説明

ビニル系モノマーの重合方法

【課題】
生成する重合体の分子量、分子量分布、モノマー種、官能基分布の制御などのいわゆる構造制御が容易な原子移動型ラジカル重合法の特徴を生かしつつ、重合速度が大きく、触媒活性に優れ、かつ反応制御の容易な均一系重合方法を提供すること。
【解決手段】
有機ハロゲン化合物を開始剤とし、ハロゲン含有遷移金属錯体を触媒としてビニル系モノマーを重合する方法において、有機溶媒と水の重量比が99/1〜85/15である混合溶媒の存在下、均一系で重合することを特徴とするビニル系モノマーの重合方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はビニル系モノマーの重合方法に関する。詳しくは、水と有機溶媒を含む均一反応系において、特定の開始剤及び触媒の存在下、ビニル系モノマーを重合する方法に関する。本発明の重合法は機能性高分子の製造において構造制御が容易である特徴がある。例えば、充分大きな分子量を有し、かつ分子量分布が狭い重合体を容易に製造できる。
【背景技術】
【0002】
機能性高分子における機能発現において、得られる高分子重合体の分子量、分子量分布、モノマー種、官能基分布の制御などのいわゆる構造制御の課題があった。これまで分子量や分子量分布の制御、ブロック共重合体の合成等、重合体の構造制御に用いられる重合法としてはリビング重合が最も有用な方法であった。具体的には、古くはリビングアニオン重合、近年ではリビングカチオン重合、グループトランスファー重合法が良く知られている。これらの方法は、それぞれにおいて長所、短所を有するが、共通の問題点として、官能基を有するモノマー種を重合することが困難であることが挙げられる。そのため、アルコール性水酸基、アミノ基、カルボキシル基等のヘテロ原子を含む官能基を分子内に有するモノマーをリビングアニオン重合、或いはリビングカチオン重合する場合にはこれらの官能基を、成長活性種のアニオンやカチオンと反応しない、或いは反応しにくい形に保護する必要があり、工業的製造の視点からすると、現実的な方法とは言い難い。
【0003】
一方ラジカル重合は、商業的に重要なモノマーで他の重合方法では重合できないものに適用できるという利点を有する。さらに、ラジカル重合でランダムコポリマーを製造するのは、他のイオン性重合法より容易であり、さらに他の重合方法とは対照的に、バルク、溶液、懸濁、又は乳化重合が可能であるという利点を有する。ここで近年活発に研究されているリビングラジカル(或いは制御ラジカル)重合法は、構造制御において最もその弊害となる成長ラジカル間の停止反応をキャッピング剤により擬似停止させ、本来の停止反応を極力抑制することによってリビング的性質を重合法に付与したものである。従って重合活性種はラジカルであるので、上述したような官能基を有するモノマーをその官能基の保護をすること無しに重合できる、或いは種々の重合法が可能であるなどの利点を有しつつ製造ポリマーの構造制御が可能となる。
【0004】
リビングラジカル重合法にはこれまで3つの方法が研究されている。第1の方法は、成長ラジカルが補足ラジカルと可逆的に反応し、共有化学種を形成するというもの、第2は成長ラジカルが共有化学種と可逆的に反応し、ラジカルを生成するというもの、第3は、成長ラジカルが連鎖移動剤と可逆的に退化的転移反応を起こし、同じ型のラジカルを再生するというものである。
【0005】
このうち第2の方法に分類されるリビングラジカル重合法が原子移動型ラジカル重合法に該当する。この重合法に係る反応式を模式的に示すと、図1の式1で表される。ここで、式1中、記号の意味は次の通りである。
(1)低酸化遷移金属化学種
(2)高酸化遷移金属化学種
P :ポリマー鎖
P−X:有機ハロゲン化合物、または末端ハロゲンポリマー鎖
X :ハロゲン原子
P・ :成長ラジカル種
Mt :遷移金属錯体
n :金属の価数
L :アミンなど遷移金属に配位可能な配位子
Y :ハロゲン原子
kact :活性化速度定数
kdeact:不活性化速度定数
kp :成長速度定数
【0006】
