説明

ニキビ改善薬及びアトピー性皮膚炎改善剤のスクリーニング方法

【課題】ストレスによる皮膚の病変、特に、ニキビやアトピー性皮膚炎の増悪や、ステロイド剤による皮膚疾患、例えば、ステロイドニキビの症状を改善又は軽減する薬剤をスクリーニング及び/又は評価を行うために、ケラチノサイトを用いるTLR2遺伝子の発現阻害物質のスクリーニング方法を開発すること。
【解決手段】本発明は、皮膚におけるTLR2遺伝子の発現阻害物質のスクリーニング方法を提供する。本発明のスクリーニング方法は、被験物質と、TLR2発現刺激剤と、TLR2発現増強剤とをケラチノサイトに接触させるステップと、前記ケラチノサイトでのTLR2遺伝子の発現量を定量するステップとを含む。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、皮膚におけるTLR2遺伝子の発現阻害物質のスクリーニング方法、具体的には、TLR2発現の抑制を指標とする、ステロイドニキビ改善薬、ニキビ改善薬及びアトピー性皮膚炎改善剤のスクリーニング方法に関する。
【背景技術】
【0002】
一般的に、ストレスの多い日常生活を送っている女性はニキビができやすく、悪化しやすいといわれている。またアトピー性皮膚炎患者の皮膚の炎症はストレスによって悪化することが知られている。
【0003】
ストレスに曝されると、脳下垂体前葉から分泌されるACTHを介して副腎皮質から糖質コルチコイドが産生され、全身の細胞に抗ストレス作用、抗炎症作用等のさまざまな作用を発揮する。糖質コルチコイドの作用のほとんどはコルチゾールによるものであり、糖質コルチコイドと同一の作用機序の物質としては、デキサメタゾン、プレドニゾロン、ベタメタゾン等の合成ステロイドが知られている。ステロイドの抗炎症作用は、蛋白分解酵素を含んだライソゾーム顆粒膜の安定化、毛細血管壁の透過性低下、炎症組織への白血球浸潤の抑制等の作用による。
【0004】
上皮細胞が微生物を認識して免疫反応及び炎症反応を引き起こす受容体としてToll様受容体(Toll Like Receptor、TLR)の遺伝子ファミリーが重要な役割を果たす(非特許文献1)。TLR遺伝子ファミリーのうちTLR2は、さまざまな微生物由来のペプチドグリカン、リポタンパク質、リポアラビノマンナン等の分子パターンを認識して炎症反応を誘発する(非特許文献2)。子宮、気道、肺等の上皮細胞の系では、糖質コルチコイドが微生物刺激によるTLR2遺伝子の発現を増強する(非特許文献3−5)。
【非特許文献1】Medzhitov、R.ら、(1997)Nature 388:394−397.
【非特許文献2】Aderem、A.及びUlevitch、R.J.(2000)Nature、406:782−787.
【非特許文献3】Homma、T.ら、(2004)Amer.J.Resp.Cell Mol.Biol.、31:463−469.
【非特許文献4】Imasato、A.ら、(2002)J.Biol.Chem.277:47444−47450.
