バルブ・管継手等の銅合金製配管器材の銅及び亜鉛溶出防止方法とこの方法を用いた銅合金製配管器材並びに皮膜形成剤
【課題】鋳造性、機械加工性、並びに経済性にも優れ、かつ、その他の材料が発揮することが困難な高い抗菌作用が得られる青銅や黄銅等の銅合金をそのまま配管器材に使用しつつ、この銅合金製配管器材から銅、及び亜鉛の溶出を抑制するバルブ・管継手等の銅合金製配管器材の銅及び亜鉛の溶出防止方法及びその方法を用いた銅合金製配管器材並びに皮膜形成剤を提供する。
【解決手段】バルブや管継手などの銅合金製配管器材の少なくとも接液部に不飽和脂肪酸からなる有機物質により皮膜を形成し、この配管器材の接液部表層の銅と亜鉛の双方を被覆してこれらの溶出を抑制した。この不飽和脂肪酸は、モノ不飽和脂肪酸又はジ不飽和脂肪酸である。
【解決手段】バルブや管継手などの銅合金製配管器材の少なくとも接液部に不飽和脂肪酸からなる有機物質により皮膜を形成し、この配管器材の接液部表層の銅と亜鉛の双方を被覆してこれらの溶出を抑制した。この不飽和脂肪酸は、モノ不飽和脂肪酸又はジ不飽和脂肪酸である。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、バルブ・管継手、水栓、又は銅管等の銅合金製配管器材の銅及び亜鉛溶出防止方法とこの方法を用いた銅合金製配管器材並びに皮膜形成剤に関する。
【背景技術】
【0002】
通常、青銅や黄銅等の銅合金は、鋳造性、機械加工性、並びに経済性にも優れ、かつ、その他の材料が発揮することが困難な高い抗菌作用が得られるため、水道用、給水給湯用のバルブ・管継手、ストレーナ、水栓、銅管等の配管器材の材料として一般的に多く用いられている。
【0003】
そのうち、水道水は、日本国水道法第4条に基づく水質基準省令により定められている水質基準に適合するように定められている。水道水の水質基準には、健康に関連する項目として定められた物質と、水道水が有するべき性状に関連する項目として定められた物質があり、銅及び亜鉛は後者に属している。
【0004】
銅は人にとって必須元素であり、成人の必要量は1日に2mgとされている。しかし、1.0mg/L以上銅を含む水道水は金属味を帯び、洗濯物への着色や配管設備においても汚れを生じるレベルとなる。そこで、通常、銅の水質基準は1.0mg/L以下と定められている。なお、必須元素ではあるが、許容以上の銅を摂取すると発熱、腹痛、吐き気、嘔吐、口渇、呼吸障害、舌苔の青色化、肝硬変等を生じ、溶血の原因ともなる。
【0005】
亜鉛も人にとって必須元素であり、成人の必要量は1日に15〜22mgとされている。しかし、1.0mg/L以上亜鉛を含む水道水でお湯を沸かすと白く濁ってお茶の風味を損たり、3.0mg/L以上亜鉛を含む水道水では白濁して白水の原因となる。更に、5.0mg/L以上では、収斂味を生じ、風呂等にくみ置きすると表面に油膜が浮くとの事例もある。そこで亜鉛の水質基準は味覚及び色の観点から、通常、1.0mg/L以下と定められている。なお、必須元素ではあるが、許容以上の亜鉛を摂取すると腹痛、嘔吐、下痢などの中毒症状をもたらす場合がある。
【0006】
そのため、例えば、水質基準省令ではバルブ・管継手、水栓、銅管等の銅合金製配管器材に対して個々に給水装置浸出性能基準を設け、そして水質基準の遵守を目指している。バルブ・管継手は、給水装置浸出性能基準の末端以外の給水用具又は給水管区分に属し、銅の基準値は1.0mg/Lであり、亜鉛の基準値は1.0mg/Lである。水栓の場合は、給水装置浸出性能基準の水栓その他末端給水用具の区分に属し、基準値はJIS B2061給水栓の表中に示される通り、銅は0.1mg/Lであり、亜鉛は0.1mg/Lである。銅合金を使用している単水栓及び湯水混合栓では、銅の基準値は0.98mg/Lであり、亜鉛の基準値は0.98mg/Lと特例値が設けられている。
【0007】
ところで、近年の銅合金製配管器材を使用した浄水場では、水質基準を50%以上も超える高い銅濃度水道水が検出されているところもある。主たる浸出源は、銅と亜鉛が主原料の青銅や黄銅等の銅合金製バルブ・管継手、水栓等が考えられるため、より一層の溶出防止対策が必要になっている。
【0008】
銅合金製接液部材に含有されている元素の溶出を防いだり、表面保護する方法として、下記の特許文献が提供されている。例えば、特許文献1の鉛溶出防止法は、配管器材の表面を酸洗することで表面の鉛を除去するものである。特許文献2の鉛溶出低減処理方法は、鉛含有銅合金を、酸化剤を添加したアルカリ性のエッチング液に浸漬して表面の鉛を除去するようにしたものである。特許文献3のニッケル溶出防止法は、ニッケルめっき処理を施した配管器材の接液部表面層に付着しているニッケル塩を酸洗浄工程を経て洗浄除去し、塩酸で接液部表面に皮膜を形成することで効果的に脱ニッケル化処理を施したものである。
一方、銅合金の表面を被覆して有害な元素の溶出を防ぐための方法として、めっき工法が用いられることがある。この場合、銅合金の表面を被覆するためのめっき材料としては、NiCrめっき、Niめっき、スズめっき、及び銀めっき、金めっき、白金めっき、ロジウムめっき、パラジウムめっき、イリジウムめっき、ハードクロムなどが用いられる。
【0009】
その他、これらに関連する従来技術として特許文献4〜7を示す。特許文献4は、有機酸溶液に銅合金製水栓機器を浸漬すると亜鉛と鉛が選択的に溶出し、表面の銅と有機酸が結合して膜を形成し、緑青の発生を防止する技術である。特許文献5は、接水部材である銅合金表面に、鉛選択捕捉性を有する物質を含む鉛溶出防止層を形成し、その上に撥水性物質を含む層を設けたものであり、この撥水性物質は、シリコーン又はフッ素樹脂を用いた技術である。また、特許文献6は、銅成型品の表面に、アンチモンとニッケルの合金膜を化学メッキにより表面処理をする技術であり、特許文献7は、ニッケルメッキで処理された銅合金製接液器材の表面に、ワックスを含有する保護膜形成剤を施して、ニッケルの溶出を抑制するようにした技術である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特許第3345569号公報
【特許文献2】特許第3182765号公報
【特許文献3】特許第4197269号公報
【特許文献4】特開2002−294471号公報
【特許文献5】特開2001−49464号公報
【特許文献6】特開昭63−303079号公報
【特許文献7】特開2009−242851号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
しかしながら、特許文献1ないし3は、あくまでも銅合金中の鉛や、めっき中のニッケルの溶出を防止する方法であって、接液表面から主元素に含まれる一部の対象金属を除去する方法である。そのため、これらの溶出防止方法を、銅合金を構成する主元素である銅と亜鉛を除去する方法として用いることはできない。
一方、めっき工法により配管器材の内周面表面をめっき処理した場合には銅や亜鉛の溶出を抑えることは可能になるが、めっき金属材料自体が溶出するリスクが新たに生じることになる。しかも、めっき材料としてスズめっきを用いた場合には軟硬度になり、外観美化も劣るというデメリットがある。銀めっき、金めっき、白金めっき、ロジウムめっき、パラジウムめっき、イリジウムめっき等の希少金属めっき、複数の元素からなる合金めっきをめっき材料として用いた場合には高コストとなる。また、ハードクロムめっきのような表面硬度強化を目的としためっきの場合、溶出低減のためにねじ部表面や摺動部表面にまでめっきを施すと、互いのめっき表面が硬いだけに欠けやすくなり、欠けた微粉がねじ部に詰まったり、欠けた微粉による表面の傷によって、かじり、漏れなど水道用器具の仕様そのものに悪影響を与えることがある。このように、銅や亜鉛の溶出を抑える目的で配管器材の内周面にめっきを施すことは好ましいことではない。
【0012】
さらに、特許文献4は、有機酸溶液に浸漬すると、亜鉛と鉛が選択的に溶出され、露出した銅と結合して膜が形成されるが、逆に、亜鉛と鉛の溶出が不完全であると、有機酸膜が形成されないため腐食が進行してしまう技術である。特許文献5は、快削性を有し、鉛の溶出を防止し、かつ水垢やスケールの付着の生じにくい接水部材であり、銅合金製配管器材において銅と亜鉛の溶出を防止する技術ではない。特許文献6は、銅成型品の表面に化学メッキを施すことによって銅合金の表面保護を行うものであり、また、特許文献7は、ニッケルの溶出を抑制するものであるから、何れも銅合金製配管器材の銅と亜鉛を溶出しないようにした技術ではない。そのため、銅合金に含有されている銅と亜鉛の溶出を抑制することを可能とした技術の開発が切望されていた。
【0013】
本発明は、上述した課題を解決するため鋭意検討の結果開発に至ったものであり、その目的とするところは、鋳造性、機械加工性、並びに経済性にも優れ、かつ、その他の材料が発揮することが困難な高い抗菌作用が得られる青銅や黄銅等の銅合金をそのまま配管器材に使用しつつ、この銅合金製配管器材から銅、及び亜鉛の溶出を抑制するバルブ・管継手等の銅合金製配管器材の銅及び亜鉛の溶出防止方法、及びその方法を用いた銅合金製配管器材並びに皮膜形成剤を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0014】
上記の目的を達成するため、請求項1に係る発明は、銅合金製配管器材の少なくとも接液部に不飽和脂肪酸からなる有機物質により皮膜を形成し、この配管器材の接液部表層の銅と亜鉛の双方を被覆してこれらの溶出を抑制したバルブ・管継手等の銅合金製配管器材の銅及び亜鉛溶出防止方法である。
【0015】
請求項2に係る発明は、不飽和脂肪酸は、モノ不飽和脂肪酸又はジ不飽和脂肪酸を含有した有機物質であるバルブ・管継手等の銅合金製配管器材の銅及び亜鉛溶出防止方法である。
【0016】
請求項3に係る発明は、モノ不飽和脂肪酸は、オレイン酸を含有した有機物質であり、又はジ不飽和脂肪酸は、リノール酸を含有した有機物質であるバルブ・管継手等の銅合金製配管器材の銅及び亜鉛溶出防止方法である。
