説明

ニューキノロン系抗菌剤の検出方法

【課題】 家畜や養殖魚などの体内に残留する多様なニューキノロン系抗菌剤を単一の抗体を用いて高感度かつ簡便に検出する方法を提供する。
【解決手段】 少なくともノルフロキサシン、エンロフロキサシン、及びシプロフロキサシンを含む1-アルキル-6-フルオロ-4-オキソ-1,4-ジヒドロキノリン-3-カルボン酸骨格を有するニューキノロン系抗菌剤を認識する抗体、及び食品中に残留する1-アルキル-6-フルオロ-4-オキソ-1,4-ジヒドロキノリン-3-カルボン酸骨格を有するニューキノロン系抗菌剤を検出する方法であって、食品試料に対して上記抗体を用いたエンザイムイムノアッセイを行なう工程を含む方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、家畜や養殖魚などの体内に残留するニューキノロン系抗菌剤を高感度かつ簡便に検出する方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ニューキノロン系抗菌剤は、ナリジクス酸やピロミド酸などのピリドンカルボン酸(PCA)系抗菌剤の抗菌スペクトルと抗菌力が飛躍的に高められた薬剤であり、細菌のDNAジャイレースを阻害することにより高い選択毒性を示す。ニューキノロン系抗菌剤としては、これまでにノルフロキサシン、オフロキサシン、シプロフロキサシンなどがヒトの感染症の治療の目的で広く用いられている。また、これらのニューキノロン系抗菌剤は、家畜、家禽、又は養殖魚介類などの病気に対する予防や治療にも広く用いられている。しかしながら、家畜、家禽、又は養殖魚貝類等を効率よく飼育する目的でこれらのニューキノロン系抗菌を飼料や養殖池に大量に投入することも広く行なわれており、食肉などにおける抗菌剤の残留が問題になっている。
【0003】
ニューキノロン系抗菌剤の食肉中の最小残留濃度はヨーロッパでは200μg/kg以下と決められている。食肉中の残留ニューキノロン系抗菌剤の測定方法としては感受性微生物を用いた培養法(寒天培地法)や高速液体クロマトグラフィーを用いる方法(HPLC法)が広く普及している。しかしながら、培養法では煩雑な無菌操作が必要であり、培養に最低でも12時間以上を要し、さらに感度も低いという欠点がある。また、HPLC法では測定機器が高価であるうえ、1検体あたりの測定に30分〜1時間を要し、分析用のサンプルを食肉組織などから前もって抽出しなければならないという欠点もある。それゆえに、これらの方法は多数のサンプルを測定するスクリーニング検査には使用できないという問題があった。
【0004】
一方、被検物質を特異的に認識する抗体を用いるイムノアッセイ法は、短時間の測定が可能であることに加え、高価な機器を用いる必要がなく、感度もHPLC法よりも優れているなどの点で培養法やHPLC法に比べて有利である。イムノアッセイ法は、特に多数のサンプルを同時に処理するスクリーニングに適した測定方法であり、被検物質を特異的に検出できることから食品中の残留農薬や残留薬剤の同定や定量などに汎用されている。ニューキノロン系抗菌剤についてもイムノアッセイを利用した検出や同定方法が提案されており、それぞれの薬剤に特異的な検出方法として利用されている
【0005】
しかしながら、イムノアッセイに用いる抗体は、本来的にアッセイ対象となる唯一のニューキノロン系抗菌剤だけを認識するように(すなわち他のニューキノロン系抗菌剤を認識することがないように)開発されており、多種類のニューキノロン系抗菌剤を同時に検出する目的には使用し得ないという問題がある。Holtzappleらはニューキノロン系抗菌剤の基本骨格の広い部分を認識する抗体を作成したと報告しているが、単に二つのニューキノロン系抗菌剤を認識することが証明されているだけであり、この抗体だけを用いても多種類のニューキノロン系抗菌剤を検出することはできない。
【0006】
また、ニューキノロン系抗菌剤であるレボフロキサシンを認識する抗体及びそれを用いたイムノアッセイ法が知られているが(特開平7-267999号公報)、この方法において用いられる抗体は基本的にレボフロキサシンとその誘導体(レボフロキサシンN-オキシド、デスメチルレボフロキサシン、光学対掌体であるDR-3354など)に対する反応性は高いものの、ノルフロキサシン及びシプロフロキサシンに対する反応性は非常に低い。畜産や養殖などの現場ではノルフロキサシンやシプロフロキサシンが大量に使用されており、これらのニューキノロン系抗菌剤を測定することができない上記の抗体は実用的な価値が低い。
