説明

バセドウ病の検査方法、バセドウ病の予防薬または治療薬のスクリーニング方法、およびバセドウ病検査用のキット

【課題】バセドウ病の再発や再燃を簡便で効率よく検査することのできる方法を提供すること。
【解決手段】 被検動物より採取された試料中のSiglec1の発現量を測定する工程を含むバセドウ病の検査方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、バセドウ病の検査方法、バセドウ病の予防薬または治療薬のスクリーニング方法、およびバセドウ病検査用のキットに関する。
【背景技術】
【0002】
バセドウ病は、自己免疫疾患であり、TSHレセプター抗体(TRAb)が体内で産生されることにより甲状腺が刺激され、過剰な甲状腺ホルモン分泌が生じる疾患である。また20歳以上の罹患率は約1000人に一人と甲状腺疾患の中では最も頻度が高い。治療法は薬物、外科手術、放射性ヨード療法があるが、我が国では圧倒的に抗甲状腺薬による薬物療法が多く用いられている。薬物療法による寛解率は約90%と良好であるが、一旦寛解状態に入った際に、どの時点で薬物治療を中止すればよいかは未だに議論の対象となっており、臨床的に問題となっている。実際、薬物治療終了後に若年成人患者の42%、年輩の患者グループの34%に病気の再発が起きたという報告もある(非特許文献1)。このように抗甲状腺薬治療の大きな欠点は、再発率が高いことである。他の内外の報告を合わせると、再発率が20〜75%とされる。現在汎用されている基準はTSH値が正常範囲内になり、かつTSHレセプター抗体(TRAb)が抗甲状腺薬の最小量投与で約1年間陰性であれば薬物療法を中止できるというものである。しかしこの基準で薬物療法を中止しても、後に再発、再燃を呈する患者は少なくない。そもそもTRAbの値は再発に関しては比較的弱いマーカーであり、治療終了時に正常値であった患者の23%に甲状腺機能亢進症が再発したという報告もある(非特許文献1)。このためバセドウ病の再発、再燃を予測できる検査法の開発は、日常臨床の現場において切に待たれていた。
【0003】
Siglec1(Sialic acid-binding immunoglobulin-like lectin1)はシアロアドヘシンとも呼ばれるシアル酸結合タンパク質であり、冠動脈疾患との関連性(非特許文献2)や全身性エリテマトーデスとの関連性(非特許文献3)が示唆されているが、バセドウ病との関連は知られていない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】J Clin Endocrinol Metab 81: 2986-2993,(1996)
【非特許文献2】Clin. Biochem. 42 (10-11), 1057-1063 (2009)
【非特許文献3】Arthritis Rheum. 58 (4), 1136-1145 (2008)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、バセドウ病の再発や再燃等を正確に検査するための方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意検討した結果、バセドウ病患者の白血球中のSiglec1の発現量が、再発や再燃を起こす患者において有意に高いという知見を得、Siglec1の発現量がバセドウ病の検査のための有用な指標となることを見出して、本発明を完成するに至った。
【0007】
即ち、本発明は以下のとおりである。
(1)被検動物より採取された試料中のSiglec1の発現量を測定し、該測定値に基づいて
バセドウ病を検査する方法。
(2)バセドウ病の再発または再燃を検査する、(1)に記載の方法。
(3)被検動物がヒトである(1)または(2)に記載の方法。
(4)試料が白血球を含む試料である(1)〜(3)のいずれかに記載の方法。
(5)発現量の測定がmRNA量の測定である(1)〜(4)のいずれかに記載の方法。(6)被検体とバセドウ病の予防薬または治療薬の候補化合物を接触させた後、該被検体中のSiglec1の発現量を測定する工程を含む、バセドウ病の予防薬または治療薬のスクリーニング方法。
(7)Siglec1の発現量を測定し得る試薬を含んでなるバセドウ病検査用試薬。
【発明の効果】
【0008】
バセドウ病患者の白血球中のSiglec1の発現量を測定することにより、高確率でバセドウ病の再燃、再発を予測でき、抗甲状腺薬の継続、中止の可否の判定に大いに役立つと考えられる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】バセドウ病の再発・再燃群(R)と非再発・非再燃群(non-R)でSiglec1のmRNA発現レベルを比較した結果を示す図。
【図2】抗Siglec1抗体を用いたフローサイトメトリーの結果を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明の実施の形態を詳細に説明する。
(1)バセドウ病の検査方法
本発明のバセドウ病の検査方法は、被検動物より採取された試料中のSiglec1の発現量を測定する工程を含む。ここで、検査とは、バセドウ病の再燃や再発の検査のみならず、バセドウ病を発症するか否かを予測するための検査も含む。なお、再発とはバセドウ病の完治した状態からまたバセドウ病になることを意味し、バセドウ病の再燃とはバセドウ病の治療中にバセドウ病が悪化すること意味する。