【非特許文献5】Shuto、T.ら、(2002)J.Biol.Chem.、277:17263−17270. ニキビやアトピー性皮膚炎では、皮膚細胞、特に、ケラチノサイトにおける微生物の認識と炎症反応の誘発が問題となる。しかし、これまでケラチノサイトにおいて糖質コルチコイドによる炎症反応の増強を再現する実験系の報告はほとんどみあたらなかった。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ストレスによる皮膚の病変、特に、ニキビやアトピー性皮膚炎の増悪や、ステロイド剤による皮膚疾患、例えば、ステロイドニキビの症状を改善又は軽減する薬剤をスクリーニング及び/又は評価を行うために、皮膚細胞、特に、ケラチノサイトを用いるTLR2遺伝子の発現阻害物質のスクリーニング方法を開発する必要がある。また、微生物や炎症性サイトカインの刺激によるケラチノサイトにおけるTLR2遺伝子の発現を糖質コルチコイドが増強する現象を再現する実験系を利用して、ストレス又はステロイド剤によるTLR2遺伝子の発現増強を阻害する活性を、微生物や炎症性サイトカインの刺激によるTLR2遺伝子の発現誘導を阻害する活性と区別して評価する方法を開発する必要がある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、皮膚におけるTLR2遺伝子の発現阻害物質のスクリーニング方法を提供する。本発明のスクリーニング方法は、被験物質と、TLR2発現刺激剤と、TLR2発現増強剤とをケラチノサイトに接触させるステップと、前記ケラチノサイトでのTLR2遺伝子の発現量を定量するステップとを含む。
【0007】
本発明の皮膚におけるTLR2遺伝子の発現阻害物質のスクリーニング方法は、前記被験物質と、前記TLR2発現刺激剤と、前記TLR2発現増強剤とを接触させたケラチノサイトにおけるTLR2遺伝子の発現量を、前記被験物質と、前記TLR2発現刺激剤とを接触させたケラチノサイトにおけるTLR2遺伝子の発現量と比較するステップを含む場合がある。
【0008】
本発明の皮膚におけるTLR2遺伝子の発現阻害物質のスクリーニング方法は、前記接触させるステップの前に、前記TLR発現増強剤と、該増強剤と同一の作用機序の物質とを含まない培地でケラチノサイトを前培養するステップを含む場合がある。
【0009】
本発明の皮膚におけるTLR2遺伝子の発現阻害物質のスクリーニング方法において、前記TLR発現増強剤はデキサメタゾンであり、前記培地はコルチゾールを含まない培地の場合がある。
【0010】
本発明の皮膚におけるTLR2遺伝子の発現阻害物質のスクリーニング方法において、前記ケラチノサイトはヒト皮膚由来のケラチノサイトの場合がある。
【0011】
本発明の皮膚におけるTLR2遺伝子の発現阻害物質のスクリーニング方法において、前記TLR発現刺激剤は炎症性サイトカインの場合がある。
【0012】
本発明の皮膚におけるTLR2遺伝子の発現阻害物質のスクリーニング方法において、前記TLR発現刺激剤はTNF−αの場合がある。
【0013】
本発明の皮膚におけるTLR2遺伝子の発現阻害物質のスクリーニング方法において、前記TLR2遺伝子の発現量はTLR2遺伝子のmRNA量の場合がある。
【0014】
本発明は、被験物質と、TLR2発現刺激剤と、デキサメタゾンとをケラチノサイトに接触させるステップと、前記ケラチノサイトでのTLR2遺伝子の発現量を定量するステップとを含む、ステロイドニキビ改善薬のスクリーニング方法を提供する。
【0015】
本発明のステロイドニキビ改善薬のスクリーニング方法は、前記被験物質と、前記TLR2発現刺激剤と、デキサメタゾンとを接触させたケラチノサイトにおけるTLR2遺伝子の発現量を、前記被験物質と、TLR2発現刺激剤とを接触させたケラチノサイトにおけるTLR2遺伝子の発現量と比較するステップを含む場合がある。
【0016】
