説明

パルスアーク溶接の出力制御方法

【課題】消耗電極パルスアーク溶接において、アーク長が大きく変動したときに、アーク安定性を維持しつつ過渡応答性を向上させること。
【解決手段】溶接ワイヤを第1送給速度Fs1で送給すると共に、第1傾きKs1、溶接電流基準値Is及び溶接電圧基準値Vsによって設定された溶接電源の外部特性を形成し、溶接中にアーク長が大きく変動したときは、前記第1傾きKs1を小さな値の第2傾きKs2に置換して外部特性を形成するパルスアーク溶接の出力制御方法において、前記第2傾きKs2によって前記外部特性が形成されている期間中は、送給速度Fscを前記第1送給速度Fs1から第2送給速度Fs2にアーク長の変動が収束するように変化させる。傾きを小さくしてアーク長制御系のゲインを大きくし、送給速度を可変速制御することで、過渡応答性を向上させている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、所望の傾きを有する溶接電源の外部特性を形成することができる消耗電極パルスアーク溶接の出力制御方法の改善に関するものである。
【背景技術】
【0002】
消耗電極パルスアーク溶接では、美しいビード外観、均一な溶込み深さ等の良好な溶接品質を得るために、溶接中のアーク長を適正値に維持することが極めて重要である。一般的に、アーク長は溶接ワイヤの送給速度とアーク入熱による溶融速度とのバランスによって決まる。したがって、溶接電流の平均値に略比例する溶融速度が送給速度と等しくなるとアーク長は常に一定となる。しかし、送給モータの回転速度の変動、溶接トーチケーブルの引き回しによる送給経路の摩擦力の変動等によって、溶接中の送給速度が変動する。このために、溶融速度とのバランスが崩れてアーク長が変化することになる。さらには、溶接作業者の手振れ等による給電チップ・母材間距離の変動、溶融池の不規則な振動等によっても、アーク長は変動する。したがって、これらの種々の変動要因(以下、外乱という)によるアーク長の変動を抑制するためには、外乱に応じて常に溶融速度を調整してアーク長の変化を抑制するアーク長制御が必要となる。
【0003】
消耗電極パルスアーク溶接を含む消耗電極ガスシールドアーク溶接において、上述した種々の外乱に起因するアーク長の変動を抑制する方法として、溶接電源の外部特性を所望値に出力制御する方法が慣用されている。この外部特性の例を図4に示す。同図の横軸は溶接ワイヤを通電する溶接電流の平均値Iwであり、縦軸は溶接ワイヤと母材との間に印加される溶接電圧の平均値Vwである。特性L1は、傾きKs=0V/Aの完全な定電圧特性の場合である。また、特性L2は、傾きKs=−0.1V/Aと右肩下がりの傾きを有する定電圧特性の場合である。外部特性は直線として表わすことができるので、溶接電流基準値Isと溶接電圧基準値Vsとの交点P0を通り傾きがKsである外部特性は下式で表わされる。
Vw=Ks・(Iw−Is)+Vs ……(1)式
【0004】
ところで、溶接電源の外部特性の傾きKsによってアーク長制御の安定性(自己制御作用と呼ばれる)が大きく影響されることが従来から知られている。すなわち、外乱に対してアーク長を安定化するためには、溶接法を含む溶接条件に応じて外部特性の傾きKsを適正値に制御する必要がある。例えば、傾きKsの適正値は、炭酸ガスアーク溶接法では0〜−0.03V/A程度の範囲であり、パルスアーク溶接法では−0.05〜−0.3V/A程度の範囲である。したがって、本発明の対象であるパルスアーク溶接法においては、アーク長制御を安定化するためには、同図に示す特性L1ではなく−0.05〜−0.3V/A程度の範囲内で予め定めた傾きKsを有する特性L2等を形成する必要がある。ところで、傾きを変化させることはアーク長制御系のゲインを変化させることになる。傾きKsの絶対値が小さくなると(負の値から0に近づくと)ゲインは大きくなり、傾きKsの絶対値が大きくなると(傾きが急勾配になると)ゲインは小さくなる。したがって、パルスアーク溶接法では炭酸ガスアーク溶接法に比べてゲインを小さくしないとアーク安定性が悪くなる。他方、ゲインをあまり小さくすると過渡応答が悪くなる。このために、定常のアーク安定性及び過渡応答性を考量して傾きの適正値の設定を行う必要がある。以下、パルスアーク溶接において所望の傾きKsを有する外部特性を形成する従来技術(例えば、特許文献1〜3を参照)について説明する。これ以降の説明において、傾きKsの値とは、絶対値と記載しない場合でも絶対値のことを意味するものとする。これは、上述したように、傾きKsの値は、0又は負の値となり、正の値とはならないので、記載を簡略化するためである。
