説明

パルプおよびその製造方法ならびにペーパー、電気絶縁材料

【課題】
本発明は、緻密でポアサイズの小さいペーパーを得るための耐熱性と耐薬品性に優れたパルプおよびその製造方法ならびにペーパー、電気絶縁材料を提供せんとするものである。
【解決手段】
本発明のパルプは、繊維長が0.01mm〜10mmである短繊維からなるパルプにおいて、該パルプが分枝構造もしくはフィブリル構造を有するポリアリーレンスルフィド酸化物繊維で構成されていることを特徴とするものである。
また、かかるパルプの製造方法は、ポリアリーレンスルフィド酸化物繊維のカットファイバーを、力学的作用によって叩解することを特徴とするものである。
また、本発明のペーパーは、かかるポリアリーレンスルフィド酸化物繊維からなるパルプで構成されていることを特徴とするものであり、また、電気絶縁材料は、かかるペーパーで構成されていることを特徴とするものである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、緻密でポアサイズの小さいペーパーを得るための耐熱性と耐薬品性に優れたパルプおよびその製造方法ならびにペーパー、さらに、モーターや変圧器などで使用される電気絶縁材に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ポリアリーレンスルフィド繊維(PPS繊維)は、耐熱性、耐薬品性に優れた繊維として、広く知られている。また、特開平1−272863公報や特開平7−39735公報や特開平5−230760公報に示されるように、PPS繊維を酸化処理して、ポリアリーレンスルフィド酸化物繊維(PPSO繊維)を得ることのアイデアも公知である。ポリアリーレンスルフィド酸化物繊維は、ポリアリーレンスルフィド繊維に比較して、耐熱性に優れ、耐薬品性特に耐酸性に優れ、さらには熱溶融しない優れた点を有する繊維である。ところが、ポリアリーレンスルフィド酸化物繊維を用いたペーパーやパルプに関しては、開示どころか示唆さえもされていない。
【0003】
モーターや変圧器などで使用される電気絶縁材には、セルロースからなるペーパーなど、湿式抄紙からなるペーパーが多く使用されている。特に高温下で使用される電気絶縁材には、メタアラミドからなるペーパーなどが多く使用されている。この高温下で使用されるペーパーは、耐熱性や耐薬品性が要求されるので、ポリアリーレンスルフィド繊維からなるペーパーは、基本性能としては好適な材料である。ところが、ポリアリーレンスルフィド繊維からなるペーパーは、高温下で使用される電気絶縁材料には使用されていない。何故なら、電気絶縁材用のペーパーには電気絶縁性を向上させるために、緻密でポアサイズの小さいペーパーの構造が必要であるが、ポリアリーレンスルフィド繊維は、叩解によってパルプにすることが出来ないという問題点がある。すなわち、ポリアリーレンスルフィド繊維では、緻密でポアサイズの小さいペーパーを得ることが出来ない問題点がある。
【特許文献1】特開平1−272863 号公報
【特許文献2】特開平7−39735 号公報
【特許文献3】特開平5−230760 号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、かかる背景技術の問題点に鑑み、緻密でポアサイズの小さいペーパーを得るための耐熱性と耐薬品性に優れたパルプおよびその製造方法ならびにペーパー、電気絶縁材料を提供せんとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明は、かかる課題を解決するために、つぎのような手段を採用するものである。すなわち、本発明のパルプは、繊維長が0.01mm〜10mmである短繊維からなるパルプにおいて、該パルプが分枝構造もしくはフィブリル構造を有するポリアリーレンスルフィド酸化物繊維で構成されていることを特徴とするものである。
【0006】
また、かかるパルプの製造方法は、ポリアリーレンスルフィド酸化物繊維のカットファイバーを、力学的作用によって叩解することを特徴とするものである。
【0007】
また、本発明のペーパーは、かかるポリアリーレンスルフィド酸化物繊維からなるパルプで構成されていることを特徴とするものであり、また、電気絶縁材料は、かかるペーパーで構成されていることを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、緻密でポアサイズの小さいペーパーを提供することができ、もちろん、耐熱性と耐薬品性にも優れているので、モーターや変圧器などで使用される電気絶縁材として優れた材料を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
本発明は、前記課題、つまり緻密でポアサイズの小さいペーパーについて、鋭意検討し、ポリアリーレンスルフィドを、さらに酸化して、ポリアリーレンスルフィド酸化物を用いて繊維化し、この繊維でパルプをつくって叩解してみたところ、抄紙に適した分枝構造もしくはフィブリル構造を有するパルプとなることを発見し、さらにこのパルプを用いて抄紙してみたところ、かかる課題を一挙に解決することを究明したものである。
【0010】
すなわち、従来から使用されているポリアリーレンスルフィド繊維は、力学的な作用によって叩解しても、単に繊維断面が変形して潰れるだけにすぎず、したがって、このような繊維からでは、目付けムラの少ない緻密なペーパーは得られなかったものである。たとえ、かかるポリアリーレンスルフィド繊維でペーパーをつくったとしても、かかるペーパーからなる電気絶縁材は、電気絶縁性に著しく劣るものでしかなく、使いものにならなかったものである。
【0011】
本発明者らは、かかるポリアリーレンスルフィド繊維を酸化処理してポリアリーレンスルフィド酸化物繊維として、これを叩解してみたところ、分枝構造もしくはフィブリル構造を有するパルプを形成することを発見して、本発明に到達したものである。
【0012】
本発明において、ポリアリーレンスルフィド酸化物とは、
一般式(1)
【0013】
【化1】

【0014】
(R"は、水素、ハロゲン、原子価の許容される範囲で任意の官能基により置換された脂肪族置換基、芳香族置換基で置換された脂肪族置換基のいずれかを表し、分子間のR"同士が互いに連結して架橋構造を形成していてもよい。またR”はポリアリーレンスルフィド酸化物からなるポリマー鎖でもよい。R'”はポリアリーレンスルフィド酸化物からなるポリマー鎖を示し、mは0〜3のいずれかの整数を表し、nは0〜2のいずれかの整数を表す。また、Xは0、1、2のいずれかを表す。)で示される繰り返し単位からなるポリマー、または、主要構造単位としての上記繰り返し単位と、上記繰り返し単位1モル当たり1.0モル以下、好ましくは0.3モル以下の一般式(2)〜(8)
【0015】
【化2】

