説明

パルスアシスト光ピンセット装置

【課題】 本発明は,例えば,対象物が細胞中に含まれている場合であっても,対象物への損傷を防ぎつつ,対象物を捕捉でき,対象物に所定の処理を施すことができる光ピンセット装置を提供することを目的とする。
【解決手段】 本発明は,基本的には,パルスレーザーを用いた光ピンセットシステムに関する。パルスレーザーは,連続光に比べて強度が強い。このため,パルスレーザーを用いることで,高い放射圧を得ることができる。よって,本発明の光ピンセットシステムは,対象物が他の物質に吸着している場合や,対象物の周囲に立体障害が存在するような状況においても,効果的に対象物を単離することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は,パルスレーザーを用いた光ピンセットシステムに関するものである。
【背景技術】
【0002】
光ピンセット装置は,収束レーザー光により発生する放射圧を利用して微小物体を捕捉し,捕捉した物体を操作するための装置である(特許文献1,非特許文献1)。この装置は,一分子計測などに応用されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2008−241791号公報
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】A.Ashkin et al., Opt. Lett. 11, pp. 288−290 (1986).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
光ピンセット装置は,微小な物体を捕らえて,処理することができる。このため,光ピンセット装置を生体内において使用することが想定される。しかしながら,生体内には,細胞内の様々な立体的な障害物が存在する。また,生体内の対象物質が,生体内の他の物質に吸着している事態も生じる。このため,従来の光ピンセット装置を用いても,生体内の物質を適切に捕捉できないという問題がある。
【0006】
そこで,本発明は,例えば,対象物が細胞中に含まれている場合であっても,対象物への損傷を防ぎつつ,対象物を捕捉でき,対象物に所定の処理を施すことができる光ピンセット装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は,基本的には,パルスレーザーを用いた光ピンセットシステムに関する。パルスレーザーを光ピンセット装置に用いた場合,パルスレーザーの継続時間内しか放射圧を与えられない。このため,パルスレーザーを光源とするピンセット装置は,対象物を捕捉し続けることができない。それゆえ,パルスレーザーは,光ピンセット装置の光源として用いられていなかった。しかし,パルスレーザーは,連続光に比べて強度が強い。このため,パルスレーザーを対象物に照射することで,瞬間的に高い放射圧を得ることができる。よって,本発明の光ピンセットシステムは,対象物が他の物質に吸着している場合や,対象物の周囲に立体障害が存在するような状況においても,対象物を効果的に単離することができる。そして,本発明の光ピンセットシステムは,連続波レーザーにより,単離した対象物を捕捉することができる。
【0008】
対象物に照射した光エネルギーが大きい場合,レーザー誘起ブレークダウンにより,対象物が損傷する。特に,通常のパルスレーザーを対象物に照射すると,レーザー誘起ブレークダウンにより,対象物が損傷することが想定される。このため,本発明の光ピンセット装置は,パルス幅を100ナノ秒以上1マイクロ秒以下(好ましくは200ナノ秒以下)とすることで,瞬間的なエネルギーを下げ,これにより対象物の損傷を避けつつ,適切に対象物を単離できる。レーザー誘起ブレークダウンは、瞬間的なパワーが高いと発生しますが、それ以外にも照射した光エネルギーが大きくても発生します。
【0009】
本発明の第1の側面は,光ピンセットシステムに関する。そして,この光ピンセットシステムは,顕微鏡11と,パルス光源12と,連続波光源13と,集光レンズ14とを有する。
【0010】
