説明

ハエの幼虫又は卵の医療用投与容器とこれに用いるスペーサー

【課題】投与容器内が過度に湿潤又はこれに加えて過度に乾燥しうる場合でも、医療用ハエの幼虫の高い生存率を維持し、良好なMDT効果が期待できるハエの幼虫又は卵の医療用投与容器とこれに用いるスペーサーを提供する。さらに上記各目的に加え、ハエの幼虫又は卵の医療用投与容器とこれに用いるスペーサーを比較的安価に提供する。
【解決手段】枠体のスペーサー2と、当該スペーサー2の内部に確保される活動スペース3に適量の幼虫Mを、メッシュクロス10A、10Bからなるバッグ本体に入れて封止し、投与バッグ1を構成する。スペーサー2はポリアクリル酸ナトリウムを含む材料で構成し、且つ、その厚み方向高さを成熟幼虫のサイズよりも大きくする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、難治性創傷等を治療するためのMDTに用いるハエの幼虫又は卵の医療用投与容器とスペーサーに関し、特に投与容器内部の湿潤状態の調節技術に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、医療用ハエの幼虫(Maggot)を利用して難治性創傷や褥創等を治療する、いわゆるマゴットセラピー(Maggot Debridement Therapy;MDT)が広く知られつつある。
MDTでは、病原菌不含の状態で飼育した医療用ハエの幼虫(例えばヒロズキンバエ Lucilia sericataの幼虫。以下、単に「幼虫」と称する。)を、適度な頭数で患部に配置する。各幼虫は患部の壊死組織を感知し、タンパク質融解酵素を含む分泌液を出して創面の壊死組織のみを選択的に融解し、当該融解物を吸収除去する。幼虫の分泌液には、薬剤耐性菌等の病原菌に対して殺菌作用がある。これにより、例えば外科手術で患部を大幅に切除しなくても、残存する健常な生体組織を十分に活かし、早期に肉芽組織の増進を促す治癒効果が期待できるものである(非特許文献1)。
【0003】
また、MDTによれば外科手術等の従来の治療による経済的な負担を軽減できるので、治療費等が飛躍的に低減できるメリットも奏する(非特許文献2)。
MDTの実施方法としては、直接患部に幼虫を載置または挿入する他、幾つか存在する。このうち、卵生期の医療用ハエを多孔性表面を持つバッグを用いた投与容器(投与バッグ)に収納し、これを患部に当接させて配設する方法がある(特許文献1)。
【0004】
図6(a)は、従来の投与バッグ1xの構成を示す図である。図6(b)は、図6(a)のX-X‘矢視方向から見た投与バッグ1xの断面図である。
図6(a)に示される投与バッグ1xは、合成繊維を編成したメッシュクロス10A、10B(各々のサイズ例として縦40mm×横60mm×厚み200μm)を対向させ、互いの三方の周縁に封着部11を形成してなる袋状のバッグ本体の中に、樹脂材料からなるスペーサーS(サイズ例として一辺が10mmの立方体×横10mm×高さ5mm)と卵生期の医療用ハエ(図では説明上、孵化した幼虫Mを示す)を収納し、内部封止した構成である。メッシュクロス10A、10Bの合成繊維の間隙は適度なサイズに設定され、当該間隙を通して幼虫Mが分泌液を患部に分泌すると、分泌液によって生じた患部の壊死組織の融解物を幼虫Mが吸収できるようになっている。
【0005】
MDTの実施時には、当該投与バッグ1xを患部に接触させつつ、ガーゼ等を巻回して固定する。当該方法によれば、複数の幼虫Mを投与バッグ1xに入れて容易に取り扱いでき、且つ、幼虫Mが外に逃げ出すおそれもない。
【特許文献1】特許第3709518号公報
【非特許文献1】Sherman,Ronald A.(2002).Wound Repair and Regeneration 10(4),208-214
【非特許文献2】Wayman、J.,Walker,A.,Sowinski,A.&Walker、M.A.(2000).British Jounal of Surgery 87(4),490-516
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、従来の投与バッグにおいては以下の問題がある。
通常、患部の湿潤状態は患者の容態毎に変わるほか、特定の患部の状態も様々な要因により変動しうる。このため、投与バッグにおいて、多孔性表面を介して患部と間接的に接している幼虫は、湿潤状態による影響を受けやすく、長期間にわたり安定して生存しにくい場合がある。
【0007】
例えば患部が乾燥状態にあるか、又は図6(b)のように患部の水分が患者の体温または環境湿度の影響によりメッシュクロス10A、10Bの繊維間隙から蒸発し続けると、過度に水分がなくなり、幼虫Mは生存に必要な水分を獲得できない。
また、このような状態では、幼虫Mの分泌液がメッシュクロス10Bの繊維に吸収されて患部まで届かなくなるほか、逆に患部の壊死組織の融解物がメッシュクロス10Bの繊維に吸収されて散逸され、幼虫Mが栄養不足で死ぬおそれも考えられる。この問題を防ぐには、投与バッグ1xを予め生理食塩水等で湿らせて水分補給する対策も考えられるが、その作業を投与バッグ1xの投与期間にわたり繰り返し行う必要も生じ、医師や看護師の作業負担が増大する。
【0008】
一方、患部が過度に湿潤している場合には、図6(b)のように、メッシュクロス10Bの繊維を通じて患部から投与バッグ1x内に水分が充満する。このため投与バッグ1x中では、幼虫Mが動き回れる活動スペースが無くなり、幼虫Mが溺死するおそれもある。また、患部が過度に湿潤していると、幼虫Mの分泌液により生じた融解物が浸入した水分中に散逸してしまい、幼虫Mがうまく吸収できずに衰弱死することも考えられる。
【0009】
なお、患部が過度に湿潤していると、患部の水分が投与バッグ1xの周囲にまで広がり、ガーゼや衣類、寝具に付着する等の衛生面の問題もある。
上記各問題については、さらに患部の湿潤状態の変化の予測が困難な別の問題も存在する。従って、医師や看護師による管理の合間に患部の湿潤状態が変化したとしても、投与バッグ内で幼虫Mを適切に生存させつつ、MDTによる十分な効果を持続させる必要がある。
【0010】