【0007】
さらに、ニューキノロン系抗菌剤のイムノアッセイ用に従来開発された抗体はいずれも水性媒体中でのみ抗原抗体反応を行うことができるものであり、少量の有機溶媒が混入しただけでも抗原抗体反応が進行しなくなるので、食肉などから有機溶媒を用いて抽出したサンプルを測定に直接用いることができないという欠点を有している。ニューキノロン系抗菌剤は一般的に極性の低い分子であり、緩衝液のような極性の高い溶媒で組織から抽出した場合には回収率が低下してしまい正確な検出を行うことができない。このため、イムノアッセイ法を行うためには、有機溶媒を用いて動物などの組織からニューキノロン系抗菌剤を抽出した後に、有機溶媒を除いて緩衝液に置き換えるという煩雑な処理が必要になるという問題もあった。
【特許文献1】特開平7-267999号公報
【非特許文献1】Holtzapple et al., J. Agric. Food Chem., 45, pp.1984-1990, 1997,
【非特許文献2】Bucknall et al., Food Additives and Contaminants, 20, pp.221-228, 2003
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の課題は、家畜や養殖魚などの体内に残留するニューキノロン系抗菌剤を高感度かつ簡便に検出する方法を提供することにある。より具体的には、多種類のニューキノロン系抗菌剤を検出することが可能なイムノアッセイ法及びそのための手段である新規な抗体を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは上記の課題を解決すべく鋭意研究を行なった結果、KLH(keyhole limpet hemocyanine)に結合させたノルフロキサシンを用いて動物を免疫することにより、畜産や養殖の現場で大量に用いられているノルフロキサシン、エンロフロキサシン、及びシプロフロキサシンなど1-アルキル-6-フルオロ-4-オキソ-1,4-ジヒドロキノリン-3-カルボン酸骨格を有するニューキノロン系抗菌剤に対して極めて高い反応性を示す抗体を作成することに成功した。また、この抗体を用いることにより、食肉中などに残留する1-アルキル-6-フルオロ-4-オキソ-1,4-ジヒドロキノリン-3-カルボン酸骨格を有するニューキノロン系抗菌剤を極めて高感度かつ簡便に検出できることを見出した。また、この抗体が50%メタノールなどの水性有機溶媒中においても高い反応性を維持できることを見出した。本発明は上記の知見を基にして完成されたものである。
【0010】
すなわち、本発明により、少なくともノルフロキサシン、エンロフロキサシン、及びシプロフロキサシンを含む1-アルキル-6-フルオロ-4-オキソ-1,4-ジヒドロキノリン-3-カルボン酸骨格を有するニューキノロン系抗菌剤を認識する抗体が提供される。本発明の好ましい態様によれば、1-アルキル-6-フルオロ-4-オキソ-1,4-ジヒドロキノリン-3-カルボン酸骨格を有するニューキノロン系抗菌剤以外のニューキノロン系抗菌剤に対して実質的に反応性を有しないか、又は反応性が低い抗体である上記の抗体;少なくともノルフロキサシン、エンロフロキサシン、シプロフロキサシン、及びダノフロキサシンを含む1-アルキル-6-フルオロ-4-オキソ-1,4-ジヒドロキノリン-3-カルボン酸骨格を有するニューキノロン系抗菌剤を認識し、かつオフロキサシンを実質的に認識しない上記の抗体;ニューキノロン系抗菌剤以外の抗菌剤に対して実質的に反応性を有しないか、又は反応性が低い抗体である上記の抗体;及び、モノクローナル抗体である上記の抗体が提供される。
【0011】
また、本発明により、上記の抗体の製造方法であって、ノルフロキサシンとKLHとの結合物を抗原として用いて動物の免疫を行なう工程を含む方法が提供される。また、上記の抗体の製造のための抗原であって、ノルフロキサシンとKLHとの結合物からなる抗原も本発明により提供される。上記の抗原は、ノルフロキサシンとKLHとがスペーサーを介して結合した結合物からなる抗原であることが好ましい。スペーサーとしては、例えば、炭素数10〜15程度の直鎖アルキル部分を含むスペーサーを利用することが好ましい。
【0012】
さらに別の観点からは、食品中に残留する1-アルキル-6-フルオロ-4-オキソ-1,4-ジヒドロキノリン-3-カルボン酸骨格を有するニューキノロン系抗菌剤を検出する方法であって、食品試料に対して上記の抗体を用いたエンザイムイムノアッセイを行なう工程を含む方法が本発明により提供される。この発明の好ましい態様によれば、食品が畜産肉、養殖魚介類、又は牛乳である上記の方法、及び食品が養殖鰻又は養殖鰻の蒲焼である上記の方法が提供される。