【0005】
図5は、パルスアーク溶接の電流・電圧波形図である。同図(A)は溶接電流(瞬時値)ioの波形を示し、同図(B)は溶接電圧(瞬時値)voの波形を示す。以下,同図を参照して説明する。
【0006】
(1)時刻t1〜t2のピーク期間Tp
予め定めたピーク期間Tp中は、同図(A)に示すように、溶接ワイヤを溶滴移行させるために大電流値の予め定めたピーク電流Ipを通電し、同図(B)に示すように、この期間中のアーク長に略比例したピーク電圧Vpが溶接ワイヤ・母材間に印加する。
【0007】
(2)時刻t2〜t3のベース期間Tb
後述する溶接電源の出力制御によって定まるベース期間Tb中は、同図(A)に示すように、溶接ワイヤ先端の溶滴を成長させないために小電流値の予め定めたベース電流Ibを通電し、同図(B)に示すように、この期間中のアーク長に略比例したベース電圧Vbが印加する。
【0008】
上記のピーク期間Tp及びベース期間Tbからなる時刻t1〜t3の期間を1パルス周期Tpbとして繰り返して溶接を行う。同図(A)に示すように、このパルス周期Tpbごとの溶接電流の平均値がIwとなり、同様に同図(B)に示すように、このパルス周期Tpbごとの溶接電圧の平均値がVwとなる。溶接電源の外部特性を形成するための出力制御は、パルス周期Tpbの時間長さを操作量としてフィードバック制御することで行われる。すなわち、ピーク期間Tpを一定値としてパルス周期Tpbを増減させることによって出力制御を行う。
【0009】
図6に示すように、時刻t(n)〜t(n+1)の第n回目のパルス周期Tpb(n)の溶接電流平均値がIw(n)となり、溶接電圧平均値がVw(n)となる。上述した図4において、これらIw(n)とVw(n)との交点(動作点)P1が、設定された特性L2上に乗るように出力制御される。以下、所望の傾きKsを有する外部特性を形成するための溶接電源の出力制御方法について説明する。
【0010】
図5で上述したパルスアーク溶接の波形図を参照して、従来技術の外部特性形成方法を説明する。形成すべき目標の外部特性は、上述した(1)式の外部特性である。第n回目のパルス周期Tpb(n)における溶接電流平均値Iw及び溶接電圧平均値Vwは下式で表わすことができる。
Iw=(1/Tpb(n))・∫io・dt ……(2)式
Vw=(1/Tpb(n))・∫vo・dt ……(3)式
但し、積分は第n回目のパルス周期Tpb(n)の間行う。
【0011】
これら(2)式及び(3)式を上記の(1)式に代入して整理すると下式となる。
∫(Ks・io−Ks・Is+Vs−vo)・dt=0 ……(4)式
但し、積分は第n回目のパルス周期Tpb(n)の間行い、上述したように、Ksは外部特性の傾きであり、Isは溶接電流基準値であり、Vsは溶接電圧基準値である。
【0012】
したがって、第n回目のパルス周期Tpb(n)が終了した時点においては上記(4)式が成立することになる。ここで、上記(4)式の左辺を積分値Svbとして定義すると下式となる。
Svb=∫(Ks・io−Ks・Is+Vs−vo)・dt ……(5)式
【0013】
第n回目のパルス周期Tpb(n)が開始した時点から上記(5)式の積分値Svbの演算を開始する。第n回目の予め定めたピーク期間が終了して第n回目のベース期間中に上記の積分値Svb=0(又はSvb≧0)となった時点で第n回目のパルス周期Tpb(n)を終了する。この動作を繰り返すことによって、上記(1)式の外部特性を形成することができる。
【0014】
上述した従来技術の外部特性形成方法を以下に整理して記載する。
(1)傾きKs、溶接電流基準値Is及び溶接電圧基準値Vsによって上記(1)式に基づいて目標の溶接電源の外部特性を予め設定する。
(2)溶接中の溶接電圧vo及び溶接電流ioを検出する。
(3)第n回目のパルス周期Tpb(n)の開始時点から上記(5)式に基づいて積分値Svb=∫(Ks・io−Ks・Is+Vs−vo)・dtの演算を開始する。
(4)第n回目の予め定めたピーク期間Tpに続く第n回目のベース期間Tb中の上記積分値Svbが零以上(Svb≧0)になった時点で第n回目のパルス周期Tpb(n)を終了する。