最初に、低酸化遷移金属化学種(1)が、有機ハロゲン化合物P−Xからハロゲン原子Xをラジカル的に引き抜いて、高酸化遷移金属化学種(2)及び炭素中心ラジカルP・を形成し、このラジカルP・は、モノマーと反応して同種の中間体ラジカル種P・を形成する。高酸化遷移金属化学種(2)とP・との間の反応は、生成物P−Xを生ずると同時に、低酸化遷移金属化学種(1)を再生して、これはP−Xとさらに反応して新たな反応を進行させる。本反応においては、成長ラジカル種P・の濃度を低く抑制することが重合を制御することにおいて最も重要である。ここに、高酸化遷移金属化学種(2)はレドックス共役錯体とも呼称されるものである。
【0007】
この原子移動型ラジカル重合法は、CuCl/ビピリジル錯体の存在下、α―クロロエチルベンゼンを開始剤としたスチレンの重合(非特許文献1参照)や、RuCl2(PPh33、有機アルミニウム化合物の存在下でのCCl4を開始剤とするメタクリル酸メチルの重合(非特許文献2参照)を初めとして、その後配位子、金属種、開始剤等の設計が行われ、アクリレートモノマーを含めて多種のモノマー種への展開が計られ、またこの重合法を用いた種々のブロックポリマー、単分散ポリマー、グラジエントポリマーの様々な用途への応用が図られてきた。
【非特許文献1】J.Wang and K.Matyjaszewski, J.Am.Chem.Soc.,117, 5614(1995)
【非特許文献2】M.Kato,M.Kamigaito,M.Sawamoto,T.Higashimura,Macromolecules,28,1821(1995)
【0008】
しかしながら、本重合法は銅錯体、ルテニウム錯体などの金属錯体を用いるものであり、残存金属が着色の原因となることがあり、用途によっては金属を極力除かなければならないなど製造プロセスの煩雑化の問題がある。特に、水分散系材料の用途では、例えば、水系インクジェットインク、エマルジョン系粘着剤、コート剤、化粧品、毛髪化粧品基材など分散自体に残存金属が凝集、沈降などの悪影響を与えることがあり、溶存金属量が極めて少なく、かつモノマーの転化率の高い重合手法が求められていた。
【0009】
例えば、実質上脱水条件下に、ニトリル化合物の存在下に、重合触媒の配位子を系中に添加して重合を開始することで重合活性を制御する方法(特許文献1参照)、特定の一般式で定義される脂肪族の配位子によって重合速度を向上させる方法(特許文献2参照)、また、重合の際に比誘電率が10以上の有機化合物を溶媒として用いる方法(特許文献3参照)などが提案されているが、いずれも銅など金属錯体触媒の使用量が多いために、該金属錯体の除去工程が必要であり、未だ工業的手法としては不十分である。
【特許文献1】特開2000−72809号公報
【特許文献2】特開平10−195136号公報
【特許文献3】特開平10−72503号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明の課題は、生成する重合体の分子量、分子量分布、モノマー種、官能基分布の制御などのいわゆる構造制御が容易な原子移動型ラジカル重合法の特徴を生かしつつ、重合速度が大きく、触媒活性に優れ、かつ反応制御の容易な均一系重合方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは上記課題を解決すべく鋭意検討を行った結果、本発明を完成するに至った。すなわち、本発明の要旨は、有機ハロゲン化合物を開始剤とし、ハロゲン含有遷移金属錯体を触媒としてビニル系モノマーを重合する方法において、有機溶媒と水の重量比が99/1〜85/15である混合溶媒の存在下、均一系で重合することを特徴とするビニル系モノマーの重合方法に存する。
【0012】
また、本発明の他の要旨は、ビニル系モノマーが非水溶性モノマーであることを特徴とする前記の重合方法に存する。
【0013】
また、本発明の他の要旨は、ビニル系モノマーと混合溶媒の重量比が50/50〜95/5であることを特徴とする前記の重合方法に存する。
【0014】
また、本発明の他の要旨は、重合系内の触媒が金属濃度として、5×10-4重量%以上、3×10-2重量%以下であることを特徴とする前記の重合方法に存する。
【0015】
また、本発明の他の要旨は、有機溶媒の溶解度パラメータが21.0(MPa)1/2未満である前記の重合方法に存する。
【0016】
また、本発明の他の要旨は、有機溶媒の25℃における比誘電率が10未満である前記の重合方法に存する。
【0017】
また、本発明の他の要旨は、有機溶媒が、ケトン類、エステル類及びエーテル類からなる群より選ばれ、かつ該有機溶媒に水が可溶である前記の重合方法に存する。
