説明

ヒト歯根膜細胞株、この細胞株から分化した造骨細胞およびこの造骨細胞から作製した人工骨

【課題】ヒト歯根膜細胞株、この細胞株から分化した造骨細胞およびこの造骨細胞から作製した人工骨を提供する。
【解決手段】 ヒト歯根膜組織の幹細胞由来であり、造骨細胞への分化能を有するヒト歯根膜細胞株およびこの細胞株から分化した造骨細胞を提供する。このヒト歯根膜細胞株は、培養日数に応じて細胞密度は上昇するが、それに伴ってALP活性が顕著に上昇する。そして、多量のI型コラーゲン、オステオポンチン、オステオカルチンを産生するものであり、形質転換成長因子−β1、塩基性線維芽細胞成長因子、インスリン様成長因子−I、上皮細胞増殖因子などの細胞増殖因子に旺盛な応答性を示す。そして、本発明の人工骨は、このような造骨細胞から作製したものである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ヒト歯根膜細胞株、この細胞株から分化した造骨細胞、およびこの造骨細胞から作製した人工骨に関する。
【背景技術】
【0002】
歯周病は、我が国において成人の約8割が罹患しているといわれており、病態が進行すると歯槽骨が失われ、結果として歯が脱落してしまう。現行の歯周病の治療は、炎症の原因となる歯垢や歯石、不良肉芽などを除去し、新しい歯周組織を回復させることを目的としている。しかしながら、炎症原因の除去を目的とする治療法では、歯周疾患の進行を防ぐことは可能であるが、一旦失われた組織を回復することはできない。
【0003】
近年、SV40ラージ(large)T抗原などの遺伝子導入などの細胞工学的技術により、マウスやヒトの歯根膜細胞の不死化による株細胞の作製が試みられ、いくつかの成功例が報告されている(特許文献1)。
【0004】
そして、一般的に、このような細胞工学的技術によって作製された細胞株は、その遺伝子が導入された細胞の特徴(分化度など)を維持し続けるものと理解されている。
【0005】
しかし、遺伝子を導入しようとする細胞がある程度分化した状態にある場合は、導入後に培養条件を操作することによって幹細胞様へ再び脱分化させることは困難であった。
【0006】
ここで、マウスやラット由来の歯根膜細胞については、不死化された細胞株の成功例が学会誌にときどき発表されたことがあったが、ヒト組織由来の細胞については、つい最近の広島大学グループの発表(非特許文献1)までなかった。しかし、これらの遺伝子導入によって作り出された細胞は、いずれも導入された細胞の分化レベルを維持することになるため、その後の培養操作で、未分化幹細胞様の性質を再現できないという欠点があった。
【特許文献1】特開2002−262862号公報
【非特許文献1】T.Kaneda et.al .Characteristics of periodontal ligament subpopulations obtained by sequential enzymatic digestion of rat molar periodontal ligament. Bone 38(2006)420-426
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
そこで、本発明者らは、未分化幹細胞を含む初代培養歯根膜細胞に近似した特徴を維持する新規ヒト歯根膜細胞株、この細胞株から分化した造骨細胞およびこの造骨細胞から作製した人工骨を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
このように、上記課題に鑑みて鋭意検討した結果、本発明者らは、遺伝子導入に頼らず、細胞凍結法に工夫を加え(DMSOの濃度をやや高めにする)、凍結融解を繰り返し、そこから生き残った細胞を継代することによって、未分化な状態から石灰可能を示すまで分化する能力を備えた正常歯根膜に近いヒト歯根膜細胞株を樹立し、本発明を完成した。
【0009】
本発明における請求項1記載のヒト歯根膜細胞株は、造骨細胞への分化能を有することを特徴とする。
【0010】
本発明における請求項2記載のヒト歯根膜細胞株は、請求項1において、前記ヒト歯根膜細胞株がヒト歯根膜組織の幹細胞由来であることを特徴とする。
【0011】
本発明における請求項3記載のヒト歯根膜細胞株は、請求項1又は2において、受領番号がFERM AP−21302である。
【0012】
本発明における請求項4記載のヒト歯根膜細胞株は、請求項1〜3のいずれか1項において、培養日数に応じて細胞密度は上昇するが、それに伴ってアルカリ性ホスファターゼ活性が顕著に上昇することを特徴とする。
【0013】
