説明

ヒトミルクオリゴ糖の合成

本発明は、オリゴ糖合成に関与する酵素をコードする核酸配列を少なくとも1つ含むように形質転換されており、培地中で安定して培養可能である、オリゴ糖産生用に調整された細胞に関する。上記の細胞は、糖排出トランスポーターファミリーに属するタンパク質またはその機能的な相同体もしくは誘導体をコードする核酸配列を少なくとも1つ含むようにさらに形質転換されている。さらに本発明は、上記の細胞が係るオリゴ糖の産生方法に関する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、オリゴ糖合成に関与する酵素をコードする核酸配列を少なくとも1つ含むように形質転換されており、培地中で安定して培養可能である、オリゴ糖産生用に調整された細胞に関する。
【背景技術】
【0002】
このような細胞は、例えばDumonら(2001)から公知である。
【0003】
ヒト母乳が、ラクトース以外に、ヒトミルクオリゴ糖(HMO)と呼ばれるオリゴ糖の複合混合物を含むことは古くから知られている。ヒト母乳のこのオリゴ糖画分は、組成および量において無比無類のものである。他の哺乳類とは異なり、ヒト母乳は7〜12g/Lの濃度のオリゴ糖を含有し、この濃度は他のほとんどの哺乳類の10〜100倍に相当する(BoehmおよびStahl(2007)、Kunzら(2000)、NewburgおよびNeubauer(1995))。
【0004】
今日では、ヒトミルクオリゴ糖に属する80種類を超える化合物の構造的特性が明らかになっている。一般にヒトミルクオリゴ糖は、ヒト体内で見られる他のオリゴ糖とは異なり、還元末端にラクトース部分を有しかつ非還元末端にフコースおよび/またはシアル酸を有することが特徴である。
【0005】
基本的には2つの種類に大別され、I型構造のオリゴ糖は、GlcNAcにα1,4−結合したフコースを有し、II型構造のオリゴ糖はGlcNAcまたはグルコースがα1,3−フコシル化されているが、いずれの型もガラクトースにα1,2−結合したフコースを含んでいてもよい。最も代表的なオリゴ糖は、2’−フコシルラクトースおよび3−フコシルラクトースである。
【0006】
これらの構造は、上皮細胞表面の複合糖質であるルイスx(Le)(Gal(β1−4)[Fuc−(α1−3)]GlcNAc(β1))などのルイス式組織−血液型抗原のエピトープと密接な関係がある(Newburg(2001))。ヒトミルクオリゴ糖は、上皮細胞表面のエピトープと構造的な相同性を有することから、病原菌に対して防御性を有する。
【0007】
例えば、病原性大腸菌(Craviotoら(1991))、コレラ菌(Coppaら(2006))、肺炎連鎖球菌(Anderssonら(1986))またはカンピロバクター・ジェジュニ(Ruiz−Palaciosら(2003))の毒性は、病原体がヒト粘膜表面のグリカンの代わりにヒトミルクオリゴ糖に結合することにより大幅に減弱され、大腸菌の耐熱性エンテロトキシン(Craneら(1994))のような毒素がヒトミルクオリゴ糖に結合することによっても毒性が大幅に減弱される。
【0008】
ヒトミルクオリゴ糖は、腸管における上述の局所作用以外にも、体循環に入ることにより乳児において全身作用を発揮することもできる(Gnothら(2001))。ヒトミルクオリゴ糖は、タンパク質−糖相互作用(例えばセレクチンと白血球との結合)に作用することにより、免疫応答を調節して炎症反応を抑制することができる(Bode(2006)、KunzおよびRudloff(2006))。
【0009】
新生児の感染症の罹患率を減少させて乳児死亡率も低下させるために、ヒトミルクオリゴ糖を含む栄養素を広く乳児に提供することは、言うまでもなく非常に望ましいことである。これは、母乳による子育てが広く一般に行われている社会では、容易に達成されることかもしれないが、どのような状況でも達成されるものではない。
【0010】
例えば、感染症における母子感染の可能性といったいくつかの医学的根拠から、ある状況下では母乳による子育てに対して否定的な意見もある。アフリカの多くの国々においては、例えば、母乳による子育ては乳児期のHIV感染の主要な原因になる可能性がある。
【0011】
また、例えば米国のような主要な工業国で見られるように、文化的な事情から母乳による子育てが拒まれている場合もある。
【0012】
他の哺乳類のミルクなどの自然の供給源においてはヒトミルクオリゴ糖は低濃度でしか存在しないため、自然の供給源からオリゴ糖を抽出することは、ヒトミルクオリゴ糖の需要を満たす目的には適してない。
【0013】
一方、オリゴ糖の化学合成は煩雑で、複数の保護工程および脱保護工程が必要である(KretzschmarおよびStahl(1998))ため、一般に比較的高コストで回収率も低いものである。
【0014】
従って、ヒトミルクオリゴ糖の大量合成のための有望な別の解決法として、生物工学的に改変した生物体を利用するオリゴ糖の発酵生産が挙げられる。
【0015】
ここ10年の間に、組換え大腸菌による発酵やin vitro酵素変換を利用したヒトミルクオリゴ糖合成の試みの成功例がいくつか発表されている。主として、これらの試みは、ヒトミルクオリゴ糖に属するか、ヒトミルクオリゴ糖に非常に類似したフコシル化化合物の合成が中心である。
【0016】
例えば、いくつかの文献では、2’−フコシルラクトースや3−フコシルラクトースだけでなく、ルイス構造を有するラクト−N−ネオフコペンタオース、ラクト−N−ネオジフコヘキサオースおよびラクト−N−ネオジフコオクタオースの合成が記載されている(Albermannら(2001)、Dumonら(2006)、Dumonら(2001)、Dumonら(2004)、Koizumiら(2000))。これらの例においては、遊離体(例えばラクトース)の酵素によるフコシル化がフコシルトランスフェラーゼ(FucTs)によって行われている。
