説明

バイオマス燃料の製造方法及び過熱水蒸気処理物の製造方法

【課題】 二酸化炭素の削減による地球温暖化の抑制、バイオマスとしての利用、海洋生物の増加等に寄与しうる藻類を効果的に増殖させるとともに、発生した藻類からバイオマス燃料を製造する方法を提供する。
【解決手段】 海又は湖沼の有光層に浮遊体を設け、光合成能を有する藻類を発生させる工程と、藻類を発酵させる工程とを有するバイオマス燃料の製造方法であって、浮遊体が生分解性を有する方法、及び光合成能を有する藻類を発生させる工程と、藻類に過熱水蒸気を接触させる工程とを有する過熱水蒸気処理物の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、藻類を発酵させてバイオマス燃料を製造する方法、及び藻類を原料として低分子糖類等の過熱水蒸気処理物を製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
海洋における有機物の一次生産者は、植物プランクトンである。植物プランクトン等の藻類は太陽光が届く海域に生息して光合成を行い、動物プランクトンに捕食され、動物プランクトンはさらに大きい動物プランクトンや魚の餌となる。すなわち、植物プランクトン等の藻類は食物連鎖の基底となる存在である。
【0003】
藻類は、炭酸ガスと水を原料に光のエネルギーを利用して炭水化物と酸素を生産する。またアンモニアや硝酸塩等の無機窒素栄養塩及び/又はリン酸塩を取り込み、アミノ酸等の有機物を合成する。海洋における藻類の一次生産に大きな影響を与える環境因子として光、温度、栄養塩濃度が挙げられる。外洋の表層付近には、一般に光は十分あるものの栄養塩濃度が低いため、藻類の働きは活発でないことが多い。特に熱帯・亜熱帯海域では、この傾向が顕著である。これは、熱帯・亜熱帯の海域では表層付近の水は温められて軽くなっているために海水の循環が生じ難く、豊富な栄養塩を含む深層水が上昇せず、表面付近では栄養塩が使い尽くされているためである。
【0004】
海洋全体の生産性を高めるためには、このようないわば沙漠化した海域において藻類を増殖させることが重要であるといえる。藻類は光合成の際に二酸化炭素を消費するので、藻類を増殖させることによって地球温暖化を抑制する効果も期待できる。さらに、増殖させた藻類をバイオマスとして利用できる可能性もある。我が国のように、資源やエネルギーには恵まれないが、海洋には恵まれている国にとっては、海洋生産力を上昇させることは、非常に重要であると言える。
【0005】
他方、浅瀬の藻場や浮藻には、光や栄養塩が適度に供給されることが多く、藻類が多く発生することが知られている。藻類の発生し易い場所にはそれを捕食する生物も繁殖し易く、豊かな生態系が形成される。しかし、近年、磯焼け等の影響によって藻場が失われ、生物が繁殖し難い環境になることが問題となっている。そのため、人工的に藻場を設置する等して藻類を増殖させる方法が研究されている。
【0006】
特開2001-45909号(特許文献1)は、海底もしくは養魚場などの池底に沈設される基盤に、無機微粒子を導入した天然繊維の紐状体を設けた疑似藻場の造成基体が記載されている。天然繊維の紐状体は、海中でアマモのように漂って幼稚魚の住処となる旨、特許文献1には記載されている。しかし、この造成基体は海底に沈設されるものであるので、設置場所は底でも光が届くような深さの水域に限定される上、設置に手間がかかるという問題がある。また造成基体が海のゴミになってしまわないように、使用後に回収する手間もかかる。さらに無機物が藻類の繁殖に寄与するには、ある程度溶出した状態になる必要があるのにも関わらず、水中で天然繊維が生分解するには、相当の時間を要するので、天然繊維に導入された無機微粒子は植物プランクトンの繁殖に有効に働かないという問題がある。
【0007】
特開2002-272309号(特許文献2)には、生分解性高分子又は生分解性高分子組成物からなる生分解性基材の表面で珪藻類を増殖させる方法が記載されている。水表面近くの保持手段に生分解性基材を支持させ、生分解性基材の分解に伴って新たな基面が露出させると、付着性の珪藻類を急速に増殖すると特許文献2には記載されている。しかし、この方法の場合も、生簀のような生分解性基材を保持する手段を要するため、設置しうる場所は限定的である。
【0008】
