説明

ビタミンB6酵素を用いた試薬の安定化法およびその試薬

【課題】本発明は、ビタミンB6酵素を安定化し、それを用いた試薬、例えばチロシン測定試薬の安定性、精密性を向上させた方法を提供することを目的とする。
【解決手段】ビタミンB6酵素を用いた試薬において、ビタミンB6酵素と補酵素を別々に処方することを特徴とする、ビタミンB6酵素を用いた試薬の安定化法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ビタミンB6酵素を用いた試薬を安定化する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
ビタミンB6酵素は脱アミノ、脱炭酸、ラセミ化、アルドール開裂などアミノ酸代謝全体に関与する酵素である。例えば本酵素はピリドキサール5’-リン酸(PLP)またはピリドキサミン5’-リン酸(PMP)を補酵素とする。ビタミンB6酵素を用いた試薬として、例えばチロシン測定試薬がある。本試薬は、ビタミンB6酵素であるチロシンデカルボキシラーゼを用い、血清中のチロシンをチラミンに変換し、チラミンにチラミンオキシダーゼを作用させ過酸化水素を生成し、過酸化水素をペルオキシダーゼの存在下、トリンダー試薬、4-アミノアンチピリンを酸化縮合し発色させ吸光度を測定することでチロシン濃度を知るためのものである(例えば、特許文献1参照。)。医療分野では、総分岐鎖アミノ酸とチロシン濃度の比を求めることで、肝疾患の重症度を判定や慢性肝炎から肝硬変の移行期を診断するマーカーとして用いられる。血清中のチロシン濃度は健常者で数十μmol/L程度であり、測定には精度を要する。
【特許文献1】特開昭63−226299号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
本発明は、ビタミンB6酵素の活性発現を安定化し、それを用いた試薬、例えばチロシン測定試薬の安定性、精密性を向上させた安定化法および安定化試薬を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0004】
本発明は、以下の試薬及び安定化方法に関する。
1.ビタミンB6酵素と該ビタミンB6酵素の補酵素を含む少なくとも2つのパーツを有する試薬であって、ビタミンB6酵素と、ビタミンB6酵素の補酵素を別々のパーツに処方してなる試薬。
2. ビタミンB6酵素がチロシンデカルボキシラーゼである、項1に記載の試薬。
3. 補酵素がピリドキサール5リン酸である、項1に記載の試薬。
4. ビタミンB6酵素を用いた試薬がチロシン測定試薬である、請求項1〜3のいずれかに記載の試薬。
5. ビタミンB6酵素と該酵素の補酵素を含む試薬においてビタミンB6酵素の補酵素を安定化する方法及び試薬であって、貯蔵中の構成として、ビタミンB6酵素とビタミンB6酵素の補酵素を別々に処方することを特徴とする、方法及び試薬。
6. ビタミンB6酵素がチロシンデカルボキシラーゼである、項5に記載の方法及び試薬。
7. 補酵素がピリドキサール5リン酸である、項5に記載の方法及び試薬。
8. ビタミンB6酵素を用いた試薬がチロシン測定試薬である、項5〜7のいずれかに記載の方法及び試薬。
【発明の効果】
【0005】
本発明によれば、補酵素が結合したビタミンB6酵素の活性発現を安定化させ、それを用いた試薬、例えばチロシン測定試薬の安定性、精密性を向上させることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0006】
本発明に用いられるビタミンB6酵素は、ピリドキサール5’-リン酸(PLP)またはピリドキサミン5’-リン酸(PMP)を補酵素とする酵素であれば特に限定されず、例えばアミノ酸脱炭酸酵素、アミノ酸ラセマーゼ、トランスアミナーゼなどのアミノ酸代謝に関係する酵素や筋のホスホリラーゼなどが挙げられる。さらに具体的にはチロシンデカルボキシラーゼ、アスパラギン酸アミノトランスフェラーゼなどが挙げられる。
【0007】
本発明のビタミンB6酵素は、補酵素を脱塩等により除いたアポ化型酵素を使用してもよく、補酵素を結合したホロ化型酵素を使用してもよい。ビタミンB6酵素に100%補酵素が結合している場合(完全ホロ化型酵素)、補酵素をさらに添加する必要はないが、市場に流通しているホロ化型ビタミンB6酵素は、製造上或いは保存上の理由によりアポ化型酵素が混ざっている場合があるので、このような不完全型のホロ化型酵素も、本発明において補酵素と別々に処方することにより活性発現の安定化を実現できるビタミンB6酵素に包含される。
【0008】
本発明の試薬は、水溶液などの液体状態、凍結乾燥や粉末などの固体状態のいずれであっても良いが、一般に酵素などのタンパク質、補酵素の保存にとって条件の悪い液体状態(液状試薬、あるいは、凍結乾燥品を溶解した後の安定性維持)において効果がより発揮される。
【0009】
保存温度は冷蔵条件、すなわち10℃以下凍らない温度以上、好ましくは4℃付近である。
【0010】
本発明の好ましい実施形態において、ビタミンB6酵素と該ビタミンB6酵素の補酵素は、各々溶液として別々に処方され、使用時にこれらを合わせて使用する。ビタミンB6酵素と該ビタミンB6酵素の補酵素を溶液として処方する場合、そのpHは通常5〜10程度、好ましくはpH6〜8程度,より好ましくはpH6〜7.5程度である。該溶液は、緩衝液であるのが好ましい。緩衝液としては、リン酸緩衝液、トリス塩酸緩衝液などが好ましい。
【0011】
本発明の安定化機序としては、不安定化要因である補酵素の劣化を酵素共存下で生じせしめないことにある。補酵素の劣化は主に光による酸化と考えられるが、本発明における補酵素の劣化要因は特に限定されない。
【0012】
理論により拘束されることを望むものではないが、本発明者は、該ビタミンB6酵素とその補酵素を別々に処方することで、該ビタミンB6酵素の活性発現の安定化できる理由について、以下のように推測している。
補酵素の結合していないビタミンB6酵素(アポ型酵素)とその補酵素を1つのパーツに共存させると、保存中にビタミンB6酵素(アポ型酵素)とその補酵素が結合してホロ型酵素になる。
【0013】
ホロ型酵素において補酵素が劣化した場合、新たに劣化していない補酵素を加えてもビタミンB6酵素の活性発現は低下したままである。これは、劣化した補酵素とビタミンB6酵素の置換が容易には起こらないためであると推測される。
【0014】
ビタミンB6酵素(アポ型酵素)とその補酵素を別々に(例えば別々のパーツに)処方した場合であっても、補酵素の一部の劣化はホロ型酵素と同様に起こり得るが、
ビタミンB6酵素(アポ型酵素)とその補酵素を使用直前に混合した場合、ビタミンB6酵素の活性発現は低下は見られず、該酵素の活性発現は安定化される。この現象の1つの解釈として、本発明者はビタミンB6酵素(アポ型酵素)は劣化した補酵素よりも劣化していない補酵素と選択的に結合するため、保存中に補酵素の一部が劣化したとしても、ビタミンB6酵素(ホロ型酵素)の活性低下は起こらないと考えている。
【0015】
本発明は、チロシン測定試薬を調製するときに特に有利である。
【0016】
チロシン測定試薬を使用したチロシンの測定は、例えば以下のようにして実施することができる:
【0017】
【化1】