本発明のステロイドニキビ改善薬のスクリーニング方法は、前記接触させるステップの前に、コルチゾールを含まない培地でケラチノサイトを前培養するステップを含む場合がある。
【0017】
本発明のステロイドニキビ改善薬のスクリーニング方法において、前記ケラチノサイトはヒト皮膚由来のケラチノサイトの場合がある。
【0018】
本発明のステロイドニキビ改善薬のスクリーニング方法において、前記TLR2発現刺激剤はアクネ菌抽出物の場合がある。
【0019】
本発明のステロイドニキビ改善薬のスクリーニング方法において、前記TLR2遺伝子の発現量はTLR2遺伝子のmRNA量の場合がある。
【0020】
本発明は、被験物質と、アクネ菌抽出物と、TLR2発現増強剤とをケラチノサイトに接触させるステップと、前記ケラチノサイトでのTLR2遺伝子の発現量を定量するステップとを含む、ニキビ改善薬のスクリーニング方法を提供する。
【0021】
本発明のニキビ改善薬のスクリーニング方法は、前記被験物質と、前記アクネ菌抽出物と、前記TLR2発現増強剤とを接触させたケラチノサイトにおけるTLR2遺伝子の発現量を、前記被験物質と、前記アクネ菌抽出物とを接触させたケラチノサイトにおけるTLR2遺伝子の発現量と比較するステップを含む場合がある。
【0022】
本発明のニキビ改善薬のスクリーニング方法は、前記接触させるステップの前に、前記TLR発現増強剤と、該増強剤と同一の作用機序の物質とを含まない培地でケラチノサイトを前培養するステップを含む場合がある。
【0023】
本発明のニキビ改善薬のスクリーニング方法において、前記TLR発現増強剤はデキサメタゾンであり、前記培地はコルチゾールを含まない培地の場合がある。
【0024】
本発明のニキビ改善薬のスクリーニング方法において、前記ケラチノサイトはヒト皮膚由来のケラチノサイトの場合がある。
【0025】
本発明のニキビ改善薬のスクリーニング方法において、前記TLR2遺伝子の発現量はTLR2遺伝子のmRNA量の場合がある。
【0026】
本発明は、被験物質と、黄色ブドウ球菌抽出物と、TLR2発現増強剤とをケラチノサイトに接触させるステップと、前記ケラチノサイトでのTLR2遺伝子の発現量を定量するステップとを含む、アトピー性皮膚炎改善薬のスクリーニング方法を提供する。
【0027】
本発明のアトピー性皮膚炎改善薬のスクリーニング方法は、前記被験物質と、前記黄色ブドウ球菌抽出物と、前記TLR2発現増強剤とを接触させたケラチノサイトにおけるTLR2遺伝子の発現量を、前記被験物質と、前記黄色ブドウ球菌抽出物とを接触させたケラチノサイトにおけるTLR2遺伝子の発現量と比較するステップを含む場合がある。
【0028】
本発明のアトピー性皮膚炎改善薬のスクリーニング方法は、前記接触させるステップの前に、前記TLR発現増強剤と、該増強剤と同一の作用機序の物質とを含まない培地でケラチノサイトを前培養するステップを含む場合がある。
【0029】
本発明のアトピー性皮膚炎改善薬のスクリーニング方法において、前記TLR発現増強剤はデキサメタゾンであり、前記培地はコルチゾールを含まない培地の場合がある。
【0030】
本発明のアトピー性皮膚炎改善薬のスクリーニング方法において、前記ケラチノサイトはヒト皮膚由来のケラチノサイトの場合がある。
【0031】
本発明のアトピー性皮膚炎改善薬のスクリーニング方法において、前記TLR2遺伝子の発現量はTLR2遺伝子のmRNA量の場合がある。
【0032】
本発明の皮膚におけるTLR2遺伝子の発現阻害物質、ステロイドニキビ改善薬、ニキビ改善薬及びアトピー性皮膚炎改善薬のスクリーニング方法における、前記ケラチノサイトでのTLR2遺伝子の発現量を定量するステップ、及び/又は、前記被験物質と、前記TLR2発現刺激剤等と、前記TLR2発現増強剤等とを接触させたケラチノサイトにおけるTLR2遺伝子の発現量を、前記被験物質と、前記TLR2発現刺激剤等とを接触させたケラチノサイトにおけるTLR2遺伝子の発現量と比較するステップとは、本発明の皮膚におけるTLR2遺伝子の発現阻害物質、ステロイドニキビ改善薬、ニキビ改善薬及びアトピー性皮膚炎改善薬の活性の評価方法にも利用することができる。