なお、図6の投与バッグ1xには、所定の大きさと形状を持つスペーサーSが収納されているが、それでも投与バッグ1xに外圧が加わった際に幼虫Mを適切に保護する機能としては不十分である。従って、MDTの実施期間にわたり、投与バッグ内の幼虫の生存率を一層確実に高める必要もある。
このようにMDTを実施する場合において、ハエの幼虫又は卵の医療用投与容器とこれに用いるスペーサーに関しては未だ解決すべき幾つかの課題が存在する。
【0011】
本発明は以上の課題に鑑みてなされたものであって、第一の目的として、投与容器内が過度に湿潤しうる場合であっても、投与容器の内部を適切な湿潤状態に保つことにより医療用ハエの幼虫の高い生存率を維持し、良好なMDT効果が期待できるハエの幼虫又は卵の医療用投与容器とこれに用いるスペーサーを提供する。
また第二の目的として、上記目的に加え、さらに投与容器内が過度に乾燥しうる場合でも、投与容器の内部を適切な湿潤状態に保つことにより医療用ハエの幼虫の高い生存率を維持し、良好なMDT効果が期待できるハエの幼虫又は卵の医療用投与容器とこれに用いるスペーサーを提供する。
【0012】
第三の目的として、上記各目的に加え、ハエの幼虫又は卵の医療用投与容器とこれに用いるスペーサーを比較的安価に提供する。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記課題を解決するために、本発明は、袋状のバッグ本体にスペーサーが収納されたハエの幼虫又は卵の医療用投与容器であって、患部に当接するバッグ本体の表面が多孔性であり、スペーサーは、枠体又は波形断面形状を持つ板体、或いは互いに離間して配置された複数のピースを含んで構成され、且つ、その少なくとも一部が吸水性またはこれに加えて排水性を呈する材料で構成され、前記枠体の内部又は波形断面形状を持つ板体の表面、或いは少なくとも前記複数のピースによって囲繞された空間には、ハエの幼虫の活動スペースが存在するものとした。
【0014】
ここで前記枠体は、平板状の外形を有する構成とすることもできる。
また前記スペーサーは、基体に対し、アクリル酸ナトリウム、ビニルアルコール、イソプロピルアクリルアミドの少なくともいずれかが含まれた材料で構成することもできる。
また、前記複数のピースの各々は、バッグ本体に対して固定された構成とすることもできる。
【0015】
さらにバッグ本体は、患部に当接する一方の表面と、他方の表面をともにメッシュクロスで構成することができる。或いはバッグ本体は、患部に当接する一方の表面をメッシュクロスで構成し、他方の表面を不織布で構成することも可能である。これらいずれかの構成を採る場合、前記袋状のバッグ本体の内部空間において、当該バッグ本体の一方の表面と他方の表面との接触が、当該バッグ本体に収納されたスペーサーの介在により回避された構成とすることもできる。
【0016】
また本発明は、ハエの幼虫又は卵の医療用投与容器用スペーサーであって、枠体又は波形断面形状を持つ板体、或いは互いに離間して配置された複数のピースを含んで構成され、且つ、その少なくとも一部が吸水性またはこれに加えて排水性を呈する材料で構成するものとした。
ここで、前記枠体は平板状の外形を有する構成とすることもできる。
【0017】
また、前記枠体の内部空間又は波形断面形状を持つ板体の表面には、医療用ハエの幼虫の活動スペースが存在する構成とすることもできる。
また前記スペーサーは、基体に対し、アクリル酸ナトリウム、ビニルアルコール、イソプロピルアクリルアミドの少なくともいずれかが含まれた材料で構成することが可能である。
【発明の効果】
【0018】
以上の構成を有する本発明のハエの幼虫又は卵の医療用投与容器、及びこれに用いるスペーサーによれば、前記スペーサーが吸水性を呈する材料から構成されているため、投与容器内部の湿潤状態を適度に維持することができ、幼虫の生存率の向上効果が発揮される。
すなわち、患部が過度の湿潤状態にあったり、環境湿度が高い場合において、投与容器内に水分が過剰に浸入しても、スペーサーが過剰な水分を吸収する。これにより、投与容器内の幼虫の活動スペースに水分が充満するのを回避することができ、幼虫の溺死を防止できる。さらに当該スペーサーの吸水性により、患部における過度の湿潤をも低減できるので、治癒効果が促進されるほか、投与容器の周囲のガーゼや衣類、寝具等の環境の汚染を防止する衛生効果も期待できるものである。
【0019】
さらに、患部が過度に乾燥状態にあったり、環境湿度が低い場合において、前記スペーサーの材料に吸水性と排水性を呈する材料(水分が多いと吸水し、水分が少ないと排水する特性を持つ材料)を用いれば、スペーサーが一旦吸収した水分が周囲に放散され、投与容器内の湿度が適度に保たれる。これにより、幼虫に生存上必要な水分が補給されるほか、投与容器自体も適度な湿度に保持される。従って、MDTにおいて幼虫が分泌液を分泌する際には、当該分泌液が多孔性表面のバッグ本体に無駄に吸収されるのが抑制され、患部の壊死組織の融解物も適切に幼虫に届く。これによりMDTの適切な効果が得られる他、幼虫が栄養不足で衰弱死するのを防止することができる。
【0020】
また本発明では、スペーサーに基体材料を含めることも可能である。この場合、一定の機械的強度を備えるスペーサーを実現することができる。このため、当該スペーサーの高さ方向に沿って外圧が加わる場合でも、スペーサーにより幼虫の活動スペースが良好に保持されるので、外圧による幼虫の圧死を効果的に回避できる。
なお、本発明におけるスペーサーにおいて、吸水性と排水性を呈する材料として、公知材料のアクリル酸ナトリウム、ビニルアルコール、イソプロピルアクリルアミドの少なくともいずれかを含む材料で構成すれば、本発明を比較的安価に実現でき、MDTの実施に際して非常に大きな利点となる。
【0021】
以上のように本発明は、投与容器内部を適切に調湿する効果に加え、幼虫の圧死を防止する効果をも相乗的に発揮するため、MDTにおいて幼虫の生存率を高める上で極めて優れた有用性を期待できるものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
以下に、本発明の各実施の形態及び各変形例を説明するが、当然ながら本発明はこれらの形態に限定されるものではなく、本発明の技術的範囲を逸脱しない範囲で適宜変更して実施することができる。
