説明

バクテリアセルロースと有機高分子からなる複合材料

【課題】天然素材を含み、容易に生分解することができ、耐熱性、高弾性率を有し、同時に靭性を有する新規なバクテリアセルロースと高分子化合物からなる複合体の提供。
【解決手段】
バクテリアセルロースゲルを水溶性有機溶媒と接触させて、バクテリアセルロースゲルに含まれる水を、水溶性有機溶媒により置き換えて得られるバクテリアセルロース・水溶性有機溶媒複合体と、セルロース親和性高分子化合物と接触させることにより、セルロースにより形成される三次元構造であり、かつ相互に連結している網状構造にセルロース親和性高分子化合物が存在させることにより得られることを特徴とするバクテリアセルロース/セルロース親和性高分子化合物複合体。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、バクテリアセルロース/セルロース親和性高分子化合物複合体に関するものである。
【背景技術】
【0002】
物質の特性を改善するために、高分子化合物からなる組成物の複合体を製造することが積極的に行われてきた。本発明者らは、「改質シリカ組成物と透明樹脂とからなる透明樹脂組成物」の発明を行ない、透明性に優れると共に、剛性の向上を実現し得る透明樹脂組成物を得ることができた(特許文献1)。又、「アセチル化グルコマンナンとシリカとのハイブリッド」の発明を行い、生分解性能やガスバリア性といったグルコマンナンの特性を生かしつつ、他の高分子材料と比べて遜色がないほどの高性能をもった、シリカを化学反応により複合(ハイブリッド)させたグルコマンナン系の新規材料を得た(特許文献2)。
このように関与する物質を複合化させることにより、従来の個々の物質の特性から予想できない新規な材料を得ることができることがある。複合体を得る場合に、物質を単に混ぜ合わせて均一な組成物を得ることができるといった簡単な図式で解決されるものではなく、原料となる各物質に物理的特性や化学的特性を検討して、その組み合わせを選び出し、又特定の処理を施すことにより、問題点を解消させるとともに、新たな特性を導き出すことが行なわれる。この点に問題解決の鍵がある。
【0003】
本発明者らが関わってきた材料の中にバクテリアセルロースがある。バクテリアセルロース自体は以下に述べるように、高弾性率の高力学強度成形材料であり、脆いなどの問題点がある。スピーカの材料などとして製品化されているものの、各方面で積極的に使用される材料という状況にはなっておらず、使用目的を含めて開発途上にある材料となっている。この材料にあってはバクテリアセルロースを他の高分子化合物と複合化させることにより、脆い性質をなくす、即ち、靭性を付与することの努力が行なわれてきたが、未だに成功していない。
【0004】
バクテリアセルロースに関する高力学強度成形材料の発明は以下の通りである。幅10〜50nm、厚さ1〜20nmのリボン状ミクロフィブリルよりなるバクテリアセルロースを少なくとも105Paの圧力で圧搾して水分を除去して得られた、弾性率が10GPa以上の高力学強度成形材料(特許文献3)。この特徴は、処理対象物であるリボン状ミクロフィブリルよりなるバクテリアセルロースは水に溶解せず、不均一な状態で存在しており、加圧圧搾し乾燥すること及び/又は離解処理することにより(実施例等では離解処理を行っている)得られるシートであり、弾性率は高い値を示す。バクテリアセルロースのシートの電子顕微鏡写真(図1)では、「三次元構造であり、かつ相互に連結している網状構造部分」を有する構造体である。
強度を示す理由は、「三次元構造であり、かつ相互に連結している網状構造部分」にある。脱水した状態で高い弾性率を示す理由は、この構造によるものと考えられる。脆いということは脱水されたセルロースが固定化されて柔軟性を失ったことによるとものと考えられる。本来脱水されていない状態であるバクテリアセルロースゲルは、バクテリアセルロースは柔軟な状態の三次元構造であり、かつ相互に連結している網状構造部分を形成しており、これと水の共存状態にあり、柔軟性を有していると同時に高い弾性率を有しているものと考えられる。
バクテリアセルロースゲルを複合化して使用とする場合には、バクテリアセルロースは柔軟な状態の三次元構造であり、かつ相互に連結している網状構造部分を残した状態で、他の材料を三次元構造であり、かつ相互に連結している網状構造部に取り込むことにより、前記の問題点を解決できるように考えられるが、未だに解決に至っていない。
【0005】
バクテリアセルロース・高分子化合物複合体については、従来から多くの複合体が知られている。本発明者らが見る限り、これら複合体は他の特性を得ることを目的としている理由によるとも考えられるが、前記の弾性率を有し、同時に靭性を有する特性する複合体は得られていない。
