説明

トリクロロエチレンに対する正の走化性を細菌に付与または増強する方法

【課題】本発明は、バイオレメディエーションによってトリクロロエチレンを高効率に浄化する手段を提供すべく、トリクロロエチレン(TCE)に対する正の走化性を細菌(TCE分解細菌)に付与または増強する方法、および当該方法によって得られる細菌(TCE分解細菌)を用いたTCEの分解方法を提供する。
【解決手段】本発明者はP. aeruginosaのtlpF遺伝子がTCEに対する正の走化性因子をコードする遺伝子であるという新規知見を見出した。上記tlpF遺伝子をP. putidaをはじめとするTCE分解細菌に導入すれば、TCEに対する正の走化性が付加または増強されたTCE分解細菌を取得することができる。上記TCE分解細菌はTCEに対して高い正の走化性を示し、TCEに積極的に集積することとなる。その結果、上記TCE分解細菌を用いることによって、TCEを効率良く分解することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、トリクロロエチレンをバイオレメディエーションにより高効率に浄化する手段を提供すべく、トリクロロエチレンに対する正の走化性を細菌(特にトリクロロエチレン分解細菌)に付与または増強する方法、当該方法によって得られたトリクロロエチレンに対する正の走化性が付与または増強されたトリクロロエチレン分解細菌、および当該トリクロロエチレン分解細菌の利用に関するものである。
【背景技術】
【0002】
多くの細菌は運動性を示す。この運動性は、細胞周囲の化学物質の濃度変化を細菌が感知して、好ましいと判断した化学物質には集積し、好ましくないと判断した化学物質から逃避することによって起こるものである。上記のような運動性を「走化性」という。また特に化学物質に対して集積する行動を「正の走化性」といい、化学物質に対して逃避する
行動を「負の走化性」という。現在、汚染物質分解細菌の、汚染物質に対する走化性が注目されており、この走化性がバイオレメディエーションの効率に影響を及ぼすと考えられている。
【0003】
汚染物質の分解は、汚染物質分解細菌が汚染物質と遭遇することから始まる。汚染物質が難溶性の場合や、土壌もしくは地下水層中で難移動性である場合は、汚染物質分解細菌の汚染物質への遭遇は制限を受けてしまう。しかし、汚染物質分解細菌がその汚染物質に対して正の走化性を示す場合は、汚染物質分解細菌が汚染物質の存在する領域に集積して、分解効率が向上すると予想される。逆に、汚染物質分解細菌が汚染物質に対して負の走化性を示す場合は、その汚染物質分解細菌が強力な汚染物質分解活性を持っていたとしても、高濃度に汚染物質が存在する領域から逃避してしまうため、未分解の領域が残ることが予想される。既に、走化性が難溶性汚染物質の分解効率に影響を与えることが報告されている(非特許文献1参照)。
【0004】
発癌性物質である揮発性有機塩素化合物トリクロロエチレンは、地下水から最も高い頻度で検出される汚染物質の一つである。現在、トリクロロエチレン分解細菌としてはPseudomonas putida F1などが知られている(非特許文献2参照)。また、P. putida F1はトリクロロエチレンに対して正の走化性を示すことが報告された(非特許文献3参照)。しかし、非特許文献3によるとP. putida F1は、トリクロロエチレン濃度が一定以上の領域には全く寄り付かないことも観察されている。トリクロロエチレンは非水相液体として地下水中に存在することから、地下水中にはトリクロロエチレンが極めて高濃度な領域が存在することになる。従って、P. putida F1のトリクロロエチレンに対する正の走化性を向上させることは、トリクロロエチレンの分解の効率に大きな影響を与えることとなる。しかし、正の走化性に関与するタンパク質および遺伝子配列は、これまで明らかにされていない。
【0005】
ところで、P. aeruginosa PAO1は全ゲノム配列が既に解読されており、そのゲノム配列情報からP. aeruginosa PAO1は走化性のセンサーとして機能するタンパク質を26個有することが予想された(非特許文献4、5、6参照)。ここで上記ある化学物質に対して走化性のセンサーとして機能するタンパク質を「走化性因子」といい、特に正の走化性のセンサーとして機能するタンパク質を「正の走化性因子」といい、負の走化性のセンサーとして機能するタンパク質を「負の走化性因子」という。ただし、上記走化性因子であることが予想された26個のタンパク質が、どの物質を感知する走化性因子なのか、または本当に走化性因子として機能するかについては全く未知であった。
【0006】
一方、発明者はP. aeruginosa PAO1がトリクロロエチレンに対し負の走化性を示すことを発見し、さらにトリクロロエチレンに対する負の走化性因子の発見および当該負の走化性因子をコードする遺伝子(pctA遺伝子、pctB遺伝子およびpctC遺伝子)の同定に成功した(非特許文献7参照)。
【非特許文献1】Marx & Aitken, Environ. Sci. Technol.,34, 3379-3383 (2000).
【非特許文献2】Wackett, L. P, Gibson, D. T. Degradation Of trichloroethylene by toluene Dioxygenase in whole-cell studies with Pseudomonas putida F1. Appl. Environ. Microbiol. 54:1703-8 (1988).
【非特許文献3】Parales, et al., Appl. Environ. Microbiol., 66, 4098-4104 (2000).
【非特許文献4】Wu, H., Kato, J., Kuroda, A., Ikeda, T., Takiguchi, N., and Ohtake, H.: Identification of two chemotactic transducer for inorganic phosphate in Pseudomonas aeruginosa. J. Bacteriol., 182, 3400-3404 (2000).
【非特許文献5】Stove, C.K., Pham, X. O., Erwin, A. L., Mizoguchi, S.D., Warrener, P., Hickey, M. J., Brinkman, F. S. L., Hufnagle, W. O., Kowalik, D. J., Lagrou, M., and 21 other authors: Complete genome sequence of Pseudomonas aeruginosa PAO1, an opportunistic pathogen. Nature, 406, 959-964 (2000).
【非特許文献6】Croft, L., Beaston, S. A., Whychurch, C. B., Huang,. B., Blakeley, R.L., and Mattick, J. S.: An interactive webbased Pseudimonas aeruginosa genome database: discovery of new genes, pathways and structures. Microbiology, 146, 2351-2364 (2000).
【非特許文献7】MAIKO SHITASHIRO, HIROHIDE TANAKA, CHANG SOO HONG, AKIO KURODA, NOBORU TAKIGUTI, HISAO OHTAKE, and JUNICHI KATO: Identification ofChemosensory Proteins for Trichloroethylene in Pseudomonas aeruginosa. JOURNAL OF BIOSCIENCE AND BIOENGINEERING. Vol.99,No.4, 396-402 (2005).
