説明

ビナフトール誘導体及び光学分割または光学変換のためのその用途

【課題】アミノ酸またはアミノアルコールの光学分割、およびアミノ酸のD、L型との間の光学変換に有用な化合物の提供。
【解決手段】下記化学式(1)のビナフトール誘導体。


ラセミアミノ酸またはラセミアミノアルコールを光学分割し、光学的に純粋なアミノ酸またはアミノアルコールを得る方法、及びアミノ酸のD型とL型との間を化学変換させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アミノ酸またはアミノアルコールの光学分割(optical resolution)に有用な、且つアミノ酸のD型とL型との間の光学変換(optical transformation)に有用な下記化学式(1)のビナフトール誘導体及び前記誘導体の製造方法に関する。
【0002】
また、本発明は、前記誘導体を用いてラセミアミノ酸またはラセミアミノアルコールを光学分割し、光学的に純粋なアミノ酸または光学的に純粋なアミノアルコールを得る方法、及び前記誘導体を用いてアミノ酸のD型とL型との間を光学変換させる方法に関する。
【0003】
[化学式(1)]

【背景技術】
【0004】
光学的に純粋なアミノアルコールは、非対称触媒(asymmetric catalyst)のリガンドとして使用されるか、それとも各種生理活性物質の合成に必要なビルディングブロック(building block)として使用されるので、産業的に非常に重要な化合物である。
【0005】
前記光学的に純粋なアミノアルコールの製造方法として、特許文献1には、光学的に純粋なアミノ酸から合成する方法が開示されている。ところが、D型アミノ酸は、自然から得られず産業的に合成しなければならないので製造コストが高くなる。このため、それに相応するアミノアルコールの合成単価も高くならざるを得ない。また、この方法は、制限されたアミノアルコールの製造にのみ適用されるという欠点がある。
【0006】
Favretto等(非特許文献1参照)は、光学的に純粋なアミノアルコールをキラルエポキシドから合成する方法を開示したが、この方法も、高価のキラルエポキシドを使用しなければならず、収率、位置選択性(regioselectivity)、立体特異性(stereospecificity)などに問題があって産業的に適用するには限界がある。
【0007】
したがって、ラセミアミノアルコールを合成した後、光学的に純粋なアミノアルコールに分離する方法が、光学的に純粋なアミノアルコールを得るために有用な方法となる。本発明では、最初に、イミン結合を用いてキラルアミノアルコールのキラル性を認識し、光学的に純粋なアミノアルコールに分離しようとした。
【0008】
イミン結合とは、アルデヒドとアミンとの間に形成される共有結合であって、非共有結合よりは結合力が強いが、一般共有結合と比較しては結合力が弱いため、結合形成が可逆的であるという特性を持っている。よって、イミン結合形成によってキラルアミンを認識する場合、強い共有結合は、キラルアミノアルコールの分離に有利な性質になり、イミン結合の可逆的な結合特性は、イミン結合によって認識され分離されたアミノアルコールを分離して精製するために非常に有利な性質になる。ところが、イミン結合によってキラルアミノアルコールを分離する研究は、その成果が未だに殆どないのが実情である。
【0009】
一方、非特許文献2には、下記化学式(2)の化合物を用いたアミノ酸またはアミノアルコールのキラル性認識研究が開示されている。これらの化合物は、アミノ酸とイミンをよく作り、このようなイミンは、アミノ酸がD型の場合とアミノ酸がL型の場合において相異なるNMRスペクトルを示した。
【0010】
[化学式(2)]

