説明

ドリル

【課題】位置により先端角が異なる切刃を有したドリルにおいて、切刃全体のうちより後端側の切刃部によるリーマ仕上げ性を追求すること、さらにはより先端側の切刃部による切削性能を追求する。
【解決手段】ドリルの切刃の先端を繋ぐ稜線は楕円f1の一部と直線f2とで構成される。楕円部と直線部との分離点H(x0、y0)とする。直線f2は、分離点Hにおける楕円f1の接線である。X軸上においてドリルの先端からx0までの範囲をa1、x0から原点までの範囲をa2、負の範囲をa3とする。切刃の先端を繋ぐ稜線は、範囲a1において接線f2に沿った直線状に形成され、範囲a2において基準楕円f1に沿って形成される。範囲a3には切刃の逃げ面に続いてマージンが形成される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、位置により先端角が異なる切刃を有したドリルに関する。
【背景技術】
【0002】
位置により先端角が異なる切刃を有したドリルとしては、特許文献1、2に記載されるダブルアングルドリルがある。
このダブルアングルドリルは、先端部が金属用ドリルの先端形状を有する一次切刃とこの一次切刃に連続し一次切刃より小さい先端角を有するフラット状の二次切刃とから構成されている。
同文献によれば、このダブルアングルドリルは、繊維強化樹脂の複合材と金属との同時穿孔に適したものとされる。
このダブルアングルドリルによれば、先ず一次切刃により比較的小径の一次孔が穿たれ、次いで二次切刃が一次孔の外周を切削して目標径の二次孔が穿孔される。穿孔時において、複合材の一次孔の周囲に過渡的なデラミネーション(層間剥離)が発生するが、このデラミネーションは二次切刃による切削の際に除去される。
【0003】
しかし、特許文献2にも記載されるように、ダブルアングルドリルは、元来、耐摩耗性が優れないという欠点がある。特許文献2記載の発明にあっては、切刃を適当な膜厚のダイヤモンド被膜で被覆することにより耐摩耗性を改善する。
しかし、ダブルアングルドリルでは、一次切刃と二次切刃の境界及び二次切刃の最外周において角が生じており、この角は応力が集中しやすく欠損(チッピング)が生じやすいため、耐摩耗性を低下させる形状的原因となっている。
【0004】
そこで本件出願人は、切刃の耐摩耗性を向上することを課題として特許文献3により、切刃の先端角が中心位置から最大径位置に向けて中心位置先端角A°(但し、0°<A°<180°)から最大径位置先端角0°まで連続した変化により減少し、切刃の逃げ角が中心位置から最大径位置に向けて連続した変化により減少する形状に形成されたドリルを出願した。
特許文献3には切刃の先端角について「切刃の先端角は、中心位置先端角A°から最大径位置先端角0°まで連続した変化により減少する形状に形成されている。これにより切刃の先端は角(不連続点)のない滑らかな曲線を形成する。また、切刃の先端が形成する曲線を変曲点の無い外側に膨らむ曲線とする。例えば、切刃の先端は中心位置先端角A°から最大径位置先端角0°までの曲線を放物線の一部として形成する。切刃の先端の一部に直線を含んでも良いが、直線と曲線(直線を含まない)との移り変わりにおいても切刃の先端角は連続して変化することにより角を設けない。」と記載される。また、放物線のほか、切刃の先端を一つの円弧による円弧状に形成することも記載されている。
特許文献3に記載のドリルによれば、切刃の先端角が中心位置から最大径位置まで連続した変化により減少するので、刃先に欠損しやすい角が生じず、切刃の耐摩耗性が向上する。
また特許文献3に記載のドリルにあっては、切刃全体のうちより先端側にドリリングの作用の強い切刃部が形成され、より後端側に連続してリーミングの作用の強い切刃部が形成され、ドリリングの作用の強い切刃からリーミングの作用の強い切刃へと次第に移り変わる。
【特許文献1】特開昭63−306812号公報
【特許文献2】実開平6−75612号公報
【特許文献3】特開2008−36759号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、本願発明者らが特許文献3に記載のタイプのドリルをさらに繊維強化樹脂の複合材向けに研究した結果、発明するに至ったものである。繊維強化樹脂の複合材に対する穿孔に好個に用いられる。