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、トリクロロエチレンをバイオレメディエーションにより高効率に浄化する手段を提供すべく、これまで同定されていなかったトリクロロエチレンに対する正の走化性因子、および当該正の走化性因子をコードする遺伝子を同定し、当該遺伝子を用いて、トリクロロエチレンに対する正の走化性が付与または増強されたトリクロロエチレン分解細菌を作製することを目的としている。また本発明は、上記トリクロロエチレンに対する正の走化性が付与または増強されたトリクロロエチレン分解細菌を用いることによって、トリクロロエチレンを分解する方法を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、P. aeruginosa PAO1の負の走化性因子をコードするpctA遺伝子、pctB遺伝子およびpctC遺伝子の破壊株を作製し、当該破壊株のトリクロロエチレンに対する走化性を詳細に調べた結果、P. aeruginosa PAO1はトリクロロエチレンに対する負の走化性因子のみならず、正の走化性因子をも有しているということを新規に見出した。さらに本発明者はP. aeruginosa PAO1において、走化性因子であると推定されている26個のタンパク質をコードする遺伝子の破壊株を作製し、各破壊株についてトリクロロエチレンに対する走化性を調べたところ、tlpF遺伝子破壊株が親株に比してトリクロロエチレンに対して強い逃避応答(負の走化性)を示すということがわかった。またtlpF遺伝子破壊株にtlpF遺伝子を導入したところ、トリクロロエチレンに対して正の走化性を示した。さらに負の走化性因子をコードする遺伝子(pctA遺伝子、pctB遺伝子およびpctC遺伝子)が破壊された株に、tlpF遺伝子を導入したところ、トリクロロエチレンに対して非常に強い正の走化性を示した。したがって、tlpF遺伝子は正の走化性因子をコードする遺伝子であることが分かった。
【0009】
なお、P. aeruginosa PAO1をはじめとするP. aeruginosaにおいて、トリクロロエチレンに対する正の走化性因子の存在は、これまで全く知られておらず、また予想すらされていなかった。したがって、当該技術分野における当業者は、P. aeruginosaからトリクロロエチレンに対する正の走化性因子を取得し得るなどということは通常考えない。
【0010】
したがって本発明は、本発明者の鋭意努力の結果得られた新規知見によって完成されたものである。すなわち本発明にかかる方法は、上記課題を解決すべく、トリクロロエチレンに対する正の走化性を細菌に付与または増強する方法であって、tlpF遺伝子を細菌に導入する工程を含むことを特徴としている。
【0011】
また本発明にかかる方法は、以下を特徴とする方法であってもよい。
トリクロロエチレンに対する正の走化性を細菌に付与または増強する方法であって、トリクロロエチレンに対する正の走化性遺伝子を細菌に導入する工程を含み、
当該トリクロロエチレンに対する正の走化性遺伝子は、トリクロロエチレンに対する正の走化性因子をコードし、かつ下記の(a)または(b)のいずれかであることを特徴とする方法:
(a)配列番号1に示される塩基配列からなるポリヌクレオチド;または
(b)以下の(i)もしくは(ii)のいずれかとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするポリヌクレオチド:
(i)配列番号1に示される塩基配列からなるポリヌクレオチド;もしくは
(ii)配列番号1に示される塩基配列と相補的な塩基配列からなるポリヌクレオチド。
【0012】
また本発明にかかる方法は、上記細菌がトリクロロエチレン分解細菌であることが好ましく、さらに当該トリクロロエチレン分解細菌はシュードモナス(Pseudomonas)属細菌であってもよく、当該シュードモナス(Pseudomonas)属細菌は、シュードモナス・プチダ(Pseudomonas putida)であってもよい。さらに本発明にかかる方法において、上記細菌は、トリクロロエチレンに対する負の走化性が欠失または低下した株であることが好ましい。
【0013】
一方、本発明は、上記本発明にかかる方法によって得られた、トリクロロエチレンに対する正の走化性が付与または増強されたトリクロロエチレン分解細菌をも包含する。
【0014】
また、本発明は、上記トリクロロエチレンに対する正の走化性が付与または増強されたトリクロロエチレン分解細菌を用いることを特徴とする、トリクロロエチレンの分解方法をも包含する。
【0015】
さらに、本発明は、上記トリクロロエチレンに対する正の走化性が付与または増強されたトリクロロエチレン分解細菌を含むことを特徴とする、トリクロロエチレンの分解キットをも包含する。
【発明の効果】
【0016】
本発明にかかる方法によれば、トリクロロエチレンに対する正の走化性をトリクロロエチレン分解細菌に付与または増強することができる。上記方法によって得られたトリクロロエチレンに対する正の走化性が付与または増強されたトリクロロエチレン分解細菌は、トリクロロエチレンに対する正の走化性を示し、トリクロロエチレンに積極的に集積することとなる。その結果、上記方法によって得られたトリクロロエチレンに対する正の走化性が付与または増強されたトリクロロエチレン分解細菌を用いることによって、トリクロロエチレンを効率良く分解することができるという効果を奏する。
【0017】
したがって本発明によれば、トリクロロエチレンに汚染された環境を、バイオレメディエーションによって浄化および修復することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
本発明の実施の一形態について説明すれば、以下の通りである。なお、本発明は、これに限定されるものではない。
【0019】
(1)本発明にかかる方法
本発明にかかる方法は、トリクロロエチレン(以下「TCE」という)に対する正の走化性を細菌に付与または増強する方法である。換言すれば、本発明はTCEに対する正の走化性を元来有していない細菌に対して、TCEに対する正の走化性を付与する方法、およびTCEに対する正の走化性を元来有している細菌に対して、TCEに対する正の走化性を増強(向上)させる方法である。
【0020】
ここで、「TCEに対する正の走化性」とは、TCEに対して集積する行動のことをいう。逆にTCEに対して逃避する行動を「負の走化性」という。細菌がTCEに対して正の走化性を有するか否か、または負の走化性を有するか否かは、例えば「アガロースプラグアッセイ」(『Parales, R. E., J. L. Ditty, and C. S. Harwood.: Toluene-degrading bacteria are chemotactic towards the environmental pollutants benzene, toluene, and trichloroethylene. Appl. Environ. Microbiol., 66:4098-4104.(2000)』および『Yu, H. S. and M. Alam.: An agarose-in-plug bridge method to study chemotaxis in the Archeon Halobacterium salinarum. FEMS Microbiol. Lett. 156:265-269.(1997)』参照)によって検定することができる。また、「コンピュータ支援キャピラリー法」(『Nikata, T., Sumida, K., Kato, J., Ohtake, H. Rapid method for analyzing bacterial behavioral responses to chemical stimuli. Appl. Environ. Microbiol. 58, 2250-2254 (1992)』によっても走化性を評価することができる。