上述のように、藻類はバイオマスとして利用できる可能性を有しているが、バイオマス用に藻類を増殖する方法は未だ確立されておらず、藻類のバイオマス燃料化は未だ実用化されていない。これは、既に実用に至っている陸上作物由来のバイオマス燃料(例えば、さとうきびをアルコール発酵させたバイオマスエタノール)と対照的である。このように海洋生物のバイオマス燃料化が遅れをとっているのは、原料の生産(養殖)に加えて、採取、輸送、保存、加工等の点でも難しいためであると考えられる。すなわち、海洋で安定的に栽培できたとしても、採取物は水分が多く含んでいるために腐敗しやすく、保存に適していない。採取した藻類を腐敗が進まないうちに燃料化処理してしまうことも考えられなくは無いが、非常にコスト高で現実的でない。
【0009】
【特許文献1】特開2001-45909号公報
【特許文献2】特開2002-272309号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
従って本発明の目的は、浅瀬のみならず、外洋においても藻類を増殖させ、その藻類を用いてバイオマス燃料を製造する方法を提供することである。
また本発明のもう一つの目的は、藻類を発酵作業に適するように加工する方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記目的に鑑み鋭意研究の結果、本発明者らは、(a) 生分解性の浮遊体を太陽光が届く海域に設けることにより、さまざまな海域等で藻類を増殖させることができ、これを発酵させることによってバイオマス燃料を得られること、及び(b) 藻類に過熱水蒸気を接触させることにより得られる処理物がバイオマス燃料の発酵原料として適していることを発見し、本発明に想到した。
【0012】
すなわち、本発明のバイオマス燃料の製造方法は、海又は湖沼の有光層に浮遊体を設け、光合成能を有する藻類を発生させる工程と、前記藻類を発酵させる工程とを有し、前記浮遊体が生分解性を有することを特徴とする。
【0013】
前記藻類が海洋性であるのが好ましい。前記浮遊体は透明又は半透明であるのが好ましく、その形状は塊、粒子、膜及び紐からなる群より選択された少なくとも一種であるのが好ましい。
【0014】
前記藻類を分解し、得られた低分子糖類を発酵させるのが好ましい。前記藻類を過熱水蒸気によって分解しても良いし、過熱水蒸気及び酵素によって分解しても良い。前記低分子糖類は好塩菌によって発酵させるのが好ましい。低分子糖類に澱粉、砂糖、グルコース及び糖蜜からなる群より選ばれた少なくとも一種を添加したものを発酵させても良い。
【0015】
本発明の過熱水蒸気処理物の製造方法は、光合成能を有する藻類を発生させる工程と、前記藻類に過熱水蒸気を接触させる工程とを有することを特徴とする。
【0016】
前記過熱水蒸気を藻類に接触させることにより、前記藻類を分解するのが好ましい。また前記藻類を酵素によって分解する工程をさらに有するのが好ましい。前記藻類は海洋性であるのが好ましい。
【0017】
本発明の過熱水蒸気処理物は、低分子糖類であっても良いし、炭化されていても良い。
【発明の効果】
【0018】
生分解性の浮遊体を有光層に浮かべると、浮遊体の表面には海洋における食物連鎖の基底となる藻類が付着する。したがって、海又は湖沼の浅瀬のみならず、外洋においても藻類を増殖させることができる。増殖した藻類は上位の海洋生物の餌となって海洋生物の増殖を促すので、海洋資源を回復及び/又は創世することができる。また藻類は光合成の際に二酸化炭素を消費するので、地球温暖化の抑制効果も期待できる。
【0019】
浮遊体を海又は湖沼に浮かべるだけで、砂漠化した環境においても藻類を繁殖させ、それを捕食する生物の増殖等の効果を得る方法は、いわば環境が本来持っている回復能力を引き出すものであり、小さなインパクトを与えるだけで大きな効果を得られる効果的な方法である。このような方法は簡便である上、様々な水域で利用可能である点においても有意義である。
【0020】
藻類を発酵させることによってバイオマス燃料を得ることができる。発酵工程に先立って藻類に過熱水蒸気を接触させ、藻類の分解物を発酵原料とするのは、発酵効率の観点で特に好ましい態様である。藻類を原料としたバイオマス燃料は、海洋に注がれる太陽光というこれまで利用されていなかったエネルギーを燃料化したものであり、化石燃料に代わる新たなエネルギーとして非常に有望である。
【0021】
本発明の過熱水蒸気処理物の製造方法によって得られる過熱水蒸気処理物は、乾燥状態であるので輸送や保存に適している。また過熱水蒸気処理物をバイオマス燃料の原料とした場合、低分子量であるために発酵速度が大きいというメリットも得られる。従って、本発明の過熱水蒸気処理物の製造方法も、エネルギー問題の解決に非常に有効である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