【0011】
ところが、前記化学式(2)の化合物は、アミノ酸のD型とL型をNMRで区別するには有用であるが、前記化合物とD型またはL型アミノ酸とが結合して生成された2つのイミン化合物は、その安定性の差異が大きくないため、イミンの形成比率の差が1.2:1に過ぎなかった。したがって、これらの化合物は、NMRキラルシフト剤(chiral shift reagent)としては活用が可能であるが、ラセミアミノ酸或いはラセミアミノアルコールをD型とL型に分離する用途としては使用できなかった。また、これらの化合物は、ナフタレン基とフェニル基とがエステル基で連結されているので、容易に加水分解されるという欠点がある。
【0012】
一方、アミノ酸は、人体を構成する物質の一つであって、それの光学的に純粋な形態は、様々な用途として使用できる。ところが、L型は自然界から得られるが、これに対し、D型は、自然界から得られないため、その需要に比べて供給が円滑ではなく、よって純粋なD型アミノ酸を容易且つ低廉に得る方法に対する研究が続けられている。光学的に純粋なアミノ酸を得る方法は、多く開発されているが(非特許文献3〜非特許文献7参照)、L型アミノ酸をD型アミノ酸に直接光学変換させる方法は、未だ報告されたことがない。
【特許文献1】独国特許出願公開第4341605号明細書
【非特許文献1】Tetraheron Lett. 2002, 43, 2581
【非特許文献2】Org. Lett. 第6号第2591頁
【非特許文献3】Williams, R. M. In Synthesis of Optically Active α-Amino Acids; Baldwin, J. E., Ed.; Organic Chemistry Series; Pergamon Press: Oxford, 1989
【非特許文献4】Williams, R. M.; Hendrix, J. A. Chem. Rev. 1992, 92, 889.Duthaler, R. O. Tetrahedron 1994, 50, 1539
【非特許文献5】Duthaler, R. O. Tetrahedron 1994, 50, 1539
【非特許文献6】Seebach, D.; Sting, A. R.; Hoffman, M. Angew. Chem., Int. Ed. Engl. 1996, 35, 2708
【非特許文献7】Maruoka, K.; Ooi, T. Chem. Rev. 2003, 103, 3013
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
そこで、本発明の目的は、環(ring)の間にエステル基を含めないため加水分解反応が起こらなくて安定でありながらも、D型とL型のアミノ酸またはアミノアルコールを効果的に光学分割することが可能な新規化合物を提供することにある。
また、本発明の他の目的は、D型アミノ酸とL型アミノ酸を相互変換させる方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0014】
上記目的を達成するために、本発明は、下記化学式(1)の化合物が提供される。
【0015】
[化学式(1)]

【0016】
式中、R1及びR2は、それぞれ、H, ハロゲンまたはOHで置換できる直鎖または分岐鎖アルキル、ハロゲンまたはOHで置換できるサイクリックアルキル、アルケニル、アルキニル、或いはハロゲンまたはOHで置換できるアリールであり、R3は、NHCXR4またはNHCHNH2+であり、Xは、酸素または硫黄であり、R4は、ハロゲンで置換できる直鎖または分岐鎖アルキル、NR56またはOR7であり、R5ないしR7は、水素、ハロゲンで置換できる直鎖または分岐鎖アルキルまたはアリールであり、R3がNHCHNH2+である場合の相対イオンはハロゲンイオン(好ましくはCl-)またはR13COO-であり、R13はアルキルまたはアリール(好ましくはCH3)である。
前記化合物は下記の異性体が存在する。
〔化学式(5)〕

【0017】
また、本発明は、前記化学式(1)の化合物を用いたラセミアミノアルコールまたはラセミアミノ酸の光学分割方法が提供される。
【0018】
また、本発明は、前記化学式(1)の化合物を用いたD型アミノ酸からL型アミノ酸に、またはL型アミノ酸からD型アミノ酸に変換させる方法が提供される。
【0019】
前記化学式(1)の化合物において、アルキル基は、好ましくは炭素数1〜10のアルキル基、さらに好ましくは炭素数1〜5のアルキル基である。
【0020】
本発明の好適な化合物は、下記表1の通りである。
【0021】
【表1】