【0006】
これはバクテリアセルロースゲルの特徴を見てみると明らかとなる。生成するバクテリアセルロースゲルは95重量%を超える水分を含有している。複合体を利用する場合には水を除去すること、そして、次に他の高分子化合物と複合化することが通常の手段であると考えられてきた。多量の水を含む場合に、強制的に水を取り除くことが行なわれる。具体的には、含まれる水を強制的に加圧圧搾して除去する、パルプ解離機により解離させたり、更にふるいでろ過を行なうことが行なわれる。本発明者らの経験によると、バクテリアセルロースの相互膠着やバクテリアセルロース自体の硬直化及び/又は三次元構造の破壊が進行する結果となるし、水を強制的に除去した状態では、バクテリアセルロースが柔軟性を失う変化を避けることができない。そして、強制的に水を除去した後のバクテリアセルロースに、高分子化合物を添加して複合体は、高弾性率の高力学強度成形材料であるものの、柔軟性が再び戻ることはなく、脆いなどの問題点を解決したものは得られない。強制的に水を除去したバクテリアセルロース又はそのゲルにあっては、三次元構造であり、かつ相互に連結している網状構造部分を十分に生かして、此の部分に高分子化合物を添加した複合体を期待することができない。
このことから、強制的に水を除去することは問題解決にならず、クテリアセルロースゲルに含まれる水を高分子化合物に置き換えることが重要であることがわかる。
【0007】
以上のことを考慮して従来得られている複合体について検討する。
特許文献3〔特開62−36467号公報、(実施例8)〕では、ゲル状のバクテリアセルロースをパルプ解離機で解離させ、ふるいでろ過し、ペースト状解離物を得た後、光架橋性ポリビニルアルコール(以下PVAという)−SbQ及び水を添加してえられるシート(水を高分子化合物により置換していないシート)を得ており、膨潤を阻止できるが、引張弾性率(GPa)は1.61程度が示されているにすぎない。分割出願である(特許文献4)は、「アセトバクター属微生物が産生する、幅100〜500Å、厚さ10〜200Åのリボン状ミクロフィブリルよりなり機械的なせん断力で離解されたバクテリアセルロースを含有していることを特徴とする高力学強度シート」である。これはバクテリアセルロースを機械的なせん断力で離解させるものであり、このような処理を行うことはセルロースを細かく切り刻むこととなり、折角有しているバクテリアセルロースの弾性率の値を引き下げる結果になり、複合化するにしてもバクテリアセルロースの特性は既に失われた状態にあり、力学的に良好な特性を得る材料開発としては成功していないことがわかる。これより先に、バクテリアセルロースを用いたシート状のものを医療用パッドに利用することも知られていた(特許文献5)。この場合も、NaOH水溶液で処理し、又Nメチルピロリドン、ポリエチレンオキサイドを含浸させて、衛生用パッドをえるものであり、この場合にも高力学的強度のものは得ていない。
【0008】
バクテリアセルロースゲルに水を添加して離解処理して、吸引ろ過したゲルをアセトンやiプロピルアルコールなどの溶媒で処理してキセロゲルを得ること、乾燥させて水やエタノールに再分散することも知られている(特許文献6)。溶媒で処理すると、繊維の相互膠着が著しく低く抑えることができることを明らかにしているものの、再分散性が飛躍的に向上できるキセロゲルを得ることを明らかにするにとどまる。複合化することについては検討が進められていない。
バクテリアセルロースの離解物と高吸収性樹脂を水溶性有機溶媒と、水含有有機溶媒中に混合して共分散させ、溶媒成分を分離する高吸収性複合体(特許文献7)についても、バクテリアセルロースの離解物を用いる点で、力学的な強度の低下を避けることができず、弾性率も期待されず、バクテリアセルロースの複合化された高力学強度成形材料について示唆するものいではない。
又、「平均繊維径が4〜200nmの繊維及びマトリクス材料を含有し、50nm厚換算における波長350nm〜2nmの光線透過率が60%以上である繊維強化複合材料からなる透明基板と、該透明基板上に形成されたコアとを有することを特徴とする低熱膨張性光導波路フィルム。」(特許文献8)では、繊維としてバクテリアセルロースを用いており(請求項7)、マトリクス材料として合成高分子を挙げ、さらに、PVAcを用いることが示されている(0072の項)。合成高分子化合物で複合化する前に水の除去を行っており、水の除去は、放置、コールドプレスであり、水をある程度抜いた後、そのまま放置するか、または、ホットプレスなどにより残存している水を完全に除去する方法、コールドプレスした後、乾焼機により乾燥するか、または、自然乾燥させて水を除去する方法などである(0036)。これらの処理により、この含浸用液状物を上記の繊維に含浸させた後、この含浸用液状物を硬化させる(0106)ことにより、繊維強化複合材料からなる透明基板を製造する。すなわち、水を除去して、複合化をはかる点で、バクテリアセルロースの相互膠着やバクテリアセルロース自体の硬直化及び/又は三次元構造の破壊が進行してしまい、バクテリアセルロースの脆さが表面化される結果となることは明らかである。