[1] バイオマス燃料の製造方法
バイオマス燃料の製造方法は、海又は湖沼の有光層に浮遊体を設けて光合成能を有する藻類を発生させる工程と、得られた藻類を発酵させる工程とを有する。発酵工程で用いる菌類の種類によっては、藻類を高分子のままで発酵させることもありうるが、発酵工程で用いる菌類が主に低分子量の糖類に作用するものである場合には、図1に示すように、海又は湖沼の有光層に浮遊体を設ける工程S1と、工程S1で得られた藻類を分解する工程S2と、分解によって得られた低分子量の糖類を発酵させる工程S3とを有するのが好ましい。
【0023】
(1) 浮遊体
浮遊体は生分解性を有する。本明細書中、「生分解性」とは、バクテリア、菌類等の微生物の作用によって分解し、低分子化合物を生じる性質を示し、光反応等の生分解以外の反応によって生分解性の成分を生成するものを含む。生分解性の浮遊体を海又は湖沼に設けることによって藻類が増殖するメカニズムは、次のように考えられる。すなわち(a) 浮遊体の分解産物が直接的に藻類の栄養となるケース、(b) 浮遊体の生分解と同時に微生物の増殖が起こる結果、食物連鎖の上位に位置し、微生物を捕食する動物性プランクトンも増殖し、動物性プランクトンの排泄物、死骸等が藻類の栄養となるケースである。また(c) 生分解によって浮遊体の形状が変化すると(例えば多孔質化)その表面状態も変化するが、その結果として藻類の生息に好ましい環境が生まれ、藻類の増殖を一層促進することも考えられる。
【0024】
海水に浮き易く、分解し易いように、浮遊体は多孔質であるのが好ましい。浮遊体の形状は特に限定されないが、一般的には塊状、網状、紐状、布状である。塊状又は布状の浮遊体の場合、0.01〜25 m2の面積を有するのが好ましい。浮遊体の面積が25 m2超であると、海に浮かべる操作をし難い上、航海の妨げになる可能性が高過ぎる。紐状の浮遊体の場合、長繊維と短繊維を縒ったものであると、長繊維によって浮遊体の形状を保ちつつ、短繊維に藻類が付着し易いので好ましい。
【0025】
水中の微生物により分解され、その表面に珪藻類等の藻類を繁殖させるものであって、海又は湖沼に浮遊しうる程度の比重を有するものであれば、浮遊体の材質は特に制限されず、天然系高分子でもよいし、合成系高分子でもよい。ただし、海及び/又は湖沼に放出して環境に悪影響を与えるような成分を含有しないのが好ましい。浮遊体の材料の具体例としてポリ乳酸、脂肪族ポリエステル、ポリ(β−ヒドロキシアルカノエート)、ポリ(ε−カプロラクトン)、ε−カプロラクトン又はδ−バレロラクトンとオキセタン又はジメチルトリメチレンカーボネートとの共重合体(特開平7-304835号公報)、(R)又は(S)−3−メチル−4−オキサ−6−ヘキサノリド(MOHEL)と環状エステル(ε−カプロラクトン、δ−バレロラクトン、β−プロピオラクトン、L−ラクチド)との共重合体、環状カーボネート(2,2−ジメチルトリメチレンカーボネート)とε−カプロラクトンやL−ラクチドとの共重合(高分子論文集、Vol.50,No.11,pp.821-835(Nov.,1993))、ポリデプシペプチド、ポリデプシペプチドとε−カプロラクトンとの共重合体(高分子論文集Vol.55,No.6,pp.359-366(Jun.,1998)、高分子論文集Vol.56,No.2,pp.77-85(Feb.,1999))エチレンカーボネートとε−カプロラクトンやδ−バレロラクトンとの共重合体(Polymer Journal, Vol.32,No.32,pp.280-286(2000))が挙げられる。
【0026】
海や湖沼の中では光の散乱が起こっているので、光を透過しない浮遊体を浮かべても、ある程度は藻類を発生及び/又は発育させることができる。しかし、高い藻類増殖効果を示すようにするには、光透過性の浮遊体を使用するのが好ましい。浮遊体が光透過性を有すると、浮遊体の下に発生した藻類に光が到達し易く、光合成が起こり易い。光合成を妨げないようにしておくことで、二酸化炭素を消費させつつ植物プランクトンの増殖を促すことができる。光透過性を有する浮遊体は透明、半透明及び網状のいずれでもよい。浮遊体の光透過率は1%以上であるのが好ましく、10%以上であるのがより好ましく、20%以上であるのが特に好ましい。
【0027】