【発明の効果】
【0022】
本発明のビナフトール誘導体は、イミン結合を用いたキラル性認識化合物であって、キラル性認識結果が従来の化合物と比較して非常に優れるうえ、一般的な全てのキラルアミノアルコールまたはアミノ酸に適用されるという利点を持っている。このような化合物は、その自体のみで或いはキラルカラムを作って、ラセミ化合物を光学的に純粋に分離することに使用できる。また、本化合物は、L−アミノ酸をD−アミノ酸に変換させる能力を持っている。
【発明を実施するための最良の形態】
【0023】
以下、前記化合物の製造方法について説明する。
【0024】
前記化学式(1)の化合物を合成する方法は、いずれでもよいが、一般に、合成が可能な(S)−2,2’−ビナフトール−3−アルデヒド((S)-2,2'-binaphthol-3-aldehyde)とアシルアミノベンジルハライド(acylaminobenzylhalide)系あるいはフェニルユリルベンジルハライド(phenyurylbenzylhalide)系化合物とを塩基の存在下で反応させて得ることができる(スキーム1)。また、前記で得られた化合物のヒドロキシ基を通常の方法を用いてアルコキシ基に転換することにより、本発明の別の化合物を得ることができる。
【0025】
また、出発物質として、ビナフトールアルデヒドの代わりに、様々なビナフトールケトンを使用することができる。
〔スキーム1〕
【0026】