顕微鏡11は,対象物を含む系を観測するための装置である。対象物の例は,生体細胞である。そして,パルス光源12は,対象物に照射するパルスレーザーを発生するための光源である。このパルスレーザーが,対象物に連続波レーザー以上の放射圧を与える。これにより,対象物の周囲に存在する立体障害の影響を回避することができる。また,対象物がある物質に吸着している場合であっても,パルスレーザーを対象物に照射することで対象物にエネルギーを与えて,その物質から対象物を取り外すことができる。パルスレーザーは,半値全幅が100ナノ秒以上1マイクロ秒以下の近赤外領域の光である。
【0011】
連続波光源13は,顕微鏡11で観測した対象物に照射する連続波レーザーを発生するための光源である。連続波レーザーは,近赤外領域の光である。この連続波レーザーは,通常の光ピンセット装置においても用いられるものである。すなわち,連続波レーザーを対象物に照射することで,対象物を捕捉することができる。集光レンズ14は,連続波レーザー及びパルスレーザーを集光するためのレンズである。パルスレーザーは,連続波レーザーと対象物に同軸入射する。
【0012】
本発明の第2の側面は,吸着した対象物を取り外した上で捕捉する,光ピンセット処理方法に関する。この方法では,先に説明した光ピンセットシステムを用いる。
【0013】
この方法は,観察工程,吸着解除工程,及び対象物捕捉工程を含む。観察工程で,顕微鏡11を用いて対象物を観察する。吸着解除工程で,集光レンズ14を経たパルスレーザーを対象物に照射して,対象物を他の物質から取り外す。対象物捕捉工程で,他の物質から取り外した対象物に,集光レンズ14を経た連続波レーザーを照射して,対象物を捕捉する。
【0014】
本発明の第2の側面は,パルスレーザーを対象物に照射することで,対象物の吸着状態を解除し,連続波レーザーにより対象物を捕捉できる。このため,この方法を用いることで,例えば,生体細胞を捕捉することができる。よって,この方法は,バイオテクノロジーや医療技術として用いることができる。
【発明の効果】
【0015】
本発明は,例えば,対象物が細胞中に含まれている場合であっても,対象物への損傷を防ぎつつ,対象物を捕捉でき,対象物に所定の処理を施すことができる光ピンセットシステムを提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】図1は,本発明の光ピンセットシステムのブロック図である。
【図2】図2は,パルス光源の構成例を示すブロック図である。
【図3】図3は,本発明の光ピンセット処理装置の原理を説明するための図である。図3(a)は,基板に対象物(球形粒子)が付着している様子を示す図である。図3(b)は,連続波レーザーが対象物に照射された様子を示す図である。図3(c)は,対象物が基板から離れず,連続波レーザーにより対象物を捕捉できない様子を示す図である。図3(d)は,パルスレーザーにより対象物が,基板から離れる様子を示す図である。図3(e)は,基板から離れた対象物が,連続波レーザーにより捕捉された様子を示す図である。
【図4】図4は,光ピンセット処理方法を示すフローチャートである。
【図5】図5は.実施例における実験系を示す図面に替わる写真である。
【図6】図6は,実験系のブロック図である。
【図7】図7は,実施例における実測写真を示す図面に替わる写真である。図7(a)は,連続波レーザーを対象物に照射した様子を示す。図7(b)は,連続波レーザーに加えて,パルスレーザーを対象物に照射した様子を示す。図7(c)は,光学系を調整して,対象物を操作した様子を示す。
【図8】図8は,ディレイラインを含む光学系を有するシステムの例を示す図である。
【図9】図9は,対象物に照射するレーザーのエネルギーと誘電破壊が起こる確率との関係を示すグラフである。
【図10】図10は,本実施例における対象物の取り外し実験の結果を示す写真である。
【図11】図11は,ひとつの光源がパルス光源と連続波光源をかねるシステムを示すブロック図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下,図面を用いて本発明の実施の形態について説明する。本発明は,以下に説明する実施の形態に限定されるものではなく,以下の説明から自明な範囲で適宜修正したものも含む。図1は,本発明の光ピンセットシステムのブロック図である。図1に示されるように,この光ピンセットシステムは,顕微鏡11と,パルス光源12と,連続波光源13と,集光レンズ14とを有する。図中,符号15は対象物,符号16は可動ステージ,符号17は接眼レンズ,符号18は光学素子,符号19はパルスレーザーの軌跡,符号20は連続波レーザーの軌跡を示す。また,符号17aは反射プリズム,符号17bは観察用光学系の経路を示す。なお,図1において,パルスレーザーの軌跡19及び続波レーザーの軌跡20が,ずれるように描画されている。これは,両方の軌跡が重なると視認しにくくなるためであり,実際のシステムにおいては,パルスレーザーの軌跡19及び続波レーザーの軌跡20は同軸となる部分が存在しても良い。
