説明

ヒドロキシエステル誘導体の製造方法

【課題】特定の環状シスジオール化合物(シス体の化合物)の二つの水酸基のうち、片方の水酸基をエステル化してヒドロキシエステル誘導体を得る方法を提供する。
【解決手段】水溶媒中、特定の環状シスジオール化合物(例えば、シス−1,2−シクロオクタンジオール)と、カルボン酸ハライド化合物またはカルボン酸無水物とを、ジアルキルジハロゲノ錫化合物、塩基および4−(4,6−ジメトキシ−1,3,5−トリアジン−2−イル)−4−メチルモルホリニウムクロライド存在下に反応させることで、高収率で目的とするヒドロキシエステル誘導体を取得する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、特定の環状シスジオール化合物、例えば、シス−1,2−シクロペンタンジオールのような化合物の一方の水酸基のみを、水溶媒中、カルボン酸ハライド化合物またはカルボン酸無水物によって選択的に保護したヒドロキシステル誘導体を製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ジオール化合物は、医薬、農薬、樹脂添加剤、液晶等の合成に欠くことのできない重要な化合物である。しかし、この化合物は、ほぼ同じ反応性を有する二つの水酸基を有するため、一方の水酸基のみを他の化合物と反応させるためには、もう一方の水酸基を何らかの保護基で保護する必要があった。従来、二つの水酸基の一方のみを保護する方法としては、ジオール化合物と酸化ジブチル錫を反応させてジブチルスタニレンアセタール化合物を形成させた後、ベンゾイルクロライドを作用させる方法(非特許文献1参照)や、同様の反応をマイクロ波照射下で行う方法が知られている(非特許文献2参照)。さらには、ジオール化合物と酸ハライド化合物とを触媒量のジアルキルジハロゲノ錫化合物と塩基との存在下に反応させる方法が知られている(特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】ジャーナル・オブ・オーガニック・ケミストリー(Journal of Organic Chemistry)、55巻、5132−5139頁、1990年
【非特許文献2】ジャーナル・オブ・オーガニック・ケミストリー(Journal of Organic Chemistry)、61巻、5264−5270頁、1996年)。
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平11−310547号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、非特許文献1に記載された方法では、ジオール化合物に対して等量の酸化ジブチル錫が必要な上に、ジブチルスタニレンアセタール化合物を形成させるために、共沸脱水等の煩雑な操作を行わなければならなかった。また、非特許文献2に記載された方法では、酸化ブチル錫の使用量は、触媒量に抑えられてはいるものの、マイクロ波発生装置等の特殊な反応装置が必要となるため、大量合成の方法としては改善の余地があった。
【0006】
一方、特許文献1に記載の方法では、酸化ジブチル錫の代わりに触媒量のジアルキルジハロゲノ錫化合物を用いることによって、温和な条件下、簡便な装置と操作でヒドロキシエステル誘導体の製造に成功している。しかしながら、この特許文献1には、反応溶媒に有機溶媒しか示されておらず、水を反応溶媒に使用することは記載されていない。
【0007】
環境問題が重要視されている近年、水は極めてクリーンな溶媒であるため、水溶媒中での有機合成が高収率で進行することを見出すことは、有機合成上極めて意義深い。そこで、本発明者らは、特許文献1に記載の方法において水を反応溶媒に使用して検討を行った。その結果、生成するヒドロキシステル誘導体の収率は63%に留まり、収率の点で改善の余地があることが判明した。
【0008】
したがって、本発明の目的は、水を反応溶媒として用い、ジオール化合物から高収率でヒドロキシ誘導体を製造する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