【0027】
前記スキーム1は、S−ビナフトールを例として説明したが、R−ビナフトールの反応も同一である。
【0028】
前記反応は、通常の溶媒及び塩基の下で行われることができる。
【0029】
反応のための溶媒としては、N、N−ジメチルホルムアミド(N,N-dimethylformamide、DMF)、テトラヒドロフラン(tetrahydrofuran、THF)、CH2Cl2などがあり、好ましくはDMFである。
【0030】
塩基としては、Et3N、NaH、NaOHなどの有機または無機塩基を使用することができ、好ましくはNEt3またはNaHである。
【0031】
また、前記反応は、0〜30℃で行われ、好ましくは常温で行われる。
【0032】
本発明の化合物は、ラセミアミノアルコールまたはラセミアミノ酸の光学分割に有用である。
【0033】
本発明の化合物は、各種アミン基と反応してイミンを形成することが可能なアルデヒド基またはケトン基を持っている。また、本発明の化合物は、水素結合に利用できるアミド基を持っているので、 非特許文献2のNO2基を持った化合物と比較してより強くアミノ酸のカルボキシレート基(−CO2-)或いはアミノアルコールのヒドロキシ基(−OH)と水素結合をすることができる。
【0034】
本発明の化合物によって光学分割できるアミノアルコールとは、下記化学式(3)の化合物を意味するもので、分子内に不在炭素によってR型またはS型の光学異性体が存在する。
【0035】
[化学式(3)]NH2CHR8CR910OH
前記化学式(3)において、R8は、水素を除いた1価の有機基またはハロゲンであり、好ましくは置換または非置換アルキル、置換または非置換アルケニル、置換または非置換サイクリックアルキル、或いは置換または非置換アリールであり、R9及びR10は、それぞれ独立に、水素、置換または非置換アルキル、置換または非置換アルケニル、置換または非置換サイクリックアルキル、或いは置換または非置換アリールである。
【0036】
本発明の化合物は、下記化学式(4)のアミノ酸を光学分割することができる。
【0037】
[化学式(4)]NH2CHR11COOR12
前記化学式(4)において、R11は、水素を除いた1価の有機基またはハロゲンであり、好ましくは置換または非置換アルキル、置換または非置換アルケニル、置換または非置換サイクリックアルキル、或いは置換または非置換アリールであり、R12は、水素、置換または非置換アルキル、置換または非置換アルケニル、置換または非置換サイクリックアルキル、或いは置換または非置換アリールである。
【0038】
化学式(1)の化合物を用いてラセミアミノアルコールまたはラセミアミノ酸を光学分割する方法は、当業界で公知になっている全ての方法が可能である。すなわち、溶媒を用いたバッチ方式、カラムに充填させて使用するカラム方式などに使用することができる。必要な場合、1次光学分割されたアミノアルコールまたはアミノ酸を繰り返して光学分割することにより、より高い光学純度を持つアミノアルコールまたはアミノ酸を得ることができる。
【0039】
本発明の化合物は、前記化学式(4)のアミノ酸のD型とL型を相互変換することができる。本発明のS−ビナフトール誘導体の場合は、L型アミノ酸からD型アミノ酸に変換させることができ、R−ビナフトール誘導体の場合は、D型アミノ酸からL型アミノ酸に変換させることができる。前記のような現象は、キラル化合物のキラル性認識による結果である。
【0040】
以下、実施例によって本発明をより詳細に説明する。ところが、下記実施例は、本発明を説明するために過ぎず、本発明を制限するものではない。
【0041】
(実施例)
(実施例1:化合物1のS−ビナフトール誘導体の製造)
(S)−2,2’−ビナフトール−3−アルデヒドと3−アセチルアミノベンジルブロミドをNaHと共に常温、DMF溶媒で1時間程度反応させる。反応結果物を水とクロロホルムで抽出し、有機層を回収した後、カラムクロマトグラフィによって分離した。
1H NMR (CDCl3) δ10.38(s, 1H), 10.20(s, 1H), 8.30(s, 1H), 6.8 〜 8.0(m, 15H), 5.08(s, 2H), 2.13(s, 3H)。
【0042】
(実施例2:化合物1のR−ビナフトール誘導体の製造)
(S)−2,2’−ビナフトール−3−アルデヒドの代わりに、(R)−2,2’−ビナフトール−3−アルデヒドを使用した以外は、実施例1と同様にして行った。
【0043】
(実施例3:化合物5のS−ビナフトール誘導体の製造)
3−アセチルアミノベンジルブロミドの代わりに、3−フェニルユリルベンジルブロミドを使用した以外は、実施例1と同様にして行った。
1H NMR (C6D6) δ10.93(s, 1H), 9.74(s, 1H), 8.79(s, 1H), 8.51(s, 1H), 6.6 〜 8.0(m, 20H), 4.89(dd, 2H)。
【0044】
(実施例4:化合物10の製造)
化合物5にNaHを入れた後、メタンスルホン酸塩と常温のDMF溶媒で1時間程度反応させる。反応結果物を水とクロロホルムで抽出し、有機層を回収した後、カラムクロマトグラフィによって分離した。
1H NMR (CDCl3) δ10.48(s, 1H), 8.52(s, 1H), 6.7 〜 8.0(m, 21H), 5.07(dd, 2H), 3.45(s, 3H)。
(実施例5:化合物13の製造)
(S)−2,2’−ビナフトールの−OH基を−CH2OCH3(MOM)で保護した後、−15℃、THFでn−ブチルリチウムを1.2当量添加した。1時間攪拌した後、−78℃に降温し、アセトアルデヒド1.2当量を添加し、温度を徐々に常温に昇温した。4時間の後、NH4Cl/H2Oを添加し、クロロホルムで抽出してアルコール化合物(MOM Protected−3−(1−ヒドロキシエチル)−(S)−2,2’−ビナフトール)を得た。このアルコール化合物をFe/NH4Clで酸化させた後、水とクロロホルムで抽出し、有機層を回収した後、カラムクロマトグラフィによって分離してMOM Protected−(S)−2,2’−ビナフトール−3−アセチル化合物を得た。この化合物をデプロテクションし、その後NaH/フェニルユリルベンジルブロミドを反応させた後、水とクロロホルムで抽出し、有機層を回収した後、カラムクロマトグラフィによって分離して化合物13を得た。
1H NMR (CDCl3) δ9.9(s, 1H), 8.48(s, 1H), 6.7 〜 8.0(m, 21H), 5.09(dd, 2H), 2.25(s, 3H)。
(実施例6:化合物20の製造)
アセトアルデヒドの代わりにベンズアルデヒドを用いて、化合物13を使用する時と同様の方法で化合物20を製造した。
1H NMR (CDCl3) δ10.2(s, 1H), 8.70(s, 1H), 6.7 〜 8.0(m, 26H), 5.09(dd, 2H)。
【0045】
(実施例7:分子力学計算(molecular mechanics computation)による光学分割実験)
化合物5のS−ビナフトール誘導体がR−或いはS−アミノアルコールとイミンを形成したときに安定性に差があることを、分子力学計算(Wavefunction社のSpartan '02 Windows使用)を用いて予測した(図1)。
この計算によれば、 化合物5とキラルアミノプロパノールとが反応して形成されるイミン化合物の安定性は、R−アミノプロパノールから生成されたイミン化合物がS−アミノプロパノールから生成されたイミン化合物より略3kcal/mol位一層安定的である。このような安定性の差異は、イミンプロトンとアミノアルコールの構造障害に起因したものと思われる。すなわち、図1によれば、R型の場合はイミンプロトンとアミノアルコールのアルファプロトンとの間に構造障害が存在するが、S型の場合はイミンプロトンとアミノアルコールのアルキル基との間に構造障害が発生し、これは、R型の場合と比較してさらに不安定な状態になることを意味する。したがって、化合物5とR型の場合が化合物5とS型の場合より4〜5倍程度よくイミン結合形成される。
一方、上述したような安定性の差異にも拘わらず、2つのイミンが前記の構造を維持することは、イミンと−OHとの間に存在するRAHB(resonance assisted hydrogen bond)、およびアミノアルコールの−OHとユリル基の−NHとの間に存在する水素結合のためである。この2種の水素結合は、イミンの全体的な姿を図1のような構造で固定させ、前述した構造障害による安定性の差異を誘導するものと思われる。
(実施例8:アミノアルコールの光学分割)
化合物5のS−ビナフトール誘導体を用いた(R,S)−2−アミノプロパノールの光学分割程度を試験した。R型とS型が1:1で混合されている(R,S)−2−アミノプロパノールと化合物5をベンゼン−d6溶媒で反応させて得られたイミン化合物を1H−NMRで測定して図2の(d)に示した。比較のために、化合物5の1H−NMRスペクトルを図2の(a)、化合物5と(S)−2−アミノプロパノールによるイミン化合物の1H−NMRスペクトルを図2の(b)、化合物5と(R)−2−アミノプロパノールによるイミン化合物の1H−NMRスペクトルを図2の(c)にそれぞれ示した。
図2の(d)の化合物5とラセミアミノプロパノールとの間に作られたイミン化合物の1H NMRをみれば、R型とS型との間に選択性が現れることが分かる。図2の(b)によれば、R型アミノアルコールによるイミンプロトンピークは8.2ppmで現れることが分かり、図2の(c)によれば、S型アミノアルコールによるイミンプロトンピークは8.1ppmで現れることが分かる。したがって、図2の(d)のスペクトルにおいて8.2ppm及び8.1ppmピークの大きさを測定することにより、化合物5とイミン結合を形成したR型とS型の量が分かる。前記1H NMRをみれば、R型のイミンに該当するピークがS型のイミンに該当するピークより1.9倍も大きく示されることが分かる。この実験で、ラセミアミノプロパノールは化合物5の二倍を使ったので、R型のアミノアルコールはS型のアミノアルコールより化合物5と1.92=3.8倍位イミン結合をよく形成することが分かる。R型がS型よりイミン結合をよく形成するとの結果は実施例7の分子力学計算による実験結果とも一致する。その結果を表2にまとめた。
(実施例9:その他のアミノアルコールに対する光学分割)
その他のアミノアルコールに対して実施例8と同様の方法で光学分割した結果を表2に示す。表2において、化合物5は、メチルベンジルアミンに対してはキラル選択性(chiral selectivity)が存在しないが、これは、メチルベンジルアミンに水素結合をすることが可能な基がないためである。これは、本研究で仮定した選択性メカニズム(selectivity mechanism)が非常に適切であることを示す現象である。
【0046】
【表2】