【0017】
これに関連したフコシル化化合物の産生を報告するほとんどの文献には、ヘリコバクター・ピロリ由来のFucTsの使用が記載されている。通常、この目的のためにヒトFucTsを使用することもできるが、一般に細菌由来のFucTsの方が、菌体内で過剰発現しても、ミスフォールディングや不溶性などの問題が起こりにくい。
【0018】
また、発表されているフコシル化化合物の合成系の多くは、大腸菌の内在性のGDP−フコースプールに依存しているが、これはフコースを含有する菌体外多糖類コラン酸の合成に通常用いられるものである(Grantら(1970))。これらの例においては、言うまでもなくGDP−フコースの利用可能度が合成効率を制限するボトルネックとなる。
【0019】
近年、本発明者らは、酵素Fkpを利用した細胞全体を用いる新規の産生方法を文献に記載した(Parkotら(2008))。この特許出願のすべての内容は、参照により本明細書に組み込まれる。
【0020】
バクテロイデス・フラギリス由来のFkp(Coyneら(2005))は、2つの作用を持つ酵素で、フコキナーゼ活性とL−フコース−1−P−グアニリルトランスフェラーゼ活性の両方を有する。よってフコースは、外部から供給されるとまずリン酸化され、次いでヌクレオチド活性化されて、重要な前駆体分子であるGDP−フコースを形成する。このようなFkpに基づくL−フコースサルベージ経路を利用して、フコシル化オリゴ糖の合成に成功している(Parkotら(2008))。
【0021】
生化学的合成レベル自体に関しては、有力な方法が構築されてきたものの、in vivoオリゴ糖合成のための公知の手法はいずれも特定の欠点があり、それが往々にしてオリゴ糖の大量生産の妨げになっている。
【0022】
細胞においてオリゴ糖を高効率で産生する上での真の困難は、1つは、生成されたオリゴ糖およびヌクレオチド副生成物が細胞内で高濃度になりすぎることであり、もう1つは、生成されたオリゴ糖の抽出である。
【0023】
合成反応の生成物は、細胞内で高濃度になりすぎると、合成酵素に対して次第に阻害作用を発現する可能性がある。従って、ある時点においてオリゴ糖の合成効率が低下して進行が遅くなる。さらに、生成物は細胞毒性を示す濃度に達すると、細胞溶解または少なくとも代謝停止を引き起こす可能性がある。いずれの場合も、細胞内でオリゴ糖をそれ以上続けて生成することができなくなる。
【0024】
さらに、オリゴ糖が過剰に蓄積されると、最終的に細胞溶解や細胞死につながることも考えられる。この細胞溶解または合成されたオリゴ糖を細胞から抽出するために次いで実施される細胞溶解によって、目的のオリゴ糖と細胞成分(代謝物、残渣)との複合混合物が形成される。この複合混合物から目的のオリゴ糖を精製するにはコストがかかるため、ほとんどのオリゴ糖を得るにあたり経済的ではない。
【0025】
このような現状において、特に、公知の生物工学的なオリゴ糖産生は極めて経済性の低いバッチ培養を用いて行われるので、生物工学的なオリゴ糖産生が極めて非効率で制御しにくいものとなっている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0026】
上記に鑑み、本発明の目的は、オリゴ糖の産生が促進されて、より制御可能となり、かつオリゴ糖の産生量が全体的に増大するように、オリゴ糖の生物工学的な産生方法を改善することである。
【課題を解決するための手段】
【0027】
本発明によれば、冒頭で説明した種類の細胞であって、糖排出トランスポーターファミリーに属するタンパク質またはその機能的な相同体もしくは誘導体をコードする核酸配列を少なくとも1つ含むようにさらに形質転換された細胞を提供することにより、上記の目的およびその他の目的は達成される。
【0028】
このようにして本発明の目的は完全に達成される。
【図面の簡単な説明】
【0029】
本発明のいくつかの実施形態を図示し、以下の記載においてより詳細に説明する。各図は以下の通りである。
【図1】本発明に係る改変グラム陰性菌体内におけるオリゴ糖の合成および輸送の概略図である。
【図2】異なる遺伝子型間で比較した、菌体培養物における湿菌塊中および上清中の3−フコシルラクトース量の測定結果である。
【図3】菌体培養物において合成された3−フコシルラクトース量を異なる遺伝子型間で比較したものである。
【発明を実施するための形態】
【0030】
本発明においてオリゴ糖とは、少なくとも2つの糖サブユニットを含む、単糖類の短鎖ポリマーと理解されるものである。オリゴ糖は分岐状であってもよく、サブユニットが連なって直鎖を形成していてもよい。さらに、オリゴ糖の糖サブユニットは複数の化学修飾を有していてもよい。従って、本発明のオリゴ糖は1以上の非糖部分を含んでいてもよい。
【0031】
本発明において核酸配列は、例えばデオキシリボ核酸ポリマー、リボ核酸ポリマーなどの核酸ポリマーにより示される遺伝子コードを表す。従って、遺伝子コードは、タンパク質形成のための情報を含むコード配列、または、例えばプロモーター領域、調節化合物もしくは補助化合物の結合領域、スペーサー、および核酸ポリマー自体の二次構造や三次構造に影響を及ぼしかつ/もしくは核酸ポリマーのプロセッシングに関与する構造配列などを含む非コード領域を包含してもよい。
【0032】
本発明において「含むように形質転換された(されている)」とは、少なくとも1つのさらなる核酸配列を細胞に導入し、導入した核酸配列を細胞内にプラスミドとして存在させるまたは細胞内の1以上の染色体に組み込ませる任意の方法に関する。公知の形質転換法は、例えば化学的形質転換またはエレクトロポレーションを含む。安定した遺伝子組換えは、選択用薬剤がなくても、少なくとも1つのさらなる核酸配列を染色体に組込むことにより一般に達成できる。この目的のために、細胞をウイルスまたはファージに感染させてもよい。あるいは、例えばウイルスまたはトランスポゾンに基づいたシステムを用いる、相同組換えおよび非相同組換えの他の方法を適用してもよい。