【0017】
請求項4に係る発明は、配管器材をオレイン酸を含有する不飽和脂肪酸の皮膜形成後に200℃以下の所定温度で乾燥させるか、或は、リノール酸を含有する不飽和脂肪酸の皮膜形成後に100℃以下の所定温度で乾燥させる乾燥工程を有するバルブ・管継手等の銅合金製配管器材の銅及び亜鉛溶出防止方法である。
【0018】
請求項5に係る発明は、配管器材を50〜70℃の乾燥温度に保持して有機皮膜水溶液の水分を緩やかに蒸発させた後に所定温度まで温度上昇させて乾燥させる乾燥工程を有するバルブ・管継手等の銅合金製配管器材の銅及び亜鉛溶出防止方法である。
【0019】
請求項6に係る発明は、銅合金製配管器材の銅及び亜鉛溶出防止方法を用いて、少なくとも接液部表層の銅及び亜鉛の溶出を抑制したバルブ・管継手等の銅合金製配管器材である。
【0020】
請求項7に係る発明は、不飽和脂肪酸からなる有機物質により、銅合金製配管器材の少なくとも接液部表層に皮膜を形成する形成剤を構成した皮膜形成剤である。
【発明の効果】
【0021】
請求項1に係る発明によると、接液部表層の銅合金を皮膜で覆うことにより、銅及び亜鉛の溶出を抑制することができる。このため、銅合金を材料とするバルブ・管継手、ストレーナ、水栓、銅管等の銅合金製配管器材の銅と亜鉛の溶出量を抑えることが可能になる。しかも、皮膜の形成後には、不飽和脂肪酸が有する二重結合によって銅合金中に含まれる銅と亜鉛に結合する不飽和脂肪酸の分子の間隔が狭まって、皮膜の密度が増すことで銅、亜鉛の溶出を確実に防ぐことができる。したがって、水道水などに銅や亜鉛が溶出する現象を確実に防止でき、良好な配管器材をえることが可能となる。
【0022】
請求項2に係る発明によると、不飽和脂肪酸の中でも天然中に豊富に存在することで経済性に優れ、量産性に向いたモノ不飽和脂肪酸やジ不飽和脂肪酸を用いて接液部表層の銅合金中の亜鉛を皮膜で覆うことにより、銅、亜鉛の溶出を抑制することができる。
【0023】
請求項3に係る発明によると、皮膜の密度を向上させて銅、亜鉛の溶出防止機能を高めるとともに、酸化を防いで臭いの発生を防止できるなどその効果は大きい。
【0024】
請求項4に係る発明によると、分子構造内に含まれる二重結合の化学反応を抑えることで不飽和脂肪酸自身が反応することを防止し、オレイン酸やリノール酸の表面皮膜の熱分解を防いで配管器材からの鉛や亜鉛の溶出を確実に防止できる。
【0025】
請求項5に係る発明によると、有機皮膜水溶液の水分の急激な蒸発を防いで均一な表面皮膜を形成し、配管器材の銅や亜鉛の溶出を均等に抑制して高品質な配管器材を得ることが可能となる。
【0026】
請求項6又は7に係る発明によると、接液部表層からの銅、亜鉛の溶出を防止したバルブ・管継手、ストレーナ、水栓、銅管等の各種の銅合金製配管器材と皮膜形成剤を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】亜鉛品、及び黄銅品のFT−IR分析による分析結果を示したグラフである。
【図2】オレイン酸、リノール酸を用いた純銅品のFT−IR分析による分析結果を示したグラフである。
【図3】銅と亜鉛の不飽和脂肪酸からなる有機物質の皮膜による溶出防止工程を示すフローチャートである。
【図4】図3の溶出防止工程に混酸による洗浄工程を導入した溶出防止工程を示すフローチャートである。
【図5】乾燥温度の異なるオレイン酸を用いた純銅品のFT−IR分析による分析結果を示したグラフである。
【図6】乾燥温度の異なるリノール酸を用いた純銅品のFT−IR分析による分析結果を示したグラフである。
【図7】二重結合に水分子が反応するときの化学式である。
【図8】純銅テストピースによる各容積における銅補正値を示すグラフである。
【図9】乾燥温度の異なるオレイン酸とリノール酸を用いた純亜鉛品のFT−IR分析による分析結果を示したグラフである。
【図10】黄銅テストピースによる各容積における銅補正値を示すグラフである。
【図11】黄銅テストピースによる各容積における亜鉛補正値を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0028】
以下に、本発明におけるバルブ・管継手等の銅合金製配管器材の銅及び亜鉛溶出防止方法とこの方法を用いた銅合金製配管器材並びに皮膜形成剤の好ましい実施形態を詳述する。
一般に、銅合金については、主元素の銅に加えて様々な元素が加わって合金をなしており、青銅であれば、例えば、JIS H5210に、黄銅であれば、例えば、JIS H3250にその種類が示されている。この場合、水道用、給水給湯用のバルブ・管継手、ストレーナ、水栓、銅管等の配管器材の浸出試験においては、主元素の銅と共に亜鉛の浸出が見られる。この亜鉛は材質によって銅合金中での含有が異なるが、浸出試験においては接液部分の形状、その他添加される合金元素による影響、そして、水栓等に施すめっきに用いる被覆金属による影響により、銅と亜鉛の浸出傾向は様々である。
【0029】
一方、銅と亜鉛は、銅合金を構成する主元素であるが、そのイオン化傾向は大きく異なり、E0=0Vである水素に対し、亜鉛はE0=−0.76Vの卑な金属であり、銅はE0=+0.34Vの貴な金属であるため水への溶解性も大きく異なる。例えば、直径が20mm、厚さが10mmの円柱形状で接液面積比が1256cm2/Lであり、表1に示した金属成分の黄銅テストピースの場合、その浸出量は表2に示した通りとなる。
【0030】
【表1】
【0031】
【表2】
【0032】
一方、純銅(純度99.99%)の場合、例えば、縦横20mm、厚さ0.1mmの純銅テストピースであり、接液面積比が1760cm2/LのときのCuの浸出量を表3に示す。
【0033】
【表3】
【0034】
黄銅テストピースの接液面積比1256cm2/Lに合わせるため、表3の純銅テストピースの浸出量を換算すると0.421mg/L(0.59mg/L×1256cm2/L÷1760cm2/L)となり、黄銅と純銅を比較して銅の浸出傾向が大きく異なっていることが確認された。これは銅と亜鉛のイオン化傾向による差によるもので、黄銅の亜鉛のように卑な金属が共存する場合は、卑な金属の溶解によって銅の溶解が防がれ、又は溶解していた銅が卑な金属の溶解により置換され金属化することにより、結果として銅の浸出が少なくなる。一方、純銅の場合は単なる銅の浸出となる。このことから、亜鉛のように卑な金属のみの溶出防止を行うと、かえって銅の浸出が増えてしまうことになる。よって、銅合金においては、銅の溶出防止と亜鉛の溶出防止を共に行う必要がある。
【0035】
本実施形態は、上記の条件下において、銅及び亜鉛溶出防止方法は、銅合金製配管器材の少なくとも接液部に、不飽和脂肪酸からなる有機物質により皮膜を形成し、この配管器材の接液部表層の銅と亜鉛の双方を被覆して溶出を抑制するようにした。これにより、少
【0036】
なくとも接液部表層の銅と亜鉛の溶出が抑制された銅合金製配管器材を設けることが可能になる。更に、銅合金に形成した皮膜は、水に不溶であるとともに、アルキル基の撥水性により水道水中のスケールを付着させない機能を有している。
【0037】
この場合、モノ不飽和脂肪酸は、オレイン酸を含有した有機物質であり、又はジ不飽和脂肪酸は、リノール酸を含有した有機物質である。
【0038】
更に、配管器材を、オレイン酸を含有する不飽和脂肪酸の皮膜形成後に200℃以下の所定温度で乾燥させるか、或は、リノール酸を含有する不飽和脂肪酸による皮膜形成後に100℃以下の所定温度で乾燥させる乾燥工程を有することが望ましい。
【0039】
その際、配管器材を、50〜70℃の乾燥温度に保持して有機皮膜水溶液の水分を緩やかに蒸発させた後に、所定温度まで温度上昇させて乾燥させる乾燥工程を有するようにすることがより好ましい。
【0040】
そして、前記の銅合金製配管器材の銅及び亜鉛溶出防止方法を用いることにより、バルブ・管継手等の銅合金製配管器材の少なくとも接液部表層の銅及び亜鉛の溶出を抑制した。
【0041】
本実施形態における銅及び亜鉛溶出防止方法に用いる皮膜形成剤は、不飽和脂肪酸からなる有機物質により、銅合金製配管器材の少なくとも接液部表層に皮膜を形成する形成剤である。
【0042】
前述した不飽和脂肪酸とは、1つ以上の不飽和の炭素結合をもつ脂肪酸である。これらの不飽和脂肪酸は天然に多く見られ、不飽和の数によって分けられる。不飽和の炭素結合が炭化水素鎖中に1つあるものは、モノエン酸、1価不飽和脂肪酸、あるいはモノ不飽和脂肪酸と言う。複数の不飽和の炭素結合が炭化水素鎖中にあるものは、非共役ポリエン酸、多価不飽和脂肪酸といい、具体的に2つあるものはジ不飽和脂肪酸、3つあるものはトリ不飽和脂肪酸、4つあるものはテトラ不飽和脂肪酸、5つあるものはペンタ不飽和脂肪酸、6つあるものはヘキサ不飽和脂肪酸と言う。
【0043】
この場合、不飽和炭素結合の数が多いほど融点が低くなる。このことは、寒冷地に生息する魚類など変温動物にとって有利に働くことから、イワシに由来するイワシ酸やニシンに由来するニシン酸などがある。しかし、一方で不飽和炭素結合の数が多いほど自動酸化されやすく油脂の劣化が早く、工業化として皮膜剤の安定管理が難しくなる。しかも、天然での存在量が少ないため高額で、量産化に向けては皮膜が高コスト化してしまい不向きである。このため、モノ不飽和脂肪酸やジ不飽和脂肪酸に適している。
【0044】
不飽和脂肪酸は、IUPAC命名法によるIUPAC名と、それ以前より名前があるものは慣用名として2つが併用され、以下に不飽和脂肪酸を示す。天然物より産出されることの多い不飽和脂肪酸は、一般的に飽和脂肪酸や異なる不飽和脂肪酸が不可避不純物として混入することもあるが、作用に大きな悪影響を及ぼすことはない。表4においてはモノ不飽和脂肪酸、表5においてはジ不飽和脂肪酸、表6においてはトリ不飽和脂肪酸、表7においてはテトラ不飽和脂肪酸、表8においてはペンタ不飽和脂肪酸、表9においてはヘキサ不飽和脂肪酸の例をそれぞれ示している。
【0045】
【表4】
【0046】
【表5】