【発明の効果】
【0018】
少量の金属錯体触媒を使用してリビングラジカル重合(原子移動型ラジカル重合)を行うことができ、生成重合体の分子量、分子量分布、官能基分布制御など機能性高分子における構造制御が可能である。触媒効率よく均一系で重合反応が進むのでプロセス制御も容易である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
原子移動型ラジカル重合法は、有機ハロゲン化合物(有機ハロゲン化スルホニル化合物を含む)を開始剤とし、遷移金属を中心金属とする金属錯体を触媒として重合するものである。重合はリビング的に進行し、分子量分布の狭い重合体が得られる。
【0020】
<1>開始剤
原子移動型ラジカル重合では、有機ハロゲン化合物、特に反応性の高い炭素−ハロゲン結合を有する有機ハロゲン化合物(有機ハロゲン化スルホニル化合物を含む)を開始剤として用いることが好ましい。開始点は1つでもよく、2つ以上有していてもよい。
【0021】
(i)開始点が1つの化合物の一般式としては、例えば、下記が挙げられる。
65−CH2X、
65CH(X)CH3
65−C(X)(CH3)2
1−CH(X)−CO22
1−C(CH3)(X)−CO22
1−CH(X)−C(O)R2
1−C(CH3)(X)−C(O)R2
1−C64−SO2
(但し、R1、R2は、水素原子、炭素数1〜20のアルキル基、アリール基、又はアラルキル基で、それぞれの炭素原子上にアルコール性水酸基、アミノ基、カルボキシル基、アルキルチオ基等の官能基を有していてもよく、また同一もしくは異なっていてもよい。C65はフェニル基であり、Xはハロゲン原子であり、塩素又は臭素が好ましい。)
【0022】
(ii)開始点を2つ以上有する化合物の一般式としては、例えば、下記が挙げられる。
o−、m−、p−XCH2−C64−CH2X、
o−、m−、p−CH3CH(X)−C64−CH(X)CH3
o−、m−、p−(CH3)2C(X)−C64−C(X)(CH3)2
RO2C−CH(X)−CH(X)−COO2R、
RO2C−C(CH3)(X)−C(CH3)(X)−CO2R、
RC(O)−CH(X)−CH(X)−C(O)R、
RC(O)−C(CH3)(X)−C(CH3)(X)−C(O)R、
RO2C−CH(X)−(CH2)n−CH(X)−COO2R、
RO2C−C(CH3)(X)−(CH2)n−C(CH3)(X)−CO2R、
RC(O)−CH(X)−(CH2)n−CH(X)−C(O)R、
RC(O)−C(CH3)(X)−(CH2)n−C(CH3)(X)−C(O)R、
XCH2CO2−(CH2)n−OCOCH2X、
CH3CH(X)CO2−(CH2)n−OCOCH(X)CH3
(CH3)2C(X)CO2−(CH2)n−OCOC(X)(CH3)2
RO(O)CCH(X)(CH2)nCH(X)C(O)OR
RC(O)CH(X)2
XSO2−C64−SO2
XSO2−R3−SO2
(但し、Rは炭素数1〜20のアルキル基、アリール基又はアラルキル基でそれぞれの炭素原子上にアルコール性水酸基、アミノ基、カルボキシル基、アルキルチオ基等の官能基を有していてもよく、また同一もしくは異なっていてもよい。Xはハロゲン原子であり、塩素または臭素が好ましい。C64はフェニレン基であり、nは1〜20の整数である。またR3は炭素数1〜10の2価の炭化水素基を表す。)。
【0023】
具体的な好ましい開始剤は、1−フェニルエチルクロライド及び1−フェニルエチルブロマイド、2−クロロプロピオニトリル、2−クロロプロピオン酸、2−ブロモプロピオン酸、2−クロロイソブチル酸、2−ブロモイソブチル酸、及びそのアルキルエステル、p−ハロメチルスチレンであり、より好ましい開始剤は、1−フェニルエチルクロライド、1−フェニルエチルブロマイド、メチル−2−クロロプロピオネート、エチル−2−クロロプロピオネート、メチル−2−ブロモプロピオネート、エチル−2−ブロモプロピオネート、α,α’−ジクロロキシレン、α,α’−ジブロモキシレン、2,5−ジブロモアジピン酸エステル、2,6−ジブロモ−1,7−ヘプタン二酸エステルである。またこれらの開始剤を用いて合成された上記に列挙した末端を有するマクロモノマー、またその他ハロゲン化合物を連鎖移動剤として末端にトリハロメチル基を有するテロマーを用いることもできる。
【0024】
<遷移金属化合物及びその配位子>
