説明

パンの製造法

【目的】 本発明は、フィッシュアイがなく、かつ比容積、内相、風味等総合的に品質の優れたパンを製造することを目的とする。
【構成】 サッカロミセス属に属し、発酵能が低温感受性を示す酵母と(a)アスコルビン酸類、(b)ガム類、(c)コハク酸モノグリセリドおよび(d)カゼイン類を含有する製パン改良剤を生地に添加して常法によりパンを得る。

【発明の詳細な説明】
【0001】
【産業上の利用分野】本発明はパンの製造法に関する。
【0002】
【従来の技術】近年、製パン業界において、生産合理化の手段として、冷凍生地が広く用いられているが、凍結、輸送、解凍等高いエネルギーコストを要するのが現状である。これら高いエネルギーコストの軽減のため、最終発酵前の生地を冷蔵保存する冷蔵生地が注目を浴びている。
【0003】しかしながら、このような冷蔵生地を使用する場合、冷蔵保存中にも酵母の発酵が進むため、生地に好ましくない影響が現れるだけでなく、生地中の酵母の保存安定性にも問題が生じ酵母が劣化してくるため、焼成後のパンはボリウムが小さく、焼色、風味等が劣るという問題がある。これらの問題点を解決するために、冷蔵でも耐性を有するパン酵母を用いる食パン、ピザ等を製造する方法、例えば、低温域(−5〜15℃)において発酵力を抑制する能力を有するサッカロミセス属に属する酵母を用いて食パンおよび菓子パンを製造する方法(特開昭61−195637号公報)、サッカロミセス属に属し低温感受性かつ冷凍耐性の性質を有するパン酵母を用いて、食パン、菓子パン等を製造する方法(特開平4−234939号公報)、サッカロミセス属に属し、冷蔵下で不活性であるが、生存性を有するパン酵母を用いてピザを製造する方法(特開平5−76348 号公報)、サッカロミセス属に属し、低温感受性かつパン生地を冷蔵貯蔵しても発酵力が低下しない性質を有するパン酵母を用いて、食パン等を製造する方法(特開平5−284896号公報)、発酵能が低温感受性を示す酵母を用いて食パン、菓子パン等を製造する方法(特開平5−336872号公報)等が知られている。
【0004】しかしながら、冷蔵でも耐性を有するパン酵母を用いても、焼成後のパンの表面にフィッシュアイと称される白い水泡状の斑点が現れたり、パンの比容積、内相等の満足したパンが得られない。パンの品質を改善するものとして、種々の製パン改良剤が知られている。例えば、焼成後のパンの表面にフィッシュアイと称される白い水泡状の斑点を防止する製パン改良剤として、グリセリン脂肪酸エステルまたはグリセリン脂肪酸有機酸エステル(特開昭63−152935号公報)、アスコルビン酸類、アミノ酸、ミョウバン類およびグリセリン脂肪酸モノエステル(特開平5−49384 号公報)が知られている。
【0005】パンのボリウムアップのために生地にカラギーナンを添加することが知られている(特開平2−119739号公報)。パンを製造する際にカゼイン類を成分として含む脱脂粉乳を生地に添加することは周知である(例えば、特開平2−119739号公報)。しかしながら、冷蔵保存が長くなったパン生地を用いた場合、満足すべき品質の良いパンは得られていない。
【0006】
【発明が解決しようとする課題】本発明の目的は、冷蔵保存が長くなったパン生地を用いた場合でも品質のよいパンを製造する方法を提供する。
【0007】
【課題を解決するための手段】本発明は小麦粉を主成分とする製パン用原料とサッカロミセス属に属し、発酵能が低温感受性を示す酵母と(a)アスコルビン酸類、(b)ガム類、(c)コハク酸モノグリセリドおよび(d)カゼイン類を含有する製パン改良剤と水とを混捏し生地とした後、該生地を用いて常法(分割、成型、発酵後、焼成する、揚げる、蒸す等)により製パンすることを特徴とするパンの製造法に関する。
