説明

ナノコンポジット磁石の製造方法

【課題】結晶化熱処理も高温焼結も必要とせずに、微細な結晶粒から成り、大きな保磁力を備えたナノコンポジット磁石を製造する方法を提供する。
【解決手段】ナノコンポジット磁石組成の合金溶湯の急冷凝固により作製した平均結晶粒径10〜200nmの硬磁性相と平均粒径1〜100nmの軟磁性相とから成る多結晶相の薄片と、
該薄片の表面に形成され、該多結晶相より融点が低い低融点相と
から成る原料を焼結する。望ましくは、前記急冷凝固を単ロール法によって行い、前記薄片の、該単ロールに接触する面とは反対側の面に前記低融点相を形成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ナノサイズの硬磁性相と軟磁性相とが複合したナノコンポジット磁石の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ナノコンポジット磁石は、硬磁性相と軟磁性相の硬/軟2相複合構造を備えており、硬磁性相と軟磁性相とがナノサイズであることにより、硬/軟磁性相間に交換結合が働き、残留磁化および飽和磁化を大幅に増大できるという優れた特性が注目されている。なお、本発明において「ナノサイズ」とは、200nm程度以下の微小サイズを意味する。
【0003】
このようなナノサイズ組織を備えたバルク体を製造する方法として、ナノコンポジット組成の溶融体を急冷した粉末あるいは薄片を原料とし、これを焼結する方法が行なわれている。
【0004】
特許文献1に、急冷薄片を粉砕して粉末化し、これを原料として焼結を行なう方法が開示されている。急冷薄片は単ロール法で作製しているが、急冷時にアモルファス相が生成する場合があり、結晶化のために熱処理を行っている。この結晶化熱処理を兼ねて、また、十分に高い焼結密度を得るために、800℃という高温でホットプレスにより焼結を行なっている。
【0005】
しかし上記の方法は、結晶化熱処理または上記高温の焼結により、結晶粒が粗大化して保磁力が低下してしまうという問題があった。
【0006】
特許文献2には、双ロール法で急冷薄片を作製しているが、アモルファス相の生成を防止する配慮はなく、上記と同様の問題が避けられない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開平09−139306号公報
【特許文献2】特許第2693601号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、結晶化熱処理も高温焼結も必要とせずに、微細な結晶粒から成り、大きな磁化と保磁力を備えたナノコンポジット磁石を製造する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記の目的を達成するために、本発明のナノコンポジット磁石の製造方法は、
ナノコンポジット磁石組成の合金溶湯の急冷凝固により作製した平均結晶粒径10〜200nmの硬磁性相と平均粒径1〜100nmの軟磁性相とから成る多結晶相の薄片と、
該薄片の表面に形成され、該多結晶相より融点が低い低融点相と
から成る原料を焼結することを特徴とする。
【発明の効果】
【0010】
ナノコンポジット磁石組成の合金溶湯を、平均結晶粒径10〜200nmの硬磁性相と平均粒径1〜100nmの軟磁性相とから成る薄片状多結晶相となるように急冷凝固させ、薄片状多結晶相の表面にこの多結晶相より融点が低い低融点相を形成し、これを原料として焼結を行なうので、多結晶相の融点より低温で焼結が進行し、多結晶相の粗粒化が起きず、凝固時のナノサイズを維持できる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】図1は、本発明の望ましい実施形態において、単ロール法によって急冷薄片を作製する方法を説明するための模式図である。
【図2】図2は、弱磁石により、急冷薄片を非晶質のものと結晶質のものとに分別する原理を示す模式図である。
【図3】図3は、実施例で作製した本発明のナノコンポジット磁石(原料:結晶質)の磁気特性を、急冷薄片(焼結前)および比較例のナノコンポジット磁石(原料:非晶質)と比較して示すグラフである。
【図4】図4は、図3に磁気特性を示した(A)本発明および(B)比較例の組織を示す反射電子線像である。
【図5】図5は、急冷速度と低融点相の生成有無との関係を定性的に示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
<組成>
本発明の方法に用いるナノコンポジット磁石組成は、典型的には下記式で表される。ただし、これに限定する必要はない。
組成式:R1−x−y−z
R:希土類元素(Yを含む)の少なくとも1種
Q:BおよびCの少なくとも1種
M:Ti、Al、Si、V、Mn、Cu、Zn、Ga、Zr、Nb、Mo、Ag、Hf、Ta、W、Pt、Au、Pbから成る群から選択された少なくとも一種
T:FeまたはFeの一部をCoおよびNiの少なくとも一種で置換したもの
2≦x≦11.8
1≦y≦24
0≦z≦10