【0011】
本明細書において「Siglec1」とはシアロアドヘシンとも呼ばれるシアル酸結合タンパク質であり、被検動物に由来するSiglec1であればよいが、ヒト由来のSiglec1として具体的には、配列番号2のアミノ酸配列を有する蛋白質が例示される。さらに、これと同様の機能を有する蛋白質の断片、誘導体、ホモログおよび変異体も包含される。
【0012】
上記検査方法において、「被検動物」は、バセドウ病を起こす可能性のある動物であれば如何なるものでもよく、具体的には、ヒト、サル、あるいはラット・マウス等のげっ歯類等が挙げられる。本発明のバセドウ病の検査方法は、このうち、バセドウ病の疑いのあるヒト、あるいはバセドウ病発症後のヒト等において特に好ましく行われる。
【0013】
被検動物から採取された「試料」としては、Siglec1を発現し、その濃度を測定できるものであれば特に制限はないが、白血球を含む試料が好ましく、具体的には、EDTA血漿、クエン酸血漿等の血漿、血清、全血、単離された白血球の何れでもよいが、これらのうち、単離された白血球が好ましく用いられる。
【0014】
Siglec1の発現量の測定方法としては、Siglec1のmRNAの量を測定する方法やSiglec1の蛋白質の量を測定する方法があげられる。
mRNAの量を測定する方法として具体的にはSiglec1遺伝子に特異的なプライマーやプローブを使用した定量RT-PCR、ハイブリダイゼーション、ノーザンブロットなどが挙げられる。例えば、配列番号1の塩基配列をもとにプライマーやプローブを設計することができる。
蛋白質の量を測定する方法として具体的にはSiglec1蛋白質に特異的な抗体を使用したELISA、FACS、ウエスタンブロットなどが挙げられるが、FACSが好ましい。
これらの測定方法は、例えば、新生化学実験講座(日本生化学会編;東京化学同人)、Molecular Cloning, A Laboratory Manual (T. Maniatis et al., Cold Spring Harbor Laboratory (1982))、Antibodies - A Laboratory Manual(E.Harlow, et al., Cold Spring Harbor Laboratory(1988))等の一般的実験書に記載の方法又はそれに準じて行うことができる。
【0015】
本発明の検査方法においては、被検動物から採取された試料中のSiglec1の発現量を測定して、これを指標として、バセドウ病を検査することができる。また、既存のバセドウ病マーカーであるTSH値やTRAb値とを組み合わせることで、より的確に検査することが可能である。
【0016】
Siglec1の発現量を指標としてバセドウ病検査を行う場合には、試料中のSiglec1の発現量についてバセドウ病再発(または再燃)群とバセドウ病非再発・非再燃群との間で適当なカットオフ値を規定して検査する方法でもよい。ここで、カットオフ値とは、ある物質に着目して目的とする疾患群と非疾患群とを判定する場合に定める値をいう。目的とする疾患と非疾患とを判定する場合に、カットオフ値以下であれば陰性、カットオフ値以上であれば陽性として、またはカットオフ値以下であれば陽性、カットオフ値以上であれば陰性として疾患を判定することができる。
【0017】
(2)バセドウ病の検査キット
本発明にはバセドウ病の検査に用いるためのキットも含まれる。キットにはSiglec1の発現量を測定するための試薬が含まれる。試薬としては、Siglec1のmRNA量を測定する場合には、定量RT-PCR、ハイブリダイゼーション、ノーザンブロットなどに用いられるSiglec1遺伝子に特異的なプライマーやプローブが例示される。また、Siglec1の蛋白質量を測定する場合には、抗Siglec1抗体が例示される。また、必要に応じ、RT-PCR用の試薬、生体試料の希釈液、反応緩衝液、洗浄液、標識された二次抗体またはその抗体断片、標識体の検出用試薬、標準物質なども含まれる。
【0018】
(3)バセドウ病の予防または治療薬のスクリーニング方法
本発明の第3の態様は、被検体とバセドウ病の予防薬もしくは治療薬の候補化合物を接触させた後、該被検体中のSiglec1の発現量を測定する工程を含む、バセドウ病の予防もしくは治療薬のスクリーニング方法である。
【0019】
被検体としては、バセドウ病モデル動物もしくはそれから得られる白血球、または白血球系細胞等が用いられる。バセドウ病モデル動物としては、例えば、TSH受容体発現アデノウイルス導入BALB/cマウス(文献:Nagayama Y et al. J Immunol. 168:2789-2794, 2002)が挙げられる。白血球系の細胞が好ましく、Jurkat細胞やK562細胞などを用いることができる。
【0020】
Siglec1遺伝子の発現量は、mRNA量や蛋白質量を直接測定してもよいが、Siglec1遺伝子のプロモーターに連結されたレポーター遺伝子を用いて間接的に測定することもできる。ここで、レポーター遺伝子としては、ルシフェラーゼ遺伝子、GFP遺伝子、クロラムフェニコールアセチルトランスフェラーゼ遺伝子などが例示できる。これらのレポーター遺伝子をSiglec1遺伝子のプロモーターに連結し、これを哺乳類細胞に遺伝子を導入するために用いられるプラスミドに組み込み、リポフェクションなどの通常の方法にて細胞にトランスフェクションする。
【0021】