【0016】
【化3】

【0017】
【化4】

【0018】
【化5】

【0019】
【化6】

【0020】
【化7】

【0021】
【化8】

【0022】
(R”は、水素、ハロゲン、原子価の許容される範囲で任意の官能基により置換された脂肪族置換基、芳香族置換基で置換された脂肪族置換基のいずれかを表し、R””は、原子価の許容される範囲で任意の官能基により置換された脂肪族置換基を表し、分子間のRまたはR’どうしが互いに連結して架橋構造を形成していてもよい。また、R”、R””はポリアリーレンスルフィド酸化物からなるポリマー鎖でもよい。R'”はポリアリーレンスルフィド酸化物からなるポリマー鎖を示し、mは0〜3のいずれかの整数を表し、nは0〜2のいずれかの整数を表す。また、Xは0、1、2のいずれかを表す。)で示される繰り返し単位とからなる共重合体から成る固体物品である。また、一般式(1)で示される繰り返し単位のうち、Xが0、1、2である構造単位中に占める、Xが1または2である構造単位の比率は、0.5以上が好ましく、さらに好ましくは0.7以上である。
【0023】
本発明における、ポリアリーレンスルフィド酸化物繊維とは、上記説明のポリアリーレンスルフィド酸化物から構成される繊維形状物品である。ここでは、叩解処理前の分枝構造やフィブリル構造を持たない状態での繊維と定義する。繊維の長さ/太さの比は、1以上で有ればいかなる比であっても構わないが、好ましくは10以上、さらに好ましくは100以上、特に好ましくは1000以上である。繊維の太さはいかなる太さであっても構わないが、好ましくは太さ1mm以下、さらに好ましくは太さ100μm以下、特に好ましくは太さ20μm以下、さらに好ましくは太さ5μm以下である。ここでいう太さとは、繊維の断面を見た場合に最も距離の長い部分の距離のことであり、円形断面であれば直径が、長方形断面で有れば対角線の長さが太さである。ポリアリーレンスルフィド酸化物繊維の断面形状は特に限定されるものでは無く、通常の円形断面のみならず、△断面、Y字断面、□断面、十字断面、中空断面、C型断面、田型断面など、いかなる異形断面も採用できる。
【0024】
本発明のポリアリーレンスルフィド酸化物繊維を得る方法としては、どのような方法でも構わないが、好ましくはポリアリーレンスルフィド化合物からなる繊維を酸化処理して得られる。
【0025】
ここで言うポリアリーレンスルフィド化合物とは、下記一般式(9)
【0026】
【化9】

【0027】
(Rは、水素、ハロゲン、原子価の許容される範囲で任意の官能基により置換された脂肪族置換基、芳香族置換基で置換された脂肪族置換基の少なくともいずれか1つを表す。)で示される繰り返し単位を主要構成単位とするホモポリマー、または、上記繰り返し単位と、上記繰り返し単位1モル当たり1.0モル以下、好ましくは0.3モル以下の一般式(10)〜(16)
【0028】
【化10】

【0029】
【化11】

【0030】
【化12】

【0031】
【化13】

【0032】
【化14】

【0033】
【化15】

【0034】
【化16】

【0035】
(Rは、水素、ハロゲン、原子価の許容される範囲で任意の官能基により置換された脂肪族置換基、芳香族置換基で置換された脂肪族置換基のいずれかを表し、R’は、原子価の許容される範囲で任意の官能基により置換された脂肪族置換基を表す。)で示される繰り返し単位とからなる共重合体からなる固体物品である。
【0036】
中でも置換基RおよびR’は、水素または炭素数1〜4の脂肪族置換基が好ましく、具体例としては水素、メチル基、エチル基、n−プロピル基、iso−プロピル基、n−ブチル基、iso−ブチル基、tert−ブチル基が挙げられ、これらの中でもより好ましいのは、メチル基、エチル基、iso−プロピル基、tert−ブチル基であり、特に好ましいのは、メチル基である。 かかるポリアリーレンスルフィド化合物の具体例としては、ポリ−p−フェニレンスルフィド、ポリ−p−トリレンスルフィド、ポリ−p−クロロフェニレンスルフィド、ポリ−p−フルオロフェニレンスルフィドなどが挙げられ、中でも好ましいのは、ポリ−p−フェニレンスルフィド、ポリ−p−トリレンスルフィドであり、さらに好ましいのは、ポリ−p−フェニレンスルフィドである。
【0037】
さらに、ポリアリーレンスルフィド化合物繊維は、結晶化度30%以上かつ重量平均分子量30000(Mw)以上の物性を有するものであることが好ましく、さらに結晶化度は50%以上であるものであることがより好ましい。また、重量平均分子量は40000(Mw)以上であることがより好ましい。
【0038】
かかるポリアリーレンスルフィド化合物繊維を用いると、酸化反応処理においてもその結晶性や分子量を大きく損なわず、その結果生成するポリアリーレンスルフィド酸化物の物性面に関して良好な結果を与える。このような結晶化度及び重量平均分子量を有するポリアリーレンスルフィド化合物繊維は、例えば以下の方法により得ることができる。
【0039】
すなわち、重量平均分子量30000(Mw)以上を有するポリフェニレンスルフィド化合物を得る場合、硫黄源として水硫化ナトリウムおよび有機モノマーとしてp−ジクロロベンゼンを用いて重合する際に使用する重合助剤としては酢酸ナトリウムを用い、その重合助剤を水硫化ナトリウムに対して0.04倍モル以上用い、水硫化ナトリウムに対するp−ジクロロベンゼンの過剰率が2.0モル%以上の条件で約4時間重合させることにより得ることができる。
【0040】
また、結晶化度30%以上を有するポリアリーレンスルフィド化合物繊維を得る場合は、公知の方法により延伸速度、延伸倍率の制御や、延伸後の熱処理条件の制御することによりこれらを得ることができる。
【0041】
かかるポリアリーレンスルフィド化合物繊維の太さ(単糸繊度)は、延伸倍率、延伸速度により異なり、特に制限はないが、通常、0.1〜10dtex、好ましくは0.5〜9dtex、さらに好ましくは1〜7dtex、特に好ましくは、2.0〜6.0dtexである。
【0042】
本発明において、酸化反応処理に使用される反応溶媒の液体は、ポリアリーレンスルフィド化合物繊維の形態を保持するものであれば任意に用いることができ、酸化反応処理に用いる酸化剤を均一に溶解するものであることが好ましい。中でも、有機酸または有機酸無水物または鉱酸を含む液体であることが好ましい。また、液体は単独・混合溶媒のいずれでもよく、またそれに水が含まれていても、水単独の液体でも構わない。液体の具体例としては、水、アセトン、メタノール、エタノール、アセトニトリル、テトラヒドロフラン、クロロホルム、N−メチルピロリドン、酢酸エチル、ピリジン、後述する有機酸、有機酸無水物が挙げられる。有機酸の具体例としては、ギ酸、酢酸、トリフルオロ酢酸、プロピオン酸、酪酸、マレイン酸などが挙げられる。
【0043】
かかる有機酸無水物としては、下記一般式(a)で示される酸無水物が挙げられる。
【0044】
【化17】