本願発明者らは本研究においては、より後端側の切刃部によるリーマ仕上げ性を追求することを第一の課題とした。
また本願発明者らは本研究においては、より先端側の切刃部による切削性能を追求することを第二の課題とした。
【0006】
すなわち、本発明は、位置により先端角が異なる切刃を有したドリルにおいて、切刃全体のうちより後端側の切刃部によるリーマ仕上げ性を追求すること、さらにはより先端側の切刃部による切削性能を追求することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
以上の課題を解決するための請求項1記載の発明は、切刃の先端を繋ぐ稜線の全部又は一部が基準楕円の一部に沿って形成されてなるドリルである。
【0008】
請求項2記載の発明は、最大径位置よりドリル先端側に位置する所定の点から最大径位置まで連続する切刃の先端を繋ぐ稜線が基準楕円の一部に沿って形成されてなるドリルである。
【0009】
請求項3記載の発明は、前記所定の点からドリル先端方向へ連続する切刃の先端を繋ぐ稜線が前記所定の点における前記基準楕円の接線に沿った直線状に形成される請求項2に記載のドリルである。
【0010】
請求項4記載の発明は、切刃の先端を繋ぐ稜線の全部又は一部が、複数の円弧が端点同士で連なってできる基準曲線に沿って形成され、前記各円弧はその両端点が基準楕円上にあり、かつ、同基準楕円と共有接線を有するか又は同基準楕円と前記両端点以外に共有点を有してなるドリルである。
【0011】
請求項5記載の発明は、最大径位置よりドリル先端側に位置する所定の点から最大径位置まで連続する切刃の先端を繋ぐ稜線が、複数の円弧が端点同士で連なってできる基準曲線に沿って形成され、前記各円弧はその両端点が基準楕円上にあり、かつ、同基準楕円と共有接線を有するか又は同基準楕円と前記両端点以外に共有点を有してなるドリルである。
【0012】
請求項6記載の発明は、
前記所定の点からドリル先端方向へ連続する切刃の先端を繋ぐ稜線が前記所定の点における前記基準曲線の接線に沿った直線状に形成される請求項5に記載のドリルである。
【0013】
請求項7記載の発明は、前記基準楕円は、その短軸を最大径位置に配置した楕円である請求項1から請求項6のうちいずれか一に記載のドリルである。
【0014】
請求項8記載の発明は、前記切刃は、ドリル最先端側位置から所定範囲において一定の逃げ角を有する請求項1から請求項7のうちいずれか一に記載のドリルである。
【0015】
請求項9記載の発明は、前記切刃の前記所定の点よりドリル先端側において一定の逃げ角を有する請求項3又は請求項6に記載のドリルである。
【0016】
請求項10記載の発明は、前記切刃は、ドリル最先端側位置において逃げ角δ1を有し、最大径位置において逃げ角δ2を有し、δ1>δ2 の大小関係を有し、ドリル最先端側位置から最大径位置までに至る範囲のうちの一部の範囲において逃げ角がδ1から漸減してδ2に至る請求項1から請求項9のうちいずれか一に記載のドリルである。
【0017】
請求項11記載の発明は、前記切刃は、ドリル最先端側位置において逃げ角δ1を有し、最大径位置において逃げ角δ2を有し、δ1>δ2 の大小関係を有し、前記所定の点から最大径位置までの範囲において逃げ角がδ1から漸減してδ2に至る請求項3、請求項6又は請求項9に記載のドリルである。
【0018】
請求項12記載の発明は、前記切刃の逃げ面に対しドリル後端方向に連続するマージンを有し、前記マージンは逃げ角δ2を有する請求項10又は請求項11に記載のドリルである。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、切刃の先端を繋ぐ稜線が楕円に沿って形成される。すなわち、本発明によれば、楕円の膨張した曲線を利用することにより、リーミング作用を担う後端側ほどより浅い先端角にすることができる。そして本発明によれば、後端ほど先端角をより浅くすることができたことから、後端側の最大径付近における切削負荷を抑えつつリーミング作用を大いに発揮することができ、切刃全体のうちより後端側の切刃部によるリーマ仕上げ性が向上するという効果があり、より綺麗な切削面を得ることができる。
【0020】