【0013】
また、本発明により、食品中に残留する1-アルキル-6-フルオロ-4-オキソ-1,4-ジヒドロキノリン-3-カルボン酸骨格を有するニューキノロン系抗菌剤を検出するためのキットであって、少なくとも以下の要素:
(a)少なくともノルフロキサシン、エンロフロキサシン、及びシプロフロキサシンを含む1-アルキル-6-フルオロ-4-オキソ-1,4-ジヒドロキノリン-3-カルボン酸骨格を有するニューキノロン系抗菌剤を認識する抗体;及び
(b)上記工程(a)の抗体を認識可能な標識抗体
を含むキットが提供される。この発明の好ましい態様によれば、上記工程(b)で用いる標識抗体がホースラディッシュパーオキシダーゼにより標識された抗体である上記のキットが提供される。
【発明の効果】
【0014】
本発明により提供される抗体は、畜産や養殖の現場で大量に用いられているノルフロキサシン、エンロフロキサシン、及びシプロフロキサシンを含む1-アルキル-6-フルオロ-4-オキソ-1,4-ジヒドロキノリン-3-カルボン酸骨格を有するニューキノロン系抗菌剤を広く認識することができるので、この抗体のみを用いて食品試料中に含まれる上記ニューキノロン系抗菌剤を簡便かつ高感度に測定することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
本発明により提供される抗体は、少なくともノルフロキサシン、エンロフロキサシン、及びシプロフロキサシンを含む1-アルキル-6-フルオロ-4-オキソ-1,4-ジヒドロキノリン-3-カルボン酸骨格を有するニューキノロン系抗菌剤を認識することを特徴としている。本発明の抗体が認識可能な1-アルキル-6-フルオロ-4-オキソ-1,4-ジヒドロキノリン-3-カルボン酸骨格を有するニューキノロン系抗菌剤において、「アルキル」とは炭素数1〜6個程度の直鎖状、分枝鎖状、若しくは環状、あるいはそれらの組み合わせからなるアルキル基を意味する。例えば、メチル基、エチル基、イソプロピル基、シクロプロピル基、シクロプロピルメチル基、メチルシクロプロピル基、シクロブチル基などを挙げることができるが、これらのうち、エチル基又はシクロプロピル基が好ましい。アルキル基には、例えばフッ素原子などのハロゲン原子が1個又は2個以上置換していてもよい。本発明の抗体が認識可能な1-アルキル-6-フルオロ-4-オキソ-1,4-ジヒドロキノリン-3-カルボン酸骨格を有するニューキノロン系抗菌剤は2環性のジヒドロキノリンを基本骨格とする抗菌剤であり、通常は、7-位に環状アミンを有している。環状アミンとしては、ピペラジン、4-メチルピペラジン、ピロリジン、3-アミノピロリジンなどを例示することができるが、これらに限定されることはない。
【0016】
本発明の抗体が認識可能なニューキノロン系抗菌剤としては、より具体的には、ノルフロキサシン(norfloxacin)、エンロフロキサシン(enrofloxacin)、シプロフロキサシン(ciprofloxacin)、又はダノフロキサシン(danofloxacin)などを挙げることができるが、これらに限定されることはない。なお、本発明の抗体は、ピリド[1,2,3-de][1,4]ベンゾキサジン-6-カルボン酸骨格を有するニューキノロン系抗菌剤であるオフロキサシンやレボフロキサシン、あるいは1-アルキル-6-フルオロ-4-オキソ-1,4-ジヒドロ-1,8-ナフチリジン-3-カルボン酸骨格を有するエノキサシンなどに対しては反応性が低いか、あるいは実質的に反応性を有しない。特に3環性の基本骨格を有するオフロキサシンやレボフロキサシンに対しては実質的に反応しない。
【0017】