【0045】
(R1、R2は、それぞれ炭素数1〜5の脂肪族置換基、芳香族置換基、芳香族置換基で置換された脂肪族置換基のいずれかを表し、R1およびR2は互いに連結して環状構造を形成していてもよい。)。
【0046】
かかる酸無水物の具体例としては、無水酢酸、無水トリフルオロ酢酸、無水プロピオン酸、無水酪酸、無水マレイン酸、無水コハク酸、無水フタル酸、無水安息香酸、無水−クロロ安息香酸などが挙げられる。鉱酸の具体例としては、硝酸、硫酸、塩酸、リン酸などが挙げられる。これらの酸無水物の中でも好ましいのは、水、酢酸、トリフルオロ酢酸、無水酢酸、無水トリフルオロ酢酸、硫酸、塩酸であり、さらに好ましいのは、水、酢酸、トリフルオロ酢酸、硫酸である。中でも特に好ましいのは、水および酢酸および硫酸が混合された液体である。その混合組成比としてより好ましいのは、水:5〜20重量%、酢酸:60〜90重量%、硫酸:5〜20重量%であり、この範囲の濃度において良好な結果を与える。
【0047】
かかる酸化反応処理に使用される酸化剤は、上記液体に均一に溶解するものであって、本発明で規定する特性を有するポリアリーレンスルフィド酸化物を与えるものであれば任意に用いることができる。中でもポリアリーレンスルフィド繊維の形状を保持したまま酸化処理し得る酸化剤と、溶媒液体の組み合わせであることが好ましい。かかる酸化剤としては無機塩過酸化物、過酸化水素水から少なくとも1つ選ばれるものであることが好ましく、無機塩過酸化物および過酸化水素水から選択される一種以上と、有機酸および有機酸無水物から選択される一種以上との混合物から形成される過酸化物(過酸を含む)であっても構わない。酸化剤として用いる無機塩過酸化物としては、過硫酸塩類、過ホウ酸塩類、過炭酸塩類が好ましく挙げられる。ここで塩としては、アルカリ金属塩、アルカリ土類金属塩、アンモニウム塩などが挙げられるが、なかでもナトリウム塩、カリウム塩、アンモニウム塩が好ましい。その具体例としては、過硫酸塩としては過硫酸ナトリウム、過硫酸カリウム、過硫酸アンモニウム、過ホウ酸塩としては過ホウ酸ナトリウム、過ホウ酸カリウム、過ホウ酸アンモニウム、過炭酸塩としては過炭酸ナトリウム、過炭酸カリウムなどが挙げられる。過酸化水素水と、有機酸または有機酸無水物との混合物から形成される過酸の具体例としては、過ギ酸、過酢酸、トリフルオロ過酢酸、過プロピオン酸、過酪酸、過安息香酸、m−クロロ過安息香酸などが挙げられ、中でも好ましいのは、過硫酸ナトリウム、過ホウ酸ナトリウム、過ギ酸、過酢酸、トリフルオロ過酢酸であり、さらに好ましいのは、過ホウ酸ナトリウム、過酢酸、トリフルオロ過酢酸である。
【0048】
かかる酸化剤の濃度は工業的製法における安全性管理の上で重要で、処理効率の点からは高い濃度の方が好ましいが、ポリアリーレンスルフィド化合物繊維からなる固体物品の形態や見かけ体積などから、固体物品が酸化剤を含む溶媒液体に十分浸漬しうる濃度までであって、かつ、本発明で規定する範囲のポリアリーレンスルフィド酸化物が得られる濃度であれば、溶媒液体で希釈、あるいは安全面から濃度を下げることは任意に可能である。
【0049】
かかる酸化剤の濃度は20重量%以下が好ましく、より好ましくは0.1重量%〜10重量%であり、さらに好ましくは3〜8重量%である。この範囲の濃度において良好な反応結果を与え、かつ安全性の高いプロセスが構築できる。これより高いとその安定性や安全性が温度に対して非常に影響を受けやすくなり、特に20重量%を超える高濃度の酸化剤では、その安定性やプロセスの安全性の管理が難しいため好ましくない。
【0050】
上記範囲の濃度において良好な反応結果を与え、かつ安全性の高いプロセスが構築できる。これより高いとその安定性や安全性が温度に対して非常に影響を受けやすくなり、特に20重量%を超える高濃度の過酸はその安定性やプロセスの安全性の管理が難しいため好ましくない。
【0051】
例えば、示差走査熱量計(DSC−60:島津製作所)を用い、空気雰囲気下、サンプル量を5mg〜8mgの範囲内で秤量し、ステンレス製4.9MPa(50気圧)耐圧密閉容器にて、温度プログラムを30℃〜200℃(30℃から10℃/分昇温で200℃まで昇温)と設定して測定した時の過酢酸溶液の熱的挙動は、40%過酢酸溶液の場合が分解温度110℃、発熱量770J/gであり、酢酸および34.5%過酸化水素水を等重量用いて理論過酢酸濃度を40%に調製した平衡過酢酸の場合が分解温度133℃、発熱量704J/gであるのに対し、無水酢酸および34.5%過酸化水素水を等重量用いて理論過酢酸濃度を40%に調製した混合液体のそれは分解温度132℃、445J/gと約6割の発熱量であり、また9%のそれは分解温度110℃、230J/gと約3分の1の発熱量であり、非常に小さい。それ故に、酸化剤濃度を下げることで酸化反応処理プロセスの安全性を確保することは非常に重要である。
【0052】
本酸化反応処理は、本発明で規定する特性を有するポリアリーレンスルフィド酸化物繊維が得られる限り特に制限はないが、使用される液体の沸点以下の温度で行われることが好ましい。沸点以上の温度では系が加圧になり、酸化剤の分解が促進されたり煩雑な設備となる場合が多く、また安全面においても厳しいプロセス管理が必要とされる傾向にある。具体的な酸化反応処理温度は、用いる液体の沸点により異なるが、液体の沸点が許容する範囲内において、0℃〜100℃の間、中でも30℃前後〜80℃の間が好ましく、特に40℃〜70℃が好ましい。例えば、液体が酢酸の場合には50℃〜70℃の酸化反応処理温度が好ましく、この範囲の温度において良好な反応結果を与える。
【0053】
酸化反応処理時間は、本発明で規定した特性を有するポリアリーレンスルフィド酸化物繊維が得られる限り特に制限はなく、具体的な時間としても反応温度と酸化剤の濃度により左右されるため一概にはいえないが、例えば、液体が酢酸の場合には、60℃条件下、10重量%の酸化剤濃度において、約2時間である。
【0054】
また、通常60℃条件下、5重量%の酸化剤濃度において、約1〜8時間である。さらに酸化剤として前記一般式(a)で示される酸無水物と過酸化水素との混合物から形成される過酸を用いる場合、安全性を確保した上で効率よく短時間で酸化反応処理を行うことが好ましい。例えば、酢酸および34.5%過酸化水素水を当重量用いて理論過酢酸濃度を40%に調製した平衡過酢酸を用いた場合の、繊維束、布帛、フェルトのいずれかを酸化処理するための時間が60℃温度条件下で約8時間であるのに対し、無水酢酸および34.5%過酸化水素水を等重量用いて理論過酢酸濃度を40%に調製した混合液体のそれは約2時間であり、非常に効率がよい。
【0055】
酸化反応処理を行うための処理方式に特に制限はないが、バッチ式または連続式、あるいはそれらを組み合わせたものでも採用でき、また1段式プロセスまたは多段式プロセスのいずれでも採用できる。