なお、図1、2、4では、投与バッグ1内部の構成の図示明瞭化のため、繊維間隙の目を荒く示しているが、実際には数百μmオーダーの細かい目となっている。
【0023】
<実施の形態1>
図1(a)は、本発明の実施の形態1における医療用ハエの幼虫の投与バッグ1(以下、単に「投与バッグ1」と称する。)の構成を示す図である。図1(b)は、図1(a)における投与バッグ1のX-X‘矢視方向から見た断面図である。
図1(a)に示される投与バッグ1は、メッシュクロス10A、10Bを対向させ、互いの周縁の三方を封着部11でシールしてなる袋状のバッグ本体に、枠体のスペーサー2を入れ、当該スペーサー2の内部に確保される活動スペース3に適量の幼虫Mを入れたのちバッグ本体を内部封止した構成である。
【0024】
メッシュクロス10A、10Bは、ナイロンやポリエステル等の平均繊維径が数十μmの合成繊維を、繊維間隙が約114μmになるように編成した織り網構造の多孔性シートである。メッシュクロス10A、10Bの外寸例としては、縦40mm×横60mm×厚み200μmとすることができる。この他、縦と横のサイズ例としては、縦25mm×横50mm、縦50mm×横70mm、縦60mm×横130mmのいずれかのサイズが例示できる。メッシュクロス10A、10Bは、その表面において、前記繊維間隙により多孔性を呈する。これにより、患部の水分がバッグ1内部の幼虫M側に導通されるとともに、幼虫Mが外部に放出した分泌液が患部組織を融解して発生する融解物が、再び投与バッグ1内の幼虫Mに届くようになっている。
【0025】
なお、メッシュクロス10A、10Bの各材料は上記に限定されないが、MDTを実施する上で次の要件を満たす必要がある。
a.皮膚刺激性が少ない。
b.体長1mmの幼虫Mが通り抜けられず、且つ、優れた液透過性を有する。
c.体長1cmに成熟した幼虫Mに破られない強度を有する。
【0026】
d.凹凸のある患部にも密着できる柔軟性を有する。
e.オートクレーブでの滅菌処理ができること。
f.熱圧着によりシールができること。
メッシュクロス10A、10Bをナイロン又はポリエステルで構成すると、要件a、c〜fをいずれも満たすので好適である。要件bについては、繊維間隙(メッシュ)の目の粗さにより調節する。実験によれば、幼虫Mが1mm程度のサイズの場合、繊維間隙が211μm程度では外部に逃げ出すのが確認されている。一方、繊維間隙114μmではこの問題は生じないことも確認されている。従って、適切な繊維間隙は114μm前後が例示できる。この他、使用する幼虫Mのサイズに合わせて繊維間隙は自由に調節可能であるが、およそ90μm以上114μm以下の範囲とすると、いずれの生育状態にある幼虫Mも外部に逃げ出すおそれが少なく、且つ、幼虫Mが患部の壊死組織の溶解物を繊維間隙から良好に吸収できるので好適と考えられる。
【0027】
スペーサー2は、矩形の平板状の外形を持つ枠体であって、その外形におけるサイズ例は、縦35mm×横45mm×高さ5mmである。また、スペーサー2の内部に確保される活動スペース3のサイズ例は、縦25mm×横35mm×高さ5mmである。活動スペース3のサイズは、例えばスペーサ2の枠体の幅を維持したまま、その外形を大きくすれば広く確保できる。当該活動スペース3が投与バッグ1内における幼虫Mの主な生存空間となる。活動スペース3の高さh(図4参照)は、幼虫Mが良好に行動できることを考慮して、その最大成長サイズ(最大の厚み)よりも高くする等の工夫を行うことが望ましい。
【0028】
なお参考として、一般にヒロズキンバエの幼虫Mの最終的な体長は11〜12mm、最大厚み(直径)は3mm程度であるが、最大体長が13mm、最大厚み(直径)が4mm程度に達する幼虫もある。
また、スペーサー2の厚みは薄くすることもできるが、この場合には、高さh方向に突出する不図示の突出部を天面20の四隅等に別途設け、これにより投与バッグ1自体の厚みを確保して幼虫Mの生存率を上げる工夫を行うのが好適である。また、天面20の一部をメッシュクロス10Aに熱圧着させ、投与バッグ1内部でスペーサー2が振動等により位置ずれしないように固定することも望ましい。
【0029】
ここでスペーサー2は、その主たる特徴として、高分子の基体に、調湿性(吸水性及び排水性の両特性)を有する高分子を分散させた材料で構成されている。
前記高分子の基体には、ポリエステルポリオールが例示できるが、本発明はこれに限定されるものではない。その他、具体的には、ポリエーテルポリオール、ポリエーテルエステルポリオール、ポリエステルアミドポリオール、アクリルポリオール、ポリウレタンポリオール、エポキシポリオール、エポキシ変性ポリオール、ポリヒドロキシアルカン、油変性ポリオール、ヒマシ油、或いは、主鎖がC-C結合よりなるポリオール、ポリオールの水酸基をアルコール又はカルボン酸で一部封鎖したエーテル化物及びエステル化物の1種以上を単独または組み合わせて使用できる。
【0030】
高分子の基体は、スペーサー2に適度の機械的強度を付与するとともに、吸水時における調湿性の高分子の過度な膨張を防止するために用いるものである。
一方、調湿性の高分子としては、ポリアクリル酸ナトリウム(PA)を用いることができる。この他、水溶性ビニル単量体、若しくは加水分解により水溶性となるビニル単量体の重合体を、架橋剤により架橋して形成されたものが例示できる。前記水溶性ビニル単量体としては、少なくとも1個のカルボン酸(塩)基、スルホン酸(塩)基、燐酸(塩)基、水酸基、アミド基、アミノ基、4級アンモニウム塩基等の親水性基を有する重合性単量体が挙げられる。
【0031】
ここで、加水分解により水溶性となるビニル単量体としては、少なくとも1個の加水分解性基(エステル基、ニトリル基、アミド基等)を有するモノマーが挙げられる。
エステル基を有するモノマーとしては、例えば、モノエチレン性不飽和カルボン酸の低級アルキル(C1〜C3)エステル[例えば、メチル(メタ)アクリレート、エチル(メタ)アクリレート、2-エチルヘキシル(メタ)アクリレート等]、モノエチレン性不飽和アルコールのエステル[例えば、酢酸ビニル、酢酸(メタ)アリル等]などが挙げられる。ニトリル基を有するモノマーとしては、例えば、(メタ)アクリロニトリル等が挙げられる。