特許文献9の方法においても、水を含む該繊維集合体を製造した後に、フリーズドライすること、コールドプレスした後、フリーズドライすること、水以外の他の液体に置換した後、フリーズドライし、次にマトリックス材料を含浸して複合体を形成しているが、この場合についても水の除去を強制的に行なった後に複合体を得ており、線膨張係数や透過率などの点では良好な結果を得ているものの、バクテリアセルロースの相互膠着やバクテリアセルロース自体の硬直化及び/又は三次元構造の破壊が進行してしまい、その結果、バクテリアセルロースの脆さが表面化される結果となる。
特許文献10の方法においても、含水バクテリアセルロース(通常、含水率95〜99重量%のバクテリアセルロース)について、水分除去処理を行う(0045)と述べ、具体的な水分除去法として、放置やコールドプレス等でまず水をある程度抜き、次いで、そのまま放置するか、又はホットプレス等で残存の水を完全に除去する方法、コールドプレス法の後、乾燥機にかけたり、自然乾燥させたりして水を除去する方法を行なうとしている(0046)。この場合にても最終的には、光透過性の繊維強化複合材料を得ているが、線膨張係数(請求項12)、曲げ強度(請求項13)、などの特性では良好な結果を得ているものの、力学的特性については格別なものを得ていない。特許文献11、特許文献12も同様である。
特許文献13では、「繊維集合体と含浸されたマトリクス材料からなる繊維強化複合材料を製造する方法において、双方又は一方に相溶性を有する液体と水と置換し、次に、媒介液を前記含浸用液状物と置換する第2の工程と、その後、該含浸用液状物を硬化させる第3の工程とを備えてなることを特徴とする繊維強化複合材料の製造方法。」が記載されている。明細書の記載では、「この含水繊維集合体中の水を媒介液と置換するに先立ち、含水繊維集合体をコールドプレスして、繊維集合体中に含まれる水分の一部を除去することが、水と媒介液との置換を効率的に行う上で好ましい。このプレスの程度は、・・・一般的には、プレスにより、含水繊維集合体の厚さがプレス前の厚さの1/2〜1/20程度となるようにすることが好ましい。」(0090から0091)とし、実施例中の0167において、「厚さ1cm、繊維含有率1体積%、水含有率99体積%の含水バクテリアセルロースを得た。この含水バクテリアセルロースを2MPaで1分間室温にてコールドプレスして水を除去し、厚さ1mmとした。」と記載され、「三次元構造であり、かつ相互に連結している網状構造部分に高分子化合物を存在させるように」意図的に行なっているものではなく、高弾性率を有し、同時に靭性を有する特性を期待することができない(この複合体の特性は、低線膨張率であり、高品質の透明基板が得られる点にある。)
特許文献14には、「このヒドロゲルを流水中で十分洗浄して残留培地成分等を除去した後で、家庭用ミキサーで約6分間の離解処理を行いBC-2のスラリーを得た。このスラリーを遠心分離する事でBC-2を脱水ケークとして回収した。以降は前記のBC-1の処理に準じた方法で水酸化ナトリウム及び水による洗浄処理と高度分散処理を行い、最終的に0.1wt%均一分散スラリーを得て本実施例のBC-2原料とした。」ことが記載されており(0051)、得られるバクテリアセルロースは「離解処理」及び「遠心脱水処理」を行うことを施した後に均一分散処理し、湿潤シート状セルロース集合体を得ており、バクテリアセルロースの相互膠着やバクテリアセルロース自体の硬直化及び/又は三次元構造の破壊が進行してしまい、その結果、バクテリアセルロースの脆さが表面化される結果となる。
【0009】
以上のことから明らかなように、高弾性率を有し、同時に靭性を有する新規なバクテリアセルロース/セルロース親和性高分子化合物複合体が切望されている。
これに加えて、新たに耐熱性などの好ましい特性を有する新規なバクテリアセルロース/セルロース親和性高分子化合物複合体の開発も切望されている。
【特許文献1】特開2003−201114号公報
【特許文献2】特開2003−147123号公報
【特許文献3】特許第2123949号明細書、特公平08−32798号公報、特開62−36467号公報
