説明

ヒトT細胞白血病ウイルス(HTLV−1)感染経路判定方法、HTLV−1測定用標準プラスミド、それを用いた測定方法

【課題】ヒトT細胞白血病ウイルス(HTLV-1)感染経路判定方法、HTLV-1測定用標準プラスミド、それを用いた測定方法を提供する。
【解決手段】gag/pX比から母児感染者を検出し、ATL発症危険者の診断指標のひとつとして利用する。さらには、HTLV-1プロウイルス量(pX値)に対するgag値の比及びLTR-gag値の比から、ATL細胞に多く見られる2型欠損の多い感染者を同定することも可能となる。さらに、少なくとも内部コントロールおよびHTLV-1プロウイルス遺伝子のpX領域を含み、さらに、HTLV-1プロウイルス遺伝子のgag領域またはLTR-gag領域、またはその両方を含む、HTLV-1プロウイルス測定用の標準プラスミドを調製することができる。このようなプラスミドを用いて、HTLV-1無症候性感染者から得られる試料から抽出された核酸サンプルの内部コントロール領域と各プロウイルス領域コピー数をリアルタイムPCR法で同時に測定することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ヒトT細胞白血病ウイルス(human T-cell leukemia virus type 1 ; 以下、「HTLV-1」という)の感染者について、その感染経路を判定し、成人T細胞白血病(adult T-cell leukemia; 以下、「ATL」という)の発症危険性を予測する方法に関する。さらには、このような判定の為のウイルス測定に用いられる標準プラスミド及びそれを用いた測定方法に関する。特に、ATLの発症に関連した欠損又は変異部位に対応したHTLV-1測定用標準プラスミド、その標準プラスミドを用いたHTLV-1感染者のATL発症危険性に関連した欠損又は変異を有するHTLV-1プロウイルスの測定方法、及びその測定値を用いたHTLV-1無症候性感染者(以下「感染者」という)のATL発症の検出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ATLは、HTLV-1がT細胞に感染して惹き起すリンパ球(CD4陽性リンパ球)の単クローン性悪性腫瘍疾患である。HTLV-1感染者のうち、約5%が40〜60年という長い歳月の後にATLを発症すると言われている。ATLが発症すると、多くの症例で発症後の生存期間中央値は数年以内ときわめて予後が悪い。
【0003】
ATLの病因となるHTLV-1は、感染後ゲノムに組み込まれ、組み込まれた型は、完全型プロウイルスと欠損型プロウイルスに大別できる。さらに、欠損型プロウイルスには、1型欠損と2型欠損が知られている(非特許文献1及び2)。完全型プロウイルスは、3'LTR と5'LTR間に、5'LTRから3'LTRに向けて、gag遺伝子領域、pol遺伝子領域、env遺伝子領域及びpX遺伝子領域で構成されている。これに対し、非特許文献1及び2によれば、欠損型プロウイルスでは、1型及び2型に共通してgag領域が欠損しており、2型欠損プロウイルスではさらに5'側のLTR-gagが欠損しているとされている。また、gag領域又はLTR-gag領域に変異を有するプロウイルスも存在することが知られている。
【0004】
HTLV-1キャリアのATL発症の危険性の判断基準は未だ不明であるが、これまでのところ、プロウイルス量が多ければATL発症の危険が高いとする考え方がある(非特許文献3)。したがって、感染者のATL発症危険性診断の一つの指標として、pX領域の遺伝子量を測定してきた。
【0005】
一方、HTLV-1の感染経路は、乳幼児期の授乳などを通じて起こる母児感染と夫婦間の性行為による感染が知られている。一般的にATLの発症者は母児感染者のみであり、原則的に夫婦間感染者では発症はないとされている(非特許文献4)。それ故、これまでもATL発症の危険性診断の指標の一つとして、母児感染の有無の確認は重要ではあったが、発症までに40〜60年が経過しているケースが多く、母親が感染者か否かの情報を被験者から得ることは実際上困難であった。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】S. Tamiya et al, Blood, Vol.88, No8, 1996: pp.3065-3073
【非特許文献2】M. Miyazaki et al, Journal of Virology, June 2007, p.5714-5723
【非特許文献3】Okayama A, et al. Int. J. Cancer. 2004; 110:621-625.
