説明

パラジウム(0)−ジベンジリデンアセトン錯体

パラジウム(0)−ジベンジリデンアセトン錯体Pdx(dba)y[ここでy/xは1.5〜3である]は、本発明によれば、少なくとも99.5質量%の純度で提供される。Pdx(dba)y錯体の使用は、本発明によれば、元素分析を用いてそれらの化学量論を決定するために可能になる。アルコール中でPd含有出発物質及びジベンジリデンアセトン(dba)からPdx(dba)y錯体を製造する方法の場合に、本発明によれば、まず最初に40℃を上回る温度に予熱したdbaの溶液をアルコール中に装入し、かつその後にPd含有出発物質を予熱した溶液に添加し、それに続き前記錯体を塩基で沈殿させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、パラジウム(0)−ジベンジリデンアセトン錯体Pdx(dba)y及びそれらの製造方法に関する。この種の錯体は、C−C−カップリング反応に使用される。
【0002】
Y. Takahashi et al, Journal of the Chemical Society, Chemical Communications 1065 (1970)及びInorganic Synthesis, 28, 110 (1990)には、パラジウム(0)錯体Pd(dba)2が記載されている。その製造のためには、Na2PdCl4(Takahashi)又はPdCl2(Inorganic Synthesis)の熱いメタノール性溶液に、酢酸ナトリウム(NaAc)及び過剰量のdba(dba:Pd≧3)が添加される。前記溶液を撹拌しながら冷却し、その際に前記錯体は沈殿する。この錯体はろ別され、かつ水及びアセトンで順次洗浄される。
【0003】
T. Ukai et al, J. Organomet. Chem. 65, 253 (1974)には、Pd2(dba)3×CHCl3としてのパラジウム(0)−ジベンジリデンアセトン錯体の合成が開示されている。このためには、PdCl2は、dba−NaOAc及びメタノールの熱溶液に添加される。混合物は40℃で4時間撹拌され、その際に生成物は沈殿し、かつクロロホルム中で再結晶される。クロロホルムは、錯体と結合して残留する。
【0004】
Herrmann/Brauer, Synthetic Methods of Organometallic and Inorganic Chemistry, Vol. 1, 160 (1996)には、Pd2(dba)3×dbaの合成が記載されており、かつ前記のT. Ukai及びY. Takahashiが指摘されている。相応して追試された生成物は、かなりの不溶性含分で汚染されている。
【0005】
M.C. Mazza, C.G. Pierpont, Inorg. Chem., 12, 2955 (1973)には、Pd(dba)3×C66の合成が記載されている。
【0006】
M.C. Mazza, C.G. Pierpont, J.C.S., Chem. Comm., 207 (1973)には、Pd2(dba)3×CH2Cl2の合成が記載されている。
【0007】
前記文献に記載された生成物は、完全にキャラクタリゼーションされていなかった。故に、前記化合物のパラジウム含量も、組成も、前記文献により正確に記載されていない。この理由はおそらく、適した溶剤が欠如しているために精製の可能性がないことにある。CKW(塩素化炭化水素)又は芳香族化合物に溶解させる際に、前記溶剤との反応により新しい生成物が生じる。
【0008】
M.C. Mazza及びC.G. Pierpont (Inorg. Chem., 12, 2955 (1973))は、Pd−dba錯体:Pd2(dba)3、Pd(dba)2及びPd(dba)3、それぞれ23.2%、18.5%及び13.1%のPd含量を有する、の可逆的な系列の存在を推論している。
【0009】
P. Espinet, A.M. Echavarren (Angew. Chem. 2004, 116, 4808)によれば、二金属錯体[Pd2(dba)3]×dbaとの呼び方がPd(dba)2よりも正確である。
【0010】
Pdx(dba)y錯体の分析には、不溶性成分が、元素分析の結果を歪曲し、かつPdx(dba)y錯体が溶解すると直ちに、溶剤が付加している他の化合物になるというジレンマが存在する。
【0011】
パラジウム(0)−ジベンジリデンアセトン錯体を大工業的に製造する場合に、高い純度を有しかつ良好にろ過可能である結晶質生成物を高い収率で得ることが重要である。前記化合物を経済的に製造するためにはさらに、乾燥時間ができるだけ短く維持されることが重要である。純度の場合に、前記化合物が、例えばCKW又は芳香族化合物に溶解する際に、不溶性含分を有しないか又は単に少ない量の不溶性含分のみを有することが極めて決定的である。それゆえ生成物中に含まれているPdが全面的に生成物の触媒用途に利用可能であることが保証されている。不溶性のPd含有含分及び特に金属Pdは、均一系触媒プロセスの場合に利用可能ではない。故にそのような不純物は望ましくない。
【0012】
本発明の課題は、パラジウム(0)−ジベンジリデンアセトン錯体の純度を高め、このために不溶性含分を最小限にし、かつ特に塩素化炭化水素の付加を回避することである。
【0013】