本発明における請求項5記載のヒト歯根膜細胞株は請求項1〜4のいずれか1項において、多量のI型コラーゲンおよび/またはオステオポンチンおよび/またはオステオカルチンを産生することを特徴とする。
【0014】
本発明における請求項6記載のヒト歯根膜細胞株は、請求項1〜5のいずれか1項において、細胞増殖因子に旺盛な応答性を示すことを特徴とする。
【0015】
本発明における請求項7記載のヒト歯根膜細胞株は、請求項6において、前記細胞増殖因子が、形質転換成長因子−β1および/または塩基性線維芽細胞成長因子および/またはインスリン様成長因子−Iおよび/または上皮細胞増殖因子であることを特徴とする。
【0016】
本発明における請求項8記載のヒト歯根膜細胞株は、請求項1〜7のいずれか1項において、シクロオキシゲナーゼ−2を発現することを特徴とする。
【0017】
本発明における請求項9記載の造骨細胞は、請求項1〜8のいずれか1項記載のヒト歯根膜細胞株から分化したことを特徴とする。
【0018】
本発明における請求項10記載の人工骨は、請求項9記載の造骨細胞から作製したことを特徴とする。
【0019】
本発明における請求項11記載の造骨細胞の使用方法は、請求項9記載の造骨細胞を基材に埋め込んで石灰化させることを特徴とする。
【0020】
本発明における請求項12記載の造骨細胞の使用方法は、請求項9記載の造骨細胞を欠損した骨組織に移植し石灰化させることを特徴とする。
【0021】
本発明における請求項13記載の造骨細胞の使用方法は、請求項9記載の造骨細胞を石灰化させたものを使用することを特徴とする。
【発明の効果】
【0022】
歯周組織再生療法の開発に関連した分野、歯周病治療薬剤の開発に関連した製薬会社、歯科インプラントなどに用いる生体材料の開発に関連したメーカーにおいて実施される有効性ならびに安全性スクリーニングなどに汎用できる。
【0023】
そして、本発明のヒト歯根膜細胞株、およびこの細胞株から分化した造骨細胞によれば、歯周病治療薬の開発において、安全性・有効性試験のために、その都度ヒトの歯根膜を採取・培養する必要がなくなる。同様に、動物実験により犠牲になる動物数を減少させることができる。
【0024】
そして、歯科用インプラントなどの生体材料・基材の開発において、同様に、スクリーニングのコストと時間を大幅に削減することができる。
【0025】
そして、これまでの遺伝子導入による歯根膜細胞株と異なり、広い分化程度をカバーしているため、歯根膜細胞・組織の石灰化制御の研究に有用であり、これらの研究成果として、将来的に歯周組織再生治療薬の開発に繋がることも期待される。
【0026】
さらに、通常の培養機器一式を保有する施設では、この技術により、ライフスパンの長いヒト歯根膜細胞およびヒト骨芽細胞系細胞の株化が容易になり、これらを用いた生体材料・基材の開発に大いに貢献できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0027】
以下、本発明について詳細に説明する。
【0028】
本発明におけるヒト歯根膜細胞株は、造骨細胞への分化能を有する。
【0029】
そして、このヒト歯根膜細胞株は、ヒト歯根膜組織の幹細胞由来である。
【0030】
なお、本発明者が見出したこのヒト歯根膜細胞株PDL−tk1細胞は、独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センター(茨城県つくば市東1丁目1番地1中央第6)に2007年6月1日付けで、受領番号FERM AP−21302として寄託されている。
【0031】
そして、本発明のヒト歯根膜細胞株は、培養日数に応じて細胞密度は上昇するが、それに伴ってアルカリ性ホスファターゼ(alkaline phosphatease:ALP)活性が顕著に上昇するものである。
【0032】
ここで、アルカリ性ホスファターゼ(ALP)は、骨芽細胞の組織化学的・生化学的マーカーとして広く受け入れられ、その活性の上昇は骨芽細胞あるいは骨芽細胞様造骨細胞としての分化度が進んでいることを示す。ただ、その機能については明確にわかっていない。恐らく、先天性低ホスファターゼ血症が骨軟化症を呈することから、局所におけるリン酸カルシウムの形成と結晶化に関与し、結果的に組織の石灰化に関与しているものと考えられる。
【0033】
以上の理由から、ALP活性の比較的高い細胞を選別することは、その活性が極めて低い線維芽細胞との区別化の意味がある。線維芽細胞は、培養日数を重ねて、細胞密度が高くなってきても、ALP活性が上昇することはない。
【0034】