上記リビングラジカル重合の触媒として用いられる遷移金属化合物としては特に制限されないが、好ましいものとして、周期表第7族、8族、9族、10族、11族元素を中心金属とする遷移金属化合物が挙げられる。具体的に用いられる低原子価金属種としては、Cu1+、Ni0、Ni1+、Ni2+、Pd0、Pd1+、Pt0、Pt1+、Pt2+、Rh1+、Rh2+、Rh3+、Co1+、Co2+、Ir0、Ir1+、Ir2+、Ir3+、Fe2+、Ru2+、Ru3+、Ru4+、Ru5+、Os2+、Os3+、Re2+、Re3+、Re4+、Re6+、Mn2+、Mn3+から選ばれる金属種であり、中でも、Cu1+、Ru2+、Fe2+、Ni2+を含む遷移金属化合物が好ましい。1価の銅化合物の具体例としては、塩化第一銅、臭化第一銅、ヨウ化第一銅等が挙げられる。特に開始剤のハロゲン種よりも銅化合物のハロゲン種が周期表における周期が高周期である銅化合物を使用することが好ましい。すなわち、図1の式1におけるハロゲン原子XとYにおいて、X原子よりもY原子が高い周期であることが好ましい。具体的には、開始剤の開始末端ハロゲン原子が塩素原子であり、金属化合物に臭化銅を用いることが好ましい。
【0025】
上記の遷移金属化合物を遷移金属錯体触媒の形態とするために、有機配位子が用いられる。これは溶媒へ可溶化させる、或いは図1の式1に記したレドックス共役錯体との可逆的な変化を可能にするために添加される。金属への配位原子は窒素原子、酸素原子、リン原子、硫黄原子等が挙げられるが、好ましくは窒素原子、リン原子である。具体的有機配位子としては、2,2’−ビピリジル及びその誘導体、1,10−フェナントロリン及びその誘導体、テトラメチルエチレンジアミン、ペンタメチルジエチレントリアミン、ヘプタメチルトリエチレンテトラアミン、トリス(2−ジメチルアミノエチル)アミン等の配位子、トリフェニルホスフィン、トリブチルホスフィン等が挙げられる。またこれら有機配位子は、2種以上の混合物として用いても良い。
【0026】
これら配位子は、遷移金属化合物1molに対して、1〜30molの割合で使用され、好ましくは1〜20molである。
【0027】
本発明は先に記した錯体に加え、式1におけるいわゆる「レドックス共役錯体」(=高原子価錯体)を加え、式1のレドックス平衡を保ち、重合速度を大きく低下させずに重合の制御を可能ならしめることもできる。
【0028】
これらの配位子と上記遷移金属化合物からなる遷移金属錯体は、金属成分と配位子成分を別々に添加して重合系中で錯体を生成させても良いし、あらかじめ錯体を合成して重合系中へ加えても良い。特に銅を用いる場合は前者の方が好ましく、8族〜10族元素の場合、即ちルテニウム、鉄、ニッケルの場合は後者の方が好ましい。
【0029】
あらかじめ合成されるルテニウム、鉄、ニッケル錯体の例としては、トリストリフェニルホスフィノ二塩化ルテニウム(RuCl2(PPh33)、ビストリフェニルホスフィノ二塩化鉄(FeCl2(PPh32)、ビストリフェニルホスフィノ二塩化ニッケル(NiCl2(PPh32)、ビストリブチルホスフィノ二臭化ニッケル(NiBr2(PBu32)等が挙げられる。
【0030】
該遷移金属錯体触媒の濃度は、金属濃度として、反応系内において、通常5×10-4重量%以上、3×10-2重量%以下、好ましくは1×10-3重量%以上、5×10-2重量%以下、より好ましくは、2×10-3重量%以上、2.5×10-2重量%以下である。触媒濃度が上記の下限未満では充分な速度で重合が進行せず、一方、上限を超えると重合速度が速くて重合制御が困難であったり、触媒成分が溶解し切らない、あるいは重合中に金属成分が析出したり、また後処理時に金属成分の除去が必要となる場合がある。
【0031】
<モノマー>