【特許文献4】特開平8−49188号公報、特許第2617431号明細書
【特許文献5】特開昭59−120159号公報
【特許文献6】特開平6−233691号公報
【特許文献7】特開平11−172115号公報
【特許文献8】特開2006−208982号公報
【特許文献9】特開2006−240295号公報
【特許文献10】特開2005−60680号公報
【特許文献11】特開2006−35647号公報
【特許文献12】特開2006−36926号公報
【特許文献13】特開2006−241450号公報
【特許文献14】特開2006−193858号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明の課題は、天然素材を含み、容易に生分解することができ、耐熱性、高弾性率を有し、同時に靭性を有する新規なバクテリアセルロースと高分子化合物からなる複合体を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、前記課題の解決に努力し、特に以下のバクテリアセルロースが有している固有の構造に着目し、この固有の構造を生かしつつ、バクテリアセルロースと高分子化合物からなる複合体を得ることについて鋭意検討を重ねた。
(1)具体的には、グルコースを酢酸菌などにより処理して得られる水分を含有するバクテリアセルロースの構造は、フィブリルが相互に連結している網状構造を有しており、この構造に起因して高弾性率、高強度を有しているから、この構造を破壊したり、傷つけたりする複合化するための処理操作はで、できるだけ避けるべきであり、同時に膠着することも極力避けなければならない。その結果得られるバクテリアセルロースと高分子化合物からなる複合体は、三次元構造であり、相互に連結している網状構造中に安定した状態でセルロース親和性高分子化合物を存在させたバクテリアセルロース/セルロース親和性高分子化合物複合体が求める複合体であるということになる。
(2)バクテリアセルロースゲルを水溶性有機溶媒と接触させてバクテリアセルロースゲルに含まれる水を水溶性有機溶媒により置き換えて得られるバクテリアセルロース・水溶性有機溶媒複合体とし、これをセルロース親和性高分子化合物と接触させることにより、バクテリアセルロースゲルに含まれ水分を強制的に除去することなく、最終的にセルロース親和性高分子化合物に置き換えることができること、三次元構造であり、相互に連結している網状構造中に安定した状態でセルロース親和性高分子化合物を導入することができる結果、三次元構造であり、相互に連結している網状構造を破壊したり、傷つけたり、同時に膠着することを避けることができる、バクテリアセルロース/セルロース親和性高分子化合物複合体は、耐熱性、高弾性率を有し、同時に靭性を有する新規なバクテリアセルロースと高分子化合物からなる複合体を得ることを見いだした。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、バクテリアセルロースゲルのセルロースフィブリルにより形成される三次元構造であり、相互に連結している網状構造部分にセルロース親和性高分子化合物が存在しているバクテリアセルロース/セルロース親和性高分子化合物複合体を得ることができる。これを乾燥後50℃2MPaでホットプレスし、シートの状態とすることができる。
この複合体は、天然素材を含有し、セルロース親和性高分子化合物を含めて容易に生分解することができるものであり、耐熱性、高弾性率を有し、同時に靭性を有する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本発明は、バクテリアセルロースゲルのセルロースにより形成される三次元構造であり、相互に連結している網状構造部分にセルロース親和性高分子化合物が存在しているバクテリアセルロース/セルロース親和性高分子化合物複合体である。
【0014】
又、本発明は、バクテリアセルロースゲルを水溶性有機溶媒と接触させてバクテリアセルロースゲルに含まれる水を水溶性有機溶媒により置き換えて得られるバクテリアセルロース・水溶性有機溶媒複合体をセルロース親和性高分子化合物と接触させることにより得られる、バクテリアセルロースゲルのセルロースにより形成される三次元構造であり、相互に連結している網状構造にセルロース親和性高分子化合物が存在させることにより得られるバクテリアセルロース/セルロース親和性高分子化合物複合体である。
【0015】