【非特許文献4】Wilks R, et al.Int. J. Cancer 1996; 65:272-273.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の目的は、HTLV-1感染者について、客観的に感染経路を推測できるような方法を提供し、これによって、感染者のATL発症危険性診断の指標を提供することにある。
【0008】
本発明の目的はまた、このような危険性診断の正確な指標提供に有用な標準プラスミドを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
そこで、本発明者らは、ATL発症危険性診断の指標について明確にすることを企図し、鋭意検討を行い、HTLV-1プロウイルス量(pX領域)の多い感染者の中で欠損又は変異を有するプロウイルスの型と割合に着目し、HTLV-1プロウイルス量の多い感染者の母児間感染者では、pX領域に対するgag領域の残存量の割合が、欠損又は変異により低値を示すこと、これによりATL発症の危険性を推定し得ることを見出し、本発明に至った。
【0010】
本発明は、HTLV-1感染者から得られる試料中のHTLV-1プロウイルス遺伝子のgag領域/pX領域の値を算出し、得られた値を指標として、該HTLV-1感染者が母児感染であるかを判定する方法、に関する。
【0011】
上記判定方法において、上記試料中のHTLV-1プロウイルス遺伝子のgag領域/pX領域の値が、0.64以下であることが母児感染の指標となり得る。
【0012】
上記母子感染者を、ATL発症の危険性が高いとすることができる。
【0013】
本発明はまた、HTLV-1プロウイルス測定用の標準プラスミドであって、
少なくとも内部コントロールおよびHTLV-1プロウイルス遺伝子のpX領域を含み、
さらに、HTLV-1プロウイルス遺伝子のgag領域またはLTR-gag領域、またはその両方を含む、HTLV-1プロウイルス測定用の標準プラスミド、に関する。
【0014】
上記標準プラスミドは、内部コントロール、HTLV-1プロウイルス遺伝子のpX領域、HTLV-1プロウイルス遺伝子のgag領域、およびHTLV-1プロウイルス遺伝子のLTR-gag領域を含み得る。
【0015】
上記内部コントロールは、ヒトの遺伝子のアルブミンをコードする領域であり得る。
【0016】
本発明はまた、上記いずれかの標準プラスミドを用いた、試料中のHTLV-1プロウイルスの測定方法、に関する。
【0017】
上記測定方法において、該試料に含まれる内部コントロール対応領域およびHTLV-1プロウイルス遺伝子のpX領域と、gag領域および/またはLTR-gag領域の核酸をリアルタイムPCR法で増幅する工程;上記いずれかの標準プラスミドを該試料に含有させ、該標準プラスミドに含まれる内部コントロールおよびpX領域と、gag領域および/またはLTR-gag領域の核酸をリアルタイムPCR法で増幅する工程;および
内部コントロールの核酸のコピー数および各領域のコピー数をそれぞれ算出し、該各領域のコピー数を内部コントロールのゲノムコピー数で補正することで標準化する工程、
を含み得る。
【0018】
上記リアルタイムPCR法に用いられるプライマーは、遺伝子多型の認められない領域から選択され得る。
【0019】
本発明はまた、上記いずれかの測定方法によって、gag領域/pX領域及びLTR-gag領域/pX領域の値を算出し、これらの値を指標として感染者のATL発症危険性を検出する方法、に関する。
【0020】
本発明はまた、上記いずれかの測定方法によって、gag領域/pX領域の値を算出する、判定方法、に関する。
【0021】
上記判定方法において、
該試料に含まれる内部コントロール対応領域およびHTLV-1プロウイルス遺伝子のpX領域と、gag領域および/またはLTR-gag領域の核酸をリアルタイムPCR法で増幅する工程;上記標準プラスミドを該試料に含有させ、該標準プラスミドに含まれる内部コントロールおよびpX領域と、gag領域および/またはLTR-gag領域の核酸をリアルタイムPCR法で増幅する工程;および
内部コントロールの核酸のコピー数および各領域のコピー数をそれぞれ算出し、該各領域のコピー数を内部コントロールのゲノムコピー数で補正することで標準化する工程、
を含み得る。
【発明の効果】
【0022】