【0013】
主相としての硬磁性相はR14Mであり、軟磁性相はαFeまたはFeとBまたはCとの化合物である。
【0014】
<組織>
本発明の多結晶薄片は、主相(硬磁性相)は結晶粒径10nm〜200nm、軟磁性相は結晶粒径1nm〜100nmであり、これら硬軟2相が複合したナノ結晶相から成る。
本発明においては、多結晶薄片の片面に、薄片を構成する多結晶相よりも融点の低い低融点相を備えている。
【0015】
《低融点相》
本発明の特徴として、ナノコンポジット磁石組成の急冷結晶相薄片の片面に、薄片本体の結晶相よりも融点が低い低融点相を備えた薄片を焼結原料として用いる。これにより、低温焼結が可能になり、焼結時の結晶粒粗大化の心配がなく、凝固によって得られたナノサイズの結晶粒が維持され、高い磁性が得られる。
【0016】
低融点相は、500nm以下の厚みで、体積分率で多結晶薄片本体の3%以下であることが望ましい。低融点相の割合が多すぎると磁気特性が悪化する。
【0017】
低融点相の形成方法は、代表的には急冷を単ロール法等によって行なう。すなわち、冷却方向(凝固方向)を一方向に限定し、かつ、凝固組織を結晶質とすることにより、残留液相部(最終凝固部すなわち低融点相)が薄片の片面に形成される。アモルファス組織では残留液相部として低融点相が薄片表面に現れ難い。
【0018】
低融点相の形成方法としては、単ロール法により凝固時に形成する以外にも、凝固後の薄片の片面に、電解析出、スパッタリング、化学還元法等により低融点相を付与することができる。
【0019】
低融点相の材質としては、代表例として主相(硬磁性相)をNdFe14B(融点1155℃)とすれば、融点がこれより低いことが必要である(軟磁性相は典型的にはFeであり、融点は1535℃であり主相より高い)。金属単体、合金、金属間化合物(特に共晶化合物)等であってよい。具体例として、Al、Ag、Bi、Ce、Ga、Ge、In、La、Li、Mg、Rb、Sb、Se、Sn、Sr、Te、Tl、Nd、Cu、Zn、NdGa(786℃(融点:以下同))、DyCu(790℃)、NdCu(650℃)、NdAl(675℃)、NdNi(690℃)、AlNd(675℃)、Fe75Nd25(640℃)等が考えられる。
【0020】
<焼結:温度、圧力、昇温速度>
本発明においては、急冷薄片の片面に低融点相を備えていることにより、低温での焼結が可能である。焼結温度は、望ましくは典型的には500〜650℃であり、より望ましくは600℃以下であり、結晶粒の粗大化を抑制可能な温度域である。
【0021】
望ましくは、焼結は圧力200MPa以上の加圧焼結により行う。
【0022】
粗粒化を抑制するために、焼結時の昇温速度は速い方が望ましく、20℃/min以上であることが望ましい。
【0023】
単ロール法で作製した低融点相を備えた結晶質急冷薄片を焼結することにより、焼結前の結晶質急冷薄片と同等の優れた磁気特性のナノコンポジット磁石焼結体が得られる。この焼結体は理論密度の90%以上の密度を有し、機械特性および耐久性にも優れている。
【実施例】
【0024】
本発明により、下記組成のナノコンポジット磁石を製造した。
主相(硬磁性相):NdFe14
軟磁性相:αFe
主相:軟磁性相=9:1
【0025】
<急冷薄片の作製>
上記組成に対応させてNd、Fe、FeBを秤量し、アーク溶解炉にて合金インゴットを作製した。
【0026】
50kPa以下に減圧したArガス雰囲気の炉中で、図1に示す単ロールによるメルトスピニング法にて、合金インゴットを高周波溶解し、溶湯を銅ロールに噴射して急冷薄片を作製した。条件を表1に示す。
【0027】
【表1】

【0028】
図1を参照して、本発明による低融点相を備えた急冷薄片の作製方法を説明する。図中に吹き出し中に示したのは、急冷薄片の部分断面拡大図である。
【0029】
図1に示す単ロール法においては、溶湯ノズルNから単ロールRの外周面に合金溶湯を吐出させると、溶湯はロールRによって片側から急冷されて凝固し急冷薄片QRとしてロール回転方向RDに沿って単ロールRの外周面から飛び出す。吹き出し中に拡大して示したように、ロールRによる冷却方向SDはロールに接触するロール面RSからロールに接触しないフリー面FSに向かい、SD方向に沿って凝固が進行する。そのため、フリー面FSが最終凝固位置となり、断面内で最も低融点の組成となる。すなわち、このような急冷過程においても、急冷薄片QRの厚さ方向に沿って偏析が生じ、多結晶相CPの片面に低融点相LMが形成される。このように、単ロールによる急冷凝固を行なうと、焼結原料となる急冷薄片の片面に低融点相が形成され、低温焼結を促進する作用が得られる。
【0030】
<結晶質薄片と非晶質薄片の分別>
図2に示すように、弱磁石を用いて、急冷薄片を結晶質のものと非晶質のものとに分別する。すなわち、急冷薄片(1)のうち、非晶質急冷薄片は弱磁石で磁化されるので落下せず(2)、結晶質急冷薄片は弱磁石で磁化されないので落下する(3)。
【0031】
<焼結>
このようにして分別した結晶質急冷薄片のみを粗粉砕し、これを原料に下記条件で放電プラズマ焼結(SPS)を行い、焼結体を作製した。