本発明の抗体は、抗原としてノルフロキサシンとKLH(keyhole limpet hemocyanine、分子量約100万)との結合物を用いて動物を免疫することにより当業者が容易に製造することができる。ノルフロキサシンとKLHとの結合物を製造するにあたり、ノルフロキサシンのカルボキシル基をKLHに結合させる手段は特に限定されず、例えば、ジシクロヘキシルカルボジイミドなどを用いる縮合法や活性エステル法を採用することができるが、これらに限定されることはない。また、スペーサーを利用してノルフロキサシンのカルボキシル基とKLHとを結合させることもできる。スペーサーの種類は特に限定されないが、例えば、炭素数10〜15個程度の直鎖アルキル部分を含むスペーサーを用いることが好ましい。より具体的には、N-(κ-マレイミドウンデカン酸)ヒドラジド(KMUH)などをノルフロキサシンのカルボキシル基に反応させた後にKLHとの反応を行なうことにより、炭素数11個の直鎖アルキル部分を含むスペーサーを導入することができる。これらの手段は当業者に周知であり、当業者は適宜のスペーサーを選択して導入することが可能である。なお、カルボキシル基を有する低分子化合物とタンパク質とを結合する方法については、Goodfriendら(Science, 144, pp.1344-1345, 1964)の報告がある。
【0018】
本発明の抗体は、前記の抗原をリン酸緩衝生理食塩水(PBS)などの溶媒に溶解し、この溶液を動物に投与して免疫することによりに容易に製造できる。必要に応じて上記溶液に適宜のアジュバントを添加した後、エマルジョンを用いて免疫を行ってもよい。アジュバントとしては、油中水型乳剤、水中油中水型乳剤、水中油型乳剤、リポソーム、水酸化アルミニウムゲルなどのアジュバントのほか、生体成分由来のタンパク質やペプチド性物質などを用いてもよい。例えば、フロイントの不完全アジュバント又はフロイントの完全アジュバントなどを好適に用いることができる。アジュバントの投与経路、投与量、投与時期は特に限定されないが、所望の免疫応答を増強できるように適宜選択することが望ましい。
【0019】
免疫に用いる動物の種類も特に限定されず、例えばマウス、ラット、ウシ、ウサギ、ヤギ、ヒツジなどを用いることができるが、好ましくはマウスを用いることができる。動物の免疫は当業界で利用可能な方法に従って行えばよく、例えば、抗原の溶液、好ましくはアジュバントとの混合物を哺乳動物の皮下、皮内、静脈、又は腹腔内に注射することにより免疫を行うことができる。免疫応答は、一般的に免疫される哺乳動物の種類および系統によって異なるので、免疫スケジュールは使用される動物に応じて適宜設定ことが望ましい。抗原投与は最初の免疫後に何回か繰り返し行うことが好ましい。
【0020】
免疫された動物の血清から本発明の抗体を取得することができるが、その方法は特に限定されず、当業者に利用可能な方法であればいかなる方法を用いてもよい。抗体の精製は、例えば、抗体の精製はDEAE陰イオン交換クロマトグラフィー、アフィニティークロマトグラフィー、硫安分画法、PEG分画法、エタノール分画法などを適宜組み合わせて行うことができる。得られた抗体が本発明の抗体であるか否か、すなわち目的のニューキノロン系抗菌剤(1-アルキル-6-フルオロ-4-オキソ-1,4-ジヒドロキノリン-3-カルボン酸骨格を有するニューキノロン系抗菌剤)を認識し、かつそれ以外のニューキノロン系抗菌剤又はピリドンカルボン酸系抗菌剤あるいはニューキノロン系以外の抗菌剤(ニトロフラン剤やサルファ剤など)又は抗生物質(テトラサイクリン系抗生物質、ペニシリン系抗生物質、セフェム系抗生物質など)に対しては反応性が低いか、実質的にそれらを認識しない抗体であることは、当業者が周知の方法を利用して容易に確認することが可能である。本明細書の実施例には本発明の抗体の製造方法について、動物の免疫方法、抗体の精製方法、及び抗体の特性の確認方法が具体的に説明されているので、当業者は上記の一般的説明及び実施例の具体的方法を参照しつつ、必要に応じてそれらの方法に適宜の修飾ないし改変を加えることにより、本発明の抗体を容易に製造することが可能である。
【0021】
本発明の抗体としては、免疫した動物のリンパ球を用いて製造したハイブリドーマから産生されるモノクローナル抗体を本発明の抗体として用いてもよい。モノクローナル抗体の製造方法については当業界で周知されており、かつ汎用されているので当業者は上記の抗原を用いることによって本発明の抗体を容易に製造することが可能である(例えばAntibodies, A Laboratory Manual(Cold Spring Harbor Laboratory Press, 1988)第6章などを参照のこと)。抗体産生細胞の調製に用いる哺乳類動物の種類は特に限定されないが、例えば、マウス、ラット、ウシ、ウサギ、ヤギ、ヒツジ等が挙げられ、好ましくはマウス、ラット、ウサギ等のげっ歯類であり、より好ましくはマウスを用いることができる。
【0022】