【0047】
反面、水素結合が可能な−OH基を有するいろいろの各種アミノアルコールに対して、化合物5は立派なキラル選択性を示す。このような結果は、従来の化合物のアミノアルコールのキラル性認識能力より著しい優れた結果である。また、本発明の化合物は、環の間にエーテル基を持っているので、化合物の安定性も高いため、その産業適用能力が非常に優れる。
【0048】
(実施例10:L−アラニンからD−アラニンへの変換)
本発明の化合物を用いてL−アラニンをD−アラニンに変換させ、これを1H NMRスペクトルで測定して図3に示した。
【0049】
図3において、(a)のスペクトルは、化合物5のS−ビナフトール誘導体とL−アラニンとが反応して作られたイミン化合物に対する1H NMRを、Et3N3当量を添加して反応させた直後に撮ったものである。(b)は、この試料を反応2時間後に撮ったもの、(c)は反応24時間後に撮ったもの、(d)は反応48時間後に撮ったものである。このスペクトルを見れば、反応直後から新しいピークが現れるが、これは、化合物5とD−アラニンとが反応して作られたイミンのピークと一致する。48時間の後、L−アラニンによるピークが殆ど無くなり、D−アラニンによるピークが主なものである。すなわち、L−アラニンがD−アラニンに変換されたことを意味する。図3によれば、化合物5とL−アラニンとが反応して作られた化合物において、約48時間経過の後、L−アラニンがD−アラニンに90%程度変換されることが分かる。これに対し、D−アラニンでは、L−アラニンが殆ど生じなかった。これは、前記化合物5がS−ビナフトール誘導体なので、R−ビナフトール誘導体に変えると、逆にD−アミノ酸をL−アミノ酸に変換することができる。結果的に、本発明の化合物を用いてラセミアミノ酸から光学的に純粋なD−アミノ酸またはL−アミノ酸の一つの異性体のみを得ることができるという効果がある。
【0050】
(実施例11:その他のL−アミノ酸からD−アミノ酸への変換)
その他のアミノ酸に対して実施例10と同様に行った。その結果、最終状態のL−アミノ酸とD−アミノ酸の比率は、下記表3のとおりである。このような結果は、化合物5を用いて他の天然及び合成アミノ酸に対しても全て適用可能であることを示す。
【0051】
【表3】

