説明

パーフルオロカーボンエマルション及びそれから成る超音波造影剤

【課題】疎水性低沸点液体であるパーフルオロカーボン(PFC)の量が多く、血中安定性が高く、粒径がナノサイズ(1μm未満)であるPFCエマルション粒子を含むPFCエマルション、及びそれを含む超音波造影剤を提供すること。
【解決手段】パーフルオロカーボンエマルションは、パーフルオロカーボンを内核とし、親水性領域と疎水性領域を有する乳化剤としてのブロックコポリマーが周縁に配置されたエマルション粒子を含むパーフルオロカーボンエマルションであり、疎水性領域は、繰り返し単位が結合して成り、該繰返し単位の少なくとも一部がフッ素含有側鎖を有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、パーフルオロカーボンエマルション及びそれから成る超音波造影剤に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、超音波を用いて生体内の腫瘍、臓器、血管等を撮影する超音波造影が盛んに研究され、臨床においても用いられている。超音波造影は、X線被爆による危険性がない、リアルタイムの造影が可能である、装置が比較的小型で安価である等の理由により、今後益々広範囲に利用されていくものと期待されている。
【0003】
超音波造影法の1つとしては、疎水性低沸点液体であるパーフルオロカーボン(CnF2n+2 (nは5〜7の整数))を封入したキャリアを生体に投与した後、超音波を照射し、超音波のエネルギーによりパーフルオロカーボン(以下、「PFC」ということがある)を気化させて気泡を生じさせ、超音波が気泡と共振する性質を利用して気泡を映像化する方法が知られており(特許文献1、2)、キャリアとしては、リポソームを用いることが知られている。しかしながら、リポソームは、体内での安定性が低く、血中滞留性が低いという問題がある。また、気体であるパーフルオロブタンを封入したマイクロバブルも超音波造影剤として既に商品化されているが、粒子の直径が2〜3μmと大きいため、腫瘍集積性は低い。さらに、高分子ミセルにパーフルオロペンタンを封入することも報告されている(非特許文献1)。しかしながら、非特許文献1には、高分子ミセルを構成する材料にフッ素原子を有するものは用いられておらず、後述の比較例に示唆されるように、PFCの封入量が少なく、PFCの血中滞留性も低いと考えられる。また、内部に薬剤が封入された高分子ミセル自体及びその製造方法は、本願共同発明者らが研究し、公知になっている(例えば、非特許文献2及び非特許文献3)。
【0004】
【特許文献1】特開2007-197403号公報
【特許文献2】特開2008-024604号公報
【非特許文献1】Journal of the National Cancer Institute, Vol.99, Issue 14, pp.1095-1106, July 18, 2007
【非特許文献2】M. Yokoyama, T. Okano, Y. Sakurai, S. Fukushima, K. Okamoto, and K. Kataoka, Selective delivery of adriamycin to a solid tumor using a polymeric micelle carrier system, J. Drug Targeting, 7(3), 171186 (1999)
【非特許文献3】Kumi Kawano, Masato Watanabe, Tatsuhiro Yamamoto, Masayuki Yokoyama, Praneet Opanasopit, Teruo Okano, and Yoshie Maitani, Enhanced antitumor effect of camptothecin loaded in long-circulating polymeric micelles,J. Controlled Release, 112, 329 332 (2006)