かかる実情に鑑み、本発明者らは鋭意検討した結果、水溶媒中、特定の環状シスジオール化合物と、カルボン酸ハライド化合物またはカルボン酸無水物とを、ジアルキルジハロゲノ錫化合物、塩基および4−(4,6−ジメトキシ−1,3,5−トリアジン−2−イル)−4−メチルモルホリニウムクロライド(以下、単に「DMC」とする場合もある。)存在下に反応させることで、高収率で目的とするヒドロキシエステル誘導体を製造できることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0010】
即ち、本発明は、
ジアルキルジハロゲノ錫化合物、塩基および4−(4,6−ジメトキシ−1,3,5−トリアジン−2−イル)−4−メチルモルホリニウムクロライド(DMC)の存在下、
下記式(1)
【0011】
【化1】

【0012】
(式中、下記式(2)
【0013】
【化2】

【0014】
で示される環Xは、式中の2つの炭素原子を含む総原子数が4以上10以下となる環である。)で示される環状シスジオール化合物と、カルボン酸ハライド化合物またはカルボン酸無水物とを水溶媒中で反応させることを特徴とするヒドロキシエステル誘導体の製造方法である。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、水溶媒中で、高収率でヒドロキシエステル誘導体を製造することができる。また、得られるヒドロキシエステル誘導体は、医薬及び農薬の原料として極めて重要な化合物であり、これらの化合物を触媒量のジアルキルジハロゲノ錫化合物を用いて、水溶媒中、温和な条件下、簡便な操作で製造する本発明は、工業的に極めて有用である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明は、ジアルキルジハロゲノ錫化合物、塩基およびDMC存在下、特定の環状シスジオール化合物と、カルボン酸ハライド化合物またはカルボン酸無水物とを水溶媒中で反応させる方法である。本発明によれば、水を反応溶媒に使用したとしても、該環状シスジオール化合物の一方の水酸基のみに、カルボン酸ハライド化合物またはカルボン酸無水物を反応させたヒドロキシエステル誘導体を高収率で得ることができる。以下、本発明に使用する上記化合物を、順を追って説明する。
【0017】
(環状シスジオール化合物)
本発明で使用する環状シスジオール化合物は、下記式(1)
【0018】
【化3】

【0019】
(式中、下記式(2)
【0020】
【化4】

【0021】
で示される環Xは、式中の2つの炭素原子を含む総原子数が4以上10以下となる環である。)で示される環状シスジオール化合物である。
【0022】
本発明においては、隣接する炭素原子に水酸基を有する前記式(1)で示される環状ジオール化合物を使用する。このような水酸基の反応性が同じような化合物を使用する場合に、本発明は優れた効果を発揮する。
【0023】
前記式(1)で示される環状シスジオール化合物において、前記式(2)で示される環Xは、式中の2つの炭素原子を含む総原子数が4以上10以下である。総原子数が前記範囲を満足する化合物を使用することにより、その化合物自体の入手が容易となり、さらには、得られるヒドロキエステル誘導体が様々な合成に使用できる有用なものとなる。
【0024】
前記式(1)で示される環状シスジオール化合物は、前記式(2)で示される環Xの総炭素数が前記範囲を満足し、かつ、隣接した炭素原子に結合する水酸基の立体配置がシス体であれば、如何なる化合物であってもよい。そのため、前記式(2)で示される環Xは、前記条件を満足すれば、脂肪族炭化水素環、ヘテロ原子を含む複素環、これら環にさらに環が結合した縮合環であってもよい。また、前記式(2)で示される環Xには、置換基を有することもできる。なお、縮合環、環が置換基を有する場合、前記式(2)で示される環Xの総炭素数は、縮合している環、および置換基の原子数は含まないものとする。
【0025】
前記式(1)で示される環状シスジオール化合物(以下、単に「環状シスジオール化合物」とする場合もある)を具体的に例示すると、シス−1,2−シクロペンタンジオール、シス−1,2−シクロヘキサンジオール、シス−1,2−シクロヘプタンジオール、シス−1,2−シクロオクタンジオール、シス−2,3−ジヒドロキシ−1,2,3,4−テトラヒドロナフタレン、シス−3,4−ジヒドロキシテトラハイドロフラン等の環状シスジオール化合物を挙げることができる。これら環状シスジオール化合物の中でも、特に高収率が期待できる、シス−1,2−シクロペンタンジオール、シス−1,2−シクロヘキサンジオール、シス−1,2−シクロヘプタンジオール、シス−1,2−シクロオクタンジオール、シス−2,3−ジヒドロキシ−1,2,3,4−テトラヒドロナフタレン等が好適に使用される。
