説明

バンド間位相差ソリトンを発生する材料の探索方法

【課題】バルク材料や薄膜材料について精密な電圧や磁束の測定をすることなしに、ソリトン回路も作ることもしないで、簡単にソリトンを発生することのできる材料を、非接触で探索する方法を実現する。
【解決手段】微小結晶を樹脂中に配向分散し、その交流磁化測定を行う。その際、通常の磁束渦糸格子融解に関連する交流磁化率の損失ピーク以外に、磁束渦糸捩れ切断、最結線に関連する交流磁化率の損失ピークがでるかどうかで、ソリトンが生成可能な材料かどうか、判定する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は超伝導回路の一つであるバンド間位相差ソリトン回路を構成できる材料を効率的に探索する装置と方法に関する。
【背景技術】
【0002】
多バンド超伝導体を用いて複数の超伝導成分の位相差を利用した超伝導エレクトロニクスはすでに公知である(例えば、特許文献1、2参照)。
【0003】
これらにおいて、演算の基本要素となるビットは、バンド間位相差ソリトン(以下、単にソリトン)を利用して構成されており、効率的なソリトンの発生、検出方法の開発はこれらのエレクトロニクスの基本となる技術である。
【0004】
このような、回路を作製するための材料を探索方法として、次の(1)、(2)の方法があるが、いずれも公知である(特許文献1、2、非特許文献1、2参照)。
(1)直流電流をかけることによって、超伝導体と電極の間にソリトンを発生させ、ソリトンの消滅により発生する電圧を、電流端子にはさまれない電圧端子で測定する方法による、材料探索法。
(2)ソリトンを使って、超伝導のループの中に発生する、中途半端な磁束量子を測定する方法による、材料探索法。
【0005】
【特許文献1】特開2003−209301号公報
【特許文献2】特開2005−085971号公報
【非特許文献1】“Soliton in Two-Band Superconductor”, Y.Tanaka, Physical Review Letters, Vol.88, Number 1, 017002
【非特許文献2】“Interband Phase Modes and Nonequilibrium Soliton Structures in Two-Gap Superconductors”, A.Gurevich and V.M.Vinokur, Physical Review Letters, Vol.90, Number 4, 047004
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記のようなソリントンの技術においては、材料を薄膜化する技術や、回路を作製する技術、精密な磁場や電圧測定技術が必要であった。
【0007】
特に、磁場を測定する技術においては、ソリトンによって、発生する磁束量子が、中途半端な値、つまり、通常の磁束量子(2x10-7gauss cm-2)以下になる原理を使うため(非特許文献1参照)、その磁場の測定する技術が要求されるが、これは容易ではない。
【0008】
また、電圧を測定する技術において要求される電極を作製する技術も容易ではなかった。たとえば、代表的な候補材料である、多層型高温超伝導材料超伝導体は酸化物であるが、通常、金を電極として使用する。この場合、金と酸化物材料の間のオーミックコンタクトをとることは、容易ではないことが知られている(非特許文献3参照)。
【非特許文献3】“Low-resistivity contacts to the surface of superconductor thin films", E. Harashima, N. A. Khan, Y. Sekita, K. Ishida, H. Ihara、SUPERCONDUCTOR SCIENCE & TECHNOLOGY 15 (1): 29-31 JAN 2002
【0009】
本発明は、バルク材料や薄膜材料について精密な電圧や磁束の測定をすることなしに、簡単にソリトンを発生することのできる材料を、非接触で探索する方法を実現することを課題とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は上記課題を解決するために、ソリトン候補材料の中に、交流電流を発生させ、磁束渦糸の回転及び捩れ切断に関する損失を同定することによって、ソリトン候補材料を探すことを特徴とする材料探索方法を提供する。
【0011】
ソリトン候補材料の交流磁化率の損失を測定し、磁束の回転及び渦糸捩れ切断に関する交流磁化率の損失ピークを同定することによって、ソリトン候補材料を探すことを特徴とする材料探索方法を提供する。
【発明の効果】
【0012】
本発明によると、従来におけるように種々複雑な手間や困難な微小磁場計測や電圧測定を行う必要は一切なく、簡単にソリトンを作ることができる材料を探し出すことができる。
【0013】
本発明により提供されるソリトン材料探索技術は、将来に向けて極めて実践的な材料探索技術となり得、この種の技術分野に貢献する所、甚だ大なるものがある。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
本発明に係るバンド間位相差ソリトンを発生する材料の探索方法を実施するための最良の形態を実施例に基づいて図面を参照して、以下に説明する。
【0015】
(原理)
本発明の原理を説明する。ソリトンは、形や速度などその性質を変えることなく伝搬し、互いの衝突に対して安定で、おのおの個別性を保つ、という性質を有する非線形波動であり、バンド間位相差ソリトンでは、二つのバンドの上に存在する二つの超伝導成分の位相差が、その波を担う媒体となる。
【0016】
このようなソリトンを発生する性質を有する材料は、磁束内に発生する磁束分子を交流磁場によって回転させることによって起きる交流磁化率の損失ピーク(以下、「損失ピーク」とも言う。)が生じるということが知られている。本発明は、この点に着目した探索方法である。
