説明

ビームパイプ内における電子又はイオン除去用電極の形成方法及びその電極

【課題】低インピーダンス化を実現すると共に放熱性及び耐熱性に優れた、荷電粒子加速器用ビームパイプ内における電子又はイオン除去用電極の形成方法及びその電極を提供する。
【解決手段】荷電粒子加速器用のビームパイプ内における電子又はイオン除去用電極の形成方法であって、前記ビームパイプの内表面の一部に電気絶縁膜を形成する行程(S1)と、前記電気絶縁膜上に、金属の微粒子体を溶射することにより電極膜を形成する行程(S2)と、前記電極膜に電位を供給するための電力供給手段を設ける行程(S3)、の各行程を有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、シンクロトロン等の荷電粒子加速器の、ビームパイプ内における電子又はイオン除去用電極の形成方法及びその電極に関する。
【背景技術】
【0002】
荷電粒子加速器の中でも特に衝突型加速器においては、従来から荷電粒子の衝突頻度(ルミノシティ)の向上が強く要請されてきた。この高ルミノシティ化を実現するためには、ビーム電流を高くすること、及び衝突点でのビームサイズをできるだけ小さくすることが重要となるが、さらに、その前提として、ビームパイプ内でビームを安定に周回させることもまた重要である。
【0003】
しかし、ビーム電流を増大させると、加速器中ではビーム不安定性と呼ばれる現象が起こりやすくなる。例えば、ビームパイプ中は高真空に排気されてはいるが、残留ガスが存在している。この残留ガスがビームによりイオン化され、このイオンにビームが衝突し散乱すると、ビームサイズを増大させる等、ビームは不安定となる。また、ビームパイプ中に光電効果により発生した電子も同様に、ビームを不安定にしてしまう。これがルミノシティやビーム寿命の低下を招く原因となっていた。
【0004】
従来の荷電粒子加速器では、上記のようなビームパイプ中で発生した電子やイオンを除去するため、ビームパイプ内のビーム軌道に臨む位置に電極を配置していた。そして、この電極とビームパイプ間に、電極の極性を除去すべき電子又はイオンの極性とは逆の極性とするような直流電圧を印加し、イオンや電子をこの電極に引き寄せて除去していた(例えば、特許文献1〜4参照)。
【0005】
図7及び図8に、従来のビームパイプ内における電子又はイオン除去用電極の一例を示す。図7(a)は、その電子又はイオン除去用電極が取り付けられたビームパイプの外観を示している。また、図7(b)は、従来の電子又はイオン除去用電極の外観を示している。そして図8は、従来の電子又はイオン除去用電極の一例を概略的に示す断面模式図である。
【0006】
これらの図に示すように、従来の電子又はイオン除去用電極は、ビームパイプ101内で、導電性の金属の板からなる電極112を、数本の金属又は高抵抗の導電性物質からなる電極支持部(電流導入端子)111等で支持する構造を有している。ここで電極112は、ビームパイプ101内のビーム軌道の近傍に、浮くように突出した姿勢で支持されている。なお、図8における111´は、絶縁体からなる電極支持部を示している。
【特許文献1】特開平06−036894号公報
【特許文献2】特開平06−068993号公報
【特許文献3】特開平07−288199号公報
【特許文献4】特開平11−087099号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、上記の従来技術に係る電子又はイオン除去用電極では、図8に示すように、金属板からなる電極112がビームパイプ101内のビーム軌道近傍まで突出しているため、ビームとの干渉が大きくなる(インピーダンスが高くなる)という問題を有していた。
【0008】
また、このような従来技術に係る電子又はイオン除去用電極においては、構造的に電極112に入る熱を逃がし難く、電極112がビームの誘起する高周波や壁電流によって加熱されやすい、という難点もあった。
【0009】
従って、今後における非常に高いビーム電流を蓄積する高性能粒子加速器では、上記の問題により、図7及び図8に示すような従来の電極構造は使用できない。そのため、インピーダンスがより小さく且つ放熱性及び耐熱性に優れた新しい構造の電極の開発が望まれていた。
【0010】
本発明は、上記従来の問題点に鑑みて、低インピーダンス化を実現するとともに、入熱を容易に外部に伝えることが可能なビームパイプ内における電子又はイオン除去用電極の形成方法及びその電極を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は、上記課題を解決するために、荷電粒子加速器用のビームパイプ内における電子又はイオン除去用電極の形成方法であって、(a)前記ビームパイプの内表面の一部に電気絶縁膜を形成する行程と、(b)前記電気絶縁膜上に、金属の微粒子体を溶射することにより電極膜を形成する行程と、(c)前記電極膜に電位を供給するための電力供給手段を設ける行程、の各行程を有することを特徴とするビームパイプ内における電子又はイオン除去用電極の形成方法を提供する。
【0012】
ここで、前記行程(a)は、セラミックの微粒子体を溶射する行程であるのが好適である。また、前記セラミックは、アルミナであるのが好適である。さらに、前記行程(b)における金属は、タングステンであるのが好適である。
