説明

トランス脂肪酸を含まない家禽卵の生産方法

【課題】食品中のトランス脂肪酸を低減させることができる新規な手段を提供すること。
【解決手段】鶏卵中にもトランス脂肪酸が含まれるという新規な知見に基づき、トランス脂肪酸を含有する油脂原料を実質的に含まない飼料を家禽に給与することを含む、トランス脂肪酸を含まない家禽卵の生産方法を提供した。本発明の方法で用いられる飼料は、具体的には、トランス脂肪酸を含有しない油脂原料を配合した飼料、又は油脂原料自体を無配合とした飼料である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、トランス脂肪酸を含まない家禽卵の生産方法に関する。
【背景技術】
【0002】
トランス脂肪酸とは、通常の天然油脂(構造的にシス型脂肪酸)に部分的に水素添加することで固形化、安定性を高めた結果生じた、自然界にはないトランス型の脂肪酸のことである。加熱によっても生じるので、溶媒抽出による高温下の食用油製造過程で自然に生じる。また、牛などの反すう動物の反すう胃内でバクテリアの働きにより生成し、乳や肉などに少量含まれることも知られている。
【0003】
現在トランス脂肪酸は、心臓疾患のリスクが高い米国で冠動脈疾患のリスク成分(血栓要因)として注目されており、食品中の表示義務化や外食産業等でのノートランス脂肪酸への切り替えが進められている。他方、わが国では米国に比べて脂肪の摂取量が少ないため健康面での影響は少ないとの認識があり、今のところ行政による規制の動きはない。
【0004】
しかし、日本人の食の欧米化に伴いトランス脂肪酸が欧米人のように健康上のリスクファクターとなっている消費者が存在する可能性は高く、その対策を行うことは栄養学的にも意味あることである。
【0005】
国際的な食品規格の作成等を行なっているコーデックス委員会では、現在、トランス脂肪酸の表示について検討が行われており、わが国でも今後何らかの対応が必要になるだろうと考えられている。このため、国内の油脂メーカーをはじめ関連メーカーでも既にこれを将来的に対応すべき課題としてとらえ、トランス脂肪酸の低減化に向けた研究も進められている。
【0006】
以上のような状況を踏まえ、わが国では、食品安全委員会が国内で流通している畜産物及びその加工品等に含まれるトランス脂肪酸の実態について調査し、分析結果を報告している(非特許文献1)。それによると、調査対象として選択されたのはトランス脂肪酸の含有が予想される牛肉類、乳製品、油脂類とこれらの加工品であり、主に油脂類及び乳製品においてトランス脂肪酸が含有されることが示されている。
【0007】
以上の通り、トランス脂肪酸の含有が問題視されている食品類は主に油脂類及び乳製品であり、鶏卵中のトランス脂肪酸含量については全く問題視されていない。我が国よりもトランス脂肪酸対策が進んでいる欧米においても、鶏卵中のトランス脂肪酸については全く注目されていない。例えば、米国出願を基礎とする国際出願公報である特許文献1には、鶏卵自体を処理して心疾患の一因とされるトリグリセリド及びコレステロールを減少させる方法が記載され、欧州特許出願公報である特許文献2には、脂肪酸組成をバランス化した鶏卵が記載されているが、いずれにも鶏卵中にトランス脂肪酸が含まれるとする開示はない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】国際公開公報WO/2007/146249
【特許文献2】欧州特許出願第01155627号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】「食品に含まれるトランス脂肪酸の評価基礎資料調査報告書」内閣府食品安全委員会 平成18年度食品安全確保総合調査、平成19年3月 財団法人日本食品分析センター
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、食品中のトランス脂肪酸を低減させることができる新規な手段を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本願発明者らは、鋭意研究の結果、鶏卵中にもトランス脂肪酸が含まれることを見出した。トランス脂肪酸が含まれた鶏卵について、その生産飼料を調査したところ、それに使用されていた飼料油脂中にトランス脂肪酸の含有が見られた。この結果から、主として飼料に配合する油脂原料が鶏卵中のトランス脂肪酸含量に影響する可能性を見出し、実際に、トランス脂肪酸を含有する油脂原料を配合しない飼料を鶏に給与することで鶏卵中のトランス脂肪酸を低減できることを見出し、本願発明を完成した。
【0012】
すなわち、本発明は、トランス脂肪酸を含有する油脂原料を実質的に含まない飼料を家禽に給与することを含む、トランス脂肪酸を含まない家禽卵の生産方法を提供する。また、本発明は、トランス脂肪酸を含まない家禽卵を提供する。さらに、本発明は、上記本発明の家禽卵を原料として用いて製造されたトランス脂肪酸低減食品を提供する。さらに、本発明は、トランス脂肪酸を含有する油脂原料を実質的に含まない家禽用飼料を提供する。
【発明の効果】
【0013】