【0032】
〔SPS焼結条件〕
真空雰囲気:10−2Pa
圧力:300MPa
昇温速度:120℃/min
【0033】
<磁気特性の評価>
上記で作製した本発明のナノコンポジット磁石の焼結バルク体について、VSMにより磁気特性を測定した。基準として焼結前の急冷薄片について、また、比較例として上記で分別した非晶質急冷薄片のみを粗粉砕し上記と同じ条件でSPS焼結したナノコンポジット磁石焼結バルク体についても、同様に磁気測定した。測定結果をまとめて図3に示す。
【0034】
結晶質急冷薄片のみを用いて作製した本発明の焼結体(b)は、焼結前の急冷薄片(a)とほぼ同じ磁化ヒステリシスループを示し、磁化(飽和磁化、残留磁化)も保磁力も焼結前のまま高い値に維持されていることが分かる。
【0035】
これに対して、非晶質急冷薄片のみを用いて作製した比較例の焼結体(c)は、(a)(b)に比べて磁化ヒステリシスループが全体として小さくなっており、磁化も保磁力も低下していることが分かる。
【0036】
<組織観察>
磁気特性に差が生じる原因を調べるために、組織観察を行なった。図4に反射電子線像を示す。(A)が結晶質急冷薄片のみを原料として焼結した本発明のナノコンポジット磁石であり、(B)が非晶質急冷薄片のみを原料とした比較例のナノコンポジット磁石である。いずれも急冷薄片の焼結による接合部を含む視野である。コントラストの明るい(白い)部分がNdリッチの低融点相、暗い(黒い)部分がαFeまたはFeリッチの軟磁性相、全体に背景として存在する中間トーン(灰色)の領域がNdFe14Bの主相(硬磁性相)である。
【0037】
図3(A)に示すように、結晶質薄片のみを用いて作製した本発明の焼結体(A)は、20nm程度の微細なαFeまたはFeリッチの軟磁性相が均一に分散していることが分かる。一方、図3(B)に示すように、非晶質薄片のみを用いて作製した焼結体(B)は、粗大な軟磁性相が不均一に分散している。このように、軟磁性相の微細分散状態が得られるか否かが、磁気特性の良否に大きく影響しているものと考えられる。
【0038】
また、結晶質急冷薄片のみを原料とした本発明の焼結体(A)には、明るいコントラストのNdリッチ相が明瞭に認められる。一方、非晶質急冷薄片のみを原料とした比較例の焼結体(B)にはこのようなNdリッチ相が認められない。
【0039】
図1に示した単ロール法による急冷薄片の凝固時に、冷却速度が変動して、結果的に、比較的大きな冷却速度で凝固した非晶質の急冷薄片と、比較的小さい冷却速度で凝固した結晶質の急冷薄片とが混在していたため、図2のように磁気的に両者を分別した。
【0040】
図5に模式的に示すように、結晶質の急冷薄片が生成する比較的遅い急冷速度では、最終凝固部には低融点相が形成するが、非晶質の急冷薄片が生成する比較的速い急冷速度では薄片全体として非晶質組織となり、低融点相は現れない。
【0041】
このように、原料の微細組織を粗大化させることなく焼結するには、低温での焼結が必要であり、これを可能とするものが結晶質急冷薄片の表面に存在する低融点相である。
【産業上の利用可能性】
【0042】
本発明によれば、結晶化熱処理も高温焼結も必要とせずに、微細な結晶粒から成り、大きな磁化と保磁力を備えたナノコンポジット磁石を製造する方法が提供される。
【符号の説明】
【0043】
N 溶湯ノズル
R 単ロール
QR 急冷薄片
RD ロール回転方向
SD 冷却方向
RS ロール面
FS フリー面
CP 多結晶相
LM 低融点相

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ナノコンポジット磁石組成の合金溶湯の急冷凝固により作製した平均結晶粒径10〜200nmの硬磁性相と平均粒径1〜100nmの軟磁性相とから成る多結晶相の薄片と、該薄片の表面に形成され、該多結晶相より融点が低い低融点相とから成る原料を焼結することを特徴とする焼結希土類磁石の製造方法。
【請求項2】
請求項1において、前記急冷凝固を単ロール法によって行い、前記薄片の、該単ロールに接触する面とは反対側の面に前記低融点相を形成することを特徴とするナノコンポジット磁石の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図5】
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【図4】
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【公開番号】特開2011−159733(P2011−159733A)
【公開日】平成23年8月18日(2011.8.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−19074(P2010−19074)
【出願日】平成22年1月29日(2010.1.29)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】