本発明によれば、gag/pX比の減少により、感染者の感染経路が母児間であるかどうかが推定でき、これにより、ATL発症の危険性が予測できる。さらに、本発明の標準プラスミドを用いることで、測定時点での感染者のHTLV-1プロウイルス量、欠損又は変異を有するプロウイルスの割合、欠損ウイルスの型別を同時に推定でき、この推定結果から、プロウイルスの割合の増加を検出することができ、感染者がATLを発症する危険がどの程度あるかを推測し得る。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】本発明のHTLV-1プロウイルス測定用の標準プラスミドの1つの例を示す模式図である。
【図2】ATL細胞におけるHTLV-1プロウイルスの3つのタイプを示す説明図である。
【図3】本プラスミドの希釈系列を用いたリアルタイムPCRの結果、得られた増幅曲線と検量線である。
【図4】本発明の標準プラスミドを用いて、リアルタイムPCR測定方法により試料中の核酸量を測定し、標準化された測定値から、gag/pX領域コピー数比とLTR-gag/pX領域コピー数比を算出し、プロットした散布図である。gag/pXとLTR-gag/pXは相関し、gag/pXが低いほどLTR-gag/pXも低くなる傾向が認められた。
【図5】本発明による感染者の母児感染者推定の基礎となる感染経路別gag/pX領域コピー数比を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0024】
本発明者らは、HTLV-1プロウイルス量(pX領域)の多い感染者の中で欠損又は変異を有するプロウイルスの型と割合に着目し、HTLV-1プロウイルス量の多い感染者の母児間感染者では、pX領域に対するgag領域の残存量の割合が、欠損又は変異により低値を示すこと、これによりATL発症の危険性を推定し得ることを見出した。
【0025】
すなわち、HTLV-1感染者から得られる試料中のHTLV-1プロウイルス遺伝子のgag領域/pX領域の値を算出することで、得られた値を指標として、一定値以下を示すサンプルの由来の感染者が母児感染である蓋然性が高いことを見出した。この一定値は、測定方法によっても変わり得るが、おおよそ0.6〜0.7の範囲であると考えられ、典型的には、0.64以下である。
【0026】
ここで、gag領域/pX領域の値の算出方法は特には限定されないが、pX領域と、gag領域および/またはLTR-gag領域の核酸をリアルタイムPCR法で増幅する工程が含まれることが好ましい。
【0027】
上記リアルタイムPCR法に用いられる、それぞれの領域のプライマーは、特に限定はされないが、遺伝子多型の認められない領域から選択されることが好ましい。
【0028】
ここで、「遺伝子多型が認められない領域」とは、限定はされないが、典型的には、代表的な7つのHTLV-1ウイルス(accession no. J02029、U19949、AF042071、AF259264、L03562、L36905、M86840)で遺伝子多型が認められなかった領域をさす。
【0029】
このようなリアルタイムPCR法においては、構成的な物質の遺伝子量、例えば、ハウスキーピング遺伝子の発現量を測定し、その値を標準として、目的の物質の遺伝子発現の正確な相対値を求めることが可能である。
【0030】
さらに、同一試料内で、どのような量比で、異なる遺伝子が発現しているかを正確に知る為に、コピー数がわかっている標準的な核酸を用意することができる。
【0031】
本発明においては、限定はされないが、標準的な核酸は、標準プラスミドであり得る。標準プラスミドは、少なくとも、内部コントロールとpX領域を含む。さらに、標準プラスミドは、gag領域およびLTR-gag領域のいずれか一方、またはその両方を含む。あるいはこのような標準プラスミドは、同じプラスミド内にいくつもの遺伝子領域を含まなくとも、それぞれ別々の遺伝子領域を含む複数のプラスミドとして、提供することもできる。さらにプラスミドに限定されず、ヒトのゲノムDNAや細胞株でも、既知量の核酸を含む形態であれば、標準核酸として使用することができる。
【0032】
リアルタイムPCR法の具体的方法においては、試料に含まれる内部コントロール対応領域およびHTLV-1プロウイルス遺伝子のpX領域と、gag領域および/またはLTR-gag領域の核酸をリアルタイムPCR法で増幅する工程;標準プラスミドを該試料に含有させ、該標準プラスミドに含まれる内部コントロールおよびpX領域と、gag領域および/またはLTR-gag領域の核酸をリアルタイムPCR法で増幅する工程;および
内部コントロールの核酸のコピー数および各領域のコピー数をそれぞれ算出し、該各領域のコピー数を内部コントロールのゲノムコピー数で補正することで標準化する工程、を含み得る。