【0018】
本発明の光ピンセットシステムは,既に知られた光ピンセット装置における構成を適宜採用することができる。すなわち,本発明の光ピンセットシステムは,既に知られた光ピンセット装置の機能をすべて有する。そして,後述するように,本発明の光ピンセットシステムは,パルスレーザーを対象物に照射することで,捕捉することが困難な対象物をも捕捉することができる。以下,本発明の光ピンセットシステムの各要素について説明する。
【0019】
顕微鏡11は,対象物を含む系を観測するための装置である。顕微鏡11の例は,倒立型顕微鏡である。
【0020】
対象物の例は,生体細胞である。生体細胞の例は,浮遊細胞,バクテリア,酵母細胞,菌類の細胞,赤血球,組織,DNA,RNA,遺伝子,精子,及び卵子である。対象物の大きさの例は,10nm以上数十マイクロメートル以下であり,50nm以上5マイクロメートル以下の微小物質を対象物としてもよい。
【0021】
パルス光源12は,顕微鏡11で観測した対象物に照射するパルスレーザーを発生するための光源である。このパルスレーザーが,対象物に連続波レーザー以上の放射圧を与える。これにより,対象物の周囲に存在する立体障害の影響を回避することができる。また,対象物がある物質に吸着している場合であっても,パルスレーザーを対象物に照射することで対象物にエネルギーを与えて,その物質から対象物を取り外すことができる。
【0022】
パルス光源12は,レーザー光の光エネルギーをパルス幅の時間に凝集させて放出する。そのためパルスレーザーの光強度(パワー)は,通常瞬間的にCW(連続波)レーザーの1万倍から10万倍となる。CWレーザーとは異なり,パルスレーザーを対象物に照射した場合,放射圧が瞬間的にしか発生せず,対象物を安定してトラッピングすることはできない。一方,放射圧と光強度は比例関係にあることから,パルスレーザーを対象物に照射すると対象物に対して大きな放射圧を発生させることができる。
【0023】
パルス光源12の例は,Nd:YAGレーザー,及びNd:YVOレーザーである。パルス光源は,Qスイッチレーザーであることが好ましい。パルスレーザーは,半値全幅が100ナノ秒以上1マイクロ秒以下(好ましくは100ナノ秒以上200ナノ秒以下)の近赤外領域(700nm以上2.5マイクロメートル以下)の光である。
【0024】
熱や光化学反応により対象物が破壊される事態を防ぐにためには,対象物に吸収されにくい波長を用いればよい。一般に生体分子は近赤外線領域(波長1マイクロメートル〜3マイクロメートル)の透過性が高い。一方,生体に多く含まれる水は中赤外線領域(波長3マイクロメートル〜30マイクロメートル)に吸収をもつ。このため,本発明の光ピンセットシステムにおけるレーザー光として,近赤外領域(700nm以上2.5マイクロメートル以下)の光を用いることが好ましい。パルスレーザーの波長領域の例は,700nm以上1300nm以下であり,800nm以上1200nm以下でもよい。パルスレーザーの半値全幅を100ナノ秒以上と広くするためには,たとえば,レーザー光源を連続発光させつつ,所定のタイミングでQ値を上げる処理を行えばよい。そのようにすることで,パルスレーザーとしての出力は通常のパルスレーザーに比べて低くなる。しかし,この出力が低いパルスレーザーは,連続光に比べてはるかにエネルギーが高く,細胞を損傷せずに,細胞にエネルギーを与えることができる。なお,パルスレーザーは,例えば,対象物を吸着から取り除く際に用いる。そのため,パルス光源は,適宜,ON/OFFできるようにされていることが好ましい。
【0025】
パルス光源の例は,フラッシュランプ励起を用いてパルス発振するものである。たとえば,Nd:YAGロッドとして,半径が6〜10mmで,長さが8〜12mmのものを用いる。そして,1つまたは2つの焦点を有する楕円形のキャビティの中間部に1つまたは2つのフラッシュランプを位置させる。ランプに電源を供給すると,ランプから発生する光が効果的にNd:YAGロッドに伝達される。すると,Ndイオンを励起してレーザービームの発生を誘導する。このとき,ランプから発生した光によって励起されたNd元素が基底状態に落ちるときに1.06μmの一定の波長を有する光を発生する。発生するレーザービームが有するエネルギー値は,フラッシュランプに供給される電気的信号と密接な関係を有する。