【0033】
生物工学的手法を適用する場合、より大型のオリゴ糖を細胞外へ排出させることは難題である。これは主として、このような輸送に関わる細胞内のメカニズムのうちごくわずかしか同定されていないことに起因する。オリゴ糖が細胞からほとんど排出されないのは、オリゴ糖の合成により細胞内の資源が大量に消費されてしまうからである。従って、これらの化合物の喪失は、細胞には一般に不都合なものである。
【0034】
さらに、オリゴ糖排出のための公知のメカニズムの多くは、例えばオリゴ糖を脂質部分に結合させることによる、オリゴ糖の化学修飾を伴うものである(Alaimoら(2006))。その結果、オリゴ糖は、膜を介して運ばれるため培地への分泌が抑制されており、脂質部分と化学結合しているため水性培地における溶解度も低い。従って、このようなメカニズムは、とてもオリゴ糖の大量生産に適するものではない。
【0035】
糖排出トランスポーター(SET)ファミリーは、Liuおよび共同研究者らによって大腸菌由来のものが初めて文献に記載され(Liuら(1999a))、これにはタンパク質SetA、SetBおよびSetCが含まれる。これらの輸送タンパク質の相同体(アミノ酸の相同性>50%)が、主に腸内細菌科で見つかっている(Liuら(1999a))。
【0036】
SET排出タンパク質は、グルコースおよびラクトース以外に、特定の単糖類および二糖類だけでなく、例えば誘導分子であるイソプロピル−β−D−チオガラクトシド(IPTG)および毒性を有する糖アナログであるo−ニトロフェニル−β−D−チオガラクトシド(ONPG)に対しても基質特異性を示す(Liuら(1999b))。しかし、生化学的研究により、例えばSetAの輸送活性は、ヘプトースもしくは三糖類などのより大型またはより嵩高い分子に対しては極めて低いか全くないことが分かっている。
【0037】
上記の理由から、SETファミリーに属する排出タンパク質がオリゴ糖の輸送に適しているとは全く予想できなかった。
【0038】
しかし、本発明者らは、驚くべきことに、SET排出タンパク質を過剰発現させることによりオリゴ糖が極めて効率的に排出されることを見出した。
【0039】
また、SETタンパク質は、オリゴ糖合成反応の遊離体の1つであるラクトースを排出することも分かっていたため、改変細胞におけるオリゴ糖の合成は、細胞からの遊離体の持続的な流出により、極めて非効率的でその進行は遅いと予想されていた。
【0040】
しかし、本発明者らは、SET排出タンパク質を過剰発現させているにもかかわらず、改変細胞におけるオリゴ糖の合成が極めて生産的であることを初めて示すことができた。
【0041】
一般に、前記細胞は、細菌類、真菌類、動物細胞および植物細胞からなる群より選択されることが好ましい。前記細胞は大腸菌であることが特に好ましい。
【0042】
大腸菌を用いる利点は、その高い代謝活性と高い増殖率にある。さらに大腸菌は、分子生物学上および生物工学上の目的から最も性状解析が進んでいる生物体の1つであり、当技術分野で公知の細菌の形質転換法および培養法の多くは、大腸菌に特に適合している。さらに、様々な遺伝的背景を有する大腸菌株が市販されている。
【0043】
また、前記酵素は、グリコシルトランスフェラーゼ、ルロアール型グリコシルトランスフェラーゼ、非ルロアール型グリコシルトランスフェラーゼ、シアリルトランスフェラーゼ、ガラクトシルトランスフェラーゼ、フコシルトランスフェラーゼ、マンノシルトランスフェラーゼ、N−アセチルグルコサミニルトランスフェラーゼおよびN−アセチルガラクトサミニルトランスフェラーゼを含む群より選択されることが好ましい。
【0044】
本発明の一実施形態において、前記酵素はフコシルトランスフェラーゼである。
【0045】
さらに、前記糖排出トランスポーターは、SetAまたはその誘導体であることが好ましい。
【0046】
この場合の利点は、SetAが、SETファミリーに属する生化学的な性状解析がなされた排出タンパク質の中で最も広い基質特異性を有する点にある。従って、SetAを用いることにより、少なくとも可能性として、最も幅広い種類のオリゴ糖を排出し、産生することができる。
【0047】
また、前記細胞は、オリゴ糖合成に必要な遊離体の取り込みを容易にするか促進するタンパク質をコードする核酸配列を少なくとも1つ含むようにさらに形質転換されていることが好ましい。
【0048】
これによって、細胞内の遊離体濃度が増大するため有利である。通常時においては、フコースまたはラクトースなどの遊離体の取り込みは、対応するインポータータンパク質の利用可能度によって制限されている。しかし、オリゴ糖の大量合成用に調整された細胞の場合には、インポータータンパク質の内在性レベルに依存する遊離体の取り込みでは、合成反応において遊離体を継続的に供給するには不十分な場合がある。この問題は、それぞれの遊離体に対応するインポータータンパク質を過剰発現させることによりに解決することができる。
【0049】
この場合に係るインポータータンパク質は、主として単糖類または二糖類のインポーターであり、例えばラクトースインポーター(例えば大腸菌由来β−ガラクトシドパーミアーゼ(LacY))またはフコースインポーター(例えば大腸菌由来フコースパーミアーゼ(FucP))などが挙げられるが、ヌクレオチドや他の遊離体のインポーターも包含される。
【0050】