あるいは、ここにおける標準プラスミドは、内部コントロールおよびpX領域と、gag領域および/またはLTR-gag領域の核酸を別々に含む複数のプラスミドであってもよい。
【0033】
このようなリアルタイムPCR法を用いる判定方法において、試料中のHTLV-1プロウイルス遺伝子のgag領域/pX領域の値をより正確に求めることができる。
【0034】
本発明においては、試料中のHTLV-1プロウイルス遺伝子のgag領域/pX領域の値が一定値以下であることは、感染者が母子感染者であることを意味すると共に、ATL発症の危険性が高いとすることができる。
【0035】
ここで、HTLV-1プロウイルス測定用の標準プラスミドについて、詳述する。
【0036】
1. HTLV-1プロウイルス測定用の標準プラスミド
本発明のHTLV-1プロウイルス測定用の標準プラスミドは、少なくとも内部コントロールおよびHTLV-1プロウイルス遺伝子のpX領域を含むことができる。さらに、HTLV-1プロウイルス遺伝子のgag領域またはLTR-gag領域のいずれか1つ、またはその両方を含む。
【0037】
ここで、特に限定はされないが、内部コントロールは、ヒトのアルブミン遺伝子の領域であり得る。この他に内部コントロールは、β-アクチン、リボヌクレアーゼ、GAPDH(glyceraldehyde-3-phosphate dehydrogenase)、β2-マイクログロブリン、HPRT 1(hypoxanthine phosphoribosyltransferase 1)などのうちのいずれか1つであってもよい。
【0038】
HTLV-1プロウイルス測定用の標準プラスミドを作成するにあたっては、特に限定されず、市販のpBluescript II 系のベクター、pT7Blue T-Vector、およびpGEM系のベクタープラスミドなどを適宜用いることができる。具体的には、プロメガ社のpGEM-T Easy Vectorの他、マルチクローニングサイトを有する導入プラスミド、例えばTOPO TA-cloning system(インビトロジェン社)、Mighty Cloning Kit(Takara社)などを適宜選択して使用できる。典型的には、これらのベクターのマルチクローニングサイトに、内部コントロールおよびHTLV-1プロウイルス遺伝子のpX領域、さらに、HTLV-1プロウイルス遺伝子のgag領域またはLTR-gag領域のいずれか1つ、またはその両方を含むような標準プラスミドを作成することができる。
【0039】
本発明の標準プラスミドのうち、限定されない典型的な例を図1に示す。図1においては、pGEM-TEasyベクタープラスミドのマルチクローニングサイトに、図1に示すHTLV-1の完全型プロウイルスの各領域の配列のうち、pX、gag、LTR-gagが内部コントロールであるヒトのアルブミン遺伝子PCR産物(以下ALBという)とともに導入されている。使用目的によって、pX、gag、LTR-gagのいずれか1つ又はそのいくつかの組み合わせ(2つまたは3つの領域)が、内部コントロールとともに導入されていてもよい。例えば、内部コントロール、pX、およびgag領域を導入したベクターなどである。プラスミドに導入する各遺伝子のサイトについては、pX領域がHTLV-1プロウイルス遺伝子の配列番号7312−7480位に該当する核酸、gagが1602-1695位に該当する核酸、LTR-gagが656−909位に該当する核酸の範囲であり得る。ここで、HTLV-1の核酸配列番号はSeikiの文献(Seiki M, et al. Proc Natl Acad Sci U S A 1983; 80:3618-22)に基づいて記載している(accession no.J02029)。
【0040】
このような標準プラスミドは、HTLV-1感染者の母児感染の判定のみならず、感染者のウイルスの型、ウイルス自体の型の判定、欠損あるいは変異部位の検出など幅広い用途に供される。すなわち、HTLV-1プロウイルス測定用の標準プラスミドとして、各領域遺伝子コピー数を同時かつ定量的に測定することが可能であり、HTLV-1プロウイルス量(pX)の測定、欠損又は変異型プロウイルス量(gag、LTR-gag)及び割合、欠損ウイルスの型の判別(1型欠損型、2型欠損型)などに有用である。また測定が簡便で、かつ測定値を比較し易く標準化するのに有効である。
【0041】
2. 標準プラスミドの作成方法
本発明の標準プラスミドは、例えば、次のような方法で作成することができる。
【0042】