浮遊体は鉄を含有するのが好ましい。藻類の発生及び/又は発育には、鉄が非常に重要な役割を担っていると考えられる。浮遊体に含まれる鉄分は、海又は湖沼で浮遊体が分解するにつれて溶出し、浮遊体の周囲を藻類が繁殖し易い環境にすることができる。浮遊体が鉄、鉄合金等の微粒子を含有しても良いし、酸化鉄、塩化鉄、リン酸鉄等の鉄化合物を含有しても良い。鉄を含有する浮遊体を得る方法の例としては、(a) 鉄化合物を浮遊体の材料の高分子に練り込む方法、(b) 高分子膜等を必要に応じて加熱し、これに鉄の微粒子をのせてローラーで加圧することによって、微粒子をフィルムに埋め込む方法、及び(c) 高分子膜等の表面に鉄化合物の溶液を塗布して乾燥することにより、鉄含有層を有する浮遊体を得る方法が挙げられる。
【0028】
(2) 藻類の増殖
浮遊体を浮かべる場所は、海又は湖沼の沿岸付近でもよいし、外洋でもよい。海又は湖沼の「有光層」とは、藻類が発生及び/又は繁殖可能な量の光が存在する層を示し、どの程度の水深の部分となるかは海域によって異なる。数枚程度の浮遊体を浮かべただけでも、ある程度藻類を増殖させることは可能であるが、バイオマスとして利用したり、餌となって魚等の海洋生物を豊かにしたりするためには、ある程度密に浮遊体を浮かべるのが好ましい。具体的には、海又は湖沼表面の1m2あたりに浮遊体の占める面積が0.1〜0.9 m2程度になるようにするのが好ましい。
【0029】
浮遊体を海又は湖沼に浮かべると、植物プランクトン等の藻類が浮遊体に付着したり、浮遊体の周囲に発生したりする。浮遊体を構成する高分子は徐々に分解し、浮遊体に含まれる鉄等が徐々に溶出する。浮遊体の分解物は植物プランクトンの栄養となる。また鉄を含有する浮遊体を使用する場合には、溶出した鉄によって、浮遊体の周囲は植物プランクトンが繁殖し易い環境になる。発生する藻類は、海域、気候等によって様々であるが、いずれの藻類も光合成による二酸化炭素の消費に寄与しうるし、食物連鎖上で上位に位置する生物の栄養となりうる。
【0030】
浮遊体は海又は湖沼中の微生物によって分解するので、浮かべた後で回収しなくても環境に負荷を与えないが、もちろん藻類とともに回収してバイオマス燃料の原料としても良い。浮遊体の生分解が起こると、浮遊体の表面に付着していた藻類は浮遊体から剥がれることがある。浮遊体から剥がれた藻類は回収されてバイオマス燃料のとなるが、回収されないでそのまま水中又は表面に浮遊する場合は、他の生物の餌となる他、光合成によって二酸化炭素の消費をする。浮遊体を浮かべたことによって直接的に発生する藻類は食物連鎖の基底となるもので、他の海洋生物の繁殖を促進し海を豊かにするものである。そのため、生物が枯渇した環境であっても、浮遊体によって少しインパクトを与えさえすれば、自然の回復力を促すことになり、海洋生物の増殖や二酸化炭素の減少等、大きな効果を得ることができる。
【0031】
(3) 藻類の回収
バイオマス燃料の原料として用いるため、湖沼や海洋で発生させた藻類を回収する。塊状、膜状、板状等の浮遊体の場合、網等を用いて回収することができる。浮遊体が紐状の場合は、海苔や牡蠣の養殖作業で用いられる紐の巻き取り装置を使用することができる。なお回収の際、浮遊体を藻類から外してもよいし、外さなくてもよい。浮遊体を藻類から外さない場合、後述の発酵工程において、浮遊体を藻類とともにバイオマス燃料の原料として使用することができる。水洗等の方法によって、回収物から塩分を除去しておいてもよい。
【0032】
(4) 藻類の分解
発酵工程S3に先立って、藻類を分解させ、低分子量の糖類を得るのが好ましい(工程S2)。藻類を分解する方法は特に限定されず、アルコール等の製造に使用される方法を用いることができる。例えば藻類に酵素を添加して分解を促進させてもよいし、超臨界水に接触させることによって藻類を分解してもよい。分解処理の作業が容易になるように、藻類を脱水しておくのが好ましい。脱水するには、遠心分離機を用いてもよいし、藻類を網に載置しておいてもよいし、天日に干してもよい。
【0033】
藻類を分解して低分子量の糖類を得るための特に好ましい方法は、過熱水蒸気を用いて藻類を分解する方法である。本明細書中、過熱水蒸気とは、飽和水蒸気をさらに加熱し、大気圧で100℃より高い温度にした水蒸気を言う。過熱水蒸気は、超臨界水より低エネルギーで発生させることができるというメリットを有している。過熱水蒸気によって藻類を分解するための好ましい方法は、後述の[2] 過熱水蒸気処理物の製造方法と同じである。
【0034】