【0056】
ここで、バッチ式とは、任意の反応容器内にポリアリーレンスルフィド化合物からなる繊維および酸化剤の含まれる液体を投入し、任意の濃度、温度、時間で酸化反応処理した後、ポリアリーレンスルフィド酸化物繊維または液体を取り出す処理方式を意味し、連続式とは、ポリアリーレンスルフィド化合物からなる繊維または酸化剤の含まれる液体を任意の流速を持たせて反応容器内を流通させて酸化反応処理する方式を意味する。連続式においては、任意の形態で固定化したポリアリーレンスルフィド化合物からなる繊維に対して、酸化剤の含まれる液体を流通または循環させて酸化反応処理する方法、あるいは、酸化剤の含まれる液体を任意の反応容器内に投入し、そこへポリアリーレンスルフィド化合物からなる繊維を連続的に流通または循環させて酸化反応処理する方法のいずれも採用できる。
【0057】
また、多段式プロセスとは、バッチ式または連続式を採用した酸化反応処理の単位工程が、複数または段階的に構築されたプロセスを意味する。具体的には、酸化反応処理を複数回に分け、各処理を行う際に、酸化反応処理を行うための酸化剤を含む液体をあらたに調製し、続く酸化反応処理を行う方法が例示される。かかる方法は酸化反応を促進できる点で好ましく、具体的には酸化反応処理時間の短縮や、より低い温度での反応が可能となる点で好ましく用いられる。特に、ポリアリーレンスルフィド化合物からなる繊維の形態や見かけ体積などの影響で、それが十分浸漬するよう液体で希釈したり、あるいは安全性確保のために濃度を下げたりすることにより生じ得る酸化反応処理時間の延長を抑制したり、過度の温度上昇を不要にし得る点でこの多段式プロセスが好ましく、これを採用することにより、酸化反応時間の延長や温度上昇を被ることなくかつ安全性を確保した上でプロセス構築ができる。
【0058】
さらに、酸化反応処理におけるポリアリーレンスルフィド化合物からなる繊維と酸化剤の含まれる液体との接触方法は、酸化剤の含まれる液体中にポリアリーレンスルフィド化合物からなる繊維を浸漬する方法、任意の形態で固定化したポリアリーレンスルフィド化合物からなる繊維に酸化剤の含まれる液体を散布または噴霧する方法のいずれも採用できる。
【0059】
このようにポリアリーレンスルフィド化合物からなる繊維を酸化処理して得られる、ポリアリーレンスルフィド酸化物繊維に関して、さらに詳しく説明する。
【0060】
本発明における酸化反応処理過程で生じる架橋とは、ポリアリーレンスルフィド化合物を酸化反応処理する過程でポリマー分子間で橋架け構造を形成することを意味し、繰り返し単位の構造中に含まれる炭素原子、硫黄原子、酸素原子のいずれかから選ばれる原子どうしが結合して橋架け構造を形成することを意味する。また、この架橋化度は、該ポリアリーレンスルフィド酸化物繊維の固体NMR分析および示差熱重量(TGA)測定によりその一部を把握することができ、中でもTGA測定においては、窒素雰囲気下で熱重量変化評価後に残存する炭化物量を測定することにより、架橋構造のうち、炭素原子同士の架橋構造の割合を把握できる。例えば、示差熱重量(DTG−50:島津製作所)を用い、窒素雰囲気下、サンプル量約10mgを精秤し、白金製セル容器上にて、温度プログラムを30℃〜900℃(30℃から10℃/分昇温で900℃まで昇温)と設定して測定した時の残存する炭化物量は、ポリアリーレンスルフィド繊維(東レ社製「トルコン(登録商標)」)がほぼ定量的に熱消失して残存物が検出されないのに対し、酸化処理後に得られるポリアリーレンスルフィド酸化物繊維の一例では炭化物が13.2重量%残存し、酸化処理により炭素原子同士の架橋構造を形成していることが確認できる。
【0061】
本発明のポリアリーレンスルフィド酸化物繊維は、かかるTGA測定において、残存炭化物が実質的に認められることが好ましく、さらに、実質的に1重量%以上の残存炭化物量を有することが好ましく、特に、実質的に5重量%以上の残存炭化物量を有することが好ましい。この範囲において耐熱性、耐薬品性に関して特に優れた特性を有する。ここで言う実質的にとは、上記の示差熱重量(TGA)測定において、測定前のポリアリーレンスルフィド酸化物繊維の重量に対する測定後の残存炭化物量の重量%を意味する。
【0062】
また、本酸化処理により得られるポリアリーレンスルフィド酸化物繊維は結晶性を有する。すなわち、広角X線回折の測定における結晶化度が10%以上であることが好ましく、より好ましくは30%以上、特に好ましくは50%以上である。
【0063】
ここで結晶化度は、広角X線回折の測定において観測される、全回折ピーク面積に占める結晶性構造に由来するピーク面積比より算出した値である。例えば、広角X線回折装置(RINT2100:リガク)を用い、Cu線源(λ=1.5406オングストローム)にて、試料厚さ約70μmのフィルムを測定した時の結晶性構造に由来するピーク面積比より算出することができる。
【0064】
本発明において、ポリアリーレンスルフィド酸化物繊維の結晶性は、酸化反応に供するポリアリーレンスルフィド繊維として結晶性、分子量の比較的高いものを用い、このポリアリーレンスルフィド繊維の結晶性を過大に損なわない酸化条件を選択することにより高めることが可能である。
【0065】
さらに、本発明のポリアリーレンスルフィド酸化物繊維は、示差走査熱量計(DSC)での測定において、好ましくは融解熱量が15J/g以下、さらに好ましくは10J/g以下、より好ましくは5J/g以下を表し、特に好ましくは1J/g以下の融解熱量を有するポリアリーレンスルフィド酸化物繊維を意味し、より好ましくは実質的に融解ピークが観察されないポリアリーレンスルフィド酸化物繊維であるのがよい。この範囲において耐熱性、耐薬品性に関して特に優れた特性を有する。ここでDSC測定条件は、窒素雰囲気下、窒素流量20mL/分において、示差走査熱量計(RDC220:セイコー・インスツルメンツ)を用い、サンプル量5mg〜10mgの範囲内で、温度プログラムを30℃〜500℃(30℃から10℃/分昇温で340℃まで昇温後、2分ホールド、続いて10℃/分降温により30℃まで降温後、2分間ホールドした後、10℃/分で500℃まで再昇温)と設定し、測定した時の融解熱量である。このような融解熱量が15J/g以下のポリアリーレンスルフィド酸化物繊維は酸化処理条件を前記した好ましい条件とすることにより製造することができる。
【0066】
かくして得られるポリアリーレンスルフィド酸化物繊維は、ポリアリーレンスルフィド繊維以上の耐熱性と耐薬品性特に耐酸性を有しているとともに、融点が無くなり、熱によって溶融しないという特徴を有している。さらに、かかるポリアリーレンスルフィド酸化物繊維は、極めて粉砕しやすく、パルプが容易に得られることを発見した。
【0067】