【0047】
【表6】
【0048】
【表7】
【0049】
【表8】
【0050】
【表9】
【0051】
不飽和脂肪酸は天然中に豊富に存在するが、主に存在する油糧種子などから抽出した粗油にはガム質、遊離脂肪酸、そしてカロチノイド系やクロロフィル系等の色素も混入している。そのため、これらを除去し精製した精製油や白絞油以上の純度のものが好ましい。なお、JAS規格においては数値化されており、オレイン酸70%以上のものが好ましく、その他不可避不純物を含有する。なお、主な不可避不純物を表10に示す。
【0052】
【表10】
【0053】
この場合、皮膜形成に用いる不飽和脂肪酸は、非水溶性であって、炭化水素鎖中の炭素数が10個以上のものが好ましい。特に、モノ不飽和脂肪酸のオレイン酸又はジ不飽和脂肪酸のリノール酸等の有機物質が好適である。これは、銅と亜鉛の溶出防止用の皮膜(保護膜)を形成するための銅と亜鉛の溶出防止用保護膜形成剤としては、天然に多量に存在することから安価であり、また、安定ゆえ皮膜剤の管理が安易であるからである。このような有機物質で皮膜を形成すると、この皮膜が銅合金中の銅や亜鉛の上に形成され、その結果、銅と亜鉛の溶出を防ぐことができる。
【0054】
ここで、オレイン酸やリノール酸の有機物質による皮膜の存在について、FT−IR分析でも確認を行なった。FT−IRとは、フーリエ変換赤外分光光度計でフーリエ変換を利用して赤外光の各波長における強度分布を調べる装置である。赤外分光法とは、測定物質に赤外線を照射し透過光を分光することでスペクトルを得て対象物を見分けるものである。この赤外分光法において、スペクトルは、分子固有の形を示すため、表面研磨した黄銅テストピース及び電気亜鉛テストピース(Zn99.97%)上の皮膜をかき出し、FT−IR分析において赤外光を照射し、オレイン酸やリノール酸の有機物質による皮膜の存在状態を分析した。その結果を図1に示す。
【0055】
図1中に示したオレイン酸とリノール酸のピークでは、カルボキシル基の特徴を示す1750cm−1付近の独立峰ピークがはっきりと現れる。しかしながら、黄銅テストピース、及び電気亜鉛テストピース上の皮膜には1750cm−1の独立峰ピークは全く見られず、全て別の物質の変わったことがわかる。なお、電気亜鉛テストピースは、比較データとなるステアリン酸亜鉛と同位置にピークが動いているため、オレイン酸とリノール酸が化学反応して亜鉛と結合していることがわかる。一方、黄銅テストピースは、さらに比較データとなるステアリン酸の銅反応物のピークとも同位置にあるピークが見られるため、同様にオレイン酸とリノール酸が化学反応して銅リッチの表面にも結合していることがわかる。
【0056】
銅表面については純銅テストピースを用いて確認し、オレイン酸、リノール酸に関するものを図2に示した。オレイン酸とリノール酸のピークでは、カルボキシル基の特徴を示す1750cm−1付近の独立峰ピークがはっきりと現れる。しかしながら、図2において、オレイン酸とリノール酸共に純銅テストピース上の皮膜には1750cm−1の独立峰ピークは全く見られず全て別の物質に変わったことがわかる。なお、図2中の比較データとなるステアリン酸銅と同位置にピークが動いているため、オレイン酸とリノール酸が銅と化学反応していることがわかる。
【0057】
ところで、この不飽和脂肪酸による皮膜は、すべての金属と結合するわけではなく、例えば、ステンレス鋼やアルミニウムなど空気や水中など酸素の供給によって不動態皮膜を形成できる金属表面には結合できない。従って、この皮膜は、亜鉛や銅など限られた金属表面でしか結合できないことがわかった。
【0058】
銅合金製配管器材に不飽和脂肪酸からなる有機物質の皮膜を形成する際には、図3の通り脱脂工程、水洗工程を経た後に、皮膜形成工程において配管器材を不飽和脂肪酸である有機皮膜水溶液に所定温度・所定時間で皮膜形成処理する。これにより、銅合金製配管器材の表層に皮膜を形成して銅と亜鉛の溶出防止を図ることができる。
【0059】
皮膜形成処理後には、エアブロー工程において、エアブローを銅合金製配管器材の表面に施して配管器材表面に付着している有機皮膜水溶液を除去し、かつ、配管器材表面に均一な皮膜を形成する。そのため、エアブロー処理を施す際には、このエアブローを強くして均一な状態で斑ムラを防ぐようにする。その後、乾燥工程において、例えば、恒温乾燥炉等の炉に配管器材を入れ、所定温度にて所定時間乾燥させ、配管器材表面に均一な皮膜を形成させる。
【0060】
接液部にオレイン酸、リノール酸からなる不飽和脂肪酸で皮膜を形成した場合には、不飽和脂肪酸に含まれるカルボシキル基があり、本官能基と銅合金中の銅や亜鉛と結合しやすくなり、特に、亜鉛が多いβ相を多く含有する黄銅において亜鉛の溶出をより効果的に防止することが可能となる。
【0061】
その際、有機物質としては飽和脂肪酸も存在するが、皮膜を形成する上では不飽和脂肪酸が好ましく、その理由としては、双方の分子構造の違いが挙げられる。水に対して不溶性・撥水性を高める場合、アルキル基の長さが重要になり、飽和脂肪酸におけるアルキル基は、その長さが増すにつれて分子が自由に動き回る範囲が広がって広い立体空間の中に存在することになる。そのため、亜鉛と結合する飽和脂肪酸の分子の間隔が大きくなり皮膜として密度が粗くなって亜鉛が直接水分子と接する頻度が高まることになる。
【0062】
これに対して、不飽和脂肪酸の場合には、その分子構造内に二重結合が存在するため、この部分を軸に分子が平面構造になり、この分子が自由に動き回る範囲に制約が生じることになる。その結果、亜鉛と結合する分子の間隔が狭まって皮膜の密度を増すことができる。
【0063】
二重結合が多く含まれる不飽和脂肪酸として、例えば、ドコサヘキサエン酸(DHA)やニシン酸があるが、これらは数多くの二重結合によって酸化されやすいというデメリットがある。これらは、酸化すると腐敗臭が発生しやすくなるため、水道水などを流体とする銅合金製配管部材に使用することは好ましくない。
【0064】
そこで、銅合金製配管器材の銅と亜鉛の溶出防止用として腐敗臭の発生を防ぐオレイン酸やリノール酸からなる不飽和脂肪酸を用いることが好ましい。
オレイン酸とリノール酸は、共に炭素数が18個の不飽和脂肪酸で、異なる点は、オレイン酸は分子構造内に二重結合が1つであり、リノール酸は分子構造内に二重結合が2つある点である。この二重結合の数差は、高温時での分子の安定性に違いを与える。具体的には、上述の通り配管器材表面に均一な皮膜を形成させるため乾燥工程にて高温下にさらすことになり、このことは、高温時での安定性に欠くリノール酸には不利となる。一般的に、リノール酸は安定して保存するために冷蔵保存を求められるくらいのものであり、安定性を要求される場合には、オレイン酸の方が適している。
【0065】
近年、水質基準が厳しくなってきていることから、例えば、鉛やニッケルの溶出防止処理と本方法を組み合わせることも考えられる。その場合は、酸又はアルカリ系の溶液で洗浄した後に実施するのもよい。一例として、酸溶液として0.6mol/L硝酸と、0.047mol/L塩酸から成る混酸による洗浄工程を導入したものを図4に示す。なぜならば、表層に偏析した鉛やアルミニウム、めっき処理によってもたらされためっき液残渣を取り除いてから、銅合金中の銅と亜鉛に対して溶出防止処理がおこなえるからである。
【実施例1】
【0066】
次に、本発明におけるバルブ・管継手、水栓又は銅管等の銅合金製配管器材の銅と亜鉛の溶出防止に関する実施例を詳述する。
銅合金製配管器材の銅と亜鉛の溶出防止には、不飽和脂肪酸が銅と亜鉛の双方に結合しなければならず、それには皮膜形成処理後にエアブロー工程において均一な皮膜を形成した不飽和脂肪酸分子が銅合金表面の銅、及び亜鉛に化学反応する必要がある。具体的には、不飽和脂肪酸分子の銅合金表面への衝突が反応エネルギーとなるため乾燥工程時に加温することが望ましい。
【0067】
一方不飽和脂肪酸には分子構造内に二重結合があり、この部分は化学反応性に富むため、乾燥工程時に加温するもある温度以上に加温すると不飽和脂肪酸自身が反応してしまうおそれがある。
【0068】
そこで、高温乾燥時に卑な金属である亜鉛では空気中の酸素や水分の影響によって直接酸化してしまうこともあり表面皮膜の評価がしにくくなるため、純銅製配管器材を想定した純銅テストピースを代表に、オレイン酸とリノール酸の皮膜を形成させ、乾燥工程時に加温した際の結合状況と不飽和脂肪酸分子の変化についてFT−IRにて調査を行い、図5、及び図6にまとめた。図5及び図6より、オレイン酸とリノール酸の皮膜は、乾燥温度が50℃30分、70℃30分でも形成されている。常温のものは25℃で長時間(144時間)放置したものである。なお、図5のオレイン酸を用いた評価より乾燥温度200℃30分のものは2重結合を示す3000cm−1付近のピークが減少し替わって3250〜3500cm−1付近になだらかなピークが現れている。これは化学反応性に富む二重結合の一部が乾燥炉内の空気に含まれた水(水蒸気)と反応したためである。具体的には図7に示すように、二重結合に水分子が付加反応している。
【0069】
さらに乾燥温度を上昇させた230℃で30分のものは、200℃以下のもののピークと比較して、波長が全体的に大幅に乱れてしまっている。これは230℃の熱によってオレイン酸の皮膜が熱分解してしまっていることを示している。
【0070】
一方、図6のリノール酸を用いた評価では、100℃30分のものから2重結合を示す3000cm−1付近のピークが減少し替わって3250〜3500cm−1付近になだらかなピークが現れており、乾燥温度150℃30分のものには完全に2重結合を示す3000cm−1付近のピークが無く、波長も大幅に乱れてしまっている。なおリノール酸がオレイン酸よりも低い温度で2重結合を失ってしまうのは、化学反応性に富む2重結合が2つあることでリノール酸の融沸点も下がり反応性が高まるためである。
【0071】
このことから、不飽和脂肪酸がオレイン酸の場合は200℃以下であり、リノール酸の場合は100℃以下であることが望ましいといえる。