【0026】
後述する実施例により実証されたとおり,QスイッチをONにする時間間隔の例は,100マイクロ秒以上1ミリ秒以下(好ましくは100マイクロ秒300マイクロ秒以下,さらに好ましくは100マイクロ秒250マイクロ秒以下,さらに好ましくは130マイクロ秒200マイクロ秒以下)である。
【0027】
図2は,パルス光源12の構成例を示すブロック図である。パルス光源は,図2に示す構成の他,様々な構成を採用しうる。図2において,パルス光源12は,対向配置された全反射ミラー22と出力ミラー23とを有する。そして,全反射ミラー22と出力ミラー23との間にレーザー媒質24が配置され,これらがレーザー共振器を構成する。レーザー媒質24は,例えば固体レーザー媒質であるNd:YAGロッドからなる。そして,ロッドの中心軸が,全反射ミラー22と出力ミラー23の光学系の光軸に一致するようにされている。レーザー共振器の外部には,光学系の光軸と同一の軸上に励起光源である半導体レーザー(LD)26が配置される。半導体レーザー26と全反射ミラー22との間には集光器27が配置される。集光器27は,例えば,コリメートレンズ,円柱レンズ,及びフォーカスレンズを有する。そして,半導体レーザー26からのレーザー光(励起光)が,集光器27と全反射ミラー22を通して,レーザー媒質24の一端面に照射される。
【0028】
全反射ミラー22は,例えば,半導体レーザー26からの波長808nmのレーザー光を透過させてレーザー媒質24の一端面に入射させる。一方,全反射ミラー22は,レーザー共振器25内で出力された波長1064nmのレーザー光を100%反射させる。一方,出力ミラー23は,例えば,波長1064nmのレーザー光を96%反射させ,4%透過させる。
【0029】
レーザー媒質24と出力ミラー23との間には電気光学素子を用いたQスイッチ28が設けられている。そして,レーザー媒質24とQスイッチ28との間にはポラライザ30が配置されている。
【0030】
Qスイッチ28に電圧を維持し続けると,Q値が上昇する。そして,Qスイッチ28に印加されている電圧を所定周期で低下させる。すると,Qスイッチ28が開(ON)状態となり,パルスレーザーが発振される。本発明は,通常のパルスレーザーの発振方法とは異なり,パルス光の時間幅がブロードな強度の弱いパルスレーザーを発振させる。そのため,100マイクロ秒以上300マイクロ秒以下の期間Q値を上昇させた後に,レーザー発振することが好ましい。
【0031】
なお,パルス光源12及び集光レンズ14を含む光学系は,従来の光ピンセット装置に対して,対象物を単離するための光源系(アシスト光源系)として機能する。よって,本発明は,光ピンセット装置に用いられる,アシスト光源システムをも提供するものである。
【0032】
連続波光源13は,顕微鏡11で観測した対象物に照射する連続波レーザーを発生するための光源である。この連続波レーザーは,通常の光ピンセット装置においても用いられるものである。すなわち,連続波レーザーで,対象物を照射することで,対象物を捕捉することができる。
【0033】
連続波光源13の例は,Nd:YAGレーザー,及びNd:YVOレーザーである。連続波光源13とパルス光源12とは,ひとつの光源であってもよい。また,連続波光源13とパルス光源12とは別々の光源であってもよい。連続波光源13の上記とは別の例は,色素レーザーである。
【0034】
集光レンズ14は,連続波レーザー及びパルスレーザーを集光するためのレンズである。集光レンズ14は,開口数の大きなレンズを使用することが好ましい。集光レンズ14の開口数の例は,1.2以上1.6以下である。集光レンズの例は,油浸対物レンズ及び水浸対物レンズである。パルスレーザーは,連続波レーザーと対象物に同軸入射する。連続波レーザーは,近赤外領域の光である。
【0035】
光ピンセットシステムが,対象物を捕捉するだけではなく,対象物に操作を施すためには,レーザービームを動かせる必要がある。このため,光学系に存在するミラーや半波長板の角度,又は位置をピエゾ(圧電素子)アクチュエーターで変化させることが好ましい。また,光学系にガルバノミラーを有するものが好ましい。対象物を含む試料を搭載する可動ステージは,X軸Y軸方向に可動であることが好ましく,3次元的に可動であるものがより好ましい。