(5)続けて第n+1回目のパルス周期Tpb(n+1)を開始して、上記(3)〜(4)の動作を繰り返し行うことによって、所望の外部特性を形成する。
【0015】
図7は、上述した外部特性形成方法を搭載した溶接電源のブロック図である。以下、同図を参照して各ブロックについて説明する。
【0016】
電源主回路PMは、3相200V等の商用電源を入力として、後述する電流誤差増幅信号Eiに従ってインバータ制御による出力制御を行い、アーク溶接に適した溶接電流io及び溶接電圧voを出力する。この電源主回路PMは、図示は省略するが、商用電源を整流する1次整流器、整流された直流を平滑するコンデンサ、平滑された直流を高周波交流に変換するインバータ回路、高周波交流をアーク溶接に適した電圧値に降圧する高周波変圧器、降圧された高周波交流を整流する2次整流器、整流された直流を平滑するリアクトル、上記の電流誤差増幅信号Eiを入力としてパルス幅変調制御を行いこの結果に基づいて上記のインバータ回路を駆動する駆動回路から成る。溶接ワイヤ1は、送給モータWMに結合された送給ロール5の回転によって溶接トーチ4内を通って送給されて、母材2との間にアーク3が発生する。
【0017】
電流検出回路IDは、上記の溶接電流ioを検出して、電流検出信号idを出力する。電圧検出回路VDは、上記の溶接電圧voを検出して、電圧検出信号vdを出力する。溶接電圧基準値設定回路VSは、予め定めた溶接電圧基準値信号Vsを出力する。溶接電流基準値設定回路ISは、予め定めた溶接電流基準値信号Isを出力する。溶接電圧平均値検出回路VAは、上記の電圧検出信号vdを数パルス周期〜数十パルス周期の時定数で平滑して、溶接電圧平均値信号Vaを出力する。差算出回路DVは、この溶接電圧平均値信号Vaと上記の溶接電圧基準値信号Vsとの差を算出して、差信号ΔV=Va−Vsを出力する。第1傾き設定回路KS1はアーク長が通常範囲で変動しているときの外部特性の傾きを設定するための第1傾き設定信号Ks1を出力する。第2傾き設定回路KS2は、アーク長が大きく変動したときの外部特性の傾きを設定するための第2傾き設定信号Ks2を出力する。傾き制御設定回路KSCは、上記の差信号ΔVの絶対値と予め定めた電圧しきい値ΔVtとを比較して、|ΔV|<ΔVtのときは上記の第1傾き設定信号Ks1を傾き設定信号Ksとして出力し、|ΔV|≧ΔVtのときは上記の第2傾き設定信号Ks2を傾き設定信号Ksとして出力する。
【0018】
積分値演算回路SVBは、上記の電流検出信号id、上記の電圧検出信号vd、上記の溶接電圧基準値信号Vs、上記の溶接電流基準値信号Is及び上記の傾き設定信号Ksを入力として、各パルス周期の開始時点から上記(5)式によって積分演算を行い積分値信号Svbを出力する。比較回路CMは、この積分値信号Svbの値が零以上になった時点で短時間Highレベルになる比較信号Cmを出力する。この比較信号Cmの周期がパルス周期となる。タイマ回路MMは、上記の比較信号CmがHighレベルに変化した時点から予め定めたピーク期間設定値Tpsによって定まる期間だけHighレベルとなるタイマ信号Mmを出力する。このタイマ信号MmがHighレベルのときがピーク期間となり、Lowレベルのときがベース期間となる。
【0019】
ピーク電流設定回路IPSは、予め定めたピーク電流設定信号Ipsを出力する。ベース電流設定回路IBSは、予め定めたベース電流設定信号Ibsを出力する。切換回路SWは、上記のタイマ信号MmがHighレベルのときはa側に切り換わり上記のピーク電流設定信号Ipsを電流制御設定信号Icsとして出力し、Lowレベルのときはb側に切り換わり上記のベース電流設定信号Ibsを電流制御設定信号Icsとして出力する。
【0020】
電流誤差増幅回路EIは、上記の電流制御設定信号Icsと上記の電流検出信号idとの誤差を増幅して、電流誤差増幅信号Eiを出力する。第1送給速度設定回路FS1は、予め定めた第1送給速度設定信号Fs1を出力する。送給制御回路FCは、この第1送給速度設定信号Fs1を入力として、溶接ワイヤ1の送給速度を制御するための送給制御信号Fcを上記の送給モータWMに出力する。これらのブロックによって、図5で上述したような溶接電流ioが通電し、上記(1)式で設定された外部特性が形成される。
【0021】