最終免疫後、免疫した哺乳動物から脾臓細胞を摘出し、骨髄腫由来の細胞株と細胞融合することによりハイブリドーマを産生することができる。細胞融合には増殖能力の高い免疫産生細胞株を用いることが好ましく、また骨髄腫由来の細胞株は融合する免疫産生細胞の由来する哺乳類動物と適合性があることが好ましい。細胞融合は、当該分野で公知の方法に従って行うことができるが、例えば、ポリエチレングリコール法、センダイウイルスを用いた方法、電流を利用する方法などを採用することができる。得られたハイブリドーマは当業界で汎用の条件に従って増殖させることができ、産生される抗体の性質を確認しつつ所望のハイブリドーマを選択することができる。ハイブリドーマのクローニングは、例えば限界希釈法や軟寒天法などの周知の方法により行うことが可能である。
【0023】
所望の性質を有するモノクローナル抗体を産生するハイブリドーマは、産生される抗体とニューキノロン系抗菌剤の結合能をELISA法、RIA法、蛍光抗体法などの方法を用いてアッセイすることにより確認することができる。上記のようにして選別されたハイブリドーマを大量培養することにより、所望の特性を有するモノクローナル抗体を製造することができる。大量培養の方法は特に限定されないが、例えば、ハイブリドーマを適宜の培地中で培養してモノクローナル抗体を培地中に産生させる方法や、哺乳動物の腹腔内にハイブリドーマを注射して増殖させ、腹水中に抗体を産生させる方法などを挙げることができる。モノクローナル抗体の精製はDEAE陰イオン交換クロマトグラフィー、アフィニティークロマトグラフィー、硫安分画法、PEG分画法、エタノール分画法などを適宜組み合わせて行うことができる。
【0024】
本発明の抗体としては、抗原抗体反応活性を有する抗体のフラグメントやキメラ抗体を用いることも可能である。抗体の断片としては機能性の断片であることが好ましく、例えば、F(ab')2、Fab'などが挙げられ、これらはのフラグメントは上記のようにして得られる抗体を蛋白分解酵素(例えば、ペプシン又はパパイン等)で処理することにより製造できる。また、本発明のモノクローナル抗体は、固相担体などの不溶性担体上に固定された固定化抗体として使用したり、標識物質で標識した標識抗体として使用することができる。このような固定化抗体や標識抗体はいずれも本発明の範囲に包含される。
【0025】
例えば、不溶性担体にモノクローナル抗体を物理的に吸着させ、あるいは化学的に結合させることにより固定化抗体を製造することができる。不溶性担体としては、ポリスチレン樹脂などの高分子基材、ガラスなどの無機基材、セルロースやアガロースなどの多糖類基材などからなる不溶性担体を用いることができ、その形状は特に限定されず、板状、ビーズ状など任意の形状を選択できる。
【0026】
本発明の抗体と結合可能な標識抗体を用いることにより、ニューキノロン系抗菌剤に結合した本発明の抗体の量を測定することができ、それにより食品試料中の残留ニューキノロン系抗菌剤を検出することができる。標識抗体を製造するための標識物質としては、例えば酵素、蛍光物質、化学発光物質、ビオチン、アビジン、又は放射性同位体等が挙げられる。標識物質と抗体との結合法としては、当業者に利用可能なグルタルアルデヒド法、マレイミド法、ピリジルジスルフィド法、又は過ヨウ素酸法などの方法を用いることができるが、固定化抗体や標識抗体の種類、及びそれらの製造方法は上記の例に限定されることはない。例えば、ホースラディッシュパーオキシダーゼなどの酵素を標識物質として用いる場合にはその酵素の特異的基質(ホースラディッシュパーオキシダーゼの場合には例えば3,3',5,5'-テトラメチルベンジジン(TMB)など)を用いて酵素活性を測定することができ、ビオチンを標識物質として用いる場合には少なくともアビジンあるいは酵素修飾アビジンを反応させるのが一般的である。
【0027】
本発明の抗体を用いて、例えば食品試料中に残留するニューキノロン系抗菌剤を検出することができる。本明細書において用いられる「検出」という用語は、ニューキノロン系抗菌剤の存在の証明及び/又は定量などを含めて最も広義に解釈する必要があり、いかなる意味においても限定的に解釈してはならない。食品としては、食肉、魚介類、植物などの天然食品又は加工食品が挙げられるが、例えば、畜産動物肉や養殖魚介肉、あるいは牛乳などの加工食品を好ましい例として挙げることができる。例えば、牛肉や豚肉などの畜産動物肉、鰻やハマチなどの養殖魚肉、アワビやサザエなどの養殖貝肉、あるいは鰻の蒲焼や牛乳などの加工食品を好ましい例として挙げることができる。本発明の方法では、これらの食品から採取した食品試料中に残留するニューキノロン系抗菌剤を検出することができるが、食品試料としては、食肉動物からの採取血液、あるいは食肉や加工食品の絞り汁又は抽出物などを用いることができる。血液、絞り汁、牛乳などを試料として用いる場合には緩衝液などで適宜希釈して検出を行なうことができる。食肉や加工食品の切片などからメタノール又はエタノールなどの有機溶媒を用いて抽出した抽出物を適宜の緩衝液で希釈して検出を行なってもよい。本発明の抗体は50%程度のメタノールの存在下でも抗原抗体反応を行うことができるので、一般的には有機溶媒を除去する操作を省略することができるという利点がある。
