説明

パルス計測用ディジタルフィルタ

【課題】 検出系が持つ複数の時定数を補償し、信号ベースラインの変動を防止することにより、高速・高精度の計測をバランスよく実現し得るパルス計測用ディジタルフィルタを提供する。
【解決手段】検出信号を、第1の差分処理回路10のレジスタ11で遅延させるとともに、乗算器12で係数kLを掛け、さらに、減算器13で、検出信号と前記乗算器12出力との差分を求める。同様にして、第2、第3の差分処理回路20,30においても、減算器23,33で、それぞれ、前段の減算器13,23の出力と自回路の乗算器22,32の出力との差分を求め、3回の差分処理により、検出信号(入力信号)の時定数を補償し、信号ベースラインを‘0’とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、電子線マイクロアナライザ、X線回折装置等の放射線検出装置において、高精度・高速の計測・計数を可能とするパルス計測用のディジタルフィルタに関する。
【背景技術】
【0002】
一般によく知られた放射線検出装置では、例えば図1に示すように,放射線(X線)センサ1に放射線(X線)が照射される毎に、これに応じインパルス状の電流が放射線センサ1に流れ、この検出電流がプレ処理回路4を経て、ディジタルフィルタであるA/D変換器5でパルス信号波形のフィルテング処理がなされて、後続回路で検出パルスのピーク値より、パルスの有無を検出し、検出パルスを計数する。
【0003】
従来のパルス計測に関連する技術として、光電変換されたバーコード読み取り信号よりなるアナログ信号を波形整形した上で、予め設定してある閾値と比較することにより、アナログ信号に対応した2値のディジタル信号を生成する場合、アナログ信号波形における立上り開始点と立上り終了点、及び立下り開始点と立下り終了点を検出し、立上り/立下り開始点と終了点との間の変極点(中点)をもとめ、この2つの変極点間をディジタル信号波形とみなす2値化処理技術がある(例えば特許文献1参照)。
【特許文献1】特開平10−293805号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
多くのX線検出器や放射線検出器では、その出力信号は、指数関数的に減衰するパルス信号である。パルス計測では、この指数関数的に減衰するパルス信号を用いて計数計測や波高値(ピーク値)計測を行っているが、パルス波形形状が計数計測や波高値計測にとって、適当なものでないため、目的に応じたフィルタの使用やデータ処理を行っている。
【0005】
特に、放射線センサの特性のほかに、例えば検出回路(図1のプレ処理回路4)に、図1に示すようにコンデンサC1,C2を設け交流結合を採用している場合、さらに、アンプ2,3のローパスフィルタとしての特性が、放射線検出器の出力信号の波形形状に影響を与え、そのパルス波形は、必ずしも計数計測や波高値計測にとって適当でない。
【0006】
その適当でない出力波形の一例を図3に示す。図3では、横軸に時間、縦軸に信号の強度をとっている。この例では、信号は、時間200から立ち上がり始め、約250でピークとなり、その後、上記した検出回路4系の時定数で指数関数的に減衰している。又、減衰の過程で‘0’ラインを横切ってマイナス側に振れ、その後徐徐に‘0’に漸近する(図3のb参照)。このマイナス側に振れるのは、交流結合によるためであり、この特性のため信号の前(図3のa参照)は、‘0’で有るが、指数関数的減衰時の‘0’クロス後はすぐに‘0’とはならない(図3のb参照)。
【0007】
このような、特性のため、図4に例示するように、信号が連続すると(図4のc,d参照)、後続のパルスの信号強度は、どこが基準であるのか判らないため、その測定精度が低下するという問題がる。