【0026】
(カルボン酸ハライド化合物、カルボン酸無水物)
本発明で使用するカルボン酸ハライド化合物は、試薬あるいは工業原料として入手可能なものが何等制限なく使用できる。これらカルボン酸ハライド化合物を具体的に例示すると、ベンゾイルクロライド、o−トルオイルクロライド、m−トルオイルクロライド、p−トルオイルクロライド、o−メトキシベンゾイルクロライド、m−メトキシベンゾイルクロライド、p−メトキシベンゾイルクロライド、o−クロロベンゾイルクロライド、m−クロロベンゾイルクロライド、p−クロロベンゾイルクロライド、o−ニトロベンゾイルクロライド、m−ニトロベンゾイルクロライド、p−ニトロベンゾイルクロライド、p−t−ブチルベンゾイルクロライド、1−ナフトイルクロライド、2−ナフトイルクロライド、2−チオフェンカルボン酸クロライド、3−チオフェンカルボン酸クロライド、ベンゾイルブロマイド、o−トルオイルブロマイド、m−トルオイルブロマイド、p−トルオイルブロマイド、o−メトキシベンゾイルブロマイド、m−メトキシベンゾイルブロマイド、p−メトキシベンゾイルブロマイド、o−クロロベンゾイルブロマイド、m−クロロベンゾイルブロマイド、p−クロロベンゾイルブロマイド、o−ニトロベンゾイルブロマイド、m−ニトロベンゾイルブロマイド、p−ニトロベンゾイルブロマイド、p−t−ブチルベンゾイルブロマイド、2−チオフェンカルボン酸ブロマイド、3−チオフェンカルボン酸ブロマイド、等の芳香族カルボン酸ハライド化合物、アセチルクロライド、プロピオニルクロライド、クロロアセチルクロライド、アセチルブロマイド、プロピオニルブロマイド等の脂肪族カルボン酸ハライド化合物、フェニルアセチルクロライド、フェニルアセチルブロミド等のアラルキルカルボン酸ハライド化合物を挙げることができる。
【0027】
また、本発明で使用するカルボン酸無水物も、試薬あるいは工業原料として入手可能なものが何等制限なく使用できる。これらカルボン酸無水物を具体的に例示すると、無水安息香酸、無水p−トルイル酸等を挙げることができる。
【0028】
前記カルボン酸ハライド化合物およびカルボン酸無水物の中でも、ベンゾイルクロライド、m−トルオイルクロライド、p−トルオイルクロライド、m−メトキシベンゾイルブロマイド、m−クロロベンゾイルクロライド、p−クロロベンゾイルクロライド、m−ニトロベンゾイルクロライド、p−ニトロベンゾイルクロライド、p−t−ブチルベンゾイルクロライド、1−ナフトイルクロライド、2−ナフトイルクロライド、ベンゾイルブロマイド、m−トルオイルブロマイド、p−トルオイルブロマイド、m−クロロベンゾイルブロマイド、p−クロロベンゾイルブロマイド、m−ニトロベンゾイルブロマイド、p−ニトロベンゾイルブロマイド、p−t−ブチルベンゾイルブロマイド、2−チオフェンカルボン酸ブロマイド等の芳香族カルボン酸ハライド化合物、無水安息香酸等のカルボン酸無水物等が、高い反応収率を示すため、特に好適に使用することができる。
【0029】
本発明において、カルボン酸ハライド化合物またはおよびカルボン酸無水物の使用量は、特に制限されるものではないが、前記環状シスジオール化合物とは等量反応であるため、環状シスジオール化合物の使用量に対して等モル以上であればよい。ただし、使用量が多くなりすぎると、二つの水酸基が共にエステル化された化合物が副生するため、環状シスジオール化合物1モルに対して、1モル以上2モル以下とすることが好ましく、さらには1モル以上1.5モル以下とすることが好ましい。
【0030】
(ジアルキルジハロゲノ錫化合物)
本発明で使用するジアルキルジハロゲノ錫化合物は、特に制限されるものではなく、触媒として知られている公知の化合物を使用することができる。中でも、炭素数6以下のアルキル基とハロゲン原子が直接錫と結合している化合物を使用することが好ましい。その中でも、特に、ジメチルジクロロ錫、ジメチルジブロム錫、ジブチルジクロロ錫が高い反応収率を示すため、好適に使用される。
【0031】