【0072】
以降、浸出試験評価は、JIS S3200−7に基づき実施した。JIS S3200−7は、次亜塩素酸ナトリウム1mL(有効塩素濃度0.3mg/mL)、炭酸水素ナトリウム溶液(0.04mol/L)22.5mL及び塩化カルシウム溶液(0.04mol/L)11.3mLを純水に加え1Lとしたもので、pHは7.0±0.1、硬度は45±5mg/L、アルカリ度35±5mg/L、残留塩素0.3±0.1mg/Lに調整されたものである。なお、浸出試験方法は、コンディショニング無しによる方法で実施した。
【0073】
さらに、上述のオレイン酸の皮膜を形成させた純銅テストピースを用い浸出試験による評価も行った。純銅テストピースは前述のとおり縦横20mm、厚さ0.1mmで接液面積比が1760cm2/Lにて実施した。この結果を表11に示す。上述のFT−IRによる調査では常温や50℃でも皮膜が得られていたが、浸出試験における銅の低減効果については乾燥温度70℃で40%程度の低減であり、90%を越えた著しい低減効果が見られたのは100℃を超えてからであった。
【0074】
【表11】
【0075】
近年、銅合金製配管器材を使用した浄水場では水質基準を50%以上も超える高い銅濃度水道水が検出されており水質基準の見直しも考えられるが、例えば、水質基準の変更はなく、銅合金製単水栓及び湯水混合栓で適用される特例値が無くなりJIS B2061給水栓の表中に示される通り、0.1mg/Lが銅の基準として扱われた場合を想定すると、表11の浸出試験結果より純銅テストピースの接液面積比1760cm2/Lを大型給水栓3000cm2/Lに換算した表12に各容積別に想定される銅の基準値0.1mg/Lと比較する補正値を図8に示すと、下限乾燥温度は70℃を超える温度が好ましい。一方、上限乾燥温度はFT−IRによる評価より200℃以下が好ましい。
【0076】
【表12】
【実施例2】
【0077】
青銅や黄銅など亜鉛と銅が主成分の銅合金の場合、銅と共に亜鉛の浸出低減も図る必要がある。そこで純亜鉛テストピースを用い、オレイン酸とリノール酸の皮膜を形成させ、乾燥工程時に加温した際の亜鉛との結合状況についてFT−IRにて調査を行い図9にまとめた。なお、常温のものは25℃で長時間(144時間)放置したものである。また、乾燥工程で70℃30分のものは黄銅テストピースでも行い表13に示したものである。図9の結果より、不飽和脂肪酸のオレイン酸とリノール酸の皮膜は、乾燥工程で50℃30分の条件で亜鉛上に皮膜を形成できることが確認された。また、常温下で144時間放置しても皮膜を形成することが確認されたが、実際の製品に対して長時間の処理を施すことは経済的に有意義ではないといえる。
【0078】
さらに浸出試験による評価も行うため、前述した直径が20mm、厚さが10mmの円柱形状で接液面積比が1256cm2/LのCAC203製黄銅テストピースを代表に図4に従い、脱脂工程、水洗工程を実施した後に、0.6mol/L硝酸と0.047mol/L塩酸から成る混酸処理を施した。皮膜形成工程前の混酸処理目的は、銅合金表層に偏析した鉛やアルミニウムを取り除いてから、銅と亜鉛に対して溶出防止処理を行うためである。その後の水洗工程を経た皮膜形成工程では、オレイン酸0.8wt%の不飽和脂肪酸(有機皮膜水溶液)の中に黄銅テストピースを50℃にて5分浸漬させて銅と亜鉛の溶出防止処理を施した。この皮膜形成処理後には、エアブロー工程、乾燥工程を施した。エアブロー工程としては、黄銅テストピースにエアブローを適宜の時間施して有機皮膜水溶液を除去した。乾燥工程としては、表13の各水準条件で恒温乾燥炉内に黄銅テストピースを入れ、この黄銅テストピースを乾燥させた。これらの工程を経た後の黄銅テストピースの銅と亜鉛の浸出試験の結果を表13に示す。
【0079】
【表13】
【0080】
表13の結果より、70℃30分乾燥において亜鉛は約50分の1まで浸出低減が図られているが、銅については3分の1程度の低減に留めている。このレベルは70℃の乾燥温度で実施した表12に示す純銅テストピースと傾向が同じである。この理由は亜鉛が卑な金属であるのに対し、銅は貴な金属であるため、均一な皮膜を形成した不飽和脂肪酸分子が銅と密に結合するためには、亜鉛以上に大きなエネルギー、すなわち乾燥温度を必要とするためである。
【0081】
しかしながら、乾燥温度が70℃を超えると、有機皮膜水溶液の水分が急激に蒸発するため、皮膜表面では沸騰に伴う泡を発しながら皮膜を形成してしまうため、均一性を損なうおそれがある。そこで銅の大幅な浸出低減も図るために、表13の水準3と水準4では一旦50〜70℃の乾燥温度にて有機皮膜水溶液の水分を緩やかに蒸発させた後、銅との結合エネルギーを得るため乾燥温度を上昇させた条件でも評価を行った結果、温度上昇の大きい150℃では、一旦50〜70℃の乾燥温度を保った方が銅の浸出低減により効果があった。よって、一旦50〜70℃の乾燥温度にて有機皮膜水溶液の水分を緩やかに蒸発させた後、銅との結合エネルギーを得るため乾燥温度を上昇させると良い。
【0082】
同様に、例えば、水質基準の変更はなく、銅合金製単水栓及び湯水混合栓で適用される特例値が無くなりJIS B2061給水栓の表中に示される通り、0.1mg/Lが銅の基準、0.1mg/Lが亜鉛の基準として扱われた場合を想定すると、表13の浸出試験結果より黄銅テストピースの接液面積比1256cm2/Lを大型給水栓3000cm2/Lに換算した表14に各容積別に想定される銅と亜鉛の基準値0.1mg/Lと比較する補正値を図10、及び図11に示し、各容積における下限乾燥温度は図10、及び図11による。一方上限乾燥温度はFT−IRによる評価より200℃以下が好ましい。
【0083】
【表14】
【実施例3】
【0084】
近年、バルブ・管継手等の銅合金製配管器材では、鉛の含有を極力抑えた鉛レス銅合金も普及してきている。そこで本発明が異なる銅合金にも有効であることを確認した。まずは、外径が52mm、そして内径が32mmで切削加工され、長さが200mmで、接液面積比が1250cm2/Lとなる筒状のテストピースを製作した。材質は鉛を含有した従来から使用されているCAC203と鉛レス銅合金であるCAC804の2種類を用意した。なお、皮膜形成処理後の乾燥工程は、すでに前述の実施例で見極めた100℃にて行った。これら筒状のテストピース内に浸出液を内封し、得られた結果を表15、表16に示す。
【0085】
【表15】
【0086】
【表16】
【0087】
本結果より、CAC203、CAC804共に本発明により銅と亜鉛の浸出低減を確認することができた。なお、鉛レス銅合金は、CAC804の他に、CAC901、CAC902、CAC903、CAC911、CAC901C、CAC902C、CAC903C、CAC911Cなどがあるが、いずれの場合も銅と亜鉛の浸出低減効果を発揮することができる。
【0088】
一方、海外においては、例えば、アメリカの場合JISではなくNSF/ANSI61に従う浸出試験評価となる。バルブが該当するNSF/ANSI61 section8では、次亜塩素酸ナトリウム1mL(0.025mol/L)、リン酸水素ナトリウム溶液(0.1mol/L)25mL及び塩化マグネシウム溶液(0.04mol/L)25mLを純水に加え1LとしpHが5となる浸出液と、次亜塩素酸ナトリウム1mL(0.025mol/L)、水酸化ナトリウム50mL(0.1mol/L)、及び四ホウ酸ナトリウム50mL(0.05mol/L)を純水に加え1LとしpHが10となる浸出液の2種類で試験評価を行うものである。
【0089】
従って、アメリカにおいては、従来銅合金となるASTM B283 C3770に対し鉛レス銅合金材料となるASTM B371 C6930、ASTM B584 C87850、ASTM B927 C27450、及びASTM B584 C89550においても、NSF/ANSI61に従う浸出試験評価で本技術により銅と亜鉛の浸出低減を発揮することができる。
【0090】
なお、本発明においては、バルブ、管継手、水栓、銅管等の銅合金製配管器材について述べたが、これに限定されるものではなく、例えば、高い熱伝導度が要求される銅合金製食品加工器具、銅合金製調理器具や、抗菌性が要求される銅合金製食品保存容器、銅合金製飲料保存容器にも適用できる。
【技術分野】
【0001】
本発明は、バルブ・管継手、水栓、又は銅管等の銅合金製配管器材の銅及び亜鉛溶出防止方法とこの方法を用いた銅合金製配管器材並びに皮膜形成剤に関する。
【背景技術】
【0002】
通常、青銅や黄銅等の銅合金は、鋳造性、機械加工性、並びに経済性にも優れ、かつ、その他の材料が発揮することが困難な高い抗菌作用が得られるため、水道用、給水給湯用のバルブ・管継手、ストレーナ、水栓、銅管等の配管器材の材料として一般的に多く用いられている。
【0003】
そのうち、水道水は、日本国水道法第4条に基づく水質基準省令により定められている水質基準に適合するように定められている。水道水の水質基準には、健康に関連する項目として定められた物質と、水道水が有するべき性状に関連する項目として定められた物質があり、銅及び亜鉛は後者に属している。
【0004】
銅は人にとって必須元素であり、成人の必要量は1日に2mgとされている。しかし、1.0mg/L以上銅を含む水道水は金属味を帯び、洗濯物への着色や配管設備においても汚れを生じるレベルとなる。そこで、通常、銅の水質基準は1.0mg/L以下と定められている。なお、必須元素ではあるが、許容以上の銅を摂取すると発熱、腹痛、吐き気、嘔吐、口渇、呼吸障害、舌苔の青色化、肝硬変等を生じ、溶血の原因ともなる。
【0005】
亜鉛も人にとって必須元素であり、成人の必要量は1日に15〜22mgとされている。しかし、1.0mg/L以上亜鉛を含む水道水でお湯を沸かすと白く濁ってお茶の風味を損たり、3.0mg/L以上亜鉛を含む水道水では白濁して白水の原因となる。更に、5.0mg/L以上では、収斂味を生じ、風呂等にくみ置きすると表面に油膜が浮くとの事例もある。そこで亜鉛の水質基準は味覚及び色の観点から、通常、1.0mg/L以下と定められている。なお、必須元素ではあるが、許容以上の亜鉛を摂取すると腹痛、嘔吐、下痢などの中毒症状をもたらす場合がある。