【非特許文献4】Masayuki Yokoyama, Glen S. Kwon, Teruo Okano, Yasuhisa Sakurai, Takashi Seto, and Kazunori Kataoka, Preparation of Micelle-Forming Polymer-Drug conjugates,Bioconjugate Chemistry, 3, 295301 (1992)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の目的は、疎水性低沸点液体であるPFCの量が多く、血中安定性が高く、粒径がナノサイズ(1μm未満)であるPFCエマルション粒子を含むPFCエマルション、及びそれを含む超音波造影剤を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本願発明者らは、鋭意研究の結果、親水性領域と疎水性領域を有するブロックコポリマーを乳化剤として形成され、疎水性液体であるPFCを内核とするPFCエマルション粒子であって、前記疎水性領域を構成する繰返し単位の少なくとも一部にフッ素含有側鎖を付与することによりPFCの量が多く、粒径がナノサイズである、PFCエマルション粒子が形成されることを見出し、本発明を完成した。
【0007】
すなわち、本発明は、パーフルオロカーボンを内核とし、親水性領域と疎水性領域を有する乳化剤としてのブロックコポリマーが周縁に配置されたエマルション粒子を含むパーフルオロカーボンエマルションであって、前記疎水性領域は、繰り返し単位が結合して成り、該繰返し単位の少なくとも一部がフッ素含有側鎖を有する、パーフルオロカーボンエマルションを提供する。また、本発明は、上記本発明のPFCエマルションから成る超音波造影剤を提供する。
【発明の効果】
【0008】
本発明により、疎水性低沸点液体であるPFCの量が多く、粒径がナノサイズであるPFCエマルション粒子を含むPFCエマルション及びそれを含む超音波造影剤が提供された。下記実施例及び比較例に具体的に記載されるように、疎水性領域がフッ素含有側鎖を有することにより、そのブロックコポリマーによりPFCがエマルションとして安定に保持されるため、血中において、PFCが安定に保持される。また、粒径がナノサイズであるので、腫瘍中の血管を透過して腫瘍に集積すると考えられる。従って、本発明のPFCエマルションは、超音波造影、とりわけ、腫瘍を検出する目的で行われる超音波検査に大いに貢献するものと期待される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
本発明のPFCエマルションは、パーフルオロカーボンを内核とし、親水性領域と疎水性領域を有する乳化剤としてのブロックコポリマーが周縁に配置されたエマルション粒子を含む。ここで、「エマルション粒子」は、いわゆる水中油滴型エマルションにおける油滴を意味する。上記ブロックコポリマーは、親水性領域と疎水性領域を有するので、乳化剤として機能し、水又は水系媒体中で、当然ながらエマルション粒子の周縁部において前記親水性領域が外側、前記疎水性領域が内側に配置される。なお、本発明において、「親水性領域」及び「疎水性領域」とは、両者の両親媒性が、水中で親水性領域を外側、疎水性領域を内側にしたエマルションが形成される程度に異なった各領域を意味するものである。
【0010】
親水性領域を構成する構造の好ましい例としては、ポリエチレングリコール、ポリ(ビニルアルコール)及びポリ(ビニルピロリドン)等を挙げることができるがこれらに限定されるものではない。親水性領域の末端(疎水性領域と反対側、すなわち、ブロックコポリマーの親水性領域側の末端)は、水素、低級(炭素数1〜6、以下同じ))アルキル基、低級ヒドロキシアルキル基、低級アルキルアミノ基等が好ましいがこれらに限定されるものではない。親水性領域の分子量は、2000〜2万程度が好ましく、4000〜14000程度がさらに好ましい。
【0011】
前記疎水性領域は、繰返し単位が結合して成り、疎水性領域を構成する繰り返し単位の少なくとも一部がフッ素含有側鎖を有する。前記疎水性領域を構成する繰返し単位はそれぞれ側鎖を有し、該側鎖の少なくとも一部が前記フッ素含有側鎖であるものは、所望の割合の前記フッ素含有側鎖を容易に導入できるので好ましい。エマルション粒子中に含まれるPFCの量(以下、「PFCの封入量」と呼ぶことがある)及び安定性の観点から、フッ素含有側鎖としては、フッ化アルキル基、フッ化ベンジル等が好ましく、フッ化アルキル基が特に好ましい。なお、本明細書及び特許請求の範囲において、「フッ化アルキル基」は、アルキル基中の1又は複数の水素原子がフッ素原子に置換されたものを意味する。フッ化アルキル基は、炭素数が5〜20のものが好ましい。また、アルキル基中の水素原子の全てがフッ素原子に置換されたフッ化アルキル基を側鎖に有するものは合成と帰属が容易ではないので、アルキル基中の水素原子の50%から80%がフッ素原子で置換されたフッ化アルキル基が好ましい。