上記のようなバセドウ病モデル動物、Siglec1を発現する細胞、又はレポーター遺伝子
が導入された細胞に医薬候補物質を添加し、Siglec1蛋白質、Siglec1遺伝子またはレポーター遺伝子の発現量を測定する。医薬候補物質としては特に制限はなく、例えば、低分子合成化合物であってもよいし、天然物に含まれる化合物であってもよい。また、ペプチドであってもよい。スクリーニングには個々の被検物質を用いてもよいが、これらの物質を含む化合物ライブラリーを用いてもよい。候補物質の中からSiglec1蛋白質、Siglec1遺伝子又はレポーター遺伝子の発現量を低下させるものを選択することにより、バセドウ病の予防薬または治療薬の候補物質を得ることができる。
【0022】
Siglec1の発現量は定量RT-PCR、ハイブリダイゼーション、ノーザンブロット、FACS、ELISA、Western blotting、などの方法により測定することができる。レポーター遺伝子の発現量はレポーター遺伝子の種類にもよるが、蛍光強度などによって測定することができる。
【実施例】
【0023】
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0024】
再発、再燃を繰り返すバセドウ病患者と、薬物療法中止後、長期に寛解を継続している患者の白血球からRNAを抽出し、DNAマイクロアレイを用いて両者の遺伝子発現の差異を検討した。その中で再発患者に細胞接着分子であるSialic acid-binding immunoglobulin-like lectin1; Siglec1遺伝子発現が非常に有意に増加していることを認めた。そこで医学部倫理委員会の承諾の下、附属病院内分泌・糖尿病内科にバセドウ病で受診中の患者に文書で承諾を得て、白血球中のSiglec1mRNAをTaqman PCRTM(Applied Biosystems社)を用いた逆転写PCR法で定量した。その結果、図1に示すように再燃・再発群(R)で、有意に寛解(非再発・非再燃)群(non-R)に比してSiglec1遺伝子発現レベルの増加を認めた。さらに患者をSialic1遺伝子低発現群(262コピー未満)と高発現群(262コピー以上)に分け、再燃、再発歴を調べたところ、表1Aのようになり、χ二乗検定(Fisher's Exact Test)では有意な相関を認めた。
一方、ラジオレセプターアッセイでTRAbへの結合率を測定し、TRAbの高値群、低値群で分類したところ(表1B)、再燃・再発歴に相関を認めなかった(not significant; n.s.)。これらのデータから白血球におけるSiglec1遺伝子発現(mRNA)レベルはバセドウ病の再燃、再発と有意な相関があり、かつ再燃・再発群で顕著に発現が増加していることが判明した。
【0025】
Siglec1は細胞表面マーカーであるためフローサイトメトリー(FACS)と抗Siglec1抗体(Siglec-1(Hsn7D2):sc-53442, Santa Cruz Biotechnology, INC)を用いた検出法も考えられる。正常ヒト白血球を用いたFACSでは対照抗体(IgG)と比較したところ、約40%の白血球にSiglec1陽性細胞検出された(図2)。これは細胞表面蛋白であるSiglec1がFACSでも十分同定できることを示している。
【0026】
【表1】

【産業上の利用可能性】
【0027】
本発明の方法によればバセドウ病の正確な検査を行うことができ、医療や診断の分野で有用である。また、本発明の方法によればバセドウ病の治療・予防薬をスクリーニングすることができ、医薬分野でも有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
被検動物より採取された試料中のSiglec1(Sialic acid-binding immunoglobulin-like
lectin1)の発現量を測定し、該測定値に基づいてバセドウ病を検査する方法。
【請求項2】
バセドウ病の再発または再燃を検査する請求項1に記載の方法。
【請求項3】
被検動物がヒトである請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
試料が白血球を含む試料である請求項1〜3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
発現量の測定がmRNA量の測定である請求項1〜4のいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
被検体とバセドウ病の予防薬または治療薬の候補化合物を接触させた後、該被検体中のSiglec1の発現量を測定する工程を含む、バセドウ病の予防薬または治療薬のスクリーニング方法。
【請求項7】
Siglec1の発現量を測定し得る試薬を含んでなるバセドウ病検査用試薬。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2012−115195(P2012−115195A)
【公開日】平成24年6月21日(2012.6.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−266865(P2010−266865)
【出願日】平成22年11月30日(2010.11.30)
【出願人】(504145364)国立大学法人群馬大学 (352)
【Fターム(参考)】