とするトランスジェニック不完全変態昆虫。
【請求項7】
任意のDNAが挿入された不完全変態昆虫であることを特徴とするトランスジェニック不完全変態昆虫。
【請求項8】
請求項7に記載のトランスジェニック不完全変態昆虫であって、
前記不完全変態昆虫が、コオロギであることを特徴とするトランスジェニック不完全変態昆虫。
【請求項9】
不完全変態昆虫の卵における始原生殖細胞の部位を特定する部位特定工程と、
トランスポゼースmRNAと、任意のDNAが挿入されたトランスポゾンとを不完全変態昆虫の卵における前記特定した部位付近に注入する注入工程と、
前記注入した卵から生じた不完全変態昆虫の中から、前記任意のDNAが挿入されたトランスジェニック体を選択する選択工程と、
を含むトランスジェニック不完全変態昆虫の作製方法によって作製したトランスジェニック不完全変態昆虫から採取した細胞または組織を含むことを特徴とするキット。
【請求項10】
任意のDNAが挿入された不完全変態昆虫であるトランスジェニック不完全変態昆虫から採取した細胞または組織を含むことを特徴とするキット。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2011−83232(P2011−83232A)
【公開日】平成23年4月28日(2011.4.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−238841(P2009−238841)
【出願日】平成21年10月16日(2009.10.16)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り (1)刊行物名 Program and Abstract Book,42nd Annual Meeting for the Japanese Society of Developmental Biologists(日本発生生物学会第42回大会講演要旨集) (2)頒布日 平成21年5月2日 (3)発行元 Organizing Committee of the 42nd annual meeting of JSDB(2009)(日本発生生物学会第42回大会(2009)組織委員会) (4)該当頁 第154頁 (5)公開者 中村 太郎、三戸 太郎、新明 洋平、吉崎 正人、板東 哲哉、大内 淑代、野地 澄晴 (6)発表内容 (タイトル)トランスジェニックコオロギを用いた胞胚期と初期胚発生過程における細胞動態の解析
【出願人】(304020292)国立大学法人徳島大学 (307)
【出願人】(390029791)アロカ株式会社 (899)
【Fターム(参考)】