本発明により、トランス脂肪酸を含まない鶏卵等の家禽卵を得る方法が初めて提供された。鶏卵中のトランス脂肪酸に着目した報告はこれまでになく、本発明はトランス脂肪酸対策の新たな手段を提供する。本発明の方法によれば、鶏の生産性や風味等に影響することなく、トランス脂肪酸が含まれない鶏卵を生産することができる。鶏卵、特に卵黄は、マヨネーズや菓子、麺類等多くの食品の主要な原料となっており、加工食品に由来するトランス脂肪酸対策という観点では本発明が奏する効果は大きく、産業的な貢献度も高い。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明の方法により得られる家禽卵、好ましくは鶏卵は、トランス脂肪酸を含まない。すなわち、家禽卵中のトランス脂肪酸含量が、常法のクロマトグラフ法での分析による検出限界未満である。鶏卵等の家禽卵中でトランス脂肪酸が含有されるのは卵黄であるが、卵黄中のトランス脂肪酸含量は、例えばFolch法(J. Biol. Chem., 226, 497 (1957))に基づいて卵黄から油成分を抽出し、得られた抽出油をAOCS Official Methods Ce 1b-89に記載の方法によりメチルエステル化し、AOCS Official Methods Ce 1f-96に記載の方法によりガスクロマトグラフィーを行なうことにより測定することができる。トランス脂肪酸の分析方法には、赤外スペクトル法とキャピラリーカラムを使用したガスクロマトグラフ法があるが、ガスクロマトグラフ法の方がより低含量のトランス脂肪酸の測定が可能である。
【0015】
通常の家禽用配合飼料では、穀類やビタミン・ミネラル類、蛋白源の他、油脂が原料として用いられるが、本発明の方法では、トランス脂肪酸を含有する油脂原料を実質的に含まない飼料を家禽に給与する。ここで、「実質的に含まない」とは、トランス脂肪酸を含有する油脂原料を飼料中に全く含まないか、含んだとしてもごく微量であって、その飼料を給与された家禽の卵黄中のトランス脂肪酸含量を検出可能な量にまで高めることがない程度のごく微量にしか含まないということを意味する。本発明の方法で用いる飼料は、トランス脂肪酸を含有する油脂原料の含有量が、例えば1%未満であり、好ましくは0.1%未満であり、より好ましくは0.01%未満である。最も好ましくは、本発明で用いる飼料は、トランス脂肪酸を含有する油脂原料を全く含まない。なお、ここでいう「油脂原料」とは、穀類原料や蛋白原料等の油脂以外の原料中に自然に含有される油脂成分は包含せず、他の原料とは独立して油脂分として添加されるものを指す。
【0016】
そのような、トランス脂肪酸を含有する油脂原料を実質的に含まない飼料とは、具体的には、(1) トランス脂肪酸を含有しない油脂原料を配合した飼料、又は(2) 油脂原料自体を無配合とした飼料である。
【0017】
(1) トランス脂肪酸を含有しない油脂原料を配合した飼料の場合
油脂原料のトランス脂肪酸含量は、油脂の種類や製造条件に左右される。一般に、飽和脂肪酸が主体の油脂ではトランス脂肪酸含量が低い。そのような油脂の代表例としては、こめ油、アマニ油、オリーブ油、ゴマ油、ココナッツ油、パーム油等が挙げられる。また、高温下の油脂製造過程でトランス脂肪酸が生成するため、コールドプレス(製造段階で30℃以上の熱を加えずに圧搾)で生産された油はトランス脂肪酸含量が低い。従って、使用する油脂については、飽和脂肪酸が主体の油脂であること、コールドプレスで生産された油であること等を考慮して油脂を選択し、実際に使用する前にトランス脂肪酸の分析を実施して含有量を確認することが望まれる。油脂原料のトランス脂肪酸含量は、上記した通りクロマトグラフ法で常法により測定することができる。具体的には、油脂原料をメチルエステル化し、これをガスクロマトグラフィーに付すことで、油脂原料中のトランス脂肪酸含量を測定できる。トランス脂肪酸含量がガスクロマトグラフ法による検出限界未満であれば、トランス脂肪酸を含有しない油脂原料として使用可能である。本発明で使用し得る油脂原料の具体例としては、コールドプレスで生産されたこめ油、アマニ油、オリーブ油、ゴマ油、ココナッツ油及びパーム油等が挙げられ、中でもこめ油、オリーブ油、ゴマ油及びココナッツ油が好ましいが、これらに限定されない。トランス脂肪酸を含有しない油脂原料は、1種のみを用いてもよいし、2種以上を混合して用いてもよい。
【0018】
(2) 油脂原料自体を無配合とした飼料の場合
油脂原料自体を無添加とした飼料の場合は、単に油脂原料を配合しないだけでもよいし、油脂原料に代えて糖蜜等の炭水化物を配合してもよい。このような炭水化物原料を配合する場合は油脂原料と同程度の配合量でよい。
【0019】
市販鶏卵の卵黄中には、トランス脂肪酸が0.05〜0.06%程度含有されている(下記実施例参照)。このように鶏卵中にトランス脂肪酸が含まれるということは、本願発明者らが初めて見出したことである。なお、我が国の食品安全委員会が公表している各種畜産物及びその加工品のトランス脂肪酸含量の分析結果は表1の通りである。調査対象として選択されたこれらの食品は、トランス脂肪酸の含有が予想されるものとして選択された牛肉類、乳製品、油脂類とこれらの加工品である。例えば、マヨネーズには卵黄が含まれるが、油脂を多く含んだ加工食品であるため、油脂加工品として調査対象に挙がっている。このような公知のデータから鶏卵中にトランス脂肪酸が含有されることを類推することはできない。
【0020】
【表1】