【0006】
そのため、例えば、水質基準省令ではバルブ・管継手、水栓、銅管等の銅合金製配管器材に対して個々に給水装置浸出性能基準を設け、そして水質基準の遵守を目指している。バルブ・管継手は、給水装置浸出性能基準の末端以外の給水用具又は給水管区分に属し、銅の基準値は1.0mg/Lであり、亜鉛の基準値は1.0mg/Lである。水栓の場合は、給水装置浸出性能基準の水栓その他末端給水用具の区分に属し、基準値はJIS B2061給水栓の表中に示される通り、銅は0.1mg/Lであり、亜鉛は0.1mg/Lである。銅合金を使用している単水栓及び湯水混合栓では、銅の基準値は0.98mg/Lであり、亜鉛の基準値は0.98mg/Lと特例値が設けられている。
【0007】
ところで、近年の銅合金製配管器材を使用した浄水場では、水質基準を50%以上も超える高い銅濃度水道水が検出されているところもある。主たる浸出源は、銅と亜鉛が主原料の青銅や黄銅等の銅合金製バルブ・管継手、水栓等が考えられるため、より一層の溶出防止対策が必要になっている。
【0008】
銅合金製接液部材に含有されている元素の溶出を防いだり、表面保護する方法として、下記の特許文献が提供されている。例えば、特許文献1の鉛溶出防止法は、配管器材の表面を酸洗することで表面の鉛を除去するものである。特許文献2の鉛溶出低減処理方法は、鉛含有銅合金を、酸化剤を添加したアルカリ性のエッチング液に浸漬して表面の鉛を除去するようにしたものである。特許文献3のニッケル溶出防止法は、ニッケルめっき処理を施した配管器材の接液部表面層に付着しているニッケル塩を酸洗浄工程を経て洗浄除去し、塩酸で接液部表面に皮膜を形成することで効果的に脱ニッケル化処理を施したものである。
一方、銅合金の表面を被覆して有害な元素の溶出を防ぐための方法として、めっき工法が用いられることがある。この場合、銅合金の表面を被覆するためのめっき材料としては、NiCrめっき、Niめっき、スズめっき、及び銀めっき、金めっき、白金めっき、ロジウムめっき、パラジウムめっき、イリジウムめっき、ハードクロムなどが用いられる。
【0009】
その他、これらに関連する従来技術として特許文献4〜7を示す。特許文献4は、有機酸溶液に銅合金製水栓機器を浸漬すると亜鉛と鉛が選択的に溶出し、表面の銅と有機酸が結合して膜を形成し、緑青の発生を防止する技術である。特許文献5は、接水部材である銅合金表面に、鉛選択捕捉性を有する物質を含む鉛溶出防止層を形成し、その上に撥水性物質を含む層を設けたものであり、この撥水性物質は、シリコーン又はフッ素樹脂を用いた技術である。また、特許文献6は、銅成型品の表面に、アンチモンとニッケルの合金膜を化学メッキにより表面処理をする技術であり、特許文献7は、ニッケルメッキで処理された銅合金製接液器材の表面に、ワックスを含有する保護膜形成剤を施して、ニッケルの溶出を抑制するようにした技術である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特許第3345569号公報
【特許文献2】特許第3182765号公報
【特許文献3】特許第4197269号公報
【特許文献4】特開2002−294471号公報
【特許文献5】特開2001−49464号公報
【特許文献6】特開昭63−303079号公報
【特許文献7】特開2009−242851号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
しかしながら、特許文献1ないし3は、あくまでも銅合金中の鉛や、めっき中のニッケルの溶出を防止する方法であって、接液表面から主元素に含まれる一部の対象金属を除去する方法である。そのため、これらの溶出防止方法を、銅合金を構成する主元素である銅と亜鉛を除去する方法として用いることはできない。
一方、めっき工法により配管器材の内周面表面をめっき処理した場合には銅や亜鉛の溶出を抑えることは可能になるが、めっき金属材料自体が溶出するリスクが新たに生じることになる。しかも、めっき材料としてスズめっきを用いた場合には軟硬度になり、外観美化も劣るというデメリットがある。銀めっき、金めっき、白金めっき、ロジウムめっき、パラジウムめっき、イリジウムめっき等の希少金属めっき、複数の元素からなる合金めっきをめっき材料として用いた場合には高コストとなる。また、ハードクロムめっきのような表面硬度強化を目的としためっきの場合、溶出低減のためにねじ部表面や摺動部表面にまでめっきを施すと、互いのめっき表面が硬いだけに欠けやすくなり、欠けた微粉がねじ部に詰まったり、欠けた微粉による表面の傷によって、かじり、漏れなど水道用器具の仕様そのものに悪影響を与えることがある。このように、銅や亜鉛の溶出を抑える目的で配管器材の内周面にめっきを施すことは好ましいことではない。
【0012】
さらに、特許文献4は、有機酸溶液に浸漬すると、亜鉛と鉛が選択的に溶出され、露出した銅と結合して膜が形成されるが、逆に、亜鉛と鉛の溶出が不完全であると、有機酸膜が形成されないため腐食が進行してしまう技術である。特許文献5は、快削性を有し、鉛の溶出を防止し、かつ水垢やスケールの付着の生じにくい接水部材であり、銅合金製配管器材において銅と亜鉛の溶出を防止する技術ではない。特許文献6は、銅成型品の表面に化学メッキを施すことによって銅合金の表面保護を行うものであり、また、特許文献7は、ニッケルの溶出を抑制するものであるから、何れも銅合金製配管器材の銅と亜鉛を溶出しないようにした技術ではない。そのため、銅合金に含有されている銅と亜鉛の溶出を抑制することを可能とした技術の開発が切望されていた。
【0013】
本発明は、上述した課題を解決するため鋭意検討の結果開発に至ったものであり、その目的とするところは、鋳造性、機械加工性、並びに経済性にも優れ、かつ、その他の材料が発揮することが困難な高い抗菌作用が得られる青銅や黄銅等の銅合金をそのまま配管器材に使用しつつ、この銅合金製配管器材から銅、及び亜鉛の溶出を抑制するバルブ・管継手等の銅合金製配管器材の銅及び亜鉛の溶出防止方法、及びその方法を用いた銅合金製配管器材並びに皮膜形成剤を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0014】
上記の目的を達成するため、請求項1に係る発明は、銅合金製配管器材の少なくとも接液部に不飽和脂肪酸からなる有機物質により皮膜を形成し、この配管器材の接液部表層の銅と亜鉛の双方を被覆してこれらの溶出を抑制したバルブ・管継手等の銅合金製配管器材の銅及び亜鉛溶出防止方法である。
【0015】
請求項2に係る発明は、不飽和脂肪酸は、モノ不飽和脂肪酸又はジ不飽和脂肪酸を含有した有機物質であるバルブ・管継手等の銅合金製配管器材の銅及び亜鉛溶出防止方法である。
【0016】
請求項3に係る発明は、モノ不飽和脂肪酸は、オレイン酸を含有した有機物質であり、又はジ不飽和脂肪酸は、リノール酸を含有した有機物質であるバルブ・管継手等の銅合金製配管器材の銅及び亜鉛溶出防止方法である。
【0017】
請求項4に係る発明は、配管器材をオレイン酸を含有する不飽和脂肪酸の皮膜形成後に200℃以下の所定温度で乾燥させるか、或は、リノール酸を含有する不飽和脂肪酸の皮膜形成後に100℃以下の所定温度で乾燥させる乾燥工程を有するバルブ・管継手等の銅合金製配管器材の銅及び亜鉛溶出防止方法である。
【0018】
請求項5に係る発明は、配管器材を50〜70℃の乾燥温度に保持して有機皮膜水溶液の水分を緩やかに蒸発させた後に所定温度まで温度上昇させて乾燥させる乾燥工程を有するバルブ・管継手等の銅合金製配管器材の銅及び亜鉛溶出防止方法である。
【0019】
請求項6に係る発明は、銅合金製配管器材の銅及び亜鉛溶出防止方法を用いて、少なくとも接液部表層の銅及び亜鉛の溶出を抑制したバルブ・管継手等の銅合金製配管器材である。
【0020】
請求項7に係る発明は、不飽和脂肪酸からなる有機物質により、銅合金製配管器材の少なくとも接液部表層に皮膜を形成する形成剤を構成した皮膜形成剤である。
【発明の効果】
【0021】
請求項1に係る発明によると、接液部表層の銅合金を皮膜で覆うことにより、銅及び亜鉛の溶出を抑制することができる。このため、銅合金を材料とするバルブ・管継手、ストレーナ、水栓、銅管等の銅合金製配管器材の銅と亜鉛の溶出量を抑えることが可能になる。しかも、皮膜の形成後には、不飽和脂肪酸が有する二重結合によって銅合金中に含まれる銅と亜鉛に結合する不飽和脂肪酸の分子の間隔が狭まって、皮膜の密度が増すことで銅、亜鉛の溶出を確実に防ぐことができる。したがって、水道水などに銅や亜鉛が溶出する現象を確実に防止でき、良好な配管器材をえることが可能となる。
【0022】
請求項2に係る発明によると、不飽和脂肪酸の中でも天然中に豊富に存在することで経済性に優れ、量産性に向いたモノ不飽和脂肪酸やジ不飽和脂肪酸を用いて接液部表層の銅合金中の亜鉛を皮膜で覆うことにより、銅、亜鉛の溶出を抑制することができる。
【0023】
請求項3に係る発明によると、皮膜の密度を向上させて銅、亜鉛の溶出防止機能を高めるとともに、酸化を防いで臭いの発生を防止できるなどその効果は大きい。
【0024】
請求項4に係る発明によると、分子構造内に含まれる二重結合の化学反応を抑えることで不飽和脂肪酸自身が反応することを防止し、オレイン酸やリノール酸の表面皮膜の熱分解を防いで配管器材からの鉛や亜鉛の溶出を確実に防止できる。
【0025】
請求項5に係る発明によると、有機皮膜水溶液の水分の急激な蒸発を防いで均一な表面皮膜を形成し、配管器材の銅や亜鉛の溶出を均等に抑制して高品質な配管器材を得ることが可能となる。
【0026】
請求項6又は7に係る発明によると、接液部表層からの銅、亜鉛の溶出を防止したバルブ・管継手、ストレーナ、水栓、銅管等の各種の銅合金製配管器材と皮膜形成剤を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】亜鉛品、及び黄銅品のFT−IR分析による分析結果を示したグラフである。