なお、ドリル先端側に切刃先端を繋ぐ稜線が直線状にされた直線部を設け、この直線部における先端角が適度に選択されることにより、穿孔開始時にドリル先端部が被削材に切込み捉える捕捉性や、求心性、保持安定性が良好となり、ドリリング作用を担う先端部の切削性能が向上するという効果があり、一本のドリルで、先端側の優れた切削性能と後端側の優れたリーマ仕上げ性を併せ持つことができる。
また、上記直線部において逃げ面を一定にすることにより、さらに保持安定性が良好になる。
【0021】
また、請求項4又は5に記載のドリルによれば、切刃の先端を繋ぐ稜線が、直接基準楕円を基準にすることなく、ほぼ基準楕円に沿う複数の円弧の連なりを基準として形成される。したがって、上記各円弧に沿ったドリルの整形を順次行うことにより、切刃の先端を繋ぐ稜線がほぼ楕円に沿って形成されたドリルを得ることができ、製造性が向上する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
以下に本発明の一実施の形態につき図面を参照して説明する。以下は本発明の一実施形態であって本発明を限定するものではない。
【0023】
まず、本発明のドリル形状を適用可能なドリルの2つの例を示す。一つはねじれ溝を有したドリル(図1〜図3参照)、他の一つは、ストレート溝を有したドリル(図4、図5参照)である。
【0024】
図1は、ねじれ溝を有したドリルの側面図である。
図1に示すように、ドリル21は、のみ刃部1とシャンク部2とを有する。のみ刃部1とシャンク部2の間にはねじれ溝3が形成されている。
【0025】
図1に示したドリル21の先端部の拡大図を図2に示す。
のみ刃部1には、一対の切刃6,6が中心軸9について対称に設けられている。切刃6,6はそれぞれすくい面7及び逃げ面8を有する。
のみ刃部1はクロスシニングされており、シニングにより欠落した部分にすくい面7が形成されている。また、シニングにより欠落した部分は、ねじれ溝3に連続する。2条のねじれ溝3,3は、一定のねじれ角をもってねじれている。ねじれ溝3,3の間に形成されたランド部4のねじれ溝3,3に沿った両縁にマージン5,5が形成されている。このマージン5は、被加工穴の内面に当りドリルを支持する。
【0026】
図2に示すように、のみ刃部1は最大径φD、長さLを有する。中心位置における切刃6の先端角をθ°とする(但し、0°<θ°<180°)。最大径φDを有する位置において切刃6の先端角は0°となる。
切刃6の先端角は、中心位置先端角θ°から最大径位置先端角0°まで連続した変化により減少する形状に形成されている。これにより切刃6の先端は角(不連続点)のない滑らかな曲線を形成する。
【0027】
図3は、図2に示す矢印の方向から見たドリル21の側面図である。なお、ドリル21は軸9を中心とした対称な立体形状を有する。したがって、ドリル21のいずれの角度から見た側面も180度反対側の側面と同一形状である。
【0028】
図4はストレート溝を有したドリルの側面図である。図5は、図4に示すG−G線における断面図である。本ドリル23は、上記ドリル21におけるねじれ溝3をV溝11に代えたものである。対応する部分を同一の符号で示す。
【0029】
図4、図5に示すように、本ドリル23においては、のみ刃部1とシャンク部2の間には2本のV溝11,11が形成されている。V溝11は、のみ刃部1のシニングによる欠落部分を含め中心軸9に沿ってストレートに形成されている。
【0030】
図5に示すように、V溝11,11の間に形成されたランド部12のV溝11,11に沿った両縁にマージン13,13が形成されている。このマージン13は、被加工穴の内面に当りドリルを支持する。この4つのマージンによりどの断面でもドリル23は4点で支持される。ねじりによる支持性は無いが、被加工穴やブッシュガイドの内面に安定性よく保持され、曲がりの少ない穴加工が可能である。
【0031】
さて、本発明のドリル形状につき説明する。図6は、本発明の一実施形態に係る楕円部と直線部とからなる切刃を有したドリルの側視外形図である。
ここではドリルの形状について説明し、ドリルの大きさは問題とならないから、図6に示すようにφD=1とする。ドリルの中心軸をX軸とし、X軸の正の方向をドリル先端方向にとり、X軸に直交しドリルの最大径位置を通る軸をY軸としたX−Y座標を想定する。基準楕円f1は、中心をX−Y座標の原点に置き、短軸がY軸に一致し、短軸上の半径が0.5である楕円である。しがたって、基準楕円f1の長軸はX軸に一致する。基準楕円f1の長軸上の半径は任意に設定され、これをaとする。