前述のごときプラスミドの例えばマルチクローニングサイトに導入するpX、gag、LTR-gagの領域は、限定はされないが、pXがHTLV-1プロウイルス遺伝子の配列番号7312−7480、gagが1602-1695、LTR-gagが656−909の範囲で適宜選択されることが望ましい。導入するHTLV-1プロウイルス遺伝子及び内部コントロールは、文献等に開示されている部位から任意に選択することができるが、一塩基多型を多く含む領域は望ましくない為に避ける方がよい。
【0043】
1つの方法としては、鋳型のHTLV-1プロウイルス遺伝子の増幅されたPCR産物は、プラスミドと混合してインキュベートする。マルチクローニングサイトへの導入に好適な処理温度は、使用するプラスミドにより異なるので特定できないが、たとえばプロメガ社のpGEM-T Easyであれば、20℃から40℃程度で30分から数時間程度、より好ましくは室温で1時間である。あるいは0℃から10℃程度で、10時間から30時間程度、例えば、5℃で24時間程度がのぞましい。内部コントロールは、プラスミド内にあってもそれ以外でもよいが、好ましくはプラスミド内にあった方が同じ環境下で測定可能なため、標準化精度が高くなる。
【0044】
3. 標準プラスミドの使用方法
本発明の標準プラスミドは、HTLV-1プロウイルスのpX、gag、LTR-gagの遺伝子コピー数を測定し、標準化するのに、例えば以下のごとく使用する。
【0045】
(1) 感染者からの試料の分離
本明細書において、HTLV-1感染者からの試料とは、限定はされず、血液を始めとする体液あるいはその中に含まれる細胞を指す。特に血液由来細胞であることが好ましく、顆粒球、単球、リンパ球を含む白血球か、赤血球のいずれも用いることができるが、特には、末梢血単核球であることがより好ましい。末梢血単核球は、EDTA入り採血管又はHeparin入り採血管により被検者から採血された血液を等量の緩衡液、例えばPBSを混ぜ、そこから細胞分離キット、例えばFicol-Paque PLUS、リンフォプレップ、ヒドロキシエチルスターチ、バクティナーチューブなどを用いて単離することができる。必要があれば、セルバンカーのごとき保存液を加え、液体窒素中又はディープフリーザー内に保存する。
【0046】
(2) DNAの抽出
DNAの抽出は、血液由来細胞のような試料から細胞タンパク質除去剤、例えばsodium dodecyl sulfate ( SDS )-protease Kのようなもので処理し、その後にフェノールクロロホルム抽出、エタノール沈澱を行うことでなされ得る。抽出方法としてはQiagen社のQIAamp DNA Blood Mini Kitなどの抽出キットも使用できる。精製したDNAは吸光度を測定してDNA濃度を確認する。
【0047】
(3) HTLV-1プロウイルスの定量
完全型プロウイルス及び欠損又は変異型プロウイルスの定量は、リアルタイムPCRで行うことが好ましい。例えばPCRキットとしてはTakara perfect real time(RR039、Takara)を用い、リアルタイムPCR装置としてはLight Cycler 2.0(Roche)、ABI PRISM 7000/7700/7900HTおよび7300/7500 Real-Time PCR System、7500 Fast Real-Time PCR Systemなどを用いることができるがこれに限定はされない。このリアルタイムPCRにより、試料中のHTLV-1プロウイルスの3領域(pX、LTR-gag、gagのいずれか1つまたは2つ以上)及びヒトのALB遺伝子などの内部コントロールのコピー数を測定する。測定には、調製したDNAに、キットに付属のPremix Ex Taqと、別途用意した各DNA領域のプローブを用いる。プライマーとしてはForward プライマー、Reverse プライマーを用い、これに例えば精製水を加え、全体量を調整する。ここで用いるプローブやプライマーは、既知のプロウイルス配列から適宜選択することができる。
【0048】
(4) 標準プラスミドの使用
本発明では、前工程のHTLV-1プロウイルスの定量には、本発明の標準プラスミドを用いることが好ましい。標準プラスミドは、例えば、一定量のコピーを、酵母RNAで連続希釈し、用いることができる。HTLV-1プロウイルスのLTR-gag、gag、 pXの各領域のコピー数は、内部コントロールであるALBのコピー数(1細胞当たり2コピーのDNAを有する)で除し、例えば100細胞当たりの各領域のコピー数を求め、標準化することができる。
【0049】
4. ATL発症危険者の検出
(a) HTLV-1プロウイルスの型の検出