【0052】
(実施例12:イミン化合物からD−アミノ酸を得る例)
化合物5のS−ビナフトール誘導体とL−フェニルアラニンとをCDCl3溶媒で反応させてイミンを作った。48時間経過の後、このイミンにおいて、L−フェニルアラニンは、表3のような比率でD−フェニルアラニンに変換された。このクロロホルム溶液をHCl/H2Oで抽出した結果、水層にはフェニルアラニンのみが入っており、クロロホルム層には化合物5のみが存在した(1H NMR確認)。水層のフェニルアラニンのD型:L型の比率は前記表3と同一であることが分かる。クロロホルム溶液をHCl/H2Oで抽出するときに2回に分けて行う場合、第1の抽出物ではL型の比率が高いが、第2の抽出物では殆どD型のみが存在することが分かる。これは、若干の損失はあるが、純粋なL型から純粋なD型のアミノ酸を得ることができることを意味する。また、抽出してから残ったクロロホルム層の化合物5は、さらに新しいアミノ酸と反応して同じサイクルを繰り返すことにより、続けてD−アミノ酸を得ることができた。
【産業上の利用可能性】
【0053】
以上説明したように、本発明は、アミノ酸またはアミノアルコールの光学分割(optical resolution)に有用な、且つアミノ酸のD型とL型との間の光学変換(optical transformation)に有用な下記化学式(1)のビナフトール誘導体及び前記誘導体の製造方法について有用である。
【0054】
また、本発明は、前記誘導体を用いてラセミアミノ酸またはラセミアミノアルコールを光学分割し、光学的に純粋なアミノ酸または光学的に純粋なアミノアルコールを得る方法、及び前記誘導体を用いてアミノ酸のD型とL型との間を光学変換させる方法について有用である。
【0055】
[化学式(1)]