【0012】
フッ素含有側鎖が、炭素数が5〜20で、アルキル基中の水素原子の50%から80%がフッ素原子で置換されたフッ化アルキル基である場合には、疎水性領域を構成する繰返し単位の5%〜30%、さらに好ましくは8〜20%が前記フッ素含有側鎖を有することが好ましい。この範囲の割合でフッ素含有側鎖を有すると、PFCの封入量及び安定性が高くなる。なお、疎水性領域中の、フッ素含有側鎖を有する繰返し単位の割合は、ブロックコポリマーをNMRにかけ、その結果から算出することができる(下記実施例参照)。また、前記疎水性領域は、カルボキシル基を複数有する繰り返し単位のアミド結合により形成され、前記フッ素含有側鎖は、側鎖のカルボキシル基にエステル結合により結合されていることが好ましい。なお、フッ素含有側鎖以外の側鎖は、エマルションの形成を阻害しないものであれば特に限定されない。例えば、側鎖がカルボキシル基の場合には、ベンジル基、フェニル基、ナフチル基等のような芳香環を含む疎水性基としてもよいが、遊離のカルボキシル基のままでも良好なPFCエマルションを形成できるので、特に疎水性基を結合する必要はない。なお、各繰返し単位はそれぞれ側鎖を有し、ブロックコポリマーを形成後、フッ素含有側鎖を疎水性領域を構成する繰返し単位の一部の側鎖に付加することが合成上容易で好ましいが、フッ素含有側鎖を有する繰返し単位以外の単位は、必ずしも側鎖を有している必要はなく、従って、側鎖を持たない繰返し単位を含むものであってもよい。
【0013】
PFCの封入量及び安定性の観点から、前記カルボキシル基を複数有する繰り返し単位としては、アスパラギン酸、グルタミン酸、アクリル酸及びメタクリル酸から成る群より選ばれる少なくとも1種が好ましい。とりわけ、前記疎水性領域は、ポリ(アスパラギン酸)、ポリ(グルタミン酸)又はこれらの混合物がペプチド結合したポリペプチドから基本的に構成され、前記フッ素含有側鎖は、アスパラギン酸及び/又はグルタミン酸の側鎖のカルボキシル基の一部にエステル結合により結合されているものが好ましい。なお、ここで、「側鎖のカルボキシル基」とは、ポリアスパラギン酸等においてペプチド結合に供されていないフリーのカルボキシル基を意味する。
【0014】
疎水性領域を構成する繰返し単位の数(重合度)は、エマルションを良好に形成できれば特に限定されないが、通常、5〜100個、好ましくは10〜50個程度である。
【0015】
親水性領域と疎水性領域は、直接結合されていてもよいが、リンカーを介して結合していてもよい。このようなリンカーとして、-O-、-NH-、-OCO-、-OCONH-、-NHCO-、-NHCONH-、-COO-、-CONH-、-(CH2)n-(nは1〜6の整数)、-R1-(CH2)n-(nは1〜6の整数、R1は-O-、-NH-、-OCO-、-OCONH-、-NHCO-、-NHCONH-、-COO-、-CONH-)、-(CH2)n-R2-(nは1〜6の整数、R2は-O-、-NH-、-OCO-、-OCONH-、-NHCO-、-NHCONH-、-COO-、-CONH-)、-R1-(CH2)n-R2-(nは1〜6の整数、R1及びR2は互いに独立に-O-、-NH-、-OCO-、-OCONH-、-NHCO-、-NHCONH-、-COO-、-CONH-)を挙げることができるがこれらに限定されるものではない。
【0016】
上記したブロックコポリマーは、各領域やフッ素含有側鎖自体が周知であり、それらを結合させる方法も化学合成分野において周知であり、また、下記実施例にブロックコポリマーの合成例が具体的に記載されているので当業者であれば化学合成の技術常識に従って容易に調製することができる。例えば、親水性領域と疎水性領域を有し、疎水性領域がカルボキシル基側鎖を有する(上記したポリアスパラギン酸等)ブロックコポリマーを先ず合成し、これにヨウ化フルオロアルキルを反応させて、疎水性領域のカルボキシル基側鎖の一部をフルオロアルキルエステル化することにより、本発明で用いられるブロックコポリマーを合成することができる。この際、1,8-ジアザ-ビシクロ[5.4.0]ウンデク-7-エン(DBU)のようなエステル化反応活性化剤を共存させるとエステル化反応が起き易く好ましい(下記実施例参照)。フッ素含有側鎖を有する、疎水性領域を構成する繰返し単位の割合は、フッ素含有側鎖になる原料の供給割合を調整することにより調整することができる。