上記の溶接電圧平均値信号Vaの値はアーク長に略比例し、上記の溶接電圧基準値信号Vsは適正アーク長を設定する。したがって、上記の差信号ΔVの絶対値は、アーク長の変動の大きさを示している。そこで、上記の差信号ΔVの絶対値が予め定めた電圧しきい値ΔVt未満(|ΔV|<ΔVt)のときは通常の傾き(上記の第1傾き設定信号Ks1)の第1外部特性を形成し、差信号ΔVの絶対値が電圧しきい値ΔVt以上(|ΔV|≧ΔVt)のときは傾きの絶対値が通常よりも小さい(上記の第2傾き設定信号Ks2)の第2外部特性を形成する。上記の第1外部特性は、上記の第1傾き設定信号Ks1、上記の溶接電圧基準値信号Vs及び上記の溶接電流基準値信号Isによって設定され、上記の第2外部特性は上記の第2傾き設定信号Ks2、上記の溶接電圧基準値信号Vs及び上記の溶接電流基準値信号Isによって設定される。|Ks1|>|Ks2|である。アーク長が大きく変動したときは第2外部特性が形成されるので、アーク長制御系のゲインが大きくなり、過渡応答性が速くなる。アーク長の変動が小さいときは第1外部特性が形成されるので、ゲインが小さくなりアーク安定性は良好になる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0022】
【特許文献1】特開2002−361417号公報
【特許文献2】特開2005−118872号公報
【特許文献3】特開2008−105095号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0023】
上述した従来技術では、所望の傾きを有する外部特性を形成することができると共に、アーク長が大きく変動しているときは傾きを小さくしてゲインを大きくし過渡応答性を速くすることによりアーク長を迅速に適正範囲に戻すことができ、アーク長の変動が小さいときは傾きを大きくしてゲインを小さくし定常安定性を良好にしている。
【0024】
しかしながら、アーク長の変動が大きいときに、外部特性の傾きをあまり小さくすると、過渡状態におけるアーク安定性が悪くなり、逆に定常状態になかなか収束しなくなるような状態に陥る場合も生じる。すなわち、アーク長の変動が大きいときの傾きを小さくするには、限界があり、このために、過渡応答性の迅速化にも一定の限界があった。特に、送給速度が比較的遅いとき(溶接電流値が小電流域のとき)は、外部特性の傾きを小さくできる範囲がより限られているために、アーク長が大きく変動したときの過渡応答性の迅速化に課題を残していた。
【0025】
そこで、本発明は、所望の外部特性を形成すると共に、アーク長が大きく変動したときにアーク安定性を維持しつつ、過渡応答性を迅速化することができるパルスアーク溶接の出力制御方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0026】
上述した課題を解決するために、請求項1の発明は、溶接ワイヤを第1送給速度で送給すると共に、第1傾き及び溶接電流基準値及び溶接電圧基準値によって設定された溶接電源の外部特性を形成して溶接するパルスアーク溶接の出力制御方法であって、
溶接中にアーク長が大きく変動したときは、前記第1傾きを第1傾きの絶対値よりも小さな絶対値の第2傾きに置換して外部特性を形成するパルスアーク溶接の出力制御方法において、
前記第2傾きによって前記外部特性が形成されている期間中は、送給速度を前記第1送給速度から第2送給速度にアーク長の変動が収束するように変化させる、
ことを特徴とするパルスアーク溶接の出力制御方法である。
【0027】
請求項2の発明は、前記第1送給速度が送給速度基準値以下のときにのみ、送給速度を第2送給速度に変化させる、
ことを特徴とする請求項1記載のパルスアーク溶接の出力制御方法である。
【0028】
請求項3の発明は、前記アーク長が大きく変動したことを、溶接電圧平均値と前記溶接電圧基準値との差の絶対値が予め定めた電圧しきい値以上になったことによって判別する、
ことを特徴とする請求項1又は2記載のパルスアーク溶接の出力制御方法である。
【0029】
請求項4の発明は、前記アーク長が大きく変動したことを、溶接電流平均値と前記溶接電流基準値との差の絶対値が予め定めた電流しきい値以上になったことによって判別する、
ことを特徴とする請求項1又は2記載のパルスアーク溶接の出力制御方法である。
【発明の効果】
【0030】