本発明では、リアルタイムPCRにより、pX領域を測定することで、被験者の感染プロウイルス量を測定できる。さらに各領域の測定結果からgag/pX、LTR-gag/pXの値を求めることができる。gag/pXの値が低ければ1型、2型を含む欠損又は変異を有するプロウイルスを多く保有することが推定され、さらにLTR-gag/pX値が低ければ2型の欠損又は変異を有するプロウイルスを多く保有することが推定される。このような検出において、本発明の標準プラスミドを用いることで、試料中の核領域の量比について、簡易かつ正確な測定および検出が可能となる。例えば、ここで、図3に標準プラスミドの希釈系列を用いて得られたpX領域の増幅曲線と検量線を示すが、1×10e1〜10e6 copies /μLの濃度で、精度よく増幅されている。標準プラスミドを用いない場合であっても、例えば、内部コントロール、pX領域、gag領域、LTR-gag領域のそれぞれを、別々に提供して、PCR用の標準とすることも可能である。
【0050】
本発明の測定の1つの例によれば、図4に示すように、pXに対する比でみると、gagの欠損又は変異を有するプロウイルス量は感染者個々で大きく異なるのに対して、LTR-gag領域の欠損又は変異を有するプロウイルス量の多い無症候性感染者は検出頻度が著しく低いと推測される。
【0051】
(b) 感染経路の検出
本発明では、感染者の母児感染と配偶者間感染を判別することができる。一般的にATLの発症者は母児感染者のみであり、原則的に配偶者感染者からの発症はないとされている。従って、母児感染か否かを判定することは、ひいては、ATL発症の危険性を予測することにつながる。
【0052】
すなわち、本発明において、感染者の試料から得られるプロウイルスの各領域の測定によって、gag/pXの値を求め、その値が低い場合、特には、0.64以下である場合に、母児感染者であることが予測できることが見出された。このことから、本発明の本法を用いてgag/pX比を測定することにより、家族の情報がなくても、被験者がATLの発症危険因子のひとつと考えられる母児感染者であると推定できる。
【0053】
このような方法において、本発明の標準プラスミドを用いることで、より簡易かつ正確な測定が可能となるが、標準プラスミドを用いない場合であっても、例えば、内部コントロール、pX領域、gag領域、LTR-gag領域のそれぞれを、別々に提供して、PCR用の標準とすることも可能である。
【0054】
以下、本発明を実施例に基づき、より具体的に説明する。しかしながら、本実施例は本発明の具体例を示すのみで、本発明は下記実施例に限定されるものではない。
【実施例】
【0055】
リアルタイムPCRを用いたHTLV-1感染者におけるHTLV-1プロウイルス量測定及び欠損型プロウイルスの解析
【0056】
(1)HTLV-1感染者、非感染者の血液検体
インフォームドコンセントを得たHTLV-1感染者及び非感染者からそれぞれ7 mLの血液の提供を受けた。
【0057】
(2)各血液検体からの末梢血単核球の分離
血液検体より末梢血単核球を分離した。上記検体をHeparin入り採血管で採取し、等量のPBSを混ぜ、そこから常法によりFicol-Paque PLUS(カタログ番号;17-1440-02、GE Healthcare)を用いて末梢血単核球を単離し、セルバンカー(BLC-1、十慈フィールド株式会社)を加え、液体窒素中に保存した。
【0058】
(3)各血液検体由来の末梢血単核球からのDNAの調製
DNAの抽出は末梢血単核球から、sodium dodecyl sulfate ( SDS )-protease Kで処理を行い、その後にフェノールクロロホルム抽出、エタノール沈澱を行った。精製したDNAは260 nmで吸光度を測定してDNA濃度を確認した。
【0059】
(4)欠損型プロウイルス量測定のための標準プラスミド作成
複数の文献及び実験例から安定して保存されている遺伝子配列(accession no.J02029)に基づきHTLV-1 pX、LTR-gag、gag、領域を検討した結果、各プライマーを表1のように設定した。これらプライマーを用いPCRによる増幅を行い、pXが7312−7480、gagが1602-1695、LTR-gagが656−909のPCR産物を、ヒトのALBのPCR産物とともに、ベクター:pGEM-T Easy(プロメガ)に導入し、図1に示すようなリアルタイム測定用標準プラスミドを作成した。
【0060】
本発明では、HTLV-1プロウイルス遺伝子配列を、限定はされないが、表1に示すプライマーを用いてPCRにより増幅することができる。
【0061】
【表1】

【0062】