原子移動型ラジカル重合に用いられるビニル系モノマーは、通常のラジカル重合可能なモノマーであれば利用できるが、好ましくはアクリレートモノマー、メタクリレートモノマー又はスチレン誘導体である。また本発明は非水溶性モノマーを主とするモノマー類に適用することが好ましく、具体的に、非水溶性モノマーの重量割合が50%以上、特に70〜100%の場合に好適である。それ以外には水溶性モノマーを含んでも良い。具体例としては、メチル(メタ)アクリレート、エチル(メタ)アクリレート、プロピル(メタ)アクリレート、n−ブチル(メタ)アクリレート、t−ブチル(メタ)アクリレート、ヘキシル(メタ)アクリレート、2−エチルヘキシル(メタ)アクリレート、ノニル(メタ)アクリレート、ベンジル(メタ)アクリレート、シクロヘキシル(メタ)アクリレート、ラウリル(メタ)アクリレート、n−オクチル(メタ)アクリレート、2−メトキシエチル(メタ)アクリレート、ブトキシエチル(メタ)アクリレート、メトキシトリエチレングリコール(メタ)アクリレート、2−ヒドロキシエチル(メタ)アクリレート、2−ヒドロキシプロピル(メタ)アクリレート、3−クロロ2−ヒドロキシプロピル(メタ)アクリレート、テトラヒドロフルフリル(メタ)アクリレート、2−ヒドロキシ3−フェノキシプロピル(メタ)アクリレート、ジエチレングリコール(メタ)アクリレート、ポリエチレングリコール(メタ)アクリレート、2−(ジメチルアミノ)エチル(メタ)アクリレート、N,N−ジメチルアクリルアミド、N−メチロールア(メタ)クリルアミド、N−ビニルピロリドン、プロピオン酸ビニル、ステアリン酸ビニル、塩化ビニル、塩化ビニリデン、酢酸ビニル、スチレン等が挙げられる。またこれらは、2種類以上を同時に、又は逐次に使用することができる。得られるビニル系重合体はこれらモノマーのホモ重合体、ランダム共重合体、或いはブロック共重合体のいずれにも適用できる。重合系へのモノマーの供給は、一括して行ってもよく、重合の途中でモノマーを徐々に添加しても良い。なお、ここにいう非水溶性モノマーとは、水100重量部に対する溶解度が2重量部未満のものをいう。
【0032】
<溶媒>
本発明における原子移動型ラジカル重合法は、有機溶媒に適当量の水を添加してなる混合溶媒を使用することを大きな特徴とする。有機溶媒と水の重量比は、99/1〜85/15の範囲で用いられる場合に最も効果的であり、好ましくは98/2〜90/10、更に好ましくは97/3〜92/8である。該有機溶媒種に関しては特に制限はないが、好ましくは用いられる有機溶媒の溶解度パラメータ(δ)が、30.0(MPa)1/2未満、好ましくは21.0(MPa)1/2未満、さらに好ましくは20.0(MPa)1/2未満であるものが特に効果が大きい。
【0033】
ここでいう溶解度パラメータとは、モル蒸発エネルギー/モル体積の値の1/2乗で定義される値であり、例えばポリマーハンドブック(Wiley Interscience編)などに溶媒のδ値が記載されている。それによれば、メタノール29.7、エタノール26.0、1,4−ジオキサン20.5、THF18.6、酢酸エチル18.6、シクロヘキサン16.8、ペンタン14.3である。この値はポリマーにおいても別のパラメータから計算することができ、そのポリマーのδ値と近い値を有する溶媒を選択することで、一般的にはポリマーを溶解することができ、溶解に関する目安として使用できる値である。
【0034】
有機溶媒は非水溶性モノマーを可溶化する作用がある。また、非水溶性モノマーから得られるポリマーは、同様に非水溶性であり、溶解度パラメータはさほど高くない。従って、溶解度パラメータの低い溶剤を用いることでモノマーの可溶化を図れるのみならず、生成したポリマーが析出して重合系が不均一になるのを防ぐ。また一方、触媒である金属錯体は極性が高いため、有機溶媒には溶解しにくいが、水の添加効果により、上記溶液中の金属錯体の濃度を高めることができ、重合系を均一かつ適当な水準に触媒濃度を確保することが可能となり、リビングラジカル重合性を保ったまま高転化率を達成することができる。この水の量は、錯体金属種や配位子種などによっても左右されるが、有機溶媒と水の重量比で、85/15を超えると錯体が加水分解されたり、生成したポリマーが析出したり、モノマーが分離してしまい、また、99/1を下回ると、本発明が目的とする十分な効果が得られない。
【0035】
上記の条件を満足する溶媒種の例としては、アセトン、メチルエチルケトン、メチルイソブチルケトン、ジエチルケトン、シクロヘキサノン等のケトン類溶媒、ベンゼン、トルエン、ペンタン、ヘキサン、シクロヘキサン、メチルシクロヘキサン等の炭化水素系溶媒、ジエチルエーテル、テトラヒドロフラン、ジフェニルエーテル、アニソール、ジメトキシベンゼン、1,4−ジオキサン、エチレングリコールモノメチルエーテル、エチレングリコールジエチルエーテル等のエーテル系溶媒、塩化メチレン、クロロホルム、四塩化炭素、クロロベンゼン、ブロモベンゼン等のハロゲン化炭化水素系溶媒、酢酸メチル、酢酸エチル、酢酸ブチル、プロピオン酸エチル等のエステル系溶媒等が挙げられる。