【0008】本発明で用いられる酵母は、サッカロミセス属に属し、発酵能が低温感受性を示す酵母であればいずれも用いられる。本明細書において「発酵能が低温感受性を示す」とは「20〜40℃では正常に発酵し、−2〜15℃では市販酵母の1/3以下の発酵能を示す」ことを意味する。本発明で用いられる酵母は例えば次の方法で得ることができる。例えば、市販酵母(例えば、パン酵母、清酒酵母、ワイン酵母、ビール酵母、味噌・焼酎酵母等)に公知の異変誘導法、例えば紫外線、放射線等を照射させて得た菌体に抗生物質(例えば、アンチマイシン、ナイスタチン等)を接触させ、低温(10〜15℃)で培養し、この低温において増殖不能ないしは増殖の極めて弱い細胞を選択する(一次選択)。この一次選択で選択された菌株の中には、発酵能欠如のため、ないしは発酵能が微弱なために増殖不能、あるいは増殖能の低下した菌株と、その他の原因で増殖が弱くなった菌株が含まれる。そこでその中から低温(2〜7℃)において発酵能が欠如ないしは極めて微弱となった菌株を選択する(二次選択)。次に、二次選択で選択された菌株の中から20℃以上の温度(20〜40℃)で発酵能の回復する菌株を選択する(三次選択)。最後に三次選択で選択された菌株の中から20℃以上の温度(20〜40℃)においてパン生地等の発酵条件での発酵能が普通の酵母なみに優れた菌株を選択する(四次選択)。
【0009】本発明に使用する菌株の具体例としては、サッカロミセス・セルビジェ( Saccharomyces cerevisiae ) RZT-3(以下、RZT−3株と称す)(特開平5−336872号公報)、IAM4274(特開昭61−195637号公報)、FERM P-11938(特開平4−234939号公報)、NCIMB40328 、40329 、40330 、40331 、40332(特開平5−76348 号公報)、FERM P-12916(特開平5−284896号公報) 等があげられる。
【0010】本発明で小麦粉を主成分とする製パン用原料としては、小麦粉、砂糖、食塩、ショートニング、脱脂粉乳、イーストフード等を含む原料があげられる。本発明で用いられる(a)アスコルビン酸類としてはL−アスコルビン酸、デヒドロアスコルビン酸およびそれらの塩(アルカリ金属塩等)等があげられ、その中でもL−アスコルビン酸が好ましく、その添加量は小麦粉全重量に対して5〜200ppm、好ましくは10〜100ppmである。
(b)ガム類としてはカラギーナン、キサンタン等があげられ、その中でもカラギーナンが好ましく、その添加量は小麦粉全重量に対して0.05〜2%、好ましくは0.1〜0.5%である。
(c)コハク酸モノグリセリドの添加量は小麦粉全重量に対して0.05〜1%、好ましくは0.1 〜0.5 %である。
(d)カゼイン類としては乳(牛乳、山羊乳等)より分離されたカゼインおよびその塩(アルカリ金属塩等)などがあげられ、その添加量としては小麦粉全重量に対して0.2 〜5%、好ましくは0.5 〜3%である。
【0011】本発明においては、製パン改良剤として用いられる(a)〜(d)の4種の成分を個別にパン生地に添加して使用することができるが、4種の成分をあらかじめ混合しておいて使用した方が個々の成分を計量する手間が省け便利である。また、(a)〜(d)の成分を含有する製パン改良剤に、必要に応じて、無機塩(炭酸カルシウム、硫酸カルシウム、リン酸二水素カルシウム等のカルシウム塩、塩化アンモニウム、硫酸アンモニウム等のアンモニウム塩、塩化ナトリウム等のナトリウム塩等)、アミノ酸類(シスチン、システィイン等)、酵素剤(アミラーゼ、プロテアーゼ、リパーゼ等)、豆粉(大豆粉等)、澱粉類(小麦澱粉、コーン澱粉等)等を配合することもできる。
【0012】次に、パンの製造法について説明する。