【0032】
これらのうち、好ましくは水溶性のビニル単量体である。更に好ましくは、カルボン酸(塩)基、スルホン酸(塩)基を有する単量体であり、特に好ましくは前記PAのように、アクリル酸及び/又はアクリル酸塩である。これら重合性単量体は単独で使用してもよく、また、必要により2種以上を併用してもよい。
なお、スペーサー2は、上記有機材料を金型に射出成型して得る方法に限定されない。例えば前記有機材料で紡糸し、得られた合成繊維により編成布または不織布(フェルト構造体)を作製し、これを所定の厚みで積層することもできる。上記合成繊維を利用すれば、調湿性の高分子が外気に触れる表面積が格段に増加し、且つ、繊維同士の間隙において良好な外気の流通の確保が図られるので好適である。これにより、スペーサー2において吸水、排水のいずれの作用も良好且つ高い即効性が期待できる。
【0033】
上記構成を持つ投与バッグ1を用いたMDTの実施ステップは、次の通りに例示できる。
1.予め適温・適圧でオートクレーブ処理したメッシュクロス10A、10Bを用意し、互いの三方の周縁を封着してバッグ本体を作製する。
2.バッグ本体に、滅菌処理したスペーサー2と、適当な頭数の幼虫Mを入れる。幼虫Mは一貫して管理された所定のビオトープ内にて孵化・生育された医療用である。幼虫Mの頭数は、患部面積1cm当たり5〜10匹が目安である。
【0034】
3.その後、バッグ本体を内部封止することにより投与バッグ1を得る。
4.患部が乾燥状態にある場合などは、予め投与バッグ1のメッシュクロス10A、10Bを生理食塩水等で湿らせる。そして、メッシュクロス10Bの表面にタンパク質含有物(患者の壊死組織)が接するように投与バッグ1を配設すべく、メッシュクロス10Bを患部に当接させ、ガーゼ等を患部に巻いて投与バッグ1を固定する。この際、幼虫Mが外気中で呼吸できるように、ガーゼの巻回数、巻回強度等を調節する。
【0035】
このように配設された投与バッグ1の中で、活動スペース3内の各幼虫Mは、メッシュクロス10Bの表面を介して患部の壊死組織にタンパク質融解酵素を含む分泌液を分泌し、これにより生じた壊死組織の融解物を再びメッシュクロス10Bを介して吸収する。このサイクルにより幼虫Mは、投与バッグ1内で一定期間生存する。
投与バッグ1は、通常は48時間〜72時間毎に取り替える。取替後の古い投与バッグ1は医療用廃棄物として正しく廃棄する。この投与サイクルを2〜6回繰り返すと、通常は患部の壊死組織がほぼ除去され、且つ、幼虫Mの出す分泌液により患部の治癒を促進させる効果が奏される。
【0036】
なお、MDTの適応疾患は、糖尿病性潰瘍・壊疽、下腿潰瘍(虚血性疾患、鬱血性疾患、神経疾患等)、褥創(床ずれ)、難治性感染創(MRSA、MDRP感染等)、その他の難治性創傷(術後創、外傷、火傷等)を挙げることができる。
以上の構成と使用方法に基づく実施の形態1の投与バッグ1によれば、スペーサー2が投与バッグ1内の湿潤状態を適度に維持するので、幼虫Mの生存率を高める作用が発揮される。
【0037】
すなわちスペーサー2には、吸水性及び水分の徐放性を呈するポリアクリル酸ナトリウム(PA)が含まれているので、たとえ患部が過度の湿潤状態にあったり、環境湿度の影響で投与バッグ1内に水分が過剰に浸入する場合でも、スペーサー2がこれらの過剰水分を適度に吸収する(図4)。これにより投与バッグ1内の活動スペース3には水分が充満せず、幼虫Mが溺死するおそれが飛躍的に低減されるほか、幼虫Mが動き回り、成長するための活動スペース3も良好に確保される。また、スペーサー2は患部における過度の湿潤をも解消する作用があるので、治癒効果を促進するとともに、投与バッグ1周囲のガーゼ、衣類、寝具等の汚染を防止することもでき、衛生面でも高い効果が発揮される。
【0038】
一方、患部の湿潤状態が乾燥する場合には、ポリアクリル酸ナトリウムに内包されている水分が周囲に除放され、バッグ1内の湿度が適度に保たれる(図4)。この効果により、幼虫Mに対して生存上必要な水分が補給されるほか、メッシュクロス10A、10Bも適度な湿度に保たれる。従って、幼虫Mが分泌液を分泌しても、これがメッシュクロス10A、10Bの繊維に吸収されるのが抑制され、これと同様の効果で患部の壊死組織の融解物も幼虫Mに適切に届くので、幼虫Mの養分が不足することはない。なお、幼虫Mの分泌液は、スペーサー2直下の患部にも十分に届き、且つ、当該患部の壊死組織の融解物も幼虫Mに届くので、スペーサー2を用いることによって、MDTの効果が患部領域でバラツキを生ずる問題は極めて少ない。
【0039】
さらに図1(b)のように、スペーサー2には十分な高さhが設けられており、また材料として高分子基体が含まれているので、適切な強度が備わっている。このためスペーサー2に対し、その高さ方向から外部より圧力が加わっても、スペーサー2は潰れることがなく、適切に形態保持される。従って、スペーサー2に囲繞された活動スペース3も良好に保持されるので、幼虫Mが外部からの圧力で圧死する問題をも回避できる。
【0040】
本発明では、以上の各効果が相乗的に発揮されるので、投与バッグ1内の湿潤状態が安定に保たれ、長期にわたって幼虫Mの生存率が高められる。さらに、前述した投与バッグ1は、いずれも公知の材料で構成できるので、比較的安価に実現できるメリットも有するものである。
なお、投与バッグ1は、水分に関して適度な徐放性を呈するものであるが、MDTの実施前または実施中において、スペーサー4に水分を含ませておくこともできる。このようにすれば、スペーサー4中の水分が効果的に投与バッグ1内や患部に対して徐放されるので、患部が過度に乾燥し、且つその状態が継続しうると見込まれる場合に、MDTの良好な効果を期待できる。また、ポリアクリル酸ナトリウムは一旦吸い込んだ水分を徐放させるので(通常は、室温で一ヶ月程度にわたり水分を放散する性質を持つ)、スペーサー4への水分補給を頻繁に行う必要がなく、その取り扱いも極めて容易である。
【0041】
また、スペーサー2の材料としては、上記調湿性の高分子を用いるほか、吸水性のみを呈する材料(シリカゲル等)を用いることも可能である。但し、吸水により水和物が形成される場合においては、発熱を伴うことがあるが、これにより幼虫Mが悪影響を受けないように留意する必要がある。