なお、アガロースプラグアッセイは、簡単には以下のようにして行われる。
【0021】
(a) 図1に示すように、検定物質(TCE)を含むアガロースプラグを、スライドガラス上の菌体懸濁液に添加し、その上にカバーグラスをのせて封をする。
【0022】
(b) 一定時間後、菌体の分布パターンを実体顕微鏡/CCD カメラで撮影し、菌体の走化性を評価する。
【0023】
(c) 菌体が「正の走化性」を有する場合は、菌体の走化性リングがアガロースプラグに近接して生じ、逆に「負の走化性」を有する場合は、アガロースプラグの周辺にクリアゾーンができる。
【0024】
なお、アガロースプラグアッセイの具体的方法については、後述する実施例において説明する。
【0025】
また本発明にかかる方法においてTCEに対する正の走化性が付与または増強される細菌は、特に限定されるものではないが、少なくとも導入される正の走化性遺伝子(tlpF遺伝子)を発現し得る細菌であることが好ましい。正の走化性遺伝子(tlpF遺伝子)の発現産物である、正の走化性因子(TlpFタンパク質)を細菌が発現することによって、当該細菌のTCEに対する正の走化性が付与または増強される。
【0026】
また上記細菌は特に「TCE分解細菌」であることが好ましい。TCE分解細菌にTCEに対する正の走化性を付与または増強することによって、当該TCE分解細菌を用いたTCE分解を効率良く実施することができるからである。ここで「TCE分解細菌」とは、TCEを分解し得る細菌であれば特に限定されるものではない。TCE分解細菌としては、例えば、シュードモナス(Pseudomonas)属細菌、バークホルデリア(Burkholderia)属細菌(『Nelson, M. J. K., S. O. Montgomery, E. J. O’Neill, and P. H. Pitchard: Aerobic metabolism of trichloroethylene by a bacterial isolate. Appl. Environ. Micobiol. 52:383-384. (1986) 』参照)、ラルストニア(Ralstonia)属細菌(『Ishida, H. and K. Nakamura.: Trichloroethylene degradation by Ralstonia sp. KN1-10A constitutively expressing phenol hydroxylase: transformation products, NADH limitation, and product toxicity. J. Biosci. Bioeng. 89:438-45. (2000) 』参照)が挙げられる。ただし、TCE分解細菌に導入されるtlpF遺伝子はP. aeruginosa PAO1から発見された遺伝子であるために、同属のシュードモナス(Pseudomonas)属のTCE細菌であることが好ましい。TCE細菌において、TlpFタンパク質が発現され易いからである。また上記シュードモナス(Pseudomonas)属細菌のうち、特にP. putida F1、シュードモナス・スツッツェリ OX1(Pseudomonas stutzeri OX1 ; 『Chauhan, S., P. Barbieri, and T. K. Wood.: Oxidation of trichloroethylene, 1,1-dichloroethylene, and chloroform by toluene/o-xylene monooxygenase from Pseudomonas stutzeri OX1. Appl. Environ. Microbiol. 64:3023-3024.(1998)』参照)、およびシュードモナス・ブタノボーラ(Pseudomonas butanovora ; 『Halsey, K. H., L. A. Sayavedra-Soto, P. J. Bottomley, and D. J. Arp.: Trichloroethylene degradation by butane-oxidizing bacteria causes a spectrum of toxic effects. Appl. Microbiol. Biotechnol. 68:794-801. (2005) 』参照)が好ましい。例えばP. putida F1がTCE分解細菌であることが、非特許文献2に記載されている。なおP. putida F1はTCEに対して正の走化性(集積行動)を示すものの、かかる正の走化性は雰囲気中にトルエンがあって初めて誘導発現されるということが知られている(『Parales, R. E., J. L. Ditty, and C. S. Harwood.: Toluene-degrading bacteria are chemotactic towards the environmental pollutants benzene, toluene, and trichloroethylene. Appl. Environ. Microbiol. 66:4098-4104.(2000)』参照)。しかし、TCE汚染地点が同時にトルエンに汚染されている保証はない。したがって、トルエンが存在しないTCE汚染地点では、P. putida F1が元来有するTCEに対する正の走化性を発揮することができず、効率良くTCEを分解することはできない。よって、本発明にかかる方法をP. putida F1に適用する意義は大きい。
【0027】
また上記シュードモナス(Pseudomonas)属細菌は、P. stutzeri OX1(『Chauhan, S., P. Barbieri, and T. K. Wood.: Oxidation of trichloroethylene, 1,1-dichloroethylene, and chloroform by toluene/o-xylene monooxygenase from Pseudomonas stutzeri OX1. Appl. Environ. Microbiol. 64:3023-3024.(1998)参照』)であってもよい。また上記バークホルデリア属細菌は、バークホルデリア・セパシア G4(Burholderia cepacia G4 )であってもよい(『Nelson, M. J. K., S. O. Montgomery, E. J. O’Neill, and P. H. Pitchard.: Aerobic metabolism of trichloroethylene by a bacterial isolate. Appl. Environ. Micobiol. 52:383-384. (1986) 』)参照)。
【0028】
本発明にかかる方法は、TCEに対する正の走化性遺伝子(tlpF遺伝子)を細菌(例えばTCE分解細菌)に導入する工程を含むことを特徴としている。上記本発明にかかる方法は、P. aeruginosa PAO1由来tlpF遺伝子がTCEに対する正の走化性因子 TlpFタンパク質をコードする遺伝子であるという、本発明者の新規知見に基づいて完成されたものである。なお本明細書において、正の走化性因子をコードする遺伝子のことを「正の走化性遺伝子」といい、負の走化性因子をコードする遺伝子のことを「負の走化性遺伝子」という。
【0029】