本発明によれば、アーク長が大きく変動したときに、外部特性の傾きの絶対値を小さくしてアーク長制御系のゲインを大きくし、かつ、送給速度をアーク長が収束するように変化させることによって、アーク安定性を維持しつつ過渡応答性を向上させることができる。このために、アーク長が大きく変動したときでも良好な溶接品質を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【図1】本発明の実施の形態1に係る溶接電源のブロック図である。
【図2】図1の溶接電源における各信号のタイミングチャートである。
【図3】本発明の実施の形態2に係る溶接電源のブロック図である。
【図4】従来技術における溶接電源の外部特性を示す図である。
【図5】従来技術における、パルスアーク溶接の電流・電圧波形図である。
【図6】従来技術における第n回目のパルス周期の溶接電流平均値Iw(n)と溶接電圧平均値Vw(n)との関係を説明するための波形図である。
【図7】従来技術における外部特性形成方法を搭載した溶接電源のブロック図である。
【発明を実施するための形態】
【0032】
以下、図面を参照して本発明の実施の形態について説明する。
【0033】
[実施の形態1]
図1は、本発明の実施の形態1に係るパルスアーク溶接の出力制御方法を実施するための溶接電源のブロック図である。同図において上述した図7と同一のブロックには同一符号を付して、それらの説明は省略する。同図は、図7の第1送給速度設定回路FS1と送給制御回路FCとの間に、破線で示す送給制御設定回路FSCを挿入したものである。以下、この回路について同図を参照して説明する。
【0034】
送給制御設定回路FSCは、第1送給速度設定信号Fs1及び差信号ΔVを入力として、以下のような処理を行い、送給速度の可変速制御を行なうための送給速度制御設定信号Fscを出力する。
(1)差信号ΔVの絶対値が電圧しきい値ΔVt未満のときは第1送給速度設定信号Fs1の値を送給速度制御設定信号Fscとして出力する。
(2)差信号ΔVの絶対値が電圧しきい値ΔVt以上でありかつ差信号ΔVの符号が正であるときは、第2送給速度設定値Fs2=Fs1×(1+a)を算出して送給速度制御設定信号Fscとして出力する。
(3)差信号ΔVの絶対値が電圧しきい値ΔVt以上でありかつ差信号ΔVの符号が負であるときは、第2送給速度設定値Fs2=Fs1×(1−a)を算出して送給速度制御設定信号Fscとして出力する。
ここで、aは予め定めた補正係数であり、例えば、0.05〜0.3程度である。上記(1)の場合は、アーク長の変動が小さいときであり、外部特性の傾きは第1傾き設定信号Ks1の値となる。このために、アーク長制御系のゲインが小さくなるので、定常安定性が良好になる。この場合には、送給速度は変化させずに、第1送給速度設定信号Fs1によって定まる値のままである。上記(2)の場合は、アーク長が長くなる方向に大きく変動しているときであり、外部特性の傾きは第2傾き設定信号Ks2の値となる。このときに、送給速度は第1送給速度よりも速い第2送給速度になる。外部特性の傾きが(1)の場合よりも小さくなるのでアーク長制御系のゲインが大きくなり、かつ、送給速度が(1)の場合よりも速くなるのでアーク長を短くする方向に作用するために、過渡応答性が向上してアーク長が定常値に迅速に収束する。上記(3)の場合は、アーク長が短くなる方向に大きく変動しているときであり、外部特性の傾きは第2傾き設定信号Ks2の値となる。このときに、送給速度は第1送給速度よりも遅い第2送給速度になる。外部特性の傾きが(1)の場合よりも小さくなるのでアーク長制御系のゲインが大きくなり、かつ、送給速度が(1)の場合よりも遅くなるのでアーク長を長くする方向に作用するために、過渡応答性が向上してアーク長が定常値に迅速に収束する。すなわち、(2)及び(3)の場合のように、アーク長が大きく変動しているときは、外部特性の傾きを小さくし、かつ、送給速度をアーク長の変動が収束するように変化させることによって、外部特性の傾きをあまり小さく(ゲインを大きく)することなく過渡応答性を向上させることができる。「送給速度をアーク長の変動が収束するように変化させる」とは、アーク長が長くなる方向に大きく変動しているときは送給速度を速くすることになり、逆にアーク長が短くなる方向に大きく変動しているときは送給速度を遅くすることになる。上記において、補正係数aは、上記(2)の場合と上記(3)の場合とで異なる値に設定しても良い。また、補正係数aは、溶接ワイヤの材質、直径、溶接速度、第1送給速度等に応じて適正値に設定される。
【0035】