【0017】
本発明のエマルションの製造に利用可能な、PFC未封入の高分子ミセルは、上記したフッ素含有側鎖を有するブロックコポリマーを用いて、例えば非特許文献2や非特許文献3等に記載されている公知の方法により調製することができる。すなわち、フッ素含有側鎖を有するブロックコポリマーを含む水系媒体中でミセル構造を形成させることにより、高分子ミセルを得ることができる。なお、ここで「水系媒体」とは水を主成分とする均一な液体の媒体であり、通常、水や緩衝液等である。高分子ミセルは、単にこの水溶液を撹拌することにより形成することもできる。また、ブロックコポリマーを揮発性の高い有機溶媒(クロロホルム、アセトニトリル、アセトン、メタノール、エタノール、THF、トリフルオロエタノールなど)に溶解し、窒素を吹き付けることでポリマーフィルムを形成させ、水系媒体を加え、超音波照射により高分子ミセルを形成させる溶媒蒸発法、ブロックコポリマーを水溶性の有機溶媒(DMSO、DMF、メタノール、エタノールなど)に溶解し、水に対して透析することにより高分子ミセルを形成させる透析法等により形成することができる。高分子ミセルを形成させる際の溶液中のブロックコポリマー濃度は、通常、0.05重量%〜30重量%程度、好ましくは0.5重量%〜10重量%程度である。高分子ミセルの形成は、室温下で行なうことができる。
【0018】
PFCを含む、本発明のPFCエマルションは、上記の通り作製したPFC未封入の高分子ミセルとPFCを水系媒体中に含む溶液を10℃の低温下で強く撹拌することにより得ることができる。撹拌温度は、10℃以下であり、水溶液の凝固点より高ければ特に限定されない。撹拌時間は、特に限定されないが、通常、1時間〜32時間程度、好ましくは12時間〜20時間程度である。撹拌時の圧力は常圧でよい。この際、撹拌前の溶液中の高分子ミセルの濃度は、特に限定されないが、通常、5mg/mL〜20mg/mL程度、好ましくは、7mg/mL〜15mg/mL程度であり、PFCの濃度(複数種類のPFCを封入する場合にはそれらの合計濃度)は、特に限定されないが、溶液中の終濃度で通常5vol%〜20vol%程度、好ましくは7vol%〜15vol%程度である。上記した方法は、先に未封入高分子ミセルを作製後、これとPFCを混合撹拌することにより未封入高分子ミセルにPFCを封入する方法であるが、PFCの共存下でブロックコポリマーを溶解させた水系媒体と撹拌することによってもPFCエマルションを形成することができる。この際の条件(強撹拌下、撹拌温度、撹拌時間、ブロックコポリマー濃度(mg/mL)、PFC濃度)の好ましい範囲は、先に未封入高分子ミセルを作製後、これとPFCを混合撹拌する場合と同様である。さらに、市販の高圧乳化装置を用いる方法によってもPFCを封入することができる(下記実施例3参照)。この方法では、0.1mg/mL〜10mg/mL程度、好ましくは0.5mg/mL〜5mg/mL程度の高分子ミセルもしくはブロックコポリマーを溶解させた水系媒体を0.1vol% 〜10vol%程度、好ましくは0.5vol% 〜5vol%程度のPFC混合溶液と撹拌装置により混合し、混合溶液を4℃に維持した高圧乳化装置により乳化させることによりPFCを封入する。
【0019】
本発明のPFCエマルション中のPFCエマルション粒子の粒径(直径)は、通常、60nm〜1000nm程度、好ましくは100nm〜800nm程度、さらに好ましくは150nm〜500nm程度である。粒径が100nm〜800nm程度、特に150nm〜500nm程度の場合には、超音波を照射された際に相変化(液体のPFCが気体になる)を起こして気泡が発生しやすく、低エネルギーの超音波により効率良く気泡を発生させることができるので、超音波造影剤として用いる際に好ましい。高分子エマルションの粒径は、ブロックコポリマーの分子量に依存するので、ブロックコポリマーの分子量を調整することにより調整することができる。さらに、ブロックコポリマー濃度とPFC濃度の比を調整することによっても粒径の制御が可能となる。また、PFC封入高分子ミセルを調製後、市販の高圧整粒装置により整粒することにより、粒径を制御することができる。すなわち、高分子エマルションを、圧力下、所望の孔径のフィルターを通すことにより整粒することができる(下記実施例参照)。もっとも、整粒操作によりPFCの封入量は減少する場合がある。本発明のPFCエマルションは、上記したPFCエマルション粒子を水又は緩衝液のような水系媒体中に含むものである。