処理対象物質なるバクテリアセルロースは、グルコースなどを炭素源として微生物の培養によって得ることができる。微生物としては酢酸菌が用いられ、アセトバクター(Acetobacter)属であり、より具体的には、アセトバクターアセチ(Acetobacter aceti)、アセトバクターサブスピーシーズ(Acetobacter subsp.)、アセトバクターキシリナム(Acetobacter xylinum)等が挙げられるが、これらに限定されるものではない。なお、バクテリアセルロースを生産する生物は2種以上を用いてもよい。
グルコース等の糖を含む培養液中で培養すると、酢酸菌の体外に排出されたフィブリル状セルロースが発達しヒドロゲルとして得られる。
この酢酸菌を培養することにより得られるバクテリアセルロースは、「フィブリルが三次元に発達した構造であり、相互にフィブリルが連結している網状構造」を有している。
【0016】
培地としては、寒天状の固体培地や液体培地(培養液)が挙げられ、培養液としては、例えば、グルコース0.5g、ポリペプトン0.5g、硫酸マグネシウム塩0.1g、酵母エキス0.5g、マンニトール0.5gを純水100mlで溶解し、寒天2gを加えたものである。
【0017】
培養方法としては、例えば、次の方法が挙げられる。前記培養液に、アセトバクターキシリナム(Acetobacter xylinum)等の酢酸菌を植菌し、30℃で5日間、静置培養を行って一次培養液を得る。得られた一次培養液のゲル分を取り除いた後、液体部分を、上記と同様の培養液に5重量%の割合で加え、30℃、10日間静置培養して、二次培養液を得る。この二次培養液には、約1重量%のセルロース繊維が含有されている。
【0018】
また、他の培養方法として、培養液として、グルコース2重量%、バクトイーストエクストラクト0.5重量%、バクトペプトン0.5重量%、リン酸水素二ナトリウム0.27重量%、クエン酸0.115重量%、硫酸マグネシウム七水和物0.1重量%とし、塩酸によりpH5.0に調整した水溶液(SH培養液)を用いる方法が挙げられる。この場合、凍結乾燥保存状態の酢酸菌の菌株にSH培養液を加え、1週間静置培養する(25〜30℃)。培養液表面にバクテリアセルロースが生成するが、これらのうち、厚さが比較的厚いものを選択し、その株の培養液を少量分取して新しい培養液に加える。そして、この培養液を大型培養器に入れ、25〜30℃で7〜30日間の静地培養を行う。バクテリアセルロースは、このように、「既存の培養液の一部を新しい培養液に加え、約7〜30日間静置培養を行う」ことの繰りかえしにより得られる。
【0019】
前記の菌がセルロースを作りにくいなどの不具合が生じた場合は、以下の手順を行う。即ち、培養液に寒天を加えて作成した寒天培地上に、菌培養中の培養液を少量撒き、1週間ほど放置してコロニーを作成させる。それぞれのコロニーを観察して、比較的セルロースをよく作るようなコロニーを寒天培地から取り出し、新しい培養液に投入し、培養を行う。
【0020】
このようにして得られたバクテリアセルロースを培養液中から取り出し、バクテリアセルロース中に残存する菌を除去する。その方法として、水洗またはアルカリ処理などが挙げられる。菌を除去するためのアルカリ処理としては、培養液から取り出したバクテリアセルロースを0.01〜10重量%程度のアルカリ水溶液に1時間以上注加する方法が挙げられる。そして、アルカリ処理した場合は、アルカリ処理液からバクテリアセルロースを取り出し、十分水洗し、アルカリ処理液を除去する。
【0021】
このようにして得られるバクテリアセルロースゲルは、通常、含水率95〜99.9重量%、繊維含有率0.1〜5重量%であり、平均繊維径が50nm程度の単繊維からなる、三次元構造であり、かつ相互に連結している網状構造部分を有するものである。
【0022】
酢酸菌はセルロースを産生(排出)しながらランダムに動き回ることによりセルロースが複雑な三次元構造であり、かつ相互に連結している網状構造部分を有するものである。
【0023】
このような三次元構造であり、かつ相互に連結している網状構造部分を有するバクテリアセルロースゲルは適当な形状、即ちフィルム状、板状、ブロック状、所定の形状(例えばレンズ状)等の形状に成形することができる。で培養すれば、その形状に従って形成させることができる。従って、目的に応じ任意の形状のバクテリアセルロース構造体を得ることができる。
【0024】
バクテリアセルロースの製造にあたっては、バクテリアセルロースゲルに含まれるバクテリアを除去するためのアルカリ処理及び水等での洗浄処理が行われる。これらの処理によっては三次元構造であり、かつ相互に連結している網状構造部分が切断されたり、同時に膠着することはない。
【0025】
水溶性有機溶媒は、水に溶解しやすい有機溶媒であり、又、セルロース親和性高分子化合物と入れ替わりやすい溶媒である。具体的には以下の溶媒を挙げることができる。