【図2】オレイン酸、リノール酸を用いた純銅品のFT−IR分析による分析結果を示したグラフである。
【図3】銅と亜鉛の不飽和脂肪酸からなる有機物質の皮膜による溶出防止工程を示すフローチャートである。
【図4】図3の溶出防止工程に混酸による洗浄工程を導入した溶出防止工程を示すフローチャートである。
【図5】乾燥温度の異なるオレイン酸を用いた純銅品のFT−IR分析による分析結果を示したグラフである。
【図6】乾燥温度の異なるリノール酸を用いた純銅品のFT−IR分析による分析結果を示したグラフである。
【図7】二重結合に水分子が反応するときの化学式である。
【図8】純銅テストピースによる各容積における銅補正値を示すグラフである。
【図9】乾燥温度の異なるオレイン酸とリノール酸を用いた純亜鉛品のFT−IR分析による分析結果を示したグラフである。
【図10】黄銅テストピースによる各容積における銅補正値を示すグラフである。
【図11】黄銅テストピースによる各容積における亜鉛補正値を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0028】
以下に、本発明におけるバルブ・管継手等の銅合金製配管器材の銅及び亜鉛溶出防止方法とこの方法を用いた銅合金製配管器材並びに皮膜形成剤の好ましい実施形態を詳述する。
一般に、銅合金については、主元素の銅に加えて様々な元素が加わって合金をなしており、青銅であれば、例えば、JIS H5210に、黄銅であれば、例えば、JIS H3250にその種類が示されている。この場合、水道用、給水給湯用のバルブ・管継手、ストレーナ、水栓、銅管等の配管器材の浸出試験においては、主元素の銅と共に亜鉛の浸出が見られる。この亜鉛は材質によって銅合金中での含有が異なるが、浸出試験においては接液部分の形状、その他添加される合金元素による影響、そして、水栓等に施すめっきに用いる被覆金属による影響により、銅と亜鉛の浸出傾向は様々である。
【0029】
一方、銅と亜鉛は、銅合金を構成する主元素であるが、そのイオン化傾向は大きく異なり、E0=0Vである水素に対し、亜鉛はE0=−0.76Vの卑な金属であり、銅はE0=+0.34Vの貴な金属であるため水への溶解性も大きく異なる。例えば、直径が20mm、厚さが10mmの円柱形状で接液面積比が1256cm2/Lであり、表1に示した金属成分の黄銅テストピースの場合、その浸出量は表2に示した通りとなる。
【0030】
【表1】
【0031】
【表2】
【0032】
一方、純銅(純度99.99%)の場合、例えば、縦横20mm、厚さ0.1mmの純銅テストピースであり、接液面積比が1760cm2/LのときのCuの浸出量を表3に示す。
【0033】
【表3】
【0034】
黄銅テストピースの接液面積比1256cm2/Lに合わせるため、表3の純銅テストピースの浸出量を換算すると0.421mg/L(0.59mg/L×1256cm2/L÷1760cm2/L)となり、黄銅と純銅を比較して銅の浸出傾向が大きく異なっていることが確認された。これは銅と亜鉛のイオン化傾向による差によるもので、黄銅の亜鉛のように卑な金属が共存する場合は、卑な金属の溶解によって銅の溶解が防がれ、又は溶解していた銅が卑な金属の溶解により置換され金属化することにより、結果として銅の浸出が少なくなる。一方、純銅の場合は単なる銅の浸出となる。このことから、亜鉛のように卑な金属のみの溶出防止を行うと、かえって銅の浸出が増えてしまうことになる。よって、銅合金においては、銅の溶出防止と亜鉛の溶出防止を共に行う必要がある。
【0035】
本実施形態は、上記の条件下において、銅及び亜鉛溶出防止方法は、銅合金製配管器材の少なくとも接液部に、不飽和脂肪酸からなる有機物質により皮膜を形成し、この配管器材の接液部表層の銅と亜鉛の双方を被覆して溶出を抑制するようにした。これにより、少
【0036】
なくとも接液部表層の銅と亜鉛の溶出が抑制された銅合金製配管器材を設けることが可能になる。更に、銅合金に形成した皮膜は、水に不溶であるとともに、アルキル基の撥水性により水道水中のスケールを付着させない機能を有している。
【0037】
この場合、モノ不飽和脂肪酸は、オレイン酸を含有した有機物質であり、又はジ不飽和脂肪酸は、リノール酸を含有した有機物質である。
【0038】
更に、配管器材を、オレイン酸を含有する不飽和脂肪酸の皮膜形成後に200℃以下の所定温度で乾燥させるか、或は、リノール酸を含有する不飽和脂肪酸による皮膜形成後に100℃以下の所定温度で乾燥させる乾燥工程を有することが望ましい。
【0039】
その際、配管器材を、50〜70℃の乾燥温度に保持して有機皮膜水溶液の水分を緩やかに蒸発させた後に、所定温度まで温度上昇させて乾燥させる乾燥工程を有するようにすることがより好ましい。
【0040】
そして、前記の銅合金製配管器材の銅及び亜鉛溶出防止方法を用いることにより、バルブ・管継手等の銅合金製配管器材の少なくとも接液部表層の銅及び亜鉛の溶出を抑制した。
【0041】
本実施形態における銅及び亜鉛溶出防止方法に用いる皮膜形成剤は、不飽和脂肪酸からなる有機物質により、銅合金製配管器材の少なくとも接液部表層に皮膜を形成する形成剤である。
【0042】
前述した不飽和脂肪酸とは、1つ以上の不飽和の炭素結合をもつ脂肪酸である。これらの不飽和脂肪酸は天然に多く見られ、不飽和の数によって分けられる。不飽和の炭素結合が炭化水素鎖中に1つあるものは、モノエン酸、1価不飽和脂肪酸、あるいはモノ不飽和脂肪酸と言う。複数の不飽和の炭素結合が炭化水素鎖中にあるものは、非共役ポリエン酸、多価不飽和脂肪酸といい、具体的に2つあるものはジ不飽和脂肪酸、3つあるものはトリ不飽和脂肪酸、4つあるものはテトラ不飽和脂肪酸、5つあるものはペンタ不飽和脂肪酸、6つあるものはヘキサ不飽和脂肪酸と言う。
【0043】
この場合、不飽和炭素結合の数が多いほど融点が低くなる。このことは、寒冷地に生息する魚類など変温動物にとって有利に働くことから、イワシに由来するイワシ酸やニシンに由来するニシン酸などがある。しかし、一方で不飽和炭素結合の数が多いほど自動酸化されやすく油脂の劣化が早く、工業化として皮膜剤の安定管理が難しくなる。しかも、天然での存在量が少ないため高額で、量産化に向けては皮膜が高コスト化してしまい不向きである。このため、モノ不飽和脂肪酸やジ不飽和脂肪酸に適している。
【0044】
不飽和脂肪酸は、IUPAC命名法によるIUPAC名と、それ以前より名前があるものは慣用名として2つが併用され、以下に不飽和脂肪酸を示す。天然物より産出されることの多い不飽和脂肪酸は、一般的に飽和脂肪酸や異なる不飽和脂肪酸が不可避不純物として混入することもあるが、作用に大きな悪影響を及ぼすことはない。表4においてはモノ不飽和脂肪酸、表5においてはジ不飽和脂肪酸、表6においてはトリ不飽和脂肪酸、表7においてはテトラ不飽和脂肪酸、表8においてはペンタ不飽和脂肪酸、表9においてはヘキサ不飽和脂肪酸の例をそれぞれ示している。
【0045】
【表4】
【0046】
【表5】
【0047】
【表6】
【0048】
【表7】
【0049】
【表8】
【0050】
【表9】
【0051】
不飽和脂肪酸は天然中に豊富に存在するが、主に存在する油糧種子などから抽出した粗油にはガム質、遊離脂肪酸、そしてカロチノイド系やクロロフィル系等の色素も混入している。そのため、これらを除去し精製した精製油や白絞油以上の純度のものが好ましい。なお、JAS規格においては数値化されており、オレイン酸70%以上のものが好ましく、その他不可避不純物を含有する。なお、主な不可避不純物を表10に示す。
【0052】
【表10】
【0053】
この場合、皮膜形成に用いる不飽和脂肪酸は、非水溶性であって、炭化水素鎖中の炭素数が10個以上のものが好ましい。特に、モノ不飽和脂肪酸のオレイン酸又はジ不飽和脂肪酸のリノール酸等の有機物質が好適である。これは、銅と亜鉛の溶出防止用の皮膜(保護膜)を形成するための銅と亜鉛の溶出防止用保護膜形成剤としては、天然に多量に存在することから安価であり、また、安定ゆえ皮膜剤の管理が安易であるからである。このような有機物質で皮膜を形成すると、この皮膜が銅合金中の銅や亜鉛の上に形成され、その結果、銅と亜鉛の溶出を防ぐことができる。
【0054】
ここで、オレイン酸やリノール酸の有機物質による皮膜の存在について、FT−IR分析でも確認を行なった。FT−IRとは、フーリエ変換赤外分光光度計でフーリエ変換を利用して赤外光の各波長における強度分布を調べる装置である。赤外分光法とは、測定物質に赤外線を照射し透過光を分光することでスペクトルを得て対象物を見分けるものである。この赤外分光法において、スペクトルは、分子固有の形を示すため、表面研磨した黄銅テストピース及び電気亜鉛テストピース(Zn99.97%)上の皮膜をかき出し、FT−IR分析において赤外光を照射し、オレイン酸やリノール酸の有機物質による皮膜の存在状態を分析した。その結果を図1に示す。
【0055】
図1中に示したオレイン酸とリノール酸のピークでは、カルボキシル基の特徴を示す1750cm−1付近の独立峰ピークがはっきりと現れる。しかしながら、黄銅テストピース、及び電気亜鉛テストピース上の皮膜には1750cm−1の独立峰ピークは全く見られず、全て別の物質の変わったことがわかる。なお、電気亜鉛テストピースは、比較データとなるステアリン酸亜鉛と同位置にピークが動いているため、オレイン酸とリノール酸が化学反応して亜鉛と結合していることがわかる。一方、黄銅テストピースは、さらに比較データとなるステアリン酸の銅反応物のピークとも同位置にあるピークが見られるため、同様にオレイン酸とリノール酸が化学反応して銅リッチの表面にも結合していることがわかる。
【0056】