【0032】
図6に示すように、ドリルの切刃の先端を繋ぐ稜線は楕円の一部と直線とで構成される。楕円部と直線部との分離点Hの座標を(x0、y0)とする。x0における本ドリルの直径、すなわち、直線部の最大径は任意に設定され、これをφAとする。したがって、φA=2×y0 である。
直線f2は、分離点Hにおける楕円f1の接線である。X軸上においてドリルの先端からx0までの範囲をa1、x0から原点までの範囲をa2、負の範囲をa3とする。切刃の先端を繋ぐ稜線は、範囲a1において接線f2に沿った直線状に形成され、範囲a2において基準楕円f1に沿って形成される。すなわち、切刃の先端を繋ぐ稜線は、範囲a1において接線f2に重なり、範囲a2において基準楕円f1に重なる。範囲a3には切刃の逃げ面に続いてマージンが形成される。
【0033】
以上説明した条件から、θ,φA,Lの関係式を導き出すと次式1の通りとなる。式1を用いてドリルの形状設計が可能である。
【数1】

【0034】
次に、図7、図8を参照して切刃の楕円部の切削性につき補足説明する。
切刃の先端角が位置によらず一定であると、半径の大きい後端側ほど切刃単位長さあたりの切削体積が増大するが、図7に示すように本ドリルの場合、楕円形状に沿って後端側ほど切刃の先端角が減少するため、切刃単位長さあたりの切削体積を先端から後端に至るにあたってほぼ一定となるように増加を抑えたり、減少させることができる。そして、楕円f1を基準とする場合には、切刃単位長さあたりの切削体積を後端ほど一定以上に減少させられるため、切刃全体に亘って磨耗の進行度合いを一定にすることが可能となる。磨耗の進行度合いを一定にするには、切刃の位置により切削速度が異なることを考慮する必要がある。すなわち、切刃の切削速度すなわち周速はドリル先端から後端に移るに従い速くなる。これにより、切刃の後端ほど磨耗しやすいため、切刃単位長さあたりの切削体積を後端ほど減少させることで、切刃の位置によらず切削負荷が一定となり、磨耗の進行度合いも一定になる。そして、磨耗の進行度合いを一定することで、使用後に切刃を再研磨する際、少ない追い込み量で切刃全体を鋭利にすることができ再研磨の作業も容易となる。
また、図8に示すように、楕円f1を基準とする場合は、最大径位置(x=0)において切刃の先端角は0となるのに対して、放物線f3を基準とする場合は0とならない。したがって、放物線f3に比較しても楕円f1の場合は、最大径付近a4において切刃の先端角が小さくなり、後端ほど先端角をより浅くすることができることから、後端側の最大径付近a4における切削負荷を顕著に抑えるとともに、リーミング作用を大いに発揮することができ、切刃全体のうちより後端側の切刃部によるリーマ仕上げ性が向上する。
さらに、楕円f1を基準とする場合には、最大径位置(x=0)において切刃の先端角が0となり磨耗しやすい角が生じないためドリルの高寿命化を図ることができる。
【0035】
次に、複数の円弧が端点同士で連なってできる基準曲線の決定方法につき説明する。図9〜図11は、図6に示した基準楕円f1に基づく基準曲線の作図法を説明した図である。
【0036】
一端点が最大径位置にある円弧については次のように決定する。
図9に示すように、基準楕円f1上の最大径位置の点Aと、点Aと分離点Hとの間の任意の点Bとを端点とする円弧ABを、基準曲線をつくる一つの円弧とする。この円弧ABは、線分ABの垂直二等分線とy軸との交点Cを中心とし、線分AC(=線分BC)を半径(R1)とする円弧とする。点Aにおける円弧ABの接線は、点Aを通りx軸に平行な直線であり、この直線は、点Aにおける基準楕円f1の接線でもある。
【0037】
端点が点Aにも分離点Hにもなく、点Aと分離点Hとの間にある任意の円弧については次のように決定する。
図10に示すように、基準楕円f1上の任意の点Dと、点Dと分離点Hとの間の任意の点Eとを端点とする円弧DEを、基準曲線をつくる一つの円弧とする。点Dを点B(図9参照)と同一点として、円弧ABと円弧DEとを連続させる。円弧DEは、線分DEの垂直二等分線と基準楕円f1との交点を点Fとして、線分DEの垂直二等分線と線分DFの垂直二等分線との交点Gを中心とし、線分DG(=線分FG=線分EG)を半径(R2)とする円弧とする。点Fは、円弧DEと基準楕円f1の共有点となる。