5mmの長さにカットしたポリアリーレンスルフィド酸化物繊維を、50リットルナイアガラビーターを用いて繊維/水比率を200g/20リットルとして叩解を試みたところ、15分程度で繊維は粉砕して分枝構造もしくはフィブリル構造を有しているパルプを得ることが出来た。なお、ポリアリーレンスルフィド繊維を同一条件にて叩解を試みたが、2時間処理しても粉砕さえしなかった。
【0068】
ここでいう分枝構造とは、一本の単繊維が長さ方向に裂け目が入り、長さ方向に複数本に分かれた状態を指しており、長さ方向に構成本数の分布を有する状態をいう。また、複数本に分かれた状態は、また一本の短繊維の状態に戻っても構わないし、戻らずに箒の先の状態であっても構わない。ここでいうフィブリル構造とは、上記の分枝構造と同様の状態の構造を指すが、フィブリル構造の場合は、枝分かれした繊維の一本一本は極めて細く、光学顕微鏡で観察しても微細に分割された一本一本は見えない状態を言う。
【0069】
本発明のポリアリーレンスルフィド酸化物繊維パルプは、上記のような分枝構造もしくはフィブリル構造を有しているとともに、パルプの繊維長が数平均繊維長において0.01mm〜10mmである短繊維で構成されているものである。パルプの繊維長が短すぎると、抄紙工程でのパルプの絡みが悪くてペーパーの中に堆積しないし、長すぎると抄紙工程でのパルプの絡みが強すぎて分散不良を発生し、目付けバラツキの少ないペーパーが得られない。より好ましいパルプの繊維長としては、0.05mm〜5mmであり、さらに好ましくは0.05mm〜1mmである。ここでいう、数平均繊維長とは、Σ(一本ずつの繊維の長さ)/(繊維の総本数)で定義される繊維長である。
【0070】
上述したように、本発明のポリアリーレンスルフィド酸化物繊維パルプは、ポリアリーレンスルフィド酸化物繊維のカットファイバーを力学的作用によって叩解することによって得られる。
【0071】
ポリアリーレンスルフィド酸化物繊維カットファイバーのカット長は、数平均繊維長で1mm〜30mm程度であれば、いずれの長さでも構わないが、カット長が短すぎるとパルプの繊維長が短くなり、カット長が長すぎるとパルプの繊維長が長くなるので好ましくない。より好ましいポリアリーレンスルフィド酸化物繊維のカット長は、3mm〜15mmであり、特に好ましくは5mm〜10mmである。つまりカットファイバーは、叩解する前であるから、叩解によって繊維長が短縮される分、パルプ繊維長より長めにカットしておくのである。
【0072】
ポリアリーレンスルフィド酸化物繊維カットファイバーを得る方法は、ギロチンカッターなどの公知の方法により、前もってポリアリーレンスルフィド繊維カットファイバーを得ておいて、これを酸化処理して得ることもできるし、ポリアリーレンスルフィド繊維を長繊維の状態で酸化処理してポリアリーレンスルフィド酸化物繊維の長繊維を得てから、公知の方法でカットファイバーとしてもよい。酸化処理時の作業の容易さからは、カットファイバーのポリアリーレンスルフィド酸化物繊維を得た後に、酸化処理する方法が好ましく用いられる。
【0073】
得られたポリアリーレンスルフィド酸化物繊維カットファイバーを力学的作用により叩解することによって、ポリアリーレンスルフィド酸化物繊維パルプは得られるが、本発明における力学的作用とは、カットファイバーをすり潰す作用を与えることのできる手段であればよい。例えば、ビーター、ホモジナイザー、ディスクリファイナー、ライカイ機および高圧の水流によるウォータージェットパンチなどから選ばれた少なくとも1種の機械的手段を好ましく使用することができるが、他にもヤスリ棒やスリ鉢を用いてもすり潰すことができる。しかし、効率的にすり潰すには前者の機械的手段がよい。
【0074】
本発明のポリアリーレンスルフィド酸化物繊維は、力学的作用によって分枝構造もしくはフィブリル構造を有するパルプになるとともに、繊維長も短くなってしまう傾向がある。そこで、長い繊維長を維持しながら、良好な分枝構造もしくはフィブリル構造を得るために、ポリアリーレンスルフィドと異種ポリマーを分散し、繊維形状に紡糸して得られるカットファイバーを、異種ポリマーを除去した状態である、または、該異種ポリマーを除去した状態の繊維を力学的作用によって叩解することも好ましい。
これは、ポリアリーレンスルフィド繊維中に分散された異種ポリマーとの界面に、叩解時に働く力が集中し、より小さな力で繊維軸方向に叩解が進み、長さ方向に短くなることを防ぐことが出来る。さらに、異種ポリマーを溶出除去することで、この効果がより顕著になる。
【0075】
ポリアリーレンスルフィドと異種ポリマーは均一に分散した方が、細い分枝やフィブリルが得られるので好ましい。好ましい均一分散状態とは、分散ポリマー中の異種ポリマーの直径が100μm未満であり、さらに好ましくは10μm未満、さらに好ましくは1μm未満、特に好ましくは100nm未満である。10nm未満であると、異種ポリマーを除去した後の分枝やフィブリルが小さくなりすぎるとともに空隙が小さくなるので、好ましくない場合がある。
【0076】
ポリアリーレンスルフィドに分散する異種ポリマーは、紡糸後に溶出出来るポリマーであれば、何でも使用することが出来る、特にポリアリーレンスルフィドは耐薬品、耐溶剤性が優れているため、アルカリ、酸処理や有機溶剤により溶出可能であれば使用可能である。その中でも例えば紡糸後にアルカリ処理により溶出可能なポリマーとしては、ポリエチレンテレフタレート、ポリトリメチレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタレート、ポリエチレンナフタレートなどに代表される芳香族ポリエステル、またはその共重合体やポリ乳酸に代表される脂肪族ポリエステル、有機溶剤により溶出可能なポリマーとしては、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリスチレンに代表されるポリオレフィン、酸により溶出可能なポリマーとしては、ナイロン6、ナイロン66等のポリアミドが挙げられる。
【0077】
ポリアリーレンスルフィドと異種ポリマーは公知の方法により分散、紡糸することが可能であり、チップブレンド紡糸や2軸エクストルダーによりあらかじめ混練分散したポリマーを公知の紡糸機により紡糸することができる。
【0078】
以上の分散した異種ポリマーを溶出除去した後のポリアリーレンスルフィド酸化物繊維は、空隙を多く含み分枝構造やフィブリル構造を多く含む繊維であるので、力学的作用による叩解処理無しでも、パルプとして用いることも差し支えない。好ましくは、叩解処理を実施して、分枝構造やフィブリル構造をより顕著にすることが望ましい。
【0079】
さらに、溶出処理は、力学的作用による叩解の前に実施することが、より容易に叩解することができる点で望ましいが、叩解後に溶出処理を実施することも差し支えない。さらには、後述するペーパーの抄紙後に溶出することも差し支えない。
【0080】