(5)完全型プロウイルス及び欠損型プロウイルスの定量方法
Takara perfect real time(RR039、Takara)を用いてLight Cycler 2.0(Roche)を用いて、遺伝子コピー数測定をHTLV-1プロウイルスの3領域(pX、LTR-gag、gag)及びヒトのALB遺伝子についてリアルタイムPCRにより行った。
【0063】
調製したDNA 2μLに、キットに付属のPremix Ex Taqと、別途用意した各DNA領域の10μMプローブ 0.4μL、10μM Forward プライマー0.4μL、10μM Reverse プライマー0.4μL及び精製水を加え、全体量を20μLとした。各DNA領域のプローブとプライマー配列を表2に示す。リアルタイムPCRの反応条件を表3に示す。
代表的なプローブ及びプライマーの配列を表2に示すが、これに限定はされない。一方、リアルタイムPCRの反応条件はプライマーによって異なるが、代表的な例を表3に示す。
【0064】
【表2】

【0065】
【表3】

【0066】
標準プラスミドは1×10e8copies/μLを10 ng/μLの酵母RNA(AM7118;アンビオン社)で10倍連続希釈して1×10e1〜10e7 copies /μLとし,測定には1×10e1〜10e6 copies /μLを用いた。 HTLV-1プロウイルスのpX、LTR-gag、gagの各領域のコピー数を内部コントロールであるALBのコピー数(1細胞当たり2コピーのDNAを有する)で除し、100細胞当たりの各領域のコピー数を求めた。
【0067】
(6)測定結果
1)高プロウイルス量感染者の同定:リアルタイムPCRによる代表的結果を表4に示す。LTR-gag、gag、 pXの各領域の100細胞あたりのHTLV-1プロウイルスコピー数が定量可能で、このうちpXのコピー数が対象者のHTLV-1プロウイルス量(感染細胞数)として測定できた。この結果から感染率5%以上の高プロウイルス保持者は10例検出された。
【0068】
【表4】

【0069】
2)HTLV-1プロウイルスの欠損パターンの解析:図2に完全型プロウイルス、1型欠損プロウイルス、2型欠損プロウイルスの模式図を示す。各領域のリアルタイムPCRによる結果から、gag/pX、LTR-gag/pXの比を求め、gag/pX比を横軸、LTR-gag/pX比を縦軸に用いた、34例の感染者の散布図を図4に示した。散布図でみるとgag/pX比は0.4-0.8と、比較的広い幅をもって分布した。この結果より、HTLV-1感染者ではgag領域の欠損(主に1型欠損)又は変異を有するプロウイルス感染細胞の保有割合は大きく異なっており、個体によっては総感染細胞の6割が欠損または変異を有するプロウイルス保有細胞で占められていることが示された。一方でLTR-gag/pX比は0.8-1.0の範囲に多くのHTLV-1感染者が分布しており、LTR-gag領域に欠損または変異を有するプロウイルスの割合が少ないことが推測された。gag/pXとLTR-gag/pXには相関が認められ(p < 0.01)、gag/pXが低いほどLTR-gag/pXも低い傾向が認められた。このことは、gag領域に欠損または遺伝子変異を有するプロウイルスの割合が多い個体ほど、LTR-gag領域の欠損または遺伝子変異を有するプロウイルスも多いことを示している。また発明者らは、比率によらない方法で、LTR-gag領域が検出されない2型欠損プロウイルス感染者を数名検出しているが、この34例の検討では検出できなかった。これは対象者数が少ないことによると思われた。
3)感染経路の推定:感染経路不明者13例についてgag/pX比0.64を当てはめると、母児感染者が7例(54%)、配偶者間感染者が6例(46%)と推定された。
さらに、感染経路が明確な例について解析した。図5は、本発明によるHTLV-1プロウイルスの欠損解析が感染経路の特定に有用か否かを検討した結果を示す。感染経路別にgag/pX比を検討したところ、配偶者間感染者4例と比較して、母児感染者8例は、gag/pX比が統計学的に有意に低い。さらにgag/pX比が0.64を閾値とした場合、感度87%特異度100%で被験者が母児感染者であると推定できる。
【産業上の利用可能性】
【0070】
本発明の方法によれば、gag/pXの値が低いことに基づき、感染者の感染経路が母児間であることと推定でき、これにより、ATL発症の危険性の予測に役立つ。さらに、本発明の標準プラスミドを用いることで、測定時点での感染者のHTLV-1プロウイルス量、欠損又は変異を有するプロウイルスの割合、欠損ウイルスの型別を同時に推定でき、この推定結果から、プロウイルスの割合の増加を検出することができ、感染者がATLを発症する危険がどの程度あるかを評価することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