そして、本発明におけるヒト歯根膜細胞株は、多量のI型コラーゲン(collagen)および/またはオステオポンチン(osteopontin)および/またはオステオカルチン(osteocalcin)を産生するものである。
【0035】
ここで、骨基質蛋白の90%はI型コラーゲンからなっている。定説では、骨芽細胞が産生したI型コラーゲン繊維のまわりに、リン酸カルシウムが沈着しハイドロキシアパタイトとなり新生骨となる。したがって、石灰化の過程でI型コラーゲンは重要な役割を果たしていると考えられ、その多量の産生は石灰化のための基礎条件を整えていると解釈される。
【0036】
同様に、オステオポンチンも骨芽細胞によって産生される蛋白のひとつであるが、石灰化に先立って細胞外マトリックスに沈着することが知られている。そのため、骨芽細胞のマーカーのひとつとして数えられているが、その役割の詳細については不明な点が多い。
【0037】
オステオカルチンは骨芽細胞の分化程度を示すマーカーとも言われるが、成熟した骨芽細胞に発現する蛋白である。局所の石灰化調節をしたり、骨・体液間のCa2+の動きを制御するなど、骨代謝において重要な生理的役割を果たしていると考えられている。
【0038】
そして、本発明におけるヒト歯根膜細胞株は、細胞増殖因子に旺盛な応答性を示すものである。
【0039】
ここで、細胞増殖因子(growth factor)とは、成長因子、増殖因子ともいい、動物体内において、特定の細胞の増殖や分化などを誘導する内因性タンパク質の総称である。様々な細胞学的・生理学的過程の調節に働いており、標的細胞表面の受容体タンパク質に特異的に結合することにより、細胞間の信号物質として働く。
【0040】
そして、前記細胞増殖因子は、形質転換成長因子−β1(transforming growth factor-β1:TGF−β1)、塩基性線維芽細胞成長因子(basic-fibroblast growth factor:bFGF)、インスリン様成長因子−I(insulin-like growth factor-I:IGF−I)、上皮細胞増殖因子(epidermal growth factor:EGF)のいずれかである。
【0041】
ここで、形質転換成長因子−β1(TGF−β1)は、細胞の増殖と分化の調節、骨形成の促進、コラーゲンとフィブロネクチンの産出促進、そして、造血過程など多くの重要な役割を演じている分子量約25kDaの2量体タンパクである。TGF−βは細胞膜上の受容体に結合し、細胞内のシグナル伝達分子を介することにより、シグナルを細胞核に伝える。
【0042】
塩基性線維芽細胞成長因子(bFGF)は、繊維芽細胞成長因子(FGF)ファミリーに属する人体に広く分布する強力な血管新生因子(ペプチド)であり、血管新生(アンジオジェネシス(angiogenesis))および動脈形成(アーテリオジェネシス(arteriogenesis):小動脈レベルの血管拡張、リモデリング)を促進する特色をもつ。また、神経や骨の形成にも関与している。
【0043】
ここで、繊維芽細胞成長因子(fibroblast growth factor:FGF)は、塩基性繊維芽細胞成長因子(bFGF)と酸性繊維芽細胞成長因子(aFGF)など、計20種以上のファミリーから成る。FGFは上皮細胞のみならず、マクロファージからも産生され、創傷時における繊維が細胞増殖や血管新生に関与している。
【0044】
IGF(insulin-like growth factor)は、インスリンと配列が高度に類似したポリペプチドであり、構造が異なるIGF−IとIGF−IIがある。細胞培養ではインスリンと同様に有糸分裂誘発などの反応を引き起こす。IGF−IIは初期の発生に要求される第一の成長因子であると考えられるのに対し、IGF−Iの発現は後の段階で見られる。
【0045】
インスリン様成長因子−I(IGF−I)は、主に肝臓で成長ホルモンによる刺激の結果、分泌される。人体のほとんどの細胞、とくに筋肉、骨、肝臓、腎臓、神経、皮膚および肺の細胞はIGF−Iの影響を受ける。IGF−Iは、インスリン様作用に加え、細胞成長(とくに神経細胞)と発達、そしてDNA合成を調節する。
【0046】
上皮細胞増殖因子(EGF)は、53アミノ酸残基および3つの分子内ジスルフィド結合からなる6.045kDaのタンパク質である。細胞表面に存在する上皮成長因子受容体(EGFR)にリガンドとして結合し、細胞の成長と増殖の調節に重要な役割をしている。EGFは、高い親和力で細胞表面の特異的な受容体に結合することで、受容体に備わるタンパク質チロシンキナーゼ活性を刺激する。受容体のチロシンキナーゼ活性はシグナル伝達カスケードを開始して、最終的にはDNA合成と細胞増殖に導く。