ポリアリーレンスルフィド酸化物繊維は、ポリアリーレンスルフィド繊維に比較して、耐熱性と耐薬品性に優れるだけでなく、融点を持たないので熱溶融しないという特徴を有しているので、性能の向上した良好なペーパーを得ることができる。ポリアリーレンスルフィド酸化物繊維製ペーパーを得るには、ポリアリーレンスルフィド酸化物繊維を1mm〜10mm程度の長さにカットし、水中に分散して抄紙した後に乾燥する。ここで採用する抄紙手段としては、通常公知の湿式抄紙法をしようすることができる。ここで使用するポリアリーレンスルフィド酸化物繊維は、捲縮を有する繊維でも、捲縮を有しない繊維でも、いずれでも構わないが、捲縮を有する繊維を用いると、湿式抄紙時の繊維同士の絡みを向上し、ウェット状態でのペーパーの強力である紙力を向上させることができるので好ましい。また、乾燥後に、カレンダーロールなどの手法で、高温下でプレスをすることにより、より緻密な紙力の向上したペーパーとすることができる。
【0081】
本発明のペーパーは、ポリアリーレンスルフィド酸化物繊維からなるパルプで構成されていることが重要である。従来より公知である、ポリアリーレンスルフィド繊維からなるペーパーは、ポリアリーレンスルフィド繊維がパルプに加工できなかったことから、緻密でポアサイズの小さなペーパーを得ることができないという、大きな問題があった。ところが、ポリアリーレンスルフィド酸化物繊維は通常の叩解方法にてパルプを得ることができるので、このパルプを抄紙することにより、耐熱性と耐薬品性を向上し、熱溶融しにくくするだけではなく、緻密でポアサイズが小さいというペーパーとして極めて重要な性質を大幅に向上することができる。
本発明のペーパーは、かかるポリアリーレンスルフィド酸化物繊維パルプのみで構成されていてもよいが、かかるパルプに、ポリアリーレンスルフィド酸化物繊維のカットファイバーを混合物することにより、紙力を向上させることができる。かかるペーパーにおいて、かかるポリアリーレンスルフィド酸化物繊維パルプの混率は、前記効果を損なわない範囲であればよく、ペーパー構成繊維の好ましくは少なくとも10重量%、より好ましくは少なくとも30重量%、特に好ましくは少なくとも40重量%であるのが、緻密でポアサイズが小さいという効果と紙力のバランスの上からよい。
【0082】
また、本発明のペーパーには、ポリアリーレンスルフィド酸化物繊維パルプとカットファイバー以外の他の成分を含んでいても差し支えない。例えば、紙力向上のために、パラ系アラミド繊維パルプを混ぜることができる。その他、ポリアリーレンスルフィド繊維、メタアラミド繊維、フッ素繊維、液晶ポリエステル繊維、ポリベンゾオキサゾール繊維、高強度ポリエチレン繊維などの高機能繊維や、ポリエチレンテレフタレート繊維、ポリブチレンテレフタレート繊維、ポリトリメチレンテレフタレート繊維、ポリ乳酸繊維、ナイロン6繊維、ナイロン66繊維、ポリビニルアセテート繊維などの汎用繊維のカットファイバーやパルプ、あるいは、木綿繊維、羊毛繊維などの天然繊維やパルプや、木材パルプなどを混ぜることも差し支えない。
【0083】
本発明のかかるペーパーは、電気絶縁材料として好ましく用いることが出来る。電気絶縁材料に用いられるペーパーには、緻密でポアサイズの小さなペーパーであることが要求される。何故なら、ポアサイズの大きなペーパーであれば、ペーパーの表面から裏面にかけて直線に近い状態で、空気部分が存在することになり、その空気部分から電気が通り絶縁破壊が引き起こされるからである。通常ポリマーは空気より電気絶縁性に優れるものであるから、直線に近い状態で表から裏への空気部分を有することは、ポリマーの高い電気絶縁性を活かせず、空気の低い電気絶縁性によってペーパーの電気絶縁性が決定されてしまうのである。
【0084】
本発明のポリアリーレンスルフィド酸化物繊維パルプを用いたペーパーであれば、パルプの有する分枝構造やフィブリル構造が、ペーパーの内部に多数存在するので、パルプが出来ないポリアリーレンスルフィド繊維ペーパーに比較して、ペーパーの表から裏へ貫通する直線的に近い空気部分は極めて少なくなる。しかも、ポリアリーレンスルフィド繊維ペーパーと同等以上の耐熱性や耐薬品性を有すると共に高温下で溶融しないという特徴を加味できるのである。
【0085】
本発明の電気絶縁材は、回転器(モーター)や変圧器(トランス)の、高電圧側と低電圧側との短絡を防止するために、高電圧側と低電圧側の間に挿入される部材である。ペーパーだけで用いても構わないが、ペーパーとフィルムを複合したり、他素材との複合により使用しても差し支えない。
【0086】
かかる電気絶縁材は、樹脂や油を含浸して用いても構わない。樹脂や油を含浸すると、空気部分がほぼ存在しなくなるので、電気絶縁抵抗をより一層高めることが出来る。
【0087】
樹脂としては、エポキシ樹脂やフェノール樹脂やポリイミド樹脂などが好ましく用いられるが、その他の樹脂であっても差し支えない。油としては、鉱物油や植物油などのほかにシリコーンオイルなどが好ましく用いられるが、その他の油であっても差し支えない。
【実施例】
【0088】
以下、本発明を、実施例を用いてより詳細に説明する。
【0089】
<実施例1>
ポリアリーレンスルフィド酸化物繊維の原料として、東レ株式会社製ポリアリーレンスルフィド繊維“トルコン”(R)ステープル繊維カットファイバーである1.0dtex−6mmを用意した。このカットファイバーは捲縮ありの繊維である。
【0090】
酢酸800L(関東化学社製)、過ホウ酸ナトリウム4水和物 46.16kg(0.30mol;三菱ガス化学社製) を反応容器に投入し、60℃で攪拌・溶解させた。次に、その反応溶液に、ポリアリーレンスルフィド繊維のカットファイバー4.03kgを浸漬させて、60℃、10時間酸化反応処理したところ、重量は24.3%増加し、5.01kgのポリアリーレンスルフィド繊維の酸化物である、ポリアリーレンスルフィド酸化物繊維カットファイバーを得た。
【0091】
得られたポリアリーレンスルフィド酸化物繊維カットファイバーは、重量増加があるので繊度は大きくなっているのだが、本発明の実施例中では原料であるポリアリーレンスルフィド繊維カットファイバーの繊度呼称をそのまま用いて、ポリアリーレンスルフィド酸化物繊維カットファイバー1.0dtex−6mmと呼称する。
【0092】
上記により得られたポリアリーレンスルフィド酸化物繊維カットファアイバー1.0T−6mm200gを水20リットルとともに、50リットル型ナイアガラビーターに投入した。このナイアガラビーターを30分間運転して、叩解処理を実施し、ポリアリーレンスルフィド酸化物繊維のパルプを得た。
得られたパルプをKAJAANI FS−200の繊維長分布計を用いて、数平均繊維長を測定したところ、0.36mmであった。ビーターの力学的衝撃により、繊維長もかなり短くなってしまっていた。また、得られたパルプを顕微鏡により拡大して観察したところ、短繊維が繊維軸方向に分かれて分枝構造を有している部分および繊維先端が箒のように細かく枝分かれしてフィブリル構造を有している部分が、散見できた。