前記細胞は、ラクトーストランスポーター、フコーストランスポーター、シアル酸トランスポーター、ガラクトーストランスポーター、マンノーストランスポーター、N−アセチルグルコサミントランスポーター、N−アセチルガラクトサミントランスポーター、ABCトランスポーター、ヌクレオチド活性化糖のトランスポーター、および核酸塩基、ヌクレオシドまたはヌクレオチドのトランスポーターからなる群より選択されるタンパク質をコードする核酸配列を少なくとも1つ含むように形質転換されていることが特に好ましい。
【0051】
これに関連して、ヌクレオチド活性化糖としては、GDP−フコース、CMP−シアル酸、UDP−ガラクトース、UDP−グルコース、GDP−マンノース、UDP−グルコサミンまたはUDP−ガラクトサミンなどが挙げられるが、これらに限定されない。
【0052】
また、核酸塩基は、グアニン、シトシン、アデニン、チミンおよびウラシルを意味する。ヌクレオシドは、グアノシン、シチジン、アデノシン、チミジンおよびウリジンを意味し、ヌクレオチドとしては、グアノシン、シチジン、アデノシン、チミジンもしくはウリジンの一リン酸体、二リン酸体または三リン酸体が挙げられる。
【0053】
また、前記細胞は、ヌクレオチジルトランスフェラーゼ、グアニリルトランスフェラーゼ、ウリジリルトランスフェラーゼ、Fkp、L−フコースキナーゼ、フコース−1−リン酸グアニリルトランスフェラーゼ、CMP−シアル酸シンセターゼ、ガラクトースキナーゼ、ガラクトース−1−リン酸ウリジリルトランスフェラーゼ、グルコースキナーゼ、グルコース−1−リン酸ウリジリルトランスフェラーゼ、マンノースキナーゼ、マンノース−1−リン酸グアニリルトランスフェラーゼ、GDP−4−ケト−6−デオキシ−D−マンノースレダクターゼ、グルコサミンキナーゼ、グルコサミンリン酸アセチルトランスフェラーゼ、N−アセチルグルコサミンリン酸ウリジリルトランスフェラーゼ、UDP−N−アセチルグルコサミン 4−エピメラーゼおよびUDP−N−アセチルグルコサミン 2−エピメラーゼからなる群より選択されるタンパク質をコードする核酸配列を少なくとも1つ含むようにさらに形質転換されていることが好ましい。
【0054】
これに関連して、ヌクレオチジルトランスフェラーゼとは、一般に、リン糖酸にヌクレオチドを転移する酵素に関し、該リン糖酸は天然糖であっても、非天然糖であってもよい。
【0055】
Parkotら(2008)にも記載されているように、上記の酵素を用いる利点は、GDP−フコースのようなヌクレオチド活性化糖の細胞内プールの補充が可能となることである。従って、オリゴ糖合成はより効率的になる。なおこの文献は、参照により本明細書に包含される。
【0056】
さらに、前記細胞における、オリゴ糖合成に関与しかつ/または該合成に必要とされる選択された単糖、二糖またはオリゴ糖の異化代謝経路は、少なくとも部分的に不活化されていることが一般に好ましい。
【0057】
この場合の利点は、全体の合成効率を増大させることができる点にある。これは、オリゴ糖合成に使用される遊離体の、細胞の内因性代謝における消費量が減少することによる。
【0058】
後に記載の実施形態において、例えば、ラクトース分解能が欠損した細胞が用いられる。これは、遺伝子lacZによりコードされるβ−ガラクトシダーゼを不活化させることにより達成できる。この遺伝子改変により、ラクトースが細胞内で切断されて易代謝性の単糖類であるグルコースとガラクトースに分解されるのを防ぐことができる。従って、ラクトースは後続のグリコシル化/フコシル化反応のアクセプター分子としてより高い濃度で存在することになる。
【0059】
別の実施形態において、オリゴ糖合成に用いられる細胞は、L−フコース分解能のみが欠損しているか、または上記のlacZ欠失に加えてL−フコース分解能が欠損している。これは、フコース分解経路の重要な分解酵素フクロース−1−リン酸アルドラーゼ(FucA)をコードする遺伝子fucAを不活化させることにより達成できる。
【0060】
言うまでもなく、これ以外の手法を用いて異化代謝経路を少なくとも部分的に不活化してもよく、そのような手法には、酵素阻害剤から、安定的にトランスフェクトされるRNAiコンストラクトを用いる方法まで包含される。
【0061】
本発明の範囲において、オリゴ糖は少なくとも3つのサブユニットを含み、かつ/または分子量が少なくとも約480g/molであることが一般に好ましい。
【0062】
主に重要なヒトミルクオリゴ糖はすべて、この値より大きい分子量を持つ。
【0063】
さらに本発明は、
a)本発明に係る細胞を提供する工程、
b)目的のオリゴ糖の産生が許容される条件下で、前記細胞を培地中で培養する工程、および
c)前記培地から前記オリゴ糖を抽出する工程
を含むオリゴ糖の産生方法に関する。
【0064】
本発明の範囲において、「許容される条件」とは、温度、pH、圧力、浸透圧および生成物/遊離体の濃度を含むがこれらに限定されない物理的または化学的なパラメーターに関する条件と理解されるものである。
【0065】
特定の実施形態において、「許容される条件」は、温度範囲として30±20℃、pH範囲として7±3の条件を含んでもよい。
【0066】
公知の方法では、細胞を溶解して得られた細胞溶解液からオリゴ糖を抽出する必要があるが、上記の方法は、培地から直接オリゴ糖を抽出できるという利点を有する。
【0067】
これに関連して、工程b)は連続フロー型バイオリアクターを使用して行われることが好ましい。
【0068】
この場合の利点は、連続フロー型バイオリアクターを使用することによってオリゴ糖の産生量を容易に増大させることができる点にある。これは、オリゴ糖の合成が比較的高いレベルで継続的に起こるためである。
【0069】
また、工程b)の培地は、細胞の成長および増殖を維持するために必要な基本的な補助剤、選択用薬剤、遺伝子活性のエフェクター、ならびにオリゴ糖合成に必要な遊離体からなる群より選択される1以上の物質を含むことが好ましい。
【0070】