【0017】
即ち、本発明は、候補材料の交流磁化率の測定において、測定磁束内に発生する磁束分子(磁束渦糸)を交流磁場によって回転させることによって起きる損失ピークを同定することによって、ソリトンを発生できる材料を探索する方法である。
【0018】
より具体的には、本発明は、測定磁束内に発生する磁束分子(磁束渦糸)を交流磁場によって回転させると、磁束渦糸捩れ切断が生じエネルギーが失われ、この際に交流磁化率の損失が生じるが、その損失ピークを同定することによって、ソリトン候補材料を探すことを特徴とする材料探索方法である。
【0019】
ここで、磁束分子を交流磁場によって回転させることによって起きる損失ピークについて、さらに詳説する。
【0020】
従来の超伝導体(ソリトンが発生しない材料)では、反磁性効果に起因した磁束渦糸は、丸い筒状のものである。このような磁束渦糸が丸い筒状のものとなる材料では、磁束の軸周りの回転や、回転による捩れ切れは、生じない。
【0021】
これに対して、多バンド超伝導体で、ソリトンが発生できる材料では、磁束渦糸の中にある核がなにもしなくても二つ割れている。(“Deconfinement of Vortices with Continuously Variable Fractions of the Unit Quanta in Two-Gap Superconductors”, Jun Goryo, Singo Soma, and Hiroshi Matsukawa, cond-mat/ 0608015. 参照)。
【0022】
核が二つに割れた磁束渦糸は、磁束分子とも呼ばれている。したがって、磁束渦糸には、上記のような、丸い磁束渦糸と、丸くない磁束渦糸の2種類が存在する。従来の超伝導体の渦糸は、丸い渦糸である。
【0023】
丸い磁束渦糸は、超伝導体中では、アブリコソフ格子という格子を組む。この格子が融解することは、知られている(“Introduction to Superconductivity”, Second Edition, Michael Tinkham, McGraw-Hill, Inc. 9.5節 参照)。
【0024】
そして、このような磁束格子の融解に関連し、超伝導体に交流磁場をかけると交流磁化率の損失がおきることも知られている。(“Characterization of high-temperature superconductors by AC susceptibility measurements”, Fedor Gomory, Supercond. Sci. Technol., 10 (1997) 523-542 、及び“Irreversibility line in YBa2Cu3Oy thin films: Correlation of transport and magnetic behavior”, J. Deak, McElfresh, Johm R. Clem, Zhidong Hao, M. Konczykowski, R. Muenchausen, S. Foltyn, R. Dye, Physical Review B 49 (1994) 6270等参照)
【0025】
一方、丸くない磁束渦糸は、その磁束渦糸が自身が回転することができる。一本の磁束分子(核が二つに割れた磁束渦糸)は、試料の厚み方向を貫いているので、場所によって、回転角が異なると、ゼンマイを巻くように、磁束を捻り上げることができる。最後には、この磁束渦糸は切れてしまう。この切れたときに、エネルギーが失われる。これは、交流磁化測定における、損失として観測される。また、捩切れるところまでいかなくても、回転のみによっても、損出がおきることもある。
【0026】
このようなことから、丸い磁束渦糸及び丸くない磁束渦糸のいずれのものについても、その交流磁化率の損失ピークが生じるので、これを同定することによって、ソリトンの発生できる材料を探索することが可能となる。
【0027】
つまり、従来の超伝導体であれば、超伝導転移温度直下の磁束格子の融解に関する損失ピークだけであるが、ソリトンを発生できる材料であれば、これに加えて、より低温で磁束の回転に由来する損失ピークが現れることから、これを、同定できる。
【0028】
そして、磁束格子の融解に関する損失ピークは、共鳴周波数を持たず、周波数依存性がないが、磁束の回転に由来する損失ピークは、共鳴周波数も持ち、ピークの発生する位置も周波数に敏感であることから、両者を区別することができる。
【0029】
ソリトンを発生できる材料では、核が三つ以上に割れることもあるが、そのような場合も、回転、及び、捩れ切れによる損失ピークは現れる。本発明の趣旨から行って、そのような場合も、発明内容に含まれる。
【実施例】
【0030】
以下、本発明に係るバンド間位相差ソリトンを発生する材料の探索方法の具体的な実施例について説明する。まず、ソリトン材料の候補となる超伝導体の微小結晶の配向試料を用意する。
【0031】
この配向試料を作るためには、まず通常のバルク作成技術で、試料を合成し、さらにこれを、細かく粉砕する。次に、これをエポキシ樹脂の中に分散し、磁場をかけながら、樹脂を固める(Vortex melting line and anisotropy of high-pressure-synhesized TlBa2Ca2Cu3O10-y high-temperature supercondutor from third-harmonic susceptibility studies, Crisan A, Iyo A, Tanaka Y, APPLIED PHYSICS LWTTERS 83(3):506-508 JUL 21 2003 参照)。
【0032】