【0033】
本発明の皮膚におけるTLR2遺伝子の発現阻害物質、ステロイドニキビ改善薬、ニキビ改善薬及びアトピー性皮膚炎改善薬のスクリーニング方法及び評価方法において、被験物質は、皮膚におけるTLR2遺伝子の発現阻害物質、ステロイドニキビ改善薬、ニキビ改善薬及びアトピー性皮膚炎改善薬の有効成分となりうるいずれかの物質をいう。前記被験物質は、鉱物、化学合成物質を含む無生物由来の物質と、遺伝子工学又は細胞工学的な手法を含む生物由来の物質とを含む。人体に無害であることが知られているか、香辛料その他の食料と、香料その他の化粧料と、薬草その他の医薬品原料として伝統的に従来から利用されてきた物質を被験物質とすることが好ましい。植物を被験物質とする場合には、葉部、小枝部等の乾燥粉砕物をそのまま使用することもできるが、それらの抽出物を使用するのが好ましい。植物の抽出物は、主に葉部、小枝部等を乾燥又は乾燥することなく、あるいは、真空処理又は常圧から600MPaまでの加圧処理で粉砕した後、常温又は加温で、溶剤により、又はソックスレー抽出器等の抽出器具を用いて抽出することにより得ることができる。なお、本発明における植物抽出物とは、各種溶媒抽出液又はその希釈液、濃縮液もしくは乾燥末を意味するものとする。溶媒抽出物は、植物又はその乾燥末を、中性、酸又はアルカリ性の水性溶媒、有機溶媒等を用いて抽出処理することにより得られる場合がある。
【0034】
本発明のTLR2発現刺激剤とは、TLR2遺伝子の発現を誘導すること、すなわち、ケラチノサイトと接触させるときにケラチノサイトが発現するTLR2遺伝子の発現量が増加するいずれかの物質をいう。本発明のTLR2発現刺激剤は、TNF−αの他、IL−1、IL−6等を含むがこれらに限られない炎症性サイトカインと、アクネ菌(Propionibacterium acnes)と、NBRC12732株を含むがこれに限られない黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus)と、NBRC12993株を含むがこれに限られない表皮ブドウ球菌(Staphylococcus epidermidis)とを含むグラム陽性及び/又は陰性細菌と、結核菌その他のマイコバクテリアを含む放線菌と、酵母等の真核細胞とを含む、微生物を含む場合がある。あるいは、前記微生物の成分である、リポポリサッカライド(LPS)、リポタンパク質、ペプチドグリカン、リポテイコ酸、リポアラビノマンナン、ザイモザン等を含む場合がある。本発明のTLR2発現刺激剤は、TLR2タンパク質のリガンドとして認識され、シグナル伝達を活性化することができることを条件として、いかなる物質でもかまわない。
【0035】
本発明のTLR2発現増強剤は、TLR2発現刺激剤とともにケラチノサイトと接触させるときにケラチノサイトが発現するTLR2遺伝子の発現量が、TLR2発現刺激剤だけをケラチノサイトと接触させるときにケラチノサイトが発現するTLR2遺伝子の発現量より増加することを条件としていかなる物質でもかまわない。本発明のTLR2発現増強剤には、糖質コルチコイドを含むが、これらに限られない。糖質コルチコイドには、コルチゾール(ヒドロコルチゾン)と、コルチゾールと同一の作用機序で生物活性を発揮する合成化合物である、デキサメタゾン、プレドニゾロン、ベタメタゾン等の合成ステロイドを含む。
【0036】
本発明の皮膚におけるTLR2遺伝子の発現阻害物質、ステロイドニキビ改善薬、ニキビ改善薬及びアトピー性皮膚炎改善薬のスクリーニング方法における、前記ケラチノサイトでのTLR2遺伝子の発現量を定量するステップ、及び/又は、前記被験物質と、前記TLR2発現刺激剤等と、前記TLR2発現増強剤等とを接触させたケラチノサイトにおけるTLR2遺伝子の発現量を、前記被験物質と、前記TLR2発現刺激剤等とを接触させたケラチノサイトにおけるTLR2遺伝子の発現量と比較するステップとは、本発明の皮膚におけるTLR2遺伝子の発現増強剤のスクリーニング方法又は評価方法にも利用することができる。