低分子糖類のうち90質量%以上は糖数1〜100であるのが好ましく、糖数1〜50であるのがより好ましく、糖数1〜20であるのが特に好ましい。低分子糖類の糖数を好ましい範囲にするために、藻類に過熱水蒸気を接触させた後、酵素を添加しても良い。過熱水蒸気による処理と酵素による低分子化を併用することで、上述のような過熱水蒸気処理による利点を得つつ、藻類が過熱水蒸気によって炭化されるのを防止することができる。
【0035】
(5) 発酵
藻類に発酵微生物を接種する。藻類を発生させるために使用した生分解性の浮遊体も、もちろん発酵原料にすることができる。過熱水蒸気によって低分子化した藻類を発酵原料とすると、藻類の表面等に存在する雑菌が殺菌されているため、所望の発酵性菌を増殖させ易い。発酵を促すために、澱粉、砂糖、グルコース及び糖蜜からなる群より選ばれた少なくとも一種を添加するのが好ましい。また発酵原料として一般的なものを藻類に配合しておいてもよい。一般的な発酵原料の例として米、トウモロコシ、サトウキビ、テンサイ、コムギ、オオムギ、カラスムギ、バレイショ、サツマイモ、大豆及び乳が挙げられる。また発酵原料として一般的なもの以外に、伐採した草木等の陸生の植物を配合してもよい。
【0036】
発酵微生物は、発酵食品やアルコールの製造に一般的に使用されているものであれば特に限定されない。アルコール発酵に使用される酵母の代表例としてサッカロミセス属の酵母が挙げられる。サッカロミセス属に属する酵母のうち、サッカロミセス・セレビッシュ(Saccaromyces cerevisiae)は発酵力が強いのでアルコール発酵に多用されている。サッカロミセス・サケ(Saccaromyces sake)は高濃度のアルコールにも耐性を示す点で好ましい。またサッカロミセス・ウバルム(Saccaromyces uvarum)は低温でも発酵しうるという点で好ましい。
【0037】
海洋で発採取した藻類を用いると、原料に塩分が残留しており、発酵を阻害する場合があると考えられる。高塩分濃度の原料を発酵させるには、発酵微生物としてサッカロミセス・ルーキシイ(Saccaromyces rouxii)のような好塩菌を用いるのが好ましい。サッカロミセス・ルーキシイは、食塩濃度が15%以上であっても発酵作用を示すので、しょう油や味噌の製造に使用されている。
【0038】
本発明のバイオマス燃料の製造方法に使用可能な発酵微生物のその他の例として、ザイモモナス(Zymomonas)属細菌や、メタン細菌(例えばメタノコッカス属、メタノサルシナ属に属する細菌)が挙げられる。藻類をメタン細菌によって発酵させることにより、バイオマス燃料としてメタンを発生させることができる。
【0039】
発酵時間は特に限定されず、接種する発酵微生物によって適宜設定すればよい。一般的には10〜100時間とし、20〜60時間とするのが好ましく、30〜50時間とするのがより好ましい。発酵温度も限定されず、発酵微生物に適した温度に設定するのが好ましい。
【0040】
(5) 分離・濃縮
発酵により得たバイオマス燃料は、分離及び/又は濃縮するのが好ましい。分離及び/又は濃縮の方法は特に限定されず、一般的な方法でよい。例えば半透膜等を用いて分離してもよいし、蒸留してもよい。
【0041】
[2] 過熱水蒸気処理物の製造方法
過熱水蒸気処理物の製造方法は、過熱水蒸気を藻類に接触させる工程を有する。藻類に過熱水蒸気を接触させると、藻類が化学的に分解し、発酵素材として好適な低分子糖類を得ることができる。また接触させる過熱水蒸気を高温にする等すれば、炭化した藻類(活性炭等)を得ることもできる。過熱水蒸気によって炭化した藻類は、顔料等に好適である。バイオマス燃料の原料とする藻類は天然に存在するものでも良いし、海や湖沼でロープを張る等して養殖したものでも良いし、海や湖沼に浮遊体を浮かべて生産したものでも良い。ただし、環境への影響の観点で最も好ましいのは、もちろん上述の[1] バイオマス燃料の製造方法のように生分解性の浮遊体を海又は湖沼に浮かべて発生させた藻類である。なお過熱水蒸気処理物の製造方法における藻類の回収及び発酵の工程は、上述の[1] バイオマス燃料の製造方法と同じでよいので、藻類を分解する工程のみ詳細に説明する。
【0042】