【0036】
また、有機溶媒としては、25℃で測定した有機溶媒の比誘電率が10未満、好ましくは9未満、さらに好ましくは8未満である有機溶媒を用いることが好ましい。有機溶媒の比誘電率が高い極性溶媒であると、非水溶性モノマーが溶解しない場合や、非水溶性モノマーから生成した非水溶性ポリマーが溶解しにくく、生成したポリマーが析出することがある。生成したポリマーが析出すると、重合系が均一でないため、重合の制御が困難であると共に工業的なプロセス制御も困難である。
【0037】
有機溶媒としては、ケトン類、エーテル類、エステル類から選ばれるものが特に好ましい。また、有機溶媒に水が可溶であるものが好ましい。ここに、有機溶媒に水が可溶であるとは、25℃において、有機溶媒100重量部に対して、水が層分離することなく溶解する量として5重量部以上、好ましくは10重量部以上、さらに好ましくは水と任意の割合で混合するものである。具体的には、テトラヒドロフラン、1,4−ジオキサン、酢酸エチル、酢酸メチル等が好ましく、さらに好ましくはテトラヒドロフラン、1,4−ジオキサンである。これらは、単独又は2種以上を混合して用いることができる。
【0038】
上記の有機溶媒種は、水と共に混合溶媒を形成することになる。ビニルモノマーと混合溶媒との使用割合は、ビニルモノマー/混合溶媒の重量比として、通常50/50〜95/5、好ましくは60/40〜90/10の範囲から選択される。
【0039】
本発明のリビングラジカル重合での重合温度は特に限定されないが、−78〜200℃の範囲で行うことができ、好ましくは20〜150℃である。余り高温すぎるとラジカル濃度が重合系内で増加することによって重合の制御が困難となり、また低温すぎては転化率の低下が起こる、あるいは重合反応が進行しなくなる。従って、通常は有機溶媒及び水からなる混合溶媒が沸騰し、還流する程度の状態、例えば、50〜120℃程度が実用的である。
【0040】
本発明によれば、有機溶媒に特定少量の水が共存する混合溶媒が使用されるので、原料モノマー及び生成ポリマーとも重合系内において該混合溶媒中に可溶の状態にある。従って、重合反応は終始均一な溶液状で、溶液重合が行われる。なお、ここにいう均一な溶液状とは、モノマー及び/又はポリマーが乳化または懸濁された状態は含まず、また、モノマー及び/又はポリマーの析出がないことをいう。
【0041】
重合過程が完了した後、形成されたポリマー及び/またはコポリマー(以下、単にポリマーという)が単離される。本発明の単離過程は、周知の方法によって行われ、任意の残存モノマー及び/または溶媒の留去、適当な溶媒中での沈降、沈降したポリマーの濾過または遠心分離、ポリマーの洗浄、及び洗浄したポリマーの乾燥を含んでいてもよい。遷移金属錯体触媒は、それらを含有する混合物を吸着剤で処理することにより除去することができる。吸着剤処理は、アルミナ、シリカ及び/またはクレー等のカラム又はパッドに通すことにより除去することができる。あるいは、本発明においては使用する金属触媒の量がきわめて少ないため、上記のような吸着剤を用いなくても、適当な溶媒中での沈降により除去することができる。
【0042】
ポリマーの沈降操作は、典型的には、ペンタン、ヘキサン、ヘプタン、シクロヘキサン等の適当なC5−C8アルカンまたはC5−C8シクロアルカン溶媒を用いて、あるいは、メタノール、エタノールまたはイソプロパノール等のC1−C6アルコール、あるいは適当な溶媒の混合物を用いて行うことができる。好ましくは、沈降用の溶媒は、水、ヘキサン、ヘキサン類の混合物、またはメタノールである。
【0043】
沈降したポリマーは、周知の方法、例えば、ブッフナー漏斗及びアスピレータを用いて、重力下または真空濾過によって濾過できる。あるいは、沈降したポリマーは、遠心分離することができ、上清液を移すことによりポリマーを単離できる。次いでポリマーは、必要ならば、沈降に用いた溶媒で洗浄することができる。沈降及び/または遠心分離、濾過及び洗浄の過程は、必要に応じて繰り返してもよい。
【0044】
単離されたポリマーは、ポリマーを通した空気の吸引、真空などにより、好ましくは真空下で乾燥される。本発明のポリマーは、周知の手法に従って、サイズ排除クロマトグラフィ、NMRスペクトル等により分析及び/または特性化することができる。