【0037】
本明細書において、TLR2遺伝子の発現量は、TLR2遺伝子mRNAの量か、TLR2遺伝子産物であるTLR2タンパク質の量かを検出する場合がある。代替策としては、TLR2遺伝子の発現調節制御の関与するプロモーター、エンハンサー等のシス調節領域を、ルシフェラーゼ、緑蛍光タンパク質、β−ガラクトシダーゼ等のレポータ遺伝子と連結した発現レポータコンストラクトを、予め、あるいは、TLR2発現刺激剤と同時にケラチノサイトに導入することによって、レポータ遺伝子産物に由来する発光、蛍光、酵素反応産物等を検出する場合もある。
【0038】
本明細書において、TLR2遺伝子のmRNA量の測定は、定量的PCR法の他、ノザンブロット法、ドットブロット法等の固相ハイブリダイゼーション法を含む、当業者に知られたいずれの方法を用いて実行してもかまわない。
【0039】
本発明のTLR2遺伝子の発現量は、実験に用いた試料のケラチノサイトの細胞数や細胞の生理状態の相違を標準化するために、本発明のTLR2発現刺激剤又はTLR2発現発現剤によって遺伝子発現が変化しないいずれかの遺伝子の発現量によって除算して標準化した相対値で表すことが望ましい。標準化に好ましい遺伝子は、いわゆるハウスキーピング遺伝子である、グリセルアルデヒド3−リン酸デヒドロゲナーゼ(GAPDH)、βアクチン等を含むが、これらに限らず、例えば遺伝子発現アレイチップ等の手段で見つけることができる。
【0040】
本発明のTLR2遺伝子の発現阻害物質等のスクリーニング方法又は評価方法において、前記被験物質と、前記TLR2発現刺激剤と、前記TLR2発現増強剤とを接触させたケラチノサイトにおけるTLR2遺伝子の発現量を、前記被験物質と、前記TLR2発現刺激剤とを接触させたケラチノサイトにおけるTLR2遺伝子の発現量と比較するステップを実行することにより、被験物質のTLR遺伝子発現への効果のうち、TLR発現刺激剤の作用を阻害する効果と、TLR発現増強剤の作用を阻害する効果を区別することができる。これによって、コルチゾールを含むTLR発現増強剤によるTLR2遺伝子の発現増強を阻害する効果を有する物質をスクリーニング又は評価することができる。
【0041】
本発明のTLR2遺伝子の発現阻害物質等のスクリーニング方法又は評価方法において、TLR2発現刺激剤及び/又はTLR発現増強剤に接触させるステップの前に、前記TLR発現増強剤と、該増強剤と同一の作用機序の物質とを含まない培地でケラチノサイトを前培養するステップは、少なくとも6時間以上、終夜、又は1日実行することが好ましいが、実行する時間は、ケラチノサイトがTLR発現刺激剤及びTLR発現増強剤の効果を奏することを条件としていかなる長さであってもかまわない。ケラチノサイトの培養下での増殖維持に用いる培地にTLR発現増強剤のデキサメタゾンと同一の作用機序で生物活性を発揮するコルチゾールを添加する必要がある。そこで、接触させる前に、一定期間コルチゾールを含まない培地に交換して、コルチゾールの影響を除去することが、ケラチノサイトでのTLR2発現刺激に対する糖質コルチコイドの発現増強効果を検出することを可能にしたと考えられる。
【0042】
本発明で用いるケラチノサイトは、正常表皮由来のケラチノサイトであり、皮膚組織から単離してそのまま使用してもよいが、好ましくはその培養系を使用する。ヒトケラチノサイトは、例えばInvitrogen社や倉敷紡績株式会社等から市販されており、これらを培養及び継代して用いることもできる。培地は表皮細胞の培養増殖に適するいかなる培地を用いてもよく、例えば、EpiLife培地(M−EPI−2150、倉敷紡績株式会社)のような市販の培地を用いてもかまわない。コルチゾール不含培地又はコルチゾールの濃度が明記される場合を除き、前記EpiLife培地は0.5μg/mL(1.27μM)のコルチゾールを含む。