端点が点Aにも分離点Hにもなく、点Aと分離点Hとの間にある円弧を設けるか、設けないかも、設ける場合にいくつ設けるかも任意である。
【0038】
一端点が分離点Hにある円弧については次のように決定する。
図11に示すように、分離点Hと、基準楕円f1上の点Aと分離点Hとの間の任意の点Iとを端点とする円弧HIを、基準曲線をつくる一つの円弧とする。但し、上述の図10に示した方法で決定した円弧DEの最もドリル先端側の端点を点Iとする。この円弧HIは、線分HIの垂直二等分線と点Hを通る基準楕円f1の法線との交点Jを中心とし、線分HJ(=線分IJ)を半径(R3)とする円弧とする。点Hにおける円弧HIの接線は、点Hにおける基準楕円f1の接線でもある。
【0039】
以上のようにして決定した基準曲線に沿って切刃の先端を繋ぐ稜線を形成する。すなわち、切刃の先端を繋ぐ稜線は基準曲線に重なる。図9〜図11に示すように、円弧の半径は、ドリル先端側ほど半径が小さくなる。各円弧の長さの取り方は任意であるが、基準楕円f1との一致度を高めるため、ドリル先端側ほど短くすることが好ましい。これらの性質は、ドリル中心軸方向に基準楕円f1の長軸が配置され、ドリル先端ほど基準楕円f1の曲率が大きくなるためである。
【0040】
次に、切刃及びマージンの逃げ角につき説明する。図12は、本発明の一実施形態に係る楕円部と直線部とからなる切刃を有したドリルの側視外形図である。切刃の先端角については図6に示したものに従ったものである。図12に断面の位置A−A,B−B,C−C,D−D,E−E,F−Fを示し、これら各位置の断面図を図13(a),図14(a),図15(a),図16(a),図17(a),図18(a)に示し、各断面における切刃分拡大部図を図13(b),図14(b),図15(b),図16(b),図17(b),図18(b)に示す。
【0041】
図12〜図18に示すドリルにおいて、ドリル先端から断面E−Eまで範囲においては、切刃の逃げ角は一定であり、この逃げ角をδ1とする。δ1としては40[°]〜50[°]が適当である。断面E−Eから断面C−Cまでの範囲においては、本ドリルの切刃の逃げ角はδ1(断面E−Eでδ1)から漸減してδ2に至る(断面C−Cでδ2)。断面C−Cよりドリル後端側の切刃及びマージンの逃げ角はδ2で一定である。δ2としては5[°]〜15[°]が適当である。
【0042】
次に、切刃及びマージンの逃げ角の他の形態につき説明する。図19は、本発明の一実施形態に係る楕円部と直線部とからなる切刃を有したドリルの側視外形図である。切刃の先端角については図6に示したものに従ったものである。図19に断面の位置A−A,B−B,C−C,D−D,E−Eを示し、これら各位置の断面図を図20(a),図21(a),図22(a),図23(a)に示し、各断面における切刃分拡大部図を図20(b),図21(b),図22(b),図23(b)に示す。
【0043】
図19〜図23に示すドリルにおいて、ドリル先端から断面D−D(分離点Hの位置)までの範囲において、切刃の逃げ角は一定であり、この逃げ角をδ1とする。δ1としては40[°]〜50[°]が適当である。断面D−Dから断面A−Aまでの範囲においては、本ドリルの切刃の逃げ角はδ1(断面D−Dでδ1)から漸減してδ2に至る(断面A−Aでδ2)。断面A−Aよりドリル後端側のマージンの逃げ角はδ2で一定である。δ2としては5[°]〜15[°]が適当である。
【0044】
以上の図12〜図23で示したように、主にドリリングの作用を担うドリル先端側の切刃部の逃げ角δ1を比較的大きくとり、主にリーマ仕上げ作用を担うドリル後端側の切刃部及びマージンの逃げ角δ2を比較的小さくとることにより、先端側のドリリング作用及び後端側のリーマ仕上げ作用をより効果的にする。また、δ1からδ2への変遷範囲をとってδ1〜δ2へ漸減させることにより、全体的に滑らかな切刃を形成できる。
【0045】
図12〜図18に示すドリルと、図19〜図23に示すドリルとを比較すると、以下の点で特性が異なる。