本発明において、ジアルキルジハロゲノ錫化合物の使用量は、触媒として機能する有効量であれば特に制限されるものではないが、多くなりすぎると後処理工程が煩雑になり、少なすぎると反応速度が低下する傾向にある。そのため、通常、環状シスジオール化合物1モルに対して0.0001モル以上0.2モル以下とすることが好ましく、さらに0.0005モル以上0.15モル以下とすることが好ましい。
【0032】
(塩基)
本発明で使用する塩基は、有機塩基および無機塩基を何等制限なく使用できる。これらを具体的に例示すると、無機塩基としては、炭酸カリウム、炭酸ナトリウム、炭酸リチウム、炭酸カルシウム、炭酸マグネシウム、炭酸セシウム、炭酸水素カリウム、炭酸水素ナトリウム、炭酸水素リチウム等の炭酸塩、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化リチウム、水酸化マグネシウム等の水酸化物を挙げることができる。一方、有機塩基としては、トリエチルアミン、トリブチルアミン、ジイソプロピルメチルアミン、メチルモルホリン等の脂肪族アミン、ピリジン、4−N,N−ジメチルアミノピリジン、N,N−ジメチルベンジルアミン等の芳香族アミン等を挙げることができる。
【0033】
前記塩基の中でも特に、無機塩基としては、炭酸カリウム、炭酸ナトリウム、炭酸リチウム、炭酸カルシウム、炭酸マグネシウム、炭酸セシウム、炭酸水素カリウム、炭酸水素ナトリウム、炭酸水素リチウム等の炭酸塩、有機塩基としては、トリエチルアミン、トリブチルアミン、メチルモルホリン等の脂肪族アミン、ピリジン、4−N,N−ジメチルアミノピリジン等の芳香族アミン等の弱塩基が、本発明において、高い反応選択性と収率を示すため好適に採用できる。
【0034】
これら塩基は、単独でも、複数種類のもの、または複数のものを混合して使用することができる。また、当然のことながら、無機塩基と有機塩基とを併用して使用することもでき、特に、炭酸カリウムまたは炭酸セシウムと、4−N,N−ジメチルアミノピリジンとを併用して使用することが好ましい。この場合、炭酸カリウムまたは炭酸セシウム1モルに対して、4−N,N−ジメチルアミノピリジンを0.05モル以上2.0モル以下使用することが好ましく、さらには0.05モル以上1.0モル以下使用することが好ましく、特に0.05モル以上0.5モル以下使用することが好ましい。
【0035】
本発明において、塩基の使用量は、特に制限されるものではないが、多くなりすぎると後処理工程が煩雑となる上に、生成物の分解反応に寄与する可能性が高くなり、少なすぎると反応の転化率が低くなる傾向にある。そのため、通常、環状シスジオール化合物1モルに対して、0.9モル以上4モル以下とすることが好ましく、さらに1モル以上3モル以下とすることが好ましい。なお、1種類の塩基を使用する場合には、その塩基の使用量が前記範囲を満足することが好ましい。また、2種類以上の塩基を使用する場合には、2種類以上の塩基の合計使用量が前記範囲を満足することが好ましい。
【0036】
(DMC:4−(4,6−ジメトキシ−1,3,5−トリアジン−2−イル)−4−メチルモルホリニウムクロライド)
本発明で使用するDMCは、無水物、または含水物を使用することができる。
【0037】
本発明において、DMCの使用量(含水物の場合はそれに含まれるDMCの量)は、特に制限されるものではないが、多すぎると後処理工程が煩雑となる上に、生成物の分解反応に寄与する可能性が高くなり、少なすぎると反応の転化率が低くなる傾向にある。そのため、通常、環状シスジオール化合物1モルに対して、0.9モル以上3モル以下とすることが好ましく、さらに1モル以上2モル以下とすることが好ましい。
【0038】
(水)
本発明においては、前記の化合物を用いたヒドロキシエステル誘導体の合成反応を水溶媒中で行うことを特徴とする。つまり、反応溶媒として水を使用することを特徴とする。
【0039】
本発明で使用する水は、市販のものを何ら制限なく使用できる。例えば、超純水、純水、イオン交換水、蒸留水、上水等を使用することができる。
【0040】
本発明において、水の使用量は、特に制限されるものではないが、多すぎるとバッチあたりの収量が減少する傾向にあり、少なすぎると攪拌等に負荷がかかり、操作性が低下する傾向にある。そのため、通常、反応溶媒(水溶媒)中の環状シスジオール化合物の濃度が0.1質量%以上70質量%以下となる量とすることが好ましく、さらには1質量%以上60質量%以下となる量とすることが好ましい。
【0041】
(反応条件、およびヒドロキシエステル誘導体の精製方法)