【0043】
新たに培養表皮ケラチノサイトを得る場合には、以下の手順にしたがう。包皮の真皮と表皮を物理的に分離し、表皮を細断して0.3%のトリプシン存在下で37℃、30分間インキュベーションを行い、その後トリプシン阻害剤を添加して反応を停止させる。トリプシン処理後の表皮組織を外科用ピンセットでさらに細かくし、金属製メッシュで濾過し、単離ケラチノサイトを遠心し、回収し、ペレットを0.5μg/mL(1.27μM)のコルチゾールを含むEpiLife培地に懸濁して培養する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0044】
以下の実施例により本発明について詳細な説明を行なうが、本発明はこれらの実施例により何ら限定されるものではない。
【実施例1】
【0045】
0.5μg/mL(1.27μM)のコルチゾールを含有するEpiLife培地中で培養維持した表皮ケラチノサイトを、6穴培養プレートにウェルあたり5×10ないし2×10個播種して、0.5μg/mL(1.27μM)のコルチゾールを含有するEpiLife培地中で3日間培養後に新鮮なコルチゾール不含EpiLife培地で培地交換を行い、さらに24時間後に、スクリーニング対象物質と、1μMのデキサメタゾンと、10ng/mLのTNF−αとを添加したコルチゾール不含EpiLife培地で培地交換を行って、6時間TNF−α刺激処理を施した。培地中のコルチゾールの影響を調べる実験では、6穴培養プレートに表皮ケラチノサイトを播種し、コルチゾール(1.27μM)含有EpiLife培地で3日間培養した後、新鮮なコルチゾール(1.27μM)含有EpiLife培地で培地交換してさらに24時間培養した表皮ケラチノサイトをTNF−α刺激処理に供した。
【0046】
TLR2遺伝子の発現量の定量
前記TNF−α刺激処理の後、培地をアスピレータで除去し、各ウェルの細胞をそれぞれIsogen(ニッポンジーン社)で破壊し、製造者の指示に従ってRNAを抽出した。定法に従って、前記RNAからcDNAを作成し、定量的PCR法によってTLR2遺伝子の発現量を測定した。TLR2遺伝子の発現量はGAPDH遺伝子の発現量で標準化された。
【0047】
結果
培地中のコルチゾールの影響
培地中のコルチゾールがTNF−α刺激処理に及ぼす効果を調べた実験の結果のグラフを図1に示す。本実験では各条件ごとに3回重複してTLR2遺伝子の発現量が測定された。TNF−α刺激処理の直前までコルチゾール含有培地で培養したケラチノサイトよりも、TNF−α刺激処理の前日からコルチゾール不含培地で培養したケラチノサイトのほうが、デキサメタゾン及びTNF−αの両方を添加した条件でのTLR2遺伝子の発現誘導は顕著であった。グラフ中で**で表す2つのデータの有意水準のp値は1%未満であった。そこで以下の実験では、TNF−α刺激処理の前日からコルチゾール不含培地中で培養したケラチノサイトを用いた。
【実施例2】
【0048】
TNF−α刺激処理によるTLR2遺伝子発現誘導の最適化
実施例1のコルチゾール不含培地で1日前培養したケラチノサイトのTNF−α刺激処理をする際に添加するデキサメタゾンの濃度と、TLR2遺伝子発現の測定までのインキュベーション時間とを最適化するために、100nM又は1000nMのデキサメタゾンを10ng/mLのTNF−αでケラチノサイトを刺激する際に添加して、飽和水蒸気、5%CO下37°Cでインキュベーションを行った。1時間又は6時間のインキュベーションの後、ケラチノサイトのRNAを抽出して、TLR2遺伝子の発現量を定量的PCR法で測定した。
【0049】
結果