細胞の成長および増殖を維持するために必要な基本的な補助剤として代表的なものは、先行技術により広く知られており、例えばSambrookおよびRussell(2001)に記載されている。このような基本的な補助剤は、培養細胞が一般的に栄養上必要とするものであり、例えばタンパク質、糖、脂質およびミネラルを含む。
【0071】
また、抗生物質のような選択用薬剤も、例えばSambrookおよびRussell(2001)などの先行技術により広く知られている。このような薬剤は、遺伝子組換え細胞の培養物において、真菌類または細菌類などの競合する生物体による持続的な汚染が起こらないようにするために使用することができる。また選択用薬剤は、例えば菌体集団においてプラスミド上の遺伝子情報を安定化するために利用してもよい。
【0072】
遺伝子活性のエフェクターは、細胞内の特定の遺伝子または特定の遺伝子群の活性を選択的に誘導または抑制するために使用することができる。このようなエフェクターは、イソプロピル−1−チオ−β−D−ガラクトピラノシド(IPTG)などの単純な化合物から、ホルモンのようなより複雑な化合物まで包含する。このような遺伝子活性のエフェクターは、例えばSambrookおよびRussell(2001)などの先行技術により広く知られている。
【0073】
さらに、前記遊離体は、アラビノース、トレオース、エリスロース、リボース、リブロース、キシロース、グルコース、D−2−デオキシ−2−アミノ−グルコース、N−アセチルグルコサミン、グルコサミン、フルクトース、マンノース、ガラクトース、N−アセチルガラクトサミン、ガラクトサミン、ソルボース、フコース、N−アセチルノイラミン酸、グリコシド、非天然糖、核酸塩基、ヌクレオシド、ヌクレオチド、およびこれらから構成可能なダイマーまたはポリマーからなる群より選択されることが好ましい。
【0074】
前記オリゴ糖は少なくとも3つのサブユニットを含み、かつ/または分子量が少なくとも約480g/molであることが一般に好ましい。
【0075】
本発明の一実施形態において、上記の方法により産生されるオリゴ糖はフコシルラクトースであり、フコシルラクトースはヒトミルクオリゴ糖の中で最も代表的な化合物の1つであることが、この場合の利点である。
【0076】
さらなる利点は、各実施形態の説明および添付した図面から理解されるものである。
【0077】
当然のことながら、上述した特徴および以下に説明する特徴については、個々に明記した組み合わせだけでなく、本発明の範囲から逸脱しない限りは、他の組み合わせまたは単独でも利用可能である。
【実施例】
【0078】
<実施例1>
グラム陰性菌体内におけるオリゴ糖の合成および輸送
図1に、グラム陰性菌体10の断面図を示す。本発明に係るグラム陰性菌体10は、外膜11、原形質膜12、外膜11と原形質膜12との間にある細胞周辺腔13、および原形質膜12で囲まれたサイトゾル14から構成される。外膜は、ポーリンを含み、水溶性化合物はポーリンを通って培地16から細胞周辺腔13へ、または細胞周辺腔13から培地16へと移動することができる。
【0079】
本発明の一実施形態において、原形質膜は、第1の遊離体トランスポーター17として機能するFucP、第2の遊離体トランスポーター18として機能するLacY、および生成物排出タンパク質として機能するSetAを含む。
【0080】
さらに、ヌクレオチジルトランスフェラーゼ20として機能するFkpおよびグリコシルトランスフェラーゼ21として機能するFutAcoがサイトゾル14に含まれる。
【0081】
この実施形態においては、第1の遊離体22であるフコースおよび第2の遊離体23であるラクトースが培地16に供給されると、これらはポーリン15を通って細胞周辺腔13へと流入する。次いで、第1の遊離体22は、第1の遊離体トランスポーター17によりサイトゾル14へと輸送される。サイトゾルにおいて、第1の遊離体22はヌクレオチジルトランスフェラーゼ20により修飾され、ヌクレオチド化された第1の遊離体24、すなわちGDP−フコースとなる。
【0082】
第2の遊離体23は、第2の遊離体インポーター15によりサイトゾル14へと取り込まれる。
【0083】
次いで、グリコシルトランスフェラーゼ21が、ヌクレオチド化された第1の遊離体であるGDP−フコースと、第2の遊離体であるラクトースとの反応を触媒することにより、オリゴ糖25である3−フコシルラクトースとGDP(図示せず)とが生成する。
【0084】
次いで、オリゴ糖25は、生成物排出タンパク質19(SetA)によりサイトゾル14から細胞周辺腔13へと排出され、ポーリン15を通じて細胞周辺腔13から出て培地16へと流出することができる。
【0085】
<実施例2>
材料および方法
2.1 発現プラスミドの構築と大腸菌株の開発
大腸菌由来の産生株を開発するための出発宿主株として、大腸菌JM109(DE3)(プロメガ;www.promega.com)を使用した。表1に、クローニング操作に用いたすべてのオリゴヌクレオチドプライマーを列挙した。プラスミドpACYC−lacYおよびpACYC−lacY−setAの構築は、以下の通り行った。遺伝子lacY(GenBankアクセッションNo.ACB02461に該当)(GenBank;www.ncbi.nlm.nih.gov)および遺伝子setA(GenBankアクセッションNo.YP_025293に該当)(GenBank)を、lacY NcoIフォワードプライマー/lacY EcoRIリバースプライマーおよびsetA NdeIフォワードプライマー/setA XhoIリバースプライマーを用いて、大腸菌TOP10(インビトロジェン;www.invitrogen.com)のゲノムDNAより増幅した。各PCR産物を、それぞれ所定の酵素で制限酵素処理し、対応する酵素で処理した発現ベクターpACYCDuet−1(ノバジェン;www.merckbiosciences.co.uk)に連結した。