【0036】
次に,本発明の光ピンセット処理装置の原理について説明する。図3は,本発明の光ピンセット処理装置の原理を説明するための図である。図中,符号31は基板を示す。図3(a)に示すように,基板31に対象物15が付着しているとする。図3(b)に示すように,光ピンセットシステムは,連続波レーザーを対象物に照射する。すると,図3(b)の矢印で示される方向に放射圧が生ずる。しかし,対象物15と基板31との吸着力が,連続光による放射圧に勝っている。このため,図3(c)に示されるように,対象物15が基板31から離れない。この状態では,光ピンセットシステムを用いても対象物を捕捉できない。次に,図3(d)に示すように,パルスレーザーを対象物に照射する。図3(d)では,連続波レーザーを照射しつつパルスレーザーを対象物に照射している。すると,図3(d)に示すように,パルスレーザーに起因する大きな放射圧が発生する。そして,パルスレーザーに起因する放射圧(又はパルスレーザーに起因する放射圧と,連続波レーザーに起因する放射圧のベクトル和)が,対象物と基板との吸着力より大きい場合,基板から対象物が離れる。すると,図3(e)に示されるように,基板から離れた対象物が連続波レーザーにより捕捉される。
【0037】
次に,本発明の光ピンセット処理方法について説明する。図4は,光ピンセット処理方法を示すフローチャートである。この方法は,吸着した対象物を取り外した上で捕捉する,光ピンセット処理方法に関する。この方法では,先に説明した光ピンセットシステムを用いる。
【0038】
図4に示されるように,本発明の光ピンセット処理方法は,観察工程,吸着解除工程,及び対象物捕捉工程を含む。図中符号Sは,ステップを意味する。観察工程で,顕微鏡11を用いて対象物を観察する(ステップ101)。この工程は,光ピンセット装置の分野において既に知られた工程である。この工程により,対象物の状況を把握することができる。
【0039】
なお,光ピンセット処理方法を行う際には,連続光光源を有する光源と,パルスレーザー光源を有する光源からの光は,同軸となるようにそれらの光学系があらかじめ調整されている。そして,連続光光源をONにして,対象物に連続光が照射するように光学系を調整する。連続波レーザーが対象物に照射した後に,対象物を捕捉することができれば,パルス光源をONにする必要は必ずしもない。一方,対象物が,他の物質に吸着している場合や,対象物の周囲に立体的な障害物がある場合は,連続波レーザーのみでは対象物を捕捉できない。そこで,パルス光源をONにする。
【0040】
すると,吸着解除工程で観察した対象物に,集光レンズ14を経たパルスレーザーが照射される(ステップ102)。パルス光源のスイッチをONとすると,パルスレーザーが対象物へ照射される。すると,例えば,対象物を吸着していた他の物質から,対象物を取り外すことができる。
【0041】
対象物捕捉工程で,他の物質から取り外した対象物に,集光レンズ14を経た連続波レーザーを照射して,対象物を捕捉する(ステップ103)。対象物を捕捉する工程は,従来の光ピンセット装置と同様である。連続光は,先にステップ102(及びステップ101)を通して,対象物に照射される状態とされても良い。また,ステップ102の後に連続光が対象物に照射される状態とされても良い。
【実施例1】
【0042】
図5は,実施例における実験系を示す図面に替わる写真である。図6は,実験系のブロック図である。図6に示す様に,この光ピンセットシステムは,顕微鏡光学系,光ピンセット光学系及びパルスアシスト光学系を有する。本実施例では,顕微鏡としての倒立型落射蛍光顕微鏡(ニコン社製,TE2000−U)と水浸対物レンズ(ニコン社製,PlanApoWIx60,NA(開口数)=1.20)を用いた。光ピンセット用の連続光源として,CW:Nd:YVO4レーザー(波長1064nm)を用いた。パルス光源として,Qスイッチ・ナノ秒Nd:YAGパルスレーザー(波長1064nm)を用いた。図6において,Sはメカニカルシャッター,BEはビームエキスパンダ,GMはガルバノミラー,Hは半波長板,Mはミラー,Lはレンズ,PBは偏光ビームスプリッタ,Pはポラライザを示す。
【0043】