アセトン、メチルエチルケトン等のケトン;テトラヒドロフラン、1,4−ジオキサン等のエーテル;N,N−ジメチルアセトアミド、N,N−ジメチルホルムアミド等のアミド;酢酸等のカルボン酸;アセトニトリル等のニトリル類等である。処理操作のしやすさ及び得られる複合体を考えると、アセトンが最も好ましい。
【0026】
バクテリアセルロースゲルの水を親水性有機溶媒と置換するには、バクテリアセルロースゲルを親水性有機溶媒液中に浸漬して所定の時間放置することによりバクテリアセルロースゲルの水を親水性有機溶媒液側へ浸出させ、浸出した水を親水性有機溶媒液と交換することができる。
この浸漬処理の親水性有機溶媒の揮散を防止するために、0〜50℃程度とすることが好ましく、通常は室温で行われる。置き換える割合は、100%であることが最も好ましいが、少なくとも含水繊維集合体中の水の10%以上を媒介液と置換することが好ましい。
【0027】
セルロース親和性高分子化合物は、バクテリアセルロース・水溶性有機溶媒複合体と接触させることにより、セルロースにより形成される三次元構造であり、かつ相互に連結している網状構造の部分が、セルロース親和性高分子化合物により置き換えられることができる、高分子化合物である。
セルロース系高分子であるバクテリアセルロースは通常脆いので、可塑化する。この場合に用いられる可塑剤としてはクエン酸トリエチル、フタル酸ジブチル、フタル酸ジアリール、フタル酸ジエチル、酒石酸ジブチル、o−ベンゾイル安息香酸トリアセチン、リン酸トリフェニルなどの低分子化合物を用いる。これらの可塑剤は使用中にしみ出しがないことが要求される。しかし、本特許で提案しているように、セルロースに親和性のある室温で柔軟な高分子をバクテリアセルロースに混入することができれば、低分子量の可塑剤を混入する必要はない。又、バクテリアセルロースに混入する高分子化合物にしても、室温で柔軟な性質を有しており、常温で可塑性であることが要求される。以上から、可塑化されたセルロース親和性高分子化合物のTgが低いものが要求される。
【0028】
具体的なセルロース親和性高分子化合物としては、酢酸ビニル系樹脂、ポリエチレンオキシド又はエポキシ樹脂を挙げることができる。酢酸ビニルのTgは33℃である。
エポキシ樹脂のTgは用いる硬化剤の種類によって異なる。
ポリエチレンオキシドのTg:分子量によって異なる。
上記酢酸ビニル系樹脂とは、酢酸ビニルの単独重合体であるポリ酢酸ビニル、ポリ酢酸ビニルの加水分解体であるポリビニルアルコール、酢酸ビニルに、ホルムアルデヒドやn−ブチルアルデヒドを反応させたポリビニルアセタール、ポリビニルアルコールやブチルアルデヒド等を反応させたポリビニルブチラール等が挙げられる。
上記エポキシ樹脂とは、エチレングリコール等の多価アルコールとエピクロロヒドリンとからなる脂肪族系エポキシ樹脂、ビスフェノールAとエピクロロヒドリンとからなる脂肪族系エポキシ樹脂等が挙げられる。これらはジエチレントリアミン、トリエチレンテトラミンなどのアミンなどの硬化剤と併用する。
【0029】
水溶性有機溶媒により置き換えて得られるバクテリアセルロース・水溶性有機溶媒複合体と、加熱溶融し液体状のセルロース親和性高分子化合物と接触させる。処理温度は、室温〜200℃程度とすることが好ましい。
処理時間は24時間である。
バクテリアセルロースとセルロース親和性高分子化合物の混合割合を変化させることによりバクテリアセルロース/セルロース親和性高分子化合物複合体に含浸されるセルロース親和性高分子化合物の含有量を調節することができる。
バクテリアセルロースとポリ酢酸ビニル(以下、PVAcという)の割合は、(BC:PVAc=9:1〜1:9)(重量比)の範囲にある。
バクテリアセルロースとエポキシ樹脂の割合はBC:エポキシ樹脂=9:1=5:5(重量比)
【0030】
得られたバクテリアセルロース/セルロース親和性高分子化合物複合体はゲル状であり、これを自然乾燥後、ヒートプレスで50℃、2MPaで加熱圧縮を行い、シート状とすることができる。
【0031】
バクテリアセルロースに含浸させたセルロース親和性高分子化合物を硬化させるには、当該セルロース親和性高分子化合物の硬化方法に従って行えばよい。例えば、架橋反応等が挙げられる。
【0032】
得られたバクテリアセルロース/セルロース親和性高分子化合物複合体の評価についてはシート状のバクテリアセルロース/セルロース親和性高分子化合物複合体により行なう。