本発明においては、前記ジアルキルジハロゲノ錫化合物、塩基およびDMCの存在下、環状シスジオール化合物と、カルボン酸ハライド化合物またはカルボン酸無水物とを水溶媒中で反応させればよい。この反応(以下、エステル化反応とする場合もある)は、水溶媒中でジアルキルジハロゲノ錫化合物、塩基、DMC、環状シスジオール化合物、カルボン酸ハライド化合物またはカルボン酸無水物を混合してやればよい。そのため、これらの添加順序は、特に制限されるものではない。ただし、通常、錫錯体を形成させた後に、カルボン酸ハライド化合物またはカルボン酸無水物を添加するのが一般的である。例えば、反応器に環状シスジオール化合物、ジアルキルジハロゲノ錫化合物、塩基、DMCおよび水を仕込み、攪拌しながらカルボン酸ハライド化合物またはカルボン酸無水物を添加する方法を採用することができる。環状シスジオール化合物、ジアルキルジハロゲノ錫化合物、塩基、およびDMCは水で希釈したものを使用することもできるし、そのまま使用することもできる。
【0042】
このエステル化反応を行う際の反応温度は、使用する環状シスジオール化合物、カルボン酸ハライド化合物またはカルボン酸無水物、ジアルキルジハロゲノ錫化合物、塩基の種類によって異なるため、一義的に限定されるものではない。ただし、反応温度が低すぎると反応速度が遅くる傾向にあり、高すぎると副反応を助長する傾向にある。そのため、反応温度は、通常、−10℃以上50℃以下とすることが好ましく、さらには0℃以上30℃以下とすることが好ましい。 また、反応時間は、特に制限されるものではないが、0.1〜50時間もあれば十分である。この反応の間は、各成分が十分に混合できるように水溶媒を攪拌しておくことが好ましい。
【0043】
また、このエステル化反応は、常圧、減圧、加圧のいずれの状態でも実施可能である。さらに、このエステル化反応は、空気(大気雰囲気下)中で実施することもできるし、または、窒素、ヘリウム、アルゴン等の不活性気体を反応系内に存在させ、不活性気体雰囲気下で実施することもできる。収率を考慮すると、不活性気体雰囲気下で実施することが好ましい。
【0044】
本発明おいては、前記方法によりエステル化反応を実施することにより、環状シスジオール化合物の一方の水酸基のみを保護したヒドロキシエステル誘導体を高収率で製造できる。このヒドロキシエステル誘導体の構造は、使用した環状シスジオール化合物と、使用したカルボン酸ハライド化合物またはカルボン酸無水物との構造によって決定する。次に、得られた反応物から目的とするヒドロキシエステル誘導体を分離精製する方法について説明する。
【0045】
ヒドロキシエステル誘導体の分離精製方法は、特に制限されるものではなく、反応物混合物から、公知の単離精製方法によって、目的とするヒドロキシエステル誘導体を分離することができる。具体的な分離精製方法を例示すれば以下の方法を挙げることができる。先ず、反応終了後の反応溶液を飽和塩化アンモニウム水溶液に投入する。次いで、該水溶液と水に難溶な有機溶媒(例えば、酢酸エチル)と接触させ、該有機溶媒により目的物を抽出する。その後、得られた有機溶媒を乾燥剤(例えば、硫酸マグネシウム等)により乾燥し、該溶媒を留去し、残渣を公知の方法で精製、例えば、シリカゲルクロマトグラフィーによって精製することにより、目的とするヒドロキシエステル誘導体を分離精製できる。
【0046】
前記分離精製方法によって得られるヒドロキシエステル誘導体は、一方の水酸基のみが保護された化合物の混合物、即ちラセミ体となる。例えば、原料として1位、2位の炭素原子に水酸基を有する環状シスジオール化合物を使用した場合には、1位の水酸基がエステル化された化合物と2位の水酸基がエステル化された化合物の混合物(ヒドロキシエステル誘導体)となる。このとき、両者(例えば、1位の水酸基がエステル化された化合物と2位の水酸基がエステル化された化合物)の生成比は、1:1となるため、得られたヒドロキシエステル誘導体はラセミ体となる。
【実施例】
【0047】
以下、実施例を掲げて本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらによって何等制限されるものではない。
【0048】
実施例1