(1)分離点Hよりドリル先端側の主にドリリングの作用を担う切刃部において、前者は比較的大きい逃げ角のδ1の範囲が短く、そのため切削抵抗が大きいのに対し、後者のδ1の範囲は長く切削抵抗が小さくなる。(2)前者に比較して後者はδ1からδ2への逃げ角の変化が緩やかであるため偏磨耗しにくく、孔品質が悪化しにくいとともにドリル寿命が長くなる傾向にある、(3)分離点Hより後端側の主にリーマ仕上げ作用を担う切刃部において、前者は比較的小さい逃げ角のδ2の範囲がほぼ全域であり、そのため切削抵抗が大きいのに対し、後者の逃げ角はδ1からδ2への変遷域にあるから平均の逃げ角が大きく、そのため切削抵抗が小さくなる。
以上を指針として、優先する特性に応じて逃げ角の分布を設計することができる。
【0046】
次に、先端角の他の形態につき説明する。図24は、本発明の一実施形態に係る全体として楕円の一部に沿った切刃を有したドリルの側視外形図である。
図6に示したドリルにあっては、ドリルの切刃の先端を繋ぐ稜線は楕円の一部と直線とで構成された。これに対し、図24に示すドリルは、直線部を排し、ドリルの切刃の先端を繋ぐ稜線の全体を基準楕円f4の一部で構成したものである。すなわち、切刃の先端を繋ぐ稜線の全体は、基準楕円f4に重なる。
このように、基準楕円f4に沿って切刃の先端を形成する場合には、図24に示すように楕円f4の長軸bをドリル中心軸(x軸)に対しオーバーラップするようにシフトする。このシフト量を設定することにより、中心位置先端角を設定することができる。シフト量をゼロとする場合は、中心位置先端角が180[°]となる。
なお、基準楕円f4の短軸がY軸に一致する点は、図6に示したドリルと同様である。また、逃げ角に関しては、ドリル最先端側位置において逃げ角δ1を有し、最大径位置において逃げ角δ2を有し、δ1>δ2 の大小関係を有し、ドリル最先端側位置から最大径位置までに至る範囲のうちいずれか一部の範囲において逃げ角がδ1から漸減してδ2に至るようにすることが好ましい。
【0047】
ドリルの切刃の先端を繋ぐ稜線の全体を基準楕円f4の一部で構成する場合において、複数の円弧が端点同士で連なってできる基準曲線の決定方法につき説明する。図25は、図24に示した基準楕円f1に基づく基準曲線の作図法を説明した図である。
【0048】
一端点が最大径位置にある円弧については、図9に示し上述した方法と同様に決定する。端点が点Aにもドリル先端点Kにもなく、点Aとドリル先端点Kとの間にある任意の円弧については、図10に示す上述した方法と同様に決定する。
一端点がドリル先端点Kにある円弧については次のように決定する。
図25に示すように、ドリル先端点Kと、基準楕円f4上の点Aとドリル先端点Kとの間の任意の点Lとを端点とする円弧KLを、基準曲線をつくる一つの円弧とする。但し、上述の図10に示した方法で決定した円弧の最もドリル先端側の端点を点Lとする。この円弧KLは、線分KLの垂直二等分線と点Kを通る基準楕円f4の法線との交点Mを中心とし、線分KM(=線分LM)を半径(R4)とする円弧とする。点Kにおける円弧KLの接線は、点Kにおける基準楕円f4の接線でもある。
以上のようにして決定した基準曲線に沿って切刃の先端を繋ぐ稜線を形成する。すなわち、切刃の先端を繋ぐ稜線は基準曲線に重なる。
【0049】
なお、図6に示したドリルにあっても、図24に示したドリルにあっても、ドリル先端部にチゼルエッジが残っていてもよい。この場合、ドリル後端側からチゼルエッジまでの範囲に対し上述した本発明のドリル形状を適用する。
【0050】
次に、繊維強化樹脂複合材の穿孔に適合させたφD,L,θ,φAの決定方法につき説明する。繊維強化樹脂複合材としてはCFRP (Carbon Fiber Reinforced Plastics)を例とする。表1は、φDに対するLの大きさ、すなわち、L/φDによる各特性の変化を示した表である。
【0051】
【表1】

【0052】
表1に示すように、L/φDを大きくしていくと、切刃長さは長く、穿孔に必要なストロークは長くなる。また、穿孔反力及び切削抵抗は切刃長さに比例するため大きくなる。また、切刃長さが長くなるにつれて切刃単位長さあたりの切削量が減り、磨耗しにくくなるため、孔品質(デラミネーション発生の程度、孔内面粗さ)は良くなり、ドリル寿命は延びる。L/φDの値1.0〜2.0についてCFRPに対する各特性の総合評価を表1最右欄に記載した。これに示すように、L/φDの値1.5を中心に1.4〜1.6の範囲に良好な結果を得た。