HTLV-1感染者から得られる試料中のHTLV-1プロウイルス遺伝子のgag領域/pX領域の値を算出し、得られた値を指標として、該HTLV-1感染者が母児感染であるかを判定する方法。
【請求項2】
前記試料中のHTLV-1プロウイルス遺伝子のgag領域/pX領域の値が、0.64以下であることが母児感染の指標となる請求項1記載の判定方法。
【請求項3】
前記母子感染者を、ATL発症の危険性が高いとする、請求項1または2記載の判定方法。
【請求項4】
HTLV-1プロウイルス測定用の標準プラスミドであって、
少なくとも内部コントロールおよびHTLV-1プロウイルス遺伝子のpX領域を含み、
さらに、HTLV-1プロウイルス遺伝子のgag領域またはLTR-gag領域、またはその両方を含む、HTLV-1プロウイルス測定用の標準プラスミド。
【請求項5】
内部コントロール、HTLV-1プロウイルス遺伝子のpX領域、HTLV-1プロウイルス遺伝子のgag領域、およびHTLV-1プロウイルス遺伝子のLTR-gag領域を含む、請求項4記載の標準プラスミド。
【請求項6】
前記内部コントロールが、ヒトの遺伝子のアルブミンをコードする領域である請求項4または5記載の標準プラスミド。
【請求項7】
請求項4から6までのいずれかに記載の標準プラスミドを用いた、試料中のHTLV-1プロウイルスの測定方法。
【請求項8】
請求項7記載のHTLV-1プロウイルスの測定方法であって、
該試料に含まれる内部コントロール対応領域およびHTLV-1プロウイルス遺伝子のpX領域と、gag領域および/またはLTR-gag領域の核酸をリアルタイムPCR法で増幅する工程;
請求項4から6までのいずれかに記載の標準プラスミドを該試料に含有させ、該標準プラスミドに含まれる内部コントロールおよびpX領域と、gag領域および/またはLTR-gag領域の核酸をリアルタイムPCR法で増幅する工程;および
内部コントロールの核酸のコピー数および各領域のコピー数をそれぞれ算出し、該各領域のコピー数を内部コントロールのゲノムコピー数で補正することで標準化する工程、
を含む、測定方法。
【請求項9】
前記リアルタイムPCR法に用いられるプライマーが、遺伝子多型が認められない領域から選択される、請求項8記載の測定方法。
【請求項10】
請求項7から9までのいずれか1項に記載の測定方法によって、gag領域/pX領域及びLTR-gag領域/pX領域の値を算出し、これらの値を指標として感染者のATL発症危険性を検出する方法。
【請求項11】
請求項1から3までのいずれか1項記載の判定方法であって、請求項7から9までのいずれか1項に記載の測定方法によって、gag領域/pX領域の値を算出する、判定方法。
【請求項12】
請求項11記載の判定方法であって、
該試料に含まれる内部コントロール対応領域およびHTLV-1プロウイルス遺伝子のpX領域と、gag領域および/またはLTR-gag領域の核酸をリアルタイムPCR法で増幅する工程;
請求項4から6までのいずれかに記載の標準プラスミドを該試料に含有させ、該標準プラスミドに含まれる内部コントロールおよびpX領域と、gag領域および/またはLTR-gag領域の核酸をリアルタイムPCR法で増幅する工程;および
内部コントロールの核酸のコピー数および各領域のコピー数をそれぞれ算出し、該各領域のコピー数を内部コントロールのゲノムコピー数で補正することで標準化する工程、
を含む、判定方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2011−234655(P2011−234655A)
【公開日】平成23年11月24日(2011.11.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−107627(P2010−107627)
【出願日】平成22年5月7日(2010.5.7)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成20年度〜平成21年度、独立行政法人科学技術振興機構、委託研究「重点地域研究開発推進プログラム(研究開発資源活用型)」、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(504224153)国立大学法人 宮崎大学 (239)
【Fターム(参考)】