【0018】
*EHSPT:N-エチル-N-(2-ヒドロキシ-3-スルホプロピル)-m-トルイジン
具体的には、検体中のチロシンにチロシンデカルボキシラーゼを作用させるとチラミンとCO2に変換され、次いでチラミンオキシダーゼを作用させると、4−ヒドロキシフェニルアセトアルデヒドとNHとHに分解される。生成したHをペルオキシダーゼの作用下に4-アミノアンチピリンとEHSPTを酸化縮合させ、得られたキノン色素を吸光度測定し、チロシン量を測定することができる。
【0019】
本発明の特に好ましい実施形態の一つにおいて、チロシン測定試薬は、以下のものを含む:
・ ビタミンB6酵素(第一試薬にペルオキシダーゼ、チラミンオキシダーゼ、第二試薬はチラミンデカルボキシラーゼ);
・ 補酵素(ビタミンB6)
・ ペルオキシダーゼの存在下で発生した過酸化水素と反応して可視化される色素系(例えば第一試薬にN-エチル(2-ヒドロキシ-3-スルホプロピル)-m-トルイジン、第二試薬に4-アミノアンチピリン);及び
・ 緩衝剤。
【0020】
酵素は、自動分析機(例えば日立7170型自動分析機)で測定できるように第一試薬と第二試薬に分けることが望ましく、このように二つに分けることで試薬の保存安定性をさらに向上させることができる。また、補酵素と酵素は、別々のパーツに分けられて処方され、測定前に混合される。第一試薬と第二試薬並びに補酵素は、別々のバイアルに保存されていてもよく、使用時に溶解液(通常は緩衝液)に溶解させて使用することもできる。各パーツに処方する組成の組合せは、反応原理から第一試薬のチラミンオキシダーゼ、第二試薬のチロシンデカルボキシラーゼ、並びに補酵素は必須であるが、そのほかの試薬成分は、共存時の安定性等を考慮して適宜設定することができる。
本発明で用いられるビタミンB6酵素の起原は特に限定されず、活性発現や構造の維持などに可逆的に補酵素を必要とするものであれば、微生物、植物または動物のいずれの起原のものも用いることが可能である。これらは種々の市販のものを使用することができる。或いは公知の方法によって該酵素を生産する細胞(微生物など)を培養し得られた培養物を精製することによっても入手できる。さらに、小麦胚芽抽出物などを用いた無細胞蛋白合成系を用いて製造することもできる。また、公知の方法によって、上記により得られた酵素のアミノ酸配列を改変したり、化学修飾を行ったものも、活性発現や構造の維持などに可逆的に電解質を必要とするものであれば、何ら問題なく使用できる。或いは、天然の状態ではもともと活性発現や構造の維持などに電解質を必要としなかった酵素に公知の方法によって改変を加えて電解質を必要としたものも本発明に用いることができる。
【0021】
ペルオキシダーゼの存在下で発生した過酸化水素と反応して可視化される色素系としては、酸化系発色試薬、還元系発色試薬、トリンダー試薬及びそのカプラー等が例示される。酸化系発色試薬としては、
ヘキサ(2−ヒドロキシ−3−スルホプロピル)−4,4,4−トリアミノトリフェニルメタン、
ヘキサ(3−スルホプロピル)−4,4,4−トリアミノトリフェニルメタン、
ビス(2−ヒドロキシ−3−スルホプロピル)トルイジン等が挙げられる。
【0022】
還元系発色試薬としては、例えばテトラゾリウム塩類が挙げられ、INT,MTT,TB,WST−1,WST−3,WST−5等が挙げられ、1−m−PMS等の電子キャリアーと組み合わせて用いられる。トリンダー試薬としては、N−エチル−N−スルホプロピル−m−アニシジン、N−エチル−N−スルホプロピルアニリン、N−エチル−N−スルホプロピル−3,5−ジメトキシアニリン、N−スルホプロピル−3,5−ジメチルアニリン、N−エチル−N−スルホプロピル−3,5−ジメチルアニリン、N−エチル−N−スルホプロピル−m−トルイジン、N−エチル−N−(2−ヒドロキシ−3−スルホプロピル)−m−アニシジン、N−エチル−N−(2−ヒドロキシ−3−スルホプロピル)−アニリン、N−エチル−N−(2−ヒドロキシ−3−スルホプロピル)−3,5−ジメトキシアニリン、N−エチル−N−(2−ヒドロキシ−3−スルホプロピル)−3,5−ジメメチルアニリン、N−エチル−N−(2−ヒドロキシ−3−スルホプロピル)−m−トルイジン、N−スルホプロピルアニリンが挙げられる。そのカプラーとしては、4-アミノアンチピリン、MBTH等が挙げられる。
【0023】
本発明に使用される緩衝剤としては、特に限定されないが、トリス緩衝剤、クエン酸緩衝剤、リン酸緩衝剤、ほう酸ホウ砂緩衝剤、GOOD緩衝剤等が挙げられる。なかでもトリス緩衝剤、クエン酸緩衝剤、ほう酸ホウ砂緩衝剤、リン酸緩衝剤、は濃度、温度によってpHが変動しやすいが、安価であるという利点がある。また、GOOD緩衝剤はMES,Bis−Tris,ADA,ACES,BES,PIPES,MOPS,TES,HEPES,Tricine,Bicine,POPSO,TAPS,CHES,CAPSなどが例示される。
【実施例】
【0024】
以下、本発明を実施例により具体的に説明する。なお、本発明は実施例により特に限定されるものではない。
(実施例1)
下記のチロシン測定試薬を10℃、7日間保存し、チロシンデカルボキシラーゼ(アポ化型酵素)の残存活性(調製直後の活性値に対する保存後の活性値の割合)を検討した。比較例では、下記組成より第一試薬のピリドキサール5-リン酸エステルを添加せず、第二試薬にピリドキサール5-リン酸エステル 40μmol/L添加した試薬を同様に検討した。
(試薬の調製)
下記組成からなるチロシン測定試薬を調製した。
第一試薬
マックィルバイン緩衝液 50mM pH6.0
トリトンX−100 1g/L
TOOS 1g/L
フラビンアデニンジヌクレオチド2Na塩 8μmol/L
ペルオキシダーゼ(東洋紡社製PEO−301) 3U/mL
アスコルビン酸オキシダーゼ(東洋紡社製ASO−311) 1U/mL
チラミンオキシダーゼ(東洋紡社製TYO−301) 0.3U/mL
ピリドキサール5-リン酸エステル 10μmol/L
第ニ試薬
マックィルバイン緩衝液 50mM pH6.0
トリトンX−100 1g/L
4−アミノアンチピリン 0.3g/L
チロシンデカルボキシラーゼ 1.2U/mL
【0025】
【表1】