図2は、過熱水蒸気によって藻類を分解する装置の一例を概略的に示す。図2に示すように、ボイラー1で発生させた水蒸気を過熱水蒸気発生装置2に導き、過熱水蒸気を発生させる。図2に示す例では、過熱水蒸気発生装置2は発熱体21と、発熱体21を包囲するように設けられた誘導コイル22と、発熱体21の各端にそれぞれ設けられた第一及び第二のチャンバー23,24とを具備する。発熱体21は筒体21aと、筒体21a内に筒体21aに垂直に設けられた邪魔板21bとからなる。筒体21a及び/又は邪魔板21bは磁性体からなる。邪魔板21bには複数の通過口が設けられており、水蒸気が通過できるようになっている。誘導コイル22は高周波交流電源(図示せず)に接続されており、電磁誘導によって磁性体からなる筒体21a及び/又は邪魔板21bを加熱する。水蒸気が第一のチャンバー23を通って発熱体21に入ると、筒体21a及び/又は邪魔板21bに接触して過熱され、第二のチャンバー24から流出する。
【0043】
第二のチャンバー24から流出する過熱水蒸気の酸素量は、1質量%以下とするのが好ましく、0.01〜0.5質量%とするのがより好ましく、0.05〜0.3質量%とするのが特に好ましい。酸素量が1質量%超であると、生成物が酸化され過ぎるので好ましくない。低分子糖類を製造する場合、過熱水蒸気の温度は130〜300℃にするのが好ましく、130〜270℃にするのがより好ましく、150〜250℃にするのが特に好ましい。130℃以上の過熱水蒸気には単分子の水(クラスターを形成していない水分子)が多く含まれており、藻類に接触することによって藻類を十分に分解させることができる。また130℃以上の過熱水蒸気は十分に乾燥した状態であるので、接触することによって藻類を乾燥させることもできる。300℃超の過熱水蒸気を藻類に接触させると、藻類が炭化し易い。一方、炭化した藻類を製造する場合は、過熱水蒸気の温度を250〜600℃にするのが好ましく、300〜600℃にするのがより好ましい。
【0044】
なお、過熱水蒸気処理に用いる過熱水蒸気発生装置2の構造及び/又は機構は図2に示す例に限定されず、ボイラーで発生させた水蒸気を(a) 電気ヒーターで過熱してもよいし、(b) マイクロウェーブを用いて過熱するものでもよい。過熱水蒸気の発生装置の例として、特開平8-135903号、特開平9-241734号、特開2004-141474号及び特開2004-233040号に記載のものが挙げられる。
【0045】
ボールミル3は、藻類が入れられる円筒体30と、円筒体30の回転軸上に設けられた過熱水蒸気の供給口31と、排気口32とを有している。過熱水蒸気発生装置2から流出した過熱水蒸気を供給口31から供給しながら円筒体30を回転させると、藻類は乾燥するとともに分解し、粉末状の低分子糖類が生成する。具体的には、ボールミル3に入れられた藻類に含まれるリグニン、ヘミセルロース、セルロース等が過熱水蒸気によって分解し、ペントース、ヘキトース、グルコース、キシロース等の単糖類、二糖類又は多糖類を含む低分子量の糖類が生成する。
【0046】
過熱水蒸気を藻類に接触させる方法は、上述のボールミル3を用いた方法に限定されない。例えば、ベルトコンベアで藻類を運搬しながら、ベルトコンベア上に設けたフード内に過熱水蒸気を供給してもよい。つまり、発酵を促進させたり、保存に適する程度の乾燥状態したりする程度に、過熱水蒸気を藻類に接触させうる方法であればよい。
【0047】
過熱水蒸気を用いて藻類を場合、藻類の乾燥も起こるために腐敗し難い状態にできるので、藻類を非常に利用し易い状態にすることができる。また過熱水蒸気を接触させることによって藻類を殺菌することができる他、残留している農薬等の有害物質を消失させることができる。さらにバイオマス燃料の原料とする場合、発酵が速いというメリットも得られる。
【実施例】
【0048】
本発明を以下の実施例によってさらに詳細に説明するが、本発明はそれらに限定されるものではない。
【0049】
実施例1
(a) 藻類の発生
取水口41及び排水口42を有する水槽(長さ180 cm×幅75 cm×高さ75 cm)4を日当たりの良好な屋外に設置した。水槽4の設置場所の条件を次に示す。
設置場所:山口県周防大島
日照:終日日陰にならない場所に設置した。
【0050】
脂肪族ポリエステル(ビオノーレ♯3000 昭和高分子株式会社製)からなる正方形フィルム(一辺40 mm、厚さ85μm)を浮遊体5として用いた。浮遊体5に穴を開けてそこに支持棒7を通し、図3に示すようにビーカー(直径46 mm、容量90 mL)3内に保持した。ビーカー6を並べたホルダー30は、図4に示すように、ビーカー6の上端が水面下10 cmになるように水槽4内に設置した。
【0051】
取水口41から水槽4に連続的に海水(海水中のクロロフィルa含有量3μg/L)を取り込み、5日間経過後にビーカー6を取り出した。測定時の条件は下記に示すとおりであった。