【0086】
得られたプラスミドを、制限酵素処理、アガロースゲル電気泳動、ならびに以下のプライマー、pACYCduetUP1、DuetDOWN−1−Primer、DuetUP2−PrimerおよびT7−Terminator−Primerを用いたシークエンシングに供して、上記の遺伝子が正確に挿入されていることを確認した(データ示さず)。プラスミドpCOLA−fkp−fucPおよびpET−futAcoは、以前に構築したもの(Parkotら(2008))を用いた。大腸菌株JM00、JM01およびJM02を得るために、それぞれ異なる組み合わせのプラスミドをエレクトロポレーション(Dowerら(1988))により大腸菌JM109(DE3)に導入した。表2に、すべてのプラスミドおよび菌株を列挙した。
【0087】
2.2 大腸菌におけるフコース異化反応の不活化
外部から供給されるフコースの分解を防ぐために、異化反応における重要な酵素であるL−フクロース−1−リン酸アルドラーゼをコードするfucA遺伝子を大腸菌JM109(DE3)の染色体より欠失させた。この突然変異誘発操作に用いたオリゴヌクレオチドプライマーはすべて表1に列挙した。fucA欠失変異体の構築は、DatsenkoおよびWannerの方法を適用し(DatsenkoおよびWanner(2000))、fucA−knock−fプライマーおよびfucA−knock−rプライマーを用いて行った。染色体の挿入部位を挟む2つのプライマーfucA−control−fおよびfucA−control−rを用いてPCRを行い、fucAが正しく欠失していることを確認した。また、当該菌株がフコース陰性の表現型であることを、唯一の炭素源としてフコースを補充したM9最小寒天培地(SambrookおよびRussell(2001))に菌株を接種することにより確認した(データ示さず)。
【0088】
【表1】

制限エンドヌクレアーゼ認識部位を下線で示す。
【0089】
【表2】


Ap:アンピシリン耐性、Km:カナマイシン耐性、Cm:クロラムフェニコール耐性。
【0090】
2.3 培養条件および菌体抽出液の調製
一晩培養した大腸菌株を100mLのミネラル培地(Samainら(1999))に1:100で接種した。ミネラル培地には、7.0g/L NHPO、7.0g/L KHPO、1.0g/L MgSO・7HO、0.5g/Lクエン酸、2.0g/L KOH、0.0045g/Lチアミン塩酸塩および7.5mL/L微量元素溶液を添加した。微量元素ストック溶液は、70mMニトリロトリ酢酸塩(pH6.5)、7.5g/Lクエン酸鉄(III)、1.3g/L MnCl・4HO、0.21g/L CoCl・6HO、0.13g/L CuCl・2HO、0.25g/L HBO、1.2g/L ZnSO・7HOおよび0.15g/L NaMoO・2HOを含む。上記の培地に、炭素源として0.1%グルコースおよび1%グリセリン、ならびに100μg/mLアンピシリン、50μg/mLカナマイシンおよび/または20μg/mLクロラムフェニコールを添加し、回転式振盪機で十分に通気を行いながら、37℃でインキュベーションを行った。
【0091】
培養物の光学密度(OD600nm)が約1.0に達したところで、誘導物質であるイソプロピル−1−チオ−β−D−ガラクトピラノシド(IPTG)を0.5mMの濃度で添加し、培養物を常時振盪させながら28℃で一晩インキュベートした。約16時間後、40mM L−フコースおよび20mMラクトースを添加し、培養物を常時振盪させながら28℃で連続培養を行った。
【0092】
この間いくつかの時点で、培養物から20mLずつサンプルを回収し、遠心分離により菌体を回収した。分離した培養上清は、高速陰イオン交換クロマトグラフィー(HPAEC)で直ちに分析するか、または−20℃で保存した。菌体ペレットは、PBSで洗浄した(SambrookおよびRussell(2001))後、菌体ペレット重量の5倍量の蒸留水に再度懸濁し、10分間煮沸して菌体を溶解した。菌体内画分を得るために遠心分離により菌体残渣を分離した。得られた透明な菌体溶解液は、−20℃で保存するか、またはHPAECで直ちに分析した。
【0093】
2.4 SDS−PAGE
異種タンパク質が発現していることをSDS−PAGE(SambrookおよびRussell(2001))により確認した(データ示さず)。タンパク質抽出液は1×SDSゲルローディングバッファーを用いて調製した。また、ポリアクリルアミドゲルはクーマシーブリリアントブルーで染色した。
【0094】
2.5 パルスアンペロメトリック検出を用いた高速陰イオン交換クロマトグラフィー(HPAEC−PAD)によるオリゴ糖の検出
HPLCシステム(島津製作所;www.shimadzu.eu)に連結したDecade IIパルスアンペロメトリック検出器(PAD)(Antec Leyden;www.antec−leyden.nl)およびCarboPac PA20カラム(Dionex;www.dionex.com)を用いて、高速陰イオン交換クロマトグラフィー(HPAEC)によりサンプルを分析した。検出器の検出感度を50μAに設定し、0.05Vのパルス電位を印加した。
【0095】
10mM水酸化ナトリウムを流速0.4mL/分でカラムに送液して、単糖、二糖およびオリゴ糖を溶出した。10mM NaOHを用いたアイソクラティック溶出を30分間行った後、安定した保持時間を得るためにカラムを200mM NaOHで20分間洗浄し、10mM NaOHを20分間通すことによりカラムを再生させた。すべての分析サンプルは、蒸留水(dHO)で1:2に希釈し、そのうち20μLを用いてHPAEC解析を行った。HPAEC−PAD解析により、使用したHPLCカラムにおける保持時間は、L−フコース標準品が約3.5分、ラクトース標準品が約15分、および3−フコシルラクトース標準品が約11〜12分であることが示された(データ示さず)。培地に炭素源として添加したグリセリンおよびグルコースに関しては、これらの標準品の保持時間は、それぞれ約1.5分および約7〜8分と記録された。