TNF−α刺激処理をする際に添加するデキサメタゾンの濃度と、TLR2遺伝子発現の測定までのインキュベーション時間とを最適化するために行った実験の結果のグラフを図2に示す。本実験では各条件ごとに4回重複してTLR2遺伝子の発現量が測定された。グラフにおいて、*で表す2つのデータの有意水準のp値は5%未満であり、**で表す2つのデータの有意水準のp値は1%未満であった。1時間のインキュベーションでは、TNF−α刺激によるTLR2遺伝子の発現誘導はほとんど認められなかった。しかし、6時間のインキュベーションでは、TNF−α刺激によってTLR2遺伝子の発現の顕著な誘導が認められた。そして、デキサメタゾンの添加によりTNF−α刺激処理によるTLR2遺伝子の発現誘導が増強された。
【実施例3】
【0050】
細菌によるTLR2遺伝子発現の誘導
アクネ菌はヒトのニキビ部位から採取した菌を用いた。黄色ブドウ球菌(NBRC12732株)及び表皮ブドウ球菌(NBRC12993株)は、独立行政法人製品評価技術基盤機構生物遺伝資源部門より入手した菌を用いた。それぞれの菌について一般的な培養法で増殖させ、生菌をEpiLife培地に懸濁して前記ケラチノサイト培養系に添加した。菌数は、少量のアクネ菌(図3のP.acnesI)が約3 x 10 cfu、大量のアクネ菌(図3のP.acnesII)が約7 x 10 cfu、黄色ブドウ球菌(図4のS.aureus)が約5 x 10 cfu、表皮ブドウ球菌(図4のS.epidermidis)が約7 x 10 cfuであった。6時間のインキュベーションの後、TLR2遺伝子の発現量を定量PCR法で測定した。
【0051】
結果
異なる菌数のアクネ菌生菌菌体によるTLR2遺伝子発現の誘導をTNF−α刺激処理によるTLR2遺伝子の発現誘導と比較した実験の結果のグラフを図3に示す。本実験では各条件ごとに2回重複してTLR2遺伝子の発現量が測定された。約3 x 10 cfu及び約7 x 10 cfuの菌数のアクネ菌(それぞれ図3のP.acnesI及びP.acnesII)によってもTNF−α刺激処理と同様のTLR2遺伝子の発現誘導がみられ、デキサメタゾン添加によってTLR2遺伝子の発現誘導は増強された。
【0052】
黄色ブドウ球菌及び表皮ブドウ球菌によるTLR2遺伝子発現の誘導をTNF−α刺激処理によるTLR2遺伝子の発現誘導と比較した実験の結果のグラフを図4に示す。本実験では各条件ごとに4回重複してTLR2遺伝子の発現量が測定された。約5 x 10 cfuの黄色ブドウ球菌(図4のS.aureus)及び約7 x 10 cfu表皮ブドウ球菌(図4のS.epidermidis)によってもTNF−α刺激処理と同様のTLR2遺伝子の発現誘導がみられ、デキサメタゾン添加によってTLR2遺伝子の発現誘導は増強された。
【実施例4】
【0053】
TLR2遺伝子の発現抑制活性を有する物質の探索
本発明のスクリーニング方法を利用して、さまざまな植物抽出物のTLR2遺伝子の発現抑制活性を検討した。コルチゾール不含培地で前培養されたケラチノサイト培養系にデキサメタゾン(1μM)及びTNF−α(10ng/mL)とともに、サクラ抽出物(10又は50μg/mL)、ニーム抽出物(15又は75μg/mL)、ウーロン茶抽出物(2又は20μg/mL)又はバラ抽出物(2又は20μg/mL)をそれぞれ添加し、6時間のインキュベーション後のTLR2遺伝子の発現量を測定した。
【0054】
結果
図5に4種類の植物抽出物のTLR2遺伝子発現抑制効果を検討する実験の結果の表を示す。図5ではデキサメタゾンによって増強されたTNF−α刺激によるTLR2遺伝子の発現量を陽性対照として、これに対する各植物抽出物添加培地でのTLR2遺伝子の発現量の百分率で表した。本実験ではサクラとニームとについては4回重複してTLR2遺伝子の発現量が測定され、ウーロン茶とバラとについては3回重複してTLR2遺伝子の発現量が測定された。いずれの植物抽出物でもTLR2遺伝子の発現が濃度依存的に抑制されたが、特に50μg/mLのサクラ抽出物はTLR2遺伝子の発現量のデキサメタゾンによる増強を顕著に抑制することができた。
【図面の簡単な説明】
【0055】
【図1】培地中のコルチゾールがTNF−α刺激処理に及ぼす効果を調べた実験の結果のグラフ。