【0047】
そして、本発明の歯根膜細胞株はシクロオキシゲナーゼ−2を発現するものである。
【0048】
ここで、シクロオキシゲナーゼ(コックス(COX))は、アラキドン酸からのプロスタグランジン(PG)生合成の律速酵素として知られている。1991年に2種類のアイソザイムの存在がmRNAのレベルで明らかにされ、従来から知られていた酵素はコックス−1、新たに発見されたサブタイプはコックス−2と呼ばれている。
【0049】
コックス−1は、本質的な酵素(enzyme)として、ほとんどの細胞で常時発現しており、生体の安定性を維持する「ハウスキーピング(housekeeping)」としての役割を果たしていると考えられている。
【0050】
一方、コックス−2は誘発する酵素として、単球、繊維芽細胞、滑膜細胞などの炎症に関わる細胞で発現し、炎症性サイトカインなどによって誘導される、局所の炎症に関連するプロスタグランジンの産生酵素である。
【0051】
このように、この2種類のアイソザイムは、酵素としての調節機能と出現様式において大きな差が認められる。そして、コックス−1とコックス−2の構造上の違いは、チャンネルの広さと活性部位を構成するアミノ酸にある。コックス−1の活性部位ではアミノ酸の523の位置にイソロイシン残基があり、これに対し、コックス−2の活性部位の同じ位置にはバリン残基がある。
【0052】
また、本発明の造骨細胞は、このようなヒト歯根膜細胞株から分化したものである。
【0053】
そして、本発明の人工骨は、このような造骨細胞から作製したものである。
【0054】
そして、本発明における造骨細胞の使用方法は、このような造骨細胞を基材に埋め込んで石灰化させる方法である。
【0055】
そして、このような造骨細胞を欠損した骨組織に移植し石灰化させる方法である。
【0056】
また、このような造骨細胞を石灰化させたものを使用する方法である。
【0057】
以下に本発明の実施例によって、本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例により何ら制限されるものではない。
【実施例1】
【0058】
(実験材料と方法とその意義)
1.抜去歯からの歯根膜細胞の分離
適応の可能性のある患者に対して、本発明のための研究の目的と意義を説明し、同意を得た上で、抜歯を行った。便宜抜去により得られた歯を消毒液および抗菌剤を含む生理的食塩水で洗浄した後、滅菌したハサミあるいはカミソリにより付着している軟組織を剥離した。さらに細切りし、必要に応じてコラゲナーゼなどの酵素処理を施して、細胞塊あるいは単離細胞を得た。これらを通常の培養皿に移し、牛胎児血清(FBS)を含む培養液で培養した。
【0059】
ここで、培養皿は、市販の付着系細胞の培養に用いる一般的なプラスチック製品(コスター(Coster)社製)であり、直径60mmのものを使用した。
【0060】
2.歯根膜細胞の凍結保存法
対数増殖期の細胞を通常の継代培養と同様にトリプシン(trypsin)/EDTA溶液(0.05%トリプシンと0.53mM EDTAを含んだダルベッコのリン酸緩衝液)で剥離し、80%FBS+20%DMSO(dimethyl sulfoxide)中に0.8−1.2×106セル(cells)/mLの細胞密度で懸濁した。これを凍結用チューブにいれ、氷温に30分、−20℃に1時間、−80℃に4時間と段階的に低温保存し、最終的に液体窒素の中に浸漬保存した。
【0061】
ここで、使用したDMSOの濃度は、通常は、対数増殖期の細胞を0.1−1x107セル(cells)/mLの密度で10%DMSOを含む増殖培地に懸濁させて凍結に供する。本発明は、それより若干細胞密度を減じた状態で、15−20%DMSOを含むFBS中に懸濁し凍結に供する。DMSOは氷結晶の生成から細胞を保護する効果が期待されているが、一方では細胞毒性や血液細胞などに対する細胞分化誘導能も指摘されている。本発明において、DMSO濃度を上げることは細胞の突然変異を誘発しやすくし、結果的にライフスパンの延長に繋がっているものと思われる。したがって、その成否にはFBSやDMSOの品質も微妙に影響しているものと思われる。
【0062】
3.歯根膜細胞の解凍法
液体窒素から取り出した凍結細胞のチューブは、40℃の温浴中で短時間のうちに解凍した。細胞懸濁液は、DMEM培地で10倍に希釈し、穏やかに攪拌した後、遠心分離(800rpm,5分間)に掛けた。沈殿した細胞は、通常の方法に従って培養した。4−8時間後に残留DMSOを除去する目的から培地交換を行った。
【0063】
4.ALP活性測定法