銅表面については純銅テストピースを用いて確認し、オレイン酸、リノール酸に関するものを図2に示した。オレイン酸とリノール酸のピークでは、カルボキシル基の特徴を示す1750cm−1付近の独立峰ピークがはっきりと現れる。しかしながら、図2において、オレイン酸とリノール酸共に純銅テストピース上の皮膜には1750cm−1の独立峰ピークは全く見られず全て別の物質に変わったことがわかる。なお、図2中の比較データとなるステアリン酸銅と同位置にピークが動いているため、オレイン酸とリノール酸が銅と化学反応していることがわかる。
【0057】
ところで、この不飽和脂肪酸による皮膜は、すべての金属と結合するわけではなく、例えば、ステンレス鋼やアルミニウムなど空気や水中など酸素の供給によって不動態皮膜を形成できる金属表面には結合できない。従って、この皮膜は、亜鉛や銅など限られた金属表面でしか結合できないことがわかった。
【0058】
銅合金製配管器材に不飽和脂肪酸からなる有機物質の皮膜を形成する際には、図3の通り脱脂工程、水洗工程を経た後に、皮膜形成工程において配管器材を不飽和脂肪酸である有機皮膜水溶液に所定温度・所定時間で皮膜形成処理する。これにより、銅合金製配管器材の表層に皮膜を形成して銅と亜鉛の溶出防止を図ることができる。
【0059】
皮膜形成処理後には、エアブロー工程において、エアブローを銅合金製配管器材の表面に施して配管器材表面に付着している有機皮膜水溶液を除去し、かつ、配管器材表面に均一な皮膜を形成する。そのため、エアブロー処理を施す際には、このエアブローを強くして均一な状態で斑ムラを防ぐようにする。その後、乾燥工程において、例えば、恒温乾燥炉等の炉に配管器材を入れ、所定温度にて所定時間乾燥させ、配管器材表面に均一な皮膜を形成させる。
【0060】
接液部にオレイン酸、リノール酸からなる不飽和脂肪酸で皮膜を形成した場合には、不飽和脂肪酸に含まれるカルボシキル基があり、本官能基と銅合金中の銅や亜鉛と結合しやすくなり、特に、亜鉛が多いβ相を多く含有する黄銅において亜鉛の溶出をより効果的に防止することが可能となる。
【0061】
その際、有機物質としては飽和脂肪酸も存在するが、皮膜を形成する上では不飽和脂肪酸が好ましく、その理由としては、双方の分子構造の違いが挙げられる。水に対して不溶性・撥水性を高める場合、アルキル基の長さが重要になり、飽和脂肪酸におけるアルキル基は、その長さが増すにつれて分子が自由に動き回る範囲が広がって広い立体空間の中に存在することになる。そのため、亜鉛と結合する飽和脂肪酸の分子の間隔が大きくなり皮膜として密度が粗くなって亜鉛が直接水分子と接する頻度が高まることになる。
【0062】
これに対して、不飽和脂肪酸の場合には、その分子構造内に二重結合が存在するため、この部分を軸に分子が平面構造になり、この分子が自由に動き回る範囲に制約が生じることになる。その結果、亜鉛と結合する分子の間隔が狭まって皮膜の密度を増すことができる。
【0063】
二重結合が多く含まれる不飽和脂肪酸として、例えば、ドコサヘキサエン酸(DHA)やニシン酸があるが、これらは数多くの二重結合によって酸化されやすいというデメリットがある。これらは、酸化すると腐敗臭が発生しやすくなるため、水道水などを流体とする銅合金製配管部材に使用することは好ましくない。
【0064】
そこで、銅合金製配管器材の銅と亜鉛の溶出防止用として腐敗臭の発生を防ぐオレイン酸やリノール酸からなる不飽和脂肪酸を用いることが好ましい。
オレイン酸とリノール酸は、共に炭素数が18個の不飽和脂肪酸で、異なる点は、オレイン酸は分子構造内に二重結合が1つであり、リノール酸は分子構造内に二重結合が2つある点である。この二重結合の数差は、高温時での分子の安定性に違いを与える。具体的には、上述の通り配管器材表面に均一な皮膜を形成させるため乾燥工程にて高温下にさらすことになり、このことは、高温時での安定性に欠くリノール酸には不利となる。一般的に、リノール酸は安定して保存するために冷蔵保存を求められるくらいのものであり、安定性を要求される場合には、オレイン酸の方が適している。
【0065】
近年、水質基準が厳しくなってきていることから、例えば、鉛やニッケルの溶出防止処理と本方法を組み合わせることも考えられる。その場合は、酸又はアルカリ系の溶液で洗浄した後に実施するのもよい。一例として、酸溶液として0.6mol/L硝酸と、0.047mol/L塩酸から成る混酸による洗浄工程を導入したものを図4に示す。なぜならば、表層に偏析した鉛やアルミニウム、めっき処理によってもたらされためっき液残渣を取り除いてから、銅合金中の銅と亜鉛に対して溶出防止処理がおこなえるからである。
【実施例1】
【0066】
次に、本発明におけるバルブ・管継手、水栓又は銅管等の銅合金製配管器材の銅と亜鉛の溶出防止に関する実施例を詳述する。
銅合金製配管器材の銅と亜鉛の溶出防止には、不飽和脂肪酸が銅と亜鉛の双方に結合しなければならず、それには皮膜形成処理後にエアブロー工程において均一な皮膜を形成した不飽和脂肪酸分子が銅合金表面の銅、及び亜鉛に化学反応する必要がある。具体的には、不飽和脂肪酸分子の銅合金表面への衝突が反応エネルギーとなるため乾燥工程時に加温することが望ましい。
【0067】
一方不飽和脂肪酸には分子構造内に二重結合があり、この部分は化学反応性に富むため、乾燥工程時に加温するもある温度以上に加温すると不飽和脂肪酸自身が反応してしまうおそれがある。
【0068】
そこで、高温乾燥時に卑な金属である亜鉛では空気中の酸素や水分の影響によって直接酸化してしまうこともあり表面皮膜の評価がしにくくなるため、純銅製配管器材を想定した純銅テストピースを代表に、オレイン酸とリノール酸の皮膜を形成させ、乾燥工程時に加温した際の結合状況と不飽和脂肪酸分子の変化についてFT−IRにて調査を行い、図5、及び図6にまとめた。図5及び図6より、オレイン酸とリノール酸の皮膜は、乾燥温度が50℃30分、70℃30分でも形成されている。常温のものは25℃で長時間(144時間)放置したものである。なお、図5のオレイン酸を用いた評価より乾燥温度200℃30分のものは2重結合を示す3000cm−1付近のピークが減少し替わって3250〜3500cm−1付近になだらかなピークが現れている。これは化学反応性に富む二重結合の一部が乾燥炉内の空気に含まれた水(水蒸気)と反応したためである。具体的には図7に示すように、二重結合に水分子が付加反応している。
【0069】
さらに乾燥温度を上昇させた230℃で30分のものは、200℃以下のもののピークと比較して、波長が全体的に大幅に乱れてしまっている。これは230℃の熱によってオレイン酸の皮膜が熱分解してしまっていることを示している。
【0070】
一方、図6のリノール酸を用いた評価では、100℃30分のものから2重結合を示す3000cm−1付近のピークが減少し替わって3250〜3500cm−1付近になだらかなピークが現れており、乾燥温度150℃30分のものには完全に2重結合を示す3000cm−1付近のピークが無く、波長も大幅に乱れてしまっている。なおリノール酸がオレイン酸よりも低い温度で2重結合を失ってしまうのは、化学反応性に富む2重結合が2つあることでリノール酸の融沸点も下がり反応性が高まるためである。
【0071】
このことから、不飽和脂肪酸がオレイン酸の場合は200℃以下であり、リノール酸の場合は100℃以下であることが望ましいといえる。
【0072】
以降、浸出試験評価は、JIS S3200−7に基づき実施した。JIS S3200−7は、次亜塩素酸ナトリウム1mL(有効塩素濃度0.3mg/mL)、炭酸水素ナトリウム溶液(0.04mol/L)22.5mL及び塩化カルシウム溶液(0.04mol/L)11.3mLを純水に加え1Lとしたもので、pHは7.0±0.1、硬度は45±5mg/L、アルカリ度35±5mg/L、残留塩素0.3±0.1mg/Lに調整されたものである。なお、浸出試験方法は、コンディショニング無しによる方法で実施した。
【0073】
さらに、上述のオレイン酸の皮膜を形成させた純銅テストピースを用い浸出試験による評価も行った。純銅テストピースは前述のとおり縦横20mm、厚さ0.1mmで接液面積比が1760cm2/Lにて実施した。この結果を表11に示す。上述のFT−IRによる調査では常温や50℃でも皮膜が得られていたが、浸出試験における銅の低減効果については乾燥温度70℃で40%程度の低減であり、90%を越えた著しい低減効果が見られたのは100℃を超えてからであった。
【0074】
【表11】
【0075】
近年、銅合金製配管器材を使用した浄水場では水質基準を50%以上も超える高い銅濃度水道水が検出されており水質基準の見直しも考えられるが、例えば、水質基準の変更はなく、銅合金製単水栓及び湯水混合栓で適用される特例値が無くなりJIS B2061給水栓の表中に示される通り、0.1mg/Lが銅の基準として扱われた場合を想定すると、表11の浸出試験結果より純銅テストピースの接液面積比1760cm2/Lを大型給水栓3000cm2/Lに換算した表12に各容積別に想定される銅の基準値0.1mg/Lと比較する補正値を図8に示すと、下限乾燥温度は70℃を超える温度が好ましい。一方、上限乾燥温度はFT−IRによる評価より200℃以下が好ましい。
【0076】
【表12】
【実施例2】
【0077】
青銅や黄銅など亜鉛と銅が主成分の銅合金の場合、銅と共に亜鉛の浸出低減も図る必要がある。そこで純亜鉛テストピースを用い、オレイン酸とリノール酸の皮膜を形成させ、乾燥工程時に加温した際の亜鉛との結合状況についてFT−IRにて調査を行い図9にまとめた。なお、常温のものは25℃で長時間(144時間)放置したものである。また、乾燥工程で70℃30分のものは黄銅テストピースでも行い表13に示したものである。図9の結果より、不飽和脂肪酸のオレイン酸とリノール酸の皮膜は、乾燥工程で50℃30分の条件で亜鉛上に皮膜を形成できることが確認された。また、常温下で144時間放置しても皮膜を形成することが確認されたが、実際の製品に対して長時間の処理を施すことは経済的に有意義ではないといえる。
【0078】