10mlの茄子型フラスコに、大気雰囲気下、純水6mlを加え、これにシス−1,2−シクロオクタンジオール144mg(1.0mmol)、ジメチルジクロロ錫21.9mg(0.10mmol)、炭酸カリウム138mg(1.0mmol)、15.6質量%含水DMC393mg(1.2mmol)、4−N,N−ジメチルアミノピリジン12.2mg(0.10mmol)、およびベンゾイルクロライド139μl(1.2mmol)を室温(23℃)で順次添加し、24時間撹拌した。反応終了後、飽和塩化アンモニウム水溶液50mlを入れたビーカーに反応溶液を投入し、酢酸エチル30mlを用いて抽出を行った。抽出操作を3回行った後、硫酸マグネシウムで乾燥させた後、酢酸エチルを留去した。得られた残渣をシリカゲルクロマトグラフィーで分離精製したところ、ラセミ体のシス−1−ベンゼンカルボニルオキシ−2−シクロオクタノールを237.3mg(収率96%)取得した。
【0049】
実施例2〜5
実施例1において、シス−1,2−シクロオクタンジオールの代わりに表1の環状シスジオール化合物を用い、さらに、ベンゾイルクロライドの使用量を環状シスジオール化合物に対して1.5モル当量とした以外は、実施例1と同様の操作を行った。その結果を表1に示す。
【0050】
【表1】

【0051】
実施例6〜15
実施例1において、ベンゾイルクロライドの代わりに、表2のカルボン酸ハライド化合物を用い、さらに、そのカルボン酸ハライド化合物の使用量をシス−1,2−シクロオクタンジオールに対して1.5モル当量とした以外は、実施例1と同様の操作を行った。その結果を表2に示す。
【0052】
【表2】

【0053】
実施例16
実施例1において、ジメチルジクロロ錫の代わりにジメチルジブロモ錫を用いた以外は実施例1と同様の操作を行った。その結果、ラセミ体のシス−1−ベンゼンカルボニルオキシ−2−シクロオクタノールを235.8mg(収率95%)取得した。
【0054】
実施例17〜19
実施例1において、炭酸カリウムの代わりに表3の塩基を用いた以外は、実施例1と同様の操作を行った。その結果を表3に示す。
【0055】
【表3】

【0056】
実施例20
10mlの茄子型フラスコに、大気雰囲気下、純水6mlを加え、これにシス−1,2−シクロオクタンジオール144mg(1.0mmol)、ジメチルジクロロ錫21.9mg(0.10mmol)、炭酸カリウム138mg(1.0mmol)、15.6質量%含水DMC393mg(1.2mmol)、およびベンゾイルクロライド139μl(1.2mmol)を室温(23℃)で順次添加し、24時間撹拌した。反応終了後、飽和塩化アンモニウム水溶液50mlを入れたビーカーに反応溶液を投入し、酢酸エチル30mlを用いて抽出を行った。抽出操作を3回行った後、硫酸マグネシウムで乾燥させた後、酢酸エチルを留去した。得られた残渣をシリカゲルクロマトグラフィーで分離精製したところ、ラセミ体のシス−1−ベンゼンカルボニルオキシ−2−シクロオクタノールを222.1mg(収率89%)取得した。実施例1において、4−N,N−ジメチルアミノピリジンを使用しなかった例である。
【0057】
実施例21
実施例20において、全ての成分を添加した後、ナスフラスコ内をアルゴン雰囲気下とした以外は、実施例20と同様の操作を実施した。その結果、ラセミ体のシス−1−ベンゼンカルボニルオキシ−2−シクロオクタノールを246.9mg(収率99%)取得した。
【0058】
実施例22
実施例20において、全ての成分を添加した後、ナスフラスコ内を窒素雰囲気下とした以外は、実施例20と同様の操作を実施した。その結果、ラセミ体のシス−1−ベンゼンカルボニルオキシ−2−シクロオクタノールを236.0mg(収率95%)取得した。
【0059】
実施例23
実施例1において、ベンゾイルクロライドの代わりに無水安息香酸を用いた以外は、実施例1と同様の操作を行った。その結果、ラセミ体のシス−1−ベンゼンカルボニルオキシ−2−シクロオクタノールを217.7mg(収率87%)取得した。
【0060】
実施例24
実施例20において、ベンゾイルクロライドの代わりにベンゾイルブロマイドを用いた以外は実施例20と同様の操作を行った。その結果、ラセミ体のシス−1−ベンゼンカルボニルオキシ−2−シクロオクタノールを220.0mg(収率88%)取得した。
【0061】
比較例1
実施例1において、DMCを使用しなかった以外は、実施例1と同様の操作を行った。その結果、ラセミ体のシス−1−ベンゼンカルボニルオキシ−2−シクロオクタノールの取得量は154.7mg(収率63%)に留まった。