(1)動的粘弾性(DMA)の測定は、IT計測制御社製のDVA-200を用いて、-150〜300℃の範囲で、昇温速度5℃/min、周波数10Hzで行い、試料の硬さを表す貯蔵弾性率E’とガラス転移温度の位置を表す損失正接tandを求めた。測定は空気中で行った。BC/PVAcブレンド(BC:PVAcの割合が10対0、8対2、5対5、2対8、0対10)のDMA曲線より、BCの貯蔵弾性率(E’)の変化を求める。
PVAc添加率の増加に伴いE’の値が徐々に低下する傾向を示した。これは、PVAcによりBCが可塑化されていることを示している。
(2)熱重量(TG)測定は、セイコーインスツルメント社製TG/DTA-6200を用い、昇温速度10℃/min、空気中(流速200ml/min)で、室温〜800℃の温度範囲で行った。これにより耐熱性を評価した。 BC/PVAcブレンドのTG曲線の図示。
PVAcの添加率の増加に伴い高温度側にシフトした。この結果からPVAcの添加によりBCの耐熱性の向上が確認できる。
X線回折は、X’Pert PRO MPD(Panalytical)を用いて45kV,40mAでNiフィルターを通したCuKa線で測定した。天然セルロースのX線回折図をとると、散乱角2qが5°と45°の間に、2q=14.5°、16.5°、22.5°,にそれぞれ結晶の(1-10)面、(110)面、(020)面の回折ピークを生じる。バクテリアセルロースでは、結晶の(1-10)面が面配向しており、2q=14.5°のピークが強く出る。しかし、第2成分を混入する際にフィブリルの3次網目構造が破壊されると、このピーク強度が減少する。
(4)BC/PVAcブレンドの引張試験は、インテスコ社製IT20を用いて、チャック間距離10mm、クロスヘッド速度10mm/minで、温度25°湿度50%で測定した。試料は、幅5mm。厚さ0.5mmの短冊型とした。の測定方法。
破断応力はBCの約95MPaであり、BC/PVAcブレンドはPVAcの添加率の増加につれて低下するものの、破断応力は十分に高い値であり、材料としてよい。
(5)UVスペクトルの測定は、日本分光社製V-530紫外可視分光光度計を用い、これにより試料の透明性を評価した。
以下に実施例により本発明を詳細に説明する。
【実施例1】
【0033】
(1)斜面培地の形成:グルコース 0.5g、ポリペプトン0.5g、硫酸マグネシウム塩 0.1g、酵母エキス 0.5g、マンニトール 0.5gを純水100mlで溶解し、寒天2gを加えて加熱溶解させる。これをオートクレーブ中で120℃、9分間加熱殺菌し、斜面培地とした。インキュベータ(30℃)で培養した。約1週間で酢酸コロニーができた。
(2)培養液と母液の形成:グルコース 15g、ポリペプトン2.5g、硫酸マグネシウム塩 0.5g、酵母エキス 2.5g、マンニトール 2.5gを純水500mlに溶解し、オートクレーブ中で120℃、9分間加熱殺菌したものを培養液とした。この培養液に(1)の酢酸菌を無菌操作で植菌し、菌の活性化のため、インキュベータに3日間放置したものを母液とした。
(3)ゲルの調整:培養液にエタノール4mlとビタミン剤2滴を混合して加えた。無菌操作でシャーレに培養液と母液を100mlずつ等量混合し、インキュベータで28日間静置培養し、バクテリアセルロースヒドロゲルを得た。
(4)ゲルの漂白殺菌:生成したゲルを流水で3日間(臭いが消えるまで)洗浄し1wt%水酸化ナトリウムと0.5wt% 次亜塩素酸ナトリウムにそれぞれ3日間浸して漂白殺菌する。その後、再び流水で約2週間洗浄し、これを試料とした。
(5)分散媒の交換:漂白殺菌したバクテリアセルロースヒドロゲル中(径約85mm、厚さ約25mm)の水分を親水性有機溶媒であるアセトンと交換するために、約200mlのアセトンを入れた瓶に約2〜3日間漬けた後新しいアセトンと交換する。これを3〜4回繰り返し、水とアセトンを交換する。(処理条件をもう少し詳しく記載してください)。
(6)前記(5)で得たバクテリアセルロースヒドロゲル中のバクテリアセルロースとポリ酢酸ビニル(以下、PVAcという)の割合(重量比)が9:1から1:9になるように、PVAcをアセトンに溶解させた溶液をバクテリアセルロース・バクテリアセルロース・水溶性有機溶媒複合体と接触させて、目的とするバクテリアセルロース/セルロース親和性高分子化合物複合体を得た。
(7)前記(6)で得たバクテリアセルロース/セルロース親和性高分子化合物複合体ゲルを乾燥後、ヒートプレスで加熱圧縮を行い、減圧乾燥させてシート状にした。作成したシートの熱的、力学的性質を評価した。
【0034】
表1にソックスレー抽出器によるバクテリアセルロース/PVAcブレンドのPVAcの実測含有率を示す。PVAcは含有率が少ない場合はブレンド中に良好に含浸しているが、添加率が増加するにつれて含浸されにくい傾向を示した。