光ピンセット用のCW:Nd:YVO4レーザービームは,ビームエキスパンダ(BE)を通した後,偏光ビームスプリッタ(PB1)で2つに分けた。そのうちP偏光の光線は半波長板(H)で偏光面回転を受けてガルバノミラー(GM2)を通り,偏光ビームスプリッタ(PB2)で反射したあと,レンズL1を通過して倒立型顕微鏡へ入射した。アシスト用のQスイッチ・ナノ秒Nd:YAGパルスレーザービームもCWレーザーと同様にBEを通過した後,光ピンセット光学系へ導入した。パルスレーザーは,偏光ビームスプリッタ(PB1)で反射するS偏光成分がガルバノミラーへ入射し,偏光ビームスプリッタ(PB2)で反射した成分が倒立顕微鏡へ入射した。この際,CWレーザーの光とパルスレーザーの光は同軸入射となるように調整した。2つのビームの焦点位置はビームの広がり方(ビームダイバージェンス)が異なるために微妙に異なる。しかし,レンズL3とビームエキスパンダ(BE)を微調整することで,これらの焦点位置が同じになるように調整した。
【0044】
本発明の光ピンセット処理(パルスレーザー・アシスト光ピンセット法)が有用であることを証明するため,検証実験として,ガラス基板に吸着した粒子の取り外し実験を行った。試料は,アミノシラン処理したカバーガラスに直径2マイクロメートルのポリスチレン粒子を吸着させたものを使用した。カバーガラスに付着した粒子が光ピンセット用ビームでは操作できないことを確認した(図7(a))。次に,粒子に対してパルスレーザービームを照射し,粒子をカバーガラスから引き剥がした(図7(b))。その後,粒子をトラップし,操作した(図7(c))。この実験により,パルスレーザー・アシスト光ピンセット法が従来の光ピンセットでは操作できない微小物体を操作できることが示された。
【実施例2】
【0045】
パルスレーザーのエネルギーが強い場合,ポリスチレン粒子が破壊する事態が生じた。そこで,誘電破壊が起こるピークパワーの閾値を確認するため実験を行った。ピークパワーを実測することは困難であるため,レーザーのエネルギーを実測値とした。試料及びレーザーの条件は実施例1と同様とした。パルスレーザーのエネルギーを半波長板の角度を変化させることで調節した。光ピンセット光学系への入射前にパワーメーターで10秒あたりの平均エネルギーを測定した。
【0046】
図6に示されるパルスアシスト光学系(光路(1))の他,図8に示されるディレイを用いた光学系(光路(2))をも用いて実験を行った。ディレイを用いた回路は,PB3にて偏光分離された2つの成分が,PB4にて合波される。その際,MG6,MG5及びMG4を経たパルス(又はMG1,MG2及びMG3を経たパルス)は,PB3から直接PB4に到達したパルスに比べ光路差分だけ遅延する。このようにして,2連パルスを得ることができる。この2連パルスの遅延時間が,パルスの半値全幅に比べて小さい場合,2連パルスのスペクトルが重なり合う。このようにして,ブロードでありエネルギーピークの小さな(2連)パルスレーザーを得ることができる。なお,アレイ導波路のように光路長が所定量だけ異なる複数の導波路を含む光学系を採用することで,ブロードでありエネルギーピークの小さなパルスレーザーを得ることができる。このような光学系は,たとえば,2つのスラブ導波路と,2つのスラブ導波路を連結するN本の光導波路を具備するアレイ導波路があげられる(特開2006−195036号公報を参照)。
【0047】
半波長板H3の角度を10°から52°まで2°間隔で変化させたときのエネルギーを測定した。その後各エネルギー条件においてパルスレーザーを,基板に吸着した粒子に10秒間入射し,誘電破壊が起きたかどうかを記録した。同じエネルギー条件で粒子にパルスレーザーを入射する実験を20回繰り返し,20回中何度誘電破壊が起きたかを調べ,最終的にエネルギーの値ごとに誘電破壊が起こる確率を算出した。
【0048】
半波長板H3の角度ごとのエネルギーを表1に示す。対象物に照射するレーザーのエネルギーによる,誘電破壊が起こる確率を算出した結果を図9に示す。実験結果からエネルギーが一定の値以上になると誘電破壊が起こる確率が急激に高くなることがわかった。光路(1)及び光路(2)共に誘電破壊が起こるエネルギーの閾値は180マイクロワット付近であるということがわかった。本実験において,光路(1)の閾値は半波長板が42°の時の178マイクロワット,光路(2)の閾値は半波長板が46°の時の183マイクロワットが閾値であった。よって,パルスレーザーのエネルギーを,例えば100マイクロワット以上200マイクロワット以下に制御することが好ましい。