前記課題の解決のために、Pd含有出発物質、特にPd塩が、ジベンジリデンアセトン及び酢酸ナトリウムと、アルコール中で反応されることによって、より少ない不溶性含分を有するPd(dba)2が提供される。このためには、ジベンジリデンアセトンがアルコール中に装入され、特に溶解され、かつ57℃に加熱される。Pd含有出発物質、特にPd塩、例えばPdCl2、H2PdCl4、(NH42PdCl4、Na2PdCl4又はK2PdCl4は、加熱された溶液中に溶解され、かつ酢酸ナトリウムが添加される。Pd(dba)2は、完全分離のために冷却される溶液から沈殿する。沈殿した生成物は、ろ過され、まず最初にアルコールで、ついで石油ベンジンで洗浄され、かつ40℃で真空中で乾燥される。このようにして、極めて純粋なPd(dba)2が製造されることができる。ハロゲン含有炭化水素、特に塩素化炭化水素は、前記錯体の製造のために回避された。得られた生成物のパラジウム対ジベンジリデンアセトンのモル比は、1:2±0.1の範囲内である。このようにして、CKWに不溶の含分を基準として、パラジウム(0)−ジベンジリデンアセトン錯体の99質量%、好ましくは99.5質量%、特に99.9質量%の純度が提供され、その際におそらく主含分はPd(dba)2である。不溶性含分は、それゆえ、1質量%未満、特に1質量‰未満に低下されている。ハロゲン含有化合物、特に塩素含有化合物は、事実上排除されている。同じように芳香族溶剤もあまり含まれない。本発明によれば、ハロゲン含有溶剤も芳香族溶剤も、使用されないか又は導入されない。純粋な出発製品の使用下に、CKW又は芳香族溶剤による不純物は、1質量‰未満、特に100ppm未満及び好ましくは10ppm未満に容易に維持される。
【0014】
本発明によれば、ジベンジリデンアセトンが反応器中でアルコール中に装入され、かつ60℃に加熱されることによって、パラジウム含量19〜23質量%、特に20〜21質量%を有するパラジウム(0)−ジベンジリデンアセトン錯体が提供される。この中に、ついでPd含有出発物質、特にPd塩、例えばH2PdCl4、(NH42PdCl4、K2PdCl4、Na2PdCl4、又はPdCl2が溶解される。反応生成物を沈殿させるために、酢酸ナトリウムが添加され、かつ冷却される。沈殿した生成物は、ろ過され、まず最初にアルコールで、ついで石油ベンジンで洗浄され、かつ40℃で真空中で乾燥される。CKWに不溶の不純物は、1質量%未満である。高いパラジウム含量は、高い含分のPd2(dba)3に付随する。
【0015】
本発明によれば、ジベンジリデンアセトンがアルコール中で50℃に加熱されてから、Pd含有出発物質が、特に塩化物として、例えばPdCl2、H2PdCl4、(NH42PdCl4、Na2PdCl4又はK2PdCl4が添加されることによって、パラジウム含量13〜17質量%、特に15〜16.5質量%を有するパラジウム(0)−ジベンジリデンアセトン錯体が提供される。反応生成物を沈殿するために、酢酸ナトリウムが添加され、かつ反応混合物が冷却され、沈殿した生成物はろ過され、まず最初にアルコールで、ついで石油ベンジンで洗浄され、かつ最終的に真空中で40℃で乾燥される。不純物は、1質量%未満である。低いパラジウム含量は、高い含分のPd(dba)3に付随する。
【0016】
本発明によれば、5‰未満、好ましくは1‰未満の有機溶剤又はCKWに不溶のPd含分を有する不純物が残留しているPdx(dba)y錯体が提供される。残留している痕跡量の不純物は、本質的にはアルコール及び石油ベンジンである。Pdx(dba)y錯体として、Pd(dba)3、Pd(dba)2及びPd2(dba)3が製造された。Pdx(dba)y錯体の化学量論は故にPd(dba)3とPd2(dba)3の間である。
【0017】
比較例
1.)Inorganic Synthesis, 28, 110 (1990)による合成
合成を不活性ガス下に実施する。PdCl2 2.096g(11.73mmol)及びNaCl 0.686g(11.73mmol)をアルゴン下に装入し、メタノール59mlと混合する。
【0018】
目下、反応混合物を、密閉したフラスコ中で一晩にわたって18時間撹拌する。ついで、暗赤褐色の溶液を、アルゴン下にG3−フリットを通してろ過する。フリット上で残留物は識別されることはできない。
【0019】
ろ液溶液をメタノール293mlと共に500ml 3つ口フラスコ中へ移し、60℃に加熱する。この温度で、ジベンジリデンアセトン8.563g(36.54mmol)をアルゴン下に添加する。ついで、酢酸ナトリウム17.595g(214.49mmol)の添加を行う。
【0020】
嵩張った帯赤色の固体が沈殿する。引き続き、反応混合物を室温に冷却する。生成物をろ別し、メタノール300ml、水300ml及びアセトン300mlで洗浄する。生成物を真空中で室温で乾燥させる。
外観:暗褐色の固体。
【0021】
溶解度試験:
生成物1.00gをクロロホルム150ml中に溶解させ、室温で30分撹拌する。この溶液をメンブレンフィルターを通して吸引する。水30ml及びアセトン30mlで、前記フィルターを後洗浄し、引き続き一晩にわたって45℃で真空下に乾燥させる。残留物は1.4%である。
【0022】
結果:
m(生成物):6.4g
Pdを基準とした収率:94%
CHCl3に不溶の成分:1.4%
【0023】
【表1】