【0035】
【表1】

【0036】
図2にBC/PVAcブレンドのDMA曲線を示す。
BCの貯蔵弾性率(E’)は低温度側で約10GPaと各試料中で最も高い値を示しており、PVAc添加率の増加に伴いE’の値が徐々に低下する傾向を示した。これは、PVAcによりBCが可塑化されていることを示している。又、BC/PVAcブレンドの30℃付近のtanδのピークはPVAcのガラス転移によるものと考えられ、PVAc含有率が増加するにつれて高温側にシフトしていることがわかった。
【0037】
図3にBC/PVAcブレンドのTG曲線を示す。BCの熱分解温度開始温度は約220℃であった。BC/PVAcブレンドの熱分解開始温度はPVAcの添加率の増加に伴い高温度側にシフトした。この結果からPVAcの添加によりBCの耐熱性の向上が確認された。
【0038】
図4にBC/PVAcブレンドのX線回折結果を示す。ポリ酢酸ビニルの20%から80%まで変えてバクテリアセルロースに充填しても°のピークも変化せず、とりわけ2q=14.5°のピークの減少も見られないことからバクテリアセルロースのフィブリル構造は破壊されていないことが分かる。
【0039】
図5にBC/PVAcブレンドの引張試験の結果を示す。
破断応力はBCの約95MPaであり、BC/PVAcブレンドはPVAcの添加率の増加につれて低下した。一方、伸び率は若干向上したが、PVAcの添加量に伴う差は見られなかった。
以上の結果から、PVAcの添加によりBCの弾性率の低下、強度の低下、若干の伸び率の向上が見られた。
【0040】
図6にUVスペクトルの測定結果を示す。
【図面の簡単な説明】
【0041】
【図1】バクテリアセルロースのフィブリルの3次元網目構造を示す図である。
【図2】BC/PVAcブレンドのDMA曲線を示す図である。
【図3】BC/PVAcブレンドのTG曲線を示す図である。
【図4】BC/PVAcブレンドのX線回折結果を示す図である。
【図5】BC/PVAcブレンドの引張試験の結果を示す図である。
【図6】UVスペクトルの測定結果を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
バクテリアセルロースゲルはセルロースフィブリルにより形成される、三次元構造であり、かつ相互に連結している網状構造部分にセルロース親和性高分子化合物が存在していることを特徴とするバクテリアセルロース/セルロース親和性高分子化合物複合体。
【請求項2】
バクテリアセルロースゲルを水溶性有機溶媒と接触させて、バクテリアセルロースゲルに含まれる水を、水溶性有機溶媒により置き換えて得られるバクテリアセルロース・水溶性有機溶媒複合体と、セルロース親和性高分子化合物と接触させることにより、セルロースにより形成される三次元構造であり、かつ相互に連結している網状構造にセルロース親和性高分子化合物が存在させることにより得られることを特徴とするバクテリアセルロース/セルロース親和性高分子化合物複合体。
【請求項3】
前記バクテリアセルロースゲルは、グルコースの存在下にアセトバクターキシリナムにより培養して得られることを特徴とする請求項1又は2記載のバクテリアセルロース/セルロース親和性高分子化合物複合体。
【請求項4】
前記水溶性有機溶媒はアセトンであることを特徴とする請求項1から3いずれか記載のバクテリアセルロース/セルロース親和性高分子化合物複合体。
【請求項5】
前記セルロース親和性高分子化合物がポリ酢酸ビニル樹脂、ポリエチレンオキシド又はエポキシ樹脂から得られることを特徴とする請求項1から4いずれか記載のバクテリアセルロース/セルロース親和性高分子化合物複合体。
【請求項6】
前記ポリ酢酸ビニルのバクテリアセルロースゲルに対する割合は、1対9から9対1(重量比)であることを特徴とする請求項5記載のバクテリアセルロース/セルロース親和性高分子化合物複合体。
【請求項7】
前記バクテリアセルロース/セルロース親和性高分子化合物複合体がシート状であることを特徴とする請求項請求項1から6いずれか記載のバクテリアセルロース/セルロース親和性高分子化合物複合体。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2008−127510(P2008−127510A)
【公開日】平成20年6月5日(2008.6.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−316344(P2006−316344)
【出願日】平成18年11月22日(2006.11.22)
【出願人】(899000057)学校法人日本大学 (650)
【Fターム(参考)】