課題の項で上述したように、第1送給速度設定信号Fs1の値が予め定めた送給速度基準値Ft以下の場合(小電流域の場合)には、外部特性の第2傾きをアーク安定性の点からあまり小さくできないという課題が顕著となるために過渡応答性の向上には限界があった。このために、上記の送給制御設定回路FSCにおいて、第1送給速度設定信号Fs1の値が上記の送給速度基準値Ft以下のときは上記の補正係数aを所定値に設定し、第1送給速度設定信号Fs1の値が上記の送給速度基準値Ftを超えるときは上記の補正係数aを0に設定するようにしても良い。このようにすると、Fs1≦Ftのときは送給速度の可変速制御が行なわれ、Fs1>Ftのときは送給速度の可変速制御は行なわれなくなる。送給速度基準値Ftとしては、例えば、直径1.2mmの軟鋼ワイヤを用いたマグパルス溶接の場合には、5m/min(150Aに相当)に設定される。
【0036】
同図において、差信号ΔVが電圧しきい値ΔVt以上のときに、外部特性を第2傾き設定信号Ks2に切り替え、送給速度の可変速制御を行なうようにしている。しかし、電圧しきい値を2つ設けて、外部特性の傾きを切り換えるしきい値と、可変速制御を開始するしきい値とを別個に設定できるようにしても良い。
【0037】
また、高速溶接時には、アーク長はアンダーカットの発生を防ぐために短めに設定されるのが一般的である。このために、アーク長が短くなる方向に大きく変動することはない。したがって、このような場合には、アーク長が長くなる方向に大きく変動したことだけを判別して、外部特性の傾きの切り換えと送給速度の可変速制御の開始を行うようにしても良い。
【0038】
図2は、上述した溶接電源における各信号のタイミングチャートである。同図(A)は溶接電圧平均値信号Vaの時間変化を示し、同図(B)は傾き設定信号Ks(絶対値)の時間変化を示し、同図(C)は送給速度制御設定信号Fscの時間変化を示す。同図において、時刻t1〜t4の期間はアーク長が長くなる方向に大きく変動したときであり、時刻t5〜t8の期間はアーク長が短くなる方向に大きく変動したときである。以下、同図を参照して説明する。
【0039】
(1)時刻t1〜t4のアーク長が長くなる方向に大きく変動したとき
同図(A)に示すように、真ん中の破線は溶接電圧基準値Vsを示し、上の破線はVs+ΔVt(ΔVtは電圧しきい値)を示し、下の破線はVs−ΔVtを示す。溶接電圧平均値信号Vaの値は、時刻t1以前は真ん中の破線近傍で変動しており、アーク長の変動が小さいことを示している。時刻t1において外乱によってアーク長が長くなる方向に変動すると、溶接電圧平均値信号Vaの値は、時刻t1から急峻に上昇し、時刻t2において上の破線と交差し、さらに上昇してピーク値となった後に反転して下降し、時刻t3において再び上の破線と交差し、さらに下降し時刻t4において真ん中の破線近傍に収束する。同図(B)に示すように、傾き設定信号Ksは、時刻t2以前は第1傾き設定信号Ks1となり、時刻t2〜t3の期間中はその値が小さくなり第2傾き設定信号Ks2となり、時刻t3〜t4の期間中はその値が大きくなり再び第1傾き設定信号Ks1となる。また、同図(C)に示すように、送給速度制御設定信号Fscは、時刻t2以前は第1送給速度設定信号Fs1となり、時刻t2〜t3の期間中はその値は大きくなりFs2=Fs1×(1+a)となり、時刻t3〜t4の期間中は再び第1送給速度設定信号Fs1となる。したがって、アーク長が長くなる方向に大きく変動している期間(時刻t2〜t3の期間)中は、外部特性の傾きの絶対値を小さくし、かつ、送給速度を速くすることによって、アーク安定性を維持しつつ、過渡応答性を向上させている。
【0040】
(2)時刻t5〜t8のアーク長が短くなる方向に大きく変動したとき
同図(A)に示すように、溶接電圧平均値信号Vaの値は、時刻t4〜t5の期間中は真ん中の破線近傍で変動しており、アーク長の変動が小さいことを示している。時刻t5において外乱によってアーク長が短くなる方向に変動すると、溶接電圧平均値信号Vaの値は、時刻t5から急峻に下降し、時刻t6において下の破線と交差し、さらに下降して最小値となった後に反転して上昇し、時刻t7において再び下の破線と交差し、さらに上昇し時刻t8において真ん中の破線近傍に収束する。同図(B)に示すように、傾き設定信号Ksは、時刻t4〜t6の期間中は第1傾き設定信号Ks1となり、時刻t6〜t7の期間中はその値が小さくなり第2傾き設定信号Ks2となり、時刻t7以降の期間はその値が大きくなり再び第1傾き設定信号Ks1となる。また、同図(C)に示すように、送給速度制御設定信号Fscは、時刻t4〜t6の期間中は第1送給速度設定信号Fs1となり、時刻t6〜t7の期間中はその値は小さくなりFs2=Fs1×(1−a)となり、時刻t7以降の期間は再び第1送給速度設定信号Fs1となる。したがって、アーク長が短くなる方向に大きく変動している期間(時刻t6〜t7の期間)中は、外部特性の傾きの絶対値を小さくし、かつ、送給速度を遅くすることによって、アーク安定性を維持しつつ、過渡応答性を向上させている。