【0049】
【表1】

【実施例3】
【0050】
実施例2におけるパルスディレイ光学系は,パルスの半値全幅に比べて遅延時間を密にとることが難しい。このため,パルスレーザーのスペクトル自体をブロードにして,強度を低下させることが望ましいといえる。そこで,調和振動子モデルを用いて,適切なパルスレーザーの半値全幅を求めた。
【0051】
減衰運動時の時定数は,以下の表2に示すとおりであった。集光領域の大きさ(すなわち,捕捉対象物の大きさ)の径が1マイクロメートルの場合の,減衰解及び振動解を求めた。調和振動子モデルを用いてパルスレーザーの半値全幅を求めると,パルスレーザーの半値全幅として100ナノ秒以上200ナノ秒以下が好ましいことがわかった。調和振動子モデルでの解は,周囲の粘性媒質による粘性係数の大きさと発生する力の大きさとの関係によって,減衰運動するか振動運動するかが決まる。減衰運動する場合には始点から終点まで一方向に移動する振動運動する場合にも振動振幅は減衰振動の最短の減衰時間(時定数)で減衰するようになる。そこで減衰運動の時定数についてみた。その結果は表2に示すとおりであった。捕捉対象物の大きさがほぼレーザー光の集光スポット径と同程度の1マイクロメートルであった場合の,減衰運動時の時定数は1.1×10−7秒すなわち110ナノセカンドが最短となることが分かる。このことから同程度の半値全幅を持つパルスレーザーで力を発生させれば最短時間でかつ無駄なエネルギー注入もなく移動操作できることから,パルスレーザーの半値全幅として100ナノ秒以上200ナノ秒以下が好ましいことが分かった。
【0052】
【表2】

【0053】
本実施例では,パルスレーザーのQスイッチを解除してフラッシュランプ励起モードで動作させた。これにより,パルス幅150マイクロ秒のパルス光を作り出した。このパルス光を用いて,実施例1と同じ条件で調製した固着粒子(直径1マイクロメートル)の取り外し実験を行った。
【0054】
図10は,本実施例における対象物の取り外し実験の結果を示す写真である。図10(a)〜図10(d)は,光ピンセットのスポット(OT spot)を粒子1(particle 1)上にし,パルスレーザーのスポット(PL spot)にピントを合わせてから,パルスレーザーを入射して対象物を基板から取り外した様子を示す写真である。図10(e)〜図10(h)は,光ピンセットのスポット(OT spot)を粒子2(particle 2)に移動し,粒子1(particle 1)と同様に取り外した様子を示す写真である。
【実施例4】
【0055】
実施例3は,好適な時間幅を持つパルスレーザー光を,操作対象物に対して大きな放射圧を発生させる必要がある場合にのみ照射する方法である。一方,本実施例はパルスレーザーと連続波レーザーとを,ひとつのパルスレーザー光源から発生させる方法に関する。パルスレーザーと連続波レーザーとを含む連続パルス光を対象物に照射する場合には,連続波レーザーを得るための光ピンセット用レーザー光源を必要とせず,パルスレーザー光源のみで光ピンセットによる捕捉操作と,大きな放射圧を発生させた操作を行うことができる。図11は,そのようなパルスレーザーと連続波レーザーとをひとつの光源から発生させる場合のシステムを示すブロック図である。図11に示すシステムは,ひとつの光源が,パルス光源12と連続波光源13をかねている。図中点線の円で囲っているグラフは,パルスレーザーと連続波レーザーとを含む連続パルス光を説明するためのグラフである。グラフの縦軸は強度を示し,グラフの横軸は時間を示す。このグラフに示されるとおり,パルスが存在しない時間においても連続波レーザーに由来する強度成分が存在する。すなわち,図11に示されるシステムを用いれば,連続波レーザーを連続的に対象物に照射しつつ,周期的にパルスレーザーを対象物に照射することができる。
【0056】