【0024】
2.)Y. Takahashi et al (J. Chem. Soc. Chem. Commun. 1065 (1970))による合成
合成を不活性ガス下に実施する。
ジベンジリデンアセトン1.55kg(6616mmol)、Na2PdCl4 657.9g(2208mmol)及びメタノール56lを、反応フラスコ中で57℃に加熱する。ついで、酢酸ナトリウム1.47kg(17920mmol)の添加を行う。嵩張った帯赤色の固体が沈殿する。
【0025】
引き続き、反応混合物を室温に冷却する。生成物をろ別し、水50l及びアセトン50lで洗浄する。生成物を真空中で室温で乾燥させる。
外観:暗褐色の固体。
【0026】
溶解度試験:
生成物1.00gをクロロホルム150ml中に溶解させ、室温で30分撹拌した。この溶液をメンブレンフィルターを通して吸引した。水30ml及びアセトン30mlで、前記フィルターを後洗浄し、引き続き一晩にわたって45℃で真空下に乾燥させた。残留物は1.1%である。
【0027】
結果:
m(生成物):1053g
Pdを基準とした収率:93%
CHCl3に不溶の成分:1.1質量%
【0028】
【表2】

【0029】
実験1
合成を不活性ガス下に実施した。メタノール300mlを、アルゴン下に反応フラスコ中に装入し、57℃に加熱した。ついで、ジベンジリデンアセトン8.245g(35.2mmol)及びNa2[PdCl4] 3.495g(Pd 1.248g、Pd 11.7mmol)をアルゴンフロー下にそれに添加した。
【0030】
これに続き、無水酢酸Na 7.80g(95.1mmol)を57℃で反応混合物を供給した。室温に冷却した後に、撹拌機を止め、混合物を1.5h放置し、その際に生成物が沈殿した。上澄みの母液をデカンテーションし、かつ生成物を、NaCl不含の洗浄溶液300ml(メタノール/完全脱塩水=1/1)で洗浄した。生成物を、水70ml(塩化物試験:陰性)で、引き続きアセトン300ml及び石油ベンジン200mlで洗浄した。一晩にわたって、生成物を真空中で40℃で乾燥させた。
外観:帯赤褐色の固体。
【0031】
溶解度試験:
生成物1.00gをクロロホルム150ml中に溶解させ、室温で30分撹拌した。この溶液をメンブレンフィルターを通して吸引した。水30ml及びアセトン30mlで、前記フィルターを後洗浄し、引き続き前記フィルターを一晩にわたって45℃で真空下に乾燥させた。残留物は0%であった。
【0032】
結果:
m(生成物):6.4g
Pdを基準とした収率:95.4%
CHCl3に不溶の成分:0%
【0033】
【表3】