【0020】
本発明のPFCエマルションは、後述する実施例において具体的に記載されるように、超音波を照射することにより、PFCの気泡が生じるので、超音波造影剤として用いることができる。超音波造影剤として用いる場合には、エマルション中のPFC濃度は、通常、0.1vol%〜10vo%程度、好ましくは、0.5vol%〜7vo%程度である。また、使用方法は、気泡発生型の公知の超音波造影剤と同様であり、例えば、上記懸濁液を、映像化しようとする臓器又はその近傍に直接投与、または血中に投与し、市販の超音波造影装置により超音波を照射し、映像を観察することにより行うことができる。この場合、投与量は、映像化しようとする領域の大きさや、組織の種類、目的とする解像度等により異なるが、通常、高分子の量として、0.1mg/mL〜10mg/mL程度である。また、本発明のPFCエマルションに超音波を照射してPFCの気泡が生じる際に熱が発生するので、本発明のPFCエマルションを局所投与して超音波照射することにより体内の局所に熱をかけることができるため、温熱療法に利用することもできる。
【0021】
以下、本発明を実施例に基づきより具体的に説明する。もっとも、本発明は下記実施例に限定されるものではない。
【実施例】
【0022】
実施例1、2、比較例1、2 PFCエマルションの調製
1 ブロックコポリマーの合成(その1)
(1) ポリエチレングリコール(PEG)−ポリアスパラギン酸ベンジル(PBLA)の合成
非特許文献4に報告されている方法により、PEG-PBLAを合成した。すなわち、具体的には次のようにして合成した。ベンジル-L-アスパラギン酸-N-カルボン酸無水物(BLA-NCA)13.0g(52.2mmol)に脱水DMF18.9mL、脱水ジクロロメタン94mLを加え溶解させ、脱水ジクロロメタン94mLに溶解させたαメトキシ-ω-アミノ-ポリ(エチレングリコール)(PEG-NH2)(分子量5200)9.8g(1.87mmol)を添加し、40℃で16時間撹拌させた。反応溶液をIRで追跡し、BLA-NCAのC=O伸縮振動(1855cm-1、1787cm-1)、C-O伸縮振動(948cm-1)が消失していることを確認し、撹拌を終了した。反応溶液を10倍量のエーテルに滴下し、白色沈殿をろ過後、乾燥し回収した(18.6g、95.4%)。NMRの解析から、得られたポリエチレングリコール−ポリアスパラギン酸ベンジル(PEG-PBLA)のPBLAの平均重合度は26.0であった。
(2) ポリエチレングリコール(PEG)−ポリアスパラギン酸(PAsp)の合成
非特許文献4に報告されている方法により、PEG-PAspを合成した。すなわち、具体的には次のようにして合成した。上記(1)で得られたPEG-PBLAに0.5N NaOHをベンジル基に対して3倍当量加え攪拌した。溶液が透明になったところで攪拌をとめ、6N HCl溶液を加え酸性にし、水で透析後凍結乾燥して白色固体を回収した。得られたPEG-PAspのPEGの平均重合度は117、PAspの平均重合度は22.1であった。得られたPEG-PAspの構造式を次に示す。
【0023】
【化1】

【0024】
(3) フッ化アルキル基側鎖の導入
次のスキームに従い、(1)で合成したPEG-PAspのPAspの側鎖のカルボキシル基に、フッ化ヘプチル基(-CH2-CH2-CH2-CF2-CF2-CF2-CF3)をエステル結合させた。
【0025】
【化2】

(側鎖にCOOHを持つ単位とCOORを持つ単位はランダムに結合されている)
【0026】
Run1
20mLシュレンクフラスコにPEG-PAspと撹拌子を入れ、3時間減圧乾燥させ、窒素雰囲気下にした。ここに無水ジメチルホルムアミド(DMF)3mLを加え、ポリマーを溶解させた。反応容器を50℃の油浴に漬け、ヨウ化4,4,5,5,6,6,7,7,7-ノナフルオロヘプチル(I-CH2-CH2-CH2-CF2-CF2-CF2-CF3)197.4mgを加えた。続いて、エステル化反応活性化剤である1,8-ジアザ-ビシクロ[5.4.0]ウンデク-7-エン(DBU)54.4mgを加え攪拌した。合計で5mLのDMFを加えた。反応系はアルミ箔で覆った。16時間反応させた後、10倍量(対溶媒)のエーテルで再沈殿させ、デカンテーションによりエーテルで数回洗浄した。ジメチルスルホキシド(DMSO) 10mLを加えて生成物を溶解させ、6N HClを235μL(Asp単位に対して1.0当量)加えた。このとき溶液は薄橙色から黒茶色へ変化した。DMSO(4回)、水(5回)で透析(MWCO=1000)した後、凍結乾燥して白色粉末を得た(収率492.8mg、90.4%)。DMSO-d6+TFAでNMR測定し、1H-NMRでb:g(CH2-CH2-O,3.4-3.8ppm:COOCH2-, 4.1ppm)よりPEGとナノフルオロヘプチル基の比を決定し、エステル化率を算出した。