パン酵母の培養酵母を炭素源、窒素源、無機物、アミノ酸、ビタミン等を含有する通常の培地中、好気的条件下、温度27〜32℃に調節しつつ培養し、菌体を回収、洗浄を行うことによりパン製造に適した酵母菌体を得ることができる。
【0013】培地中の炭素源としてはグルコース、シュークロース、澱粉加水分解物、糖蜜等が使用できるが、特に糖蜜が好適に用いられる。窒素源としては、アンモニア、塩化アンモニウム、硫酸アンモニウム、炭酸アンモニウム、酢酸アンモニウム、尿素、酵母エキス、コーン・スチープ・リカー等が用いられる。
【0014】無機物としてはリン酸マグネシウム、リン酸カリウム等が、アミノ酸としてはグルタミン酸等が、ビタミンとしては、パントテンサン、チアミン等が用いられる。培養は、流加培養が適当である。
製パン法用いるパン生地は小麦粉に食塩、ショートニング、前記で得られた酵母、(a)〜(d)の成分を含有する製パン改良剤および水、さらに必要に応じて砂糖・脱脂粉乳、イーストフード、卵等を加えた後、混捏することにより得られる。代表的な食パン、フランスパン、菓子パン等の製パン法には直捏法と中種法があり、前者は、全原料を最初から混ぜる方法であり、後者は、まず小麦粉の一部に酵母と水を加えて中種生地をつくり、発酵後に残りの原料を合わせ本捏生地をつくる方法である。(a)〜(d)の成分を含有する製パン改良剤は中種生地または本捏生地をつくるときに添加される。
【0015】例えば、直捏法では、小麦粉、前記で得られた酵母、(a)〜(d)の成分を含有する製パン改良剤、食塩、ショートニング、砂糖、脱脂粉乳、イーストフード、卵等と水とを混捏し生地とする。該生地を20〜35℃で10〜120 分間発酵(フロアタイム)した後、該発酵物を適当な大きさに分割し、ベンチタイム(室温、10〜30分間)をとり成型する。必要に応じて成型した生地を冷蔵保存(−2〜15℃、7日以内)する。ついで、この成型した冷蔵生地を必要に応じて取り出し、30〜40℃で30〜90分間発酵(ホイロ)した後、焼成しパンを得る。
【0016】中種法では、全使用小麦粉の約7割、前記で得られた酵母、イースト・フード等に水を加え混捏し、25〜30℃で3〜5時間発酵(中種発酵)した後、残りの原料(小麦粉、水、食塩、ショートニング等)を追加し混捏(本捏)し生地とする。(a)〜(d)の成分を含有する製パン改良剤は中種発酵または本捏の際に添加される。以下該生地を前記直捏法の場合と同様に、発酵(フロアタイム)、分割、ベンチタイム、成型、冷蔵保存、ホイロした後、焼成し、パンを得る。
【0017】また、ホイロ後、揚げることによりドーナツ類を、蒸すことにより蒸しパンを得ることができる。
【0018】
【実施例】以下に実施例および比較例を示す。
実施例1、比較例1〜5パン酵母の培養30mlのYPD培地(酵母エキス1%、ポリペプトン2%、グルコース2%)の入った300ml の三角フラスコにRZT−3株1白金耳植菌し、30℃で24時間培養した。培養後、その培養液全量を270ml の糖蜜培地(糖蜜3%、尿素0.193 %、リン酸二水素カリウム0.046 %、消泡剤2滴)の入った2リットルのバッフル付三角フラスコに移植し、30℃で24時間振盪培養した。培養終了後、遠心分離により集菌し、2回脱イオン水で洗浄後、素焼製吸収板の上で水分を除去し、菌体を取得した。
【0019】また、YST株についてもRZT−3株と同様にして菌体を得た。この得られた酵母菌体がパン生地用に用いられた。下記の配合および工程によりロールパンを得た。
配合 (重量部)
強力粉 90薄力粉 10グラニュー糖 10食塩 1.8全卵 8ショートニング 8酵母菌体(表1に示す)
水(表1に示す)
改良剤(表1に示す)
無機塩混合物* 0.093*塩化アンモニウム32.3(%)、硫酸カルシウム32.3(%)、リン酸二水素カルシウム19.3(%)、炭酸カルシウム16.1(%)
【0020】
【表1】