【0013】
そして、前記ビームパイプは接地され、前記電極膜には、除去すべき電子又はイオンの極性に応じてプラス又はマイナスの電位が前記電力供給手段を介して供給されるようにする。
【0014】
また、本発明は、上記課題を解決するために、上記の方法を用いて形成されたビームパイプ内における電子又はイオン除去用電極を提供する。
【0015】
さらに、本発明は、上記課題を解決するために、上記の電極を備えた荷電粒子蓄積リングを提供する。
【発明の効果】
【0016】
本発明のビームパイプ内における電子又はイオン除去用電極によれば、電極を溶射によって薄膜として形成することにより、ビームパイプ内表面と一体化した電極構造となるため、ビームに対するインピーダンスを低下させることができる。また、電極は任意の形状に形成できる。
【0017】
さらに、電極への入熱を、ビームパイプの高い熱伝導性によって容易に外部に伝えることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
以下、本発明の実施の形態について、図面を参照しながら詳細に説明する。
【0019】
図1は、本発明の一実施形態に係るビームパイプ内における電子又はイオン除去用電極の構造を示す模式図、図2は、その電子又はイオン除去用電極の形成方法を示すフローチャートである。
【0020】
本発明では、電子又はイオン除去用電極10を、ビームパイプ1の内表面に薄膜形成することを特徴としている。一般にビームパイプ1は、ステンレスやアルミニウム、銅等の導電性を有する金属から形成されている。このビームパイプ1の内表面の一部に、電気絶縁膜11を形成する(ステップS1)。この絶縁膜11は例えばアルミナ等のセラミックから形成するのが良い。また絶縁膜11は溶射によって形成するのが好適である。
【0021】
次いで、先に形成した絶縁膜11上に例えばタングステン等の金属を溶射し、電極膜12を形成する(ステップS2)。ここで、形成する絶縁膜11及び電極膜12の膜厚は、それぞれ0.1〜0.2mm程度であるのが好ましい。また、その大きさは、例えば直径約100mmのビームパイプに対して長さ400mm、幅40mm程度という割合で形成するのが好適である。
【0022】
次に、電極膜12に電圧を印加するための電力供給手段(図示せず)を設ける(ステップS3)。そして完成した電子又はイオン除去用電極10とビームパイプ1の間にプラス又はマイナスの直流電圧を印加する。ビームパイプ1は接地されており(V=0V)、除去すべき電子又はイオンの極性と逆の極性にした電極10にその電子又はイオンを吸引させてこれを除去する。
【0023】
ここで、溶射とは、コーティング材料を加熱により溶融もしくは軟化させ、微粒子状にして加速し被覆対象物表面に衝突させて、扁平に潰れた粒子を凝固・堆積させることにより皮膜を形成するコーティング技術の一種である。溶射の特長としては、ほとんどあらゆる材質の基材に対して皮膜を形成できる点や、多層型複合皮膜や傾斜組成皮膜を容易に形成できる点、基材の寸法に制限がなく、また大型機材の限定された部分のみに対しても施工ができる点等が挙げられ、本発明の電極形成には非常に適した技術といえる。特に、溶射は平面だけでなくビームパイプ1のような曲面であっても皮膜を形成可能であり、またその製作が容易かつ廉価であるという利点もある。さらに、溶射により形成された本発明の電子又はイオン除去用電極10は、従来の電極と比較すると非常に薄く、低インピーダンスを実現することができる。また、接着剤等を用いないため、超高真空環境下でも使用可能である。さらに、電極10がビームパイプ1と一体に形成されるため、ビームパイプ1の熱伝導性により、従来に比べて電極10の発熱が低く抑えられる。
【0024】
図3及び図4は、本発明の電子又はイオン除去用電極10に電圧を印加した際の、ビームパイプ1内の電場分布を示す図である。これらの図から分かるように、ビームパイプ1内には電極10に向かう電場が生じている(矢印参照)。従って、ビームパイプ1内で生成された電子やイオンは、電極10の極性により、電極10に引き寄せられるか、あるいはビームパイプ1内壁へと追い返される。ここで印加する電圧は、蓄積されるビームのビーム電流にもよるが、数百Vとする。厚さ約0.2mmのセラミックであれば、DC1kV程度の耐圧は十分である。
【0025】
以下に、実際に本発明の電子又はイオン除去用電極を荷電粒子加速器の蓄積リングで用いた測定結果を示す。まず、図5は、荷電粒子加速器の蓄積リングの概略を説明するための概念図である。図5に示すように、環状に連結されたビームパイプ21を備え、ビームを蓄積し周回させる蓄積リング20には、ビーム軌道を曲げて周回軌道とするための偏向電磁石22、ビームを収束するための四極電磁石23、ビームを加速するための加速空洞24等が設けられている。また、加速空洞24に高周波電力を供給する高周波源25、蓄積リング20を超高真空に保つための真空システム26、ビーム位置、サイズ等を測定するためのビームモニター27等を備えている。図5では図示していないが、本発明の電子又はイオン除去用電極10は、偏向電磁石22及び四極電磁石23内に配置されている。
【0026】