【0027】
4.5ppm (e, -CO-CH-NH-, 1H), 4.1ppm (g, COOCH2-, 2H), 3.5ppm (b, -CH2-CH2-O-, 4H), 3.3ppm (a, CH3O-, 3H), 3.1ppm, 2.7ppm (f, CH2-COO-, 2H), 2.7ppm (d, CH2-CH2-NH-, 1H), 2.3ppm (h, COO-CH2-CH2-, 2H), 1.9ppm (i, -CH2-C4F9, 2H), 1.6ppm (c, -CH2-CH2-CH2-NH-, 2H)
【0028】
(3) Run2、3
上記Run1において、及び/又はDBUの仕込み量を変えたことを除き、Run1と同様な操作を行った。仕込み量、収率及びエステル化率(NMRにより測定した、全Asp単位のうち、側鎖にノナフルオロヘプチル基がエステル結合されたAsp単位の割合)を下記表1に示す(表1にはRun1も示す)。
【0029】
【表1】

*1: Asp/C7H6F9I/DBU(モル比) *2: b:g(CH2-CH2-O,3.4-3.8ppm:COOCH2-, 4.1ppm)
6N HClの当量数は、Asp単位数に対してそれぞれ1.0である。
【0030】
2. ブロックコポリマーの合成(その2)
C7H6F9IをC9H6F13I(I-CH2-CH2-CH2-CF2-CF2-CF2-CF2-CF2-CF3)に変えたことを除き、上記1と同様な方法により、上記1(1)で得られたPEG-PAspの側鎖のカルボキシル基に-C9H6F13基をエステル結合させた。仕込み量、収率及びエステル化率を下記表2に示す。
【0031】
【表2】

*1: Asp/C9H6F13I/DBU(モル比) *2: b:g(CH2-CH2-O,3.4-3.8ppm:COOCH2-, 4.1ppm)
6N HClの当量数は、Asp単位数に対して1.0である。
【0032】
3. ブロックコポリマーの合成(その3)
C7H6F9IをC11H6F17I(I-CH2-CH2-CH2-CF2-CF2-CF2-CF2-CF2-CF2-CF2-CF3)に変えたことを除き、上記1と同様な方法により、上記1(1)で得られたPEG-PAspの側鎖のカルボキシル基に-C11H6F17基をエステル結合させた。仕込み量、収率及びエステル化率を下記表3に示す。
【0033】
【表3】

*1: Asp/C9H6F13I/DBU(モル比) *2: b:g(CH2-CH2-O,3.4-3.8ppm:COOCH2-, 4.1ppm)
6N HClの当量数は、Asp単位数に対して1.0である。
【0034】
4. PFCの封入
上記したRun1(実施例1)で合成したブロックコポリマーは、直接水に溶解し、高分子水溶液を調製した。
【0035】
得られた高分子水溶液(ポリマー濃度10 mg/mL)に、終濃度6.4vol%のCnF2n+2(nは5、以下、「PFC5」)を添加し、10℃で14時間激しく撹拌した。さらに、比較のため、PAsp(重合度24)中の側鎖カルボキシル基の82%がベンジル化されたブロックコポリマー(PEG領域はrun1と同じ。PEG-P(Asp(Bzl)82)24)(比較例1)及び疎水部にアゾピリジル基による液晶性を持つブロックコポリマー(PEG領域はrun1と同じ。PEG-PLC11/C9COOH)(比較例2)を合成し、同様にしてPFC5を封入した。
【0036】
得られた各PFC5エマルションについて、エマルション溶液中のPFC5(mg/mL)、PFC5封入率(%)、及び水溶液中のPFC5(vol%)を測定した。ここで、「エマルション中のPFC5」とはブロックコポリマーによりエマルション化され、ポリマーによって水溶液中に可溶化されたPFC5を意味し、ガスクロマトグラフィーによるPFC5の分析により測定した。「PFC5封入率」とはPFC5の仕込量に対して実際に水溶液中に可溶化したPFC5の割合を意味し、ガスクロマトグラフィーによるPFC5の分析により測定した。また、「水溶液中のPFC5」とは「エマルション中のPFC5」と同義で、vol%に換算した値を意味する。結果を下記表4に示す。