【0034】
実験2
合成を実験1のように実施したが、しかしながら反応を50℃の開始温度で実施した。
【0035】
結果:
m(生成物):7.05g
Pdを基準とした収率:92.4%
CHCl3に不溶の成分:0.2%
【0036】
【表4】

【0037】
実験3
合成を実験1のように実施したが、しかしながら四倍のバッチサイズを選択した。反応を60℃の開始温度で実施した。
【0038】
結果:
m(生成物):24.682g
Pdを基準とした収率:96.4%
CHCl3に不溶の成分:0.2%
【0039】
【表5】

【0040】
実験4
合成を実験3のように実施した。反応を60℃の開始温度で実施した。
【0041】
結果:
m(生成物):25.0g
Pdを基準とした収率:96.2%
CHCl3に不溶の成分:0%
【0042】
【表6】

【0043】
実験5
合成を実験1のように実施したが、しかしながら、反応を60℃の開始温度で実施し、前記温度を5分間維持し;その後はじめて冷却した。
【0044】
結果:
m(生成物):6.15g
Pdを基準とした収率:99.5%
CHCl3に不溶の成分:0.1%
【0045】
【表7】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
CKWに不溶の含分を基準として、少なくとも99.5質量%の純度の錯体が存在することを特徴とする、パラジウム(0)−ジベンジリデンアセトン錯体Pdx(dba)y[ここでy/xは1.5〜3である]。
【請求項2】
CKWに不溶の含分を基準として、少なくとも99.9質量%の純度の錯体が存在する、請求項1記載のパラジウム(0)−ジベンジリデンアセトン錯体。
【請求項3】
1質量‰未満のハロゲン化炭化水素を含有する、請求項1又は2記載のパラジウム(0)−ジベンジリデンアセトン錯体。
【請求項4】
100ppm未満のハロゲン化炭化水素を含有する、請求項3記載のパラジウム(0)−ジベンジリデンアセトン錯体。
【請求項5】
10ppm未満のハロゲン化炭化水素を含有する、請求項4記載のパラジウム(0)−ジベンジリデンアセトン錯体。
【請求項6】
パラジウム対ジベンジリデンアセトンのモル比が1:1.5〜1:1.8の範囲内である、請求項1から5までのいずれか1項記載のパラジウム(0)−ジベンジリデンアセトン錯体。
【請求項7】
パラジウム対ジベンジリデンアセトンのモル比が1:1.8〜1:2.2の範囲内である、請求項1から5までのいずれか1項記載のパラジウム(0)−ジベンジリデンアセトン錯体。
【請求項8】
パラジウム対ジベンジリデンアセトンのモル比が1:1.9〜1:2.1の範囲内である、請求項7記載のパラジウム(0)−ジベンジリデンアセトン錯体。
【請求項9】
パラジウム対ジベンジリデンアセトンのモル比が1:2.5〜1:3の範囲内である、請求項1から5までのいずれか1項記載のパラジウム(0)−ジベンジリデンアセトン錯体。
【請求項10】
請求項1から9までのいずれか1項記載のPdx(dba)y錯体の、元素分析を用いてその化学量論を決定するための、使用。
【請求項11】
アルコール中でPd含有出発物質及びジベンジリデンアセトン(dba)からPdx(dba)y錯体を製造する方法において、
まず最初に40℃を上回る温度に予熱したdbaの溶液をアルコール中に装入し、かつその後にPd含有出発物質を予熱した溶液に添加し、それに続き前記錯体を塩基で沈殿させることを特徴とする、Pdx(dba)y錯体を製造する方法。

【公表番号】特表2010−524870(P2010−524870A)
【公表日】平成22年7月22日(2010.7.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−503380(P2010−503380)
【出願日】平成20年4月9日(2008.4.9)
【国際出願番号】PCT/EP2008/002785
【国際公開番号】WO2008/128644
【国際公開日】平成20年10月30日(2008.10.30)
【出願人】(390023560)ヴェー ツェー ヘレーウス ゲゼルシャフト ミット ベシュレンクテル ハフツング (42)
【氏名又は名称原語表記】W.C.Heraeus GmbH 
【住所又は居所原語表記】Heraeusstrasse 12−14, D−63450 Hanau, Germany
【Fターム(参考)】