【0096】
<実施例3>
組換え大腸菌による3−フコシルラクトースの産生および培地中へのSetA依存性分泌
この試験の目的は、菌体内の3−フコシルラクトースがSetAを介して排出されるか否かを調べることである。大腸菌株JM01およびJM02(表2を参照)を発酵試験に使用した。菌株JM01およびJM02はいずれも、2つの酵素FkpおよびFutAco(α1,3−フコシルトランスフェラーゼ)と、2つの輸送タンパク質FucPおよびLacYとを発現しているが、SetAトランスポーターの発現に関してのみ異なる。すなわち、JM01はSetAを過剰産生していないが、JM02はSetAを過剰産生している。
【0097】
図2は、HPAEC−PAD解析により求めた、大腸菌JM01およびJM02のそれぞれの培養物における湿菌塊中および上清中の3−フコシルラクトースの量を示す。
【0098】
SetA過剰発現の効果を調べるために、fkp、fucP、lacY、futAcoおよびsetAの発現を誘導してから7時間後、24時間後および32時間後の時点で測定を行った。
【0099】
図2において、カラムIは大腸菌JM01(SetA非過剰発現株)において測定された3−フコシルラクトースの菌体外画分を示し、カラムIIは菌体内画分を示す。大腸菌JM02(SetA過剰発現株)の場合は、3−フコシルラクトースの菌体外画分をカラムIIIに、菌体内画分をカラムIVに示す。すべての値は実施した2回の試験の平均値を示し、エラーバーは標準偏差を示す。
【0100】
これらの測定により、SetAを過剰発現していない菌株JM01では、サイトゾル画分に3−フコシルラクトースが蓄積していることが分かる。
【0101】
一方、setAを過剰発現している菌株JM02では、3−フコシルラクトースの菌体内濃度は検出限界未満である。
【0102】
また、JM01培養物およびJM02培養物のそれぞれの上清は、一定の3−フコシルラクトース含有量を示しているが、JM02培養物の上清中で確認された3−フコシルラクトースの含有量は、JM01培養物の上清中で確認された3−フコシルラクトースの含有量よりはるかに多い。32時間後の時点では、JM01の上清中の3−フコシルラクトースの濃度は約21mg/Lであるのに対して、JM02では、3−フコシルラクトース濃度は51mg/Lを上回っている。
【0103】
大腸菌JM01およびJM02のそれぞれの培養物における、3−フコシルラクトースの総量を比較したものを図3に示す。
【0104】
図3において、大腸菌JM01培養物における3−フコシルラクトースの総量をカラムIに示し、大腸菌JM02培養物における3−フコシルラクトースの総量をカラムIIに示す。ここでも、実施した2回の試験の平均値を示す。
【0105】
32時間のインキュベーションの後、菌株JM02は、総量として51.68mg/Lの3−フコシルラクトースを産生しており、この量は菌株JM01の産生量(32.99mg/L)より約57%多い。
【0106】
<実施例4>
考察
HPAEC−PAD解析の実験結果により、SetA非過剰発現菌株JM01とSetA過剰発現菌株JM02とでは、3−フコシルラクトースの合成および輸送において大きな違いがあることが示された。
【0107】
まず第一に、3−フコシルラクトースはJM02培養物の湿菌塊においては検出されないが、上清では高濃度の3−フコシルラクトースが測定される。
【0108】
これは、大腸菌におけるSetAの過剰発現によって3−フコシルラクトースが菌体から非常に効率的に排出されることを明確に示すものである。
【0109】
従って本発明者らは、先行技術から導かれる予想に反して、より大型のオリゴ糖、上記試験においては3つのサブユニットを含みかつ分子量が488g/molであるオリゴ糖をSetAにより効率的に排出できることを示した。
【0110】
一方、JM01の湿菌塊においては、相当な量の3−フコシルラクトースが検出されるが、上清においても同量程度の3−フコシルラクトースしか存在しない。
【0111】
この結果より、SetAが過剰発現していない状態では、菌体のサイトゾルに3−フコシルラクトースが多く蓄積されることが分かる。このような状況でも3−フコシルラクトースが上清中で検出されるという事実は、現状の知識から判断すると、菌体内における高濃度の3−フコシルラクトースによって溶解する菌体が増えたことが原因と考えられる。
【0112】
JM01およびJM02のそれぞれの培養物における3−フコシルラクトースの総量を比較すると、SetAの過剰発現により、上清中の3−フコシルラクトース濃度が増大するだけでなく、合成される3−フコシルラクトースの総量も増大することが分かる(図3を参照)。
【0113】
このような全体の合成効率の増大は、SetAを過剰発現する菌体の生存率の上昇に起因すると考えられる。この生存率の上昇は、生成物の細胞毒性の発現が回避されたことによるものであろう。これとは別に、またはこれに加えて、このような全体の合成効率の増大は、過剰発現したSetAによって生成物が菌体外へ排出された結果、合成酵素に対する生成物の阻害作用の発現が回避されたことに起因すると考えることもできる。
【0114】
従って本発明者らは、SetAトランスポーターの過剰発現はオリゴ糖の合成量を増大させるための効率的な方法であり、かつこの目的が培養可能な細胞を用いた生物工学的手法により達成されることを示した。さらに、生成物による関連合成酵素の阻害および合成生成物による細胞毒性の発現をほぼ回避できるため、オリゴ糖の産生が促進され、より制御可能なものになる。
【0115】