【0093】
<実施例2>
溶融粘度2000poiseのポリアリーレンスルフィドと溶融粘度3200poiseのポリエチレンテレフタレートを80:20の割合で混合し、310℃の2軸エクストルダーで混練してチップを得た。このチップを、真空乾燥機を用い150℃で4時間の乾燥を行い、乾燥チップを得た。
【0094】
該チップを公知の紡糸機を用い、紡糸温度315℃、紡糸速度1000m/分で紡糸を行い、4650dtex、300フィラメントの未延伸糸を得、引き続き延伸温度100℃、セット温度160℃で3.1倍の延伸を行い1500dtex、300フィラメントで強度4.1cN/dtex、伸度27%の延伸糸を得た。この延伸糸をギロチンカッターで長さ6mmにカット後、95℃、10%のアルカリ水溶液で4時間処理を行い、ポリエチレンテレフタレートを溶出除去しポリアリーレンスルフィドのポーラスカットファイバーを得た。
このポーラスカットファイバーを実施例1と同一の方法で酸化処理し、ポーラスポリアリーレンスルフィド酸化物繊維カットファイバーを得た。
このポーラスポリアリーレンスルフィド酸化物繊維カットファイバーを実施例1と同一条件にて叩解を行い、ポリアリーレンスルフィド酸化物繊維パルプを得た。ただし、ビーターの運転時間は15分と実施例1の1/2の運転時間とした。
得られたパルプを実施例1と同一の方法で繊維長分布を測定した結果、数平均繊維長は0.57mmであり、実施例1で得られたパルプより繊維長が長く良好なパルプであった。
得られたパルプを実施例1と同一の方法で顕微鏡観察を実施したところ、分枝構造を有している部分やフィブリル構造を有している部分は、実施例1で得られたパルプに比較して、極めて顕著に増大しており、実施例1で得られたパルプより良好なパルプであった。すなわち、実施例1で得られたパルプに比較して、分枝構造部分やフィブリル構造部分が増大していることによって、繊維を有さない空間の体積(顕微鏡で観察した場合の繊維を有さない面積)の大きさは、顕著に小さくなっており、ペーパーにしたときのポアサイズは確実に小さくなることが判った。
【0095】
<実施例3>
実施例1にて得られた、ポリアリーレンスルフィド酸化物繊維パルプ2gとポリアリーレンスルフィド酸化物繊維カットファイバー2gを用意した。これらの原料と水とを家庭用のミキサーに投入して分散した。この分散液を、大きさ25cm×25cmで高さ40cmの熊谷理機工業製の手漉き抄紙機に投入し、さらに水を追加するとともに、ポリビニルアルコールの糊材を若干量添加して、さらに攪拌した。
手漉き抄紙機の水を抜き、金網上に残ったペーパーを濾紙に転写して、濾紙ごとジャポー製乾燥機に温度125℃、速度0.5m/minにて投入し、乾燥処理をした。乾燥処理したペーパーを濾紙から剥離して、鉄ロールとペーパーロールからなるカレンダー加工機に通した。カレンダー条件は、温度100℃、荷重は25cm幅のペーパーに対して、100kN/25cm、ロール周速度2m/minであり、3回通しとした。
上記の様にして、ポリアリーレンスルフィド酸化物繊維パルプとポリアリーレンスルフィド酸化物繊維カットファイバーの混率50:50のペーパーを得た。
【0096】
得られたペーパーの目付けは57g/mであり、厚みは0.08mmであり、紙力は8N/cmであり、紙力がやや弱い以外は、良好なペーパーが得られた。
【0097】
得られたペーパーは、空隙の少ない緻密なペーパーであり、絶縁破壊電圧を測定したところ、0.8kV/mmであり、後述する比較例2のペーパーよりも向上していた。
【0098】
<実施例4>
実施例1にて得られた、ポリアリーレンスルフィド酸化物繊維パルプ2gとその原料であるポリアリーレンスルフィド繊維カットファイバー2gを用意した。これらの原料を実施例3と全く同一の方法で、ペーパーを作成し、ポリアリーレンスルフィド酸化物繊維パルプとポリアリーレンスルフィド繊維カットファイバーの混率50:50のペーパーを得た。
【0099】
得られたペーパーの目付けは55g/mであり、厚みは0.08mmであり、紙力は10N/cmであり、紙力が実施例3に比較して向上していた。これは、ポリアリーレンスルフィド繊維カットファイバーは融点を有するために、熱と圧力により軟化しやすく、カレンダー加工においてバインダーとして作用し、紙力が向上したものと推測できる。
【0100】
得られたペーパーは、空隙の少ない緻密なペーパーであり、絶縁破壊電圧を測定したところ、0.8kV/mmであり、後述する比較例2のペーパーよりも向上していた。
【0101】
<比較例1>
実施例1で用意したのと同じ、東レ株式会社製ポリアリーレンスルフィド繊維“トルコン”(R)ステープル繊維カットファイバーである1.0dtex−6mmを用意した。このカットファイバーを酸化処理することなく、実施例1と同一条件にて叩解を行い、ポリアリーレンスルフィド酸化物繊維パルプ化を試みた。ただし、ビーターの運転時間は60分と実施例1の2倍の運転時間とした。
得られたパルプ化試作品を実施例1と同一の方法で繊維長分布を測定した結果、数平均繊維長は4.5mmであり、極めて繊維長が無く、機械的衝撃で叩解できていなかった。また、得られたパルプ化試作品を実施例1と同一の方法で顕微鏡観察を実施したところ、分枝構造を有している部分やフィブリル構造を有している部分は、全く見られなかった。すなわち、ポリアリーレンスルフィド繊維では、パルプは得られないことが確認できた。
【0102】
<比較例2>
実施例1で用意したのと同じ、東レ株式会社製ポリアリーレンスルフィド繊維“トルコン”(R)ステープル繊維カットファイバーである1.0dtex−6mmを用意した。このカットファイバーのみを4g用いて、実施例3と全く同一の方法で、ペーパーを作成し、ポリアリーレンスルフィド繊維カットファイバー100%のペーパーを得た。
得られたペーパーの目付けは59g/mであり、厚みは0.08mmであり、紙力は15N/cmであった。
【0103】
得られたペーパーは、パルプを用いていないために、空隙の多い粗雑なペーパーであり、絶縁破壊電圧を測定したところ、0.6kV/mmであり、実施例3や実施例4のパルプ入りのペーパーに比較して劣っていた。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
数平均繊維長が0.01mm〜10mmである短繊維からなるパルプにおいて、該パルプが分枝構造もしくはフィブリル構造を有するポリアリーレンスルフィド酸化物繊維で構成されていることを特徴とするパルプ。
【請求項2】
該ポリアリーレンスルフィド酸化物繊維が、下記一般式(1)で示される繰り返し単位からなるポリマーで構成されているものである請求項1に記載のパルプ。
【化1】