【0026】
結果: 表1に示す。比較例では10℃、7日後のチロシンデカルボキシラーゼの残存活性は59%まで活性が低下するのに対し、実施例では保存後も90%以上の良好な安定性を示した。
(実施例2)
実施例1のチロシン測定試薬を10℃、11日間保存し、下記の測定法にて試料として精製水、200μmol/Lチロシン水溶液を測定し200μmol/Lチロシン水溶液測定吸光度から精製水測定吸光度を差引いた吸光度(感度)を算出し調製直後のその吸光度と比較し相対パーセントを求めた。比較例では、下記組成より第一試薬のピリドキサール5-リン酸エステルを添加せず、第二試薬にピリドキサール5-リン酸エステル 40μmol/L添加した試薬を同様に検討した。
(測定法)
日立7170形自動分析機を用いた。試料2.5μLに第一試薬 200μL添加し37℃にて5分間インキュベーションし第一反応とした。その後第二試薬を50μL添加し5分間インキュベーションし第二反応とした。第一反応および第二反応の吸光度を液量補正した各吸光度の差をとる2ポイントエンド法で570nmにおける吸光度を測定した。
結果は、精製水および200μmol/LL-チロシン水溶液の測定吸光度より算出しチロシン濃度として求めた。
【0027】
【表2】