ここで図6は、ビーム電流1.6A(1585バンチ)で運転中の蓄積リング20(陽電子リング)にて、実際に形成した長さ400mm、幅40mmの電子又はイオン除去用電極10に、±500Vの電圧を加えた際のビーム軌道近傍の電子数を測定した結果を示している。この図から明らかなように、電圧の印加により電子数が1/10〜1/20と大幅に減少しているのが分かる。また、電極10の発熱も低く、問題がないことも確認された。さらに、磁場中でも図6と同様の電子除去効果が得られた。なお、従来の電極構造(図7、8参照)は、このような1.6Aという高電流下では使用することができなかったため、本発明はこの領域で使用できる唯一の電子又はイオン除去用電極と言える。
【0027】
上記のように構成したため、本発明の電子又はイオン除去用電極は、現在及び今後の大強度粒子加速器や高ルミノシティ粒子加速器への適用が可能である。
【0028】
このように、本発明のビームパイプ内における電子又はイオン除去用電極によれば、絶縁膜及び電極膜の形成に、溶射という手法を用いることにより、ビームパイプ内表面と一体化した電極構造となるため、ビームに対するインピーダンスを低下させることができる。また、電極は任意の形状に形成できる。
【0029】
さらに、電極への入熱を、ビームパイプの高い熱伝導性によって容易に外部に伝えることができる。
【0030】
また、セラミックス及び金属のみを使用するため、熱的にも強く、超高真空環境下でも使用可能である。そして、製作が容易であるとともに廉価である。
【0031】
以上、本発明の実施形態について説明したが、本発明は上記実施形態に限定されるものではなく、本発明の趣旨に基づき種々の変形が可能であり、これらを本発明の範囲から排除するものではない。
【産業上の利用可能性】
【0032】
本発明は、シンクロトロン等の荷電粒子加速器の、ビームパイプ内における電子又はイオン除去用電極の形成方法及びその電極に関し、産業上の利用可能性を有する。
【図面の簡単な説明】
【0033】
【図1】本発明の一実施形態に係るビームパイプ内における電子又はイオン除去用電極の構造を示す模式図である。
【図2】本発明の一実施形態に係るビームパイプ内における電子又はイオン除去用電極の形成方法を示すフローチャートである。
【図3】本発明の一実施形態に係るビームパイプ内における電子又はイオン除去用電極に電圧を印加した際の、ビームパイプ内の電場分布を示す模式図である。
【図4】本発明の一実施形態に係るビームパイプ内における電子又はイオン除去用電極に電圧を印加した際の、ビームパイプ内の電場分布を示す模式図である。
【図5】荷電粒子加速器の蓄積リングの概略を説明するための概念図である。
【図6】本発明の一実施形態に係るビームパイプ内における電子又はイオン除去用電極を使用した際の測定結果を示すグラフである。
【図7】従来のビームパイプ内における電子又はイオン除去用電極の一例を示す外観図である。
【図8】従来のビームパイプ内における電子又はイオン除去用電極の一例を概略的に示す断面模式図である。
【符号の説明】
【0034】
1 ビームパイプ
10 電子又はイオン除去用電極
11 電気絶縁膜
20 荷電粒子蓄積リング
21 ビームパイプ
22 偏向電磁石
23 四極電磁石
24 加速空洞
25 高周波源
26 真空システム
27 ビームモニター

【特許請求の範囲】
【請求項1】
荷電粒子加速器用のビームパイプ内における電子又はイオン除去用電極の形成方法であって、
(a)前記ビームパイプの内表面の一部に電気絶縁膜を形成する行程と、
(b)前記電気絶縁膜上に、金属の微粒子体を溶射することにより電極膜を形成する行程と、
(c)前記電極膜に電位を供給するための電力供給手段を設ける行程、
の各行程を有することを特徴とするビームパイプ内における電子又はイオン除去用電極の形成方法。
【請求項2】
前記行程(a)は、セラミックの微粒子体を溶射する行程であることを特徴とする請求項1に記載のビームパイプ内における電子又はイオン除去用電極の形成方法。
【請求項3】
前記セラミックは、アルミナであることを特徴とする請求項2に記載のビームパイプ内における電子又はイオン除去用電極の形成方法。
【請求項4】
前記行程(b)における金属は、タングステンであることを特徴とする請求項1に記載のビームパイプ内における電子又はイオン除去用電極の形成方法。
【請求項5】
前記ビームパイプは接地され、前記電極膜には、除去すべき電子又はイオンの極性に応じてプラス又はマイナスの電位が前記電力供給手段を介して供給されるビームパイプ内における電子又はイオン除去用電極の形成方法。
【請求項6】
請求項1乃至5の何れかの項に記載の方法を用いて形成されたビームパイプ内における電子又はイオン除去用電極。
【請求項7】
請求項6に記載された電極を備えた荷電粒子蓄積リング。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2010−80126(P2010−80126A)
【公開日】平成22年4月8日(2010.4.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−244622(P2008−244622)
【出願日】平成20年9月24日(2008.9.24)
【出願人】(504151365)大学共同利用機関法人 高エネルギー加速器研究機構 (125)
【出願人】(591160512)金属技研株式会社 (14)
【Fターム(参考)】