【0037】
【表4】

【0038】
表4に示されるように、フッ素含有側鎖を所定量含む本発明のPFCエマルションでは、PFCを十分封入できたが、フッ素含有側鎖を有さないもの(比較例1及び2)では、PFCの封入量は本発明の実施例の1/10以下であった。
【0039】
実施例2、比較例3
実施例1で用いたブロックコポリマー(実施例2)又は比較例1で用いたブロックコポリマー(比較例3)から、上記と同様にして高分子ミセルを調製し、高圧乳化装置を用いてPFC5を封入した。この方法では、ブロックコポリマー濃度を2mg/mL(20mL)、PFC5を2.125vol%〜2.5vol%加え、乳化させた。より具体的には、この方法は次のようにして行った。2mg/mLの高分子ミセル水溶液を2.125vol%(実施例2)、2.5vol%(比較例3)のPFC5と撹拌装置により混合し、混合溶液を4℃に維持した高圧乳化装置により乳化させた。得られたPFCエマルションについて、上記と同様、エマルション中のPFC5 (mg/mL)、PFC5封入率(%)、及び水溶液中のPFC5(vol%)を測定した。結果を下記表5に示す。
【0040】
【表5】

【0041】
表5に示されるように、高圧乳化装置を用いる方法によってもPFCを封入できることが明らかになった。この場合でも、フッ素含有側鎖を有さない比較例3では、PFCの封入量は本発明の実施例よりも約60%少なかった。
【0042】
実施例3、4、比較例4、5
実際の超音波造影で用いられるPFCは、PFC5とPFC6(CnF2n+2(nは6))の85:15(v/v)混合物である。そこで、PFC混合物を封入し、PFC5封入量を測定した。
【0043】
上記run1(実施例3)及びrun2(実施例4)それぞれ合成したブロックコポリマー並びに上記PEG-P(Asp(Bzl)82)24(比較例4)及び上記PEG-PLC11/C9COOH(比較例5)を用いて上記と同様にして高分子水溶液を調製した。得られた各水溶液に終濃度10vol%で上記PFC混合物を添加し、1気圧、10℃で16時間激しく撹拌した。撹拌を停止してさらに2時間同条件で静置した。上澄みを取り-30℃で凍結保存した。凍結試料は4℃でゆっくり解凍し、融解後、上記と同様にGC測定を行った。結果を表7に示す。
【0044】
【表6】

【0045】
表6に示されるとおり、実際に超音波造影剤として用いられているPFC混合物を用いた場合も、上記と同様、フッ素含有側鎖を有する本発明の高分子では封入量が多く、フッ素含有側鎖を有さない比較例4及び5では、封入量が少なかった。
【0046】
実施例5 高圧整粒装置による整粒
実施例3で調製したPFCエマルションを高圧整粒した。高圧整粒装置は、市販品(野村マイクロサイエンス社製)を用いた。整粒槽にメンブレンフィルター(フィルターサイズ:400nm)をセットした。フィルターをセットした整粒槽を10℃に維持し、実施例3で調製したPFCエマルションを加えた。整粒槽を密閉し、溶液をスターラーで撹拌しながら、0.5MPaの圧力を整粒槽にかけた。試料の受けタンクの圧力を0.1MPa、温度を10℃に設定したのち、整粒槽の開放弁をゆっくり開け、エマルション溶液を整粒した。整粒され受けタンクに回収されたエマルション溶液を試料として回収した。整粒前後のPFCエマルションの粒径を動的光散乱(DLS)により測定した。結果を図1に示す。
【0047】
整粒前の平均粒径は693.9nmであった。すなわち、上記した低温撹拌法により封入したPFCエマルションのサイズはナノサイズ(1μm未満)であった。一方、整粒後の平均粒径は310.3nmであった。このように、本発明のPFCエマルションは、フィルターを用いた整粒操作により粒径をコントロールすることが可能であることが明らかになった。
【0048】
参考例1 フッ素含有側鎖を有するブロックコポリマーの細胞毒性
上記run1及びPEG12-PBLA25(ベンジル基の加水分解前のブロックコポリマー)の細胞毒性を調べた。細胞は、ヒト乳癌細胞株MCF-7であり、100μLの培養液を含むウェル中に2 x 103個の細胞を播種し、37℃で24時間培養した。次に、各ブロックコポリマーを生理食塩水に溶解したブロックコポリマー水溶液を、1μg/mL〜1mg/mLの範囲の種々の終濃度で細胞培養液に添加し、さらに48時間培養した。培地を洗浄除去し、生細胞数を市販のキット(同仁化学研究所製CCK-8)で測定した。