【0008】
そこで、測定精度を確保しょうとすると、図3、図4で明らかなように、基準レベルが完全に‘0’に戻るタイミングで、次のパルス信号を検出するとすれば良い。しかし、これでは、信号間隔を十分広くとらねばならないが、信号間隔が広くなれば、信号の単位時間あたりの数を計測する計数能力が低下する。つまり、高速計測ができない、という問題がある。
【0009】
この発明は、上記問題点に着目してなされたものであって、必要に応じ、高速・高精度の計数をバランス良く実現し得るディジタルフィルタを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
前記課題を解決するために、この発明のディジタルフィルタは、入力信号がシリアル順次に格納される複数の記憶セルからなる第1のレジスタと、この第1のレジスタよりの前記入力信号に所定の係数を乗ずる第1の乗算手段と、前記入力信号と前記第1の乗算手段の出力とを入力に受け、減算処理を行う第1の減算手段とを備える第1の差分処理手段と、前記第1の差分処理手段の出力を受けて、シリアル順次に格納される複数の記憶セルからなる第2のレジスタと、この第2のレジスタよりの出力に所定の係数を乗ずる第2の乗算手段と、前記第1の減算器の出力と前記第2の乗算手段の出力とを入力に受け、減算処理を行う第2の減算手段とを備える第2の差分処理手段と、を少なくとも備えることを特徴とする。
【発明の効果】
【0011】
この発明によれば、それぞれ入力信号がシリアル順次に格納される複数の記憶セルからなるレジスタ、レジスタからの信号に所定の係数を乗ずる乗算手段、レジスタの出力と乗算手段の出力とを入力に受け、減算処理を行う減算手段を備える第1と第2の差分処理手段により、交流結合などによる不要の信号は補償できるので、レジスタによる遅延時間を適宜に設定することにより、高精度計測、と高速計測をバランス良く、また、目的に応じて高精度、高速計測のいずれかを優先して得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下、実施の形態により、この発明を更に詳細に説明する。図2はこの発明の一実施形態ディジタルフィルタの回路構成を示すブロック図である。この実施形態ディジタルフィルタは、第1の差分処理回路10と、第2の差分処理回路20と、第3の差分処理回路30とで構成され、検出回路系出力信号を入力として3回の差分処理を実行する。この差分処理により、検出系出力信号の示す波形の指数関数的振る舞いを、補償している。
【0013】
第1の差分処理回路10は、L個の記憶セル11aからなるレジスタ11と、このレジスタ11の出力を受けて所定の係数kLを乗ずる乗算器12と、検出系からの検出信号と乗算器12からの出力とを入力に受け、差分演算する減算器13とを備えている。レジスタ11には、検出系からの入力信号が入力される。
【0014】
第2の差分処理回路20は、M個の記憶セル21aからなるレジスタ21と、このレジスタ21の出力を受けて所定の係数kMを乗ずる乗算器22と、前段の第1の差分処理回路10の減算器13からの出力信号と乗算器22からの出力とを入力に受け、差分演算する減算器23とを備えている。レジスタ21には、減算器13からの出力信号が入力される。
【0015】
第3の差分処理回路30は、N個の記憶セル31aからなるレジスタ31と、このレジスタ31の出力を受けて所定の係数kNを乗ずる乗算器32と、前段の第2の差分処理回路20の減算器23からの出力信号と乗算器32からの出力とを入力に受け、差分演算する減算器33とを備えている。レジスタ31には、減算器23からの出力信号が入力される。
【0016】
このディジタルフィルタの伝達関数は、
【0017】
【数1】