培養プレートあるいはディッシュに培養した細胞を10%中性ホルマリン溶液で10分間固定した。これを2回繰り返した後、ダルベッコのリン酸緩衝(PBS)で4回リンスした。その後、水分を十分除去してから、ラボアッセイ(Laboassay)ALP(登録商標)(ワコー)というキットを用いてALP活性を比色的に定量した。その結果、得られたPDL−tk1細胞のALP活性は、培養日数に応じて上昇した(図1)。
【0064】
ここで、ALPは骨芽細胞の組織化学的・生化学的マーカーとして広く受け入れられ、その活性の上昇は骨芽細胞あるいは骨芽細胞様造骨細胞としての分化度が進んでいることを示す。ただ、その機能については明確にわかっていない。恐らく、先天性低ホスファターゼ血症が骨軟化症を呈することから、局所におけるリン酸カルシウムの形成と結晶化に関与し、結果的に組織の石灰化に関与しているものと考えられる。
【0065】
以上の理由から、ALP活性の比較的高い細胞を選別することは、その活性が極めて低い線維芽細胞との区別化の意味がある。線維芽細胞は、培養日数を重ねて、細胞密度が高くなってきても、ALP活性が上昇することはない。
【0066】
5.I型コラーゲン、オステオポンチンとオステオカルチンの生理的意義とメリット
培養液上清に含まれる細胞由来のプロコラーゲンI型C末端ペプチド(procollagen type I carboxylterminal peptide)(PIP)(I型コラーゲン(collagen type I)の前駆体)の量は、培養日数に応じて上昇した(図2)。
【0067】
そして、得られたPDL−tk1細胞は、オステオポンチン(osteopontin)を産生した(図3)。
【0068】
また、培養の早い段階から、成熟骨芽細胞の代表的なマーカー蛋白であるオステオカルシン(osteocalcin)を産生した(図4)。
【0069】
このように、得られたPDL−tk1細胞は、多量のI型コラーゲンとオステオポンチン、オステオカルチンを産生した。
【0070】
ここで、骨基質蛋白の90%はI型コラーゲンからなっている。定説では、骨芽細胞が産生したI型コラーゲン繊維のまわりに、リン酸カルシウムが沈着しハイドロキシアパタイトとなり新生骨となる。したがって、石灰化の過程でI型コラーゲンは重要な役割を果たしていると考えられ、その多量の産生は石灰化のための基礎条件を整えていると解釈される。
【0071】
同様に、オステオポンチンも骨芽細胞によって産生される蛋白のひとつであるが、石灰化に先立って細胞外マトリックスに沈着することが知られている。そのため、骨芽細胞のマーカーのひとつとして数えられているが、その役割の詳細については不明な点が多い。
【0072】
オステオカルチンは骨芽細胞の分化程度を示すマーカーとも言われるが、成熟した骨芽細胞に発現する蛋白である。局所の石灰化調節をしたり、骨・体液間のCa2+の動きを制御するなど、骨代謝において重要な生理的役割を果たしていると考えられている。
【0073】
6.シクロオキシゲナーゼ−2の発現
得られたPDL−tk1細胞は、局所の炎症に関連するプロスタグランジン(prostaglandin)産生酵素であるシクロオキシゲナーゼ−2:コックス−2(cyclooxygenase-2:Cox-2)を蛋白レベルで発現した(図5)。
【0074】
7.PDL−tk1細胞の使用例
1)歯根膜細胞の増殖・分化能に関する検討
様々な歯周病治療薬剤に対する反応性を、細胞の増殖能および硬組織形成能によって評価した。増殖能はBrdUの取り込み能を指標とした。ほかに、ホルマザン(formazan)形成能を指標として使用してもよい。
【0075】
その結果、培養液中に増殖因子(TGF−β1,bFGF,IGF−I,EGF)を添加することによって、旺盛なBrdU取り込み活性(DNA合成活性の指標)を誘導することができた(図6)。
【0076】
ここで、増殖抑制が見られる場合は、アポトーシスの誘導について検討する。
【0077】
一方、硬組織形成能(分化能)については、ALP活性、コラーゲン産生能、石灰化物形成能、あるいは各種関連酵素の活性や転写因子の発現を指標とした。少なくとも、この結果、アポトーシスなどの細胞死が確認されなければ、その薬剤の安全性スクリーニングはパスしたと言うことができる。
【0078】
2)歯根膜細胞の生体材料への親和性に関する検討
歯科用インプラントに使われる各種生体材料(例えば、ハイドロキシアパタイトやチタンなど)との親和性を検討する目的から、細胞を固体材料の上に播種し、細胞の増殖・分化能について(1)と同様に評価した。さらに、切片を作製し組織学的な検討も加えた。
【0079】