【0041】
上述した実施の形態1によれば、アーク長が大きく変動したときに、外部特性の傾きの絶対値を小さくしてアーク長制御系のゲインを大きくし、かつ、送給速度をアーク長が収束するように変化させることによって、アーク安定性を維持しつつ過渡応答性を向上させることができる。このために、アーク長が大きく変動したときでも、良好な溶接品質を得ることができる。実施の形態1では、アーク長が大きく変動したことを、溶接電圧平均値が予め定めた溶接電圧基準値から電圧しきい値だけ変動したことによって判別している。
【0042】
[実施の形態2]
図3は、本発明の実施の形態2に係るパルスアーク溶接の出力制御方法を実施するための溶接電源のブロック図である。同図において上述した図1と同一のブロックには同一符号を付して、それらの説明は省略する。同図は、図1の溶接電圧平均値検出回路VAを破線で示す溶接電流平均値検出回路IAに置換し、図1の差算出回路DVを破線で示す電流差算出回路DIに置換し、図1の傾き制御設定回路KSCを破線で示す第2傾き制御設定回路KSC2に置換し、図1の送給制御設定回路FSCを、破線で示す第2送給制御設定回路FSC2に置換したものである。以下、同図を参照して、これらのブロックについて説明する。
【0043】
溶接電流平均値検出回路IAは、電流検出信号idを数パルス周期〜数十パルス周期の時定数で平滑して、溶接電流平均値信号Iaを出力する。電流差算出回路DIは、この溶接電流平均値信号Iaと溶接電流基準値信号Isとの偏差を算出して、電流差信号ΔI=Ia−Isを出力する。第2傾き制御設定回路KSC2は、この電流差信号ΔIの絶対値と予め定めた電流しきい値ΔItとを比較して、|ΔI|<ΔItのときは第1傾き設定信号Ks1を傾き設定信号Ksとして出力し、|ΔI|≧ΔItのときは第2傾き設定信号Ks2を傾き設定信号Ksとして出力する。第2送給制御設定回路FSC2は、第1送給速度設定信号Fs1及び上記の電流差信号ΔIを入力として、以下のような処理を行い、送給速度の可変速制御を行なうための送給速度制御設定信号Fscを出力する。
(1)電流差信号ΔIの絶対値が電流しきい値ΔIt未満のときは第1送給速度設定信号Fs1の値を送給速度制御設定信号Fscとして出力する。
(2)電流差信号ΔIの絶対値が電流しきい値ΔIt以上でありかつ電流差信号ΔIの符号が負であるときは、第2送給速度設定値Fs2=Fs1×(1+a)を算出して送給速度制御設定信号Fscとして出力する。
(3)電流差信号ΔIの絶対値が電流しきい値ΔIt以上でありかつ電流差信号ΔIの符号が正であるときは、第2送給速度設定値Fs2=Fs1×(1−a)を算出して送給速度制御設定信号Fscとして出力する。
但し、aは実施の形態1と同様に補正係数である。アーク長が長くなる方向に変動したとき、溶接電流平均値信号Iaの値は、溶接電圧平均値信号Vaの値とは異なり、小さくなる方向に変化する。アーク長が短くなる方向に変動したとき、溶接電流平均値信号Iaの値は、溶接電圧平均値信号Vaの値とは異なり、大きくなる方向に変化する。したがって、上記(2)に示すように、アーク長が長くなる方向に変動したことを判別するときは、電流差信号ΔIの符号は負となる。他方、上記(3)に示すように、アーク長が短くなる方向に変動したことを判別するときは、電流差信号ΔIの符号は正となる。
【0044】
アーク長が大きく変動しているときは、溶接電流平均値も溶接電流基準値から大きく変動している。そこで、溶接電流平均値信号Iaの値と溶接電流基準値信号Isの値との電流差ΔIの絶対値が、予め定めた電流しきい値ΔIt以上のときはアーク長が大きく変動していると判別する。そして、アーク長が大きく変動しているときは、第2傾き設定信号Ks2を傾き設定信号Ksとし、かつ、送給速度の可変速制御を行う。他方、アーク長が大きく変動していないときは、第1傾き設定信号Ks1を傾き設定信号とし、送給速度の可変速制御は行わない。