【0018】
で表わされる。図2において、レジスタ11は、z−1の記憶セル11aがL個でZ^−L、つまりZの−M乗を意味する。同様に、レジスタ21は、z−1の記憶セル21aがM個で、Z^−M、つまりZの−M乗を意味し、レジスタ31は、z−1の記憶セル31aがN個でZ^−N、つまりZの−N乗を意味する、また、kL,kM,kNは、差分処理の係数であり、その値は、tdi(遅延時間)とτi(補償時定数)より、上式で求める値である。
【0019】
図4に示した検出系出力信号の時定数は、検出部時定数=100、増幅部ローパスフィルタ時定数=30、交流結合時定数=1000の条件である。これらの時定数をそれぞれkL,kM,kNに当てはめる。この実施形態ディジタルフィルタで、第1の差分処理回路10に、図4に示す信号が入力されると、その入力信号が時間順次にシリアルにレジスタ11に記憶されて遅延され、その出力に乗算器12で係数kLが掛けられる。減算器13で上記入力信号と乗算器12の出力との減算がなされ、この、第1の差分処理回路10より、第1の差分処理された信号が出力される。
【0020】
次に、この減算器13の出力信号が、第2の差分処理回路20の減算器23に入力されるとともに、時間順次にシリアルにレジスタ21に記憶されて遅延され、その出力に乗算器22で係数kMが掛けられる。減算器23で上記減算器13からの出力信号と乗算器22の出力との減算がなされ、この、第2の差分処理回路20より、第2の差分処理された信号が出力される。
【0021】
最後に、上記減算器23の出力信号が、第3の差分処理回路30の減算器33に入力されるとともに、時間順次にシリアルにレジスタ31に記憶されて遅延され、乗算器32で係数kNが掛けられる。減算器33で上記減算器23からの出力信号と乗算器32の出力との減算がなされ、この、第3の差分処理回路30より、第3の差分処理された信号が出力される。その結果、この、第3の差分処理回路30の出力、つまり、上記実施形態ディジタルフィルタの出力信号を見ると図5で示す波形Aとなる。ここでは、遅延磁間td1,td2、td3を検出系出力信号の立ち上がり時間より大きく取り、80としている。
【0022】
図5の波形Aは、プラス・マイナスほぼ対象に振れている波形であり、第3の差分処理回路30の出力波形である。入力信号に対し、プラス・マイナスに振れる信号出力波形となっている。この図から、明らかなように、ディジタルフィルタの出力では、信号の前後(図5のa,b参照)で‘0’となり、ベースライン変動が補償されていることが分かる。また、連続している入力信号に対し、ベースライン変動がないため、正しく同じ信号ピーク値(図5のA1,A2参照)が出力されている。
【0023】
このディジタル出力信号の連続した信号波形が重なるようになってくると前の信号が‘0’となる前に、次の信号が乗るために、信号強度ピーク値に誤差を生じるようになる。一方、信号ピーク値精度よりも計数能力を重視する場合は、ディジタルフィルタの遅延時間を短くすることで、信号間隔を小さくし、計数能力を向上できる。
【0024】
図5の波形出力時と、3回差分ディジタルフィルタ条件のままでは、連続する信号の間隔が狭くなった場合、図6に示すように、前の信号と後の信号の信号分離ができなくなる。そこで、遅延時間td1,td2,td3を80から、例えば30に短くする。これにより、図7に示すようにディジタル出力信号(図7のA1,A2参照)の強度は減少するが、信号は分離され、信号強度の等しい波形が正しく2つ出力される。
【0025】
さらに、他の波形処理例を図8、図9、図10に示す。図8においては、実施形態ディジタルフィルタに信号aを入力した場合の第1の差分処理回路の出力bを示している。図9は、図8に示した入力信号aに対し第1の差分処理、さらに第2の差分処理を実施した場合の出力cを示している。出力cは、負・正のインパルス後は、‘0’ベースラインとなっている。
【0026】
図10は、入力信号aをローパス処理した出力bに第1の差分処理と、さらに第2の差分処理を実施した出力cの例を示している。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】一般的な放射線検出器の検出部の回路構成を示す回路図である。
【図2】この発明の一実施形態ディジタルフィルタの回路構成を示すブロック図である。
【図3】ローパスフィルタ、交流結合などを含む放射線検出器の出力信号波形を示す図である。
【図4】同放射線検出器の出力信号波形であって、信号が連続する場合の波形の一例を示す図である。
【図5】上記実施形態ディジタルフィルタの差分処理による出力波形の一例を示す図である。
【図6】同実施形態ディジタルフィルタの差分処理による出力波形であって、信号が短い間隔で連続する波形の一例を示す図である。
【図7】同実施形態ディジタルフィルタの差分処理による出力波形であって、図6よりも遅延時間を小さくした場合の、信号が短い間隔で連続する波形の一例を示す図である。
【図8】同実施形態ディジタルフィルタに入力した他の波形例及びその第1差分処理後の波形例を示す図である。
【図9】同実施形態ディジタルフィルタにおいて、図8に示した波形例の第2差分処理後の波形例を示す図である。
【図10】同実施形態ディジタルフィルタにおいて、図8に示した入力波形に対し、差分処理回路の係数を変えた場合の差分出力波形を示す図である。
【符号の説明】
【0028】
10 第1の差分処理回路
20 第2の差分処理回路
30 第3の差分処理回路
11,21,31 レジスタ
11a,21a,31a 記憶セル
12、22,32 乗算器
13,23,33 減算器

【特許請求の範囲】
【請求項1】
入力信号がシリアル順次に格納される複数の記憶セルからなる第1のレジスタと、この第1のレジスタよりの前記入力信号に所定の係数を乗ずる第1の乗算手段と、前記入力信号と前記第1の乗算手段の出力とを入力に受け、減算処理を行う第1の減算手段とを備える第1の差分処理手段と、
前記第1の差分処理手段の出力を受けて、シリアル順次に格納される複数の記憶セルからなる第2のレジスタと、この第2のレジスタよりの出力に所定の係数を乗ずる第2の乗算手段と、前記第1の減算器の出力と前記第2の乗算手段の出力とを入力に受け、減算処理を行う第2の減算手段とを備える第2の差分処理手段と、を少なくとも備えることを特徴とするパルス計測用ディジタルフィルタ。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate

【図10】
image rotate