【0021】工程ミキシング:低速 3分中低速 2分後ショートニング添加低速 3分中低速 3分中高速 5分捏上温度 :28℃フロアタイム:60分分割 :60gベンチタイム:15分成型 :ロール状成型生地の冷蔵:5℃、4日(ビニール袋に密閉:以下同じ)
解冷蔵 :25℃、85%、室湿度(RH)、30分ホイロ :38℃、85%RH、40分焼成 :200℃、12分焼成したパンの品質評価の結果を表2に示す。
【0022】
【表2】


【0023】腰持ち指数
【0024】
【数1】


【0025】(以下の表においても同じ評価基準とする)表2から明らかな如く、実施例1で得られたパンの品質は比較例1で得られたパンのそれよりも全体的に非常に優れており、また比較例2〜5で得られたパンのそれよりも総合点において優れていた。
実施例2〜4、比較例6実施例1の配合において、酵母、改良剤および水の量を表3に示す量に代え、かつ工程において、成型生地の冷蔵条件を5℃で1,3および7日間にする以外は実施例1と同様にしてロールパンを得た。その結果を表4に示す。
【0026】
【表3】


【0027】
【表4】


【0028】表4から明らかな如く、実施例2〜4でられたパンの品質は比較例6で得られたパンのそれに比べて1日、3日および7日後と長期になるにつれて非常に優れていた。
実施例5〜8下記の配合および工程によりロールパンを得た。
配合: (重量部)
強力粉 90薄力粉 10グラニュー糖 25食塩 1全卵 8ショートニング 10RZT−3株 4水 46改良剤(表5に示す)
無機塩混合物 0.093
【0029】
【表5】


【0030】工程ミキシング:低速 3分中低速 3分中高速 1分後ショートニング添加低速 2分中低速 3分中高速 5分捏上温度 :28℃フロアタイム:60分分割 :60gベンチタイム:15分成型 :ロール状成型生地の冷蔵:10℃、2日解冷蔵 :25℃、85%RH 、30分ホイロ :38℃、85%RH、40分焼成 :200℃、12分焼成したパンの品質評価の結果を表6に示す。
【0031】
【表6】


【0032】実施例9、比較例7下記の配合および工程によりロールパンを得た。
配合 中種生地 本捏生地 強力粉 70(重量部) 30(重量部)
無機塩混合物 0.062 酵母菌体(RZT- 2 3株またはYST 株) グラニュー糖 5 食塩 2 ショートニング 6 改良剤 表7に示す 水 40 表7に示す
【0033】
【表7】


【0034】工程中種生地ミキシング:低速 3分、 中低速 2分捏上温度 :24℃発酵 :28℃、4時間本捏生地ミキシング:低速 3分、 中低速 2分後ショートニング添加低速 2分、中低速 3分、中高速 3分捏上温度 :27℃フロアタイム:20分分割 :60gベンチタイム:15分成型 :ロール状成型生地の冷蔵:0℃、4日解冷蔵 :25℃、85%RH、30分ホイロ :38℃、85%RH、40分焼成 :200、12分焼成したパンの品質評価を表8に示す。
【0035】
【表8】


【0036】表8から明らかな如く、実施例9で得られたパンの品質の総合判定は、比較例7で得られたパンのそれよりも優れていた。
【0037】
【発明の効果】本発明よりフィッシュアイがなく、かつ比容積、内相、風味等総合的に品質の優れたパンを製造することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】 小麦粉を主成分とする製パン用原料とサッカロミセス属に属し、発酵能が低温感受性を示す酵母と(a)アスコルビン酸類、(b)ガム類、(c)コハク酸モノグリセリドおよび(d)カゼイン類を含有する製パン改良剤と水とを混捏し生地とした後、該生地を用いて常法により製パンすることを特徴とするパンの製造法。
【請求項2】 成型した生地を−2〜15℃で貯蔵する請求項1記載のパンの製造法。
【請求項3】 請求項1に示される酵母と請求項1に示される(a)〜(d)の成分を含有する製パン改良剤と水を含有する生地。
【請求項4】 請求項1に示される(a)〜(d)の成分を含有する発酵能が低温感受性を示す酵母用製パン改良剤。
【請求項5】 小麦粉と請求項1に示される酵母と請求項1に示される(a)〜(d)の成分を含有する製パン改良剤を含有するプレミックス。