【0045】
本発明によって得られたポリマーは、エラストマー、エンジニアリング樹脂、塗料、接着剤、インク及び画像形成組成物等の直接的使用や、セメント調整剤、分散剤、乳化剤、界面活性剤、粘性係数向上剤、紙添加剤、静電気防止剤、被覆剤、樹脂調整剤等の添加剤としての使用、ポリウレタンなどのより大きな高分子製品の中間体として、水処理化学物質、複合部品、化粧品、毛髪用品、腸内拡張剤、診断剤、持続放出組成剤などの製薬剤等として用いることができる。特に、本発明では残存金属量が少ないので、金属イオンの影響を受けやすいセメント調整剤、分散剤、乳化剤、およびそれを用いたインク、記録液、水処理化学物質、複合部品、化粧品、毛髪用品、腸内拡張剤、診断剤、持続放出組成剤などへの利用が好ましい。
【実施例】
【0046】
以下に実施例をもって本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。なお、実施例で使用した有機溶媒の溶解度パラメータ及び比誘電率(25℃)を表1にまとめた。また、生成重合体の分子量及び分子量分布の測定は下記の方法に従った。
【0047】
分子量及び分子量分布の測定:ポリスチレン標準試料で校正したゲル浸透クロマトグラフィー(GPC)を使用した。
【0048】
<実施例1>
窒素置換されたコンデンサー、窒素導入管、撹拌機および温度計付きのフラスコに、溶媒としてテトラヒドロフラン(THF)19g、水1.0g、メタクリル酸メチル100g、スチレン50g、開始剤として2−ブロモプロピオン酸メチル0.5gを仕込み、オイルバス温を70℃にセットし、加熱した。触媒として臭化第一銅0.01g、配位子としてトリス(2−ジメチルアミノエチル)アミン0.1gを添加した。触媒成分を添加した後、還流下、約73℃で12時間重合反応を行った。ガスクロマトグラフによるモノマーの消費量測定の結果、転化率は90%であった。冷却後の重合系は、均一で、加水分解した金属触媒などは認められなかった。冷却した重合反応混合物を2Lのメタノール/水=4/1の混合液中に注ぎ、吸引濾過により固体を回収した。回収固体を70℃、0.1mmHgで12時間乾燥し、ポリマー(スチレン−メチルメタクリレート共重合体)を得た。結果を表2に示す。
【0049】
<実施例2>
実施例1において、溶媒量をTHF13.5g、水1.5gとし、メタクリル酸メチルの代わりにメタクリル酸ベンジル75g、スチレンの代わりにアクリル酸メチル75gとし、開始剤を2−ブロモプロピオン酸メチルの代わりに2−クロロプロピオン酸メチル0.4gを用い、臭化第一銅0.0228gを用い、反応時間を24時間とした以外は、実施例1と同様にしてポリマー(メチルアクリレート−ベンジルメタクリレート共重合体)を製造した。結果を表2に示す。
【0050】
<実施例3>
実施例1において、THFの代わりに酢酸エチルを用い、反応時間を24時間とした以外は、実施例1と同様にしてポリマー(スチレン−メチルメタクリレート共重合体)を製造した。結果を表2に示す。
【0051】
<実施例4>
実施例1において、THF19gの代わりにメタノール19gを用い、反応時間を24時間とした以外は、実施例1同様にしてポリマー(スチレン−メチルメタクリレート共重合体)を製造した。実施例1に比較して、転化率をほぼ同レベルに維持して、分子量分布を1.8まで広げることができた。結果を表2に示す。
【0052】
<比較例1>
実施例2において、溶媒量をTHF13.5g、水1.5gを用いる代わりに、有機合成用THF(水分50ppm以下)15gを用いた以外は、実施例2と同様にしてポリマーを製造した。均一系の重合が行われたが,水が実質的に不存在なので触媒活性が低く(転化率が58%)、分子量分布も2.2と広かった。結果を表3に示す。
【0053】
<比較例2>
実施例2において、溶媒量をTHF13.5g、水1.5gを用いる代わりにTHF12g、水3gを用いた以外は、実施例2と同様にしてポリマーを製造した。転化率が53%と低く、分子量分布も2.2と広かった。実施例2と比較して水が多く、金属錯体触媒の加水分解が認められた。結果を表3に示す。
【0054】
<製造例1> 塩素末端ポリ酢酸ビニルのマクロ開始剤の製造