本発明にかかる方法おいて、細菌へ導入されるTCEに対する正の走化性遺伝子(tlpF遺伝子)は特に限定されるものではないが、例えばP. aeruginosa PAO1 ゲノムデータベースに登録されているP. aeruginosa PAO1由来tlpF遺伝子が利用可能である(P. aeruginosa PAO1 ゲノムデータベース Accession number PA0180、http://www.pseudomonas.com/)。なおtlpF遺伝子は、P. aeruginosa PAO1由来のものに限定されるものではなく、他起源のホモログをも含む意味である。上記P. aeruginosa PAO1由来tlpF遺伝子の塩基配列を配列番号1に示し、tlpF遺伝子にコードされているTlpFタンパク質のアミノ酸配列を配列番号2に示した。本発明にかかる方法おいて細菌へ導入されるTCEに対する正の走化性遺伝子(tlpF遺伝子)は、TCEに対する正の走化性因子をコードするものであれば配列番号1に示される塩基配列からなるポリヌクレオチドに限定されるものではなく、当該ポリペプチドをコードするポリヌクレオチドの変異体も利用可能である。変異体は、天然の対立遺伝子変異体のように、天然に生じ得る。「対立遺伝子変異体」によって、生物の染色体上の所定の遺伝子座を占める遺伝子のいくつかの交換可能な形態の1つが意図される。天然に存在しない変異体は、例えば当該分野で周知の変異誘発技術を用いて生成され得る。このような変異体としては、上記ポリヌクレオチドの塩基配列において1または数個の塩基が欠失、置換、または付加した変異体が挙げられる。変異体は、コードもしくは非コード領域、またはその両方において変異され得る。コード領域における変異は、保存的もしくは非保存的なアミノ酸欠失、置換、または付加を生成し得る。
【0030】
また本発明にかかる方法おいて細菌へ導入されるTCEに対する正の走化性遺伝子は、TCEに対する正の走化性因子をコードするものであれば以下の(i)もしくは(ii)のいずれかとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするポリヌクレオチドをも含む。
(i)配列番号1に示される塩基配列からなるポリヌクレオチド;もしくは
(ii)配列番号1に示される塩基配列と相補的な塩基配列からなるポリヌクレオチド。
【0031】
なお、上記「ストリンジェントな条件」とは、少なくとも90%以上の同一性、好ましくは少なくとも95%以上の同一性、最も好ましくは97%の同一性が配列間に存在する時にのみハイブリダイゼーションが起こることを意味する。
【0032】
上記ハイブリダイゼーションは、Sambrookら、Molecular Cloning,A Laboratory Manual,2d Ed.,Cold Spring Harbor Laboratory(1989)に記載されている方法のような周知の方法で行なうことができる。通常、温度が高いほど、塩濃度が低いほどストリンジェンシーは高くなり(ハイブリダイズし難くなる)、より相同なポリヌクレオチドを取得することができる。ハイブリダイゼーションの条件としては、従来公知の条件を好適に用いることができ、特に限定しないが、例えば、42℃、6×SSPE、50%ホルムアミド、1%SDS、100μg/ml サケ精子DNA、5×デンハルト液(ただし、1×SSPE;0.18M 塩化ナトリウム、10mMリン酸ナトリウム、pH7.7、1mM EDTA。5×デンハルト液;0.1% 牛血清アルブミン、0.1% フィコール、0.1% ポリビニルピロリドン)が挙げられる。
【0033】
本発明にかかる方法において利用するTCEに対する正の走化性遺伝子は、2本鎖DNAのみならず、それを構成するセンス鎖およびアンチセンス鎖といった各1本鎖DNAやRNAを包含する。
【0034】
本発明にかかる方法において利用するTCEに対する正の走化性遺伝子を取得する方法として、公知の技術により、当該TCEに対する正の走化性遺伝子を含むDNA断片を単離し、クローニングする方法が挙げられる。例えば、上記TCEに対する正の走化性遺伝子の塩基配列の一部と特異的にハイブリダイズするプローブを調製し、ゲノムDNAライブラリーやcDNAライブラリーをスクリーニングすればよい。このようなプローブとしては、上記TCEに対する正の走化性遺伝子の塩基配列またはその相補配列の少なくとも一部に特異的にハイブリダイズするプローブであれば、いずれの配列および/または長さのものを用いてもよい。
【0035】
あるいは、上記TCEに対する正の走化性遺伝子を取得する方法として、PCR等の増幅手段を用いる方法を挙げることができる。例えば、TCEに対する正の走化性遺伝子のcDNAのうち、5’側および3’側の配列(またはその相補配列)の中からそれぞれプライマーを調製し、これらプライマーを用いてゲノムDNA(またはcDNA)等を鋳型にしてPCR等を行ない、両プライマー間に挟まれるDNA領域を増幅することで、当該正の走化性遺伝子を含むDNA断片を大量に取得できる。
【0036】
なお、本明細書中で使用される場合、用語「ポリヌクレオチド」は「核酸」または「核酸分子」と交換可能に使用され、ヌクレオチドの重合体が意図される。本明細書中で使用される場合、用語「塩基配列」は、「核酸配列」または「ヌクレオチド配列」と交換可能に使用され、デオキシリボヌクレオチド(A、G、CおよびTと省略される)の配列として示される。また上記「ポリヌクレオチド」は、RNA(例えば、mRNA)の形態、またはDNAの形態(例えば、cDNAまたはゲノムDNA)で存在し得る。DNAは、二本鎖または一本鎖であり得る。一本鎖DNAまたはRNAは、コード鎖(センス鎖としても知られる)であり得るか、またはそれは、非コード鎖(アンチセンス鎖としても知られる)であり得る。
【0037】
TCEに対する正の走化性遺伝子(tlpF遺伝子)を細菌(TCE分解細菌)へ導入する方法については、公知の遺伝子工学的手法を用いて行なえばよい。TCEに対する正の走化性遺伝子(tlpF遺伝子)のみを細菌(TCE分解細菌)に導入してもよいし、宿主細菌において機能するプロモーターを少なくとも備えるベクターにTCEに対する正の走化性遺伝子(tlpF遺伝子)を挿入した遺伝子構築物を細菌(TCE分解細菌)に導入してもよい。ただし、宿主細菌への遺伝子導入効率が高く、宿主細菌においてTCEに対する正の走化性因子(TlpFタンパク質)が安定的に発現することができるとの理由から、ベクターを用いてTCEに対する正の走化性遺伝子(tlpF遺伝子)を宿主細菌へ導入することが好ましい。
【0038】
なお上記ベクターの具体的な種類は特に限定されず、宿主細胞中で発現可能なベクターを適宜選択すればよい。すなわち、宿主細胞の種類に応じて、確実にTCEに対する正の走化性遺伝子(tlpF遺伝子)を発現させるために適宜プロモーター配列を選択し、これと当該正の走化性遺伝子(tlpF遺伝子)を各種プラスミド等に組み込んだベクターを、発現ベクターとして用いればよい。
【0039】
上記発現ベクターは、好ましくは少なくとも1つの選択マーカーを含む。このようなマーカーとしては、テトラサイクリン耐性遺伝子、アンピシリン耐性遺伝子、カナマイシン耐性遺伝子、カルベニシリン耐性遺伝子等が挙げられる。
【0040】
上記選択マーカーを用いれば、TCEに対する正の走化性遺伝子(tlpF遺伝子)が細菌(TCE分解細菌)に導入されたか否か、さらには細菌(TCE分解細菌)中で確実に発現しているか否かを確認することができる。あるいは、TCEに対する正の走化性因子(TlpFタンパク質)を融合タンパク質として発現させてもよく、例えば、オワンクラゲ由来の緑色蛍光ポリペプチドGFP(Green Fluorescent Protein)をマーカーとして用い、当該正の走化性因子(TlpFタンパク質)を融合タンパク質として発現させてもよい。
【0041】
その他、TCEに対する正の走化性遺伝子(tlpF遺伝子)が細菌(TCE分解細菌)に導入されたか否かの確認は、PCR法、サザンハイブリダイゼーション法、ノーザンハイブリダイゼーション法などによっても行なうことができる。例えば、形質転換細胞からDNAを調製し、DNA特異的プライマーを設計してPCRを行なう。その後は、増幅産物についてアガロースゲル電気泳動、ポリアクリルアミドゲル電気泳動またはキャピラリー電気泳動などを行ない、臭化エチジウム、SYBR Green液などによって染色し、そして増幅産物を1本のバンドとして検出することによって、形質転換されたことを確認することができる。また、予め蛍光色素などによって標識したプライマーを用いてPCRを行ない、増幅産物を検出することもできる。さらに、マイクロプレートなどの固相に増幅産物を結合させ、蛍光または酵素反応などによって増幅産物を確認する方法も採用することができる。