【0028】
本発明の抗体を用いたニューキノロン系抗菌剤の検出は公知の方法(例えば、日本臨床病理学会編「臨床病理臨時増刊特集第53号 臨床検査のためのイムノアッセイ−技術と応用−」,臨床病理刊行会,1983年,石川榮治ら編「酵素免疫測定法」,第3版,医学書院,1987年,北川常廣ら編「蛋白質核酸酵素別冊No.31 酵素免疫測定法」,共立出版,1987年などに記載の方法)に従って行うことができる。もっとも、本発明の抗体を用いたニューキノロン系抗菌剤の検出方法は上記に例示したものに限定されることはなく、当業者が目的に応じて適宜選択可であることは言うまでもない。本明細書の実施例には具体的測定方法が示されているので、当業者は実施例の方法を参照しつつ、必要に応じて該方法に適宜の修飾ないし改変を加えることにより、食品試料に含まれるニューキノロン系抗菌剤を簡便かつ確実に検出することができる。
【0029】
本発明により提供されるキットは、食品中に残留する1-アルキル-6-フルオロ-4-オキソ-1,4-ジヒドロキノリン-3-カルボン酸骨格を有するニューキノロン系抗菌剤を検出するためのキットであって、少なくとも以下の要素:(a)少なくともノルフロキサシン、エンロフロキサシン、及びシプロフロキサシンを含む1-アルキル-6-フルオロ-4-オキソ-1,4-ジヒドロキノリン-3-カルボン酸骨格を有するニューキノロン系抗菌剤を認識する抗体;及び(b)上記工程(a)の抗体を認識可能な標識2次抗体を含むことを特徴としている。より好ましいキットでは、さらに(c)酵素反応基質を含んでいる。標識2次抗体の種類は特に限定されないが、すでに説明した好ましい態様のように標識抗体がホースラディッシュパーオキシダーゼであることが好ましく、その場合には酵素反応基質として、例えば3,3',5,5'-テトラメチルベンジジン(TMB)を用いることが好ましい。TMBは溶液としてキットに含ませることもできる。溶液として市販されているTMB安定化基質(プロメガ)を用いてもよい。
【実施例】
【0030】
以下、本発明を実施例によりさらに具体的に説明するが、本発明の範囲は下記の実施例に限定されることはない。
例1
(1)材料と方法
(a)ハプテン結合体
ノルフロキサン(5.6mg)を75%DMSO水溶液 3 mL中に溶解し、150μL のN-ヒドロキシスクシンイミド(NHS)を蒸留水に溶解した溶液に加えてカルボン酸をアシルアミノエステルに変換した。ついで、生成物を50% DMSO中に溶解した200μLのN-(κ-マレイミドウンデカン酸)ヒドラジド(KMUH)及び蒸留水に溶解した200μLの塩酸1-エチル-3-[3-(ジメチルアミノ)プロピル]カルボジイミド(EDC)に加えた。混合液を5N HClでpH 4.5に調整した後、室温で2時間攪拌してPBSに溶解した20 mg のKLH(keyhole limpet hemocyanine)を加えた。10N NaOHで混合液をpH 7.0に調整した後、室温で3時間攪拌した。その後、低温室中で一晩蒸留水で透析した。この生成物は免疫原として使用するまで-20 ℃で保存した。
【0031】
(b)動物の免疫
雌性BALB/cマウス(6-8 週齢、日本クレア)に上記(a)で得られた抗原を腹腔内に2週間間隔で4回注射した。初回注射は抗原と同量のフロインド完全アジュバント(FCA)の混合物とし、以降の3回の注射にはフロイント不完全アジュバント(FIA)を用いた。抗体力価を間接的ELISA法によりアッセイした。
(c)モノクローナル抗体の製造
ノルフロキサシンを認識するモノクローナル抗体を常法に従って調製した。高抗体力価のマウス脾細胞にポリエチレングリコール1500(ロッシュ社、ドイツ)を用いてP3U1を融合させた。陽性ハイブリドーマのスクリーニングには間接的及び間接的競合ELISAアッセイを用いた。抗体分泌量が多く、かつノルフロキサシンに反応性を示すクローンを培養し、プロテインGカラムクロマトグラフィーを用いてIgGを精製することにより本発明のモノクローナル抗体を得た。
【0032】