内部を窒素置換された、コンデンサー、窒素導入管、撹拌機および温度計付きのフラスコに、酢酸ビニル400g、連鎖移動剤および溶媒としてクロロホルム200g、触媒として2,2’−アソビス(2,4−ジメチルバレロニトリル)0.15gを仕込み、加熱し還流条件下、3.5時間重合反応を行った。反応終了後、反応混合物をヘキサンと接触させ、ヘキサン中に沈殿させて得られたポリマーを真空乾燥することにより、ポリ酢酸ビニルを得た。数平均分子量9000、分子量分布は2.2であった。1H−NMR、13C−NMRより片末端に定量的に-CCl3基を有する塩素末端ポリ酢酸ビニルであることを確認した。
【0055】
<実施例5> ポリ酢酸ビニル−b−ポリ(アクリル酸メチル−co−メタクリル酸ベンジル)の合成
内部を窒素置換された、コンデンサー、窒素導入管、撹拌機および温度計付きのフラスコに、溶媒としてTHF157.6g、水5.43g(THF/水=96.7/3.3 wt/wt)、モノマーとしてアクリル酸メチル294g、メタクリル酸ベンジル247g、マクロ開始剤として前記製造例1の塩素末端ポリ酢酸ビニル100g、触媒金属化合物として臭化第一銅0.18g、配位子としてトリス(2?ジメチルアミノ)エチルアミン3.60gを仕込み、室温から70℃まで1時間で昇温し76℃で24時間重合反応を行った。ガスクロマトグラフによるモノマーの消費量測定の結果、モノマー転化率は98%であった。また数平均分子量(Mn)は19000で、分子量分布は1.35であった。冷却後、5Lのメタノールに注ぎ、デカンテーションにより重合体を回収し真空乾燥した。得られた固体を原子吸光法により銅成分の残存量を測定したところ、ポリマー固形分中の銅残留量は10ppm以下であった。結果を表2に示す。
【0056】
<比較例3>
実施例5において、溶媒としてTHF163.03g、水0g(THF/水=100/0 wt/wt)とした以外は実施例5と同様にしてポリマーを製造した。24時間後のモノマー転化率は2%であり、重合は進行しなかった。結果を表3に示す。
【0057】
<比較例4>
実施例5において、溶媒としてTHF123.03g、水40g(THF/水=75.5/24.5 wt/wt)とした以外は実施例5と同様にしてポリマーを製造した。重合中に銅錯体とポリマーの沈澱が生成した。24時間後のモノマー転化率は28%であり、また数平均分子量(Mn)は8200で、分子量分布は2.6であった。結果を表3に示す。
【0058】
【表1】

【0059】
【表2】

【0060】
【表3】

【図面の簡単な説明】
【0061】
【図1】リビングラジカル重合法(原子移動型ラジカル重合法)の模式的反応式
【符号の説明】
【0062】
(1)低酸化遷移金属化学種
(2)高酸化遷移金属化学種
P :ポリマー鎖
P−X:有機ハロゲン化合物、または末端ハロゲンポリマー鎖
X :ハロゲン原子
P・ :成長ラジカル種
Mt :遷移金属錯体
n :金属の価数
L :アミンなど遷移金属に配位可能な配位子
Y :ハロゲン原子
kact :活性化速度定数
kdeact:不活性化速度定数
kp :成長速度定数

【特許請求の範囲】
【請求項1】
有機ハロゲン化合物を開始剤とし、ハロゲン含有遷移金属錯体を触媒としてビニル系モノマーを重合する方法において、有機溶媒と水の重量比が99/1〜85/15である混合溶媒の存在下、均一系で重合することを特徴とするビニル系モノマーの重合方法。
【請求項2】
ビニル系モノマーが非水溶性モノマーであることを特徴とする請求項1に記載の重合方法。
【請求項3】
ビニル系モノマーと混合溶媒の重量比が50/50〜95/5であることを特徴とする請求項1又は2に記載の重合方法。
【請求項4】
重合系内の触媒が金属濃度として、5×10-4重量%以上、3×10-2重量%以下であることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の重合方法。
【請求項5】
有機溶媒の溶解度パラメータが21.0(MPa)1/2未満である請求項1〜4のいずれか1項に記載の重合方法。
【請求項6】
有機溶媒の25℃における比誘電率が10未満である請求項1〜5のいずれか1項に記載の重合方法。
【請求項7】
有機溶媒が、ケトン類、エステル類及びエーテル類からなる群より選ばれ、かつ該有機溶媒に水が可溶であることを特徴とする請求項5又は6に記載の重合方法。

【図1】
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