測定時期:2005年5月
気温:17〜28℃
取水:1日に10回、水槽4内の海水が入れ替わるように取水した。
【0052】
浮遊体5に付着した藻類を掻き落とし、ビーカー6中の海水と共にガラス繊維濾紙(ワットマンGF/Fフィルター)で濾過した。得られた濾過物をアセトンで抽出し、吸光光度計を用いて吸光度を測定し、抽出液に含まれるクロロフィルaを定量した。また浮遊体5の可視光透過率(波長400〜700 nm、株式会社日立ハイテクノロジー製 U-4000分光光度計)を測定した。結果を表1に示す。
【0053】
【表1】

注1:脂肪族ポリエステル(ビオノーレ♯3000 昭和高分子株式会社製)
注2:ポリ乳酸[レイシア(登録商標) 三井化学株式会社製]
注3:添加せず。
注4:使用せず。
【0054】
(b) 低分子量化
実施例1(a) で得た藻類を浮遊体5に付着した状態で遠心式脱水装置(家庭用の全自動洗濯機)に入れ、脱水した。500 rpmで5分間遠心処理した後、水4Lを加えて攪拌し、再び500 rpmで5分間遠心処理したところ、処理前10kgであった藻類と浮遊体5の混合物は1kgになった。脱水後の混合物を約1cm角に裁断し、チタン製ボール(直径1cm)とともにコーヒー豆用の焙煎機(ボールミルに相当)に入れた。
【0055】
過熱水蒸気発生装置[株式会社エコテックビジネス製、ドンキー(登録商標)、30 kW]で発生させた過熱水蒸気(150℃)を流量300 L/minで焙煎機内に供給しながら、焙煎機を50 rpmで30分間回転させたところ、粉末状の低分子糖類が得られた(糖数50、収量200 g)。
【0056】
(c) 発酵
実施例1(b) で得られた粉末状の低分子糖類に、濃度が10質量%になるように水を加え、さらにペプトン、酵母エキス、MgSO4及びKH2PO4をそれぞれ0.5質量%、0.2質量、0.5質量%及び0.5質量%となるように添加した後、NaOHを添加してpH8に調整した。この混合物に白金に担持させたサッカロミセス・セレビッシュ(1×107cell/mL)を加え、液温をほぼ30℃に保ちながらHPLCを用いて発酵状況を調査したところ、酵母の添加から20時間後に最大エタノール濃度に達した。最大エタノール濃度は4.2質量%であった。
【0057】
実施例2
(a) 藻類の発生
脂肪族ポリエステルからなる正方形フィルムにα酸化鉄(堺化学工業株式会社製、粒径0.2μm)を埋め込んだものを浮遊体5として用いた以外実施例1と同様にし、ビーカー6中の海水に含まれるクロロフィルa量及び浮遊体5の光透過率を測定した。結果を表1に併せて示す。
【0058】
(b) バイオマスエタノールの製造
実施例2(a) で得た藻類を原料として用い、過熱水蒸気の温度を200℃とした以外実施例1(b)及び(c) と同様にしてバイオマスエタノールを作製し、発酵状況を調査した。酵母の添加から15時間後に最大エタノール濃度に達した。最大エタノール濃度は4.1質量%であった。
【0059】
実施例3
(a) 藻類の発生
カーボンブラックを配合して成膜した脂肪族ポリエステルフィルムを浮遊体5として用いた以外実施例1と同様にして、クロロフィルa量及び浮遊体5の光透過率を測定した。結果を表1に併せて示す。
【0060】
(b) バイオマスエタノールの製造
実施例3(a) で得た藻類を用いた以外実施例1(b)及び(c) と同様にして、バイオマスエタノールを作製し、発酵状況を調査した。酵母の添加から20時間後に最大エタノール濃度に達し、最大エタノール濃度は4.2質量%であった。
【0061】
実施例4
(a) 藻類の発生
浮遊体5として脂肪族ポリエステルからなるフィルムの代わりに、ポリ乳酸[レイシア(登録商標) 三井化学株式会社製]からなるフィルムを用いた以外、実施例1と同様にし、クロロフィルa量及び浮遊体5の光透過率を測定した。結果を表1に併せて示す。
【0062】
(b) バイオマスエタノールの製造
実施例4(a) で得た藻類を用いた以外実施例1(b)及び(c) と同様にして、バイオマスエタノールを作製し、発酵状況を調査した。酵母の添加から20時間後に最大エタノール濃度に達し、最大エタノール濃度は4質量%であった。
【0063】
比較例1
(a) 藻類の発生
ポリエチレンテレフタレートからなる正方形フィルムをビーカー6に入れ、実施例1と同様に海水中に保持した後、クロロフィルa量を測定した。また浮遊体5の光透過率を測定した。結果を表1に併せて示す。
【0064】
(b) バイオマスエタノールの製造