【0028】
結果 表2に示す。比較例では10℃、11日後の感度が52%まで低下するのに対し、実施例では保存後もほぼ100%であり良好な安定性を示した。
(実施例3)
実施例1のチロシン測定試薬の調製直後および10℃、7日間保存した試薬、各々について、実施例2に記載の測定法にて同時再現性を検討した。同時再現性は市販管理血清QAPトロールIIX(シスメックス社)にL-チロシンを終濃度100μmol/Lになるように添加したものを試料とし繰返しn=20で測定し変動係数CV(%)を算出した。比較例では、下記組成より第一試薬のピリドキサール5-リン酸エステルを添加せず、第二試薬にピリドキサール5-リン酸エステル 40μmol/L添加した試薬を同様に検討した。
【0029】
【表3】

【0030】
結果 表3に示す。比較例では調製直後に対し10℃、7日後の変動係数が悪化したのに対し、実施例では保存後も調製直後とほぼ同等であり良好な安定性、精密性を示した。
【産業上の利用可能性】
【0031】
本発明のビタミンB6酵素の安定化法は、本酵素を用いた試薬、体外診断用医薬品などの用途分野に利用することができ、産業界に寄与することが大である

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ビタミンB6酵素と該ビタミンB6酵素の補酵素を含む少なくとも2つのパーツを有する試薬であって、ビタミンB6酵素と、ビタミンB6酵素の補酵素を別々のパーツに処方してなる試薬。
【請求項2】
ビタミンB6酵素がチロシンデカルボキシラーゼである、請求項1に記載の試薬。
【請求項3】
補酵素がピリドキサール5リン酸である、請求項1に記載の試薬。
【請求項4】
ビタミンB6酵素を用いた試薬がチロシン測定試薬である、請求項1〜3のいずれかに記載の試薬。
【請求項5】
ビタミンB6酵素と該酵素の補酵素を含む試薬においてビタミンB6酵素の補酵素を安定化する方法であって、貯蔵中の構成として、ビタミンB6酵素とビタミンB6酵素の補酵素を別々に処方することを特徴とする、方法。
【請求項6】
ビタミンB6酵素がチロシンデカルボキシラーゼである、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
補酵素がピリドキサール5リン酸である、請求項5に記載の方法。
【請求項8】
ビタミンB6酵素を用いた試薬がチロシン測定試薬である、請求項5〜7のいずれかに記載の方法。

【公開番号】特開2006−75111(P2006−75111A)
【公開日】平成18年3月23日(2006.3.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−264473(P2004−264473)
【出願日】平成16年9月10日(2004.9.10)
【出願人】(000003160)東洋紡績株式会社 (3,622)
【Fターム(参考)】