【0053】
以上の結果を踏まえて、L/φD=1.5とする。表2は、L/φD=1.5のときのθによるφA/φDの値及び各特性の変化を示した表である。
【0054】
【表2】

【0055】
表2に示すとおりにθの値を60[°]〜180[°]の範囲でとった。θの各値に対するφA/φDの値は、式1及びL/φD=1.5から求まり、表2に示すとおりである。θの値を180[°]から60[°]へと小さくしていくと、求心性(先端の振れ、ホールド性)は良好となる。これはθが小さいほどドリル先端が鋭利になり、ぶれにくくなるためである。また、穿孔反力、切削抵抗は小さくなる。これはφDに対するφAの割合が大きいほど被削材への切刃の食い込みが良くなるためである。また、φA/φDの値が小さいほど分離点Hより後端側の主にリーマ仕上げ作用を担う切刃部が長くなるため、孔品質(デラミネーション発生の程度、孔内面粗さ)は良くなる。また、θが小さいほどドリル先端が鋭利となり欠けやすくなるため、ドリル先端部の欠けに対する耐久性は悪化する。
θの値60[°]〜180[°]の範囲についてCFRPに対する各特性の総合評価を表2最右欄に記載した。これに示すように、θの値は、100[°]〜140[°]の範囲に良好な結果を得た。
【0056】
以上の結果より、CFRPの穿孔用のドリルとしては、L/φDの値が1.4〜1.6の範囲で、θの値が100[°]〜140[°]の範囲が良好である。
【図面の簡単な説明】
【0057】
【図1】本発明を適用可能な一例のねじれ溝を有したドリルの側面図である。
【図2】図1に示したドリルの先端部の拡大図である。
【図3】図2に示す矢印の方向から見たドリルの側面図である。
【図4】本発明を適用可能な一例のストレート溝を有したドリルの側面図である。
【図5】図4に示すG−G線における断面図である。
【図6】本発明の一実施形態に係る楕円部と直線部とからなる切刃を有したドリルの側視外形図である。
【図7】本発明のドリルにおける切刃の先端部と後端部における切削体積を比較するための模式図である。
【図8】ドリルの切刃の先端を繋ぐ稜線の基準とする楕円(本発明)と放物線とを比較した図である。
【図9】図6に示した基準楕円f1に基づいて、複数の円弧が端点同士で連なってできる基準曲線を作図する方法を図解した図(後端側)である。
【図10】図6に示した基準楕円f1に基づいて、複数の円弧が端点同士で連なってできる基準曲線を作図する方法を図解した図(中間部)である。
【図11】図6に示した基準楕円f1に基づいて、複数の円弧が端点同士で連なってできる基準曲線を作図する方法を図解した図(先端側)である。
【図12】本発明の一実施形態に係る楕円部と直線部とからなる切刃を有したドリルの側視外形図である。
【図13】図12に示したA−A線における断面図(a)及びA1部詳細図である。
【図14】図12に示したB−B線における断面図(a)及びB1部詳細図である。
【図15】図12に示したC−C線における断面図(a)及びC1部詳細図である。
【図16】図12に示したD−D線における断面図(a)及びD1部詳細図である。
【図17】図12に示したE−E線における断面図(a)及びE1部詳細図である。
【図18】図12に示したF−F線における断面図(a)及びF1部詳細図である。
【図19】本発明の一実施形態に係る楕円部と直線部とからなる切刃を有したドリルの側視外形図である。
【図20】図19に示したA−A線における断面図(a)及びA1部詳細図である。
【図21】図19に示したB−B線における断面図(a)及びB1部詳細図である。
【図22】図19に示したD−D線における断面図(a)及びD1部詳細図である。
【図23】図19に示したF−F線における断面図(a)及びF1部詳細図である。
【図24】本発明の一実施形態に係る全体として楕円の一部に沿った切刃を有したドリルの側視外形図である。
【図25】図24に示した基準楕円f4に基づいて、複数の円弧が端点同士で連なってできる基準曲線を作図する方法を図解した図(先端側)である。
【符号の説明】
【0058】
1 のみ刃部
2 シャンク部
3 ねじれ溝
4 ランド部
5 マージン
6 切刃
7 すくい面
8 逃げ面