【0021】
一般に飼料の油脂原料としては動物性のものが用いられる。通常の飼料に配合される動物油脂には、下記実施例に記載される通り、トランス脂肪酸が1%前後含まれる。しかしながら、油脂原料の配合量はそもそも飼料全体に対し数%程度と微量であるため、調製された飼料自体を常法により分析すると、飼料中のトランス脂肪酸の含量は検出限界未満となる。このようなごく微量のトランス脂肪酸でも、鶏卵中のトランス脂肪酸含量に影響するという知見は、本願発明者らが初めて見出したものである。
【0022】
本発明の方法により生産できるトランス脂肪酸を含まない家禽卵は、家禽卵、好ましくは鶏卵を原料とする各種食品の製造に用いることができる。これにより、トランス脂肪酸含量を低減させた食品を製造することができる。鶏卵、特に卵黄は、マヨネーズや菓子、麺類等多くの食品の主要な原料となっており、加工食品に由来するトランス脂肪酸対策という観点では本発明が奏する効果は大きく、産業的な貢献度も高い。
【実施例】
【0023】
以下、本発明を実施例に基づきより具体的に説明する。もっとも、本発明は下記実施例に限定されるものではない。なお、トランス脂肪酸含量の測定は、財団法人日本食品分析センターに委託し、常法のガスクロマトグラフ法により行なった。油脂以外の試料については、Folch法(J. Biol. Chem., 226, 497 (1957))による抽出処理を行なった。定容・分取後の試料のけん化及びメチルエステル化はAOCS Official Method Ce 1b-89(2001)に準じて行なった。ガスクロマトグラフ操作条件は以下の通りであった。
機種:GC-2010(株式会社島津製作所)
検出器:FID
カラム:SP(商品名)-2340(SUPELCO)、φ0.25mm×60mm、膜厚0.20μm
温度:試料注入口210℃、検出器210℃
カラム150℃→1.3℃/min昇温→220℃
試料導入系:スプリット(スプリット比1:100)
ガス流量:ヘリウム(キャリヤーガス)0.5 ml/min
ヘリウム(メイクアップガス)30 ml/min
ガス圧力:水素40 ml/min、空気400 ml/min
【0024】
1.市販鶏卵中のトランス脂肪酸含量
市販されている鶏卵を全国から入手し、トランス脂肪酸の実態について調査した。その結果、表2に示すように、他の畜産物と同様に卵黄中にも微量ながらトランス脂肪酸が含有されていることが明らかとなった。
【0025】
【表2】