【0049】
その結果、いずれのブロックコポリマーも、濃度に関係なく細胞毒性はほとんど見られず、本発明に用いられるrun1のブロックコポリマーは、1mg/mLの濃度でも細胞生存率は約80%であった。
【0050】
試験例1 超音波造影能評価
実施例1で調製したPFCエマルションで超音波造影が可能かどうかを試験した。試験は特許文献1に記載されている公知の方法により行った。すなわち、アクリルアミドゲル中に、高分子ミセルをPFC5量が0.05μg/mL〜0.1μg/mLとなるように混合した。これに音圧75.3Vの超音波を照射すると共に超音波画像を撮影した。その結果、PFC5が相変化を起こし、気泡として超音波画像に確認された。これにより、本発明のPFCエマルションが超音波造影剤として使用可能であることが確認された。
【図面の簡単な説明】
【0051】
【図1】実施例5で作製した、整粒前後のPFCエマルションの粒径を動的光散乱(DLS)により測定した結果を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
パーフルオロカーボンを内核とし、親水性領域と疎水性領域を有する乳化剤としてのブロックコポリマーが周縁に配置されたエマルション粒子を含むパーフルオロカーボンエマルションであって、前記疎水性領域は、繰り返し単位が結合して成り、該繰返し単位の少なくとも一部がフッ素含有側鎖を有する、パーフルオロカーボンエマルション。
【請求項2】
前記疎水性領域を構成する繰返し単位はそれぞれ側鎖を有し、該側鎖の少なくとも一部が前記フッ素含有側鎖である請求項1記載のエマルション。
【請求項3】
前記フッ素含有側鎖は、フッ化アルキル基である請求項1又は2記載のエマルション。
【請求項4】
前記フッ化アルキル基は、炭素数が5〜20であり、アルキル基中の水素原子の50%から80%がフッ素原子で置換されたものである請求項3記載のエマルション。
【請求項5】
前記疎水性領域を構成する前記繰り返し単位の5%〜30%が前記フッ素含有側鎖を有する請求項4記載のエマルション。
【請求項6】
前記疎水性領域は、カルボキシル基を複数有する繰り返し単位のアミド結合により形成され、前記フッ素含有側鎖は、側鎖のカルボキシル基にエステル結合により結合されている請求項2ないし5のいずれか1項に記載のエマルション。
【請求項7】
前記カルボキシル基を複数有する繰り返し単位は、アスパラギン酸、グルタミン酸、アクリル酸及びメタクリル酸から成る群より選ばれる少なくとも1種である請求項6記載のエマルション。
【請求項8】
前記疎水性領域は、ポリ(アスパラギン酸)、ポリ(グルタミン酸)又はこれらの混合物がペプチド結合したポリペプチドから基本的に構成され、前記フッ素含有側鎖は、アスパラギン酸及び/又はグルタミン酸の側鎖のカルボン酸の一部にエステル結合により結合されている請求項7記載のエマルション。
【請求項9】
前記パーフルオロカーボンは、CnF2n+2 (nは5〜7の整数)で表される請求項1ないし8のいずれか1項に記載のエマルション。
【請求項10】
請求項1ないし9のいずれか1項に記載のエマルションから成る超音波造影剤。

【図1】
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【公開番号】特開2010−138137(P2010−138137A)
【公開日】平成22年6月24日(2010.6.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−317787(P2008−317787)
【出願日】平成20年12月15日(2008.12.15)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)国等の委託研究の成果に係る特許出願(平成19年度 独立行政法人新エネルギー・産業技術開発機構 「次世代DDS型悪性腫瘍治療システムの研究開発事業」委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(591243103)財団法人神奈川科学技術アカデミー (271)
【Fターム(参考)】