【0042】
上記発現ベクターを宿主細胞に導入する方法、すなわち形質転換法も特に限定されるものではなく、電気穿孔法、リン酸カルシウム法、リポソーム法、DEAEデキストラン法等の従来公知の方法を好適に用いることができる。
【0043】
なお本発明は、TCEに対する正の走化性を細菌に付与または増強する方法を提供することにあるのであって、本明細書中に具体的に記載した個々のベクター種および細菌種、ならびにベクター作製方法および細菌への遺伝子導入方法に存するのではない。したがって、上記以外の遺伝子の導入方法、ベクター種、およびベクター作製方法を用いた態様も本発明の技術的範囲に属することに留意しなければならない。
【0044】
さらに本発明にかかる方法において、上記細菌(TCE分解細菌)はTCEに対する負の走化性が欠失または低下した株であることが好ましい。TCEに対する正の走化性を付加または増強した効果を減ずる要因が消失するまたは減少するために、本発明にかかる方法の効果が顕著に現れるからである。ここで「TCEに対する負の走化性が欠失した株」とはTCEに対する負の走化性を元来有しない細菌、または親株が元来有するTCEに対する負の走化性が欠失した細菌の変異株を意味する。また「TCEに対する負の走化性が低下した株」とは親株が元来有するTCEに対する負の走化性が低下した細菌の変異株を意味する。なお上記変異株の育種方法は特に限定されるものではなく、遺伝子工学的手法を用いてもよく、また薬剤等を用いた変異処理による育種法を用いてもよい。
【0045】
例えば、TCEに対する負の走化性が欠失または低下した株を、遺伝子工学的手法のよって育種する場合は、TCEに対する負の走化性遺伝子を公知の遺伝子破壊法により破壊すればよい。例えば、P. aeruginosa について、TCEに対する負の走化性が欠失した株を育種する場合には、TCEに対する負の走化性遺伝子として同定されたpctA遺伝子、pctB遺伝子およびpctC遺伝子を破壊すればよい。またTCEに対する負の走化性が低下した株を育種する場合には、TCEに対する負の走化性遺伝子として同定されたpctA遺伝子、pctB遺伝子およびpctC遺伝子のうちから選択される1つ以上の遺伝子を破壊すればよい。P. aeruginosa PAO1のpctA遺伝子、pctB遺伝子およびpctC遺伝子の破壊方法は、『Taguchi, K., H. Fukutomi, A. Kuroda, J. Kato, and H. Ohtake. 1997. Genetic identification of chemotactic transducers for amino acids in Pseudomonas aeruginosa. Microbiology 143:3223-3229.』に記載の方法に従って行なえばよい。またP. aeruginosa以外の細菌については、pctA遺伝子、pctB遺伝子およびpctC遺伝子のホモログを検索し、当該遺伝子のホモログの少なくとも1つ以上の遺伝子を破壊することによって、TCEに対する負の走化性が欠失または低下した株を育種することができる。TCEに対する負の走化性が低下または欠失したか否かは、例えば上述のアガロースプラグアッセイによって判断することができる。
【0046】
また薬剤等を用いた変異処理に育種法を用いてTCEに対する負の走化性が欠失または低下した株を育種する場合は、親株に対して、UV照射、放射線照射、アルキル化剤による処理、アクリジン色素による処理、ニトロソグアニジンによる処理、またはベンツピレンによる処理等を行ない、親株に対してTCEに対する負の走化性が欠失または低下した株をスクリーニングすればよい。各種変異処理の条件については、適宜検討の上、採用すればよい。
【0047】
ところで、本発明はTCE分解細菌のみに対して適用され得るものではなく、TCE分解細菌ではない細菌(TCEを分解する活性を有しない細菌)に対してTCEに対する正の走化性を付与または増強することも意図している。TCEに対する正の走化性が付与または増強された細菌に対して、TCE分解能(TCEを分解する活性)を付与することによって、当該細菌をTCEの分解に利用することができる。すなわち、本発明にかかる方法は、TCEに対する正の走化性遺伝子(tlpF遺伝子)を細菌に導入する工程の後に、さらにTCE分解能を細菌に付加する工程を含むものであってもよい(TCE分解能付加工程)。また本発明にかかる方法は、TCE分解細菌によるTCE分解効率をさらに向上させることを意図して、TCEに対する正の走化性遺伝子(tlpF遺伝子)をTCE分解細菌に導入する工程の後に、さらにTCE分解細菌のTCE分解能を増強する工程を含むものであってもよい(TCE分解能増強工程)。なお上記TCE分解能付加工程およびTCE分解能増強工程には、遺伝子工学的手法を用いてもよく、または薬剤等を用いた変異処理による育種法を用いてもよい。上記遺伝子工学的手法を用いる場合は、TCE分解活性を有するタンパク質をコードする遺伝子を細菌(TCE分解細菌)に導入すればよい。TCE分解活性が付加された、または増強されたか否かは、公知のTCE分解活性測定法を用いて被験細菌のTCE分解活性を測定し、TCE分解活性を親株と比較することによって判断することができる。上記TCE分解活性の測定方法は、例えば『Morono, Y., H. Unno, Y. Tanji, and K. Hori. 2004. Addition of aromatic substrates restores trichloroethylene degradation activity in Pseudomonas putida F1.Appl Environ Microbiol. 70:2830-2835.』に記載されている方法が挙げられる。
【0048】
本発明にかかる方法は、上記の他の工程を含んでいてもよい。
【0049】
なお本発明は、上記本発明にかかる方法によって得られたTCEに対する正の走化性が付与または増強された細菌(TCE分解細菌)をも包含する。特に上記TCEに対する正の走化性が付与または増強されたTCE分解細菌のことを、以下「本発明のTCE分解細菌」という。
【0050】
(2)本発明の利用例
本発明は、本発明のTCE分解細菌を用いることを特徴とする、TCEの分解方法をも包含する。本発明のTCE分解細菌は、TCEに対する正の走化性が付与または増強された細菌であり、かつTCE分解能を有する細菌であるため、当該細菌は自らTCEに集積するとともにTCEを分解することができる。よって、本発明にかかるTCE分解方法によれば、高効率でTCEを分解することが可能となるという効果を奏する。
【0051】
本発明のTCE分解方法は、TCEによって汚染された土壌(TCE汚染土壌)に、本発明のTCE分解細菌を散布することによって行なう方法(「現地処理法」)であってもよい。また本発明のTCE分解方法は、TCE汚染土壌を別の場所へ移し、そこで本発明のTCE汚染土壌とTCE分解細菌とを接触させてTCE分解を行なった後に、TCE分解が行われた土壌を元の場所へ戻す、または所望の場所へ移動させるという方法(「移動処理法」)であってもよい。
【0052】