さらに浸出試験による評価も行うため、前述した直径が20mm、厚さが10mmの円柱形状で接液面積比が1256cm2/LのCAC203製黄銅テストピースを代表に図4に従い、脱脂工程、水洗工程を実施した後に、0.6mol/L硝酸と0.047mol/L塩酸から成る混酸処理を施した。皮膜形成工程前の混酸処理目的は、銅合金表層に偏析した鉛やアルミニウムを取り除いてから、銅と亜鉛に対して溶出防止処理を行うためである。その後の水洗工程を経た皮膜形成工程では、オレイン酸0.8wt%の不飽和脂肪酸(有機皮膜水溶液)の中に黄銅テストピースを50℃にて5分浸漬させて銅と亜鉛の溶出防止処理を施した。この皮膜形成処理後には、エアブロー工程、乾燥工程を施した。エアブロー工程としては、黄銅テストピースにエアブローを適宜の時間施して有機皮膜水溶液を除去した。乾燥工程としては、表13の各水準条件で恒温乾燥炉内に黄銅テストピースを入れ、この黄銅テストピースを乾燥させた。これらの工程を経た後の黄銅テストピースの銅と亜鉛の浸出試験の結果を表13に示す。
【0079】
【表13】
【0080】
表13の結果より、70℃30分乾燥において亜鉛は約50分の1まで浸出低減が図られているが、銅については3分の1程度の低減に留めている。このレベルは70℃の乾燥温度で実施した表12に示す純銅テストピースと傾向が同じである。この理由は亜鉛が卑な金属であるのに対し、銅は貴な金属であるため、均一な皮膜を形成した不飽和脂肪酸分子が銅と密に結合するためには、亜鉛以上に大きなエネルギー、すなわち乾燥温度を必要とするためである。
【0081】
しかしながら、乾燥温度が70℃を超えると、有機皮膜水溶液の水分が急激に蒸発するため、皮膜表面では沸騰に伴う泡を発しながら皮膜を形成してしまうため、均一性を損なうおそれがある。そこで銅の大幅な浸出低減も図るために、表13の水準3と水準4では一旦50〜70℃の乾燥温度にて有機皮膜水溶液の水分を緩やかに蒸発させた後、銅との結合エネルギーを得るため乾燥温度を上昇させた条件でも評価を行った結果、温度上昇の大きい150℃では、一旦50〜70℃の乾燥温度を保った方が銅の浸出低減により効果があった。よって、一旦50〜70℃の乾燥温度にて有機皮膜水溶液の水分を緩やかに蒸発させた後、銅との結合エネルギーを得るため乾燥温度を上昇させると良い。
【0082】
同様に、例えば、水質基準の変更はなく、銅合金製単水栓及び湯水混合栓で適用される特例値が無くなりJIS B2061給水栓の表中に示される通り、0.1mg/Lが銅の基準、0.1mg/Lが亜鉛の基準として扱われた場合を想定すると、表13の浸出試験結果より黄銅テストピースの接液面積比1256cm2/Lを大型給水栓3000cm2/Lに換算した表14に各容積別に想定される銅と亜鉛の基準値0.1mg/Lと比較する補正値を図10、及び図11に示し、各容積における下限乾燥温度は図10、及び図11による。一方上限乾燥温度はFT−IRによる評価より200℃以下が好ましい。
【0083】
【表14】
【実施例3】
【0084】
近年、バルブ・管継手等の銅合金製配管器材では、鉛の含有を極力抑えた鉛レス銅合金も普及してきている。そこで本発明が異なる銅合金にも有効であることを確認した。まずは、外径が52mm、そして内径が32mmで切削加工され、長さが200mmで、接液面積比が1250cm2/Lとなる筒状のテストピースを製作した。材質は鉛を含有した従来から使用されているCAC203と鉛レス銅合金であるCAC804の2種類を用意した。なお、皮膜形成処理後の乾燥工程は、すでに前述の実施例で見極めた100℃にて行った。これら筒状のテストピース内に浸出液を内封し、得られた結果を表15、表16に示す。
【0085】
【表15】
【0086】
【表16】
【0087】
本結果より、CAC203、CAC804共に本発明により銅と亜鉛の浸出低減を確認することができた。なお、鉛レス銅合金は、CAC804の他に、CAC901、CAC902、CAC903、CAC911、CAC901C、CAC902C、CAC903C、CAC911Cなどがあるが、いずれの場合も銅と亜鉛の浸出低減効果を発揮することができる。
【0088】
一方、海外においては、例えば、アメリカの場合JISではなくNSF/ANSI61に従う浸出試験評価となる。バルブが該当するNSF/ANSI61 section8では、次亜塩素酸ナトリウム1mL(0.025mol/L)、リン酸水素ナトリウム溶液(0.1mol/L)25mL及び塩化マグネシウム溶液(0.04mol/L)25mLを純水に加え1LとしpHが5となる浸出液と、次亜塩素酸ナトリウム1mL(0.025mol/L)、水酸化ナトリウム50mL(0.1mol/L)、及び四ホウ酸ナトリウム50mL(0.05mol/L)を純水に加え1LとしpHが10となる浸出液の2種類で試験評価を行うものである。
【0089】
従って、アメリカにおいては、従来銅合金となるASTM B283 C3770に対し鉛レス銅合金材料となるASTM B371 C6930、ASTM B584 C87850、ASTM B927 C27450、及びASTM B584 C89550においても、NSF/ANSI61に従う浸出試験評価で本技術により銅と亜鉛の浸出低減を発揮することができる。
【0090】
なお、本発明においては、バルブ、管継手、水栓、銅管等の銅合金製配管器材について述べたが、これに限定されるものではなく、例えば、高い熱伝導度が要求される銅合金製食品加工器具、銅合金製調理器具や、抗菌性が要求される銅合金製食品保存容器、銅合金製飲料保存容器にも適用できる。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
銅合金製配管器材の少なくとも接液部に不飽和脂肪酸からなる有機物質により皮膜を形成し、この配管器材の接液部表層の銅と亜鉛の双方を被覆してこれらの溶出を抑制したことを特徴とするバルブ・管継手等の銅合金製配管器材の銅及び亜鉛溶出防止方法。
【請求項2】
前記不飽和脂肪酸は、モノ不飽和脂肪酸又はジ不飽和脂肪酸を含有した有機物質である請求項1に記載のバルブ・管継手等の銅合金製配管器材の銅及び亜鉛溶出防止方法。
【請求項3】
前記モノ不飽和脂肪酸は、オレイン酸を含有した有機物質であり、又は前記ジ不飽和脂肪酸は、リノール酸を含有した有機物質である請求項2に記載のバルブ・管継手等の銅合金製配管器材の銅及び亜鉛溶出防止方法。
【請求項4】
前記配管器材をオレイン酸を含有する不飽和脂肪酸の皮膜形成後に200℃以下の所定温度で乾燥させるか、或は、リノール酸を含有する不飽和脂肪酸の皮膜形成後に100℃以下の所定温度で乾燥させる乾燥工程を有する請求項3に記載のバルブ・管継手等の銅合金製配管器材の銅及び亜鉛溶出防止方法。
【請求項5】
前記配管器材を50〜70℃の乾燥温度に保持して有機皮膜水溶液の水分を緩やかに蒸発させた後に所定温度まで温度上昇させて乾燥させる乾燥工程を有する請求項4に記載のバルブ・管継手等の銅合金製配管器材の銅及び亜鉛溶出防止方法。
【請求項6】
請求項1乃至5の何れか1項に記載の銅合金製配管器材の銅及び亜鉛溶出防止方法を用いて、少なくとも接液部表層の銅及び亜鉛の溶出を抑制したバルブ・管継手等の銅合金製配管器材。
【請求項7】
不飽和脂肪酸からなる有機物質により、銅合金製配管器材の少なくとも接液部表層に皮膜を形成する形成剤を構成したことを特徴とする皮膜形成剤。
【請求項1】
銅合金製配管器材の少なくとも接液部に不飽和脂肪酸からなる有機物質により皮膜を形成し、この配管器材の接液部表層の銅と亜鉛の双方を被覆してこれらの溶出を抑制したことを特徴とするバルブ・管継手等の銅合金製配管器材の銅及び亜鉛溶出防止方法。
【請求項2】
前記不飽和脂肪酸は、モノ不飽和脂肪酸又はジ不飽和脂肪酸を含有した有機物質である請求項1に記載のバルブ・管継手等の銅合金製配管器材の銅及び亜鉛溶出防止方法。
【請求項3】
前記モノ不飽和脂肪酸は、オレイン酸を含有した有機物質であり、又は前記ジ不飽和脂肪酸は、リノール酸を含有した有機物質である請求項2に記載のバルブ・管継手等の銅合金製配管器材の銅及び亜鉛溶出防止方法。
【請求項4】
前記配管器材をオレイン酸を含有する不飽和脂肪酸の皮膜形成後に200℃以下の所定温度で乾燥させるか、或は、リノール酸を含有する不飽和脂肪酸の皮膜形成後に100℃以下の所定温度で乾燥させる乾燥工程を有する請求項3に記載のバルブ・管継手等の銅合金製配管器材の銅及び亜鉛溶出防止方法。
【請求項5】
前記配管器材を50〜70℃の乾燥温度に保持して有機皮膜水溶液の水分を緩やかに蒸発させた後に所定温度まで温度上昇させて乾燥させる乾燥工程を有する請求項4に記載のバルブ・管継手等の銅合金製配管器材の銅及び亜鉛溶出防止方法。
【請求項6】
請求項1乃至5の何れか1項に記載の銅合金製配管器材の銅及び亜鉛溶出防止方法を用いて、少なくとも接液部表層の銅及び亜鉛の溶出を抑制したバルブ・管継手等の銅合金製配管器材。
【請求項7】
不飽和脂肪酸からなる有機物質により、銅合金製配管器材の少なくとも接液部表層に皮膜を形成する形成剤を構成したことを特徴とする皮膜形成剤。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【公開番号】特開2012−41635(P2012−41635A)
【公開日】平成24年3月1日(2012.3.1)
【国際特許分類】
【公開請求】
【出願番号】特願2011−205881(P2011−205881)
【出願日】平成23年9月21日(2011.9.21)
【出願人】(390002381)株式会社キッツ (223)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成24年3月1日(2012.3.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−205881(P2011−205881)
【出願日】平成23年9月21日(2011.9.21)
【出願人】(390002381)株式会社キッツ (223)
【Fターム(参考)】
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