以下、その他の実施の形態について、互いの実施の形態との差異を中心に説明する。
【0042】
<実施の形態2>
図2(a)は、実施の形態2の投与バッグ1aの構成を示す図である。図2(b)は、図2(a)のX-X‘矢視方向から見た断面図である。
投与バッグ1aが投与バッグ1と異なる点は、バッグ本体に対し、その内部体積のほぼ全体に及ぶ大型のスペーサー2aが収納され、これによってバッグ本体におけるスペーサー2aの外縁に沿って環状の周辺スペース3Aが形成され、バッグ本体の内部空間でのメッシュクロス10A、10B同士の密着が回避されていることにある。
【0043】
すなわち投与バッグ1aによれば、使用時にはまず実施の形態1と同様の効果が奏される。さらに、大型のスペーサー2aの採用により、図2(b)に示すように、メッシュクロス10A、10Bがスペーサー2aの外縁端部から封着部11に至る領域にかけて展張され、バッグ本体の内部に略三角形断面形状の周辺スペース3Aが形成され、メッシュクロス10A,10B同士の密着防止が図られる。この工夫により、投与バッグ1aでは、たとえ患部が過度の湿潤状態にある場合でも、スペーサー2aの介在により、当該スペーサー2a周囲のメッシュクロス10A、10B同士が張り付いてバッグ本体の内部空間が失われるのが防止されるので、図7(a)に示すように当該内部空間に幼虫Mが入り込み、メッシュクロス10A、10Bの間で窒息死するのが回避される。よって本実施の形態2によれば、幼虫Mの生存率をさらに高めることができ、優れたMDTの効果が期待できるものである。
【0044】
<実施の形態3及び4>
図3(a)は、実施の形態3の投与バッグ1bの構成を示す断面図である。投与バッグ1bの特徴は、スペーサー20の代わりに、ジグザグ状の波形断面形状を持つ板体からなるスペーサー2bを用いた構成にある。
また図3(b)は、実施の形態4の投与バッグ1cの構成を示す断面図である。投与バッグ1cの特徴は、矩形に蛇行した波形断面形状を持つ板体からなるスペーサー2cを用いた構成にある。
【0045】
以上の構成を持ついずれの投与バッグ1c、1dにおいても、MDTの実施時には実施の形態1と同様の効果が奏される。これに加え、スペーサー2b、2cの採用により、それぞれの各主面において、複数の溝状の活動スペース3が豊富に確保される。幼虫Mは、投与バッグ1b、1cの内部において、スペーサー2b、2cの両面に存在する活動スペース3を溝の長手方向に沿って移動したり、隣接する溝に移動したりしながら、良好に活動することができる。
【0046】
なお、投与バッグ1b、1cにおいても1aと同様に、スペーサー2b、2cのサイズをバッグ本体の内部空間に対して大型に設定し、周辺スペース3Aを確保するような工夫を行っても良い。
<実施の形態5>
本発明の実施の形態5について、実施の形態1との差異を中心に説明する。
【0047】
図4(a)は、実施の形態5の投与バッグ1dの構成を示す図である。図4(b)は、図4(a)のX-X‘矢視方向から見た断面図である。
投与バッグ1dの特徴は、スペーサーが合計8個の球体スペーサー2dをメッシュクロス10A、10Bからなるバッグ本体に投入し、封着部11の周囲に沿って複数個(ここでは合計8個)、所定間隔毎に離間して配設した点にある。各球体スペーサー2dは直径5mmのビーズ状であり、いずれもスペーサー2と同様の材料で構成されており、各外表面の一部がメッシュクロス10A、10Bの熱圧着部32において固定されている。この熱圧着を用いた固定により、幼虫Mが球体スペーサー2d同士に挟まれて圧死するのが防止される。本発明のスペーサーは、1個の部材に限定するものではなく、このような複数のピース(ここでは球体スペーサー2d)の組み合わせにより構成してもよい。
【0048】
投与バッグ1dでは、各球体スペーサー2dに囲繞された内部空間の3と、球体スペーサー2dの周囲21が、幼虫Mの活動スペースとなっている。
このような構成を持つ投与バッグ2aにおいても、球体スペーサー2dが吸水性と水分の徐放性を発揮するので、患部が過度に湿潤状態または乾燥状態にある場合や、環境湿度が変動する場合であっても、実施の形態1と同様にバッグ内部が適切に調湿され、良好なMDTの効果が奏される。
【0049】
また、投与バッグ1dの厚み方向に沿って、外部から圧力が加わった場合には、図4(b)に示すように、合計8個の球体スペーサー2dがその直径方向に応力を受け、若干撓むことにより、圧力が投与バッグ1dの全体に及ぶのが緩和される。これにより、活動スペース3、21における幼虫Mは圧死することなく、良好に生存できる。
さらに、球体スペーサ2dを用いれば、投与バッグのサイズに応じてスペーサのサイズを細かに設定する必要がない。すなわち、投与バッグのサイズが大きければ、比較的多数の球体スペーサを用い、サイズが小さい場合には球体スペーサーの個数を減らすだけで、適切にバッグ本体内部に生存スペース3、21を確保できるメリットがある。
【0050】
<スペーサーの変形例について>
図5(a)〜(e)は、本発明におけるスペーサーの各種変形例を示す図である。
図5(a)に示されるスペーサー2eの特徴は、前記スペーサー2と同様の矩形状の枠体22において、その内部に格子状にリブ23、24を配設した点にある。これにより、スペーサー2eでは四つに区画された活動スペース3a〜3dが確保される。当該スペーサー2eは、スペーサー2の代わりに用いられ、実施の形態1と同様の構成を持つ投与バッグ1に収納される。
【0051】
以上の構成を持つスペーサー2eを本発明の投与バッグに用いれば、実施の形態1と同様の効果が奏されるほか、リブ23、24の存在により、特にスペーサー2eの主面を捩る方向への強度を更に高めることができる。このため、各活動スペース3a〜3d毎に投入される幼虫Mの生存率が一層高められる。
さらにスペーサー2eでは、各活動スペース3a〜3d毎に幼虫Mを分散させて配置できるので、患部に対して幼虫Mが偏在するのを防止し、適切なMDTを実施することが可能である。
【0052】
また、スペーサー2に比べ、スペーサーの質量が増大するので、その分、吸水性高分子を豊富に含有させることができ、投与バッグ1内において、より高容量の調湿効果が期待できるようになっている。