この配向試料の作成方法においては、結晶粒をより細かくして、よく分かれ、離れるようにすることが重要である。結晶粒がよく離れていないと、粒界に存在する渦糸が、全温度領域で、損失をひき起すので、回転による損失ピークを覆い隠し、回転によるピークの同定ができない。
【0033】
以上のようにして作成した配向試料の交流帯磁率を測定する。交流帯磁率の測定自体は、従来知られた技術である((Vortex melting line and anisotropy of high-pressure-synhesized TlBa2Ca2Cu3O10-y high-temperature supercondutor from third-harmonic susceptibility studies, Crisan A, Iyo A, Tanaka Y, APPLIED PHYSICS LWTTERS 83(3):506-508 JUL 21 2003 参照)。
【0034】
さらに、具体的に説明する。本実施例では、候補材料として、多層型高温超伝導体、CuBa2Ca2Cu3Oyを使用した。そして、この候補材料を上記のように粉砕してエポキシ樹脂の中に分散し、0.5Tの直流磁場をかけて磁束を導入しながら固める。すると、このエポキシ樹脂で固められた試料中で、磁束は、磁束渦糸分子となり、さらに、この磁束渦糸が磁束格子を作る。このようにして、候補材料に関する配向試料を作成する。
【0035】
次に、配向試料の交流帯磁率を測定する。配向試料に1[Oe]の交流磁場をかけて、温度を、超伝導転移温度から、低温に下げていく。図1に、その測定結果を示す。図1において、108K付近に見えるのは、通常の磁束格子融解に関連した、交流磁化率の損失ピークであり、通常の高温超伝導体で、共通に観測されるものである。
【0036】
88K付近に見えるのが、磁束渦糸分子の回転により、渦糸が、捩れて切れて、また繋ぎなおすことによっておきるエネルギー損失による交流磁化率の損失である。
【0037】
温度を一定(T=88K)にして、直流磁場を4通り(0.45T、0.5T、0.55T)に変えて4つの配向試料を作成し、交流帯磁率の測定では、交流磁場の振動数を変えて測定したものが、図2である。それぞれピークになっているところが、共鳴周波数である。
【0038】
交流磁場によって、磁束渦糸に起きる運動は、往復直線運動である。しかし、磁束が存在する平均位置である格子点回りには、六回回転対称性を反映して、ポテンシャルのうねりがある。直感的には、洗面器の中に卵を入れたような状態になっている。洗面器は凸凹していると、洗面器を前後にゆすった時に、卵が回りやすくなる。これは、洗面器の凸凹が、クランクの役割を果たし、直線運動を、回転運動に変換するからである。
【0039】
これと同じことが、磁束格子を交流電流でゆすった時におきる。つまり、ポテンシャルのうねりが、クランクの役割をして、直線運動が回転運動に変わっている。ここで、交流電流は、外からかけた交流磁場に対する遮蔽電流として、超伝導内に誘起されるものである。
【0040】
以上のようにして、図1及び図2のグラフを作成し、そのピークの有無、その状態から、多層型高温超伝導体、CuBa2Ca2Cu3Oyがソリトン材料であることが同定でき、探索することが可能となる。
【0041】
つまり、超伝導転移温度直下の磁束格子融解磁場に対する損失ピーク以外より、低温でもうひとつピークが観測され、そのピークが共鳴周波数を持っていることから、このピークが磁束渦糸の回転に関する損失ピークであることが判定できる。回転に関する損失ピークがあるということは、この材料の磁束渦糸が割れていることを意味し、従って、ソリトン材料であると、判定できる。
【0042】
以上、本発明に係るバンド間位相差ソリトンを発生する材料の探索方法を実施するための最良の形態を実施例に基づいて説明したが、本発明はこのような実施例に限定されることなく、特許請求の範囲記載の技術的事項の範囲内で、いろいろな実施例があることは言うまでもない。
【産業上の利用可能性】
【0043】
本発明に係るバンド間位相差ソリトンを発生する材料の探索方法よると、従来におけるように種々複雑な手間や困難な微小磁場計測や電圧測定を行う必要は一切なくなり、簡単にソリトンを作ることができる材料を探し出すことができる。よって、本発明は、ソリトンを発生する材料を利用する技術分野において、実践的な材料探索技術を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0044】
【図1】交流磁化の温度依存性を示したものである。
【図2】共鳴周波数の測定の例をしめしたものである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ソリトン候補材料の中に、交流電流を発生させ、磁束渦糸の回転及び捩れ切断に関する損失を同定することによって、ソリトン候補材料を探すことを特徴とする材料探索方法。
【請求項2】
ソリトン候補材料の交流磁化率の損失を測定し、磁束の回転及び渦糸捩れ切断に関する交流磁化率の損失ピークを同定することによって、ソリトン候補材料を探すことを特徴とする材料探索方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2008−70211(P2008−70211A)
【公開日】平成20年3月27日(2008.3.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−248579(P2006−248579)
【出願日】平成18年9月13日(2006.9.13)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 2006年8月18日 社団法人 日本物理学会発行の「日本物理学会講演概要集 第61巻第2号(2006年秋季大会)第3分冊」に発表
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】