(d)間接ELISA を用いた力価試験
マウス血清を回収し、間接的ELISA を用いて抗ノルフロキサシン抗体をアッセイした。マイクロタイターウェルをそれぞれ100μlのノルフロキサシン (5μg/ml)でコーティングし、室温で一晩インキュベートした。ウェルを0.02% Tween20-リン酸緩衝食塩水(T-PBS) で3回洗浄し、1% スキムミルク-PBSを用いて室温で2時間ブロックした。回収した血清をPBSで系列希釈(1/400-1/25600)してウェルに加え、37℃で1時間インキュベートしてT-PBSで3回洗浄した。100μlのホースラディッシュパーオキシダーゼ共役抗マウスIgGを各ウェルに加え、37℃で1時間インキュベートして洗浄した。反応性をTMB安定化基質(プロメガ)で可視化し、1N H2SO4で停止した。光学濃度は450 nmで測定した。
【0033】
(e)間接競合ELISA
このアッセイはマウスポリクローナル及びモノクローナル抗体に対する特異性を判定するために用いた。マイクロタイタープレートは上記のように調製した。ウェルをブロックした後、50μl の系列希釈ノルフロキサシン (1μg/mlから0.64μg/ml )及び抗体を含む血清又は上清を希釈したものを加え、室温で1時間インキュベートした。ウェルを洗浄した後、100μlのホースラディッシュパーオキシダーゼ共役抗マウスIgGを各ウェルに加え、37℃で1時間インキュベートして洗浄した。反応性を上記のように可視化した。
【0034】
(f)ノルフロキサシンパーオキシダーゼ共役体(NFLX-HRP)の調製
10 mM MES (pH 5)及び20% DMSO を含む反応緩衝液に溶解したノルフロキサシン(NFLX)を等モル量のNHS及び過剰量のEDCと90分間混合した。NaOH でpHを7に調整した後、PBSに溶解したホースラディッシュパーオキシダーゼを溶液に加えた。この溶液を室温で2時間攪拌し、混合液をPBS で一晩透析した。
【0035】
(g)直接競合ELISA
競合ELISAを行うために、ヤギ抗マウスIgGでコーティングされたマイクロタイタープレートを上記のように予め洗浄し、抗ノルフロキサシン抗体(1000倍希釈)、NFLX-HRP(1000倍希釈)、及び種々の濃度のノルフロキサシンをそれぞれ 50μLずつ各ウェルに加えた。混合液を37℃で1.5時間インキュベートし、上記のように3回洗浄した。発色及び吸光度定量は上述のように行った。
【0036】
(2)結果
(a)マウスに免疫した抗体の力価を間接ELISA法により測定したところ、この抗体はノルフロキサシンに反応し、かつ非常に高い力価を有していた。
(b)最も高い感度を示した抗体を用いて直接及び間接 ELISA を行い、それらの結果を比較した。HRP標識ノルフロキサシン (NFLX-HRP)を用いた直接競合ELISA系において交差希釈アッセイを行なった結果、試験に用いたNFLX-HRPのいずれの希釈倍率(50、500、5000倍)においても抗NFLX抗体と濃度依存的に反応した。吸光度450 nmで1を与える希釈倍率の組合せは、NFLX-HRP: 1000倍、抗NFLX抗体: 1000倍であった。上記で得られた結果を基にノルフロキサシンに対する検量線の作製を試みた。その結果、ノルフロキサシンの定量域は10〜1,000 ng/mlであった。次に、ノルフロキサシンを固定化したプレートを用い、間接ELISA法の標準曲線を作成した。図1に示すように間接ELISA法の定量域は0.8〜500 ppbであり、直接法と比較してID50値において100倍高い感度を与えた。この理由は、直接ELISA法で用いられたHRP-ノルフロキサシンが抗体と反応するときにHRPが抗体との反応を阻害するためと思われる。
【0037】
(c)選択されたモノクローナル抗体産生株を用いて、間接ELISAによりノルフロキサシン以外のニューキノロン系抗菌剤及びその他の抗菌剤に対する交差反応性を検討した。ノルフロキサシンに対する反応性を100とした場合の他の抗菌剤に対する交差反応性を表1に示す(50%結合における抗体交差反応性)。本発明の抗体は、1-アルキル-6-フルオロ-4-オキソ-1,4-ジヒドロキノリン-3-カルボン酸骨格を有するニューキノロン系抗菌剤であるノルフロキサシン、エンロフロキサシン、及びシプロフロキサシンに対してほぼ同様の高い反応性を有しており、ダノフロキサシンに対しても高い反応性を有していた。一方、それ以外のニューキノロン系抗菌剤(オフロキサシンなど)やそれ以外の抗菌剤(ピリドンカルボン酸系抗菌剤であるナリジクス酸やサルファ剤であるスルファジメトキシンなど)に対しての反応性は低かった。