なお本発明のTCE分解法は、TCEを分解した後のTCE分解菌を殺菌する工程(殺菌工程)を含むものであってもよい。本発明のTCE分解菌が必要以上に自然界で生育することを抑制するためである。上記殺菌工程は、公知の殺菌方法を適宜利用すればよく、例えば、加熱による殺菌方法、UVによる殺菌方法、γ線による殺菌方法、EOGによる殺菌方法、等が利用可能である。またその殺菌条件については、TCE分解菌の種類、生育フェーズ等に応じて適宜検討の上、採用すればよい。上記殺菌工程の具体的実施態様としては、例えば上記「移動処理法」の場合、TCE分解細菌を含むTCE分解処理後の土壌を、TCE分解細菌が死滅し得る条件(殺菌条件)で加熱した後に、当該土壌を元の場所へ戻す、または所望の場所へ移動させる態様が挙げられる。
【0053】
さらに、本発明は、本発明のTCE分解細菌を含むことを特徴とする、TCEの分解キットをも包含する。本発明のキットに含まれるTCE分解菌の状態は特に限定されるものではなく培養液の状態であってもよいが、キットとしての長期保存性を確保するためには、TCE分解細菌のグリセロールを含む溶媒中に懸濁され低温で保存された状態、または凍結乾燥状態が好ましいといえる。
【0054】
また本発明のキットは、本発明のTCE分解細菌を少なくとも含むものであれば特に限定されるものではないが、TCEの分解に必要なその他の構成を含んでいてもよい。上記その他の構成としては、例えば、TCE分解細菌を増殖させるための培地および器具、TCE分解細菌を保存するための試薬および容器、並びにTCE分解細菌を殺菌するための器具または薬剤等が挙げられる。
【0055】
なお、発明を実施するための最良の形態の項においてなした具体的な実施態様および以下の実施例は、あくまでも、本発明の技術内容を明らかにするものであって、そのような具体例にのみ限定して狭義に解釈されるべきものではなく、当業者は、本発明の精神および添付の特許請求の範囲内で変更して実施することができる。
【0056】
また、本明細書中に記載された学術文献および特許文献の全てが、本明細書中において参考として援用される。
【実施例】
【0057】
以下に、tlpF遺伝子が導入されたP. aeruginosa PAO1の形質転換体のTCEに対する正の走化性をアガロースプラグアッセイ法およびコンピュータ支援キャピラリー法により評価し、TCEに対する正の走化性が増強した例について示す。
【0058】
〔材料および方法〕
(使用菌株)
・Pseudomonas aeruginosa PAO1(Holloway, B. W., Krishnapilli, V., Morgan, A. F. Chromosomal genetics of Pseudomonas. Microbiol. Rev. 43:73-102 (1979))(American Type Culture Collectionより入手。ATCC BAA-47)
・Escherichia coli MV1184(宝酒造株式会社製)
(Vieira, J., Messing, J. Production of single-stranded plasmid DNA. Methods Enzymol. 153:3-11 (1987))
(培地および培養方法)
・LB培地:Tryptone, 10g/l; Yeast extract, 5g/l; NaCl, 5g/l
・T培地:Glucose, 2g/l; NaCl, 2g/l; NH4Cl, 1g/l; KCl, 100mg/l; Na2SO4, 100mg/l; CaCl2・2H2O, 10mg/l; MgCl2・6H2O, 10mg/l; FeCl3, 1mg/l; KH2PO4, 2mM; Tris-HCl, 10g/l (pH7.6)
必要に応じて、カナマイシン(100mg/l)、カルベニシリン(100mg/l)、アンピシリン(100mg/l)を上記培地へ添加した。また、寒天培地を作製する場合は、寒天粉末20g/lを添加した。
【0059】
37℃で、Pseudomonas aeruginosa PAO1(本実施例においては「P. aeruginosa」という)およびEscherichia coli MV1184(本実施例においては「E. coli」という)を振とう培養した。
【0060】
(走化性遺伝子破壊株の作製)
P. aeruginosaのゲノム配列情報から、何らかの物質に対する走化性因子をコードしていると推定された遺伝子(aer−2遺伝子(P. aeruginosa PAO1 ゲノムデータベース Accession Number PA0176)、tlpF遺伝子(P. aeruginosa PAO1 ゲノムデータベース Accession Number PA0180)、pilJ遺伝子(P. aeruginosa PAO1 ゲノムデータベース Accession Number PA0411)、tlpE遺伝子(P. aeruginosa PAO1 ゲノムデータベース Accession Number PA1251)、tlpD遺伝子(P. aeruginosa PAO1 ゲノムデータベース Accession PA1423)、aer遺伝子(P. aeruginosa PAO1 ゲノムデータベース Accession Number PA1561)、tlpB遺伝子(P. aeruginosa PAO1 ゲノムデータベース Accession Number PA1608)、tlpA遺伝子(P. aeruginosa PAO1 ゲノムデータベース Accession Number PA1646)、tlpT遺伝子(P. aeruginosa PAO1 ゲノムデータベース Accession Number PA1930)、ctpH遺伝子(P. aeruginosa PAO1 ゲノムデータベース Accession Number PA2561)、tlpS遺伝子(P. aeruginosa PAO1 ゲノムデータベース Accession Number PA2573)、tlpR遺伝子(P. aeruginosa PAO1 ゲノムデータベース Accession Number PA2652)、tlpQ遺伝子(P. aeruginosa PAO1 ゲノムデータベース Accession Number PA2654)、tlpP遺伝子(P. aeruginosa PAO1 ゲノムデータベース Accession Number PA2788)、tlpN遺伝子(P. aeruginosa PAO1 ゲノムデータベース Accession Number PA2920)、tlpM遺伝子(P. aeruginosa PAO1 ゲノムデータベース Accession Number PA3708)、tlpL遺伝子(P. aeruginosa PAO1 ゲノムデータベース Accession Number PA4290)、pctC遺伝子(P. aeruginosa PAO1 ゲノムデータベース Accession Number PA4307)、pctA遺伝子(P. aeruginosa PAO1 ゲノムデータベース Accession Number PA4309)、pctB遺伝子(P. aeruginosa PAO1 ゲノムデータベース Accession Number PA4310)、tlpK遺伝子(P. aeruginosa PAO1 ゲノムデータベース Accession Number PA4520)、tlpJ遺伝子(P. aeruginosa PAO1 ゲノムデータベース Accession Number PA4633)、ctpL遺伝子(P. aeruginosa PAO1 ゲノムデータベース Accession Number PA4844)、tlpI遺伝子(P. aeruginosa PAO1 ゲノムデータベース Accession Number PA4915)、tlpH遺伝子(P. aeruginosa PAO1 ゲノムデータベース Accession Number PA5072))のいずれか1つの遺伝子が破壊された株、並びに、TCEに対する負の走化性遺伝子(pctA遺伝子、pctB遺伝子およびpctC遺伝子)の破壊株を『Taguchi, K., H. Fukutomi, A. Kuroda, J. Kato, and H. Ohtake. 1997. Genetic identification of chemotactic transducers for amino acids in Pseudomonas aeruginosa. Microbiology 143:3223-3229.』に記載の方法にしたがって作製した。