連続パルス光を発生させるレーザー光源の例は,フラッシュランプを連続的に発光させておいた状態でQスイッチを所定の時間間隔をおいて周期的かつ断続的にオンにするものである。そのようにパルスレーザー光源を駆動することにより,連続光を得つつ,パルス光を周期的に得ることができる。その時間間隔は,レーザー媒質であるNd:YAG結晶での励起準位の寿命(約230μ秒)程度が適当で,150マイクロ秒程度でもよい。得られるパルス光の時間幅はQスイッチをオンにする際の時間プロファイルによって制御することができる。たとえば,100ナノ秒の間にQ値が上がるように制御して発振させれば,100ナノ秒程度の半値全幅を持つパルス光を得ることができる。そして,このような連続パルス光を用いて対象物を操作する場合,パルス光が入射しない時間においてブラウン運動による粒子変位が起こりえる。しかし,パルス光の時間間隔を150マイクロ秒とした場合には,その間に起こるブラウン運動による変位は極微小である。よって,実際の操作時には問題にならず,連続発振のレーザー光で捕捉・操作しているかのような操作性を実現できる。その上に,瞬間的に発生し得る力は大きいので,大きな力を必要とする場合にはパルス的な特性が大きな役割を果たす。
【0057】
一つのレーザー光で周期的にQスイッチパルス光を得た場合には連続波のレーザー光源が不要になる。これによって光学系が単純になり,二つのレーザー装置の光軸調整や集光位置の前後調整などが不要になるなどのメリットがある。また,一つのレーザーで構成するためにより安価な装置を実現できるメリットもある。
【産業上の利用可能性】
【0058】
本発明は,光学機器などの分野において利用されうる。本発明は,またバイオテクノロジーや医療技術の分野においても利用されうる。
【符号の説明】
【0059】
11 顕微鏡
12 パルス光源
13 連続波光源
14 集光レンズ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
顕微鏡(11)と,
前記顕微鏡(11)で観測した対象物に照射するパルスレーザーを発生するためのパルス光源(12)と,
連続波レーザーを発生するための連続波光源(13)と,
前記パルスレーザー及び前記連続波レーザーを集光するための集光レンズ(14)と,
を有し,
前記パルスレーザーは,前記連続波レーザーと前記対象物に同軸入射し,
前記パルスレーザーは,半値全幅が100ナノ秒以上1マイクロ秒以下の近赤外領域の光であり,
前記連続波レーザーは,近赤外領域の光である,
光ピンセットシステム。

【請求項2】
前記対象物は生体細胞である,請求項1に記載の光ピンセットシステム。

【請求項3】
前記パルス光源(12)及び前記連続波光源(13)は,ひとつのNd:YAGレーザー光源であり,
前記Nd:YAGレーザー光源は,連続光を放射しつつ,100マイクロ秒以上300マイクロ秒以下の間隔でレーザー発信器のQ値を上げることで,連続光とパルスレーザーとを得るものである,
請求項1に記載の光ピンセットシステム。

【請求項4】
顕微鏡(11)と,
前記顕微鏡(11)で観測した対象物に照射するパルスレーザーを発生するためのパルス光源(12)と,
前記パルスレーザーを集光するための集光レンズ(14)と,
連続波レーザーを発生するための連続波光源(13)を有し,
前記パルスレーザーは,前記連続波光源(13)からの連続波レーザーと前記対象物に同軸入射し,
前記パルスレーザーは,半値全幅が100ナノ秒以上1マイクロ秒以下の近赤外領域の光であり,
前記連続波レーザーは,近赤外領域の光である,
光ピンセットシステムを用いた,光ピンセット処理方法であって,

前記対象物は,他の物質に吸着しているものであり,

前記方法は,
前記顕微鏡(11)で対象物を観察する観察工程と,
前記観察工程で観察した対象物に前記集光レンズ(14)を経た前記パルスレーザーを照射して,前記対象物を前記他の物質から取り外す吸着解除工程と,
前記吸着解除工程で前記他の物質から取り外した前記対象物に,前記集光レンズ(14)を経た前記連続波レーザーを照射して,前記対象物を捕捉する対象物捕捉工程と,

を含む,光ピンセット処理方法。

【請求項5】
前記対象物は生体細胞である,請求項1に記載の光ピンセット処理方法。




【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【公開番号】特開2011−180465(P2011−180465A)
【公開日】平成23年9月15日(2011.9.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−46004(P2010−46004)
【出願日】平成22年3月3日(2010.3.3)
【出願人】(504143441)国立大学法人 奈良先端科学技術大学院大学 (226)
【Fターム(参考)】