11 V溝
12 ランド部
13 マージン
φD1 最大径
H 楕円部と直線部との分離点
φA 直線部の最大径
θ 中心位置先端角
f1 基準楕円
f4 基準楕円

【特許請求の範囲】
【請求項1】
切刃の先端を繋ぐ稜線の全部又は一部が基準楕円の一部に沿って形成されてなるドリル。
【請求項2】
最大径位置よりドリル先端側に位置する所定の点から最大径位置まで連続する切刃の先端を繋ぐ稜線が基準楕円の一部に沿って形成されてなるドリル。
【請求項3】
前記所定の点からドリル先端方向へ連続する切刃の先端を繋ぐ稜線が前記所定の点における前記基準楕円の接線に沿った直線状に形成される請求項2に記載のドリル。
【請求項4】
切刃の先端を繋ぐ稜線の全部又は一部が、複数の円弧が端点同士で連なってできる基準曲線に沿って形成され、前記各円弧はその両端点が基準楕円上にあり、かつ、同基準楕円と共有接線を有するか又は同基準楕円と前記両端点以外に共有点を有してなるドリル。
【請求項5】
最大径位置よりドリル先端側に位置する所定の点から最大径位置まで連続する切刃の先端を繋ぐ稜線が、複数の円弧が端点同士で連なってできる基準曲線に沿って形成され、前記各円弧はその両端点が基準楕円上にあり、かつ、同基準楕円と共有接線を有するか又は同基準楕円と前記両端点以外に共有点を有してなるドリル。
【請求項6】
前記所定の点からドリル先端方向へ連続する切刃の先端を繋ぐ稜線が前記所定の点における前記基準曲線の接線に沿った直線状に形成される請求項5に記載のドリル。
【請求項7】
前記基準楕円は、その短軸を最大径位置に配置した楕円である請求項1から請求項6のうちいずれか一に記載のドリル。
【請求項8】
前記切刃は、ドリル最先端側位置から所定範囲において一定の逃げ角を有する請求項1から請求項7のうちいずれか一に記載のドリル。
【請求項9】
前記切刃の前記所定の点よりドリル先端側において一定の逃げ角を有する請求項3又は請求項6に記載のドリル。
【請求項10】
前記切刃は、ドリル最先端側位置において逃げ角δ1を有し、最大径位置において逃げ角δ2を有し、δ1>δ2 の大小関係を有し、ドリル最先端側位置から最大径位置までに至る範囲のうちの一部の範囲において逃げ角がδ1から漸減してδ2に至る請求項1から請求項9のうちいずれか一に記載のドリル。
【請求項11】
前記切刃は、ドリル最先端側位置において逃げ角δ1を有し、最大径位置において逃げ角δ2を有し、δ1>δ2 の大小関係を有し、前記所定の点から最大径位置までの範囲において逃げ角がδ1から漸減してδ2に至る請求項3、請求項6又は請求項9に記載のドリル。
【請求項12】
前記切刃の逃げ面に対しドリル後端方向に連続するマージンを有し、前記マージンは逃げ角δ2を有する請求項10又は請求項11に記載のドリル。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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【図20】
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【図21】
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【図22】
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【図23】
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【図24】
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【図25】
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【公開番号】特開2010−155289(P2010−155289A)
【公開日】平成22年7月15日(2010.7.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−333380(P2008−333380)
【出願日】平成20年12月26日(2008.12.26)
【出願人】(000005348)富士重工業株式会社 (3,010)
【Fターム(参考)】