なお、図5(a)では2本のリブ23、24を設ける構成としているが、スペーサーに設けるリブの数はこれに限定せず、2本以上の個数であってもよい。
【0053】
スペーサーの外形は矩形状に限定するものではなく、図5(b)に示すように、楕円形または円形状の枠体25にリブ26、27を配設したスペーサー2fとすることもできる。この場合もスペーサー2eと同様の効果が奏される。
スペーサーの外形は、2eまたは2fの形態に定されず、その他、多角形状としても良い。さらに、スペーサーの個数も1個に限定せず、2個以上を投与バッグ内に配設してもよい。但し、何れの場合も、幼虫Mの生存のために必要な活動スペースを確保すべき点に留意する。
【0054】
さらに、図5(c)のように、矩形状の枠体の四隅に三角形状の補強部28を配設したスペーサー2gを用いることもできる。この構成によれば、実施の形態1の効果のほか、比較的広い活動スペース3iで幼虫Mの活発な活動を確保し、且つ、補強部28によりスペーサー2gの変形を一層確実に防止して、幼虫Mを確実に保護できる。なお補強部28の形状は、三角形状に限定せず、例えばその他の多角形状であってもよい。
【0055】
ここでスペーサーの構成は一体的部材として形成する必要はなく、図5(d)に示すように、例えば銀杏型主面を持つ板状体からなる4ピースのスペーサー部材29A〜29Dを互いに対称的に配設し、スペーサー2hを構成してもよい。各スペーサー部材29A〜29Dは、位置ずれしないように熱圧着によりメッシュクロス10A、10Bに対して固定する。この構成を持つスペーサー2hにおいても、4ピースのスペーサー部材29A〜29Dに囲繞されて活動スペース3jが確保され、実施の形態1または2と同様の効果が奏される。
【0056】
なお、スペーサー部材のピース数は2以上であればよい。2個の場合、コの字形主面を持つ板状体のスペーサー部材を互いに対向配置させた構成が例示できる。
次に示す図5(e)のスペーサー2iは、矩形状の板状体30に対し、その下方主面の中央に円柱状の支持体31を配設してなる。これにより、板状体30の真下付近における支持体31の周囲が幼虫Mの活動スペース3kとなる。支持体31の他方の主面は、投与バッグ1のメッシュクロス10Bの表面に当接するように配設される。
【0057】
このような構成のスペーサー2iによれば、上記実施の形態1または2と同様の効果が奏されるほか、メッシュクロス10Aの表面に沿って板状体30が広く配置しているので、幼虫Mの活動スペース3kが当該板状体30によって外部から効果的に保護される。また、板状体30の存在により幼虫Mがメッシュクロス10A側から容易に見えなくする効果も奏されるので、MDTの実施に精神的抵抗を覚える患者への適用にメリットがあると言える。この視覚的効果は、後述する多孔性シートまたはメッシュクロスの着色処理と組み合わせることによって、さらに高めることが可能である。
【0058】
なお、支持体31は一本に限らず、例えば板状体30の四隅に一本ずつ、合計四本設けるようにしてもよい。この場合、各支柱は円柱の他、角柱でもよく、さらに実施の形態5の球体スペーサー2dを用いることができる。
<性能確認実験>
(スペーサー素材の吸水力の検討)
本発明の投与バッグに使用するスペーサー素材の性能について、各種材料の比較検討を行った。
【0059】
実験方法として、まず以下の構成の素材からなる各スペーサーを比較例1、2及び実施例1として用意した。スペーサーの形状は比較を容易にする目的で、いずれも矩形表面を持つ形状とした。
比較例1;スポンジ状のPVA材料からなるスペーサー。サイズは縦10mm×横10mm×高さ10mmとし、スペーサーSと同様の構成とした。
【0060】
比較例2;PAを綿状パルプの外装体で包んでなるスペーサー。サイズは縦10mm×横10mm×厚み3mmとした。
実施例1;高分子材料を基体とし、これにPAを混合してなる繊維の不織布で構成したスペーサー。サイズは縦10mm×横10mm×厚み1mmとした。
上記各スペーサーについて、それぞれ個別に水に浸した際の吸水前後の重量と、目視での形状変化を確認した。
【0061】
このとき得られた実験結果を以下の表1に示す。
【0062】
【表1】

当該実験結果では、比較例2で吸水量が最も高いことが分かったが、吸水後にスペーサーの周囲からPAの水和物である含水ゲルが大量に漏出するのが確認された。これは、吸水したPAが急激に体積膨張し、綿状パルプの外装体を押しのけて外部に漏れ出た結果であると考えられる。従って、このような比較例2のスペーサーをそのまま用いれば、投与バッグ内で発生した含水ゲルが幼虫Mを圧死又は窒息死させるおそれが高いため、実用的ではないと思われる。
【0063】
一方、スポンジ状のPVAからなる比較例1は、実施例1とほぼ同様の吸水性を有していることが確認できた。また実施例1では、比較例2と同じ吸水性を呈する成分であるPAを含んでおり、これにより比較例1と遜色のない吸水性を発揮しているが、比較例2のような過度の吸水性はなく、含水ゲルの漏出も生じないことが確認できた。これは、実施例1のスペーサーを構成する不織布の繊維がPAそのものではなく、PAが基体の高分子材料中に分散されて構成おり、単位体積当たりのPAの使用量が少ないことと、吸水したPAの体積膨張が基体の高分子構造によって物理的に抑制され、一定以上の含水作用が回避されたためと考えられる。なお、今回の実験では確認していないが、実施例1のスペーサーではこのような基体の高分子による抑制効果により、一旦吸水したPAから、水分が徐々に放散される効果も十分に有していると考えられる。
【0064】
以上の結果より、PAと基体との混合材料を用いた実施例1のスペーサーが最も高い有用性を備えていることが確認できた。また、比較例1の結果から、スポンジ状のPVA材料を用いたスペーサーでも一定の実用的な吸水効果が望めることが分かった。従って実施例1の構成において、PAの代わりにPVAを用いても、良好な効果が期待できると考えられる。
【0065】
(本発明のスペーサーの有効性の検討)
次に、投与バッグに用いる上記各種のスペーサーを実際に使用し、その有効性について検討した。
具体的な検討方法は以下の通りとした。