【図2】ケラチノサイトのTNF−α刺激処理をする際に添加するデキサメタゾンの濃度と、TLR2遺伝子発現の測定までのインキュベーション時間とを最適化するために行った実験の結果のグラフ。
【図3】アクネ菌によるTLR2遺伝子発現の誘導をTNF−α刺激処理によるTLR2遺伝子の発現誘導と比較した実験の結果のグラフ。
【図4】黄色ブドウ球菌及び表皮ブドウ球菌によるTLR2遺伝子発現の誘導をTNF−α刺激処理によるTLR2遺伝子の発現誘導と比較した実験の結果のグラフ。
【図5】4種類の植物抽出物のTLR2遺伝子発現抑制効果を検討した実験の結果の表。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
被験物質と、TLR2発現刺激剤と、TLR2発現増強剤とをケラチノサイトに接触させるステップと、前記ケラチノサイトでのTLR2遺伝子の発現量を定量するステップとを含むことを特徴とする、皮膚におけるTLR2遺伝子の発現阻害物質のスクリーニング方法。
【請求項2】
前記被験物質と、前記TLR2発現刺激剤と、前記TLR2発現増強剤とを接触させたケラチノサイトにおけるTLR2遺伝子の発現量を、前記被験物質と、前記TLR2発現刺激剤とを接触させたケラチノサイトにおけるTLR2遺伝子の発現量と比較するステップを含むことを特徴とする、請求項1に記載のスクリーニング方法。
【請求項3】
前記接触させるステップの前に、前記TLR発現増強剤と、該増強剤と同一の作用機序の物質とを含まない培地でケラチノサイトを前培養するステップを含むことを特徴とする、請求項1又は2に記載のスクリーニング方法。
【請求項4】
前記TLR発現増強剤はデキサメタゾンであり、前記培地はコルチゾールを含まない培地であることを特徴とする、請求項3に記載のスクリーニング方法。
【請求項5】
前記ケラチノサイトはヒト皮膚由来のケラチノサイトであることを特徴とする、請求項1ないし4のいずれか1つに記載のスクリーニング方法。
【請求項6】
前記TLR発現刺激剤は炎症性サイトカインであることを特徴とする、請求項1ないし5のいずれか1つに記載のスクリーニング方法。
【請求項7】
前記TLR発現刺激剤はTNF−αであることを特徴とする、請求項6に記載のスクリーニング方法。
【請求項8】
前記TLR2遺伝子の発現量はTLR2遺伝子のmRNA量であることを特徴とする、請求項1ないし7のいずれか1つに記載のスクリーニング方法。
【請求項9】
被験物質と、TLR2発現刺激剤と、デキサメタゾンとをケラチノサイトに接触させるステップと、前記ケラチノサイトでのTLR2遺伝子の発現量を定量するステップとを含むことを特徴とする、ステロイドニキビ改善薬のスクリーニング方法。
【請求項10】
被験物質と、アクネ菌抽出物と、TLR2発現増強剤とをケラチノサイトに接触させるステップと、前記ケラチノサイトでのTLR2遺伝子の発現量を定量するステップとを含むことを特徴とする、ニキビ改善薬のスクリーニング方法。
【請求項11】
被験物質と、黄色ブドウ球菌抽出物と、TLR2発現増強剤とをケラチノサイトに接触させるステップと、前記ケラチノサイトでのTLR2遺伝子の発現量を定量するステップとを含むことを特徴とする、アトピー性皮膚炎改善薬のスクリーニング方法。

【図5】
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【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2010−99015(P2010−99015A)
【公開日】平成22年5月6日(2010.5.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−273828(P2008−273828)
【出願日】平成20年10月24日(2008.10.24)
【出願人】(000001959)株式会社資生堂 (1,748)
【Fターム(参考)】