【0026】
2.飼料用油脂原料のトランス脂肪酸含量
鶏卵中のトランス脂肪酸の由来について、飼料用油脂原料に着目し、各種油脂原料のトランス脂肪酸含量を測定した。結果を表3に示す。蛋白原料中のトランス脂肪酸含量も測定したが、動物性蛋白、植物性蛋白のいずれでも油脂原料に比してトランス脂肪酸含量は低く、代表的な蛋白原料のトランス脂肪酸含量は大半が検出限界未満であった。従って、鶏卵中のトランス脂肪酸は主に油脂原料に由来しているものと考えられた。
【0027】
【表3】

【0028】
3.給与試験
(1) 試験方法
産卵鶏(ジュリア種産卵鶏399日齢)を各区に20羽づつ割り当て、表4の試験区分に従って、表5に示した試験飼料を6週間給与した。
【0029】
試験用飼料として、1区の動物油脂区飼料は一般的な市販飼料をモデルとした内容とし、2区のこめ油区飼料は1区の動物油脂に代えてトランス脂肪酸が含まれないこめ油を使用して飼料中のトランス脂肪酸含量を低めた飼料、3区の油脂無添加区飼料はトランス脂肪酸を含有する油脂を使用せず飼料中のトランス脂肪酸含量を低めた飼料、4区の糖蜜区飼料は3区飼料と同様に油脂を無添加とするが糖蜜添加することで飼料物性を改善した飼料、の4種類とした。
【0030】
試験飼料中のトランス脂肪酸含量について1区飼料のみ分析を実施したが、飼料中の含有量は検出限界未満であった。これは、飼料中の油脂原料中のトランス脂肪酸含有量が多くてもその配合率が数%であるために結果として飼料中の含有量は検出限界未満となるためである。従って、試験結果を飼料中のトランス脂肪酸含量により評価することは困難であった。
【0031】
【表4】

【0032】
【表5】

【0033】
(2) 結果
卵黄中のトランス脂肪酸含量の分析結果を表6に示す。これによれば、試験飼料給与後3週間を経過した時点で既に給与飼料の影響を受け、トランス脂肪酸を含まない油脂による場合、油脂自体を無添加とした場合のいずれの手段でも卵黄中のトランス脂肪酸含量を低めることが可能であるという結果が得られた。
【0034】
【表6】

【0035】
試験期間中の産卵成績を表7に示す。試験飼料の給与による産卵成績への顕著な影響は見られなかった。
【0036】
【表7】

【0037】
また、鶏卵の卵殻強度および鮮度の指標となっているハウユニットを表8に示す。これらの項目でも試験飼料の給与による影響は見られなかった。
【0038】
【表8】

【0039】
試験生産した鶏卵を用いた官能調査結果を表9に示す。これによれば、特に飼料への油脂を無添加としても、鶏卵の風味に悪影響を及ぼすことなく、むしろ風味が改善できるという結果であった。
【0040】
【表9】

【0041】
(3) 結論
以上のことから、今回検討したいずれの手法でも、鶏の生産性や風味等に影響することなく、トランス脂肪酸が含まれない鶏卵が生産できることを確認した。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
トランス脂肪酸を含有する油脂原料を実質的に含まない飼料を家禽に給与することを含む、トランス脂肪酸を含まない家禽卵の生産方法。
【請求項2】
前記飼料は油脂原料を配合しない飼料である請求項1記載の方法。
【請求項3】
前記飼料はトランス脂肪酸を含有しない油脂原料を配合した飼料である請求項1記載の方法。
【請求項4】
前記トランス脂肪酸を含有しない油脂原料は、コールドプレスで生産された油脂であって、こめ油、アマニ油、オリーブ油、ゴマ油、ココナッツ油及びパーム油からなる群より選択される少なくとも1種である請求項3記載の方法。
【請求項5】
前記家禽は鶏である請求項1ないし4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
トランス脂肪酸を含まない家禽卵。
【請求項7】
鶏卵である請求項6記載の家禽卵。
【請求項8】
請求項6又は7記載の家禽卵を原料として用いて製造されたトランス脂肪酸低減食品。
【請求項9】
トランス脂肪酸を含有する油脂原料を実質的に含まない家禽用飼料。
【請求項10】
鶏用飼料である請求項8記載の飼料。

【公開番号】特開2011−41513(P2011−41513A)
【公開日】平成23年3月3日(2011.3.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−191678(P2009−191678)
【出願日】平成21年8月21日(2009.8.21)
【出願人】(000201641)全国農業協同組合連合会 (69)
【Fターム(参考)】