(R"は、水素、ハロゲン、原子価の許容される範囲で任意の官能基により置換された脂肪族置換基、芳香族置換基で置換された脂肪族置換基のいずれかを表し、分子間のR"同士が互いに連結して架橋構造を形成していてもよい。またR”はポリアリーレンスルフィド酸化物からなるポリマー鎖でもよい。R'”はポリアリーレンスルフィド酸化物からなるポリマー鎖を示し、mは0〜3のいずれかの整数を表し、nは0〜2のいずれかの整数を表す。また、Xは0、1、2のいずれかを表す。)
【請求項3】
前記一般式(1)で示される繰り返し単位において、Xが0、1、2である構造単位中に占める、Xが1または2である構造単位の比率が、0.5以上である請求項2に記載のパルプ。
【請求項4】
該ポリアリーレンスルフィド酸化物繊維が、前記繰り返し単位を主要構造単位とし、かつ、該繰り返し単位1モル当たり1.0モル以下、好ましくは0.3モル以下の一般式(2)〜(8)で示される繰り返し単位とからなる共重合体で構成されているものである請求項2または3に記載のパルプ。
【化2】

【化3】

【化4】

【化5】

【化6】

【化7】

【化8】

(R”は、水素、ハロゲン、原子価の許容される範囲で任意の官能基により置換された脂肪族置換基、芳香族置換基で置換された脂肪族置換基のいずれかを表し、R””は、原子価の許容される範囲で任意の官能基により置換された脂肪族置換基を表し、分子間のRまたはR’どうしが互いに連結して架橋構造を形成していてもよい。また、R”、R””はポリアリーレンスルフィド酸化物からなるポリマー鎖でもよい。R'”はポリアリーレンスルフィド酸化物からなるポリマー鎖を示し、mは0〜3のいずれかの整数を表し、nは0〜2のいずれかの整数を表す。また、Xは0、1、2のいずれかを表す。)
【請求項5】
ポリアリーレンスルフィド酸化物繊維のカットファイバーを、力学的作用によって叩解することを特徴とするパルプの製造方法。
【請求項6】
該ポリアリーレンスルフィド酸化物繊維が、請求項2に記載された一般式(1)で示される繰り返し単位からなるポリマーで構成されているものである請求項5に記載のパルプの製造方法。
【請求項7】
該ポリアリーレンスルフィド酸化物繊維のカットファイバーが、ポリアリーレンスルフィドと異種ポリマーとの分散樹脂組成物を繊維形状に紡糸し、カットして得られるカットファイバーから、異種ポリマーを除去した後、酸化反応により得られたものものである請求項5または6に記載のパルプの製造方法。
【請求項8】
該カットファイバーが、1mm〜30mmの繊維長にカットされたものである請求項5〜7のいずれかに記載のパルプの製造方法。
【請求項9】
該叩解が、該カットファイバーの繊維長が0.01mm〜10mmになるまで行われるものである請求項5〜8のいずれかに記載のパルプの製造方法。
【請求項10】
該叩解が、ビーター、ホモジナイザー、ディスクリファイナー、ライカイ機およびウォータージェットパンチから選ばれた少なくとも1種の力学的叩解手段によるものである請求項5〜9のいずれかに記載のパルプの製造方法。
【請求項11】
請求項1〜4のいずれかに記載のポリアリーレンスルフィド酸化物繊維からなるパルプで構成されていることを特徴とするペーパー。
【請求項12】
該ペーパーが、ポリアリーレンスルフィド酸化物繊維パルプとポリアリーレンスルフィド酸化物繊維カットファイバーの混合物で構成されているものである請求項11に記載のペーパー。
【請求項13】
該ペーパーが、ポリアリーレンスルフィド酸化物繊維パルプを少なくとも30重量%含んで構成されているものである請求項12に記載のペーパー。
【請求項14】
請求項11〜13のいずれかに記載のペーパーで構成されていることを特徴とする電気絶縁材料。
【請求項15】
該ペーパーが、樹脂もしくは油が含浸されたものである請求項14に記載の電気絶縁材料。

【公開番号】特開2006−225807(P2006−225807A)
【公開日】平成18年8月31日(2006.8.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−42470(P2005−42470)
【出願日】平成17年2月18日(2005.2.18)
【出願人】(000003159)東レ株式会社 (7,677)
【Fターム(参考)】