【0038】
【表1】

【0039】
(d)畜産肉や加工食品などから採取した食品試料をメタノールなどの有機溶媒で抽出した後、本発明の抗体を用いてメタノールに溶解したサンプルを直接測定できるか否かを検討する目的で、PBSとメタノール中におけるイムノアッセイの反応性の比較を行った。図2に示すように、PBS反応系よりも若干感度は低下するものの、本発明のモノクローナル抗体は高濃度メタノール含有反応系においても十分な反応性を有していた。
【図面の簡単な説明】
【0040】
【図1】本発明の抗体を用いた直接ELISA法及び間接ELISA法の結果を比較した図である。
【図2】本発明の抗体をメタノール含有リン酸緩衝生理食塩水中で反応させた結果を示した図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくともノルフロキサシン、エンロフロキサシン、及びシプロフロキサシンを含む1-アルキル-6-フルオロ-4-オキソ-1,4-ジヒドロキノリン-3-カルボン酸骨格を有するニューキノロン系抗菌剤を認識する抗体。
【請求項2】
1-アルキル-6-フルオロ-4-オキソ-1,4-ジヒドロキノリン-3-カルボン酸骨格を有するニューキノロン系抗菌剤以外のニューキノロン系抗菌剤に対して実質的に反応性を有しないか、又は反応性が低い抗体である請求項1に記載の抗体。
【請求項3】
少なくともノルフロキサシン、エンロフロキサシン、シプロフロキサシン、及びダノフロキサシンを含む1-アルキル-6-フルオロ-4-オキソ-1,4-ジヒドロキノリン-3-カルボン酸骨格を有するニューキノロン系抗菌剤を認識し、かつオフロキサシンを実質的に認識しない請求項2に記載の抗体。
【請求項4】
ニューキノロン系抗菌剤以外の抗菌剤に対して実質的に反応性を有しないか、又は反応性が低い抗体である請求項2又は3に記載の抗体。
【請求項5】
モノクローナル抗体である請求項1ないし4のいずれか1項に記載の抗体。
【請求項6】
請求項1ないし5のいずれか1項に記載の抗体の製造方法であって、ノルフロキサシンとキーホール・リンペット・ヘモシアニンとの結合物を抗原として用いて動物の免疫を行なう工程を含む方法。
【請求項7】
ノルフロキサシンとキーホール・リンペット・ヘモシアニンとがスペーサーを介して結合した結合物を抗原として用いる請求項6に記載の方法。
【請求項8】
スペーサーがウンデカン酸由来の直鎖アルキルスペーサーである請求項7に記載の方法。
【請求項9】
請求項1ないし5のいずれか1項に記載の抗体の製造のための抗原であって、ノルフロキサシンとキーホール・リンペット・ヘモシアニンとの結合物からなる抗原。
【請求項10】
食品中に残留する1-アルキル-6-フルオロ-4-オキソ-1,4-ジヒドロキノリン-3-カルボン酸骨格を有するニューキノロン系抗菌剤を検出する方法であって、食品試料に対して請求項1ないし5のいずれか1項に記載の抗体を用いたエンザイムイムノアッセイを行なう工程を含む方法。
【請求項11】
食品が畜産肉、養殖魚介類、又は牛乳である請求項10に記載の方法。
【請求項12】
食品が養殖鰻又は養殖鰻の蒲焼である請求項11に記載の方法。
【請求項13】
食品中に残留する1-アルキル-6-フルオロ-4-オキソ-1,4-ジヒドロキノリン-3-カルボン酸骨格を有するニューキノロン系抗菌剤を検出するためのキットであって、少なくとも以下の要素:
(a)少なくともノルフロキサシン、エンロフロキサシン、及びシプロフロキサシンを含む1-アルキル-6-フルオロ-4-オキソ-1,4-ジヒドロキノリン-3-カルボン酸骨格を有するニューキノロン系抗菌剤を認識する抗体;及び
(b)上記工程(a)の抗体を認識可能な標識2次抗体
を含むキット。
【請求項14】
上記工程(b)で用いる標識2次抗体がホースラディッシュパーオキシダーゼにより標識された抗体である請求項13に記載のキット。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2007−63180(P2007−63180A)
【公開日】平成19年3月15日(2007.3.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−250693(P2005−250693)
【出願日】平成17年8月31日(2005.8.31)
【出願人】(504446892)株式会社フロンティア研究所 (2)
【Fターム(参考)】