【図面の簡単な説明】
【0056】
【図1】分子力学計算(molecular mechanics computation)による最小エネルギーを有するイミン化合物の構造を示す図である。
【図2】ベンゼン−d6中の1H NMRスペクトルであって、(a)は化合物5のスペクトル、(b)は化合物5と(S)−2−アミノプロパノールとが反応して作られたイミン化合物に対するスペクトル、(c)は化合物5と(R)−2−アミノプロパノールとが反応して作られたイミン化合物に対するスペクトル、(d)は化合物5と2当量の(R,S)−2−アミノプロパノールとが反応して作られたイミン化合物に対するスペクトルを示す図である。
【図3】(a)は化合物5とL−アラニンとが反応して作られたイミン化合物に対する1H NMRを、Et3N3当量を添加した状態で反応させた直後に撮ったスペクトル、(b)は2時間経過の後に撮ったスペクトル、(c)は一日経過の後に撮ったスペクトル、(d)は48時間経過の後に撮ったスペクトルを示す。スペクトルにおいて、*で表示されたものはL−アラニン−イミンのピークであり、▽で表示されたものはD−アラニン−イミンのピークである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記化学式(1)のビナフトール誘導体。
[化学式(1)]

(式中、R1及びR2は、それぞれ、H, ハロゲンまたはOHで置換できる直鎖または分岐鎖アルキル、ハロゲンまたはOHで置換できるサイクリックアルキル、アルケニル、アルキニル、或いはハロゲンまたはOHで置換できるアリールであり、R3は、NHCXR4またはNHCHNH2+であり、Xは、酸素または硫黄であり、R4は、ハロゲンで置換できる直鎖または分岐鎖アルキル、NR56またはOR7であり、R5ないしR7は、水素、ハロゲンで置換できる直鎖または分岐鎖アルキルまたはアリールであり、R3がNHCHNH2+である場合の相対イオンはハロゲンイオンまたはR13COO-であり、R13はアルキルまたはアリールである。)
【請求項2】
Xが酸素であり、R3がメタ−NHCOCH3またはメタ−NHCOC65であることを特徴とする、請求項1に記載のビナフトール誘導体。
【請求項3】
1及びR2が水素であることを特徴とする、請求項1または2に記載のビナフトール誘導体。
【請求項4】
1が水素であり、R2がCH3であることを特徴とする、請求項1または2に記載のビナフトール誘導体。
【請求項5】
下記化学式(1)の化合物を用いた下記化学式(3)のラセミアミノアルコールまたは下記化学式(4)のラセミアミノ酸の光学分割方法。
[化学式(1)]