図7に、得られたPDL−tk1細胞の形態を示す。
【0080】
また、ステムXビボ(StemXvivo)(登録商標)で培養することによって、インビトロ(in vitro)での石灰化(アリザリンレッド染色像)を誘導することができた(図8)。同様の結果は、ステムXビボ(登録商標)の主成分と思われるデキサメサゾンとビタミンCとベータ・グリセロリン酸らのカクテルの添加によっても得られた。
【0081】
さらに、ヌードマウスの背部皮下に移植して一週間でフォン・コッサ(von kossa)染色陽性の石灰化物を形成した(図9)。
【図面の簡単な説明】
【0082】
【図1】培養日数に応じてALP活性が上昇する様子を示すグラフである。
【図2】培養液上清に含まれる細胞由来のプロコラーゲンI型C末端ペプチド(PIP)の量が、培養日数に応じて上昇する様子を示すグラフである。
【図3】オステオポンチンの発現を示す免疫染色像とウエスタンブロット(Westernblot)データである。
【図4】オステオカルシンの発現を示す免疫染色像である。
【図5】コックス−2の発現を示す免疫染色像とウエスタンブロットデータである。
【図6】培養液中に増殖因子(TGF−β1,bFGF,IGF−I,EGF)を添加したことによる、BrdU取り込み活性を示すグラフである。
【図7】PDL−tk1細胞の紡錘様形態を示す位相差顕微鏡写真である(スケール・バーは50μmを表す)。
【図8】ステムXビボ(登録商標)で培養することによる、インビトロでの石灰化(アリザリンレッド染色像)を示す光学顕微鏡写真である。
【図9】ヌードマウスの皮下に移植後一週間でフォン・コッサ染色陽性の石灰化物を形成する様子を示す光学顕微鏡写真である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
造骨細胞への分化能を有することを特徴とするヒト歯根膜細胞株。
【請求項2】
前記ヒト歯根膜細胞株がヒト歯根膜組織の幹細胞由来であることを特徴とする請求項1記載のヒト歯根膜細胞株。
【請求項3】
受領番号がFERM AP−21302である請求項1又は2記載のヒト歯根膜細胞株。
【請求項4】
培養日数に応じて細胞密度は上昇するが、それに伴ってアルカリ性ホスファターゼ活性が顕著に上昇することを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項記載のヒト歯根膜細胞株。
【請求項5】
多量のI型コラーゲンおよび/またはオステオポンチンおよび/またはオステオカルチンを産生することを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項記載のヒト歯根膜細胞株。
【請求項6】
細胞増殖因子に旺盛な応答性を示すことを特徴とする請求項1〜5のいずれか1項記載のヒト歯根膜細胞株。
【請求項7】
前記細胞増殖因子が、形質転換成長因子−β1および/または塩基性線維芽細胞成長因子および/またはインスリン様成長因子−Iおよび/または上皮細胞増殖因子であることを特徴とする請求項6記載のヒト歯根膜細胞株。
【請求項8】
シクロオキシゲナーゼ−2を発現することを特徴とする請求項1〜7のいずれか1項記載のヒト歯根膜細胞株。
【請求項9】
請求項1〜8のいずれか1項記載のヒト歯根膜細胞株から分化したことを特徴とする造骨細胞。
【請求項10】
請求項9記載の造骨細胞から作製したことを特徴とする人工骨。
【請求項11】
請求項9記載の造骨細胞を基材に埋め込んで石灰化させることを特徴とする造骨細胞の使用方法。
【請求項12】
請求項9記載の造骨細胞を欠損した骨組織に移植し石灰化させることを特徴とする造骨細胞の使用方法。
【請求項13】
請求項9記載の造骨細胞を石灰化させたものを使用することを特徴とする造骨細胞の使用方法。

【図1】
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【図2】
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【図6】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2008−295420(P2008−295420A)
【公開日】平成20年12月11日(2008.12.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−147906(P2007−147906)
【出願日】平成19年6月4日(2007.6.4)
【出願人】(304027279)国立大学法人 新潟大学 (310)
【Fターム(参考)】