a.幼虫Mの準備すべく、孵化後の幼虫Mを豚レバー上で2日間、体長3〜4mmになるまで成長させた。
【0066】
b.ナイロン製のメッシュクロス(繊維間隙;縦189μm×横175μm)を2枚重ね、その三方の周縁を熱シーラーで溶着することにより、縦30mm×横40mmの封筒型バッグ本体を4つ作製した。これらを用い、以下の4種の各バッグに用いるバッグ本体をそれぞれ2個ずつ用意した。
バッグA;スペーサー未使用
バッグB;比較例1の1枚シートからなるスペーサーを使用
バッグC;実施例1のシートを10枚積層してなるスペーサーを使用
バッグD;比較例2の1枚シートからなるスペーサーを使用
c.次に、通常の比較的乾燥状態にある患部と、浸出液の多い湿潤状態にある患部とを想定し、以下の2種の実験床(N床、W床)を準備した。
【0067】
N(Normal)床;通常の患部を想定して、解凍した新鮮な豚レバー10gをアルミホイルケースに設置した。
W(Wet)床;湿潤した患部を想定して、解凍した新鮮な豚レバー10gをアルミホイルケースに設置し、さらに生理食塩水2.5mlを注いだ。
d.bで用意した各バッグ本体に対し、幼虫Mをそれぞれ30匹ずつ入れ、熱シーラーで封止することにより、各バッグA〜Dをそれぞれ2個ずつ得た。バッグA〜Dを、それぞれcで用意したN床及びW床のレバー上に載置し、26±1℃の条件下で3日生育した。その後の幼虫Mの生存数と体長により、スペーサーの効果を確認した。
【0068】
このときの実験結果を以下の表2に示す。表2中、A〜Dは各バッグの種類を示し、これに続くN又はWはそれぞれN床、W床に配置したものであることを示す。
【0069】
【表2】


まず、スペーサーを用いない投与バッグでは、A-N、A-Wの結果が示すように、いずれも幼虫Mが全て死滅した。投与バッグを目視で確認したところ、バッグ本体の上下のメッシュクロスが浸出液で密着し、その間に幼虫Mが挟まれて溺死していた。
【0070】
B-N、B-Wでも幼虫Mの生存率は高くなく、B-Wでは全て幼虫Mが死滅した結果となった。また、B-Nでは10匹しか生存していなかった。B-Nの投与バッグでは、スペーサー近辺では上下のメッシュクロスは被着しておらず、この周辺にいた幼虫Mは生存しているが、図7(a)に示すように、スペーサーから比較的遠いメッシュクロス周縁では浸出液が充満しており、当該領域で幼虫Mが溺死していた。このような幼虫Mの溺死は、例えばスペーサーの大きさがバッグ本体に比べて小さい場合に顕著になることが予想される。
【0071】
なお、本願発明者の別の実験によれば、バッグBのような構成であっても、図7(b)に示すように、バッグ本体に入れるスペーサーを立方体とし、そのサイズをバッグ本体の内部空間に対して大きく(例えばバッグ本体の内部空間の半分以上に達する程度まで大きく)することにより、上下のメッシュクロス同士が浸出液で密着するのが防止でき、幼虫Mの生存スペースを良好に確保できることが確認されている。
【0072】
D-N、D-Wの実験結果では、吸水性は最も高かったが、吸水とともに急激にスペーサーが体積膨張し、PAのゲル状水和物がバッグ内部に拡散・充満した。このため、バッグ内部に活動スペースがなくなり、いずれのバッグでも幼虫Mは死滅した。バッグDに使用したスペーサーは、当該実験に用いた各スペーサー中で最も厚みが薄いものであったが、この中で最も急激に体積膨張した。この結果から、バッグDにおけるスペーサーは実用に不向きであることが分かった。
【0073】
一方、実施例1のスペーサーを用いた投与バッグCでは、C-Wでは全て幼虫Mが死滅したものの、C-Nでは28匹もの幼虫Mの生存が確認できた。当該実験では、スペーサーの周辺部にスペースが形成されたのが功を奏したのではないかと考えられる。
なお、今回はスペーサーの素材に基づく比較を行うため、C-N、C-Wにおいて立方体形状のスペーサーを用いた。ここでC-Nでは上記の通り幼虫Mの良好な生存が確認されたので、当該スペーサーの素材を用い、実施の形態1〜5に示した形状のスペーサを作製すれば、患部が湿潤状態に有る場合でも、活動スペースにおいて幼虫Mを良好に生存させることができると考えられる。
【0074】
以上の各実験結果から、本願発明の優位性が確認できた。
<吸水性高分子の変形例について>
上記各実施の形態及び各変形例では、調湿性の高分子としてポリアクリル酸ナトリウム(PA)等を利用する構成を示したが、本発明はこれに限定されず、各種吸水性高分子を構造的に組み合わせて用いることができる。例えばポリアクリル酸ナトリウムからなる3次元構造骨格の中に、別途、水溶性高分子を導入した構成を用いることも可能である。水溶性高分子としては、ポリビニルアルコール(PVA)のほか、ポリイソプロピルアクリルアミド(PNIPAM)を用いることができる。
【0075】
このような吸水性高分子を利用した構造体によれば、ポリアクリル酸ナトリウム単体を用いる場合に比べ、吸収された水分が比較的早期に周囲に放散される調湿材としての効果を高めることができる。すなわち、ポリアクリル酸ナトリウム骨格中に水分が取り込まれると、水溶性高分子が膨潤して当該骨格中に小さな水塊が生じる。この水塊は骨格の各辺よりも十分に小さいので、その後は容易に蒸発する。
【0076】
従ってこの調湿材を用いたスペーサーを持つ投与バッグでは、迅速に過剰な水分を積極的に吸収する一方、吸収除去した水分を早期に水蒸気として周囲に放散させる効果も奏される。よって、投与バッグ内の水分が過剰に吸い取られ、湿潤状態が一気に乾燥状態になる問題もなく、幼虫Mの長期生存に適した環境が形成されやすくなるというメリットがある。
【0077】
<その他の事項>
本発明における幼虫Mには、ヒロズキンバエに限定するものではなく、広く双翅目類のイエバエ科、ニクバエ科、クロバエ科等の各種ハエの幼虫を用いることができる。
また各実施の形態及び各変形例では、調湿性の高分子を含むスペーサーを示したが、乾燥環境下で投与バッグを長期間にわたり使用すると、スペーサーのみで十分な水分の徐放性をなすのが難しい場合がある。この場合は投与バッグの内部に、スペーサーとともにポリエチレングリコール(PEG)等の親水性、保冷性を有する公知の保湿剤を備えるとよい。
【0078】