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【特許請求の範囲】
【請求項1】
オリゴ糖合成に関与する酵素をコードする核酸配列を少なくとも1つ含むように形質転換されており、培地中で安定して培養可能である、オリゴ糖産生用に調整された細胞であって、糖排出トランスポーターファミリーに属するタンパク質またはその機能的な相同体もしくは誘導体をコードする核酸配列を少なくとも1つ含むようにさらに形質転換されていることを特徴とする細胞。
【請求項2】
細菌類、真菌類、動物細胞および植物細胞からなる群より選択される請求項1に記載の細胞。
【請求項3】
大腸菌である請求項2に記載の細胞。
【請求項4】
前記酵素が、グリコシルトランスフェラーゼ、ルロアール型グリコシルトランスフェラーゼ、非ルロアール型グリコシルトランスフェラーゼ、フコシルトランスフェラーゼ、シアリルトランスフェラーゼ、ガラクトシルトランスフェラーゼ、マンノシルトランスフェラーゼ、N−アセチルグルコサミニルトランスフェラーゼおよびN−アセチルガラクトサミニルトランスフェラーゼを含む群より選択される請求項1〜3のいずれか1項に記載の細胞。
【請求項5】
前記酵素がフコシルトランスフェラーゼである請求項4に記載の細胞。
【請求項6】
前記糖排出トランスポーターがSetAまたはその誘導体である請求項1〜5のいずれか1項に記載の細胞。
【請求項7】
オリゴ糖合成に必要な遊離体の取り込みを容易にするか促進するタンパク質をコードする核酸配列を少なくとも1つ含むようにさらに形質転換されている請求項1〜6のいずれか1項に記載の細胞。
【請求項8】
ラクトーストランスポーター、フコーストランスポーター、シアル酸トランスポーター、ガラクトーストランスポーター、マンノーストランスポーター、N−アセチルグルコサミントランスポーター、N−アセチルガラクトサミントランスポーター、ABCトランスポーター、ヌクレオチド活性化糖のトランスポーター、および核酸塩基、ヌクレオシドまたはヌクレオチドのトランスポーターからなる群より選択されるタンパク質をコードする核酸配列を少なくとも1つ含むように形質転換されている請求項7に記載の細胞。
【請求項9】
ヌクレオチジルトランスフェラーゼ、グアニリルトランスフェラーゼ、ウリジリルトランスフェラーゼ、Fkp、L−フコースキナーゼ、フコース−1−リン酸グアニリルトランスフェラーゼ、CMP−シアル酸シンセターゼ、ガラクトースキナーゼ、ガラクトース−1−リン酸ウリジリルトランスフェラーゼ、グルコースキナーゼ、グルコース−1−リン酸ウリジリルトランスフェラーゼ、マンノースキナーゼ、マンノース−1−リン酸グアニリルトランスフェラーゼ、GDP−4−ケト−6−デオキシ−D−マンノースレダクターゼ、グルコサミンキナーゼ、グルコサミンリン酸アセチルトランスフェラーゼ、N−アセチルグルコサミンリン酸ウリジリルトランスフェラーゼ、UDP−N−アセチルグルコサミン 4−エピメラーゼおよびUDP−N−アセチルグルコサミン 2−エピメラーゼからなる群より選択されるタンパク質をコードする核酸配列を少なくとも1つ含むようにさらに形質転換されている請求項1〜8のいずれか1項に記載の細胞。
【請求項10】
オリゴ糖合成に関与しかつ/または該合成に必要とされる選択された単糖、二糖またはオリゴ糖の異化代謝経路が、少なくとも部分的に不活化されている請求項1〜9のいずれか1項に記載の細胞。
【請求項11】
前記オリゴ糖が少なくとも3つのサブユニットを含み、かつ/または分子量が少なくとも約480g/molである請求項1〜10のいずれか1項に記載の細胞。
【請求項12】
a)請求項1〜11のいずれか1項に記載の細胞を提供する工程、
b)目的のオリゴ糖の産生が許容される条件下で、前記細胞を培地中で培養する工程、および
c)前記培地から前記オリゴ糖を抽出する工程
を含むオリゴ糖の産生方法。
【請求項13】
工程b)が、連続フロー型バイオリアクターを使用して行われる請求項12に記載の方法。
【請求項14】
工程b)の培地が、細胞の成長および増殖を維持するために必要な基本的な補助剤、選択用薬剤、オリゴ糖合成に必要な遊離体、ならびに遺伝子活性のエフェクターからなる群より選択される1以上の物質を含む請求項12または13に記載の方法。
【請求項15】
前記遊離体が、アラビノース、トレオース、エリスロース、リボース、リブロース、キシロース、グルコース、D−2−デオキシ−2−アミノ−グルコース、N−アセチルグルコサミン、グルコサミン、フルクトース、マンノース、ガラクトース、N−アセチルガラクトサミン、ガラクトサミン、ソルボース、フコース、N−アセチルノイラミン酸、グリコシド、非天然糖、核酸塩基、ヌクレオシド、ヌクレオチド、およびこれらから構成可能なダイマーまたはポリマーからなる群より選択される請求項14に記載の方法。
【請求項16】
前記オリゴ糖が少なくとも3つのサブユニットを含み、かつ/または分子量が少なくとも約480g/molである請求項12〜15のいずれか1項に記載の方法。
【請求項17】
前記オリゴ糖がフコシルラクトースである請求項16に記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公表番号】特表2012−529274(P2012−529274A)
【公表日】平成24年11月22日(2012.11.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−514353(P2012−514353)
【出願日】平成21年6月8日(2009.6.8)
【国際出願番号】PCT/EP2009/004112
【国際公開番号】WO2010/142305
【国際公開日】平成22年12月16日(2010.12.16)
【出願人】(511297753)イェンネワイン バイオテクノロジー ゲーエムベーハー (1)
【Fターム(参考)】