【0061】
なお、TCEに対する負の走化性遺伝子(pctA遺伝子、pctB遺伝子およびpctC遺伝子)の破壊株を以下「ΔpctABC株」といい、tlpF遺伝子破壊株を以下「ΔtlpF株」という。
【0062】
(tlpF遺伝子発現ベクターの構築方法)
tlpF遺伝子は、5’-TTTCGACAATCGCCAGGTGGACC-3’(配列番号3)および5’-TAGTTCCAGTAAAGACAATGTCCGG-3’(配列番号4)をプライマーとして用い、P. aeruginosa PAO1株のゲノムDNAを鋳型とするPCRによって取得された。なお、DNAポリメラーゼは、KOD plus DNAポリメラーゼ(東洋紡株式会社製)を用い、反応条件は当該DNAポリメラーゼのメーカーのプロトコールに従った。
【0063】
その後、HincIIで切断したpUC118(宝酒造株式会社製)と上記PCR産物とをライゲーションを行なった。ライゲーション反応液でE. coli MV1184株を形質転換し、アンピシリン耐性の形質転換株を取得することにより、tlpF遺伝子をクローニングした。ここで得られたプラスミドをpUC118-tlpFと称する。
【0064】
pUC118-tlpFをEcoRIおよびHindIIIで切断し、EcoRIおよびHindIIIで消化したpUCP18(『Schweizer, H. P.: Escherichia-Pseudomonas shuttle vectors derived from pUC18/19. Gene 97:109-121.(1991)』参照) とライゲーションした。ライゲーション反応液でE. coli MV1184株を形質転換し、アンピシリン耐性の形質転換株を取得することにより、tlpF遺伝子発現用ベクターを構築した。ここで得られたプラスミドを「pHEK01」と称する。
【0065】
(tlpF遺伝子の導入方法)
P. aeruginosa(ΔpctABC株またはΔtlpF株)への遺伝子導入は、エレクトロポレーション法で行なわれた。具体的には下記の通りとした。
【0066】
LB培地で一晩振とう培養したP. aeruginosaの培養液を新鮮なLB培地に植菌した(植菌量は1%であった)。4時間振とう培養した後に遠心分離(10000×g、5分間、室温)を行なって、菌体を回収した。回収された菌体を氷冷したHS緩衝液(6mM HEPES [pH 7.0] 272mM スクロース)に懸濁し、遠心分離を行なって、菌体を回収した(この操作を「洗浄操作」という)。上記洗浄操作を、さらに2回繰り返して菌体を回収した。回収された菌体を、培養に用いたLB培地の1/10量のHS緩衝液(氷冷)に懸濁した。菌体懸濁液380μlとtlpF遺伝子発現ベクター4μgの懸濁液20μlとを混合した後、BMX社製のエレクトロポレーション用2mmギャップキュベットに入れBMX社製 Electro Cell Manipulator 620を用いてエレクトロポレーション処理を行なった。エレクトロポレーションの条件は、50μF, 6.5kV/cmであった。エレクトロポレーション処理後、菌体懸濁液を新鮮なLB培地に懸濁し、37℃で培養した。5時間から一晩培養後、カルベニシリンを添加したLB寒天培地にプレーティングして形質転換株を選択した。
【0067】
なお、本実施例におけるE. coliの形質転換方法は、CaCl2法(『Sambrook, J., Fritsch, E. F. Maniatis, T. Molecular cloning: a laboratory manual, 2nd ed. (Cold Spring Harbor Laboratory, Cold Spring Harbor, NY, (1989))』) で行なった。
【0068】
(アガロースプラグアッセイ)
供試菌体をLB培地で一晩振とう培養した培養液200μlを、4mlのT培地に植菌した。4時間培養した後、1.5mlの培養液を常温で、3000×gで1分間遠心分離を行ない、菌体を回収した。回収した菌体を10mM HEPES緩衝液(pH7.0)に懸濁し、再び常温、3000×gで1分間遠心分離を行なって菌体を回収した。この操作を再度繰り返した後、回収した菌体を1mlのHEPES緩衝液に懸濁し、菌体懸濁液を調製した。
【0069】
既知濃度のTCEと2%アガロース(ニッポンジーン社製)とを含むHEPES緩衝液を加熱溶解して調製したアガロース溶液12μlを、自動ピペッターでスライドグラス(マツナミ社製)の中央に滴下した。このアガロース溶液が固化しアガロースプラグが形成された後、120μlの菌体懸濁液をアガロースプラグ周辺に添加した。ホッチキスの針(マックス社製、No. 10−1M)をスペーサーとして上からカバーグラス(18×18mm、マツナミ社製)をかぶせ、37℃で10分間放置した後、菌体の分布パターンを実体顕微鏡/CCDカメラで撮影し、走化性を評価した。
【0070】
アガロースプラグアッセイに用いたスライドグラスの模式図を図1に示す。供試菌体がTCEに対して正の走化性を有する場合には、走化性リング(例えば図2および3において白色で示されるゾーン)がプラグに近接して生じる。逆に供試菌体がTCEに対して負の走化性を有する場合には、プラグ周辺にクリアゾーン(例えば図2および3において黒色または灰色で示されるゾーン)ができる。
【0071】
(コンピュータ支援キャピラリー法)
コンピュータ支援キャピラリー法によっても、菌体の走化性を評価した。コンピュータ支援キャピラリー法は、『Nikata, T., Sumida, K., Kato, J., Ohtake, H. Rapid method for analyzing bacterial behavioral responses to chemical stimuli. Appl. Environ. Microbiol. 58, 2250-2254 (1992)』に記載されている方法にしたがって行なった。このとき、ガラスキャピラリー内のTCE濃度は、0.1mMとして、測定は80秒間行なった。
【0072】
〔結果〕
アガロープラスグアッセイの結果を図2および図3に示す。図2はTCE0.1mMを含むアガロースプラグを用いてアガロースプラグアッセイを行なった結果を示す顕微鏡像であり、(a)は親株(P. aeruginosa)の結果を示し、(b)はΔpctABC株の結果を示し、(c)はΔtlpF株の結果を示し、(d)はΔtlpF株にtlpF遺伝子を導入した株の結果を示す。図3はTCE0.38mMを含むアガロースプラグを用いてアガロースプラグアッセイを行なった結果を示す顕微鏡像であり、(a)は親株(P. aeruginosa)の結果を示し、(b)はΔpctABC株の結果を示し、(c)はΔpctABC株にtlpF遺伝子を導入した株の結果を示す。
【0073】
何らかの物質に対する走化性因子をコードしていると推定された26遺伝子のいずれか1つの遺伝子が破壊された株それぞれについて、上記アガロースプラグアッセイを行なった結果、ΔtlpF株は親株に比較して、高いTCEに対する負の走化性を示した(図2(a)および(c)参照)。よってtlpF遺伝子は、TCEに対する正の走化性遺伝子であるということが分かった。なお、tlpF遺伝子以外の遺伝子の破壊株について、親株に比して高いTCEに対する負の走化性を示す株は見出されなかった(データを省略する)。
【0074】
ところで図2(a)および(b)によれば、親株に比して、負の走化性遺伝子が破壊された株(ΔpctABC株)については、アガロースプラグの周囲に菌体濃度が濃いゾーンが形成されていた。これは、TCEに対する負の走化性遺伝子が破壊されたためである。