また、本発明におけるバッグ本体は、メッシュクロス10A、10Bを用いた構成に限らず、少なくとも患部に当接する表面をメッシュクロス10Aとし、他方の表面を不織布として構成することも可能である。さらに、多孔性表面を持つバッグ本体の構成には、メッシュクロス以外の多孔性シートを用いても良い。例えばナイロン、ポリプロピレン等からなるフィルムをベースとし、これに多数の孔を設けてなるシートが例示できる。
【0079】
ここで上記不織布を用いたり、多孔性シートまたはメッシュクロスの一部以上を濃い色で着色処理することにより、投与バッグ1内部の幼虫Mが外部から容易に見えなくなるようにすることができ、視覚的な遮蔽効果が望める。このような工夫は、MDTに精神的な抵抗を覚える患者等に対して有効である。
さらに本発明の投与容器は、多孔性シートやメッシュクロスを貼り合わせてなる投与バッグに限定するものではなく、例えば多孔性表面を持つ樹脂製の板を、枠体を挟んで貼り合わせる構成としてもよい。
【0080】
なお上記実施の形態では、幼虫Mを投与バッグに入れる構成を例示したが、本発明はこれに限定されるものではなく、卵生期のハエ(ハエの卵)を投与バッグに入れることもできる。この場合、使用前に予め卵を孵化させ、適度な成長期にまで幼虫Mを生育したのち、投与バッグを利用する。
【産業上の利用可能性】
【0081】
本発明は、難治性創傷治療の一環であるMDTにおいて、医療用ハエの幼虫を適切に患部に投与する手段として利用できる。
【図面の簡単な説明】
【0082】
【図1】実施の形態1における投与バッグの構成を示す図である。
【図2】実施の形態2における投与バッグの構成を示す図である。
【図3】実施の形態3及び4における各投与バッグの構成を示す図である。
【図4】実施の形態5における投与バッグの構成を示す図である。
【図5】スペーサーの各種変形例を示す図である。
【図6】従来の投与バッグの構成を示す図である。
【図7】投与バッグにおけるスペーサーの効果を説明するための図である。
【符号の説明】
【0083】
M 幼虫
1、1a〜1d、1x 医療用ハエの幼虫の投与バッグ
2、2a〜2i スペーサー
3、3a〜3k、21 活動スペース
3A 周辺スペース
10A、10B メッシュクロス
11 封着部
20 天面
22、25 枠体
23、24、26、27 リブ
28 補強部
29A〜29D スペーサー部材
30 板状体
31 支持体
32 熱圧着部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
袋状のバッグ本体にスペーサーが収納されたハエの幼虫又は卵の医療用投与容器であって、
患部に当接するバッグ本体の表面が多孔性であり、
前記スペーサーは、枠体又は波形断面形状を持つ板体、或いは互いに離間して配置された複数のピースを含んで構成され、且つ、その少なくとも一部が吸水性またはこれに加えて排水性を呈する材料で構成され、
前記枠体の内部又は波形断面形状を持つ板体の表面、或いは少なくとも前記複数のピースによって囲繞された空間には、ハエの幼虫の活動スペースが存在する
ことを特徴とするハエの幼虫又は卵の医療用投与容器。
【請求項2】
前記枠体は平板状の外形を有する
ことを特徴とする請求項1に記載のハエの幼虫又は卵の医療用投与容器。
【請求項3】
前記スペーサーは、基体に対し、アクリル酸ナトリウム、ビニルアルコール、イソプロピルアクリルアミドの少なくともいずれかが含まれた材料で構成されている
ことを特徴とする請求項1または2に記載のハエの幼虫又は卵の医療用投与容器。
【請求項4】
前記複数のピースの各々は、バッグ本体に対して固定されている
ことを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載のハエの幼虫又は卵の医療用投与容器。
【請求項5】
前記バッグ本体は、患部に当接する一方の表面と、他方の表面がともにメッシュクロスで構成されている
ことを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載のハエの幼虫又は卵の医療用投与容器。
【請求項6】
前記バッグ本体は、患部に当接する一方の表面がメッシュクロスで構成され、他方の表面が不織布で構成されている
ことを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載のハエの幼虫又は卵の医療用投与容器。
【請求項7】
前記袋状のバッグ本体の内部空間において、当該バッグ本体の一方の表面と他方の表面との接触が、当該バッグ本体に収納されたスペーサーの介在により回避された構成である
ことを特徴とする請求項5又は6に記載のハエの幼虫又は卵の医療用投与容器。
【請求項8】
ハエの幼虫又は卵の医療用投与容器用スペーサーであって、
枠体又は波形断面形状を持つ板体、或いは互いに離間して配置された複数のピースを含んで構成され、且つ、その少なくとも一部が吸水性またはこれに加えて排水性を呈する材料で構成されている
ことを特徴とするハエの幼虫又は卵の医療用投与容器用スペーサー。
【請求項9】
前記枠体は平板状の外形を有する
ことを特徴とする請求項8に記載のハエの幼虫又は卵の医療用投与容器用スペーサー。
【請求項10】
前記枠体の内部又は波形断面形状を持つ板体の表面には、医療用ハエの幼虫の活動スペースが存在する
ことを特徴とする請求項8または9に記載のハエの幼虫又は卵の医療用投与容器用スペーサー。
【請求項11】
前記スペーサーは、基体に対し、アクリル酸ナトリウム、ビニルアルコール、イソプロピルアクリルアミドの少なくともいずれかが含まれた材料で構成されている
ことを特徴とする請求項8〜10のいずれかに記載のハエの幼虫又は卵の医療用投与容器用スペーサー。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2009−131451(P2009−131451A)
【公開日】平成21年6月18日(2009.6.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−310188(P2007−310188)
【出願日】平成19年11月30日(2007.11.30)
【出願人】(507395670)株式会社バイオセラピーメディカル (1)
【Fターム(参考)】