比較例1(a) で得た藻類を浮遊体から外して脱水した後、過熱処理しないで発酵原料とした以外実施例1(b)及び(c) と同様にしてバイオマスエタノールを作製し、発酵状況を調査した。酵母の添加から60時間後に最大エタノール濃度に達し、最大エタノール濃度は1質量%であった。
【0065】
比較例2
(a) 藻類の発生
浮遊体5を入れない以外、実施例1と同様に海水を取り込みながらビーカー6を海水中に保持した後、クロロフィルa量を測定した。結果を表1に示す。
【0066】
(b) バイオマスエタノールの製造
比較例2(a) で得た藻類を脱水した後、過熱処理しないで発酵原料とした以外実施例1(b)及び(c) と同様にして、バイオマスエタノールを作製し、発酵状況を調査した。酵母の添加から65時間後に最大エタノール濃度に達した。最大エタノール濃度は0.8質量%であった。
【図面の簡単な説明】
【0067】
【図1】本発明のバイオマス燃料の製造方法の一例を示すフロー図である。
【図2】藻類を分解する装置の一例を示す概略図である。
【図3】浮遊体を入れた水槽を示す断面図である。
【図4】ビーカーホルダーを示す断面図である。
【符号の説明】
【0068】
1・・・ボイラー
2・・・過熱水蒸気発生装置
21・・・発熱体
21a・・・筒体
21b・・・邪魔板
22・・・誘導コイル
23・・・第一のチャンバー
24・・・第二のチャンバー
3・・・ボールミル
4・・・水槽
5・・・浮遊体
6・・・ビーカー
7・・・支持棒

【特許請求の範囲】
【請求項1】
海又は湖沼の有光層に浮遊体を設け、光合成能を有する藻類を発生させる工程と、前記藻類を発酵させる工程とを有するバイオマス燃料の製造方法であって、前記浮遊体が生分解性を有することを特徴とする方法。
【請求項2】
請求項1に記載のバイオマス燃料の製造方法において、前記藻類が海洋性であることを特徴とする方法。
【請求項3】
請求項1又は2に記載のバイオマス燃料の製造方法において、前記浮遊体が透明又は半透明であることを特徴とする方法。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれかに記載のバイオマス燃料の製造方法において、前記浮遊体の形状が塊、粒子、膜及び紐からなる群より選択された少なくとも一種であることを特徴とする方法。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれかに記載のバイオマス燃料の製造方法において、前記藻類を分解し、得られた低分子糖類を発酵させることを特徴とする方法。
【請求項6】
請求項5に記載のバイオマス燃料の製造方法において、前記低分子糖類を好塩菌によって発酵させることを特徴とする方法。
【請求項7】
請求項6に記載のバイオマス燃料の製造方法において澱粉、砂糖、グルコース及び糖蜜からなる群より選ばれた少なくとも一種を前記低分子糖類に添加したものを発酵させることを特徴とする方法。
【請求項8】
請求項5〜7のいずれかに記載のバイオマス燃料の製造方法において、前記藻類を過熱水蒸気によって分解することを特徴とする方法。
【請求項9】
請求項5〜7のいずれかに記載のバイオマス燃料の製造方法において、前記藻類を過熱水蒸気及び酵素によって分解することを特徴とする方法。
【請求項10】
光合成能を有する藻類を発生させる工程と、前記藻類に過熱水蒸気を接触させる工程とを有することを特徴とする過熱水蒸気処理物の製造方法。
【請求項11】
請求項10に記載の過熱水蒸気処理物の製造方法において、前記過熱水蒸気の接触により前記藻類を分解することを特徴とする方法。
【請求項12】
請求項10又は11に記載の過熱水蒸気処理物の製造方法において、前記藻類を酵素によって分解する工程をさらに有することを特徴とする方法。
【請求項13】
請求項10〜12のいずれかに記載の過熱水蒸気処理物の製造方法において、前記藻類が海洋性であることを特徴とする方法。
【請求項14】
請求項10〜13のいずれかに記載の製造方法によって得られることを特徴とする過熱水蒸気処理物。
【請求項15】
請求項14に記載の過熱水蒸気処理物において、低分子糖類であることを特徴とする過熱水蒸気処理物。
【請求項16】
請求項14に記載の過熱水蒸気処理物において、炭化されていることを特徴とする過熱水蒸気処理物。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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