【0075】
また図2(c)および(d)の結果によれば、tlpF遺伝子破壊株にtlpF遺伝子を導入することによって、TCEに対する正の走化性が増強されたということが分かった。なお、興味深いことに、図2(a)および(d)の結果によれば、tlpF遺伝子破壊株にtlpF遺伝子を導入することによって、TCEに対する正の走化性は親株よりも増強されているということが分かった。これは、発現ベクターの効果によってTlpFタンパク質が親株よりも多く発現したことに起因すると考えられる。
【0076】
次に図3(a)、(b)および(c)の結果によれば、TCEに対する負の走化性遺伝子が破壊されたΔpctABC株は、親株に比して明らかアガロースプラグ周囲のクリアゾーンが減少しており、TCEに対する負の走化性が親株に比して低下しているというころが分かった。これに対して、ΔpctABC株にtlpF遺伝子を導入することによって、アガロースプラグの周囲に菌体が集積していた。すなわちTCEに対する負の走化性が親株に比して低下した株へ正の走化性遺伝子を導入することによって、TCEに対する正の走化性が顕著に増強させることができるということが分かった。
【0077】
さらにTCE0.1mMを含むガラスキャピラリーを用いたコンピュータ支援キャピラリー法の結果を図4に示す。黒丸のシンボルは親株(P. aeruginosa)の結果を示し、黒三角のシンボルはΔtlpF株の結果を示し、白四角のシンボルはΔpctABC株にtlpF遺伝子を導入した株の結果を示し、白三角はΔtlpF株にtlpF遺伝子を導入した株の結果を示す。また、縦軸は単位フレームあたりの菌体数を示し、単位は「個」である。横軸は測定開始から経過した時間を示し、単位は「秒」である。ここで、菌体数の増加は、当該菌株が正の走化性を示したことを表しており、菌体数の減少は、当該菌株が負の走化性を示したことを表す。
【0078】
図4の結果によれば、親株は測定開始直後から、TCEに対して負の走化性を示したが、50秒後から正の走化性を示した。ΔtlpF株は、正の走化性を示すことが無く、菌体数は減少し続けた。この結果から、tlpF遺伝子がTCEに対する正の走化遺伝子であることが分かった。
【0079】
また△tlpF株にtlpF遺伝子を導入した株は、測定開始直後から正の走化性を示したが、50秒後から負の走化性を示した。これは、pctA遺伝子、pctB遺伝子、およびpctC遺伝子にそれぞれコードされているPctAタンパク質、PctBタンパク質、PctCタンパク質が発現したことに起因すると考えられる。また、△pctABC株にtlpF遺伝子を導入した株は正の走化性を示し続けた。すなわち、TCEに対する負の走化性が親株に比して低下した株へ正の走化性遺伝子を導入することによって、TCEに対する正の走化性を顕著に増強させることができるということが、図4の結果から示された。
【産業上の利用可能性】
【0080】
本発明にかかる方法によれば、トリクロロエチレンに対する正の走化性をトリクロロエチレン分解細菌に付与または増強することができる。上記方法によって得られたトリクロロエチレンに対する正の走化性が付与または増強されたトリクロロエチレン分解細菌は、トリクロロエチレンに対する正の走化性を示し、トリクロロエチレンに積極的に集積することとなる。その結果、上記方法によって得られたトリクロロエチレンに対する正の走化性が付与または増強されたトリクロロエチレン分解細菌を用いることによって、トリクロロエチレンを効率良く分解することができる。
【0081】
したがって本発明は、環境浄化、特にトリクロロエチレンに汚染された環境の浄化に関する産業において特に利用可能である。
【図面の簡単な説明】
【0082】
【図1】アガロースプラグアッセイに用いたスライドグラスの模式図である。
【図2】実施例において、TCE0.1mMを含むアガロースプラグを用いてアガロースプラグアッセイを行なった結果を示す顕微鏡像であり、(a)は親株(P. aeruginosa)の結果を示し、(b)はΔpctABC株の結果を示し、(c)はΔtlpF株の結果を示し、(d)はΔtlpF株にtlpF遺伝子を導入した株の結果を示す。
【図3】実施例において、TCE0.38mMを含むアガロースプラグを用いてアガロースプラグアッセイを行なった結果を示す顕微鏡像であり、(a)は親株(P. aeruginosa)の結果を示し、(b)はΔpctABC株の結果を示し、(c)はΔpctABC株にtlpF遺伝子を導入した株の結果を示す。
【図4】実施例において、TCE0.1mMを含むガラスキャピラリーを用いたコンピュータ支援キャピラリー法の結果を示す折れ線図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
トリクロロエチレンに対する正の走化性を細菌に付与または増強する方法であって、
tlpF遺伝子を細菌に導入する工程を含むことを特徴とする方法。
【請求項2】
トリクロロエチレンに対する正の走化性を細菌に付与または増強する方法であって、
トリクロロエチレンに対する正の走化性遺伝子を、細菌に導入する工程を含み、
当該トリクロロエチレンに対する正の走化性遺伝子は、トリクロロエチレンに対する正の走化性因子をコードし、かつ下記の(a)または(b)のいずれかであることを特徴とする方法:
(a)配列番号1に示される塩基配列からなるポリヌクレオチド;または
(b)以下の(i)もしくは(ii)のいずれかとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするポリヌクレオチド:
(i)配列番号1に示される塩基配列からなるポリヌクレオチド;もしくは
(ii)配列番号1に示される塩基配列と相補的な塩基配列からなるポリヌクレオチド。
【請求項3】
上記細菌は、トリクロロエチレン分解細菌であることを特徴とする、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
上記トリクロロエチレン分解細菌は、シュードモナス(Pseudomonas)属細菌であることを特徴とする、請求項3に記載の方法。
【請求項5】
上記シュードモナス(Pseudomonas)属細菌は、シュードモナス・プチダ(Pseudomonas putida)であることを特徴とする、請求項4に記載の方法。
【請求項6】
上記細菌は、トリクロロエチレンに対する負の走化性が欠失または低下した株である、請求項1ないし5のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
請求項3ないし6のいずれか1項に記載の方法によって得られた、
トリクロロエチレンに対する正の走化性が付与または増強されたトリクロロエチレン分解細菌。
【請求項8】
請求項7に記載のトリクロロエチレンに対する正の走化性が付与または増強されたトリクロロエチレン分解細菌を用いることを特徴とする、トリクロロエチレンの分解方法。
【請求項9】
請求項7に記載のトリクロロエチレンに対する正の走化性が付与または増強されたトリクロロエチレン分解細菌を含むことを特徴とする、トリクロロエチレンの分解キット。

【図1】
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【図4】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2007−295804(P2007−295804A)
【公開日】平成19年11月15日(2007.11.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−56717(P2006−56717)
【出願日】平成18年3月2日(2006.3.2)
【出願人】(504136568)国立大学法人広島大学 (924)
【Fターム(参考)】