【0045】
上述した実施の形態2によれば、溶接電流平均値と予め定めた溶接電流基準値との差の絶対値及びその符号によって、アーク長が長くなる方向又は短くなる方向に大きく変動していることを判別することができる。そして、この判別を利用することによって、実施の形態1と同様の効果を奏することができる。
【符号の説明】
【0046】
1 溶接ワイヤ
2 母材
3 アーク
4 溶接トーチ
5 送給ロール
a 補正係数
CM 比較回路
Cm 比較信号
DI 電流差算出回路
DV 差算出回路
EI 電流誤差増幅回路
Ei 電流誤差増幅信号
FC 送給制御回路
Fc 送給制御信号
FS1 第1送給速度設定回路
Fs1 第1送給速度設定信号
Fs2 第2送給速度設定値
FSC 送給制御設定回路
Fsc 送給速度制御設定信号
FSC2 第2送給制御設定回路
Ft 送給速度基準値
IA 溶接電流平均値検出回路
Ia 溶接電流平均値信号
Ib ベース電流
IBS ベース電流設定回路
Ibs ベース電流設定信号
Ics 電流制御設定信号
ID 電流検出回路
id 電流検出信号
io 溶接電流(瞬時値)
Ip ピーク電流
IPS ピーク電流設定回路
Ips ピーク電流設定信号
IS 溶接電流基準値設定回路
Is 溶接電流基準値(信号)
Iw 1パルス周期ごとの溶接電流平均値
Ks 傾き設定信号
KS1第1傾き 設定回路
Ks1 第1傾き設定信号
KS2 設定回路
Ks2 設定信号
KSC 制御設定回路
KSC2 制御設定回路
L1 特性
L2 特性
MM タイマ回路
Mm タイマ信号
n 第
P0 交点
PM 電源主回路
Svb 積分値
SVB 積分値演算回路
Svb 積分値信号
SW 切換回路
t 時刻
t1 時刻
t1-t2 時刻
t1-t3 時刻
t1-t4 時刻
t2 時刻
t2-t3 時刻
t3 時刻
t3-t4 時刻
t4 時刻
t4-t5 時刻
t4-t6 時刻
t5 時刻
t5-t8 時刻
t6 時刻
t6-t7 時刻
t7 時刻
t8 時刻
Tb ベース期間
Tp ピーク期間
Tpb パルス周期
Tps ピーク期間設定値
VA 溶接電圧平均値検出回路
Va 溶接電圧平均値信号
Vb ベース電圧
VD 電圧検出回路
vd 電圧検出信号
vo 溶接電圧
Vp ピーク電圧
VS 溶接電圧基準値設定回路
Vs 溶接電圧基準値(信号)

Vw 1パルス周期ごとの溶接電圧平均値
WM 送給モータ
ΔI 電流差(信号)
ΔV 差(信号)
ΔVt 電圧しきい値

【特許請求の範囲】
【請求項1】
溶接ワイヤを第1送給速度で送給すると共に、第1傾き及び溶接電流基準値及び溶接電圧基準値によって設定された溶接電源の外部特性を形成して溶接するパルスアーク溶接の出力制御方法であって、
溶接中にアーク長が大きく変動したときは、前記第1傾きを第1傾きの絶対値よりも小さな絶対値の第2傾きに置換して外部特性を形成するパルスアーク溶接の出力制御方法において、
前記第2傾きによって前記外部特性が形成されている期間中は、送給速度を前記第1送給速度から第2送給速度にアーク長の変動が収束するように変化させる、
ことを特徴とするパルスアーク溶接の出力制御方法。
【請求項2】
前記第1送給速度が送給速度基準値以下のときにのみ、送給速度を第2送給速度に変化させる、
ことを特徴とする請求項1記載のパルスアーク溶接の出力制御方法。
【請求項3】
前記アーク長が大きく変動したことを、溶接電圧平均値と前記溶接電圧基準値との差の絶対値が予め定めた電圧しきい値以上になったことによって判別する、
ことを特徴とする請求項1又は2記載のパルスアーク溶接の出力制御方法。
【請求項4】
前記アーク長が大きく変動したことを、溶接電流平均値と前記溶接電流基準値との差の絶対値が予め定めた電流しきい値以上になったことによって判別する、
ことを特徴とする請求項1又は2記載のパルスアーク溶接の出力制御方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2011−50981(P2011−50981A)
【公開日】平成23年3月17日(2011.3.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−201269(P2009−201269)
【出願日】平成21年9月1日(2009.9.1)
【出願人】(000000262)株式会社ダイヘン (990)
【Fターム(参考)】