【0062】
比較例2
実施例1において、ジメチルジクロロ錫を使用しなかった以外は、実施例1と同様の操作を行った。その結果、ラセミ体のシス−1−ベンゼンカルボニルオキシ−2−シクロオクタノールは全く取得できなかった。
【0063】
比較例3
実施例1において、ベンゾイルクロライドの代わりに安息香酸を使用した以外は、実施例1と同様の操作を行った。その結果、ラセミ体のシス−1−ベンゼンカルボニルオキシ−2−シクロオクタノールの取得量は42.9mg(収率17%)に留まった。
【0064】
比較例4
実施例1において、ジメチルジクロロ錫の代わりにジフェニルロクロロ錫を用いた以外は、実施例1と同様の操作を行った。その結果、ラセミ体のシス−1−ベンゼンカルボニルオキシ−2−シクロオクタノールの取得量は101.5mg(収率41%)に留まった。
【0065】
比較例5
実施例1において、ジメチルジクロロ錫の代わりに酸化ジブチル錫を用いた以外は、実施例1と同様の操作を行った。その結果、ラセミ体のシス−1−ベンゼンカルボニルオキシ−2−シクロオクタノールの取得量は178.6mg(収率72%)に留まった。
【0066】
比較例6
実施例20において、ジメチルジクロロ錫を使用しなかった以外は、実施例20と同様の操作を行った。その結果、ラセミ体のシス−1−ベンゼンカルボニルオキシ−2−シクロオクタノールは全く取得できなかった。
【0067】
比較例7
実施例1において、シス−1,2−シクロオクタンジオールの代わりにトランス−1,2−ペンタンジオールを使用した以外は、実施例1と同様の操作を行った。その結果、モノベンゾイル化された生成物(一方の水酸基のみが保護されたヒドロキシエステル誘導体)の収量は1mgにも満たなかった。
【0068】
比較例8
実施例1において、シス−1,2−シクロオクタンジオールの代わりに(2S)(3S)−2,3−ブタンジオールを用いた以外は、実施例1と同様の操作を行った。その結果、モノベンゾイル化された生成物(一方の水酸基のみが保護されたヒドロキシエステル誘導体)の収量は1mgにも満たなかった。
【0069】
比較例9
実施例1で用いた、シス−1,2−シクロオクタンジオールの代わりに、(2R)(3S)−2,3−ブタンジオールを用いた以外は、実施例1と同様の操作を行った。その結果、モノベンゾイル化された生成物(一方の水酸基のみが保護されたヒドロキシエステル誘導体)の収量は1mgにも満たなかった。
【0070】
比較例10
実施例1で用いた、シス−1,2−シクロオクタンジオールの代わりに、カテコールを用いた以外は、実施例1と同様の操作を行った。その結果、2−フェニルカルボニルオキシ−1−フェノールの生成量は64.2mg(収率30%)に留まった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ジアルキルジハロゲノ錫化合物、塩基および4−(4,6−ジメトキシ−1,3,5−トリアジン−2−イル)−4−メチルモルホリニウムクロライドの存在下、
下記式(1)
【化1】

(式中、下記式(2)
【化2】

で示される環Xは、式中の2つの炭素原子を含む総原子数が4以上10以下となる環である。)で示される環状シスジオール化合物と、カルボン酸ハライド化合物またはカルボン酸無水物とを水溶媒中で反応させることを特徴とするヒドロキシエステル誘導体の製造方法。
【請求項2】
前記式(1)で示される環状シスジオール化合物が、シス−1,2−シクロペンタンジオール、シス−1,2−シクロヘキサンジオール、シス−1,2−シクロヘプタンジオール、シス−1,2−シクロオクタンジオール、シス−2,3−ジヒドロキシ−1,2,3,4−テトラヒドロナフタレンまたはシス−3,4−ジヒドロキシテトラハイドロフランである請求項1に記載のヒドロキシエステル誘導体の製造方法。

【公開番号】特開2012−36139(P2012−36139A)
【公開日】平成24年2月23日(2012.2.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−179134(P2010−179134)
【出願日】平成22年8月10日(2010.8.10)
【出願人】(504205521)国立大学法人 長崎大学 (226)
【出願人】(000003182)株式会社トクヤマ (839)
【Fターム(参考)】