(式中、R1及びR2は、それぞれ、H, ハロゲンまたはOHで置換できる直鎖または分岐鎖アルキル、ハロゲンまたはOHで置換できるサイクリックアルキル、アルケニル、アルキニル、或いはハロゲンまたはOHで置換できるアリールであり、R3は、NHCXR4またはNHCHNH2+であり、Xは、酸素または硫黄であり、R4は、ハロゲンで置換できる直鎖または分岐鎖アルキル、NR56またはOR7であり、R5ないしR7は、水素、ハロゲンで置換できる直鎖または分岐鎖アルキルまたはアリールであり、R3がNHCHNH2+である場合の相対イオンはハロゲンイオンまたはR13COO-であり、R13はアルキルまたはアリールである。)
[化学式(3)]NH2CHR8CR910OH
(式中、R8は、水素を除いた1価の有機基またはハロゲンであり、R9及びR10は、それぞれ同じであっても異なってもよく、水素、アルキルまたはアリールである。)
[化学式(4)]NH2CHR11COOR12
(式中、R11は、水素を除いた1価の有機基またはハロゲンであり、R12は、水素、アルキルまたはアリールである。)
【請求項6】
前記化学式(1)の物質をカラムに充填して使用することを特徴とする、請求項5に記載の光学分割方法。
【請求項7】
Xが酸素であり、R3がメタ−NHCOCH3またはメタ−NHCOC65であることを特徴とする、請求項5または6に記載のラセミアミノアルコールまたはアミノ酸の光学分割方法。
【請求項8】
下記化学式(1)の化合物を用いて下記化学式(4)のアミノ酸のD型またはL型を光学変換させる方法。
[化学式(1)]

(式中、R1及びR2は、それぞれ、H, ハロゲンまたはOHで置換できる直鎖または分岐鎖アルキル、ハロゲンまたはOHで置換できるサイクリックアルキル、アルケニル、アルキニル、或いはハロゲンまたはOHで置換できるアリールであり、R3は、NHCXR4またはNHCHNH2+であり、Xは、酸素または硫黄であり、R4は、ハロゲンで置換できる直鎖または分岐鎖アルキル、NR56またはOR7であり、R5ないしR7は、水素、ハロゲンで置換できる直鎖または分岐鎖アルキルまたはアリールであり、R3がNHCHNH2+である場合の相対イオンはハロゲンイオンまたはR13COO-であり、R13はアルキルまたはアリールである。)
[化学式(4)]NH2CHR11COOR12
(式中、R11は、水素を除いた1価の有機基またはハロゲンであり、R12は、水素、アルキルまたはアリールである。)
【請求項9】
前記化学式(1)化合物のS−ビナフトール誘導体を用いてL型アミノ酸をD型アミノ酸に光学変換させることを特徴とする、請求項8に記載のアミノ酸のD型またはL型を光学変換させる方法。
【請求項10】
前記化学式(1)化合物のR−ビナフトール誘導体を用いてD型アミノ酸をL型アミノ酸に光学変換させることを特徴とする、請求項8に記載のアミノ酸のD型またはL型を光学変換させる方法。
【請求項11】
Xが酸素であり、R3がメタ−NHCOCH3またはメタ−NHCOC65であることを特徴とする、請求項8に記載のアミノ酸のD型またはL型を光学変換させる方法。
【請求項12】
下記化学式(1)の化合物を用いてL型アミノ酸からD型アミノ酸を製造する方法。
[化学式(1)]

(式中、R1及びR2は、それぞれ、H, ハロゲンまたはOHで置換できる直鎖または分岐鎖アルキル、ハロゲンまたはOHで置換できるサイクリックアルキル、アルケニル、アルキニル、或いはハロゲンまたはOHで置換できるアリールであり、R3は、NHCXR4またはNHCHNH2+であり、Xは、酸素または硫黄であり、R4は、ハロゲンで置換できる直鎖または分岐鎖アルキル、NR56またはOR7であり、R5ないしR7は、水素、ハロゲンで置換できる直鎖または分岐鎖アルキルまたはアリールであり、R3がNHCHNH2+である場合の相対イオンはハロゲンイオンまたはR13COO-であり、R13はアルキルまたはアリールである。)


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2006−213712(P2006−213712A)
【公開日】平成18年8月17日(2006.8.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−22541(P2006−22541)
【出願日】平成18年1月31日(2006.1.31)
【出願人】(506036426)梨花女子大學校 産學協力團 (2)
【Fターム(参考)】